ゲスト
(ka0000)
七夕に素麺
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/07/02 19:00
- 完成日
- 2018/07/08 07:05
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「チィのあにい、ちょいとお聞きしてえことがあるんですが」
「……なんでえアン、お前さまが改まって珍しい」
ハンターオフィスのカウンターを挟んで会話するのは辺境部族はズヴォー出身の受付嬢とハンターのアン=ズヴォーとチィ=ズヴォーの二人である。受付嬢とハンターなのだから、受付カウンターで会話していることにはなんら不自然では無いのだが。
「素麺って食ったことありますかい」
「素麺」
内容は、依頼に関係あるような事では到底無さそうだった。
「まあ、食わせてもらったことならあらぁねえ」
「7月7日にですかい?」
「7月7日? さあ、そりゃどうだったか」
「あー……そういやそう言うお人でしたねぃ、チィのあにぃは」
さしたる批難の色はなく、納得はしたけど困った、という顔でアンが呟く。
要するに。
「七夕に素麺を食う、ってえ風習を小耳に挟んだんですが、お聞き及びじゃねえっすかね?」
「いや、そりゃ聞いたことねえなあ……ていうかあれってそんな重要な食い物だったのかい? なんかこの時期わりと『……暑いから素麺でいいか?』ってな感じで雑に出されてた感じあったけどねぃ」
出してもらって文句ある訳じゃねえっすけどね、と補足しつつチィが答える。
うーん、とアンは腕を組む。
自由を謳うズヴォー族であるが、この二人の自由の在り方は異なるものだった。日付や習慣、流行というものに囚われたくないチィと、新しい文化や風習に抵抗がなく知らないことがあれば飛び込んで行きたがるアン。どちらが正しいというわけでもなく、そこら辺も含めて自由であり、相手を尊重するのが彼らである。
話を戻すと、リアルブルーの日本、その一部地域において、どれくらいメジャーかは知らないが実際、七夕に素麺を食べるという風習は存在するようだ。
古くは平安時代からある麺料理にまつわる言い伝えが由来だとか、織姫の糸になぞらえたとか天の川に見立ててとか言われているらしい。織姫と彦星にちなんで七夕に素麺を食べると恋愛運が上がるなんて話もあるそうだ。
……というわけで。
「食べて見てえんですが。七夕に。素麺」
「食えば良いじゃねえかぃ」
「やっぱそうですかねぃ」
そんなノリで。
ハンターオフィスにて、七夕に素麺美食が追及されるの会が開催されることになったのだった。
「……なんでえアン、お前さまが改まって珍しい」
ハンターオフィスのカウンターを挟んで会話するのは辺境部族はズヴォー出身の受付嬢とハンターのアン=ズヴォーとチィ=ズヴォーの二人である。受付嬢とハンターなのだから、受付カウンターで会話していることにはなんら不自然では無いのだが。
「素麺って食ったことありますかい」
「素麺」
内容は、依頼に関係あるような事では到底無さそうだった。
「まあ、食わせてもらったことならあらぁねえ」
「7月7日にですかい?」
「7月7日? さあ、そりゃどうだったか」
「あー……そういやそう言うお人でしたねぃ、チィのあにぃは」
さしたる批難の色はなく、納得はしたけど困った、という顔でアンが呟く。
要するに。
「七夕に素麺を食う、ってえ風習を小耳に挟んだんですが、お聞き及びじゃねえっすかね?」
「いや、そりゃ聞いたことねえなあ……ていうかあれってそんな重要な食い物だったのかい? なんかこの時期わりと『……暑いから素麺でいいか?』ってな感じで雑に出されてた感じあったけどねぃ」
出してもらって文句ある訳じゃねえっすけどね、と補足しつつチィが答える。
うーん、とアンは腕を組む。
自由を謳うズヴォー族であるが、この二人の自由の在り方は異なるものだった。日付や習慣、流行というものに囚われたくないチィと、新しい文化や風習に抵抗がなく知らないことがあれば飛び込んで行きたがるアン。どちらが正しいというわけでもなく、そこら辺も含めて自由であり、相手を尊重するのが彼らである。
話を戻すと、リアルブルーの日本、その一部地域において、どれくらいメジャーかは知らないが実際、七夕に素麺を食べるという風習は存在するようだ。
古くは平安時代からある麺料理にまつわる言い伝えが由来だとか、織姫の糸になぞらえたとか天の川に見立ててとか言われているらしい。織姫と彦星にちなんで七夕に素麺を食べると恋愛運が上がるなんて話もあるそうだ。
……というわけで。
「食べて見てえんですが。七夕に。素麺」
「食えば良いじゃねえかぃ」
「やっぱそうですかねぃ」
そんなノリで。
ハンターオフィスにて、七夕に素麺美食が追及されるの会が開催されることになったのだった。
リプレイ本文
レーヴェ・W・マルバス(ka0276)は言った。
「素麺は──流さねばならぬ」
と。
言葉は、それだけだった。あとはただ、目の前で出来上がっていくものが全てを物語る。
何という事でしょう。昨日には何もなかった広場に、匠(?)たちの手によって立派な流し素麺台が設置されていくではありませんか。
「うちは叔父がこういうの好きすぎて、夏に祖母宅に集まった時の定番イベントだったんですぅ」
全体の総指揮を執った星野 ハナ(ka5852)はそう語る。
台上部に設置された桶は時音 ざくろ(ka1250)が準備したもの。ハナの指導の下木の香りが移らぬようよく洗われたそれは底に穴、今は栓がなされ抜けばそこから程よい量の水が流されるようになっている。
樋となる竹はハナがこの日のために東方から伐採したばかりの物。まだ碧瑞々しいそれの切り口、節の丁寧な処理はエラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)の手によるものだ。
その樋の設置は、初月 賢四郎(ka1046)がしっかりと計算、監督。程よい速度で流れるよう角度調整された四本の竹が、美しく平行に並んでいる。
土台はドワーフであるレーヴェが担当。ここの足場は丈夫さが肝要、風情より機能が重視とは彼女の弁。物作りを得意とするドワーフによってしっかりと組まれたそれは、容易には揺るがないようしっかりと竹を固定している。
竹の下流には勿論、笊付きの桶。
素麺流しと水の循環は、ハナがこれでもかとセットしてきた御霊符で対応。
テスト流しもばっちり。さあ、あとは実際に素麺を流すのを待つばかりだ。
そんなビフォーアフターが進められる横で。
「クリムゾンウェストで素麺が食べられるとはな……しかし何故そうめんなんだ?」
ざくろの作業を眺めながら白山 菊理(ka4305)が呟く。雪ノ下正太郎(ka0539)の声がたまたま答になった。
「まさか素麺の日がこっちでも伝わるとは、なら他の素麺料理も伝えるか」
七月七日は蒼の世界の業界団体が正式に素麺の日と定めているのだ。いい機会だと、正太郎は食器や調理器具、食材を準備して参加。
「東方由来のイベントは何でも参加したいですからね。しかし……素麺と言われると、何を準備すれば良いか悩みますね。ここでカリーブルストやドネルケバブを持込むのも違うでしょうし……今回は飲物に留めますか」
そう言いながらやってきたのはハンス・ラインフェルト(ka6750)と、その妻である穂積 智里(ka6819)だ。
「和食カテゴリに合わせるなら、清酒と焼酎でしょう。何人集まるかはわかりませんが、口を湿らせる程度にはなるでしょう。マウジーはどうします?」
「七夕のお菓子……索餅は1度も食べた事ないです。寧ろ星形の卵焼きやゼリーの方が食べていた気がします」
七夕に素麺を食べるという風習の原型とも言われる索餅は、ひねった形の揚げ菓子の一種という説もある。彼女が言うのはこちらの事だろう。考えた結果、彼女が用意してきたのはそれに似た麻花兒、中華かりんとうだ。
「ありがとうございますハンスさん」
会場の一角に荷物を下ろすと、智里はハンスに、これまでの荷物持ちの礼を言った。
「浴衣で大荷物は大変でしょう? これも夫の甲斐性の内です。気にすることはありませんよ」
そんな会話をする彼らの荷で特に目立つ者が一つある──笹だ。
「寧ろ七夕なら笹と短冊ですから、それっぽい飾りで会場飾る方が雰囲気が出るような……?」
そう思って手配したそれを、先ほどの菓子と短冊、筆などの筆記具を添えて設置する。
「こりゃまた随分茹でたなぁ」
設営が進んでいく中、藤堂研司(ka0569)が楽し気に言った。
研司もまた、ここで何か料理を振舞う心積もりのようだ。素麺はこっち来てからご無沙汰だったし、ここは前からやってみたかった食べ方を! と、気合を入れて調理台を設置する。
「星空を眺めながら流し素麺……オツニャス! 天の川みたいに、きらきらを流せたらいいのにニャぁ……」
会場設営を手伝いながらミア(ka7035)が呟く。
器に盛られた真っ白な素麺、透明な水と氷。そこに星を浮かべようと、彼女はカラフルな金平糖を用意してきた。冷たいから解けることは無い。目で楽しむためのものだ。
素麺が並んでいく食卓に。ハナはたっぷりの鰹出汁に、醤油味醂酒、と定番の麺つゆを用意すると、さらに準備するのは天ぷらだ。具材は魚、海老、貝など魚介が中心。
そこに。
「素麺はあっさりしてるから、つけあわせは肉や脂も良いと思うの」
ディーナ・フェルミ(ka5843)がそう言って、屋台で山のように買い込んだ串焼き・焼肉・フライ、それからジュースなどを並べていく。
「さすがアンさん食べ物イベントは逃さないの、個人的にグルメイベンターの称号を差し上げるの」
ディーナがそう声をかけると、アンは照れくさそうに笑った。
「織物が得意になったり細く長く生きるの見立てで糸って聞いたの。だからプレゼントなの」
そう言って彼女が差し出すのはパスタフリットを差し出す。アンはこれも、大喜びで受け取っていた。
「流しそうめん…初めてやけど、美味しいんやろうか?」
事前準備を手伝っていた和住晶波(ka7184)は流し素麺台を見ながら独りごちる。
「初めてやけど、楽しく過ごせたらええな~」
祭り会場の如き様相を見せ始めた広場に、彼はまた、そう零して微笑を浮かべるのだった。
●
式神がせっせと流す一口ずつの素麺を、メアリ・ロイド(ka6633)は不思議な目で見ていた。
イギリス出身。日本に住んでいた事はあるが、滞在中ほぼ軟禁状態だったため、素麺を食べるのはこれが初めてだ。
「……流れてくる麺を食べるとは面妖な……」
そうして、つい呟くと。
「麺だけに」
「いえ、別に麺とかけたわけでは」
不意に出現した最上 風(ka0891)に、乏しい表情を思わず動かしながらメアリは応えた。
「うどんや蕎麦やラーメンとかも流したくなる、誘惑に駆られますねー」
風はそんなことを言うが、先述の通り素麺を流すこと自体疑問なメアリにはいまいちピンとこない。
「知っていますか? 素麺の中に、たまに混じっている色付きを手に入れると願いが叶うらしいですよ?」
色付き? 言われて再び竹に目を落とす。
暫く後にチラリと左からくる視界の端に捉えた薄紅に、メアリは思わず突き立てる様にフォークを伸ばしていた。だが、わずかな差でそれは彼女の眼前すり抜けていき、捉えたのは次に流れてきた麺だった。
(……何をムキになっているんだ私は……)
冷静になって少し恥じる。風はいつの間にか居なくなっていた。気を取り直して、つゆの中琥珀に浮かぶ麺を掬い上げて……薄く緑に色づいたものが一本、混ざっていることに気づいた。
……。
胡乱な話だとは、思うが。
(願わくば、大事な人の幸せを)
それでも、念じながら彼女はその一本と共に素麺を啜り上げる。
「……美味しいですね。夏にぴったりなのも頷けます」
のど越しの良さに感動しながら、彼女はぽそりといった。やはり無表情だったが。
「……うわー、何か懐かしい!」
会場に到着するなり、アルカ・ブラックウェル(ka0790)が歓声を上げる。
「素麺、知ってるの?」
問うのは誘いの声をかけた高瀬 未悠(ka3199)だ。ルナ・レンフィールド(ka1565)、エステル・クレティエ(ka3783)も伴って、友人そろっての参加。
「ボクの故郷の村には蒼世界から転移して来た人もいるからね。その人が作ったソーメンは故郷の村でも食べてたよ」
七夕に食べるということは無くて、やはり、夏に食べる料理の一つという認識だったが。
「木を割ってくり抜いて流しソーメンってのもやった事あるよ!」
アルカが楽し気にそう言うと、そのまま四人、誘われるように流し素麺台へ。
「これがそーめん、ですか? パスタよりもずっと細いですね……真っ白で綺麗です」
エステルが微笑する。
文化と言うことで、お箸で挑戦! と意気込むルナと、その熱意に押される形でエステルが、未悠に箸遣いを習いながら流し素麺に手を伸ばす。
「東方へは度々行っているので箸は練習中なんですけど、これはかなり難易度が……っ」
そうして、慣れないまま必死で箸を動かすエステルだが、やはりすぐにはうまく使えない。
「わわ、難しい……うーん、素麺が逃げるー」
ルナも同様、大苦戦している。
その、箸を教えた未悠はと言えば、彼女も元はお嬢様。箸は綺麗に使えても流し素麺は初体験で、掴めたと思ったら再び樋の上に落としてはしょんぼりした顔を浮かべている。
「流れて動く様も泳いでいるみたいで……見ているうちに行ってしまうのは……流れ星みたい、ですね」
なんて、フォローのつもりかエステルは言うが、その声はちょっと苦笑気味だ。
結局。
「あの、フォークお借りしても?」
そうして、エステルは今回は素直に、早々に白旗を上げると。
「……いや、やっぱダメだ、ボクもフォークちょうだい!」
アルカがそれに許しを得たかのように、次いでギブアップ。
「むぅー」
そんな中、ルナだけは負けず嫌いの面もでて、未悠の手元を睨むように見つめながら意地で箸で挑み続けていた。
未悠もさすがに、ここで自分がフォークは使えまいと、まだ箸での挑戦を続けている。
そんな二人を見て。
「……2人が頑張るのはやっぱり恋愛運の?」
エステルがふと、そんなことを言った。ぶふ、とルナが盛大にむせる。
「え? 何、何の話?」
「七夕に素麺を食べると恋が叶うらしいわよ。アルカは相思相愛だから幸せがずっと続くようにお願いするのはどう?」
キョトンとするアルカに、未悠は落ち着いた顔のまま答えた。ルナはなんだかんだ、やっぱりちょっと気になる様子。
そんなルナに、未悠はどうにか一度くらいは箸で成功させてあげたいなと顔を上げて……ふと、目に止まる人物がいた。
キヅカ・リク(ka0038)と羊谷 めい(ka0669)の二人組だ。兄妹のような雰囲気の二人に思わず微笑ましく目を細めて……それから、近づいて声をかける。
手短に挨拶を済ませ、流し素麺が皆中々上手くいかないことを相談すると、リクは朗らかに笑う。
「流し素麺ってのはね、掴んじゃだめ。箸を……こうやって」
言うよりやってみるのが早いと、リクは実際、レーンに箸を突き立てる様に置いて素麺の塊を堰き止めると、
「こうやるの」
そう言ってごそっと掬って見せる。
未悠は成程、と頷くと、礼を言って友人たちの元へと戻っていく。
やがて。
「出来た!」
ついに箸で素麺を掬い取ることに成功したルナが歓声を上げる。それでも箸遣いがまだ不慣れな彼女には、僅かしか掬えなかったけど。友人一同、笑顔でそれを祝福する。
やがて彼女たちはテーブルの方へと移動した。ルナはここまで少量しか食べられていないが、エステルがそうだと思ってと確保しておいた素麺を有難く頂戴する。
「うん、ツルリとした口当たりが美味しい!」
「シソやゴマ、いい香りですよね。東方で食べました」
ご満悦のアルカに、エステルが相談しながらトッピングを乗せていく。先ほどまでとはまた違った、のんびりとした楽しさがそこにあった。
「ミユ、七夕ってお願い事をするんだって? ミユの想いがあの人に届く様にボクも祈るよ」
やがてそっと、アルカが未悠に囁くように告げた。
七夕。一年に一度逢瀬の叶う恋人たちの日。未悠は友人の言葉に微笑むと、ひっそりと、想い人の名を心の中で呟く……まあ、つもりで、口に出てしまっては居たのだが。
さてそんなわけで、リクとめいも流し素麺堪能中。
先ほどのリクのレクチャーを見ていためいが素麺を掬い取るのを、リクは暖かな目で見守っている。
そんなリクの麺つゆには、天ぷらを作るハナから融通してもらった天かすが浮いている。麺つゆを吸ったそれがうめーんだ、という事でこれは彼の秘密となっている。
「素麺、そんなに好きだっけ?」
それにしても結構な勢いで平らげている気がする様子に、思わずリクが尋ねる。
「お素麺、暑い日は最適ですよね。リクさんと一緒に食べれていつもよりおいしいです、けど」
リクの言葉にめいはふふっと笑うが、少し食べ過ぎの声にも聞こえた。
「その、七夕に消費した素麺の量に応じて、織姫と彦星の逢瀬の時間が増えると聞いて」
めいの言葉に、リクは流石に「何それ?」という顔を浮かべた。そんな彼らの後ろを、風が涼しい顔ですすすっと通過していく。そして。
「織姫と彦星は離れ離れになった原因は、麺を汁に全部つけるか否かで争ったかららしいですよ?」
風は今度はレーヴェに向けて、そんなことを話している。
「むう。狭量は感心せんのう。知とは互いを認めあう心あってこそじゃ。……まあ、それも若さか」
「それはちょっとババくさい……」
「ドワーフじゃからの。そりゃあ人間とは年季が違うわ」
そんな会話が聞こえて。
……まあ、なんか察したリクである。
「多分それは真に受けなくていい奴だと思う。……けど、そっか、織姫と彦星のために、か」
優しいね、とリクが笑みを向けると、めいの頬がポッと赤く染まる。
「リアルブルーだと、今頃は七夕なんですよね。彦星さまも織姫さまも理由はあっても、一年に一回しか会えないのって、さみしいですよね……って」
空を見上げて、めいはぽつりと言った。
「もし……リクさんに一年に一回しか会えなかったら……わたしも、とても、さみしい。どうにかして川を渡る方法、探しちゃうかもですね」
そういってめいは、リクに冗談めかした様子で微笑みかける。
「なんだめいちゃんがそう言ってくれるなんて嬉しいなぁ」
そんなめいに、リクは笑い返す。
「大丈夫、そんな事に成ったら僕もちゃんと会いに行くから。年に一回、誰かが用意した機会より、そんなもの自分で掴み取ってみせるさ」
堂々と言うリクに、めいは己の心臓が騒がしくなるのを感じていた。
お兄ちゃん──のような人だと、思っていた。でもそれなら、一緒に居るときのこのドキドキは何なのだろう。それから、堪らなくなるほどのこの、幸せは。
視線を落とす。不意に、自分の装いが目に入る。
(浴衣、久しぶりに着てみたのですけど……可愛いって思ってもらえるといいな)
そんな彼女の横で、リクはただ、めいちゃんも楽しそうだし良かった、なあんて考えているのだった。
「ざくろも初めはなんで七夕に素麺? って思ったけど、愛しい菊理と変わった七夕体験するのもいい思い出だなって思って」
妻である菊理に語るざくろの顔は会場の明かりに照らされて仄かに赤く染まっている。
菊理も、夫も準備に参加していた流し素麺、それ自体は楽しみにしていた。
彼女の装いは季節に合わせて鮮やかな紫陽花柄の浴衣姿。賑やかな会場内ではあるが、菊理にとってはこれは七夕デートだった。
だが。
「ぬ、くっ。これは、難しいな」
初めての流し素麺。中々掴めず、穏やかな表情ばかりではいられない。ざくろは笑って、補助をしようと菊理の後ろに回って、彼女の腕にそっと手を添える。
「こうやって、下流から上流に向けて掬うようにこう……」
菊理の腕に弧を描かせるように、添えた手を優しく動かす──つもりだった。
彼女は、合図の声につい力むと、結果、弾くような力を籠めてしまう。
ざくろの手は予定した軌道を外れてすっぽ抜け、向かう先は──
「はわわわ、事故、事故だからぁぁぁ」
そうして。顔を真っ赤にしたざくろの悲鳴が響き渡った。……叫ぶより先に、見事に浴衣の裾に突っ込んで菊理の胸を鷲掴みにしている手を何とかすべきだと思うが。
「ざくろ……いつものことだが、凄いな君は」
菊理はと言えば。赤面しながらも呆れ顔でそういうばかりである……もはや慣れたという様子で。
「素麺……食べるのは初めてだな」
レイア・アローネ(ka4082)は流しどころか、素麺自体が初めてだ。
「楽しみにしてたのだが……箸が使えん……。みんなよく持てるな……」
言いながら早々にフォークに持ち変えるが、それでも滑りの良い素麺には中々に悪戦苦闘のようだ。しかし、やがてそれにも慣れてくると、周囲を見渡す余裕も生まれてくる。
「ふむ……男女で食べるのがいいのか……。私は相手がいないなあ」
言う声に嫉妬や寂しさというものはあまり感じられなかった。ただ恋や友情に輝く少女たちを平和な気分で眺めている。そうした彼女たちを眺めていて沸き立つのはやはり、黒い気持ちというよりは庇護欲だった。
……と、自身に生まれる感情にふと、思い出すことがある。
ズルズルと素麺を啜りながら彼女が近づくのはハナだった。
「レイアさん? どうしましたぁ?」
「いや、この間の続きを聞けたらな、と思ってな……尊みがどうとか……」
レイアが遠慮がちに呟くと、ハナはああ、と合点したように頷く。
「そうですねえ……」
そうしてハナもまた、ぐるりと会場を見渡し始めた。
「おや、いける口ですか? どうです一献、いやぁ、これがまた素麺に意外に合うんですよ。キリッとした辛口でね」
賢四郎が清酒「月見」を片手に近づいていったのは、同じく日本酒、焼酎などを準備してきたハンスにだ。
折角だからと互いの酒を酌み交わす。「つゆに甘い卵焼きを入れると、これもまた乙なんですよ」と賢四郎が持参した卵焼きを差し出すとハンスはそれも面白そうに受け取った。
とはいえ、賢四郎も智里のことも気にかけている。邪魔にならない程度に、と思っていると、木陰にいたエラがエールを片手に賢四郎に近づいてきた。
「やあ。エラさんも準備お疲れ様。折角だし流し素麺は良いんですか?」
賢四郎が問うと、エラは準備中に確保していたという自分の分の素麺を掲げてみせた。もっとも、皆が満腹し空いて来たころに流し素麺にも参戦予定だそうだが。
「今のリアルブルーの状況をどう見ます?」
そうしてエラは近況報告がてら切り出した。もっとも、今この会場では意見交換を交えた雑談、程度に留めておくが。
それでも笑みに苦々しいものが混ざるのを賢四郎は自覚していた。今の蒼の世界の動静、その流れに、個の集まりでしかないハンターがどこまで出来るか。
「己に……どこまで出来るか、か」
吐息に酒精を交えながら賢四郎は零す。それから。
「確認することがあるんで、ちょっと失礼しますよ」
立ち上がる。聞きに行くのは──己の行動の結果だった。
「やぁ、以前は突然のお願いをい引き受けていただきありがとうございました」
賢四郎が話しかけに行ったのは他でもないアンだった。
話題にするのは先日、面倒を見てやれないかと頼んだ二人の男の事だ。
「彼らのその後、分かりますか?」
「へぇ。こないだ聞いた限りじゃ元気でやってるみてえですよ。よく働くって長老が」
アンの言葉に、賢四郎はほっと胸を撫で下ろした。……もとは犯罪にも手を出していた二人だ。紹介した先で問題でも起こしたらという危惧はあったが、きっと生来の癖ではなく環境に迫られてのことだったのだろう。どうかそのまま……報われて欲しいと、願う。誰のためにか分からない祈りを胸に、星を見上げて……。
「……という、今の話はどう思いましたかぁ」
「今の、というのは、少年とその兄貴分、の事だろうか……?」
「虐げられ必死に生きてきた二人がやっと見つけた安住の地……穏やかな生活の中今まで余裕がなかった互い同士を見つめる時間がこれから増えていく……そんな日々に何を思うかですぅ」
「いやしかし、聞く限り男性同士のようだが……いやしかし……」
聞こえてくるのは、レイアとハナの会話である。
「いやあんたら、人がいい話に纏めようとしてるところで何妄想してるんですか」
賢四郎は思わず突っ込んだ。
●
「食欲の落ちるこの時期に食べるもんっつったら、なんたってそうめんだろ。7月8月の昼飯は全部そうめんでも良いくらいだが……問題がひとつだけある。分かるか?」
宴もたけなわと言ったところで、デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)の声が朗々と響き渡った。一同が注目するのを見計らって彼は続ける。
「──そうめん唯一の弱点、それは色が白いってこった。白はダメだ。あまりにもダメだ」
そう言って彼が手にする器になみなみと注がれるスープは……黒かった。どこまでも漆黒だった。
「ってコトでこれが俺様のそうめん。ファイナルダークネスそうめんだ」
差し出されるそれに、慄いて後ずさりする一同。
……否。
そこに、立ちはだかる勇者、一人。
「誰かのために作った料理に勝る美味しい料理はこの世にないの。なら私は全力でそれを味わうの」
ディーナである。彼女は大真面目な顔で顔の横で指を振りながら、そう言って。デスドクロから漆黒のつゆを受け取ると、そこに素麺を沈める。箸で引き揚げると、真っ白だったはずの素麺が黒々と染まっていた。
彼女にとっては。食材を無駄にすることは万死に値する。故に彼女自身は料理の味見はきちんとするし、食べられないものは作らない。
それでも他人が作ってくれた物を食べるのが、大大大好き。
その信念に基づいて、彼女は、その麺を──一気に──啜りあげる!
「──美味しいの」
目礼して、彼女はまず一言、告げる。
「ベースは鶏のスープ、ですの? でも酸味と辛みが刺激となって食欲をそそるの。この酸味と色は黒酢? でも、その仲立ちをするこの甘味と香ばしさは……?」
吟味するディーナ。
「あー、こりゃ黒ゴマやね」
後を継いだのは晶波だ。どうやら安全らしいと確かめてからちゃっかりと味わっている。
「辛みは豆板醤やねえ……冷やし担々麺みたいな感じやね」
二人の言葉にデスドクロは満足げに頷いた。冷やし担々麺、との言葉に具体的に味の想像がついた人から、興味を持って並び始める。
まあしかし……この色であるが。
「圧倒的なまでの黒! こうでなくちゃいけねぇ」
デスドクロは、最後までそう言って憚らなかった。
割り込んでくるのは、しゅぅ、と炒め物をする音。そこから立ち昇る香り。
正太郎が作るチャンプルー野菜炒めだ。そこに、茹でた素麺をしっかり水切りと水洗い。油に絡めてさっと軽く炒めると、素麺チャンプルーの完成だ。
夜風が吹いてきて、冷たい素麺にそろそろ冷えを感じてきた人たちが、香りと蒸気に誘われるように集まっていく。差し出される皿に上機嫌によそいつけながら、次々作る正太郎の意識にあるのは、油で麺を炒めるそのコツを忘れないようにすること。
手慣れて程よくチャンプルーが捌けてきた頃合いに、もう一品。
「ニャ? バンズが素麺で出来てるニャス? 面白いニャスね!」
受け取ったミアが驚きの声を上げた。次に出てきたのは油で絡めた素麺をお好み焼きの様に焼いて作った素麺バーガー。焼いて纏めらた素麺にハンバーグが挟まれたという一品。
変わった見た目のそれに、ミアは躊躇わずがぶりと齧りつく。
「……変わった食感、ニャス」
バーガーの形をしながらも歯に感じるのは細麺を齧るプチプチとした感覚だ。焼かれた表面は油でカリカリとしており、色んな食感を生み出して……それが、ハンバーグから出る肉汁と絡み合う。目を白黒させながらも、ミアが最後に浮かべるのは満面の笑みで、正太郎もそれに満足げに笑った。
仲間達にふる舞いながら、自分も食う。
求める人たちにはコツも含め、明確にまとめたレシピを惜しみなく教える正太郎だった。
「え? 野菜だけで?」
「そう。スライスして調味料を加えて、あとはコトコト煮込むだけ。水は一切加えなくていい」
「成程。それでこの濃厚さか……」
という会話をするのは、鞍馬 真(ka5819)と研司である。
七夕の素麺といえば旬野菜を備えて願いを叶える縁起物。とはいえ、ただ添えるだけじゃ面白くないと考えた研司が作ったのが、このトマトと茄子を使ったスープによる味変めんつゆだ。
定番の麺つゆは勿論美味だが、野菜由来の甘みと酸味、暖かなスープが、今の真の心と体にはほっとする心地がした。
「そっちは? 笹だよね」
「そ。七夕と言えば笹と天の川、こいつに絡めて……素麺と川の幸の笹蒸しだ。主役も少し変わり種、ってね」
「ふうん……それもこのスープで?」
「合えばいいけど、両方癖が強いしな……。定番の出汁をこっちでも用意してみたから、好みでどうぞ」
真は頷いて笹にくるまれたそれを一つ手に取ると、一礼してテーブルへと戻っていく。
ある程度客がはけた後、研司自身もスープで素麺を一啜り。
……悪くはないが、まだ素材の持つ味わいのバランスが整え切れていない気がした。原因は、野菜の配合か、調味料の使い方か。
悩みながら、追う影を脳裏に描いて。大丈夫、捉えられると、不敵に笑う。
そう。何より今はまず、この会場を、楽しませて、楽しんで──
新たにやってくる、誰かの気配。
短冊を折って箸置きに。その横に、料理を添えて。
「節分御膳、めしあがれ!」
そうやって、ちまちまとながらも素麺を彼なりに楽しんでいた真ではあるが。
「ちゃんと食ってっか、シン? ダメじゃん! ただでさえ細っこいのにさ! 食わねーからバテんだぜ! よし、おかわり持ってきてやる!」
最近の彼の様子を心配した大伴 鈴太郎(ka6016)によるおかわり攻撃を受けていた。
「そんなに食べたらお腹を壊すよ」
持ち出された山盛り素麺を苦笑して躱す真。……ただ、気持ちは嬉しかった。最近心配をかけ通しですまない、とも思う。
互いに浴衣姿の二人もまた、兄妹といった雰囲気だった。
「そういえば、七夕に素麺を食べると恋愛運が上がるらしいね?」
鈴は割と健啖家であるが、何気なく真がそう言うと、妙に意識してしまったのか、そこから喉の通りが悪くなる。
「……大丈夫? 進んでないみたいだけど」
「ゆ、浴衣の帯がキチィんだよ!」
そんなつもりじゃなかったけどという真の言葉に、言い訳めいて鈴が言い返す。
……初めての彼女の恋は、そうにしては少し気の毒な紆余曲折もあったりして。それでも最近ようやく、自分らしくと割り切ったところ──だが。
改めてこの場で意識して、肝心な事を失念していたことにはたと気付く。
そうなるともう気にせずにはいられなくて……彼女は傍に人が居ないタイミングを見計らって、チィに話しかけた。
「あ、あのさ……トールってさ。カノ──特別仲がイイ相手って居ンのかな……?」
直球では聞けず濁した言葉で聞かれた質問は暫くかみ合わず。
「鈴君は、透さん……透に恋人が居るのか知りたいんだってさ」
最終的に、聞こえないふりをすべきかと思いつつ見守っていた真の見かねたツッコミにより是正された。
真が呼び方を言い直したのは最近透が彼を名前呼びすることを受けてだ。真はそれを大歓迎でOKした後、それならこちらも呼び捨てにすると申し出て、これも向こうから了解済みである。
何故そんなことを知りたがるのかという事については、真はとぼけた。チィがピンとこないのはこの手の話題に疎いというより部族的なものだろう。ズヴォー族は惚れた相手に恋人がいるかなど問題では無い。
「まあそういう事でしたら。居ねえとは聞いてますし、手前どもが見てる範囲ではそういうそぶりは無えっすね──あ、ただ透殿は、」
チィの回答に鈴の顔に安堵が浮かびかけて……そしてまた険しくなったところで、チィが言葉を止める。
「いややっぱやめときまさぁ。勝手に言っていいもんか分かんねえし。本人から聞いてくだせえ」
そうして、思わせぶりにしておいて無体に打ち切られた。
(恋愛に興味が無かった鈴君がこんなに変わるとはね……)
緩んだり沈んだりと忙しい鈴の表情に、真は嬉しいような寂しいような複雑な気分を覚える。
……まるで娘の成長に一喜一憂する父親みたいだ、と思わず苦笑した。
●
ぼちぼち素麺も減ってきて、レーヴェが冷えた身体にとおにぎりを配り、デザートにとスイカを出すと、会場にはそろそろお開き、という空気が漂い始めている。
ここで晶波が取り出すのは手持ち花火だった。ろうそくを囲み、皆で順に火をつけていくと、光の波が各々の手元からサァ……と音を立てて流れていく。
「お空にも、地上にも、キラキラが流れてキレイニャスなぁ」
ミアが呟く。ニャははと笑いながら、火花に照らし出される顔ぶれを見渡す。
七夕の夜。ロマンチックなイメージがあるが、色気がないなあと思わず己を省みて、ミアはいくつかの友人の顔を浮かべ、見習わないとと苦笑する。
サラサラと。音を立てるのは花火ばかりではない。風に揺れて、七夕飾りが、笹が、静かに心地よい音を立てる。
智里とハンスが用意したそれには、いつの間にか様々な人たちが想いを短冊に乗せていたようだ。文字が書かれたものもあるし、人には見せられぬと、なにも書かずに心で唱え吊るされたものもある。
『菊理をもっと幸せに、素敵な家族を一緒に……』
と願うざくろの横で、
『(こうやって二人で居る時間が増えればな……)』
と、菊理は花の多いざくろの嫁ならではの願いを心の中で星に向けていた。
ルナは、
『いつまでもこうして楽しく、仲良くいられるように』
と、同行した友人を眺めて願う。
「……なるほど、これが七夕」
しみじみと、ハンスが呟く。笹と短冊を用意した智里とハンス。それぞれの願いは勿論……。
『ハンスさんとずっと一緒に』
『一生マウジーと東方で』
●
七夕を過ごしに。素麺を味わいに。連日の暑さに。恋人と、友人と過ごすため。それぞれ集まった会は、こんな感じに過ぎていった。
願いはあるだろうか。良い休暇になっただろうか。
「素麺は──流さねばならぬ」
と。
言葉は、それだけだった。あとはただ、目の前で出来上がっていくものが全てを物語る。
何という事でしょう。昨日には何もなかった広場に、匠(?)たちの手によって立派な流し素麺台が設置されていくではありませんか。
「うちは叔父がこういうの好きすぎて、夏に祖母宅に集まった時の定番イベントだったんですぅ」
全体の総指揮を執った星野 ハナ(ka5852)はそう語る。
台上部に設置された桶は時音 ざくろ(ka1250)が準備したもの。ハナの指導の下木の香りが移らぬようよく洗われたそれは底に穴、今は栓がなされ抜けばそこから程よい量の水が流されるようになっている。
樋となる竹はハナがこの日のために東方から伐採したばかりの物。まだ碧瑞々しいそれの切り口、節の丁寧な処理はエラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)の手によるものだ。
その樋の設置は、初月 賢四郎(ka1046)がしっかりと計算、監督。程よい速度で流れるよう角度調整された四本の竹が、美しく平行に並んでいる。
土台はドワーフであるレーヴェが担当。ここの足場は丈夫さが肝要、風情より機能が重視とは彼女の弁。物作りを得意とするドワーフによってしっかりと組まれたそれは、容易には揺るがないようしっかりと竹を固定している。
竹の下流には勿論、笊付きの桶。
素麺流しと水の循環は、ハナがこれでもかとセットしてきた御霊符で対応。
テスト流しもばっちり。さあ、あとは実際に素麺を流すのを待つばかりだ。
そんなビフォーアフターが進められる横で。
「クリムゾンウェストで素麺が食べられるとはな……しかし何故そうめんなんだ?」
ざくろの作業を眺めながら白山 菊理(ka4305)が呟く。雪ノ下正太郎(ka0539)の声がたまたま答になった。
「まさか素麺の日がこっちでも伝わるとは、なら他の素麺料理も伝えるか」
七月七日は蒼の世界の業界団体が正式に素麺の日と定めているのだ。いい機会だと、正太郎は食器や調理器具、食材を準備して参加。
「東方由来のイベントは何でも参加したいですからね。しかし……素麺と言われると、何を準備すれば良いか悩みますね。ここでカリーブルストやドネルケバブを持込むのも違うでしょうし……今回は飲物に留めますか」
そう言いながらやってきたのはハンス・ラインフェルト(ka6750)と、その妻である穂積 智里(ka6819)だ。
「和食カテゴリに合わせるなら、清酒と焼酎でしょう。何人集まるかはわかりませんが、口を湿らせる程度にはなるでしょう。マウジーはどうします?」
「七夕のお菓子……索餅は1度も食べた事ないです。寧ろ星形の卵焼きやゼリーの方が食べていた気がします」
七夕に素麺を食べるという風習の原型とも言われる索餅は、ひねった形の揚げ菓子の一種という説もある。彼女が言うのはこちらの事だろう。考えた結果、彼女が用意してきたのはそれに似た麻花兒、中華かりんとうだ。
「ありがとうございますハンスさん」
会場の一角に荷物を下ろすと、智里はハンスに、これまでの荷物持ちの礼を言った。
「浴衣で大荷物は大変でしょう? これも夫の甲斐性の内です。気にすることはありませんよ」
そんな会話をする彼らの荷で特に目立つ者が一つある──笹だ。
「寧ろ七夕なら笹と短冊ですから、それっぽい飾りで会場飾る方が雰囲気が出るような……?」
そう思って手配したそれを、先ほどの菓子と短冊、筆などの筆記具を添えて設置する。
「こりゃまた随分茹でたなぁ」
設営が進んでいく中、藤堂研司(ka0569)が楽し気に言った。
研司もまた、ここで何か料理を振舞う心積もりのようだ。素麺はこっち来てからご無沙汰だったし、ここは前からやってみたかった食べ方を! と、気合を入れて調理台を設置する。
「星空を眺めながら流し素麺……オツニャス! 天の川みたいに、きらきらを流せたらいいのにニャぁ……」
会場設営を手伝いながらミア(ka7035)が呟く。
器に盛られた真っ白な素麺、透明な水と氷。そこに星を浮かべようと、彼女はカラフルな金平糖を用意してきた。冷たいから解けることは無い。目で楽しむためのものだ。
素麺が並んでいく食卓に。ハナはたっぷりの鰹出汁に、醤油味醂酒、と定番の麺つゆを用意すると、さらに準備するのは天ぷらだ。具材は魚、海老、貝など魚介が中心。
そこに。
「素麺はあっさりしてるから、つけあわせは肉や脂も良いと思うの」
ディーナ・フェルミ(ka5843)がそう言って、屋台で山のように買い込んだ串焼き・焼肉・フライ、それからジュースなどを並べていく。
「さすがアンさん食べ物イベントは逃さないの、個人的にグルメイベンターの称号を差し上げるの」
ディーナがそう声をかけると、アンは照れくさそうに笑った。
「織物が得意になったり細く長く生きるの見立てで糸って聞いたの。だからプレゼントなの」
そう言って彼女が差し出すのはパスタフリットを差し出す。アンはこれも、大喜びで受け取っていた。
「流しそうめん…初めてやけど、美味しいんやろうか?」
事前準備を手伝っていた和住晶波(ka7184)は流し素麺台を見ながら独りごちる。
「初めてやけど、楽しく過ごせたらええな~」
祭り会場の如き様相を見せ始めた広場に、彼はまた、そう零して微笑を浮かべるのだった。
●
式神がせっせと流す一口ずつの素麺を、メアリ・ロイド(ka6633)は不思議な目で見ていた。
イギリス出身。日本に住んでいた事はあるが、滞在中ほぼ軟禁状態だったため、素麺を食べるのはこれが初めてだ。
「……流れてくる麺を食べるとは面妖な……」
そうして、つい呟くと。
「麺だけに」
「いえ、別に麺とかけたわけでは」
不意に出現した最上 風(ka0891)に、乏しい表情を思わず動かしながらメアリは応えた。
「うどんや蕎麦やラーメンとかも流したくなる、誘惑に駆られますねー」
風はそんなことを言うが、先述の通り素麺を流すこと自体疑問なメアリにはいまいちピンとこない。
「知っていますか? 素麺の中に、たまに混じっている色付きを手に入れると願いが叶うらしいですよ?」
色付き? 言われて再び竹に目を落とす。
暫く後にチラリと左からくる視界の端に捉えた薄紅に、メアリは思わず突き立てる様にフォークを伸ばしていた。だが、わずかな差でそれは彼女の眼前すり抜けていき、捉えたのは次に流れてきた麺だった。
(……何をムキになっているんだ私は……)
冷静になって少し恥じる。風はいつの間にか居なくなっていた。気を取り直して、つゆの中琥珀に浮かぶ麺を掬い上げて……薄く緑に色づいたものが一本、混ざっていることに気づいた。
……。
胡乱な話だとは、思うが。
(願わくば、大事な人の幸せを)
それでも、念じながら彼女はその一本と共に素麺を啜り上げる。
「……美味しいですね。夏にぴったりなのも頷けます」
のど越しの良さに感動しながら、彼女はぽそりといった。やはり無表情だったが。
「……うわー、何か懐かしい!」
会場に到着するなり、アルカ・ブラックウェル(ka0790)が歓声を上げる。
「素麺、知ってるの?」
問うのは誘いの声をかけた高瀬 未悠(ka3199)だ。ルナ・レンフィールド(ka1565)、エステル・クレティエ(ka3783)も伴って、友人そろっての参加。
「ボクの故郷の村には蒼世界から転移して来た人もいるからね。その人が作ったソーメンは故郷の村でも食べてたよ」
七夕に食べるということは無くて、やはり、夏に食べる料理の一つという認識だったが。
「木を割ってくり抜いて流しソーメンってのもやった事あるよ!」
アルカが楽し気にそう言うと、そのまま四人、誘われるように流し素麺台へ。
「これがそーめん、ですか? パスタよりもずっと細いですね……真っ白で綺麗です」
エステルが微笑する。
文化と言うことで、お箸で挑戦! と意気込むルナと、その熱意に押される形でエステルが、未悠に箸遣いを習いながら流し素麺に手を伸ばす。
「東方へは度々行っているので箸は練習中なんですけど、これはかなり難易度が……っ」
そうして、慣れないまま必死で箸を動かすエステルだが、やはりすぐにはうまく使えない。
「わわ、難しい……うーん、素麺が逃げるー」
ルナも同様、大苦戦している。
その、箸を教えた未悠はと言えば、彼女も元はお嬢様。箸は綺麗に使えても流し素麺は初体験で、掴めたと思ったら再び樋の上に落としてはしょんぼりした顔を浮かべている。
「流れて動く様も泳いでいるみたいで……見ているうちに行ってしまうのは……流れ星みたい、ですね」
なんて、フォローのつもりかエステルは言うが、その声はちょっと苦笑気味だ。
結局。
「あの、フォークお借りしても?」
そうして、エステルは今回は素直に、早々に白旗を上げると。
「……いや、やっぱダメだ、ボクもフォークちょうだい!」
アルカがそれに許しを得たかのように、次いでギブアップ。
「むぅー」
そんな中、ルナだけは負けず嫌いの面もでて、未悠の手元を睨むように見つめながら意地で箸で挑み続けていた。
未悠もさすがに、ここで自分がフォークは使えまいと、まだ箸での挑戦を続けている。
そんな二人を見て。
「……2人が頑張るのはやっぱり恋愛運の?」
エステルがふと、そんなことを言った。ぶふ、とルナが盛大にむせる。
「え? 何、何の話?」
「七夕に素麺を食べると恋が叶うらしいわよ。アルカは相思相愛だから幸せがずっと続くようにお願いするのはどう?」
キョトンとするアルカに、未悠は落ち着いた顔のまま答えた。ルナはなんだかんだ、やっぱりちょっと気になる様子。
そんなルナに、未悠はどうにか一度くらいは箸で成功させてあげたいなと顔を上げて……ふと、目に止まる人物がいた。
キヅカ・リク(ka0038)と羊谷 めい(ka0669)の二人組だ。兄妹のような雰囲気の二人に思わず微笑ましく目を細めて……それから、近づいて声をかける。
手短に挨拶を済ませ、流し素麺が皆中々上手くいかないことを相談すると、リクは朗らかに笑う。
「流し素麺ってのはね、掴んじゃだめ。箸を……こうやって」
言うよりやってみるのが早いと、リクは実際、レーンに箸を突き立てる様に置いて素麺の塊を堰き止めると、
「こうやるの」
そう言ってごそっと掬って見せる。
未悠は成程、と頷くと、礼を言って友人たちの元へと戻っていく。
やがて。
「出来た!」
ついに箸で素麺を掬い取ることに成功したルナが歓声を上げる。それでも箸遣いがまだ不慣れな彼女には、僅かしか掬えなかったけど。友人一同、笑顔でそれを祝福する。
やがて彼女たちはテーブルの方へと移動した。ルナはここまで少量しか食べられていないが、エステルがそうだと思ってと確保しておいた素麺を有難く頂戴する。
「うん、ツルリとした口当たりが美味しい!」
「シソやゴマ、いい香りですよね。東方で食べました」
ご満悦のアルカに、エステルが相談しながらトッピングを乗せていく。先ほどまでとはまた違った、のんびりとした楽しさがそこにあった。
「ミユ、七夕ってお願い事をするんだって? ミユの想いがあの人に届く様にボクも祈るよ」
やがてそっと、アルカが未悠に囁くように告げた。
七夕。一年に一度逢瀬の叶う恋人たちの日。未悠は友人の言葉に微笑むと、ひっそりと、想い人の名を心の中で呟く……まあ、つもりで、口に出てしまっては居たのだが。
さてそんなわけで、リクとめいも流し素麺堪能中。
先ほどのリクのレクチャーを見ていためいが素麺を掬い取るのを、リクは暖かな目で見守っている。
そんなリクの麺つゆには、天ぷらを作るハナから融通してもらった天かすが浮いている。麺つゆを吸ったそれがうめーんだ、という事でこれは彼の秘密となっている。
「素麺、そんなに好きだっけ?」
それにしても結構な勢いで平らげている気がする様子に、思わずリクが尋ねる。
「お素麺、暑い日は最適ですよね。リクさんと一緒に食べれていつもよりおいしいです、けど」
リクの言葉にめいはふふっと笑うが、少し食べ過ぎの声にも聞こえた。
「その、七夕に消費した素麺の量に応じて、織姫と彦星の逢瀬の時間が増えると聞いて」
めいの言葉に、リクは流石に「何それ?」という顔を浮かべた。そんな彼らの後ろを、風が涼しい顔ですすすっと通過していく。そして。
「織姫と彦星は離れ離れになった原因は、麺を汁に全部つけるか否かで争ったかららしいですよ?」
風は今度はレーヴェに向けて、そんなことを話している。
「むう。狭量は感心せんのう。知とは互いを認めあう心あってこそじゃ。……まあ、それも若さか」
「それはちょっとババくさい……」
「ドワーフじゃからの。そりゃあ人間とは年季が違うわ」
そんな会話が聞こえて。
……まあ、なんか察したリクである。
「多分それは真に受けなくていい奴だと思う。……けど、そっか、織姫と彦星のために、か」
優しいね、とリクが笑みを向けると、めいの頬がポッと赤く染まる。
「リアルブルーだと、今頃は七夕なんですよね。彦星さまも織姫さまも理由はあっても、一年に一回しか会えないのって、さみしいですよね……って」
空を見上げて、めいはぽつりと言った。
「もし……リクさんに一年に一回しか会えなかったら……わたしも、とても、さみしい。どうにかして川を渡る方法、探しちゃうかもですね」
そういってめいは、リクに冗談めかした様子で微笑みかける。
「なんだめいちゃんがそう言ってくれるなんて嬉しいなぁ」
そんなめいに、リクは笑い返す。
「大丈夫、そんな事に成ったら僕もちゃんと会いに行くから。年に一回、誰かが用意した機会より、そんなもの自分で掴み取ってみせるさ」
堂々と言うリクに、めいは己の心臓が騒がしくなるのを感じていた。
お兄ちゃん──のような人だと、思っていた。でもそれなら、一緒に居るときのこのドキドキは何なのだろう。それから、堪らなくなるほどのこの、幸せは。
視線を落とす。不意に、自分の装いが目に入る。
(浴衣、久しぶりに着てみたのですけど……可愛いって思ってもらえるといいな)
そんな彼女の横で、リクはただ、めいちゃんも楽しそうだし良かった、なあんて考えているのだった。
「ざくろも初めはなんで七夕に素麺? って思ったけど、愛しい菊理と変わった七夕体験するのもいい思い出だなって思って」
妻である菊理に語るざくろの顔は会場の明かりに照らされて仄かに赤く染まっている。
菊理も、夫も準備に参加していた流し素麺、それ自体は楽しみにしていた。
彼女の装いは季節に合わせて鮮やかな紫陽花柄の浴衣姿。賑やかな会場内ではあるが、菊理にとってはこれは七夕デートだった。
だが。
「ぬ、くっ。これは、難しいな」
初めての流し素麺。中々掴めず、穏やかな表情ばかりではいられない。ざくろは笑って、補助をしようと菊理の後ろに回って、彼女の腕にそっと手を添える。
「こうやって、下流から上流に向けて掬うようにこう……」
菊理の腕に弧を描かせるように、添えた手を優しく動かす──つもりだった。
彼女は、合図の声につい力むと、結果、弾くような力を籠めてしまう。
ざくろの手は予定した軌道を外れてすっぽ抜け、向かう先は──
「はわわわ、事故、事故だからぁぁぁ」
そうして。顔を真っ赤にしたざくろの悲鳴が響き渡った。……叫ぶより先に、見事に浴衣の裾に突っ込んで菊理の胸を鷲掴みにしている手を何とかすべきだと思うが。
「ざくろ……いつものことだが、凄いな君は」
菊理はと言えば。赤面しながらも呆れ顔でそういうばかりである……もはや慣れたという様子で。
「素麺……食べるのは初めてだな」
レイア・アローネ(ka4082)は流しどころか、素麺自体が初めてだ。
「楽しみにしてたのだが……箸が使えん……。みんなよく持てるな……」
言いながら早々にフォークに持ち変えるが、それでも滑りの良い素麺には中々に悪戦苦闘のようだ。しかし、やがてそれにも慣れてくると、周囲を見渡す余裕も生まれてくる。
「ふむ……男女で食べるのがいいのか……。私は相手がいないなあ」
言う声に嫉妬や寂しさというものはあまり感じられなかった。ただ恋や友情に輝く少女たちを平和な気分で眺めている。そうした彼女たちを眺めていて沸き立つのはやはり、黒い気持ちというよりは庇護欲だった。
……と、自身に生まれる感情にふと、思い出すことがある。
ズルズルと素麺を啜りながら彼女が近づくのはハナだった。
「レイアさん? どうしましたぁ?」
「いや、この間の続きを聞けたらな、と思ってな……尊みがどうとか……」
レイアが遠慮がちに呟くと、ハナはああ、と合点したように頷く。
「そうですねえ……」
そうしてハナもまた、ぐるりと会場を見渡し始めた。
「おや、いける口ですか? どうです一献、いやぁ、これがまた素麺に意外に合うんですよ。キリッとした辛口でね」
賢四郎が清酒「月見」を片手に近づいていったのは、同じく日本酒、焼酎などを準備してきたハンスにだ。
折角だからと互いの酒を酌み交わす。「つゆに甘い卵焼きを入れると、これもまた乙なんですよ」と賢四郎が持参した卵焼きを差し出すとハンスはそれも面白そうに受け取った。
とはいえ、賢四郎も智里のことも気にかけている。邪魔にならない程度に、と思っていると、木陰にいたエラがエールを片手に賢四郎に近づいてきた。
「やあ。エラさんも準備お疲れ様。折角だし流し素麺は良いんですか?」
賢四郎が問うと、エラは準備中に確保していたという自分の分の素麺を掲げてみせた。もっとも、皆が満腹し空いて来たころに流し素麺にも参戦予定だそうだが。
「今のリアルブルーの状況をどう見ます?」
そうしてエラは近況報告がてら切り出した。もっとも、今この会場では意見交換を交えた雑談、程度に留めておくが。
それでも笑みに苦々しいものが混ざるのを賢四郎は自覚していた。今の蒼の世界の動静、その流れに、個の集まりでしかないハンターがどこまで出来るか。
「己に……どこまで出来るか、か」
吐息に酒精を交えながら賢四郎は零す。それから。
「確認することがあるんで、ちょっと失礼しますよ」
立ち上がる。聞きに行くのは──己の行動の結果だった。
「やぁ、以前は突然のお願いをい引き受けていただきありがとうございました」
賢四郎が話しかけに行ったのは他でもないアンだった。
話題にするのは先日、面倒を見てやれないかと頼んだ二人の男の事だ。
「彼らのその後、分かりますか?」
「へぇ。こないだ聞いた限りじゃ元気でやってるみてえですよ。よく働くって長老が」
アンの言葉に、賢四郎はほっと胸を撫で下ろした。……もとは犯罪にも手を出していた二人だ。紹介した先で問題でも起こしたらという危惧はあったが、きっと生来の癖ではなく環境に迫られてのことだったのだろう。どうかそのまま……報われて欲しいと、願う。誰のためにか分からない祈りを胸に、星を見上げて……。
「……という、今の話はどう思いましたかぁ」
「今の、というのは、少年とその兄貴分、の事だろうか……?」
「虐げられ必死に生きてきた二人がやっと見つけた安住の地……穏やかな生活の中今まで余裕がなかった互い同士を見つめる時間がこれから増えていく……そんな日々に何を思うかですぅ」
「いやしかし、聞く限り男性同士のようだが……いやしかし……」
聞こえてくるのは、レイアとハナの会話である。
「いやあんたら、人がいい話に纏めようとしてるところで何妄想してるんですか」
賢四郎は思わず突っ込んだ。
●
「食欲の落ちるこの時期に食べるもんっつったら、なんたってそうめんだろ。7月8月の昼飯は全部そうめんでも良いくらいだが……問題がひとつだけある。分かるか?」
宴もたけなわと言ったところで、デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)の声が朗々と響き渡った。一同が注目するのを見計らって彼は続ける。
「──そうめん唯一の弱点、それは色が白いってこった。白はダメだ。あまりにもダメだ」
そう言って彼が手にする器になみなみと注がれるスープは……黒かった。どこまでも漆黒だった。
「ってコトでこれが俺様のそうめん。ファイナルダークネスそうめんだ」
差し出されるそれに、慄いて後ずさりする一同。
……否。
そこに、立ちはだかる勇者、一人。
「誰かのために作った料理に勝る美味しい料理はこの世にないの。なら私は全力でそれを味わうの」
ディーナである。彼女は大真面目な顔で顔の横で指を振りながら、そう言って。デスドクロから漆黒のつゆを受け取ると、そこに素麺を沈める。箸で引き揚げると、真っ白だったはずの素麺が黒々と染まっていた。
彼女にとっては。食材を無駄にすることは万死に値する。故に彼女自身は料理の味見はきちんとするし、食べられないものは作らない。
それでも他人が作ってくれた物を食べるのが、大大大好き。
その信念に基づいて、彼女は、その麺を──一気に──啜りあげる!
「──美味しいの」
目礼して、彼女はまず一言、告げる。
「ベースは鶏のスープ、ですの? でも酸味と辛みが刺激となって食欲をそそるの。この酸味と色は黒酢? でも、その仲立ちをするこの甘味と香ばしさは……?」
吟味するディーナ。
「あー、こりゃ黒ゴマやね」
後を継いだのは晶波だ。どうやら安全らしいと確かめてからちゃっかりと味わっている。
「辛みは豆板醤やねえ……冷やし担々麺みたいな感じやね」
二人の言葉にデスドクロは満足げに頷いた。冷やし担々麺、との言葉に具体的に味の想像がついた人から、興味を持って並び始める。
まあしかし……この色であるが。
「圧倒的なまでの黒! こうでなくちゃいけねぇ」
デスドクロは、最後までそう言って憚らなかった。
割り込んでくるのは、しゅぅ、と炒め物をする音。そこから立ち昇る香り。
正太郎が作るチャンプルー野菜炒めだ。そこに、茹でた素麺をしっかり水切りと水洗い。油に絡めてさっと軽く炒めると、素麺チャンプルーの完成だ。
夜風が吹いてきて、冷たい素麺にそろそろ冷えを感じてきた人たちが、香りと蒸気に誘われるように集まっていく。差し出される皿に上機嫌によそいつけながら、次々作る正太郎の意識にあるのは、油で麺を炒めるそのコツを忘れないようにすること。
手慣れて程よくチャンプルーが捌けてきた頃合いに、もう一品。
「ニャ? バンズが素麺で出来てるニャス? 面白いニャスね!」
受け取ったミアが驚きの声を上げた。次に出てきたのは油で絡めた素麺をお好み焼きの様に焼いて作った素麺バーガー。焼いて纏めらた素麺にハンバーグが挟まれたという一品。
変わった見た目のそれに、ミアは躊躇わずがぶりと齧りつく。
「……変わった食感、ニャス」
バーガーの形をしながらも歯に感じるのは細麺を齧るプチプチとした感覚だ。焼かれた表面は油でカリカリとしており、色んな食感を生み出して……それが、ハンバーグから出る肉汁と絡み合う。目を白黒させながらも、ミアが最後に浮かべるのは満面の笑みで、正太郎もそれに満足げに笑った。
仲間達にふる舞いながら、自分も食う。
求める人たちにはコツも含め、明確にまとめたレシピを惜しみなく教える正太郎だった。
「え? 野菜だけで?」
「そう。スライスして調味料を加えて、あとはコトコト煮込むだけ。水は一切加えなくていい」
「成程。それでこの濃厚さか……」
という会話をするのは、鞍馬 真(ka5819)と研司である。
七夕の素麺といえば旬野菜を備えて願いを叶える縁起物。とはいえ、ただ添えるだけじゃ面白くないと考えた研司が作ったのが、このトマトと茄子を使ったスープによる味変めんつゆだ。
定番の麺つゆは勿論美味だが、野菜由来の甘みと酸味、暖かなスープが、今の真の心と体にはほっとする心地がした。
「そっちは? 笹だよね」
「そ。七夕と言えば笹と天の川、こいつに絡めて……素麺と川の幸の笹蒸しだ。主役も少し変わり種、ってね」
「ふうん……それもこのスープで?」
「合えばいいけど、両方癖が強いしな……。定番の出汁をこっちでも用意してみたから、好みでどうぞ」
真は頷いて笹にくるまれたそれを一つ手に取ると、一礼してテーブルへと戻っていく。
ある程度客がはけた後、研司自身もスープで素麺を一啜り。
……悪くはないが、まだ素材の持つ味わいのバランスが整え切れていない気がした。原因は、野菜の配合か、調味料の使い方か。
悩みながら、追う影を脳裏に描いて。大丈夫、捉えられると、不敵に笑う。
そう。何より今はまず、この会場を、楽しませて、楽しんで──
新たにやってくる、誰かの気配。
短冊を折って箸置きに。その横に、料理を添えて。
「節分御膳、めしあがれ!」
そうやって、ちまちまとながらも素麺を彼なりに楽しんでいた真ではあるが。
「ちゃんと食ってっか、シン? ダメじゃん! ただでさえ細っこいのにさ! 食わねーからバテんだぜ! よし、おかわり持ってきてやる!」
最近の彼の様子を心配した大伴 鈴太郎(ka6016)によるおかわり攻撃を受けていた。
「そんなに食べたらお腹を壊すよ」
持ち出された山盛り素麺を苦笑して躱す真。……ただ、気持ちは嬉しかった。最近心配をかけ通しですまない、とも思う。
互いに浴衣姿の二人もまた、兄妹といった雰囲気だった。
「そういえば、七夕に素麺を食べると恋愛運が上がるらしいね?」
鈴は割と健啖家であるが、何気なく真がそう言うと、妙に意識してしまったのか、そこから喉の通りが悪くなる。
「……大丈夫? 進んでないみたいだけど」
「ゆ、浴衣の帯がキチィんだよ!」
そんなつもりじゃなかったけどという真の言葉に、言い訳めいて鈴が言い返す。
……初めての彼女の恋は、そうにしては少し気の毒な紆余曲折もあったりして。それでも最近ようやく、自分らしくと割り切ったところ──だが。
改めてこの場で意識して、肝心な事を失念していたことにはたと気付く。
そうなるともう気にせずにはいられなくて……彼女は傍に人が居ないタイミングを見計らって、チィに話しかけた。
「あ、あのさ……トールってさ。カノ──特別仲がイイ相手って居ンのかな……?」
直球では聞けず濁した言葉で聞かれた質問は暫くかみ合わず。
「鈴君は、透さん……透に恋人が居るのか知りたいんだってさ」
最終的に、聞こえないふりをすべきかと思いつつ見守っていた真の見かねたツッコミにより是正された。
真が呼び方を言い直したのは最近透が彼を名前呼びすることを受けてだ。真はそれを大歓迎でOKした後、それならこちらも呼び捨てにすると申し出て、これも向こうから了解済みである。
何故そんなことを知りたがるのかという事については、真はとぼけた。チィがピンとこないのはこの手の話題に疎いというより部族的なものだろう。ズヴォー族は惚れた相手に恋人がいるかなど問題では無い。
「まあそういう事でしたら。居ねえとは聞いてますし、手前どもが見てる範囲ではそういうそぶりは無えっすね──あ、ただ透殿は、」
チィの回答に鈴の顔に安堵が浮かびかけて……そしてまた険しくなったところで、チィが言葉を止める。
「いややっぱやめときまさぁ。勝手に言っていいもんか分かんねえし。本人から聞いてくだせえ」
そうして、思わせぶりにしておいて無体に打ち切られた。
(恋愛に興味が無かった鈴君がこんなに変わるとはね……)
緩んだり沈んだりと忙しい鈴の表情に、真は嬉しいような寂しいような複雑な気分を覚える。
……まるで娘の成長に一喜一憂する父親みたいだ、と思わず苦笑した。
●
ぼちぼち素麺も減ってきて、レーヴェが冷えた身体にとおにぎりを配り、デザートにとスイカを出すと、会場にはそろそろお開き、という空気が漂い始めている。
ここで晶波が取り出すのは手持ち花火だった。ろうそくを囲み、皆で順に火をつけていくと、光の波が各々の手元からサァ……と音を立てて流れていく。
「お空にも、地上にも、キラキラが流れてキレイニャスなぁ」
ミアが呟く。ニャははと笑いながら、火花に照らし出される顔ぶれを見渡す。
七夕の夜。ロマンチックなイメージがあるが、色気がないなあと思わず己を省みて、ミアはいくつかの友人の顔を浮かべ、見習わないとと苦笑する。
サラサラと。音を立てるのは花火ばかりではない。風に揺れて、七夕飾りが、笹が、静かに心地よい音を立てる。
智里とハンスが用意したそれには、いつの間にか様々な人たちが想いを短冊に乗せていたようだ。文字が書かれたものもあるし、人には見せられぬと、なにも書かずに心で唱え吊るされたものもある。
『菊理をもっと幸せに、素敵な家族を一緒に……』
と願うざくろの横で、
『(こうやって二人で居る時間が増えればな……)』
と、菊理は花の多いざくろの嫁ならではの願いを心の中で星に向けていた。
ルナは、
『いつまでもこうして楽しく、仲良くいられるように』
と、同行した友人を眺めて願う。
「……なるほど、これが七夕」
しみじみと、ハンスが呟く。笹と短冊を用意した智里とハンス。それぞれの願いは勿論……。
『ハンスさんとずっと一緒に』
『一生マウジーと東方で』
●
七夕を過ごしに。素麺を味わいに。連日の暑さに。恋人と、友人と過ごすため。それぞれ集まった会は、こんな感じに過ぎていった。
願いはあるだろうか。良い休暇になっただろうか。
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ネタ合わせや相談卓 初月 賢四郎(ka1046) 人間(リアルブルー)|29才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/07/02 00:59:04 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/07/01 23:03:20 |