ゲスト
(ka0000)
【春郷祭】星の欠片を探しに
マスター:のどか

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/06/26 19:00
- 完成日
- 2018/08/12 02:37
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
オフィスで飾り気の無い天井の板目を見上げながら、ルミ・ヘヴンズドア(kz0060)は小さなため息をついた。
目の前のデスクの上には散らかった依頼用の資料の山と、カピカピになったベリー系のドライフルーツが入った包み。
ここ数ヶ月に比べれば比較的穏やかなオフィスの喧噪が背中で響いているが、そんなものは耳にも入っていない様子で。
なみなみに淹れてもらったさわやかな柑橘の香りのお茶もとっくに湯気を立てておらず、彼女のため息に合わせて静かにその水面に波を紋を浮かべるだけだった。
「また、ため息ついてる」
「はーい、仕事してます」
見かねて声を掛けた同僚の受付嬢にも会話がかみ合っているのかいないのか分からない生返事で、一目に見て重症だ。
もちろん斡旋になれば人が変わったようにキビキビといつも通りに仕事をこなすものではあったが、これがここ最近のルミの日常風景であった。
「恋煩い?」
「違うわよ」
ガタリと椅子が跳ねて、その目を見返しながらきっぱりとした言葉で否定する。
が、すぐにすとんと肩の力が抜けると追加のため息が1つ零れた。
「最近、ルミちゃんとの距離が近くなった気がするね」
「なにそれ、新手の口説き文句?」
「そういうとこが、だよ」
同僚が苦笑すると、ルミはつまらなそうにデスクへと向かう。
それから思い出したように、ポツリとつぶやいた。
「べつに、そろそろソトヅラ作る必要ないかなって思ったの」
「ウザあざといのはそれはそれで好きだったけど」
「もしかしなくても喧嘩売ってる?」
「まっさかぁ」
ルミがじっとりと見つめると、彼女は両手を広げて降参ポーズをしてみせる。
「オンとオフはハッキリ切り替えるって話。それに、どっちも本物のルミちゃんなんだゾ☆」
キャピっと会話の途中からオンモードに入ってみせてウィンクひとつ。
同僚は流石だなぁと感心しながらそれを眺めていたが、不意に思い出したように手にした紙筒を彼女へ手渡した。
「そうだ用件忘れてた。はいこれ、お仕事」
片手でそれを受け取ったルミは丸まったそれを広げると、描かれた大きな文字を目で追う。
「“ほしのかけらを探しに行こう”?」
「ジェオルジのイベントだって。この時期の風物詩らしいんだけど、今年はお祭りの時期に重なったから大々的にイベントにしたみたい」
「お祭り?」
「ほら、町長会議の」
「ああ、もうそんな季節」
広げて眺めたポスターには鮮やかな彩色で夜空が描かれ、日時と簡単なイベントの概要が記されている。
夜の川辺をハイキングしながら村で“ほしのかけら”と呼ばれている風物詩を見に行く。
そんな内容だった。
「で、お仕事って?」
「そのツアー添乗員。適役でしょ?」
なるほど、と頷いてルミはもう一度ポスターに目を通す。
片隅に書かれた“ほしのかけら”についての簡単な説明を読んで、3度目のため息。
どこか憂いと自嘲を帯びた湿った吐息だった。
「星に願いを――かぁ」
書類の山の中からスケジュール帳を引っ張り出す。
そして該当の日付を「☆」印で囲むと、うんと大きく背伸びをした。
目の前のデスクの上には散らかった依頼用の資料の山と、カピカピになったベリー系のドライフルーツが入った包み。
ここ数ヶ月に比べれば比較的穏やかなオフィスの喧噪が背中で響いているが、そんなものは耳にも入っていない様子で。
なみなみに淹れてもらったさわやかな柑橘の香りのお茶もとっくに湯気を立てておらず、彼女のため息に合わせて静かにその水面に波を紋を浮かべるだけだった。
「また、ため息ついてる」
「はーい、仕事してます」
見かねて声を掛けた同僚の受付嬢にも会話がかみ合っているのかいないのか分からない生返事で、一目に見て重症だ。
もちろん斡旋になれば人が変わったようにキビキビといつも通りに仕事をこなすものではあったが、これがここ最近のルミの日常風景であった。
「恋煩い?」
「違うわよ」
ガタリと椅子が跳ねて、その目を見返しながらきっぱりとした言葉で否定する。
が、すぐにすとんと肩の力が抜けると追加のため息が1つ零れた。
「最近、ルミちゃんとの距離が近くなった気がするね」
「なにそれ、新手の口説き文句?」
「そういうとこが、だよ」
同僚が苦笑すると、ルミはつまらなそうにデスクへと向かう。
それから思い出したように、ポツリとつぶやいた。
「べつに、そろそろソトヅラ作る必要ないかなって思ったの」
「ウザあざといのはそれはそれで好きだったけど」
「もしかしなくても喧嘩売ってる?」
「まっさかぁ」
ルミがじっとりと見つめると、彼女は両手を広げて降参ポーズをしてみせる。
「オンとオフはハッキリ切り替えるって話。それに、どっちも本物のルミちゃんなんだゾ☆」
キャピっと会話の途中からオンモードに入ってみせてウィンクひとつ。
同僚は流石だなぁと感心しながらそれを眺めていたが、不意に思い出したように手にした紙筒を彼女へ手渡した。
「そうだ用件忘れてた。はいこれ、お仕事」
片手でそれを受け取ったルミは丸まったそれを広げると、描かれた大きな文字を目で追う。
「“ほしのかけらを探しに行こう”?」
「ジェオルジのイベントだって。この時期の風物詩らしいんだけど、今年はお祭りの時期に重なったから大々的にイベントにしたみたい」
「お祭り?」
「ほら、町長会議の」
「ああ、もうそんな季節」
広げて眺めたポスターには鮮やかな彩色で夜空が描かれ、日時と簡単なイベントの概要が記されている。
夜の川辺をハイキングしながら村で“ほしのかけら”と呼ばれている風物詩を見に行く。
そんな内容だった。
「で、お仕事って?」
「そのツアー添乗員。適役でしょ?」
なるほど、と頷いてルミはもう一度ポスターに目を通す。
片隅に書かれた“ほしのかけら”についての簡単な説明を読んで、3度目のため息。
どこか憂いと自嘲を帯びた湿った吐息だった。
「星に願いを――かぁ」
書類の山の中からスケジュール帳を引っ張り出す。
そして該当の日付を「☆」印で囲むと、うんと大きく背伸びをした。
リプレイ本文
●
夜を寒いとは感じなくなってきた季節。
街の明かりが乏しいジェオルジの村では、山際に夕日が残る中で空にちらほらと星の輝きが瞬きはじめていた。
「は~い、それでは出発しますよ☆」
集まった顔ぶれを見渡しながら、ルミ・ヘヴンズドア(kz0060)は手にした旗を振りあげる。
陽が落ちても見失わないよう、ぼんやりとした明かりがともったそれに引きつられ、数十名のツアー参加者はぞろぞろと村を出発した。
開かれたイベントである今回のツアーには、観光客の一般人から地元の農民たちの姿。
そして、オフィスでの告知を見たハンターたちもまたその中に。
村の中心に流れる清流を伝うように、傍の農道を歩いていく。
「夜もずいぶん、あたたかいと感じるようになってきましたね」
薄暗い足元に注意をしつつ、ニーロートパラ(ka6990)はエリス・ヘルツェン(ka6723)の一歩前をリードする。
「そうですね。夜にお散歩をするのはなかなかない機会なので、少しドキドキします」
エリスが控えめにほほ笑むと、ニーロはそっと手を差し出した。
「良ければですが。この先、道も次第に悪くなっていくようですし」
「ありがとうございます。では……お言葉に甘えて」
そっと自らの手を重ねると、触れた指先からニーロの体温がほんのりと伝わってくる。
人のぬくもりに胸が熱くなって、小さな唇から柔らかい吐息が漏れた。
「しばらく掛かるようですから無理をせず行きましょう」
「大丈夫です。このくらいなら、私も弱音を吐きませんよ」
エリスが重なった手に力を込めると、ニーロは何も言わずにただ頷き返す。
薄暗がりで表情が見えにくい分、繋いだ手のひらが言葉の架け橋となるかのようだった。
「ほしのかけらって美しいフレーズだなぁ……おそらくは蛍みたいなものなのかな?」
意気揚々と歩く藤堂研司(ka0569)は、まるでカブト狩りに行く少年のように目をらんらんと輝かせている。
それをどこかおかしそうに眺めながら、浅黄 小夜(ka3062)はクスリと笑みを浮かべる。
「小夜さんはお願い事考えた? 流れ星に3回お願いとか、日ごろから覚悟決めてないと難しいよね」
口にしながら研司は道端の草原をガサガサと漁る。
「お兄はん、何してはるん……?」
「えっとね……あっ、あったあった!」
茂みの中から引っこ抜いたのは、青々とした固い葉の先にくるみのようなぽんぽんのついた植物。
「わぁ、これねぎ坊主……なん?」
「土の違いかな、思ったより大きい……」
子供のこぶしほどの大きさに膨らんだ坊主を2つ手にして、1つを小夜へと手渡す。
受け取った小夜は指先で坊主頭をつついて、ふと笑い声をこぼした。
「お爺ちゃん家にもあったなぁ……そっと捕まえよ」
「ようし、腕がなってきた!」
気合を入れながら作ってみせた研司の力がこぶが、応えるように小さくひくつく。
はしゃぐ彼らの後ろを、フワ ハヤテ(ka0004)とリンランディア(ka0488)の2人が比較的のんびりとした足取りで歩いていた。
「今回の旅は長かったな……ハヤテには心配をかけてしまったかな?」
「そんなことはないよ。時間というものは確かに一定の速度で流れるけれど、ボクの体感としてはあっというまだった。そもそも君が旅に出てからというもの、間刻令術を始めとして多くの術式が検討されて――」
火が付いたように身振り手振りを交えて流ちょうに語り始めたハヤテの姿に、初めはしごく真面目に聞いていたリンランディアも、やがて思わずふきだしてしまった。
そこでようやく自分の失態に気づいて、ハヤテはばつが悪そうに帽子を深くかぶりなおす。
「――うん、デート中だったね。反省するよ」
猛省する彼に、リンランディアは笑顔で首を振る。
「変わらないなハヤテは。もちろん語っているときの君も好きだけれど、君が変わってくれずにいることが、なによりもうれしいよ」
「そう……なら、リディの話も聞かせてもらいたいものだね」
2人とも、とくべつ歩くのがおそいというわけではない。
ただ少しでもこの時間を楽しもうと願っていると、自然とその足運びもゆっくりになっていくものだ。
「ルミちゃーん!」
ぱたぱたと駆けていく足音がルミの背後に近づくと、ルナ・レンフィールド(ka1565)はがばりと彼女の背にとびついた。
「わ~、ルナちゃん! 来てたんだ!」
「うん、友達といっしょに。ルミちゃんは元気だった?」
道端で旧友に出会った時のようにキャピキャピとはしゃぐ2人。
軽く近況を報告し合っていると、その足取りに2人の友人たちも追いつく。
「も~、追いつくのに苦労したよ。いきなりかけていくんだもの」
「あはは……ごめんね、つい」
口にしながらもとても怒っている様子ではないアルカ・ブラックウェル(ka0790)に、ルナも苦笑しながら小さく頭を下げる。
「暗くなってきたのだから、あんまり離れたらはぐれてしまうわ」
こっちはちょっとたしなめる口調のエステル・クレティエ(ka3783)だったが、突拍子もない行動よりも単純に迷子になってしまうのを心配しているよう。
「私も小さいころ、森や川の果てまで行こうとして叱られたものだけど……」
「そういうのって、ドキドキワクワクするよね!」
屈託のない笑顔で返したアルカに、エステルは少し恥ずかしそうに頷く。
「この先に星が舞う場所がある――って考えたら素敵ね」
「わー、エステルちゃんロマンチック~。それじゃルミちゃんも楽しんで!」
ルナの言葉にエステルはいっそう恥ずかしそうにしながらも、3人で夜風を感じながら歌を口ずさみ歩いていく。
台風のような3人を見送って、ルミは小さく息をこぼしながらもほんのり笑みを浮かべていた。
「よー、なんだよ。せっかく願い事をしにいこうってのに、ため息ついてちゃ何もかも逃げてっちゃうぜ?」
不意に声を掛けられて、ルミはびくりとその肩を揺らした。
咄嗟に顔を向けると、ジャック・エルギン(ka1522)が「よっ」と手を振り上げて立っていた。
「驚かせないでよ~、びっくりしたなぁもう」
「すまん、そういうつもりはなかったんだ」
頭を掻くジャックに、ルミは「分かってる」と頷き返す。
「そういうエルギンさんは、どんな願い事をするの?」
ルミの問いに、ジャックは腕組み喉を鳴らした。
「ドラゴンに巨人にバケモン。昔ならいくらでも超えたい相手がいたが、今やその願いのその先に進もうとしてる。だから正直、先のことはわかんねぇや」
「確かに……想像の先へと世界は進んでるんですよね」
笑うジャックに、どこか力ない笑顔を返すルミ。
それを見てか見ずにか、彼は輝き始めた夜空の星を見上げていった。
「ま……決意するとしたら、これからも何があっても俺は俺らしく、かね」
「自分らしく、ですか?」
「流されたくはねぇ。そういうのは……つまんねぇしな」
そう口にして、「じゃ、お先」と先を目指すジャック。
その見送る背中が記憶の中の影と重なって、ルミはどこか胸が締め付けられる想いを感じていた。
集団から少し離れた位置を、鳳凰院 流宇(ka1922)がゆったりと歩いていた。
孤立したいわけではなく、普通に歩いていたそうなってしまったというだけの話だが。
自分を見失わないことは大事――そう思いながらも状況に応じるということもまた知っている。
相反する想いの板挟みに、少々頭を悩まされてもいた。
だからこそ前方が僅かに不注意になり、道のど真ん中でしゃがむ人なんて気づかないまま、思いっきり躓いてしまった。
「も、申し訳ありません……っ!」
慌てて頭を下げる流宇。
しゃがんでいた少女――リンカ・エルネージュ(ka1840)は、蹴られた背中をさすりながらも笑って「大丈夫」と手を振っていた。
「こっちこそごめん! ソラにおやつをあげてたから……」
彼女の足元には、砕いたクッキーをついばむ桃色のインコの姿。
「お願い事をしに来たの?」
「は、はい」
立ち上がって、若干食い気味に来るリンカに気おされるように後退る流宇。
「そう、叶うといいねっ」
リンカはそう言ってニコリとほほ笑むと、自分たちを置いていった集団めがけて軽い足取りで駆けて行った。
その後を慌てて追うインコの姿を、流宇はどこか狐につままれたような目で見ていることしかできなかった。
●
しばらく歩いていくと、やがて川幅が大きく膨らんだ、少し開けた場所へと出る。
空はすっかり暗くなって沢山の星が瞬く中、その水面にも光が反射して煌めいているように見えた。
「いや、あれは水面に映った星空じゃないな」
浅生 陸(ka7041)が呟くと、ともにツアーに参加したミア(ka7035)が水面の光を目で追った。
「あの光、動ている……もしかして、あれ全部“ほしのかけら”ニャスか?」
水面の光は、すーっと音もなく滑りながら、瞬くというほどでもなく黄緑色の輝きをつけたり、消したりと明滅を繰り返す。
それが川一帯に、その周りの土手いっぱいに広がって、まさしく星空の中に足を踏み入れたかのような光景が広がっていた。
「ぐんせーち! キラキラのピカピカ!」
泉(ka3737)がキャッキャとはしゃいで、ミアが足を滑らせないようにその手をつなぐ。
みんなで示し合わせて着て来た色とりどりの浴衣が並ぶと、ここがクリムゾンウェストであることを忘れてしまいそうな風景でもあるもの。
「ほんまに蛍みたいや。お尻やのうて、体全体が光ってるのはどういうしくみなんやろ?」
さっそく泉が捕まえた発光虫を、白藤(ka3768)は一緒に見つめている。
“ほしのかけら”は蛍のそれとは違って、堅い甲殻の表面、そのすべてがぼんやりとした輝きを放っているのが特徴だ。
生物学がリアルブルーほど進んでいないこの世界で、その生態はよくわかっていないらしい。
泉はそんなほしのかけらと白藤とを見比べて、こくりと小さく首をかしげる。
「しーちゃんとどっちがキラキラじゃもん?」
「確かに、しーちゃんの浴衣姿はとっても色っぽいニャス」
うっとりするように頷いたミアが同調して、白藤は困った笑みを浮かべながら手をひらひらと振ってみせた。
「せっかくの景色なんやから、うちより周りを見とき? ほら、願い事もせんと」
「これだけいたら、どれかの星はちゃんと願いを聞き届けてくれそうな気にもなるな」
土手に敷いた茣蓙に腰かけながら、陸はのんびりと虫たちを眺めた。
昔、蛍を見にいった記憶はある。
その時の光景をよく思い返せないのは、きっと一緒にいたあの人の横顔ばかりを見ていたからなのかもしれない。
蛍の光が明滅するように、彼女の光も消えてしまった。
だけど、新たに灯った光を今度こそ消しはしない。
だから今宵のこの虫たちの輝きも、決して忘れることはしたくなかった。
「すごいですね。このようなものが、世界に存在していたなんて」
珍しく柔らかい声ではしゃぐメアリ・ロイド(ka6633)に、門垣 源一郎(ka6320)はどこか冷めた様子で頷き返した。
「すみません……無理に連れてきてしまって、退屈でしたか?」
「いや、そういうわけではないのだが」
源一郎は何と答えるべきかしばし思案する。
だが取り繕っても仕方がないと、ありのままを口にした。
「実を言えば、あまりに見慣れた光景でな。何というか……それほど感動を覚えることもないんだ」
洗いざらいを語れるのは、きっとそれだけ心を許せているから。
だが、思惑の外れてしまったメアリは思いつめたように肩をすくめる。
「それは知ってるつもりだったのですが……どうやら私、見当を外してしまったみたいです」
力なく笑うと、源一郎も何も言い返せずにただ彼女から視線を外す。
その横顔を盗み見て、メアリの胸がチクリと痛んだ。
ほしのかけらをうっとりと眺める人たちの中で、蛍狩りに興じる人々もいる。
その1人であるクィーロ・ヴェリル(ka4122)は、釣鐘状の花を片手に飛び回るかけらたちを呼び寄せていた。
「見てよ誠一。こうすると、自然の提灯になるんだよ」
「うお、本当だ。面白いなぁ、これ」
花の中で光る虫は、覗き込んだ神代 誠一(ka2086)の顔を、紫色の花弁ごしにうっすらと辺りを照らし出す。
当然、提灯を持つクィーロの顔もまた暗がりの中に浮かび上がって、誠一はその姿を横目で捉えた。
色違いの揃いの縞浴衣に身を包んで繰り出した今回の参加は、誠一の発案によるものだった。
他意がないと言えばウソになる。
記憶がない彼に、1つでも多くの楽しい思い出を――星に希望も決意も乗せるつもりがない中で、たった1つだけ誠一が願っていたもの。
相棒は楽しめているだろうか。
彼にとっての良き思い出となるのだろうか。
一抹の不安をかき消すように、満天の星空をただ眺めることしかできなかった。
ほしのかけらと、それに見惚れる人々を遠巻きに視界に入れて、トリプルJ(ka6653)は口元に燃える赤い蛍をくゆらせる。
「地上の星ねぇ……星にもいろいろあるからなぁ」
灰に溜まった感傷を紫煙と共に吐き捨てると、目に染みる星空の光を朧雲のように覆い隠した。
「聞いた時から蛍かな、とは思っていたけれど……なかなかどうして、本物を目にすると嬉しさがあるものね」
傍に腰かけていたマリィア・バルデス(ka5848)はしみじみと口にしながら、コッヘルの中で湯気を立てるホットワインに鼻を寄せる。
「うん、良い出来ね。よかったらいかが?」
「ありがたいが、今日は遠慮しとくよ。バーで一緒になりゃ、その時は喜んで奢らせてもらうがな」
「残念。タバコ、ちゃんと灰皿に捨てるのよ?」
マリィアは歩き去るJの背中を見つめながら、味見に一口ワインをすする。
シナモンの香りと共に、あたたかなブドウとほんのりアルコールが胃の中に落ちて、とても心地が良い。
それとは別に、Jはどこか内心穏やかではない様子で、もういちど紫煙を視界いっぱいに吐き捨てた。
同じように、星空のただなかでもどこかさみし気に輝きを眺める瞳があった。
「お1人かね、お嬢さん?」
「あ……エアルドフリスさん」
優しく声を掛けられて振り返ったルミ。
そこにエアルドフリス(ka1856)が立っていて、その陰からはジュード・エアハート(ka0410)がひょこりと顔を出す。
「こっちは1人じゃないよ~って、あ! 別に嫌味言ったつもりじゃないよ!」
「それはフォローになっているのか……?」
慌てて大げさに首を振ったジュードに、エアルドフリスはしかめっ面で目元を覆う。
「元気そうで何よりだが……こっちの方はどうだ?」
口にしながらトントンと自らの胸を指し示す彼に、ルミは歯切れの悪い様子でごまかすように笑い返した。
「ここに処方できる薬はないのでな。あまり気負いすぎるな、と言い添えることくらいしか俺にはできん」
「ありがとう。その気持ちだけで本当にうれしいよ。本当に」
飲み込むように胸元に手を当てて、ルミは小さく頷き返す。
「ところで、ルミさんは今年の夏何したい?」
だから、ジュードの突拍子もない質問に思わず目を白黒させてしまったのも無理はないだろう。
「ほら、海とか、お祭りとか、夏にしかできないこといろいろあるよね!」
「う、う~ん、どうだろ。今年はゆっくりしたいかもな~……なんて」
「返事に困ってるじゃないか……」
窘めるように彼の頭を撫でて、エアルドフリスは少々決まりが悪そうにほほを掻く。
「ま……願いが叶う星空だそうじゃないか。気になることの1つでも呟けば、存外、現実になるかもしれないな」
そう言い残して、ジュードと共に星空の中へと消えていく。
それを見送ったルミは、もう一度胸元に手を当てながら虫たちの奏でる音色に耳を傾けていた。
2人きりになって、“かけら”と共にはしゃぐジュードをエアルドフリスは数歩引いた位置から慈しむように眺める。
だけどぼんやりと沸き起こった疑問に、ふと言葉を添えた。
「さっきの質問に意図はあったのか?」
「ん~ん、そのまんまの意味だよ」
ジュードは上の空ではないが、星空の中でくるくる回りながら話半分に答える。
「俺は難しいこと考えるの苦手だから、世界とか、誰かの未来とか考えることはできないよ」
「なら、何を願う?」
「俺がしたいこと」
きっぱりと、エアルドフリスの目を見ながらほほ笑んだ。
「俺はエアさんと海に行きたいし、お祭りに行きたいし、また向日葵の迷路にも挑戦したい!」
だだをこねるようにそう言って、今度は小首をかしげてみせる。
「そういうエアさんは?」
「戦いは続くが、今年も一緒に過ごす機会が多いといいね」
彼の返事に満足したように、ジュードはにへらと頬をゆるませた。
(そう、戦いが終わったら……その時、何が正しいのだろうな)
一抹の迷いは星の瞬きとなって川に流れる。
川岸にしゃがみながら、水草の上に止まる“かけら”をユメリア(ka7010)はしげしげと眺めていた。
事前に村の人たちからどんな生き物なのか聞いてイメージはしていたが、実際に見てみると、そんなものはすべて吹き飛んでしまいそうだった。
「あれって……」
エステルが光の中に浮かび上がる彼女の姿を見つけて、大きく手を振る。
ユメリアもまたその姿を見つけると、控えめに手を振り返した。
「エステルちゃん、お友達?」
「ええ。お互い、良い星の夜を――って」
ルナにそう答えながら、エステルは星空を反射する水面にうっとりと目を細める。
「2人はもうお願い事した?」
アルカの問いに、ルナとエステルは歯切れのわるい返事を返す。
「そういうアルカちゃんは?」
「な~いしょ! バラしたら効き目きれちゃいそうだしっ」
そうアルカはあっけらかんとして笑う。
「エステルちゃんはほら……あっちの進捗はどうなの?」
ルナがそう尋ねると、エステルは頬を染めて、いっそう歯切れが悪そうにうつむいてしまう。
「そういうルナさんはどうなの?」
「私は……もうちょっと頑張ってみようかな」
星空の中で、ルナはやや曖昧に笑ってみせた。
「未来がどうなっても、私はこの今もずっと続けばいいと願ってるわ。だからそう……私のお願いは、またみんなでこうして“ほしのかけら”を身に来れますように――かな」
そう言って視線は合わせず、だけど迷子防止につないだ2人と繋いだ手にそっと力を込める。
釣られるようにルナもアルカも頷いて、境目のなくなった空と地上の星を眺める。
(2人の恋が成就しますように――)
ひっそりと願ったアルカの願いは、星に届くのだろうか。
「ニーロ様は、まだ強さをお求めですか……?」
星々の下で、エリスは尋ねる。
「はい。強くなりたいという気持ちは変わりません」
ニーロートパラは謙遜なく答えると、決意を秘めた瞳で飛び交う光を眺める。
「だけど、オレが求めるのは守るための強さです。守りたいものを守るために。強くなければできないことですから」
その言葉に、エリスは目を合わせないままどこかさみし気な表情を浮かべる。
だが、すぐに優しい笑みを浮かべると同じように星の姿を捉えた。
「私は……その道を照らせるようになりたいと願います。支えとなれますよう……」
エリスもまた守りたいものがある。
彼らもまた誰かを守りたいのだとしても、そんな彼らをこそエリスは守りたい。
「そう言ってもらえると、なんだかこそばゆいですね……いえ、もちろん嬉しいのです」
そしてそれはとても贅沢なことなのだとニーロートパラは知っている。
星の数だけ願いがあるように、願いの数だけ守るべきものもまたあるのだ。
川沿いの遊歩道を歩いていたハヤテとリンランディアは、どちらともなく次第に会話を潜め、辺りの星々を眺めていた。
「……そういえば、これが初めてのデートだって君は知ってたかい?」
静寂を破るように響いたハヤテの声に、リンランディアはしばし思考を停止したのち、サーッと顔から血の気が引いた。
「少しショックを受けすぎじゃないかな?」
ハヤテがクスクスと笑うと、彼は意識を取り戻すように頭を振る。
「何というか……これじゃ、気が利かないな」
「ボクはキミのそういうところも好ましいと思っているからね」
そうフォローはしてくれたものの、やはり心中穏やかではない。
少しの間思案したのちに、リンランディアはハヤテに向き直った。
「これからは、2人で色々な場所へいこう。きっと君となら――」
そこまで言った彼の手を、ハヤテはそっと取る。
「分かってるよ。ボクだって同じ想いさ」
――どこだって、星のように輝いて見えるだろうさ。
「周りの皆さんの笑顔が、少しでも早く戻りますように」
顔の前で手を合わせながら、流宇は閉じていた瞼をそっと開いた。
まばゆい星々は変わらずそこにある。
それが変わりつつある兄弟たちの姿と重なって、彼女はそう願うことしかできない自分の無力さを痛感する。
「――素敵な願いだと思います」
不意に下から声がして、流宇は飛び上がる。
見ると、すぐ足元にしゃがんで川を眺めるユメリアの姿があった。
風景に溶け込んでしまいそうな彼女に気づかずに、傍へと来てしまったのは流宇の方だった。
やや気まずい中、それと知らずにユメリアはほうと吐息をつく。
「時間は生を鈍感にします。かけら達は、短い生だからこそ時間の大切さを、命の大切さを知っている」
「精一杯生きている、ということですか?」
流宇の問いに、ユメリアは頷く。
「彼らが感じているのは“今”――なら、あなたは“今”何を感じますか」
流宇は口を開きかけながら、言葉を詰まらせる。
「そういうあなたは?」
かろうじて出た言葉に、ユメリアが返したのは小鳥のさえずりのように言い添えた。
「誰かの“今”を、大切にしたいです。それが歌の力ですから」
「よぉ、お前も来てたんだな」
右手を振り上げて挨拶をした先に、土手に腰かけてホットサンドをついばむリンカの姿があった。
「ジャックさ~ん、こんばんわ!」
笑顔を浮かべながらサンドを咀嚼する隣で、マリィアがパーコレーターで沸かしたコーヒーをカップへと注ぐ。
「こんばんわ、あなたもいかが?」
「お~、俺はそっちが良いな」
ジャックの視線がコッヘルに入ったホットワインを捉えたのを見て、マリィアは薄く微笑みながら手に取った。
「ソラがね~、目ざとく見つけたんだよ。おいしそうだから私ももらっちゃった」
その言葉にピクリと反応した桃色のインコが、翼を広げて何かを訴えるようにリンカを見る。
おそらく目ざとく見つけたのはリンカで、おこぼれに預かっていたのはソラなのだろう。
「仲がいいのね」
「だろ? どっちが飼い主か分からねぇくらいだぜ」
美味しそうにサンドを食べるその姿を見れば、少なくとも文句の1つも言う気は失せる。
「流されねぇって、ある意味1つの才能だよなぁ」
「言えてるかも」
しみじみとそんなことを思いつつ、すすったワインはほんのりと甘い香りがした。
川辺の蒸し暑さもあってか、体中にじっとりと汗をかいた研司はすがすがしい表情で小夜のもとへと駆け寄る。
「や、やったよ小夜さん!」
「わぁ……!」
ぼんぼりのように光るネギ坊主を大事そうに掲げると、小夜がほんのり目を見開く。
無粋かと思って「払落しなし」の縛りで捕まえようとしたところ、これがまあ難しい。
苦労した。
とても苦労した。
だからこそやり切った表情で満面の笑みを浮かべた彼に、小夜は思わず吹き出してしまった。
「ごめんなさい……悪気はないんです」
「さ、さて……サヨさん、専用の流れ星だよ」
取り繕うように研司が答えると、小夜は笑ったまま首を横に振る。
「ええんです。願いたいことはあるんやけど、なんだかもう、半分は叶ってるような気もするから。だからこれ以上は贅沢」
それに、本当に叶えたいことは自分の力で成し遂げるべきだから。
「う~ん、じゃ、せっかくだから俺のお願い事を!」
そう言って研司は、果てしない頭上の星空にそれを混ぜるように、ネギ坊主を空高く掲げ上げた。
「いつか、2つの世界と星空に平和を――」
同じように、空の星を眺めるJの姿があった。
彼は小さく舌打ちをして、ふいと視線を落とす。
空も、地上も、目の前の星の瞬きひとつひとつに声が聞こえる。
本来聞こえるはずのない静寂の中。
だけど、あの瞬きのひとつひとつが宇宙で散った命の輝きに重なって、仕方がなかった。
「やだねぇ……いい大人がホームシックかよ」
それは自分への叱咤。
甘えはすべて、タバコの煙と共に夜風に吐き出した。
群生地を散歩しながら、自然と口数が少なくなった。
そもそもおしゃべりではない組み合わせと、僅かばかりの気まずさ。
だからそれを破った源一郎の言葉に、メアリは驚いたように肩を震わせた。
「郷愁がないわけじゃない」
たった一言。
だけど、それが彼にとってどれだけ意義のあることか。
それをわかってメアリは、どこか気恥ずかしそうに頷いた。
伸びた彼女の指先が、源一郎の頬を優しくつつく。
「たまには、そうやって無防備な顔すると良いですよ。でないと皺、眉間に刻まれるしな」
「……善処する」
「善処とか……また難しい顔してんぞ」
今はそれでいい。
その言葉が、気持ちの移り変わりが、メアリにとっては何よりもうれしい。
表情には出さないけれど、わずかな口元の変化を、彼もまた気づいてくれるだろうか。
クィーロのつくったホタル提灯を手に、ゆったりと川辺を歩く。
“かけら”が袋のなかから逃げ出せば、その都度新しい“かけら”を捕まえる繰り返し。
「出会って3年半か……早いもんだな」
そんな悠久にも感じる時間の中だからこそ、そんな言葉が誠一の口から漏れていた。
自分たちもこうやって、時間のことなんて気にせずに、日々を共に過ごしてこれただろうか。
それがどれだけ恵まれたことなのか、彼は理解していた。
「誠一はお願い事した?」
「いや、俺はいいよ」
今さら願うようなことはなかった。
「そういうお前はどうなんだ?」
「うーん……希望とかじゃないけどさ、来年もその先も俺は誠一の隣にいたい」
そこまで言って、何か引っかかったように首をかしげる。
「いや、いるよ。ってこれじゃ決意かな?」
その様子に思わず吹き出した誠一。
クィーロは決まりが悪そうにむっと口をとがらせ、だけどすぐに同じように腹を抱えて笑っていた。
「それを言うなら、いない未来の方が想像できねーや」
「確かにそうかもね」
おかしくて滲んだ涙を払いながら頷きあう。
彼のそういうところがどれだけ胸に響くことか。
希望も決意もない。
誠一は、そのことを星空にただ感謝した。
星空の下で遊ぶ少女たちを前にシャッターを切ると、陸はどこか満足げに息を吐く。
「りく! りく!! ボクのたからものもキラキラじゃもん! 捕まえた虫とどっちがきれいじゃもん?」
対抗心が芽生えたのだろう。
ポシェットから取り出したビー玉や貝殻の数々と虫かごに入った“かけら”を広げる泉に、彼は子供をあやすように驚いてみせる。
「どちらも負けず劣らずだな。このビー玉なんか、いい勝負じゃないか?」
「おそらといっしょのふかいあお! りくにあげるんじゃもん!」
「おや、いいのか?」
半ば押し付けられるように手渡されたビー玉を、陸は透かし見るように掲げた。
「泉、ちゃぁんと帰る前に離したりよ?」
半ば保護者のように、白藤が言い聞かせる。
泉は元気よく頷き返して、かごの中の虫をもう一度キラキラした目で眺めまわしていた。
「白藤は願い事はしたのか?」
「まだだけど、せやなぁ――」
しばらく思案して、それから悪戯な笑みを浮かべた。
「――ミアの花嫁姿とか?」
「ニャハハ、それはこっちのセリフだニャア」
笑いながら答えたミアに、白藤はとぼけながら肩をすくめる。
「でもまぁ――」
この景色を一緒に見たかった人はいる。
ミアのひとみに“かけら”が映る。
名づけるなら“希望の星空”……?
彼の瞳には、一体どんな想いが色づいているのだろう。
光り輝く“かけら”のように、少しでもそれが見られるならば、これほど望むべきことはない。
「――うちはな、此処におりたいんや」
いつの間にか白藤が隣に立っていて、かろうじて聞こえる声でそう口にした。
飛び交う光の中で視線を交わすと、ふっと笑みがこぼれる。
「好きなだけいてもいいニャスよ?」
「ミア! しーちゃんも! おともだちのあかし! すきなのたべていーんじゃもん!」
あいだに泉が割って入って、ポシェットの中身を押し広げる。
間の良さに2人はもう一度笑いあって、泉のお菓子を1つずつ受け取った。
星の数だけ願いがある。
星の数だけ別れがある。
そして星の数だけ――出会いもあった。
夜を寒いとは感じなくなってきた季節。
街の明かりが乏しいジェオルジの村では、山際に夕日が残る中で空にちらほらと星の輝きが瞬きはじめていた。
「は~い、それでは出発しますよ☆」
集まった顔ぶれを見渡しながら、ルミ・ヘヴンズドア(kz0060)は手にした旗を振りあげる。
陽が落ちても見失わないよう、ぼんやりとした明かりがともったそれに引きつられ、数十名のツアー参加者はぞろぞろと村を出発した。
開かれたイベントである今回のツアーには、観光客の一般人から地元の農民たちの姿。
そして、オフィスでの告知を見たハンターたちもまたその中に。
村の中心に流れる清流を伝うように、傍の農道を歩いていく。
「夜もずいぶん、あたたかいと感じるようになってきましたね」
薄暗い足元に注意をしつつ、ニーロートパラ(ka6990)はエリス・ヘルツェン(ka6723)の一歩前をリードする。
「そうですね。夜にお散歩をするのはなかなかない機会なので、少しドキドキします」
エリスが控えめにほほ笑むと、ニーロはそっと手を差し出した。
「良ければですが。この先、道も次第に悪くなっていくようですし」
「ありがとうございます。では……お言葉に甘えて」
そっと自らの手を重ねると、触れた指先からニーロの体温がほんのりと伝わってくる。
人のぬくもりに胸が熱くなって、小さな唇から柔らかい吐息が漏れた。
「しばらく掛かるようですから無理をせず行きましょう」
「大丈夫です。このくらいなら、私も弱音を吐きませんよ」
エリスが重なった手に力を込めると、ニーロは何も言わずにただ頷き返す。
薄暗がりで表情が見えにくい分、繋いだ手のひらが言葉の架け橋となるかのようだった。
「ほしのかけらって美しいフレーズだなぁ……おそらくは蛍みたいなものなのかな?」
意気揚々と歩く藤堂研司(ka0569)は、まるでカブト狩りに行く少年のように目をらんらんと輝かせている。
それをどこかおかしそうに眺めながら、浅黄 小夜(ka3062)はクスリと笑みを浮かべる。
「小夜さんはお願い事考えた? 流れ星に3回お願いとか、日ごろから覚悟決めてないと難しいよね」
口にしながら研司は道端の草原をガサガサと漁る。
「お兄はん、何してはるん……?」
「えっとね……あっ、あったあった!」
茂みの中から引っこ抜いたのは、青々とした固い葉の先にくるみのようなぽんぽんのついた植物。
「わぁ、これねぎ坊主……なん?」
「土の違いかな、思ったより大きい……」
子供のこぶしほどの大きさに膨らんだ坊主を2つ手にして、1つを小夜へと手渡す。
受け取った小夜は指先で坊主頭をつついて、ふと笑い声をこぼした。
「お爺ちゃん家にもあったなぁ……そっと捕まえよ」
「ようし、腕がなってきた!」
気合を入れながら作ってみせた研司の力がこぶが、応えるように小さくひくつく。
はしゃぐ彼らの後ろを、フワ ハヤテ(ka0004)とリンランディア(ka0488)の2人が比較的のんびりとした足取りで歩いていた。
「今回の旅は長かったな……ハヤテには心配をかけてしまったかな?」
「そんなことはないよ。時間というものは確かに一定の速度で流れるけれど、ボクの体感としてはあっというまだった。そもそも君が旅に出てからというもの、間刻令術を始めとして多くの術式が検討されて――」
火が付いたように身振り手振りを交えて流ちょうに語り始めたハヤテの姿に、初めはしごく真面目に聞いていたリンランディアも、やがて思わずふきだしてしまった。
そこでようやく自分の失態に気づいて、ハヤテはばつが悪そうに帽子を深くかぶりなおす。
「――うん、デート中だったね。反省するよ」
猛省する彼に、リンランディアは笑顔で首を振る。
「変わらないなハヤテは。もちろん語っているときの君も好きだけれど、君が変わってくれずにいることが、なによりもうれしいよ」
「そう……なら、リディの話も聞かせてもらいたいものだね」
2人とも、とくべつ歩くのがおそいというわけではない。
ただ少しでもこの時間を楽しもうと願っていると、自然とその足運びもゆっくりになっていくものだ。
「ルミちゃーん!」
ぱたぱたと駆けていく足音がルミの背後に近づくと、ルナ・レンフィールド(ka1565)はがばりと彼女の背にとびついた。
「わ~、ルナちゃん! 来てたんだ!」
「うん、友達といっしょに。ルミちゃんは元気だった?」
道端で旧友に出会った時のようにキャピキャピとはしゃぐ2人。
軽く近況を報告し合っていると、その足取りに2人の友人たちも追いつく。
「も~、追いつくのに苦労したよ。いきなりかけていくんだもの」
「あはは……ごめんね、つい」
口にしながらもとても怒っている様子ではないアルカ・ブラックウェル(ka0790)に、ルナも苦笑しながら小さく頭を下げる。
「暗くなってきたのだから、あんまり離れたらはぐれてしまうわ」
こっちはちょっとたしなめる口調のエステル・クレティエ(ka3783)だったが、突拍子もない行動よりも単純に迷子になってしまうのを心配しているよう。
「私も小さいころ、森や川の果てまで行こうとして叱られたものだけど……」
「そういうのって、ドキドキワクワクするよね!」
屈託のない笑顔で返したアルカに、エステルは少し恥ずかしそうに頷く。
「この先に星が舞う場所がある――って考えたら素敵ね」
「わー、エステルちゃんロマンチック~。それじゃルミちゃんも楽しんで!」
ルナの言葉にエステルはいっそう恥ずかしそうにしながらも、3人で夜風を感じながら歌を口ずさみ歩いていく。
台風のような3人を見送って、ルミは小さく息をこぼしながらもほんのり笑みを浮かべていた。
「よー、なんだよ。せっかく願い事をしにいこうってのに、ため息ついてちゃ何もかも逃げてっちゃうぜ?」
不意に声を掛けられて、ルミはびくりとその肩を揺らした。
咄嗟に顔を向けると、ジャック・エルギン(ka1522)が「よっ」と手を振り上げて立っていた。
「驚かせないでよ~、びっくりしたなぁもう」
「すまん、そういうつもりはなかったんだ」
頭を掻くジャックに、ルミは「分かってる」と頷き返す。
「そういうエルギンさんは、どんな願い事をするの?」
ルミの問いに、ジャックは腕組み喉を鳴らした。
「ドラゴンに巨人にバケモン。昔ならいくらでも超えたい相手がいたが、今やその願いのその先に進もうとしてる。だから正直、先のことはわかんねぇや」
「確かに……想像の先へと世界は進んでるんですよね」
笑うジャックに、どこか力ない笑顔を返すルミ。
それを見てか見ずにか、彼は輝き始めた夜空の星を見上げていった。
「ま……決意するとしたら、これからも何があっても俺は俺らしく、かね」
「自分らしく、ですか?」
「流されたくはねぇ。そういうのは……つまんねぇしな」
そう口にして、「じゃ、お先」と先を目指すジャック。
その見送る背中が記憶の中の影と重なって、ルミはどこか胸が締め付けられる想いを感じていた。
集団から少し離れた位置を、鳳凰院 流宇(ka1922)がゆったりと歩いていた。
孤立したいわけではなく、普通に歩いていたそうなってしまったというだけの話だが。
自分を見失わないことは大事――そう思いながらも状況に応じるということもまた知っている。
相反する想いの板挟みに、少々頭を悩まされてもいた。
だからこそ前方が僅かに不注意になり、道のど真ん中でしゃがむ人なんて気づかないまま、思いっきり躓いてしまった。
「も、申し訳ありません……っ!」
慌てて頭を下げる流宇。
しゃがんでいた少女――リンカ・エルネージュ(ka1840)は、蹴られた背中をさすりながらも笑って「大丈夫」と手を振っていた。
「こっちこそごめん! ソラにおやつをあげてたから……」
彼女の足元には、砕いたクッキーをついばむ桃色のインコの姿。
「お願い事をしに来たの?」
「は、はい」
立ち上がって、若干食い気味に来るリンカに気おされるように後退る流宇。
「そう、叶うといいねっ」
リンカはそう言ってニコリとほほ笑むと、自分たちを置いていった集団めがけて軽い足取りで駆けて行った。
その後を慌てて追うインコの姿を、流宇はどこか狐につままれたような目で見ていることしかできなかった。
●
しばらく歩いていくと、やがて川幅が大きく膨らんだ、少し開けた場所へと出る。
空はすっかり暗くなって沢山の星が瞬く中、その水面にも光が反射して煌めいているように見えた。
「いや、あれは水面に映った星空じゃないな」
浅生 陸(ka7041)が呟くと、ともにツアーに参加したミア(ka7035)が水面の光を目で追った。
「あの光、動ている……もしかして、あれ全部“ほしのかけら”ニャスか?」
水面の光は、すーっと音もなく滑りながら、瞬くというほどでもなく黄緑色の輝きをつけたり、消したりと明滅を繰り返す。
それが川一帯に、その周りの土手いっぱいに広がって、まさしく星空の中に足を踏み入れたかのような光景が広がっていた。
「ぐんせーち! キラキラのピカピカ!」
泉(ka3737)がキャッキャとはしゃいで、ミアが足を滑らせないようにその手をつなぐ。
みんなで示し合わせて着て来た色とりどりの浴衣が並ぶと、ここがクリムゾンウェストであることを忘れてしまいそうな風景でもあるもの。
「ほんまに蛍みたいや。お尻やのうて、体全体が光ってるのはどういうしくみなんやろ?」
さっそく泉が捕まえた発光虫を、白藤(ka3768)は一緒に見つめている。
“ほしのかけら”は蛍のそれとは違って、堅い甲殻の表面、そのすべてがぼんやりとした輝きを放っているのが特徴だ。
生物学がリアルブルーほど進んでいないこの世界で、その生態はよくわかっていないらしい。
泉はそんなほしのかけらと白藤とを見比べて、こくりと小さく首をかしげる。
「しーちゃんとどっちがキラキラじゃもん?」
「確かに、しーちゃんの浴衣姿はとっても色っぽいニャス」
うっとりするように頷いたミアが同調して、白藤は困った笑みを浮かべながら手をひらひらと振ってみせた。
「せっかくの景色なんやから、うちより周りを見とき? ほら、願い事もせんと」
「これだけいたら、どれかの星はちゃんと願いを聞き届けてくれそうな気にもなるな」
土手に敷いた茣蓙に腰かけながら、陸はのんびりと虫たちを眺めた。
昔、蛍を見にいった記憶はある。
その時の光景をよく思い返せないのは、きっと一緒にいたあの人の横顔ばかりを見ていたからなのかもしれない。
蛍の光が明滅するように、彼女の光も消えてしまった。
だけど、新たに灯った光を今度こそ消しはしない。
だから今宵のこの虫たちの輝きも、決して忘れることはしたくなかった。
「すごいですね。このようなものが、世界に存在していたなんて」
珍しく柔らかい声ではしゃぐメアリ・ロイド(ka6633)に、門垣 源一郎(ka6320)はどこか冷めた様子で頷き返した。
「すみません……無理に連れてきてしまって、退屈でしたか?」
「いや、そういうわけではないのだが」
源一郎は何と答えるべきかしばし思案する。
だが取り繕っても仕方がないと、ありのままを口にした。
「実を言えば、あまりに見慣れた光景でな。何というか……それほど感動を覚えることもないんだ」
洗いざらいを語れるのは、きっとそれだけ心を許せているから。
だが、思惑の外れてしまったメアリは思いつめたように肩をすくめる。
「それは知ってるつもりだったのですが……どうやら私、見当を外してしまったみたいです」
力なく笑うと、源一郎も何も言い返せずにただ彼女から視線を外す。
その横顔を盗み見て、メアリの胸がチクリと痛んだ。
ほしのかけらをうっとりと眺める人たちの中で、蛍狩りに興じる人々もいる。
その1人であるクィーロ・ヴェリル(ka4122)は、釣鐘状の花を片手に飛び回るかけらたちを呼び寄せていた。
「見てよ誠一。こうすると、自然の提灯になるんだよ」
「うお、本当だ。面白いなぁ、これ」
花の中で光る虫は、覗き込んだ神代 誠一(ka2086)の顔を、紫色の花弁ごしにうっすらと辺りを照らし出す。
当然、提灯を持つクィーロの顔もまた暗がりの中に浮かび上がって、誠一はその姿を横目で捉えた。
色違いの揃いの縞浴衣に身を包んで繰り出した今回の参加は、誠一の発案によるものだった。
他意がないと言えばウソになる。
記憶がない彼に、1つでも多くの楽しい思い出を――星に希望も決意も乗せるつもりがない中で、たった1つだけ誠一が願っていたもの。
相棒は楽しめているだろうか。
彼にとっての良き思い出となるのだろうか。
一抹の不安をかき消すように、満天の星空をただ眺めることしかできなかった。
ほしのかけらと、それに見惚れる人々を遠巻きに視界に入れて、トリプルJ(ka6653)は口元に燃える赤い蛍をくゆらせる。
「地上の星ねぇ……星にもいろいろあるからなぁ」
灰に溜まった感傷を紫煙と共に吐き捨てると、目に染みる星空の光を朧雲のように覆い隠した。
「聞いた時から蛍かな、とは思っていたけれど……なかなかどうして、本物を目にすると嬉しさがあるものね」
傍に腰かけていたマリィア・バルデス(ka5848)はしみじみと口にしながら、コッヘルの中で湯気を立てるホットワインに鼻を寄せる。
「うん、良い出来ね。よかったらいかが?」
「ありがたいが、今日は遠慮しとくよ。バーで一緒になりゃ、その時は喜んで奢らせてもらうがな」
「残念。タバコ、ちゃんと灰皿に捨てるのよ?」
マリィアは歩き去るJの背中を見つめながら、味見に一口ワインをすする。
シナモンの香りと共に、あたたかなブドウとほんのりアルコールが胃の中に落ちて、とても心地が良い。
それとは別に、Jはどこか内心穏やかではない様子で、もういちど紫煙を視界いっぱいに吐き捨てた。
同じように、星空のただなかでもどこかさみし気に輝きを眺める瞳があった。
「お1人かね、お嬢さん?」
「あ……エアルドフリスさん」
優しく声を掛けられて振り返ったルミ。
そこにエアルドフリス(ka1856)が立っていて、その陰からはジュード・エアハート(ka0410)がひょこりと顔を出す。
「こっちは1人じゃないよ~って、あ! 別に嫌味言ったつもりじゃないよ!」
「それはフォローになっているのか……?」
慌てて大げさに首を振ったジュードに、エアルドフリスはしかめっ面で目元を覆う。
「元気そうで何よりだが……こっちの方はどうだ?」
口にしながらトントンと自らの胸を指し示す彼に、ルミは歯切れの悪い様子でごまかすように笑い返した。
「ここに処方できる薬はないのでな。あまり気負いすぎるな、と言い添えることくらいしか俺にはできん」
「ありがとう。その気持ちだけで本当にうれしいよ。本当に」
飲み込むように胸元に手を当てて、ルミは小さく頷き返す。
「ところで、ルミさんは今年の夏何したい?」
だから、ジュードの突拍子もない質問に思わず目を白黒させてしまったのも無理はないだろう。
「ほら、海とか、お祭りとか、夏にしかできないこといろいろあるよね!」
「う、う~ん、どうだろ。今年はゆっくりしたいかもな~……なんて」
「返事に困ってるじゃないか……」
窘めるように彼の頭を撫でて、エアルドフリスは少々決まりが悪そうにほほを掻く。
「ま……願いが叶う星空だそうじゃないか。気になることの1つでも呟けば、存外、現実になるかもしれないな」
そう言い残して、ジュードと共に星空の中へと消えていく。
それを見送ったルミは、もう一度胸元に手を当てながら虫たちの奏でる音色に耳を傾けていた。
2人きりになって、“かけら”と共にはしゃぐジュードをエアルドフリスは数歩引いた位置から慈しむように眺める。
だけどぼんやりと沸き起こった疑問に、ふと言葉を添えた。
「さっきの質問に意図はあったのか?」
「ん~ん、そのまんまの意味だよ」
ジュードは上の空ではないが、星空の中でくるくる回りながら話半分に答える。
「俺は難しいこと考えるの苦手だから、世界とか、誰かの未来とか考えることはできないよ」
「なら、何を願う?」
「俺がしたいこと」
きっぱりと、エアルドフリスの目を見ながらほほ笑んだ。
「俺はエアさんと海に行きたいし、お祭りに行きたいし、また向日葵の迷路にも挑戦したい!」
だだをこねるようにそう言って、今度は小首をかしげてみせる。
「そういうエアさんは?」
「戦いは続くが、今年も一緒に過ごす機会が多いといいね」
彼の返事に満足したように、ジュードはにへらと頬をゆるませた。
(そう、戦いが終わったら……その時、何が正しいのだろうな)
一抹の迷いは星の瞬きとなって川に流れる。
川岸にしゃがみながら、水草の上に止まる“かけら”をユメリア(ka7010)はしげしげと眺めていた。
事前に村の人たちからどんな生き物なのか聞いてイメージはしていたが、実際に見てみると、そんなものはすべて吹き飛んでしまいそうだった。
「あれって……」
エステルが光の中に浮かび上がる彼女の姿を見つけて、大きく手を振る。
ユメリアもまたその姿を見つけると、控えめに手を振り返した。
「エステルちゃん、お友達?」
「ええ。お互い、良い星の夜を――って」
ルナにそう答えながら、エステルは星空を反射する水面にうっとりと目を細める。
「2人はもうお願い事した?」
アルカの問いに、ルナとエステルは歯切れのわるい返事を返す。
「そういうアルカちゃんは?」
「な~いしょ! バラしたら効き目きれちゃいそうだしっ」
そうアルカはあっけらかんとして笑う。
「エステルちゃんはほら……あっちの進捗はどうなの?」
ルナがそう尋ねると、エステルは頬を染めて、いっそう歯切れが悪そうにうつむいてしまう。
「そういうルナさんはどうなの?」
「私は……もうちょっと頑張ってみようかな」
星空の中で、ルナはやや曖昧に笑ってみせた。
「未来がどうなっても、私はこの今もずっと続けばいいと願ってるわ。だからそう……私のお願いは、またみんなでこうして“ほしのかけら”を身に来れますように――かな」
そう言って視線は合わせず、だけど迷子防止につないだ2人と繋いだ手にそっと力を込める。
釣られるようにルナもアルカも頷いて、境目のなくなった空と地上の星を眺める。
(2人の恋が成就しますように――)
ひっそりと願ったアルカの願いは、星に届くのだろうか。
「ニーロ様は、まだ強さをお求めですか……?」
星々の下で、エリスは尋ねる。
「はい。強くなりたいという気持ちは変わりません」
ニーロートパラは謙遜なく答えると、決意を秘めた瞳で飛び交う光を眺める。
「だけど、オレが求めるのは守るための強さです。守りたいものを守るために。強くなければできないことですから」
その言葉に、エリスは目を合わせないままどこかさみし気な表情を浮かべる。
だが、すぐに優しい笑みを浮かべると同じように星の姿を捉えた。
「私は……その道を照らせるようになりたいと願います。支えとなれますよう……」
エリスもまた守りたいものがある。
彼らもまた誰かを守りたいのだとしても、そんな彼らをこそエリスは守りたい。
「そう言ってもらえると、なんだかこそばゆいですね……いえ、もちろん嬉しいのです」
そしてそれはとても贅沢なことなのだとニーロートパラは知っている。
星の数だけ願いがあるように、願いの数だけ守るべきものもまたあるのだ。
川沿いの遊歩道を歩いていたハヤテとリンランディアは、どちらともなく次第に会話を潜め、辺りの星々を眺めていた。
「……そういえば、これが初めてのデートだって君は知ってたかい?」
静寂を破るように響いたハヤテの声に、リンランディアはしばし思考を停止したのち、サーッと顔から血の気が引いた。
「少しショックを受けすぎじゃないかな?」
ハヤテがクスクスと笑うと、彼は意識を取り戻すように頭を振る。
「何というか……これじゃ、気が利かないな」
「ボクはキミのそういうところも好ましいと思っているからね」
そうフォローはしてくれたものの、やはり心中穏やかではない。
少しの間思案したのちに、リンランディアはハヤテに向き直った。
「これからは、2人で色々な場所へいこう。きっと君となら――」
そこまで言った彼の手を、ハヤテはそっと取る。
「分かってるよ。ボクだって同じ想いさ」
――どこだって、星のように輝いて見えるだろうさ。
「周りの皆さんの笑顔が、少しでも早く戻りますように」
顔の前で手を合わせながら、流宇は閉じていた瞼をそっと開いた。
まばゆい星々は変わらずそこにある。
それが変わりつつある兄弟たちの姿と重なって、彼女はそう願うことしかできない自分の無力さを痛感する。
「――素敵な願いだと思います」
不意に下から声がして、流宇は飛び上がる。
見ると、すぐ足元にしゃがんで川を眺めるユメリアの姿があった。
風景に溶け込んでしまいそうな彼女に気づかずに、傍へと来てしまったのは流宇の方だった。
やや気まずい中、それと知らずにユメリアはほうと吐息をつく。
「時間は生を鈍感にします。かけら達は、短い生だからこそ時間の大切さを、命の大切さを知っている」
「精一杯生きている、ということですか?」
流宇の問いに、ユメリアは頷く。
「彼らが感じているのは“今”――なら、あなたは“今”何を感じますか」
流宇は口を開きかけながら、言葉を詰まらせる。
「そういうあなたは?」
かろうじて出た言葉に、ユメリアが返したのは小鳥のさえずりのように言い添えた。
「誰かの“今”を、大切にしたいです。それが歌の力ですから」
「よぉ、お前も来てたんだな」
右手を振り上げて挨拶をした先に、土手に腰かけてホットサンドをついばむリンカの姿があった。
「ジャックさ~ん、こんばんわ!」
笑顔を浮かべながらサンドを咀嚼する隣で、マリィアがパーコレーターで沸かしたコーヒーをカップへと注ぐ。
「こんばんわ、あなたもいかが?」
「お~、俺はそっちが良いな」
ジャックの視線がコッヘルに入ったホットワインを捉えたのを見て、マリィアは薄く微笑みながら手に取った。
「ソラがね~、目ざとく見つけたんだよ。おいしそうだから私ももらっちゃった」
その言葉にピクリと反応した桃色のインコが、翼を広げて何かを訴えるようにリンカを見る。
おそらく目ざとく見つけたのはリンカで、おこぼれに預かっていたのはソラなのだろう。
「仲がいいのね」
「だろ? どっちが飼い主か分からねぇくらいだぜ」
美味しそうにサンドを食べるその姿を見れば、少なくとも文句の1つも言う気は失せる。
「流されねぇって、ある意味1つの才能だよなぁ」
「言えてるかも」
しみじみとそんなことを思いつつ、すすったワインはほんのりと甘い香りがした。
川辺の蒸し暑さもあってか、体中にじっとりと汗をかいた研司はすがすがしい表情で小夜のもとへと駆け寄る。
「や、やったよ小夜さん!」
「わぁ……!」
ぼんぼりのように光るネギ坊主を大事そうに掲げると、小夜がほんのり目を見開く。
無粋かと思って「払落しなし」の縛りで捕まえようとしたところ、これがまあ難しい。
苦労した。
とても苦労した。
だからこそやり切った表情で満面の笑みを浮かべた彼に、小夜は思わず吹き出してしまった。
「ごめんなさい……悪気はないんです」
「さ、さて……サヨさん、専用の流れ星だよ」
取り繕うように研司が答えると、小夜は笑ったまま首を横に振る。
「ええんです。願いたいことはあるんやけど、なんだかもう、半分は叶ってるような気もするから。だからこれ以上は贅沢」
それに、本当に叶えたいことは自分の力で成し遂げるべきだから。
「う~ん、じゃ、せっかくだから俺のお願い事を!」
そう言って研司は、果てしない頭上の星空にそれを混ぜるように、ネギ坊主を空高く掲げ上げた。
「いつか、2つの世界と星空に平和を――」
同じように、空の星を眺めるJの姿があった。
彼は小さく舌打ちをして、ふいと視線を落とす。
空も、地上も、目の前の星の瞬きひとつひとつに声が聞こえる。
本来聞こえるはずのない静寂の中。
だけど、あの瞬きのひとつひとつが宇宙で散った命の輝きに重なって、仕方がなかった。
「やだねぇ……いい大人がホームシックかよ」
それは自分への叱咤。
甘えはすべて、タバコの煙と共に夜風に吐き出した。
群生地を散歩しながら、自然と口数が少なくなった。
そもそもおしゃべりではない組み合わせと、僅かばかりの気まずさ。
だからそれを破った源一郎の言葉に、メアリは驚いたように肩を震わせた。
「郷愁がないわけじゃない」
たった一言。
だけど、それが彼にとってどれだけ意義のあることか。
それをわかってメアリは、どこか気恥ずかしそうに頷いた。
伸びた彼女の指先が、源一郎の頬を優しくつつく。
「たまには、そうやって無防備な顔すると良いですよ。でないと皺、眉間に刻まれるしな」
「……善処する」
「善処とか……また難しい顔してんぞ」
今はそれでいい。
その言葉が、気持ちの移り変わりが、メアリにとっては何よりもうれしい。
表情には出さないけれど、わずかな口元の変化を、彼もまた気づいてくれるだろうか。
クィーロのつくったホタル提灯を手に、ゆったりと川辺を歩く。
“かけら”が袋のなかから逃げ出せば、その都度新しい“かけら”を捕まえる繰り返し。
「出会って3年半か……早いもんだな」
そんな悠久にも感じる時間の中だからこそ、そんな言葉が誠一の口から漏れていた。
自分たちもこうやって、時間のことなんて気にせずに、日々を共に過ごしてこれただろうか。
それがどれだけ恵まれたことなのか、彼は理解していた。
「誠一はお願い事した?」
「いや、俺はいいよ」
今さら願うようなことはなかった。
「そういうお前はどうなんだ?」
「うーん……希望とかじゃないけどさ、来年もその先も俺は誠一の隣にいたい」
そこまで言って、何か引っかかったように首をかしげる。
「いや、いるよ。ってこれじゃ決意かな?」
その様子に思わず吹き出した誠一。
クィーロは決まりが悪そうにむっと口をとがらせ、だけどすぐに同じように腹を抱えて笑っていた。
「それを言うなら、いない未来の方が想像できねーや」
「確かにそうかもね」
おかしくて滲んだ涙を払いながら頷きあう。
彼のそういうところがどれだけ胸に響くことか。
希望も決意もない。
誠一は、そのことを星空にただ感謝した。
星空の下で遊ぶ少女たちを前にシャッターを切ると、陸はどこか満足げに息を吐く。
「りく! りく!! ボクのたからものもキラキラじゃもん! 捕まえた虫とどっちがきれいじゃもん?」
対抗心が芽生えたのだろう。
ポシェットから取り出したビー玉や貝殻の数々と虫かごに入った“かけら”を広げる泉に、彼は子供をあやすように驚いてみせる。
「どちらも負けず劣らずだな。このビー玉なんか、いい勝負じゃないか?」
「おそらといっしょのふかいあお! りくにあげるんじゃもん!」
「おや、いいのか?」
半ば押し付けられるように手渡されたビー玉を、陸は透かし見るように掲げた。
「泉、ちゃぁんと帰る前に離したりよ?」
半ば保護者のように、白藤が言い聞かせる。
泉は元気よく頷き返して、かごの中の虫をもう一度キラキラした目で眺めまわしていた。
「白藤は願い事はしたのか?」
「まだだけど、せやなぁ――」
しばらく思案して、それから悪戯な笑みを浮かべた。
「――ミアの花嫁姿とか?」
「ニャハハ、それはこっちのセリフだニャア」
笑いながら答えたミアに、白藤はとぼけながら肩をすくめる。
「でもまぁ――」
この景色を一緒に見たかった人はいる。
ミアのひとみに“かけら”が映る。
名づけるなら“希望の星空”……?
彼の瞳には、一体どんな想いが色づいているのだろう。
光り輝く“かけら”のように、少しでもそれが見られるならば、これほど望むべきことはない。
「――うちはな、此処におりたいんや」
いつの間にか白藤が隣に立っていて、かろうじて聞こえる声でそう口にした。
飛び交う光の中で視線を交わすと、ふっと笑みがこぼれる。
「好きなだけいてもいいニャスよ?」
「ミア! しーちゃんも! おともだちのあかし! すきなのたべていーんじゃもん!」
あいだに泉が割って入って、ポシェットの中身を押し広げる。
間の良さに2人はもう一度笑いあって、泉のお菓子を1つずつ受け取った。
星の数だけ願いがある。
星の数だけ別れがある。
そして星の数だけ――出会いもあった。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/06/25 07:12:35 |