ゲスト
(ka0000)
【空蒼】そらはあおいか
マスター:鮎川 渓

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/07/19 12:00
- 完成日
- 2018/08/01 06:42
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「何、これ」
蒼界各地で起こっているという、強化人間達の暴走。
一連の事件を今になって知らされた香藤 玲(kz0220)は、震える手で資料をめくる。
添付の写真に写るのは、無残に破壊された街。それが歴史ある街並みで知られたロンドンだと気付くまで、たっぷり5秒はかかった。
辺境ハンターオフィスに『お手伝い』として居座っている玲だが、一応ハンターであり聖導士。蒼界出身であることから、界冥作戦などでサポーターとして度々蒼界に赴いていた。
現地で強化人間達と共同で作戦に当たったこともある。面倒見のいい軍属の青年も、魔法少女めく不思議なあの子も、平穏を取り戻すため必死に戦っていた。
それを知っているから、彼らと同じ強化人間がこんな凶行に及んでいるなど、とてもすぐには信じられなくて。
玲はオフィス職員・モリスを仰いだ。
「暴走って……何かに操られてるだけなんだよね?」
縋るような視線から、モリスはそっと目を逸らす。
玲は資料を最後までめくった。そして、暴走した彼らを正気に戻す手立ては見つかっていないこと、暴動を起こした強化人間の決して少なくない人数が『敵』として討伐されたことや、保護された者達も昏睡状態にあることを知った。
衝撃的な事実に言葉を失う。
強化人間の身体能力は、覚醒者であるハンターに比べれば一段劣る。けれど一般人には十分過ぎるほど脅威だ。それだけの力を持つ彼らから住民を守ろうとした末の事なのだから、どういった結果であれ非難などできようはずがない。子供の玲でもそれくらいはわきまえている。
だが問題はそれだけではなかった。
「事態は更に深刻化しているわ。『地球統一連合議会とVOIDに繋がりがあり、そこから強化人間技術が齎された』……そんな話が蒼界中に広まっているんですって」
「待ってよ」
玲は思わず額を押さえた。
「強化人間の暴動は、世界各地で起こってて問題になってるワケでしょ? そこへそんな話聞かされたらさ……もう強化人間を完全に人類の『敵』だと認識するよね、『普通の人達』は」
「ええ、既に排斥運動が各地で、」
「だろうね」
最後まで聞かず吐き捨てる玲。
「暴走した強化人間達だって、そうなる前は命懸けで歪虚と戦ってたってのに。彼らに少なからず守られてたはずなのに。そんなことはすっかり忘れちゃうんだ」
その言い方にモリスは何か言いかけたが、やめた。
玲が強化人間寄りの物の見方をするのは、彼らと縁があるからだ。その縁の発端となる依頼に、玲を強引に駆り出したのは彼女なのだから。
ふくれっ面の玲をしばし見つめてから、モリスはある依頼書を取り出した。
「噂や非難に堪えながら、人々のために戦おうとしている強化人間達もいる。……これは、そんな強化人間達との共同作戦よ」
玲は素早く文面に目を通す。
場所は日本。陸地から数キロの沖合に、火星クラスタの残滓と思われる小規模クラスタが墜落したという。クラスタそのものは空からの爆撃で十分破壊可能な見込みだが、そこから溢れた狂気歪虚が陸地を目指すことが予想される。強化人間の小隊と協力し、陸からそれらを迎え撃てという内容だった。
「……いつも通り案内役として行けばいいんだね。行くよ、それが彼らの助けになるなら」
●
湿気を孕んだ潮風。じっとりと汗ばむ背にかかる蝉の輪唱。
濃く青い空に立ち上る入道雲と、強い日差しに煌めく海原。
沖に突き出た岬の突端に立てば、日本海の夏を五感で味わうことができる。
空を行き交う戦闘機と、遥かな洋上にうっすらとクラスタが見えることを除いては、毎年変わらぬ夏の風景が広がっていた。
作戦に参加するハンター達が思い思いに眺めていると、強化人間達が到着した。二十歳前後男女8人で構成された若い小隊だ。最年長の女性が進み出て、機敏な仕草で敬礼する。
「南野です。皆様のご協力に感謝いたします」
黒髪を高々と結い上げた凛々しい顔つきの彼女だが、その顔には隠しきれない疲労の色が濃く浮いている。他の7人も同様だ。肉体的な疲労ではなく精神的なものだろうと、一行にはひしひしと感じられた。一通り挨拶を済ませると、玲はかける言葉を探す。
「その、なんて言っていいか分からないけど」
大変だねなんて軽々しく口にできない。それでも一行の気遣わしげな気配を汲んで、南野達は口許を綻ばせた。
「お気遣いありがとうございます。……己が得た力がVOIDのものであるという噂や世間からの糾弾に、心折られた同志がいるのは事実です。絶望し破壊衝動に身を委ねてしまう仲間も……お恥ずかしいことですが」
けれど、と彼らは胸を張る。
「こうして私達が人々のために戦い続けていれば、強化人間に対する疑惑も払拭できるのではと考えています。ですから、この状況を知りながらお力添えくださる皆さんがいてくださることを、本当に心強く、嬉しく思います」
ハンターのひとりがおずおずと尋ねた。
「自分達の力がVOIDに由来するものだという話を聞き、不安はありませんか?」
直球な質問にも、彼らは揺らがなかった。
「私達も正直何が真実かはわかりません。けれど今、その目的のために戦うことができる。この美しい景色を守ることができる――それだけは確かです。出来ることに全力を尽くします」
南野は胸に手を当て、誇らしげに微笑んだ。
●
程なくして、クラスタへの一斉爆撃が開始された。青い空に黒い煙が立ち上り、同時にクラゲや虫めく狂気歪虚どもがわらわらと這い出してきて、最も近い陸である岬へ押し寄せる。
「西側、突破されそうですっ」
「任せて、行かせない!」
しかし手負いの小型狂気歪虚が何体いようと、一行の敵ではなかった。次々に撃ち落とし、斬り捨て、無に帰していく。海からの敵を迎撃する一行の背中側遥かには、人々の暮らす街がある。一体たりとも討ち漏らすわけにはいかなかった。
そうして、いつしか敵が途絶えた。洋上に目を凝らせば、クラスタも無事破壊され、美しい日本海が広がるばかり。
ハンター達は敵がまだ残っていないか気配を探る。負のマテリアルが感じられたが、それは共闘した小隊の彼らが発するものだった。玲も安全を確認し額の汗を拭う。
「よし、終わったね。怪我した人はいる? 手当を……」
「敵なら、まだ、ここに」
乾いた銃声が響く。南野が放った銃弾が玲の肩を撃ち抜いた。驚愕するハンター達を、小隊の面々の虚ろな目が捉える。その目はもう空の青も海の碧も映していない。
「敵……敵。敵はすべて、排除しなければ」
「まさか、暴走した――?」
つい先程まで共通の敵に向けられていた刃が、銃口が、自分達に向けられている。
今、再びの銃声が、青空の許響き渡った。
「何、これ」
蒼界各地で起こっているという、強化人間達の暴走。
一連の事件を今になって知らされた香藤 玲(kz0220)は、震える手で資料をめくる。
添付の写真に写るのは、無残に破壊された街。それが歴史ある街並みで知られたロンドンだと気付くまで、たっぷり5秒はかかった。
辺境ハンターオフィスに『お手伝い』として居座っている玲だが、一応ハンターであり聖導士。蒼界出身であることから、界冥作戦などでサポーターとして度々蒼界に赴いていた。
現地で強化人間達と共同で作戦に当たったこともある。面倒見のいい軍属の青年も、魔法少女めく不思議なあの子も、平穏を取り戻すため必死に戦っていた。
それを知っているから、彼らと同じ強化人間がこんな凶行に及んでいるなど、とてもすぐには信じられなくて。
玲はオフィス職員・モリスを仰いだ。
「暴走って……何かに操られてるだけなんだよね?」
縋るような視線から、モリスはそっと目を逸らす。
玲は資料を最後までめくった。そして、暴走した彼らを正気に戻す手立ては見つかっていないこと、暴動を起こした強化人間の決して少なくない人数が『敵』として討伐されたことや、保護された者達も昏睡状態にあることを知った。
衝撃的な事実に言葉を失う。
強化人間の身体能力は、覚醒者であるハンターに比べれば一段劣る。けれど一般人には十分過ぎるほど脅威だ。それだけの力を持つ彼らから住民を守ろうとした末の事なのだから、どういった結果であれ非難などできようはずがない。子供の玲でもそれくらいはわきまえている。
だが問題はそれだけではなかった。
「事態は更に深刻化しているわ。『地球統一連合議会とVOIDに繋がりがあり、そこから強化人間技術が齎された』……そんな話が蒼界中に広まっているんですって」
「待ってよ」
玲は思わず額を押さえた。
「強化人間の暴動は、世界各地で起こってて問題になってるワケでしょ? そこへそんな話聞かされたらさ……もう強化人間を完全に人類の『敵』だと認識するよね、『普通の人達』は」
「ええ、既に排斥運動が各地で、」
「だろうね」
最後まで聞かず吐き捨てる玲。
「暴走した強化人間達だって、そうなる前は命懸けで歪虚と戦ってたってのに。彼らに少なからず守られてたはずなのに。そんなことはすっかり忘れちゃうんだ」
その言い方にモリスは何か言いかけたが、やめた。
玲が強化人間寄りの物の見方をするのは、彼らと縁があるからだ。その縁の発端となる依頼に、玲を強引に駆り出したのは彼女なのだから。
ふくれっ面の玲をしばし見つめてから、モリスはある依頼書を取り出した。
「噂や非難に堪えながら、人々のために戦おうとしている強化人間達もいる。……これは、そんな強化人間達との共同作戦よ」
玲は素早く文面に目を通す。
場所は日本。陸地から数キロの沖合に、火星クラスタの残滓と思われる小規模クラスタが墜落したという。クラスタそのものは空からの爆撃で十分破壊可能な見込みだが、そこから溢れた狂気歪虚が陸地を目指すことが予想される。強化人間の小隊と協力し、陸からそれらを迎え撃てという内容だった。
「……いつも通り案内役として行けばいいんだね。行くよ、それが彼らの助けになるなら」
●
湿気を孕んだ潮風。じっとりと汗ばむ背にかかる蝉の輪唱。
濃く青い空に立ち上る入道雲と、強い日差しに煌めく海原。
沖に突き出た岬の突端に立てば、日本海の夏を五感で味わうことができる。
空を行き交う戦闘機と、遥かな洋上にうっすらとクラスタが見えることを除いては、毎年変わらぬ夏の風景が広がっていた。
作戦に参加するハンター達が思い思いに眺めていると、強化人間達が到着した。二十歳前後男女8人で構成された若い小隊だ。最年長の女性が進み出て、機敏な仕草で敬礼する。
「南野です。皆様のご協力に感謝いたします」
黒髪を高々と結い上げた凛々しい顔つきの彼女だが、その顔には隠しきれない疲労の色が濃く浮いている。他の7人も同様だ。肉体的な疲労ではなく精神的なものだろうと、一行にはひしひしと感じられた。一通り挨拶を済ませると、玲はかける言葉を探す。
「その、なんて言っていいか分からないけど」
大変だねなんて軽々しく口にできない。それでも一行の気遣わしげな気配を汲んで、南野達は口許を綻ばせた。
「お気遣いありがとうございます。……己が得た力がVOIDのものであるという噂や世間からの糾弾に、心折られた同志がいるのは事実です。絶望し破壊衝動に身を委ねてしまう仲間も……お恥ずかしいことですが」
けれど、と彼らは胸を張る。
「こうして私達が人々のために戦い続けていれば、強化人間に対する疑惑も払拭できるのではと考えています。ですから、この状況を知りながらお力添えくださる皆さんがいてくださることを、本当に心強く、嬉しく思います」
ハンターのひとりがおずおずと尋ねた。
「自分達の力がVOIDに由来するものだという話を聞き、不安はありませんか?」
直球な質問にも、彼らは揺らがなかった。
「私達も正直何が真実かはわかりません。けれど今、その目的のために戦うことができる。この美しい景色を守ることができる――それだけは確かです。出来ることに全力を尽くします」
南野は胸に手を当て、誇らしげに微笑んだ。
●
程なくして、クラスタへの一斉爆撃が開始された。青い空に黒い煙が立ち上り、同時にクラゲや虫めく狂気歪虚どもがわらわらと這い出してきて、最も近い陸である岬へ押し寄せる。
「西側、突破されそうですっ」
「任せて、行かせない!」
しかし手負いの小型狂気歪虚が何体いようと、一行の敵ではなかった。次々に撃ち落とし、斬り捨て、無に帰していく。海からの敵を迎撃する一行の背中側遥かには、人々の暮らす街がある。一体たりとも討ち漏らすわけにはいかなかった。
そうして、いつしか敵が途絶えた。洋上に目を凝らせば、クラスタも無事破壊され、美しい日本海が広がるばかり。
ハンター達は敵がまだ残っていないか気配を探る。負のマテリアルが感じられたが、それは共闘した小隊の彼らが発するものだった。玲も安全を確認し額の汗を拭う。
「よし、終わったね。怪我した人はいる? 手当を……」
「敵なら、まだ、ここに」
乾いた銃声が響く。南野が放った銃弾が玲の肩を撃ち抜いた。驚愕するハンター達を、小隊の面々の虚ろな目が捉える。その目はもう空の青も海の碧も映していない。
「敵……敵。敵はすべて、排除しなければ」
「まさか、暴走した――?」
つい先程まで共通の敵に向けられていた刃が、銃口が、自分達に向けられている。
今、再びの銃声が、青空の許響き渡った。
リプレイ本文
●
「冗談だよね?」
撃ち抜かれた肩を押さえ、香藤 玲(kz0220)は引きつった笑みで尋ねた。
返事はないが、肩の痛みが問いの答えを突きつけてくる。引き金に掛けた指が一斉に動いた。
「……ッ!」
受ける姿勢すら取れないまま、玲は思わず目を瞑る。
――しかし、予想していた痛みは訪れなかった。恐る恐る瞼を開く。目の前にあったのは、法術刻印が施された聖盾を掲げたフェリア(ka2870)と、勇ましく大刀を構えたファリン(ka6844)の背中。
「玲様、ご無事ですかっ!?」
「自力で歩ける?」
「僕の事より、ふたりとも怪我は!?」
しかし全ての弾丸は、彼女達の肌ひとつ、装甲ひとつ傷つけていなかった。傍らに立つマッシュ・アクラシス(ka0771)の結界術により、全弾彼へと引き寄せられていたのだ。それでも、禍々しくも強力な盾と、魔神装甲で固めたマッシュには通じない。ただ1発の狙い澄まされた凶弾が、彼の頬に浅い傷を作っただけだ。
マッシュは傷を指の腹で拭うと、ちらりと横目で玲を一瞥。
「やれやれ、ご無事で何より」
「おにいさん血が! 今回復を、」
「なに、掠り傷ですよ」
指の血を舐め取り、マッシュは強化人間達を見渡した。8発もの弾丸を受け平然としている彼を見、どう攻めるべきか逡巡しているようだ。
その隙にシエル・ユークレース(ka6648)が玲へポーションを差し出す。
「はい玲くんっ、大丈夫?」
「え、あ……」
けれど未だ当惑している玲は受け取ろうとしない。シエルは小瓶を封切り、無理矢理その手へ握らせた。それから改めて玲の顔を覗き込む。
「こんな事聞いたら困らせちゃうかもしれないけど……ねえ、玲くんはどうしたい?」
「どうって?」
「ボクは玲くんが傷つかなければいいなって思ってる。心も体も」
「シエル……?」
玲は一体何を訊かれているのか分からなかった。
各地で暴走する強化人間の報を知り、または既にいずこかの戦場で彼らと剣を交えてきて、多かれ少なかれこの状況に陥る可能性を考慮していた4人と違い、玲は無防備すぎた。彼らが暴走する危険性を孕んでいるという実感が圧倒的に乏しかったのだ。
そんな玲へハッキリと選択肢を告げるべきかどうか、シエルが躊躇した時だ。
「私は、」
ファリンが珍しく張り詰めた声で言った。
「……私、何が正しいのかは分かりません。こうなったらもう楽にしてあげた方がいいのかもしれません。でも、不安が渦巻く中で……それでも自分に出来る事を懸命に頑張っていた方達です。生きていてほしいのです……わがままでごめんなさい」
そうして、柄をぎゅっと握りしめて。
「……行きます!」
彼らを生かしたまま捕縛すべく、右翼の青年へ突っ込んでいく!
「では極力、そのように」
左翼の少年へ駆け出そうとしたマッシュは、再び玲へ視線を投げる。ファリンの言でシエルの問いの意味を知り、一層呆然としたようにも見え。
「まあ……可能性はあっても、予想だしない、か」
小さく独りごち地を蹴った。
そんなマッシュの言葉を唯一聞き届けたフェリアは、彼らと合流した時のことを思い出し唇を噛む。
『私はフェリア。よろしくね』
『魔術師さんですか! 心強いです、よろしくお願いします!』
そう言って笑った彼らの顔は、己が手で故郷を守れるという誇りで輝いていたのに。
(なんて事……ああ、でも)
自嘲的めく笑みを灯した彼女の唇を、潮風になぶられた銀髪が覆い隠す。
("この術"を準備してきた事が、私が強化人間を信用しきれていなかった証拠よね)
軽く頭を振って思い直し、彼女は毅然と幻影の翼を広げる。
「スリープクラウドの用意があるわ! けれどチャンスは1度。なるべく多くにかけられるよう、一箇所に集めて!」
「了解ですっ」
「委細承知」
前線のファリンとマッシュが頷く。応えを受け、フェリアはシエルに支えられている玲を見つめた。
「まずは下がって自分の傷を治しなさい」
「え……でもおにいさん怪我してたし、回復術はとっといた方が」
「貴方はここに何をしにきたの?」
フェリアの強い眼差しに玲は息を詰める。急転した事態に驚いたのは皆同じ。それでも4人はもう、彼らと交戦する覚悟を決めたのだ。
「誰かを救う、その手伝いに来たのでは無くて? それならば、貫きなさい。自分を救えない人間が他人を救うなんて出来るはずがないのだから」
「っ……分かったよ」
己の不甲斐なさに奥歯を噛む玲。シエルは何か言いかけて止め、
「玲くん、こっちへ」
その手を取って岬の先端、海側へ導いた。
●
マッシュとファリンは8人を一箇所にまとめるべく、左右に長く展開する彼らの側面へ回り込んだ。
「行きますよっ!」
ファリンは冷気を纏う刃を豪快に振り回し威嚇する。どうやら彼女が回り込んだ右翼側の兵達は、剣より銃が得手らしい。大刀の射程から逃れようと、後退しながら発砲してくる。
(そのまま後ろへ、中央へと下がっていってくださればっ)
しかし彼らの背後から1人飛び出してきた。南野だ。南野は素早く間合いを詰めてくると、躊躇いもなくファリンへ刃を振り下ろす。
「敵め……私達の国を壊させはしない!」
「私達は敵ではありません!」
激しい鍔迫り合いを制したファリンは、自分より上背のある南野を押し返した。しかし南野を援護すべく放たれた弾丸が立て続けに足を掠める。
力の差があるとは言え、相手が本気で殺そうとしてくるのに対し、生け捕りにすべく加減して戦うのは困難だ。数の不理もある上、彼らの連携はなかなかのもの。ファリンが奥歯を噛んだ時、
「おまたせ! ファリンさん加勢するよ、南野さんは任せてっ」
玲を避難させ終えたシエルが駆けつけた。右翼側で唯一接近戦を得意とする南野を抑えるべく、ダガーを構え飛びかかる。
「シエル様! では私は、このまま銃を持った彼らを」
「おねがいっ」
もう幾度も同じ戦場を越えてきた2人も、連携では負けない。
南野はこの中で一番の手練だろうが、シエルの素早い動きに翻弄され、刃はほとんど空を切る。ファリンの方は1対3。多勢に無勢でも、南野という盾を失った狙撃手の彼らは、大刀の長い射程を恐れ下がるばかり。2人は次第に追い込んでいった。
一方の左翼側では、マッシュが少年2人を引き受けていた。
少年達は息の合った動きで、左右から前後から、回避する空間をなくすよう刃を振るってくる。そんな2人の顔にはまだあどけなさが残っていた。
(また子供ですか)
英国での出来事が思い出され、眉を顰めるマッシュ。あの時もハンター達は決断を余儀なくされた。
暴走した子供達を"保護する"のか、人々の営みを守るべく"屠る"のか。
軍からの依頼であった事、そして実際に現場に立つ兵達の心境を慮った末、彼がした選択は。
マッシュは暫時目を閉ざし、視界へ重なる英国の光景を断ち切った。そしてシエルとファリンが右翼の4人を中央へ寄せてきたのを見、
「如何です?」
銃撃を盾で弾きつつ時宜を図るフェリアへ呼びかけた。
フェリアは仕損じぬよう、冷静に彼らの位置を見定める。何せチャンスは1度きり。ハンター全員の手札が僅かなこの状況で、眠らせる事に失敗すれば捕縛の難易度が跳ね上がる。捕縛が叶わなければその時は――
「……あと少し」
執拗にフェリアを撃ち続けてくる狙撃手2人と、右翼から後退してきた4名の距離が徐々に詰まっていく。フェリアは自分から狙いが逸れぬよう、時によろめいて見せながらじっと機を待つ。そして、
「6人が範囲に入ったわ! あとは、」
「この2人、ですな」
マッシュは斬撃を嫌って退いたように見せかけて、少年達を中央へ誘い出す。そうして狙撃手達に接近したところで身を翻し、少年達を待ち構えた。すかさず斬りかかってくる少年達。だがその顔はすぐに困惑に曇った。
「足が!」
守りの構えにより移動を封じられたのだ。マッシュが離脱するのを待って、フェリアは黄金のワンドを掲げた。不信で用意してきた術だとしても、彼らを救う一助とするために。
「お眠りなさい。この美しい場所を荒らすことは、貴方達も本意ではないでしょう」
ワンドの先から青白い靄が流れ出で、8人を包み眠りへ誘う。
「やりましたねっ」
全員を残らず術中に収めきることができ、彼らの生存を強く願っていたファリンは思わず声を上げた。
●
霞が晴れると、8人は軍人らしく得物から手を離さぬまま、夏草を枕に眠っていた。
「では」
マッシュは玲を呼び寄せた。
「通信機を拝借したく。作戦本部に増援要請しますので」
捕縛すると言っても、拘束するためのロープなどは持ち合わせていない。どのみち彼らの身は軍へ引き渡すことになるのだから、速やかな要請は適切な判断だった。
マッシュは玲の回復術を受けながら通信を本部に繋ぐ。他の3人は万が一の目覚めに備え、眠る彼らよりも陸地側で待機した。
「全員の暴走を確認しました。……ええ、身柄を預かっていただきたいのは8名で――」
通話する間もマッシュは、油断なく彼らに目を配っていた。フェリアの術の精度は高く、全員眠らせる事に成功したが、術が付与する眠りは『起こされれば起きる』といったものだ。注視していると……
「?」
眠る強化人間達の間、地面すれすれの高さを、豆粒ほどの何かが横切る。
「虫? ……いや、」
再び何かが飛んだ。それが礫だとマッシュが察した刹那、南野を含む3人が跳ね起きた。
「今よ!」
南野の号令で、残る5人が伏臥の姿勢で一斉に狙撃を開始する。
「何!?」
「まさかもう目覚めたと言うの?」
退路を塞ぐよう待機していたフェリア、シエル、ファリンへ向け弾幕が張られ、その隙に剣を構えた3人が急襲。マッシュはまだ繋がったままの通信機を玲に託し駆け出した。
(すぐに目を覚ましたのは精々1人でしょうな……狸寝入りを決め込みながら、仲間へ小石をぶつけ起こしていましたか。見境なく暴走しているかと思いきや賢しい行動をする……厄介なことで)
分析している間にも、既に3人は応戦している。シエルは南野の刃を跳ね除け、術の残回数に思い巡らせた。
「こうなったら、物理的に行動不能になってもらうしかないよねっ」
ファリンは少年兵と斬撃の応酬を繰り広げながら、悲痛に顔を歪ませた。そして、こくりと。
「一番大切なのは玲様やシエル様達の方ですので。これ以上は、仲間に危険が及ぶようならば……!」
散ッ! と大刀を横薙ぎに払う。重量のある大刀は、受けようとした少年の刃を圧し折り、腕の肉へめり込んだ。ぶつっと筋の切れる音。ごりっという骨の手応え。人の身を断つ感触に肌が粟立つ。それでも琥珀の瞳は鋭く彼らを見据え続けた。
南野のくぐもった悲鳴が響く。腿を突かれなお闘志を失わない彼女を、シエルはどこか遠くに視ていた。
彼女に深手を負わせたダガーは、シエルの手のひらにあってはまるで無害な玩具のような顔をして。それは持ち主の風情そのままだった。
苦痛に歪む南野の顔も、手のひらを汚す血も、シエルの心を動かさない。
(ボクにとっては『歪虚』も『強化人間』も『人間』も大して変わらない。依頼なら殺すことにためらいはないよ。……あの時みたいに)
シエルも既に、強化人間を手に掛けたことがあったのだ。何とか助けたいと足掻くファリンを見、次いで玲の姿を探した。あの日組み伏せた少年が重なる。
(薄情かなあ。もしかしたら、ボクは親しい人以外はどうでもいいのかも。……嫌われちゃわないと、いいな)
よそ見したシエルの首へ刃が迫る。バックステップで躱したものの、数本の髪が斬られ風に舞った。
「といっても、殺したいのとは違うから」
部位狙いによる正確な斬撃が南野の左腕を裂く。剣の握りが甘くなったところで、すかさず右手の甲を刺し貫いた。これで彼女はもう剣を握ることも歩くこともままならない。シエルの部位狙いはこれで尽きた。次に相手する者は、今のように四肢を奪って終わりとはいかないだろう。視線をあげると、狙撃手達の背後に迫るマッシュが目に入った。
マッシュの接近に気付いた5人の狙撃手は恐慌状態に陥った。8人での一斉射撃でびくともしなかった男だ。5人でどう抗えと言うのか。そこへ南野の声が飛ぶ。
「貴方達だけでも逃げなさい!」
即座に反応し駆け出す5人。
追いついたマッシュは足の遅い1人を盾でどついた。転ばせたところで片足の腱を断つ。それを見た2人が助けるべく割り込んできたが、内1人の脛をヒッティングで砕いた。しかしもう1人は。
振り抜いた剣が、上半身と下肢を斬り離した。特定の部位を狙える術は、もう残っていなかった。
「いやはや……私とて人殺しが好きなわけではないのですが、ね」
それを見た残る2人は必死の形相で逃走にかかる。が、行く手にふわりと降り立つ銀の影。魔箒で回り込んだフェリアだった。
「これ以上は行かせません」
「くっ」
活路を求め視線を彷徨わすも、背後にはシエルとマッシュが迫っていた。
絶命の湿った音が、空気を小さく震わせた。
ファリンは少年2人を相手に苦戦していた。逃げられぬよう崖に追い詰め脚を狙うが、彼らの息の合った動きに邪魔されうまくいかない。彼らの身体には、ファリンが加減して刻んだ傷がいくつも走っているが、動きを止めるには至らなかった。
(もう、この上は……)
いよいよ腹を括った時だ。少年達は目配せし合うと、次の瞬間崖から身を躍らせた。敵の手にかかるよりはと思い詰めたのだろう。
「いけません、そんなっ!」
ファリンは慌てて崖から身を乗り出し、幻影の腕を必死に伸ばす。けれどそれをすり抜けて、2人は遥か眼下に砕ける波濤の中に消えていった。
●
「諸事情で8名が3名になりまして」
亡骸の転がる岬で、マッシュは淡々と本部へ報告をする。歪虚とは違い、手にかけた死者は消えない。それでも彼は最後まで己の任務に徹し続けた。
「もう動かないで」
生存者の3人から得物を取り上げ、睨みをきかせているのはフェリアだ。この中ではマッシュとともに年長にあたる彼女も、辛くも繋げた命を軍の者に託すまで、警戒を解くことはなかった。
そして年少の3人は。
ファリンは、己が掴めなかった命を飲んでなお美しい海へ、鎮魂の祈りを捧げていた。頬を伝った涙が草に落ちる。彼らは全くの他人ではなく、数十分前には確かに仲間だったのだ。
そんな彼女に声をかけあぐねる玲へ、シエルがおずおずと歩みよる。
「あの、さ」
「さっきはごめんシエル。ホント僕、役立たずで……嫌な役割させて、ごめん」
「ううん、そんなことっ! ……どうして強化人間さんは、ボクたちのこと『敵だ』って思ったんだろうね」
一際強い潮風が、血の匂いを押し流すように吹き付けた。今はまだ、その答えを誰も知らない。見晴かす海と空は、何事もなかったように変わらぬ青を湛えていた。
「冗談だよね?」
撃ち抜かれた肩を押さえ、香藤 玲(kz0220)は引きつった笑みで尋ねた。
返事はないが、肩の痛みが問いの答えを突きつけてくる。引き金に掛けた指が一斉に動いた。
「……ッ!」
受ける姿勢すら取れないまま、玲は思わず目を瞑る。
――しかし、予想していた痛みは訪れなかった。恐る恐る瞼を開く。目の前にあったのは、法術刻印が施された聖盾を掲げたフェリア(ka2870)と、勇ましく大刀を構えたファリン(ka6844)の背中。
「玲様、ご無事ですかっ!?」
「自力で歩ける?」
「僕の事より、ふたりとも怪我は!?」
しかし全ての弾丸は、彼女達の肌ひとつ、装甲ひとつ傷つけていなかった。傍らに立つマッシュ・アクラシス(ka0771)の結界術により、全弾彼へと引き寄せられていたのだ。それでも、禍々しくも強力な盾と、魔神装甲で固めたマッシュには通じない。ただ1発の狙い澄まされた凶弾が、彼の頬に浅い傷を作っただけだ。
マッシュは傷を指の腹で拭うと、ちらりと横目で玲を一瞥。
「やれやれ、ご無事で何より」
「おにいさん血が! 今回復を、」
「なに、掠り傷ですよ」
指の血を舐め取り、マッシュは強化人間達を見渡した。8発もの弾丸を受け平然としている彼を見、どう攻めるべきか逡巡しているようだ。
その隙にシエル・ユークレース(ka6648)が玲へポーションを差し出す。
「はい玲くんっ、大丈夫?」
「え、あ……」
けれど未だ当惑している玲は受け取ろうとしない。シエルは小瓶を封切り、無理矢理その手へ握らせた。それから改めて玲の顔を覗き込む。
「こんな事聞いたら困らせちゃうかもしれないけど……ねえ、玲くんはどうしたい?」
「どうって?」
「ボクは玲くんが傷つかなければいいなって思ってる。心も体も」
「シエル……?」
玲は一体何を訊かれているのか分からなかった。
各地で暴走する強化人間の報を知り、または既にいずこかの戦場で彼らと剣を交えてきて、多かれ少なかれこの状況に陥る可能性を考慮していた4人と違い、玲は無防備すぎた。彼らが暴走する危険性を孕んでいるという実感が圧倒的に乏しかったのだ。
そんな玲へハッキリと選択肢を告げるべきかどうか、シエルが躊躇した時だ。
「私は、」
ファリンが珍しく張り詰めた声で言った。
「……私、何が正しいのかは分かりません。こうなったらもう楽にしてあげた方がいいのかもしれません。でも、不安が渦巻く中で……それでも自分に出来る事を懸命に頑張っていた方達です。生きていてほしいのです……わがままでごめんなさい」
そうして、柄をぎゅっと握りしめて。
「……行きます!」
彼らを生かしたまま捕縛すべく、右翼の青年へ突っ込んでいく!
「では極力、そのように」
左翼の少年へ駆け出そうとしたマッシュは、再び玲へ視線を投げる。ファリンの言でシエルの問いの意味を知り、一層呆然としたようにも見え。
「まあ……可能性はあっても、予想だしない、か」
小さく独りごち地を蹴った。
そんなマッシュの言葉を唯一聞き届けたフェリアは、彼らと合流した時のことを思い出し唇を噛む。
『私はフェリア。よろしくね』
『魔術師さんですか! 心強いです、よろしくお願いします!』
そう言って笑った彼らの顔は、己が手で故郷を守れるという誇りで輝いていたのに。
(なんて事……ああ、でも)
自嘲的めく笑みを灯した彼女の唇を、潮風になぶられた銀髪が覆い隠す。
("この術"を準備してきた事が、私が強化人間を信用しきれていなかった証拠よね)
軽く頭を振って思い直し、彼女は毅然と幻影の翼を広げる。
「スリープクラウドの用意があるわ! けれどチャンスは1度。なるべく多くにかけられるよう、一箇所に集めて!」
「了解ですっ」
「委細承知」
前線のファリンとマッシュが頷く。応えを受け、フェリアはシエルに支えられている玲を見つめた。
「まずは下がって自分の傷を治しなさい」
「え……でもおにいさん怪我してたし、回復術はとっといた方が」
「貴方はここに何をしにきたの?」
フェリアの強い眼差しに玲は息を詰める。急転した事態に驚いたのは皆同じ。それでも4人はもう、彼らと交戦する覚悟を決めたのだ。
「誰かを救う、その手伝いに来たのでは無くて? それならば、貫きなさい。自分を救えない人間が他人を救うなんて出来るはずがないのだから」
「っ……分かったよ」
己の不甲斐なさに奥歯を噛む玲。シエルは何か言いかけて止め、
「玲くん、こっちへ」
その手を取って岬の先端、海側へ導いた。
●
マッシュとファリンは8人を一箇所にまとめるべく、左右に長く展開する彼らの側面へ回り込んだ。
「行きますよっ!」
ファリンは冷気を纏う刃を豪快に振り回し威嚇する。どうやら彼女が回り込んだ右翼側の兵達は、剣より銃が得手らしい。大刀の射程から逃れようと、後退しながら発砲してくる。
(そのまま後ろへ、中央へと下がっていってくださればっ)
しかし彼らの背後から1人飛び出してきた。南野だ。南野は素早く間合いを詰めてくると、躊躇いもなくファリンへ刃を振り下ろす。
「敵め……私達の国を壊させはしない!」
「私達は敵ではありません!」
激しい鍔迫り合いを制したファリンは、自分より上背のある南野を押し返した。しかし南野を援護すべく放たれた弾丸が立て続けに足を掠める。
力の差があるとは言え、相手が本気で殺そうとしてくるのに対し、生け捕りにすべく加減して戦うのは困難だ。数の不理もある上、彼らの連携はなかなかのもの。ファリンが奥歯を噛んだ時、
「おまたせ! ファリンさん加勢するよ、南野さんは任せてっ」
玲を避難させ終えたシエルが駆けつけた。右翼側で唯一接近戦を得意とする南野を抑えるべく、ダガーを構え飛びかかる。
「シエル様! では私は、このまま銃を持った彼らを」
「おねがいっ」
もう幾度も同じ戦場を越えてきた2人も、連携では負けない。
南野はこの中で一番の手練だろうが、シエルの素早い動きに翻弄され、刃はほとんど空を切る。ファリンの方は1対3。多勢に無勢でも、南野という盾を失った狙撃手の彼らは、大刀の長い射程を恐れ下がるばかり。2人は次第に追い込んでいった。
一方の左翼側では、マッシュが少年2人を引き受けていた。
少年達は息の合った動きで、左右から前後から、回避する空間をなくすよう刃を振るってくる。そんな2人の顔にはまだあどけなさが残っていた。
(また子供ですか)
英国での出来事が思い出され、眉を顰めるマッシュ。あの時もハンター達は決断を余儀なくされた。
暴走した子供達を"保護する"のか、人々の営みを守るべく"屠る"のか。
軍からの依頼であった事、そして実際に現場に立つ兵達の心境を慮った末、彼がした選択は。
マッシュは暫時目を閉ざし、視界へ重なる英国の光景を断ち切った。そしてシエルとファリンが右翼の4人を中央へ寄せてきたのを見、
「如何です?」
銃撃を盾で弾きつつ時宜を図るフェリアへ呼びかけた。
フェリアは仕損じぬよう、冷静に彼らの位置を見定める。何せチャンスは1度きり。ハンター全員の手札が僅かなこの状況で、眠らせる事に失敗すれば捕縛の難易度が跳ね上がる。捕縛が叶わなければその時は――
「……あと少し」
執拗にフェリアを撃ち続けてくる狙撃手2人と、右翼から後退してきた4名の距離が徐々に詰まっていく。フェリアは自分から狙いが逸れぬよう、時によろめいて見せながらじっと機を待つ。そして、
「6人が範囲に入ったわ! あとは、」
「この2人、ですな」
マッシュは斬撃を嫌って退いたように見せかけて、少年達を中央へ誘い出す。そうして狙撃手達に接近したところで身を翻し、少年達を待ち構えた。すかさず斬りかかってくる少年達。だがその顔はすぐに困惑に曇った。
「足が!」
守りの構えにより移動を封じられたのだ。マッシュが離脱するのを待って、フェリアは黄金のワンドを掲げた。不信で用意してきた術だとしても、彼らを救う一助とするために。
「お眠りなさい。この美しい場所を荒らすことは、貴方達も本意ではないでしょう」
ワンドの先から青白い靄が流れ出で、8人を包み眠りへ誘う。
「やりましたねっ」
全員を残らず術中に収めきることができ、彼らの生存を強く願っていたファリンは思わず声を上げた。
●
霞が晴れると、8人は軍人らしく得物から手を離さぬまま、夏草を枕に眠っていた。
「では」
マッシュは玲を呼び寄せた。
「通信機を拝借したく。作戦本部に増援要請しますので」
捕縛すると言っても、拘束するためのロープなどは持ち合わせていない。どのみち彼らの身は軍へ引き渡すことになるのだから、速やかな要請は適切な判断だった。
マッシュは玲の回復術を受けながら通信を本部に繋ぐ。他の3人は万が一の目覚めに備え、眠る彼らよりも陸地側で待機した。
「全員の暴走を確認しました。……ええ、身柄を預かっていただきたいのは8名で――」
通話する間もマッシュは、油断なく彼らに目を配っていた。フェリアの術の精度は高く、全員眠らせる事に成功したが、術が付与する眠りは『起こされれば起きる』といったものだ。注視していると……
「?」
眠る強化人間達の間、地面すれすれの高さを、豆粒ほどの何かが横切る。
「虫? ……いや、」
再び何かが飛んだ。それが礫だとマッシュが察した刹那、南野を含む3人が跳ね起きた。
「今よ!」
南野の号令で、残る5人が伏臥の姿勢で一斉に狙撃を開始する。
「何!?」
「まさかもう目覚めたと言うの?」
退路を塞ぐよう待機していたフェリア、シエル、ファリンへ向け弾幕が張られ、その隙に剣を構えた3人が急襲。マッシュはまだ繋がったままの通信機を玲に託し駆け出した。
(すぐに目を覚ましたのは精々1人でしょうな……狸寝入りを決め込みながら、仲間へ小石をぶつけ起こしていましたか。見境なく暴走しているかと思いきや賢しい行動をする……厄介なことで)
分析している間にも、既に3人は応戦している。シエルは南野の刃を跳ね除け、術の残回数に思い巡らせた。
「こうなったら、物理的に行動不能になってもらうしかないよねっ」
ファリンは少年兵と斬撃の応酬を繰り広げながら、悲痛に顔を歪ませた。そして、こくりと。
「一番大切なのは玲様やシエル様達の方ですので。これ以上は、仲間に危険が及ぶようならば……!」
散ッ! と大刀を横薙ぎに払う。重量のある大刀は、受けようとした少年の刃を圧し折り、腕の肉へめり込んだ。ぶつっと筋の切れる音。ごりっという骨の手応え。人の身を断つ感触に肌が粟立つ。それでも琥珀の瞳は鋭く彼らを見据え続けた。
南野のくぐもった悲鳴が響く。腿を突かれなお闘志を失わない彼女を、シエルはどこか遠くに視ていた。
彼女に深手を負わせたダガーは、シエルの手のひらにあってはまるで無害な玩具のような顔をして。それは持ち主の風情そのままだった。
苦痛に歪む南野の顔も、手のひらを汚す血も、シエルの心を動かさない。
(ボクにとっては『歪虚』も『強化人間』も『人間』も大して変わらない。依頼なら殺すことにためらいはないよ。……あの時みたいに)
シエルも既に、強化人間を手に掛けたことがあったのだ。何とか助けたいと足掻くファリンを見、次いで玲の姿を探した。あの日組み伏せた少年が重なる。
(薄情かなあ。もしかしたら、ボクは親しい人以外はどうでもいいのかも。……嫌われちゃわないと、いいな)
よそ見したシエルの首へ刃が迫る。バックステップで躱したものの、数本の髪が斬られ風に舞った。
「といっても、殺したいのとは違うから」
部位狙いによる正確な斬撃が南野の左腕を裂く。剣の握りが甘くなったところで、すかさず右手の甲を刺し貫いた。これで彼女はもう剣を握ることも歩くこともままならない。シエルの部位狙いはこれで尽きた。次に相手する者は、今のように四肢を奪って終わりとはいかないだろう。視線をあげると、狙撃手達の背後に迫るマッシュが目に入った。
マッシュの接近に気付いた5人の狙撃手は恐慌状態に陥った。8人での一斉射撃でびくともしなかった男だ。5人でどう抗えと言うのか。そこへ南野の声が飛ぶ。
「貴方達だけでも逃げなさい!」
即座に反応し駆け出す5人。
追いついたマッシュは足の遅い1人を盾でどついた。転ばせたところで片足の腱を断つ。それを見た2人が助けるべく割り込んできたが、内1人の脛をヒッティングで砕いた。しかしもう1人は。
振り抜いた剣が、上半身と下肢を斬り離した。特定の部位を狙える術は、もう残っていなかった。
「いやはや……私とて人殺しが好きなわけではないのですが、ね」
それを見た残る2人は必死の形相で逃走にかかる。が、行く手にふわりと降り立つ銀の影。魔箒で回り込んだフェリアだった。
「これ以上は行かせません」
「くっ」
活路を求め視線を彷徨わすも、背後にはシエルとマッシュが迫っていた。
絶命の湿った音が、空気を小さく震わせた。
ファリンは少年2人を相手に苦戦していた。逃げられぬよう崖に追い詰め脚を狙うが、彼らの息の合った動きに邪魔されうまくいかない。彼らの身体には、ファリンが加減して刻んだ傷がいくつも走っているが、動きを止めるには至らなかった。
(もう、この上は……)
いよいよ腹を括った時だ。少年達は目配せし合うと、次の瞬間崖から身を躍らせた。敵の手にかかるよりはと思い詰めたのだろう。
「いけません、そんなっ!」
ファリンは慌てて崖から身を乗り出し、幻影の腕を必死に伸ばす。けれどそれをすり抜けて、2人は遥か眼下に砕ける波濤の中に消えていった。
●
「諸事情で8名が3名になりまして」
亡骸の転がる岬で、マッシュは淡々と本部へ報告をする。歪虚とは違い、手にかけた死者は消えない。それでも彼は最後まで己の任務に徹し続けた。
「もう動かないで」
生存者の3人から得物を取り上げ、睨みをきかせているのはフェリアだ。この中ではマッシュとともに年長にあたる彼女も、辛くも繋げた命を軍の者に託すまで、警戒を解くことはなかった。
そして年少の3人は。
ファリンは、己が掴めなかった命を飲んでなお美しい海へ、鎮魂の祈りを捧げていた。頬を伝った涙が草に落ちる。彼らは全くの他人ではなく、数十分前には確かに仲間だったのだ。
そんな彼女に声をかけあぐねる玲へ、シエルがおずおずと歩みよる。
「あの、さ」
「さっきはごめんシエル。ホント僕、役立たずで……嫌な役割させて、ごめん」
「ううん、そんなことっ! ……どうして強化人間さんは、ボクたちのこと『敵だ』って思ったんだろうね」
一際強い潮風が、血の匂いを押し流すように吹き付けた。今はまだ、その答えを誰も知らない。見晴かす海と空は、何事もなかったように変わらぬ青を湛えていた。
依頼結果
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MVP一覧
- 無明に咲きし熾火
マッシュ・アクラシス(ka0771)
重体一覧
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 マッシュ・アクラシス(ka0771) 人間(クリムゾンウェスト)|26才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2018/07/18 20:59:57 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/07/18 09:07:58 |