ゲスト
(ka0000)
【羽冠】失望の世界
マスター:赤山優牙

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 8日
- 締切
- 2018/07/02 22:00
- 完成日
- 2018/07/17 21:06
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
王都を襲った傲慢歪虚の唐突な出現。
紡伎 希(kz0174)が立ち寄った王都内のハンターオフィスでも大事にならない訳がない。
今でも職員達は膨大な書類の処理に追われていた。
「……」
そんな中、紡伎 希(kz0174)は冷静な表情でモニターを見つめていた。
ミュールと名乗った幼い少女は『傲慢の王に最も近い存在』と言った。
つまり、ミュールの近くには、傲慢王が居るという事だ。きっと、七眷属の王の中の一体という事だろう。
それがどれ程の実力の持ち主なのかというのは、他の歪虚王を見ればすぐに分かる。
王国が滅亡してしまう可能性もある程に……それでも、希は別の事を考えていた。
「どんなに敵が強くても、それだけで、人は全員が絶望したりしない……だけど……」
蘇る記憶は幼い頃の苦しい日々。
暴言はもとより、殴る蹴るの暴行は日常茶飯事だった。
食事も水も摂る事を許されない日もあった。
なによりも、自分が『人』として認められていなかった。名前すら無かった。
「本当の絶望は、きっと、私達、人間が作り出してる……」
もし、自分がネル・ベル(kz0082)と出会っていなければ。
多くのハンターに救われていなければ――。
「私も貴女のようになっていたのでしょうか」
モニターに映っている幼い少女に向かって、希は呟いた。
傲慢王イヴに最も近い存在と名乗る堕落者。
オキナの推測によると、傲慢王と幼い少女の関係は、傲慢――アイテルカイト――の勢力に大きな影響を与えたという。
ベリアルの側近が幼い少女の姿をした歪虚だった事。主であったネル・ベルが自分を従者にしたのも、無関係では無かったはずだ。
「知らないといけない気がするのです。あの少女が絶望に至った経緯を」
前回の調査で直接、ミュールの情報は得られなかったが、幾つかの推測は可能だった。
それらの推測を合わせた結果、ミュールが居たとされる村を壊滅させたのは傲慢王ではないかと仮定した。
あの少女がどこかの建物の地下に居た事も分かっている。
今回は前回得られた情報とこれまでの推測を重ねてライブラリに入る事になる。
「本当は私も行きたい所ですが……皆様に託します」
依頼の為、部屋に入ってきたハンター達に向かって、希はそう告げたのであった。
●
相変わらず、村の周囲の風景は異質であった。
村から遠く離れる事は出来ない事、遠くの風景の一部は割れて漆黒の世界が見えている事。
これらは記録が不完全な為だ。
そして、その原因となっていると考えられるのが、強力な傲慢歪虚による襲撃であった。
「対峙したハンターは、歴戦の強者でしたが、敵の方が強かったです」
希が視線を落としながら、前回の様子を伝える。
傲慢歪虚は【強制】や【懲罰】を使ってきた。その強度もかなりのものだ。
「村に到着する時間、状況に変わりはありません……ただ、ライブラリの中に、前回の情報と推測を入力した事により、ライブラリ内の状況に変化があるかもしれません」
具体的には、村を壊滅へと追いやった存在がハッキリとしたかもしれないという事だ。
もっとも、ライブラリの情報が常に正しいとも限らない事を考えると、出現した傲慢歪虚が、現実、その強さである保証はない。
「……それでも、情報を確認できる意味は大きいと思います。ハンターの皆様には、村を襲った災厄を確認、傲慢歪虚の力量を測っていただきたいと思います」
“また”ライブラリ内で死亡する可能性が高いが、これもハンター達の仕事という事だ。
次に希は別の資料を取り出した。
「ミュールという少女が壊滅した村の地下から姿を現したのを、前回の依頼では確認しています。どこに少女が居たのか、それを突き止めたいと思います」
確定しているのは、酒場ではないという事だ。
全員が資料を確認した所で、希は声を落とした。
「……これは、あまり推奨する所ではありませんが……少女を探し出すため、現実的にはあり得ない手段を使ったとしても、私は仕方ない事だと考えています」
普段であれば、ハンター達の活動には常識的な制限がある。
犯罪まがいな行為は本来、決して認められるところではない。
だが、虐待や迫害されている可能性がある少女を救う、その情報を得るという意味でライブラリ内に入る以上、際どい行動も、特別に容認されるようだ。
もちろん、ライブラリだからといっても、あらゆる行動が認められる……という訳ではないだろうが。
「この辺りのバランス感覚については、皆様にお任せするしかありません」
もし……とんでもない行動を起こすハンターが居たとしても、心の中に留めておこうと思う希であった。
王都を襲った傲慢歪虚の唐突な出現。
紡伎 希(kz0174)が立ち寄った王都内のハンターオフィスでも大事にならない訳がない。
今でも職員達は膨大な書類の処理に追われていた。
「……」
そんな中、紡伎 希(kz0174)は冷静な表情でモニターを見つめていた。
ミュールと名乗った幼い少女は『傲慢の王に最も近い存在』と言った。
つまり、ミュールの近くには、傲慢王が居るという事だ。きっと、七眷属の王の中の一体という事だろう。
それがどれ程の実力の持ち主なのかというのは、他の歪虚王を見ればすぐに分かる。
王国が滅亡してしまう可能性もある程に……それでも、希は別の事を考えていた。
「どんなに敵が強くても、それだけで、人は全員が絶望したりしない……だけど……」
蘇る記憶は幼い頃の苦しい日々。
暴言はもとより、殴る蹴るの暴行は日常茶飯事だった。
食事も水も摂る事を許されない日もあった。
なによりも、自分が『人』として認められていなかった。名前すら無かった。
「本当の絶望は、きっと、私達、人間が作り出してる……」
もし、自分がネル・ベル(kz0082)と出会っていなければ。
多くのハンターに救われていなければ――。
「私も貴女のようになっていたのでしょうか」
モニターに映っている幼い少女に向かって、希は呟いた。
傲慢王イヴに最も近い存在と名乗る堕落者。
オキナの推測によると、傲慢王と幼い少女の関係は、傲慢――アイテルカイト――の勢力に大きな影響を与えたという。
ベリアルの側近が幼い少女の姿をした歪虚だった事。主であったネル・ベルが自分を従者にしたのも、無関係では無かったはずだ。
「知らないといけない気がするのです。あの少女が絶望に至った経緯を」
前回の調査で直接、ミュールの情報は得られなかったが、幾つかの推測は可能だった。
それらの推測を合わせた結果、ミュールが居たとされる村を壊滅させたのは傲慢王ではないかと仮定した。
あの少女がどこかの建物の地下に居た事も分かっている。
今回は前回得られた情報とこれまでの推測を重ねてライブラリに入る事になる。
「本当は私も行きたい所ですが……皆様に託します」
依頼の為、部屋に入ってきたハンター達に向かって、希はそう告げたのであった。
●
相変わらず、村の周囲の風景は異質であった。
村から遠く離れる事は出来ない事、遠くの風景の一部は割れて漆黒の世界が見えている事。
これらは記録が不完全な為だ。
そして、その原因となっていると考えられるのが、強力な傲慢歪虚による襲撃であった。
「対峙したハンターは、歴戦の強者でしたが、敵の方が強かったです」
希が視線を落としながら、前回の様子を伝える。
傲慢歪虚は【強制】や【懲罰】を使ってきた。その強度もかなりのものだ。
「村に到着する時間、状況に変わりはありません……ただ、ライブラリの中に、前回の情報と推測を入力した事により、ライブラリ内の状況に変化があるかもしれません」
具体的には、村を壊滅へと追いやった存在がハッキリとしたかもしれないという事だ。
もっとも、ライブラリの情報が常に正しいとも限らない事を考えると、出現した傲慢歪虚が、現実、その強さである保証はない。
「……それでも、情報を確認できる意味は大きいと思います。ハンターの皆様には、村を襲った災厄を確認、傲慢歪虚の力量を測っていただきたいと思います」
“また”ライブラリ内で死亡する可能性が高いが、これもハンター達の仕事という事だ。
次に希は別の資料を取り出した。
「ミュールという少女が壊滅した村の地下から姿を現したのを、前回の依頼では確認しています。どこに少女が居たのか、それを突き止めたいと思います」
確定しているのは、酒場ではないという事だ。
全員が資料を確認した所で、希は声を落とした。
「……これは、あまり推奨する所ではありませんが……少女を探し出すため、現実的にはあり得ない手段を使ったとしても、私は仕方ない事だと考えています」
普段であれば、ハンター達の活動には常識的な制限がある。
犯罪まがいな行為は本来、決して認められるところではない。
だが、虐待や迫害されている可能性がある少女を救う、その情報を得るという意味でライブラリ内に入る以上、際どい行動も、特別に容認されるようだ。
もちろん、ライブラリだからといっても、あらゆる行動が認められる……という訳ではないだろうが。
「この辺りのバランス感覚については、皆様にお任せするしかありません」
もし……とんでもない行動を起こすハンターが居たとしても、心の中に留めておこうと思う希であった。
リプレイ本文
●ライブラリ再び
片田舎に一軒しかない酒場は唐突な旅人のおかげで、大いに賑わっていた。
鵤(ka3319)が座るテーブルに次々と運ばれてくる酒と料理。
無駄な注文ではない。これも大事なアピールになるのだ。羽振りの良さを周囲に見せつける。
ライブラリ上の事であるので、“実際に”お金が消費される訳もなく、酒にありつけるのだ。これほど有り難い事は無い。
「これは……なかなかの逸品だねぇ」
舌鼓を打ちつつ、周囲の客にも酒を振る舞う。
その様子を星輝 Amhran(ka0724)が何も言わず、ただ口元をキュッとして見つめる。
星輝は鵤の隣に立っていたが、料理には手を付けていない。彼女の目の前にあるのは水が入ったコップと硬いパンのみ。
(上手いことイスカに紐付いて割り込みダイブに成功したわけじゃが……)
心の中でそう呟きながら、哀しみを帯びた瞳で酒場内を見渡す。
何人かの仲間らの姿を見つけるが、星輝の目的とは別であった。
(演技は得意じゃが……酒も食事も満足に取れんとはな……)
時折、料理に視線を向ける。見た事のない郷土料理は実に美味しそうであった。
思わず、演技にも力が入るというものだ。
「ほら、あっちの客に酒を持っていけ」
「……分かりました。ご主人様」
鵤の命令に、丁寧に答える星輝。
星輝が華奢で小柄な薄幸な奴隷娘を演じているのは、ある目的があった。
それは、村の中で行われている人身売買の情報を集める為だ。前回の調査の時、あるハンターはその話をする村人と接触したからだ。
まだ動きは見えない。警戒されているのか、村の中の仲介役が姿を見せていないだけか。
ハンス・ラインフェルト(ka6750)はカウンターで酒を飲みつつ、仲間の行動を視界の中に入れていた。
(村の忌み子は地下又は地下牢に押し込められている……それは前回の観察で大体、見当がついている事)
子供が現れた場所の近辺の家、又は村長なら村で起きている事を把握している筈であるとハンスは推測していた。
となれば、早い話、怪しいと思う村人を片っ端から強引に口を割らせれば、そのうち、真相には辿り着けるだろう。
(ただまあ、私でも率先してやりたいとは思いませんし……)
トンっと空になったグラスをカウンターに置く。
それを店主が取りくると、ハンスは話し掛けた。
「暫くフラフラ遊んでいたのですが、そろそろまた傭兵稼業に戻ろうかと思いましてね。最近、何か面白そうな話はありませんか」
「そうだな~。この辺りには何も無いからな」
苦笑を浮かべる店主にハンスは「そうか」と返し、酒代をカウンターに置くと聖罰刃を手にして立ち上がる。
郷土料理や特産品から村の情報となるのもの集めようとしたが、このライブラリ上で、新たに得られる情報は無かった。
となると、彼に出来るのは後一つだ。
前回の調査時、夜更けに村は強大な存在に襲われた。その方角は判明しているので、一足先に向かうつもりなのだ。
酒場を出ていくハンスと瀬崎・統夜(ka5046)が黙ったまますれ違う。
瀬崎は酒場の中を見渡し――アイシュリング(ka2787)のテーブルで空いている席に座る。
「お疲れさま……その様子だと……」
アイシュリングが果物の盛られた皿を差し出しながら言った。
ミュールの情報を村の中で探していた瀬崎だが、有効な情報は得られなかったのだろうと分かったからだ。
「同情は多くもらえたが……後は“災厄”を見届けるさ」
居なくなった妹を探しているという事で、瀬崎はミュールの外見的な特徴を当てはめて調査していた。
しかし、村人の中に知っている者は居なかった。
前回の調査時も聞き取りを行ったハンターは居たが、やはり、その線からの情報は得られなかった。
という事は、一般的にはミュールという少女を村人らは存在から知らないという事だ。
「店主の言動を見る限り……人身売買については、知らないみたいよ」
「やはり、特定の村人だけが行っている事か」
コクンとアイシュリングは頷く。
「前回の調査時、村長は怪しげな反応を見せていたわ」
ミュールという少女が壊滅した村に姿を現した場所は、おおよそ、村長の家の辺りだった。
「村長宅が最も怪しいのよね……他の家にも、同じような境遇の子がいないか、見てみるつもり」
「それで、それを広げていたのか」
テーブルの上には地図のようなものが広げられていた。今回は学者という事で地下情報を探していた彼女が酒場の店主から借りたものだった。
それは、この村の地下に広がるという空洞を記したものである。
前回の調査時、アイシュリングが酒場の店主に案内された空洞も記してあった。
「地下室があるなら、そこに閉じ込められている可能性もあると思ってる」
「なるほど。地下から探すのも手か……なら、俺は高い所から見ているか」
これからの方向性が決まった事で、瀬崎は腹ごしらえの為に、果物に手を伸ばした。
村で一際大きい建物の場所を確認しつつ、アティニュス(ka4735)は聞き取りを行っていた。
前回、ミュールという名の少女が現れたのは、やはり、村長の家に間違いないだろう。
「君達に少し、訊いてもいいかしら?」
広場の片隅で集まって遊んでいた子供達に彼女は話し掛ける。
大人から得られる情報は見ず知らずの相手には限られてしまうからだ。
「村長は良い人だ」「結婚した奥さんを病気で亡くして可哀想だった」とか、その程度だった。
だが、子供達は素直な分、何か知っているのではないか……そう、アティニュスは思っていた。
「この辺りで怖い話って聞かない?」
「あー。あれだよ!」
「あの幽霊の話?」
子供達がざわめく。そういう話に興味がある年頃なのだろうか。
「夜中に女の子が泣き叫ぶ声を聞いたって話。でも、どこにもその女の子はいなくて……」
「……女の子の幽霊ね。それは怖いわね」
そう答えながら、アティニュスは村長の家へと視線を向けたのだった。
●囮捜査
村長の屋敷に鵤と星輝はやって来た。
酒場で奴隷の買い付けの話を出したら、こっそりと話を繋げた村人が来たのだ。なんでも、村長の親戚らしい。
「……いらっしゃいませ」
裏口が開かれ、恰幅が良い体形をしている中年の男が現れた。
前回の調査でこの男が村長であるというのは分かっている。
案内されたのは質素な個室であった。防音を気にしてか、厚みのある壁のようにも見えた。
「最近、仕入れがぼちぼちでねぇ。ミュールとかあればいーい感じなんだけどぉ。居るのかい?」
ニヤリと口元を緩めながら鵤が言う。
そんな鵤の斜め後ろに立つ星輝は、部屋の中を注意深く観察していた。
(この殺風景な部屋はなんじゃ。窓すらない上に……音漏れしにくくしておるの)
拭き取り損ねたのだろうか。壁や床には血痕のようなものも残っている。
「おたくらは余計な食い扶持が減る、おっさんは商品を得る。お互いイイ取引が出来ると思うのよねぇ?」
「買い取りには条件がある」
「なんだい? さすがに、相場以上を要求されてもダメよぉ」
親指と人差し指で輪を作る鵤。
見事な演技力というか、演技しているのだろうかという程の自然体だ。
一方、そんな事は気がつかず、村長は星輝に指を向ける。
「その奴隷みたいに村の中で自由にさせるのはダメだ。夜中のうちには出て行ってくれ」
「はーん……まぁ、余計な詮索はよしましょ」
「それでは金額は――」
そう言いかけた時、年配の女性が険しい表情で部屋に入ってきた。
村長の母親である事は前回の調査で判明している。母親は息子である村長の耳元で小さく呟いた。
星輝の耳がピクリと動いた。その内容が僅かに聞こえたからだ。
(旅の巫女が訪れたとなると……イスカとヴァイスじゃな)
タイミング的には絶妙だっただろう。
村長が困った顔となった。咳払いを一つしてから、鵤に告げる。
「来客なので、少々、お待ちになって下さい」
「どうぞぉ~」
手をひらひらさせながら、鵤は壁の背もたれに寄り掛かったのだった。
旅の巫女として客間に通されていたのはUisca Amhran(ka0754)とヴァイス(ka0364)だった。
仲間達からミュールの存在について、人身売買が村長宅で行われると連絡は既に受けている。後は相手の出方次第だろう。
「……という事で、泊まる場所を探している。せめて、巫女様だけでも泊まれるでしょうか」
巫女の護衛役であるヴァイスが尋ねた。
それに対し、村長は申し訳なさそうな顔をした。
「申し訳ない。ちょうど、来客がありまして、部屋に空きがないのです。村の中で探して頂ければと」
「そうですか……残念です」
落胆した様子を見せたヴァイスに代わり、Uiscaが部屋の隅にある遊戯盤を指差す。
「あの遊戯盤は村長さんがされるのですか?」
「……あれは、病死した家内の形見です。私はちっとも分からないのですが」
「そうだったのですね。失礼致しました」
「いえいえ! それでは、玄関までお送りします」
村長から明らかに急いでいるような様子を感じられる。
Uiscaとヴァイスは視線を合わすと頷き合った。玄関の外に出たら、鵤と星輝からの連絡を待って、突入するつもりなのだ。
村長が部屋に戻って来た。若干、青い顔をしており、鵤は思わず吹き出しそうになった。
人身売買のタイミングで旅の巫女が来るのだ。心臓に悪かっただろうか。
「お帰りぃ~。で、商談の続きなんだけどぉ」
「悪いが、厄介なのが村に来た。商談は無しだ」
「ふ~ん。そぉ、じゃ、しょうがないねぇ」
チラっと視線を星輝に目配せする。
その意図に気が付いた星輝は無造作に髪留めと飾りを兼ねていたワイヤーを引き抜くと素早い手の返しで、村長宅に案内してきた村長の親族を捕らえる。
「な、なにを!?」
「悪いねぇ、仕事なのよぉ」
狼狽える村長を尻目に、村長の母親に対して、鵤は容赦なく銃弾を叩き込んだ。
悲鳴を上げながら何度か跳ねるように崩れ落ちる年配の女性。
「い、命だけは~。あんなのは勝手に連れてって構わんから~」
「……もう少し骨のある所が見たかったのう」
土下座して謝る村長に、冷めた視線を向ける星輝。
同時に伝話を取り出す。村長宅の制圧は思ったよりも簡単だった。
もっとも、それはライブラリに入る前から分かり切っていた事だ。大事なのはここからだ……。
●“傲慢王イヴ”
一方、その頃ハンスは村郊外へと足を運んでいた。
ある一定以上先には行けない事は前回の調査で別のハンターが調べていたが、調べた影響の為か、進める先は広がっていた。
それでも変わらず遠くの風景は“割れて”可笑しな事になっているのだが。
「おでましですか」
風景の一角、割れている箇所から闇の光が激しく放たれる。
幾枚ものガラスが割れるような音と共に、漆黒の靄が現れた。
「……傲慢歪虚は一体ですか……」
聖罰刃を正眼に構える。
漆黒の靄から感じられるのは圧倒的な負のマテリアルだった。
「この力……メフィストすらも越える……歪虚王にも匹敵するか」
「……人間か」
靄が驚くほどの速さで集束すると“少年の様な姿をした歪虚”となった。
豪華絢爛と質実剛健――相反する矛盾を併せ持ったような装飾が成された服か、あるいは鎧のようなものに包まれた少年。
その顔付きは整い過ぎて、まるでステントグラスに描かれた肖像画のように、高貴さを漂わせていた。
「歪虚王か?」
「人間如きに答えるつもりは無いが……俺の前に立つ勇気を認め、答えてやろう。貴様の言葉通りだ」
つまり……傲慢の力を持った歪虚王――傲慢王なのだろう。
ゴクリとハンスは唾を飲み込んだ。この少年の様な姿をしたのが傲慢王と言うのだ。
高位の傲慢歪虚であった羊のベリアルや蜘蛛のメフィストは、人間の姿をしていなかった。
だが、この傲慢王は少年の姿だった。【変容】で本来の姿を隠している可能性も無くもないが……姿を隠す理由は、少なくとも、今はないはずだ。
「語る必要はない。参る!」
斬りつけるよりも早く、傲慢王が手を挙げた。
直後、無数の闇の鎖がハンスに襲い掛かる。
「この程度なら!」
避ける事は叶わなかったが、聖罰刃を振って受け払う。
だが、それだけで全てを防ぐ事は出来なかった。身体の至る所に闇の鎖が突き刺さるが、それでもハンスは走り続けた。
マテリアルの桜吹雪が舞う中、彼の渾身の一刀は確かに、傲慢王に届く――と思われた。
「頭が高い」
それは剣と言うには形容しがたい武器が傲慢王に届くはずだった聖罰刃を受け止めていたのだ。
二本の刀身の間を赤黒い光が妖滅しており、なにより、傲慢王は直接、剣を握っていなかった。袖口から延びる鎖のようなもので繋がっているだけで“浮いて”いる。
「ふはははは! 届く――とでも思ったか? この俺を前にしてその傲慢、悪くはないがその対価は命より重いと知れ」
「くっ……ッ!」
身構えた直後、圧倒的な負のマテリアルがハンスを包み込む。
傲慢歪虚特有の能力【強制】だ。その力に抵抗できなければ、命じられたままに行動を起こしてしまう。
「その村を襲え」
必死に耐えていたハンスだったが、圧倒的な力量さの前に構えていた聖罰刃を降ろす。
そして、彼は村へと歩き出したのであった。
●ミュールとハンター
村長の母親と親戚は縛って部屋に転がした所で、連絡を受けてUiscaとヴァイスが飛び込んで来た。
「あぁ! 巫女様、どうかお助け下さい。盗賊が現れて!」
背中に鵤の銃が突き付けられながら、村長がそんな事を叫ぶ。
「……ミュールがいるのは確実なのか?」
「確実じゃ」
もはや奴隷娘と演技する必要もなくなったので、窮屈だった台詞回しから解放された星輝が肩を回しながらヴァイスの問いに答えた。
まるで氷かと思うような表情でUiscaが村長に近付く。
「人身売買を“私達”は許しません」
「う、売るつもりなんてなかったのです。あれは災厄を呼ぶ不吉なる取り替え子なのです!」
良い訳をするように村長は早口で説明をする。
亡き妻から生まれた子は、髪も瞳も両親や親族と全く違った。
昔からの決まりで、そうした子は魔物と取り替えられたと信じられ、生まれてすぐに殺してしまう事が多かったという。
しかし、妻が庇った為、殺すこともできずに家の中で閉じ込めて育った。やがて、妻が病死すると……。
「魔物を体内から追い出す為の儀式を繰り返したのですが……」
「その儀式というのは?」
Uiscaの追及に村長は目を逸らしながら、途切れ途切れに答えた。
「突き刺したり、切りき――」
その言葉は最後まで続かなかった。
村長は襟をヴァイスに掴まれ、壁に打ち付けられたからだ。
「――恥を知れ!!」
怒りに満ちた叫びだけで、相手を窒息させる事も出来るような、そんな勢いだった。
彼はこれでも怒りを抑えたつもりだ。殴り殺さなかったのは、ハンターとしての誇りがあるからだろうか。
倉庫を兼ねた地下室の一角、牢屋のように格子で塞がれた隅に、その子は居た。
「だ、だれ?」
酷く怯えているように見える。
栗梅色の髪はボウボウに伸び放題で、茶色の瞳には力なく虚ろだった。
「ミュールちゃんだね」
Uiscaが優し気な言葉で問いかけると、幼い少女――ミュール(kz0259)――は頷く。
格子を力づくでヴァイスが破壊すると、素早く星輝が中に入り、大きめのタオルを掛ける。
(……酷い傷じゃな。明らかに虐待されていたようじゃの)
衣服もボロボロであり、首や腕、脚には切り傷刺し傷、痣でいっぱいだった。
星輝は視線を周囲に向けた。格子で区切られた隅以外に人が居る気配はない。
「出られそうかいなぁ? おっさんには息苦しいのよぉ」
倉庫に何があるか分からない状態では流石に煙草を安易に吸えない。
ここは幼い少女の為にも、一刻も早く外に出たい所ではある。
しかし、ミュールは首を横に振った。
「ミュールが、ここから出ると、怒られるから……それに、もう……どうでもいいから……」
小刻みに震える幼い少女をUiscaは優しく抱き締める。
「この世界に絶望してるの……?」
「……」
少女から返事は無かった。
その代わりに声を上げて泣き出した。鼓膜を突き破って脳に直接響いてくるような、そんな泣き声だった。
Uiscaは抱き締める腕に力を込めた。
「どんなに絶望的な状況でも、希望を持ち続ける人もいるってこと覚えておいて……行こう、ミュールちゃん。私達と一緒に」
尋問で答えた村長の話によると、ほぼ毎日、ミュールに“儀式”を行っていたらしい。
それは少女の実の父である村長だけではなく、村長の母親や親戚も行う事があったという。
泣き続けながら頷いたミュールは涙を拭うとUiscaから離れ、隅っこに駆け寄った。
「この子も一緒に連れて行っていい?」
少女が大事そうに手に乗せたのは、黄金虫のような昆虫だった。
倉庫に迷い込んだのだろうか。孤独な少女にとっては大切な“友達”だったのかもしれない。
「……良いよ。その子も一緒に行きましょう」
こうして、一行は格子から出る。
後は安全な場所までミュールを連れていけばいい。
ライブラリとはいえ、絶望の水底に沈んだ一人の少女を救えた事は大きな意味があるはずだ。
「今度は襲撃みたいねぇ」
伝話を片手に外の仲間からの連絡を受け取った鵤が告げた。
「まだ襲撃時間ではないはずだが……」
ヴァイスが首を傾げる。
「ライブラリに干渉した結果なのかのぉ?」
「誰か、他に観察者がいるのでしょうか?」
星輝とUiscaも疑問の声を上げた。
前回の調査時、村を襲った傲慢歪虚は夜更けになってからだった。幾ら何でも早すぎる。
伝話の通信状況を確認しながら鵤が言った。
「地上の様子を確認してから、出た方が良いかもしれないよぉ」
「ごめんね、ミュールちゃん。すぐに戻ってくるから」
少女を保護したところではあるが、外には強力な傲慢歪虚が来ている可能性があるのだ。ここは慎重になるだろう。
「はい」
頷いた少女にハンター達はお互いに顔を見合わすと、申し合わせたように地上へと走るのであった。
●襲撃
村人が逃げ惑う。その背中を容赦なく斬り裂いているのは、ハンスだった。
彼が傲慢王よりも一足先に襲撃してきたのだ。ハンターの呼び掛けに応じて動きを止めない所を見るに、【強制】に掛かっているのは容易に想像できた。
「仕方ないか。俺がハンスを何とかしよう」
瀬崎が魔導銃を背負いながら民家の壁を登る。
大分と予定とは違うが村が大混乱に陥っているのは確かな事だ。
「私は地下へ行ってくるわ」
「避難誘導しつつ、地下室のある家を探して回るとするわ」
アイシュリングとアティニュスが言った。
村の中にミュールと同じ存在が居ないか確認するには、むしろ、ちょうどいいかもしれない。
「……無理はしないで。【強制】を掛けた歪虚が、きっと、見ているはずだから」
「あぁ、アイシュリング達も気をつけてな」
物静かなマギステルのエルフの忠告に応える瀬崎。
正直言うと“これからやらなければいけない事”を、二人の女性には見せたくないというのもあった。
屋根に上がると絶妙な狙撃位置に素早く移動する。
「悪いが、恨みっこなしだ……【強制】に関しては、おまえだって、良く分かっていた事だろう」
嫌な記憶を思い出しながら、照準をハンスに合わせた。
無差別に村人に斬りかかっているのはライブラリ上とはいえ、気分が良いものではない。
仲間の到着を待って無力化するのが一番なのかもしれない……だが、それはリスクが大きい。
確りと狙いをつける瀬崎。外せば、向かってくる可能性もあるかもしれない。もちろん、近接戦となれば不利なのは必至だ。
「……そこだ!」
刀を大きく振り上げた瞬間、瀬崎がマテリアルを込めた銃弾を放つ。
一度、ハンスの身体を貫いた弾丸は再び彼に襲い掛かり、頭蓋を直撃した。
その場に崩れ落ちたハンスを確認しつつ、瀬崎は魔導銃を背負うと、次の狙撃ポイントに向かって屋根の上を走り出した。
襲撃者の知らせは瞬く間に村の中に広がった。
村人らに避難を指示しながら、アティニュスが幾つかの家の中を確認した後、村長の家に近い家の中をザっと確認する。
「逃げ遅れた人は……」
どさくさに紛れてという訳ではないか、そういう何かの“理由”がないと、彼女は無法に走れない性分のようだ。
「地下の探索はアイシュリングさんに任せます」
「分かったわ」
アイシュリングは酒場で手に入れた地下地図を手に家の中に入っていった。
地下室を探し出すのは骨が折れるかもしれないが、仕方ない事だ。
「私はヴァイスさん達と合流してきます」
【強制】に掛かった仲間の為に、予定が大幅にズレている気もしないが、ある意味、これで良かったのかもしれない。
前回の襲撃時は成す術もなく、広範囲強制を受けて避難する間も調べる事も出来なかったのだから。
アティニュスが家の外に出たタイミングで、村長の家の玄関から、仲間のハンター達がちょうど出てきた。
「もう襲撃なのか?」
険しい表情でヴァイスが訊ねてきたのを、首を横に振って否定した。
「先に傲慢歪虚と接触したハンスさんが、【強制】を受けたようです」
「なるほどねぇ~」
両肩を竦める鵤。
結果的に村人達の早期の避難に繋がった事にはなる。
これから、強大な敵と戦う事を考えれば、戦闘の邪魔になる村人達が居なくなったのは、ありがたい。
「よし、やるかのう」
パンパンと自身の頬を叩いて気合を入れる星輝。
星輝は傲慢歪虚と戦い続けてきた。だからこそ、気を付けなければならない事は身に染みて分かっている。
「最大限に援護しますが……相手はきっと、ベリアルやメフィスト以上です。心して挑みましょう」
Uiscaの忠告に全員が頷いた。
恐らく、全員が死亡するかもしれない。だが、それでもやらなければならないのだ。
●絶望の過去と未来に挑む
村の入口付近にその歪虚は居た。
前回調査時漆黒の靄に包まれていたが、どうやら、今回は観測できそうだ。
「傲慢の王……かの?」
油断なく身構えながら星輝が尋ねた、
対して少年の姿をした歪虚は不敵な雰囲気を発しながらハンター達を一瞥する。
「その通りだと答えておこう。愚かな人間共よ、俺を失望させるなよ」
余興と言わんばかりの態度を取りつつ、傲慢王は特殊な形状の剣を出現させた。
無造作に一振りすると、負のマテリアルの刃が宙を走り、家の一つを粉砕する。
「【強制】だけではなく【懲罰】や瞬間移動も注意です」
アイデアル・ソングを歌いながら、Uiscaは傲慢歪虚との戦いを思い出す。
最大限に気を付けなければならないのは、【強制】による戦線崩壊だろう。その次に【懲罰】や瞬間移動だ。いずれも強力な能力である。
ましてや、相手は傲慢王だ。計り知れない強度を持っているはず。
「なるほど。俺の前に立つだけの自信はあるという事か。エルフの女よ」
「傲慢――アイテルカイト――とは縁があったもので」
爽やかに返事をしたUiscaの横で、鵤が煙草を咥えつつ、自身のマテリアルを仲間に掛けていく。
ニコチンパワーの注入ではなく、ちゃんとした機導師のスキルだ。
「それじゃ、頑張ってねえ」
「ありがとう。でも、どこまでやれるか分からないけど」
日本刀を構えたアティニュスが振り返らずに言うと、手にマテリアルを込める。
直後、傲慢王が居る空間一体に斬撃が繰り出された。
傲慢王は避けるともしなかった。ダメージのうちに入らないという事なのだろうか。
「最大火力で奴に仕掛けてみるから援護を頼む……【懲罰】などの反撃で退場することになるかもしれないが、後は任せたぜ」
ヴァイスが大鎌を構えると同時に、凄まじい程の紅蓮のオーラに包まれる。
今持てる、最大火力での一撃を放つ為だ。
傲慢王は仕掛けてくる様子には見えない。あるいは、人間如きがどんな攻撃を放ってくるのか興味があるのかもしれない。
ヴァイスから発せられたマテリアルが波動となって傲慢王に到達する。動きを鈍らせる力を持つ波動だが、効かなかったようだ。
「いくぞ!」
赤きの炎に黒き光が混じり、ヴァイスが振りかぶった一撃は強力無比なものとなった。
傲慢王は何事も無かったかのように受けようとした時だった。傲慢王の袖口から延びている鎖にワイヤーが巻き付いた。
「これが油断じゃぞ、傲慢王!」
星輝が疾影士としての力を発揮し、相手の認識外からワイヤーで攻撃したのだ。
もっとも、その試みが成功したのは、大きな攻撃を繰り出そうと目立ったヴァイスのおかげもあるのだが。
剣を引き戻すのが一瞬、遅れた事で、ヴァイスの強力な一撃が傲慢王の肩に突き刺さった。
「油断? 違うな。貴様らの攻撃は全て無意味という事だ」
「手応えはあった。何度でも打ち込むだけだ!」
鎌の刃先を引き戻し、再びマテリアルを練るヴァイス。
「俺がそれを許すと?」
傲慢王が左腕を掲げた。
指先に浮かび上がるのは幾つもの炎の塊。生き物のようにうねりながら、その数を増す。
刹那、放たれたその炎はハンターも含め周囲の建物すらも衝撃で破壊する。
「おいおい、おっさんに無理させるんじゃねえよ?」
痛みに耐えながらも前線を支えるヴァイスに回復エネルギーを発射する鵤。
恐るべき力量に、民家の屋根から援護射撃を撃とうとしていた瀬崎は苦笑を浮かべた。
照準し直しという事ではない。このライブラリ上で得られている情報の重さに、だ。
「最後まで生き足掻いてやる」
崩れ落ちる屋根の上で体勢を整える。
傲慢――アイテルカイト――は本気を出さない。余程の事でない限り人間相手に力を出し切らないのだ。
もし目の前の存在も同様であれば……本気を出さない状態で既に熟練のハンターを圧倒している状況だ。
傲慢王がちょっと本気を出せば、それこそ、一体で国を滅ぼせるかもしれない。
「死ね」
淡々と告げた【強制】。範囲は狭かったが、その分、強力であった。
アイデアル・ソングがあってしても辛うじて抵抗できたのはヴァイスとUiscaの二人だけ。
ワイヤーを首に巻き付け窒息する星輝と、煙草の代わりに銃口を口に咥えた鵤。
アティニュスは傲慢王を巻き込む形で次元斬を放つ。【強制】に掛かった状態では意図的には出来ないが……舞刀士の意地というべきか。
「うぉぉぉぉ!」
雄叫びを発し、ヴァイスが突撃するが、無数という表現では足りない程の漆黒の刃が彼を貫く。
「最後まで守ります!」
Uiscaが創り出した防御壁が辛うじて間に合い、緩衝となった為、致命傷にはならなかった。
それでも、次、ダメージを受ければ危ないだろう。
「避けられるならやってみろ!」
最後一発となった弾丸にマテリアルを込めて瀬崎が銃撃を放った。
その特別な一撃はヴァイスの攻撃を避けようとした傲慢王の胴体に直撃する。
絶妙なタイミングに繰り出されるヴァイスの大鎌。
「……なに!?」
丸い盾のような何かが突然、大鎌の軌道に出現して、いとも簡単に受け止めたのだ。
傲慢王は剣で大鎌を持った戦士を振り払いつつ、二度目となる炎の爆発を周囲に発生させる。
猛烈な炎の中でヴァイスとUiscaが灰と化す中、衝撃で屋根から落ちた瀬崎は建物の残骸が盾となり、生き延びた。
瀬崎はレンガや土に埋もれて身動きが取れない状態のまま、辛うじて視界の中に映った傲慢王を見つめる。
「通り掛かりの余興としては楽しめたぞ」
傲慢王は確かにそう言い放つと、何事も無かったかのように、再び歩き出す。
それを見届けながら、瀬崎の意識は現実に引き戻された。
ハンター達はミュールの発見保護に成功し、ミュールが絶望に至った手掛かりを得る事が出来た。
同時に、ライブラリ上ではあるが、傲慢王とも戦う事になり、その力量を推し測れた。正確ではないにせよ、極めて重要な手がかりとなった。
おしまい
●絶望と希望と
ハンター達が傲慢王との死闘を演じている間、アイシュリングは地下探索を行っていた。
地図はおおよそ正確であった。あの酒場の店主には、前回も今回も助けられている。
「……名前を尋ねておけばよかったわね」
断片的だったとはいえ、ライブラリに情報が残っていたのは、店主が生き残っていたからだ。
店主のその後の人生は分からないが、きっと……人生を全うできたのだろうと信じたい。
その時だった。一際大きく揺れる。地上での戦いの影響だろうか。
「壁が……ここは、村長の家の地下のようね」
突如として壁が崩れて、別の空間が現れた。
地図上では村長の家の地下のようだ。
「あの女の子は――」
蹲って震えている幼い少女を見つけた。
きっと、あの子がミュールだろう。戦闘になればただでは済まない。ハンター達は比較的安全な地下に彼女を残したのだろうか。
「大丈夫」
「……お母さん、怖いよ。お母さん……」
再度、天井が揺れた。幾つものヒビが入り、今にも崩落する――しかし、アイシュリングは冷静だった。土壁の魔法を唱え、天井を支えた。
ホッとしつつ、アイシュリングは、目をギュッと閉じて怖がっている少女を優しく抱き締める。
この幼い少女が、災厄と出会った時、一体どんな会話をしたのだろうか。そんな疑問がふと、浮かんだ。
傲慢歪虚が人間の娘に気の利いた台詞を言うとは考えにくい……。
確かめられるのであれば、それを確認したいところだが、少なくとも、このライブラリ上では、もはや、不可能だろう。
「お母さん、ミュールを独りにしないで……」
「大丈夫よ。貴女は独りではないから」
ギュッと抱き締める腕に力を込め、アイシュリングもライブラリから帰還するのであった。
片田舎に一軒しかない酒場は唐突な旅人のおかげで、大いに賑わっていた。
鵤(ka3319)が座るテーブルに次々と運ばれてくる酒と料理。
無駄な注文ではない。これも大事なアピールになるのだ。羽振りの良さを周囲に見せつける。
ライブラリ上の事であるので、“実際に”お金が消費される訳もなく、酒にありつけるのだ。これほど有り難い事は無い。
「これは……なかなかの逸品だねぇ」
舌鼓を打ちつつ、周囲の客にも酒を振る舞う。
その様子を星輝 Amhran(ka0724)が何も言わず、ただ口元をキュッとして見つめる。
星輝は鵤の隣に立っていたが、料理には手を付けていない。彼女の目の前にあるのは水が入ったコップと硬いパンのみ。
(上手いことイスカに紐付いて割り込みダイブに成功したわけじゃが……)
心の中でそう呟きながら、哀しみを帯びた瞳で酒場内を見渡す。
何人かの仲間らの姿を見つけるが、星輝の目的とは別であった。
(演技は得意じゃが……酒も食事も満足に取れんとはな……)
時折、料理に視線を向ける。見た事のない郷土料理は実に美味しそうであった。
思わず、演技にも力が入るというものだ。
「ほら、あっちの客に酒を持っていけ」
「……分かりました。ご主人様」
鵤の命令に、丁寧に答える星輝。
星輝が華奢で小柄な薄幸な奴隷娘を演じているのは、ある目的があった。
それは、村の中で行われている人身売買の情報を集める為だ。前回の調査の時、あるハンターはその話をする村人と接触したからだ。
まだ動きは見えない。警戒されているのか、村の中の仲介役が姿を見せていないだけか。
ハンス・ラインフェルト(ka6750)はカウンターで酒を飲みつつ、仲間の行動を視界の中に入れていた。
(村の忌み子は地下又は地下牢に押し込められている……それは前回の観察で大体、見当がついている事)
子供が現れた場所の近辺の家、又は村長なら村で起きている事を把握している筈であるとハンスは推測していた。
となれば、早い話、怪しいと思う村人を片っ端から強引に口を割らせれば、そのうち、真相には辿り着けるだろう。
(ただまあ、私でも率先してやりたいとは思いませんし……)
トンっと空になったグラスをカウンターに置く。
それを店主が取りくると、ハンスは話し掛けた。
「暫くフラフラ遊んでいたのですが、そろそろまた傭兵稼業に戻ろうかと思いましてね。最近、何か面白そうな話はありませんか」
「そうだな~。この辺りには何も無いからな」
苦笑を浮かべる店主にハンスは「そうか」と返し、酒代をカウンターに置くと聖罰刃を手にして立ち上がる。
郷土料理や特産品から村の情報となるのもの集めようとしたが、このライブラリ上で、新たに得られる情報は無かった。
となると、彼に出来るのは後一つだ。
前回の調査時、夜更けに村は強大な存在に襲われた。その方角は判明しているので、一足先に向かうつもりなのだ。
酒場を出ていくハンスと瀬崎・統夜(ka5046)が黙ったまますれ違う。
瀬崎は酒場の中を見渡し――アイシュリング(ka2787)のテーブルで空いている席に座る。
「お疲れさま……その様子だと……」
アイシュリングが果物の盛られた皿を差し出しながら言った。
ミュールの情報を村の中で探していた瀬崎だが、有効な情報は得られなかったのだろうと分かったからだ。
「同情は多くもらえたが……後は“災厄”を見届けるさ」
居なくなった妹を探しているという事で、瀬崎はミュールの外見的な特徴を当てはめて調査していた。
しかし、村人の中に知っている者は居なかった。
前回の調査時も聞き取りを行ったハンターは居たが、やはり、その線からの情報は得られなかった。
という事は、一般的にはミュールという少女を村人らは存在から知らないという事だ。
「店主の言動を見る限り……人身売買については、知らないみたいよ」
「やはり、特定の村人だけが行っている事か」
コクンとアイシュリングは頷く。
「前回の調査時、村長は怪しげな反応を見せていたわ」
ミュールという少女が壊滅した村に姿を現した場所は、おおよそ、村長の家の辺りだった。
「村長宅が最も怪しいのよね……他の家にも、同じような境遇の子がいないか、見てみるつもり」
「それで、それを広げていたのか」
テーブルの上には地図のようなものが広げられていた。今回は学者という事で地下情報を探していた彼女が酒場の店主から借りたものだった。
それは、この村の地下に広がるという空洞を記したものである。
前回の調査時、アイシュリングが酒場の店主に案内された空洞も記してあった。
「地下室があるなら、そこに閉じ込められている可能性もあると思ってる」
「なるほど。地下から探すのも手か……なら、俺は高い所から見ているか」
これからの方向性が決まった事で、瀬崎は腹ごしらえの為に、果物に手を伸ばした。
村で一際大きい建物の場所を確認しつつ、アティニュス(ka4735)は聞き取りを行っていた。
前回、ミュールという名の少女が現れたのは、やはり、村長の家に間違いないだろう。
「君達に少し、訊いてもいいかしら?」
広場の片隅で集まって遊んでいた子供達に彼女は話し掛ける。
大人から得られる情報は見ず知らずの相手には限られてしまうからだ。
「村長は良い人だ」「結婚した奥さんを病気で亡くして可哀想だった」とか、その程度だった。
だが、子供達は素直な分、何か知っているのではないか……そう、アティニュスは思っていた。
「この辺りで怖い話って聞かない?」
「あー。あれだよ!」
「あの幽霊の話?」
子供達がざわめく。そういう話に興味がある年頃なのだろうか。
「夜中に女の子が泣き叫ぶ声を聞いたって話。でも、どこにもその女の子はいなくて……」
「……女の子の幽霊ね。それは怖いわね」
そう答えながら、アティニュスは村長の家へと視線を向けたのだった。
●囮捜査
村長の屋敷に鵤と星輝はやって来た。
酒場で奴隷の買い付けの話を出したら、こっそりと話を繋げた村人が来たのだ。なんでも、村長の親戚らしい。
「……いらっしゃいませ」
裏口が開かれ、恰幅が良い体形をしている中年の男が現れた。
前回の調査でこの男が村長であるというのは分かっている。
案内されたのは質素な個室であった。防音を気にしてか、厚みのある壁のようにも見えた。
「最近、仕入れがぼちぼちでねぇ。ミュールとかあればいーい感じなんだけどぉ。居るのかい?」
ニヤリと口元を緩めながら鵤が言う。
そんな鵤の斜め後ろに立つ星輝は、部屋の中を注意深く観察していた。
(この殺風景な部屋はなんじゃ。窓すらない上に……音漏れしにくくしておるの)
拭き取り損ねたのだろうか。壁や床には血痕のようなものも残っている。
「おたくらは余計な食い扶持が減る、おっさんは商品を得る。お互いイイ取引が出来ると思うのよねぇ?」
「買い取りには条件がある」
「なんだい? さすがに、相場以上を要求されてもダメよぉ」
親指と人差し指で輪を作る鵤。
見事な演技力というか、演技しているのだろうかという程の自然体だ。
一方、そんな事は気がつかず、村長は星輝に指を向ける。
「その奴隷みたいに村の中で自由にさせるのはダメだ。夜中のうちには出て行ってくれ」
「はーん……まぁ、余計な詮索はよしましょ」
「それでは金額は――」
そう言いかけた時、年配の女性が険しい表情で部屋に入ってきた。
村長の母親である事は前回の調査で判明している。母親は息子である村長の耳元で小さく呟いた。
星輝の耳がピクリと動いた。その内容が僅かに聞こえたからだ。
(旅の巫女が訪れたとなると……イスカとヴァイスじゃな)
タイミング的には絶妙だっただろう。
村長が困った顔となった。咳払いを一つしてから、鵤に告げる。
「来客なので、少々、お待ちになって下さい」
「どうぞぉ~」
手をひらひらさせながら、鵤は壁の背もたれに寄り掛かったのだった。
旅の巫女として客間に通されていたのはUisca Amhran(ka0754)とヴァイス(ka0364)だった。
仲間達からミュールの存在について、人身売買が村長宅で行われると連絡は既に受けている。後は相手の出方次第だろう。
「……という事で、泊まる場所を探している。せめて、巫女様だけでも泊まれるでしょうか」
巫女の護衛役であるヴァイスが尋ねた。
それに対し、村長は申し訳なさそうな顔をした。
「申し訳ない。ちょうど、来客がありまして、部屋に空きがないのです。村の中で探して頂ければと」
「そうですか……残念です」
落胆した様子を見せたヴァイスに代わり、Uiscaが部屋の隅にある遊戯盤を指差す。
「あの遊戯盤は村長さんがされるのですか?」
「……あれは、病死した家内の形見です。私はちっとも分からないのですが」
「そうだったのですね。失礼致しました」
「いえいえ! それでは、玄関までお送りします」
村長から明らかに急いでいるような様子を感じられる。
Uiscaとヴァイスは視線を合わすと頷き合った。玄関の外に出たら、鵤と星輝からの連絡を待って、突入するつもりなのだ。
村長が部屋に戻って来た。若干、青い顔をしており、鵤は思わず吹き出しそうになった。
人身売買のタイミングで旅の巫女が来るのだ。心臓に悪かっただろうか。
「お帰りぃ~。で、商談の続きなんだけどぉ」
「悪いが、厄介なのが村に来た。商談は無しだ」
「ふ~ん。そぉ、じゃ、しょうがないねぇ」
チラっと視線を星輝に目配せする。
その意図に気が付いた星輝は無造作に髪留めと飾りを兼ねていたワイヤーを引き抜くと素早い手の返しで、村長宅に案内してきた村長の親族を捕らえる。
「な、なにを!?」
「悪いねぇ、仕事なのよぉ」
狼狽える村長を尻目に、村長の母親に対して、鵤は容赦なく銃弾を叩き込んだ。
悲鳴を上げながら何度か跳ねるように崩れ落ちる年配の女性。
「い、命だけは~。あんなのは勝手に連れてって構わんから~」
「……もう少し骨のある所が見たかったのう」
土下座して謝る村長に、冷めた視線を向ける星輝。
同時に伝話を取り出す。村長宅の制圧は思ったよりも簡単だった。
もっとも、それはライブラリに入る前から分かり切っていた事だ。大事なのはここからだ……。
●“傲慢王イヴ”
一方、その頃ハンスは村郊外へと足を運んでいた。
ある一定以上先には行けない事は前回の調査で別のハンターが調べていたが、調べた影響の為か、進める先は広がっていた。
それでも変わらず遠くの風景は“割れて”可笑しな事になっているのだが。
「おでましですか」
風景の一角、割れている箇所から闇の光が激しく放たれる。
幾枚ものガラスが割れるような音と共に、漆黒の靄が現れた。
「……傲慢歪虚は一体ですか……」
聖罰刃を正眼に構える。
漆黒の靄から感じられるのは圧倒的な負のマテリアルだった。
「この力……メフィストすらも越える……歪虚王にも匹敵するか」
「……人間か」
靄が驚くほどの速さで集束すると“少年の様な姿をした歪虚”となった。
豪華絢爛と質実剛健――相反する矛盾を併せ持ったような装飾が成された服か、あるいは鎧のようなものに包まれた少年。
その顔付きは整い過ぎて、まるでステントグラスに描かれた肖像画のように、高貴さを漂わせていた。
「歪虚王か?」
「人間如きに答えるつもりは無いが……俺の前に立つ勇気を認め、答えてやろう。貴様の言葉通りだ」
つまり……傲慢の力を持った歪虚王――傲慢王なのだろう。
ゴクリとハンスは唾を飲み込んだ。この少年の様な姿をしたのが傲慢王と言うのだ。
高位の傲慢歪虚であった羊のベリアルや蜘蛛のメフィストは、人間の姿をしていなかった。
だが、この傲慢王は少年の姿だった。【変容】で本来の姿を隠している可能性も無くもないが……姿を隠す理由は、少なくとも、今はないはずだ。
「語る必要はない。参る!」
斬りつけるよりも早く、傲慢王が手を挙げた。
直後、無数の闇の鎖がハンスに襲い掛かる。
「この程度なら!」
避ける事は叶わなかったが、聖罰刃を振って受け払う。
だが、それだけで全てを防ぐ事は出来なかった。身体の至る所に闇の鎖が突き刺さるが、それでもハンスは走り続けた。
マテリアルの桜吹雪が舞う中、彼の渾身の一刀は確かに、傲慢王に届く――と思われた。
「頭が高い」
それは剣と言うには形容しがたい武器が傲慢王に届くはずだった聖罰刃を受け止めていたのだ。
二本の刀身の間を赤黒い光が妖滅しており、なにより、傲慢王は直接、剣を握っていなかった。袖口から延びる鎖のようなもので繋がっているだけで“浮いて”いる。
「ふはははは! 届く――とでも思ったか? この俺を前にしてその傲慢、悪くはないがその対価は命より重いと知れ」
「くっ……ッ!」
身構えた直後、圧倒的な負のマテリアルがハンスを包み込む。
傲慢歪虚特有の能力【強制】だ。その力に抵抗できなければ、命じられたままに行動を起こしてしまう。
「その村を襲え」
必死に耐えていたハンスだったが、圧倒的な力量さの前に構えていた聖罰刃を降ろす。
そして、彼は村へと歩き出したのであった。
●ミュールとハンター
村長の母親と親戚は縛って部屋に転がした所で、連絡を受けてUiscaとヴァイスが飛び込んで来た。
「あぁ! 巫女様、どうかお助け下さい。盗賊が現れて!」
背中に鵤の銃が突き付けられながら、村長がそんな事を叫ぶ。
「……ミュールがいるのは確実なのか?」
「確実じゃ」
もはや奴隷娘と演技する必要もなくなったので、窮屈だった台詞回しから解放された星輝が肩を回しながらヴァイスの問いに答えた。
まるで氷かと思うような表情でUiscaが村長に近付く。
「人身売買を“私達”は許しません」
「う、売るつもりなんてなかったのです。あれは災厄を呼ぶ不吉なる取り替え子なのです!」
良い訳をするように村長は早口で説明をする。
亡き妻から生まれた子は、髪も瞳も両親や親族と全く違った。
昔からの決まりで、そうした子は魔物と取り替えられたと信じられ、生まれてすぐに殺してしまう事が多かったという。
しかし、妻が庇った為、殺すこともできずに家の中で閉じ込めて育った。やがて、妻が病死すると……。
「魔物を体内から追い出す為の儀式を繰り返したのですが……」
「その儀式というのは?」
Uiscaの追及に村長は目を逸らしながら、途切れ途切れに答えた。
「突き刺したり、切りき――」
その言葉は最後まで続かなかった。
村長は襟をヴァイスに掴まれ、壁に打ち付けられたからだ。
「――恥を知れ!!」
怒りに満ちた叫びだけで、相手を窒息させる事も出来るような、そんな勢いだった。
彼はこれでも怒りを抑えたつもりだ。殴り殺さなかったのは、ハンターとしての誇りがあるからだろうか。
倉庫を兼ねた地下室の一角、牢屋のように格子で塞がれた隅に、その子は居た。
「だ、だれ?」
酷く怯えているように見える。
栗梅色の髪はボウボウに伸び放題で、茶色の瞳には力なく虚ろだった。
「ミュールちゃんだね」
Uiscaが優し気な言葉で問いかけると、幼い少女――ミュール(kz0259)――は頷く。
格子を力づくでヴァイスが破壊すると、素早く星輝が中に入り、大きめのタオルを掛ける。
(……酷い傷じゃな。明らかに虐待されていたようじゃの)
衣服もボロボロであり、首や腕、脚には切り傷刺し傷、痣でいっぱいだった。
星輝は視線を周囲に向けた。格子で区切られた隅以外に人が居る気配はない。
「出られそうかいなぁ? おっさんには息苦しいのよぉ」
倉庫に何があるか分からない状態では流石に煙草を安易に吸えない。
ここは幼い少女の為にも、一刻も早く外に出たい所ではある。
しかし、ミュールは首を横に振った。
「ミュールが、ここから出ると、怒られるから……それに、もう……どうでもいいから……」
小刻みに震える幼い少女をUiscaは優しく抱き締める。
「この世界に絶望してるの……?」
「……」
少女から返事は無かった。
その代わりに声を上げて泣き出した。鼓膜を突き破って脳に直接響いてくるような、そんな泣き声だった。
Uiscaは抱き締める腕に力を込めた。
「どんなに絶望的な状況でも、希望を持ち続ける人もいるってこと覚えておいて……行こう、ミュールちゃん。私達と一緒に」
尋問で答えた村長の話によると、ほぼ毎日、ミュールに“儀式”を行っていたらしい。
それは少女の実の父である村長だけではなく、村長の母親や親戚も行う事があったという。
泣き続けながら頷いたミュールは涙を拭うとUiscaから離れ、隅っこに駆け寄った。
「この子も一緒に連れて行っていい?」
少女が大事そうに手に乗せたのは、黄金虫のような昆虫だった。
倉庫に迷い込んだのだろうか。孤独な少女にとっては大切な“友達”だったのかもしれない。
「……良いよ。その子も一緒に行きましょう」
こうして、一行は格子から出る。
後は安全な場所までミュールを連れていけばいい。
ライブラリとはいえ、絶望の水底に沈んだ一人の少女を救えた事は大きな意味があるはずだ。
「今度は襲撃みたいねぇ」
伝話を片手に外の仲間からの連絡を受け取った鵤が告げた。
「まだ襲撃時間ではないはずだが……」
ヴァイスが首を傾げる。
「ライブラリに干渉した結果なのかのぉ?」
「誰か、他に観察者がいるのでしょうか?」
星輝とUiscaも疑問の声を上げた。
前回の調査時、村を襲った傲慢歪虚は夜更けになってからだった。幾ら何でも早すぎる。
伝話の通信状況を確認しながら鵤が言った。
「地上の様子を確認してから、出た方が良いかもしれないよぉ」
「ごめんね、ミュールちゃん。すぐに戻ってくるから」
少女を保護したところではあるが、外には強力な傲慢歪虚が来ている可能性があるのだ。ここは慎重になるだろう。
「はい」
頷いた少女にハンター達はお互いに顔を見合わすと、申し合わせたように地上へと走るのであった。
●襲撃
村人が逃げ惑う。その背中を容赦なく斬り裂いているのは、ハンスだった。
彼が傲慢王よりも一足先に襲撃してきたのだ。ハンターの呼び掛けに応じて動きを止めない所を見るに、【強制】に掛かっているのは容易に想像できた。
「仕方ないか。俺がハンスを何とかしよう」
瀬崎が魔導銃を背負いながら民家の壁を登る。
大分と予定とは違うが村が大混乱に陥っているのは確かな事だ。
「私は地下へ行ってくるわ」
「避難誘導しつつ、地下室のある家を探して回るとするわ」
アイシュリングとアティニュスが言った。
村の中にミュールと同じ存在が居ないか確認するには、むしろ、ちょうどいいかもしれない。
「……無理はしないで。【強制】を掛けた歪虚が、きっと、見ているはずだから」
「あぁ、アイシュリング達も気をつけてな」
物静かなマギステルのエルフの忠告に応える瀬崎。
正直言うと“これからやらなければいけない事”を、二人の女性には見せたくないというのもあった。
屋根に上がると絶妙な狙撃位置に素早く移動する。
「悪いが、恨みっこなしだ……【強制】に関しては、おまえだって、良く分かっていた事だろう」
嫌な記憶を思い出しながら、照準をハンスに合わせた。
無差別に村人に斬りかかっているのはライブラリ上とはいえ、気分が良いものではない。
仲間の到着を待って無力化するのが一番なのかもしれない……だが、それはリスクが大きい。
確りと狙いをつける瀬崎。外せば、向かってくる可能性もあるかもしれない。もちろん、近接戦となれば不利なのは必至だ。
「……そこだ!」
刀を大きく振り上げた瞬間、瀬崎がマテリアルを込めた銃弾を放つ。
一度、ハンスの身体を貫いた弾丸は再び彼に襲い掛かり、頭蓋を直撃した。
その場に崩れ落ちたハンスを確認しつつ、瀬崎は魔導銃を背負うと、次の狙撃ポイントに向かって屋根の上を走り出した。
襲撃者の知らせは瞬く間に村の中に広がった。
村人らに避難を指示しながら、アティニュスが幾つかの家の中を確認した後、村長の家に近い家の中をザっと確認する。
「逃げ遅れた人は……」
どさくさに紛れてという訳ではないか、そういう何かの“理由”がないと、彼女は無法に走れない性分のようだ。
「地下の探索はアイシュリングさんに任せます」
「分かったわ」
アイシュリングは酒場で手に入れた地下地図を手に家の中に入っていった。
地下室を探し出すのは骨が折れるかもしれないが、仕方ない事だ。
「私はヴァイスさん達と合流してきます」
【強制】に掛かった仲間の為に、予定が大幅にズレている気もしないが、ある意味、これで良かったのかもしれない。
前回の襲撃時は成す術もなく、広範囲強制を受けて避難する間も調べる事も出来なかったのだから。
アティニュスが家の外に出たタイミングで、村長の家の玄関から、仲間のハンター達がちょうど出てきた。
「もう襲撃なのか?」
険しい表情でヴァイスが訊ねてきたのを、首を横に振って否定した。
「先に傲慢歪虚と接触したハンスさんが、【強制】を受けたようです」
「なるほどねぇ~」
両肩を竦める鵤。
結果的に村人達の早期の避難に繋がった事にはなる。
これから、強大な敵と戦う事を考えれば、戦闘の邪魔になる村人達が居なくなったのは、ありがたい。
「よし、やるかのう」
パンパンと自身の頬を叩いて気合を入れる星輝。
星輝は傲慢歪虚と戦い続けてきた。だからこそ、気を付けなければならない事は身に染みて分かっている。
「最大限に援護しますが……相手はきっと、ベリアルやメフィスト以上です。心して挑みましょう」
Uiscaの忠告に全員が頷いた。
恐らく、全員が死亡するかもしれない。だが、それでもやらなければならないのだ。
●絶望の過去と未来に挑む
村の入口付近にその歪虚は居た。
前回調査時漆黒の靄に包まれていたが、どうやら、今回は観測できそうだ。
「傲慢の王……かの?」
油断なく身構えながら星輝が尋ねた、
対して少年の姿をした歪虚は不敵な雰囲気を発しながらハンター達を一瞥する。
「その通りだと答えておこう。愚かな人間共よ、俺を失望させるなよ」
余興と言わんばかりの態度を取りつつ、傲慢王は特殊な形状の剣を出現させた。
無造作に一振りすると、負のマテリアルの刃が宙を走り、家の一つを粉砕する。
「【強制】だけではなく【懲罰】や瞬間移動も注意です」
アイデアル・ソングを歌いながら、Uiscaは傲慢歪虚との戦いを思い出す。
最大限に気を付けなければならないのは、【強制】による戦線崩壊だろう。その次に【懲罰】や瞬間移動だ。いずれも強力な能力である。
ましてや、相手は傲慢王だ。計り知れない強度を持っているはず。
「なるほど。俺の前に立つだけの自信はあるという事か。エルフの女よ」
「傲慢――アイテルカイト――とは縁があったもので」
爽やかに返事をしたUiscaの横で、鵤が煙草を咥えつつ、自身のマテリアルを仲間に掛けていく。
ニコチンパワーの注入ではなく、ちゃんとした機導師のスキルだ。
「それじゃ、頑張ってねえ」
「ありがとう。でも、どこまでやれるか分からないけど」
日本刀を構えたアティニュスが振り返らずに言うと、手にマテリアルを込める。
直後、傲慢王が居る空間一体に斬撃が繰り出された。
傲慢王は避けるともしなかった。ダメージのうちに入らないという事なのだろうか。
「最大火力で奴に仕掛けてみるから援護を頼む……【懲罰】などの反撃で退場することになるかもしれないが、後は任せたぜ」
ヴァイスが大鎌を構えると同時に、凄まじい程の紅蓮のオーラに包まれる。
今持てる、最大火力での一撃を放つ為だ。
傲慢王は仕掛けてくる様子には見えない。あるいは、人間如きがどんな攻撃を放ってくるのか興味があるのかもしれない。
ヴァイスから発せられたマテリアルが波動となって傲慢王に到達する。動きを鈍らせる力を持つ波動だが、効かなかったようだ。
「いくぞ!」
赤きの炎に黒き光が混じり、ヴァイスが振りかぶった一撃は強力無比なものとなった。
傲慢王は何事も無かったかのように受けようとした時だった。傲慢王の袖口から延びている鎖にワイヤーが巻き付いた。
「これが油断じゃぞ、傲慢王!」
星輝が疾影士としての力を発揮し、相手の認識外からワイヤーで攻撃したのだ。
もっとも、その試みが成功したのは、大きな攻撃を繰り出そうと目立ったヴァイスのおかげもあるのだが。
剣を引き戻すのが一瞬、遅れた事で、ヴァイスの強力な一撃が傲慢王の肩に突き刺さった。
「油断? 違うな。貴様らの攻撃は全て無意味という事だ」
「手応えはあった。何度でも打ち込むだけだ!」
鎌の刃先を引き戻し、再びマテリアルを練るヴァイス。
「俺がそれを許すと?」
傲慢王が左腕を掲げた。
指先に浮かび上がるのは幾つもの炎の塊。生き物のようにうねりながら、その数を増す。
刹那、放たれたその炎はハンターも含め周囲の建物すらも衝撃で破壊する。
「おいおい、おっさんに無理させるんじゃねえよ?」
痛みに耐えながらも前線を支えるヴァイスに回復エネルギーを発射する鵤。
恐るべき力量に、民家の屋根から援護射撃を撃とうとしていた瀬崎は苦笑を浮かべた。
照準し直しという事ではない。このライブラリ上で得られている情報の重さに、だ。
「最後まで生き足掻いてやる」
崩れ落ちる屋根の上で体勢を整える。
傲慢――アイテルカイト――は本気を出さない。余程の事でない限り人間相手に力を出し切らないのだ。
もし目の前の存在も同様であれば……本気を出さない状態で既に熟練のハンターを圧倒している状況だ。
傲慢王がちょっと本気を出せば、それこそ、一体で国を滅ぼせるかもしれない。
「死ね」
淡々と告げた【強制】。範囲は狭かったが、その分、強力であった。
アイデアル・ソングがあってしても辛うじて抵抗できたのはヴァイスとUiscaの二人だけ。
ワイヤーを首に巻き付け窒息する星輝と、煙草の代わりに銃口を口に咥えた鵤。
アティニュスは傲慢王を巻き込む形で次元斬を放つ。【強制】に掛かった状態では意図的には出来ないが……舞刀士の意地というべきか。
「うぉぉぉぉ!」
雄叫びを発し、ヴァイスが突撃するが、無数という表現では足りない程の漆黒の刃が彼を貫く。
「最後まで守ります!」
Uiscaが創り出した防御壁が辛うじて間に合い、緩衝となった為、致命傷にはならなかった。
それでも、次、ダメージを受ければ危ないだろう。
「避けられるならやってみろ!」
最後一発となった弾丸にマテリアルを込めて瀬崎が銃撃を放った。
その特別な一撃はヴァイスの攻撃を避けようとした傲慢王の胴体に直撃する。
絶妙なタイミングに繰り出されるヴァイスの大鎌。
「……なに!?」
丸い盾のような何かが突然、大鎌の軌道に出現して、いとも簡単に受け止めたのだ。
傲慢王は剣で大鎌を持った戦士を振り払いつつ、二度目となる炎の爆発を周囲に発生させる。
猛烈な炎の中でヴァイスとUiscaが灰と化す中、衝撃で屋根から落ちた瀬崎は建物の残骸が盾となり、生き延びた。
瀬崎はレンガや土に埋もれて身動きが取れない状態のまま、辛うじて視界の中に映った傲慢王を見つめる。
「通り掛かりの余興としては楽しめたぞ」
傲慢王は確かにそう言い放つと、何事も無かったかのように、再び歩き出す。
それを見届けながら、瀬崎の意識は現実に引き戻された。
ハンター達はミュールの発見保護に成功し、ミュールが絶望に至った手掛かりを得る事が出来た。
同時に、ライブラリ上ではあるが、傲慢王とも戦う事になり、その力量を推し測れた。正確ではないにせよ、極めて重要な手がかりとなった。
おしまい
●絶望と希望と
ハンター達が傲慢王との死闘を演じている間、アイシュリングは地下探索を行っていた。
地図はおおよそ正確であった。あの酒場の店主には、前回も今回も助けられている。
「……名前を尋ねておけばよかったわね」
断片的だったとはいえ、ライブラリに情報が残っていたのは、店主が生き残っていたからだ。
店主のその後の人生は分からないが、きっと……人生を全うできたのだろうと信じたい。
その時だった。一際大きく揺れる。地上での戦いの影響だろうか。
「壁が……ここは、村長の家の地下のようね」
突如として壁が崩れて、別の空間が現れた。
地図上では村長の家の地下のようだ。
「あの女の子は――」
蹲って震えている幼い少女を見つけた。
きっと、あの子がミュールだろう。戦闘になればただでは済まない。ハンター達は比較的安全な地下に彼女を残したのだろうか。
「大丈夫」
「……お母さん、怖いよ。お母さん……」
再度、天井が揺れた。幾つものヒビが入り、今にも崩落する――しかし、アイシュリングは冷静だった。土壁の魔法を唱え、天井を支えた。
ホッとしつつ、アイシュリングは、目をギュッと閉じて怖がっている少女を優しく抱き締める。
この幼い少女が、災厄と出会った時、一体どんな会話をしたのだろうか。そんな疑問がふと、浮かんだ。
傲慢歪虚が人間の娘に気の利いた台詞を言うとは考えにくい……。
確かめられるのであれば、それを確認したいところだが、少なくとも、このライブラリ上では、もはや、不可能だろう。
「お母さん、ミュールを独りにしないで……」
「大丈夫よ。貴女は独りではないから」
ギュッと抱き締める腕に力を込め、アイシュリングもライブラリから帰還するのであった。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/07/02 20:39:42 |
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【情報収集について】 アティニュス(ka4735) 人間(リアルブルー)|16才|女性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2018/07/02 21:21:58 |