ゲスト
(ka0000)
【東幕】泰山北斗
マスター:近藤豊

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/06/08 19:00
- 完成日
- 2018/06/09 21:24
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
憤怒の歪虚王である獄炎が倒された東方ではあるが、獄炎の分体である蓬生が現れた事で憤怒残党の動きは勢いを取り戻しつつある。
しかし、東方の人々が抱える問題は歪虚だけではなかった。
「なに!? 泰山の坊主が?」
詩天の水野 武徳(kz0196)は、思わず聞き返した。
既に詩天を通過して幕府直轄領へ入っているようだが、坊主の目的は果たして如何なるものか。
「殿。目的は幕府への協力要請ではないでしょうか」
「おそらくそうじゃろう。山寺の妖怪坊主め。石頭故に時勢も読めぬか。今下手に動かれれば、詩天にも影響があるやもしれぬ」
「如何されますか? 詩天様が知れば……」
「分かっておる!」
武徳は部下の言葉を遮った。
手立てを講じなければ、面倒な事になる。武徳は顎髭を弄りながら、脳裏で策を講じていた。
そして、ふと何かを閃いたようだ。
「致し方あるまい。強引な手じゃが、やってみるとするか」
●
武家四十八家門第二十位、楠木香(kz0140)の屋敷には、珍しい来客が訪れていた。
弁髪に、前掛けのある武僧の服。
腰の帯には扇が差し込まれている。精悍な青年で、格闘士として相当な訓練を受けていると見て見て間違いなさそうだ。
「許、と申したか。泰山から遙々ご苦労だった」
「はっ」
武僧の青年は、名を許文冠と名乗った。
文冠がやってきた泰山とは正式名を『泰山龍鳴寺』という。古くから存在する寺院ではある為、龍鳴寺を中心に街を形成。気付けばエトファリカ連邦国を形作る国の一つに数えられるようになった。
ちょうどリアルブルーで言えば、中国時代劇のような功夫映画に登場する街と言えば分かりやすいだろうか。
「大僧正は息災か?」
「はっ。僧正様も幕府の苦労を察しておられました」
膝をつき、右手で作った拳を左手で包むように握っている。
泰山地方の独特な挨拶だ。
この挨拶からみても分かるように泰山はエトファリカ連邦国の中でも独特の文化を守り抜いている。異文化を敬遠して保守的な態度があったからこそ、今に伝えられる物があるのだろう。
「さて、此度の要件は……泰山に入り込む歪虚の対処か」
「はい。お恥ずかしながら、泰山の武僧でも退治には至らず。幕府の力添えを賜りたいと僧正様はお考えです」
泰山の武僧といえば、強靱な格闘士を多く排出している。平時には寺に使える武僧ではあるが、外敵が現れた際には僧侶が敵を撃退。寺院の方針で武具を持つことは禁じられていた為、僧侶は己の体や棒などを使って戦ってきた。それでも、武僧達は強く、だからこそ泰山特有の文化を守り抜く事ができた。
最終的に歪虚の前に敗北したが、詩天同様、格闘士の武僧が戦い抜いたと伝えられている。
獄炎が倒れてマテリアルが戻りつつある現状で泰山も広く復興を進めているが、今も戦いとなれば武僧が民の為に戦う事になる。
「復興で手が回らぬとはいえ、屈曲な武僧が持て余す相手か。
泰山の幕府への忠は私も聞き及んでいる。泰山が困っているのであれば、是非力を貸そう。早速、楠木家の兵を……」
「お待ち下さい。幕府のお力添えを賜りたいのですが、大軍で泰山へお越しになられては困ります」
文冠によれば、泰山は長く独自の文化を守り抜いた保守的な国だ。
そこへ見慣れない軍が大勢で押しかければ民は不安を覚える。なるべく少数で目立たないように行動する必要があるというのだ。
「歪虚の暗躍に乗じて山賊も多く現れております。目立つ行動は控え、短期間で歪虚を対処にして欲しいと僧正様は仰っております」
「難儀だが、民を見捨てては武士の恥。何とかしよう」
「感謝致します」
「だが、問題は泰山へ無事に到着できるかだな」
「歪虚と山賊ですか。数は多いですが、私もお手伝い致します」
胸を張る文冠。
だが、香の心配は別の所にある。
「いや、歪虚ではない。むしろ、もっと厄介な相手だ」
●
「おや、これは楠木家の姫。奇遇ですな」
若峰の東にある小さな港で香と文冠は武徳と出くわした。
眉を顰める香。
若峰から遠く離れた場所で、数名の部下を引き連れて武徳は何をしていたというのか。
この誰の目にも明らかな茶番を香は鬱陶しく感じたのだ。
「白々しい。水野殿は、我々を待っておりましたな?」
「いやいや。散歩でござるよ。
……おや、そこにいるのは泰山の武僧ではないですかな?」
武徳の棒読みな言い回し。
茶番を前に香のイライラは止まらない。
「水野殿には関係ない。通してもらおう」
「お気持ちは分かりますが、幕府の方が詩天を黙って通過されるとはあまりにも寂しくござらんか?」
「抜かせ。通行の許可を求めれば水野殿は出してくれたのか?」
半ば押し問答のようなやり取り。
香としては船でそのまま泰山へ行きたかった。だが、長距離の船旅はリスクも大きい。詩天を経由した方が確実と考えて寄港したのが甘かったか。
幕府を快く思っていない武徳からすれば、幕府に忠義を立てる泰山は厄介な相手。今のところ敵に回す気はないが、必要以上に仲良くされては後々面倒を起こされかねない。
そうした懸念での行動だが、堅物で実直な文冠はそれが理解できない。
「これは失礼致しました。私は泰山龍鳴寺の許文冠と申します。歪虚により夜も眠れぬ民を救うため、幕府より援軍を賜った次第。民を救う為、何卒この場を通していただきたい」
膝を折り、武徳に願い出る文冠。
港から船に乗り換え、隣の島である泰山の東にある港へ上陸。そこから豊明山を迂回して山道を進めば龍鳴寺の入口である吉日関が見えてくる。文冠からすれば、一日も早く援軍を泰山へ送って歪虚を退治したいのだろう。
正義感から来る焦り。
それが、事態を更に混迷化させる。
「ふむ。だが、香姫とそなたを守るにしては少ない手勢。これでは万一もあるやもしれぬ。そのような事になれば、わしが姫様に叱られる。
……仕方あるまい」
そう言った後、武徳はわざとらしい笑顔を見せて。
「わしも泰山へ同行しよう」
しかし、東方の人々が抱える問題は歪虚だけではなかった。
「なに!? 泰山の坊主が?」
詩天の水野 武徳(kz0196)は、思わず聞き返した。
既に詩天を通過して幕府直轄領へ入っているようだが、坊主の目的は果たして如何なるものか。
「殿。目的は幕府への協力要請ではないでしょうか」
「おそらくそうじゃろう。山寺の妖怪坊主め。石頭故に時勢も読めぬか。今下手に動かれれば、詩天にも影響があるやもしれぬ」
「如何されますか? 詩天様が知れば……」
「分かっておる!」
武徳は部下の言葉を遮った。
手立てを講じなければ、面倒な事になる。武徳は顎髭を弄りながら、脳裏で策を講じていた。
そして、ふと何かを閃いたようだ。
「致し方あるまい。強引な手じゃが、やってみるとするか」
●
武家四十八家門第二十位、楠木香(kz0140)の屋敷には、珍しい来客が訪れていた。
弁髪に、前掛けのある武僧の服。
腰の帯には扇が差し込まれている。精悍な青年で、格闘士として相当な訓練を受けていると見て見て間違いなさそうだ。
「許、と申したか。泰山から遙々ご苦労だった」
「はっ」
武僧の青年は、名を許文冠と名乗った。
文冠がやってきた泰山とは正式名を『泰山龍鳴寺』という。古くから存在する寺院ではある為、龍鳴寺を中心に街を形成。気付けばエトファリカ連邦国を形作る国の一つに数えられるようになった。
ちょうどリアルブルーで言えば、中国時代劇のような功夫映画に登場する街と言えば分かりやすいだろうか。
「大僧正は息災か?」
「はっ。僧正様も幕府の苦労を察しておられました」
膝をつき、右手で作った拳を左手で包むように握っている。
泰山地方の独特な挨拶だ。
この挨拶からみても分かるように泰山はエトファリカ連邦国の中でも独特の文化を守り抜いている。異文化を敬遠して保守的な態度があったからこそ、今に伝えられる物があるのだろう。
「さて、此度の要件は……泰山に入り込む歪虚の対処か」
「はい。お恥ずかしながら、泰山の武僧でも退治には至らず。幕府の力添えを賜りたいと僧正様はお考えです」
泰山の武僧といえば、強靱な格闘士を多く排出している。平時には寺に使える武僧ではあるが、外敵が現れた際には僧侶が敵を撃退。寺院の方針で武具を持つことは禁じられていた為、僧侶は己の体や棒などを使って戦ってきた。それでも、武僧達は強く、だからこそ泰山特有の文化を守り抜く事ができた。
最終的に歪虚の前に敗北したが、詩天同様、格闘士の武僧が戦い抜いたと伝えられている。
獄炎が倒れてマテリアルが戻りつつある現状で泰山も広く復興を進めているが、今も戦いとなれば武僧が民の為に戦う事になる。
「復興で手が回らぬとはいえ、屈曲な武僧が持て余す相手か。
泰山の幕府への忠は私も聞き及んでいる。泰山が困っているのであれば、是非力を貸そう。早速、楠木家の兵を……」
「お待ち下さい。幕府のお力添えを賜りたいのですが、大軍で泰山へお越しになられては困ります」
文冠によれば、泰山は長く独自の文化を守り抜いた保守的な国だ。
そこへ見慣れない軍が大勢で押しかければ民は不安を覚える。なるべく少数で目立たないように行動する必要があるというのだ。
「歪虚の暗躍に乗じて山賊も多く現れております。目立つ行動は控え、短期間で歪虚を対処にして欲しいと僧正様は仰っております」
「難儀だが、民を見捨てては武士の恥。何とかしよう」
「感謝致します」
「だが、問題は泰山へ無事に到着できるかだな」
「歪虚と山賊ですか。数は多いですが、私もお手伝い致します」
胸を張る文冠。
だが、香の心配は別の所にある。
「いや、歪虚ではない。むしろ、もっと厄介な相手だ」
●
「おや、これは楠木家の姫。奇遇ですな」
若峰の東にある小さな港で香と文冠は武徳と出くわした。
眉を顰める香。
若峰から遠く離れた場所で、数名の部下を引き連れて武徳は何をしていたというのか。
この誰の目にも明らかな茶番を香は鬱陶しく感じたのだ。
「白々しい。水野殿は、我々を待っておりましたな?」
「いやいや。散歩でござるよ。
……おや、そこにいるのは泰山の武僧ではないですかな?」
武徳の棒読みな言い回し。
茶番を前に香のイライラは止まらない。
「水野殿には関係ない。通してもらおう」
「お気持ちは分かりますが、幕府の方が詩天を黙って通過されるとはあまりにも寂しくござらんか?」
「抜かせ。通行の許可を求めれば水野殿は出してくれたのか?」
半ば押し問答のようなやり取り。
香としては船でそのまま泰山へ行きたかった。だが、長距離の船旅はリスクも大きい。詩天を経由した方が確実と考えて寄港したのが甘かったか。
幕府を快く思っていない武徳からすれば、幕府に忠義を立てる泰山は厄介な相手。今のところ敵に回す気はないが、必要以上に仲良くされては後々面倒を起こされかねない。
そうした懸念での行動だが、堅物で実直な文冠はそれが理解できない。
「これは失礼致しました。私は泰山龍鳴寺の許文冠と申します。歪虚により夜も眠れぬ民を救うため、幕府より援軍を賜った次第。民を救う為、何卒この場を通していただきたい」
膝を折り、武徳に願い出る文冠。
港から船に乗り換え、隣の島である泰山の東にある港へ上陸。そこから豊明山を迂回して山道を進めば龍鳴寺の入口である吉日関が見えてくる。文冠からすれば、一日も早く援軍を泰山へ送って歪虚を退治したいのだろう。
正義感から来る焦り。
それが、事態を更に混迷化させる。
「ふむ。だが、香姫とそなたを守るにしては少ない手勢。これでは万一もあるやもしれぬ。そのような事になれば、わしが姫様に叱られる。
……仕方あるまい」
そう言った後、武徳はわざとらしい笑顔を見せて。
「わしも泰山へ同行しよう」
リプレイ本文
馬車『ラピッドスター號』が走り出してから、数時間。
泰山龍鳴寺へ向かうハンター一行。
高速屋台としても知られるラピッドスター號だが、今日は人を乗せて運んでいる。
「どうした? さっきから黙っちまって」
レイオス・アクアウォーカー(ka1990)は背後を見ずに呼び掛けた。
レイオスが声をかけたのも無理はない。
荷台には数名の人間が存在しているはずなのだが、人の声が聞こえて来ないのだ。
勝手に降りた形跡も無いとすれば、荷台は沈黙が支配している事になる。
「あー……。他は初めて会うが、楠木の姫さんは久しぶりだな。また一緒に寺へ行く事になるとは思わなかったぜ」
「……ああ。そうだな」
レイオスの言葉に対して、楠木 香(kz0140)はレイオスに視線を向ける事になく一言答えた。
空返事である事はレイオスにも分かった。
香の視線の先には一人の老いた侍に向けられていた。
「やれやれ。これでは泰山へ着くまでに疲れてしまうわい」
長い沈黙の後、詩天は三条家の家老――水野 武徳(kz0196)は、溜め込んだ息と同時にそのような言葉を吐き出した。
武徳へ向けられる香の視線。
まるで監視されているかのような感覚に、武徳は辟易していた。
「誰も来てくれと頼んだ訳ではありませんぞ、水野殿」
「そう冷たい事を言うでない。別に傷つけるつもりはないわ」
香にそう返答する武徳であるが、香には一切気を抜くつもりはないようだ。
「お久しぶりです、水野様。その後のヴェルナー司令官との交渉はうまく言ってますか?」
長い沈黙に耐えかねたのか、ラピッドスター號の外からエクウスに乗るハンス・ラインフェルト(ka6750)が武徳へ助け船を出す事にした。
このまま泰山までの道程を、刺々しい空気の中で過ごされては適わない。
ハンスの気遣いに武徳は、笑顔で応えてみせる。
「おお、ハンスか。いやー、ヴェルナー殿とはあれ以来でな。できれば交渉相手としては避けたいところだ」
馬車の中で一瞬溢れる笑顔。
先程までの重たい空気とは一変した事が、レイオスにも分かる。
(幕府……それに詩天と泰山か。東方も結構面倒な状況なのか?)
レイオスは敢えて考えを言葉にはしなかった。
馬車の荷台には東方に存在する三つの勢力が乗っている。
幕府。
詩天、三条家。
そして、泰山龍鳴寺。
それぞれの立ち位置が不明確である以上、何が地雷原かは分からない。
今は様子を見ておくべきか。
そう考えていたレイオスであったが、勇気ある者とはいつの時代にもいるものだ。
「あ、あの」
ラピッドスター號の反対側でエクウスに乗る穂積 智里(ka6819)は、泰山の武僧である許文冠へ話し掛けた。
「あ、あの」
同じくエクウスに乗る穂積 智里(ka6819)は、泰山の武僧である許文冠へ話し掛けた。 突然の呼び掛けに、文冠は一瞬に体が固まる。
「な、なんでしょう?」
「ああ、文冠さんも私のマウジーの魅力にお気付きですか」
夫であるハンスが直様、智里を自慢する。
夫として自慢したくなる辺りがハンスらしいが、当の智里は恥ずかしさを隠せない。
「え? ちょっと、ハンスさん。止めて下さい」
慌てて止めようとする智里。
「いいじゃありませんか。夫婦なんですから」
「あ、お二人は夫婦だったのですね」
何故か胸を撫で下ろす文冠。
その感覚で馬車に乗っている数名が気付いた。
この武僧は、女性が苦手なのだと。
「あ。文冠さんにお聞きしたかったのですが、何故幕府に支援を求めたのでしょう? 地理的には詩天の方が近いのですよね?」
智里の疑問。
それは泰山が幕府へ救援を求めた理由だ。
わざわざ詩天より遙かに距離のある幕府へ救援を求めたのだ。普通であれば近隣にある詩天へ救援を求めた方が早い。
しかし、その疑問は再び荷馬車の中に沈黙を呼び込むのに十分であった。
「ハンス。お前の奥方は、豪胆だな。さすがというべきか」
「お褒めいただきありがとうございます」
武徳はハンスに言葉をかけた。
ハンスも智里がその疑問を口にした事が少々誇らしくもあった。
「もし、知らずに疑問を呈したとなれば、お主が守らねばなるまい」
「なんか、変な事を聞いてしまいました?」
ハンスと武徳の会話で自分がとんでもない事を口にしたのでは、と心配になる智里。
その様子を見ていた文冠は、そんな不安を掻き消すように疑問へと答える。
「あ、いえ。
正直、私には分かりかねます。私は僧正様から幕府を頼るように使いを出されただけなのです。泰山では僧正様へお聞きになった方が良いでしょう」
文冠は、はっきりとそう答えた。
どうやら、文冠は大僧正と呼ばれる者の指示で幕府へ救援を求めに行っただけのようだ。後で分かった事だが、泰山は基本的に他国との繋がりが希薄だったようだ。独自の文化を保持できたのも、そうした関係が重要だったのだろう。その為、文冠も詳しい事は何も聞かされていなかったのだろう。
「楽しいお喋りの最中、悪いが」
エクウスに乗って馬車より先行していたアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が、気付けば馬車の傍らに位置取っていた。
アルトの後ろにはユグディラ『ソフィア』がちょこっと鞍に腰掛けている。
先行していたアルトが戻ってきた。
それはつまり――。
「敵だ。既に捕捉されている。間もなくこちらへ来る」
●
泰山が幕府へ救援を呼んだ理由。
それは武僧でも手に負えない歪虚が出現した為であった。
それは、泰山にも歪虚の手が伸びている事を意味している。
「はっ!」
襲ってくる姑獲鳥に蹴りを放つアルト。
右足が姑獲鳥の足にヒットすると同時に体を反転。
剛刀「大輪一文字」を鞘から抜き放つ。
蹴りで姑獲鳥を踏み出しにし、その近くにいる姑獲鳥へ大輪一文字の一撃を叩き込む。
流れるような連撃。瞬く間に姑獲鳥を片付けてしまう。
「お見事です。幕府の皆様がこれ程お強いとは」
アルトの戦いを目にした文冠は、思わず驚嘆した。
東方にいながら他国の文化に触れてこなかったのだ。ハンターの存在も幕府の傭兵程度にしか考えていなかったのだろう。
「褒めている暇はない。まだ敵は残っている」
着地したアルトは、大輪一文字を手に身構える。
姑獲鳥を片付けてはいるものの、数が圧倒的に多い。姑獲鳥を倒さなければラピッドスター號を出発させる事は難しいだろう。
「なあ、格闘主体のなんだよな? 武僧って」
ガウスジェイルで周囲にマテリアルを漲らせたレイオスは、文冠の傍らについた。
実はレイオスは泰山に入ってから、静かに胸を躍らせていた。
子供の頃、リアルブルーで見た功夫映画。文冠の姿を見るだけで、その映画で興奮した事を思い出してしまうのだ。
「龍鳴寺では武具の使用、特には刃物の利用は禁止されております。ですから、龍鳴寺ではどうしても格闘主体の戦い方になります」
「なら……空を飛ぶ敵はどうしているんだ?」
レイオスはロングボウ「レピスパオ」で姑獲鳥を撃ち落とした。
遠距離攻撃ができれば、レイオスのように矢やラピッドスター號のマシンガン「レストレイント」で簡単に落とせるだろう。
だが、生憎龍鳴寺では武具の使用は禁止されている。では、どのように姑獲鳥のような敵はどうやって倒しているのか。
(見せて貰おう。強靱な格闘士を輩出しているという泰山の武僧を)
手裏剣「飛燕十文字」で近づく姑獲鳥を迎撃しながら、アルトは文冠の様子を窺っていた。
話によれば東方でも有数な格闘士を多く輩出していた泰山龍鳴寺。
異文化を排除したが故に、格闘士としての技は伝来の物が多いのではないか。
そう予想していたのだが――。
「何も」
文冠は、ただそう呟いた。
隙ありと見て、飛来する姑獲鳥。
滑空する姑獲鳥を前に、文冠はまだ動かない。
「お、おい」
思わず声をかけるレイオス。
だが、気付けば文冠から放たれるマテリアルで気付いた。文冠は既に気を練り上げ、姑獲鳥に狙いを定めている。
接近する姑獲鳥。
肉薄。
だが、寸前で文冠は足捌きで姑獲鳥のクチバシを回避。
そして、すれ違い様に右腕から振り下ろされる拳。
強烈な一撃が姑獲鳥の後頭部に直撃。姑獲鳥はそのまま地面へと倒れ込んだ。
(見事だ。だが……)
ここでアルトは敢えて沈黙を守った。
上空から別の姑獲鳥が爪で急降下していた。
万一があればアルトが立体攻撃で接近すれば、叩き伏せられる。
正直、見て見たかったのだ。泰山武僧の実力を。
「我は空。身は消え失せ、自然と共に……」
そう呟いた文冠は、体を入れ替える。
踵が地面から離れ、空へと舞い上がる。
「飛翔撃か? ……いや」
レイオスが思わず呟いた。
格闘士の飛翔撃なのだろうが、文冠の蹴りは華麗であった。
宙を舞う姿は大空へ羽ばたく白鷲のようでもあった。
「龍旋翔っ!」
文冠の蹴りが爪よりも早く、姑獲鳥の顔面を捉えた。
文冠が着地する頃には、顔面が潰れた姑獲鳥の亡骸が地面に落ちてきた。
「そうか。泰山の武僧は、それ程までに強いか」
アルトも文冠の強さを垣間見れた。
だが、だとするなら泰山の武僧が苦戦する歪虚とは如何様な相手か。
アルトは、ますます泰山に到着する楽しみが増えたようだ。
●
姑獲鳥を撃退し、ソフィアの森の午睡の前奏曲で癒されたハンター達。
アルトが可能な限り疲労を回復しておきたいという計らいだ。長い旅路で敵の襲撃を払いのけるには、各個人の疲労を回復して万全な体勢で臨むべきだ。
そうしたアルトの気遣いのおかげもあり、想定よりもずっと先に進む事ができた。
「泰山の飯は精進料理ばっかりかと思ったが、普通に中華料理なのか」
「確か泰山の精進料理は龍鳴寺の武僧達が食しておる。市民は普通に泰山独特の料理を食しているようだな。わしには少々油がキツすぎるわい」
陽が落ちて村の郊外で一泊する事にした一行。
レイオスは料理に満足したようだが、詩天から来た武徳には少々口に合わなかったようだ。食べ慣れていないのもあるのだろう。
村で料理をご馳走になり、後は体を休めるだけ。
翌日に備えて就寝する事になったのだが、全員がそのまま眠る訳にはいかない。
ラピッドスター號をハンター達は交代で守る事にしたようだ。
「三日もあるのにマウジーの可愛さを見せ付ける必要もありませんから」
灯火の水晶球で照らされる中、ハンスと智里は二人きり。
そんな中で、ハンスは恥ずかしげもなく言い放つ。
周囲はすっかり闇に包まれ、水晶球に照らされるのは二人だけ。
ハンスと智里の以外、世界には誰もいなくなったかのような印象を受ける。
その為だろう。智里は必要以上に恥ずかしさを感じてしまう。
「ちょっと、誰か起きてきたら……」
「もう遅い」
智里の隣には、ラピッドスター號から起きてきた香が腰掛けた。
何故か香は視線を外してしまう。
「聞いていただいても構わなかったのですが」
「聞きたくて聞いた訳ではない」
「あの、楠木さんは眠れませんでした?」
智里は香にそんな問いを投げかけた。
既に周囲の音が消え、深夜となった時間。交代する予定はまだ後だったのだが、香が起きてきた事が気がかりだったのだ。
「そうではない。昼間、許殿に聞いていた質問について教えておこうと思ってな」
智里は、昼間馬車で行われた質問を思い出した。
泰山は何故、詩天ではなく幕府を頼ったのか。
その事を香は智里へ教えておきたかったようだ。
「泰山龍鳴寺は元々外的から襲われない限り、戦う事はしない者達だ。寺院なのだから当たり前だが、昔幕府が泰山の保護を宣言したのだ」
「つまり、自治の確約ですか」
ハンスが呟いた。
幕府が泰山に自治を認めたという事は、エトファリカ連邦国内において特別扱いをされている事になる。年貢を納めはするが、連邦国でありながら独自の政治路線を認められている。
「そうだ。もっとも、龍鳴寺は静かに暮らす事を望んでいるから、幕府に何かを求めるのはほとんどない。むしろ、幕府が彼らを守る為に力を貸す事があったようだ」
「もう一つ疑問があるのですが、何故詩天と幕府がここまで反目しているのか良く分からないのです」
「……反目か。私は詩天の考えが分からぬでもない。問題は、あの三条家の真美様だ」
三条 真美(kz0198)。
九代目詩天にして詩天という国を統治する存在である。
先日、将軍である立花院 紫草(kz0126)が帝のスメラギ(kz0158)の嫁にと画策した事実は記憶に新しい。この見合い話は真美の意向で保留となっているが、武徳は立ち消えを狙っている。それだけ、詩天側にとってこの事件は国家存亡に関わる大事件だったようだ。
「真美様は言うなれば詩天を背負う国主だ。だが、帝へ輿入れとなれば詩天はどうなる?
真美様の親族は、既に千石原の乱を始めとするお家騒動で命を落としているのだぞ」
「!」
智里はここで気付いた。
真美がいなくなれば、誰が次の詩天として国を統治するのか。
帝の命が歴代短命である事は知っている。だからといって、真美を輿入れさせれば三条家の家は断絶する可能性が高い。
「そうなれば、詩天の地は幕府が統治する事になる。次の詩天を幕府が送り込む手もあるが、詩天の家臣が納得するはずもない。将軍様もそこまでお考えになっていたかは分からんが、私には朝廷を守る為に詩天を犠牲にしているようにも思えてな」
「まったく、女子はお喋りだのう」
香と智里が会話している最中、武徳が闇から顔を出した。
突然の登場で香は驚きを隠せない。
「水野様」
「年寄りは眠りが浅いのだ。人が寝ている間に密談とはのう」
「…………」
「それにお主等はお喋りに夢中で気付かなかったか?」
「水野様はお気付きでしたか」
ハンスは立ち上がり、聖罰刃「ターミナー・レイ」を鞘から抜いていた。
水晶球の放つ光が刀身の照らしだし、無機質な姿を露わにする。
どうやら、ハンスは武徳の言う事に気付いていたようだ。
「うむ。虫の声が聞こえなくなったからな」
「おい、金を置いていけ」
待っていたように姿を現した山賊。
既に智里達は囲まれていたようだ。
「山賊っ!」
香は傍らに置いていた薙刀を手にし、智里は武徳の傍に堕杖「エグリゴリ」を手に駆け寄った。
逃げ道を塞いだと判断したから山賊も姿を見せたのだろう。
「いや、金だけじゃねぇ。そこの女達も置いていけ」
「ほう。それは私のマウジーの事を言っていますか?」
ハンスが一歩歩み出る。
その動きに反応してユキウサギ『シュネーハーゼ』が武徳の傍らへ移動。智里の横にいたユグディラもラピッドスター號で眠るアルトとレイオスを起こしに走った。
「あん? そうだよ。それがなんだ?」
「私のマウジーに目を付けたのは褒めてあげましょう。……ですが」
一刀。
ターミナー・レイの刃が山賊の体を捉える。
噴き出す血。
山賊も一瞬何が起こったのか理解できない様子だ。
「……あれ?」
力を失い、倒れ込む山賊。
「あなたに私のマウジーは渡しません。マウジーは……常に私と共に居なければならないのです」
「野郎っ!」
ハンスの一撃を皮切りに、山賊達は一斉に襲い掛かってきた。
だが、哀しいかな。山賊達はすべてが覚醒者ではない。
覚醒者ではない者が束になってもハンター達に敵う筈がなかった。
「させませんっ!」
機導砲で山賊を吹き飛ばす智里。
一瞬気圧された山賊達の隙をついて、すかさず香が飛び出して薙刀の一撃を加える。
圧倒的。
おそらくレイオス達が参戦する前にはすべて片付いてしまうだろう。
「私は東方で生活したいと思っていますので、こちらの状況には興味があるのですよ。水野様」
山賊を斬り伏せながら、武徳へ言葉を投げかける。
それに対して武徳はハンスの後方で軽く笑みを浮かべた。
「ならば、退屈はせんだろう。東方はハンスが思う以上に綱渡りよ」
●
豊明山へ入ったラピッドスター號は狭い山道へと入っていく。
エクウスに乗るハンター達はラピッドスター號を前後に挟む形で敵の襲撃に備えていた。
ソフィアと智里のユグディラが戦闘後に回復していた事が大きかった。
このお陰で連戦になってもハンターは安定した勝利を収める事ができたのだ。
「名君と名高くても年を経て名を落とす方はいらっっしゃいます。民にとっては戦も歪虚の被害もなく、飢饉の時に救いの手を差し伸べられるのであれば、誰が城主や国主であろうが、本質的には構わないだろうと思うのです。一つの国になる必要はなくても、連邦制なり共和制なりで手を取り合って進めないかなと思うのです」
ラピッドスター號の後方から智里は自らの考えを示した。
既に幾度かの襲撃を乗り越え、吉日関が目前と迫ってきたからだろうか。東方の将来を案じる智里が、そうした言葉を自然と口から出ていた。
だが、その言葉に反応したのは意外にもレイオスであった。
「そいつぁ、難しいだろうな」
「何故です?」
「国の体制が変わるって事は、みんなにかなりの負担がかかるもんなんだよ。民を心配するのは分かるが、幕府だって幕府なりに民を案じて行動していたはずだ。当の幕府からすれば、『なんで今まで通りじゃダメなんだ?』という感じじゃねぇのかな。それに幕府が暴走したら誰が止めるって話になれば、動乱になるだろうしな」
「それは……」
智里はそこで言葉が詰まった。
連邦制でも共和制でも良いから手を取り合って進められないかと考えるのは良いが、それならば幕府が足らない部分を補えばいい。
しかし、補い方を間違えば詩天のように国の存亡に関わる展開が待っている。
仮に幕府が補い方を間違えれば、誰が幕府を止めるのか。
「それでも声を上げるのは大切です。上出来ですよ、マウジー」
ラピッドスター號の前方で優しい声をかけるハンス。
この場で答えが出る話でもない。様々な案を出し合って、東方の人々が最良と思う選択をする他無いのだ。
「文冠、一つ教えてくれ。泰山で暴れる歪虚とはどのような相手なんだ?」
今度はアルトが文冠へ問いかけた。
幕府へ救援を要請したのは泰山に現れた歪虚が原因だ。
文冠を始め、あれ程の格闘士がいるのであれば歪虚に遅れる事はないはずだ。
「はい。あの歪虚達は集団で不思議な乗り物に乗っています。馬ではない、鉄の塊に乗っています」
「鉄の塊?」
「その鉄の塊に奇抜な歪虚が跨がり、泰山を走り回っているのです。私達も馬で追いかけるのですが、どうしても追いつけません」
「何だか奇妙な話だな。他には?」
「奇抜な格好で暴れ、好き勝手し放題です。女子供を連れ去ったかと思えば、村の作物を荒らしているのです。私達が何度も戦いを挑んでいるのですが、現地へ到着する前に彼らは姿を消してしまいます。民の話では火を操っていたそうなのですが、私は見た事もありません」
どうやら、文冠も問題の歪虚を見た事がないようだ。
情報を得て急いで向かっても鉄の塊に乗って何処かへ姿を消してしまう。集団で暴れ回っているようだが、アルトが対峙するには何らかの策を用いたようが良さそうだ。
「……皆さん、見えてきました」
文冠が指差す先に現れたのは石造りの大きな砦。
大きな門の上には、吉日関と書かれている。
ここが目的地のようだ。
ラピッドスター號を降りた文冠は、ハンター達を前に礼を告げた。
「ありがとうございます。
そして、ようこそ我が寺……龍鳴寺へ」
泰山龍鳴寺へ向かうハンター一行。
高速屋台としても知られるラピッドスター號だが、今日は人を乗せて運んでいる。
「どうした? さっきから黙っちまって」
レイオス・アクアウォーカー(ka1990)は背後を見ずに呼び掛けた。
レイオスが声をかけたのも無理はない。
荷台には数名の人間が存在しているはずなのだが、人の声が聞こえて来ないのだ。
勝手に降りた形跡も無いとすれば、荷台は沈黙が支配している事になる。
「あー……。他は初めて会うが、楠木の姫さんは久しぶりだな。また一緒に寺へ行く事になるとは思わなかったぜ」
「……ああ。そうだな」
レイオスの言葉に対して、楠木 香(kz0140)はレイオスに視線を向ける事になく一言答えた。
空返事である事はレイオスにも分かった。
香の視線の先には一人の老いた侍に向けられていた。
「やれやれ。これでは泰山へ着くまでに疲れてしまうわい」
長い沈黙の後、詩天は三条家の家老――水野 武徳(kz0196)は、溜め込んだ息と同時にそのような言葉を吐き出した。
武徳へ向けられる香の視線。
まるで監視されているかのような感覚に、武徳は辟易していた。
「誰も来てくれと頼んだ訳ではありませんぞ、水野殿」
「そう冷たい事を言うでない。別に傷つけるつもりはないわ」
香にそう返答する武徳であるが、香には一切気を抜くつもりはないようだ。
「お久しぶりです、水野様。その後のヴェルナー司令官との交渉はうまく言ってますか?」
長い沈黙に耐えかねたのか、ラピッドスター號の外からエクウスに乗るハンス・ラインフェルト(ka6750)が武徳へ助け船を出す事にした。
このまま泰山までの道程を、刺々しい空気の中で過ごされては適わない。
ハンスの気遣いに武徳は、笑顔で応えてみせる。
「おお、ハンスか。いやー、ヴェルナー殿とはあれ以来でな。できれば交渉相手としては避けたいところだ」
馬車の中で一瞬溢れる笑顔。
先程までの重たい空気とは一変した事が、レイオスにも分かる。
(幕府……それに詩天と泰山か。東方も結構面倒な状況なのか?)
レイオスは敢えて考えを言葉にはしなかった。
馬車の荷台には東方に存在する三つの勢力が乗っている。
幕府。
詩天、三条家。
そして、泰山龍鳴寺。
それぞれの立ち位置が不明確である以上、何が地雷原かは分からない。
今は様子を見ておくべきか。
そう考えていたレイオスであったが、勇気ある者とはいつの時代にもいるものだ。
「あ、あの」
ラピッドスター號の反対側でエクウスに乗る穂積 智里(ka6819)は、泰山の武僧である許文冠へ話し掛けた。
「あ、あの」
同じくエクウスに乗る穂積 智里(ka6819)は、泰山の武僧である許文冠へ話し掛けた。 突然の呼び掛けに、文冠は一瞬に体が固まる。
「な、なんでしょう?」
「ああ、文冠さんも私のマウジーの魅力にお気付きですか」
夫であるハンスが直様、智里を自慢する。
夫として自慢したくなる辺りがハンスらしいが、当の智里は恥ずかしさを隠せない。
「え? ちょっと、ハンスさん。止めて下さい」
慌てて止めようとする智里。
「いいじゃありませんか。夫婦なんですから」
「あ、お二人は夫婦だったのですね」
何故か胸を撫で下ろす文冠。
その感覚で馬車に乗っている数名が気付いた。
この武僧は、女性が苦手なのだと。
「あ。文冠さんにお聞きしたかったのですが、何故幕府に支援を求めたのでしょう? 地理的には詩天の方が近いのですよね?」
智里の疑問。
それは泰山が幕府へ救援を求めた理由だ。
わざわざ詩天より遙かに距離のある幕府へ救援を求めたのだ。普通であれば近隣にある詩天へ救援を求めた方が早い。
しかし、その疑問は再び荷馬車の中に沈黙を呼び込むのに十分であった。
「ハンス。お前の奥方は、豪胆だな。さすがというべきか」
「お褒めいただきありがとうございます」
武徳はハンスに言葉をかけた。
ハンスも智里がその疑問を口にした事が少々誇らしくもあった。
「もし、知らずに疑問を呈したとなれば、お主が守らねばなるまい」
「なんか、変な事を聞いてしまいました?」
ハンスと武徳の会話で自分がとんでもない事を口にしたのでは、と心配になる智里。
その様子を見ていた文冠は、そんな不安を掻き消すように疑問へと答える。
「あ、いえ。
正直、私には分かりかねます。私は僧正様から幕府を頼るように使いを出されただけなのです。泰山では僧正様へお聞きになった方が良いでしょう」
文冠は、はっきりとそう答えた。
どうやら、文冠は大僧正と呼ばれる者の指示で幕府へ救援を求めに行っただけのようだ。後で分かった事だが、泰山は基本的に他国との繋がりが希薄だったようだ。独自の文化を保持できたのも、そうした関係が重要だったのだろう。その為、文冠も詳しい事は何も聞かされていなかったのだろう。
「楽しいお喋りの最中、悪いが」
エクウスに乗って馬車より先行していたアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が、気付けば馬車の傍らに位置取っていた。
アルトの後ろにはユグディラ『ソフィア』がちょこっと鞍に腰掛けている。
先行していたアルトが戻ってきた。
それはつまり――。
「敵だ。既に捕捉されている。間もなくこちらへ来る」
●
泰山が幕府へ救援を呼んだ理由。
それは武僧でも手に負えない歪虚が出現した為であった。
それは、泰山にも歪虚の手が伸びている事を意味している。
「はっ!」
襲ってくる姑獲鳥に蹴りを放つアルト。
右足が姑獲鳥の足にヒットすると同時に体を反転。
剛刀「大輪一文字」を鞘から抜き放つ。
蹴りで姑獲鳥を踏み出しにし、その近くにいる姑獲鳥へ大輪一文字の一撃を叩き込む。
流れるような連撃。瞬く間に姑獲鳥を片付けてしまう。
「お見事です。幕府の皆様がこれ程お強いとは」
アルトの戦いを目にした文冠は、思わず驚嘆した。
東方にいながら他国の文化に触れてこなかったのだ。ハンターの存在も幕府の傭兵程度にしか考えていなかったのだろう。
「褒めている暇はない。まだ敵は残っている」
着地したアルトは、大輪一文字を手に身構える。
姑獲鳥を片付けてはいるものの、数が圧倒的に多い。姑獲鳥を倒さなければラピッドスター號を出発させる事は難しいだろう。
「なあ、格闘主体のなんだよな? 武僧って」
ガウスジェイルで周囲にマテリアルを漲らせたレイオスは、文冠の傍らについた。
実はレイオスは泰山に入ってから、静かに胸を躍らせていた。
子供の頃、リアルブルーで見た功夫映画。文冠の姿を見るだけで、その映画で興奮した事を思い出してしまうのだ。
「龍鳴寺では武具の使用、特には刃物の利用は禁止されております。ですから、龍鳴寺ではどうしても格闘主体の戦い方になります」
「なら……空を飛ぶ敵はどうしているんだ?」
レイオスはロングボウ「レピスパオ」で姑獲鳥を撃ち落とした。
遠距離攻撃ができれば、レイオスのように矢やラピッドスター號のマシンガン「レストレイント」で簡単に落とせるだろう。
だが、生憎龍鳴寺では武具の使用は禁止されている。では、どのように姑獲鳥のような敵はどうやって倒しているのか。
(見せて貰おう。強靱な格闘士を輩出しているという泰山の武僧を)
手裏剣「飛燕十文字」で近づく姑獲鳥を迎撃しながら、アルトは文冠の様子を窺っていた。
話によれば東方でも有数な格闘士を多く輩出していた泰山龍鳴寺。
異文化を排除したが故に、格闘士としての技は伝来の物が多いのではないか。
そう予想していたのだが――。
「何も」
文冠は、ただそう呟いた。
隙ありと見て、飛来する姑獲鳥。
滑空する姑獲鳥を前に、文冠はまだ動かない。
「お、おい」
思わず声をかけるレイオス。
だが、気付けば文冠から放たれるマテリアルで気付いた。文冠は既に気を練り上げ、姑獲鳥に狙いを定めている。
接近する姑獲鳥。
肉薄。
だが、寸前で文冠は足捌きで姑獲鳥のクチバシを回避。
そして、すれ違い様に右腕から振り下ろされる拳。
強烈な一撃が姑獲鳥の後頭部に直撃。姑獲鳥はそのまま地面へと倒れ込んだ。
(見事だ。だが……)
ここでアルトは敢えて沈黙を守った。
上空から別の姑獲鳥が爪で急降下していた。
万一があればアルトが立体攻撃で接近すれば、叩き伏せられる。
正直、見て見たかったのだ。泰山武僧の実力を。
「我は空。身は消え失せ、自然と共に……」
そう呟いた文冠は、体を入れ替える。
踵が地面から離れ、空へと舞い上がる。
「飛翔撃か? ……いや」
レイオスが思わず呟いた。
格闘士の飛翔撃なのだろうが、文冠の蹴りは華麗であった。
宙を舞う姿は大空へ羽ばたく白鷲のようでもあった。
「龍旋翔っ!」
文冠の蹴りが爪よりも早く、姑獲鳥の顔面を捉えた。
文冠が着地する頃には、顔面が潰れた姑獲鳥の亡骸が地面に落ちてきた。
「そうか。泰山の武僧は、それ程までに強いか」
アルトも文冠の強さを垣間見れた。
だが、だとするなら泰山の武僧が苦戦する歪虚とは如何様な相手か。
アルトは、ますます泰山に到着する楽しみが増えたようだ。
●
姑獲鳥を撃退し、ソフィアの森の午睡の前奏曲で癒されたハンター達。
アルトが可能な限り疲労を回復しておきたいという計らいだ。長い旅路で敵の襲撃を払いのけるには、各個人の疲労を回復して万全な体勢で臨むべきだ。
そうしたアルトの気遣いのおかげもあり、想定よりもずっと先に進む事ができた。
「泰山の飯は精進料理ばっかりかと思ったが、普通に中華料理なのか」
「確か泰山の精進料理は龍鳴寺の武僧達が食しておる。市民は普通に泰山独特の料理を食しているようだな。わしには少々油がキツすぎるわい」
陽が落ちて村の郊外で一泊する事にした一行。
レイオスは料理に満足したようだが、詩天から来た武徳には少々口に合わなかったようだ。食べ慣れていないのもあるのだろう。
村で料理をご馳走になり、後は体を休めるだけ。
翌日に備えて就寝する事になったのだが、全員がそのまま眠る訳にはいかない。
ラピッドスター號をハンター達は交代で守る事にしたようだ。
「三日もあるのにマウジーの可愛さを見せ付ける必要もありませんから」
灯火の水晶球で照らされる中、ハンスと智里は二人きり。
そんな中で、ハンスは恥ずかしげもなく言い放つ。
周囲はすっかり闇に包まれ、水晶球に照らされるのは二人だけ。
ハンスと智里の以外、世界には誰もいなくなったかのような印象を受ける。
その為だろう。智里は必要以上に恥ずかしさを感じてしまう。
「ちょっと、誰か起きてきたら……」
「もう遅い」
智里の隣には、ラピッドスター號から起きてきた香が腰掛けた。
何故か香は視線を外してしまう。
「聞いていただいても構わなかったのですが」
「聞きたくて聞いた訳ではない」
「あの、楠木さんは眠れませんでした?」
智里は香にそんな問いを投げかけた。
既に周囲の音が消え、深夜となった時間。交代する予定はまだ後だったのだが、香が起きてきた事が気がかりだったのだ。
「そうではない。昼間、許殿に聞いていた質問について教えておこうと思ってな」
智里は、昼間馬車で行われた質問を思い出した。
泰山は何故、詩天ではなく幕府を頼ったのか。
その事を香は智里へ教えておきたかったようだ。
「泰山龍鳴寺は元々外的から襲われない限り、戦う事はしない者達だ。寺院なのだから当たり前だが、昔幕府が泰山の保護を宣言したのだ」
「つまり、自治の確約ですか」
ハンスが呟いた。
幕府が泰山に自治を認めたという事は、エトファリカ連邦国内において特別扱いをされている事になる。年貢を納めはするが、連邦国でありながら独自の政治路線を認められている。
「そうだ。もっとも、龍鳴寺は静かに暮らす事を望んでいるから、幕府に何かを求めるのはほとんどない。むしろ、幕府が彼らを守る為に力を貸す事があったようだ」
「もう一つ疑問があるのですが、何故詩天と幕府がここまで反目しているのか良く分からないのです」
「……反目か。私は詩天の考えが分からぬでもない。問題は、あの三条家の真美様だ」
三条 真美(kz0198)。
九代目詩天にして詩天という国を統治する存在である。
先日、将軍である立花院 紫草(kz0126)が帝のスメラギ(kz0158)の嫁にと画策した事実は記憶に新しい。この見合い話は真美の意向で保留となっているが、武徳は立ち消えを狙っている。それだけ、詩天側にとってこの事件は国家存亡に関わる大事件だったようだ。
「真美様は言うなれば詩天を背負う国主だ。だが、帝へ輿入れとなれば詩天はどうなる?
真美様の親族は、既に千石原の乱を始めとするお家騒動で命を落としているのだぞ」
「!」
智里はここで気付いた。
真美がいなくなれば、誰が次の詩天として国を統治するのか。
帝の命が歴代短命である事は知っている。だからといって、真美を輿入れさせれば三条家の家は断絶する可能性が高い。
「そうなれば、詩天の地は幕府が統治する事になる。次の詩天を幕府が送り込む手もあるが、詩天の家臣が納得するはずもない。将軍様もそこまでお考えになっていたかは分からんが、私には朝廷を守る為に詩天を犠牲にしているようにも思えてな」
「まったく、女子はお喋りだのう」
香と智里が会話している最中、武徳が闇から顔を出した。
突然の登場で香は驚きを隠せない。
「水野様」
「年寄りは眠りが浅いのだ。人が寝ている間に密談とはのう」
「…………」
「それにお主等はお喋りに夢中で気付かなかったか?」
「水野様はお気付きでしたか」
ハンスは立ち上がり、聖罰刃「ターミナー・レイ」を鞘から抜いていた。
水晶球の放つ光が刀身の照らしだし、無機質な姿を露わにする。
どうやら、ハンスは武徳の言う事に気付いていたようだ。
「うむ。虫の声が聞こえなくなったからな」
「おい、金を置いていけ」
待っていたように姿を現した山賊。
既に智里達は囲まれていたようだ。
「山賊っ!」
香は傍らに置いていた薙刀を手にし、智里は武徳の傍に堕杖「エグリゴリ」を手に駆け寄った。
逃げ道を塞いだと判断したから山賊も姿を見せたのだろう。
「いや、金だけじゃねぇ。そこの女達も置いていけ」
「ほう。それは私のマウジーの事を言っていますか?」
ハンスが一歩歩み出る。
その動きに反応してユキウサギ『シュネーハーゼ』が武徳の傍らへ移動。智里の横にいたユグディラもラピッドスター號で眠るアルトとレイオスを起こしに走った。
「あん? そうだよ。それがなんだ?」
「私のマウジーに目を付けたのは褒めてあげましょう。……ですが」
一刀。
ターミナー・レイの刃が山賊の体を捉える。
噴き出す血。
山賊も一瞬何が起こったのか理解できない様子だ。
「……あれ?」
力を失い、倒れ込む山賊。
「あなたに私のマウジーは渡しません。マウジーは……常に私と共に居なければならないのです」
「野郎っ!」
ハンスの一撃を皮切りに、山賊達は一斉に襲い掛かってきた。
だが、哀しいかな。山賊達はすべてが覚醒者ではない。
覚醒者ではない者が束になってもハンター達に敵う筈がなかった。
「させませんっ!」
機導砲で山賊を吹き飛ばす智里。
一瞬気圧された山賊達の隙をついて、すかさず香が飛び出して薙刀の一撃を加える。
圧倒的。
おそらくレイオス達が参戦する前にはすべて片付いてしまうだろう。
「私は東方で生活したいと思っていますので、こちらの状況には興味があるのですよ。水野様」
山賊を斬り伏せながら、武徳へ言葉を投げかける。
それに対して武徳はハンスの後方で軽く笑みを浮かべた。
「ならば、退屈はせんだろう。東方はハンスが思う以上に綱渡りよ」
●
豊明山へ入ったラピッドスター號は狭い山道へと入っていく。
エクウスに乗るハンター達はラピッドスター號を前後に挟む形で敵の襲撃に備えていた。
ソフィアと智里のユグディラが戦闘後に回復していた事が大きかった。
このお陰で連戦になってもハンターは安定した勝利を収める事ができたのだ。
「名君と名高くても年を経て名を落とす方はいらっっしゃいます。民にとっては戦も歪虚の被害もなく、飢饉の時に救いの手を差し伸べられるのであれば、誰が城主や国主であろうが、本質的には構わないだろうと思うのです。一つの国になる必要はなくても、連邦制なり共和制なりで手を取り合って進めないかなと思うのです」
ラピッドスター號の後方から智里は自らの考えを示した。
既に幾度かの襲撃を乗り越え、吉日関が目前と迫ってきたからだろうか。東方の将来を案じる智里が、そうした言葉を自然と口から出ていた。
だが、その言葉に反応したのは意外にもレイオスであった。
「そいつぁ、難しいだろうな」
「何故です?」
「国の体制が変わるって事は、みんなにかなりの負担がかかるもんなんだよ。民を心配するのは分かるが、幕府だって幕府なりに民を案じて行動していたはずだ。当の幕府からすれば、『なんで今まで通りじゃダメなんだ?』という感じじゃねぇのかな。それに幕府が暴走したら誰が止めるって話になれば、動乱になるだろうしな」
「それは……」
智里はそこで言葉が詰まった。
連邦制でも共和制でも良いから手を取り合って進められないかと考えるのは良いが、それならば幕府が足らない部分を補えばいい。
しかし、補い方を間違えば詩天のように国の存亡に関わる展開が待っている。
仮に幕府が補い方を間違えれば、誰が幕府を止めるのか。
「それでも声を上げるのは大切です。上出来ですよ、マウジー」
ラピッドスター號の前方で優しい声をかけるハンス。
この場で答えが出る話でもない。様々な案を出し合って、東方の人々が最良と思う選択をする他無いのだ。
「文冠、一つ教えてくれ。泰山で暴れる歪虚とはどのような相手なんだ?」
今度はアルトが文冠へ問いかけた。
幕府へ救援を要請したのは泰山に現れた歪虚が原因だ。
文冠を始め、あれ程の格闘士がいるのであれば歪虚に遅れる事はないはずだ。
「はい。あの歪虚達は集団で不思議な乗り物に乗っています。馬ではない、鉄の塊に乗っています」
「鉄の塊?」
「その鉄の塊に奇抜な歪虚が跨がり、泰山を走り回っているのです。私達も馬で追いかけるのですが、どうしても追いつけません」
「何だか奇妙な話だな。他には?」
「奇抜な格好で暴れ、好き勝手し放題です。女子供を連れ去ったかと思えば、村の作物を荒らしているのです。私達が何度も戦いを挑んでいるのですが、現地へ到着する前に彼らは姿を消してしまいます。民の話では火を操っていたそうなのですが、私は見た事もありません」
どうやら、文冠も問題の歪虚を見た事がないようだ。
情報を得て急いで向かっても鉄の塊に乗って何処かへ姿を消してしまう。集団で暴れ回っているようだが、アルトが対峙するには何らかの策を用いたようが良さそうだ。
「……皆さん、見えてきました」
文冠が指差す先に現れたのは石造りの大きな砦。
大きな門の上には、吉日関と書かれている。
ここが目的地のようだ。
ラピッドスター號を降りた文冠は、ハンター達を前に礼を告げた。
「ありがとうございます。
そして、ようこそ我が寺……龍鳴寺へ」
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 |
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相談卓 アルト・ヴァレンティーニ(ka3109) 人間(クリムゾンウェスト)|21才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2018/06/08 03:14:23 |
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質問卓 アルト・ヴァレンティーニ(ka3109) 人間(クリムゾンウェスト)|21才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2018/06/07 14:14:07 |