ゲスト
(ka0000)
いちかのあめいり
マスター:愁水

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~5人
- サポート
- 0~2人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2018/06/18 22:00
- 完成日
- 2018/06/28 23:26
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
空が、鳴く。
**
色彩架ける、自由都市。
処は、旧市街に在る三兄妹のアパート。
先日の戦いで、紅亜(kz0239)が負った傷の経過を診に、一人の軍医が往診に来ていた。
「――うっし、もうでーじょうぶだろう。仕事に戻ってもえーわよ」
「えー……」
「は? えーじゃないでしょ。クー、サーカスの花形やってる自覚あるの?」
部屋の壁に腕を組みながら凭れていた黒亜(kz0238)が、呆れを含んだジト目を向ける。
「ハク兄がどれだけ苦労してサーカス切り盛りしたと思ってんの? 抜けてた穴、とっとと埋めてよね」
「クロ」
僅かに嗜めるような声音が振り返る。黒亜は、しれっとした顔で、白亜(kz0237)の横顔から視線を逸らした。例によって弟を持て余す白亜は、鼻から小さく息を抜くと、紅亜の前に座る男へ目線を移す。
「何度も足労をかけたな。昔から紅亜の病院嫌いには手を焼いていてな……助かったぞ」
「気にすんな。つーか、弟妹揃って悩みの種やってんなぁ、オイ。黒亜、テメェのにーちゃん困らすなよ」
「あんたに関係ないでしょ」
「クロ」
「ま、オレとお前らの仲じゃねーか。なんかあったら何時でも呼べよ。あ、礼なら身体で」
「殺すよ?」
「両手に花なら本望だぜ」
扇情的なウインクを寄越してきた男に、黒亜は軽蔑するように半目で見据えると、「……消滅すればいいのに」と、吐き捨てたのであった。
●
買い出しへ向かう白亜と連れ立ち、軍医の男がアパートを後にすると、紅亜がボレロを羽織りながら自室を出て来た。キッチンでカップの洗い物をしていた黒亜は、一瞥もせずに、「……どこか行くの?」と、声をかける。
「んー……お散歩がてら……ちょっと……天幕に……」
「は?」
黒亜は意識するよりも早く、紅亜を見ていた。彼の表情が呆気に取られる。
「次の公演……明後日、でしょ……? 身体……なまってたら大変、だから……」
細く開けた扉の先へ、華奢な紅亜の後ろ姿は消えていった。
部屋の空気がふっと動き、黒亜の前髪を僅かに揺らす。伏し目に翳る柘榴が、やるせないように、鬱積するように――鈍く、色付いていた。何時も、こうだ。兄を優先するばかり、妹のことが疎かになる。兄のように、“平等”に見るということが出来ない。先日の“件”が、良い例だ。
羨望する、
敬慕する、
無二の背中は、何時だって――
「……ハク兄。オレ、いつかクーを殺すかもしれない」
その時、紅い金魚を食べてしまった黒猫を見て、白狼は何を思うのだろうか。
●
石畳の路地裏を、温い風が流れていく。
「軍のみなは壮健に暮らしているか?」
「おう。少なくとも、お前の馴染みのヤツらは変わりなくやってるぜ。ああ、そういや、ジルのヤツがまぁた女にフラれてよ。修羅場ったのか、顔にでっかい青痣作ってきたぜ」
「大方、二股でもかけていたのだろう」
「それが違うのよ。今回は三股ですって、旦那」
「全く……恋多き悪癖は未だに直っていないようだな」
「そういうお前は、そろそろ身ぃ固めてもえーんじゃねぇの?」
「何を……」
「来いよ、カウンセリング。お前だって、ずっとそのままでいいとは思ってねぇだろ?」
「……」
「まあ、無理強いはしねぇよ。只、オレは――オレ達は、何時でもお前の味方だぜ」
「……ああ」
旧市街の街並みを、静かに歩いて行く。
「なあ、白亜」
「何だ」
「軍に戻ってくる気はねぇか? 今ならオレ達の力で何とかしてやる」
民家に咲く梔子が空気に蒸されて、芳香を伝えてきた。
「今更俺が戻ったところで、微々たる戦力にしかならんよ」
「は、中佐への昇進を断ったヤツがよく言うぜ」
「何より、クロ達と築いてきたサーカス団を無下には出来んさ。だが……その心遣いには感謝しよう」
「……おう。ま、そう言うと思ったけどな。買いもん、手ぇ貸すか?」
「いや。君も忙しい身だろう」
「あいよ。――っと、そうだ。忘れるところだったぜ」
男は白衣の胸ポケットから何とはなしに取り出した物を、白亜の手にしっかりと握らせた。手の中に収まる、冷たい感触。視線を落とした白亜の瞳が微動する。
「一週間ほど前の辺境地での任務でな、ルカのヤツが見つけたんだ。朗報と取るか、そうでねぇかは、お前の自由だぜ。まあ……アイツには身内もいねぇし、“相棒”のお前が持ってる方がいいと思ってよ」
男は白亜の手を覆っていた掌をゆっくりと引き、「じゃあな」と、別れの挨拶を残して立ち去っていった。
「ああ……またな、シュヴァルツ」
白亜は草臥れたような声で呟くと、開花する花のように指先を開く。掌には、チェーンの付いた認識票が眠っていた。打刻されていた名は――
“リュネ”
その名が、心に重くのし掛かってくる。
彼の顔が。
彼との日々が。
彼との最後の任務が。
彼を見た、最後の表情が――
「形見としての朗報か、置き土産としての悲報か……それとも……――リュネ、君は」
生きているのだろうか?
「……雨が降りそうだな」
**
空が、啼く。
空が、鳴く。
**
色彩架ける、自由都市。
処は、旧市街に在る三兄妹のアパート。
先日の戦いで、紅亜(kz0239)が負った傷の経過を診に、一人の軍医が往診に来ていた。
「――うっし、もうでーじょうぶだろう。仕事に戻ってもえーわよ」
「えー……」
「は? えーじゃないでしょ。クー、サーカスの花形やってる自覚あるの?」
部屋の壁に腕を組みながら凭れていた黒亜(kz0238)が、呆れを含んだジト目を向ける。
「ハク兄がどれだけ苦労してサーカス切り盛りしたと思ってんの? 抜けてた穴、とっとと埋めてよね」
「クロ」
僅かに嗜めるような声音が振り返る。黒亜は、しれっとした顔で、白亜(kz0237)の横顔から視線を逸らした。例によって弟を持て余す白亜は、鼻から小さく息を抜くと、紅亜の前に座る男へ目線を移す。
「何度も足労をかけたな。昔から紅亜の病院嫌いには手を焼いていてな……助かったぞ」
「気にすんな。つーか、弟妹揃って悩みの種やってんなぁ、オイ。黒亜、テメェのにーちゃん困らすなよ」
「あんたに関係ないでしょ」
「クロ」
「ま、オレとお前らの仲じゃねーか。なんかあったら何時でも呼べよ。あ、礼なら身体で」
「殺すよ?」
「両手に花なら本望だぜ」
扇情的なウインクを寄越してきた男に、黒亜は軽蔑するように半目で見据えると、「……消滅すればいいのに」と、吐き捨てたのであった。
●
買い出しへ向かう白亜と連れ立ち、軍医の男がアパートを後にすると、紅亜がボレロを羽織りながら自室を出て来た。キッチンでカップの洗い物をしていた黒亜は、一瞥もせずに、「……どこか行くの?」と、声をかける。
「んー……お散歩がてら……ちょっと……天幕に……」
「は?」
黒亜は意識するよりも早く、紅亜を見ていた。彼の表情が呆気に取られる。
「次の公演……明後日、でしょ……? 身体……なまってたら大変、だから……」
細く開けた扉の先へ、華奢な紅亜の後ろ姿は消えていった。
部屋の空気がふっと動き、黒亜の前髪を僅かに揺らす。伏し目に翳る柘榴が、やるせないように、鬱積するように――鈍く、色付いていた。何時も、こうだ。兄を優先するばかり、妹のことが疎かになる。兄のように、“平等”に見るということが出来ない。先日の“件”が、良い例だ。
羨望する、
敬慕する、
無二の背中は、何時だって――
「……ハク兄。オレ、いつかクーを殺すかもしれない」
その時、紅い金魚を食べてしまった黒猫を見て、白狼は何を思うのだろうか。
●
石畳の路地裏を、温い風が流れていく。
「軍のみなは壮健に暮らしているか?」
「おう。少なくとも、お前の馴染みのヤツらは変わりなくやってるぜ。ああ、そういや、ジルのヤツがまぁた女にフラれてよ。修羅場ったのか、顔にでっかい青痣作ってきたぜ」
「大方、二股でもかけていたのだろう」
「それが違うのよ。今回は三股ですって、旦那」
「全く……恋多き悪癖は未だに直っていないようだな」
「そういうお前は、そろそろ身ぃ固めてもえーんじゃねぇの?」
「何を……」
「来いよ、カウンセリング。お前だって、ずっとそのままでいいとは思ってねぇだろ?」
「……」
「まあ、無理強いはしねぇよ。只、オレは――オレ達は、何時でもお前の味方だぜ」
「……ああ」
旧市街の街並みを、静かに歩いて行く。
「なあ、白亜」
「何だ」
「軍に戻ってくる気はねぇか? 今ならオレ達の力で何とかしてやる」
民家に咲く梔子が空気に蒸されて、芳香を伝えてきた。
「今更俺が戻ったところで、微々たる戦力にしかならんよ」
「は、中佐への昇進を断ったヤツがよく言うぜ」
「何より、クロ達と築いてきたサーカス団を無下には出来んさ。だが……その心遣いには感謝しよう」
「……おう。ま、そう言うと思ったけどな。買いもん、手ぇ貸すか?」
「いや。君も忙しい身だろう」
「あいよ。――っと、そうだ。忘れるところだったぜ」
男は白衣の胸ポケットから何とはなしに取り出した物を、白亜の手にしっかりと握らせた。手の中に収まる、冷たい感触。視線を落とした白亜の瞳が微動する。
「一週間ほど前の辺境地での任務でな、ルカのヤツが見つけたんだ。朗報と取るか、そうでねぇかは、お前の自由だぜ。まあ……アイツには身内もいねぇし、“相棒”のお前が持ってる方がいいと思ってよ」
男は白亜の手を覆っていた掌をゆっくりと引き、「じゃあな」と、別れの挨拶を残して立ち去っていった。
「ああ……またな、シュヴァルツ」
白亜は草臥れたような声で呟くと、開花する花のように指先を開く。掌には、チェーンの付いた認識票が眠っていた。打刻されていた名は――
“リュネ”
その名が、心に重くのし掛かってくる。
彼の顔が。
彼との日々が。
彼との最後の任務が。
彼を見た、最後の表情が――
「形見としての朗報か、置き土産としての悲報か……それとも……――リュネ、君は」
生きているのだろうか?
「……雨が降りそうだな」
**
空が、啼く。
リプレイ本文
●
物言わぬ十字架を指先で“抱擁”する。
「(雨は上がる、夜も明ける……日々“今”を生きとるんや……うちらは)」
彼女――白藤(ka3768)は、想いを定め、教会の域を踏んだ。
――振り香炉の香りに、安堵する香気が混じっていた。
●
しとしと。
しとしと。
糸桜から伝う露の如き雨。
浅生 陸(ka7041)は、傘も差さずにぶらりと歩く。
馴染みの場所へ、“彼女”に会いに。
天鵞絨の天幕をくぐると、陽だまりの猫――ミア(ka7035)がいた。
「痛い痛いの治ったニャス? 痕とか残らなかったニャス?」
その労る声音に、陸の心が僅かに疼く。
「紅亜さんはお怪我されていたんですね、あまり急に動かない方がいいです」
「んー……? ミアも……灯も……しんぱいしょう……?」
幼子のように、きょとん、と、問い返してくる紅亜(kz0239)を見て、灯(ka7179)は小さく笑った。
「ええ。心配くらいさせて下さい。……傷は必ず治ります。体も、心も。焦らなくても大丈夫ですから」
「ん……二人とも、ありがとー……」
「ニャは♪ でもほんと、元気そうで安心したニャス。専門の人に診てもらえたのかニャ?」
「せんもん……? せんもん……あー、そうだね……それっぽくないから忘れてた……」
其処へ、縁から眺めていた陸が、「よう」と挨拶をしながら、その輪に加わる。そして、ミアと紅亜の稽古が始まった。
くるり。
くるり。
空中ブランコが宙に揺れ、二つの“花”が宙に咲く。
「(灯ちゃんにもいつか、サーカスの公演を見てもらえたらいいニャぁ)」
灯の手を引いてきたミアの、ささやかな願い。
「(星空みたいにきらきらな世界で、灯ちゃんがきらきら笑ってくれたら嬉しいニャス)」
宙で舞うミアの“温もり”が、灯の深い空色の瞳に柔らかな旋律を響かせる。
サーカス――。それは、幸福な子供が優しい両親に連れてきてもらえる“夢の国”。少なくとも、両親の顔を殆ど憶えていない灯にとっては、縁遠い場所であった。けれど――
「(楽しそうに笑うミアさんを見ていると、私でもここにいていいのかなと思える)」
誰でも笑い、
誰もが笑い、
「……ここは、幸福な時間がもらえる場所なのね」
灯の囁きに応えるかのように、くるり――天鵞絨ノ風船唐綿が、宙で“縁(えん)”を描いた。
「二人共、お疲れ。そうだ、人気店のプリン、食わねぇか?」
陸が適度なところで休憩を促した。
「くーちゃん」
紅亜が睫毛を上げると、ミアの神妙な面持ちが待っていた。
「……ごめんね、ニャス」
双眸の尖晶石が、悔恨の情に滲む。
「あの時……引いた手を、掬った手を、“今”もちゃんと繋いでいれば、先日の結末は少しでも変わっていたのかニャ」
護りたかった。
救いたかった。
「くーちゃんが、大きな怪我をしないで済んだのかニャ」
傍に、いたかった。
「ミアは……あの時、迎えに来てくれた……暗い森の中で……私の手を引いてくれた……それは今も、だよ……?」
惑いなくかぶりを振った紅亜は、ミアの指先をそっと包み――
「だいじょうぶ……ちゃんと、繋いでるよ……」
平安な表情を浮かべた。
ミアは、とある情を噛み締めるように、きゅっと唇を引き結ぶと――
「にゃんこはぐはぐーーーニャス!!!」
博愛の秘技で、紅亜を抱き締めた。
大好きだよ。
大切だよ。
それは、単純な想い。無邪気なミアだからこそ、“そう”、伝えられるのだろう。ならば勿論――
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
おみゃーらも例外だと思うニャよ! byミア
ミアと灯が天幕を後にすると、陸は手にしていたバックパックから、大砲に似た20センチ程の円筒を取り出した。見当のつかない表情をしている紅亜を横に、砲口を上に構えた陸が、筒に付いたトリガーを引く。すると――
ポンッ!!!
大きな音がして、紅亜は反射的に両目を瞑った。余韻に交じる曲線に、さらさら、と、砂の鳴くような音が聞こえる。紅水晶の瞳が、そろりと辺りを窺うと、金の粉――月の雫が降っていた。
「……綺麗だろう。月の雨のようで、紅亜に似合うと思った。快気祝いだけど、まだそんなに頑張らなくていい」
何処か狂おしく仰ぎ見ていた陸の双眸が紅亜へと移り、無骨な掌が彼女の頭を撫でる。
「――本当に、生きていてくれてよかった。護れなくてすまなかった」
失う怖さは知っていた。知っていたというのに、何も出来なかった自分に嫌気が差した。けれど――
「人の気持ちはどうすることもできない。でも……だから、少しでも寄添えればと思う」
覚ったことが、ひとつある。
「紅亜が傷つくのも、笑わないのも嫌なんだ。それは、俺の欲だ」
心は変わらない。
「ごめんな、俺は、紅亜にいちばん優しくしたい。でも、紅亜だけには、優しい”だけ”の俺じゃいられないと思う」
「私、だけ……?」
「ああ。傷ついたら辛いし、無茶をしたら怒ると思う。……なあ、紅亜。あの時、月白の髪の男に傷つけられることを望んでいなかったか?」
陸の問い掛けに、紅亜は思案しているような目許で宙の雨を見つめる。暫時を置いた後、「んん……」という返答がきた。
「あの時は……ただ、護りたかっただけ……でも……あの人じゃ……リュネおにいちゃんじゃ……なかった……」
「……」
「陸……?」
「俺な、紅亜が笑うのが、今も、ただ一人の前だけだったとしても、傍にいるよ。手を伸ばせるように」
生きていれば、また始められる。
「大事だと何度でも伝えるから。だから、過去も、今も、これからも――沢山優しくさせてくれ」
月の輝きが迷わぬよう、黒い森が優しく包む。
物憂いが、切望を帯びた瞳が、陸を仰いだ。
「じゃあ……約束、して……」
「約束?」
「ん……陸は……月下美人の花みたいに……私の前から、いなくならないでね……」
●
彼――白亜(kz0237)は、最後列の長椅子に座っていた。
「ハァイ白亜、うちもかいもん一緒してもえぇやろか?」
建前ではなく、本音に隠した口実。
白亜もそれを察したようで、隣に腰掛けるよう目線で促す。彼の掌には、認識票のチェーンが雨の筋のように垂れていた。
「……見つかったん?」
「ああ」
「……」
「……」
「あんなぁ、白亜。あんま根掘り葉掘り聞いて傷付けたいわけやないんやけど……うち――」
「承知している」
「え……?」
「早々に、伝えておかなければいけなかったのかもしれんな。俺の“病”の理由を」
「……なんで、なん? なんで、うちに……女性に触れられへんの? そのドッグタグと関係があるん?」
白亜は、掌で眠る冷たい感触に視線を落とす。そして、意識の底から一筋の糸を紡ぎ出すかのように口を開いた。
「この認識票の持ち主とは、昔、俺が帝国軍に身を置いていた頃の親友でな。
……あの日、俺達は堕落者討伐の任に当たっていた。しかし、現地には一般人が……堕落者の姉もいた。彼女は……彼女、は――堕落者を――……いや、……違う。彼女は――」
其処まで口にすると、白亜は前髪を掻き上げるように掌を置き、目許に苦悩の皺を浮かべた。固く瞑った瞼が、小刻みに震える。
「白亜……?」
「――俺は、救えなかった」
不意に、彼は不自然な程、“こざっぱり”と口にした。
「彼女を介抱している最中に、背後から襲撃を受けたんだ。俺に覆い被さり、助けを懇願する彼女の瞳に、俺は応えられなかった」
――“何か”が、抜けていた。
混濁。
欠落。
在り方に潜む、矛盾と痛み。
しかし、白藤に追及する術など、言などない。彼女は唯――
「うちはどんな言葉でも聞く、否定したない……やけど、白亜がいないんはあかん。皆が悲しんでまう……ちゃうな、うちが、嫌なんや」
だから、
「二度と……あんな、銃口を自分に向けるような事はして欲しいないんや……」
大嫌いな雨に、晒したくはなかった。
「うちは、大事な人に降りかかる雨が嫌いや。何もできひんのが、嫌や。出来れば傍で……隣で、傘を、手を差し伸べたい」
まるで、慕い寄る子供のように、白藤の眼が白亜の瑠璃の中へ飛び込んでくる。
――教会内に響く、蕭条な雨の音。
弱り顔の白亜が、やおらに座を立つ。
「人とは、やはり……誰でも望みを持っているものなのだな」
独り言ちた彼の横顔が、此方へ向いた。
「それを自覚して生きるのか、一生自覚出来ないまま生きていくのか……」
白亜の指先が、白藤の顎を掬うような仕草をし――
「頭が変になりそうだ」
狂おしく、白藤を見つめた。
●
少しずつ。
少しずつ。
その“音”が、空に届けられる様に――。
右手には空色の傘。腰にはベルトポーチを付け、レナード=クーク(ka6613)の足は、その気性と同じくのんびりと旧市街へ向かっていた。軈て、外れの小川に差し掛かると、せせらぎと共に美しい歌声が流れてきた。
――♪♪♪……
賛美歌のように叙情的で、聴く者の心を浄化させるような旋律。しかし、何時ものその歌声が、今日は何処か弦に翳っているようで――。
「……なに。なんか用?」
不意に音が途切れたので、旋律に傾けていた意識をふっと起こすと、五月雨に降られる黒亜(kz0238)が仏頂面で此方を見ていた。
「えへへ……こんにちはやんねー、クロア君。雨、降ってきてしもたね。風邪とか引いたら大変やから、これ、使ってやんね」
黒亜の傍らまでやってきたレナードは、ベルトポーチから頭を覗かせていた折り畳み傘を抜き、差し出す。黒亜は短く礼を告げながら傘を開くと、先程の返答を目線で促してきた。
「んー……そう、やんね……」
雪降る街に、思いを馳せる。
あの時は、聞こえない振りをする事が、彼等の――彼の為にもなると信じていた。けれど、今度は目を逸らさず、耳を傾けて、きちんと向き合いたい。彼の奏でる音に。抱えているものに。
「……うん。俺は……君と、話がしたかったんだ」
例え棘を向けられたとしても、傷を背負う覚悟なら、もう――出来ているから。
彼の運命に取り組むような面差しに、表情を引いた黒亜はレナードの真意を読もうとするが、軈て諦めたように小さく溜息をついて、「……ほんと、酔狂な男だね」と、黒亜なりに“応じた”。
「君が、サーカスの演目で歌を奏でる様になった切っ掛けは……何だったんだい?」
些細な始まりであっても、今の黒亜に繋がる大事なものを知りたかった。
「……別に。他に取り柄もなかったし」
「……」
「…………子供の頃、ハク兄がオレの歌を褒めてくれたから、かもね」
「そうなんだ」
「なにニヤけてんの」
「ふふ。……ねえ、クロア……君。さっきの歌に……胸に、抱えている事があったりする?」
「……は?」
後悔をしたくはなかった。
「苦しいことがあるのなら、その音を、痛みを、俺が受け止められたらと思うんだ」
背負うと、触れると――決めたから。
「……あんた、兄弟はいるの?」
「え?」
「煩わしいし、平等でもないのに……なきゃないで、不便なものだよね。まあ、あんたには関係ないことだろうけど」
ささくれだった心と言葉に垣間見た、月季花の憶い。
「……んん。何かあれば、何時でも頼ってくれていいんだよ。ハクアさんには全然及ばないけれど、これでも俺――僕は、一応“お兄さん”なんやから! ……なんて。そや、また次会えた時に、今日の歌……教えて貰えたらええなぁ」
黒亜は、何処かバツの悪そうな顔をすると、「ふん……オレのレッスンは高いよ」と、首を逸らしたのであった。
●
「(――安心しなさい。あの子は自分の足でちゃんと歩いてるわ。過去も見つめて、前を向いてね)」
買い物をしていた白藤と白亜に別れを告げ、ロベリア・李(ka4206)は雨の街をぶらつく。
「怪我した子は元気になったみたいね。安心したわ。お見舞いもミアや陸たちに任せましょ。……でも」
含意を読み取るのは難しい。
「……けど、これも私の出るところじゃないわね。というか――」
自分は、何をしに来たのだろう。
「(白亜は――確かに似てるわ。顔つきが。雰囲気は少しだけ)」
頭でそう紡いだ後に想起したのは、白い彼の姿。そして――
「(最近、白藤の様子が変わった感じがしてたのはこれか。私が驚いたくらいだもの。あの子はどうだったのやら)」
白い彼の隣で笑っていた、妹分の姿。
しとしと。
しとしと。
雨は降る。
雨が降る。
大事な彼女の、嫌いな雨が。
「(そう言えば……“あの頃”はまだ、皆もいたのよね)」
回顧する、在りし日の仲間達。
「(最初は同じ小隊に編成された白藤が危うそうに見えて、放っておけなかったのよね。切っ掛けはなんだったのかしら。嫌われていたのに、いつからか懐くようになって、それで――……)」
今では何も言わずとも寄り掛かってくる、“妹”。
「(仲間やあいつが死んだとき、あの子がどんな想いだったのか。守られて死なれる方の気持ちにもなりなさいよ)」
双子だからと、ふざけて髪を真似した――兄。
「(ああ、バカな弟も居たわね。あいつのおかげであの子は――いや、あれはいいか。縁も切ったし。って、やだ。私……何思い出してんのかしら)」
今、こうして昔を懐かしく思い描いたりするのは、白い彼がもたらした影響なのだろうか。
「“――白亜にはうちらと今を、選んで欲しいんや”、か」
滴と共に零れるコトバ。
「あの子は前に進んでる。心が触れる距離になると逃げる癖は相変わらずだけど、重ねてるわけじゃない。今を、彼を見てる」
眩しく映る面影ではなく、交わった形に――奇蹟に、触れようとしている。
「白亜。覚悟しておきなさいな。素直にそっとしておいてくれないわよ? あの子は」
ロベリアは、彼に告げた“忠告”をもう一度口にして、街を包む雨の中をゆく。
「――あら?
あんた、シュヴァルツじゃない? いえ、白亜から聞いてたのよ。一杯どう? 奢るわよ。私も昔は軍人だったし、共感できるものもあるかもだしね」
そうしてまた、出会いがひとつ――。
●
「クロちゃんて、今幸せニャス?」
カフェの軒先で鉢合わせになった二匹の猫が、テイクアウトカップを片手に立ち並ぶ。
「藪から棒」
「えー、そんなことないニャスよ。幸せは大事ニャスよ?」
例えば――
「家族ってあったかいニャスよネ」
黒亜の眦が一瞬、引きつる。
「でも、家族だから幸せなんじゃないニャス。クロちゃんのお兄ちゃんがダディで、妹がくーちゃんだから、あったかくて、幸せな時間を過ごせるんだと思うニャス。だから、大切にしてニャぁ。ミアみたいに、独りになったらダメニャスよ?」
後から悔いても、時間は戻せないから。
「……バカなの?」
「Σふニャ!?」
普通にヒドイ。
「三毛がココにいて、オレが隣にいるじゃん。少なくとも、今は独りじゃないでしょ」
――。
雨が降れば、何時かは晴れる。
その時、誰かの瞳に、虹が架かる。
物言わぬ十字架を指先で“抱擁”する。
「(雨は上がる、夜も明ける……日々“今”を生きとるんや……うちらは)」
彼女――白藤(ka3768)は、想いを定め、教会の域を踏んだ。
――振り香炉の香りに、安堵する香気が混じっていた。
●
しとしと。
しとしと。
糸桜から伝う露の如き雨。
浅生 陸(ka7041)は、傘も差さずにぶらりと歩く。
馴染みの場所へ、“彼女”に会いに。
天鵞絨の天幕をくぐると、陽だまりの猫――ミア(ka7035)がいた。
「痛い痛いの治ったニャス? 痕とか残らなかったニャス?」
その労る声音に、陸の心が僅かに疼く。
「紅亜さんはお怪我されていたんですね、あまり急に動かない方がいいです」
「んー……? ミアも……灯も……しんぱいしょう……?」
幼子のように、きょとん、と、問い返してくる紅亜(kz0239)を見て、灯(ka7179)は小さく笑った。
「ええ。心配くらいさせて下さい。……傷は必ず治ります。体も、心も。焦らなくても大丈夫ですから」
「ん……二人とも、ありがとー……」
「ニャは♪ でもほんと、元気そうで安心したニャス。専門の人に診てもらえたのかニャ?」
「せんもん……? せんもん……あー、そうだね……それっぽくないから忘れてた……」
其処へ、縁から眺めていた陸が、「よう」と挨拶をしながら、その輪に加わる。そして、ミアと紅亜の稽古が始まった。
くるり。
くるり。
空中ブランコが宙に揺れ、二つの“花”が宙に咲く。
「(灯ちゃんにもいつか、サーカスの公演を見てもらえたらいいニャぁ)」
灯の手を引いてきたミアの、ささやかな願い。
「(星空みたいにきらきらな世界で、灯ちゃんがきらきら笑ってくれたら嬉しいニャス)」
宙で舞うミアの“温もり”が、灯の深い空色の瞳に柔らかな旋律を響かせる。
サーカス――。それは、幸福な子供が優しい両親に連れてきてもらえる“夢の国”。少なくとも、両親の顔を殆ど憶えていない灯にとっては、縁遠い場所であった。けれど――
「(楽しそうに笑うミアさんを見ていると、私でもここにいていいのかなと思える)」
誰でも笑い、
誰もが笑い、
「……ここは、幸福な時間がもらえる場所なのね」
灯の囁きに応えるかのように、くるり――天鵞絨ノ風船唐綿が、宙で“縁(えん)”を描いた。
「二人共、お疲れ。そうだ、人気店のプリン、食わねぇか?」
陸が適度なところで休憩を促した。
「くーちゃん」
紅亜が睫毛を上げると、ミアの神妙な面持ちが待っていた。
「……ごめんね、ニャス」
双眸の尖晶石が、悔恨の情に滲む。
「あの時……引いた手を、掬った手を、“今”もちゃんと繋いでいれば、先日の結末は少しでも変わっていたのかニャ」
護りたかった。
救いたかった。
「くーちゃんが、大きな怪我をしないで済んだのかニャ」
傍に、いたかった。
「ミアは……あの時、迎えに来てくれた……暗い森の中で……私の手を引いてくれた……それは今も、だよ……?」
惑いなくかぶりを振った紅亜は、ミアの指先をそっと包み――
「だいじょうぶ……ちゃんと、繋いでるよ……」
平安な表情を浮かべた。
ミアは、とある情を噛み締めるように、きゅっと唇を引き結ぶと――
「にゃんこはぐはぐーーーニャス!!!」
博愛の秘技で、紅亜を抱き締めた。
大好きだよ。
大切だよ。
それは、単純な想い。無邪気なミアだからこそ、“そう”、伝えられるのだろう。ならば勿論――
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
おみゃーらも例外だと思うニャよ! byミア
ミアと灯が天幕を後にすると、陸は手にしていたバックパックから、大砲に似た20センチ程の円筒を取り出した。見当のつかない表情をしている紅亜を横に、砲口を上に構えた陸が、筒に付いたトリガーを引く。すると――
ポンッ!!!
大きな音がして、紅亜は反射的に両目を瞑った。余韻に交じる曲線に、さらさら、と、砂の鳴くような音が聞こえる。紅水晶の瞳が、そろりと辺りを窺うと、金の粉――月の雫が降っていた。
「……綺麗だろう。月の雨のようで、紅亜に似合うと思った。快気祝いだけど、まだそんなに頑張らなくていい」
何処か狂おしく仰ぎ見ていた陸の双眸が紅亜へと移り、無骨な掌が彼女の頭を撫でる。
「――本当に、生きていてくれてよかった。護れなくてすまなかった」
失う怖さは知っていた。知っていたというのに、何も出来なかった自分に嫌気が差した。けれど――
「人の気持ちはどうすることもできない。でも……だから、少しでも寄添えればと思う」
覚ったことが、ひとつある。
「紅亜が傷つくのも、笑わないのも嫌なんだ。それは、俺の欲だ」
心は変わらない。
「ごめんな、俺は、紅亜にいちばん優しくしたい。でも、紅亜だけには、優しい”だけ”の俺じゃいられないと思う」
「私、だけ……?」
「ああ。傷ついたら辛いし、無茶をしたら怒ると思う。……なあ、紅亜。あの時、月白の髪の男に傷つけられることを望んでいなかったか?」
陸の問い掛けに、紅亜は思案しているような目許で宙の雨を見つめる。暫時を置いた後、「んん……」という返答がきた。
「あの時は……ただ、護りたかっただけ……でも……あの人じゃ……リュネおにいちゃんじゃ……なかった……」
「……」
「陸……?」
「俺な、紅亜が笑うのが、今も、ただ一人の前だけだったとしても、傍にいるよ。手を伸ばせるように」
生きていれば、また始められる。
「大事だと何度でも伝えるから。だから、過去も、今も、これからも――沢山優しくさせてくれ」
月の輝きが迷わぬよう、黒い森が優しく包む。
物憂いが、切望を帯びた瞳が、陸を仰いだ。
「じゃあ……約束、して……」
「約束?」
「ん……陸は……月下美人の花みたいに……私の前から、いなくならないでね……」
●
彼――白亜(kz0237)は、最後列の長椅子に座っていた。
「ハァイ白亜、うちもかいもん一緒してもえぇやろか?」
建前ではなく、本音に隠した口実。
白亜もそれを察したようで、隣に腰掛けるよう目線で促す。彼の掌には、認識票のチェーンが雨の筋のように垂れていた。
「……見つかったん?」
「ああ」
「……」
「……」
「あんなぁ、白亜。あんま根掘り葉掘り聞いて傷付けたいわけやないんやけど……うち――」
「承知している」
「え……?」
「早々に、伝えておかなければいけなかったのかもしれんな。俺の“病”の理由を」
「……なんで、なん? なんで、うちに……女性に触れられへんの? そのドッグタグと関係があるん?」
白亜は、掌で眠る冷たい感触に視線を落とす。そして、意識の底から一筋の糸を紡ぎ出すかのように口を開いた。
「この認識票の持ち主とは、昔、俺が帝国軍に身を置いていた頃の親友でな。
……あの日、俺達は堕落者討伐の任に当たっていた。しかし、現地には一般人が……堕落者の姉もいた。彼女は……彼女、は――堕落者を――……いや、……違う。彼女は――」
其処まで口にすると、白亜は前髪を掻き上げるように掌を置き、目許に苦悩の皺を浮かべた。固く瞑った瞼が、小刻みに震える。
「白亜……?」
「――俺は、救えなかった」
不意に、彼は不自然な程、“こざっぱり”と口にした。
「彼女を介抱している最中に、背後から襲撃を受けたんだ。俺に覆い被さり、助けを懇願する彼女の瞳に、俺は応えられなかった」
――“何か”が、抜けていた。
混濁。
欠落。
在り方に潜む、矛盾と痛み。
しかし、白藤に追及する術など、言などない。彼女は唯――
「うちはどんな言葉でも聞く、否定したない……やけど、白亜がいないんはあかん。皆が悲しんでまう……ちゃうな、うちが、嫌なんや」
だから、
「二度と……あんな、銃口を自分に向けるような事はして欲しいないんや……」
大嫌いな雨に、晒したくはなかった。
「うちは、大事な人に降りかかる雨が嫌いや。何もできひんのが、嫌や。出来れば傍で……隣で、傘を、手を差し伸べたい」
まるで、慕い寄る子供のように、白藤の眼が白亜の瑠璃の中へ飛び込んでくる。
――教会内に響く、蕭条な雨の音。
弱り顔の白亜が、やおらに座を立つ。
「人とは、やはり……誰でも望みを持っているものなのだな」
独り言ちた彼の横顔が、此方へ向いた。
「それを自覚して生きるのか、一生自覚出来ないまま生きていくのか……」
白亜の指先が、白藤の顎を掬うような仕草をし――
「頭が変になりそうだ」
狂おしく、白藤を見つめた。
●
少しずつ。
少しずつ。
その“音”が、空に届けられる様に――。
右手には空色の傘。腰にはベルトポーチを付け、レナード=クーク(ka6613)の足は、その気性と同じくのんびりと旧市街へ向かっていた。軈て、外れの小川に差し掛かると、せせらぎと共に美しい歌声が流れてきた。
――♪♪♪……
賛美歌のように叙情的で、聴く者の心を浄化させるような旋律。しかし、何時ものその歌声が、今日は何処か弦に翳っているようで――。
「……なに。なんか用?」
不意に音が途切れたので、旋律に傾けていた意識をふっと起こすと、五月雨に降られる黒亜(kz0238)が仏頂面で此方を見ていた。
「えへへ……こんにちはやんねー、クロア君。雨、降ってきてしもたね。風邪とか引いたら大変やから、これ、使ってやんね」
黒亜の傍らまでやってきたレナードは、ベルトポーチから頭を覗かせていた折り畳み傘を抜き、差し出す。黒亜は短く礼を告げながら傘を開くと、先程の返答を目線で促してきた。
「んー……そう、やんね……」
雪降る街に、思いを馳せる。
あの時は、聞こえない振りをする事が、彼等の――彼の為にもなると信じていた。けれど、今度は目を逸らさず、耳を傾けて、きちんと向き合いたい。彼の奏でる音に。抱えているものに。
「……うん。俺は……君と、話がしたかったんだ」
例え棘を向けられたとしても、傷を背負う覚悟なら、もう――出来ているから。
彼の運命に取り組むような面差しに、表情を引いた黒亜はレナードの真意を読もうとするが、軈て諦めたように小さく溜息をついて、「……ほんと、酔狂な男だね」と、黒亜なりに“応じた”。
「君が、サーカスの演目で歌を奏でる様になった切っ掛けは……何だったんだい?」
些細な始まりであっても、今の黒亜に繋がる大事なものを知りたかった。
「……別に。他に取り柄もなかったし」
「……」
「…………子供の頃、ハク兄がオレの歌を褒めてくれたから、かもね」
「そうなんだ」
「なにニヤけてんの」
「ふふ。……ねえ、クロア……君。さっきの歌に……胸に、抱えている事があったりする?」
「……は?」
後悔をしたくはなかった。
「苦しいことがあるのなら、その音を、痛みを、俺が受け止められたらと思うんだ」
背負うと、触れると――決めたから。
「……あんた、兄弟はいるの?」
「え?」
「煩わしいし、平等でもないのに……なきゃないで、不便なものだよね。まあ、あんたには関係ないことだろうけど」
ささくれだった心と言葉に垣間見た、月季花の憶い。
「……んん。何かあれば、何時でも頼ってくれていいんだよ。ハクアさんには全然及ばないけれど、これでも俺――僕は、一応“お兄さん”なんやから! ……なんて。そや、また次会えた時に、今日の歌……教えて貰えたらええなぁ」
黒亜は、何処かバツの悪そうな顔をすると、「ふん……オレのレッスンは高いよ」と、首を逸らしたのであった。
●
「(――安心しなさい。あの子は自分の足でちゃんと歩いてるわ。過去も見つめて、前を向いてね)」
買い物をしていた白藤と白亜に別れを告げ、ロベリア・李(ka4206)は雨の街をぶらつく。
「怪我した子は元気になったみたいね。安心したわ。お見舞いもミアや陸たちに任せましょ。……でも」
含意を読み取るのは難しい。
「……けど、これも私の出るところじゃないわね。というか――」
自分は、何をしに来たのだろう。
「(白亜は――確かに似てるわ。顔つきが。雰囲気は少しだけ)」
頭でそう紡いだ後に想起したのは、白い彼の姿。そして――
「(最近、白藤の様子が変わった感じがしてたのはこれか。私が驚いたくらいだもの。あの子はどうだったのやら)」
白い彼の隣で笑っていた、妹分の姿。
しとしと。
しとしと。
雨は降る。
雨が降る。
大事な彼女の、嫌いな雨が。
「(そう言えば……“あの頃”はまだ、皆もいたのよね)」
回顧する、在りし日の仲間達。
「(最初は同じ小隊に編成された白藤が危うそうに見えて、放っておけなかったのよね。切っ掛けはなんだったのかしら。嫌われていたのに、いつからか懐くようになって、それで――……)」
今では何も言わずとも寄り掛かってくる、“妹”。
「(仲間やあいつが死んだとき、あの子がどんな想いだったのか。守られて死なれる方の気持ちにもなりなさいよ)」
双子だからと、ふざけて髪を真似した――兄。
「(ああ、バカな弟も居たわね。あいつのおかげであの子は――いや、あれはいいか。縁も切ったし。って、やだ。私……何思い出してんのかしら)」
今、こうして昔を懐かしく思い描いたりするのは、白い彼がもたらした影響なのだろうか。
「“――白亜にはうちらと今を、選んで欲しいんや”、か」
滴と共に零れるコトバ。
「あの子は前に進んでる。心が触れる距離になると逃げる癖は相変わらずだけど、重ねてるわけじゃない。今を、彼を見てる」
眩しく映る面影ではなく、交わった形に――奇蹟に、触れようとしている。
「白亜。覚悟しておきなさいな。素直にそっとしておいてくれないわよ? あの子は」
ロベリアは、彼に告げた“忠告”をもう一度口にして、街を包む雨の中をゆく。
「――あら?
あんた、シュヴァルツじゃない? いえ、白亜から聞いてたのよ。一杯どう? 奢るわよ。私も昔は軍人だったし、共感できるものもあるかもだしね」
そうしてまた、出会いがひとつ――。
●
「クロちゃんて、今幸せニャス?」
カフェの軒先で鉢合わせになった二匹の猫が、テイクアウトカップを片手に立ち並ぶ。
「藪から棒」
「えー、そんなことないニャスよ。幸せは大事ニャスよ?」
例えば――
「家族ってあったかいニャスよネ」
黒亜の眦が一瞬、引きつる。
「でも、家族だから幸せなんじゃないニャス。クロちゃんのお兄ちゃんがダディで、妹がくーちゃんだから、あったかくて、幸せな時間を過ごせるんだと思うニャス。だから、大切にしてニャぁ。ミアみたいに、独りになったらダメニャスよ?」
後から悔いても、時間は戻せないから。
「……バカなの?」
「Σふニャ!?」
普通にヒドイ。
「三毛がココにいて、オレが隣にいるじゃん。少なくとも、今は独りじゃないでしょ」
――。
雨が降れば、何時かは晴れる。
その時、誰かの瞳に、虹が架かる。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
---|
面白かった! | 18人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
- 灯(ka7179)
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
五月雨の休日【相談卓】 白藤(ka3768) 人間(リアルブルー)|28才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2018/06/18 19:56:00 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/06/14 00:30:46 |