• 空蒼

【空蒼】船出 ~絶望の感染~

マスター:近藤豊

シナリオ形態
イベント
難易度
難しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2018/07/16 07:30
完成日
2018/07/21 07:08

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 聞こえてくるのは、庭にいる鳥の声。
 風が吹き込む度に揺れる草木。
 そして、ベッドで眠る子供達。

 強化人間研究施設『アスガルド』――以前ならば、子供達の活気が溢れる宿舎だったのだが、強化人間失踪事件の発生以来、昏睡状態が続いている。
 アスガルドを支配するのは暗い雰囲気と沈黙。
 職員達が目覚める事を願いながら、今日も子供達の体調管理に勤しんでいる。
「今日も変化なし、か」
 一人呟く職員。
 聞く者は誰もいない。目の前にいる子供達は、一向に目覚める気配もない。
 今日もまた一日が過ぎていく。
 それは、徒労を感じさせるには十分過ぎる。
 職員は眠る子供達の手をそっと握る。
「この子達が目覚めてくれれば……え?」
 突然、手に走る激痛。
 それは握った子供の手が強く握り返されている。
 覚醒――?
 職員は、慌てて子供の顔に視線を移す。
「これは!?」
 確かに子供の目は開いていた。
 だが。
 それは子供らしい無垢な瞳ではない。憎悪と憤怒に満ちあふれていた。


 大規模宇宙ステーション『ニダヴェリール』は、ついに完成した。
 ハンターからの要望を取り入れ、再出発となったニダヴェリールはフランスのノルマンディにて除幕式を迎える。
 ムーンリーフ財団総帥のトモネ・ムーンリーフは、人類の希望としてニダヴェリールを全世界に伝えたいと除幕式を敢行した。

 人類にはニダヴェリールがある。
 まだ希望は失われていない。

「素晴らしい考えザマス。感動したザマス」
 ラズモネ・シャングリラ艦長の森山恭子(kz0216)は、ニダヴェリールの姿を前に一人感動していた。
 VOIDによって滅ぼされたコロニーを使い、反重力バリアを搭載。巨大な盾として期待されるそれを人類の希望の象徴として建造したのだ。
「泣くのは早すぎないか、バアさん」
 恭子の傍らには山岳猟団の八重樫敦(kz0056)が立っていた。
 今回、ラズモネ・シャングリラは除幕式に招待されていた。恭子からすれば久しぶりの正式式典の場。周囲から浮くぐらいの真っ赤なドレスに赤いヒール。羽根飾りは青い薔薇と衣装に気合いが入っている。
「バアさんじゃないザマス。まだ還暦前ザマス。
 ドリスキルさんもこちらへ来れば良かったザマスのに」
「ラズモネ・シャングリラをガラ空きにはできんからな。あの飲んだくれの事だ。こんな堅苦しい場は来ないだろう」
 八重樫は、ジェイミー・ドリスキル(kz0231)中尉のいないこの場所を見回した。
 財団上げての除幕式に大勢の強化人間が配備されている事は予想していた。強化人間失踪事件を受けて各国から問い合わせが殺到している状況だ。この除幕式はニダヴェリールのお披露目だけではなく、強化人間の安全性を訴えかける意味合いもあるのだろう。
 あのドリスキルがそんな『見世物』になるような真似を望むとは思えない。
 事実、ドリスキルはラズモネ・シャングリラの警備を理由にヨルズMr.IIへ引き籠もってしまった。
「ドリスキルさんに任せてあたくし達は除幕式を堪能させてもらうザマス」
 パーティ気分で浮かれる恭子。
 しかし、この除幕式は――新たなる船出を意味していた。
 良い意味でも、悪い意味でも。


「はいはい。完成おめでとうっと」
 ドリスキルはヨルズMr.IIの中でウイスキーを口にしていた。
 正直、ニダヴェリールに興味はない。
 それが人々の希望になるのであればやってみればいい。
 だが、ドリスキルはそれで人類が救われるとは思っていない。現実はもっと『クソッタレ』だ。
「それにしても強化人間が多すぎやしねぇか? まあ、財団もそれだけ必死って事か」
 チビリとウイルスキーを口に含むドリスキル。
 退屈でしかない除幕式。病欠を理由に寝ても良かったが、軍の命令で除幕式に出席しなければならない以上、それは行えない。
「敵襲! 12時と6時方向!」
「なに!?」
 ドリスキルは無線から流れる報告で飛び起きた。
 それは――この除幕式会場が襲撃された事実。
 財団が威信を賭けて臨んだ除幕式の襲撃。恨む奴が居てもおかしくはない。
「敵の映像を回せ!」
 無線で呼び掛けるドリスキル。
 ヨルズMr.IIのモニターへ移し出された敵影。
 それは、『この会場にいてはいけない存在』であった。
「マルコス、ランディ……か? あいつらはアスガルドで眠っているはずじゃ……」
 ドリスキルが目にしたのは、アスガルドの子供達がアサルトライフルなどの装備を固めて襲撃を開始する姿だ。
 銃剣を相手の首に突き刺し、横へ薙ぐマルコス。
 逃げる者の背中に銃弾の雨を浴びせかけるランディ。
 その瞳には感情が感じられない。適確に、そして確実に狙った獲物を仕留めていく。
 昏睡状態と聞いていたはずだが、再び暴走してしまったという事か。
 しかし、問題はそれだけではない。
「うっ、頭が!」
「な、なんだ? これ」
 無線機を通して聞こえる悲鳴。
 モニターには警備していた強化人間達が次々と苦しみを訴えている。
 そして、数秒後には立ち上がって子供達と共に会場で破壊活動を始めていた。
「何が起こってやがる。パーティにしちゃ派手すぎ……」
 そう言い掛けたドリスキルだが、次の言葉は出てこなかった。
 強烈な頭痛。
 そして、心の底から込み上げてくる負の感情。
 憎しみや憎悪が増幅され、憤怒が心を塗り替えていく。
 それは、ドリスキルの中で封印されていたもの。
「……AM……CAM……CAM、CAM、CAM。あのクソ人形。
 ぶっ潰してやる! 一機残らず! すべて! 完全に! お前等がいるから、俺はっ!」
 ドリスキルはヨルズMr.IIの照準を近くのコンフェッサーに合わせる。
 そして――発射。
 155mm大口径滑空砲がコンフェッサーを一発で吹き飛ばす。
「CAMは一機残らず……ぶっ壊す」
 ドリスキルは次のコンフェッサーへと照準を向けた。


「ダメだ。ドリスキルに連絡が取れん」
 除幕式会場は既に大混乱へ陥っていた。
 各国の要人も逃げ惑う始末。
 後を追い、殺害していく強化人間。
 まさに最悪の状況が世界に向けて中継されている。
「あたくし達もラズモネ・シャングリラへ……」
「いや、今向かうのは危険だ。護衛していたドリスキルが連絡を取れない以上、リスクが高すぎる。近くのシャトルへ避難すべきだろうな」
 八重樫は状況を冷静に分析する。
 ドリスキルに何があったのかは不明だが、無理にラズモネ・シャングリラへ向かえば暴れる強化人間に狙われる恐れもある。
 ここは一旦近くの輸送機へ移動して情報を集める必要がある。
「そうザマスね。こういう時は落ち着いて対処するザマス」
「ああ。なるべく逃げる要人は助けてやりたいところだがな」
 八重樫は、周辺を見回す。
 既に多くの者が倒れ、強化人間達の暴走は次々と感染。
 希望が絶望へと塗り替えられていく光景が広がっていた。

リプレイ本文

 理想と現実の狭間。
 人々は、常にそこで揺れ動いている。

 抱く理想に対して突き付けられる現実。
 その乖離に苦しみながら、この世界を生きている。

 ――何故、こんな事になったのか。
 誰しもがその問いを抱えている。

「……まずいわね」
 それがエラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)の率直な感想である。
 大規模宇宙ステーション『ニダヴェリール』の除幕式会場となったノルマンディー。
 今回の依頼はその会場内にいる森山恭子(kz0216)を脱出用シャトルまで護衛する事。
 言葉にすればこれだけなのだが、グリフォン『山葵』に乗って上空から会場を見下ろしたエマには厳しい状況である事が分かる。
「どういう事だ?」
「護衛はともかく脱出用シャトルへ連れて行くのは大変よ、キャノン」
 エマは魔導短伝話より聞こえて来たキヅカ・リク(ka0038)の問いに、そう答えた。
 エマが恭子や山岳猟団の八重樫 敦(kz0056)の場所まで誘導するのは、難しくないだろう。
 だが、問題は会場があまりにもカオスである点だ。
「会場内では多くの人が混乱して逃げ惑っている。無線を回してもらっているけど、軍も指示系統が機能してない。
 分かる? 『地上では現時点で避難誘導が正常に機能してない』」
 それが、エマが地上からの情報を集めた結果だ。
 強化人間の暴走により一時的に軍の指示系統が混乱。
 挙げ句、地上にいる人々はパニック状態だ。言い換えれば、逃げる当てもなく闇雲に走っている状況だ。一部は脱出用シャトルの存在を知っているようだが、何も知らないVIPは背後から強化人間に襲い続けている。
「本当か?」
「それだけじゃない。強化人間の乗っているCAMも敵に回ってる。
 ラズモネ・シャングリラのドリスキルさんも」
 割り込む形で仙堂 紫苑(ka5953)が魔導短伝話に入ってきた。
 紫苑によれば、CAMに乗った強化人間が暴れ始めた事で混乱に拍車をかけているようだ。挙げ句、ラズモネ・シャングリラを護衛していたジェイミー・ドリスキル(kz0231)中尉は敵味方関係なくCAMに向けて攻撃を仕掛けている。
 CAMは暴れ回り、外からは強化人間達が雪崩れ込んで次々と人々を殺害。
 端から見れば狂気のような光景だ。軍人でもハンターでも無い一般人なら逃げ惑う事しかできないだろう。
「敵はポルックスも出撃させてるわ。撃墜しても会場へ墜落させれば被害は拡大するでしょうね」
「ドリスキルさんのヨルズMk.IIもだ。あれで会場を走り回られるだけで、何人殺されるか……」
 エマと紫苑からの情報は、キヅカにとって辛い現実だ。
 会場は混乱に満ちている。こうしている間にも、被害はますます拡大している。
 それでもハンター達は、目の前の事象を一つ一つ片付けていく他無い。
「そうだな。最善を尽くす……月並みだが、言える事はそれしかない」
 キヅカは、そう呟くと魔導短伝話を一度置いた。
 今は一つでも多くの悲劇を防がなければ。
 魔導トラックのハンドルが、いつもより重く感じた。


「艦長、八重樫。無事だったか」
 他のハンターから情報を受けたジーナ(ka1643)は、護衛対象である恭子と八重樫に接触する事ができた。
 ジーナからすれば函館クラスタを破壊した頃からの付き合いだ。
 魔導アーマー「プラヴァー」『タロス』でここまでやってきたようだ。今回は盾になる覚悟もあるらしく、防御を可能な限り補填してきたようだ。
「まっ、ジーナさん! 助かるザマス。一体、何がどうなっているザマス?」
「情報を何も受けてないのか?」
 恭子の言葉からジーナは二人が周囲の戦況について何も知らない事に気付いた。
 ジーナの問いに、八重樫は即答する。
「ああ。あくまでも招待客だったからな」
「ナラバ、早く脱出用のシャトルへ向かうべきダネ」
 アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)が、魔導トラックの運転席から顔を覗かせる。
 ハンター達の立てた作戦は、脱出用シャトルまで魔導トラックで護衛するというものだ。魔導トラックにスペースがあるのであれば、周囲で逃げ惑う要人達も一緒に乗せて運んでもいい。
 魔導トラックの周囲はハンター達が前後左右を挟む形で移動して襲撃する強化人間に備えるというものだ。
「運転は……他にイナければ僕がするケレド」
「そうしてもらった方がいい。バアさんにトラックの運転は厳しい。俺もできれば周囲の強化人間を止めたい」
 ハンターの登場で八重樫は気持ちを切り替えたようだ。
 当初では恭子を守りながら脱出用シャトルへ向かうつもりであったが、既に数名のハンターが恭子の護衛に動き出していた。ならば、アルヴィンに魔導トラックの運転を任せて八重樫は強化人間の被害を少しでも食い止めるつもりのようだ。
「だったら、こっちに乗れ。その方が戦えるはずだ」
 アーサー・ホーガン(ka0471)は八重樫にイェジド『ゴルラゴン』へ乗るように導いた。
 アーサーは八重樫がハンターとして戦える事に加え、八重樫が魔導トラックからゴルラゴンへ乗り換えればその分魔導トラックにもう一人乗車できると考えたのだ。
 本当であれば恭子に運転させたかったのだが、赤いドレスを着た恭子に運転は難しい。何より恭子は軍人であっても一般人だ。不慮の事故に対処できるかは怪しい。
「そうだな。その方がいい。
 ……おい、この魔導トラックで脱出する。重傷者がいれば優先的に乗せてやってくれ」
 タキシードを脱ぎ捨て、統一地球連合宙軍の軍人からアサルトライフルを受け取る八重樫。
 今、彼らに課せられているのは恭子を守りながら、如何に多くの要人を脱出用シャトルへ護送できるかである。
「先陣は俺様が自ら務めてやろう。俺様の愛車『大暗黒龍雲』を駆り、行く道を切り拓いて見せよう」
 アルヴィンの魔導トラックを先導するのはデスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)。
 魔導二輪「龍雲」に跨がり、魔導トラックに先行する形で護衛するのだ。
 小回りが効く魔導二輪にしたのも、より近い位置で護衛するという意味合いがある。
 しかし、最大の目的はデスドクロ自身が『囮』となる事だ。
 集まってくる強化人間の注意を一手に惹きつけるのだ。
「頼りにしているザマス……って、後ろから早速来たザマスっ!」
 恭子の甲高い声が魔導トラック内で木霊する。
 後方から強化人間が乗るコンフェッサーカスタムが走り込んできたからだ。
「ここは任せろ。早くトラックを出せ」
 コンフェッサーカスタムに立ちはだかるのは、ジーナのタロス。
 盾「アルマジロ」を構えながら、コンフェッサーカスタムへと向かっていく。
 ここで敵の動きを止めなければ――。
 決意の中で、ジーナは波動掌「バグローヴィ」を装備してワイルドラッシュで迎撃する。
「早く、シャトルの元へ」
「ハーイ。出発進行ですヨ」
 アルヴィンがトラックのアクセルを踏んだ。
 恭子と負傷者を乗せ、動き出すトラック。

 果たしてトラックは無事に到着するのだろうか。


 問題は地上ばかりではない。
 会場上空にも問題が存在していた。
「人類最後の希望が敵に乗っ取られてそれをどうにかしに行く……。空想では胸熱じゃが、リアルでは悪夢以外の何物でもないな」
 ミグ・ロマイヤー(ka0665)の脳裏には嫌な予感が満ちあふれていた。
 半ば予想していた展開だが、的中してもその胸中は複雑である。危険性は取り沙汰されていたが、強化人間の暴走がここまで大規模になれば事件後の余波は避けられない。
 ハンターが動き出せば事件は解決するかもしれないが、事件の根は残されたままだ。
「だが、やるべき事はせねばな。『空を征した』ミグの前で、空を好きにさせるわけにはいかぬなー」
 ミグは魔導ヘリコプター「ポルックス」『バウ・キャリアー』の操縦桿を手前へ引いた。
 機首が持ち上がり、バウ・キャリアーの高度が上昇していく。
 狙うは、対地攻撃で逃げる人々を狙う強化人間のポルックス――。
 機銃掃射で逃げ惑う者を追い込む一機に狙いを定め、バウ・キャリアーは一気に急降下していく。
「行くのなー」
「待って……下さい」
 ミグに声をかけたのは、魔箒「Shooting Star」に跨がるリュラ=H=アズライト(ka0304)であった。
 リュラは上空から敵の配置を観察。その位置関係を全体へ共有するよう尽力していた。
「そのまま……撃墜すれば、地上の人にも……影響が出ます」
「そうじゃ。なので片方のローターを吹き飛ばして安定性を悪くさせるのじゃ」
 ミグはローターを破壊する事で攻撃どころでは済まなくする作戦を取ろうとしていた。
 実際、地上では逃げ惑う人々が多数走り回っている状況であり、ここにポルックスが墜落すれば被害は拡大すると考えたのだ。
 しかし、リュラはローターを吹き飛ばす作戦も危惧をしている。
「操縦する方が、ミスをすれば……墜落します」
 リュラはヘリのローターが破壊された後を懸念していた。
 仮にテールローターが破壊されれば、ヘリ本体は回転を始める。それ事態は攻撃をできる状態ではなくなる。しかし、その状態で操縦をミスすれば、会場へ墜落する可能性も捨てきれない。
「まずは地上の皆さんの避難ルートを探して……」
「ふむ。地図ならもう出来ているのじゃ」
 ミグはGPS情報を元に神の御手「ゴッドハンドオブフェアリー」で製作した地上のマップを保有していた。
 しかし、ミグは同時に地上の状況をこの地図に反映させるとなれば、変化し続けている状況を如何に反映させるかが課題になるという。
「……大丈夫。会場に墜落しないようにポルックスを追い払いながら、情報連携すれば対応できるはず」
 連結通話でエマが会話に参加する。
 一人では実現不可能でも、協力すれば必ず対応できる。
 空には、空の戦いが展開されていた。


「大切な人の為、軍人としての誇りの為……強化人間の皆さんも何かを守りたいから、力を手にしたはず。
 貴方の想いを、希望を、思い出して!」
 Uisca Amhran(ka0754)は、シールド「レヴェヨンサプレス」を片手に前へ出る。
 Uiscaの背後には傷付き倒れ込んだ一般人。前方から迫る強化人間のアサルトライフルは、容赦なく走り寄ってくる。
(止められる……? そこまでの余裕は無いかもしれません)
 覚悟を決めるUisca。
 ユグディラ『トルヴィ・クァス・レスターニャ』と共に数名の強化人間と対峙しているが、Uiscaが強化人間達を止める為には詠唱が必要になる。要人を助ける為に敢えて前に出たUiscaではあるが、詠唱する時間を確保できるかは分からない。
「それでも、傷付いた人を見捨てません」
「その意気だ」
 Uiscaへ飛び込んできたのは、アーサーとゴルラゴンであった。
 ちょうど恭子を乗せた魔導トラックが近くまできていたようだ。
 Uiscaと強化人間の間に飛び込んだゴルラゴン。同時にアーサーは強化人間の足下へ向けてエクスプロードゼロを斉射して足を止める。
「やるなら今だ」
 アーサーの背後で別方向から来る強化人間を牽制する八重樫。
 その言葉に応えるようにUiscaは小さく頷くと、歌いながらステップを踏み始める。
 アイデアル・ソング、【再演】絆ヲ紡グ想イノ謡でアーサー達のマテリアルを活性化。さらにトルヴィ・クァス・レスターニャが強化人間達に向けて猫たちの挽歌を奏でる。
 愁いを帯びた旋律が強化人間達の戦意を削いでいく。
 強化人間達はその場で足を止め、武器を地面へと取り落とした。
「できました。後はサルヴェイションで……」
「いや、止めておいた方がいい」
 Uiscaは強化人間を正気へ戻す為、サルヴェイションを使おうとしていた。
 だが、それをアーサーが止める。
「何故です?」
「他のハンターがいろいろ試しているが、今の所効果が無いそうだ。ここで何度も正気へ戻す試みをするよりも、守るべき者を守った方がいい」
 アーサーが指し示す先には、Uiscaが守り抜いた要人がトルヴィ・クァス・レスターニャのげんきににゃ~れ! で傷を癒してもらっていた。
 混乱が続く会場内で優先すべき事項は何か。
 Uiscaは振り返ると傷を癒してもらった要人の下へと歩み寄った。
「ここを離れましょう。カメラや無線などから感染の恐れがあるので、今すぐ捨てて下さい」
「な、なんだって!?」
 要人は驚いた。
 Uiscaの言う通り、カメラや無線が原因で強化人間が暴走したという情報は無い。だが、混乱した状況では情報が錯綜して正しい情報の判別が困難となる。
 疑わしきは排除する他なかった。
「ひっ!」
 要人は直様懐にあったスマートフォンを地面へと放り投げた。


「……随分早いな。想定内だけどよ」
 アニス・テスタロッサ(ka0141)は、今回の事件においてそう考えていた。
 ニダヴェリールを希望の象徴として世界へ中継する。この大舞台を敵が逃すとは考えにくかったからだ。
 打ち上げる花火が大きければ大きい程、その効果も大きくなる。
「やれると思うなよ、好き勝手によ」
 R7エクスシア『オリアス』は、マテリアルライフル「リアマラージュR2」を構えていた。
 狙うは照準に捉えたコンフェッサーカスタム。
 逃げ惑う人々に向けて巨人のように踏みつけながら攻撃を続けている。
 今までの戦闘と比較しても動きは単調。遠距離から狙い撃つには最適な標的だ。
「そこまでだ」
 アニスは大きく息を吸い込んだ。
 リアマラージュR2へと繋がるトリガーにかけた指に力を込める。
 次の瞬間、炎を纏った弾丸がコンフェッサーカスタムに向けられて発射された。
 弾丸はコンフェッサーカスタムの胸部を強襲。大きく仰け反る機体。
 アニスはさらに弾丸を叩き込む。
 狙う場所は胸部。同じ箇所を狙って何発かの狙撃。
 最後の一発で派手な音を響かせた後、後方へと大きく倒れ込んだ。
「敵、沈黙か」
 コンフェッサーカスタムの胸部に開いた大穴を見る限り、パイロットが死亡したと考えるのが自然だろう。
 だが、アニスに後悔はない。
 一般人への攻撃を止める為だ。躊躇する間に被害は拡大していく現実を正しく受け止める必要がある。
「アニス」
 ふいにアニスの魔導スマートフォンが鳴った。八重樫からの連絡であった。
「なんだ?」
「バアさんの乗った魔導トラックの前方にコンフェッサーカスタムが二体接近している……やれるか?」
「愚問だ。それより、艦長に伝えて欲しい事がある」
 アニスは八重樫にそう切り出した。
 伝えて欲しい内容とは『強化人間への対処に対する公式見解』を軍に出して欲しいというものだ。
「これが無ぇからハンター間でも指針がブレるんだよ」
 アニスは他のハンターが過度に強化人間を庇おうとする風潮を懸念していた。
 今の所目撃はしていないが、一般人の目のある所で強化人間の保護や治療、友軍の攻撃を故意に妨げるなどの行為があってもおかしくはない。
 それも強化人間に対する扱いが定まらない事が原因だ。
「分かった。その件はバアさんに伝えておく」
「頼むぜ」
 アニスはそういうと魔導スマートフォンの通信を切った。

 後日、軍からの発表は『強化人間が暴走する危険を持っている』という程度の告知が出されただけであった。
 証拠が無い為、断定できないにしても煮え切らない態度である。
 そもそも統一地球連合宙軍は、統一地球連合議会直下の連合軍に過ぎない為、軍が主体で何かを発表する組織構成にはなっていない。その上、人類の敵と宣言すれば世界各地でパニックに拍車をかける事になる。
 政治的配慮――アニスは、奥歯を強く噛み締めた。


 会場は、まさに戦場であった。
 混乱と混沌に満ちた光景。
 だが、今回は人類側に明確な失策がある。
 少なくとも鹿東 悠(ka0725)はそう考えていた。
「まったく……先日の騒動から日も浅い上に明確な原因がはっきりしていない中で強化人間を大量投入とは」
 鹿東は迫り来るコンフェッサーカスタムに向けてR7エクスシア『Azrael』のハンドガン「トリニティ」で牽制射撃を行う。
 世界的に強化人間の評判が落ちている中、挽回を狙って大量に配備したものの、それが裏目に出た形だ。
 財団の上層部が相当に焦っていたのが原因だろうが、上の不始末を処理するのが下の仕事。不合理な何かを感じずにはいられないが、鹿東は与えられた仕事をしっかりと遂行する。
「この先はVIPの脱出ルートです。絶対に通しません」
 鹿東は仲間と連絡を取り、護衛対象である恭子を乗せた魔導トラックのルートを確認していた。手持ちの地図と照らし合わせ、迅速に辿り着けるルートを仲間へ連絡。そのルートに従って仲間は移動開始しているのだが、数カ所強化人間が入り込む可能性のある場所が存在していた。
 そこで鹿東はその場所に陣を張って敵の侵入を防いでいるという訳だ。
「次から次へと湧いてくる。キリがないな」
 コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は、物陰に隠れながら魔導拳銃「ネグラナーダ」を握り締める。
 鹿東がAzraelでコンフェッサーを撃退しているならば、コーネリアは歩兵である強化人間を相手にしている。時折襲来する強化人間の集団に制圧射撃を加えて、追い返している。それでも向かって来る相手にはフローズンパニッシャーを敵の無効化を図っている。
「敵の増援、ですか。他の方からの連絡によれば、複数の方向から襲来しているようです」
「という事は、VIPが撤退するまでこのルートを維持するのか」
 鹿東の言葉でコーネリアはすぐに現実を直視した。
 VIPが脱出するにはまだまだ時間がかかる。それまでの間、鹿東とコーネリアはルート上に押し寄せる強化人間を撃退し続けなければならない。必要であれば強化人間の殺害も覚悟はしているが、思わぬ形で殿を任せられたような状況だ。
「これも仕事です」
 鹿東は自分に言い聞かせるように呟いた。
 だが、コーネリアは納得しているように見えない。
「だろうな。だが、この事件の裏で糸を引いている奴は絶対に見つけ出す。女子供をダシにすれば何でもできると思い上がるのは、ここまでだ」
 コーネリアはネグラナーダを前に構えた。 
 

「ぬぅぅぅ!」
 デスドクロは龍雲の足を止めた。
 そうせざるを得なかったのだ。
「どうしまシタ?」
 後方から恭子を乗せた魔導トラックを運転するアルヴィンが追いついてきた。
 窓から顔を覗かせるアルヴィン。
 その瞳に飛び込んできた光景は、脱出用シャトルへ続く道を埋め尽くす人の波であった。
「オウっ! これでは、前へ勧めまセン!」
 迂回しようにも周囲から人々が押し寄せている状況だ。
 後ろへ下がるにも、その道を空けるには苦労を強いられそうだ。
「まずいわね。脱出用シャトルの存在に気付いた人々が一気に雪崩れ込んだ。
 ……キャノン、他の道はない?」
 上空から魔導トラックの周囲を確認したエマ。
 おそらく脱出用シャトルの存在が会場の人に伝わったのだろう。我先に逃げようと一斉に脱出用シャトルへ続く道へと押し寄せた結果だ。会場内で誘導が正確に行われていればこうなっていないはずだが、有事である以上仕方ない。
「ダメだ。他の道も状況は変わらない」
 別経路で魔導トラックを運転するキヅカからの通信だ。
 会場は要人だけではなく、一般人スタッフやマスコミ関係者もいたはずだ。
 財団も警備の為に強化人間を多く配備したようだが、このような事態は想定していなかったのだろう。いや、それとも――。
「このままでは強化人間達が集まってくるぞ」
 喧噪の中、デスドクロは周囲を見回す。
 人々がここにいるという事は、それを標的に強化人間が集まってくる可能性がある。
 爆弾一つ投げ込まれるだけで、周囲の人間への被害は避けられない。
「後方から強化人間の集団が向かってる。みんな、後方の守備を固めて」
 エマは上空から敵の接近を地上のハンターへと伝えた。
 しかし、問題は残っている。
 このままアルヴィンの魔導トラックに恭子を乗せたままで良いのか。
 最善は素早く脱出用シャトルへ乗り換える事なのだが――。
「艦長、こちらへ」
 フェリア(ka2870)は魔導トラックに向けて手を差し伸べた。
 フェリアが乗っているのはイェジド『月夜』。
 魔導トラックと比較して運搬できる人数は少ないが、道無き道を進むのであればイェジドの方が確実だ。
「あたくしだけ先に行って良いザマスか?」
「仕方ないデスネ。他の方は必ず後から連れて行きマス」
 アルヴィンは、恭子と約束をする。
 同乗していた要人は責任を持ってアルヴィンが脱出用シャトルまで送り届けると。
 今は、ハンター達にとって味方の一人である恭子の無事を確保する方が先決と考えたのだ。
「分かったザマス。お願いするザマス」
 そう言いながら、恭子は月夜の背中へと乗り換えた。
 しかし、こうしている間にも強化人間は集団となって押し寄せてくる。
 手にはアサルトライフルやショットガン。銃弾が飛び交えば、他の要人達にも影響は避けられない。
「ふははは! 俺様はここだ!」
 デスドクロは龍雲のタイヤを滑らせながら方向転換。
 押し寄せるハンター達の囮になる為、一気に前へと向かって走り出した。
 時折、魔導拳銃「ネグラナーダ」を連射しながら強化人間達を牽制する。
「乗りましたわね? 行きますわよ」
 フェリアは人で溢れる道を迂回しながら、脱出用シャトルの元へ向かって走り出した。


「……あ」
 アルマ・A・エインズワース(ka4901)は、声を漏らした。
 視界に入ったのは、二人の子供。
 その二人にアルマは見覚えがあった。
 強化人間研究施設『アスガルド』にいた子供であり、ドゥーン・ヒルで強化人間が暴走した際にアルマが見かけた記憶がある。

 ――ランディとマルコス。
 アルマの記憶ではリーダーシップのある少年と少し大人しいが冷静な少年だった。年齢相応で幼く、笑顔は屈託のない物だった。
 しかし、アルマの眼前に広がる光景は――その記憶を完全に否定する。
 生気の失った瞳でアサルトライフルに付けられた銃剣を大人の喉元へ突き刺すランディ。
 背後から大人達を銃撃した後、倒れた大人の頭部へハンドガンを打ち込むマルコス。
 それは、アルマにとって『壊れる』には最適な光景であった。
「――あぁ……遊んだ後は、オカタヅケしなきゃ」
 誰が聞いているかも分からない小さな呟き。
 一度結界した口から、次々と言葉が漏れ始める。
「じゃないと、また、誰かが何かを落とすもの。今度は誰かなぁ。誰だっけ。会いたいなぁ」
 次々と溢れていく何か。
 その欠損の影に浮かぶ、一つの思い出。
 一つの判断を誤り、その結果悲劇を引き起こした。
 その思い出が、アルマの脳裏に蘇る。
「……くふっ。うふふっ、あはっ、あははは!」
 突然の笑い。
 その笑いと狂気の感情が支配していく。
 リーリー『ミーティア』を駆り、地面を走り抜けるアルマ。
 目標と定めたコンフェッサーまで近寄ると跳躍。間合いを詰めた後、至近距離からデルタレイを放った。
 三角形から生まれた光線が、コンフェッサーの体を貫いていく。
 駆動系を破壊され、倒れるコンフェッサー。
 だが、アルマは次なる獲物を捕捉。ミーティアで破壊に向かう。
「ぼく、いいこで『お人形さん』であそんでるですよ? ねぇ、これでいいんだよね? ……ねぇ、何か言ってよ。答えてよ……先生」
 青星の魂の破壊エネルギーがコンフェッサーを撃破する。
 それでもアルマに蘇った闇は止まらない。
 黒い影は次々と広がっていく。
 だが――アルマには、それを止めようとする者がいる。
「……ルマ……アルマ! 聞こえるか!」
「シオン?」
 アルマの思考は、そこで一旦クリアされる。
 慕っている紫苑の声がトランシーバーから聞こえて来たからだ。
「ヨルズMk.IIに手こずってる。そっちで可能な限り、CAMを撃破してくれ」
「んー……来られないのは寂しいです。でも、シオンが言うなら、そうするです!」
 先程の闇は何処かへと消え、アルマは無垢な笑顔を見せた。


「私はまだ、強化人間を救える希望の道があると信じる。だからこそ今、私は私の出来る事をするしかねぇんだ。
 ……裏で操っている奴を引き摺り降ろす為にな」
 メアリ・ロイド(ka6633)は強化人間の再度の暴走に憤りとやるせなさを感じていた。
 R7エクスシア『サンダルフォン』の中で覚醒するメアリは感情豊かであるが、今回は少々事情が異なる。
 一度は暴走を止めた強化人間達と、再び対峙しなければならない。
 明らかに何者かの意図が裏で働いている。
 それが誰なのか――分からない事の多い状況に、メアリの感情は複雑であった。
「これ以上、進ませねぇよ」
 メアリは迫るコンフェッサーカスタムの拳をブラストハイロゥで防ぐ。
 後方には脱出用シャトルへ向かうトラックが数台動き出している。ここでメアリが強化人間達を止めなければ、被害はさらに拡大してしまう。
 攻撃を防がれた事でコンフェッサーカスタムに一瞬の隙が生まれる。
「これで大人しくしてろよ」
 メアリはコンフェッサーカスタムの機体を突き押して距離を確保。
 そして、充分な間合いを確認した上でサイズ「シュルシャガナ」の一撃を浴びせかける。
 下から斬り上げられた赤熱の刃が、コンフェッサーカスタムの足と腰部を斬りつけた。 動きを封じられる形となり、コンフェッサーカスタムはその場で立ち上がる事ができない。
「ったく。手間取らせやがって」
 メアリは周囲を見回した。
 要人の脱出は進んでいるものの、時間が経過するにつれて敵の増援が押し寄せている。
 空も、地上も強化人間の姿が見え始めている。
「こりゃもうちょっと踏ん張らねぇとな」
 メアリはシュルシャガナを再び構えた。
 本来であれば、ラズモネ・シャングリラ付近にいる本命を相手にしたい所だが、今はVIPの避難経路を確保した方が良いという判断だ。
 遠くに響く大きな砲撃音――。
 それはメアリの本命が未だ健在である事を示していた。


「くっ、おっさん。どうしちまったんだ……。これじゃあいつらと一緒じゃねぇかっ」
 グリフォンの背中の上で、玄武坂 光(ka4537)は苦々しい表情を浮かべた。
 戦車型CAM『ヨルズMk.II』――強化人間のジェイミー・ドリスキル中尉が操縦する愛機だ。
 光はドリスキルの過去を詳しくは知らない。
 だが、強化人間研究施設『アスガルト』で行動を共にしてから、何度か戦場でも顔を合わせている。年齢は大きく離れているが、光にとっては気の良い戦友だ。
 そんな戦友が今、ヨルズMk.IIの砲身をこちらに向けている。
「うるさい蠅めっ! type3!」
 砲身が上に持ち上がり、大きな号砲。
 空中にバラ撒かれる榴弾。
 しかし、動きを察知していた光はグリフォンを旋回させて回避する。
「くそっ。こっちの事が分からねぇのか?」
「おじさん!! 俺だよ! グラムだよ!!」
 光のグリフォンに同乗する星空の幻(ka6980)は、力一杯声を張り上げる。
 ドリスキルと戦いたくない。
 どうしてこうなってしまったのか。
 何故、こんな運命を迎えたのか。
 星空の幻は、脳裏に浮かぶ言葉を掻き消しながらオートマチック「チェイサー」を放った。
 冷気を纏った弾丸を、地上のヨルズに向けて連射する。
「車体を後退!」
 ドリスキルは、ヨルズは後退させる。
 猛スピードで機体を後退させる事で、冷気の弾丸を回避する。
 後退する最中、逃げ惑う要人や強化人間を轢き殺しているのだが、ヨルズに止まる気配はない。
「おじさん……」
「会場が混乱する中で、ヨルズで動き回ればそれだけ被害は増していく。何とか止めないと厄介な事になるぞ」
 グリフォンから身を乗り出そうとする星空の幻の体を、光はそっと引き戻す。
 星空の幻にとって眼下の光景は信じられないものだった。
 破壊活動を繰り返すヨルズ――否、それだけではない。
 逃げ惑う人々を背後から撃ち殺す強化人間。
 それは、一方的な虐殺と言っても過言ではなかった。
「何でこんな、パンデミックみたいな事がおこるの……?
 こんな事……また消えていく……何で?」
「…………」
 星空の幻の問いに光は答える事ができなかった。
 鉄の塊が吼える度、星空の幻の心は小さく震えた。


 悲劇は、これだけで終わらない。
 また別の悲劇がこの会場にはあった。
「僕は……英雄じゃない」
 キヅカは魔導トラックのアクセスを踏み込んだ。
 周辺の要人撤退は、ほぼ完了している。周囲にいるのは統一地球連合宙軍の軍人か、強化人間ぐらいか。
 そんな中、エラからもたらされた一報。

『アスガルドの子達を見つけた』

 それは、エラに捜索を頼んでいた内容だった。
 アスガルドに居たランディやマルコスを見つけたら教えて欲しい。
 発見して彼らを救う?
 いや、自分に彼らを救うことができるのか。それは分からない。
 だが、大人達はあの子達を切り捨てる。
 不要になったゴミのように。
 親に期待されなくなったあの日の――キヅカの様に。

「ランディ!」
 タイヤを滑らせながら、トラックをランディ達の前へ幅寄せする。
 キヅカに名前を呼ばれたランディだが、当のランディは明確な反応を示さない。まるで夢見心地のようにフラフラとキヅカの方へ向き直る。
(以前と反応が違う? 目覚める際に何かされたのか?)
 疑問が浮かぶ。
 暴走する強化人間の反応は様々だが、魂を抜けた操り人形のような雰囲気。
 異様とも思える反応だが、今は彼らを止めなければならない。
「!」
 ランディとマルコスは、トラックから降りたキヅカの姿を見た途端、アサルトライフルの銃弾を一斉に放つ。
 乾いた音が、周囲へ響き渡る。
 攻撃を先読みしていたキヅカ。横へ飛んで銃弾を回避する。
 同時にマジックアローを詠唱。フォースリングにより本数が5本へと増加していく。
「僕は英雄じゃない。この悲鳴を、見捨てられない人間だ」
 ランディ達へ突き刺さるマジックアロー。
 子供の軽い体が宙を舞い、大きく後方へと投げ出される。装備だけでもしっかり固めていたランディ達。マジックアローは防弾チョッキに突き刺さったようだが、衝撃波はしっかり体へと伝わったようだ。
 倒れ込んだ子供達へ近づいて話し掛けるキヅカ。
「おい、聞こえるか!」
「…………」
 キヅカの声に反応する気配はない。
 憎しみが増加しているという噂もあったが、ランディ達のそれは他と違うようだ。
 一先ず、機導浄化術・浄癒でも正気が戻らない事を確かめた後、子供達を捕縛していく。
 彼らの行く末を、キヅカは静かに案じていた。
「このままじゃ……いや、もう手遅れなのか?」
 キヅカは気を失った子供達を抱えながら、トラックの荷台へと運び入れていく。
 強化人間の暴走は世界各国へ中継されてしまった。彼らの所業を、世界は許さないだろう。
 いや、リアルブルーと強化人間の間で大きな戦争へと繋がるかもしれない。
 浮かんでは消える思考。
 その中で、キヅカに強く残る推測が生まれる。
「ただ暴れされるのが目的じゃないのは分かってる。ロンドンの時とは状況が違う。
 仮にロンドンの事件が強化人間の暴走実験だとしたら、明法の裏にいた奴は……もしかして、人間側の不協和音以外に何か狙っている事があるのか?」
 キヅカの脳裏に最悪とも言えるシナリオが描かれ始めていた。

 なお、回収した強化人間についてハンターズソサエティでは保護できない旨、連絡を受ける事となった。
 リアルブルーでそのような施設はない上、強化人間の管理は統一地球連合宙軍が担っている。結果的に強化人間の子供達は統一地球連合宙軍へ引き渡す他無かった。
 

「ったく、結局こうなるんじゃないの。なぁにが適当に飛んでりゃ終いなわけよ。アーヤダヤダ」
 鵤(ka3319)は魔導ヘリコプター「ポルックス」の中で一人愚痴を呟いていた。
 魔導短伝話で他のハンターから情報を入手しながら、地上で脱出を続ける要人達の撤退支援を続けていた。
「まーだ避難は終わらない、か。仕方ないねぇ、ほんと」
 鵤はスモークカーテンを避難経路上空で展開させる。
 敵もポルックスで要人を上空から狙っている。かなり脱出が進んでいるものの、できれば一人でも多くの要人を脱出させる為には鵤がもう一頑張りする必要がありそうだ。
「敵……避難完了地域へ……誘導成功……Phase2に移行……」
 魔導短伝話から聞こえてくるリュラの声。
 上空から情報収集に勤しんでいたリュラであるが、時間の経過と共に撤退が完了した地域が見え始めた。そこでエラからの情報を受けながら、他のハンターと共に敵のポルックスを避難完了地域へ追い込む事にしたのだ。敵の増援がやってくる状況から、予定よりも早く敵を掃討する必要があると判断したようだ。
「敵……ロックオン」
 Shooting Starで空を飛ぶリュラは、地上で狙いを定める刻令ゴーレム「Volcanius」『セントヘレズ』に指示を出した。
 敵のポルックスを炸裂弾で砲撃するつもりのようだ。
 この機会を鵤が逃す訳がない。
「なーるほど。なら、乗らせてもらおうじゃないの。このビックウェーブに」
 鵤は自機を敵のポルックス近くにまで寄せた。
 同型機であるが故、多少近づいても見抜かれないと予測した上での行動である。
 リュラの炸裂弾に巻き込まれないよう位置を計算しながら、様子を窺う。
 ――そして。
「放て……!」
 リュラの号令。
 それと共にセントヘレズのプラズマキャノン「アークスレイ」が号砲。
 上空へ炸裂弾を撃ち上げる。追い込まれていたポルックスの一機に命中。ローターを破壊されたポルックスは、制御を失って地面へと落下していく。
「あー。そっちは避難経路なのよ。行かせるわけにゃいかないんだよね」
 鵤は再びスモークカーテンを展開。
 上空のポルックスから視界を奪う。下からの砲撃に加え、視界を奪われた強化人間達は状況が理解できず混乱に見舞われる。
 そこへ――。
「彼らを……命を救いたいと、今でも思ってる。……けれど、俺に救えるのか。分からない」
 アーク・フォーサイス(ka6568)はワイバーン『ムラクモ』と共に飛来する。
 ポルックスを操縦する強化人間達も、アスガルドの子供達同様、厳しい情勢にある。堕落者や契約者のように戻る事がないのであれば、他者の命を傷つける前に眠ってもらう他ない。
 場合によっては強化人間を殺す事になっても――割り切るしかない。
 アークはその言葉を自分に言い聞かせていた。
「ムラクモ、ファイアブレス」
 鵤のスモークカーテンで事実上動きを封じられたポルックスに向けて、アークはファイアブレスを浴びせかける。
 上空で浴びせかけられる炎。
 そのせいでパニックとなったのだろう。ポルックス同士が上空で衝突。激しい回転と共に地面へと落下していく。
 その様子をアークはムラクモの背中で黙って見つめていた。
「やるしかない。やるしかないんだ」
 再びアークは自分へ言い聞かせる。
 手が重くなる感覚。
 しかし、その手を止める事で守るべき者が守れない事があってはいけない。
 アークは、ハンターだ。
 力あるからこそ、その手で誰かを受け止める義務がある。
「ムラクモ。もう一度だ」
 再びファイアブレスを命じるアーク。
 迷いを吹っ切ろうとする者の表情となっていた。
「ふふ、ここから安心して撃墜できるという訳じゃな。行くぞ、バウ・キャリー!」
 別方向からはポルックスの前方を封じるようにバウ・キャリーの魔導銃「アウクトル」による銃撃を浴びせかけるミグがいた。
 ハンター達の作戦は成功し、敵のポルックスは次々と地面へ落下していく。
 しかし、まだ油断はできない。
 敵の増援はまだ続いているのだから。


「……敵の手の上で躍らされているみたいで、嫌な感じだな」
 要人達の撤退路を維持していたのは、鞍馬 真(ka5819)。
 近寄ってくる強化人間を魔導剣「カオスウィース」で迎撃しているのだが、今回の戦いが『仕組まれた』ような気配が気になっていた。
 ここで戦う事実は、すべて予定されていた。
 そして鞍馬自身は、その予定の中で戦わされている。
 その感覚が拭えないのだ。
「レグルス、ウォークライだ」
 イェジド『レグルス』によるウォークライで強化人間達を威圧する。
 一瞬ではあるが、強化人間が気圧されて動きを止める。
 その隙をついて鞍馬は一気に突撃。強化人間達にカオスウィースを叩き込んでいく。
 生死を気にする余裕は無い。鞍馬の後方では今も脱出を続ける者達がいるのだ。選べるのであれば殺したくないが、今は個人の感情よりも目的を優先するべきだ。
「大丈夫ですか?」
 そこへちょうどフェリアが通りかかった。
 背中には赤いドレスの恭子が座っている。
「トラックは?」
「少し後から追いかけてきます。脱出路が狭い関係から、前に進めないのです」
「そうか」
 鞍馬は、そう呟いた。
 脱出路に人が殺到する事で前に進まない。
 コンサート会場などでは見受けられる事象だ。
 だが、鞍馬にはこれも引っかかる。まるで『そうなるように』準備された違和感があるのだ。
「ところで、扇動しているような敵はいませんか?」
 フェリアは戦っている鞍馬へそのような質問を投げかけた。
 強化人間を扇動している者がいるなら、その者を倒せば強化人間の暴走は止められるのではないか。
 そう考えていたのだ。しかし、鞍馬の答えはそうではなかった。
「いや。感情のない人形のような強化人間もいるが、扇動している者がいるようには見えない」
「そうですか……。あ、カメラには注意して下さい。撮影されているなら、その意図が気になります」
「分かった。だが、行く前にこれを」
 フェリアに続けるように鞍馬は、星神器「カ・ディンギル」を振るった。
 ヤルダバオートの効果でフェリアと月夜の防御が強固となる。
「ここから離れるまでなので一時的な効果だが、これで敵の攻撃から身を守れるはずだ」
「あ、鞍馬さん」
 その場を離れようとするフェリアの背後から恭子は鞍馬へ話し掛けた。
「なんだ?」
「あたくしは強化人間の皆さんも心配ザマスが、ハンターの皆さんも心配ザマス」
「大丈夫だ。この程度で負けたりは……」
「そうじゃないザマス。敵は、ハンターの皆さんの心を責めている気がするザマス。悩ませる事でハンターの皆さんを苦しめる。その事を考えて良からぬ事を企んでいる気がするザマス」
 それは恭子の推測でしかなかった。
 だが、仮に何かを仕掛けている者がいるとすれば、その点を押さえてくると見るべきだ。
「分かった。覚えておこう。さあ、行け」
 鞍馬はフェリア達を送り出した。
 今は余計な事を考えず、前を見る他ない。
 そう自分に言い聞かせた鞍馬は、迫り来る強化人間へカオスウィースを上段から振り下ろした。
 強烈な一撃は、強化人間の胸部を捉えて大きな傷を付ける。
 鞍馬は手に伝わる感触で、強化人間の命を奪った事に気付いた。
 だが、鞍馬はカオスウィースを強く握り、振り返らない。
 後悔は後でもできる。
 今は、守るべき命を守る琴に集中しなければ。
 鮮血――迸る強化人間の血飛沫を前に、鞍馬は黙って次の敵を捜し求めていた。


「これ以上、子供達の罪を増やしちゃいけない……」
 ワイバーン『ルビス』の背で七夜・真夕(ka3977)は、飛翔の翼で除幕式会場の上空にいた。
 ロンドンの強化人間暴走事件については報告書で知る程度だが、その戦いが苦悩に満ちたものだったと知っている。今まで歪虚王と幾度も渡り合ってきたハンターではあるが、未だ幼い強化人間が相手では勝手が違っていた。
 そんな中で真夕は、自分の力で強化人間を止める為に尽力しようと決めていた。
 どんなに絶望的な状況でも、意を決して前へ進む。
 真夕は意識を強く保ちながら、この戦いに臨んでいた。
「ルビス」
 地上の目標に狙いを定めた真夕。
 ルビスに命じてサイドワインダーで一気に急加速する。
 狙いは――他のハンターと対峙しているコンフェッサーカスタム。

「かかってきな。止まるまでぶん殴ってやるぜ」
 岩井崎 旭(ka0234)は、イェジド『ウォルドーフ』と共にコンフェッサーカスタムと対峙していた。
 強化人間の力は、人間やハンターに向けられる物じゃない。
 何故、ここで戦わなければならないのか。
 それは旭にとって疑問と悔しさに満ちた問いである。
 だが、同時に旭はこうも考えてしまう。

 『だったら、止まるまで殴ればいい』

 全部の力を使い果たせば、彼らはきっと止まる。
 力そのものに善悪は無い。誰かを守りたいのであれば、旭はそれを受け入れる。
「……!」
 コンフェッサーカスタムの疑似マテリアルフィストが旭に向かって振り下ろされる。
 旭は後方へ飛ぶようにジャンプ。
 その隙にウォルドーフがコンフェッサーの足に向かってクラッシュバイト。ウォルドーフの牙が深々とコンフェッサーに食い込んだ。
「腕と足を壊せば止まるだろ。修理は高く付くだろーけど、文句は勘弁だぜ」
 魔斧「モレク」を振り下ろす旭。
 重量と遠心力を乗せた一撃が、コンフェッサーの腕へ深々と突き刺さる。
 腕と足。
 二箇所のダメージを負ったコンフェッサーは、バランスを維持する事も難しい。
 そこへ――。
「もう止まって!」
 ルビスに乗って飛来した真夕は、コンフェッサーの残る脚部に向けてレイン・オブ・ライトを放った。
 無数の光線がコンフェッサーに向けて降り注ぎ、足を貫いていく。
 二脚の足を破壊されたコンフェッサーには、地面に立ち続けるだけの力は残っていなかった。
「ふぅ、どうにか黙らせたけど……まだ終わらねぇか」
 地面に倒れたコンフェッサーの傍らで、旭は会場の外へ視線を向けた。
 倒した強化人間の捕縛には成功したが、会場の外から敵の増援がやってくる有様だ。
 脱出も進んではいるが、未だ安心できる状況とは言い切れない。
「……あ。フェリアだ」
 真夕の魔導スマートフォンが鳴り響く。
 相手は恭子の護衛に行ったフェリアだ。
「そっちはどう?」
 真夕も護衛対象の恭子がどうなったのかを気にしていたようだ。
 そんな中でもたらされたフェリアからの吉報。
 思わず、真夕の顔が緩む。
「無事、シャトルまで着いたの? よかった」


「はい。ですが、まだ終わりではありません……ええ、そちらも油断しないで下さい」
 魔導スマートフォンの通信を切ったフェリアは、地面に降りた恭子に向き直った。
 脱出用ロケットへ次々乗り込んでいく要人達。
 満員となれば会場を脱出。安全な場所で要人達を降ろした後、再びシャトルは会場へ舞い戻る。
 ピストン輸送を繰り返しながら、確実に要人脱出は続いている。
「おかげで早くシャトルへ着いたザマス」
「では、早々にこの場から待避をお願いします」
「それはお断りするザマス」
 フェリアの申し出をキッパリと断る恭子。
 まさかの答えにフェリアは聞き返した、
「何故です?」
「あたくしも軍人です。今ここで、軍の皆さんと連携して一般人の脱出を誘導するザマス。
 ハンターの皆さんにはもうちょっと頑張っていただかなければならないザマスが……」「ブッハハハハ! 俺様にそのような気遣いは無用だ。このままで敵の好きにさせて終わらせぬ訳にはいかん」
 龍雲で後から追いかけてきたデスドクロは、高らかに言い放つ。
 今回の戦いは先手を打たれた時点である意味負け。仕切り直す為にも、この脱出用シャトルは絶対に守り切らなければならない。
 このまま敵の思うようにはさせない。
 完璧魔黒暗黒皇帝の名に賭けて――。
「そうデース。敵の好きにさせてはいけまセーン」
 魔導トラックにVIPを乗せていたアルヴィンも脱出用シャトルにまで到達した。
 仮に敵の目的が『強化人間の討たれる姿を世界へ中継する事』だとしたなら、かなり厄介な事態だ。そう考えたアルヴィンは、極力強化人間との衝突を避け、仲間に守られながらこの場所まで辿り着いた。
 だが、今度は残る要人をここまで輸送しながら強化人間を排除しなければならない。
「そういう訳だ、艦長。脱出を誘導してくれるなら、ハンターとしてこの場所を守り抜いて見せる」
 ジーナは恭子に背を向けながら、恭子に誓った。
 最後の一人が脱出するまで、このシャトルを死守する。
 それまでどんなに強化人間達の増援が訪れても、すべてはね除けてみせる。
 既に何機ものコンフェッサーにワイルドラッシュを叩き込み、囲まれた際にはイカロスブレイカーで弾き飛ばしてきた。
 多少の無茶は覚悟の上――人々を救う為なら、体を張る価値はあるというものだ。
「皆さん、感謝するザマス。
 では、最後の一人が脱出するまで宜しくお願いするザマス」
 恭子は、護衛してくれたハンター達に深々と頭を下げた。


「やるしかないか!」
 紫苑はR7エクスシア『HUDO』でヨルズMk.IIに接近戦を挑んでいた。
 この賭けが危険である事は承知している。
 ヨルズMk.IIの攻撃をブラストハイロゥで防ぐつもりで戦っていた紫苑。40mm4連装ミサイルランチャーはブラストハイロゥでも守る事はできるが、155mm大口径滑空砲を正面から防御する事は危険と判断している。事実、軽量化されていたとはいえ強化人間の乗ったコンフェッサーカスタムに数発叩き込んで撃破している。
 うまくやれば防げるかもしれないが、直撃は避けるべき。
 紫苑の勘が、そう告げていた。
「キャリコ」
「こちら、アラドヴァルのキャリコだ。大火力が必要か? 砲撃座標を教えてくれ。徹甲榴弾で近接航空支援を行う」
 魔導スマートフォンからキャリコ・ビューイ(ka5044)の声が聞こえてくる。
 紫苑とキャリコはある作戦を立てていた。
 ダインスレイブ『アラドヴァル』をウイングフレーム「ゲファレナー・エンゲル」で飛行させ、捜索や索敵を続けていたのもヨルズMk.IIの動きを掴む為だった。
 ヨルズMk.IIは敵味方に関係なく、近くにいたCAMを優先的に狙っている。紫苑が接近戦を仕掛ける為にキャリコはアラドヴァルで遠隔から砲撃。徹甲榴弾やバリスタ「プルヴァランス」でヨルズMk.IIの履帯を破壊。その隙に紫苑が近づいて至近距離からデルタレイで四肢を破壊する。
 無力化した後にドリスキルを救出するというものだ。
「頼む。砲撃を掻い潜って一気に接近する」
「分かった」
 タイミングを合わせる二人。
 キャリコは、プルヴァランスの照準をヨルズMk.IIに合わせる。
「この時代にバリスタなんて代物が戦えると……リアルブルーの軍人は思わないだろうな。だが、マテリアルの力を使えばこういう事もできる」
 プルヴァランスから放たれた精霊の矢。
 勢い良く放たれたそれは、空気を切りながらヨルズの履帯に向かって飛来する。
 さらにキャリコは追い打ちをかけるように徹甲榴弾の砲撃を開始する。
 激しい金属音に続いて響き渡る爆発。
 巻き上がる土煙がアラドヴァルのカメラに写り、ヨルズの姿が確認できない。
「どうだ?」
「上出来だ。ヨルズの履帯は破壊された」
 予定通りキャリコの攻撃は履帯を破壊する事ができた。
 動きを止めたヨルズMk.IIなら、警戒しながら間合いを詰めれば良い。
 紫苑は前へとHUDOを進ませる。
 ――だが。
「スモーク、散布!」
 ドリスキルの声と共に、ヨルズMk.IIから上空に向かって打ち上げられるスモーク弾。
 雪のように舞い降りながら、ヨルズMk.IIの姿を覆い隠していく。
「なんだ?」
 紫苑の中で警報が鳴り響いていた。
 何かある――それはハンターとしての直感だ。
 煙の中で金属音が何度も聞こえてくる。
 ここで一迅の風が吹く。
 そこにはHUDOの前に突き付けられる155mm大口径滑空砲があった。
「なんだと! 動けないはずじゃないのか!?」
 そう叫ぶなり、紫苑はHUDOを横へ飛ばせた。
 次の瞬間、滑空砲から轟音が響き渡る。
 空気の振動と共に聞こえる怪鳥音。
 砲弾は紫苑に命中する事なく、キャリコの近くにいたコンフェッサーを吹き飛ばす。
「まさか、履帯を外して動けるのか」
 アラドヴァルのカメラには、履帯を外して移動し続けるヨルズMk.IIの姿があった。


「うわ、マジかよ」
 カイ(ka3770)はヨルズMk.IIにランアウトで近づいて、初めて大きな機体である事に気付いた。
 概ね会場から要人も脱出。あとは残った強化人間の掃討とヨルズMk.IIの確保なのだが、ヨルズMk.IIに手こずっている。
 見掛けの割りに素早い移動な上、単なる戦車にしては多彩な攻撃方法を持っている。
 カイの行き先を狙ってナパームや閃光弾を撃ち込んでくる。
 この為、接近するだけでも一苦労なのだ。
「これでどうだ!」
 カイは瞬脚で間合いを詰めた後、壁歩きでヨルズMk.IIへ駆け上がる。
 そして近づいた瞬間、関節の繋ぎ目へ目掛けてアサルトディスタンスの一撃を叩き込んだ。
 ――だが。
「堅ぇ! なんだよこりゃ!」
 カイは関節部分ならばダガー「ヴィーラント」の一撃を叩き込んだが、繋ぎ目には傷一つ付いていない。
 どうやら、関節部分もしっかりガードされているらしく、多少の攻撃は通らないようだ。
 そして厄介な事に、ドリスキルはカイが機体の上にいるのが気にくわないらしい。猛スピードで走り始めたヨルズMk.II。正面にいたコンフェッサーカスタムへ突っ込んでいく。
「……やべ」
 危険を察知したカイは、ヨルズMk.IIから離れた、
 次の瞬間、コンフェッサーカスタムの大きな機体が、カイの居た場所を通過する。
 もう少し遅ければコンフェッサーカスタムの機体に激突していた所だ。
「大丈夫か」
 カイの傍らにグリフォンに乗った光と星空の幻がやってきた。
 光と星空の幻も上空からヨルズMk.IIへ何度も攻撃を試みていた。
 水属性の魔導銃「グランディネ」で滑空砲の中を狙うが、長い砲身を狙うにはグリフォンをヨルズMk.IIの正面に置かなければならない。それは大きなリスクを伴う事になる。
 火属性の魔導拳銃「レイジオブマルス」でも攻撃は試みているが、傍目からはダメージらしいダメージは見受けられなかった。属性攻撃に対策をされているのかもしれない。
 唯一重火器系の攻撃にはヨルズMk.IIも反応していたようだ。
「光おにいちゃん……あれ!」
 星空の幻が指差した先では、ヨルズMk.IIがラズモネ・シャングリラの艦内へ収納される光景であった。
 だが、この光景に光は違和感を覚える。
「おい、艦長はラズモネ・シャングリラに戻ったのか?」
「いや。魔導短伝話で聞いた話じゃ、脱出用シャトルの近くでVIPを誘導していたはずだ」
 光の問いにカイは答える。
 そうだ。光の記憶に間違いは無い。
 恭子はラズモネ・シャングリラには乗っていない。
 ならば、一体誰がラズモネ・シャングリラを動かしているのか。
「しまった。間に合わなかったか」
 後方からゴルラゴンに乗ったアーサーと八重樫が走り寄ってきた。
 足を止めたゴルラゴンから八重樫は地面へと降り立った。
「どういう事だ?」
「強化人間を暴れされた理由の一つは、おそらくラズモネ・シャングリラの強奪だ。艦長を俺達が避難させると計算した上で、強化人間達にラズモネ・シャングリラを奪わせたんだ。
 舐めた真似してくれるようだぜ。今回の黒幕さんはよ」
 アーサーの言葉をよそに、ラズモネ・シャングリラは浮上する。
 敵の目的は複数あった可能性が高いが、その一つがスワローテイルの旗艦であるラズモネ・シャングリラを奪う事だった。
 だからこそ、会場内で強化人間を派手に暴れさせたのだ。その為に多くの犠牲が生まれ、血が流れている。
「おじさん! ……おじさん、おじさん……」
 星空の幻は必死で空へ向かって叫び続ける。
 だが、その声は届かない。
 ドリスキルとヨルズMk.IIを乗せて、会場を離れていく。
「気に入らない……本当に、気に入らない」
 仕事と割り切っていたカイであったが、この状況に不満は隠せない。
 ハンター達にとって過酷な状況で、光は寂しそうに呟いた。
「おっさん……何やってんだよ。
 俺達の事を、忘れやがって。あんなに一緒に戦ったじゃねぇかよ……」

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  • 鞍馬 真ka5819
  • 大局を見据える者
    仙堂 紫苑ka5953

重体一覧

参加者一覧

  • 完璧魔黒暗黒皇帝
    デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013
    人間(蒼)|34才|男性|機導師
  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    魔導トラック
    魔導トラック(ka0038unit010
    ユニット|車両
  • 赤黒の雷鳴
    アニス・テスタロッサ(ka0141
    人間(蒼)|18才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    アールセブンエクスシア
    オリアス・マーゴ(ka0141unit004
    ユニット|CAM
  • 戦地を駆ける鳥人間
    岩井崎 旭(ka0234
    人間(蒼)|20才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ウォルドーフ
    ウォルドーフ(ka0234unit001
    ユニット|幻獣
  • サバイバルの鉄人
    リュラ=H=アズライト(ka0304
    人間(紅)|16才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    セントヘレンズ
    セントヘレンズ(ka0304unit003
    ユニット|ゴーレム
  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガン(ka0471
    人間(蒼)|27才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ゴルラゴン
    ゴルラゴン(ka0471unit002
    ユニット|幻獣
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    マドウヘリコプター「ポルックス」
    バウ・キャリアー(ka0665unit009
    ユニット|飛行機
  • 粛々たる刃
    鹿東 悠(ka0725
    人間(蒼)|32才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    アズラエル
    Azrael(ka0725unit001
    ユニット|CAM
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    トルヴィ・クァス・レスターニャ
    トルヴィ・クァス・レスターニャ(ka0754unit002
    ユニット|幻獣
  • 勝利への開拓
    ジーナ(ka1643
    ドワーフ|21才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    バレル
    バレル(ka1643unit001
    ユニット|CAM
  • 嗤ウ観察者
    アルヴィン = オールドリッチ(ka2378
    エルフ|26才|男性|聖導士
  • ユニットアイコン
    魔導トラック
    魔導トラック(ka2378unit004
    ユニット|車両
  • 【Ⅲ】命と愛の重みを知る
    フェリア(ka2870
    人間(紅)|21才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    モーントナハト
    月夜(ka2870unit001
    ユニット|幻獣
  • 世界は子供そのもの
    エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142
    人間(蒼)|30才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ヤマアオイ
    山葵(ka3142unit005
    ユニット|幻獣
  • は た ら け
    鵤(ka3319
    人間(蒼)|44才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    マドウヘリコプター「ポルックス」
    魔導ヘリコプター「ポルックス」(ka3319unit007
    ユニット|飛行機
  • 情報屋兼便利屋
    カイ(ka3770
    人間(紅)|20才|男性|疾影士
  • 轟雷の巫女
    七夜・真夕(ka3977
    人間(蒼)|17才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ルビス
    ルビス(ka3977unit003
    ユニット|幻獣
  • 『俺達』が進む道
    玄武坂 光(ka4537
    人間(紅)|20才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    グリフォン
    グリフォン(ka4537unit004
    ユニット|幻獣
  • 非情なる狙撃手
    コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561
    人間(蒼)|25才|女性|猟撃士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ミーティア
    ミーティア(ka4901unit005
    ユニット|幻獣
  • 自在の弾丸
    キャリコ・ビューイ(ka5044
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    アラドヴァル
    アラドヴァル(ka5044unit004
    ユニット|CAM

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    レグルス
    レグルス(ka5819unit001
    ユニット|幻獣
  • 大局を見据える者
    仙堂 紫苑(ka5953
    人間(紅)|23才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    フドウ
    HUDO(ka5953unit002
    ユニット|CAM
  • 決意は刃と共に
    アーク・フォーサイス(ka6568
    人間(紅)|17才|男性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    ムラクモ
    ムラクモ(ka6568unit002
    ユニット|幻獣
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイド(ka6633
    人間(蒼)|24才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    サンダルフォン
    サンダルフォン(ka6633unit001
    ユニット|CAM
  • 白銀の審判人
    星空の幻(ka6980
    オートマトン|11才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
鬼塚 陸(ka0038
人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2018/07/14 11:20:06
アイコン 相談卓
鬼塚 陸(ka0038
人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2018/07/15 22:56:08
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/07/13 18:48:15