ゲスト
(ka0000)
或る少女と歯車の思い出―茶会―
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 寸志
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/06/19 12:00
- 完成日
- 2018/07/03 02:09
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
掌を翳す、握る。
開いた指を伸ばして、ひらひら、ぎゅ、もう一度ひらひらと。
メグこと、マーガレット・ミケーリはジェポッテ家の軒下に凭れて空に伸ばした手を眺める。
或る友人と繋いだ手。その感触は人のようで、人と違う。
――自分の指で引き金を引き、この世のありとあらゆる銃を撃ってみたいのです――
そう言っていたオートマトンの友人アクレイギアは、先日ついにその夢を叶え、二丁拳銃と多銃身の大型の銃まで使いこなしていた。
オートマトン。エバーグリーンの技術で精霊に与えられた機械の身体。
「……もしかして、ひーちゃんも銃を撃ちたいとか思ってるのかな……」
メグには見えないところに漂っているらしい緑の精霊。助けて貰った多くの先輩ハンターが言うところには、緑で光っているらしい。
ぽん、と頭に軽い衝撃が加わる。
どうやら、ひーちゃん、と、名を与えられたその精霊は、銃を撃ちたいわけでは無いようだ。
●
少し前、右腕の完成の報せが届いた。
フマーレの或る工業区の一角で若い頃からの友人だった老齢の男達が集まって、青年時代に作りかけた絡繰り仕掛けの人形を完成させようとハンター達の手を借りている。
歪虚絡みの事件により、完成間際で人形は傷を負い、その補修作業と抑も掛けていた右腕が完成する迄の間、ハンターへの依頼は途切れていた。
磁器の右腕の焼成を終えたことと、必要なパーツが揃ったことが伝えられ、もう一息で当時の状態に戻せるらしい。
少しはしゃいだ気分でメグはその依頼を引き受けて、老人達の代表で、自宅の倉庫を作業場に宛がっているジェポッテの家に向かった。
細かな作業の気分転換に外に出て空を眺める。
そして。
冒頭、頭を緑の精霊に叩かれて、すごすごと倉庫に引き返すメグを家の娘が呼び止めた。
完成が近いから、こっちを手伝って欲しい。
「はい、何をすれば良いですか?」
「完成のお茶会をするんですって。クッキーを焼こうと思ったんだけど、バターを使い切ってしまって。お使いを頼めないかしら」
「分かりました。行ってきます」
●
買い物籠を預かり、商店街へ。
ふい、とその背中から精霊が離れて漂うように倉庫へ向かう。
四肢が揃い、がらんどうの頭の中で目玉の角度や身体を繋ぐ紐の調整を受けている人形と、細かな作業を行う老人やハンター達の合間を穏やかな風が通り抜けた。
頭に蓋をして、金髪の鬘を被せ、全身に貼り付く歯車を調整する。
その人形の腕が微風で微かに持ち上がった。
老人達とハンターの注目の中、人形の腕は何かを綴る。
CIAO!
CIAO!
――マーガレットは買い物に行ったよ! クッキーのためのバター! お茶会! 楽しみ!――
CIAO!
CIAO!
腕を下ろした人形は、暫し、動かなくなる。
緑色の淡い風は、人形の柔からな金髪をふわりと揺らした。
掌を翳す、握る。
開いた指を伸ばして、ひらひら、ぎゅ、もう一度ひらひらと。
メグこと、マーガレット・ミケーリはジェポッテ家の軒下に凭れて空に伸ばした手を眺める。
或る友人と繋いだ手。その感触は人のようで、人と違う。
――自分の指で引き金を引き、この世のありとあらゆる銃を撃ってみたいのです――
そう言っていたオートマトンの友人アクレイギアは、先日ついにその夢を叶え、二丁拳銃と多銃身の大型の銃まで使いこなしていた。
オートマトン。エバーグリーンの技術で精霊に与えられた機械の身体。
「……もしかして、ひーちゃんも銃を撃ちたいとか思ってるのかな……」
メグには見えないところに漂っているらしい緑の精霊。助けて貰った多くの先輩ハンターが言うところには、緑で光っているらしい。
ぽん、と頭に軽い衝撃が加わる。
どうやら、ひーちゃん、と、名を与えられたその精霊は、銃を撃ちたいわけでは無いようだ。
●
少し前、右腕の完成の報せが届いた。
フマーレの或る工業区の一角で若い頃からの友人だった老齢の男達が集まって、青年時代に作りかけた絡繰り仕掛けの人形を完成させようとハンター達の手を借りている。
歪虚絡みの事件により、完成間際で人形は傷を負い、その補修作業と抑も掛けていた右腕が完成する迄の間、ハンターへの依頼は途切れていた。
磁器の右腕の焼成を終えたことと、必要なパーツが揃ったことが伝えられ、もう一息で当時の状態に戻せるらしい。
少しはしゃいだ気分でメグはその依頼を引き受けて、老人達の代表で、自宅の倉庫を作業場に宛がっているジェポッテの家に向かった。
細かな作業の気分転換に外に出て空を眺める。
そして。
冒頭、頭を緑の精霊に叩かれて、すごすごと倉庫に引き返すメグを家の娘が呼び止めた。
完成が近いから、こっちを手伝って欲しい。
「はい、何をすれば良いですか?」
「完成のお茶会をするんですって。クッキーを焼こうと思ったんだけど、バターを使い切ってしまって。お使いを頼めないかしら」
「分かりました。行ってきます」
●
買い物籠を預かり、商店街へ。
ふい、とその背中から精霊が離れて漂うように倉庫へ向かう。
四肢が揃い、がらんどうの頭の中で目玉の角度や身体を繋ぐ紐の調整を受けている人形と、細かな作業を行う老人やハンター達の合間を穏やかな風が通り抜けた。
頭に蓋をして、金髪の鬘を被せ、全身に貼り付く歯車を調整する。
その人形の腕が微風で微かに持ち上がった。
老人達とハンターの注目の中、人形の腕は何かを綴る。
CIAO!
CIAO!
――マーガレットは買い物に行ったよ! クッキーのためのバター! お茶会! 楽しみ!――
CIAO!
CIAO!
腕を下ろした人形は、暫し、動かなくなる。
緑色の淡い風は、人形の柔からな金髪をふわりと揺らした。
リプレイ本文
●
今日もよろしくお願いします。と、ハンター達が倉庫に集まる数時間前、星野 ハナ(ka5852)は単身、ジェポッテ家を訪れて、キッチンの一角で料理を始めた。
娘が学校へ行く子ども達を送り出して、ケーキを作り始める甘い香りに、香ばしい料理の匂いが混ざっていた。
倉庫での作業に一区切り付き、メグがバターを買いに遣いに出された頃、カリアナ・ノート(ka3733)とレイア・アローネ(ka4082)はキッチンを手伝いに向かった。
バターを待っている間はやることも無いからと、既に出来ていた菓子をテーブルに運んだり、片付けていたグラスを揃えたりと、細々とした支度を進めていく。
グラスを運ぶレイアは焜炉に向かう星野の様子を気に留めた。
怪我をしていたと聞いていたが、と。ふと、以前の自身を思い出した。
子ども達との作業も、歪虚との戦いの時も怪我をしていた。
「…………怪我しかしていないな、私……」
目を眇めて首を竦めて。苦笑いで呟くと、彼女にも安否を気遣われたんだったか、とカリアナへ目を向けた。
カリアナは娘の隣で布巾を絞っていた。
娘との会話の断片は、やはり人形の事らしく、完成が近いことを2人とも喜んでいるようだ。
一方、倉庫では老人達とフィロ(ka6966)、鳳凰院ひりょ(ka3744)、玲瓏(ka7114)が人形の調整を進めていた。
「……え? もしかして、精霊様?」
動き出した人形に、フィロが驚いた声を上げる。
気に掛けていた妹のため、完成した人形や、勤しむ老人達の姿を残そうと端末を取り出していた鳳凰院もその手を止めた。
人形の損傷を気に掛けて、細かな罅にルーペを向けていた玲瓏も、ことりとそれを取り落とした。
SI!
――ひーちゃん! マーガレットの友達!――
SI!
老人が口笛を吹いて手を叩く。
「あの……っ」
フィロが人形の顔を見詰め橙の瞳をきらきらと輝かせた。
手を動かせるのですか。どうやって。
その力で核に宿って、オートマトンになれたのでは。なろうと思わなかったのですか。
この世界で初めてのオートマトンに。
矢次に寄せられるフィロの問いかけ。高揚した声と、弾んだ息。人形を動かした精霊に言葉が通じていることが嬉しく、その嬉しさの余りにあふれる言葉を止められずにいる。
人形は腕を伸ばし、顔の辺りで交差させた。
――わからない! もっと、ゆっくり! 簡単にして!――
振り回す腕が綴る抗議の文字、しかし、人形の身体をふわりと浮かせ、飛び跳ねるように動かしている精霊はどこか楽しそうだ。
「ひーちゃん、様、ですか? こちらは使えませんか?」
玲瓏が人形の傍らに紙を置いて、その両手で挟むようにペンを持たせてみる。
――うーん、重い! マシュマロより重い物は、むり!――
自立する程安定した作りの人形はペンの一つで転ぶことも無いが、淡い緑の光が包む腕とペンは小刻みに震えている。
紙の上に乗ったペン先が辛うじて、ヒスイ、と綴って、そのペンを放り出す。
――ひーちゃん! ひすいのひーちゃん、マーガレットの友達が言ってた!――
「そうですか、……よろしくお願いします」
ヒスイ様、と呼び直すと、人形の腕が、ひーちゃん、と綴って動く。
そう呼び直し、自らも名乗る玲瓏に、人形の動きは嬉しそうだ。
写真を、と尋ねた鳳凰院に人形はポーズをつくり、精霊の乱入に慌てていた老人達も、徐々に落ち着きを取り戻してそれに加わる。
画面には、人形を囲み温かな雰囲気で笑う老人達と仲間が写し出されていた。
「これなら、るーも安心するかな」
画像を見て鳳凰院も微かに微笑んだ。
上手く撮れたと喜んでいるのは精霊も同じようで、人形の小さな手を叩いている。
フィロは人形を動かす風が気になる様子で、見詰めたり、尋ねたり、その興味が尽きない。
その質問に人形が一つに一言ずつ、ゆっくりとしたペースで答えることには、精霊と人形だけではオートマトンになれないとのこと。
フィロは残念そうに俯いた。
「すみません、お会いできたのがうれしくて」
立ち入ったことまで聞いてしまった。謝るフィロに人形は首を傾げて見せた。
「貴方が身体を得られたら、もっとお話しできたり色々な物を食べることが出来たりするのではないかと思ったのです」
SI!
――今も楽しい! けど、お話! 食べる! 歌う! 楽しくて、知らないこと、まだ、たくさん!――
SI!
それから少しして、戻ってきたメグに気が付いた精霊が人形を離れた。
微風に揺れた小さな身体をフィロは両手で抱き留めて立て直す。
続きですね、手伝います。
玲瓏が人形を見て老人達に声を掛けると、玲瓏と修繕の仕上げに当たっていた老人は、こちらも手伝ってくれと言って、磨き粉とクロスを差し出した。
●
材料を混ぜて伸ばす。折り畳んでもう一度伸ばす時は、厚さを均一に、端の方まで丁寧に。
レイアは娘の作業をじっと見ている。
「……クッキーを焼くとかあまり見たことがなくてな」
どうしたのと尋ねた娘に、少し困ったように答えた。
雑用を手伝うのも良いが、今は少し手も空いている。しかし、予定していた菓子はクッキーの他は完成しており、茶を煎れるのはまだ早い。抑も、もっと上手そうな仲間もいる。
躊躇うレイアに、じゃあ、と娘が花の型を握らせた。伸ばした生地の上に乗せて押し込むだけだから。そう言うと型抜きを任せて、レイアが抜いたクッキーを天板に並べ始めた。
調理道具の片付けをしていたカリアナも、クッキーの方をちらちらと覗いながら、時折肩越しに倉庫の方へと目を向けている。
気になるの、と娘が尋ねると、洗い掛けの木篦を握ったままで頷いた。
「早くお茶会したいわ。それに……」
倉庫の中では人形の最終調整をしているらしい。洗い物は手にした木篦が最後。クッキーの焼き上がりは、もう少し掛かりそう。
見に行ってきたらと促され、木篦を濯ぐとカリアナは倉庫に向かった。
「そうだわ、お茶会はどこでするのかしら?」
リビングに皿を出してはいるけれど、外も気持ちよさそうだ。
しかし、外は見た目以上に埃が立っているらしい。娘は残念そうに笑って首を横に振った。
最後に、マントと剣を備えさせ、歯車を合わせた人形をテーブルの端へ。老人達が頷き合って、慎重にその手を離した。
人形は一歩、二歩と歩いてテーブルの中央へ向かい、その途中でバランスを崩して止まる。
もう一度だと、老人達は修正を加えた嘗ての設計図を広げ直して、歯車を細かく調整した。
人形は再びテーブルの端へ、手伝いを終えて玲瓏は荷物から銀色のシンプルなトランペットを取り出した。
「効果音を付けたらどうかと思いまして。……吹いてみますね」
老人達が頷くと、伸びやかな音が倉庫に広がった。
軽快なメロディの中に歩く人形を撮影しながら、鳳凰院も静かに見守る。
人形がテーブルの中央で止まった時、倉庫の扉からそっとカリアナが覗き込んだ。
妹に見せるなら、兄ちゃんが映っているのが良いだろうと鳳凰院の端末をぺたぺたと突っつく老人達だが、画面は反応を示さない。
手伝うわと、カリアナが操作を変わり、人形と鳳凰院の写真を一枚撮影する。
全身の歯車は剥き出しで、補修した箇所は他に比べて白く、艶に乏しい。新しい右腕は素材に差違があったのだろう他の部位と明らかに肌理が異なっている。
しかし、金髪と、緑の瞳を得て、塗り直された桜色の頬はまろく、マントと剣も飾られたそれは、壊れかけたあの日の状態から見違えている。
自身よりも、人形の写りをよく確かめてから、鳳凰院は老人とカリアナに礼を告げた。
トランペットを置き、玲瓏はテーブルに佇む人形のマントを整える。
フィロは散らかった埃や金属片を掃き集めて家の方へ目を向けた。
「風の精霊……なのでしょうか」
自由に振る舞っていたあの緑の光は。そう呟いて、作業に戻る。
オーブンの煙突から棚引いた煙、香ばしいクッキーの甘い匂いが運ばれてくる。
●
「しょっぱいものと甘いもの、両方あった方がパーティ気分が膨らむかなって思ったんですぅ」
白いクロスがトリコロールのランチマットで彩られたテーブル、大皿が並べられている。
早朝からキッチンの一角で調理を続けていた星野が笑顔で老人達を迎えた。
紅茶で煮込んだ牛肉のブロックを薄切りに、花弁のように白い皿に並べる。肉の鮮やかな濃淡と、ソースの甘酸っぱい香りが食欲をそそる出来映え。
スティックとスライスの二種類を用意した馬鈴薯は、からりときつね色に芳ばしく揚げられている。
肉とポテトに添えるのは、刻んだ香草の覗く手作りのケチャップ。
「玉葱、大蒜、生姜ですぅ。牛肉は、全面焼き色を付けたらひたひたの紅茶で煮るんですぅ」
椅子に掛けながら尋ねる老人に答えて、星野も勧められた椅子に座る。
老人達は珍しい料理に話を弾ませているらしい。
馬鈴薯の切り方にはそれぞれ一家言あるようで、その話題だけが騒がしいほど盛り上がっていた。
彼等の反応に星野もほっと、朝から頑張った甲斐があったようだと笑顔になった。
もう一皿、用意してあります。と、銀色のクロッシュを取り除く。
一回り小さな皿に積まれた丸く脹らんで挙がったポテトフライ。
「こっちはぁ、成功したポムスフレですぅ。でも美味しいことに変わりなしっていうのも面白いと思いませんかぁ」
星野の料理に続き、菓子も並べられ、最後のクッキーを型抜きをしたレイアが自ら運んでくる。
「さっきも思ったが、ハナは器用だな」
美味しそうだと、料理を眺めて声を掛ける。
縁の色が濃くなって少し不格好に焼けてしまったクッキーに、ばつが悪そうに頬を掻いて、青い瞳が所在なく揺れた。
それを1枚掠っていったジェポッテの手。いつものじゃないかと言えば、今日は一緒に作ったから特別なのよと、娘の手が小気味良い音でレイアの肩を叩いた。
軽口を言い合う親子に肩の力が抜けて、思わず笑う声が零れた。
どうやらクッキーはいつもの味に出来たらしい。
茶会の支度は任せてしまったから。茶会の始まりに、そう言って鳳凰院が立ち上がる。
焜炉に沸かした湯を、持参の紅茶を測ったポットへ。じっくりと蒸らして不揃いのティーカップに量が均一になるように注ぎ分ける。
「菓子作りはあまりしないのでな。……紅茶を振る舞わせてもらおう」
丁寧に注がれた紅茶、白磁のカップにはその水面の縁に淡い金色の輪が浮き上がり、仄かに甘い香りを広げた。
久しぶりだと言う老人達の反応は区々だが、カップを持った顔は一様に楽しそうだった。
「すみません……メグ様と精霊様は普段どのような話をなさっているのですか?」
料理やクッキーを摘まんで、話題は先刻の人形の件へ。
フィロの問いかけにメグは慌てたように首を横に振った。話すどころか、姿も見たことがないと項垂れる。
その頭の後ろにふわふわと揺れる緑の光はどことなく楽しそうだ。
「お人形もお茶会したい、のかな? えっとえっと。そんな気がする、わ?」
空のカップを人形の傍らに置いてみる。お茶会の気分で持ち上げるには少し重そうに見えるから。
クッキーは平気かしらと、小皿に取り分けて、ケーキ一切れと、フィナンシェも1つ乗せる。
「マシュマロより、少し重いかもしれませんね」
思い出した様に玲瓏が半分に割ったクッキーを人形の手許へ。
緑の光が覆った腕が持ち上がり、掌の間に挟むようにクッキーを持つ。僅かに揺れる手首は嬉しそうだ。
そして、すいっと、メグの前に差し出された。
――きっと、美味しい!――
メグの掌に転がったクッキーに人形が腕を振り回して綴った。
「感慨深いな……」
完成した人形を見せて貰おうと思っていたのだが、と見守っていたレイアは呟く。
子ども達と奮闘した賑やかな倉庫も、不意の襲撃も懐かしくさえ思い出される。そうして苦心した人形を精霊が動かしているのはとても。
お茶のお代わりを入れましょうかと、玲瓏がキッチンへ。
椀の代わりにティーポットを温めて茶葉を測り。少しだけ冷ました湯を注いで蒸らす。
必要なカップを並べて注ぎ分けながら濃さを揃えると、淡い琥珀の水色で上品な香りを漂わせる。
「いつも頂いてばかりで恐縮です」
良い香り、と、水面を眺めている娘に玲瓏は茶会の礼を告げる。
そう言えばと、人形とそれを動かした精霊の姿に驚いて、クッキーを持って強張っているメグを一瞥して人形を示す。
「お名前は?」
それは聞きたいと鳳凰院も顔を上げる。
老人達は顔を見合わせて、首を振った。
未だ決まっていないという。
「完成した暁には付けてやらんとな……そう言ってたんだがな」
懐かしそうに目を細める。
若い頃、人形がぎこちなくテーブルの端から中央へ初めて歩いたあの日。
今日と同じ高揚の中で、若かりし日の老人達はそう言っていたらしい。
完成を待たずに年を重ねてしまったが、名前を付ける良い機会かも知れないと口々に言う。
「……彼等にも、写真を届けたいな」
共にこの日を迎えられなかった嘗てのメンバーへ、その家族へ。
鳳凰院が端末の画面に写真を表示させて老人達へ向ける。
人形との集合写真。ここにいたかっただろう2人の為に、出来ることをしたい。
そんな気分だ、と、僅かに口許が綻んだ。
ぎこちなくクッキーを食べたメグが人形に礼を言うと人形の腕は、美味しかったかと綴って尋ねる。
びっくりして味が分からなかったと素直に答えると、もう半分のクッキーを差し出した。
「ありがとう、ちゃんと味わって食べるね」
メグが美味しかったと人形と玲瓏、それからレイアと娘に告げると、人形は満足そうに揺れて座る。
精霊が離れて残されたケーキとフィナンシェはカリアナの皿に戻ることになり、賑やかな茶会は、孫が友人を連れて帰ってくるまで続いて、娘は慌ただしく夕飯の支度に取り掛かった。
子ども達も一緒になって菓子や料理を食べ終え、茶会がお開きになる帰り際、フィロが老人達を振り返った。
「想いの籠った人形だからこそ人ならぬ者も惹きつけるのでしょう……本当におめでとうございます」
完成というなら、彼等の夢は人形を自由に歩かせ、騎士のような振る舞いをさせるところにあるのだろう。
しかし、その夢を封じた若い日の最後が、今日、人形がテーブルを歩いたあの瞬間に重なる。
完成、おめでとうございます。祈りのような声で、フィロはそう告げた。
今日もよろしくお願いします。と、ハンター達が倉庫に集まる数時間前、星野 ハナ(ka5852)は単身、ジェポッテ家を訪れて、キッチンの一角で料理を始めた。
娘が学校へ行く子ども達を送り出して、ケーキを作り始める甘い香りに、香ばしい料理の匂いが混ざっていた。
倉庫での作業に一区切り付き、メグがバターを買いに遣いに出された頃、カリアナ・ノート(ka3733)とレイア・アローネ(ka4082)はキッチンを手伝いに向かった。
バターを待っている間はやることも無いからと、既に出来ていた菓子をテーブルに運んだり、片付けていたグラスを揃えたりと、細々とした支度を進めていく。
グラスを運ぶレイアは焜炉に向かう星野の様子を気に留めた。
怪我をしていたと聞いていたが、と。ふと、以前の自身を思い出した。
子ども達との作業も、歪虚との戦いの時も怪我をしていた。
「…………怪我しかしていないな、私……」
目を眇めて首を竦めて。苦笑いで呟くと、彼女にも安否を気遣われたんだったか、とカリアナへ目を向けた。
カリアナは娘の隣で布巾を絞っていた。
娘との会話の断片は、やはり人形の事らしく、完成が近いことを2人とも喜んでいるようだ。
一方、倉庫では老人達とフィロ(ka6966)、鳳凰院ひりょ(ka3744)、玲瓏(ka7114)が人形の調整を進めていた。
「……え? もしかして、精霊様?」
動き出した人形に、フィロが驚いた声を上げる。
気に掛けていた妹のため、完成した人形や、勤しむ老人達の姿を残そうと端末を取り出していた鳳凰院もその手を止めた。
人形の損傷を気に掛けて、細かな罅にルーペを向けていた玲瓏も、ことりとそれを取り落とした。
SI!
――ひーちゃん! マーガレットの友達!――
SI!
老人が口笛を吹いて手を叩く。
「あの……っ」
フィロが人形の顔を見詰め橙の瞳をきらきらと輝かせた。
手を動かせるのですか。どうやって。
その力で核に宿って、オートマトンになれたのでは。なろうと思わなかったのですか。
この世界で初めてのオートマトンに。
矢次に寄せられるフィロの問いかけ。高揚した声と、弾んだ息。人形を動かした精霊に言葉が通じていることが嬉しく、その嬉しさの余りにあふれる言葉を止められずにいる。
人形は腕を伸ばし、顔の辺りで交差させた。
――わからない! もっと、ゆっくり! 簡単にして!――
振り回す腕が綴る抗議の文字、しかし、人形の身体をふわりと浮かせ、飛び跳ねるように動かしている精霊はどこか楽しそうだ。
「ひーちゃん、様、ですか? こちらは使えませんか?」
玲瓏が人形の傍らに紙を置いて、その両手で挟むようにペンを持たせてみる。
――うーん、重い! マシュマロより重い物は、むり!――
自立する程安定した作りの人形はペンの一つで転ぶことも無いが、淡い緑の光が包む腕とペンは小刻みに震えている。
紙の上に乗ったペン先が辛うじて、ヒスイ、と綴って、そのペンを放り出す。
――ひーちゃん! ひすいのひーちゃん、マーガレットの友達が言ってた!――
「そうですか、……よろしくお願いします」
ヒスイ様、と呼び直すと、人形の腕が、ひーちゃん、と綴って動く。
そう呼び直し、自らも名乗る玲瓏に、人形の動きは嬉しそうだ。
写真を、と尋ねた鳳凰院に人形はポーズをつくり、精霊の乱入に慌てていた老人達も、徐々に落ち着きを取り戻してそれに加わる。
画面には、人形を囲み温かな雰囲気で笑う老人達と仲間が写し出されていた。
「これなら、るーも安心するかな」
画像を見て鳳凰院も微かに微笑んだ。
上手く撮れたと喜んでいるのは精霊も同じようで、人形の小さな手を叩いている。
フィロは人形を動かす風が気になる様子で、見詰めたり、尋ねたり、その興味が尽きない。
その質問に人形が一つに一言ずつ、ゆっくりとしたペースで答えることには、精霊と人形だけではオートマトンになれないとのこと。
フィロは残念そうに俯いた。
「すみません、お会いできたのがうれしくて」
立ち入ったことまで聞いてしまった。謝るフィロに人形は首を傾げて見せた。
「貴方が身体を得られたら、もっとお話しできたり色々な物を食べることが出来たりするのではないかと思ったのです」
SI!
――今も楽しい! けど、お話! 食べる! 歌う! 楽しくて、知らないこと、まだ、たくさん!――
SI!
それから少しして、戻ってきたメグに気が付いた精霊が人形を離れた。
微風に揺れた小さな身体をフィロは両手で抱き留めて立て直す。
続きですね、手伝います。
玲瓏が人形を見て老人達に声を掛けると、玲瓏と修繕の仕上げに当たっていた老人は、こちらも手伝ってくれと言って、磨き粉とクロスを差し出した。
●
材料を混ぜて伸ばす。折り畳んでもう一度伸ばす時は、厚さを均一に、端の方まで丁寧に。
レイアは娘の作業をじっと見ている。
「……クッキーを焼くとかあまり見たことがなくてな」
どうしたのと尋ねた娘に、少し困ったように答えた。
雑用を手伝うのも良いが、今は少し手も空いている。しかし、予定していた菓子はクッキーの他は完成しており、茶を煎れるのはまだ早い。抑も、もっと上手そうな仲間もいる。
躊躇うレイアに、じゃあ、と娘が花の型を握らせた。伸ばした生地の上に乗せて押し込むだけだから。そう言うと型抜きを任せて、レイアが抜いたクッキーを天板に並べ始めた。
調理道具の片付けをしていたカリアナも、クッキーの方をちらちらと覗いながら、時折肩越しに倉庫の方へと目を向けている。
気になるの、と娘が尋ねると、洗い掛けの木篦を握ったままで頷いた。
「早くお茶会したいわ。それに……」
倉庫の中では人形の最終調整をしているらしい。洗い物は手にした木篦が最後。クッキーの焼き上がりは、もう少し掛かりそう。
見に行ってきたらと促され、木篦を濯ぐとカリアナは倉庫に向かった。
「そうだわ、お茶会はどこでするのかしら?」
リビングに皿を出してはいるけれど、外も気持ちよさそうだ。
しかし、外は見た目以上に埃が立っているらしい。娘は残念そうに笑って首を横に振った。
最後に、マントと剣を備えさせ、歯車を合わせた人形をテーブルの端へ。老人達が頷き合って、慎重にその手を離した。
人形は一歩、二歩と歩いてテーブルの中央へ向かい、その途中でバランスを崩して止まる。
もう一度だと、老人達は修正を加えた嘗ての設計図を広げ直して、歯車を細かく調整した。
人形は再びテーブルの端へ、手伝いを終えて玲瓏は荷物から銀色のシンプルなトランペットを取り出した。
「効果音を付けたらどうかと思いまして。……吹いてみますね」
老人達が頷くと、伸びやかな音が倉庫に広がった。
軽快なメロディの中に歩く人形を撮影しながら、鳳凰院も静かに見守る。
人形がテーブルの中央で止まった時、倉庫の扉からそっとカリアナが覗き込んだ。
妹に見せるなら、兄ちゃんが映っているのが良いだろうと鳳凰院の端末をぺたぺたと突っつく老人達だが、画面は反応を示さない。
手伝うわと、カリアナが操作を変わり、人形と鳳凰院の写真を一枚撮影する。
全身の歯車は剥き出しで、補修した箇所は他に比べて白く、艶に乏しい。新しい右腕は素材に差違があったのだろう他の部位と明らかに肌理が異なっている。
しかし、金髪と、緑の瞳を得て、塗り直された桜色の頬はまろく、マントと剣も飾られたそれは、壊れかけたあの日の状態から見違えている。
自身よりも、人形の写りをよく確かめてから、鳳凰院は老人とカリアナに礼を告げた。
トランペットを置き、玲瓏はテーブルに佇む人形のマントを整える。
フィロは散らかった埃や金属片を掃き集めて家の方へ目を向けた。
「風の精霊……なのでしょうか」
自由に振る舞っていたあの緑の光は。そう呟いて、作業に戻る。
オーブンの煙突から棚引いた煙、香ばしいクッキーの甘い匂いが運ばれてくる。
●
「しょっぱいものと甘いもの、両方あった方がパーティ気分が膨らむかなって思ったんですぅ」
白いクロスがトリコロールのランチマットで彩られたテーブル、大皿が並べられている。
早朝からキッチンの一角で調理を続けていた星野が笑顔で老人達を迎えた。
紅茶で煮込んだ牛肉のブロックを薄切りに、花弁のように白い皿に並べる。肉の鮮やかな濃淡と、ソースの甘酸っぱい香りが食欲をそそる出来映え。
スティックとスライスの二種類を用意した馬鈴薯は、からりときつね色に芳ばしく揚げられている。
肉とポテトに添えるのは、刻んだ香草の覗く手作りのケチャップ。
「玉葱、大蒜、生姜ですぅ。牛肉は、全面焼き色を付けたらひたひたの紅茶で煮るんですぅ」
椅子に掛けながら尋ねる老人に答えて、星野も勧められた椅子に座る。
老人達は珍しい料理に話を弾ませているらしい。
馬鈴薯の切り方にはそれぞれ一家言あるようで、その話題だけが騒がしいほど盛り上がっていた。
彼等の反応に星野もほっと、朝から頑張った甲斐があったようだと笑顔になった。
もう一皿、用意してあります。と、銀色のクロッシュを取り除く。
一回り小さな皿に積まれた丸く脹らんで挙がったポテトフライ。
「こっちはぁ、成功したポムスフレですぅ。でも美味しいことに変わりなしっていうのも面白いと思いませんかぁ」
星野の料理に続き、菓子も並べられ、最後のクッキーを型抜きをしたレイアが自ら運んでくる。
「さっきも思ったが、ハナは器用だな」
美味しそうだと、料理を眺めて声を掛ける。
縁の色が濃くなって少し不格好に焼けてしまったクッキーに、ばつが悪そうに頬を掻いて、青い瞳が所在なく揺れた。
それを1枚掠っていったジェポッテの手。いつものじゃないかと言えば、今日は一緒に作ったから特別なのよと、娘の手が小気味良い音でレイアの肩を叩いた。
軽口を言い合う親子に肩の力が抜けて、思わず笑う声が零れた。
どうやらクッキーはいつもの味に出来たらしい。
茶会の支度は任せてしまったから。茶会の始まりに、そう言って鳳凰院が立ち上がる。
焜炉に沸かした湯を、持参の紅茶を測ったポットへ。じっくりと蒸らして不揃いのティーカップに量が均一になるように注ぎ分ける。
「菓子作りはあまりしないのでな。……紅茶を振る舞わせてもらおう」
丁寧に注がれた紅茶、白磁のカップにはその水面の縁に淡い金色の輪が浮き上がり、仄かに甘い香りを広げた。
久しぶりだと言う老人達の反応は区々だが、カップを持った顔は一様に楽しそうだった。
「すみません……メグ様と精霊様は普段どのような話をなさっているのですか?」
料理やクッキーを摘まんで、話題は先刻の人形の件へ。
フィロの問いかけにメグは慌てたように首を横に振った。話すどころか、姿も見たことがないと項垂れる。
その頭の後ろにふわふわと揺れる緑の光はどことなく楽しそうだ。
「お人形もお茶会したい、のかな? えっとえっと。そんな気がする、わ?」
空のカップを人形の傍らに置いてみる。お茶会の気分で持ち上げるには少し重そうに見えるから。
クッキーは平気かしらと、小皿に取り分けて、ケーキ一切れと、フィナンシェも1つ乗せる。
「マシュマロより、少し重いかもしれませんね」
思い出した様に玲瓏が半分に割ったクッキーを人形の手許へ。
緑の光が覆った腕が持ち上がり、掌の間に挟むようにクッキーを持つ。僅かに揺れる手首は嬉しそうだ。
そして、すいっと、メグの前に差し出された。
――きっと、美味しい!――
メグの掌に転がったクッキーに人形が腕を振り回して綴った。
「感慨深いな……」
完成した人形を見せて貰おうと思っていたのだが、と見守っていたレイアは呟く。
子ども達と奮闘した賑やかな倉庫も、不意の襲撃も懐かしくさえ思い出される。そうして苦心した人形を精霊が動かしているのはとても。
お茶のお代わりを入れましょうかと、玲瓏がキッチンへ。
椀の代わりにティーポットを温めて茶葉を測り。少しだけ冷ました湯を注いで蒸らす。
必要なカップを並べて注ぎ分けながら濃さを揃えると、淡い琥珀の水色で上品な香りを漂わせる。
「いつも頂いてばかりで恐縮です」
良い香り、と、水面を眺めている娘に玲瓏は茶会の礼を告げる。
そう言えばと、人形とそれを動かした精霊の姿に驚いて、クッキーを持って強張っているメグを一瞥して人形を示す。
「お名前は?」
それは聞きたいと鳳凰院も顔を上げる。
老人達は顔を見合わせて、首を振った。
未だ決まっていないという。
「完成した暁には付けてやらんとな……そう言ってたんだがな」
懐かしそうに目を細める。
若い頃、人形がぎこちなくテーブルの端から中央へ初めて歩いたあの日。
今日と同じ高揚の中で、若かりし日の老人達はそう言っていたらしい。
完成を待たずに年を重ねてしまったが、名前を付ける良い機会かも知れないと口々に言う。
「……彼等にも、写真を届けたいな」
共にこの日を迎えられなかった嘗てのメンバーへ、その家族へ。
鳳凰院が端末の画面に写真を表示させて老人達へ向ける。
人形との集合写真。ここにいたかっただろう2人の為に、出来ることをしたい。
そんな気分だ、と、僅かに口許が綻んだ。
ぎこちなくクッキーを食べたメグが人形に礼を言うと人形の腕は、美味しかったかと綴って尋ねる。
びっくりして味が分からなかったと素直に答えると、もう半分のクッキーを差し出した。
「ありがとう、ちゃんと味わって食べるね」
メグが美味しかったと人形と玲瓏、それからレイアと娘に告げると、人形は満足そうに揺れて座る。
精霊が離れて残されたケーキとフィナンシェはカリアナの皿に戻ることになり、賑やかな茶会は、孫が友人を連れて帰ってくるまで続いて、娘は慌ただしく夕飯の支度に取り掛かった。
子ども達も一緒になって菓子や料理を食べ終え、茶会がお開きになる帰り際、フィロが老人達を振り返った。
「想いの籠った人形だからこそ人ならぬ者も惹きつけるのでしょう……本当におめでとうございます」
完成というなら、彼等の夢は人形を自由に歩かせ、騎士のような振る舞いをさせるところにあるのだろう。
しかし、その夢を封じた若い日の最後が、今日、人形がテーブルを歩いたあの瞬間に重なる。
完成、おめでとうございます。祈りのような声で、フィロはそう告げた。
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相談 カリアナ・ノート(ka3733) 人間(クリムゾンウェスト)|10才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2018/06/18 21:09:45 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/06/18 21:04:35 |