• 空蒼

【空蒼】生存者の叫び声

マスター:三田村 薫

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
5~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/06/26 19:00
完成日
2018/07/02 00:50

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●Vegas VOID
 アメリカ合衆国、ネヴァダ州はラスベガス。客が逃げ出した後のカジノにて。
 VOID火星クラスタの残党が現れたとの報せを受けて、アメリカ基地から連合軍が出撃している。
 すでに援軍がクリムゾンウェストから出発しており、こちらに到着するまで可能な限りVOIDを殲滅するのがアルファチームの役目だったが、どうにも分が悪い。次にひかえたブラヴォーチームも、既に武装は完了している。
 既に、ナンシー・スギハラ曹長ともう一人のクレア・メイ一等兵を残した、他のチームメイトと通信が途絶えている。あまり考えたくないことだが、潰えた声の数だけ棺が並ぶことだろう。
 先ほど、ナンシーもそのVOIDと交戦した。形容しがたい、ヘビ様な、口の丸い外見で、彼女がアサルトライフルで銃撃を加えると、大量の粘液を出しながら逃げて行った。追い掛けようとしたが、既にそのVOIDがまき散らした粘液のせいで思うように走ることができない。うっかり転んだ日には、逃げ遅れた客の死体が語るように、窒息死する可能性がある。息ができなくなることは怖かった。
「こちらスギハラ。二階レストラン前で敵と交戦した。粘液を大量に分泌している。あまり近づきすぎると、あれで窒息する可能性がある。対応は慎重に」
「銃も詰まっちゃうね」
 もう一人の生き残り、クレアが呑気な声で答えた。明るく振る舞ってくれているのだろう。この後輩の振る舞いにはいつも救われる。
「そう。銃も詰まる。だから無理するんじゃないよ」
「わかってる! それに、もうすぐクリムゾンウェストから援軍も来てくれるんでしょう? そしたらきっとすぐだよね! 皆も見付けて連れて帰らなきゃ」
「もちろんさ」
「そんなお前たちに朗報だ。今、クリムゾンウェストからの援軍が到着した。一旦戻ってきてくれ」
 無線から本部にいる通信担当の声がする。ナンシーはほっと息を吐いた。レストランの奥に、先ほど撃った個体がいるが、それも援軍に頼もう。連合軍ではおおよそ太刀打ちができない。彼女は奥から目を離さずに、ゆっくりと後ろに下がる。
「戻るよ。クレア、今どこ?」
「三階! 今降りるね」
「うん。階段の下にいるよ」
「わかっ……あっ」
 そこで言葉が途切れた。
「クレア?」
 返事は、無線から轟く耳をつんざくような悲鳴と、何かが引きちぎられる音。そして唐突に悲鳴がぷつんと途絶えた。

●撤退命令
 クレアの悲鳴を聞いて、ナンシーの無線から音割れの様な通信担当の声が響く。
「曹長! 大佐からの命令だ今すぐ撤退しろ!」
「嫌だ! 殺してやる! あいつ殺してやる!」
「クリムゾンウェストから援軍が来てるんだ! 生き証人として彼らに見たものを伝えるんだよ! お前の証言が必要だ! 今すぐ戻って来い!」
 援軍。生き証人。証言が必要。それらの言葉は、ナンシーを一瞬だけ揺らがせたが、一瞬だけだった。すぐに、その揺らぎは怒りと憎悪に飲み込まれて行く。
「嫌だ! あいつ殺すまで戻るもんか!」
「ナンシー!」
 彼女は無線に向かって怒りにまかせて喚いた。恐怖と悲しみと殺意が心の中で混ざり合って行く。銃を持つ手が怒りで震えている。怖くもあったが、この震えは確かに怒りであった。彼女は無線を捨てる。粘液の上に落ちた無線は、いずれ使い物にならなくなるだろう。
「こ、こ、こ……」
 息を吸って、吐く。その後から怨嗟を吐き出す。
「殺してやる」
 粘液を踏んで、靴底から糸が引いた。

 自分だけが生き残っている。自分だけが生きている。自分だけが。
 そのことを後ろめたく思っていることに、彼女自身はまだ気付いていない。

●ハンターの出番
「ナンシーの奴、頭に血が上ってやがる。死ぬぞ。後続を考えないなんてあいつらしくねぇ。完全にキレてる」
「死なれちゃ困る。敵情報が上がってこない」
 通信担当が頭を抱えると、その場の責任者も頭を抱えた。彼は、到着したハンターたちを振り返って慌てて弁明する。
「いや、誤解しないでほしい。私も彼女に死んで欲しいわけじゃない」
 ハンターたちが沈痛の面持ちで頷くのを見て、彼は咳払いをしてから、
「……まずは、彼女の説得を試みて欲しい。面倒見の良い彼女のことだ。君たちが協力する、と言う形で撤退を促せばあるいは……それで納得すればよし、できれば保護してもらえれば敵のことも聞けるだろう。もし間に合わなければ……棺が増えるのは私も本意ではないが、致し方ない」
 それから、彼は少し悩んだ様だが、意を決したようにハンターたちに告げる。
「合衆国の、いや世界の命運が掛かっている。ベガスから連中を出してはならない。もし、彼女のためにこの任務に支障が出るならば」
 彼は言葉を切った。
「ナンシーの殺害も許可しなくてはならない」

リプレイ本文

●生存者の叫び声
 曹長が強引に通信を切ったまさにその時の叫び声を、ハンターたちは聞き届けている。
「ただ1人生き残れた……辛いですね……」
 セレスティア(ka2691)が首を横に振る。万歳丸(ka5665)もそれに応えるように眉間に皺を寄せた。
「あァ。解るぜ。それァ……苦しいよなァ」
 物心ついたときから戦いの連続で、その中で多くの親しい者を亡くした彼には痛いほどよくわかる。首飾りに目を落とした。
「今生きてる軍人なら少なからずあることだ」
 責任者も首を横に振った。
「だからこそ、冷静になれない気持ちが、君たちにもわかってもらえると思う」
「おう」
「どうか頼む」
「はい。お任せください」
「トランシーバーでこちらとも連絡を取れるようにしておきたいのですが」
 メアリ・ロイド(ka6633)が自分のトランシーバーを軽く持ち上げて見せると、通信担当が手を挙げた。一番近くにいたアーク・フォーサイス(ka6568)が、自分のトランシーバーを渡す。通信機を持参した者たちは、順次、本部とチャンネルを合わせた。
「ナンシーの保護が出来たらすぐに連絡くれ。ブラヴォーを送る」
「了解した」
「この見取り図、お借りして行ってもよろしいですか?」
 木綿花(ka6927)が、作戦要綱を伝えられる際に見せられていたカジノの見取り図を指す。責任者はすぐに、コピーを全員に配布した。
「搬入口がありますね……」
 穂積 智里(ka6819)が顎に手を当てながらそこを指す。
「ここから逃げ出す可能性はあるんじゃないでしょうか」
 最初は、曹長確保のために、通信内容からもっともいる公算の高い二階と三階から巡回することになっていたのだが、智里がそれに異を唱えた。雑魔を逃がさないのも、この任務の大事な目的の一つだと。そうして彼女は、自ら一階の巡回を引き受け得たのである。
「だったら、俺のパルムも置いて行く。ファミリアズアイで視覚共有できるからな。何かあったら駆けつけるぜ」
「では、その間は私が万歳丸様のおそばにおりますね」
 木綿花が微笑んだ。ファミリアズアイは、使用中は能動的な行動が取れない。万歳丸はほぼ丸腰になる。
「いざとなったら解除してください。パルムは私の方でも気をつけておきます」
 智里が言い添える。
「あ、ちょっと待て。搬入口って、誰かが周辺をグレネードで爆破して、ふさがってなかったか?」
 通信担当が振り返ると、責任者も思い出したように頷いた。
「ケイシーが、VOIDの口に放り込むとかなんとか言って結局失敗したやつだな」
「そうそう。だから、搬入口から逃げることは難しいはずだ」
「彼もその周辺で逃げ場を失って……」
 そこで責任者は言葉を切った。
「そう言うことらしいぜ、智里。正面玄関中心に張ってりゃ大丈夫そうだ」
「わかりました。では、見付け次第連絡しますね」
「それが良い」
 アークが頷いた。
「よっしゃ! それじゃあ行こうぜ!」
 万歳丸の強い声に、連合軍のスタッフたちも持ち場についた。

●カジノ内部
 建物の外、少し離れたところまでは、ブラヴォーチームも同道した。
「彼女を頼みます」
 そのチームの隊長は、決して小柄ではなかったが、八フィートある万歳丸のことは見上げざるを得ないようだった。彼は頷いた。
「おう。任せとけ。俺ァ、未来の大英雄だからな」
 正面玄関の外側には、既に粘液がはみ出ていた。しかし、砂埃でその粘着力は落ちている。剥がれない粘土のようなものだ。これで呼吸器をふさがれたら死んでしまう。
「覚醒さえしてしまえば、普通に歩く分には問題なさそうですね」
 セレスティアが、粘液を踏みながら言った。一階部分も、砂埃や多くの人の靴底の汚れなどで、粘着力は弱い。
「これは……」
 アークが声を上げた。逃げ遅れたのだろう。粘液に覆われて、既に事切れている客らしき人間の遺体に行き当たる。彼はまつげを伏せた。その肩を、万歳丸が叩く。
「あっちがカジノですね」
 智里が、正面玄関向かい、玄関ホールの先にある、開け放たれた扉を見て言った。カジノルームだ。電気の供給は、完全には断たれていないようだ。おそらくは雑魔が暴れたことによって、内部の配電などがおかしくなっているのだろう。なんとか通電しているらしいスロットの、小さな電球がちかちかと明滅するのが見えた。室内の電気は落ちてしまっていて、中に雑魔がいるかどうかまではわからない。
「んじゃあ、智里、俺のパルムを頼むぜ」
「はい。万歳丸さんもお気を付けて」
 二階には万歳丸とメアリ、木綿花が、三階にはアークとセレスティアが行くことになっている。パルムは辛うじて粘液のないフロントのカウンターに陣取った。
「いざとなったら智里の言うことを聞くんだぞ」
「では穂積さん、何かあったら連絡してください」
 メアリが言って、各々は行動を開始した。二階に上がってから、万歳丸はファミリアズアイを発動する。カウンターからは、カジノルームの入り口がよく見えた。内部は手前しか見えなかったが、何かが出てくればわかるだろう。木綿花が、万歳丸の腕に手を掛けた。
「じゃあ、俺たちは三階に行くよ。気をつけて」
 アークはそう告げて、三階に上がった。

●死者が指すこと
 階段は比較的粘液が少ない。しかし、三階に上がるとあちらこちらが粘液まみれだ。宿泊フロアのようで、廊下にずらりと並んだ扉は、逃げ出した時にそうなったのだろう、乱雑に開け放たれているものが多い。
「アークさん」
 セレスティアが前方を指した。連合軍の軍服を着た、小柄な女性が倒れている。本部から聞いていた、クレア・メイ一等兵と外見の特徴と一致した。仰向けに倒れた彼女の全身は粘液に覆われており、左腕がなくなっている。失血と窒息、どっちが先だったのだろう。
「ナンシーがこれを見たら冷静でいられるだろうか?」
「おそらくは無理だと思います」
 アークの疑問に、セレスティアが答える。今のところ、怒りの叫び声も銃声も聞こえない。覚醒者ではないナンシーが、この粘液の床を踏みながら、音もなく雑魔殲滅に立ち回れるとは思えなかった。
「既に雑魔と交戦して死亡しているか、あるいはまだ三階に来られていないか、だ」
「ですが」
 セレスティアは、クレアの遺体の状態を見て、言う。
「動かした形跡がありません。仲間の遺体を見たなら、揺さぶったり、抱き起こそうとしたりしそうなものですが」
「そうだね。来てない公算の方が高そうだ」
「どの道、客室を探さなくてはいけませんね」
「そうなるね」
 ナンシーの確保と雑魔の殲滅が優先とは言え、そこに遺体を置いて行くのは少々心苦しかった。しかし、先にやらねばならないことがある。
 二人は、端の部屋から調べ始めた。部屋のいくつかは綺麗なままだ。雑魔は、一部屋ずつしらみつぶしに入って行ったわけではなさそうだ。まるで、遊びに飛び出したような、そんな気配の部屋もある。戻ってくるつもりだったのだろうか、開いたスーツケースが無造作に置かれていた。
 三部屋目を探しているときだった。無線が、木綿花からの連絡を受信する。
「木綿花です。曹長を発見しました」
「フォーサイス。了解した。すぐ行くよ」
 アークはセレスティアに声を掛けると、部屋を出て、来た道を戻った。

●発見
 時間は少し戻る。アークたちと別れた、二階の万歳丸たちだ。ファミリアズアイでパルムと視覚を共有している彼には、木綿花が付き添っている。灯りとして持ち込んだ、灯火の水晶球は、スキルで操作する必要はない。パルムを通して、一階の様子を見張りながら、木綿花からの言葉も聞き逃さないようにする。
 一階に動きはなかった。時たま、視界の端に智里が映る。彼女が戦闘態勢に移行する様子も、突然雑魔がカジノルームから飛び出してくるようなこともない。
 二階は、真ん中にソファが置いてあり、それを囲むように四店舗のレストランがあった。雑魔の姿は見当たらない。店の中にいるのだろう。
「誰……?」
 ハンターたちの中の、誰でもない声がした。消去法で行けばナンシー・スギハラ曹長しかいない。
「ナンシー・スギハラ曹長でお間違いありませんか?」
 近くにいたメアリが問いかける。
「そうだけど……」
「木綿花です。曹長を発見しました」
 木綿花が、三階のアークに連絡を入れる。
「フォーサイス。了解した。すぐ行くよ」
「穂積です。了解しました。パルム回収しますね。何かあったら連絡してください」
 これから説得に入る。万歳丸はファミリアズアイを解除して、ナンシーに近づいた。
「こちらブラヴォーチーム。ナンシーを頼む。こちらは待機している」
「了解しました。何かあったらまた連絡します」
 木綿花が通信を切ると、万歳丸は大股でナンシーに歩み寄った。長身、では収まらないその背丈に、ナンシーが驚いた様だった。
「曹長、私たちは……」
 メアリが事情を説明しようとしたその時、ナンシーは銃口を万歳丸に向けた。

●命の帰結
「動くな!」
 本部で見た写真の女性だった。彼女はライフルを万歳丸に向けている。万歳丸は、肩を竦めて見せた。
「そう怒るなって。歪虚じゃねぇよ」
「クリムゾンウェストからの援軍です。私は木綿花と申します」
 木綿花がそう名乗ると、万歳丸とメアリも自分の身分を明かす。ナンシーは、銃口こそ下げたものの、不審そうな顔つきで三人を見た。
「援軍……そう、あんたたちがそうかい」
「ああ、そうさ」
「軍の指示でお迎えに上がりました」
 木綿花が言う。ナンシーが顔をしかめて何か言おうとしたその時だった。
「万歳丸」
 降りてきたアークとセレスティアが到着した。クレアが辿ってこられなかった道だ。二人を見て、ナンシーが目を伏せる。
「ああ、こいつらも俺たちと同じ、クリムゾンウェストの援軍だ」
「アーク・フォーサイスだ」
「セレスティアと申します。あの、ナンシーさん」
「撤退しろって? 冗談じゃないよ」
「決意が固いなら引けとは言いません」
 セレスティアは言う。
「一人では危険です。せめて同行してくださいませんか?」
「同行?」
 ナンシーは戸惑ったようだった。まさか、ハンターが同行を持ちかけるとは思わなかっただろう。彼女は覚醒者ではない。ハンターたちと並んだところで、足手まとい。そう言われて、帰らされるのがオチだと、そう思っていたのだろう。
「監視するってこと?」
「お守りしたい、と言うことです。可能な限り、五体満足で帰る。だから、今生きているあなたを一人で行かせるわけにはいきません」
 挑発に近いナンシーの反論にも、セレスティアは粘り強く説得をする。
「許せない、というのは良いです。けれど、貴女は生きて帰るべきです。そのお手伝いならいくらでもします」
 ナンシーが同行したときに守り通せるように、セレスティアはあらゆる準備をしてきた。無理はしない。全員が五体満足で帰れるように。それが彼女の願いだ。そしてそれは、今日初めて会うリアルブルーの軍人にだって適応される。
 話を聞く内に、ナンシーの表情はやや軟化する。
「戦う選択であっても否定はしません。けれど、死んでも構わないというならば……」
 セレスティアは、曹長の目を正面から見て、言った。
「自分の命を、友達のせいにするおつもりですか?」
 ナンシーの顔が一瞬で白くなった。一番言われたくないことを言われたのは明らかだった。
「まずい」
 アークが呟いて、ナンシーとセレスティアの間に割って入った。息を吸い込んで、大声を出そうとしたナンシーの両肩に手を置く。そして、言った。
「ナンシー、死者は何も言わない」

●生きてる君にできること
 死者は何も言わない。
 彼は上階で見た、クレアの死体を思い出しながら言う。もう、痛いも苦しいも言わない。
「恨みも感謝も、全て生きている者が勝手に思い込むだけだ」
「粘液が危ないって、一人じゃ駄目かもって、あたしがもっと早くクレアに合流を促していれば、死ななかったかもしれない」
「そう思うのも仕方ないことだ。一人で生き残ったことは重いかもしれない。けれど、その命は君だけのものだ。君だけが明日に続くことができる」
 アークは思う。今そこにある命が潰えるのは嫌だと。ただの自己満足だと思う気持ちもある。それでも、多かれ少なかれ、この依頼に応じたハンターたちは、死者を増やしたくない思いを持ってきている。ブラヴォーチームも言った。ナンシーを頼む、と。
「死者を思うことも、覚えていることも、君にしかできない」
 アルファチームは彼女を残して全滅した。一緒に戦ったことを、すぐ傍で見て、覚えていられるのはもう彼女しかいない。
「俺は、いや俺たちは君に死んで欲しくない。そのために君を探していた」
 ナンシーの目が泳ぐ。
「撤退してほしい。ブラヴォーチームが君を外で待ってる」
「……」
 アークはそっと、肩から手を離す。ナンシーは、ようやく自分の状態を吟味する精神状態まで落ち着いたようだ。だが、アークの言葉に頷くことはない。木綿花が歩を踏み出すと、アークは察して彼と場所を変わった。

●もしもの世界でして欲しいこと
「曹長、私もアーク様と同じです。どうか撤退を」
 ナンシーは俯いたままだ。すぐに頷ける話でないことは、木綿花もわかっている。しかし、雑魔がまだ建物内にいるなら、急がなくてはならない。可能であれば、後で傾聴することもやぶさかではない。
「曹長でしたら、最後の一人にどうしてほしいですか?」
「それは……」
 泣き出しそうな、震えた声だ。
「生きて帰ってほしいよ……でも」
「曹長まで失えば皆の勇姿を誰が伝えればよろしいのですか? ご家族には生き残りを詰る方もおられるかもしれません」
「うん」
「でも最後の様子をおしらせできるのも曹長だけ」
「うん」
 徐々に声が潤んでいく。
「自分を責める気持ちなど感情が渦巻いて、怒りを抑えるのは苦しいことですが」
 それでも皆、あなたの無事を願っています。
 ナンシーは耐えるように俯いている。メアリが、近寄った。

●噛み合う歯車
「殺された仲間のために出来る1番の事は、貴女が情報を持って帰ることです」
 その言葉で、ナンシーが顔を上げた。撤退してもできることはある。撤退を渋っていたのは、戦えなくなることが、仲間のために戦場でできることがなくなるのが嫌だったのかもしれない。
「それで第二第三の犠牲が防げます」
 明らかに、ナンシーの顔に動揺が見えた。撤退を受け入れ始めている顔だ。むざむざと仲間を死なせて、何も戦果を挙げられていないことが、後ろめたかったのだろう。仲間を失った悲しみと言う感情面も大きかっただろうが、軍人としての矜持も、意地の一つになっていたことだろう。だからメアリは“お願い”をする。
「ここに居る敵は全部私たちが責任を持って抹殺するので、貴女は貴女にしか出来ないことを、どうかお願いいたします」
 カチッと、歯車の噛み合うような音がする。それはナンシーが撤退を受け入れた音にも聞こえた。メアリの金髪が、ゆらめく。その顔には、強い表情が見えた。
「かたきをその手で討ち取りたいのは分かる。だが、情報を持って帰ることも立派な仇討ちだ」
 ナンシーの手を取って、メアリは告げた。
「あんたは仲間がつないだ希望なんだから」
「あ……」
 ナンシーの目から遂に涙が落ちた。
「あ……あたしが希望で良いの?」
「良いんだ。あんたが希望だ。あんただって、さっき言ってただろ? 最後の一人には生きて帰ってほしい。あんただって、最後の一人には希望を托したいはずだ」
 ナンシーはもう反論しない。泣きながら、メアリの腕に掴まって頷いている。

●運命の分かれ道
 ぽん、と万歳丸が泣き出すナンシーの肩を叩く。ナンシーは突然接近してきた万歳丸が、近くで見ると更に大きな事に気付いて目を白黒させた。
「苦しいよな」
 ナンシーは頷いた。
「……良かったじゃねぇか。生きててよ」
 その言葉に、ナンシーは俯いた。責めたように聞こえたかもしれない。しかし、彼はナンシーと似たような経験をしたことが幾度もある。責められる筈がない。だがナンシーはそんなことは知らない。異世界の偉丈夫の意図を探る様に、次の言葉を待っている。
「俺ァ、アンタのことは知らねェが、これだけはハッキリ言えるぜ。アンタは、悪くねェ。なンにも、な。ただ運が良かっただけだ」
「そんなもので皆死んだって言うの……運なんかで」
「運って言うのは俺たちが思うより残酷でな」
 それは、今の首飾りが彼に教えてくれたこと。運が良かった。だから生き延びた。万歳丸はもちろん、両親だって悪くない。
 ただ、運が傾いただけ。
「誰だって、アンタを責めたりしねェ」
 彼女は頷いて、その言葉を噛みしめている。
「苦しい気持ちはよくわかる……なァ。まずは死んだ奴らのことを教えてくれよ。形見の品ぐらい、拾ってきてやれる」

●蒼い鯨骨
 ナンシーから、アルファチームの残りの人員と、交戦した雑魔の特徴、彼女が撃った個体がどこに逃げ込んだかを聞き出すと、一同は彼女を囲んで一階に降りた。万歳丸のパルムを抱えた智里が手を振る。既に、連絡を受けたブラヴォーチームが入り口付近の、粘液の弱いところで待機している。
「ナンシー!」
 隊長が叫んだ。ナンシーはその顔を見て、ほっとしたように息を吐く。
「悪かったね」
「良かった……皆心配してた」
「ごめん。戻るよ。連れて行って」
「もちろん。行きましょう」
 そう言って、ハンターたちからナンシーが引き渡されたその瞬間だった。
「雑魔、来ます!」
 依然、カジノルームを注視していた智里が気付いた。倒れたスロットを越えて、ずるずるぺたぺたと、こちらに来る雑魔に。丸い口に、ずらりと生えそろった歯を見せつけるような、粘液にまみれた雑魔に。それは、ヌタウナギと呼ばれる深海生物に似ている。ナンシーが話したとおりだ。
「クソ! ヌタウナギってのは、海底で鯨の死体を貪ってるんじゃなかったのか!?」
 ブラヴォーチームの一人が言った。
「リアルブルーが死骸だって言いてぇのか? あの歪虚は」
 万歳丸が片眉を上げた。
「失せろ! 化け物! アルファの仇だ!」
 ブラヴォーチームの一人が、前に出てライフルで銃撃を浴びせた。立て続けに、ぬらぬらと光る胴体に着弾する。しかし、雑魔は粘液を噴出しながらぐねぐねと動くだけで、倒れる気配はない。
「危ない!」
 衝撃にのたうつ体から粘液が飛んだ。セレスティアがカオスウィースを掲げる。光の翼が軍人を守るように広がった。飛び散った粘液は、その翼に阻まれて軍人に当たることはない。そのまま、燐光を残しながら消えていく。
 セレスティアは連合軍人たちを振り返って、言った。
「逃げて! 行ってください! あとは私たちが片付けます」
「了解した。後は任せます! 行くぞ!」
 隊長の掛け声で、ブラヴォーチームはナンシーを連れてカジノの建物を飛び出した。セレスティアは、しばらく彼らを見送っていたが、やがて仲間たちの元に戻った。
 木綿花が、射程の仲間に多重性強化を掛ける。雑魔はハンターたちに気付いていないのか、はたまた気付いていても気に掛けていないのか、ロビーの中をうろうろとしている。狂気の眷属のことだ。戦略的な動きは取らないだろう。
 最初に動いたのはアークだった。疾風剣を用い、一気に間合いを詰めて胴体に斬激を加える。その刺激に、粘液が雑魔の体の脇に並ぶ穴から噴出した。のたうつ拍子に粘液が飛ぶが、アークは器用に回避する。
 続いて、智里が機導砲を撃ちだした。しかし、ややタイミングが早かったらしい。読めない、ぐねぐねとした動きの隙間を縫うようにして光線は飛んで行ってしまう。セレスティアが更にプルガトリオを試みるが……これもその規則性が見られない動きの前に空振りする。
「理性がない動きってのは、逆に厄介だな」
 万歳丸が渋面を作った。
「そうだね。仕返しでも戦略でも、理性があれば多少は読めるんだけど」
 聖罰刃を油断なく構えながら、アークがそれに同意する。
 万歳丸は粘液の噴出が収まったところを狙って前に出た。マテリアルを練り上げ、朱雀連武を叩き込む。急所に入ったようで、ヌタウナギは自らの存続が危ういことを、本能に察したらしい。激しく暴れて、粘液が飛んだ。
「この野郎!」
 自分に降りかかったそれを、彼は引きちぎるようにして剥がす。雑魔はぐねぐねとのたうちながら、いずこかに逃げようとする。どこに逃げると言うのだろうか。
「下がれ!」
 メアリが声を掛けた。ダグイェルをまっすぐに構え、機導砲を撃ち出す。急所を打たれて弱っていたのだろう、雑魔はそれを避けることは出来ず……そのまま塵となって、粘液の上で消滅した。
「万歳丸様、お怪我は?」
 木綿花が、粘液を払う万歳丸へ気遣わしげに声を掛ける。
「いや、俺は大丈夫だ。粘液も覚醒してりゃどうってことはねぇな」
「できるだけかかりたくはないけど」
「違いねぇ」
「念のため、一階部分を見て回りましょう。あの大きさがそんなにたくさんいるとは考えたくありませんが、一階の雑魔を残すと逃げられる可能性があります」
 智里の提案に、全員が同意した。

●本日のコース
 一階の雑魔は、あの一体だけだったようだ。ひとまず、外に雑魔を出してしまう心配はなくなった。油断はもちろん禁物だが、本格的に上階へ残りの雑魔掃討に乗り出しても構わないだろうとの判断に至る。
「二班に分かれ、その階を潰し次第各班が一報入れつつどんどん上階探索していく方が、結果的には外部への逃走阻止にも時間短縮にもなると思いますけど……?」
 というのは智里の主張だった。しかし、客室フロアを先に見ているアークとセレスティアが首を横に振る。
「部屋の数が多いんだ。見取り図で見るのと実際に行くのだと結構違う。ワンフロアを全員で見た方が早い」
「それに、廊下も広いので、六人で行って動きに困ると言うこともなさそうです。フロアの中で手分けするのが良いと思います」
「そうですか」
 智里は頷いた。先の三階組に智里を入れた二班編成で、フロアの両端に分かれて見ていくことにする。
「さて、その前に、曹長が撃った個体ですね。韓国料理店に逃げ込んだそうですが」
 メアリが階段を上がりながら、ナンシーが言ったことを思い出して言う。
「韓国料理ですか」
 智里もメアリも、リアルブルーの出身だ。韓国がどんな国か、どんな料理が出るか、なんとなく知っている。ただ、アメリカのカジノで供される料理が想像通りとは限らない。
 レストランの外観を見れば、どこが何料理のレストランか見当は付いた。ハングル文字が看板を飾るレストランを、メアリと智里が見付けた。智里がそっと中を覗き込む。
「いました」
「曹長説得の時に出てこなくて良かったですね」
 木綿花が言うと、アークも頷いた。
「まったくだ。あのタイミングで出てきたら、ナンシーは間違いなく突っ込んだだろうね」
「ナンシーは無事に逃げた。遠慮なく掛かって来いよ。ぶっ飛ばしてやらあ」
 万歳丸が雑魔に向けて言うと、各自が戦闘態勢に移行した。木綿花が、多重性強化を、射程の仲間にかける。
 まず、アークが疾風剣で一撃を見舞った。先ほどと同じように、粘液が噴き出す。それを、立体攻撃の要領で軽くかわす。すでにある粘液はそうでもないが、今出たばかりの粘液を踏んでは、他の箇所にもまいてしまう可能性があった。
「今度は外しません」
 セレスティアのプルガトリオが降り注ぐ。粘液が溢れるが、動けない雑魔はそれを飛ばすことができない。
 智里が機導砲で追撃した。プルガトリオで身動きが取れない雑魔の体を容赦なく貫いた。
 雑魔は暴れた。粘液が飛び散る。そして、先ほどの個体とは異なって、それは転がるだけでなく突進するような動きも見せた。万歳丸が、その進行方向に立つ。
「呵呵ッ! てめェの天地は俺が決める! 吹ッ飛びなァ!」
 投極≪天地開闢≫が決まった。雑魔はメニューの看板をなぎ倒しながら吹き飛ぶ。
「今だ! メアリ、木綿花! 撃て!」
 その合図で、メアリは機導砲を、木綿花はデルタレイを放った。まばゆいまでの光が、まっすぐに雑魔を貫く。倒した看板の上で、雑魔はのたうちまわりながら、やがて塵となって消えた。
 倒れた看板を見て、韓国語か英語がわかるものならこのメニューが読み取れたかも知れない。

「本日のコース・ヌタウナギの焼き肉」

●遺品
 先ほどの戦闘で消耗した体力を回復してから、一行は三階に上がる。ここから上は宿泊施設だ。
 宿泊フロアは、アークとセレスティアの言う通り広かった。二人に教えられて、一行はクレアの遺体を囲む。
「遺品、持って行ってやりてぇんだが」
 万歳丸が粘液に覆われた遺体を見て呟いた。まずは粘液を剥がさないといけないだろう。それを聞いて、アークが無線で本部に尋ねる。
「本部、こちらフォーサイスだが、アルファチームの遺体や遺品はどうなるんだ?」
「こちら本部。VOIDが殲滅されてから、客の分も含めてすべて回収する。それと、ナンシーから伝言だ。全員生きて戻ってほしいと。誰か遺品持ってくるって言ってくれたのか? 軍での回収を待てるから、生きて戻ることに注力してほしいとのことだ」
「了解。ありがとう。聞いての通りだよ、万歳丸」
「生きて帰れって、生き残りに言われちゃしょうがねぇな」
 万歳丸は片目をつぶって見せた。
「私たちができることは、速やかに雑魔を殲滅して、回収が可能な状態にすることです」
 智里も言う。そして全員は捜索を開始した。一匹たりとも逃がさない。万が一生き残りがいても良いように、呼びかけながら探して回った。
「見付けました!」
 三階の雑魔を見付けたのはセレスティアだった。彼女の声を聞いて、ハンターたちは客室に駆けつけた。
 既に二体を倒している。この雑魔と戦う時のコツを、ハンターたちは徐々に掴み始めた。
 それから八階まで巡回して全ての雑魔を塵に返すまで、連合軍が想像したよりも時間は掛からなかった。

●ヘリコプターと蒼い空
 本部に戻ったハンターたちは、毛布にくるまったナンシーを見付けた。彼女はすっかり脱力しているようだ。責任者が、ハンターたちを見て顔をほころばせた。
「ありがとう、君たち。ナンシーはおかげで無事だったよ。今彼女の迎えにヘリを手配した。もうすぐ来る」
「お話しても良いですか?」
 智里が尋ねると、責任者は頷いた。
「構わない。ただ、ヘリが来たらすぐに出ないと」
「わかりました」
 智里は頷くと、ナンシーに近づいた。彼女はぼんやりとしていたようだったが、智里がハンターの一人なのはわかっているようだ。
「あんた、さっきの……」
 智里は毛布の上からナンシーを抱きしめた。
「曹長さん…いえ、ナンシーさん。貴女が、貴女だけでも、生き残ってくれて本当に良かったです。生きていてくれてありがとう、ナンシーさん」
 暖かい声が染みるのか、ナンシーは目を閉じてそれを聞いている。目尻から涙がにじんだ。
「迎えに来てくれてありがとう」
 彼女は言う。毛布の下から出てきた腕が智里の背中を抱いた。
 ナンシーは少し離れたところで、自分を気遣わしげにしているセレスティアを見た。彼女が気付いて居住まいを直すと、ナンシーは言った。
「守ると言ってくれて、ありがとう」
 セレスティアは少し目を見開いてから、微笑んで、頷いた。
 徐々に爆音に近い音が近づいた。凶悪な扇風機、とでも形容しようか。ヘリコプターのプロペラの音が轟く。
「ナンシー、お迎えだぜ」
 通信担当が言った。ヘリコプターから、迷彩服の男が降りて、ナンシーに近づく。
「ナンシー・スギハラ曹長ですね?」
「はい」
「どうぞ、こちらへ」
 ナンシーはハンターたちに手を振って、連れて行かれた。やがてヘリコプターの音が遠のいていく。
「立ち直れると良いですね」
 木綿花が言った。その手は胸の前で組まれている。祈りを捧げる姿勢だ。
「大丈夫だろ。な?」
 万歳丸が答えて、メアリを見下ろす。彼女はその視線を受けて、頷いた。
「彼女は皆が繋いだ希望です。それを自覚していれば、折れることはないと思います」
「情報もそうだけど、亡くなった仲間のことも覚えていないといけないからね」
 アークは目を細めて、本部の窓から、徐々に小さくなるヘリコプターの機影を眺める。
「クリムゾンウェストの援軍によってこちらのVOIDは殲滅した。生存者からの報告をまとめ次第送る」
 通信担当の声が聞こえた。彼らが救った命は、リアルブルーでなおも続く戦いの一助になることだろう。ハンターではなく、連合軍人が戦うときの。
 夏のラスベガスは晴れている。空は蒼く、ヘリコプターはやがてその中に吸い込まれるように見えなくなった。

依頼結果

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MVP一覧

  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイドka6633

重体一覧

参加者一覧

  • 淡光の戦乙女
    セレスティア(ka2691
    人間(紅)|19才|女性|聖導士
  • パティの相棒
    万歳丸(ka5665
    鬼|17才|男性|格闘士
  • 決意は刃と共に
    アーク・フォーサイス(ka6568
    人間(紅)|17才|男性|舞刀士
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイド(ka6633
    人間(蒼)|24才|女性|機導師
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • 虹彩の奏者
    木綿花(ka6927
    ドラグーン|21才|女性|機導師

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アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/06/24 08:16:09
アイコン 相談卓
万歳丸(ka5665
鬼|17才|男性|格闘士(マスターアームズ)
最終発言
2018/06/26 18:36:11