ゲスト
(ka0000)
【虚動】コオロギと機械人形
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/12/22 19:00
- 完成日
- 2014/12/28 03:29
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「はいはいっ……こちら2名さんお待ち! あ、食べ終わった器はそこ置いといて。
小銭ないの? オマケしとくよ、忙しいから。いいから行きな!」
辺境領マギア砦の南に建設された、CAM稼働実験場。
各国の雑多な人員が入り乱れる会場の片隅に、屋台が軒を連ねている。
野外用コンロに鍋や鉄板を乗せ、寒さに凍える作業員たちへ出来立ての料理を振る舞おうという趣向だ。
内ひとつの屋台でもざんばらの黒髪に髭面の男が、列を成す客を次々さばいていた。
「店長、釣り銭ないぜ!」
「何とかしとけ!」
「何とかって、トマの奴まだ便所から帰っ……あーっとお待たせ、4杯ね」
鍋から器にざっとシチューを盛り、カウンターに置いて、代金を受け取ると、
汚れた皿を水バケツに突っ込んで、他のバケツの水を替えつつ中の食器を出して拭き、
調理担当の店長を振り返って助けがないと見るや自ら釣り銭用に括った小銭をほぐし、
肉が少ないと言って怒る客へ謝りつつ干しておいた器を手元へ引き寄せ、その間にも行列が伸びていく。
濡れてかじかんだ手をさっと鍋にかざして暖めると、また新たな客をさばき、
そうして髭面は忙しく立ち働いていた。
(食堂が遠いからな。稼ぎはいいが)
髭面――便利屋"クリケット"はふと、広い空き地を挟んで屋台の向かい、
ビニールシートで覆われた大型機械へ目をやる。
何日か前に急ぎで運び込まれたものだったが、周囲に立つ警備の数から、傍目にも重要な物資であると分かった。
(CAMか)
目を逸らし、再び仕事の手を進める。行列は引きも切らずだ。
忙しいほうがいい、嫌なことを忘れていられる。例え、CAMの傍でも。
●
リゼリオ到着後のごたごたが片づいたなり、
連合宙軍所属パイロット、ジェームズ・サーボン"クリケット"中尉は船を降りた。
もううんざりだった。LH044脱出時の戦闘、漂着直後の艦内掃討戦。
押し寄せる歪虚の群れ、民間人の悲鳴、担ぎ込まれる犠牲者たち、擱座し炎を吹き上げるCAM。
心身共に傷を負い、兵隊暮らしに見切りをつけたクリケットは、
単身西方世界を彷徨いながら半端仕事で食いつないできた。
覚醒者ながら、ソサエティに登録する気は全くなかった。
もう歪虚は見たくない。
コボルドやゴブリンなら問題なく蹴散らせるが雑魔、特に図体のでかい奴となるとまるで駄目だ。
計器が一斉にアラートを吐いて、クリスマスツリーよろしく色とりどりに輝くコクピット、
そこに充満するオゾンと汗と反吐の匂い。今でもありありと思い出される。
秋頃ピースホライズンへ万霊節を見物しに行った折、知り合った屋台の親父から、
「帝国領で新しく店をやるから働かないか」
と誘われた。先々の予定はないし、旅費は浮くしということで二つ返事について来たが、
今度は辺境で儲け話が、というところから、まさかCAM実験場へ店を構える羽目になるとは。
(全く、人生どうしたってなるようにしかならないもんだって――
ジュゼッパ、お前さんの言う通りだったかも知れないぜ)
「2つで充分だよ!」
気がつくとシチューを盛り過ぎていた。慌てて2杯だけをカウンターに回す。
「失礼、お待ち」
「さっきから言ってんのにさ、分かってくれよ、もう」
ぶつくさ言う客から代金を受け取ると、もう次が待ちかねた顔で現れる。
今度こそ仕事に集中しようと、愛想笑いで顔を上げたそのときだった。
●
近場のどこからか、警報がううぅ、と唸りを上げる。クリケットの手が止まった。
「――店長、店仕舞いにせにゃならんようです」
「やばいのか?」
やばいとも。耳にたこができるくらい聞いた音だ。スクランブル、各機緊急発進。
空き地の向かいで、宙軍兵士たちが慌ただしく動き出した。
客たちも異変に気づき、屋台前の行列からぞろぞろとばらけていく。
「みんなずらかれ! ここはやべぇぞ!」
実験場外周部に近い。敵の姿はまだ見えないが、
「中央の陣幕に行け! あそこなら偉いさんも多い、防御も固い!」
クリケットの叫びに、店員たちも客たちも食事を放って駆け出した。
そうこうしている内に空地の向かいのCAMからシートが剥され、駆動音と共に2機が立ち上がる。
ドミニオンMk.IV。クリケットには見慣れた筈の機体だ。だが片方の1機に、思わず目が釘づけになった。
『ドンキィノーズ(驢馬の鼻づら)』。都市中心部やコロニー機関部でのテロ対応を想定し、
各種センサーと電子戦装備を強化したMk.IVのバリエーション機。
面長の頭部と、丸っこいセンサーカバーの形からその名がついた。
開発直後に対歪虚の新型機が計画され、生産ラインをそちらに回されたから現存する機体は数少ない。
その中でもサルバトーレ・ロッソに配備され、LH044から回収できた機体となると――
(ちくしょう)
一番見たくないものを見た。コクピット部に長鼻のマリオネット――ピノキオのエンブレム。
ジュゼッパ・コローディ搭乗機。亡友の愛機。
●
「ルート204で本隊と合流する。ラナ2、随行せよ――くそっ、下がよく見えん」
ドンキィノーズのパイロットは悪態をつきつつ、フットペダルを慎重に操作して所定の移動路を目指した。
稼働実験に向け、コクピット部の大穴へ間に合わせの修理を施した為、全周天の筈のモニターが一部死んでいる。
そのせいで足下に不安があるが、なけなしの燃料をはたいての稼働だ。うろちょろしている余裕はない。
同じような故障を抱えた相棒、コールサイン・ラナ2を連れてすぐに移動しようとするが、
『止まってくれ!』
脚部装備のマイクが、機体に駆け寄ってきた髭面の男の声を補整してコクピットへ届けた。パイロットが怒鳴る。
「どいてろ、踏みつぶされるぞ!」
『非戦闘員が避難中だ、援護してくれ!』
「機体の移動が最優先だ! お前らもさっさと逃げろ!」
『間に合うかよ!』
男の叫びに合わせて、ドンキィノーズのセンサーが敵襲を感知する。
外周の守りを突破したコボルド型雑魔の群れが、東側の斜面を越えて押し寄せてきている。
『どっちかだけでいい! あんたらの30ミリなら連中を止められる!』
『こちらラナ2、民間人保護を行う。
逃げてくれ少尉。そっちの機体のが多少なりとも状態がいい、どっちか残すなら』
ラナ2のドミニオンが急反転し、関節部アクチュエーターが軋みを上げる。
クリケットは一旦CAMから離れ、逃げていく人々の最後尾についた。
『装弾数が心許ない。モニターがあちこちいかれてて、足元からの攻撃に即応できん。近づかれる前に手を――』
『ポイントマンは俺がやってやる! 前方敵陣中央、撃て!』
「――ラナ1、撤退する! やられるなよ!」
相方の機が射撃を行っている間、ドンキィノーズは先んじて本陣へ後退していく。
残されたラナ2とクリケットは、迫り来る敵を前に膝をつき、覚悟を決めた。
「はいはいっ……こちら2名さんお待ち! あ、食べ終わった器はそこ置いといて。
小銭ないの? オマケしとくよ、忙しいから。いいから行きな!」
辺境領マギア砦の南に建設された、CAM稼働実験場。
各国の雑多な人員が入り乱れる会場の片隅に、屋台が軒を連ねている。
野外用コンロに鍋や鉄板を乗せ、寒さに凍える作業員たちへ出来立ての料理を振る舞おうという趣向だ。
内ひとつの屋台でもざんばらの黒髪に髭面の男が、列を成す客を次々さばいていた。
「店長、釣り銭ないぜ!」
「何とかしとけ!」
「何とかって、トマの奴まだ便所から帰っ……あーっとお待たせ、4杯ね」
鍋から器にざっとシチューを盛り、カウンターに置いて、代金を受け取ると、
汚れた皿を水バケツに突っ込んで、他のバケツの水を替えつつ中の食器を出して拭き、
調理担当の店長を振り返って助けがないと見るや自ら釣り銭用に括った小銭をほぐし、
肉が少ないと言って怒る客へ謝りつつ干しておいた器を手元へ引き寄せ、その間にも行列が伸びていく。
濡れてかじかんだ手をさっと鍋にかざして暖めると、また新たな客をさばき、
そうして髭面は忙しく立ち働いていた。
(食堂が遠いからな。稼ぎはいいが)
髭面――便利屋"クリケット"はふと、広い空き地を挟んで屋台の向かい、
ビニールシートで覆われた大型機械へ目をやる。
何日か前に急ぎで運び込まれたものだったが、周囲に立つ警備の数から、傍目にも重要な物資であると分かった。
(CAMか)
目を逸らし、再び仕事の手を進める。行列は引きも切らずだ。
忙しいほうがいい、嫌なことを忘れていられる。例え、CAMの傍でも。
●
リゼリオ到着後のごたごたが片づいたなり、
連合宙軍所属パイロット、ジェームズ・サーボン"クリケット"中尉は船を降りた。
もううんざりだった。LH044脱出時の戦闘、漂着直後の艦内掃討戦。
押し寄せる歪虚の群れ、民間人の悲鳴、担ぎ込まれる犠牲者たち、擱座し炎を吹き上げるCAM。
心身共に傷を負い、兵隊暮らしに見切りをつけたクリケットは、
単身西方世界を彷徨いながら半端仕事で食いつないできた。
覚醒者ながら、ソサエティに登録する気は全くなかった。
もう歪虚は見たくない。
コボルドやゴブリンなら問題なく蹴散らせるが雑魔、特に図体のでかい奴となるとまるで駄目だ。
計器が一斉にアラートを吐いて、クリスマスツリーよろしく色とりどりに輝くコクピット、
そこに充満するオゾンと汗と反吐の匂い。今でもありありと思い出される。
秋頃ピースホライズンへ万霊節を見物しに行った折、知り合った屋台の親父から、
「帝国領で新しく店をやるから働かないか」
と誘われた。先々の予定はないし、旅費は浮くしということで二つ返事について来たが、
今度は辺境で儲け話が、というところから、まさかCAM実験場へ店を構える羽目になるとは。
(全く、人生どうしたってなるようにしかならないもんだって――
ジュゼッパ、お前さんの言う通りだったかも知れないぜ)
「2つで充分だよ!」
気がつくとシチューを盛り過ぎていた。慌てて2杯だけをカウンターに回す。
「失礼、お待ち」
「さっきから言ってんのにさ、分かってくれよ、もう」
ぶつくさ言う客から代金を受け取ると、もう次が待ちかねた顔で現れる。
今度こそ仕事に集中しようと、愛想笑いで顔を上げたそのときだった。
●
近場のどこからか、警報がううぅ、と唸りを上げる。クリケットの手が止まった。
「――店長、店仕舞いにせにゃならんようです」
「やばいのか?」
やばいとも。耳にたこができるくらい聞いた音だ。スクランブル、各機緊急発進。
空き地の向かいで、宙軍兵士たちが慌ただしく動き出した。
客たちも異変に気づき、屋台前の行列からぞろぞろとばらけていく。
「みんなずらかれ! ここはやべぇぞ!」
実験場外周部に近い。敵の姿はまだ見えないが、
「中央の陣幕に行け! あそこなら偉いさんも多い、防御も固い!」
クリケットの叫びに、店員たちも客たちも食事を放って駆け出した。
そうこうしている内に空地の向かいのCAMからシートが剥され、駆動音と共に2機が立ち上がる。
ドミニオンMk.IV。クリケットには見慣れた筈の機体だ。だが片方の1機に、思わず目が釘づけになった。
『ドンキィノーズ(驢馬の鼻づら)』。都市中心部やコロニー機関部でのテロ対応を想定し、
各種センサーと電子戦装備を強化したMk.IVのバリエーション機。
面長の頭部と、丸っこいセンサーカバーの形からその名がついた。
開発直後に対歪虚の新型機が計画され、生産ラインをそちらに回されたから現存する機体は数少ない。
その中でもサルバトーレ・ロッソに配備され、LH044から回収できた機体となると――
(ちくしょう)
一番見たくないものを見た。コクピット部に長鼻のマリオネット――ピノキオのエンブレム。
ジュゼッパ・コローディ搭乗機。亡友の愛機。
●
「ルート204で本隊と合流する。ラナ2、随行せよ――くそっ、下がよく見えん」
ドンキィノーズのパイロットは悪態をつきつつ、フットペダルを慎重に操作して所定の移動路を目指した。
稼働実験に向け、コクピット部の大穴へ間に合わせの修理を施した為、全周天の筈のモニターが一部死んでいる。
そのせいで足下に不安があるが、なけなしの燃料をはたいての稼働だ。うろちょろしている余裕はない。
同じような故障を抱えた相棒、コールサイン・ラナ2を連れてすぐに移動しようとするが、
『止まってくれ!』
脚部装備のマイクが、機体に駆け寄ってきた髭面の男の声を補整してコクピットへ届けた。パイロットが怒鳴る。
「どいてろ、踏みつぶされるぞ!」
『非戦闘員が避難中だ、援護してくれ!』
「機体の移動が最優先だ! お前らもさっさと逃げろ!」
『間に合うかよ!』
男の叫びに合わせて、ドンキィノーズのセンサーが敵襲を感知する。
外周の守りを突破したコボルド型雑魔の群れが、東側の斜面を越えて押し寄せてきている。
『どっちかだけでいい! あんたらの30ミリなら連中を止められる!』
『こちらラナ2、民間人保護を行う。
逃げてくれ少尉。そっちの機体のが多少なりとも状態がいい、どっちか残すなら』
ラナ2のドミニオンが急反転し、関節部アクチュエーターが軋みを上げる。
クリケットは一旦CAMから離れ、逃げていく人々の最後尾についた。
『装弾数が心許ない。モニターがあちこちいかれてて、足元からの攻撃に即応できん。近づかれる前に手を――』
『ポイントマンは俺がやってやる! 前方敵陣中央、撃て!』
「――ラナ1、撤退する! やられるなよ!」
相方の機が射撃を行っている間、ドンキィノーズは先んじて本陣へ後退していく。
残されたラナ2とクリケットは、迫り来る敵を前に膝をつき、覚悟を決めた。
リプレイ本文
●
ラナ2の30ミリライフルが、迫り来る敵群先端を蹴散らした。
しかし残弾が足りない。数回の点射の後、クリケットが手を挙げて合図する。
「残り1マガだろ、ギリギリまで引きつけろ!」
『敵がもう近過ぎる! これ以上接近されたら後がないぞ!』
「こっちゃ、お前さんの機が唯一の武器なんだ!」
CAMが弾倉を交換する。これを撃ち切ってしまうと、不具合だらけの機体で格闘するより他に手がない。
避難経路へ詰めかける非戦闘員たちを後ろに、クリケットがコボルドの群れへと歩き出した。
身体を張って止める覚悟。
『止めろ! 残存敵数40、死ぬだけだ!』
「こちとら覚醒者で元宙軍兵士。囮くらいにはならぁな」
ここで死ぬか、犬に食われて。
何、ジュゼッパや他の兵隊連中なんぞ『虫』に食われて死んだんだ。比べたら多少マシとも言える。
CAMの射撃でばらけた群れの、1番大きな塊へ向けて走り出す――
「早まるんじゃねぇよ」
騎馬が1頭、クリケットの目前へ駆け込んできた。
騎乗者のジルボ(ka1732)はそのまま通り過ぎ、避難者の中へ分け入ると、
「足が不自由な奴はいるか? 綺麗な姉ちゃんがいたら、俺が優しく運んでやるぞ!」
急場で駆けつけたハンター、総勢25人。
ジルボに続いて瞬く間にCAMの周囲へ取りつき、各々配置に立つ。
デュミナスの着ぐるみに身を包んだラザラス・フォースター(ka0108)は、避難路の先へと走り、
「さーみんなこっちだぜ! 安心してくれ、CAMならあの程度の敵は朝飯前だぜ!」
元整備士が言うんだから間違いない、と笑顔で人々の背を叩いた。
「敵は俺が見てる、だからふたりも避難に専念してな! 急げよ、でも慌てんな!」
真白・祐(ka2803)は座射姿勢のCAMの足下へ寄ると、
連れ立つ三河 ことり(ka2821)と御崎・汀(ka2918)に、ラザラスへ続くよう促した。汀が応えて、
「了解です! あ、わ……慌てないでください、でも急がないでくださいですー」
ことりと共に避難誘導を始める。突然の援軍に、呆気に取られたクリケットだったが、
「先程撤退したCAMからの通信で、おおよその事態は把握してる。"ハミングバード"だ、よろしくな」
シャーリーン・クリオール(ka0184)の敬礼で目を覚ます。
この場に居合わせた元宙軍兵士は、クリケットばかりではないようだ。
サルバトーレ・ロッソ漂着後、船を降り、新たにハンターとして戦う決意をした元兵士は少なくない。
避難誘導に加わる白金 綾瀬(ka0774)、敬礼を飛ばすなりそそくさと射撃位置につくシャーリーン、
並んでライフルを構える君島 防人(ka0181)と、
サーシャ・V・クリューコファ(ka0723)、毒々沼 冥々(ka0696)。
軍隊仕込みの身ごなしで、名乗らずともそれと分かる。
前衛として敵群へ向かっていったハンターたちの中にも、恐らくは。
「……援軍、感謝する」
ひとりでに上がった手で敬礼を返すと、クリケットはCAMの元へ戻った。
彼我兵力差、27対40。しかしこちらは覚醒者とCAM1機の戦力だ。いける筈。
LH044の二の舞はない――そう信じたい。
●
「鶴翼の陣……の変形になるかな。全員、この構えで待ち受ける」
空き地へ展開した前衛13名が、イーディス・ノースハイド(ka2106)の指揮で素早く陣を組んだ。
V字の底に穴を開けたようなその陣形は、殺到する敵の横列を漏斗のように縦列に狭めて、後衛の前へ送り出す。
後衛の射撃に的を絞らせる為だ。防御に自信のあるイーディスは陣形後方、突進を正面から受ける位置へ立った。
膝をつき、身体のほとんどを構えた大盾で覆い隠す。王国騎士団で鍛えた鉄壁の守り。3匹程度は跳ね返せる。
仲間たちも己の技量を見極めた上で、得意の位置を目指すが――
(このまま突っ込まれたら、右側がこぼれちまう)
陣の右先端から、大剣を手にエヴァンス・カルヴィ(ka0639)が突出する。
陣形に対して敵群が右にずれている。会敵まで残り4、5秒。躊躇の暇はない。
紫月・海斗(ka0788)と並んで陣形右辺についていた柊 真司(ka0705)が、咄嗟に声をかけた。
「やる気だな」
「ああ、やる気さ。言うまでもねぇが俺に構うなよ、陣形維持が最優先だ――
来い、コボルト共! 俺を相手せずにここを通るのは、只の臆病ものだって証明してるようなもんだぜ!」
一騎駆け。エヴァンスは、前衛を迂回しかけた10匹ほどの塊と真っ向ぶつかり合う。
雑魔化したコボルドの突撃が波濤のように襲う。まとめて見当をつけ、気合一閃、剣で薙ぐが、
(何て圧力だ……!)
突進をもろに受けた。剣を戻して防御するも踏み堪えられず、コボルドの爪牙によって遂に倒れる。
だが、エヴァンスが先駆けて挑んだ10匹は、確かに陣形の中央へとその進路を変えた。
「怯むな! 敵は獣と同じだ、睨み返して威圧してくぞ!」
リュー・グランフェスト(ka2419)が気勢を上げ、陣へ押し寄せる敵に大太刀を振るう。
「うちの売れっ子は、お触り厳禁なんだよ?」
コリーヌ・エヴァンズ(ka0828)。ナックル『メテオブレイカー』で拳を固め、コボルドの鼻面を殴り飛ばす。
呼応して陣形のあちこちから矢弾が飛び、本格的な衝突が始まった。
こちらも敵にアサルトライフルの弾丸を叩き込みながら、海斗が言った。
「威勢の良い野郎だったが、ホントに放っておいて良いのか?」
「あいつも手練れだ、死んじゃいねぇ。第一、この状況で動けるか――っと、悪いが後衛にまで行かせねぇぜ」
真司は答えつつ、海斗と並んでライフルを掃射する。差し当たり目前の8匹、ふたりで防がねばならない。
突出した1匹が海斗へ飛びかかるのを、マテリアルの防御障壁を展開して跳ね返す。
海斗も防御障壁を使い、互いにカバーしながら的確な射撃を続けるふたりだったが、
(まるで嵐だな。こうしてる間に他の前衛連中、やられちまわねーか)
真司と交替してリロードをする合間に一瞬、海斗は前衛の仲間たちを振り返った。
(噛みついてこないだけ、嵐のがマシね)
アルビルダ=ティーチ(ka0026)。3匹を相手して、負傷していた。
身を隠して回復する隙を作れたら良かったが、生憎と今回は遮蔽の少ない平地での衝突。
霊闘士特有の、動物霊の加護を受けた身のこなしでも、
絶え間なく繰り出される攻撃を完全に避けおおせることはできなかった。
(相手だって逃げ場がないから、最初の接触でそれなりに削れた筈なんだけど……こっちも消耗が早い!)
これ以上は危険と見て、リボルバーを連射しつつ一旦後退すると、
「大丈夫!?」
同じく負傷したレホス・エテルノ・リベルター(ka0498)が、ナックルを両手に嵌めてさっと立ち替わる。
「ギリギリってとこ!」
「まったくもう、嫌なタイミングで攻めてくるね……
でも、こんなところでCAMを傷つける訳にはいかないんだ!」
今、背後で避難中の人間だけではない。歪虚から守らねばならない人々が沢山いる。故郷のリアルブルーにも。
(CAMはみんなを守る盾にならなきゃ……その盾を、今はボクらが守らなきゃ。
ボクだって元宙軍兵士だ、こんなところで――)
「こんなところで倒れてたまるかっ!」
前後から2匹。背中をアルビルダに預けつつ、レホスは機導剣を放つ。
●
「うひひひひっ、来た来た抜けてきたァ!」
冥々が発砲する。敵の約半数が前衛を突破したようだ。
後衛射撃部隊は現在6名。足の速い20匹のコボルドを接近前に駆逐するには、少々頭数が厳しいようだが、
「敵隊列先頭に射撃を集中させる。リロードタイムは3・3のシフトで相互にカバーしろ。
手数を減らすな、一般人とドミニオンに被害が出る前に殲滅しろ!」
防人が怒鳴った。敵は前衛の陣形に誘導され、緩やかな縦列を成して後衛へ向かっている。
複数人が狙いを先頭の1匹に集め、確実に敵数を減じていけば見かけほど不利ではない。
(避難している民間人やCAMがいる以上、敵の突破は絶対に阻止ですね!)
立て続けの銃撃に脚の鈍った先頭のコボルドへ、
エルバッハ・リオン(ka2434)がウィンドガストを撃ち込む。倒した。
(後ろで敵が団子になってる……スリープクラウドでまとめて止められれば)
タイミングを計るエルバッハと入れ替わりに、フィドルフ(ka2525)がバトルライフルを突き出す。
セミオートでの射撃数発で、2匹目が仰け反った。空になった弾倉を慌てず交換し、
「今日は冷えるねぇ。オレ、寒いと動きたくなくなるからさ。
格闘にならずに、このまま終わってくれたら良いんだけど」
「後ろの塊が、嫌だな」
サーシャが呟く。敵の隊列は移動と共に解れはじめていた。ばらばらで突っ込んで来られたら対応し切れない。
シャーリーンの弓が3匹目の肩を射抜く。脚が一瞬止まり、サーシャの射撃で止めを刺される。
このペースで間に合うかどうか。サーシャは一旦銃を下ろし、
『戦線正面、次のポイントに射撃要請。タイミングは任せる』
背後のシャーリーンへハンドサイン。ひっきりなしの銃声で、CAMの周囲はひどく騒がしい。
シャーリーンは更に、避難者の列を後ろから押しやっていたクリケットへ、
クリケットは彼女のサインと敵群とを交互に見やると、CAM脚部のセンサー間近で怒鳴る。
膝をついたまま、巨大な銃を携えたCAMの上半身だけが動作した。サーシャはありったけの声で、
「5秒後、30ミリ砲が火を噴くぞ! 付近の者は留意せよ!」
「CAMの30ミリね。どれくらい敵に近づかれたのかしら」
避難誘導を行っていた綾瀬が、砲声に手を止めて振り返る。
「小型の雑魔くらいならあれ1発だぜ! ほら、焦らない焦らない!」
一方、CAMの威力を信じているラザラスは、笑顔を崩さず人々の手を引いていく。
足腰の弱い者を優先して運ぶジルボの馬へ、汀とことりがエプロン姿の初老の婦人を押し上げる。
「何だまーたオバハンかよお呼びじゃないぜ……っイダダダ。失敬お姉さま暴れないで」
「ジルボさん、お願いしますねっ」
ジルボと婦人を送り出す汀へ、前線寄りで働いていた祐が、
「そっち、問題ないか!?」
「と、とりあえずっ。あの、敵は」
「心配するな! 言ったろ、避難に集中しとけ!」
ハンターたちが滞りなく誘導を続けながらも、
耳を聾する30ミリ砲の連射に、避難者たちの緊張は否応なく高まっていく。汀は深呼吸ひとつして周囲に、
「だ、大丈夫です! 私は頼りないかもしれませんが、祐くんや他の人がいますから!
絶対みなさんを守りますから、大丈夫!」
●
(焦ってはいけない。間合いはこちらのほうが広い、確実に先手を取っていけば)
前衛、上泉 澪(ka0518)の大太刀が居並ぶコボルドを薙ぎ払う。
なおも突進の止まらない1匹を返す刀で横一文字に両断すると、飛沫いた血を拭い、新たな攻撃へ身構える。
近場ではフラヴィ・ボー(ka0698)が無傷のまま、機導砲の連射で敵を寄せつけない。
ふたりとも敵との距離を慎重に計りつつ、陣形を崩さぬまま迎撃を続けていた。しかし――
(半分がた後ろへ抜けたって言うのに、圧が中々弱まらない)
鳳 覚羅(ka0862)が、バトルライフルに残弾を吐き出させる。
相手はおよそ恐怖心の欠如した雑魔の群れ、生半な攻撃では止まってはくれない。
ライフルで2匹を仕留めるも、生き残ったコボルドたちは倒れた仲間を一顧だにせず覚羅へ迫る。
(当面の敵を排除しないと、俺たちも助け合う余裕がないな)
コリーヌもこれ以上敵を後ろに抜かせまいと奮闘するが、
乱戦の最中、食らいついてきた1匹に思わぬ苦戦を強いられる。
(いざってときは後衛の助けに回るつもりだったのに……これじゃ!)
コリーヌの右フックがコボルドの肘を捉える。骨を砕く確かな手応え。
「後ろっ!」
覚羅が叫びつつライフルを差し向けるが、間に合わない。
乱闘のどさくさで、コリーヌの背後をもう1匹が襲った。脚に噛みつかれる。
「ううっ」
蹴りで振りほどこうとするも、片腕を折られてなお殺意の揺るがなかった先の1匹が、
脚を拘束されたコリーヌへ鉤爪を振るう。覚羅は弾切れのライフルからワイヤーウィップへ得物を持ち替え、
「全く、うじゃうじゃと……!」
鞭を左右に打ち振るい、どうにか道を空けてコリーヌの助けに向かった。
アバルト・ジンツァー(ka0895)の援護射撃が1匹を、覚羅の鞭が1匹を彼女から引き離す。
コリーヌはマテリアルヒーリングによる自己治癒も間に合わず、頭部を殴打されて気絶してしまっている。
1度は間合いを空けたコボルドたちも、もはや後衛へと抜ける気はないようで、
生き残り同士寄り集まり、傷ついたハンターを隙あらば取り囲もうと動き出す。
(威嚇射撃による足止めも限界か。数を減らさねばこちらがもたん)
最初の接触で後衛へ抜けた敵とすれ違いざま、アバルトは深手を負わせられた。だが、まだ動ける。
爪に抉られた左腕からの出血の量を気にかけつつも、再び固まり始めた敵へ効果的な射撃を行える位置を探す。
僅かな距離を移動する内、ワンドを構えたユノ(ka0806)に行き当たった。
「スリープクラウドを使うよ、僕の後ろへ下がって!」
前衛へぶつかる前に、敵群の足を止める筈だったスリープクラウド。
しかし雑魔化したコボルドの魔法耐性は思いの外高く、突進の勢いもあって充分な威力を発揮できなかった。
だが、今度こそ――
「気づかれたか」
アバルトとユノへ5匹が向いて、即座に群れを成し突撃をかける。アバルトが銃を構えるより早く、
「眠っちゃえ!」
ユノのワンドから吹き出した煙が、先頭3匹を昏倒させた。
残り2匹。跳躍した1匹を、アバルトのライフルが空中で仕留める。
最後の1匹が踏み込んできて、ワンドを握るユノの腕を爪で斬りつけた。
痛みに顔をしかめつつ、ユノはファイアアローで敵を吹き飛ばす。
「だらあっ!」
リューは太刀の長さ一杯を活かして、敵の足元を薙いでいく。
素早いコボルドのこと、そうそう簡単に転んではくれないが、
(今更抜かせるかよ!)
背後へ回り込もうとした敵の脚に、刃を引っかける。かなり腕力の要る仕事だが、まだ戦える。
どうしても止め切れなかった何匹かが気がかりだが、今は後ろを信じるばかりだ。助けに回る余裕は――
「避けて!」
声を上げたのはアルビルダ。
思わず身構えるリューだが、不意打ちを受けたのは、アルビルダの背中を守るレホスだった。
次第に戦闘不能の人員を増していく前衛。
後衛では、CAMの30ミリライフルが砲声を轟かせている。
●
エルバッハのスリープクラウド、冥々の威嚇射撃が、
後衛目がけて殺到する敵の群れに撃ち込まれる。それでもなお行軍は止まらない。
「やべェなやべェな、もうギリってとこだなッ! このまんまじゃやっぱ格闘戦になるかもなァうひひっ」
「私も、火力支援に回ります!」
エルバッハがウィンドスラッシュに攻撃を切り替えた。
CAMの砲撃で舞い上がった土煙を散らし、かまいたちが敵を切り裂く。
次いで防人、フィドルフが同時に発砲し、更に後列のコボルドを倒す。これで残り――
(まだ10匹以上か!)
見開かれたクリケットの眼が、立ち込める硝煙で痛み出した。
傍らのシャーリーンがハンドサインを出してすぐ、
コンポジットボウの矢を突出しかけていた敵隊列左翼へ射かける。
そこへ撃て、ということか。クリケットがCAMのパイロットに伝え、再度の砲撃。
崩れて横隊に成りかけた3、4匹のコボルドを、完全に散開する前に叩いておく。
『残弾2!』
パイロットのその声を聴いて、クリケットの手足をにわかに震えが走った。
間近で砲声を浴び続けたせいだ――そう思い込む。
「馬に乗せる必要のある奴、まだいるか!?」
既に数回の往復をこなしたジルボが、馬上から尋ねる。綾瀬が避難者を振り返り、
「他に足の不自由な人……いないわね?」
「なら、俺も戻って射撃隊に手ェ貸すぞ!」
6人のハンターによる誘導で、避難は滞りなく進んでいた。
頃合いを見て、それぞれに後衛射撃部隊の配置へ混ざっていく。
ジルボは馬上から大弓を、汀がワンドを、綾瀬はけたたましく笑う冥々の隣についてアサルトライフルを構え、
「リローディング!」
そう叫ぶ防人、同じくリロードを始めたフィドルフ、サーシャと入れ替わりに、綾瀬たちが射撃を開始する。
ラザラス、祐、ことりは、万が一弾幕を突貫して後衛に達した敵を接近戦で抑えるべく、射撃部隊の脇に控えた。
「……案外、いけそうじゃない?」
銃声にほとんどかき消されたフィドルフの呟き。サーシャが地獄耳で聞きつけて、ひとり頷いた。
(これまで前衛が抜かせたのは、今目の前にいるきり。これきりを対処すれば良いのなら)
余力はある、と踏んだ。
いよいよ目前に迫った敵群をCAMが砲撃する。30ミリ、残り1発。
●
イーディスの大盾に、何度目かのコボルドの体当たり。力を溜めて一息に跳ね返す。
前衛の敵は残り10匹ほどか――いや、数えるな。10匹が100匹だろうが、
(災厄から民を護る盾たらんとすれば!)
彼女の盾に3匹が、繰り返しぶつかって隙を作ろうとする。
しかし疲労が重なってもなお、イーディスの堅守は崩れない。
一方、防御に徹しながらの反撃では中々コボルドを仕留めるに至らず、膠着状態が続いていた。
「援護する!」
フラヴィの機導砲が、2匹のコボルドの片割れの気を逸らす。
近くには、負傷し倒れたレホスと、こちらもやはり負傷が重なり動けなくなったアルビルダ。
澪が助けに入る。反射的に飛びかかってきたコボルドの胸へ、寸前で大太刀の刃を押し当て、力ずくで掻き切る。
その間にリューが駆けつけ、負傷者ふたりを庇って立つ。彼が残してきた敵は、真司と海斗が引き受けた。
当初の陣形は完全に崩れてしまったが、負傷者多数の現在、動ける者で臨機応変に対処するより他にない。
「もうちょいだ! この数なら、抑えるより倒しちまったほうが早いぜ!」
海斗がライフルを撃ち込みながら言う。彼も、防御障壁で防ぎ切れなかった攻撃で傷を負っている。
真司は拳銃を手に、近場のコボルドを片端から撃って止めを刺していく。
アバルトとユノが、スリープクラウドで足の止まった敵を一掃した。アバルトはすぐさま銃の狙いを変え、
(残りは――あれだけだ!)
澪、フラヴィ、リューが2匹のコボルドを仕留め終え、残るはイーディスが囮を引き受けていた3匹のみ。
ユノがファイアローを撃ち込むと、魔法の火に巻かれて1匹が倒れた。
次いでアバルトの、SOT仕込みの射撃術――セミオートで確実に1発ずつ撃った。
マテリアルを込めた弾丸が、雑魔化コボルドの硬い皮膚を貫く。
イーディスが遂に盾を下ろす。
うつぶせに倒れた2匹のコボルドへ歩み寄ると、続けざまに、その背へ剣を突き立てた。
それを見て、ふぅ、と息を吐いたのは覚羅。
足元に横たわっていたコリーヌをそっと抱きかかえると、辺りを見回す。
広々とした空き地に散らばるコボルドの死骸、その数21匹。
倒された雑魔の肉体からは、早くもその構成物質たる負のマテリアルが飛散し、風化が始まっている。
(後衛は無事だろうか)
西側からの銃声はまだ続いていた。覚羅の他何人かが、硝煙と粉塵に包まれたCAMの影を見やる。
気がかりだが、前衛はもはや後衛の援護に急行できる状態ではなかった。
残してきた仲間の働きを信じるより仕方がない。
●
CAMが4回目の砲撃を行う。残弾1。
土煙の中から飛び出してきた――5匹。後衛到達まで2、30メートルの距離。
コボルドたちの眼が、炎のように赤く揺らめく。
「メリー・ゲロ・クリスマァァァスッ!」
冥々が絶叫しつつありったけの弾丸を撃ち放ち、綾瀬、サーシャのライフルがこれに続く。
シャーリーンとジルボが引き絞った弓から矢を放つ。蜂の巣にされ、コボルド2匹が脱落した。
あと3匹。エルバッハはウィンドスラッシュの連射を止め、再びスリープクラウドを準備する。
いざとなれば、接近戦に備えるメンバーの鼻先ぎりぎりで突進をストップさせるつもりだが、
(これならきっと、間に合います!)
間に合った。防人とフィドルフのライフルが、2匹の胸板に大穴を空ける。
最後の1匹目が後衛に達した瞬間、
ラザラスと祐が左右から機導砲を撃ち込み、汀のマジックアローが駄目押しとなる。
『――IFFに敵性反応なし。各種センサーも敵影を確認せず』
CAMのスピーカーから、パイロットの呟きが漏れた。
30ミリライフルの銃口は後衛前列のすぐ足下に向けられていたが、そこにはもはや動く者はない。
頭部カメラの角度を調整しようとするCAMの首の振りに合わせて、クリケットも彼方を見つめた。
空き地の向こうから歩いてくる、前衛の13人。
怪我人を何人も抱えているようで歩みは遅いが、あちらも無事戦闘を終了したようだ。
一同、しばし放心の後、
「勝ったぜ! もうこの辺りに敵はいねぇ、俺たちの勝ちだ!」
無邪気に声を上げるラザラス。射撃部隊も姿勢を解く。銃を下ろした防人が、
「前衛部隊負傷者の救護が必要かも知れん。心得のある者はこちらに続け」
「他はこっちだ。避難はまだ終わっちゃいねぇ、油断すんなよ!」
ジルボも馬を引き返し、残った避難者たちの誘導を再開すると、他の皆はそれぞれに続いて歩き出す。
●
「ちょっとアレ、見てよ!」
どうにか歩けるまでに回復したアルビルダが、西側を指差す。
リューに肩を借りつつ後衛との合流へ向かっていたレホスが、その声にぱっと面を上げる。
「CAMが、立ち上がってる……!」
全高8メートルの機械仕掛けの巨人が直立し、ライフルを持たないほうの手で敬礼の姿勢を取っている。
思わず見とれて、レホスの足取りが危うくなった。
「おっと。足元、気をつけろよ」
「ごめんっ……でも、良かった。CAMは無事だったんだね。避難中の人たちも、きっと……」
「つくづく、でけぇな」
言いつつ、よろめくエヴァンスの両肩を真司と海斗が支えた。
10匹のコボルドの猛攻を受けて、エヴァンスは全身傷だらけではあったが、どうにか致命傷は避けられた。
(無茶、しちまったかな。自分じゃ死ぬ気はさらさらなかったし、事実生き残りはしたけどよ)
討死は戦の華、戦士の本望。そんな考えが、まだ何処かに刷り込まれたままでいやしないか。
(俺たちは生きる為に戦ってるんだ。そうだろ、エヴァンス・カルヴィよ)
自分たちの守ったCAMが健在で稼働している。今はその誇らしさが、傷の痛みを和らげてくれた。
「真司。お前さん、やっぱりもう1度アレに乗りたいか」
海斗がからかうように尋ねると、
「燃料切れの心配がなくなれば、な。今度の実験、上手く行けば良いが」
守り切れるだろうか。散乱する死骸を踏み越えながら、真司は考える。
今回以上の攻勢、あるいはより巧妙な歪虚の攻撃が、この実験場を見舞うことがあれば――
「何か?」
しきりに辺りを気にする様子のフラヴィへ、澪が声をかける。
ほぼ無傷で戦闘を終えたふたりは、それぞれ深手を負ったアバルトとユノに肩を貸して歩いていた。
「……いや。何でもない」
口ではそう答えるフラヴィだったが、目は鋭く周囲の死骸と、空き地の彼方とを行き交う。
(CAMの海上輸送中に海賊の襲撃があったばかりで、次はこれだ……が、やはり死体はコボルドのものだけ。
人間の悪党とコボルド型雑魔とではどうも一貫性に欠けるけれど、
やはり同一の指揮者による、一続きの作戦なのか。あるいは別々に動いている複数の黒幕がいるのか)
「だが、まさか動くCAMを再び見られるとは思わなかった」
隣のアバルトが不意に感慨深げな声を漏らすと、フラヴィの目もつられて、敬礼の姿勢で屹立するCAMを見た。
ふと、奇妙な想像が過る。CAMの復活を機に今までの辛い事全て、逆再生して元通りになってくれたとしたら。
CAMが蘇り、船は動き、ふたつの世界の壁を再び越えて、かつてのような暮らしへ帰る。
『見知った』家族との暮らしへ。
(馬鹿だな)
アバルトから顔を背けて、フラヴィは苦笑する。怪訝そうにそれを見つめる澪。
ユノもうっかり飛行型の雑魔なぞが戦況を偵察してやしないかと、きょろきょろ周囲を見回していたが、
それらしい影はひとまず何処にも見つからず、安心してCAMを見物し始めた。
「ホントでっかいね。アレに乗ったらどんな感じがするかな」
「巨人になったような気分さ」
アバルトがそう答えて微笑んだ。
●
覚羅は途中までコリーヌを抱えて運んでやっていたが、
「もう歩けるってば、大丈夫! ……ありがとうね」
そう言うので、下ろした。多少疲労の色は見られるが、コリーヌの足取りはしっかりしている。
マテリアルヒーリングが効いたのだろう。ふたりで西側へ辿り着いて、見上げれば、CAMはもう間近だ。
敬礼を解くCAMのアクチュエーターの軋みを聴いて、覚羅もつい自分の義手を摩ってしまった。
『当機はこれより、避難中の非戦闘員に随行しつつ本隊へ合流する。
ハンター諸君の協力に心より感謝する! ――本当に、助かった』
周囲の人間が離れたところで、慎重に歩き出すCAM。それを名残惜しそうに見送るのは、冥々とラザラスだ。
「もう行っちゃうのかCAMたん……それにしてもゲロ美しい……」
「ドミニオン、整備させて欲しかったなー」
「お互い無事のようで、何よりだ」
イーディスが、後衛の仲間たちと握手を交わす。シャーリーンが答えた。
「非戦闘員、及びCAMの損害はゼロ。搭載燃料も余裕がありそうだな。
ひとまず作戦成功だ。前衛のみんな、お疲れ様。お蔭で射撃の手も間に合った」
「そういえば」
サーシャが振り返る。誰か探しているのか、と尋ねられると、
「私たちが来る前から、CAMのポイントマンをしていた彼。姿が見えない」
「何処へ行ったのかしら。彼も元宙軍兵士のようだったけど」
綾瀬も避難者の列を眺めて、先程までCAMの傍にいた筈の髭面の男を探した。
と、列の先頭から戻ってきたばかりの祐と汀が、
「あの男ならさっきすれ違ったよ。どっかの親父さんからは『クリケット』なんて呼ばれてたけど」
「ハンターの方でもないようですし、引き留めはしなかったんですけど……」
彼が兵隊を辞めた上、ハンターにもならなかった理由。SOT上がりの防人には何となく想像がついた。
避難者に紛れて足早に戦場を去っていったクリケットだが、
以前、LH044脱出時の戦闘でも彼を見かけた覚えがある。自分と同じCAMパイロットだった筈だ。
(あの男もいい加減、くたびれたんだろう)
いつ終わるとも知れぬヴォイドとの戦闘。真空からどうにか壁数枚を隔てた場所で寝起きする毎日。
CAM搭乗時はスティックを、それ以外ではライフルの銃把ばかり握り絞めて暮らしていて、
そんなある日、自分の両手がその形のまま固まってしまっていることに気づく。飯を食うとき食器が持ち辛い。
たまの休暇で地球へ降りたときの、俺と小隊仲間たちの恰好ったらなかった。
重力酔いに背を丸め、手は鉤の形で硬直して、まるで猿じゃないか。そう言って笑い合った奴らも今は――
(――感傷的になるとは。疲れているのか、俺は)
「怪我した人たち、とりあえずは歩けそうです。移動しましょう」
「CAM見学ってのもままならないもんだね。早いとこ、休めるところへ行こうよ」
エルバッハとフィドルフが、前衛から合流した怪我人たちを引き受けて歩いてくる。
防人もひとりを預かって、内陣へ戻り始めた。
●
リアルブルー人とは聞いてたが、お前、元兵隊だったのか。
屋台の親父のそんな軽口も、クリケットは道端の岩に腰かけて休憩しながら、上の空で聞き流す。
ドンキィノーズ――ジュゼッパ。撤退した機体は無事なのか。いやに気にかかる。
あれほど忘れたいと思っていたのに。
ジュゼッパ。からっぽの女だった。
滅茶苦茶に荒れた家を出て、荒れた人間だったのが、軍隊へ入ってにわかに新しい生き方を叩き込まれた。
民間人の盾となって、敵へ立ち向かう生き方。それはそれで立派だ。
しかしお前さん、他に生きがいってないのかよ? 家族も恋人も、趣味も将来の夢もなく、
『私にはこれが全て』とうそぶいて、馬鹿真面目に兵隊稼業ばかりをこなし、それっきりで死んだ。
(可哀想なピノキオ。俺にはお前さんの鼻が伸びてるように見える……なんて言ったのは)
勝手な願望だったかも知れない。心底彼女を哀れんでいたのでなく、哀れむ振りをしながら、
本音はただ自分のほうを向いて欲しい、それだけのことだったんじゃないのか。
そんな不純な心根が、あのときコクピットでペダルを踏む俺の脚を竦ませたんじゃないのか。
そして彼女は死んだ――
自己中心的な考えは止めろ。そうだ俺は疲れてるんだ、CAMから離れればまともに戻るさ。
まともな、何者でもない、過去も持たないただの便利屋に。
「逃げんなよ」
と親父が言う。驚いて顔を上げると、
「俺だってゾンネンシュトラールの生まれ。革命騒ぎを生き延びて、荒事なんざ慣れっこだ!
こういうときこそ稼ぎどき、ってな。お前みたいな度胸のある店員、頼りにしてんだぜ?」
クリケットは曖昧な笑みを浮かべ、握りかけた手の甲で埃まみれの髭を摩る。
戻す手が一瞬、そこにある筈のない操縦桿を中空に探った。
ラナ2の30ミリライフルが、迫り来る敵群先端を蹴散らした。
しかし残弾が足りない。数回の点射の後、クリケットが手を挙げて合図する。
「残り1マガだろ、ギリギリまで引きつけろ!」
『敵がもう近過ぎる! これ以上接近されたら後がないぞ!』
「こっちゃ、お前さんの機が唯一の武器なんだ!」
CAMが弾倉を交換する。これを撃ち切ってしまうと、不具合だらけの機体で格闘するより他に手がない。
避難経路へ詰めかける非戦闘員たちを後ろに、クリケットがコボルドの群れへと歩き出した。
身体を張って止める覚悟。
『止めろ! 残存敵数40、死ぬだけだ!』
「こちとら覚醒者で元宙軍兵士。囮くらいにはならぁな」
ここで死ぬか、犬に食われて。
何、ジュゼッパや他の兵隊連中なんぞ『虫』に食われて死んだんだ。比べたら多少マシとも言える。
CAMの射撃でばらけた群れの、1番大きな塊へ向けて走り出す――
「早まるんじゃねぇよ」
騎馬が1頭、クリケットの目前へ駆け込んできた。
騎乗者のジルボ(ka1732)はそのまま通り過ぎ、避難者の中へ分け入ると、
「足が不自由な奴はいるか? 綺麗な姉ちゃんがいたら、俺が優しく運んでやるぞ!」
急場で駆けつけたハンター、総勢25人。
ジルボに続いて瞬く間にCAMの周囲へ取りつき、各々配置に立つ。
デュミナスの着ぐるみに身を包んだラザラス・フォースター(ka0108)は、避難路の先へと走り、
「さーみんなこっちだぜ! 安心してくれ、CAMならあの程度の敵は朝飯前だぜ!」
元整備士が言うんだから間違いない、と笑顔で人々の背を叩いた。
「敵は俺が見てる、だからふたりも避難に専念してな! 急げよ、でも慌てんな!」
真白・祐(ka2803)は座射姿勢のCAMの足下へ寄ると、
連れ立つ三河 ことり(ka2821)と御崎・汀(ka2918)に、ラザラスへ続くよう促した。汀が応えて、
「了解です! あ、わ……慌てないでください、でも急がないでくださいですー」
ことりと共に避難誘導を始める。突然の援軍に、呆気に取られたクリケットだったが、
「先程撤退したCAMからの通信で、おおよその事態は把握してる。"ハミングバード"だ、よろしくな」
シャーリーン・クリオール(ka0184)の敬礼で目を覚ます。
この場に居合わせた元宙軍兵士は、クリケットばかりではないようだ。
サルバトーレ・ロッソ漂着後、船を降り、新たにハンターとして戦う決意をした元兵士は少なくない。
避難誘導に加わる白金 綾瀬(ka0774)、敬礼を飛ばすなりそそくさと射撃位置につくシャーリーン、
並んでライフルを構える君島 防人(ka0181)と、
サーシャ・V・クリューコファ(ka0723)、毒々沼 冥々(ka0696)。
軍隊仕込みの身ごなしで、名乗らずともそれと分かる。
前衛として敵群へ向かっていったハンターたちの中にも、恐らくは。
「……援軍、感謝する」
ひとりでに上がった手で敬礼を返すと、クリケットはCAMの元へ戻った。
彼我兵力差、27対40。しかしこちらは覚醒者とCAM1機の戦力だ。いける筈。
LH044の二の舞はない――そう信じたい。
●
「鶴翼の陣……の変形になるかな。全員、この構えで待ち受ける」
空き地へ展開した前衛13名が、イーディス・ノースハイド(ka2106)の指揮で素早く陣を組んだ。
V字の底に穴を開けたようなその陣形は、殺到する敵の横列を漏斗のように縦列に狭めて、後衛の前へ送り出す。
後衛の射撃に的を絞らせる為だ。防御に自信のあるイーディスは陣形後方、突進を正面から受ける位置へ立った。
膝をつき、身体のほとんどを構えた大盾で覆い隠す。王国騎士団で鍛えた鉄壁の守り。3匹程度は跳ね返せる。
仲間たちも己の技量を見極めた上で、得意の位置を目指すが――
(このまま突っ込まれたら、右側がこぼれちまう)
陣の右先端から、大剣を手にエヴァンス・カルヴィ(ka0639)が突出する。
陣形に対して敵群が右にずれている。会敵まで残り4、5秒。躊躇の暇はない。
紫月・海斗(ka0788)と並んで陣形右辺についていた柊 真司(ka0705)が、咄嗟に声をかけた。
「やる気だな」
「ああ、やる気さ。言うまでもねぇが俺に構うなよ、陣形維持が最優先だ――
来い、コボルト共! 俺を相手せずにここを通るのは、只の臆病ものだって証明してるようなもんだぜ!」
一騎駆け。エヴァンスは、前衛を迂回しかけた10匹ほどの塊と真っ向ぶつかり合う。
雑魔化したコボルドの突撃が波濤のように襲う。まとめて見当をつけ、気合一閃、剣で薙ぐが、
(何て圧力だ……!)
突進をもろに受けた。剣を戻して防御するも踏み堪えられず、コボルドの爪牙によって遂に倒れる。
だが、エヴァンスが先駆けて挑んだ10匹は、確かに陣形の中央へとその進路を変えた。
「怯むな! 敵は獣と同じだ、睨み返して威圧してくぞ!」
リュー・グランフェスト(ka2419)が気勢を上げ、陣へ押し寄せる敵に大太刀を振るう。
「うちの売れっ子は、お触り厳禁なんだよ?」
コリーヌ・エヴァンズ(ka0828)。ナックル『メテオブレイカー』で拳を固め、コボルドの鼻面を殴り飛ばす。
呼応して陣形のあちこちから矢弾が飛び、本格的な衝突が始まった。
こちらも敵にアサルトライフルの弾丸を叩き込みながら、海斗が言った。
「威勢の良い野郎だったが、ホントに放っておいて良いのか?」
「あいつも手練れだ、死んじゃいねぇ。第一、この状況で動けるか――っと、悪いが後衛にまで行かせねぇぜ」
真司は答えつつ、海斗と並んでライフルを掃射する。差し当たり目前の8匹、ふたりで防がねばならない。
突出した1匹が海斗へ飛びかかるのを、マテリアルの防御障壁を展開して跳ね返す。
海斗も防御障壁を使い、互いにカバーしながら的確な射撃を続けるふたりだったが、
(まるで嵐だな。こうしてる間に他の前衛連中、やられちまわねーか)
真司と交替してリロードをする合間に一瞬、海斗は前衛の仲間たちを振り返った。
(噛みついてこないだけ、嵐のがマシね)
アルビルダ=ティーチ(ka0026)。3匹を相手して、負傷していた。
身を隠して回復する隙を作れたら良かったが、生憎と今回は遮蔽の少ない平地での衝突。
霊闘士特有の、動物霊の加護を受けた身のこなしでも、
絶え間なく繰り出される攻撃を完全に避けおおせることはできなかった。
(相手だって逃げ場がないから、最初の接触でそれなりに削れた筈なんだけど……こっちも消耗が早い!)
これ以上は危険と見て、リボルバーを連射しつつ一旦後退すると、
「大丈夫!?」
同じく負傷したレホス・エテルノ・リベルター(ka0498)が、ナックルを両手に嵌めてさっと立ち替わる。
「ギリギリってとこ!」
「まったくもう、嫌なタイミングで攻めてくるね……
でも、こんなところでCAMを傷つける訳にはいかないんだ!」
今、背後で避難中の人間だけではない。歪虚から守らねばならない人々が沢山いる。故郷のリアルブルーにも。
(CAMはみんなを守る盾にならなきゃ……その盾を、今はボクらが守らなきゃ。
ボクだって元宙軍兵士だ、こんなところで――)
「こんなところで倒れてたまるかっ!」
前後から2匹。背中をアルビルダに預けつつ、レホスは機導剣を放つ。
●
「うひひひひっ、来た来た抜けてきたァ!」
冥々が発砲する。敵の約半数が前衛を突破したようだ。
後衛射撃部隊は現在6名。足の速い20匹のコボルドを接近前に駆逐するには、少々頭数が厳しいようだが、
「敵隊列先頭に射撃を集中させる。リロードタイムは3・3のシフトで相互にカバーしろ。
手数を減らすな、一般人とドミニオンに被害が出る前に殲滅しろ!」
防人が怒鳴った。敵は前衛の陣形に誘導され、緩やかな縦列を成して後衛へ向かっている。
複数人が狙いを先頭の1匹に集め、確実に敵数を減じていけば見かけほど不利ではない。
(避難している民間人やCAMがいる以上、敵の突破は絶対に阻止ですね!)
立て続けの銃撃に脚の鈍った先頭のコボルドへ、
エルバッハ・リオン(ka2434)がウィンドガストを撃ち込む。倒した。
(後ろで敵が団子になってる……スリープクラウドでまとめて止められれば)
タイミングを計るエルバッハと入れ替わりに、フィドルフ(ka2525)がバトルライフルを突き出す。
セミオートでの射撃数発で、2匹目が仰け反った。空になった弾倉を慌てず交換し、
「今日は冷えるねぇ。オレ、寒いと動きたくなくなるからさ。
格闘にならずに、このまま終わってくれたら良いんだけど」
「後ろの塊が、嫌だな」
サーシャが呟く。敵の隊列は移動と共に解れはじめていた。ばらばらで突っ込んで来られたら対応し切れない。
シャーリーンの弓が3匹目の肩を射抜く。脚が一瞬止まり、サーシャの射撃で止めを刺される。
このペースで間に合うかどうか。サーシャは一旦銃を下ろし、
『戦線正面、次のポイントに射撃要請。タイミングは任せる』
背後のシャーリーンへハンドサイン。ひっきりなしの銃声で、CAMの周囲はひどく騒がしい。
シャーリーンは更に、避難者の列を後ろから押しやっていたクリケットへ、
クリケットは彼女のサインと敵群とを交互に見やると、CAM脚部のセンサー間近で怒鳴る。
膝をついたまま、巨大な銃を携えたCAMの上半身だけが動作した。サーシャはありったけの声で、
「5秒後、30ミリ砲が火を噴くぞ! 付近の者は留意せよ!」
「CAMの30ミリね。どれくらい敵に近づかれたのかしら」
避難誘導を行っていた綾瀬が、砲声に手を止めて振り返る。
「小型の雑魔くらいならあれ1発だぜ! ほら、焦らない焦らない!」
一方、CAMの威力を信じているラザラスは、笑顔を崩さず人々の手を引いていく。
足腰の弱い者を優先して運ぶジルボの馬へ、汀とことりがエプロン姿の初老の婦人を押し上げる。
「何だまーたオバハンかよお呼びじゃないぜ……っイダダダ。失敬お姉さま暴れないで」
「ジルボさん、お願いしますねっ」
ジルボと婦人を送り出す汀へ、前線寄りで働いていた祐が、
「そっち、問題ないか!?」
「と、とりあえずっ。あの、敵は」
「心配するな! 言ったろ、避難に集中しとけ!」
ハンターたちが滞りなく誘導を続けながらも、
耳を聾する30ミリ砲の連射に、避難者たちの緊張は否応なく高まっていく。汀は深呼吸ひとつして周囲に、
「だ、大丈夫です! 私は頼りないかもしれませんが、祐くんや他の人がいますから!
絶対みなさんを守りますから、大丈夫!」
●
(焦ってはいけない。間合いはこちらのほうが広い、確実に先手を取っていけば)
前衛、上泉 澪(ka0518)の大太刀が居並ぶコボルドを薙ぎ払う。
なおも突進の止まらない1匹を返す刀で横一文字に両断すると、飛沫いた血を拭い、新たな攻撃へ身構える。
近場ではフラヴィ・ボー(ka0698)が無傷のまま、機導砲の連射で敵を寄せつけない。
ふたりとも敵との距離を慎重に計りつつ、陣形を崩さぬまま迎撃を続けていた。しかし――
(半分がた後ろへ抜けたって言うのに、圧が中々弱まらない)
鳳 覚羅(ka0862)が、バトルライフルに残弾を吐き出させる。
相手はおよそ恐怖心の欠如した雑魔の群れ、生半な攻撃では止まってはくれない。
ライフルで2匹を仕留めるも、生き残ったコボルドたちは倒れた仲間を一顧だにせず覚羅へ迫る。
(当面の敵を排除しないと、俺たちも助け合う余裕がないな)
コリーヌもこれ以上敵を後ろに抜かせまいと奮闘するが、
乱戦の最中、食らいついてきた1匹に思わぬ苦戦を強いられる。
(いざってときは後衛の助けに回るつもりだったのに……これじゃ!)
コリーヌの右フックがコボルドの肘を捉える。骨を砕く確かな手応え。
「後ろっ!」
覚羅が叫びつつライフルを差し向けるが、間に合わない。
乱闘のどさくさで、コリーヌの背後をもう1匹が襲った。脚に噛みつかれる。
「ううっ」
蹴りで振りほどこうとするも、片腕を折られてなお殺意の揺るがなかった先の1匹が、
脚を拘束されたコリーヌへ鉤爪を振るう。覚羅は弾切れのライフルからワイヤーウィップへ得物を持ち替え、
「全く、うじゃうじゃと……!」
鞭を左右に打ち振るい、どうにか道を空けてコリーヌの助けに向かった。
アバルト・ジンツァー(ka0895)の援護射撃が1匹を、覚羅の鞭が1匹を彼女から引き離す。
コリーヌはマテリアルヒーリングによる自己治癒も間に合わず、頭部を殴打されて気絶してしまっている。
1度は間合いを空けたコボルドたちも、もはや後衛へと抜ける気はないようで、
生き残り同士寄り集まり、傷ついたハンターを隙あらば取り囲もうと動き出す。
(威嚇射撃による足止めも限界か。数を減らさねばこちらがもたん)
最初の接触で後衛へ抜けた敵とすれ違いざま、アバルトは深手を負わせられた。だが、まだ動ける。
爪に抉られた左腕からの出血の量を気にかけつつも、再び固まり始めた敵へ効果的な射撃を行える位置を探す。
僅かな距離を移動する内、ワンドを構えたユノ(ka0806)に行き当たった。
「スリープクラウドを使うよ、僕の後ろへ下がって!」
前衛へぶつかる前に、敵群の足を止める筈だったスリープクラウド。
しかし雑魔化したコボルドの魔法耐性は思いの外高く、突進の勢いもあって充分な威力を発揮できなかった。
だが、今度こそ――
「気づかれたか」
アバルトとユノへ5匹が向いて、即座に群れを成し突撃をかける。アバルトが銃を構えるより早く、
「眠っちゃえ!」
ユノのワンドから吹き出した煙が、先頭3匹を昏倒させた。
残り2匹。跳躍した1匹を、アバルトのライフルが空中で仕留める。
最後の1匹が踏み込んできて、ワンドを握るユノの腕を爪で斬りつけた。
痛みに顔をしかめつつ、ユノはファイアアローで敵を吹き飛ばす。
「だらあっ!」
リューは太刀の長さ一杯を活かして、敵の足元を薙いでいく。
素早いコボルドのこと、そうそう簡単に転んではくれないが、
(今更抜かせるかよ!)
背後へ回り込もうとした敵の脚に、刃を引っかける。かなり腕力の要る仕事だが、まだ戦える。
どうしても止め切れなかった何匹かが気がかりだが、今は後ろを信じるばかりだ。助けに回る余裕は――
「避けて!」
声を上げたのはアルビルダ。
思わず身構えるリューだが、不意打ちを受けたのは、アルビルダの背中を守るレホスだった。
次第に戦闘不能の人員を増していく前衛。
後衛では、CAMの30ミリライフルが砲声を轟かせている。
●
エルバッハのスリープクラウド、冥々の威嚇射撃が、
後衛目がけて殺到する敵の群れに撃ち込まれる。それでもなお行軍は止まらない。
「やべェなやべェな、もうギリってとこだなッ! このまんまじゃやっぱ格闘戦になるかもなァうひひっ」
「私も、火力支援に回ります!」
エルバッハがウィンドスラッシュに攻撃を切り替えた。
CAMの砲撃で舞い上がった土煙を散らし、かまいたちが敵を切り裂く。
次いで防人、フィドルフが同時に発砲し、更に後列のコボルドを倒す。これで残り――
(まだ10匹以上か!)
見開かれたクリケットの眼が、立ち込める硝煙で痛み出した。
傍らのシャーリーンがハンドサインを出してすぐ、
コンポジットボウの矢を突出しかけていた敵隊列左翼へ射かける。
そこへ撃て、ということか。クリケットがCAMのパイロットに伝え、再度の砲撃。
崩れて横隊に成りかけた3、4匹のコボルドを、完全に散開する前に叩いておく。
『残弾2!』
パイロットのその声を聴いて、クリケットの手足をにわかに震えが走った。
間近で砲声を浴び続けたせいだ――そう思い込む。
「馬に乗せる必要のある奴、まだいるか!?」
既に数回の往復をこなしたジルボが、馬上から尋ねる。綾瀬が避難者を振り返り、
「他に足の不自由な人……いないわね?」
「なら、俺も戻って射撃隊に手ェ貸すぞ!」
6人のハンターによる誘導で、避難は滞りなく進んでいた。
頃合いを見て、それぞれに後衛射撃部隊の配置へ混ざっていく。
ジルボは馬上から大弓を、汀がワンドを、綾瀬はけたたましく笑う冥々の隣についてアサルトライフルを構え、
「リローディング!」
そう叫ぶ防人、同じくリロードを始めたフィドルフ、サーシャと入れ替わりに、綾瀬たちが射撃を開始する。
ラザラス、祐、ことりは、万が一弾幕を突貫して後衛に達した敵を接近戦で抑えるべく、射撃部隊の脇に控えた。
「……案外、いけそうじゃない?」
銃声にほとんどかき消されたフィドルフの呟き。サーシャが地獄耳で聞きつけて、ひとり頷いた。
(これまで前衛が抜かせたのは、今目の前にいるきり。これきりを対処すれば良いのなら)
余力はある、と踏んだ。
いよいよ目前に迫った敵群をCAMが砲撃する。30ミリ、残り1発。
●
イーディスの大盾に、何度目かのコボルドの体当たり。力を溜めて一息に跳ね返す。
前衛の敵は残り10匹ほどか――いや、数えるな。10匹が100匹だろうが、
(災厄から民を護る盾たらんとすれば!)
彼女の盾に3匹が、繰り返しぶつかって隙を作ろうとする。
しかし疲労が重なってもなお、イーディスの堅守は崩れない。
一方、防御に徹しながらの反撃では中々コボルドを仕留めるに至らず、膠着状態が続いていた。
「援護する!」
フラヴィの機導砲が、2匹のコボルドの片割れの気を逸らす。
近くには、負傷し倒れたレホスと、こちらもやはり負傷が重なり動けなくなったアルビルダ。
澪が助けに入る。反射的に飛びかかってきたコボルドの胸へ、寸前で大太刀の刃を押し当て、力ずくで掻き切る。
その間にリューが駆けつけ、負傷者ふたりを庇って立つ。彼が残してきた敵は、真司と海斗が引き受けた。
当初の陣形は完全に崩れてしまったが、負傷者多数の現在、動ける者で臨機応変に対処するより他にない。
「もうちょいだ! この数なら、抑えるより倒しちまったほうが早いぜ!」
海斗がライフルを撃ち込みながら言う。彼も、防御障壁で防ぎ切れなかった攻撃で傷を負っている。
真司は拳銃を手に、近場のコボルドを片端から撃って止めを刺していく。
アバルトとユノが、スリープクラウドで足の止まった敵を一掃した。アバルトはすぐさま銃の狙いを変え、
(残りは――あれだけだ!)
澪、フラヴィ、リューが2匹のコボルドを仕留め終え、残るはイーディスが囮を引き受けていた3匹のみ。
ユノがファイアローを撃ち込むと、魔法の火に巻かれて1匹が倒れた。
次いでアバルトの、SOT仕込みの射撃術――セミオートで確実に1発ずつ撃った。
マテリアルを込めた弾丸が、雑魔化コボルドの硬い皮膚を貫く。
イーディスが遂に盾を下ろす。
うつぶせに倒れた2匹のコボルドへ歩み寄ると、続けざまに、その背へ剣を突き立てた。
それを見て、ふぅ、と息を吐いたのは覚羅。
足元に横たわっていたコリーヌをそっと抱きかかえると、辺りを見回す。
広々とした空き地に散らばるコボルドの死骸、その数21匹。
倒された雑魔の肉体からは、早くもその構成物質たる負のマテリアルが飛散し、風化が始まっている。
(後衛は無事だろうか)
西側からの銃声はまだ続いていた。覚羅の他何人かが、硝煙と粉塵に包まれたCAMの影を見やる。
気がかりだが、前衛はもはや後衛の援護に急行できる状態ではなかった。
残してきた仲間の働きを信じるより仕方がない。
●
CAMが4回目の砲撃を行う。残弾1。
土煙の中から飛び出してきた――5匹。後衛到達まで2、30メートルの距離。
コボルドたちの眼が、炎のように赤く揺らめく。
「メリー・ゲロ・クリスマァァァスッ!」
冥々が絶叫しつつありったけの弾丸を撃ち放ち、綾瀬、サーシャのライフルがこれに続く。
シャーリーンとジルボが引き絞った弓から矢を放つ。蜂の巣にされ、コボルド2匹が脱落した。
あと3匹。エルバッハはウィンドスラッシュの連射を止め、再びスリープクラウドを準備する。
いざとなれば、接近戦に備えるメンバーの鼻先ぎりぎりで突進をストップさせるつもりだが、
(これならきっと、間に合います!)
間に合った。防人とフィドルフのライフルが、2匹の胸板に大穴を空ける。
最後の1匹目が後衛に達した瞬間、
ラザラスと祐が左右から機導砲を撃ち込み、汀のマジックアローが駄目押しとなる。
『――IFFに敵性反応なし。各種センサーも敵影を確認せず』
CAMのスピーカーから、パイロットの呟きが漏れた。
30ミリライフルの銃口は後衛前列のすぐ足下に向けられていたが、そこにはもはや動く者はない。
頭部カメラの角度を調整しようとするCAMの首の振りに合わせて、クリケットも彼方を見つめた。
空き地の向こうから歩いてくる、前衛の13人。
怪我人を何人も抱えているようで歩みは遅いが、あちらも無事戦闘を終了したようだ。
一同、しばし放心の後、
「勝ったぜ! もうこの辺りに敵はいねぇ、俺たちの勝ちだ!」
無邪気に声を上げるラザラス。射撃部隊も姿勢を解く。銃を下ろした防人が、
「前衛部隊負傷者の救護が必要かも知れん。心得のある者はこちらに続け」
「他はこっちだ。避難はまだ終わっちゃいねぇ、油断すんなよ!」
ジルボも馬を引き返し、残った避難者たちの誘導を再開すると、他の皆はそれぞれに続いて歩き出す。
●
「ちょっとアレ、見てよ!」
どうにか歩けるまでに回復したアルビルダが、西側を指差す。
リューに肩を借りつつ後衛との合流へ向かっていたレホスが、その声にぱっと面を上げる。
「CAMが、立ち上がってる……!」
全高8メートルの機械仕掛けの巨人が直立し、ライフルを持たないほうの手で敬礼の姿勢を取っている。
思わず見とれて、レホスの足取りが危うくなった。
「おっと。足元、気をつけろよ」
「ごめんっ……でも、良かった。CAMは無事だったんだね。避難中の人たちも、きっと……」
「つくづく、でけぇな」
言いつつ、よろめくエヴァンスの両肩を真司と海斗が支えた。
10匹のコボルドの猛攻を受けて、エヴァンスは全身傷だらけではあったが、どうにか致命傷は避けられた。
(無茶、しちまったかな。自分じゃ死ぬ気はさらさらなかったし、事実生き残りはしたけどよ)
討死は戦の華、戦士の本望。そんな考えが、まだ何処かに刷り込まれたままでいやしないか。
(俺たちは生きる為に戦ってるんだ。そうだろ、エヴァンス・カルヴィよ)
自分たちの守ったCAMが健在で稼働している。今はその誇らしさが、傷の痛みを和らげてくれた。
「真司。お前さん、やっぱりもう1度アレに乗りたいか」
海斗がからかうように尋ねると、
「燃料切れの心配がなくなれば、な。今度の実験、上手く行けば良いが」
守り切れるだろうか。散乱する死骸を踏み越えながら、真司は考える。
今回以上の攻勢、あるいはより巧妙な歪虚の攻撃が、この実験場を見舞うことがあれば――
「何か?」
しきりに辺りを気にする様子のフラヴィへ、澪が声をかける。
ほぼ無傷で戦闘を終えたふたりは、それぞれ深手を負ったアバルトとユノに肩を貸して歩いていた。
「……いや。何でもない」
口ではそう答えるフラヴィだったが、目は鋭く周囲の死骸と、空き地の彼方とを行き交う。
(CAMの海上輸送中に海賊の襲撃があったばかりで、次はこれだ……が、やはり死体はコボルドのものだけ。
人間の悪党とコボルド型雑魔とではどうも一貫性に欠けるけれど、
やはり同一の指揮者による、一続きの作戦なのか。あるいは別々に動いている複数の黒幕がいるのか)
「だが、まさか動くCAMを再び見られるとは思わなかった」
隣のアバルトが不意に感慨深げな声を漏らすと、フラヴィの目もつられて、敬礼の姿勢で屹立するCAMを見た。
ふと、奇妙な想像が過る。CAMの復活を機に今までの辛い事全て、逆再生して元通りになってくれたとしたら。
CAMが蘇り、船は動き、ふたつの世界の壁を再び越えて、かつてのような暮らしへ帰る。
『見知った』家族との暮らしへ。
(馬鹿だな)
アバルトから顔を背けて、フラヴィは苦笑する。怪訝そうにそれを見つめる澪。
ユノもうっかり飛行型の雑魔なぞが戦況を偵察してやしないかと、きょろきょろ周囲を見回していたが、
それらしい影はひとまず何処にも見つからず、安心してCAMを見物し始めた。
「ホントでっかいね。アレに乗ったらどんな感じがするかな」
「巨人になったような気分さ」
アバルトがそう答えて微笑んだ。
●
覚羅は途中までコリーヌを抱えて運んでやっていたが、
「もう歩けるってば、大丈夫! ……ありがとうね」
そう言うので、下ろした。多少疲労の色は見られるが、コリーヌの足取りはしっかりしている。
マテリアルヒーリングが効いたのだろう。ふたりで西側へ辿り着いて、見上げれば、CAMはもう間近だ。
敬礼を解くCAMのアクチュエーターの軋みを聴いて、覚羅もつい自分の義手を摩ってしまった。
『当機はこれより、避難中の非戦闘員に随行しつつ本隊へ合流する。
ハンター諸君の協力に心より感謝する! ――本当に、助かった』
周囲の人間が離れたところで、慎重に歩き出すCAM。それを名残惜しそうに見送るのは、冥々とラザラスだ。
「もう行っちゃうのかCAMたん……それにしてもゲロ美しい……」
「ドミニオン、整備させて欲しかったなー」
「お互い無事のようで、何よりだ」
イーディスが、後衛の仲間たちと握手を交わす。シャーリーンが答えた。
「非戦闘員、及びCAMの損害はゼロ。搭載燃料も余裕がありそうだな。
ひとまず作戦成功だ。前衛のみんな、お疲れ様。お蔭で射撃の手も間に合った」
「そういえば」
サーシャが振り返る。誰か探しているのか、と尋ねられると、
「私たちが来る前から、CAMのポイントマンをしていた彼。姿が見えない」
「何処へ行ったのかしら。彼も元宙軍兵士のようだったけど」
綾瀬も避難者の列を眺めて、先程までCAMの傍にいた筈の髭面の男を探した。
と、列の先頭から戻ってきたばかりの祐と汀が、
「あの男ならさっきすれ違ったよ。どっかの親父さんからは『クリケット』なんて呼ばれてたけど」
「ハンターの方でもないようですし、引き留めはしなかったんですけど……」
彼が兵隊を辞めた上、ハンターにもならなかった理由。SOT上がりの防人には何となく想像がついた。
避難者に紛れて足早に戦場を去っていったクリケットだが、
以前、LH044脱出時の戦闘でも彼を見かけた覚えがある。自分と同じCAMパイロットだった筈だ。
(あの男もいい加減、くたびれたんだろう)
いつ終わるとも知れぬヴォイドとの戦闘。真空からどうにか壁数枚を隔てた場所で寝起きする毎日。
CAM搭乗時はスティックを、それ以外ではライフルの銃把ばかり握り絞めて暮らしていて、
そんなある日、自分の両手がその形のまま固まってしまっていることに気づく。飯を食うとき食器が持ち辛い。
たまの休暇で地球へ降りたときの、俺と小隊仲間たちの恰好ったらなかった。
重力酔いに背を丸め、手は鉤の形で硬直して、まるで猿じゃないか。そう言って笑い合った奴らも今は――
(――感傷的になるとは。疲れているのか、俺は)
「怪我した人たち、とりあえずは歩けそうです。移動しましょう」
「CAM見学ってのもままならないもんだね。早いとこ、休めるところへ行こうよ」
エルバッハとフィドルフが、前衛から合流した怪我人たちを引き受けて歩いてくる。
防人もひとりを預かって、内陣へ戻り始めた。
●
リアルブルー人とは聞いてたが、お前、元兵隊だったのか。
屋台の親父のそんな軽口も、クリケットは道端の岩に腰かけて休憩しながら、上の空で聞き流す。
ドンキィノーズ――ジュゼッパ。撤退した機体は無事なのか。いやに気にかかる。
あれほど忘れたいと思っていたのに。
ジュゼッパ。からっぽの女だった。
滅茶苦茶に荒れた家を出て、荒れた人間だったのが、軍隊へ入ってにわかに新しい生き方を叩き込まれた。
民間人の盾となって、敵へ立ち向かう生き方。それはそれで立派だ。
しかしお前さん、他に生きがいってないのかよ? 家族も恋人も、趣味も将来の夢もなく、
『私にはこれが全て』とうそぶいて、馬鹿真面目に兵隊稼業ばかりをこなし、それっきりで死んだ。
(可哀想なピノキオ。俺にはお前さんの鼻が伸びてるように見える……なんて言ったのは)
勝手な願望だったかも知れない。心底彼女を哀れんでいたのでなく、哀れむ振りをしながら、
本音はただ自分のほうを向いて欲しい、それだけのことだったんじゃないのか。
そんな不純な心根が、あのときコクピットでペダルを踏む俺の脚を竦ませたんじゃないのか。
そして彼女は死んだ――
自己中心的な考えは止めろ。そうだ俺は疲れてるんだ、CAMから離れればまともに戻るさ。
まともな、何者でもない、過去も持たないただの便利屋に。
「逃げんなよ」
と親父が言う。驚いて顔を上げると、
「俺だってゾンネンシュトラールの生まれ。革命騒ぎを生き延びて、荒事なんざ慣れっこだ!
こういうときこそ稼ぎどき、ってな。お前みたいな度胸のある店員、頼りにしてんだぜ?」
クリケットは曖昧な笑みを浮かべ、握りかけた手の甲で埃まみれの髭を摩る。
戻す手が一瞬、そこにある筈のない操縦桿を中空に探った。
依頼結果
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相談卓 アルビルダ=ティーチ(ka0026) 人間(リアルブルー)|17才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2014/12/22 09:11:41 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/12/22 00:21:25 |