Wild Bunch Full load

マスター:楠々蛙

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2018/07/13 09:00
完成日
2018/08/10 00:42

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 そこは、森近くにあるうち捨てられた農場だった。
 雑草の生い茂る畑、蔦に覆われた牛舎、挙句の果てには、半ば崩落した家屋の屋根から葉を茂らせた梢が顔を覗かせている。
 放棄されて久しいとみえるその農場は、元は家族経営だったらしく、四脚の内一本が折れて傾いたテーブルは四人掛けで、ガラス戸の割れた食器棚の中にはそれぞれ大きさの異なるマグカップが並び、傍に首を失くした木馬が佇んでいる。
 家畜はおろか、人の気配すら絶えて幾年も経ったその農場に、今、住む者の居ないのを良い事に無遠慮に腰を落ち着けている者があった。
「凶状持ちはつれぇね。こんなしみったれたとこしか、ねぐらにできねぇんだからよ」
 ボロついた一人掛けのソファへ身を埋める、和装の肌着にインバネスコートを重ねた男は、ワイルドバンチの頭目、ギャレット=コルトハートだ。
 彼の他にも、各々ライダージャケットとデザインの異なるサングラスを掛けたメイガス三兄弟が居合わせ、張り付けたかのような恵比寿顔のミハイル=フェルメールがマグカップを手に取る傍らで、漂白の表情を浮かべたカトリーナがしゃがみ込んで木馬を押して揺らしている。
「おめぇらもわざわざご苦労なこったな、こんなとこまでよ」
 お馴染みの顔触れ──そしてその場にはさらに三つの人影があった。
 まず一人──ロングの眩い金髪にカウボーイハット。帽帯に挟んだ朱い鳥の羽根、そして幅の広いプリムから覗くのは先端の尖った長い耳──エルフだ。
 蒼い瞳、形の整った眉と鼻筋、艶めいた朱い唇。豊満な胸元を締める革製のコルセット。両ふともものレッグホルスターには、銃身と銃把を切り詰めたレバーアクションを差している。
 女だてらのガンスリンガーといった風情の、女エルフだ。
「──ブロンディ」
 さらに二人──浪人髷に陣笠。口許には高楊枝。ギャレットと同じ和装に身を包んでいるが、肌着に洋物の外套を羽織る彼とは異なり、フリンジ飾りの付いた羽織りと、色の褪せた茶袴を身に付けた侍めいた格好の男。
 その風体通りの二本差し。だが帯に弾帯を縫い付けている事からもわかる通り、それは刀ではない。
 銃把に鮫革を張って柄巻を巻いてはいるものの、帯に差してあるのは、二挺のシングルアクションリボルバー。一挺は砲兵用(アーティラリー)の五・五インチバレル、そしてもう一挺は、十六インチ──尋常ならざる銃身長を持つ、長モノである。
 一見するに、侍の扮装をしたガンマンといったところだろうか。
「──銃兵衛(ジュウベエ)」
 そして三人──オールバックの黒髪、白い詰襟のカソック。右手首にはブレスレットのようにしてロザリオが巻き付き、黒革の手袋の指先に青銅でできた十字架が垂れ下がっている。
 細眼をした実直で人の好さそうな顔付き。だが、真鍮製の片縁眼鏡(モノクル)の奥でうっすらと開いた目蓋から覗く灰色の瞳には、どうにも薄気味の悪い輝きを宿している。
 傍目には、銃や武器の類を持っているようには見えない。だが彼が両手に嵌めた革手袋には、窓から差し込む陽光を照り返して銀色に輝く糸が巻き付いている。
 信心の陰に剣呑な気配を纏う牧師である。
「──ペイル」
 このうち捨てられた農場に、ワイルドバンチ強盗団が出揃ったというわけだ。いや──
「……ジャンクのヤツが見当たらないみたいだけどねぇ。どういうことだい、大将」
 通り名にしおわぬ金髪のエルフ──ブロンディが、蓮っ葉な口調でギャレットに問う。
「ん? ああ、あいつなら使いにやったよ。あいつらのとこにな」
「あいつら?」
「キャロルさんとバリーさんですよ、憶えてませんか?」
 訝しむブロンディに応えたのは、ミハイルである。
「ジャンクさんは、僕らの居所を伝えに行ったんですよ」
「なんと……。あの者ら、命永らえていたとは知らなんだ」
 驚きも露わにそう言ったのは、銃兵衛。彼は袖を通さず懐に納めた左手を和装の襟から突き出して顎を撫でながら「重畳なり」と呟く。
「あの者らともう一度(たび)相見えることができようとは。拙者も久方振りにサマムネとムラサマの揮い甲斐があるというものよな」
 抑えた声に昂揚する闘気を滲ませる銃兵衛とは違い、ブロンディは舌打ちを漏らした。
「するってぇとなにかい? あたしら呼び出したのは、撃ち損ないの始末を付けるためってわけかい」
 剣呑な気配さえ纏うブロンディの視線に、ギャレットは「ああ」と事もなげに頷いた。
「呆れたね、付き合い切れないよ」
 それを見て、さらに舌を打つブロンディに「素晴らしいではないですか」とペイルが告げた。
「主の救済は彼らのような者にこそ差し伸べられるのです。そうですとも、そうであるべきなのです」
 その表情は、なるほど、カソック姿に相応しい慈悲深い微笑だった。
「なんでこう、うちにゃ頭のオカシイのばかりが集まるんだ」
 帽子のプリムを摘まんで目許を覆いながら、深く溜息を零すブロンディ。
「なんだよ、ブロンディ。ああだこうだ抜かして、腰が抜けたのかよ。腰の得物が泣いてるぜ」
 そんな彼女に噛み付いたのは、隻腕になったライトニングだ。少しばかり前に右手首を失った彼は、どうせ銃が扱えないのならば身軽にしようと自ら申し出て、ギャレットが肩からばっさりと斬り落としたのだ。
「黙りな。そのナリじゃ、雀もろくに追い払えやしないだろう。引っ込んでな、案山子野郎」
「っ、お、オレは案山子じゃねえっ!」
 怒髪天。嘲弄と言うにはブロンディの声は冷めていたが、ライトニングに火を点けるには十分だった。電光石火の身捌きで、ライトニングはブロンディの背後を取り、残り一本となった左手でショートバレルリボルバーの銃把を握る。
 しかし銃口を突き付けるその前に、ブロンディが抜き放った切り詰め(メアーズレッグ)のレバーアクションの銃口が、ライトニングの眉間を睨み付けていた。
 ブロンディは、ライトニングの動きを先見し、振り返らずして肩越しに照準を定めた銃で以って、ライトニングの身捌きを縫い付けたのだ。
「だからあんたは脳足りん(スケアクロウ)なんだ。速さばかりじゃ、ガンスリンガーは務まらないのさ」
 納めなと怜悧に告げるブロンディに、ライトニングは、ホルスターの革生地から半インチ離れたばかりの銃を恐る恐る納める。
「おいサンダラー、てめえの弟分の手綱くらいきっちり締めな」
 ブロンディも銃を納めると、サンダラーを睨み付けた。その剣幕に、レインメイカーが口笛を吹く。
「♪──。姐さんにかかりゃ、兄貴もカタナシだゼィ。
 ん、っとぉ?」
 陽気に言ったレインメイカーは、ふと屋外の方へと眼を向けた。その時にはもう、居合わせる全ての人間が同じ方角へ振り向いていた。
「ジェントルメェンに、レディィスも、皆サマお気づきだろうけど。
 お客サンが来なすったみたいだゼィ♪」

リプレイ本文

 廃農場の敷地の外には、ワイルドバンチ強盗団の団員を、そうとは知らずに各々それぞれの獲物を定めて追って来た三十余りが屯していた。
「さて」と切り出したのは、通称メイソン三兄弟と呼ばれる三人組の行方を探し当てたエアルドフリス(ka1856)である。彼を含む、フォークス(ka0570)、ソフィア =リリィホルム(ka2383)の三名は、三兄弟の足跡を追い、ようやく尻尾を掴んだのだ。
「それではお集まりの皆さんがた、一つ方針を決めようじゃないか」
「方針? なんだいそりゃ」
 提案に嘲笑で応じたのは、団員に掛けられている賞金を目当てに来たという強面にアイパッチの男である。
「足並みを揃えるための取り決めさ」。
「いらねえな。二の足踏みたけりゃ、勝手にやりな」
「我々が首を獲った時は、報酬の折半も考えるが?」
「生憎、割り算はできねえのさ」
 この場合のこの台詞は、つける薬がないだけである。
 エアルドフリスは同類と共に農場へ足を向けるアイパッチを制止しようとするが「止めておけ」と逆にそれを止める者があった。
「あの手合いに、理屈を説いても無駄だ」
 ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)だ。
「やらせるがままにしておけというわけですか、ご老体」
「そうする他にはなかろうさ。それに相手の方も、軒並み足並み揃えて事を構える手合いでもないのじゃあないか」
「それは、どういう料簡で?」
「なに、勘の域は出んよ。だが聞く限りじゃ、連中は揃いも揃って極めつけの悪玉だ。そういう手合いは決まって我が強い」
 なるほどと、エアルドフリスは思い返す。メイソン三兄弟も連係が取れていたかと言えば頷き難い。
 だがそうなると――
「さて、こいつは厄介だぞ。戦術も戦略もなく、ただ個の力でまかり通してくる相手というのは」



 提案を蹴り、各々勝手に先行するガンマン達が母屋へ近付いてゆくその時、母屋の正面から、ペイルが歩み出る。
 歩調に合わせて、青銅製の十字架が揺れる。
 当然、ガンマン達が黙っている道理はない。最も手近にいたガンマンの一人が、右手の銃を鳴らそうとする。
 
 ひぃうん──と。

 ガンマンが耳にしたのは、銃声ではなく、風の切れる音だった。直後、彼の足許に、シリンダーの半ばから斜めに切断されたリボルバーが、彼の人差し指を添えて落ちる。
 ペイルがさらに一歩、足を進める。その時彼は足を踏み出すと同時に、右手で十字を切った。
 次の瞬間、紅い十字架が浮かび上がった。
「ああ、なんと嘆かわしい」
 かぶりを振るペイルの周囲に、朱線が浮かび上がる。
 それは鋼糸と呼ばれる暗器だ。毛髪のように細い鋼の糸が、ガンマンを四つに切り裂いたのである。
 ペイルが一歩、歩みを進め、一つ十字を切ると共に、また血が飛沫く。
 蒼褪めた十字架が、揺れる。
 ペイルは、一人、また一人と解体してゆきながら、はらはらと涙を零す。
「主は──我らが子羊は、なにゆえこの手に“死”を遣わしたのか。それはただ虐殺のために非ず。私という存在は“死”を忘れてはならないという戒めなのです。
 死を忘れるな(メメント・モリ)。
 死は救済なり。だが死を忘れた者に、救済は非ず。
 祈りなさい。父と子と聖霊の御名によって──」
 天を仰ぎながらペイルが十字を切る。
 だがしかし、紅い十字架は現れない。
 かくりと首を落とし、ペイルは前を見据えた。
 銀光を閃かせて殺到した鋼糸を、左手で押さえ込むようにして握り締めているのは、ヴィクトリアン調の給仕服に身を包むメイドだった。
「私はフィロ(ka6966)と申します。頭を高くしたまま、礼を失して名乗る無礼をお許しくださいませ。ペイル様」
 虐殺者たるペイルに畏まった口調を遣う彼女は、鋼糸を握る掌から一切の流血がない事からも察せられる通り、人間ではない。
 彼女は、オートマトン。機械仕掛けの人形だった。



 ざり──と草鞋が土を踏む。
 三人のガンマンが銃兵衛を取り囲み、撃鉄を起こしたリボルバーを突き付ける。
「オイ……! この銃が見えねえか!?」
 吼えるガンマン達。銃兵衛は、そんな彼らを煩わしそうに一瞥した。
「そうガタガタ鳴らさずとも、見えておるよ」
 銃兵衛のその態度に、ガンマンの一人がか細い神経をキレさせた。

 BAANG!

「……お主こそ、拙者の銃を見てはおらなんだ」
 次の瞬間に銃声を発したのは、ガンマンの銃ではなく、つい最前まで銃兵衛の帯に差してあった、アーティラリーだ。
 銃兵衛の足許に、喉に銃創を穿たれたガンマンの骸が落ちる。
 銃兵衛は一挙動の内にリボルバーを抜くや、銃身を払いざまにガンマンの首筋に照準したのだ。その所作は、剣客の居合の作法に酷似していた。
 むろん、残った二人のガンマンが黙って見ているわけもなく、右手の得物を鳴らそうとする。
 だが遅い。
 彼らが銃爪を引くよりもなお速く、銃兵衛が卓越した剣士の身捌きで、リボルバーを揮い、瞬く間に二つの骸をこしらえる。
「これしきの腕で拙者の首を狙うとは、いやはや……」
 硝煙を吐くリボルバーの銃身を、刀の血を払うように振る銃兵衛。やるせなく顎を掻こうとした彼は、しかし、その動きを止めて、口許の高楊枝をつい──と揺らした。
 その背後から、かつり──と地面を突く音が聞こえた。
「なんだい今のは。どうにも無駄な動きが多いように見えるけれど」
 銃兵衛が振り返ってみれば、そこには、ペストマスクを模した握りの奇妙な杖を突くHolmes(ka3813)が立っていた。
「祖は拙者につき、当代限りの浅い流れゆえ、まだまだ完了には至らぬのでな。勘弁してはもらえまいか」
 ざり──と草鞋が土を摺る。
「裏外郎(うぃろう)ONE鐵(がん)流、銃兵衛。この首所望とあらば、御相手仕ろう」
「これはどうもご丁寧に。だけど生憎、こちらに名乗れるような流派は──」
 と言い差し掛けたホームズは「いいや」と杖を構える。
「バリツ、ホームズ。探偵さ」



 煌めく金髪は、返り血を浴びてもなおその輝きを失わない。
 
 BLAM!

 轟音と共に、ブロンディが銃把を握るメアーズレッグのレバーアクションから発せられたのは、散弾である。
 血と肉をまき散らしながら吹き飛ぶ仲間を尻目に、別のガンマンがブロンディへ銃口を突き付ける。
 しかし、スピンコックざまにブロンディが振り回したレバーアクションの銃床に頬骨を砕かれ、地面へ沈んだ。
「やれやれ、呆れたもんだ。あんたら、一体なにしに来たんだい」
「く、くぞあま……! ぶっごろしてあう……!」
 晴れ上がった頬を押さえながら怨嗟に満ちた眼で見上げてくる男に「そうかい」と退屈そうに呟きながら、彼女はレバーアクションを向ける。
 だが次の瞬間、ブロンディはその場を飛び退いた。
 最前まで彼女が立っていたその場所を光の矢が襲い、土柱を上げる。
 身を躱したブロンディは、一息吐ける間もなく、その身を沈めた。急な挙動に遅れて空中へ置き去りにされたカウボーイハットを、もう一条の光線が射貫いた。
 腰を落として咄嗟に身動きの取れなくなったブロンディを、三度目の光撃が襲う。
「──やって、くれるじゃないか」
 銃をぐるりと回して、襲い来る光の筋を銃床で防いだブロンディが苦々しく呟き、光線の来た先を見据える。
「気に入ってたってのに、どうしてくれるんだい」
 彼女は虫食いの空いた帽子へと眼を落とし、またその男へと視線を戻した。
「そいつは失礼をした。埋め合わせに、一杯奢らせちゃくれんかね、お嬢さん」
 渋味のある銀髪から、うっすらと整髪料の匂いを漂わせ、重低音でありながら浮薄な調子を含むその男、ルトガーへと。
「まあいい。穴埋め代わりに、あんたに穴開けてやるとするさ」
 名刺代わりの金髪に帽子を乗せて、プリムの奥からこちらを見据えるブロンディに、ルトガーは口端を歪めてみせる。
「Go ahead, make my day」



 カシン──と撃鉄の空振りする音が虚しく響く。
「この、バケモン共が……!」
 くだんのアイパッチは、空欠になったリボルバーを力なく下げながら、声を絞り出す。彼と行動を共にしたガンマン達は、皆殺された。今、彼の眼前に立つ、メイソン三兄弟達によって。
 今しがた放った、ファニングショットによる必死の抵抗も、サンダラーのマテリアル障壁によって阻まれた。
 最早為す術もなくして、アイパッチは己が最期を覚悟する。
 しかしその時、無数のレーザー光が縦横無尽に宙を奔り、サンダラー達の頭上へと殺到した。
「ここはオレっちに任せてくんナァ」
 意気揚々と前へ出たレインメイカーが、シリンダーと弾帯が連結した二挺のリボルバーを迫り来るレーザー光へと向けて、超過密弾幕で以って迎撃する。
 眼前で凌ぎを削り合う銃火と閃光に、片眼を剥いて驚きを露にするアイパッチ。その傍らを、三人の人影が通り過ぎる。
 十八番のレーザー絨毯爆撃を迎撃されて舌打ちを漏らすソフィアに、小銃のスリングを肩に掛け、対物ライフルを背に追うフォークス、そして剣を模した魔導杖を掲げるエアルドフリスだった。
 エアルドフリスは、アイパッチへ一瞥こそ寄越したものの、あとはもう眼もくれずにサンダラー達と対峙する。
 先だって既に一度矛を交えた六名が、邂逅する。中でも最も顕著な反応を示したのは、フォークスに片手を切断されたライトニングだ。
「会いたかったぜぇ、女ぁ……!」
 フォークスを見据えるその眼には、煮凝るあまりに、喜色にまで達した笑みが宿っていた。
「コイツはまた随分、熱の入ったご指名だネ。それじゃあ手筈通りに、アレはあたいがヤルとするヨ」
 フォークスはそう告げると「そうがっつくんじゃないヨ、案山子ヤロウ」と身を翻しながら、ライトニングを煽る。
「俺は、案山子じゃねぇ!」
 飛び切りのリップサービスに引っ掛かって、ライトニングは一も二もなく、彼女を追った。
「それじゃルディ先生。あのムカつくアフロは、わたしが相手をしますので」
 ヒップホルスターから魔導リボルバーを引き抜くソフィアに「ああ」とエアルドフリスが頷く。
「任せるよ、ソフィア。君の方が適任だろうからな。それに俺は、あの男に借りがある」
 魔導杖の切先を地面に突き立てながら、エアルドフリスはサンダラーを見据えた。
「やあ。いつ振りかね、サンダラー」
「……物好きな、男だ」
 物好き、か。確かに、通り名さえ不明だったところから行方を捜した労苦を思えば、返す言葉はない。矛を交えたといっても、ほとんど通りすがりのようなものだ。だのに何故、この男に再び臨む事を望んだのか。
「──なに、借りを作ったままというのが性分に合わないだけさ」
 エアルドフリスの周囲に水流が巡り、やがてそれは氷鱗を生やした大蛇へと姿を変える。
「覚悟したまえ。次は逃さん」



 ワイルドバンチのメンバーがほとんど出払った母屋で、しきりに響く金丁の音。
「こういうのぁ、性に合わねえよ、俺は」
 刀の鍔を親指で上げては下ろしを繰り返しながら愚痴をこぼしているのは、ギャレットだ。
「しかたありませんよ。ブロンディさんの命令ですからね」
 何が楽しいものやら、笑顔のまま応じるミハイルは、風変りなリボルバーを手にしていた。用心金どころか銃爪すらない、パーカッションリボルバーである。
「知ってるか、カシラは俺だぜ」
「だから大将らしく構えているようにと言われたんじゃないですか」
 気負いのない様子で会話する二人。そんな彼らの足許には、母屋に侵入するも返り討ちにあったガンマン達の死体が転がっていた。
 いや、倒れ伏したガンマンの一人は、まだ息があった。虫の息ながら、彼は床に落ちた銃へ手を伸ばそうとした。
 ちきり──と、ミハイルが手の内の銃をコッキングする。すると、銃本体に内蔵されていた銃爪が現れた。展開した銃爪にミハイルが指を添えたその時、ふと「ミハイル」と、母屋の隅に佇んでいたカトリーナが声を発した。
「ん? どうしたんだい、カティ」
 眦を細くしたミハイルが、彼女の淡泊な声音に振り返る。
「伏せてください」
 次の瞬間、母屋の窓際が、彼方から飛来した凶弾によって吹き飛んだ。

「躱された……?」
 光学照準器の奥に、破壊した母屋を捉えながら、マリィア・バルデス(ka5848)は訝し気にそう呟いた。
 気付かれたのか、この距離で。撃発の際まで、相手に窓の外へ注意を払う素振りはなかったというのに。
 銃を構えて、照準器のレティクルに標的を捉えるまでは、絶対に気取られていなかったはずだ。
 ぞわり──と、何者かに視られているような気配を感じたのは、撃発の直前、銃爪に指をかけたのと同時だった。
 指先を襲った悪寒に衝き動かされるように銃爪を引いた結果がこれである。
「撃たされたような、どうにも嫌な気分ね」
 狙撃点を変えるか否か、逡巡したその時、魔導バイクのフレームに火花が散った。遅れて届く銃声の音に、車体の陰に身を隠しながら舌を打つ。
 装甲の隙間から銃を突き出し、照準器を覗き込めば、母屋の屋根にライフルを携えて立つくだんの青年の姿があった。
 狙撃を専門とするわけでもなし、カタログスペック通りの性能を引き出しているとは思わないが、元は艦載モデルだった“オイリアンテ”シリーズを歩兵用に改修したこの対物ライフルの間合いを、あんな旧式ボルトアクションで埋めて来るというのか。
「切り上げ時、かしらね」
 マリィアは、マガジンをリリースするや、銃を操作し薬室に装填されていた次弾を排莢。そしてそのまま排莢口を閉じずに、蒼白い鉱石が弾頭を形成する実包を一つ、手ずから装填した。
 改めて銃を構え直し、青年の足許へと照準を付け、銃爪に指をかける。あの悪寒はやって来なかった。
 間を空けずに、撃発。
 放たれた弾丸が飛び、母屋の屋根へと着弾する。
 弾頭を形成する龍鉱石が、着弾と同時に内部に蓄えたマテリアルを解放し、蒼い閃光となって爆発させる。
 青年の生死はともかくとして、制圧射撃としては十分だろう。
 手早く対物ライフルを車体に載せると、マリィアは魔導バイクを走らせて、仲間の援護へと向かった。



 対物ライフルが火を噴く度に、裾の擦り切れた外套が衝撃波を孕んではためく。
 ライトニングの電光石火の身捌きを前に、フォークスの射撃はその悉くが空を切る。
「もっとだ、もっと撃てよ、女ぁ!」
 叫ぶライトニングに煽られたというわけではないが、弾倉を撃ち尽くすや、ボルトアクションの小銃に持ち替え、じゃきん──とボルトを前後に操作し、薬室に初弾を装填する。
「他の案山子じゃダメなんだ。この疼きが納まらねえ。あんたじゃなけりゃいけねえのさ!」
 どうやらやたらと自分に固執しているようだが、フォークスにしてみれば、あちらの確執など知った事ではなかった。
 彼女はただ冷めた指で、銃爪を絞り続ける。
 やがて小銃の弾薬も撃ち尽くしたフォークスは、銃を手放し、胸回りに巻いたタクティカルベルトに固定した鞘(シース)からナイフを抜き払った。
「ハッハァ! 待ってな女ぁ! オマエも案山子にしてやらぁ!」
 ライトニングが奇声にも似た笑声を上げた次の瞬間、彼の姿が消失する。
 その瞬間を狙い済ましていたフォークスが、スリングに提げた銃を背後目掛けて振り回す。
「間抜けぇ!」
 さらに次の瞬間、フォークスを嘲笑いながら彼女の正面に立ったライトニングが、その眼前にショートバレルリボルバーを突き付けた。
 フォークスは咄嗟にナイフを突き出して、ライトニングの短銃身と凌ぎを削る。
「いいね、いいねぇ、その必死な感じぃ!」
 自分より頭一つ低い低身ながら、強い膂力で銃身を押し込んで来るライトニングに対して、フォークスは手首の力を緩め、ナイフの切先を眼前のしたり顔へと突き付けて、囁いた。
「間抜けはオマエさ、脳足りん(スケアクロウ)」
 ぱすん──という、空気の抜けるような音があった。
「は?」
 続くライトニングの声も、ひどく間の抜けた響きがあった。
 彼が自分の胸を見下ろすと、ごくごく小さな穴の開いたジャケットに、じわりと紅い色が拡がり始めた。
 血の滲んでゆく胸を、銃を取り零した手で押さえながら、ライトニングが視線を上げる。
 そこには、硝煙を刃の根本から吐くナイフを握ったフォークスの姿があった。
「まったく、アンタみたいな間抜けばかりなら、アタイも楽なんだけどネ」
「ご、こぼ、グゾアマ……!」
 濁った声を上げるライトニングの耳元に、フォークスは人差し指を当てた唇を寄せる。
「Shut up. Scarecrow can't talk, isn't it?」
 同時にナイフが閃き、ライトニングの喉元に朱色の線が走った。
 切り裂かれた頸動脈から紅い噴水を上げるライトニングを後ろ目に、フォークスは血を拭ったナイフを鞘に納める。背後で何かが小さく倒れる音に気を留めた様子もなく、彼女は銃に弾薬を込めながら歩き始めた。



 BRATATATA──!!!

 降り注ぐ弾丸の雨が横薙ぎの軌道で迫るのに対し水平方向へと逃れながら、ソフィアは片手で魔導リボルバーを逆しまに構えて撃発する。
 狙いはそぞろ、発せられる弾丸は、意気揚々と鉄風をまき散らすレインメイカーの足許の地面を抉るばかりだ。
「ヘィヘィどうした、ヤングレディ? ヒィコラ逃げ回って、それじゃまるで小鹿だゼィ♪」
 勝手に捲し立てるレインメイカーに、内心で舌を打つ。あのアフロヘッドの言葉のチョイスは、やたらとソフィアの神経を逆撫でるのだ。
 だが、認めるのは癪ではあるものの、逃げ回るだけでは埒が明かないのも事実。
 ソフィアは、勢いのまま横転し、膝立ちの体勢に切り替えて、銃把を握る右手に左手を添えた。
 安定した射撃体勢を取った瞬間に、レインメイカーの斉射がソフィアを捉えるも、展開したマテリアル防壁が、銃火を受け止める。
 防壁が罅割れる音の急き立てられながら、ソフィアはリボルバーの撃鉄をコックした。
 とうとう破砕音を立てて、防壁が砕け散る。
 それと同時に、銃爪を引き絞った。
 放たれた弾丸は、レインメイカーの弾幕の隙を縫うように飛び、調子に乗って高らかに銃声を鳴らす得物の片割れに繋ぐ弾帯を撃ち抜く。
 弾帯が誘爆を起こし、巻き付いたレインメイカーの片腕を無残な姿へと変えた。
「……やってくれるゼィ。だが盛り上がりは、これからサァ。ビィトを上げろヨゥ。アンコールだゼィ♪」
 額に脂汗を掻きながら、残った得物の弾帯をじゃらり──と鳴らす、レインメイカー。対するソフィアは、小さくかぶりを振った。
「──いいや。もう、幕閉めさ」
 直後、無数の閃光が二人の狭間に帳を作った。
 降り注ぐレーザー爆撃が地面を抉り、粉塵を巻き上げたのだ。
 視界を覆う煙幕に身構えるレインメイカー。その時、粉塵を裂き、ソフィアが躍り出た。
「ヒィホォゥ♪」
 待ち来たれりと即座に弾幕を張る、レインメイカー。降り頻る弾雨を、ソフィアは防壁を張って防ぎつつ疾駆。
 防壁が音を立てて砕けるも、その時には既に、彼女はレインメイカーの懐へと飛び込んでいた。
 背に負う後光が、暴虐の光を発する。ソフィアが拳を放つと共に、光は幾条ものレーザー光となって腕に纏わり、レインメイカーの土手っ腹を貫いた。
 軽い衝撃に、一歩、レインメイカーが後退る。顔から落ちたミラーグラスを拾おうと身体を折って自身の胴を見下ろせば、拳大の穴の向こうに、地面が見えた。
「オゥ、コイツは、クゥルだゼィ……」
 譫言のような呟きを残して、レインメイカーは天を仰ぐようにして地面へ倒れる。
 ソフィアは、ミラーグラスを手に取り、レインメイカーの死に顔に掛けながら言った。
「あばよ、クソッタレ」



 アーティラリーの銃身が、中空に文目の紋様を描いて踊る。
 剣術めいたその銃捌きから放たれる射線を読み誤って、ホームズは総身に銃弾を受けた。
 苦痛に呻きながら彼女はコートの腰へと手を回し、D型の鐶に吊るした発煙手榴弾を掴み取る。
 放り投げられた手榴弾から勢い良く白煙が噴出し、辺りに白む帳を張った。
 銃兵衛は、帳に紛れたホームズの気配を探らんと足を止める。
 とその時、濃煙を裂いて、ホームズが躍り出た。
 その全身に穿たれていたはずの銃創は、全て塞がっていた。負傷と同時に発動する、霊闘士の高速治癒スキルである。
 ホームズは地を這うような態勢で銃兵衛へと肉迫するや、その手にする大鎌を振り回した。くだんの奇妙な杖を柄とし、握りのペストマスクから三連刃を展開するデスサイだ。
 轟──と唸りを上げる大鎌はしかし、刎頸の瞬間に標的を見失う。
 次の瞬間、ぞくり──とホームズの首筋を悪寒が襲った。
 怜悧な鉄の感触が、彼女のうなじを撫ぜたのだ。
 しかし、なおも冷めやらぬ闘いの熱がそうさせるままに、ホームズは大鎌をさらに旋回させた。
 乾坤一擲の大旋風。
 だがそれでさえも、銃兵衛は舞う木の葉のような動きで躱しせしめた。
 下肢の支えを抜いた、重心操作。それが可能とする、速く軽き歩法。
 間違いない。この男、得物を銃としながら、東方の武術を遣うのだ。
「躱し──きれなんだ」
 銃兵衛が、右手のリボルバーを見遣り、呟きを発する。
 見れば彼の銃は、その銃身の半ばから叩き斬られていた。
 銃兵衛は、鉄屑と化した銃を放り、わずかに緩く五指を握った右手を、帯に差した十六インチの長物の柄巻に翳した。
 受けてホームズも、大鎌を下段に構え直す。
 ざり──と草鞋が地面を摺り、ざあ──と大鎌の刃先が土煙を掻く。
 既に得物を手に執っている以上、ホームズは先を取るつもりであった。
 当初こそ奇抜な戦法に後れを取ったが、銃兵衛の技は、銃に剣術を当て嵌めようとした結果、歪な型に陥った底の浅い詐術に過ぎない。それとわかれば、対処は容易い。
 だが、ホームズは見誤っていた。
 本来、ファストドロゥには不向きな十六インチ、そこから放たれる抜き撃ちこそ、ONE鐵流唯一にして無二の、完了を視た奥義であるという事を。

「──鞘哭き火撥」

 まず、銃声が先にあった。
 銃兵衛は抜かずして銃爪を絞り、そして銃弾が銃身から出づる前に、銃を抜いたのだ。
 音速を凌ぐ抜銃速度。それが、撃発の後に抜くという絶技を可能としたのである。
 背から血を噴き頽れるホームズ。しかし、膝を着く直前に刃が消失し元の姿へと戻った杖で身を支えると、再び発煙手榴弾を手に取り、足許へと転がした。
 濃煙に紛れるホームズに、身構える銃兵衛だったが、やがて風に吹かれて薄くなった帳の向こうに相手の姿がないと知ると、帯に得物を戻して、感慨深げに顎を撫でた。
「バリツ、か。いやはや、なんとも殺し難い手合いでござった」



 ひぃうん、ひぃうん──と風を切り、殺到する鋼糸の檻から脱したフィロはさに後方へと飛び退った。
 身に付けた給仕服は切り刻まれて、最早見る影もなく、あらわになった白磁の肌には裂傷が刻まれて、血を零さずとも痛々しい。
 だが彼女とて、ただ一方的に刻まれていたわけではない。張り巡る鋼糸を掻い潜り、その手にしたショットガンの散弾を、極至近距離からペイルへと浴びせたのだ。
 カソックの左袖が、襤褸切れ同然と化している。垂れ下がった青銅製の十字架も、今となっては彼自身の流血によって紅く濡れていた。
「──失礼ながら、一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
 フィロは、腕の傷をものともせずにこちらへ一歩近づいて来るペイルに、銃口よりも先に問いを向けていた。するとペイルは、足を止め、眦を細めて頷いた。
「ええ、一つと言わず」
「ありがとうございます」とフィロは一礼を返す。
「それでは。──ペイル様は、死が恐ろしくはないのでしょうか」
「……では失礼ながら、問いに問いで応じましょう。貴女は、死を怖れてはいないのですか?」
 ペイルは、流血なく全身に裂傷を刻んだフィロに向けて、問いを返した。
「……私は、ヒトではありません。貴方がたとは……、違うのです」
 ひどくか細くいらえる声を、しかと耳にしたペイルは、「ああ」と感歎の息を漏らした。
「素晴らしい……。なんと素晴らしき、無垢な祈りか」
 そして彼は、十字を切った。しかし今度は、後ろに足を退きながら。
「願わくは、貴女が知恵の実を口にしてもなお、その祈りを忘れないように。
 そうありますように(AMEN)」



 二階建ての牛舎の上階は、雇われ牧童の宿舎を兼ねていたのか、居住スペースが設けられていた。
「やれやれ。老いたつもりもなかったが、若い娘と踊るのはこたえるな」
 置き去りにされた、朽ちかけのソファに腰掛けてブロンディを待ち構えていたルトガーは、彼女がその場に足を踏み入れるや、綽々とした笑みを浮かべて語りかけた。その態度とは裏腹に、彼の外套は、彼自身の血で赤黒く濡れている。
「見た目に頼ると痛い目を見る。いつ言った、あたしがあんたより齢喰ってないなんて」。
「さあて、どうだかな」
 ルトガ―のその台詞は、はたしてブロンディのどちらの言葉に応じたものなのか。対するブロンディはそれに言及しなかった。
「止しな」
 彼女はただ、ルトガーの周囲で踊る幾つもの光球を見遣りながらそう言った。対するルトガーが、無言で肩を竦める。
 次の瞬間、光球は輝く軌跡を描いて飛んだ。
 光線が狙ったのは、ルトガーの足許だ。
 木板が砕け、舞う木片と共に、ルトガーは腰掛けたソファと共に、階下へと落ちてゆく。
「……やられたね」
 このまま追うかどうか、判断を下す間もなく、牛舎内に火の手が上がる。
 光線のほとんどは床板に穴を穿つのに費やされたが、残りのいくつかは、物陰に隠されていたランタンを狙っていたのだ。
 元々が廃屋だ。瞬く間に、炎は燃え広がる。
 ブロンディは床の穴から階下を見下ろして、座す者の居なくなったソファに一瞥を寄越すと、虫食い帽子のプリムを深く下げて、踵を返した。
「Adios, old goody」



 宙を這う氷蛇の群れが、次々と氷片に化して砕け散ってゆく。
 サンダラーが握る.六十口径のリボルバーから雷鳴を伴って発せられる凶弾によって砕かれる度に、エアルドフリスが新たな使い魔を喚び出すも、その悉くがまた氷片と散る。
「……埒が、明かん」
 サンダラーが呟きを発すると同時に、彼の銃が眩い蒼白の光を帯びる。サンダラーは雷光を帯びた銃を、おもむろにエアルドフリスへと向けて、銃爪を引き絞った。
「──灯れ、愚者の火」
 稲妻が、迸る。
「其は祈り。なればそれは薄氷の如く脆く──」
 稲妻がエアルドフリスへと到達する直前、氷蛇の纏う鱗が剥がれて花弁のように舞い
「──なれどそれは万年氷の如く堅く在れ」
 一枚一枚は薄くとも幾重にも連なる防壁を形成する。
 稲妻が次々と防壁を貫き、エアルドフリスの許へと雷光を迸らせる。
「均衡よここに──!」
 魔導杖を掲げて魔力を注ぐエアルドフリス。
「我は一掴みの藁を握りし者──あるいは灯を提げた彷徨い人」
 しかし、更に光量を増した稲妻が、最後の防壁すらも喰い破り、魔導杖を弾き飛ばして、彼を襲った。
「──いい、ざまだ」
 ぱき──と、稲妻の軌跡を残すかのようにガラス質化した地面を踏みながら、サンダラーがエアルドフリスの眼前へと立った。
「……そうかね」
 膝を着き、重度の火傷を負った右腕を力なく垂らしながら、エアルドフリスが呟く。見ればガラスの軌跡は、彼の足許で大きく逸れていた。
 サンダラーが無言で、エアルドフリスの額に銃口を突き付ける。
 しかしその時、それまで鉄面皮を貫いていたサンダラーの表情が大きく歪んだ。
「どう、だね。身体の、加減は」
 苦痛の色を滲ませながら笑みを浮かべるエアルドフリスの左手には、いつの間にやら、儀礼用と思しき小刀が握られていた。その小刀を媒体に、重力場を生成する魔術を発動させたのだ。
 常人ならば身体が圧潰する程に強力な重力に晒されながら、サンダラーは腕を伸ばして、エアルドフリスの首を掴んだ。
 しかしエアルドフリスは、辛うじて口許に笑みを保ったまま、声を絞り出す。
「聞いて、やろう。名は……、なんという」
 サンダラーは、エアルドフリスの身体を持ち上げながら、口を開いた。
「ウィリアム──あるいは、ジャック」
 喉を締め上げる腕の膂力が増して、さらに気管を圧迫する。
 エアルドフリスの眼球が裏返りかけたその時である。
「ルディ先生!」
 レーザー光が降り注ぎ、それを察したサンダラーはエアルドフリスを放って自らは後ろへと飛び退いた。
 彼はこちらへ向かって来るソフィアの足許へと.六十口径を撃ち込んで足止めしながら、姿を眩ませる。
「先生! 大丈夫ですか!?」
 ソフィアが追撃を諦めて、激しく咳込むエアルドフリスの許へと駆けつけると、彼は手を掲げて「ああ」と応じた。どうにか息を落ち着けると、改めて「助かったよ、ソフィア」と口にする。
「いえいえ。でも、また逃げられちゃいましたね」
「ああ、まったく面目ない。だがまあ、すぐにまた行方を突き止めるさ」
「それよりも、まずは治療ですよ。わかってます先生? これ重傷ですよ。また心配かけるつもりですか──ってもう遅いですけど」
 見るも無残なエアルドフリスの右腕を指差し、共通の知り合いを引き合いに出すソフィアに、エアルドフリスが苦笑する。
「ああ、まったく面目ないよ」
 そして、ふと喉に残った手形に指先で触れながら呟きを漏らした。
「愚者の火(イグニス・ファトゥス)……。墓碑の名を忘れた男、か。まったく、哀れなものだな」



 かくして、ワイルドバンチは身内に死者を出しながらも、それ以上の暴虐を撒き散らして、その場を後にした。

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重体一覧

  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリスka1856
  • ルル大学防諜部門長
    フィロka6966

参加者一覧

  • SUPERBIA
    フォークス(ka0570
    人間(蒼)|25才|女性|猟撃士
  • クラシカルライダー
    ルトガー・レイヴンルフト(ka1847
    人間(紅)|50才|男性|機導師
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • 大工房
    ソフィア =リリィホルム(ka2383
    ドワーフ|14才|女性|機導師
  • 唯一つ、その名を
    Holmes(ka3813
    ドワーフ|8才|女性|霊闘士
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • ルル大学防諜部門長
    フィロ(ka6966
    オートマトン|24才|女性|格闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 強盗団即席討伐隊【相談】
エアルドフリス(ka1856
人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2018/07/13 06:33:11
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/07/09 23:16:44