ゲスト
(ka0000)
ディストルツィオーネの夢
マスター:瑞木雫

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~10人
- サポート
- 0~5人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/07/18 19:00
- 完成日
- 2018/11/09 11:19
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
“それでも、オレは人間を見る度に思っちまうんだよ。もしかしたら友達になれる日は、“今日”なんじゃねぇかって”
( ――バカバカしい )
“信じてるんだ。人と龍は、共に歩んでいけるって”
( 歩めねぇさ……夢ばかり見やがって!! )
ディストルツィオーネはアヴィドの様な、優しさも、慈悲も、もう持ち合わせていない――しかし、記憶だけは忘れる事無く、有していた――だからこそ。
( なのに、なんで………… )
アヴィドの願った『人と龍が共に歩む道』の実現が、耐えがたい苦しみであった。
ディストルツィオーネの頭の中で過去の記憶が駆け巡り、アヴィドを思い出しては、苛立ちを覚える。
そしてアヴィドが固執したその願いは、ディストルツィオーネにとっても無視する事の出来ないものだったのだ。
それは気が狂ってしまいそうになる程。
自身の精神を蝕み、自暴自棄になってしまいそうな程に。
端からすれば、この竜の苦しみは滑稽のように映るかもしれない。
しかし、偶像の王・スフィーダ(kz0183) は竜を滑稽だとは思わなかった。
「よせ。自暴自棄となって龍園を攻めても、今のお前じゃ返り討ちに遭うぞ。ディストルツィオーネ」
スフィーダが諭すと、ディストルツィオーネは唸り声を響かせながら、鋭い眼光を彼に向けた。
スフィーダの言葉の意味を、心のどこかで分かっている。
青龍に対抗できる力――龍園を壊滅させる程の力を持っていたなら、既にそうしていた事だろう。
けれど、居ても立っても居られなかった。
そうしなければ、心の安寧は得られぬと思っていたのだ。
だが、偶像の王の言葉に、竜は歯向かわず、聴き続けた。
「……しかしお前なら、きっと、龍園をも滅ぼせる。信じている。だからこそ今は、力を蓄えるのだ。――その時が来るまで」
スフィーダはいつも、竜を味方し、信じ続けてくれた。
……かつての、親友のように。
そしてディストルツィオーネは先程迄荒れていた心が凪いでいくのを感じつつ、静かに従って、眠りへ落ちた。
様々な想いを秘め、
世界への復讐を心に誓いながら……。
●
皆で想いを繋いで実現した、人と龍が共に歩む道――。
斯くして、人と龍の交流が深くなって以来、ディストルツィオーネに動きはなく、不気味な沈黙を続けていた。
しかし竜は再び、立ちはだかる筈だ。
――人類の敵として。
故に、ジャンルカ・アルベローニ(kz0164)は、過去の世界を観測する為に、ここへ来た。
どうして人が大好きだったアヴィドは、歪虚となってしまったのだろう。
最愛の親友が、愛するヒト・世界によって殺されてしまった事を受け容れられず、二度と戻れない所まで堕ちてしまったというが――何があったのだろう。
それを知る事は、ディストルツィオーネを倒す為に必要な情報だった訳ではなかったが、それでもジャンルカは知っておきたかった。
心の中でどうしても、信じられなかったのだ。
アヴィドがディストルツィオーネになるという事を。
何かの間違いだったのではないだろうか、と――。
想いを巡らせながら、ジャンルカは瞑っていた目を開く。
その日。
大型の歪虚が、龍園から遠く離れた村を襲っていた。
増援を呼ぶ為に戻って来た傷だらけの飛龍は、龍園の者達に、苦戦中の戦況を報せる。
そしてそれは、アヴィドにも伝わった。
『まさか……。アイツは? オレの親友は――…?』
『…』
飛龍は、分からないというように首を振った。
アヴィドの親友である赤い龍は、既に大型歪虚の討伐に向かっていた。
“大丈夫。怪我で行けぬお前の分まで、必ず救ってみせるから”
――と。
連日の歪虚討伐で負傷し、疲れていたアヴィドを残して。
「アヴィド、どうするんだ?」
『決まってるだろ、助けに行く!!』
ジャンルカの問いに躊躇いなく答えたアヴィドは、すぐに飛び立とうとしていた。
(この時点では、いつものアヴィドのように思える……。でもディストルツィオーネになった日は、今日の筈だ。この日、その村と…その近隣の村を襲撃したのは――)
ジャンルカは事前調査による情報収集で知っていた。
アヴィドは村を助ける為に龍園から飛び立った後――二度と、龍園には戻らなかった。
アヴィドはディストルツィオーネとなったからだ。
「待て、俺も行く!」
ジャンルカはアヴィドから片時も離れないでいようとした。
そうして共について行ったからこそ、目の当たりにする。
ジャンルカが目にした光景は――まさに、この世の地獄だった。
燃え盛る炎。
焦げた匂い。
横たわる人の死体。
救済を求める悲鳴。
そして、
リザードマンやワイバーンの群れと、
大型の……。
●
『あれは……!』
アヴィドには、竜の姿に見覚えがあった。
姿形は典型的なドラゴンであるものの、その顔面は明らかに人の顔。
しかし以前倒した強欲竜とは、どうやら別の個体のようであった。
それどころか、ただならぬ威圧感を感じた。
以前出会った竜とは比べ物にならない程の。
すると大型の強欲竜はアヴィドの姿を捉え――不気味な笑みを浮かばせた。
「なんだ、お前。人を助けに来たのか? 随分遅かったな。この村はもう終しまいだ」
この時、一瞬で悟った。
自分の力では到底敵う相手ではない、と。
『――…ッ!』
アヴィドは悔しそうに歯を食いしばった。
しかしそれでも諦めずに立ち向かい、懸命に戦うことを選択する。
元々怪我を負っていたアヴィドは本調子ではなく、傷も痛むが――
この村にはまだ、生存者がいた。
彼らの命だけでも救う為に。
血だらけになっても尚、ずっと。
「今日は妙な龍にばかり会うな。さっきの赤い龍もお前のように、救うためだと抗ってきやがったから、随分変わったヤツだと思ったが。お前も相当だよ」
『…! そいつは…ッ そいつをどうした!!』
「焦るなよ。今からそいつの元へ送ってやるからよ――」
するとアヴィドの視界が一瞬ぐらついた。
そして抉るような痛みを腹部に感じた時にはもう遅く、宙に浮いたアヴィドの首を強欲竜は掴んだ。
「あばよ……。赤い龍に宜しくな」
そうして散々痛めつけられたアヴィドは、崖の下へと突き落される。
(『くそ……こんなところで、終われる筈、ねぇのに』)
――想い描いていた夢。
――友達になった人間たち。
――なってくれなかった人間たち。
――親友と、そして皆で繋いだ想い。
全てが走馬燈のように巡り、
全てを愛しく思い、
全てを手放したくないと、そう強く、想いながら。
水晶の森へと、落ちていく。
リプレイ本文
●
鼓動が高鳴る。
セイ(ka6982)は、崖から落ちたアヴィドと名乗った龍を追っていた。
龍が、龍園の龍が墜ちていく。
アヴィド、アヴィド何故墜ちる。
死を拒むほど、成したい何かがあったのか。
ただただ死を恐れ、歪虚の甘言に乗ったのか。
アヴィド、アヴィド、何故墜ちた。
龍園の龍が、俺達の希望の龍が。
アヴィド、アヴィド、何故墜ちた。
「俺達ドラグーンにとって! 龍園の龍はいつか友と認めてほしい存在だ! 崇め、敬い、精進していつか友と認めて貰おうと! 助けたいに決まっているだろう、生きてほしいと思うに決まっているだろう!」
魔箒「Shooting Star」に騎乗したセイは、飛行して、崖の下へと向かう。
セイは、傷つき、倒れているアヴィドを見つけると、地面に降り立ち、駆け寄った。
「アヴィド!」
何度も、名を呼び続けるセイ。
これが『夢』であることさえ忘れていた。
「絶対、助けてやるからな」
ヒーリングポーションを飲ませようとするが、アヴィドは口を開くことさえできなかった。
アヴィドの身体には無数の傷があり、血が流れていた。
セイは救急セットを使い、止血しようとするが、アヴィドの傷は予想以上に酷く、手当てしても血が止まらなかった。
強欲竜たちが、アヴィドの元へ降り立つ。
呆然と立ち尽くすセイ。そして……。
「あああああああああああ!」
抵抗する術もなく、セイは【敵】に襲われ、その場に倒れ込んだ。
殺される……という脅迫観念によって、襲われたように『感じた』のだ。
セイ自身は無傷ではあったが、『夢』の中にいる間、生々しい体験として残っていた。
「アヴィド、アヴィド……」
殺されたはずなのに、セイは無意識のうちに、ゆっくりと立ち上がっていた。
微かな意識の中、アヴィドは願っていた。
『生きたい』
『人と龍が共に歩む道……もうすこしのところなんだ。こんなところで死にたくない』
アヴィドは、生死の境を彷徨っていた。
強欲竜が、アヴィドに問いかける。
『俺なら、おまえの望みを叶えてやることができる。手を組もうではないか? そうすれば、おまえは生き延びることができる……どうだ? 悪い取り引きではないだろう?』
息も絶え絶えのアヴィド。
極限状態の中、冷静な判断をすることさえ難しかった。
生きることができるなら……。
無垢な心を持ったアヴィドには、もはや選択の余地さえなかった。
『……生きたい。だから……力を……貸してくれ』
傍から見れば、安易な決断だったかもしれない。
だが、そこまでアヴィドの精神は追い詰められていたのだ。
逃げらない袋小路。
動け、動け……俺の身体。
心は、そう願っても、身体が動かなかった。
『お願いだ……力を、貸して……欲しい』
アヴィドの純粋な想い。
強欲竜が、ニヤリと小さく笑う。
『良かろう。今、ここに契約は熟した。アヴィドよ。これからは、ディストルツィオーネと名乗るが良い。俺からの贈り物だ』
『……ディストルツィオーネ? 違う。俺は、アヴィドだ』
●
藤堂研司(ka0569)は、軍用双眼鏡から見えるアヴィドの異変に気付いた。
アヴィドが死んで、ディストルツィオーネが生まれた日。
『友達を、そんなこと、できるかよ。オレはな、自分がどうなろうと……そうなるくらいなら……オレは……』
アヴィドだった頃、そう告げたことがあった。
その通りだ。俺がどうなろうと構いやしねぇ。
(痛み辛みはこの際、無視する)
そのために、この機会……最初から最後まで、見届けてみせる。
その時、彼自身が見られなかった部分までも。
「待ってろ! すぐ行くからな」
研司が叫ぶ。グラヴィティブーツ「カルフ」を発動体とした『壁歩き』を駆使して、『立体攻撃』による移動で障害物を擦り抜け、さらに崖を走り降り、アヴィドの元へと駆け寄った。
「来たな!」
上空から、強欲竜たちが飛来してきた。
研司は星神器「蚩尤」を構え『FFF』を発動させると、加速して移動……アヴィドを守るため、強欲竜に向かって矢を放った。
矢は強欲竜に命中するが、不思議なことに攻撃を受けるや否や、矢が消滅していく。
「ちっくしょう。『夢』には干渉できないってことか? だからと言って、諦める俺じゃねぇぜ!」
研司は、尚も負けじと奮闘する。彼の後ろには、倒れ込んでいるアヴィドがいた。
浅黄 小夜(ka3062)は、『マジックフライト』を付与した錬金杖「ヴァイザースタッフ」に乗って、アヴィドの近くまで移動すると、『夢』に干渉しないように見守っていた。
小夜が、ここに来たのは、真実を観るためであった。変えられない過去だからこそ、見届けたいと思っていた。
強欲竜とアヴィドが会話していた。
『お願いだ……力を、貸して……欲しい』
アヴィドの純粋な想い。
強欲竜が、ニヤリと小さく笑う。
『良かろう。今、ここに契約は熟した。アヴィドよ。これからは、ディストルツィオーネと名乗るが良い。俺からの贈り物だ』
『……ディストルツィオーネ? 違う。俺は、アヴィドだ』
アヴィドの身体は、いつの間にか、元に戻っていた。
『歩ける……ありがとう』
親友である赤い龍の元へと歩き出すアヴィド。
重い足取りではあったが、親友と会える微かな望みが、今のアヴィドを支えていた。
アヴィドの後を追う小夜。
(ヒトが好きだった……親友が好きな、アヴィドが、親友を亡くして……ディストルツィオーネになった…可哀相な、被害者……犠牲者……そんな風に、思ってしまうのは……失礼な、気がして。
アヴィドが、ディストルツィオーネに……なるだけの理由が、確かにあって。
それは…人伝に聞いただけじゃ……ただの、可哀相なお話で。
その時、その場に……居なかったのに。
自分の、経験でもないのに。簡単に、可哀相なんて、解った事は、言いたくなくて……。
だから……せめて、視るくらいは……って…)
歯がゆい想いが、小夜の心を締め付けていた。
『あの頃は、楽しかったな』
アヴィドの呟きに気付き、研司が駆けつけてきた。
「もしかして、龍園での宴のことか?」
『オレは、人間たちと……語り合って、共に笑って……そうだ……あの時、食べたサンドイッチ、美味かったな』
「あのサンドイッチは、俺が作ったんだぜ」
うれしいはずなのに……研司は思うように笑えなかった。
アヴィドが、この後、どうなるか、知っていたからだ。
●
「ちょいと、生きててもらわなきゃ困るって言っただろ!」
赤い龍を発見したのは、時雨 凪枯(ka3786)だ。
凪枯は『ヒーリングスフィア』で回復を試みるが、赤い龍は瀕死だった。
人に襲われた赤い龍の身体には、痛々しいほどの無数の矢が突き刺さっていた。
「人間と親友大好き龍も来てるんだよ、お別れも言わずに去るんじゃないよ、伝言は受け付けないからね!」
必死に治癒を施す凪枯。
しばらくすると、アヴィドがゆっくりと近づいてくるのが見えた。
『……?!』
アヴィドには、赤い龍しか見えなかった。
『……消えて……いく……?』
少しずつ、赤い龍の身体が消滅していこうとする。
『嘘だ!!』
アヴィドには、信じられなかった。
親友の龍が、消える……?
『誰が、こんなことを……』
アヴィドが周囲を見渡すと、人の集団が逃げ去る気配を感じた。
ドクン、ドクン、ドクン……。
何かが、脈打つ。
『人間が……俺を裏切ったのか?』
そうだ。お前の大切な親友は、人間によって殺されたのだ。
『……信じてたのに……よくも……俺の……親友を……』
アヴィドの瞳が鋭くなる。
人を信じていたのに。
大切な親友が、人に殺された。
よくも、よくも、よくも……。
怒りが止まらない。抑えきれない。
アヴィドの心が純粋だったが故に、それは硝子のように砕け散った。
脆く……崩れてゆく。
『おおおおおおおおおおおおおおーっ!!』
龍の咆哮が響き渡る。
震撼する。
徐々に、変化していく。
アヴィドから、ディストルツィオーネへと……。
凪枯は、見たくもない光景を前にしても、落ち着き払っていた。
「赤い龍を殺したのは、人……そんなことが……」
瞳から涙が伝う。
その涙は、凪枯のアヴィドを想う印、赤い龍を想う心であった。
●
コントラルト(ka4753)もまた、魔箒「Shooting Star」に乗って、飛行しながらアヴィドの後を追って、赤い龍が消滅しようとしている場面に遭遇していた。
心優しき龍アヴィド、貴方が堕ちた理由を私に刻みましょう。
強欲の竜ディストルツィオーネ、堕ちた貴方を滅ぼした後に心から消え去らぬように。
(貴方の優しさも悔しさも嘆きも怒りも見せてもらうわ。私が死ぬまで覚えておくために)
さぁ、言って御覧なさい?
叫んで吐きだして、貴方の強欲を。
貴方の望はなんだったのかしら?
貴方が見てしまった絶望は何かしら?
貴方が解き放ちたい怒りはなんなのかしら?
「全部聞いてあげるから、言って御覧なさいな。全てを覚えておいてあげるわ」
アヴィドには、赤い龍しか見えなかった。
『……消えて……いく……?』
少しずつ、赤い龍の身体が消滅していこうとする。
『嘘だ!!』
アヴィドには、信じられなかった。
親友の龍が、消える……?
『誰が、こんなことを……』
アヴィドが周囲を見渡すと、人の集団が逃げ去る気配を感じた。
ドクン、ドクン、ドクン……。
何かが、脈打つ。
『人間が……俺を裏切ったのか?』
そうだ。お前の大切な親友は、人間によって殺されたのだ。
『……信じてたのに……よくも……俺の……親友を……』
アヴィドの瞳が鋭くなる。
人を信じていたのに。
大切な親友が、人に殺された。
よくも、よくも、よくも……。
怒りが止まらない。抑えきれない。
アヴィドの心が純粋だったが故に、それは硝子のように砕け散った。
脆く……崩れてゆく。
『おおおおおおおおおおおおおおーっ!!』
龍の咆哮が響き渡る。
震撼する。
徐々に、変化していく。
アヴィドから、ディストルツィオーネへと……。
コントラルトは『エンジェルフェザー』を展開して、ディストルツィオーネの怒りに満ちた牙を防いだ。
『人間を……龍を……全て、滅ぼしてやる!』
それが、ディストルツィオーネの本心?
彼の言葉を覚えておこう。
(彼を滅ぼすと決めた以上、
彼の全てを私は覚えておいてあげたいと思ったのよ。
おかしいわね、他の歪虚にそんなこと思ったことなんてないのに。
正も負も関係なく彼の想いを出来るだけ聞いておきたいわ)
そう決心したコントラルトは反撃せず、ディストルツィオーネの攻撃を回避していた。
だが、妙な感覚だ。
ディストルツィオーネの攻撃を受け流しているはずなのに、その感触がないのだ。
「どういうこと?」
疑問に感じたコントラルト。
いずれは、ディストルツィオーネを倒すことになるだろう。
だが、今は……『夢』だ。
ここで観察者として見届けているコントラルトには、彼が攻撃してきても、反撃する気がなかった。
矛盾。
相反する想いが、コントラルトの心にはあった。
相手の『夢』を見ているようで、自分も夢を見ているような感覚だった。
●
カイン・シュミート(ka6967)は、外套「ヨル・ノ・ヒメゴ・ト」を羽織り、木の陰に隠れていた。
イヤリング「エピキノニア」を使い、仲間からの応答を待っていたが、聴こえてきたのはセイの悲痛な叫びだった。
すぐさま、アヴィドの元へと駆け寄った。
カインが見たものは、人の放った無数の矢が、全身に突き刺さった赤い龍の姿だった。
少しずつ、その姿が消滅していこうとする赤い龍の前で、アヴィドが、否、ディストルツィオーネが怒りの咆哮をあげていた。
『許さない……人間を……龍を……全て、滅ぼしてやる!』
逃げ去ろうとする人間の集団に向かって、ブレスを吐くディストルツィオーネ。
闇のブレスによって、人間たちは焼かれ、灰と化して、消えていった。
カインは仲間たちを守るため、『機導浄化術・白虹』を施すが、負のマテリアルを全て浄化することができなかった。
覚醒者ならば耐えられる負のマテリアルでも、人間には耐え切れなかったのだ。
「ヒールを使う余裕もないとはな」
カインは、ただ『夢』を見ていた。
魔導拡声機「ナーハリヒト」を手に持ち、カインは唄い出した。
信じること、友と共にある喜び、世界を慈しむ歌を。
ディストルツィオーネの怒りは、消えなかった。
「俺の歌も、聞こえないか」
その場から離れるカイン。魔導銃「アクケルテ」を構え、上空に向かって銃声が響いた。
「居場所は露見したぞ。俺を殺しても、誰もお前を逃しはしない。大願を果たしてぇなら、悠々と離脱するべきじゃね? 俺なんかいつでも殺せるだろ」
ディストルツィオーネが、空を見上げて咆哮する。
『誰だ……誰なんだ? オレは……』
「そうか。じゃあな」
淡々と告げるカイン。
アヴィドが、ディストルツィオーネへと変わった瞬間、彼自身は自分が何者かさえ分からなくなっていた。
研司砲による『FFF』を発動させ、マテリアル弾が発射された。
「アヴィドさん!」
ああそうだ、友達を、そんなことはできねぇ。
「だが、来るなら来てみろ! 俺はそう簡単にはくたばらん!」
ディストルツィオーネが放った闇のブレスは、研司を巻き込み、周囲の木々を焼き尽くしていった。
(強欲竜……アヴィドさんの心だけでなく、身体も奪い、ディストルツィオーネという名を与えた……それが【契約】だというのか?!)
薄れゆく意識の中、研司が観たものは、アヴィドと強欲竜との会話であった。
『アヴィドよ。身も心も、委ねよ。さすれば、おまえの望みは叶うだろう』
『みんなに会えるなら、どんなことだってする。お願いだ。頼む』
残り僅かな命だと、アヴィドは悟っていた。
自分がどうなろうとも、また皆と会えるなら……。
『会いたい。だから、オレに力を貸して欲しい』
『良かろう』
強欲竜が、闇のような【何か】を、アヴィドに与えた。
それを呑み込むと……。
アヴィドは、意識を失った。
●
「アヴィド!」
愛梨(ka5827)は、小夜がマジックフライトを付与した杖に乗って、飛行しながら、アヴィドの元へ辿り着いた。
『生命感知』で位置を確認できたのは、リラ(ka5679)が先に、アヴィドの近くにいたからだ。
「アヴィドの感知はできなかったけど、リラがいる場所は分かったわ」
リラは、フライングスレッドに騎乗していた。
「……愛梨」
そっと、リラが愛梨の右手に触れた。
「リラ、わたしは第三者が紛れ込んでいないか、調べてみる」
「私は、アヴィドさんを見届けようと思います」
リラの返答に、愛梨が明るい笑みを浮かべた。
「ありがとう。あたしはアヴィド以外に目を向けようと思う。本音を言えば友人が変わってしまうなら目を離したくはない。それでも、観測者たるあたし達以外に今のアヴィドに目を向ける存在があるなら、それはアヴィドをディストルツィオーネに変貌させた者がいたと言う事、だから」
「妨害する者がいたら、私も愛梨に協力します」
リラの返答に、愛梨が無邪気に微笑む。
その頃。
金鹿(ka5959)は『生命感知』を発動させ、特定できた生命体は、人間であった。
赤い龍は人間によって殺され、そして代わりに怒り狂った龍がいた。
逃げ去ろうとする人々に闇のブレスを放ったのは、アヴィドではなく、ディストルツィオーネだ。
金鹿が観たものは、強欲龍とアヴィドが【契約】する場面であった。
「アヴィドが、ディストルツィオーネに生まれ変わったのは、強欲龍と契約したから……そんなことが」
アヴィドは生き返ったのではなく、死ぬ間際に強欲龍の声を聞き、生きたいが故に歪虚として生まれ変わり、ディストルツィオーネという龍になったのだ。
ただ、観ているしかできない空間。
過去の夢に過ぎなくても、金鹿には知る意義があった。
(龍と共に歩む未来の為に。
強欲でもなんでも足掻いてみせると、そう宣言したのはすべての始まり。
ディストルツィオーネとしてのあなたと出逢った時でしたわね。
どんなに欲深くても、辛くなるとわかっていても。
友の想いを知りたい……見届けなければ……)
金鹿の想いとは裏腹に、ディストルツィオーネが襲い掛かってくる。
切札の『ワイルドカード』を展開して『修祓陣』の結界が発動……大地から立ち上る美しい光が金鹿を優しく包み込む。
続け様、愛梨が『占術』の札を取り出し、第三者の介入を占う。
強欲龍とアヴィドが【契約】……確率は、高かった。
「第三者というのは、強欲龍……?」
周囲を見渡すと、逃げ去ろうとする人々が見えた。
これは『夢』……ならば、想いを込めて歌おう。
リラが『アイデアル・ソング』を舞い、愛梨たちを鼓舞する。
上空には、翼を広げて旋回する強欲龍が飛んでいた。
『ディストルツィオーネよ。お前の希望を踏みにじったのは、人間だ。恐れることはない。今のお前は、生まれ変わったのだ。その【力】を好きなだけ使うと良い』
強欲龍の声が響き渡る。
覚醒者たちには理解できた。アヴィドは一度、死んでしまったのだ。
そして歪虚として生まれ変わり、ディストルツィオーネになったのだ。
「アヴィドさん、あなたは優し過ぎたのですわね」
金鹿は『ワイルドカード』を先に配置して『地縛符』を発動させた。結界を抜けて、襲い掛かってくるディストルツィオーネ。
闇のブレスによって消滅したのは、人々の集団であった。
愛梨も、金鹿も、無傷であった。
嗚呼。
観たくは、なかった。
アヴィドだったディストルツィオーネが、人々を消し去る光景を……。
何度も、友の名を呼び続ける愛梨。
金鹿は、ディストルツィオーネに反撃するようなことはしなかった。
間違いだと思うことがあれば、正面からぶつかっていくのも友なのだと。
そう告げたことに後悔も変わりもあるはずなく。
【敵】として打ち倒すのではなく、【友】であるからこそ……。
(彼の長い長い苦しみを終わらせる為に。
彼の最期の想いを胸に抱き、代わりに迷いと涙をここに置いてゆきましょう。
この場で未来を変えることは不可能でこの場面の結末は揺るがずとも、
過去は未来へと続いていくものなんですもの。
悲しいだけで終わらせるわけにはまいりませんわ。
必ずや、笑顔で迎えられる明日を、未来を……!)
金鹿の瞳には、涙が浮かんでいた。
「アヴィド!」
ディストルツィオーネの前に、両腕を広げて立ち塞がる愛梨。
「アヴィドが人間を害するのは、見たくないよ」
またもや、闇のブレスを放つディストルツィオーネ。
村の家々は焼かれ、破壊されていくが、愛梨には止めることができなかった。
アヴィドを変えてしまったのは、……自らの死であった。
生きることに執着するあまり、その弱みを強欲龍に利用されてしまったのだ。
「自分自身の絶望……だったの?」
言葉にすると、愛梨の心が鋭く抉られるような感覚だ。
愛梨にとってアヴィドは、龍と自分達との関係において理想の形そのものだった。
(ここより未来にいるアイツ。ディストルツィオーネを救ってあげる事が出来るのかな……?)
元の世界に戻ったら、それこそ、現実を突きつけられる。
ここ、『夢』の世界は変えられなくても、これから生きていく世界は変えていくことができる。
愛梨は、そう信じていた。
そして、小夜は過去の出来事を観ると決めていた。
ディストルツィオーネにとっては、意味のない事かもしれない。
小さな……想いではあるけれど。
(……ただの、私の……我が儘やけど……。
相手の事、知らんまま……自分達が、正義の味方だと、思い込んだ、なんてまま……倒したくは、ないから。
起こった事、その原因……理由……全部を、視て、覚えておきたい。
次に会ったとき……私は、私の理由で……ちゃんと、倒す理由を……言えるよぉに)
過去を思い出すことは、『今』の自分と向き合うこと。
小夜は、自分自身の想いからも、逃げ出すことはしたくなかったのかもしれない。
●
「過ぎた過去……なれどアヴィドにとって……妾にとっても今より来る未来……変えれぬと識って尚、足掻く事は罪ではあるまい……」
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が、魔箒「Shooting Star」に横乗りして飛行し、辿り着いた場所には、赤い龍がいた。
「なんと……これは……」
傷つき、倒れた赤い龍は、少しずつ消滅しようとしていた。
ヒールでは、間に合わなかった。
その上空では、強欲龍が翼を広げて、飛んでいた。
「……憎きその顔……忘れはせぬぞ……」
蜜鈴が魔導拳銃「イフリータ」を構え、強欲龍を狙い撃つ。弾は命中するが、幻影を撃ったように擦り抜けていった。
「嫌でも実感するの。これが『夢』であるということを……」
逃げ去ろうとする人々に、闇のブレスが襲う。別の龍だ。それこそ。
蜜鈴には、すぐに理解できた。
今、目の前にいる龍は、闇に堕ちたアヴィドであると……。
「これは、因果……? なればこの結末も、ヒトが招いたものと云う事か……」
ただただ辛く悲しい記憶。
亡くした友と、ヒトに絶望した友……何方も大切で在ったからこそ。
胸が引き裂かれそうな程の痛みを招く。
(愛しき友を傷つけたのがヒトで在るのなら、その傷を癒やすのもヒトで在る筈じゃ)
遥かな未来で其れを成す為に今出来る事を。
涙を流すは、その折迄……。
唇を噛みしめる蜜鈴。『東風姫』をアヴィドに施そうと試みるが、ディストルツィオーネと化した龍は、蜜鈴に襲いかかろうとしてきた。
その時、凪枯の『ディヴァインウィル』が発動し、不可視の境界が広がっていく。
ディストルツィオーネが攻撃に転じるのを見計らっていたのだ。
(大切な存在を踏みにじられた気持ちは分かるつもりさ……ロッソに乗り込む前にちょいとあったからね。憎くてやり返したくて、でも戻って来る訳じゃなくて自分の無力さが唯々目の前にさらされ続ける。あの時張り倒してでも止まらせるか意地でも一緒に行けばよかった、何故もっと抗えなかったのか、と、ね……)
自分の過去を振り払うように、凪枯が告げる。
「アヴィド。あんたの力任せに押し潰される訳にゃ行かないんでね。腹が立つだろうが抵抗はさせてもらうよ」
ディストルツィオーネは結界を突き破り、逃げ去ろうとする人々に向けて、大きな口を開き、闇のブレスを解き放った。
阿鼻叫喚。
一瞬で、人々が消滅していく。
『人間たちよ、まだ隠れているのか。裏切った者たちを、俺は……決して、許さない』
物陰に潜んでいる子供に気付き、ディストルツィオーネが告げた。
「させぬぞ。アヴィド。ヒトの子のためにも、アヴィドのためにも」
蜜鈴が、子供たちを守るため、『ディヴァインウィル』の結界を張り巡らせ、ディストルツィオーネの前へと立ち塞がった。
何よりもアヴィドの心を護る為に……。
ディストルツィオーネと成ろうとも、いつかの未来に夢を諦めたその瞬間を嘆かずに済む様に。
誠、絶望ばかりでは無かったと……想い出してもらう為に。
(我が身の全てを以てでもアヴィドを護ろう。
アヴィドが人を拒み傷つけるなれば、その瞳を見て正面から受け止めよう。
アヴィドの嘆きを見逃しはせぬ。
伸ばす手を降ろしはせぬ。
例え未来でその命を奪う結果となろうとも……)
決意に満ちた瞳を凝らす蜜鈴。
ディストルツィオーネの動きが止まった。
彼が見ていたのは、強欲龍であった。
『よう、村だけ破壊するだけじゃ、物足りないんだがよ』
『それは一理あるな。おまえの望みは、全ての人と龍を滅ぼすことであったな、ディストルツィオーネよ』
ついてこいと指図する強欲龍。
ディストルツィオーネが翼を羽ばたかせて、飛び立つ。
上空から、破壊した村を見下ろす。
『これっぽっちじゃ足りねえな。もっともっと、滅ぼしてやる』
ディストルツィオーネの奇声にも似た笑いが響く。
子供たちを守ることはできたが、蜜鈴の心は震えていた。
凪枯は、飛び去っていくディストルツィオーネを見つめていた。
赤い龍が、消滅していく。
(アヴィド、赤い龍の想いまで、忘れちまったのかい? ……唯、何故あたしらがアヴィドを攻撃しないのか、それだけは疑問に思って欲しい処だねぇ)
哀しいというには、過去はあまりにも無残過ぎた。
●
フィルメリア・クリスティア(ka3380)は、本のページを捲るように『夢』を見ていた。
繰り返される過去の幻影。夢を見ている限り、抜け出すことはできない。
(私が此処に来た目的は、アヴィド……ディストルツィオーネの事を知る為)
微かな意識の中、アヴィドは願っていた。
『生きたい』
『人と龍が共に歩む道……もうすこしのところなんだ。こんなところで死にたくない』
アヴィドは、生死の境を彷徨っていた。
強欲竜が、アヴィドに問いかける。
『俺なら、おまえの望みを叶えてやることができる。手を組もうではないか? そうすれば、おまえは生き延びることができる……どうだ? 悪い取り引きではないだろう?』
息も絶え絶えのアヴィド。
極限状態の中、冷静な判断をすることさえ難しかった。
生きることができるなら……。
無垢な心を持ったアヴィドには、もはや選択の余地さえなかった。
『……生きたい。だから……力を……貸してくれ』
傍から見れば、安易な決断だったかもしれない。
だが、そこまでアヴィドの精神は追い詰められていたのだ。
逃げらない袋小路。
動け、動け……俺の身体。
心は、そう願っても、身体が動かなかった。
『お願いだ……力を、貸して……欲しい』
アヴィドの純粋な想い。
強欲竜が、ニヤリと小さく笑う。
『良かろう。今、ここに契約は熟した。アヴィドよ。これからは、ディストルツィオーネと名乗るが良い。俺からの贈り物だ』
『……ディストルツィオーネ? 違う。俺は、アヴィドだ』
アヴィドの親友、赤い龍もこの近くに居るのかしら……。
さらに場面が変わっていく。
……アヴィドの身体は、いつの間にか、元に戻っていた。
『歩ける……ありがとう』
親友である赤い龍の元へと歩き出すアヴィド。
重い足取りではあったが、親友と会える微かな望みが、今のアヴィドを支えていた。
アヴィドには、赤い龍しか見えなかった。
『……消えて……いく……?』
少しずつ、赤い龍の身体が消滅していこうとする。
『嘘だ!!』
アヴィドには、信じられなかった。
親友の龍が、消える……?
『誰が、こんなことを……』
アヴィドが周囲を見渡すと、人の集団が逃げ去る気配を感じた。
ドクン、ドクン、ドクン……。
何かが、脈打つ。
『人間が……俺を裏切ったのか?』
そうだ。お前の大切な親友は、人間によって殺されたのだ。
『……信じてたのに……よくも……俺の……親友を……』
アヴィドの瞳が鋭くなる。
人を信じていたのに。
大切な親友が、人に殺された。
よくも、よくも、よくも……。
怒りが止まらない。抑えきれない。
アヴィドの心が純粋だったが故に、それは硝子のように砕け散った。
脆く……崩れてゆく。
『おおおおおおおおおおおおおおーっ!!』
龍の咆哮が響き渡る。
震撼する。
徐々に、変化していく。
アヴィドから、ディストルツィオーネへと……。
赤い龍も、この時に絶えてしまうのよね。
そして、アヴィドはディストルツィオーネへと変わる。
あの龍とは少しだけ話をしたけれど……。
本当にアヴィドを大切に想っていたのが伝わったから、
だからこそ、彼の想いを無為にさせたりはしない。
(アヴィドは自分の想いが、人と龍が共に歩む未来を願う気持ちが、
親友を死地に追いやった事を悔やんでいるのかも……)
さらに、続く『夢』……。
村の上空では、翼を広げて旋回する強欲龍が飛んでいた。
『ディストルツィオーネよ。お前の希望を踏みにじったのは、人間だ。恐れることはない。今のお前は、生まれ変わったのだ。その【力】を好きなだけ使うと良い』
強欲龍の声が響き渡る。
覚醒者たちには、理解できた。
アヴィドは、一度、死んでしまったのだ。
そして、歪虚として生まれ変わり、ディストルツィオーネになったのだ。
……移ろいゆく過去の出来事を眺めているフィルメリア。
(そして、この時の人々が、彼の親友を死なせてしまった要因になっている、と。
だからこそ人が許せない……その憎しみから、反転してしまったのかしら)
フィルメリアが、友に呼びかける。
(ねぇ……アヴィド、貴方はまだ人と龍の未来を諦めきれない?
自分が自分でなくなって、違う存在に変わって、憎しみと殺意に囚われても尚、誰かがソレを叶えてくれると願う?
貴方のその夢、理想は、決して失わせたりはしない。何時かの未来へ、繋げる為に)
だからこそ、ディストルツィオーネ……貴方は絶対に止めてみせる。
それが貴方の親友と交わした小さな約束事でもあるから。
だから、私は堕ちた彼と戦う。
「命の長さも、価値観も、全てが異なる種族であっても、共に歩めると信じて、諦めずに進むだけよ」
フィルメリアがそう告げた時、ゆっくりと目覚めた。
哀しい夢から、未来へと進むために……。
(代筆:大林さゆる)
鼓動が高鳴る。
セイ(ka6982)は、崖から落ちたアヴィドと名乗った龍を追っていた。
龍が、龍園の龍が墜ちていく。
アヴィド、アヴィド何故墜ちる。
死を拒むほど、成したい何かがあったのか。
ただただ死を恐れ、歪虚の甘言に乗ったのか。
アヴィド、アヴィド、何故墜ちた。
龍園の龍が、俺達の希望の龍が。
アヴィド、アヴィド、何故墜ちた。
「俺達ドラグーンにとって! 龍園の龍はいつか友と認めてほしい存在だ! 崇め、敬い、精進していつか友と認めて貰おうと! 助けたいに決まっているだろう、生きてほしいと思うに決まっているだろう!」
魔箒「Shooting Star」に騎乗したセイは、飛行して、崖の下へと向かう。
セイは、傷つき、倒れているアヴィドを見つけると、地面に降り立ち、駆け寄った。
「アヴィド!」
何度も、名を呼び続けるセイ。
これが『夢』であることさえ忘れていた。
「絶対、助けてやるからな」
ヒーリングポーションを飲ませようとするが、アヴィドは口を開くことさえできなかった。
アヴィドの身体には無数の傷があり、血が流れていた。
セイは救急セットを使い、止血しようとするが、アヴィドの傷は予想以上に酷く、手当てしても血が止まらなかった。
強欲竜たちが、アヴィドの元へ降り立つ。
呆然と立ち尽くすセイ。そして……。
「あああああああああああ!」
抵抗する術もなく、セイは【敵】に襲われ、その場に倒れ込んだ。
殺される……という脅迫観念によって、襲われたように『感じた』のだ。
セイ自身は無傷ではあったが、『夢』の中にいる間、生々しい体験として残っていた。
「アヴィド、アヴィド……」
殺されたはずなのに、セイは無意識のうちに、ゆっくりと立ち上がっていた。
微かな意識の中、アヴィドは願っていた。
『生きたい』
『人と龍が共に歩む道……もうすこしのところなんだ。こんなところで死にたくない』
アヴィドは、生死の境を彷徨っていた。
強欲竜が、アヴィドに問いかける。
『俺なら、おまえの望みを叶えてやることができる。手を組もうではないか? そうすれば、おまえは生き延びることができる……どうだ? 悪い取り引きではないだろう?』
息も絶え絶えのアヴィド。
極限状態の中、冷静な判断をすることさえ難しかった。
生きることができるなら……。
無垢な心を持ったアヴィドには、もはや選択の余地さえなかった。
『……生きたい。だから……力を……貸してくれ』
傍から見れば、安易な決断だったかもしれない。
だが、そこまでアヴィドの精神は追い詰められていたのだ。
逃げらない袋小路。
動け、動け……俺の身体。
心は、そう願っても、身体が動かなかった。
『お願いだ……力を、貸して……欲しい』
アヴィドの純粋な想い。
強欲竜が、ニヤリと小さく笑う。
『良かろう。今、ここに契約は熟した。アヴィドよ。これからは、ディストルツィオーネと名乗るが良い。俺からの贈り物だ』
『……ディストルツィオーネ? 違う。俺は、アヴィドだ』
●
藤堂研司(ka0569)は、軍用双眼鏡から見えるアヴィドの異変に気付いた。
アヴィドが死んで、ディストルツィオーネが生まれた日。
『友達を、そんなこと、できるかよ。オレはな、自分がどうなろうと……そうなるくらいなら……オレは……』
アヴィドだった頃、そう告げたことがあった。
その通りだ。俺がどうなろうと構いやしねぇ。
(痛み辛みはこの際、無視する)
そのために、この機会……最初から最後まで、見届けてみせる。
その時、彼自身が見られなかった部分までも。
「待ってろ! すぐ行くからな」
研司が叫ぶ。グラヴィティブーツ「カルフ」を発動体とした『壁歩き』を駆使して、『立体攻撃』による移動で障害物を擦り抜け、さらに崖を走り降り、アヴィドの元へと駆け寄った。
「来たな!」
上空から、強欲竜たちが飛来してきた。
研司は星神器「蚩尤」を構え『FFF』を発動させると、加速して移動……アヴィドを守るため、強欲竜に向かって矢を放った。
矢は強欲竜に命中するが、不思議なことに攻撃を受けるや否や、矢が消滅していく。
「ちっくしょう。『夢』には干渉できないってことか? だからと言って、諦める俺じゃねぇぜ!」
研司は、尚も負けじと奮闘する。彼の後ろには、倒れ込んでいるアヴィドがいた。
浅黄 小夜(ka3062)は、『マジックフライト』を付与した錬金杖「ヴァイザースタッフ」に乗って、アヴィドの近くまで移動すると、『夢』に干渉しないように見守っていた。
小夜が、ここに来たのは、真実を観るためであった。変えられない過去だからこそ、見届けたいと思っていた。
強欲竜とアヴィドが会話していた。
『お願いだ……力を、貸して……欲しい』
アヴィドの純粋な想い。
強欲竜が、ニヤリと小さく笑う。
『良かろう。今、ここに契約は熟した。アヴィドよ。これからは、ディストルツィオーネと名乗るが良い。俺からの贈り物だ』
『……ディストルツィオーネ? 違う。俺は、アヴィドだ』
アヴィドの身体は、いつの間にか、元に戻っていた。
『歩ける……ありがとう』
親友である赤い龍の元へと歩き出すアヴィド。
重い足取りではあったが、親友と会える微かな望みが、今のアヴィドを支えていた。
アヴィドの後を追う小夜。
(ヒトが好きだった……親友が好きな、アヴィドが、親友を亡くして……ディストルツィオーネになった…可哀相な、被害者……犠牲者……そんな風に、思ってしまうのは……失礼な、気がして。
アヴィドが、ディストルツィオーネに……なるだけの理由が、確かにあって。
それは…人伝に聞いただけじゃ……ただの、可哀相なお話で。
その時、その場に……居なかったのに。
自分の、経験でもないのに。簡単に、可哀相なんて、解った事は、言いたくなくて……。
だから……せめて、視るくらいは……って…)
歯がゆい想いが、小夜の心を締め付けていた。
『あの頃は、楽しかったな』
アヴィドの呟きに気付き、研司が駆けつけてきた。
「もしかして、龍園での宴のことか?」
『オレは、人間たちと……語り合って、共に笑って……そうだ……あの時、食べたサンドイッチ、美味かったな』
「あのサンドイッチは、俺が作ったんだぜ」
うれしいはずなのに……研司は思うように笑えなかった。
アヴィドが、この後、どうなるか、知っていたからだ。
●
「ちょいと、生きててもらわなきゃ困るって言っただろ!」
赤い龍を発見したのは、時雨 凪枯(ka3786)だ。
凪枯は『ヒーリングスフィア』で回復を試みるが、赤い龍は瀕死だった。
人に襲われた赤い龍の身体には、痛々しいほどの無数の矢が突き刺さっていた。
「人間と親友大好き龍も来てるんだよ、お別れも言わずに去るんじゃないよ、伝言は受け付けないからね!」
必死に治癒を施す凪枯。
しばらくすると、アヴィドがゆっくりと近づいてくるのが見えた。
『……?!』
アヴィドには、赤い龍しか見えなかった。
『……消えて……いく……?』
少しずつ、赤い龍の身体が消滅していこうとする。
『嘘だ!!』
アヴィドには、信じられなかった。
親友の龍が、消える……?
『誰が、こんなことを……』
アヴィドが周囲を見渡すと、人の集団が逃げ去る気配を感じた。
ドクン、ドクン、ドクン……。
何かが、脈打つ。
『人間が……俺を裏切ったのか?』
そうだ。お前の大切な親友は、人間によって殺されたのだ。
『……信じてたのに……よくも……俺の……親友を……』
アヴィドの瞳が鋭くなる。
人を信じていたのに。
大切な親友が、人に殺された。
よくも、よくも、よくも……。
怒りが止まらない。抑えきれない。
アヴィドの心が純粋だったが故に、それは硝子のように砕け散った。
脆く……崩れてゆく。
『おおおおおおおおおおおおおおーっ!!』
龍の咆哮が響き渡る。
震撼する。
徐々に、変化していく。
アヴィドから、ディストルツィオーネへと……。
凪枯は、見たくもない光景を前にしても、落ち着き払っていた。
「赤い龍を殺したのは、人……そんなことが……」
瞳から涙が伝う。
その涙は、凪枯のアヴィドを想う印、赤い龍を想う心であった。
●
コントラルト(ka4753)もまた、魔箒「Shooting Star」に乗って、飛行しながらアヴィドの後を追って、赤い龍が消滅しようとしている場面に遭遇していた。
心優しき龍アヴィド、貴方が堕ちた理由を私に刻みましょう。
強欲の竜ディストルツィオーネ、堕ちた貴方を滅ぼした後に心から消え去らぬように。
(貴方の優しさも悔しさも嘆きも怒りも見せてもらうわ。私が死ぬまで覚えておくために)
さぁ、言って御覧なさい?
叫んで吐きだして、貴方の強欲を。
貴方の望はなんだったのかしら?
貴方が見てしまった絶望は何かしら?
貴方が解き放ちたい怒りはなんなのかしら?
「全部聞いてあげるから、言って御覧なさいな。全てを覚えておいてあげるわ」
アヴィドには、赤い龍しか見えなかった。
『……消えて……いく……?』
少しずつ、赤い龍の身体が消滅していこうとする。
『嘘だ!!』
アヴィドには、信じられなかった。
親友の龍が、消える……?
『誰が、こんなことを……』
アヴィドが周囲を見渡すと、人の集団が逃げ去る気配を感じた。
ドクン、ドクン、ドクン……。
何かが、脈打つ。
『人間が……俺を裏切ったのか?』
そうだ。お前の大切な親友は、人間によって殺されたのだ。
『……信じてたのに……よくも……俺の……親友を……』
アヴィドの瞳が鋭くなる。
人を信じていたのに。
大切な親友が、人に殺された。
よくも、よくも、よくも……。
怒りが止まらない。抑えきれない。
アヴィドの心が純粋だったが故に、それは硝子のように砕け散った。
脆く……崩れてゆく。
『おおおおおおおおおおおおおおーっ!!』
龍の咆哮が響き渡る。
震撼する。
徐々に、変化していく。
アヴィドから、ディストルツィオーネへと……。
コントラルトは『エンジェルフェザー』を展開して、ディストルツィオーネの怒りに満ちた牙を防いだ。
『人間を……龍を……全て、滅ぼしてやる!』
それが、ディストルツィオーネの本心?
彼の言葉を覚えておこう。
(彼を滅ぼすと決めた以上、
彼の全てを私は覚えておいてあげたいと思ったのよ。
おかしいわね、他の歪虚にそんなこと思ったことなんてないのに。
正も負も関係なく彼の想いを出来るだけ聞いておきたいわ)
そう決心したコントラルトは反撃せず、ディストルツィオーネの攻撃を回避していた。
だが、妙な感覚だ。
ディストルツィオーネの攻撃を受け流しているはずなのに、その感触がないのだ。
「どういうこと?」
疑問に感じたコントラルト。
いずれは、ディストルツィオーネを倒すことになるだろう。
だが、今は……『夢』だ。
ここで観察者として見届けているコントラルトには、彼が攻撃してきても、反撃する気がなかった。
矛盾。
相反する想いが、コントラルトの心にはあった。
相手の『夢』を見ているようで、自分も夢を見ているような感覚だった。
●
カイン・シュミート(ka6967)は、外套「ヨル・ノ・ヒメゴ・ト」を羽織り、木の陰に隠れていた。
イヤリング「エピキノニア」を使い、仲間からの応答を待っていたが、聴こえてきたのはセイの悲痛な叫びだった。
すぐさま、アヴィドの元へと駆け寄った。
カインが見たものは、人の放った無数の矢が、全身に突き刺さった赤い龍の姿だった。
少しずつ、その姿が消滅していこうとする赤い龍の前で、アヴィドが、否、ディストルツィオーネが怒りの咆哮をあげていた。
『許さない……人間を……龍を……全て、滅ぼしてやる!』
逃げ去ろうとする人間の集団に向かって、ブレスを吐くディストルツィオーネ。
闇のブレスによって、人間たちは焼かれ、灰と化して、消えていった。
カインは仲間たちを守るため、『機導浄化術・白虹』を施すが、負のマテリアルを全て浄化することができなかった。
覚醒者ならば耐えられる負のマテリアルでも、人間には耐え切れなかったのだ。
「ヒールを使う余裕もないとはな」
カインは、ただ『夢』を見ていた。
魔導拡声機「ナーハリヒト」を手に持ち、カインは唄い出した。
信じること、友と共にある喜び、世界を慈しむ歌を。
ディストルツィオーネの怒りは、消えなかった。
「俺の歌も、聞こえないか」
その場から離れるカイン。魔導銃「アクケルテ」を構え、上空に向かって銃声が響いた。
「居場所は露見したぞ。俺を殺しても、誰もお前を逃しはしない。大願を果たしてぇなら、悠々と離脱するべきじゃね? 俺なんかいつでも殺せるだろ」
ディストルツィオーネが、空を見上げて咆哮する。
『誰だ……誰なんだ? オレは……』
「そうか。じゃあな」
淡々と告げるカイン。
アヴィドが、ディストルツィオーネへと変わった瞬間、彼自身は自分が何者かさえ分からなくなっていた。
研司砲による『FFF』を発動させ、マテリアル弾が発射された。
「アヴィドさん!」
ああそうだ、友達を、そんなことはできねぇ。
「だが、来るなら来てみろ! 俺はそう簡単にはくたばらん!」
ディストルツィオーネが放った闇のブレスは、研司を巻き込み、周囲の木々を焼き尽くしていった。
(強欲竜……アヴィドさんの心だけでなく、身体も奪い、ディストルツィオーネという名を与えた……それが【契約】だというのか?!)
薄れゆく意識の中、研司が観たものは、アヴィドと強欲竜との会話であった。
『アヴィドよ。身も心も、委ねよ。さすれば、おまえの望みは叶うだろう』
『みんなに会えるなら、どんなことだってする。お願いだ。頼む』
残り僅かな命だと、アヴィドは悟っていた。
自分がどうなろうとも、また皆と会えるなら……。
『会いたい。だから、オレに力を貸して欲しい』
『良かろう』
強欲竜が、闇のような【何か】を、アヴィドに与えた。
それを呑み込むと……。
アヴィドは、意識を失った。
●
「アヴィド!」
愛梨(ka5827)は、小夜がマジックフライトを付与した杖に乗って、飛行しながら、アヴィドの元へ辿り着いた。
『生命感知』で位置を確認できたのは、リラ(ka5679)が先に、アヴィドの近くにいたからだ。
「アヴィドの感知はできなかったけど、リラがいる場所は分かったわ」
リラは、フライングスレッドに騎乗していた。
「……愛梨」
そっと、リラが愛梨の右手に触れた。
「リラ、わたしは第三者が紛れ込んでいないか、調べてみる」
「私は、アヴィドさんを見届けようと思います」
リラの返答に、愛梨が明るい笑みを浮かべた。
「ありがとう。あたしはアヴィド以外に目を向けようと思う。本音を言えば友人が変わってしまうなら目を離したくはない。それでも、観測者たるあたし達以外に今のアヴィドに目を向ける存在があるなら、それはアヴィドをディストルツィオーネに変貌させた者がいたと言う事、だから」
「妨害する者がいたら、私も愛梨に協力します」
リラの返答に、愛梨が無邪気に微笑む。
その頃。
金鹿(ka5959)は『生命感知』を発動させ、特定できた生命体は、人間であった。
赤い龍は人間によって殺され、そして代わりに怒り狂った龍がいた。
逃げ去ろうとする人々に闇のブレスを放ったのは、アヴィドではなく、ディストルツィオーネだ。
金鹿が観たものは、強欲龍とアヴィドが【契約】する場面であった。
「アヴィドが、ディストルツィオーネに生まれ変わったのは、強欲龍と契約したから……そんなことが」
アヴィドは生き返ったのではなく、死ぬ間際に強欲龍の声を聞き、生きたいが故に歪虚として生まれ変わり、ディストルツィオーネという龍になったのだ。
ただ、観ているしかできない空間。
過去の夢に過ぎなくても、金鹿には知る意義があった。
(龍と共に歩む未来の為に。
強欲でもなんでも足掻いてみせると、そう宣言したのはすべての始まり。
ディストルツィオーネとしてのあなたと出逢った時でしたわね。
どんなに欲深くても、辛くなるとわかっていても。
友の想いを知りたい……見届けなければ……)
金鹿の想いとは裏腹に、ディストルツィオーネが襲い掛かってくる。
切札の『ワイルドカード』を展開して『修祓陣』の結界が発動……大地から立ち上る美しい光が金鹿を優しく包み込む。
続け様、愛梨が『占術』の札を取り出し、第三者の介入を占う。
強欲龍とアヴィドが【契約】……確率は、高かった。
「第三者というのは、強欲龍……?」
周囲を見渡すと、逃げ去ろうとする人々が見えた。
これは『夢』……ならば、想いを込めて歌おう。
リラが『アイデアル・ソング』を舞い、愛梨たちを鼓舞する。
上空には、翼を広げて旋回する強欲龍が飛んでいた。
『ディストルツィオーネよ。お前の希望を踏みにじったのは、人間だ。恐れることはない。今のお前は、生まれ変わったのだ。その【力】を好きなだけ使うと良い』
強欲龍の声が響き渡る。
覚醒者たちには理解できた。アヴィドは一度、死んでしまったのだ。
そして歪虚として生まれ変わり、ディストルツィオーネになったのだ。
「アヴィドさん、あなたは優し過ぎたのですわね」
金鹿は『ワイルドカード』を先に配置して『地縛符』を発動させた。結界を抜けて、襲い掛かってくるディストルツィオーネ。
闇のブレスによって消滅したのは、人々の集団であった。
愛梨も、金鹿も、無傷であった。
嗚呼。
観たくは、なかった。
アヴィドだったディストルツィオーネが、人々を消し去る光景を……。
何度も、友の名を呼び続ける愛梨。
金鹿は、ディストルツィオーネに反撃するようなことはしなかった。
間違いだと思うことがあれば、正面からぶつかっていくのも友なのだと。
そう告げたことに後悔も変わりもあるはずなく。
【敵】として打ち倒すのではなく、【友】であるからこそ……。
(彼の長い長い苦しみを終わらせる為に。
彼の最期の想いを胸に抱き、代わりに迷いと涙をここに置いてゆきましょう。
この場で未来を変えることは不可能でこの場面の結末は揺るがずとも、
過去は未来へと続いていくものなんですもの。
悲しいだけで終わらせるわけにはまいりませんわ。
必ずや、笑顔で迎えられる明日を、未来を……!)
金鹿の瞳には、涙が浮かんでいた。
「アヴィド!」
ディストルツィオーネの前に、両腕を広げて立ち塞がる愛梨。
「アヴィドが人間を害するのは、見たくないよ」
またもや、闇のブレスを放つディストルツィオーネ。
村の家々は焼かれ、破壊されていくが、愛梨には止めることができなかった。
アヴィドを変えてしまったのは、……自らの死であった。
生きることに執着するあまり、その弱みを強欲龍に利用されてしまったのだ。
「自分自身の絶望……だったの?」
言葉にすると、愛梨の心が鋭く抉られるような感覚だ。
愛梨にとってアヴィドは、龍と自分達との関係において理想の形そのものだった。
(ここより未来にいるアイツ。ディストルツィオーネを救ってあげる事が出来るのかな……?)
元の世界に戻ったら、それこそ、現実を突きつけられる。
ここ、『夢』の世界は変えられなくても、これから生きていく世界は変えていくことができる。
愛梨は、そう信じていた。
そして、小夜は過去の出来事を観ると決めていた。
ディストルツィオーネにとっては、意味のない事かもしれない。
小さな……想いではあるけれど。
(……ただの、私の……我が儘やけど……。
相手の事、知らんまま……自分達が、正義の味方だと、思い込んだ、なんてまま……倒したくは、ないから。
起こった事、その原因……理由……全部を、視て、覚えておきたい。
次に会ったとき……私は、私の理由で……ちゃんと、倒す理由を……言えるよぉに)
過去を思い出すことは、『今』の自分と向き合うこと。
小夜は、自分自身の想いからも、逃げ出すことはしたくなかったのかもしれない。
●
「過ぎた過去……なれどアヴィドにとって……妾にとっても今より来る未来……変えれぬと識って尚、足掻く事は罪ではあるまい……」
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が、魔箒「Shooting Star」に横乗りして飛行し、辿り着いた場所には、赤い龍がいた。
「なんと……これは……」
傷つき、倒れた赤い龍は、少しずつ消滅しようとしていた。
ヒールでは、間に合わなかった。
その上空では、強欲龍が翼を広げて、飛んでいた。
「……憎きその顔……忘れはせぬぞ……」
蜜鈴が魔導拳銃「イフリータ」を構え、強欲龍を狙い撃つ。弾は命中するが、幻影を撃ったように擦り抜けていった。
「嫌でも実感するの。これが『夢』であるということを……」
逃げ去ろうとする人々に、闇のブレスが襲う。別の龍だ。それこそ。
蜜鈴には、すぐに理解できた。
今、目の前にいる龍は、闇に堕ちたアヴィドであると……。
「これは、因果……? なればこの結末も、ヒトが招いたものと云う事か……」
ただただ辛く悲しい記憶。
亡くした友と、ヒトに絶望した友……何方も大切で在ったからこそ。
胸が引き裂かれそうな程の痛みを招く。
(愛しき友を傷つけたのがヒトで在るのなら、その傷を癒やすのもヒトで在る筈じゃ)
遥かな未来で其れを成す為に今出来る事を。
涙を流すは、その折迄……。
唇を噛みしめる蜜鈴。『東風姫』をアヴィドに施そうと試みるが、ディストルツィオーネと化した龍は、蜜鈴に襲いかかろうとしてきた。
その時、凪枯の『ディヴァインウィル』が発動し、不可視の境界が広がっていく。
ディストルツィオーネが攻撃に転じるのを見計らっていたのだ。
(大切な存在を踏みにじられた気持ちは分かるつもりさ……ロッソに乗り込む前にちょいとあったからね。憎くてやり返したくて、でも戻って来る訳じゃなくて自分の無力さが唯々目の前にさらされ続ける。あの時張り倒してでも止まらせるか意地でも一緒に行けばよかった、何故もっと抗えなかったのか、と、ね……)
自分の過去を振り払うように、凪枯が告げる。
「アヴィド。あんたの力任せに押し潰される訳にゃ行かないんでね。腹が立つだろうが抵抗はさせてもらうよ」
ディストルツィオーネは結界を突き破り、逃げ去ろうとする人々に向けて、大きな口を開き、闇のブレスを解き放った。
阿鼻叫喚。
一瞬で、人々が消滅していく。
『人間たちよ、まだ隠れているのか。裏切った者たちを、俺は……決して、許さない』
物陰に潜んでいる子供に気付き、ディストルツィオーネが告げた。
「させぬぞ。アヴィド。ヒトの子のためにも、アヴィドのためにも」
蜜鈴が、子供たちを守るため、『ディヴァインウィル』の結界を張り巡らせ、ディストルツィオーネの前へと立ち塞がった。
何よりもアヴィドの心を護る為に……。
ディストルツィオーネと成ろうとも、いつかの未来に夢を諦めたその瞬間を嘆かずに済む様に。
誠、絶望ばかりでは無かったと……想い出してもらう為に。
(我が身の全てを以てでもアヴィドを護ろう。
アヴィドが人を拒み傷つけるなれば、その瞳を見て正面から受け止めよう。
アヴィドの嘆きを見逃しはせぬ。
伸ばす手を降ろしはせぬ。
例え未来でその命を奪う結果となろうとも……)
決意に満ちた瞳を凝らす蜜鈴。
ディストルツィオーネの動きが止まった。
彼が見ていたのは、強欲龍であった。
『よう、村だけ破壊するだけじゃ、物足りないんだがよ』
『それは一理あるな。おまえの望みは、全ての人と龍を滅ぼすことであったな、ディストルツィオーネよ』
ついてこいと指図する強欲龍。
ディストルツィオーネが翼を羽ばたかせて、飛び立つ。
上空から、破壊した村を見下ろす。
『これっぽっちじゃ足りねえな。もっともっと、滅ぼしてやる』
ディストルツィオーネの奇声にも似た笑いが響く。
子供たちを守ることはできたが、蜜鈴の心は震えていた。
凪枯は、飛び去っていくディストルツィオーネを見つめていた。
赤い龍が、消滅していく。
(アヴィド、赤い龍の想いまで、忘れちまったのかい? ……唯、何故あたしらがアヴィドを攻撃しないのか、それだけは疑問に思って欲しい処だねぇ)
哀しいというには、過去はあまりにも無残過ぎた。
●
フィルメリア・クリスティア(ka3380)は、本のページを捲るように『夢』を見ていた。
繰り返される過去の幻影。夢を見ている限り、抜け出すことはできない。
(私が此処に来た目的は、アヴィド……ディストルツィオーネの事を知る為)
微かな意識の中、アヴィドは願っていた。
『生きたい』
『人と龍が共に歩む道……もうすこしのところなんだ。こんなところで死にたくない』
アヴィドは、生死の境を彷徨っていた。
強欲竜が、アヴィドに問いかける。
『俺なら、おまえの望みを叶えてやることができる。手を組もうではないか? そうすれば、おまえは生き延びることができる……どうだ? 悪い取り引きではないだろう?』
息も絶え絶えのアヴィド。
極限状態の中、冷静な判断をすることさえ難しかった。
生きることができるなら……。
無垢な心を持ったアヴィドには、もはや選択の余地さえなかった。
『……生きたい。だから……力を……貸してくれ』
傍から見れば、安易な決断だったかもしれない。
だが、そこまでアヴィドの精神は追い詰められていたのだ。
逃げらない袋小路。
動け、動け……俺の身体。
心は、そう願っても、身体が動かなかった。
『お願いだ……力を、貸して……欲しい』
アヴィドの純粋な想い。
強欲竜が、ニヤリと小さく笑う。
『良かろう。今、ここに契約は熟した。アヴィドよ。これからは、ディストルツィオーネと名乗るが良い。俺からの贈り物だ』
『……ディストルツィオーネ? 違う。俺は、アヴィドだ』
アヴィドの親友、赤い龍もこの近くに居るのかしら……。
さらに場面が変わっていく。
……アヴィドの身体は、いつの間にか、元に戻っていた。
『歩ける……ありがとう』
親友である赤い龍の元へと歩き出すアヴィド。
重い足取りではあったが、親友と会える微かな望みが、今のアヴィドを支えていた。
アヴィドには、赤い龍しか見えなかった。
『……消えて……いく……?』
少しずつ、赤い龍の身体が消滅していこうとする。
『嘘だ!!』
アヴィドには、信じられなかった。
親友の龍が、消える……?
『誰が、こんなことを……』
アヴィドが周囲を見渡すと、人の集団が逃げ去る気配を感じた。
ドクン、ドクン、ドクン……。
何かが、脈打つ。
『人間が……俺を裏切ったのか?』
そうだ。お前の大切な親友は、人間によって殺されたのだ。
『……信じてたのに……よくも……俺の……親友を……』
アヴィドの瞳が鋭くなる。
人を信じていたのに。
大切な親友が、人に殺された。
よくも、よくも、よくも……。
怒りが止まらない。抑えきれない。
アヴィドの心が純粋だったが故に、それは硝子のように砕け散った。
脆く……崩れてゆく。
『おおおおおおおおおおおおおおーっ!!』
龍の咆哮が響き渡る。
震撼する。
徐々に、変化していく。
アヴィドから、ディストルツィオーネへと……。
赤い龍も、この時に絶えてしまうのよね。
そして、アヴィドはディストルツィオーネへと変わる。
あの龍とは少しだけ話をしたけれど……。
本当にアヴィドを大切に想っていたのが伝わったから、
だからこそ、彼の想いを無為にさせたりはしない。
(アヴィドは自分の想いが、人と龍が共に歩む未来を願う気持ちが、
親友を死地に追いやった事を悔やんでいるのかも……)
さらに、続く『夢』……。
村の上空では、翼を広げて旋回する強欲龍が飛んでいた。
『ディストルツィオーネよ。お前の希望を踏みにじったのは、人間だ。恐れることはない。今のお前は、生まれ変わったのだ。その【力】を好きなだけ使うと良い』
強欲龍の声が響き渡る。
覚醒者たちには、理解できた。
アヴィドは、一度、死んでしまったのだ。
そして、歪虚として生まれ変わり、ディストルツィオーネになったのだ。
……移ろいゆく過去の出来事を眺めているフィルメリア。
(そして、この時の人々が、彼の親友を死なせてしまった要因になっている、と。
だからこそ人が許せない……その憎しみから、反転してしまったのかしら)
フィルメリアが、友に呼びかける。
(ねぇ……アヴィド、貴方はまだ人と龍の未来を諦めきれない?
自分が自分でなくなって、違う存在に変わって、憎しみと殺意に囚われても尚、誰かがソレを叶えてくれると願う?
貴方のその夢、理想は、決して失わせたりはしない。何時かの未来へ、繋げる為に)
だからこそ、ディストルツィオーネ……貴方は絶対に止めてみせる。
それが貴方の親友と交わした小さな約束事でもあるから。
だから、私は堕ちた彼と戦う。
「命の長さも、価値観も、全てが異なる種族であっても、共に歩めると信じて、諦めずに進むだけよ」
フィルメリアがそう告げた時、ゆっくりと目覚めた。
哀しい夢から、未来へと進むために……。
(代筆:大林さゆる)
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【相談卓】痛みと絶望の夢 蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009) エルフ|22才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2018/07/18 08:48:37 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/07/16 03:00:52 |