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【RH】白亜の庭に花束を【空蒼】

マスター:猫又ものと

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/06/13 19:00
完成日
2018/06/27 18:33

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 ――そもそも僕が強化人間になったのは、行方不明になった兄を探したい一心だった。

 軍に所属していた兄はその日、任務に向かった。
 夜には戻ると約束して出掛けて行って――それきり戻って来なかった。

 軍に兄のことを問い合わせても『機密事項に触れる為教えられない』の一点張り。
 兄の捜索はどうなっているのか。そう言った基本的なことすら教えてはくれなかった。

 ……だから僕は、軍に入ろうと決意した。
 軍に所属すれば、機密に触れることは難しくても、何らかの手がかりが得られるだろう。
 そう思ったから。
 でも、僕は本当にごく普通の学生で、軍人として採用されるようなものは何一つ持っていなくて……。
 そんな時に知ったのが、『強化人間』の適性試験だった。
 自分に適性があると分かった時は、どんなに嬉しかったか知れない。

 強化人間になりさえすれば、兄さんを探せる。
 強かった兄さんのように、力のない人を守ることが出来る……。

 ……その筈だったのに。
 アスガルドの子供達を見て、初めて自分の持った『力』に恐怖を覚えた。

 強化人間とは一体何なのだろう。
 良く良く考えてみれば、自分に与えられた力が何であるかもわからないままに使っていた。

 ……僕とアスガルドの子供達の違いはどこにある?
 僕もああならない保証がどこにあるというのか。

 ――力が欲しかった。
 兄さんを探し出す為にはそれしか方法がなかった。
 でも……僕は。
 力を得た『その先』を考えたことがなかった。
 ……兄さん。僕は、このままでいいのかな――?


「皆さん、ムーンリーフ財団のトモネ様から招待状が来ていますよ」
 人が多く集まるハンターズソサエティ。イェルズ・オイマト(kz0143)が手紙を持ってハンター達に歩み寄る。
「……トモネさんから?」
「はい。先日の……リアルブルーのイギリスで起きた強化人間に纏わる事件について、改めてお話がお伺いしたいとのことで」
「……? 話って何だ? 事件の全容の報告ならもう入れてある筈だが……」
 イェルズの言葉に首を傾げるハンター達。
 リアルブルーで起きた、強化人間の子供達の失踪事件。
 それは、慈恵院明法と名乗る歪虚が引き起こしたものだった。
 先日のテムズ川沿いで起きた大規模な戦闘で、慈恵院は撃破したが、目的は不明瞭なままである上、強化人間の子供達にかけられた呪法は未だ解けず。
 本当に、沢山の強化人間達が犠牲となり……。
 運よく救出できた子供達もその後も昏睡状態が続いており、手放しで喜べる状況ではなかった。
「あのですね……。今回は事件が事件だったので、あまり大っぴらにできないそうなんですが。トモネ様、アスガルドに献花台を設けられたそうです。本当は葬式をしてあげたかったそうなんですが、そういう訳にもいかないそうで……。もし宜しければ、皆さんにも強化人間達を悼んでやって欲しいとのことでした」
「……ああ、そうか。そういうことか」
 続いたイェルズの説明。トモネの真意に気付いて、頷くハンター。
 ――強化人間施設アスガルドは今、昏睡した子供達が収容されていることもあり関係者以外立ち入り禁止となっている。
 こうして、『事件に協力してくれたハンターに事情を聴く』という建前でもなければ、アスガルドの立ち入りを許可できなかったのだろう。
「トモネ様はロンドンの復興業務に参加されるとのことでアスガルドにはいらっしゃらないそうですが、代わりにレギがお茶や簡単なお食事を用意してお待ちしているとのことです。昏睡状態の子供達のお見舞いも、許可して下さるとのことでした」
「そう。救助した子供達のことも気になっていたのよ。顔が見られるなら嬉しいわ」
「イェルズも行くんだろう?」
「はい。そのつもりです! ……アスガルドの子達と、少しの間ですけど仲良くさせて貰いましたからね」
「……何でこんなことになったのかしらね」
 ハンターのため息交じりの呟きに、言葉を失くす仲間達。
 ――そんなことを問うても仕方がないことは分かっている。
 それでも……操られ、捕えられて、巨大潜水艦のシールドの動力源として使われて……命も尊厳も、何もかも踏み躙られた子供達のことを考えると、どうしても考えてしまう。
「……そういえば。レギって何かあったんですか?」
「レギがどうかしたのか?」
「リアルブルーに行くんで連絡取ったんですけど、元気なかったんですよね。俺の顔みたら凄い顔するし。俺、何かしましたかね?」
「あー。あーーー。えっとね……。まあ確かに色々あったって言ったらあったんだけど」
「……その話はおいおいだな」
 微妙な顔をするハンター達に首を傾げるイェルズ。
 ハンターは羽ペンを手に取ると、参加者リストに自分の名前を書き込んだ。

リプレイ本文

 以前来た時は子供達の声で賑やかだったアスガルド。
 今はただ、静寂が包んでいた。
 献花台には沢山の花。……トモネと、職員達が置いたのだろうか。
 その花は美しいはずなのに。
 クレール・ディンセルフ(ka0586)の心はざわついたままだった。
「『事情聴取』の機会を戴き、ありがとうございます。私も……あの時の……潜水艦の乗員の子達に、献花させてください」
「……良くお越し下さいました。どうぞこちらへ」
「あの……。建前とはわかっているんですが。改めてあの時、ヤタガラスから私が観た全てを、詳細にお話します」
「ありがとうございます。是非、伺わせてください。……私達はあの子達が……その、どういった最期を迎えたのか、聞かされておりませんので」
 職員の目に光るものを見つけて、ハッとするクレール。
 ――アスガルドの職員達は、仕事ではあるけれど、子供達に愛情を持って接していたのだろう。
 彼らの為にも、真実を余すことなく……。クレールは頷くと、ぽつりぽつりと語り始める。


「……蒼の世界は季節を問わず多くの花が咲くのだね」
 紅の世界では珍しい光景。その中に花を添えるルシオ・セレステ(ka0673)。
 添えたそれは『青い星』という名の花。
 過酷な運命を背負わされた子供達。
 魂が巡るなら、次はもう少し優しい星に導かれるように……。
 ルシオは祈りを捧げる。


 子供達の為に捧げられた花。羊谷 めい(ka0669)は底知れぬ悲しみの中でそれを見つめていた。
 ――亡くなった子の中には、言葉を交わした子がいるかもしれない。
 そうでなくても、彼らの死は重いし痛い。

 自分はたまたま、紅の世界に転移しハンターとなった。
 蒼の世界に残っていたら、彼らと同じ道を選んでいたかもしれない。
 ……自分とあの子達に、大きな違いなんてなかった筈。
 だからこそ、この現実が辛かった。

 慈恵院という歪虚は、世界を壊すことは救済だと言った。
 違う。どんな命だって、明日を望んでいるのに。
 身勝手な、ただの自己満足だと断言できる。

 全ての命が傷つかないように守りたい。
 悲しみに溺れないように癒したい。
 幸せになる事を諦めないで欲しい……。

 この願いももしかしたら自己満足でしかないのかもしれない。
 だけど――。
 めいは再び目を伏せた。


 献花台に白い百合を供えて、頭を垂れるメアリ・ロイド(ka6633)。
 彼女がここに来てまず行ったのは、アスガルドを訪れた際、話をした内気な少年……アルノの安否確認だった。
 彼の名前は行方不明者のリストの中にあった。
 巨大潜水艦と運命を共にしたのか、それとも逃げ延びたのか――。

 ――お姉ちゃん達やさしいね。天使なの?

 不意に、少年に言われた言葉を思い出す。
 ……天使なんかじゃない。アルノも子供達も……泥まみれになって這いずっても救えなかった。
 私が天使だったなら、奇跡を起こせたのだろうか……?
 唇を噛みしめるメアリ。折れそうな心を振い立たせるように首を振る。
 ……願うべきは奇跡じゃない。まだ諦めはしない、無駄にもしない。
 あの子と、意識不明の子ども達が居る限り――。
 抗え。泥水を啜ってでも。それが、私の出来ることだ。
「……ごめんなさい、アルノ。きっと見つけますから」
 天使にはなれなかったけれど。それでも……。
 メアリは覚悟を胸に灯す。


 アルバ・ソル(ka4189)は献花台の前で、祈るように手を合わせた。
 この世界を、大切な誰かを守りたいと願い、散って行った者達の為に。
 その横で真っ白な花を供えるエステル・ソル(ka3983)の目からは大粒の涙が零れていた。
「お兄様……。わたくし……強化人間さん達を助けたかったです。でも……でも……」
「エステル……」
 嗚咽を漏らして抱きついて来る妹をアルバは無言で抱きとめる。
 ――先日、アスガルドの子供達とお菓子を作ったと得意気に話していた。
 こんな事になって傷ついていない筈がない。
 だが、心配はしていない。昔から泣き虫ではあったが、芯の強い子だ。
 悲しみと後悔で潰れるような娘ではない。そう信じている――。
 エステルはアルバの腕の中で、涙にくれながら考えていた。
 何もしてあげられなかった。手が、届かなかった。
 一体どうしたら、彼らを救うことが出来たのだろう。
 いくら考えても分からない。――でも、せめて。
 恐怖に怯えていたあの子達が、今は安らぎの内にいますように。
 そしてどうか、生き残った子達を守ってください……。
 泣きじゃくるエステルの背を撫でるアルバ。その呼吸が落ち着いてきたのを感じて声をかける。
「……エステル。落ち着いたかい?」
「……はいです。お兄様。わたくし、もっと強くなるです。誰かが何かを喪わなくて済むように」
「そうだね。もうこういう事が起きないように……私も出来るだけのことはしよう」
「お兄様も協力してくれるです? 心強いです!」
「ちょっとでも役に立てるといいんだが。……さて、お見舞いに行くのだろう? そんな顔では心配されてしまうぞ?」
「そうでした……! 顔洗ってくるです!」
 ごしごしと涙を拭って、駆け出すエステル。
 悲しみを洗い流して、先に進もうとする妹の背を見送って、アルバは微笑んだ。


 以前この庭に来た時は賑やかだったけれど。今は痛いほど静かだ。
 央崎 遥華(ka5644)は一体どんな顔で見舞いに行ったらいいか分からず、写真を見つめながら物思いに耽っていた。
 思い出すのは、子供達の屈託のない笑顔。
 それを見ていたから……一連の事件の事を聞いて悔やんだ。
 ――もっと自由に生きてもいいと、言えなかった。
 幼い彼らは『自由』の意味すら知らなかったかもしれない。

 献花台を前にして思った事を、今一度考える。
 ――私は、救える命を救えたんだろうか。

 強化人間となった子達が後戻りができない肉体となっていても。
 縛られることなく生きられるように。
 偏見や悪意から解放されるように――。

 ふと、牧師である祖父の言葉を思い出す。
 全ての人には価値と意味が有り、人はそれを然るべき時に知る。
 あの子達も、そうであって欲しい。

 願わくば彼らのこの先に、祝福あらんことを……。


 献花台の近くを通りかかったフィロ(ka6966)は、憂鬱そうな顔をしているマリィア・バルデス(ka5848)に気付いた。
「マリィア様。どうかなさいましたか?」
「ああ、フィロ。犯人の痕跡を調べたかったんだけど。職員に『今日はやめて欲しい』って言われたのよ」
 今回の訪問は建前こそついていたが『献花と見舞い』が目的だ。
 職員の立場的にも心情的にも、それ以上の行動は許可できなかったということなのだろう。
「そうでしたか……。仕方ありませんね」
「……あの歪虚僧侶、どうやってここに侵入したのかしらね」
「……と言いますと?」
「全く目視なしに図面だけでここに来れる訳がないのよ。監視カメラにも全く映らずここまできたなら、財団か軍の関係者が手を貸していたことになるわ」
「それについては、私も思うところがあります」
「何かしら?」
「全ては確認できませんでしたが、潜水艦の中には洗脳に関する機材はありませんでした。洗脳は別な場所で行われたか……最初から洗脳されていた、ということも考えられます」
「……強化人間を製造した段階で組み込まれていたと言いたいのね?」
「そうです。この事件はまだ終わっていません。彼らをこの道に導いた悪意は同じ発端であると考えます。議会に近しい所に契約者が居るのだと考えます」
「いい推理だわ。同感よ。軍や議会が相手となると苦労しそうだけど……必ず落とし前をつけさせてやりましょう」
「はい。二度と同じことを繰返さないために……見つけ出しましょう」
 ――強化人間が生み出された経緯も、幼き財団総帥がそれに協力した事もリアルブルーの情勢を考えれば理解できる。
 だからこそ、それを利用した者がいたとしたら許しはしない……!
 マリィアとフィロは強い覚悟を瞳に宿し、頷き合った。


 献花台に淡い紫の花を供えた氷雨 柊羽(ka6767)は、その場に膝をついた。
 ――全員は助けられないと分かっていた。
 けれど、助けられない者が出るのはおかしいと思ってしまって……。
 そのくせ、助けないという選択肢は取る気もなくて。
「……ごめん。安らかであるよう祈りに来たのにね」
 戦死した子供達の名簿を指でなぞり、自嘲気味に笑う柊羽。
 捧げたシオンの花は決意の表れだ。
 武器を向けたことも、傷つけたことも、……共に遊んだことも、忘れない。
 これ以上、彼らが傷つけられないように。
 生き残った子供達が元のように生きられるようにしてあげたい。
 ――大切な人、関わった人全てを守ることは不可能だ。
 分かっている。だけど、僕は可能な限り、この手を伸ばす。
 後悔はしたくないんだ……。
 呟く柊羽。目を閉じて、彼らの安寧を願った。


 穂積 智里(ka6819)は用意された餞の会食の席で、無言で仲間達を見つめていた。
 ――何かしたいとは思っていた。
 でも、人を、子供を殺す恐怖に耐えられなかった。
 ここに来ているハンター達は皆、作戦に参加したのだろう。
 普段通りに見える人。口数少なく顔色も悪い人。怒りに満ちた人――。
 『地獄』を見てきた彼らの反応は様々で……。
 ……作戦に参加出来ていたら。私にも何か出来ただろうか。
 眠り続ける子供達にも声をかけた。
 歪虚に操られ昏睡して終わるためにこの子達は戦士になったわけじゃない。
 目的や夢、叶えたい願いがあったと思う。
 そして全てを見て回って……子供達の世話をしているアスガルドの職員の『地獄』は続いているのだと知った。
「ごめんなさい……」
 私は臆病で手助けできなかった。せめて謝りたいと思った。
 どうか、貴方達も貴方達を助けようとした人も、苦しまず前を向いて歩いていけますように。


「すみません。その職員はこちらには常駐していないのです」
「そうっすか……」
 職員の返答に肩を落とす神楽(ka2032)。
 先日、ロンドンで行われた作戦に参加した際、切羽詰まっていたとはいえ財団の職員に暴言を吐いてしまった。
 会えたら非礼を詫びようと思っていたのだが――。
「俺、あの時頭に血が上ってて無茶苦茶言っちゃったんスよ。謝りに来たっす」
「あの時は非常事態でしたし、彼女も神楽さんの意図は理解していたと思いますよ」
「でも非礼は非礼っすから……あの。これ、迷惑かけた皆さんに渡して欲しいっす。マジで、そっちの事情も考えず無茶言ってすいませんっした」
 がばっと頭を下げて菓子折りを差し出す神楽。職員は戸惑いながらもそれを受け取る。
「一応お預かりします。彼女にも伝えておきますね」
「よろしくお願いするっす! あともう1つお願いしていいっすか」
「何でしょう?」
「……ランカスターで戦死した子供達の遺品と最期の想い、俺が預かってるっす。もし欲しければ来いと、眠ってる子供達に伝えて欲しいっす」
「そうでしたか。子供達が、お手数をおかけしました。彼らが起きたら……」
 最後まで続かぬ職員の言葉。肩を震わせて、涙を拭う彼女に、神楽はもう一度……深く頭を下げた。


 献花と見舞いを済ませたレベッカ・アマデーオ(ka1963)は、アスガルドの施設を見て回っていた。
 助かった子供達の状態を聞いて、割り切っていたつもりだった。
 でも実際に見たら……。
 ロンドンで切り倒したコンフェッサー。そして先程見た子供達が交互に頭を過る。
 ――最善は尽くした。ああするより仕方なかった。
「くそっ……!!」
 やり場のない怒りを拳に込めて、壁に叩きつけるレベッカ。
 感じる手の痛み。子供達が感じた痛みはこれの比ではなかったはずだ。
 考えろ。慈恵院は死んだのに。何故子供達は目を覚まさない……?
 おかしい。まるでパズルのピースが欠けているかのような――。
 ん? 欠けている……??
「……そうか! 筋書を書いた奴は別にいるって事か」
 顔を上げた彼女。こうしてはいられない。ハンターオフィスに行って報告書を全て読み直さなくては。

 ――いいかレベッカ。非道はするな。やった奴は許すんじゃねえぞ……。

「ああ、分かってるよ。……ごめん親父。暫く海賊には戻れないや」
 脳裏に蘇る父の教え。それを胸に、レベッカは足早に歩き出した。


 ……ここに来るのは、あの日以来。
 あの時はあんなに賑やかで楽しかったのに。
 今はとても静かになってしまった――。
「……悪い夢でも見ているようだわ」
 独りごちる鍛島 霧絵(ka3074)。
 献花台も、子供達の部屋も酷く静かで落ち着かない。
 でもこれは紛れもない現実で――。
 その証拠に、助けられた子供達はこうしてひっそりと眠り続けている。
「……何か夢を見ているの?」
 子供達に声をかける霧江。
 夢を見ているのならせめて、楽しい夢であればいい。
 そう願いながら、彼女は子供のベッドの横で膝をついて、祈るように腕を組む。
 ……この子達を救うには、どうすれば良かったのだろう?
 どうすれば……この子達はまた笑ってくれるの?
 この子達を助けたい。目覚めて欲しい。
 あんなにいい子達がこんな目に遭うなんてあんまりだ……!
「どうすれば……」
 答えが出ぬ問いに、彼女は顔を覆った。


「よう、レギ」
 呼び止められて、振り返ったレギ(kz0229)。突然口の中にクッキーを突っ込まれ、目を白黒させる。
「何だよ。子供が暗い顔してんじゃねぇよ。ちゃんとメシ食ってるか?」
 メシ食えよメシ! と呟き、少年の頭をわしわしと撫でたトリプルJ(ka6653)。
 そのまま手をひらひらと振って、子供達の部屋の方に消えて行く。
「……レギ君、大丈夫?」
 その様子を見ていたリューリ・ハルマ(ka0502)に力なく頷き返すレギ。
 普段であればここで軽口が始まるのに、今日はそれもなく――。
「……ずっと考えてたんです。強化人間とは、自分に与えられた力が何なのかって……」
 目を伏せたまま呟くレギ。
 強化人間は、VOIDに対抗する為に作られたと聞いていた。
 それなのに、暴走し……果ては、潜水艦のシールドの動力源として利用されて――。
 その存在を根底から疑ってしまうのも、無理はないのかもしれない。
 アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は厳しい表情で口を開く。
「君の力は、『負のマテリアル』というものだよ」
「……? それって何ですか?」
「マテリアルには2種類ある。精霊達が持つ正のマテリアルと歪虚が持つ負のマテリアル……。君達強化人間に感じるのは歪虚側の力だ」
「VOIDの……? でも僕、おかしなところは……」
「正直、君達を見た時は驚いたよ。どうして歪虚にならないのか……。きっと強化人間化する技術に何かあるんだろうけど」
「その辺りも知りたいけど、きっと教えてくれないよねー」
 眉根を寄せたままのアルトに、ため息をつくリューリ。
 そのままレギの顔を覗き込む。
「ねえ、レギ君は強化人間になったのを後悔してる?」
「……いいえ。それはないです。恐らく過去に戻れたとしても、僕は強化人間になる道を選ぶと思います」
 少し考えた後に発したレギの言葉。
 ――力が欲しかった。
 弱い人を救いたいなんて体のいい言い訳。
 行方不明の兄を探し出す為にはそれしかなかった……そう続けたレギに、アルトの表情が和らぐ。
「いいかい。これは私の持論だけど……『力』は単なる道具でしかないんだ」
 『力』自体には本来意志が無い。使う者に付随するだけ――。
 目的を達成する、あるいは選択肢を増やす為の手段であり、何を成すかはその人次第なのだ。
「だから、君はそのままでいい」
「うん。後悔していないなら大丈夫! 先の事を考えるのは、これからでもいいよ。私もハンターだったお爺ちゃんに憧れて、ハンターになる! って感じで何も考えてなかったし」
「それがリューリちゃんがハンターになった理由?」
「うん! 言ったことなかったっけ?」
「初耳だよ。まあ、リューリちゃんらしいけど」
「まあね!!」
 えへんと胸を張るリューリにくすくす笑うアルト。それに釣られてレギの口角も上がる。
「レギ君、ようやく笑った」
「もし、また何かあったらおねーさん達が助けてあげるよ」
「そのおねーさん達には私も含まれるのかしら?」
 今まで静かに見守っていたアルスレーテ・フュラー(ka6148)。手際よくお弁当を広げて、レギにサンドウィッチを差し出す。
「難しい話の後は腹ごしらえよ。ツナサンドは妹の方が得意なんだけど。私のお手製で我慢して頂戴」
「ありがとうございます。戴きます」
「……どう?」
「美味しいです」
「良かった。『こないだお姉さんにお弁当作って貰ったぞー』とかお兄さんを煽りたくない? 今度クリムゾンウェストにいらっしゃいな。待ってるわ」
「そうそう! セトさんの乗ってた哨戒艇も見つけたんだよ。案内したいし」
「……そうですね。行けるといいですね」
 アルスレーテとリューリに笑みを返すレギ。
 ――それが酷く悲しげに見えて、アルトは彼のおでこを人差し指でつつく。
「わっ!?」
「……力については、そんなすぐには割り切れないだろうけど。何のために身につけたのか。それを忘れなければ大丈夫だよ」
 アルトの自信に満ちた笑みがレギの双眸に映る。
 ――ああ、やっぱり。この人は僕の天使だ。
 レギはその言葉を飲み込んで、こくりと頷く。
 そんな彼を見守りながら、アルスレーテは考えていた。
 ――眠り続ける子供達。慈恵院を倒しただけでは呪法は解けなかった。
 赤毛の歪虚が派遣されてたことからも、黙示騎士あたりが関わってるのは間違いなさそう、か。
「厄介ね……」
「何が?」
「何でもないわ。さ、リューリも食べなさい」
「わーい!」


 思い出すのは沈みゆく巨大潜水艦。
 そして意味ありげに笑う赤毛の歪虚――。
 あの時、あいつを好きにさせない事が最善だと思った。
 ――本当にそう?
 あたしは理由をつけて、私情に走っただけなんじゃないか?
 決めた。――もう同じ失敗はしない。目を反らさない。
 ……だから、言わなくては。
「大事な話って何ですか?」
 ラミア・マクトゥーム(ka1720)の思いに気付かず、にこやかな笑みを浮かべるイェルズ・オイマト(kz0143)。
 その笑みに決意が揺らぎそうになって、彼女はぷるぷると頭を振る。
「……あのさ。あたし、この間作戦に参加して、ある歪虚に会ったんだ。そいつは……イェルズ、あんたと同じ姿をしてた」
 内容を咄嗟に理解出来ないのか、キョトンとする彼。
 ラミアは、イェルズを見据えたまま続ける。
 ――それはシュレティンガーによって、ハンターの素体を利用して生成されたこと。
 イェルズの喪った身体のどこかが奪われ、素体として使われたであろうこと。
 ぽつりぽつりと説明するラミア。それに耳を傾けて、イェルズは何度も頷く。
「……要するに、俺が元になった歪虚がいるって事ですね?」
「うん。隠しててごめん」
「いえ、教えて戴いてありがとうございます。……参ったな。そんな事に使われるなんて……」
「……身体の一部を喪った事だって予想外なのに、それが使われるだなんて誰も思わないよ」
 ため息をつくイェルズ。ラミアは彼の左腕の義手を、気遣うように触れる。
「イェルズ。あたしは、SC-H01を倒すよ。あんたの複製品なんて放っておけない」
「それ、俺の台詞だと思うんですけど……何でラミアさんがそんなにムキになってるんです?」
「……!? そ、そりゃあアレだよ。とにかくイェルズは無茶しないこと! 分かったね!?」
 アワアワと慌てる彼女を不思議そうに見つめつつ、イェルズは頷いた。


「……みんなで楽しく暮らしました、と。めでたしめでたしってな」
「おや。良い匂いがするね」
「おう。人間の三大欲求ってやつに縋ってみようかと思ってよ」
 子供達の部屋にやってきたルシオにニヤリと笑うトリプルJ。
 彼の手には数冊の絵本と沢山のクッキーが抱えられていた。
「起きたら美味しい物が食べられる、楽しい事があるって思えたら……起きる意欲が湧くかもしれんだろ?」
「トリプルJさんが絵本の読み聞かせってちょっと意外な感じするやんね」
「何言ってやがる。俺はカッコイイだけじゃなくて子供の相手もできるんだぜ」
 小首を傾げるレナード=クーク(ka6613)に胸を張って見せるトリプルJ。そのやり取りにルシオがくすりと笑う。
「……素敵な試みだ」
「だろ? 丁度読み終わったし、ちょっと俺他の部屋回ってくんわ」
 甘い香りを残し、ひらひらと手を振って立ち去る彼。
 ルシオとレナードはベッドで眠る子供達……杏とユニスを覗き込む。
「杏、ユニス。来たよ」
「僕や。レナードやで。分かる……?」
 返事がないのは分かっているけれど。それでも、声をかけずにはいられない。
 レナードは子供達の顔を覗き込む。
「……ごめんなぁ。怖い思いをさせてしもて……杏ちゃんを助けた時に、ユニスちゃんも他の子も助けられれば良かったのにな」
 過ぎたことを今更言っても仕方がないと分かってはいるけれど。それでもあの時、一緒に助けられていたらもっと早く恐怖から解放できていた筈で……どうしても謝っておきたかった。
 2人の頭を撫でる彼。ルシオも子供達の手を握る。
「……どんな夢を見ているのかな」
「目、覚ましてくれるとええんやけど……」
「……あれだけ恐くて辛い思いをしたのだから……こうなるのも、ね」
 2人の言葉を継いだフィルメリア・クリスティア(ka3380)。ニーナの長い髪の毛を梳きながら、ため息をつく。
「今はまだこのままの方が良いのかも知れないわ」
「そうだね……。この世界は、この子達にはまだ辛すぎる」
 フィルメリアの言葉に頷くルシオ。
 そう。今目が覚めたところで、強化人間である子供達を待ち受けているのは世界からの糾弾と憎悪だ。
 リアルブルーの希望だったはずの彼らは、今や恐怖の象徴になってしまった。
 だから……生きていてくれるなら、無理に目を覚まさなくて良いと彼女は思う。
「心も身体も疲れただろうからね」
「そうね。でも、いつまでもこのままにはしておけない。子供達の目覚めのきっかけ探しと、この子達が生きていけるように世間の調停をしなければ……」
「……そうだね。私も出来る限りのことはしよう」
「せやね。それはとっても大事なことやね」
 子の為に身を張るのは親の務め……そう続けたフィルメリアに、頷くルシオ。レナードは目を細める。
「ところで、フィルメリアさんはニーナのお母さんなんやね」
「ええ。ママって呼ばれているし……ああ、夫に新しい子供が出来たって報告しないといけないかしら」
「それは旦那さんビックリするんやないの?」
「あの人のことだから、今度パパとして会わせてくれ、で済む気がするわ」
 くすくすと笑うフィルメリア。もう一度、眠るニーナの顔を覗き込む。
「……ずっと傍にいてあげられなくてごめんなさいね。でもまたきっと会いに来るわ」
 その時には必ず、この子達を恐怖から解放する方法を――。
 そしてレナードは、静かに子守唄を歌う。
 永遠の眠りについた子の魂が穏やかであるように。
 目を覚まさぬ子供達の見る夢が、楽しいものであるように。
 ――もし意識が戻ったら、また一緒に遊んでくれると……嬉しいやんね。


「鞍馬さん。目が死んでるわよ。大丈夫?」
「全然大丈夫じゃない」
 アイビス・グラス(ka2477)の声に物憂げな表情をする鞍馬 真(ka5819)。
 彼女も顔を曇らせる。
「私、どんな罵倒も受け入れるつもりで来たのよ。救えなかったのは事実だから。でもね……逆に労われちゃって。何か複雑な気分」
「……ああ、分かる気がするよ。まだ罵倒して貰った方が納得できるよね」
 アイビスの呟きに目を伏せる真。そのまま手で顔を覆う。
 ……どんな理由であれ、私は子供達の未来を奪った。
 敵がそう仕向けたとか、あの状況では仕方なかったとか、そんなものはただの言い訳だ。
 ――私がこの手で殺した。
 それが事実。紛れもない現実なのだ。
「……悔しいし、腹が立つよ。この状況を作った敵にも、そうする事しかできなかった私自身にも……!」
「……多分、この手で救えるものって、そんなに多くはないんだよね」
 真の方を見ずに呟くアイビス。
 この手で救えるだけ救いたい。誰しもがそう思うはず。
 ――でも、私はそんなに強くはない。
 出来るのは、どれだけ救う為の時間が増やせるか。
 戦うことしか出来ない私には、それしか出来ないから――。
「一つだけ後悔があるとしたら、あの子達が『守りたい』という気持ちを叶えてあげたかったかな」
 強化人間になった理由はそれぞれだろうけれど。役に立つという夢はあった筈だから……。
「アイビスさんは強いね」
「そんなことないよ。強かったらこんなことになってない。さ、お見舞いに行こう、真さん。それから、生きてる子達の為に何が出来るか考えよう」
「……そうだね」
 正直、こうして自分なりに割り切って、前に進めるアイビスが眩しいし羨ましい。
 後悔はしていない筈なのに、こうして割り切れないでいる自分に苛立つ。
 ……でも、1つだけ気付いたことがある。
 私にとって子供というのは未来を持つ輝かしい存在だと言う事。
 だからこんなに苦しいし、悩むのだ――。
 忘れはしない。奪った命の重みを。
 そしてこの痛みは、輝かしい存在の為に使ってみせる……。
 真は頷くと、アイビスの背を追った。


「やっぱり意識は戻ってねえのか」
「起きる気配はないね……」
 無機質なベッドの上。生命維持装置や点滴に繋がれ、眠り続ける子供を見て唇を噛む玄武坂 光(ka4537)。
 星空の幻(ka6980)は子供の頬をそっと撫でて……その冷たさに、胸がズキリと痛む。
 ――この痛みは何なのだろう。痛くて痛くて涙が止まらない。
 献花を終えた時にも、この感覚が沸き上がった。
 こんな気持ち……前にもあったような気がする。
「死んで行った子達も救いたかったのに……。この子達、これで救ったって言えるのかな」
「……そうだな。月並みだけどよ、お前の気持ちは届いてると思うぜ。せめてこいつらは何とかしてやりてえな」
「……うん」
 涙を拭う星空の幻。光は眠る子供を見つめたまま考える。
 献花をする時に、どう報告したものか悩んだ。
 お前達の人生を狂わせた奴は死んだ。
 ――本当に?
 何かが引っかかる。
 そう言いながら納得できていない。
「なあ、星空の幻。本当にこれで終わったと思うか?」
「……お兄ちゃん。あいつは倒したのに何でこの子達は眠り続けてるのかな。何でわざわざ自爆したりしたんだろう」
「言われてみりゃ不自然だな……」
「うん。この事件はまだ終わってないよ。根っこは別にあると思う」
「ずっともやもやしてたが……そうか。そういうことなんだな」
 星空の幻の言葉に頷く光。
 彼女と話してようやく腑に落ちた。
 見えたゴールは幻で、もっとずっと先に本当のゴールがある。
 ――このまま諦めてたまるか。
 子供達を救う手立てを見付けられるなら、是が非でも追いかけてやる――!
「このままじゃ終わらせねぇぞ」
「うん。強くなってやり返そう……!」
 呟く光。星空の幻の目に、新たな決意が宿っていた。


 クレールは、子供達が眠るベッドを静かに見つめていた。
 あの時……巨大潜水艦が沈み、沢山の生命が消えた時。
 叫ばずにいられなかった光景が心に焼き付いている。
 あの時の叫びは子供達に届かなかった。
 ――だから、直接伝えたいと思った。
 精霊翻訳を介さない、リアルブルーの言葉で。
 職員から習った言葉は、謝罪とも、後悔とも違う。たった一つ、彼女自身と御霊に誓う言葉。

『かたきは とる』

 拙い一言。それは、無機質な白い部屋に染み渡って行った。


 子供達の声がなく、静まり返るアスガルド。
 この時ばかりは、哀悼の花と見舞いの品で溢れかえる。
 昏睡状態の子供達は目覚める兆しもなく、この先がどうなるか分からないけれど。
 せめて……彼らの見る夢が幸せなものであることを。
 そして命を落とした少年少女の眠りが安らかであることを。
 ハンター達の誰もが祈った。

依頼結果

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参加者一覧

  • 元気な墓守猫
    リューリ・ハルマ(ka0502
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • 明日も元気に!
    クレール・ディンセルフ(ka0586
    人間(紅)|23才|女性|機導師
  • Sanctuary
    羊谷 めい(ka0669
    人間(蒼)|15才|女性|聖導士
  • 杏とユニスの先生
    ルシオ・セレステ(ka0673
    エルフ|21才|女性|聖導士
  • ずっとあなたの隣で
    ラミア・マクトゥーム(ka1720
    人間(紅)|15才|女性|霊闘士
  • 嵐影海光
    レベッカ・アマデーオ(ka1963
    人間(紅)|20才|女性|機導師
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • 戦いを選ぶ閃緑
    アイビス・グラス(ka2477
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • 話上手な先生
    鍛島 霧絵(ka3074
    人間(蒼)|22才|女性|猟撃士
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 世界より大事なモノ
    フィルメリア・クリスティア(ka3380
    人間(蒼)|25才|女性|機導師
  • 部族なき部族
    エステル・ソル(ka3983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 正義なる楯
    アルバ・ソル(ka4189
    人間(紅)|18才|男性|魔術師
  • 『俺達』が進む道
    玄武坂 光(ka4537
    人間(紅)|20才|男性|霊闘士
  • 雷影の術士
    央崎 遥華(ka5644
    人間(蒼)|21才|女性|魔術師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • お約束のツナサンド
    アルスレーテ・フュラー(ka6148
    エルフ|27才|女性|格闘士
  • 夜空に奏でる銀星となりて
    レナード=クーク(ka6613
    エルフ|17才|男性|魔術師
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイド(ka6633
    人間(蒼)|24才|女性|機導師
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • 白銀のスナイパー
    氷雨 柊羽(ka6767
    エルフ|17才|女性|猟撃士
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • ルル大学防諜部門長
    フィロ(ka6966
    オートマトン|24才|女性|格闘士
  • 白銀の審判人
    星空の幻(ka6980
    オートマトン|11才|女性|猟撃士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/06/08 21:45:38
アイコン 相談?雑談???卓
アルスレーテ・フュラー(ka6148
エルフ|27才|女性|格闘士(マスターアームズ)
最終発言
2018/06/08 21:50:13