ゲスト
(ka0000)
聖導士学校――祝福の綻び
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/06/12 22:00
- 完成日
- 2018/06/15 20:50
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
憎しみ合う貴族家が歌い手と楽団を派遣し、人類と王国に友好的な精霊へ演奏を捧げる。
数世代積み重なった悪感情を捨てるのは無理でも、理性的な妥協を図るには最高の舞台のはずだった。
ぷくー。
へちゅん。
小さな精霊の、鼻提灯が弾けて消えた。
●ルル音楽祭(仮称)出場審査会
「申し訳ありませんが不採用です」
司祭が言い終わる前に反論が来た。
「何故じゃっ」
「精霊様に安らぎを提供できてるじゃろー」
司祭程度鼻息だけで破滅させられるはずの有力貴族2人が、娘のような歳の司祭にすがりついている。
「横暴じゃぁ」
「機会をっ、機会を与えてくれぇ」
数十年来の親友じみた連携で、手段を選ばず人の良さや哀れっぽさを演出して罪悪感を刺激する。
なお、私人としては実際に親友同士だ。
「ルル様は本番でもこの調子ですよ」
司祭は目の前の2人を無視して拝むような仕草をする。
彼女の視線の先を見てみると、演奏終了直後に起きた精霊が歌い手にまとわりついていた。
静止していればカソック姿のエルフ耳銀髪美幼女。
動けば躾け不十分なお子様である。
歌い手はこういう子供に慣れているようで、甘味を与えて適当にあやしてくれている。
チョコレートで手も口元もべたべたにした精霊が、貴族の紋章が染め抜かれた絹布2つで汚れを拭った。
「ちょ!?」
「公の場であれされるとまずいのぅ」
貴族にとって面子は資産だ。
舐められたら報復しないと家業が傾く。
私欲しかない悪徳貴族も、民を愛し民を肥やす貴族も、その点だけは全く同じだ。
「もうちょっとだけなんとかならんか?」
「司祭殿個人にも寄進してもいいんじゃがなー」
息を吐くように買収工作を始める貴族達。
複数の事業を動かす司祭でも狼狽える好条件だが、精霊案件なので譲歩は不可能。
自分自身よりも、所属派閥よりも、人類に友好的な精霊1柱の方が対歪虚戦では貴重で重要なのだ。
結局司祭は折れず、貴族と楽団と精霊の集合写真が撮られて解散になった。
●精霊のお引っ越し?
丘精霊ルルが目覚めた小さな丘。
質実剛健な社と舗装が施されたその場所は、何故かすっかり寂れた雰囲気だ。
ずっと留守にしていればこうなるのも当然である。
「おっかしーなー」
「手を休めない! ここ結構広いんだから」
「うん、でもなんか神聖な気配薄れてない?」
「それ僕も思った。近くの沼も淀んでいる気がする」
2年生、つまり最高学年の子供達が手際よく掃除を進める。
厚い革鎧を着込みメイスを腰に下げアサルトライフルを背負っているのに動きは機敏だ。
過酷な訓練と豊かな食生活が、覚醒者としての素質を開花させていた。
「気のせい……じゃないわね。別の班に連絡するからここお願い」
魔導トラックへ走る。
備え付けのトランシーバーを送信モードにし、北東と北西でパトロールとスケルトン狩りを行う同級生に注意を促す。
「何事もなければ良いけど」
南を見る。
荒野が延々と続いている。
地面の下には、鎮魂もされないまま積もり積もった怨念が潜んでいた。
●地域防衛再考
「歪虚の侵入は確認できませんでした」
前回ハンターが植林を行った土地が、完全に近い安全地帯となった。
「報告ご苦労。素晴らしいなイコニア君!」
校長でもある校長が珍しくはしゃいでいる。
膨大な資源と時間を使ってようやく成功するかもしれない浄化が数平方キロも成功したのだ。
非常に自制心が強いからこの程度のはしゃぎようで済んでいる。
「ルル様が身を削った結果です。単純に喜ぶことはできません」
「そう、だな」
校長が落ち着きを取り戻す。
丘精霊ルルは聖堂教会の信仰対象ではない。
露悪的に表現するなら利用する対象だ。
もっとも、悪意を以て利用するより善意と報酬というか貢ぎ物を潤滑油に交流した方が効率がよい。
裏の事情を知らない生徒は素直に精霊を尊重していし校長も精霊にほだされている。
「例の木についてですが」
ルルが急速成長させた、植林用の苗木についてだ。
大部分はハンターが植えたとはいえ10本程度は残っている。
「差し木で増やすと効果が落ちます。低下の度合いを調べるには時間が必要のようですが」
「期待はできないと?」
「専門家の勘を馬鹿にはできません」
調査を行ったのはこの地の農業を任されている農業法人だ。
学問としての農業を修めた3人が同じ感触を得ている。
「法術の専門家としての意見は」
「社と林と畑を巡礼路に見立てた結界術を提案します。ルル様と学校の安全は確保できます」
「デメリットは」
「社と林より南の十数キロは見捨てることになります。精鋭のハンターでも単独では生存が困難になるでしょう」
校長が渋い顔になる。
「まだあるのではないかね」
「術者の負担が大きい儀式になります。死にはしないはずです」
イコニアの目からは、自分自身を思いやる思考が一切感じられなかった。
●立てこもり事件
「でてきてくださーい」
長射程機銃を積んだ魔導トラック6両の6両目が、1柱の立てこもり犯により利用できなくなっている。
「そこにいたままじゃお風呂にも入れませんよー」
呼びかけているのは助祭のマティ。
学校のナンバー1とナンバー2が過激派聖職者なため、胃壁をすり減らす立場になっただいたいナンバー10である。
助手席に籠もった幼女が、食料庫から拝借した乾パン袋と大瓶林檎ジュースを手にカーテレビを凝視している。
今は、SFロボットアニメ「CATCH THE SKY」のヘビーローテーション中だった。
●地図
abcdefghi
あ平平開開農川荒荒□ □=未探索地域。縦2km横2km
い荒平平学薬川川川川 平=平地。低木や放棄された畑があります。かなり安全
う荒平畑畑畑畑荒荒平 学=平地。学校が建っています。工事中。緑豊か。北に向かって街道有
え平平平平平平木木墓 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お平荒荒荒果果林荒□ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫、パン生産設備有
か荒荒荒荒荒丘林荒□ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き荒荒荒荒湿湿荒荒□ 開=平地。開拓が進んでいます
く□□荒荒荒※荒□□ 果=緩い丘陵。果樹園。柑橘系。休憩所有
け□□□荒荒荒荒□□ 丘=平地。丘有り。精霊不在気味
こ□□□□□荒□□□ 湿=湿った盆地。安全? 精霊の遊び場でした
さ□□□□□?□□□ 川=平地。川があります。水量は並
し□□□□□□□□□ 荒=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
墓=平地。長い間放置された墓があります。いくつか真新しい木が植えられています
木=平地。東西に延びる細い道。道沿いに、祝福された木が植えられています
林=平地。非常にまばらに、祝福された木が植えられています。急速に緑が広がっています
※=平地。浄化済。放置すると元に戻ります
?=荒野。岩?が多い
●依頼票
臨時教師または歪虚討伐
またはそれに関連する何か
数世代積み重なった悪感情を捨てるのは無理でも、理性的な妥協を図るには最高の舞台のはずだった。
ぷくー。
へちゅん。
小さな精霊の、鼻提灯が弾けて消えた。
●ルル音楽祭(仮称)出場審査会
「申し訳ありませんが不採用です」
司祭が言い終わる前に反論が来た。
「何故じゃっ」
「精霊様に安らぎを提供できてるじゃろー」
司祭程度鼻息だけで破滅させられるはずの有力貴族2人が、娘のような歳の司祭にすがりついている。
「横暴じゃぁ」
「機会をっ、機会を与えてくれぇ」
数十年来の親友じみた連携で、手段を選ばず人の良さや哀れっぽさを演出して罪悪感を刺激する。
なお、私人としては実際に親友同士だ。
「ルル様は本番でもこの調子ですよ」
司祭は目の前の2人を無視して拝むような仕草をする。
彼女の視線の先を見てみると、演奏終了直後に起きた精霊が歌い手にまとわりついていた。
静止していればカソック姿のエルフ耳銀髪美幼女。
動けば躾け不十分なお子様である。
歌い手はこういう子供に慣れているようで、甘味を与えて適当にあやしてくれている。
チョコレートで手も口元もべたべたにした精霊が、貴族の紋章が染め抜かれた絹布2つで汚れを拭った。
「ちょ!?」
「公の場であれされるとまずいのぅ」
貴族にとって面子は資産だ。
舐められたら報復しないと家業が傾く。
私欲しかない悪徳貴族も、民を愛し民を肥やす貴族も、その点だけは全く同じだ。
「もうちょっとだけなんとかならんか?」
「司祭殿個人にも寄進してもいいんじゃがなー」
息を吐くように買収工作を始める貴族達。
複数の事業を動かす司祭でも狼狽える好条件だが、精霊案件なので譲歩は不可能。
自分自身よりも、所属派閥よりも、人類に友好的な精霊1柱の方が対歪虚戦では貴重で重要なのだ。
結局司祭は折れず、貴族と楽団と精霊の集合写真が撮られて解散になった。
●精霊のお引っ越し?
丘精霊ルルが目覚めた小さな丘。
質実剛健な社と舗装が施されたその場所は、何故かすっかり寂れた雰囲気だ。
ずっと留守にしていればこうなるのも当然である。
「おっかしーなー」
「手を休めない! ここ結構広いんだから」
「うん、でもなんか神聖な気配薄れてない?」
「それ僕も思った。近くの沼も淀んでいる気がする」
2年生、つまり最高学年の子供達が手際よく掃除を進める。
厚い革鎧を着込みメイスを腰に下げアサルトライフルを背負っているのに動きは機敏だ。
過酷な訓練と豊かな食生活が、覚醒者としての素質を開花させていた。
「気のせい……じゃないわね。別の班に連絡するからここお願い」
魔導トラックへ走る。
備え付けのトランシーバーを送信モードにし、北東と北西でパトロールとスケルトン狩りを行う同級生に注意を促す。
「何事もなければ良いけど」
南を見る。
荒野が延々と続いている。
地面の下には、鎮魂もされないまま積もり積もった怨念が潜んでいた。
●地域防衛再考
「歪虚の侵入は確認できませんでした」
前回ハンターが植林を行った土地が、完全に近い安全地帯となった。
「報告ご苦労。素晴らしいなイコニア君!」
校長でもある校長が珍しくはしゃいでいる。
膨大な資源と時間を使ってようやく成功するかもしれない浄化が数平方キロも成功したのだ。
非常に自制心が強いからこの程度のはしゃぎようで済んでいる。
「ルル様が身を削った結果です。単純に喜ぶことはできません」
「そう、だな」
校長が落ち着きを取り戻す。
丘精霊ルルは聖堂教会の信仰対象ではない。
露悪的に表現するなら利用する対象だ。
もっとも、悪意を以て利用するより善意と報酬というか貢ぎ物を潤滑油に交流した方が効率がよい。
裏の事情を知らない生徒は素直に精霊を尊重していし校長も精霊にほだされている。
「例の木についてですが」
ルルが急速成長させた、植林用の苗木についてだ。
大部分はハンターが植えたとはいえ10本程度は残っている。
「差し木で増やすと効果が落ちます。低下の度合いを調べるには時間が必要のようですが」
「期待はできないと?」
「専門家の勘を馬鹿にはできません」
調査を行ったのはこの地の農業を任されている農業法人だ。
学問としての農業を修めた3人が同じ感触を得ている。
「法術の専門家としての意見は」
「社と林と畑を巡礼路に見立てた結界術を提案します。ルル様と学校の安全は確保できます」
「デメリットは」
「社と林より南の十数キロは見捨てることになります。精鋭のハンターでも単独では生存が困難になるでしょう」
校長が渋い顔になる。
「まだあるのではないかね」
「術者の負担が大きい儀式になります。死にはしないはずです」
イコニアの目からは、自分自身を思いやる思考が一切感じられなかった。
●立てこもり事件
「でてきてくださーい」
長射程機銃を積んだ魔導トラック6両の6両目が、1柱の立てこもり犯により利用できなくなっている。
「そこにいたままじゃお風呂にも入れませんよー」
呼びかけているのは助祭のマティ。
学校のナンバー1とナンバー2が過激派聖職者なため、胃壁をすり減らす立場になっただいたいナンバー10である。
助手席に籠もった幼女が、食料庫から拝借した乾パン袋と大瓶林檎ジュースを手にカーテレビを凝視している。
今は、SFロボットアニメ「CATCH THE SKY」のヘビーローテーション中だった。
●地図
abcdefghi
あ平平開開農川荒荒□ □=未探索地域。縦2km横2km
い荒平平学薬川川川川 平=平地。低木や放棄された畑があります。かなり安全
う荒平畑畑畑畑荒荒平 学=平地。学校が建っています。工事中。緑豊か。北に向かって街道有
え平平平平平平木木墓 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お平荒荒荒果果林荒□ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫、パン生産設備有
か荒荒荒荒荒丘林荒□ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き荒荒荒荒湿湿荒荒□ 開=平地。開拓が進んでいます
く□□荒荒荒※荒□□ 果=緩い丘陵。果樹園。柑橘系。休憩所有
け□□□荒荒荒荒□□ 丘=平地。丘有り。精霊不在気味
こ□□□□□荒□□□ 湿=湿った盆地。安全? 精霊の遊び場でした
さ□□□□□?□□□ 川=平地。川があります。水量は並
し□□□□□□□□□ 荒=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
墓=平地。長い間放置された墓があります。いくつか真新しい木が植えられています
木=平地。東西に延びる細い道。道沿いに、祝福された木が植えられています
林=平地。非常にまばらに、祝福された木が植えられています。急速に緑が広がっています
※=平地。浄化済。放置すると元に戻ります
?=荒野。岩?が多い
●依頼票
臨時教師または歪虚討伐
またはそれに関連する何か
リプレイ本文
●聖堂教会の事件簿。精霊立てこもり編
長時間続いていた呼びかけが止まった。
少女が咳をしている。
喉をさすってもなかなか回復しない。
「マティ助祭」
「エステル様っ!?」
エステル(ka5826)が隣にいるのにようやく気付く。
慌てて表情を取り繕うとするが、長時間の説得でたまった鬱憤で表情が戻らない。
「あの」
「校長先生が忙しくされていましたよ。こちらは長期戦になりそうですし一度戻ってみては?」
未だ十代前半の助祭は精一杯礼儀正しい礼をして、小走りで校舎に向かった。
「時間がかかりそうですね」
彼女を鍛え上げればイコニアも念願の異動を勝ち取れるし、エステルに対するスカウト攻勢も収まると思っていた。
だが彼女はまだまだ未熟だ。
入学時点で文盲同然だった彼女が、幼少時から高度な教育を受けている貴族と比べて未熟で済んでいるのだから非常に優秀といえる。
しかし短期間で追いつくほどの才はない。
ままなりませんねとつぶやき、山積している書類を片付けるためエステルも校舎へ向かう。
「ルル様、中に入れて頂けませんか? 入りますよ?」
ノックをしても気付いてくれないので、ユウ(ka6891)は勝手に魔導トラックのドアを開けた。
お菓子のカスが舞い、鮮度が落ちた生果汁ジュースの臭いがユウの鼻を刺激する。
だいたい三歳児に見える精霊が、ぼんやりした目をカーテレビに固定していた。
「クウ、警戒をお願い。もうこんな所まで汚して」
実年齢で数桁上の精霊を清めるドラグーンは、良い姉にも母にもなれるのかもしれない。
1時間後。
清潔になった助手席には丘精霊を抱きかかえたユウがいた。
目を見張り、安堵の息を吐き、手に汗握って空を舞うKVを応援する。
すっかりCTSに魅了されていた。
「失礼しまちゅよー」
運転席側のドアが開き、北谷王子 朝騎(ka5818)がするりと入り込む。
シートとベルトを調整しながら屈み込む。
「ガード固いでちゅね。パンツ見えないでちゅ」
あくまでアニメで活躍中の女の子についてのコメントである。
「出発するでちゅ」
振動をほとんど感じさせない見事な運転で南へ向かう。
聖堂教会関係者を悩まし続けた大事件は、ハンターたちによって実にあっさり解決された。
●会議
助祭が説得に悪戦苦闘していた頃、大規模に増築された校舎で会議が行われていた。
「丘精霊様の力だけではああも見事な浄化はできなかった。ありがとう」
校長である司教が熱烈に感激して握手を求めてくる。
乾きつつある指に、長年の鍛錬の跡が感じられた。
「前回は北東部思惑通りの結果が出せて良かったよ」
平然と胸を張りながらメイム(ka2290)が言葉を続ける。
「成果を踏まえてこれからも丘周辺を足掛かりに浄化範囲を広げて見せるから」
司祭へ目を向ける。鉢巻きを巻き事務作業中だった。
「負担の大きい大儀式は反対するよ」
「拒否はしませんけど理由は教えて下さい」
ペンを台に戻し、ペンだこになりつつある場所を軽く揉む。
「イコニアさんが行いたいのは防壁というよりは一定範囲のマテリアルを閉じる結界だよね?」
浄化術ではあるがその性質もある。
「この間ルルさんに貰えた返事だと自然精霊ではなく地域を護る英霊だと思うんだよ」
司祭は沈黙している。
自然精霊に自身の人格の一部をコピーさせたというかされた結果が今の丘精霊と彼女は判断している。
メイムと司祭のどちらが正しいかは分からない。
ただ、聖堂教会上層部に知られるとろくでもない展開になるので外部に広める気はなかった。
「どこまでが範囲なのかまだ判らないけど汚染が残る範囲も含まれているのは確実。学校の都合で切取るのはルルさんの為にならないよ?」
「そうですよ。歪虚から護られても南もルル様の土地なら、不浄が濃くなれば弱体化は免れない様な気がします」
メイムの意見にソナ(ka1352)も賛同した。
「イコニアさんの負担も避けたいですし、儀式は反対します。植樹が効果あるのですから植樹しながら安全地帯を広げる方向で頑張りたく」
「そーだよー。校長先生、イコちゃん、ルル様殺しの二つ名が派閥全体について、学校は潰されて派閥関係者全員が大司教から粛清されるかもしれないよ?」
宵待 サクラ(ka5561)は冗談めかしているけれども、言っている内容は深刻でしかも現実味がある。
精霊はそれだけ貴重な存在なのだ。
「好きの反対は無視なんだよ。イコちゃんは多分、この地で1番ルル様に気にされてる……加護はなくても1番の根幹を与えた人物だからね」
「最初はそうでも、ソナさんと認めたくはないですけどはしゃいでいるときの朝騎さんの影響の方が強いと思います」
「茶化さない。細かな癖から知識の偏りにアクセルベタ踏みな性格まで、親子や姉妹以上に似てるのに影響が薄いって言えるー?」
んぐ、と司祭が言葉に詰まる。
「まー多分人格コピーじゃなくて必要な要素だけ吸収したんだろうね。土地に根差す精霊だから、この地の平安を望む。この地が平らかなら上手くいく学校とルル様の目的が噛みあった共生関係に過ぎないんだ、今は」
仮に四大精霊が人類に対して中立になると、ハンターや学校関係者の前に姿を現さなくなる可能性すらある。
「生徒を含めた関係者全員の生死がかかってる。授業の遅れよりずっと大事だよね? だから」
子供達の朝の礼拝と掃除を丘の社で行おう。
命令に近い強さの要請だった。
「形を得るのにイコちゃんが手を貸したから、丘の精霊でありながら人寄りで学校寄りで、それが今ルル様の力を減らす要因になってる。丘が本拠地であると私達自身が行動することでルル様にも紐づけられると思うんだ」
「理屈は分かりますし効果はあると思いますけど、本当にやっていいのですか?」
「すぐに実行可能な対案があるなら無理には勧めないよ。でも対案ある?」
司祭は獣っぽい唸りを20秒ほど続けた後、肩を落として申請書類を取り出す。
「授業計画の変更と関係各所との交渉、よろしくねイコちゃん」
「精神的疲労ってフルリカバリーでも回復しないんですよ」
一度だけ恨めしい目で見た後は普段通りの態度に戻り、慣れた様子で申請書類と手紙を量産していく。
「ねーねーイコニアさん、闇鳥の憎悪の受け具合が普通じゃなかったでちゅし、もちかちて御先祖様が過去、この地のエルフを討伐してたりしまちぇんか?」
唐突に、机の下から朝騎が現れた。
白と緑のしましまとつぶやく朝騎をじろりとにらむ。力を込めすぎたペン先が滑り羊皮紙を1枚駄目になる。
「予想が外れてるのが1番でちゅけど……時代によって悪の定義も対象も変わる物でちゅし宗教がらみという事もありまちゅ。過去、この地のエルフがエクラでは無く、丘精霊を信仰してたのなら最悪、エクラへの改宗を拒否した異教徒扱いとかいう線も……」
「私の直系祖先の中にはいません」
茶の準備をしていたソナがほっとする。
「途絶えた本家と分家の人が暴れていた可能性はあります。2割くらい」
ソナの動きが一瞬止まった。
「地味に割合大きくないでちゅか?」
「一応歴史長めの家ですから。戦死者が多いのでずっと中小規模ですけど」
「イコニアさん!」
思わず強い声を出してしまったソナに、イコニアが頭を下げた。
「和魂洋才で通じるでしょうか」
イコニアの言葉は精霊の力により翻訳されている。
「そのとき流行の思想とそのときの最新技術を取り入れてはいますが、私の家系の大部分は自身の利益のために動きます」
「能力的に聖女をこなせるイコちゃんでも?」
「性格的に無理です。それに、歪虚を殺して気持ちよくなりたいというのは私益ですよ。現代は友好関係が利益に繋がり易い状勢なのでこう動いていますが」
己が過去の王国にいたら何をしたか考えてみる。
血の臭いと、赤黒く染まった己の手が容易に想像できた。
ソナが自分の口元を隠す。
イコニアの表情が、ある修道士の表情と一致していた気がした。
●精霊の丘
エンディング曲が終わったタイミングで車が止まる。
「ついたでちゅよー」
普段の言動からは想像しづらいが、朝騎は戦闘用車両で高級乗用車じみた運転をできるほど操縦がうまい。
「ルル様、降りましょう」
娯楽は娯楽として楽しんだ上で気持ちを切り替え、ユウも膝の上の精霊に降車を促す。
やー
まだみるのー
おかわりほしい
甘えん坊と評すには少し図太い思考がユウの脳に直接届く。
ユウは、穏やかな表情のまま内心非常に困っていた。
怠惰を脱却して欲しい。
ドラグーン式でたたき直すことは多分できる。でも精霊相手にしちゃっていいのだろうか?
からころ、りーんと、音程の異なる綺麗な響きが風に乗る。
つんとすました猫の隊列が曲にあわせて進退を行い、三毛のユグディラが人間用ハンドベルで演奏を担当している。イベント本番のための練習だ。
「ルル様おかえりなさい。今度、皆でルル様のために音楽のイベントの開催が決まったそうですよ」
丘精霊が座ったまま身を乗り出し、バランスを崩し転落しかけてユウの腕に抱き留められた。
ありがとうと元気よく伝えて実体化を解く。
空で驚き急降下しようとした空色のワイバーンを、ユウが目で思いとどまらせる。
がらがらと、雑な手入れとそれ以上に雑な技術によるハンドベルの演奏が始まった。
丘精霊は滑るように飛んで演奏の和に入ろうとする。
技術がないだけでなく合わせようとする意識が薄いので、ユグディラ達は迷惑そうだ。
「昔お渡ししたハンドベル持っていてくださったのですね」
エステルが移動し屈んでルルと視線をあわせる。
「折角なので、ルル様も何か一曲御練習しませんか? 今お好きな曲でもよろしいですし、かつて、ルル様がお聞きになられていた音楽等がございましたらそれでも」
主の意を汲んで白いユグディラが猫と同属を宥めている。
「上手く演奏が出来たらイコニア様を見返してやれますよ?」
3歳児の顔に生意気な表情が浮かぶ。
気配が増してエステルの髪が小さく揺れる。
多すぎる情報が叩き込まれた余波だ。
「観客に怪我をさせたらその時点で終了ですからね」
エステルの忠言を無視はしていないが半分も理解していない。
乱れた気配を嫌った猫が、歪虚を意識した忍びじみた動きで丘の北側へ逃げた。
「追い払うつもりはないからそっちに並んでー」
ゴーレムが設置した冷蔵庫をメイムが開いて中身を皿に並べる。
ミルクやお菓子を人間基準で20人分用意したので、ルルが暴飲暴食しても猫の分がなくなることはないだろう。
みゃあ、と。
これ以上は無理というサインがエステルに届く。
「上手になって演奏したら、子供達にから尊敬の目で見られますよ」
ソナが声をかけると精霊の演奏が止まり、ユグディラのハンドベルさばきを凝視し始めた。
「褒めて育てるべきでしょうか」
「精霊を育てるというのも立場的に……」
ソナとエステルが困惑の視線を交わす。
全てを満足させる手段は、まだ見つからない。
●精霊の丘2.0
ボルディア・コンフラムス(ka0796)の怒声に背中を押され、1年の生徒がひきつった表情で走る。
背中をスケルトンの拳が打つ。分厚い革鎧を着込んでいるため深刻なダメージにはならない。
「前に出るヤツだけじゃ戦いはできねぇ。優秀な後方支援があって初めて人間は歪虚と渡り合えンだよ」
演習用魔導トラックに乗った2年生にも容赦なく怒鳴る。
「そこ気を抜くな! 万一がないようしっかり手で持って撃て!」
4両の機銃付き魔導トラックと合計20名の覚醒者は、10体未満の雑魚雑魔にとっては過剰戦力だ。
しかし知識や胆力が足りないなら戦力は有効に機能しない。
「てめぇ舐めてんのか、えぇ?」
専業か兼業の違いは大きく、ボルディアの教育技術は戦闘教官達と比べると高くない。
だが覚醒者としての格が技術の差を吹き飛ばす。
「足を止めてる暇があったら何ができるか必死で考えろ! 思考を止めるンじゃねぇ!」
近くに丘という安全地帯が有り、複数のハンターに見守られ、その上で対歪虚戦の最前線の殺気を感じられる環境は聖導士教育として理想的だ。
生徒達は、教師陣の予想を超える速度で成長していた。
「気を抜くなと言ったぞ!」
イェジドで追いつき拳骨を落とす。
そして、ちょっとは考えろという呆れた視線を丘へ向けた。
「学校の皆さんが丘を修繕してくれたこと、知っていたんですね」
己の背後へ隠れた丘精霊の気配を感じながら、ユウはぽつりとつぶやいた。
丘精霊ルルは無邪気という表現では庇いきれない言動をすることがある。
この妙な素直さがなければ、利用し尽くそうという者が学校内にも現れていたかもしれない。
「お礼をいう時期を考えてあげたら完璧でした」
精霊が機嫌良く、しかも個人を対象に手を振っていたら普通の人間は動揺する。
「南に行き過ぎだ。あのデカイ鳥に人死に無しで勝てるつもりか」
戦場では動揺すると戦死が近づく。
だから、事情は分かっていてもボルディアは厳しくするしかなかった。
「ふたりともおつかれー」
メイムがひょいと顔を出す。
掃除道具を持ったユウには現地産のジュースを渡し、ルルのお腹がぽっこり膨れているのに気付いてもう1つのコップを片付ける。
代わりに、組み立て済みの戦闘機模型を小さな精霊に渡した。
「KVみたいにはコレ差替え変形しないけど似てるでしょ? すごい速さで飛ぶらしいよ?」
ノズルを前にしてブンドドしようとするルルを止め、正しい向きに直してやった。
「食べても年齢は回復しないんだよねー。これどう?」
イクシード・フラグメント2つをプレゼント。
急速に薄れ、メイムの手の中に2つとも再出現する。
「だめかー。遠いからすぐには確認行って欲しくないけど苗木超助けられたよありがとう♪ また頼るかもだけど今回はなるべく休んでね」
模型を手に走り回る子供は全く聞いていなかった。
「朝騎さーん、設定お願いしまーす」
丘の北の麓にたった小屋からイコニアの声が響いた。
「なんでちゅか……って古っ。デスクトップ? なら外にあるのはソーラーパネルでちゅか」
小屋の中と外を何度か行き来して状況を把握する。
「もしかして朝騎が陳情した漫画図書館でちゅか?」
パソコン本体に、持ち出しと外部ネットワークへの接続厳禁と強調表示された契約書が貼り付けられている。
「リアルブルーと連絡可能になったので許可をとりました。……許可がいるのにびっくりですけど」
「あっちはそういう世の中でちゅからねー。イコニアさんもPDA使うなら気をつけた方がいいでちゅよ」
「表計算ソフトの使い方を教えてくれたのは感謝してます、よ?」
お前帳簿のこと覚えとけよという感情のこもった、迫力ある笑みだった。
「猫は無理でちゅか」
「常駐するには危険すぎますから。覚醒者と一緒に来て覚醒者と一緒に戻るつもりみたいです」
満腹の猫とユグディラが、太陽光で温められた壁にもたれかかっていた。
「こうですか?」
エステルが口ずさむ。
丘精霊が首を小首を傾げる。
なお、ルルが送ってきた曲情報が不十分なだけであり、エステルが聞き取りに失敗している訳でも音痴な訳でもない。
「エステルさん、体調は」
ソナが心配そうにたずねる。
この精霊との意思疎通は危険を伴う。
身振り手振りの意思疎通だけなら無害なのだが、テレパシーの加減が分からず高位覚醒者でも脳にダメージが生じかねない量の情報を送ってくる。
情報の取捨選択と圧縮が非常に下手なのだ。
「大丈夫です。準備をしてきました」
被弾時に即座に回復するスキルを使用していた。
「元の曲はおそらく……」
かつて、ルル聞いていたはずの曲を推測してハミングする。
いいきょくー
でもなんかちがう
このきょくでしさいにぎゃふんといわせるー
なんともコメントに困る反応だった。
「ルル様」
ソナが全て口に出すより速く、思考を読み取ったルルが反応する。
がっこうでごはん!
まんがとしょかんおもしろそう!
この後の予定はまだ決まっていないようだ。
「土地の護りが薄くなっている気がするのです」
丘精霊の表情が固まった。
口笛を吹いて誤魔化そうとするが音は出ない。
湿地で遊んで、学校で遊んで、気ままに加護を与えて、たまたま思いついて木々を育てる。
ソナが調べたルルの日常生活は堕落寸前な状況だ。
「音楽祭では人が集まります。烏が襲うかもしれず、人が来ても安全な場所にしないと開催できません」
なら諦めても……という気配のルルに、ソナは静かに事実を突きつける。
「大勢の人が失望します。寄付金の集まりも少なくなって、ルル様の社の維持費も足りなくなるかもしれません」
「予算? またそんなことになってるの?」
サクラが焦った様子で振り返った。
彼女の近くでは、東方風の植木職人2人が枝振りの良い桜を植えているところだ。
「はい」
桜を見てソナが瞬きをした。
花も咲いていないのに美しい。
清らかな威というべきものが感じられる。
「精霊様へ贈る品ですので」
職人2人がルルに対して深々と頭を下げた。通常ならいくら金を積んでも買えない桜らしい。
ルルは桜に対して威嚇のポーズだ。土地の所有権を主張しているようにも見える。
「ランドマークのつもりだったんだけどな」
「私達の目に見えないだけで精霊様は大勢いますから。百年くらいたてば見えるようになるかもしれませんね」
丘精霊が精神的ダメージを受けてふらふらする。
ソナは優しげに微笑み、励ますように言葉をかけた。
「先輩になるのでしたら尊敬される先輩になりたいですよね」
威嚇のポーズがさらに崩れる。
「遊ぶ余裕があるのは大事なことです」
正面から否定はしない。
「浄化の木もルル様でないと難しいようですし」
昔のエルフの事もどうしてほしいか、ルル様なら気付けるのでは?
目だけで伝えると丘精霊が神妙な態度になる。
「ルル様が、皆を守って下さるのでしょう? 私達も力になりますから、一緒にがんばりましょう?」
丘精霊は素直にうなずき、まずは足場から固めるために丘周辺の見回りを始める。
それは散歩にしか見えないけれど、少し淀んでいた丘の気配が明らかに澄み始めていた。
●祝福の木
「てっしゅー!」
荷台に木を載せたゴーレムが猛烈な勢いで北へ走る。
4両の魔導トラックが2両2班で弾幕張りと全力撤退を繰り返す。
「精霊に遠慮があっても祝福は食い物ってことかよ」
ボルディアは吐き捨て魔斧を真横に振るう。
ひたすら速く重い斬撃が、前のめりの大型歪虚へ深い傷を刻む。
「のーむたんCモード!」
メイムが斜め上へ跳ぶ。
歪んだ鳥形の闇にも見える歪虚の口から、高位の竜種じみたブレスが地面と水平に放たれた。
反衝撃フィルムにマテリアルを流すことでブレスの一部を受け流す。
それで威力は半分以下に落ちたのに、青黒い光が石壁ごとゴーレムを貫き中破程度のダメージを与える。
ボルディアの魔斧が再度振られる。
並の斬撃なら柔らかく受け止める負マテリアルの羽毛が、完全に人間の域を超えた力で左右に両断された。
「よし逃げたな!」
ボルディアがにやりと笑う。
騒ぐ1年を無視して運転する2年生が実に心強い。
何故なら、今からここは地獄に変わるからだ。
負マテリアルが地の底から湧き出る。
効果範囲以外はイコニアより強力な術で浄化された地面は耐えているが、それ以外は黒々とした沼に変わる。
地上に溢れた力が巨大な鳥の姿をとり、嘴の中が闇色に光る。
扇状に広がるブレスが、遠くまで直進するブレスが、ただ1点に集中するブレスが重なり合い空間を埋め尽くす。
カイン・A・A・マッコール(ka5336)が回避に失敗して飲み込まれ、みぢりと金属が伸縮する音が鈍く響いた。
負マテリアルの海から異形の全身鎧が飛び出した。
暴龍を思わせる鎧のおそらく兜部分から、闇鳥のブレスよりなお冷たく燃える青い瞳がちらりと見えた。
「これだけいればすこしはすっきりするか」
斬魔刀が大振りに振るわれる。
魔導トラックサイズの闇鳥が致命傷を受け、どろりと形を失い地面の下へ戻っていく。
現れたときより量は減っているので、このまま倒して行けばいつかは安全な土地に変わる。
「鎧は丈夫だけども、それを良いことに貰っていたらいつか必ず蓄積するしな」
一点集中の攻撃だけはバックあるいはサイドステップで躱し、耐えられる程度のクチバシ攻撃は敢えて受けてからカウンターを叩き込む。
斬魔刀がクチバシの半分を割る。
離した掌で舌を掴んで呼吸の動きを封じ、逆の腕で光刃を抜いて目玉とその奥を刺し貫く。
カインが舌打ちして半生の残骸を蹴り飛ばす。
(体が勝手に動いたって感じだな、それなら俺なんか追い出してしまえばいいのに、無駄に痛ぇ)
北を向くと、無音で応援している3~4歳児と、すごく参加したそうにしている司祭が応援しているのが見えた。
「癒やしと浄化が豊富な戦場だからか? 面倒臭ぇ」
闇鳥の数は減っても、闇色のブレスは薄れるどころか濃さを増していた。
正のマテリアルを纏う刃が分厚い羽毛を切り裂いた。
巨大な歪虚と比較するとナイフサイズに見えてしまうが、ユウは高速で駆け抜けつつ斬り続けることで有効な攻撃に昇華させている。
闇が押し寄せる。
点でも線でも面でもなく立体での攻撃であり、超高位のハンターで辛うじて回避の可能性があるレベルだ。
戦士としては細見の体を、ユウは見事に負マテリアルの波に乗せる。
スキルによる加速と素の体術による合わせ複合技だ。
なお、丘の精霊と司祭は無邪気に喜んでいるが、装甲の薄いユウにとっては紛れ当たりが連続すると戦死しかねない戦い方である。
「25人で相手するような奴でちゅよこれ!」
無数の呪符が宙を舞う。
常時5本の雷が負マテリアルの貫き闇鳥を抉る。
「ロッソ漂着当時なら大規模作戦だったかもなぁ!」
ボルディアが楽しげに笑い、翼幅20メートル近い闇鳥を文字通り潰す。
攻撃だけでなく、イェジドと共に敵勢を食い止めることまでこなしている。
「朝騎は」
濃い負マテリアルが流れて来たので透明素材盾で防ぎ。
「後衛」
雑な狙いのブレスを両足揃えての跳躍で回避。
「なんでちゅよっ!」
至近距離にいる翼幅10メートルに幻影を叩き込み、360度から襲ってくるはずだったブレスの津波の狙いを大きく狂わせた。
ボルディア並みの暴威を振るっていた朝騎の戦果獲得速度が急低下。
風雷陣で狙える数より、闇鳥の生き残りの方が少なくなったのだ。
「クウ!」
空から光の豪雨が降り注ぎ、被弾し穴だらけの闇を魔導剣が切り裂く。
闇が晴れたとき、歪虚の全てが地上から消えていた。
珈琲の香りが広がる中、お裾分けのケーキ1切れをカインが断った。
彼が無造作に口にするのは鯖サンド。
何故か丘精霊が興味津々な視線を向けている。内陸出身だからだろうか。
「なぁ、遺跡? でいいんだよな。あれの写真や画像データの送り先教えてくれ。あと聞いてたら発掘予定も」
ソナは連絡先を渡し小さな溜息をつく。
「先方の乗り気で、連絡を入れたらすぐ来るそうです。ただ」
丘の南は危険すぎるので出発と受け入れの許可が出ない。
「そりゃそうなるよなぁ。……何か忘れている気がすんだけど、分かるか?」
ソナだけでなく、ハンター全員が違和感に気付く。
練習疲れで猫と寝っ転がっている精霊が、妙に艶々している。
今回、イクシード・プライムが何故か手に入らなかった。
長時間続いていた呼びかけが止まった。
少女が咳をしている。
喉をさすってもなかなか回復しない。
「マティ助祭」
「エステル様っ!?」
エステル(ka5826)が隣にいるのにようやく気付く。
慌てて表情を取り繕うとするが、長時間の説得でたまった鬱憤で表情が戻らない。
「あの」
「校長先生が忙しくされていましたよ。こちらは長期戦になりそうですし一度戻ってみては?」
未だ十代前半の助祭は精一杯礼儀正しい礼をして、小走りで校舎に向かった。
「時間がかかりそうですね」
彼女を鍛え上げればイコニアも念願の異動を勝ち取れるし、エステルに対するスカウト攻勢も収まると思っていた。
だが彼女はまだまだ未熟だ。
入学時点で文盲同然だった彼女が、幼少時から高度な教育を受けている貴族と比べて未熟で済んでいるのだから非常に優秀といえる。
しかし短期間で追いつくほどの才はない。
ままなりませんねとつぶやき、山積している書類を片付けるためエステルも校舎へ向かう。
「ルル様、中に入れて頂けませんか? 入りますよ?」
ノックをしても気付いてくれないので、ユウ(ka6891)は勝手に魔導トラックのドアを開けた。
お菓子のカスが舞い、鮮度が落ちた生果汁ジュースの臭いがユウの鼻を刺激する。
だいたい三歳児に見える精霊が、ぼんやりした目をカーテレビに固定していた。
「クウ、警戒をお願い。もうこんな所まで汚して」
実年齢で数桁上の精霊を清めるドラグーンは、良い姉にも母にもなれるのかもしれない。
1時間後。
清潔になった助手席には丘精霊を抱きかかえたユウがいた。
目を見張り、安堵の息を吐き、手に汗握って空を舞うKVを応援する。
すっかりCTSに魅了されていた。
「失礼しまちゅよー」
運転席側のドアが開き、北谷王子 朝騎(ka5818)がするりと入り込む。
シートとベルトを調整しながら屈み込む。
「ガード固いでちゅね。パンツ見えないでちゅ」
あくまでアニメで活躍中の女の子についてのコメントである。
「出発するでちゅ」
振動をほとんど感じさせない見事な運転で南へ向かう。
聖堂教会関係者を悩まし続けた大事件は、ハンターたちによって実にあっさり解決された。
●会議
助祭が説得に悪戦苦闘していた頃、大規模に増築された校舎で会議が行われていた。
「丘精霊様の力だけではああも見事な浄化はできなかった。ありがとう」
校長である司教が熱烈に感激して握手を求めてくる。
乾きつつある指に、長年の鍛錬の跡が感じられた。
「前回は北東部思惑通りの結果が出せて良かったよ」
平然と胸を張りながらメイム(ka2290)が言葉を続ける。
「成果を踏まえてこれからも丘周辺を足掛かりに浄化範囲を広げて見せるから」
司祭へ目を向ける。鉢巻きを巻き事務作業中だった。
「負担の大きい大儀式は反対するよ」
「拒否はしませんけど理由は教えて下さい」
ペンを台に戻し、ペンだこになりつつある場所を軽く揉む。
「イコニアさんが行いたいのは防壁というよりは一定範囲のマテリアルを閉じる結界だよね?」
浄化術ではあるがその性質もある。
「この間ルルさんに貰えた返事だと自然精霊ではなく地域を護る英霊だと思うんだよ」
司祭は沈黙している。
自然精霊に自身の人格の一部をコピーさせたというかされた結果が今の丘精霊と彼女は判断している。
メイムと司祭のどちらが正しいかは分からない。
ただ、聖堂教会上層部に知られるとろくでもない展開になるので外部に広める気はなかった。
「どこまでが範囲なのかまだ判らないけど汚染が残る範囲も含まれているのは確実。学校の都合で切取るのはルルさんの為にならないよ?」
「そうですよ。歪虚から護られても南もルル様の土地なら、不浄が濃くなれば弱体化は免れない様な気がします」
メイムの意見にソナ(ka1352)も賛同した。
「イコニアさんの負担も避けたいですし、儀式は反対します。植樹が効果あるのですから植樹しながら安全地帯を広げる方向で頑張りたく」
「そーだよー。校長先生、イコちゃん、ルル様殺しの二つ名が派閥全体について、学校は潰されて派閥関係者全員が大司教から粛清されるかもしれないよ?」
宵待 サクラ(ka5561)は冗談めかしているけれども、言っている内容は深刻でしかも現実味がある。
精霊はそれだけ貴重な存在なのだ。
「好きの反対は無視なんだよ。イコちゃんは多分、この地で1番ルル様に気にされてる……加護はなくても1番の根幹を与えた人物だからね」
「最初はそうでも、ソナさんと認めたくはないですけどはしゃいでいるときの朝騎さんの影響の方が強いと思います」
「茶化さない。細かな癖から知識の偏りにアクセルベタ踏みな性格まで、親子や姉妹以上に似てるのに影響が薄いって言えるー?」
んぐ、と司祭が言葉に詰まる。
「まー多分人格コピーじゃなくて必要な要素だけ吸収したんだろうね。土地に根差す精霊だから、この地の平安を望む。この地が平らかなら上手くいく学校とルル様の目的が噛みあった共生関係に過ぎないんだ、今は」
仮に四大精霊が人類に対して中立になると、ハンターや学校関係者の前に姿を現さなくなる可能性すらある。
「生徒を含めた関係者全員の生死がかかってる。授業の遅れよりずっと大事だよね? だから」
子供達の朝の礼拝と掃除を丘の社で行おう。
命令に近い強さの要請だった。
「形を得るのにイコちゃんが手を貸したから、丘の精霊でありながら人寄りで学校寄りで、それが今ルル様の力を減らす要因になってる。丘が本拠地であると私達自身が行動することでルル様にも紐づけられると思うんだ」
「理屈は分かりますし効果はあると思いますけど、本当にやっていいのですか?」
「すぐに実行可能な対案があるなら無理には勧めないよ。でも対案ある?」
司祭は獣っぽい唸りを20秒ほど続けた後、肩を落として申請書類を取り出す。
「授業計画の変更と関係各所との交渉、よろしくねイコちゃん」
「精神的疲労ってフルリカバリーでも回復しないんですよ」
一度だけ恨めしい目で見た後は普段通りの態度に戻り、慣れた様子で申請書類と手紙を量産していく。
「ねーねーイコニアさん、闇鳥の憎悪の受け具合が普通じゃなかったでちゅし、もちかちて御先祖様が過去、この地のエルフを討伐してたりしまちぇんか?」
唐突に、机の下から朝騎が現れた。
白と緑のしましまとつぶやく朝騎をじろりとにらむ。力を込めすぎたペン先が滑り羊皮紙を1枚駄目になる。
「予想が外れてるのが1番でちゅけど……時代によって悪の定義も対象も変わる物でちゅし宗教がらみという事もありまちゅ。過去、この地のエルフがエクラでは無く、丘精霊を信仰してたのなら最悪、エクラへの改宗を拒否した異教徒扱いとかいう線も……」
「私の直系祖先の中にはいません」
茶の準備をしていたソナがほっとする。
「途絶えた本家と分家の人が暴れていた可能性はあります。2割くらい」
ソナの動きが一瞬止まった。
「地味に割合大きくないでちゅか?」
「一応歴史長めの家ですから。戦死者が多いのでずっと中小規模ですけど」
「イコニアさん!」
思わず強い声を出してしまったソナに、イコニアが頭を下げた。
「和魂洋才で通じるでしょうか」
イコニアの言葉は精霊の力により翻訳されている。
「そのとき流行の思想とそのときの最新技術を取り入れてはいますが、私の家系の大部分は自身の利益のために動きます」
「能力的に聖女をこなせるイコちゃんでも?」
「性格的に無理です。それに、歪虚を殺して気持ちよくなりたいというのは私益ですよ。現代は友好関係が利益に繋がり易い状勢なのでこう動いていますが」
己が過去の王国にいたら何をしたか考えてみる。
血の臭いと、赤黒く染まった己の手が容易に想像できた。
ソナが自分の口元を隠す。
イコニアの表情が、ある修道士の表情と一致していた気がした。
●精霊の丘
エンディング曲が終わったタイミングで車が止まる。
「ついたでちゅよー」
普段の言動からは想像しづらいが、朝騎は戦闘用車両で高級乗用車じみた運転をできるほど操縦がうまい。
「ルル様、降りましょう」
娯楽は娯楽として楽しんだ上で気持ちを切り替え、ユウも膝の上の精霊に降車を促す。
やー
まだみるのー
おかわりほしい
甘えん坊と評すには少し図太い思考がユウの脳に直接届く。
ユウは、穏やかな表情のまま内心非常に困っていた。
怠惰を脱却して欲しい。
ドラグーン式でたたき直すことは多分できる。でも精霊相手にしちゃっていいのだろうか?
からころ、りーんと、音程の異なる綺麗な響きが風に乗る。
つんとすました猫の隊列が曲にあわせて進退を行い、三毛のユグディラが人間用ハンドベルで演奏を担当している。イベント本番のための練習だ。
「ルル様おかえりなさい。今度、皆でルル様のために音楽のイベントの開催が決まったそうですよ」
丘精霊が座ったまま身を乗り出し、バランスを崩し転落しかけてユウの腕に抱き留められた。
ありがとうと元気よく伝えて実体化を解く。
空で驚き急降下しようとした空色のワイバーンを、ユウが目で思いとどまらせる。
がらがらと、雑な手入れとそれ以上に雑な技術によるハンドベルの演奏が始まった。
丘精霊は滑るように飛んで演奏の和に入ろうとする。
技術がないだけでなく合わせようとする意識が薄いので、ユグディラ達は迷惑そうだ。
「昔お渡ししたハンドベル持っていてくださったのですね」
エステルが移動し屈んでルルと視線をあわせる。
「折角なので、ルル様も何か一曲御練習しませんか? 今お好きな曲でもよろしいですし、かつて、ルル様がお聞きになられていた音楽等がございましたらそれでも」
主の意を汲んで白いユグディラが猫と同属を宥めている。
「上手く演奏が出来たらイコニア様を見返してやれますよ?」
3歳児の顔に生意気な表情が浮かぶ。
気配が増してエステルの髪が小さく揺れる。
多すぎる情報が叩き込まれた余波だ。
「観客に怪我をさせたらその時点で終了ですからね」
エステルの忠言を無視はしていないが半分も理解していない。
乱れた気配を嫌った猫が、歪虚を意識した忍びじみた動きで丘の北側へ逃げた。
「追い払うつもりはないからそっちに並んでー」
ゴーレムが設置した冷蔵庫をメイムが開いて中身を皿に並べる。
ミルクやお菓子を人間基準で20人分用意したので、ルルが暴飲暴食しても猫の分がなくなることはないだろう。
みゃあ、と。
これ以上は無理というサインがエステルに届く。
「上手になって演奏したら、子供達にから尊敬の目で見られますよ」
ソナが声をかけると精霊の演奏が止まり、ユグディラのハンドベルさばきを凝視し始めた。
「褒めて育てるべきでしょうか」
「精霊を育てるというのも立場的に……」
ソナとエステルが困惑の視線を交わす。
全てを満足させる手段は、まだ見つからない。
●精霊の丘2.0
ボルディア・コンフラムス(ka0796)の怒声に背中を押され、1年の生徒がひきつった表情で走る。
背中をスケルトンの拳が打つ。分厚い革鎧を着込んでいるため深刻なダメージにはならない。
「前に出るヤツだけじゃ戦いはできねぇ。優秀な後方支援があって初めて人間は歪虚と渡り合えンだよ」
演習用魔導トラックに乗った2年生にも容赦なく怒鳴る。
「そこ気を抜くな! 万一がないようしっかり手で持って撃て!」
4両の機銃付き魔導トラックと合計20名の覚醒者は、10体未満の雑魚雑魔にとっては過剰戦力だ。
しかし知識や胆力が足りないなら戦力は有効に機能しない。
「てめぇ舐めてんのか、えぇ?」
専業か兼業の違いは大きく、ボルディアの教育技術は戦闘教官達と比べると高くない。
だが覚醒者としての格が技術の差を吹き飛ばす。
「足を止めてる暇があったら何ができるか必死で考えろ! 思考を止めるンじゃねぇ!」
近くに丘という安全地帯が有り、複数のハンターに見守られ、その上で対歪虚戦の最前線の殺気を感じられる環境は聖導士教育として理想的だ。
生徒達は、教師陣の予想を超える速度で成長していた。
「気を抜くなと言ったぞ!」
イェジドで追いつき拳骨を落とす。
そして、ちょっとは考えろという呆れた視線を丘へ向けた。
「学校の皆さんが丘を修繕してくれたこと、知っていたんですね」
己の背後へ隠れた丘精霊の気配を感じながら、ユウはぽつりとつぶやいた。
丘精霊ルルは無邪気という表現では庇いきれない言動をすることがある。
この妙な素直さがなければ、利用し尽くそうという者が学校内にも現れていたかもしれない。
「お礼をいう時期を考えてあげたら完璧でした」
精霊が機嫌良く、しかも個人を対象に手を振っていたら普通の人間は動揺する。
「南に行き過ぎだ。あのデカイ鳥に人死に無しで勝てるつもりか」
戦場では動揺すると戦死が近づく。
だから、事情は分かっていてもボルディアは厳しくするしかなかった。
「ふたりともおつかれー」
メイムがひょいと顔を出す。
掃除道具を持ったユウには現地産のジュースを渡し、ルルのお腹がぽっこり膨れているのに気付いてもう1つのコップを片付ける。
代わりに、組み立て済みの戦闘機模型を小さな精霊に渡した。
「KVみたいにはコレ差替え変形しないけど似てるでしょ? すごい速さで飛ぶらしいよ?」
ノズルを前にしてブンドドしようとするルルを止め、正しい向きに直してやった。
「食べても年齢は回復しないんだよねー。これどう?」
イクシード・フラグメント2つをプレゼント。
急速に薄れ、メイムの手の中に2つとも再出現する。
「だめかー。遠いからすぐには確認行って欲しくないけど苗木超助けられたよありがとう♪ また頼るかもだけど今回はなるべく休んでね」
模型を手に走り回る子供は全く聞いていなかった。
「朝騎さーん、設定お願いしまーす」
丘の北の麓にたった小屋からイコニアの声が響いた。
「なんでちゅか……って古っ。デスクトップ? なら外にあるのはソーラーパネルでちゅか」
小屋の中と外を何度か行き来して状況を把握する。
「もしかして朝騎が陳情した漫画図書館でちゅか?」
パソコン本体に、持ち出しと外部ネットワークへの接続厳禁と強調表示された契約書が貼り付けられている。
「リアルブルーと連絡可能になったので許可をとりました。……許可がいるのにびっくりですけど」
「あっちはそういう世の中でちゅからねー。イコニアさんもPDA使うなら気をつけた方がいいでちゅよ」
「表計算ソフトの使い方を教えてくれたのは感謝してます、よ?」
お前帳簿のこと覚えとけよという感情のこもった、迫力ある笑みだった。
「猫は無理でちゅか」
「常駐するには危険すぎますから。覚醒者と一緒に来て覚醒者と一緒に戻るつもりみたいです」
満腹の猫とユグディラが、太陽光で温められた壁にもたれかかっていた。
「こうですか?」
エステルが口ずさむ。
丘精霊が首を小首を傾げる。
なお、ルルが送ってきた曲情報が不十分なだけであり、エステルが聞き取りに失敗している訳でも音痴な訳でもない。
「エステルさん、体調は」
ソナが心配そうにたずねる。
この精霊との意思疎通は危険を伴う。
身振り手振りの意思疎通だけなら無害なのだが、テレパシーの加減が分からず高位覚醒者でも脳にダメージが生じかねない量の情報を送ってくる。
情報の取捨選択と圧縮が非常に下手なのだ。
「大丈夫です。準備をしてきました」
被弾時に即座に回復するスキルを使用していた。
「元の曲はおそらく……」
かつて、ルル聞いていたはずの曲を推測してハミングする。
いいきょくー
でもなんかちがう
このきょくでしさいにぎゃふんといわせるー
なんともコメントに困る反応だった。
「ルル様」
ソナが全て口に出すより速く、思考を読み取ったルルが反応する。
がっこうでごはん!
まんがとしょかんおもしろそう!
この後の予定はまだ決まっていないようだ。
「土地の護りが薄くなっている気がするのです」
丘精霊の表情が固まった。
口笛を吹いて誤魔化そうとするが音は出ない。
湿地で遊んで、学校で遊んで、気ままに加護を与えて、たまたま思いついて木々を育てる。
ソナが調べたルルの日常生活は堕落寸前な状況だ。
「音楽祭では人が集まります。烏が襲うかもしれず、人が来ても安全な場所にしないと開催できません」
なら諦めても……という気配のルルに、ソナは静かに事実を突きつける。
「大勢の人が失望します。寄付金の集まりも少なくなって、ルル様の社の維持費も足りなくなるかもしれません」
「予算? またそんなことになってるの?」
サクラが焦った様子で振り返った。
彼女の近くでは、東方風の植木職人2人が枝振りの良い桜を植えているところだ。
「はい」
桜を見てソナが瞬きをした。
花も咲いていないのに美しい。
清らかな威というべきものが感じられる。
「精霊様へ贈る品ですので」
職人2人がルルに対して深々と頭を下げた。通常ならいくら金を積んでも買えない桜らしい。
ルルは桜に対して威嚇のポーズだ。土地の所有権を主張しているようにも見える。
「ランドマークのつもりだったんだけどな」
「私達の目に見えないだけで精霊様は大勢いますから。百年くらいたてば見えるようになるかもしれませんね」
丘精霊が精神的ダメージを受けてふらふらする。
ソナは優しげに微笑み、励ますように言葉をかけた。
「先輩になるのでしたら尊敬される先輩になりたいですよね」
威嚇のポーズがさらに崩れる。
「遊ぶ余裕があるのは大事なことです」
正面から否定はしない。
「浄化の木もルル様でないと難しいようですし」
昔のエルフの事もどうしてほしいか、ルル様なら気付けるのでは?
目だけで伝えると丘精霊が神妙な態度になる。
「ルル様が、皆を守って下さるのでしょう? 私達も力になりますから、一緒にがんばりましょう?」
丘精霊は素直にうなずき、まずは足場から固めるために丘周辺の見回りを始める。
それは散歩にしか見えないけれど、少し淀んでいた丘の気配が明らかに澄み始めていた。
●祝福の木
「てっしゅー!」
荷台に木を載せたゴーレムが猛烈な勢いで北へ走る。
4両の魔導トラックが2両2班で弾幕張りと全力撤退を繰り返す。
「精霊に遠慮があっても祝福は食い物ってことかよ」
ボルディアは吐き捨て魔斧を真横に振るう。
ひたすら速く重い斬撃が、前のめりの大型歪虚へ深い傷を刻む。
「のーむたんCモード!」
メイムが斜め上へ跳ぶ。
歪んだ鳥形の闇にも見える歪虚の口から、高位の竜種じみたブレスが地面と水平に放たれた。
反衝撃フィルムにマテリアルを流すことでブレスの一部を受け流す。
それで威力は半分以下に落ちたのに、青黒い光が石壁ごとゴーレムを貫き中破程度のダメージを与える。
ボルディアの魔斧が再度振られる。
並の斬撃なら柔らかく受け止める負マテリアルの羽毛が、完全に人間の域を超えた力で左右に両断された。
「よし逃げたな!」
ボルディアがにやりと笑う。
騒ぐ1年を無視して運転する2年生が実に心強い。
何故なら、今からここは地獄に変わるからだ。
負マテリアルが地の底から湧き出る。
効果範囲以外はイコニアより強力な術で浄化された地面は耐えているが、それ以外は黒々とした沼に変わる。
地上に溢れた力が巨大な鳥の姿をとり、嘴の中が闇色に光る。
扇状に広がるブレスが、遠くまで直進するブレスが、ただ1点に集中するブレスが重なり合い空間を埋め尽くす。
カイン・A・A・マッコール(ka5336)が回避に失敗して飲み込まれ、みぢりと金属が伸縮する音が鈍く響いた。
負マテリアルの海から異形の全身鎧が飛び出した。
暴龍を思わせる鎧のおそらく兜部分から、闇鳥のブレスよりなお冷たく燃える青い瞳がちらりと見えた。
「これだけいればすこしはすっきりするか」
斬魔刀が大振りに振るわれる。
魔導トラックサイズの闇鳥が致命傷を受け、どろりと形を失い地面の下へ戻っていく。
現れたときより量は減っているので、このまま倒して行けばいつかは安全な土地に変わる。
「鎧は丈夫だけども、それを良いことに貰っていたらいつか必ず蓄積するしな」
一点集中の攻撃だけはバックあるいはサイドステップで躱し、耐えられる程度のクチバシ攻撃は敢えて受けてからカウンターを叩き込む。
斬魔刀がクチバシの半分を割る。
離した掌で舌を掴んで呼吸の動きを封じ、逆の腕で光刃を抜いて目玉とその奥を刺し貫く。
カインが舌打ちして半生の残骸を蹴り飛ばす。
(体が勝手に動いたって感じだな、それなら俺なんか追い出してしまえばいいのに、無駄に痛ぇ)
北を向くと、無音で応援している3~4歳児と、すごく参加したそうにしている司祭が応援しているのが見えた。
「癒やしと浄化が豊富な戦場だからか? 面倒臭ぇ」
闇鳥の数は減っても、闇色のブレスは薄れるどころか濃さを増していた。
正のマテリアルを纏う刃が分厚い羽毛を切り裂いた。
巨大な歪虚と比較するとナイフサイズに見えてしまうが、ユウは高速で駆け抜けつつ斬り続けることで有効な攻撃に昇華させている。
闇が押し寄せる。
点でも線でも面でもなく立体での攻撃であり、超高位のハンターで辛うじて回避の可能性があるレベルだ。
戦士としては細見の体を、ユウは見事に負マテリアルの波に乗せる。
スキルによる加速と素の体術による合わせ複合技だ。
なお、丘の精霊と司祭は無邪気に喜んでいるが、装甲の薄いユウにとっては紛れ当たりが連続すると戦死しかねない戦い方である。
「25人で相手するような奴でちゅよこれ!」
無数の呪符が宙を舞う。
常時5本の雷が負マテリアルの貫き闇鳥を抉る。
「ロッソ漂着当時なら大規模作戦だったかもなぁ!」
ボルディアが楽しげに笑い、翼幅20メートル近い闇鳥を文字通り潰す。
攻撃だけでなく、イェジドと共に敵勢を食い止めることまでこなしている。
「朝騎は」
濃い負マテリアルが流れて来たので透明素材盾で防ぎ。
「後衛」
雑な狙いのブレスを両足揃えての跳躍で回避。
「なんでちゅよっ!」
至近距離にいる翼幅10メートルに幻影を叩き込み、360度から襲ってくるはずだったブレスの津波の狙いを大きく狂わせた。
ボルディア並みの暴威を振るっていた朝騎の戦果獲得速度が急低下。
風雷陣で狙える数より、闇鳥の生き残りの方が少なくなったのだ。
「クウ!」
空から光の豪雨が降り注ぎ、被弾し穴だらけの闇を魔導剣が切り裂く。
闇が晴れたとき、歪虚の全てが地上から消えていた。
珈琲の香りが広がる中、お裾分けのケーキ1切れをカインが断った。
彼が無造作に口にするのは鯖サンド。
何故か丘精霊が興味津々な視線を向けている。内陸出身だからだろうか。
「なぁ、遺跡? でいいんだよな。あれの写真や画像データの送り先教えてくれ。あと聞いてたら発掘予定も」
ソナは連絡先を渡し小さな溜息をつく。
「先方の乗り気で、連絡を入れたらすぐ来るそうです。ただ」
丘の南は危険すぎるので出発と受け入れの許可が出ない。
「そりゃそうなるよなぁ。……何か忘れている気がすんだけど、分かるか?」
ソナだけでなく、ハンター全員が違和感に気付く。
練習疲れで猫と寝っ転がっている精霊が、妙に艶々している。
今回、イクシード・プライムが何故か手に入らなかった。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/06/09 22:23:37 |
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相談卓 北谷王子 朝騎(ka5818) 人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2018/06/12 21:28:33 |
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質問卓 北谷王子 朝騎(ka5818) 人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2018/06/12 19:40:41 |