• 虚動

【虚動】未知なるもの

マスター:T谷

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/12/22 19:00
完成日
2015/01/03 06:29

このシナリオは3日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 第二師団の一等兵、オウレルの心は深く沈んでいた。
 辺境で行われるCAMの大規模実験。その会場周りを警邏しているのだから、常に警戒は厳としておくべきだ。以前から、この実験に際し歪虚の不穏当な動きも確認されている。必要な任務であることは間違いない。
 しかし、オウレルは虚ろな瞳で、半ば投げやりに割り当てられたルートを回る。
「……分隊長、あんたがしっかりしてくれないと、士気に関わりますぜ」
 機械的に、決められた動作を繰り返すカラクリの人形を思わせるその様子に、呆れたような部下の進言が飛ぶ。
「……うん、ごめん」
 オウレルは頭を振って、雑念を振り払おうとした。しかし、その程度で心の底の澱みが消えれば苦労はしない。
 詮ない考えが、頭を支配し続ける。
 自分は、幾つもある小隊の内の一つの隊を構成する、幾つもの分隊の内の一部隊の隊長。……いわば、最低辺に近い兵士だ。いくらでも代えの効く、消耗品。

 ――何故。

 自分はどんなに努力をしようとこの位置から這い出せなくて。距離は無限に開いて少しも縮まることはない。
 記憶の中にあったはずの背中は、いつの間にか見えなくなっていた。
 きっと、自分がこんな任務をいくらこなした所で、影すら思い出すことは出来ないだろう。
 だというのに。

 ――何故。

 あれは、たったの一歩で無限の距離を飛び越えていった。自分がどんなに願っても辿り着けない場所に。
 粗野で野蛮で、品性の欠片もないあんなものが――

「分隊長、進路上に歪虚が……一匹?」
「……うん?」
 オウレルは、部下の声に我に返る。
「一匹だけ?」
「はい、今のところ見当たりません。人骨が歩いています、こちらには気づいていないようですね。雑魔か暴食でしょうか」
 ライフル銃を背負う兵は双眼鏡を片手に、淡々と報告する。その声に緊急性は全くない。
「……じゃあ、とりあえず銃兵の二人でその骨は倒しちゃって。他の者は、周囲の警戒を」
 適当に、オウレルは指示を出す。そんな彼の態度に気付いているのだろう、部下達の「了解」という声も、どこか覇気がない。
 とはいえ、上官の命令は絶対だ。小さくため息を吐いて、銃兵の二人は照準器を覗き、まだ距離のある骨の歪虚に向けて引き金を引いた。
 乾いた破裂音が響く。
「……あ? 一撃?」
 銃兵が、ぽかんと漏らす。その視線の先で、骨は崩れ落ちていた。砕き散らされた頭蓋骨の破片がバラバラと地面に落ちる。
「もう倒せたの?」
「……の、ようです」
 命令を完遂し銃を下ろす銃兵だが、得心のいかない様子だ。
「雑魔ってのもピンキリっすねぇ」
 もう一人の銃兵も、拍子抜けだとあくびを噛み殺す。
 彼らは共に新兵にであり、実戦経験も少ない。話に聞いていた歪虚の恐怖とのギャップに、困惑するのも無理はなかった。

 だがそれでも、気を抜くのが早すぎたことは否めない。

「それじゃあ、君達も周囲の索敵を手伝って――」
 オウレルが新たな指示を出そうとしたその瞬間、再び二度の銃声が響き渡った。
 咄嗟に、オウレルは二人の銃兵を振り返る。報告前に発砲するというのは、余程のことがあればこその事態だ。
 だが、彼の目に飛び込んできたのは、血を流し倒れゆく二人の姿だった。
「ヨーナス! フレデリク!」
 オウレルは二人に駆け寄る。だが、その二人がどんな状態なのか――それは、遠目でも簡単に理解できた。
 正確に、頭部が撃ち抜かれている。
「野郎、飛び道具持ちかよ!」
 周りの兵が叫び、あからさまな敵意で満たされていく。
 しかし、オウレルは気づかない。倒れた二人の撃たれた箇所が、先程彼らが骨を撃った際に命中させた箇所と全く同じだということに。
 そして、その認識の遅れが、悲劇を招く。
「ち、てめえら突撃だ! ちまちま撃たれる前にやっちまうぞ!」
「お、おい、待つんだ!」
 オウレルの静止も聞かず、兵達は走りだす。
 向かう先に突っ立つ骨の、伽藍堂の眼窩が、不気味に光ったことに気付く者はいない。



 思えば、近接に特化した第二師団において貴重な、射撃を行える人員を喪失した時点で強引にでも撤退を指示するべきだった。いや、もっと言えば、相手がよく分からない人骨だという時点で、思い当たるべきだったのだ。
 オウレルは一人、岩に背を預けて後悔の念に押しつぶされそうになっていた。無数に傷を負い、最早自力では指の一つも動かせなくなって、ようやく気付く。
 不滅の剣魔”クリピクロウズ”。
 意思も主張もなく、ただふらふらと神出鬼没に各地に現れる四霊剣の一角。その姿は、何の変哲もないスケルトンであると。

 不審な戦闘音に気付いたハンター達が駆け付けた時には、剣魔は既に姿を消していた。
 そこにあったのは、数人の第二師団員の遺体と、ただ一人生き残ってしまった死に体のオウレル。そして、同じく戦闘音に釣られてやって来た、数体の剣機のゾンビ達だった。

リプレイ本文

 目の前に広がるのは、無残な光景だった。
 力なく転がる、幾つもの遺体。斬り刻まれ、撃ち抜かれ、夥しい血溜まりが灰色の荒野を染めている。
「第二師団……ついこの間、一緒に……お祭りに……いて……」
 余りの惨状に、シェリル・マイヤーズ(ka0509)が呆然と呟く。
「この嫌な感じ……まさか、ね」
 リリア・ノヴィドール(ka3056)は、頭を振って嫌な想像を振り払う。とにかく、今は目の前のことだ。
 ハンター達は、倒れ伏す骸の中に生存者はいないかと慎重に目を凝らす。
「あ、あの人、まだ息があるみたいです!」
「ええっ、じゃ、じゃあ早く助けてあげなくちゃ!」
 濃密な血の臭気が辺りに充満する中、カール・フォルシアン(ka3702)が視界の端で岩にもたれかかる人物を見つけ、慌てて声を上げる。隣に立つミィリア(ka2689)はビクリと肩を跳ねさせ、わたわたとカールの視線の先に目をやった。
「……っ、迂闊に近寄っては!」
 猫実 慧(ka0393)が咄嗟に制止するも、既にカールとミィリアは岩陰へと駆け出していた。
 まだどんな危険が潜んでいるか分からないのだ。慧は小さく舌打ちをし、ハンター達と共にその後を追った。



 その兵は、まだどこか幼さを残した青年だった。普段は端正であろう顔立ちが、今は血に染まっている。
「ちっ、怪我が酷ぇ。さっさと運んで手当しねぇとな」
 軍属の経験から、アーサー・ホーガン(ka0471)はひと目で青年の怪我の深刻さを悟る。
「こ、呼吸の促迫が見られます! 早く治療しないと……!」
「何があったのか聞く為にも、彼には生き延びて欲しいところだね。けど……」
 焦るカールを背に、イーディス・ノースハイド(ka2106)は呟き、ゆっくりと剣を引き抜いていた。
 小さな地響きが、断続的に辺りを揺らしている。
 何かが、こちらへ迫っているようだ。
「とにかく、こいつを安全なとこに運ばねえと」
「だったら……私が、運ぶ……」
 静かに、シェリルが名乗りを上げた。そして言うが早いか、彼女は血に塗れることも厭わず青年を抱え上げる。
「では……私がカバーをしましょう。……比較的安全なルートは、先程把握しました。一方的に撃たれるのは、最小限にしたいですしね……」
 長い髪を束ねながら、Luegner(ka1934)はシェリルを誘導するように彼女の前に出た。Luegnerは、冷静に頭の中に地図を描く。
 そうして、二人が走りだした直後だった。
 三つの咆哮が大気を震わせ、岩の陰から巨人のようなゾンビが姿を現した。



 シェリルとLuegnerを守るように、残った六人が展開する。
「腕に剣、肩に機銃……間違いなく剣機でしょうね」
 一歩下がって銃を構えながら、慧は冷静に観察する。
「むー、遠距離攻撃は嫌いでござるよー」
「しかし、この惨憺たる有り様は、アレにやられた訳ではないようだね」
 眉根を寄せるミィリアの横で、イーディスはさっと辺りに視線を飛ばしていた。
 遺体の傷は、切創と銃創。しかしどれも、巨大な武器で付けられたような傷ではない。もっと小さな、例えば、普通の人間が持つ武器でやられたような――
「嫌な予感はするけど、とにかくあのお兄さんを助けなきゃなのよ」
「そのためにも、機銃の破壊を優先したほうが良さそうですね」
 相手が銃を持っているなら、距離を取った所で脅威は薄れない。
 複雑な思いを頭の端に抱えたまま、リリアは剣と銃を手に前に出る。カールは慧と共に一歩下がって、杖を強く握りしめた。
「あれと正面切って殴りあうのは、ちょいと面倒そうだ。ゾンビなんて頭の回るもんじゃねえだろうし、同士討ちとか狙えねえかな」
「ふむ、確かにあのリーチは、利用できそうですね」
 アーサーの言葉に、慧が頷く。他の四人も、異論は無いようだ。
 方針は決まった。青年の救護を行う二人に攻撃が行かないように立ち回り、敵を一箇所に集めて相打ちを狙う。
 頷きあって、ハンター達は散開する。周囲に転がる岩を遮蔽に、近接組は接近を試み、慧とカールはまず機銃を潰す。
 しかし、敵も黙ってその動きを見過ごしてはくれない。
「何か来ますよ!」
 慧が声を上げる。ゾンビの一体が、腰を落として構えるような姿勢を取ったのだ。
 全員が、急いで岩の陰へと走った、その直後。
 ゾンビの口が大きく開かれたかと思うと、オレンジ色の光が迸った。光は一直線に空間を貫いて、圧倒的な熱量が大気を掻き乱し辺りに暴風が吹き荒れる。
「きゃー! なになになんなのっ?」
「ビームだとっ……まさか、トウルストか!」
 それを見た瞬間、慧の目の色が一変した。
「おいてめえら! アイツを捕獲するぞ!」
「ほ、捕獲っ?」
 怒号が響く。それをすぐ横で聞いたカールがビクリと震える。
「ああっ? 何言ってんだお前は!」
「ありゃ、リンドヴルムの前の剣機だ。研究サンプルとしちゃ最上級、生け捕りにしない手はありません!」
 思ったよりも俊敏な動きで近づくゾンビを前に、慧が熱弁を振るう。そうしてるうちにもゾンビの機銃は火を吹き、無数の弾丸が傍を通り抜ける。
「難しいことわかんないけど、熱意は伝わったもの。やってもいいと思うな!」
 攻撃の合間を縫って、岩から岩へと移動しながらミィリアは言う。
「構わないけど、まずは数を減らすことを考えようか」
 敵の射撃が終われば、イーディスは敢えてその眼前に身を躍らせる。敵の注意を一身に引きつけ、救護へと敵の目が向かないように。
「ええ、当然です。……ただ、トウルスト型は倒れる直前に自爆をしたと聞きました。今回もその可能性がありますので、注意して行きましょう」
 慧の言葉に、全員が頷いた。



 シェリルとLuegnerは、無事に離れた岩陰へと辿り着いていた。残った六人がそれぞれに彼女らを守ろうとした結果、途中、こちらに攻撃が来ることもそれほどなかった。
「そこなら……敵の死角になると思います」
 Luegnerの言葉に頷き、シェリルは傷に障らないようにゆっくりと青年を地面に下ろす。
「……が、はっ」
 青年が荒く息を吐く。シェリルは心配そうに、額に流れる血を拭った。
「君が、助けて……くれたのか……」
 傷は深いが、どうやら急所は外れているようだ。青年は僅かに意識を取り戻すと、即座に状況を理解したのか小さく礼を口にする。
「……お兄さん……私と、同じ顔……だね。後悔……してる顔……何が、あったの?」
 急いで応急処置を施しながら、シェリルは尋ねる。青年は暫く口を噤むと、ゆっくりと、単語ごとに区切るように話しだした。
 ――曰く、自分が部下を殺したのだ、と。
 不意に現れたスケルトンが剣魔だということに、部隊が全滅するまで気が付かなかった。
「……少し、分かる気が……する。自分のせいだって……思っちゃうん、だよね……」
 その思いに囚われている。それは、とても苦しいことだ。
「シェリルさん、そろそろ戻りましょう……向こうが、心配です」
「……うん」
 シェリルが立ち上がる。
「すぐに戻ってきますので……少し、待っていて下さい」
 Luegnerが声を掛ければ、青年は小さく頷く。
 二人は駆け出す。遠く聞こえる戦闘音は、徐々に激しくなっている。



 ゾンビは思ったよりも機敏に動き、機銃を狙うのは簡単ではない。
「……っ、カール! 回避を!」
 だから、カールはその予備動作を狙って攻撃を行う。恐怖に逃げ出したくなっても、抑えこんで杖の先を向けた。
 しかし、それは諸刃の剣だ。敵の攻撃が早ければ、回避が間に合わない。
 慧は飛びつくように、カールを射線から突き飛ばした。直後、その場所を弾丸が抉っていく。
「無茶しやがって、死にてえのか!」
「ご、ごめんなさい……」
 二人して地面を転がる。眼鏡の奥の凶悪な眼差しに貫かれ、カールは身を縮めて頭を下げた。
 ――直後に、機導砲によって銃身を歪められた機銃が、内部から爆発した。



「今だよ!」
 イーディスが敵の目の前に飛び出して叫ぶ。三体の視線は彼女に集まり、途端に二体が機銃を構えた。
 だが、この距離まで来て、その動きはただの隙でしかない。
「残りの機銃も、さっさと壊したいのよね!」
 リリアは、その隙を見て近くの大岩に駆け上っていた。その頂点はゾンビの身長より高く、肩の機銃を狙うに最適な場所だ。
 狙いを定め、拳銃の引き金を引く。しかし、
「くっ、弾かれるのよ……!」
 その小さな銃弾は、機銃にダメージを与えるに至らなかった。数発は頭にも当たったようだが、それも大したダメージにはなっていない。

「撃たせるかよ!」
 直後にアーサーが、予備動作に入るゾンビに向けて大きく踏み込んだ。両手に構えた斧を振りかぶり、力の限りゾンビの足元に向けて振り下ろす。
「ここからは、ミィリアの間合いだよ! 銃なんてもう怖くないでござる!」
 同時に、ミィリアが大太刀を手に小さな体を丸めて跳び込んでいた。すれ違いざまの一閃が、ゾンビの足に大きな裂傷を刻む。
 体勢を崩すのには充分だった。
 機銃の先は狙いを外し、吐き出され銃弾が虚空に消える。
 残った一体のゾンビが唸りを上げる。斜めに振り上げた大剣の向かうはイーディスだ。
「……っ、あんたは離れろ!」
 咄嗟に、ゾンビとイーディスの間にアーサーが割り込んでいた。凶音を上げ切っ先が迫る。
「お、らぁっ!」
 タイミングを見計らい、倒れるように身を反らし、アーサーは襲う大剣の腹をめがけて斧を思い切り振り上げていた。轟音と、途轍もない衝撃が体を駆け抜ける。
 不自然な力を受け、大剣の軌道が大きく逸れる。
 ザン、と薄紫の液体が舞った。
「おおー、やったでござる!」
「くっ、全身が痛え……!」
 体が吹き飛んでしまいそうな衝撃を受け、アーサーは地面を転がる。
 しかし、苦労して敵を一箇所に集めた甲斐があったというものだ。大質量の大剣が思った通りの軌道を描けなければ、例え強大な膂力を持っていてもその制御は不可能に近い。
 大剣を振るったゾンビの上半身が不自然に回転し、切っ先が別のゾンビの脇腹を大きく裂いていた。
 背骨まで破壊されたゾンビはたたらを踏む。しかし倒れない。驚いたことに、残った筋肉だけで姿勢を保っているようだ。
「恐れ入るね、それで倒れないとは」
 他の二体から味方を守ろうと動くイーディスが、チラリと見やって呟いた。
「だったら、倒れるまで攻撃するだけ、なの!」
 全身にマテリアルを込めて地面を蹴り、素早く近づいたリリアが剣を振るう。狙うは足元だ。
 閃く刃は水の飛沫を散らせ、無数の斬撃がゾンビを斬り刻む。
 対して、ゾンビの行動はシンプルだった。
 倒れゆく中、首だけを巡らせてビームを放つ。
 ――オレンジ色の光が、辺りを薙ぎ払った。



 自爆装置は搭載されていない。それが、ハンター達の得た答えだった。
 腹を裂かれた一体は、ビームを放つと動かなくなり、やがて空気に溶けて消えていった。ガランと、体内の機導部分が転がる。
「爆発しないのなら、こっちのものでござる!」
 ビームに服の端を焦がしながら、ミィリアは気合充填いよいよ守りを捨てた。ゾンビの大剣が脇を掠め吹き飛ばされるも気にしない。
 むしろ、地面を転がった勢いそのままに、ミィリアは近くの岩を蹴り飛ばして大きく跳ねた。
 小さな体が、陽光の中に浮かぶ。その先にあるのは、濁った眼球で彼女を捉える、ゾンビの頭だ。
「鍛えに鍛えたおサムライさんパワー、とくと味わうが良いのでござる!!」
 叫び、全体重を乗せて大太刀を力の限り振り回した。
 ズドンと、強烈な一撃がゾンビの脳天を叩く。
「……よかった、まだ……私の分も、残ってる」
 そこに駆け付けたのは、全力で戻ってきたシェリルだ。目の前のゾンビはミィリアに向けて、ビームを放とうと構えている。
「こいつは私が抑えている。存分にやるといい!」
「私も……手伝います」
 もう一体のゾンビの大剣を盾で受け流し、イーディスが声を上げる。更にLuegnerの弾丸がゾンビを襲えば、最早止められるものはない。
 呼応し頷いたシェリルが駆け、ゾンビの膝を蹴ってその首元へ勢い良く刀を突き刺した。
 しかし、ビームは止まらない。
「シェリル! ちょっとそのまま押さえとけ!」
 アーサーも、同じく跳び上がっていた。ただ、そこはシェリルとゾンビの頭を挟んだ反対側だ。
 全力を込めて、アーサーは側頭部に斧を打ち込む。
 シェリルの刀が支点となって、アーサーの斧が力点となる。
 ゴギンと、首の骨がへし折れる鈍い音が、辺りに響いた。



 全力は尽くした。
 しかし結果として、ゾンビの捕獲は失敗に終わった。
 麻痺させ、両手足を落とし、Luegnerの盾の上に縛り付けたまではいい。だが、そこからの搬送に時間がかかり過ぎたのだ。
 実験会場が近いとはいえ、まともな研究や歪虚の延命措置の行える施設となると話は違う。練魔院まで運ぶともなれば、大規模な輸送が必要だった。
「くそ、くそっ! この木偶がァ! 強靭なのがてめえのウリだろうがよ!」
 怒鳴り散らして、慧が必死に止血を試みる。しかし、四肢を落とされたゾンビの衰弱は想像以上に早い。やがてゾンビは、その異様を空気に溶かして消えていく。
 慌ててナイフで内部を覗こうと胸部を裂くも、間に合わない。
 ガランと、盾の上に内部機構が虚しく転がった。
 残骸は、既に幾つも練魔院に運び込まれている。生きた検体でない以上、これを持って行っても大きな成果を上げることは出来ないだろう。



 瀕死の青年――オウレルは、出血が酷いものの大事には至らなかった。シェリルとリリア、カールの手によって確りと止血を施してやれば、容態はすぐに安定した。
「一体、何があったのですか?」
 一行は、岩陰で彼に話を聞いていた。
 リリアは情報を耳にする度に、複雑な感情を脳裏に巡らせる。
「うぅ、もう復活してるとかちょっとヘコむのよ……」
 彼女は、一度剣魔と戦っている。その脅威を知っている一人なのだ。
 受けた攻撃を全て模倣する未知の存在。しかし、話に聞く限り、その能力は一度リセットされているようだ。
「剣魔、ですか」
 呟いて、カールは不安げに辺りを見渡す。剣魔は、オウレルが気付いた時には消えていたらしい。つまり、まだ近くに潜んでいる可能性もあるのだ。
 オウレルの話は、自身だけが生き残ってしまったことへの罪悪へと変わっていく。
「……後悔するだけなら……ここに、残るといい……」
 シェリルは、深い感情を湛えた目でオウレルを見る。
「少しでも違うなら……一緒に、帰ろう」
 その感情の先にあるのは、絶望だけではない。前に進む道だって、あるはずだ。
 後悔だけでは、前には進めない。

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MVP一覧

  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガンka0471

重体一覧

参加者一覧

  • 求道者
    猫実 慧(ka0393
    人間(蒼)|23才|男性|機導師
  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガン(ka0471
    人間(蒼)|27才|男性|闘狩人
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • 私の話を聞きなさい
    Luegner(ka1934
    人間(蒼)|18才|女性|闘狩人
  • 鍛鉄の盾
    イーディス・ノースハイド(ka2106
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • 春霞桜花
    ミィリア(ka2689
    ドワーフ|12才|女性|闘狩人
  • それでも尚、世界を紡ぐ者
    リリア・ノヴィドール(ka3056
    エルフ|18才|女性|疾影士
  • はじめての友達
    カール・フォルシアン(ka3702
    人間(蒼)|13才|男性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
カール・フォルシアン(ka3702
人間(リアルブルー)|13才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2014/12/21 23:57:56
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/12/17 12:48:00