ゲスト
(ka0000)
きぼうをあなたに
マスター:ことね桃

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/06/30 19:00
- 完成日
- 2018/07/16 11:43
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●平穏な日常に這いよる不穏
ここはゾンネンシュトラール帝国帝都にほど近い、とある集落。
「それじゃあ行くけど、ひとりで大丈夫だね?」
「ええ、兄さん。それに昨日お医者様が言っていたわ。外の空気を吸うことも大切だって」
これから仕事へ向かう兄のエレンに妹のメルルが微笑んだ。
かつて彼女は難病におかされた己が身を儚み、自暴自棄となっていた。しかし温泉療養に出かけた際に出会ったハンター達から兄の愛情の深さと「生きる」ことで人に報いる道があることを学び、生気を取り戻している。
エレンは妹の活力に安堵のため息を漏らした。
「そうか、でも無理はしないで。特に西の森には近づかないんだよ。昔の戦争で使われた壕があって、今もたくさんの遺体が眠っているそうだから」
「浄化術とかしていないの?」
「なんでも、入り口が大きな堅い石で塞がっているんだって。入り口周辺は定期的に浄化を施しているし、ハンターに見回りを依頼しているそうだけど、さすがに奥までは入れないからね」
「怖いのね……わかったわ、そちらには行かない」
「ああ。あと、北側の街道沿いで夜に旅人が何人か行方不明になっているって話なんだ。そのうちハンターに巡回に来てもらうそうだけど。とにかく人目につかない場所には行かないこと。それと早めに帰ってくるんだよ?」
真剣な兄の言葉にこくこくと頷くメルル。エレンはその様に安心すると、小さく手を振って新しい職場へと駆けて行った。
●異変
その日、メルルは集落の南側に位置する川辺で風に当たっていた。
初夏の日差しは白い肌には眩しすぎるが、せせらぎにつま先をひたす涼やかさも何とも心地よい。
かつての自分は寝室に閉じこもってばかりで日々の和やかさから目を逸らしていた――それは何ともったいないことだったのだろう。
あるハンターから贈られたお守りのペンダントを胸元から引き出し、メルルはあの日出会った人々へ深く感謝した。
と、その時だ。
東から銃声が響いた。
「……っ!?」
慌てて立ち上がるメルル。遠くから聞こえてくる怒声は獣を追うものだ。
(獣がいるの? 早く帰らないと!)
兄が言っていた、旅人の行方不明事件。もしかしたら凶暴な獣が近くにいるのかもしれないと彼女は戦慄した。
東の道が危険ならば――西側の小道を行くしかない。無数に眠る遺跡は不気味なれど、浄化がされているならば。幽霊など血に飢えた獣に比べれば怖くはない。
メルルは重い脚を引きずるようにして無人の船着き場から離れた。
それから幾何かの時間が流れた。西の森は人の手がさほど加わっていないせいか、見通しが悪い。
荒い息を吐きながら、懸命に歩くメルル。だが無理に早足を続けたせいか、胸が苦しくなりとうとう地面に崩れ落ちてしまった。
(兄さん、ハンター……さん……)
――意識が薄れていく。
ここで私は終わるの? それは嫌――心の中で何度も叫びながら、メルルの瞼は落ちていった。
●奇妙な医者
『しっかりして、お嬢さん』
メルルが再び意識を取り戻したのは、白衣の女性の腕の中でのことだった。
「ん……あなた、は?」
『私はソフィア。帝国の各地を巡って医学を学びながら、僻地の医療に携わっているの』
「お医者様、なんですか?」
メルルはかすむ目を指で擦りながら、目の前の女性の顔を見つめようとした。純白の衣にかかる長い黒髪。不自然に白い肌。真っ赤な唇と、奇妙なほど突き出た犬歯――腐れ落ちる直前の果実のように香り立つ、豊満で整いすぎた美貌。
この人、どこか怖い――怯えるメルルの問いにソフィアが恥じらうように微笑んだ。
『見習いの身だけど、困っている人がいると放っておけないの。さてと、あなたは体が丈夫じゃないのよね? それなら体を楽にする方法を教えてあげる。……さぁ、私の目を見て』
ぬばたまの瞳がメルルを見つめる。メルルはそれを見返してはならないと思った。しかし、体が言うことをきかない。首が動かなくなり、ソフィアの顔をまっすぐに捉える――目を瞑れ、メルルは必死でそう自分の体に言い聞かせようとしたが、瞼が縮み上がったように動かない。逸らそうとした瞳も――正面に向けて、ぐるりと動いた。
(いや、いや……っ!!)
声さえ漏らすことも許されない絶望。しかしソフィアの純粋な黒瞳は――メルルの絶望さえ呑み込んでいった。
●変貌
その後、メルルは何事もなかったかのように帰宅した。
東の森で大熊が退治されたことを近所の住民から聞かされたエレンは妹の安否が気にかかっていたが、拍子抜けするほど明るい表情の妹に安堵する。
「良かった、メルルが無事で……」
「兄さんってば心配症なんだから。それよりも私、素敵なお医者様に出会ったのよ。僻地を巡回しているお医者様でね、倒れそうになった私を助けてくださったの」
「へえ、それはありがたいことだ。ちゃんとお礼を言ったかい?」
「ええ、もちろん。でね、私……そのお医者様の弟子になりたいの。先生は私の病気をすぐに見抜いて、すぐに治療してくださったのよ。誰よりも素晴らしい方なの。だからこれから先生のところに行くわ。今まで本当にありがとう」
妹の溌溂とした声にエレンは我が耳を疑った。妹の表情には一点の曇りもなく、幸せに満ちている。
「メルル、それはどういう意味なのかな。その先生に直接話を聞いてみないと駄目だよ。明日その先生に会わせてよ、じっくり話し合おう」
慌てたエレンがメルルの細い肩を両手で掴み、早口でまくし立てる。この前一緒に精一杯生きていこうと約束したじゃないか、と――すると、その手をメルルが払った。
「兄さんは先生のことを疑っているのね。ひどい人っ!」
苦々しい表情を浮かべたメルルの口角がぐいと下がる。そして――メルルが小さな旋律を口にしながら兄の腕を掴む。――なんとエレンの体が容易く壁に叩きつけられた!
「っ! メルル……!?」
突然の激痛に喘ぐエレンにメルルが寂しそうな目を向けた。
「さよなら」
メルルが扉を開く。悲しげな歌に合わせて駆け出した彼女の脚は病人のものと思えないほど疾く――猫のような身軽さで夜闇に消えた。
●救いを求めて
エレンが全身の痛みに耐えながら馬を駆り、隣町のハンターオフィスに着いたのは十数分後のことだった。
丁度その頃、街路樹の世話を終えてオフィスで一服していたフィー・フローレ(kz0255)が慌てて彼を治療する。
「アナタハ、コノ前ノ!?」
「精霊さん、メルルがおかしくなったんだ。突然、家を出ていくって。会ったばかりの医者の弟子になるんだって、すごい力で僕を投げていって……!」
その時、フィーは嗅ぎとった。エレンの腕に残る痣に、僅かな負のマテリアルの臭いが漂っていることを。
「ハンター二助ケテ貰ワナクチャイケナイミタイネ!」
フィーはエレンにハンターの派遣を依頼するよう伝えると、表に繋いだ馬に乗り全速力で駆け出した。
ここはゾンネンシュトラール帝国帝都にほど近い、とある集落。
「それじゃあ行くけど、ひとりで大丈夫だね?」
「ええ、兄さん。それに昨日お医者様が言っていたわ。外の空気を吸うことも大切だって」
これから仕事へ向かう兄のエレンに妹のメルルが微笑んだ。
かつて彼女は難病におかされた己が身を儚み、自暴自棄となっていた。しかし温泉療養に出かけた際に出会ったハンター達から兄の愛情の深さと「生きる」ことで人に報いる道があることを学び、生気を取り戻している。
エレンは妹の活力に安堵のため息を漏らした。
「そうか、でも無理はしないで。特に西の森には近づかないんだよ。昔の戦争で使われた壕があって、今もたくさんの遺体が眠っているそうだから」
「浄化術とかしていないの?」
「なんでも、入り口が大きな堅い石で塞がっているんだって。入り口周辺は定期的に浄化を施しているし、ハンターに見回りを依頼しているそうだけど、さすがに奥までは入れないからね」
「怖いのね……わかったわ、そちらには行かない」
「ああ。あと、北側の街道沿いで夜に旅人が何人か行方不明になっているって話なんだ。そのうちハンターに巡回に来てもらうそうだけど。とにかく人目につかない場所には行かないこと。それと早めに帰ってくるんだよ?」
真剣な兄の言葉にこくこくと頷くメルル。エレンはその様に安心すると、小さく手を振って新しい職場へと駆けて行った。
●異変
その日、メルルは集落の南側に位置する川辺で風に当たっていた。
初夏の日差しは白い肌には眩しすぎるが、せせらぎにつま先をひたす涼やかさも何とも心地よい。
かつての自分は寝室に閉じこもってばかりで日々の和やかさから目を逸らしていた――それは何ともったいないことだったのだろう。
あるハンターから贈られたお守りのペンダントを胸元から引き出し、メルルはあの日出会った人々へ深く感謝した。
と、その時だ。
東から銃声が響いた。
「……っ!?」
慌てて立ち上がるメルル。遠くから聞こえてくる怒声は獣を追うものだ。
(獣がいるの? 早く帰らないと!)
兄が言っていた、旅人の行方不明事件。もしかしたら凶暴な獣が近くにいるのかもしれないと彼女は戦慄した。
東の道が危険ならば――西側の小道を行くしかない。無数に眠る遺跡は不気味なれど、浄化がされているならば。幽霊など血に飢えた獣に比べれば怖くはない。
メルルは重い脚を引きずるようにして無人の船着き場から離れた。
それから幾何かの時間が流れた。西の森は人の手がさほど加わっていないせいか、見通しが悪い。
荒い息を吐きながら、懸命に歩くメルル。だが無理に早足を続けたせいか、胸が苦しくなりとうとう地面に崩れ落ちてしまった。
(兄さん、ハンター……さん……)
――意識が薄れていく。
ここで私は終わるの? それは嫌――心の中で何度も叫びながら、メルルの瞼は落ちていった。
●奇妙な医者
『しっかりして、お嬢さん』
メルルが再び意識を取り戻したのは、白衣の女性の腕の中でのことだった。
「ん……あなた、は?」
『私はソフィア。帝国の各地を巡って医学を学びながら、僻地の医療に携わっているの』
「お医者様、なんですか?」
メルルはかすむ目を指で擦りながら、目の前の女性の顔を見つめようとした。純白の衣にかかる長い黒髪。不自然に白い肌。真っ赤な唇と、奇妙なほど突き出た犬歯――腐れ落ちる直前の果実のように香り立つ、豊満で整いすぎた美貌。
この人、どこか怖い――怯えるメルルの問いにソフィアが恥じらうように微笑んだ。
『見習いの身だけど、困っている人がいると放っておけないの。さてと、あなたは体が丈夫じゃないのよね? それなら体を楽にする方法を教えてあげる。……さぁ、私の目を見て』
ぬばたまの瞳がメルルを見つめる。メルルはそれを見返してはならないと思った。しかし、体が言うことをきかない。首が動かなくなり、ソフィアの顔をまっすぐに捉える――目を瞑れ、メルルは必死でそう自分の体に言い聞かせようとしたが、瞼が縮み上がったように動かない。逸らそうとした瞳も――正面に向けて、ぐるりと動いた。
(いや、いや……っ!!)
声さえ漏らすことも許されない絶望。しかしソフィアの純粋な黒瞳は――メルルの絶望さえ呑み込んでいった。
●変貌
その後、メルルは何事もなかったかのように帰宅した。
東の森で大熊が退治されたことを近所の住民から聞かされたエレンは妹の安否が気にかかっていたが、拍子抜けするほど明るい表情の妹に安堵する。
「良かった、メルルが無事で……」
「兄さんってば心配症なんだから。それよりも私、素敵なお医者様に出会ったのよ。僻地を巡回しているお医者様でね、倒れそうになった私を助けてくださったの」
「へえ、それはありがたいことだ。ちゃんとお礼を言ったかい?」
「ええ、もちろん。でね、私……そのお医者様の弟子になりたいの。先生は私の病気をすぐに見抜いて、すぐに治療してくださったのよ。誰よりも素晴らしい方なの。だからこれから先生のところに行くわ。今まで本当にありがとう」
妹の溌溂とした声にエレンは我が耳を疑った。妹の表情には一点の曇りもなく、幸せに満ちている。
「メルル、それはどういう意味なのかな。その先生に直接話を聞いてみないと駄目だよ。明日その先生に会わせてよ、じっくり話し合おう」
慌てたエレンがメルルの細い肩を両手で掴み、早口でまくし立てる。この前一緒に精一杯生きていこうと約束したじゃないか、と――すると、その手をメルルが払った。
「兄さんは先生のことを疑っているのね。ひどい人っ!」
苦々しい表情を浮かべたメルルの口角がぐいと下がる。そして――メルルが小さな旋律を口にしながら兄の腕を掴む。――なんとエレンの体が容易く壁に叩きつけられた!
「っ! メルル……!?」
突然の激痛に喘ぐエレンにメルルが寂しそうな目を向けた。
「さよなら」
メルルが扉を開く。悲しげな歌に合わせて駆け出した彼女の脚は病人のものと思えないほど疾く――猫のような身軽さで夜闇に消えた。
●救いを求めて
エレンが全身の痛みに耐えながら馬を駆り、隣町のハンターオフィスに着いたのは十数分後のことだった。
丁度その頃、街路樹の世話を終えてオフィスで一服していたフィー・フローレ(kz0255)が慌てて彼を治療する。
「アナタハ、コノ前ノ!?」
「精霊さん、メルルがおかしくなったんだ。突然、家を出ていくって。会ったばかりの医者の弟子になるんだって、すごい力で僕を投げていって……!」
その時、フィーは嗅ぎとった。エレンの腕に残る痣に、僅かな負のマテリアルの臭いが漂っていることを。
「ハンター二助ケテ貰ワナクチャイケナイミタイネ!」
フィーはエレンにハンターの派遣を依頼するよう伝えると、表に繋いだ馬に乗り全速力で駆け出した。
リプレイ本文
●兄の願い
「皆さん、どうか僕も探索に同行させてください!」
ハンターオフィスで6人のハンターを前に、エレンが悲痛な声を上げた。
濡羽 香墨(ka6760)がその姿に籠手で覆われた拳を小さく震わせる。
(生きるためにって。託したのに。なんで)
彼女はかつてエレンとメルルの支えになればと、守護の力を宿したペンダントをはじめとした贈り物を手渡していたのだ。
その仕草から苛立ちを読み取った澪(ka6002)は言葉を発さない代わりに、香墨の拳をそっと手で包み込んだ。
一方でエレンの同行をはっきりと拒絶する者がいた。星野 ハナ(ka5852)だ。
「エレンさんの気持ちは理解できますがぁ、それはできません~」
「どうしてですか。僕だって夜の森ぐらい平気です!」
顔を赤くして語気を強めるエレン。ハナは臆することなく続けた。
「今回の事件には歪虚が絡んでいる可能性が高いんですぅ。メルルさんが契約者になったのなら、身体能力が急激に上がったことの説明がつきますしねぇ」
「け、契約者?」
「もし歪虚が犯人ならぁ、契約者を作る時ぃ、契約者に死を求めるんですぅ。契約者の心を死で折った上で、殺そうとするんですぅ。もしも貴方が死んだら絶対にメルルさんを助けられなくなりますぅ。何があろうと貴方は自分の命を守ってくださいぃ」
そう言うとハナは予備のトランシーバーをエレンに握らせた。
「これを使えばいつでも連絡が取れますぅ。私達が戻るまでぇ、例えメルルさんを連れた歪虚が来ようとここで隠れて命を?いでくださいぃ。それが今の貴方にしかできない戦いですぅ」
「……僕の、戦い」
小さなトランシーバーを見つめて、自分に言い聞かせるように呟くエレン。ハナが大きく頷くと、彼の両手を握って腰を落とした。深いブラウンの瞳がエレンの瞳をまっすぐ見据える。
「それがどんなに困難に思えても、貴方自身が打ちのめされても、歪虚が私達を頼るなと命じても、絶対エレンさんひとりで解決しようとしないでくださいぃ! 私達を信じて頼ってくださいぃ! 私達は必ず貴方とメルルさんを助けますからぁ」
「……わかりました。皆さん、どうかメルルのことをよろしくお願いします」
ハナの真剣な声にエレンが深く頭を下げる。その瞳から零れた大粒の涙は悔しさか、悲しさか、それとも。
それを見かねたオフィスの職員が「任せておきな」と頼もしく言うとハンター達は救出を誓い合い、街を出立した。
●夜闇の森で
暗闇に包まれた小さな集落。
メルルの一件は既に知れ渡っているようで、住民たちは寄合所に身を寄せていた。
ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)は彼らに聞き込みをするも、ほとんどの住民は日が暮れると家で過ごすためメルルを見かけたものはいないという。そして謎の医師の存在も――知る者はいなかった。
ハナと愛梨(ka5827)は寄合所で譲り受けた地図に線を引き、この周辺地域を9つのエリアに分割すると占いを開始する。
タロットとダウジングを併用して意識を集中するハナの隣で、愛梨も数珠を強く握りしめた。
(どこにいる……?)
かつて愛梨はメルルを励ますために抱きしめた経験がある。その時の儚げな体と確かに感じたぬくもりを思い出しながら数珠を鳴らすと、西に引き寄せられる感覚と月明かりが細く差し込む暗緑色のイメージが脳内に広がった。
「西。おそらくは森ね」
ハナも同じ結果が出たのだろう、小さく頷き地図に並べたタロットを開いていく。
「西に禍、でも北に物事を良くも悪くも進行させる予兆がありますぅ」
「2つの反応? 複数の地域を巡るのなら尚更急がなければならないわね」
意見が合致するなり、すぐさま通信機器で仲間たちに占いの結果を報告する愛梨とハナ。冷静に必要な言葉だけを選ぶ彼女達の存在は先行する仲間達の心強い支えとなった。
ルンルンはエレンから手掛かりとして預かった小袋を愛犬もふらの前に差し出した。
これはメルルが飲んでいた新薬で、花のような独特の匂いが漂っている。エレンは万が一のために、メルルの上着に同じ小袋を縫い付けていたのだ。
「さぁ、もふらちゃん。メルルさんを追跡です。仲の良い兄妹を引き裂くなんて、正義のニンジャとしては許しておけないんだからっ!」
もふらは強い匂いに顔を歪めたが、早速嗅ぎとったのだろう。エレンの家の前でひと鳴きすると西へ向けて走り出す。
「占い通り、西に向かってますね」
占いの結果に感心した様子のルンルンだが、彼女の視覚も大きく秀でており、路上だけでなく道端の草や壁の汚れさえも見逃さない。
もふらが時折匂いを見失ってもルンルンは落ち着いたもので付近の樹皮から小さな足跡を発見し、壁歩きで樹上に登っては軍用双眼鏡で周囲を見渡した。
(メルルさんの動きは新米ハンターと同じくらい。たしかに歪虚が黒幕の可能性が否めませんね。早く見つけてあげなくちゃ)
やがて彼女は木々の中からいくつかの枝が不自然に折れていることに気がついた。まさか足取りを隠すために樹上を経由したのか?
「もふらちゃん、あっちの方に行ってみましょう!」
木の下で従順に待機するもふらに声をかけると、ルンルンはふわりとそのしなやかな身体を宙に躍らせた。
(様子がおかしい女の子と謎の医者か……嫌な予感しかしない。早く見つけないとね!)
テンシ・アガート(ka0589)は西の森に侵入した時点で自身に野生動物の霊を降ろすと、嗅覚を獣と同等にまで引き上げた。たちまち夏特有の湿気と青臭さを含んだ森の匂いが彼の鼻を刺激する。
(操られているとはいえ人間の体ってのは変わらないはず。この気温なら汗をかきやすいかな)
テンシが鼻先に意識を集中させると、微かに甘酸っぱい匂いを感じ取った。匂いのもとになっているものは――暗闇の中に落ちていた、瑞々しい葉がついている枝だ。
(西はあまり人の出入りがないっていう話だったよね。ハンターの巡回もご無沙汰になっているのなら……)
確信を得たテンシは自転車のライトで小道を照らすと、ペダルを大きく踏み込んだ。
澪と香墨もまた、西の森に踏み込んでいた。
(メルル……無事でいて)
馬上の澪は手綱を握る手に力が籠っていることに気づいた。そこで馬に負担をかけすぎないよう力を緩めながら周囲を見回す。
(逃げているのなら道を選ばず、それこそ茂みに入っている可能性もある。枝や樹皮に衣服の繊維や不自然な傷が残っているかもしれない)
時折魔導スマートフォンで暗がりを照らしながら慎重に進む。
香墨も想いは同じで、路地裏生活で学んだ知識をもとに人の隠れやすい場所を意識しながら探索するも――兜から時折漏れる吐息に焦りが滲んでいた。
その時だ。ふたりの周りに甘い香りのマテリアルが流れたのは。
「澪、香墨! 来テクレタノネ!」
ふたりの背後から、鼻にかかった甲高い声が響く。そこには馬に乗った精霊フィー・フローレ(kz0255)がいた。
「フィー。良かった、無事に会えた」
香墨の声が僅かに和らぐ。
続いて澪がフィーの前に歩み出た。
「久しぶり。フィーは私達より先にこの森に来ていたんでしょ? 何か変わったことがなかった?」
「此処カラ先ハ負ノマテリアルトメルルノ匂イガスルノ。最初旧イ壕デ溜マッタ物ト思ッタケド……自然二集マッタ物トハ思エナイグライ強クッテ。私、怖クナッテ……」
「ううん、気にしないで。ここから先は私達と一緒に行こ。メルルを助けて、皆で一緒に帰るの」
しょんぼりするフィーの頭を澪がくしゃくしゃと撫でる。
一方、香墨は通信機器で他のハンター達へ自分たちのいるポイントとフィーの示した負のマテリアルの集まったポイントを伝えた。
すると地図を所有する愛梨が苦く呟く。
「そこは……開拓時代の壕、だね。遺体が今も沢山埋まっているという」
覚悟していたことといえど、厳しい声にハンター達は無意識に各々の得物へ手をかけた。
●甦る死者
「雑魔が次々と出現するなんて、本格的に歪虚が関わってるって事だね!」
腰に据えたトランシーバーに届く複数の接敵報告。
テンシもまたゾンビと遭遇し、スペルフェアリー「ナシート」にファミリアアタックを発動させた。魔力を帯びたナシートはまるで弾丸の如く突進し、敵の胸に大きな穴を穿つ。倒れたゾンビへテンシはすぐさま駆け寄った。
(大きな損傷のない姿……この人は北の街道で起きた行方不明事件の?)
彼は躊躇うことなくゾンビの腕をとった。
(もし歪虚が行方不明事件の犯人で、メルルさんを操っているとするなら。この人も歪虚に精神を支配されていたかもしれない。それなら生前の記憶に歪虚の姿が強烈に焼き付いているはず!)
霊闘士としての力を解放し、深淵の声の力で死者の声に耳を傾ける。すると『いらない』という低い声とともに白衣の女が旅人に牙を突き立てる――2秒程度の映像がテンシの頭に浮かんで、消えた。
(……吸血鬼だ。でも「いらない」って、どういう意味? それに精神支配を受けた様子もない。人間を何かの基準で選別しているのかな?)
気にかかることばかりだが、知性を失ったゾンビから多くの情報を引き出すのは不可能だろう。テンシは哀れな遺体を地に横たえると森の奥地へ向けて再び走り出した。
「ルンルン忍法戌三全集陣っ!!」
アンデッドの群れに道を阻まれたルンルンは高らかにこう叫ぶと、カードバインダーの装着された腕を高く掲げた。
繊細な腕から放たれた光の結界が容赦なくアンデッド達を焼き尽くしていく。しかしルンルンの顔からは緊迫の色が薄れることはない。
「ここから先はノンストップで行かなくちゃです、もふらちゃん!」
主の声にガウ、と応じるもふら。幸い徘徊するアンデッドは強くないようだ。地形を利用して遭遇の機会を減らせば目的地に達することは難しくない。
ルンルンは再び壁歩きを発動させると、まるでリアルブルーの時代劇に登場する忍びのごとく木々の合間を跳んだ。
フィーが語ったポイントにまっすぐに向かう澪と香墨が負のマテリアルの気配に反応する。
「歪虚が近くに、いる。気をつけて」
澪はこう言うと静かに刀を抜いた。同じく杖を構えようとした香墨に澪が言う。
「私が香墨を守る。香墨、捜索に集中して」
「……わかった、澪。フィー、メルルを頑張って見つけよう」
「ウン! 匂イガ強クナッテキテル。キットモウスグ!」
フィーが黒い鼻を鳴らして駆ける。香墨も耳を澄ませ、エレンが聞いたというメルルの歌声を何とか捉えようと心がけた。足元は草深く、足跡を明瞭に視界へ収めることは難しい。それでも――それでも!
そこに旧い時代の甲冑を纏ったスケルトンが襲い掛かってきた!
たちまちフィーが悲鳴を上げ、香墨が体を強張らせる。しかしその凶手がふたりに振り下ろされることはなかった。
「香墨の邪魔はさせない!」
澪の刃がスケルトンの体を腰からふたつにへし折っていたのだ。
「澪、ありがと」
「ううん、私達、友達だから。当たり前」
「ん。私も。澪は大事」
澪と香墨が凛々しい表情の中に、淡いはにかみを見せる。――だが丁度そこで、ふたりの視界の端に大きな白いものが映った。
「ね、見て。大きな岩が割れて。石の壁が」
香墨が壕の入り口をそっと指で示す。たしか西の森の壕は大きな石で封じられていたはずだ。フィーが怯えながらも何とか口を開いた。
「中カラ負ノ匂イガスル。……メルルノ匂イモスルヨ」
「そう。道理で旧いアンデッドがいるわけ。それなら、行くしかない」
澪と香墨は頷きあうと通信機器を手に仲間達へ連絡を始めた。
●再会、そして別れ
ハンター一行が集合し、壕に侵入するまでさほど時間はかからなかった。
もとより探索する地域を絞り込み適切に情報を収集したのだから、この結果は必然だったと言えよう。
しかしこの空間に漂う負のマテリアルは濃密だ。皆の表情はかたい。
光ひとつ差し込まぬ壕に漂う黴と血の匂い。時折地面が窪んでいるのはここから死者たちが甦ったという証か。
一行はハナが持参したLEDライトや各自所有するスマートフォンの灯りを頼りに警戒を続けながら歩みを進める。
(メルル、ここにいるのでしょう? 返事をして)
縋るような思いで、愛梨が生命感知を発動させる。ここを住処とする動物など存在しないだろう、ならばと。
すると愛梨の左前方から「ほっ」と小さいぬくもりが伝わってきた。
「メルル! そこにいるのね!」
「……っ」
愛梨の叫びに小さく空気が震えた。
「帰ろ。メルル。エレンが待ってる」
澪が続く。そして香墨が暗闇に躊躇なく飛び込むと、そこにいる者の腕を掴んだ。
「私達が必ず助けるから、信じて」
「……駄目なんです。私、先生のお手伝いをしないと。先生は私が必要なんだって……嫌、嫌なのに!」
メルルが泣き出しそうな顔で返事をすると嫌な空気が重みを増した。――地面からアンデッドが次々と姿を現したのだ。
「さっきので終わりじゃないんですかぁ!」
ハナが唇を噛みしめて符を指に挟んだ。すぐさま強烈な光の結界を作り出し、アンデッドを焼き払っていく。
「邪魔させません、お覚悟っ!!」
ルンルンも風雷陣を発動させ、スケルトンをまとめて粉砕してみせる。
しかし次の瞬間、メルルの背後の壁がぐらりと崩れて巨大な腕の骨が現れた。不意をつかれた香墨の手がはじかれると、メルルが壁の向こうに引っ張り込まれていく。
「ああ、嫌ぁあああっ!」
「メルル! くっ……私達を信じて待っていて! 必ず、必ず助けてあげるからっ!!」
愛梨は消えゆく声に何度も叫んだ。地中から幾度となく現れるアンデッド達に何度傷つけられようとも、符を放ち、駆けて、叫んで、何度も何度も。
――その後、アンデッドを殲滅した一行はメルルを求めて壕の奥まで探索をしたが、最奥は北の街道に面した洞窟に繋がっていた。
「逃げられたね。あの巨大な骨も歪虚の使いなら、メルルさんは無事だろうけど」
テンシはこう呟いたきり、大きな瞳を伏せてしまった。今のところエレンに何の異変も起こっていない状況ばかりが救いだ。
打ちひしがれながらフィーの治療を受けるハンター達。そのさなか、香墨が口を開いた。
「これ。メルルがいなくなる直前に。私の足元に落とした本」
彼女の手には泥まみれになった帳面がある。どうやらある医師見習いの研究記録らしいが、難解な言葉ばかりで率直に理解することは難しそうだ。
「香墨、オフィスでその本を確認してもらお。メルルが苦しみながらも残したものだもの、意味があるはず」
澪の声に愛梨も苦く微笑んだ。
「そうだね、今はきっとこれが頼みの綱。それにエレンに話を聞かないといけないことも、あるかもしれないしね」
――こうしてハンター一行は一冊の本を手にオフィスへ帰投するのだった。
「皆さん、どうか僕も探索に同行させてください!」
ハンターオフィスで6人のハンターを前に、エレンが悲痛な声を上げた。
濡羽 香墨(ka6760)がその姿に籠手で覆われた拳を小さく震わせる。
(生きるためにって。託したのに。なんで)
彼女はかつてエレンとメルルの支えになればと、守護の力を宿したペンダントをはじめとした贈り物を手渡していたのだ。
その仕草から苛立ちを読み取った澪(ka6002)は言葉を発さない代わりに、香墨の拳をそっと手で包み込んだ。
一方でエレンの同行をはっきりと拒絶する者がいた。星野 ハナ(ka5852)だ。
「エレンさんの気持ちは理解できますがぁ、それはできません~」
「どうしてですか。僕だって夜の森ぐらい平気です!」
顔を赤くして語気を強めるエレン。ハナは臆することなく続けた。
「今回の事件には歪虚が絡んでいる可能性が高いんですぅ。メルルさんが契約者になったのなら、身体能力が急激に上がったことの説明がつきますしねぇ」
「け、契約者?」
「もし歪虚が犯人ならぁ、契約者を作る時ぃ、契約者に死を求めるんですぅ。契約者の心を死で折った上で、殺そうとするんですぅ。もしも貴方が死んだら絶対にメルルさんを助けられなくなりますぅ。何があろうと貴方は自分の命を守ってくださいぃ」
そう言うとハナは予備のトランシーバーをエレンに握らせた。
「これを使えばいつでも連絡が取れますぅ。私達が戻るまでぇ、例えメルルさんを連れた歪虚が来ようとここで隠れて命を?いでくださいぃ。それが今の貴方にしかできない戦いですぅ」
「……僕の、戦い」
小さなトランシーバーを見つめて、自分に言い聞かせるように呟くエレン。ハナが大きく頷くと、彼の両手を握って腰を落とした。深いブラウンの瞳がエレンの瞳をまっすぐ見据える。
「それがどんなに困難に思えても、貴方自身が打ちのめされても、歪虚が私達を頼るなと命じても、絶対エレンさんひとりで解決しようとしないでくださいぃ! 私達を信じて頼ってくださいぃ! 私達は必ず貴方とメルルさんを助けますからぁ」
「……わかりました。皆さん、どうかメルルのことをよろしくお願いします」
ハナの真剣な声にエレンが深く頭を下げる。その瞳から零れた大粒の涙は悔しさか、悲しさか、それとも。
それを見かねたオフィスの職員が「任せておきな」と頼もしく言うとハンター達は救出を誓い合い、街を出立した。
●夜闇の森で
暗闇に包まれた小さな集落。
メルルの一件は既に知れ渡っているようで、住民たちは寄合所に身を寄せていた。
ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)は彼らに聞き込みをするも、ほとんどの住民は日が暮れると家で過ごすためメルルを見かけたものはいないという。そして謎の医師の存在も――知る者はいなかった。
ハナと愛梨(ka5827)は寄合所で譲り受けた地図に線を引き、この周辺地域を9つのエリアに分割すると占いを開始する。
タロットとダウジングを併用して意識を集中するハナの隣で、愛梨も数珠を強く握りしめた。
(どこにいる……?)
かつて愛梨はメルルを励ますために抱きしめた経験がある。その時の儚げな体と確かに感じたぬくもりを思い出しながら数珠を鳴らすと、西に引き寄せられる感覚と月明かりが細く差し込む暗緑色のイメージが脳内に広がった。
「西。おそらくは森ね」
ハナも同じ結果が出たのだろう、小さく頷き地図に並べたタロットを開いていく。
「西に禍、でも北に物事を良くも悪くも進行させる予兆がありますぅ」
「2つの反応? 複数の地域を巡るのなら尚更急がなければならないわね」
意見が合致するなり、すぐさま通信機器で仲間たちに占いの結果を報告する愛梨とハナ。冷静に必要な言葉だけを選ぶ彼女達の存在は先行する仲間達の心強い支えとなった。
ルンルンはエレンから手掛かりとして預かった小袋を愛犬もふらの前に差し出した。
これはメルルが飲んでいた新薬で、花のような独特の匂いが漂っている。エレンは万が一のために、メルルの上着に同じ小袋を縫い付けていたのだ。
「さぁ、もふらちゃん。メルルさんを追跡です。仲の良い兄妹を引き裂くなんて、正義のニンジャとしては許しておけないんだからっ!」
もふらは強い匂いに顔を歪めたが、早速嗅ぎとったのだろう。エレンの家の前でひと鳴きすると西へ向けて走り出す。
「占い通り、西に向かってますね」
占いの結果に感心した様子のルンルンだが、彼女の視覚も大きく秀でており、路上だけでなく道端の草や壁の汚れさえも見逃さない。
もふらが時折匂いを見失ってもルンルンは落ち着いたもので付近の樹皮から小さな足跡を発見し、壁歩きで樹上に登っては軍用双眼鏡で周囲を見渡した。
(メルルさんの動きは新米ハンターと同じくらい。たしかに歪虚が黒幕の可能性が否めませんね。早く見つけてあげなくちゃ)
やがて彼女は木々の中からいくつかの枝が不自然に折れていることに気がついた。まさか足取りを隠すために樹上を経由したのか?
「もふらちゃん、あっちの方に行ってみましょう!」
木の下で従順に待機するもふらに声をかけると、ルンルンはふわりとそのしなやかな身体を宙に躍らせた。
(様子がおかしい女の子と謎の医者か……嫌な予感しかしない。早く見つけないとね!)
テンシ・アガート(ka0589)は西の森に侵入した時点で自身に野生動物の霊を降ろすと、嗅覚を獣と同等にまで引き上げた。たちまち夏特有の湿気と青臭さを含んだ森の匂いが彼の鼻を刺激する。
(操られているとはいえ人間の体ってのは変わらないはず。この気温なら汗をかきやすいかな)
テンシが鼻先に意識を集中させると、微かに甘酸っぱい匂いを感じ取った。匂いのもとになっているものは――暗闇の中に落ちていた、瑞々しい葉がついている枝だ。
(西はあまり人の出入りがないっていう話だったよね。ハンターの巡回もご無沙汰になっているのなら……)
確信を得たテンシは自転車のライトで小道を照らすと、ペダルを大きく踏み込んだ。
澪と香墨もまた、西の森に踏み込んでいた。
(メルル……無事でいて)
馬上の澪は手綱を握る手に力が籠っていることに気づいた。そこで馬に負担をかけすぎないよう力を緩めながら周囲を見回す。
(逃げているのなら道を選ばず、それこそ茂みに入っている可能性もある。枝や樹皮に衣服の繊維や不自然な傷が残っているかもしれない)
時折魔導スマートフォンで暗がりを照らしながら慎重に進む。
香墨も想いは同じで、路地裏生活で学んだ知識をもとに人の隠れやすい場所を意識しながら探索するも――兜から時折漏れる吐息に焦りが滲んでいた。
その時だ。ふたりの周りに甘い香りのマテリアルが流れたのは。
「澪、香墨! 来テクレタノネ!」
ふたりの背後から、鼻にかかった甲高い声が響く。そこには馬に乗った精霊フィー・フローレ(kz0255)がいた。
「フィー。良かった、無事に会えた」
香墨の声が僅かに和らぐ。
続いて澪がフィーの前に歩み出た。
「久しぶり。フィーは私達より先にこの森に来ていたんでしょ? 何か変わったことがなかった?」
「此処カラ先ハ負ノマテリアルトメルルノ匂イガスルノ。最初旧イ壕デ溜マッタ物ト思ッタケド……自然二集マッタ物トハ思エナイグライ強クッテ。私、怖クナッテ……」
「ううん、気にしないで。ここから先は私達と一緒に行こ。メルルを助けて、皆で一緒に帰るの」
しょんぼりするフィーの頭を澪がくしゃくしゃと撫でる。
一方、香墨は通信機器で他のハンター達へ自分たちのいるポイントとフィーの示した負のマテリアルの集まったポイントを伝えた。
すると地図を所有する愛梨が苦く呟く。
「そこは……開拓時代の壕、だね。遺体が今も沢山埋まっているという」
覚悟していたことといえど、厳しい声にハンター達は無意識に各々の得物へ手をかけた。
●甦る死者
「雑魔が次々と出現するなんて、本格的に歪虚が関わってるって事だね!」
腰に据えたトランシーバーに届く複数の接敵報告。
テンシもまたゾンビと遭遇し、スペルフェアリー「ナシート」にファミリアアタックを発動させた。魔力を帯びたナシートはまるで弾丸の如く突進し、敵の胸に大きな穴を穿つ。倒れたゾンビへテンシはすぐさま駆け寄った。
(大きな損傷のない姿……この人は北の街道で起きた行方不明事件の?)
彼は躊躇うことなくゾンビの腕をとった。
(もし歪虚が行方不明事件の犯人で、メルルさんを操っているとするなら。この人も歪虚に精神を支配されていたかもしれない。それなら生前の記憶に歪虚の姿が強烈に焼き付いているはず!)
霊闘士としての力を解放し、深淵の声の力で死者の声に耳を傾ける。すると『いらない』という低い声とともに白衣の女が旅人に牙を突き立てる――2秒程度の映像がテンシの頭に浮かんで、消えた。
(……吸血鬼だ。でも「いらない」って、どういう意味? それに精神支配を受けた様子もない。人間を何かの基準で選別しているのかな?)
気にかかることばかりだが、知性を失ったゾンビから多くの情報を引き出すのは不可能だろう。テンシは哀れな遺体を地に横たえると森の奥地へ向けて再び走り出した。
「ルンルン忍法戌三全集陣っ!!」
アンデッドの群れに道を阻まれたルンルンは高らかにこう叫ぶと、カードバインダーの装着された腕を高く掲げた。
繊細な腕から放たれた光の結界が容赦なくアンデッド達を焼き尽くしていく。しかしルンルンの顔からは緊迫の色が薄れることはない。
「ここから先はノンストップで行かなくちゃです、もふらちゃん!」
主の声にガウ、と応じるもふら。幸い徘徊するアンデッドは強くないようだ。地形を利用して遭遇の機会を減らせば目的地に達することは難しくない。
ルンルンは再び壁歩きを発動させると、まるでリアルブルーの時代劇に登場する忍びのごとく木々の合間を跳んだ。
フィーが語ったポイントにまっすぐに向かう澪と香墨が負のマテリアルの気配に反応する。
「歪虚が近くに、いる。気をつけて」
澪はこう言うと静かに刀を抜いた。同じく杖を構えようとした香墨に澪が言う。
「私が香墨を守る。香墨、捜索に集中して」
「……わかった、澪。フィー、メルルを頑張って見つけよう」
「ウン! 匂イガ強クナッテキテル。キットモウスグ!」
フィーが黒い鼻を鳴らして駆ける。香墨も耳を澄ませ、エレンが聞いたというメルルの歌声を何とか捉えようと心がけた。足元は草深く、足跡を明瞭に視界へ収めることは難しい。それでも――それでも!
そこに旧い時代の甲冑を纏ったスケルトンが襲い掛かってきた!
たちまちフィーが悲鳴を上げ、香墨が体を強張らせる。しかしその凶手がふたりに振り下ろされることはなかった。
「香墨の邪魔はさせない!」
澪の刃がスケルトンの体を腰からふたつにへし折っていたのだ。
「澪、ありがと」
「ううん、私達、友達だから。当たり前」
「ん。私も。澪は大事」
澪と香墨が凛々しい表情の中に、淡いはにかみを見せる。――だが丁度そこで、ふたりの視界の端に大きな白いものが映った。
「ね、見て。大きな岩が割れて。石の壁が」
香墨が壕の入り口をそっと指で示す。たしか西の森の壕は大きな石で封じられていたはずだ。フィーが怯えながらも何とか口を開いた。
「中カラ負ノ匂イガスル。……メルルノ匂イモスルヨ」
「そう。道理で旧いアンデッドがいるわけ。それなら、行くしかない」
澪と香墨は頷きあうと通信機器を手に仲間達へ連絡を始めた。
●再会、そして別れ
ハンター一行が集合し、壕に侵入するまでさほど時間はかからなかった。
もとより探索する地域を絞り込み適切に情報を収集したのだから、この結果は必然だったと言えよう。
しかしこの空間に漂う負のマテリアルは濃密だ。皆の表情はかたい。
光ひとつ差し込まぬ壕に漂う黴と血の匂い。時折地面が窪んでいるのはここから死者たちが甦ったという証か。
一行はハナが持参したLEDライトや各自所有するスマートフォンの灯りを頼りに警戒を続けながら歩みを進める。
(メルル、ここにいるのでしょう? 返事をして)
縋るような思いで、愛梨が生命感知を発動させる。ここを住処とする動物など存在しないだろう、ならばと。
すると愛梨の左前方から「ほっ」と小さいぬくもりが伝わってきた。
「メルル! そこにいるのね!」
「……っ」
愛梨の叫びに小さく空気が震えた。
「帰ろ。メルル。エレンが待ってる」
澪が続く。そして香墨が暗闇に躊躇なく飛び込むと、そこにいる者の腕を掴んだ。
「私達が必ず助けるから、信じて」
「……駄目なんです。私、先生のお手伝いをしないと。先生は私が必要なんだって……嫌、嫌なのに!」
メルルが泣き出しそうな顔で返事をすると嫌な空気が重みを増した。――地面からアンデッドが次々と姿を現したのだ。
「さっきので終わりじゃないんですかぁ!」
ハナが唇を噛みしめて符を指に挟んだ。すぐさま強烈な光の結界を作り出し、アンデッドを焼き払っていく。
「邪魔させません、お覚悟っ!!」
ルンルンも風雷陣を発動させ、スケルトンをまとめて粉砕してみせる。
しかし次の瞬間、メルルの背後の壁がぐらりと崩れて巨大な腕の骨が現れた。不意をつかれた香墨の手がはじかれると、メルルが壁の向こうに引っ張り込まれていく。
「ああ、嫌ぁあああっ!」
「メルル! くっ……私達を信じて待っていて! 必ず、必ず助けてあげるからっ!!」
愛梨は消えゆく声に何度も叫んだ。地中から幾度となく現れるアンデッド達に何度傷つけられようとも、符を放ち、駆けて、叫んで、何度も何度も。
――その後、アンデッドを殲滅した一行はメルルを求めて壕の奥まで探索をしたが、最奥は北の街道に面した洞窟に繋がっていた。
「逃げられたね。あの巨大な骨も歪虚の使いなら、メルルさんは無事だろうけど」
テンシはこう呟いたきり、大きな瞳を伏せてしまった。今のところエレンに何の異変も起こっていない状況ばかりが救いだ。
打ちひしがれながらフィーの治療を受けるハンター達。そのさなか、香墨が口を開いた。
「これ。メルルがいなくなる直前に。私の足元に落とした本」
彼女の手には泥まみれになった帳面がある。どうやらある医師見習いの研究記録らしいが、難解な言葉ばかりで率直に理解することは難しそうだ。
「香墨、オフィスでその本を確認してもらお。メルルが苦しみながらも残したものだもの、意味があるはず」
澪の声に愛梨も苦く微笑んだ。
「そうだね、今はきっとこれが頼みの綱。それにエレンに話を聞かないといけないことも、あるかもしれないしね」
――こうしてハンター一行は一冊の本を手にオフィスへ帰投するのだった。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 テンシ・アガート(ka0589) 人間(リアルブルー)|18才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2018/06/30 18:12:43 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/06/29 12:51:27 |