第六城壁戦余聞 ドゥブレー地区の戦い

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/07/13 19:00
完成日
2018/07/21 11:09

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「おう、ドニの旦那じゃねぇか。いったいどうしたってんだい、そのお揃いの恰好は?」
 王都第七街区ドゥブレー地区。裏道横丁の商店街── 地区の自治を担っている『地域の実力者』ドニ・ドゥブレーは、顔馴染みの商店主に声を掛けられ、げんなりとした様子で足を止めた。
「……制服だよ。王女と大公家の縁談話で随分と他所者が入り込んだだろ? 俺らの顔も知らねえ連中に、俺らがこの街の治安を担う者だと一目で分からせる為にな。めんどくせえ」
 苦虫を噛んだ様に嘆息するドニに破顔しながら、商店主はここに何の用かと訊ねた。いつもの見回りにしては随分と時間が早いように感じられたからだ。
「……指名手配犯を探している。この前の宿屋の捕り物から逃れた賊だ」
 先日、ドニたちドゥブレー一家は、今回の縁談騒動で流入してきた人々の中にあって、質の悪い犯罪者たちが根城にしていた宿にカチコミ、一斉に検挙した。だが、一味の中に貴族の関係者らしき者やハンター以外の覚醒者が紛れていたり、宿の地下に大量の火器と油が隠されていたりと、明らかにただのごろつきとは思えぬ証拠がゴロゴロと出て来ていた。
「その貴族関係者と思しき男が逃亡中のこいつなんだよ。下っ端は何も知らないし、覚醒者はやたらと口が堅いし……とっつ構えて事情を聞き出してぇんだが……」
「うーん……悪いが見かけたことはないねぇ……」
 商店主の返事にドニは溜め息を吐いた。横丁の皆にも聞いといてやるよ、という商店主に礼を言って手配書の似顔絵を渡し、首を鳴らして伸びをする……
 と、その視線が、青い空に黒いシミの様に滲んだゴマ粒の様な『何か』の群れを捉え、ドニは背を伸ばしたままの体勢で身を固まらせた。……なんだろう。鳥にしてはやたらと大きいし、その飛行隊列は鳥と言うより、まるで軍隊の……
「あれは……第六城壁の南門の方か……?」
 商店主らに店を閉めるよう告げながら、事務所へと取って返すドニ。……嫌な予感がした。すぐにでも地区に散った部下たちを呼び戻さなければ……


「もし、民衆が暴徒と化したならば、セルマ。その時は『彼らを守れ』」

 ……予め主により下されていたその命令が、どの様な意味を持っていたのか、それはもう分からない。歪虚騎士ラスヴェート・ゴヴヘイル・マーロウ率いる軍団の襲撃が、閣下の目論見を全てご破算にしてしまったからだ。
 システィーナ・グラハム王女とウェルズ・クリストフ・マーロウ大公が政治的な決着をつけた、グラズヘイム王国の歴史的転換点となったその日── ホロウレイド戦士団の女騎士セルマ・B・マクネアーは、同僚の騎士やその部下らを率いて、第七街区の中にいた。
「ど、どうするんだ、セルマ?! 大公閣下をお救いに第六城壁に戻るのか?!」
「……我々が駆けつけたところで、どうせ上には上れません。ならば……我々は閣下の命令通り、民衆を守ります」
 狼狽する同僚たちに、自身の動揺を悟られぬようにしながら、セルマは自分たちが採るべき方針を即断して見せた。
 通りに溢れた人々を落ち着かせ、同僚たちに指示を出しつつ…… 「これでいいのよね……?」と、戦士団長ロビン・A・グランディーと副将ハロルド・オリスト──2人の幼馴染のいる第六城壁上へ心配そうに視線を振る。
 だが……
「ぐわああぁぁぁ……!」
 襲い来る歪虚の飛翔騎士とその従者たちは、非覚醒者の兵士たちに壁役すら全うさせてはくれなかった。空中から突撃してきた騎士の横列が底引き網の様に地上を浚い、騎士や民衆、老若男女の別なく全てを薙ぎ倒していった。
 取り逃がした生き残りを残らず刈り取るべく突撃を再興する歪虚の騎士たち。人々の呻き声の中、どうにか立ち上がったセルマは、その姿に自身の死を覚悟した。
 逃げ惑う人々の中で、自身を指向して光る槍の穂先── それでも誰かの盾になれるなら、と両手を広げてみせるセルマにその切っ先が届く直前。横合いから飛び出して来た人影が飛翔戦士へ組みつき、諸共に地面を転がり、起きて、短剣を敵の鎧の隙間に突き入れた。
「あなたは……!」
 セルマは驚き、目を見開いた。自分を助けたその人影が、王都第二街区の大公の私邸で何度か見掛けた『礼儀知らずの若い庭師』だったから。そして、彼の運動・戦闘能力が、覚醒者のそれであったから──!
「……そうか。あなた、ただの『庭師』ではなく閣下の『御庭番』だったのね……!」
 戦士団の女軍師、などと呼ばれるセルマは彼の正体を看破した。大公閣下が身分の別なく優秀な若者たちを人知れず取り立てていたことに、彼女は何とはなしに気付いていた。
「そんなあなたがなぜ、こんな所に……」
「その問いの意味は既に無い。想定外の歪虚襲撃により全て失われた」
 故に、お前も今は自分の身の安全だけを考えろ、とだけ告げて、その場を立ち去ろうとする御庭番。
「私に逃げろって言うの? この人たちを置き去りにして」
 問うセルマに答えはない。……そして、そんな若者たちに一切斟酌することなく、一人の青年がセルマに掴み掛ってしゃがれた声で訴えた。
「その紋章…… お前ら、大公家の騎士であるな……? だったら、俺を助けろ! お前にはその義務がある! 貴族派の為に行動した俺を助ける義務がなあ!」
 そんな青年をきょとんと見やる避難民たち。見れば、青年は薄汚れてはいるものの、その服装はどこか高価で高貴であるようにも見える。
「勿論、助けます。貴方も含めて、ここにいる全員を」
 セルマの言葉に、足を止めていた御庭番の男が振り返った。
「……どうやって?」
「勿論、敵わないのであれば逃げます。どこかこの人数が避難できる場所を知りませんか?」
「……この先、少し離れた所にジョアニスという教会がある。広めの園庭もあってこの人数も収容できるだろう」
 だが、空から来る敵に対して無防備であることには変わらない。いったいどうするつもりか── 御庭番の問い掛けにセルマは答えた。屋根が無いなら、作ればいい。
「リアルブルーには『阻塞気球』という物があったらしいですよ? 我々に気球はありませんが……似たような対策なら採れるかと」


「うわあぁぁ……!」
 雑魔の鉤爪に掴まれ、空高く持ち上げられた治安要員が空中に放り投げられ、悲鳴と共に地面へと激突する。骨折してのた打ち回る部下の元へと走りながら、ドニは忌々し気に空を睨んだ。
「クソッ。剣や槍じゃあ届かねぇ…… 銃だ。もっとたくさんの銃がいる」
「しかし、銃なんていったいどこに……」
 腹心アンドルー・バッセルに問い返されたドニの脳裏に、先日、宿屋から押収した火器が浮かぶ。
「いや……銃ならあるかもしれねえ。この街のそこかしこに……!」

リプレイ本文

 その日、王都第七街区、ドゥブレー地区──
 裏道横丁商店街の狭い路地で、高空を往くラスヴェートら飛翔騎士たちのゴマ粒みたいな隊列を無言で見上げていたドニらとハンターたちは。それに後続していた雑魔『ハルピュイア』の群れがその隊列から分かれ、こちらに向かってバラバラと降下し始めた光景に、瞬間、目を剥き、口から泡を飛ばして周囲の人だかりに向かって叫んだ。
「逃げろ! 空から歪虚が降ってくる!」
 即座に反応する地元の人々。きょとんと立ち尽くす観光客やデモ参加者──彼らは地獄の逃避行を経験した第七街区の人間ではなかった。硬直するか、右往左往するばかりだ。
 上空から降り来た『ハルピュイア』──腕に翼、足に鉤爪を持つ有翼の人型雑魔たちはそんな彼らに襲い掛かった。瞬く間に周囲に満ち満ちる人々の悲鳴と断末魔と雑魔の歓喜の喚声──それらがモザイクと化した無秩序な合唱に突如、イカヅチの如き轟音が他を圧して鳴り響く。
「……暴徒を威嚇するのに使えるかと思って持って来たこれが実際に役に立つことになるとは思ってもみませんでした、ええ。わざわざ重い思いをした甲斐があったというものですね」
 それはエルバッハ・リオン(ka2434)が空へと向けて放つ重機関銃「ラワーユリッヒNG5」の咆哮だった。高速で薬室へと送り込まれる給弾ベルト、吐き出される廃薬莢──発射速度が早すぎて一続きとなった銃声を吐き出す銃口が仰角、扇状に振られ、薙ぎ払われた銃弾が母親と子供を上空へ連れ去らんとしていた2匹の人鳥をまるで人斬り包丁の如く真っ二つに千切り落とし。その猛威に周囲の人鳥たちが一旦、空へと距離を取る。
「もう、どうしてこんな大変なことに…… ただでさえ、今、王国は大変な時なのに……」
 マジシャンズベストの上にドゥブレー一家から貸与された隊服を纏った夢路 まよい(ka1328)が、それを見送りながら軽く眉をひそめて愚痴を零した。……制服に身を包んだその姿はどことなく七五三っぽかったが可愛らしいので気にしない。ちなみに同じ隊服でもJ・D(ka3351)は胸元を大きく開いて男の色香でセクシーに。エルの方は普通に着こなしているだけだが……なんだろう、極めて普通なのにそこはかとなくなんかエロい(
「……こいつァ一体ェ何てこった。まさかこの歪虚もノーサム某の……いやいや、流石にそりゃァあるめえか」
 そのJ・Dはグラサン越しに空と人鳥らを見上げて呟いた。彼は前回のカチコミで宿から取り逃がした『貴族と思しきお偉いさん』を捜索する為、引き続きドニらと行動していたのだが……
「兎も角、歪虚共を放っておいて良いことになった試しはねえ。あちこち拡散しちまう前にここで掃除しちまいてえところだぜ」
 態勢を立て直し、再び降下して来る人鳥たち── J・Dは横合いから突っ込んで来たそれを振り返りもせずにリボルバーで撃ち落とすと、そのまま大きく溜め息を吐きながら小銭入れを取り出し、その中身を周囲へぶちまけた。
 キラキラと光を反射しながら跳ね回るコインたち──それを空から捉え、少なくない数の人鳥たちがそちらへ向かって殺到する。……その人鳥たちの習性を、J・Dは以前、別の事件の報告書を見知っていたのだ。
 迫る多数の敵に動じず、構えた魔導騎兵銃による連続射撃で弾丸の豪雨を浴びせるJ・D。銃撃を受けた瞬間、まるで見えざる壁に激突した様に仰け反り、人鳥たちが地面へ激突していく。
 そこへエルも重機関銃の射撃を再開し、J・Dに群がる人鳥たちを薙ぎ払ってミンチメーカーの本領を発揮。まよいもまた瞳に強い輝きを宿しながら、指に嵌めた銀の指輪にマテリアルの光を曳きつつ眼前に5本の魔法の矢を展開。沸き上がる魔力に髪や服を舞い踊らせつつ、5体の敵を纏め撃つ……
「家だ! 家の中に逃げろ! 入りきれない奴らは軒先でもなんでもいい。とにかく屋根の下に隠れろ!」
 人々にそう呼びかけながら、ドニは部下たちに人々を守って戦うように指示を発した。とは言え、ただの自警団である彼らの多くは飛び道具を持っていない。
「銃だ。もっとたくさんの銃がいる……!」
 ドニの脳裏に浮かんだのは、先の宿屋カチコミで押収した多量の武器だった。証拠品だが、この際、なりふり構ってはいられない。
 幸い、この辺りの敵は大分数を減らせたようだ。ドニらは人々に身を潜めるよう指示を出すと、部下らを率いて事務所へと駆け出した。途中、襲い掛かって来た人鳥たちはハンターたちが走りながら迎撃。銃弾と魔法の矢ののしをつけて反撃し、叩き落した。
 事務所に着くと、ドニは一目散に保管庫へと向かい、木箱の中に収められていた魔導銃を部下らに配った。だが、その数はとても十分とは言えなかった。地区全体を守るにはもっと多くの銃が必要だ。
「……もし俺たちが押収したのと同様に、他所にも武器が用意されていたとしたら」
 ドニはすぐに牢へと向かった。武器を用意したと思しき男たちを締め上げ、或いは取引をして武器の所在を訊き出す為だ。
 だが、牢は既にもぬけの殻だった。歪虚襲撃のどさくさに紛れて牢を破って逃げたらしい。恐らくは一味に紛れていた覚醒者の仕業だろう。
「……クソッ! よりにもよってこんな時に……!」
「ないものねだりをしても仕方ねえさ…… 連中が暴徒に武器を渡そうと企んでやがったのなら、きっと渡すのに都合がいい、人が多く集まる場所だ。宿屋や酒場、デモ隊の集まる通りや広場……そういった所を虱潰しに当たるしかねえ」
 J・Dの言葉に冷静さを取り戻し、ドニはすぐに部下たちの所へ戻り、捜索の指示を出し始める……
 J・Dは呟いた。
「この前、取り逃がしちまった奴ッこサンを見つけることが出来りゃあなァ…… 歪虚に食われッちまッてなきゃァ良いンだが」
 仰ぎ見る事務所の空──そこにも、それまで影もなかった人鳥の姿がチラホラと紛れ初めていた。


 その頃、セルマ率いる戦士団の一隊は、屋内に逃げ込めなかった大勢の一般人を連れて、避難先となるジョアニス教会目指して第七街区を駆けていた。
「どうした、俺はここにいるぞ!」
 人々を守る為、セルマたちと行動を共にしていたハンターのオウカ・レンヴォルト(ka0301)が囮となるべく一行から離れ、接近して来るハルピュイアの群れに向かってLEDライトの光を振る。
 五指に嵌めたダイヤモンドリング──地上にキラキラ光る人間を見つけ、我先に降下を始める人鳥たち── それを確認したオウカはその敵の接近を待ってダンッ、と地面を踏み鳴らし、其れを以って神楽舞『荒魂鎮め捧ぐる華』の端となした。
「其は荒ぶる魂を静める【華】の舞。元来己の信奉する神へと捧ぐ舞いを以て成すそれは、敵対する者の強固なる拒絶を開く鍵と至らん。即ち、守護の軟化也……」
 オウカの周囲が常とは異なる神域の気を纏い──敵の守護の力を拭い去る。オウカは振るわれた鉤爪を舞う様に躱すと、マテリアルの炎を扇の様に振るって群がった敵を焼き滅ぼし、神楽舞のしめとした。
 戦いの中にあって尚、その凛とした所作と佇まいに人々の間から感嘆の吐息が漏れる。だが、ここは危険地帯──その様な時間も長くは続かない。
 ハルピュイアの別の一隊がセルマたちに向かっていた。オウカの他にも煌びやかな人間がいたのだ。
 薄汚れてはいるものの、その服装はどこか高価で高貴であるようにも見える青年── 人鳥の目標とされた彼が「へ?」と間抜けな声を出す。
「何をしている!?」
 人鳥の鉤爪がその身体をズタズタに引き裂く寸前、駆け戻って来たオウカが青年の身体を引き倒した。
「空の化け物は光り物に目がない。死にたくないなら捨てるか布に包んで見つからないようにするんだ!」
 青年に繍衣を掛けつつ、頭上に屯する人鳥たちに向かって炎の扇を放つオウカ。しかし、敵の数は人々を守り切るには余りに多く……
 オウカ以外の誰もが諦めかけた時。そのピンチに駆けつける者たちがいた。
 ゴウッ、という音と共に、群がる人鳥の群れの『更に上』から、マテリアルの炎を降り下ろして人々の頭上の敵を掃った者が。そして、一条の機導の光で空を切り裂き、周囲の敵を消し飛ばした者が!
 背後からの攻撃に慌てて散開し、人々から距離を取る人鳥たち。そこへ入れ替わるように『空中から』飛び込んで来た人影が、逃げ散る人鳥たちの背に突撃銃による制圧射撃を浴びせ掛け、人鳥らの再接近を妨害する……
 ──新たに駆け付けた救いの手。それは小型飛行翼アーマー「ダイダロス」を背負った『四枚羽の』クオン・サガラ(ka0018)と、「パリ」砲──巨大な超長砲身の機導砲を背中から肩に展開したロリBb(以下略)ドワーフ、ミグ・ロマイヤー(ka0665)の2人だった。彼らは人鳥に襲われている人々に気付き、駆けつけて来てくれたのだ。
「うむ、ハンター暇無しとはよく言ったものであるが、陽気に煽られてそこら辺を散策していたのが運の尽き。まあ愚痴っても仕方ないし、何はともあれ…… 加勢するぞ、騎士殿」
 危ないところを助けられ、感激した人々にもみくちゃにされながら、それでも力強い足取りで近づいてきたミグがセルマにそう手を差し出した。
 一方、クオンには地上に降りて挨拶をする時間も無かった。新手の人鳥たちの大群がこちらに向かって飛んでくるのを確認したからだ。
「……真っ向勝負で相手取るのは無謀ですね。出来うる限り皆が逃げる時間を稼ぎます」
 クオンはその旨を無線でミグに伝えると、セルマと人々には手信号で先へ進むよう指示を出した。
 騎士の礼を返し、率先して人々を連れ地上を進み出すセルマと戦士団…… それを見送ったクオンはマテリアルの光をその身に纏うと、人々を追う人鳥の群れに向かって上空から降下。突撃銃と炎を乱射しながら突っ込み、敵の編隊を突き崩した。

 ……人々が立ち去った地上の一角。一枚の紙が風に舞う。
 それはドニたちドゥブレー一家が配っていた手配書だった。そこにはとある青年の顔が描かれていたのだが……気付いた者は誰もいない。


 その日もジョアニス教会はいつもと変わらぬ一日を迎えるはずだった。
 起床し、祈りを捧げ、食事を取り、孤児たちに勉強を教え、共に学び、共に遊び、祈りを捧げて、床に就く── だが、そんなささやかな日常は、その日、第六城壁の方から這い寄って来た戦雲に呑まれることとなる。

 最初の兆候は音だった。遠雷の如く響いて来たのは戦の喧噪── そして、怯えた近所の人々が教会に集まって来た。
「……最近、客が多いにも程がねえか?」
「何やら厄介なことになってきましたね……」
 孤児院も兼ねるジョアニス教会の手伝いに来ていたクルス(ka3922)とサクラ・エルフリード(ka2598)は、騒然とする人々を見やって呟いた。
 そんな大人たちの不安が子供たちにも伝播したのだろう。怯えた表情を浮かべた子供たちがサクラとクルスの裾を掴んできて……そんな彼らを安心させるように、クルスは頭に手を乗せガシガシと撫でてやり。サクラはそっと膝をついてギュッとその手を握ってやった。
「落ち着きやがれです。子供の前で狼狽えるんじゃねーですよ!」
「俺達がここにいる以上、お前たちが怪我なぞさせぬ! 大船に乗ったつもりでいるがいい!」
 見かねたシレークス(ka0752)とルベーノ・バルバライン(ka6752)が集まった大人たちの所へ向かい、安心させるように胸を叩いた。この時には既に第六城壁が歪虚の大群の襲撃を受けているとの『噂』がこの辺りにも広まっていた。
「鐘楼に上って確認してきます。シレークスたちは避難の先導を」
「引き受けたです。……さあ、みんな! いつもの様に良い子で移動するですよ。なるべく分散せず、可能な限り固まるように!」
 階段を小走りで駆け上がるサクラを見送り、シレークスがパンパンと手を叩いて子供たちに呼び掛ける。「えー」だの「またー?」だの不満を漏らす子供たちに「何度も悪いな、ホントに」と謝りながら、クルスが子供たちの先に立つ。
(避難先は……やはり屋根のある所だろうな。居住棟か孤児院辺りか。教室は離れで不安だし、教会は……通りに近すぎる)
 後々、避難して来た人々が殺到して来た時のことを考え、そう当たりを付けたクルスは、しかし、何かを思いついた風のルベーノによって呼び止められた。
「このまま教会で子供たちに童謡でも聖歌でも好きな歌を合唱させるというのはどうだ? 歌が聞こえている限り、ここが安全な場所だと誰にでも分かる。逃げ場を求めて来る人々の良き目印となるだろうし、パニックを抑える効果も期待できる。子供たちが人々を救うのだ」
 小さくなって震えているより、役目を与えて落ち着かせるよう行動させる方がいい── ルベーノの提案に、クルスが「ちょっと待て」と反駁した。
「教会は屋根も高く鐘楼もある。空飛ぶ敵に対する防御拠点に好適だ。戦場になるかもしれないんだぞ!?」
「逆だ。俺たちの足下以上に安全な場所などない。それとも守り切れる自信がないか?」
 子供たちには見せない表情で、シレークスがルベーノに向き直った。
「……歌声が敵を呼ぶことも有り得る。まさか、ルベーノ、おめー、子供たちを囮にするつもりじゃあねーでしょうね……?」
「まさか。だが、歌があろうと無かろうと、どうせ空から見られてしまえば、ここに人が集まっていることは一目瞭然ではないか」
 ゆらり、とルベーノの元へ踏み出し掛けたシレークスを、マリアンヌが制止した。
「それでいきましょう」
 マリアンヌは言った。……ここに逃げて来るのが顔見知りのご近所さんだけとは限らない。いつパニックに陥るか分からない『他人』の中に子供たちを置いておきたくない──そういう思いも正直、無くはない。
「マジかよ……」
 眉間を揉むクルスを他所に、ルベーノが子供たちに呼び掛けた。
「お前たち、以前、避難訓練をしたことがあると言ったな? その成果を見せる時が来た! シスターの指導の下、皆で歌を歌うのだ。お前たちの歌を聞いて皆、ここへ避難して来る。お前たちの歌が皆を救うのだ。頼んだぞ、子供たち!」
 おー、と拳を上げて応じる子供たち。一見、強面なルベーノであるが、童心そのもので遊んでくれる『お兄ちゃん』への子供たちの人気は意外と高い。……勿論、どうしても顔を怖がる子もいるが。

 それからそう時間も経たない内に懸念は現実のものとなった。
 教会に逃げて来る人々は時間と共にその数を増し……孤児院や教室もすぐに人でいっぱいになってしまった。
 クルスはシスターたちからありったけのロープを借り受けると、それをソリ『フライングスレッド』の足の間に張り渡した。このソリは一人用の小さな木製のソリではあるが、風の精霊の魔力が込められており空を飛ぶこともできる。

 セルマらの一行が大勢の避難民を連れてやって来たのはそんな折のことだった。
「ありゃあ礼拝しに来た……ようには見えねえよなあ、やっぱ」
「空の敵以外にも厄介事が来た気がします……」
 子供らの讃美歌が響く教会内──他の誰にも聞こえぬように呟き、クルスとサクラはすぐに怪我人の治療に向かった。特に傷が酷かったのは殿軍を務めたクオンだった。鉤爪による無数の引っかき傷に、ゼイゼイという荒い息── 出された水をグビッ、グビッと飲み干すクオンに、サクラが高位回復術である『フルリカバリー』の光を翳して傷を癒す。
 一般人の重傷者は応急処置を施した後、クルスがソリに乗せて仮設の救護所へと移送した。クルスの後について自走するソリを興味津々で見に来た子供たちに、「壊れなかったら後で乗せてやるから」と言い聞かせ、避難所への移動を急がせる。
「女子供は建物の中へ! 野郎どもは校庭へ」
 クルスの誘導に、新しく来た避難民たちから不満の声が上がった。一番声が大きかったのは例の威張り散らした青年だった。敵は空から襲って来る。屋根が無い場所では襲ってくれと言うようなものだ。
「駄目だ、駄目だ! それが嫌なら引き返せ! この教会にはもうお前たちを受け入れる余裕はないんだ!」
 先に避難していたおっさんたち(教会とは縁も所縁もない)が、なぜか代表者面で『新入り』たちにそう言い放った。
「只で受け入れて欲しいとは言いません」
「……何?」
「我々には提供する用意があります。ここを人鳥の群れから守る戦力と、校庭の人々を守る鉄壁の策を」
 多少の誇張を交えながら、セルマが交渉材料を提示した。おっさんたちは尚も渋っていたが、シスターマリアンヌが現れてにっこりと笑って()みせると、スゴスゴと立ち去っていった。
「ようするにカスミ網みたいなもんじゃよ。空中に『網』を張ることで、鳥やらなんやらを根こそぎ狩ってしまうあれじゃ」
 ミグがウンウンと頷きながら、その場の皆にその『策』を説明した。ここに来る前、セルマが皆に「とにかく紐状の物を集めて来るよう」頼んだ時に、既にミグはセルマが考えていた策を看破してみせていた。
「……なるほど。高い所に洗濯紐や縄を張って空からの攻撃をし辛くしようというのですね。相手とこちらの間に邪魔になるものがあれば、確かに急降下攻撃はし辛いでしょうね」
 構想を理解したサクラに、ミグが満足そうに頷く。

 早速、策は始められた。ともかく急ぐ必要があった。人鳥たちがここに来る前に『網』の天井を張り終えてなければならない。
 ミグの指揮の下、教会の鐘楼の柱にロープを結び、地面へと投げ落とし。それを拾った者たちが四方八方へ走り出す。鐘楼を頂点として、そこから平屋の居住棟、孤児院、教室の屋根へと掛け渡し、縦横に網の目を走らせる形だ。
「ロープの間隔はあまり密にしなくていいぞ。不規則かつ適当に張り巡らせて、歪虚が通れなくなればいい」
 屋根の上から出されるミグの指示に「クッ……!」と呻くおっさんたち。作業には避難民たちからも男手が(容赦なく)集められていた。子供たちはむしろ作業に加わりたがったが、いつ人鳥が襲って来るか分からぬ以上、任せるわけにはいかなかった。

「あ。いつぞやの女貴族」
 ロープの束を肩に担いで運んでいたシレークスが、セルマに気付いてポツリと言った。
 それを耳にして振り返ったセルマが気付き、シレークスに頭を下げた。彼女らにはセルマの初陣──茨小鬼との戦いの折にハロルドの命を助けてもらった。以降、度々戦列を共にしたことがある。
「で、このロープはどこに持って行けばいいのです?」
「あ、それだったらガーデナー(庭師)に……」
(『庭師』……?)
 その単語に、サクラが反応した。セルマの呼びかけに、みすぼらしい恰好をした若い男が振り返る。
(なんだ。『館』の庭師とは別人ですか…… しかし、あの若い男、どこかで……?)
「あ、思い出しやがりました。確か『鉄灰』色の茨小鬼を古都まで護送した時にいた傭兵の……」
 サクラとシレークスは取って返して休憩中のクルスを連れて来た。
「確かに、あの時いた傭兵たちのリーダーの男だな。あいつ、こんな所で何をやっているんだ……?」
 クルスの言葉に確信を持って、サクラはコクリと頷いた。
(妙に気になるんですよね……)
 件の『庭師』だけでなく。彼を見る時、その視界に必ず入る『なんか偉ぶった青年』共々……


 教会の鐘楼の鐘が、手持ちのハンマーによって手早くリズミカルに打ち鳴らされた。それは接近して来る人鳥に気付いた屋根上の見張りが発した警報だった。
 ドッとどよめく避難民たち。人々の間にいたシレークスが落ち着きやがれと校庭の面々に地面に伏せるよう指示を出す。
「『網』はまだ未完成…… クオン、クルス! まことにすまんが頼めるか?」
「ったく、想定より早いじゃねぇか!」
 ミグの要請に、クルスは舌を打ちつつ了解した。ソリに跳び乗り、I.F.O.を起動してフワリと宙へと浮かび上がる。……その速度は人が駆ける程度の速さ。全力でぶっ飛ぶ飛行ユニット相手にはいささか心許ないが、やるしかない。
「クオンさん! 飛べる俺たちで時間を稼ごう。俺は低空、クオンさんは高空から来る敵を頼む。状況は随時無線機で!」
 そのクルスに了解と返し、クオンは蒼空より来る人鳥の黒い陰を見ながら、ダイダロスの翼を広げた。
(この教会に来るまでにだいぶ飛行の力を失ってしまいましたね…… 残った飛行時間は半分程度といったところですか)
 クオンは疲労し、消耗していた。敵は雲霞の如き人鳥の群れ。対するこちらの『航空戦力』は僅かに2人── それでも飛ばないという選択肢はクオンにはない。──七難八苦の逆境こそが我が日常。戦えぬ者たちを守る、研磨されし一振りの剣たらん……!
 地上より飛び立っていく2人を見送ると、ミグ自身はロープを手に取り、担ぎ上げ、教会の屋根の上から虚空へ向かってジャンプした。跳躍から落下に移る前に『ジェットブーツ』で空中を弾ける様に加速。そのまま『アルケミックフライト』でマテリアルの噴射を続け、一気に『対岸』──教室の屋上へと『着地』した。
「いちいち下りて上ってを繰り返すのは時間の無駄なのでな。このまま一気に完成させるのじゃ!」
 手繰ったロープの中程をその場に結び付け……再びロープの端を手にジェットを噴射し、今度は孤児院の屋上に飛んでVの字型に縄を張る……

 教会上空へ到達した人鳥たちは、そこに屯する獲物の群れに歓喜の叫びを上げて降下した。
 だが、人々に向かって降下攻撃を仕掛けた彼らは、途中、一面に張られた網に気付いて空中に多々良を踏む。
 そこへ上空から自由落下で逆落としに降下して来たクオンが、激突する寸前にマテリアルを噴射しつつ、動きを止めた人鳥の頭上に『ファイアスローワー』を振り撒いた。
 思わぬ事態に逃げ散った人鳥たちの一部が、『防空網』の中に自分たちが通れる程の穴を見つけた。歓喜し、そちらへ殺到した人鳥たちは、だが、横から滑るように移動して来たクオンによって阻まれた。突っ込んで来た人鳥を盾で受け止め、潰しながら……どうにか激突直前で減速に成功した別の一体を魔力を込めた杖でぶん殴り。更に挟撃しようと背後を取らんとして来た別の一体に対しては、ソリの上に立ち上がって盾の淵で以って吹き飛ばす……
 だが、クオンやクリスの獅子奮迅の働きでも、数的劣勢はどうにもならない。別の穴の隙間から網の下に侵入して来た人鳥たちに、人々から悲鳴が上がる。
「祓い退く盾、此処に現す事御君に願い奉る……」
 その鉤爪が人々に届かんとしたまさに時。ツクヨミの加護の印を左手指に結んだオウカが両者の間に立ちはだかって、空中に膜の様な盾を顕現させた。鉤爪の突撃を受け止めた膜に広がる波紋── 直後、駆けつけてきたサクラがその人鳥に霊槍を投擲。1体を貫き落とし、駆けて行きながら槍を回収。そのまま老人に襲い掛かろうとした別の人鳥の前に盾を構えて立ち塞がり。上昇して逃げる事が出来ぬ敵とちゃんばらの後、刺し貫く。
「光よ、我らを導きたまえ…… サクラ、行きやがりますよ」
 人鳥に追われながらすっ飛んできたミグが網の穴にロープを渡して塞ぐのを頭上に見ながら、シレークスはサクラを呼び寄せ、その場を後にした。
「……どこへ行くんです?」
「教会の屋根に上がります。地上では人々を巻き込みやがりますし、屋根の上で『ソウルトーチ』を焚いて囮になるのです」
「なるほど。人鳥は光物が好きと言いますからね。光者も好きだといいですね。護衛する私の手が余らぬ程度に」
 そのまま教会の入り口へと回るシレークスとサクラ。
 そこでは、子供たちの歌が周囲へ響くよう開け放たれた扉の前で、仁王立ちで立ちはだかるルベーノの姿があった。
「さあ、子供たちよ! 今こそ王国民の誇りを歌い上げるのだ!」
 身体の数か所から血を流したままで、豪快に笑いながら告げるルベーノ。マリアンヌが頷き、子供たちに指示を出した。選ばれたのは、讃美歌。中でも、王国民の多くが郷愁を胸に抱く──将来、歴史的に国歌の一つとして認識されることになる国賛歌──
 その調べに、人鳥に追われてパニックを起こしながら逃げて来た外の人々がハッと顔を上げる。最後のガッツを振り絞り、敷地内へと逃げ込んで来る人々──それを追って来た人鳥を。ルベーノ、サクラ、シレークスの3人が拳と槍とで闇光の塵へと返し、追い返す。
「落ちつけ。子供達でさえ皆の避難を助けようとしているのだ。大人のお前たちが泣き叫んでどうする!」
 助かったと泣く彼らを叱咤するルベーノ共々回復の光を施すと、サクラはシレークスと共に教会の中へと入った。歌う子供たちに手を振りながら身廊を渡って階段を上り、鐘楼から屋上に出る。
「……てめぇら、誰の許可を得てこの上を舞ってやがりますか、あぁっ!? 教会に手を出すんじゃねぇっ!」  
 鐘楼に結びつけられたロープの1本を身体に巻き付けて命綱としつつ、マテリアルを金色のオーラで噴き上げて大空に○指を立てて怒声を張り上げるシレークス。その光と声に、大空を舞う人鳥の半数近くが一斉にそちらへ群がり始める。
「吹き飛べーっでやがりますっ!」
 シレークスはマテリアルを込めた円匙(ショベル)を一本足で構えると、それを思いっきり振り抜いて、発生した『衝撃波』で5体纏めて吹き飛ばした。サクラもまた自身を中心に光の波動を放射して纏わりつく敵を薙ぎ払う。屋根の下、入り口からはルベーノが放つ雄叫びの声──直後、彼が放った『青龍翔咬波』が入口上空付近の人鳥たちを薙ぎ払う……
「汚らわしい歪虚どもが! 神聖なる教会に近づくとは良い度胸でやがります! このシスター・シレークスがエクラの名の下に汝らに滅びを呉れてやるです!」
 血塗れ、傷塗れになりながら空に吼えるシレークス。敵の体当たりを受けてバランスを崩して屋根から落ちかけ、命綱を手にどうにか踏ん張り、組みついて来る人鳥の頭を円匙でかち割り、振り落して屋根へと戻る。
 その頃、空中で敵を防ぎ続けていたクオンとクルスの2人も、その力の限界を迎えて徐々に高度を下げていた。かさにかかって攻めて来る敵を網の穴から反対側へと誘引しつつ、受けて、受けて、反撃し……
「もうそろそろ限界です。そろそろ網の下に下がりましょう、シレークス」
「まだでやがります……! 最後まで足掻いて足掻いて足掻きまくるのですよ、サクラ!」
 そこへ。鐘楼の中から放たれたエネルギーの奔流が、シレークスとサクラの周囲を飛ぶ人鳥を纏めて薙ぎ払った。それはパリ砲の光── 全てのロープを張り終えて来たミグが階段で(ジェットブーツは使い切っていた)戻って来たのだ。
「待たせたの…… 『ジョアニスのカスミ網』、完成じゃ!」
 顔の前に立てた魔導符剣の鍔が開き、刀身が光を放ち──周囲へ複数の短剣や脇差を浮かべたミグが屋上の戦いへ乱入する。空中に浮かぶそれらを掴んで手元の魔導符剣へ合わせ、魔法的に融合させつつ突進し、敵を切り裂くミグ。それに殿軍を任せてシレークスとサクラは屋内へと撤収する……

 上空から降下して来た人鳥が、眼下に広がる邪魔な網を鉤爪で斬り裂き、突破口を開かんとする。だが、その試みは、網の下から突撃銃を撃ち放ったクオンの弾丸に翼を撃たれて失敗した。そのまま網の上に落ちた人鳥を、セルマら騎士たちが下から槍で1体ずつ突き殺していく……
 同様に網でもたもたしている人鳥たちへ放立てるオウカの『デルタレイ』。斬り裂かれて塵と消える仲間たちを横目にようやく突入口を切り開くことに成功した人鳥たちは、一並びで突入して来たところを纏めてミグのパリ砲によって吹き飛ばされる……

 ……長い長い戦いの果て。
 無限に湧き続けるかと思われた人鳥たちも徐々にその数を減じてゆき…… やがて、その損害に耐えかねたのか、1体、1体とその場を離脱し始めた。
 必死に防戦し、或いは耐え続けて来た人々は、いつの間にか攻撃して来る敵がいなくなった事に気付き…… その時になってようやく自分たちの勝利を確信した。
「勝った……のか……?」
「ええ、そうです。お疲れさまでした」
 神罰銃を下ろしたオウカの言葉に、戸惑っていた人々の間に歓声が爆発する。
 地面に座り込んでそっと拳を合わせるクオンとクルス。ボロボロになったシレークスとサクラがニヤリと笑みを浮かべ合い、動き回り続けたミグは両手を突き上げ、地面へ倒れ込む。
「よくやったぞ、子供たち」
 最後には皆を守る為に閉めた扉に背中を預けてずり落ちながら、ルベーノが満足気に笑みを浮かべ、鼾をかいて眠り出す……


 一方、ドゥブレー一家── 彼らは襲い掛かって来る人鳥らの魔の手を逃れながら、武器があると思しき場所を目指して片端から戦場を渡り歩いていた。
「あった! ありました! 水門の屋台の下に、油の樽と武器の入った木箱が……!」
「すぐに銃を分配しろ! 受け取った者は直ちに対空射撃の列に加われ!」
 銃を受け取らんと我先にそちらへ群がるドニの部下たち。勿論、その間も敵の攻撃は止まらない。
「うわあぁぁぁ……!」
 突然、人気の無くなったはずの街中に人々の悲鳴が響き渡り、ドニたちはそちらを振り返った。それはあちらも同様で、ただ人が狩られるだけの地獄の中で歪虚に抵抗している存在に気付いた人々は、文字通り死中に活を見つけてドニたちに殺到する。
「助けてください、助けて!」
「ちょ、待て、お前ら、落ち着け!」
 縋りつかんばかりの勢いで向かって来る人の群れ── エルは符を振ると群衆に向かって魔力を放ち、『スリープクラウド』でもってパタパタと眠らせた。
「すみません、勝手をしました。混乱に巻き込まれて皆さんの迎撃態勢が崩れるのを危惧したもので……」
「いや、助かった。……おい、お前たち! 寝込んだ連中を路地の陰に連れてって守れ。起こして何が起きたか話を聞くんだ!」
 部下に指示を出すドニの横で、エルは双眼鏡で周囲の空に目をやった。この人々を追い立てて来た『何か』がいるはずだった。
「あれは……」
 その視界が新たな敵の存在を捉えた。
 それは有翼の蛇とでも形容すべき姿をしていた。まるで水中を泳ぐ水蛇の様に空中をうねうねと漂いながら、地上へ向けて火炎の息を吐きかけている。
「何だ、あいつら…… ワイアームだとでもいうのか!」
「気を付けて。太くなっている時に落とすと周りに炎を撒き散らすみたいだよ。できれば細い内に狙っていきたいな」
 空中をのたうつ大蛇の群れに、呻くJ・Dとまよい。恐らく、先の人々はアレに逃げ込んでいた家屋を焼かれて慌てて飛び出して来たのだろう。街を守るという観点からすれば、ハルピュイアなどよりずっとヤバい敵だ。
「地上にまで降りて来ることはないみたい……だったら、範囲攻撃を使っても誰かを巻き込むことはないよね」
 まよいはそう言うとエルにタイミングを合わせての『ブリザード』の使用を提案した。より多くの敵を撒き込む様に担当区域を割り振って…… 放たれた冷気の嵐は瞬間的に空を白く染め上げ──火属性を持つ蛇たちを一瞬で凍らせ、砕き散らせた。
「よし、氷は効くぞ」
 J・Dは魔導銃に冷気の魔力を込めた銃弾を装填すると、ワイアームに向け立て続けに撃ち放った。まよいもまた威力強化、使用回数増加、行動阻害効果増強の3種の『ブリザード』を次々に放って蛇たちを一網打尽にしていく。
 更にJ・Dは目にも止まらぬ速さで素早く弾倉を装填すると、その新しい弾倉が空になるまで立て続けに連射した。そうして放たれた弾丸はマテリアルの光の雨となって敵へと降り注ぎ……封印の力で以ってその動きを阻害する。
「今だぜ、旦那」
 J・Dのお膳立てに従い、ドニの部下たちが一斉射撃を空に浴びせた。湧き上がる歓声──だが、その優勢も水属性攻撃を撃ち終えるまでだった。敵はまだまだ履いて捨てる程の数がいた。
「チッ…… 連中、学習しやがった!」
 地面に撒いたコインに目も向けずに攻撃を仕掛けて来る人鳥に舌を打ちつつ、片膝ついて銃を撃つJ・D。低空から飛来した敵に肉薄されたエルは重機関銃を提げたまま符を振り、風の刃で斬り捨てたが、横合いから突っ込んで来た別の個体に隊服を斬られて地面に倒れた。
「……」
 表情を換えぬまま起き上がり、スリープクラウドで眠らせて、撒き散らした符の風雷陣でもって纏めて敵を貫くエル。一人、ワイアームの相手をしていたまよいも最後のブリザードを撃ち尽くして残るはマジックアローのみとなる……
「意見を具申します」
 改まった様子のエルが駆け寄ってくるのを見て、ドニは不機嫌そうに答えた。
「……なんだ」
「撤退を。これ以上の迎撃は不可能です。それに……もう意味がありません」
 その意味はドニにも分かっていた。既にそらは蒼くはなかった。街のあちこちから立ち昇った煙が空を黒に染めていたのだ。……ドゥブレー地区が、燃えていた。
「もう敵を倒しても街の喪失は免れない、か」
 ドニは天を仰いだ。そして、まん丸の太陽を見上げて嘆息した後、皆に告げた。
「撤収する。可能な限りの人々を助けつつ、ジョアニス教会へ向かって進め」


 その頃、敵を撃退した教会では、人々が戦いの後片付けに入っていた。
 怪我人の治療に炊き出しの準備や壊れた建物や破れた『網』の修復に掛かるハンターたち── 約束通りソリ(今日はもう飛べないが)を持って子供たちの元をクルスが訪れ、治療を終えたばかりのルベーノと共に、恐怖から解放されたばかりの子供たちとはしゃぎ合う……

「どこに行きやがるんです?」
「……いえ、あの『庭師』を見かけないもので」
 問い掛けて来たシレークスと共に、サクラは教会敷地を歩き回る。
 そうして人気のない教会の片隅で見つけたのは……『庭師』ではなく、シスターマリアンヌとあの『青年』だった。
「お前がシスターマリアンヌか。大人しく俺について来い。お前を連れて行けば宿での失点も挽回できるはずだ。今となってはむしろ、別班が失敗していてくれて良かったと言うべきか」
 青年はナイフを突きつけていた。サクラとシレークスはまだ距離が遠い──!
 と、横合いから飛び出して来た人影が青年にぶつかった。
 青年は倒れ……そのまま息を引き取った。その横に、血塗れの短剣を手にしたあの『庭師』が立っていた。
「……助けて頂いた……ということでよろしいのでしょうか。それとも……」
 シスターの言葉に頭をペコリと下げると、男は踵を返して立ち去った。駆けつけてきたサクラたちがマリアンヌに大丈夫かと声を掛け…… 男は追跡を振り切って姿を消した。

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参加者一覧

  • 課せられた罰の先に
    クオン・サガラ(ka0018
    人間(蒼)|25才|男性|機導師
  • 和なる剣舞
    オウカ・レンヴォルト(ka0301
    人間(蒼)|26才|男性|機導師
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • 夢路に誘う青き魔女
    夢路 まよい(ka1328
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 交渉人
    J・D(ka3351
    エルフ|26才|男性|猟撃士
  • 王国騎士団非常勤救護班
    クルス(ka3922
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 我が辞書に躊躇の文字なし
    ルベーノ・バルバライン(ka6752
    人間(紅)|26才|男性|格闘士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/07/11 07:44:48
アイコン 相談所
サクラ・エルフリード(ka2598
人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2018/07/13 10:40:21