• 幻痛

【幻痛】平原に響く咆哮

マスター:猫又ものと

シナリオ形態
イベント
難易度
難しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2018/07/30 19:00
完成日
2018/08/12 22:06

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「ったく、何やってやがるんだよ」
 怠惰王ビックマー・ザ・ヘカトンケイルは不機嫌であった。
 危険視していたチュプ大神殿の破壊には失敗。さらにハンター達に大神殿の秘密まで握られようとしている状況だ。
 もし、あの大神殿の機能を利用されればビックマーにとって厄介極まりない。
 部下の度重なる失敗に、イライラは頂点へ達しようとしていた。
「あの、ビックマー様? ここは一つ落ち着いて考えてみては……」
 必死で宥めようとするトーチカ・J・ラロッカ。
 度重なる失敗を繰り返したのはトーチカなのであるが、ビックマーにとってはそんな事はどうでも良い。トーチカを責めた所で何の解決にもならない。むしろ、トーチカをアテにした事がそもそもの間違いだった。
 問題は、今の状況をどうするかなのだ。
「うるせぇ! しかし、奴らが何か仕掛けてくるならどうすれば……」
「お前が自ら出向けばいいんじゃないのか?」
 ビックマーの根城に姿を見せたのは漆黒の魔人――青木 燕太郎(kz0166)。
 不敵な笑みを浮かべる燕太郎を前に、ビックマーは上から睨み付ける。
 正直、燕太郎の事をビックマーは信を置いていない。他の歪虚の力を吸収しながら強化していった燕太郎。ビックマーの命令には従うが、トーチカのように従順さはまったく見受けられない。
「どういう事だ?」
「聞いたままだ。お前はまさに動く城。巨人達を引き連れて自ら総攻撃を仕掛ければいいだろう。奴らが大神殿で何をしようとしているのかは知らんが、さっさと敵の拠点を叩き潰して心をへし折ればいいだけだ。……違うか?」
「…………」
 ビックマーを前にしても燕太郎は、まったく物怖じする気配がない。
 それだけ力を蓄えている証左なのか。
「ヒュー! やっぱり使えない馬鹿とはひと味が違うのねぇ。本気出して戦力をぶつけて一気に終わらせようって事だろ。渋い、渋いねぇ」
 ビックマーはその巨体を揺り動かす。
 燕太郎の言う通り、敵が何を企んでいようとも怠惰側が総攻撃を仕掛けて敵の拠点を陥落させればいい。
 迷う必要はない。ビックマーの巨体で、ハンターだろうが何だろうか踏み潰せば良いのだから。
「……ビックマー。何処か行くの?」
 ビックマーの影からそっと顔を覗かせる少女――オーロラ。
 ビックマーが贔屓にしている少女であり、未だ謎の多き存在だ。
 そんなオーロラに対してビックマーは、はっきりと言い放つ。
「ああ。だが、心配するな。ちょっとした散歩みたいなもんだ」
「危なく、ない……?」
「大丈夫だ。お前に仇為すかもしれない連中を片付けてくるだけだ」
 高笑いをするビックマーの横で、状況を理解できないオーロラは首を傾げた。


「バタルトゥ、ビックマーが現れたってのは本当か!?」
 緊急の招集を受け、ハンターズソサエティに駆け込んで来たハンター達。
 怠惰王出現の報せは、彼らを驚かせるには十分過ぎるものだった。
 今まで動く気配がなかったのに何故……?
 疑問は残るが、動き出した事実は変わらない。
 部族会議の大首長であるバタルトゥ・オイマト(kz0023)は頷くと、重々しく口を開く。
「……ビックマーは部下の巨人達を引き連れ、ビャスラグ山の北に姿を現した。……以前、北伐にて連合軍が追撃されたルートを辿るつもりなのだろう」
「その先に進むと確かノアーラ・クンタウがあったわよね。じゃあ、ビックマーの狙いは……」
「……恐らく長城の破壊だろう。……長城が破壊されれば、遮るものが一切なくなる。帝国の首都まで、一気に攻め込まれてもおかしくはない……。何としても、ここで食い止めねばならん……」
「そいつはヤバいな。何か手はあるのか?」
「……うむ。チュプ大神殿に眠っていたシステム『ラメトク』を利用し、ビックマーに立ち向かう……」
「その『ラメトク』って大幻獣さんを巨大化させるシステムだったですよね。巨大化した大幻獣さんどこにいるです?」
「……今、ファリフがトリシュヴァーナを伴って大神殿に向かっている」
「うえ。今まさに準備中かよ!?」
「その為に……ヴェルナー達と共に防衛ラインを敷く。……俺達はヴェルナー達がいる第一防衛ラインより更に北側の平地で、ビックマーの足止めをするのが役目だ……」
「ヴェルナーさん達は何をするですか?」
「……ビックマーに向けて、改修したロックワンバスターを放つ。ダメージは期待できんが、派手であることには違いない……。向こうの目を惹きつけることは出来るだろう……」
「ロックワンバスターって確かQSエンジンでパワージャージが必要じゃなかったか? どれくらいかかるんだ?」
「……30分程と聞いている」
「30分……。長いわね」
 ハンター達の間に流れる重苦しい雰囲気。バタルトゥは至って冷静に続ける。
「……今回の戦いは勝つ為のものではない。ファリフ達が大神殿へ到着して準備を整えるまで……そして、ヴェルナー達がロックワンバスターを発動させるまでの時間稼ぎ……本番はこの先だ。決して無理はするな……。危機を感じたら撤退しろ」
「成程。前哨戦って訳だな」
「ビックマーってことは巨人も連れてるのよね? ユニットを連れて行った方が良さそうね」
「はいです。あんまり時間ないですけど、持てるものを持って行くです!」
「……辺境の未来は俺達の手にかかっている。頼んだぞ……。これより、ビックマー討伐作戦『ベアーレヤクト』を始動する。総員準備にかかれ……!」
 響くバタルトゥの号令。もうそこまで、巨人達は迫って来ている――ハンター達は大急ぎで準備を開始した。


「お前ら、目指すはあの邪魔くせぇ長城だ。いいか、道中邪魔するものは遠慮なく踏みつぶせ! ――行くぜェ!」
 怠惰王の号令に鬨を上げる巨人達。ビックマーを守るようにして、進軍を開始する。
 その様子を、青木は少し離れた岩場で眺めていた。
「……さて、ようやく重い腰をあげてくれたか」
 呟く青木。
 ――この邪魔くさい巨大な熊のぬいぐるみを何とかしたいとは思っていたが、なかなか根城から出てきてくれずに困っていた。
 こうやって動いて、ハンター達と対峙するならば。いくらでもやりようはある。
 あいつにハンター共を蹴散らせと命じられてはいるが、さて……。
 ――しかし、現時点で疑われるのは得策ではない、か。
「……精々俺の為に働いてくれよ。ハンター共」
 くつりと笑う黒い魔人。槍を手にすると、コートを翻して――そのまま跳ぶ。
 そして……ビックマーの大地を揺らす咆哮が、平原に響いた。

リプレイ本文

 ビャスラク山を望む平原には遮るものが何もない。
 悠然と歩く巨人の群れが遠くからでも良く分かる。
「Gnome、まだまだ足りないっす! 頑張れっすよ!」
「白。コンストラクションモードを続けよ」
 神楽(ka2032)と紅薔薇(ka4766)の命令を受け、黙々と穴を掘る刻令ゴーレム。
 鳳城 錬介(ka6053)の刻令ゴーレムも主に従い、穴を掘り続けていた。
 これもビックマーへの嫌がらせと戦線維持の為なのであるが……相手は何しろ大きい。
 そして巨人たちの進軍速度が思ったよりも早い。
 彼らが到着するまでにどれだけの穴が掘れるだろうか。
 そもそも、どこまで通用するか分からない。……が、何事も試してみなければ分からない。
 時間の許す限りは続けよう――。
 そんなことを考える神楽と紅薔薇。
 ふと、廉介はビックマーに目線を移す。
 その茶色のふわふわとした毛並みは実に愛らしく。
 遠目から見れば本当に、ただの愛らしいぬいぐるみにしか見えなかったけれど。
 ズシンズシンと聞こえてくる地響き。
 接近と共に――その異様なまでの大きさが理解できる。
「……大きい。まさに動く城塞か山ですね」
「本当にな。近くで見ると本当に巨大……いや雄大って言葉の方が合ってるか」
 錬介の呟きに頷くレイオス・アクアウォーカー(ka1990)。
 ――相手は歪虚の王だ。まさに自然に反するものであるのだが。
 こうも桁外れの大きさを見せられると、奇妙な感動すら覚える。
 いや、これは……打ち倒すべき敵が強大であることへのある種の喜びか。
 アーサー・ホーガン(ka0471)とジャック・エルギン(ka1522)はその巨体を見て、あの日のことを思い出していた。
 ……ビックマーを見たのは今を遡ること数年前。北伐から暴食の王と共に南へと攻め行って来た時だった。
 その膨大な力を前に、北伐から撤退せざるを得なかった。
 ――沢山の犠牲が出た。煮え湯を飲まされた。
「やっと、再戦の機会が巡ってきたか。随分を長く待たされたもんだな」
「あん時は散々な結果だったが、今度はそうはいかねえ……!」
 怠惰王を睨み付ける2人。
 そうだ。あの時より、自分達は強くなっている。
 今こそ、屈辱を晴らす――!
 ただただ真っ直ぐに進軍してくる巨人たち。
 そこに大きな手持ち看板を持った紫のドミニオンが立ち塞がるように歩み出た。
「止まって! 止まってくださーーーい!!」
 ドミニオンから聞こえて来る岩井崎 メル(ka0520)の声。一生懸命看板を見せるように振り続ける。
 ……本当はもっと大きな、ビックマーサイズの立て看板を作りたかったのだが、流石に時間と材料が足りなかった。
 そこで、急遽CAMが持てるサイズの看板にした。
 『とまれ!』とダイナミックに描かれた看板は良くできているが、何しろ相手は巨人とくまのぬいぐるみである。
 文字が読めるとは到底思えないのだが、目印にはなったようで……ビックマーはその円らな瞳をきょろり、とメルの方に向けた。
「なんだァ? ハンター共が待ち伏せていやがったか……! おい、巨人ども! 青木! こいつら適当に蹴散らせ!」
「やれやれ。人遣いが荒いな……」
 その声に応えて動き出す巨人達と黒いコートの男。どこかで見たことのあるその姿に、白藤(ka3768)が眉を上げる。
「青木? あいつ生きてたんやねぇ……」
「分散して動き出したか……。このままじゃマズいな。ポロウ、青木を追ってくれ」
「ここは手分けして対応しましょう!」
「あたし達は巨人を。皆さんは青木をお願いします」
「分かったよ! 皆も気を付けてね!」
 アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の命に飛び立つポロウ。
 アシェ-ル(ka2983)とヘルヴェル(ka4784)に頷き返すリューリ・ハルマ(ka0502)。
 ポロウと共に走り出した親友を追って走り出す。
 それに続くようにそれぞれの目標目掛けて駆け出して行く仲間達。
 ゆっくりと歩くビックマーを見上げていたメルはアワアワと慌てて声を張り上げる。
「ま、待って! これ一生懸命作ったんです! ちょっと見てってください!」
「アァ? 何だ、お前。そんな軽装でオレの前に出てきて死神とダンスする気かよ?」
「軽装!? ドミニオンアンサーは軽装じゃないよ! この子は装甲を追加して生存性と頑丈さを徹底的に追及……ってそうじゃなくて!!」
「いやぁ。お前さんにちょっと聞きたいことがあってね。最強の歪虚王は身体だけじゃなく器もデカいと聞いてるからさ」
 思わず愛機の説明を始めかけたメルの言葉を継いだレイオス。ビックマーはニヤリと笑う。
「ほう……? オレが最強だと良く分かったな、人間! で、その看板は何て書いてあるんだ?」
「えーっとな。『ビックマーさんステキ』って書いてあるぜ」
「そ、そう! そうなんです! ちょっとお話して行きませんか?」
 レイオスに話を合わせるメル。ビックマーは満足そうに頷き、足を止めてハンター達を見る。
「オレの素晴らしさが分かる人間がいるとはなァ。で、何が聞きたいんだ?」
「お前さんに会ったのは大分前だけど、その頃より大きくなってないか?」
「んん? そうかぁ? 自覚はなかったが……人間に分かるくらいにはデカくなってんのか」
「ああ、心も広いが身体もデカいんだな。で、お前さんどこまで大きくなれるんだ? 人類は気になって仕方ないんだぜ」
「ハッハッハ。そうかそうか。オレ達歪虚には限界がねえからなぁ~」
 レイオスの言葉に気分が良くなったのか胸を張るビックマー。羊谷 めい(ka0669)もグリフォンの背からおずおずと声をかける。
「ビックマーさん、こんにちは。あの、ビックマーさんすごく可愛いと思うんですが……どうやったらその毛並みを保てるんですか?」
「そりゃあこまめに拭いてブラッシングしてるからなァ」
「えっ。そんな大きな身体、どうやってキレイにしてるんです?」
「トーチカ達がアレコレ世話焼いてくれてんだ」
 へえ……と呟くめい。トーチカ一味は歪虚としての仕事はからっきしダメだが、確かにモグラたちは手先が器用というか、ある種異様な技術力を誇っている。
 ビックマーの身体をキレイに保つ為の『ビックリドッキリアイテム★』を何か開発しているのかもしれない……。
 ……それも、失敗が多そうだけれど。
 過去の依頼のことを思い出して、死んだ魚の目になるめい。
 ぷるぷると首を振ってビックマーに笑顔を向ける。
「トーチカさん達、そういうお仕事もなさってたんですね! 正直、トーチカさん達歪虚としてはどうかと思ってたんですけど……ビックマーさん、人材を使うのもお上手なんですね」
「まぁなぁ。バカも使いようっていうだろ?」
「流石です。そういえばビックマーさん、マントもカッコいいですよね。王冠もステキです。お洒落さんなのです?」
「これか? この王冠とマントはオーロラが選んでくれたものでなァ」
「オーロラさん、ですか?」
 ビックマーの一言。めいとメル、レイオスに緊張が走る。
 何しろ、ビックマーにとってオーロラは逆鱗。地雷だ。
 下手なことを言おうものなら、これまで気を引いてきた苦労が全て水の泡だ。
 内心冷や汗をかくメル。気づかれないように話題を反らす。
「あ、あの。ビックマーさん、何かお困りのことないですか? 私達で良かったら愚痴、聞きますよ!」
「お? そうかァ?」
 メルのドミニオンを覗き込むように屈みこむビックマー。
 ――怠惰王はおだてに弱いのは知ってたが、こうもホイホイ引っ掛かるとは。
 この調子でもう少し時間を稼ぎますかね……。
 内心ほくそ笑むレイオス。顔にさわやかな笑みを張り付けて2人と1匹に歩み寄る。
「ちょっと2人ともずるいぞ。俺もビックマーさんと話しさせてくれよー」


 ――時は少し遡る。
「……敵がスナイパーライフルやアサルトライフルを持っているなら、こちらも超長射程がないと一方的に蹂躙される可能性があるということね?」
「……そうだ。武器を開発したようでな……。以前より厄介になっている……」
「そんな変なところで進化してくれなくてもいいのにね。了解。こちらも射程ギリギリから狙うわ」
「……頼む。今回は撃退が目的だ……。……くれぐれも無理はしないでくれ」
 R7エクスシアの中から通信するマリィア・バルデス(ka5848)。彼女と会話をするバタルトゥ・オイマト(kz0023)を見上げるイスフェリア(ka2088)。
 ――長く辺境の地を苦しめていた怠惰の軍勢。
 一族から堕落者を出し、辺境に甚大な被害を出したオイマト族の長として、バタルトゥはその身に余るものを背負って来た。
 彼だけのせいではないのに。個を捨てて尽くす様は見ていて痛々しかった。
 この作戦が成功したら……この人はそういった過去に区切りをつけて、前に進めるのだろうか。
 ――そうであって欲しい。彼には幸せになって欲しい。
 平和を取り戻して、子供たちとバタルトゥが、安心して暮らせるように……。
 わたしにとっての、心の故郷を守りたい……!
「……イスフェリア。どうした……?」
「あっ。ううん。この作戦成功させないとなって思って」
「はいです! この地に住む人たちをこれ以上苦しめさせないです!」
「……ああ。その為にも力を貸してくれ」
「勿論です! ……あ。バタルトゥさんちょっと待ってくださいです」
 バタルトゥの声に頷いたエステル・ソル(ka3983)。思い出したようにポケットから護符を出す。
「これ、お守りです。持っててくださいです」
「……ありがとう。いつもすまない」
「いいんです! 皆の夢を叶えたら、次はバタルトゥさんの番です。だから絶対に戻って来てくださいです」
 ひし、と身を寄せたエステル。バタルトゥが動じる様子もなく受け入れていて、何となくそわそわしたイスフェリアだったが、続いた族長の言葉に固まった。
「娘達にばかり身体を張らせる訳にはいかん……。……俺も気合を入れなおさねばな」
「娘、達……?」
「……うむ。お前達やめいは娘のようなものだ」
「わたくし子供じゃありません! もう立派なレディです!!」
 ぷんすこと怒るエステルの横でごーんとショックを受けるイスフェリア。
 バタルトゥが優しいのも、無警戒なのも、女性として意識されていなかったからなのか……?
 そう言われるとすごく納得出来てしまうけれど……いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃない!
 その様子を見ていた蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)はにんまりとした口元を扇で隠す。
「相変わらず罪作りじゃのう、あやつは……。して、なんじゃ。図体のデカイ者ばかりじゃのう……」
「せやね。あないに大きな身体に武器持ちよってかいらしゅうないなぁ……」
「巨人に可愛らしさを求めたらダメなんじゃないですかね」
 向こうからやって来る巨人達にうんざりとした目を向ける蜜鈴と白藤。
 それに思わずツッコミを入れるヘルヴェル。
 そんなことをしているうちに、ビックマーの号令で、巨人達の動きが激しくなった。
「敵、臨戦態勢に入ったようです。こちらも迎撃を」
「はーい! 怠惰……凄く、そんな生活に憧れますけど……歪虚にはなりたくないし、ここは容赦しません!」
「今回は目的が違うとはいえ、後々のことを考えると数を減らしておきたいところですね」
「そうですね。半端な攻撃だとバレちゃいそうですし」
「ええ。もうサクッと殺る気で行きま……」
 それぞれのエクスシアから不穏な会話をするエルバッハ・リオン(ka2434)とアシェール。それを遮るようなカイン・シュミート(ka6967)の声が聞こえて来た。
「砲撃! 来るぞ!!」
 緊迫した声。その一瞬の後、地面から爆風が沸き上がる。
 武装巨人が砲撃を放ったのだろう。狙いは外れたらしい。ダメージこそなかったが……刻令ゴーレム達がせっせと掘っていた穴から泥が跳ね上がって、ハンター達にかかる。
「……本当に無粋な奴らよの」
「ちょい待ちや! 神楽達、えらいエグイもん用意へんかった!?」
 泥を被りプルプルと震える蜜鈴。
 思わぬもらい事故に白藤が青ざめる。
 ――そう。神楽と紅薔薇、廉介はビックマーに嫌がらせと称して、泥を始め、表現しがたい物体まで用意していた。
 武装巨人達の砲撃のとばっちりでそれを被った日には悪夢でしかない……!
「いやーーー! 皆さん! 巨人達の武装狙ってください! 武装をはがせば後はどうとでもなりますーーー!!」
 アシェールの悲鳴に近い叫びにジャックが苦笑する。
「あーあー。必死だなー。まあ、的がデカい分狙いやすいか」
「そうだな。とにかくあいつらを動けなくすりゃいい。じゃあ、やるか!」
 グリフォンに上昇を命じたジャック。アーサーのデュミナスも同時に動き出し――これが、反撃開始の合図となった。


「こちらカイン。巨人どもの知能はさして高くなさそうだ。ただ、死ぬと身体が残らず消えてしまう。障害物として使う時は注意してくれ」
「こちらアーサー。了解した。……皆聞こえるか。再生持ちのオーガは厄介だ。全力で潰せ。それ以外の巨人は生かさず殺さずで頼む」
「こちらマリィア。了解よ。……これ以上下がれないのがつらいわね」
 カインとアーサーの通信に答えたマリィア。
 彼女はR7エクスシアから、ロングレンジライフルを使い超長射程の兵器を持つ巨人を狙い打ちしていた。
 剣や盾を持っている巨人ならまだ動きは読みやすい。
 が、スキルも届かぬ遠距離から、巨大な砲撃で狙われるというのはいくらハンターが強靭と言えども分が悪い。
 それゆえ、マリィアは最優先で狙う必要があると判断したのだ。
「ちょっと手が足りないわ! 手伝って」
「分かったよ! olcanius、砲撃お願い」
 彼女の願いに答えて、刻令ゴーレムに命じるイスフェリア。
 着実に、少しづつ遠距離にいる巨人達の戦力を削っていく。
 そして迫り来る巨人の群れには、エルバッハが次々とスキルトレースで火球を叩き込んでいた。
「……ふう。敵を一層するのには便利な技ですが、生かさず殺さずっていうのは難しいですね……」
「別に倒しちゃってもいいと思いますの!」
「ええ。本気だっていうのを見せた方がいいですし!」
「確かにそうですね。部位狙いはアーサーさん達がやって下さってますし……私達は全力で倒しちゃいましょうか」「はいですの!」
「どーんとやっちゃいましょう!」
 頷き合うエルバッハとチョココ(ka2449)、アシェール。
 エルバッハの黒いR7エクスシアから放たれる凄まじい威力の火球。
 チョココの雷撃が巨人達を飲み込んで行く。
 エルバッハとチョココから次々と叩き込まれる範囲攻撃。撃ち漏らした巨人はアシェールが切り伏せて行く。
「私のDM、甘くみないでくださいよね!」
 ――こうしてハンター達の奮闘により、巨人は確実に数を減らして行っていたが、それでも1体1体が大きく、一掃までには至らない。
 何より敵も本気なのか、かなりの量の巨人達を引き連れている。
 蜜鈴はポロウを通して、敵の進軍を監視していた。
「今のところ想定外の動きするものはおらんようじゃ。そのまま射撃を続けよ」
「了解です!」
「あー。いややわ。近寄ってられるかいなあほらしい。うちは一般傭兵なんやで」
 指示に従い、銃撃を繰り返すヘルヴェルと白藤に蜜鈴は短くため息をつく。
「……付き合わせてしまってすまぬの。此の地は妾の友が愛した地……そして今も尚護りたいと願う地じゃ。穢させる訳には行かぬ」
「なんや水臭い。族長さんも心配やし、蜜鈴がそういうなら給料分の仕事はしたるわ」
「うむ。頼りにしておるぞよ」
 巨人から目を離さずに言う白藤に、蜜鈴は目を細めて……。

 ――広がる枝葉、囲むは小さき世界、大地に跪き、己が手にした罪を識れ。

 響く蜜鈴の詠唱。巨人を襲う紫色の光を伴う重力波。
 巨人の動きは鈍くなったが、進軍は止まらない。
「むう。斯様に居っては我等も手加減等とは言えぬしのう……地道に手数を減らすしか無さそうじゃが、はて……」
「んー。敵が硬いのでしたら、敵同士でぶつかって貰えばいいんですよね」
 呟くヘルヴェル。おお、と手を打った蜜鈴ににっこりと笑みを返す。
「あたし、ちょっと攪乱してきます」
「うむ。くれぐれも無理はするでないぞ」
「了解です!」
 ビシッと敬礼を返した彼女。ユグディラのついたやたらファンシーなバイクで走り出し――巨人の足元で、ちょこまかと走り回って巨人の目を引く。
「さーて、狙いどおり行くかね……」
 複数の敵を同時にロックし、目を狙ってペイント弾をぶつけるアーサー。
 彼はは巨人を倒すことより、無力化させる方に注力していた。
 何より倒れた巨人は身体が大きい。それだけで立派な障害となる。
 巨人を1体転ばせることが出来れば、後ろに立っている巨人も芋づる式に足止め出来る。
 ……まあ。そのバランスを崩した巨人が、刻令ゴーレム達が必死で掘り進めていた穴に落ちるのは計算外だったのだが。
「……ビックマーを落とそうと思ってたっすよ!? 何でこうなるっすか!?」
「まあ、これはこれで結果オーライなんじゃろうの……」
「ええ。見事にハマってますしね……」
 叫ぶ神楽を宥める紅薔薇と廉介。
 穴は掘ったが、時間が足りず、ビックマーの足がハマるかどうか微妙な大きさにしかならなかった。
 まあ、目的は身体を汚すことではあったので大きさは必要ないといえばそうなのだが……何しろ相手は100mの巨体だ。穴が小さければその分、跨いで避けられてしまうことも考えられる。
「巨人がハマったことでその身体が泥やアレソレで汚れた上に、ビックマーが跨ぎにくくなったと考えれば効果としては上々なんじゃないでしょうか」
「うむ。対ビックマーには別な手段を講じてあるじゃろ。そっちで行くとしようぞ」
「しょーがないっすね……」
 廉介と紅薔薇の言葉に頷く神楽。
 30分にはまだほど遠いが、仲間達の機動力にも限界がある。そろそろ行動に移す時だ……!
 彼はトランシーバーを手にすると、ワイバーンに乗って滑空しているカインへと呼びかける。
「こちら神楽っす。カインさん聞こえるっすか?」
「こちらカイン。通信良好だ。どうした?」
「そろそろ例の作戦、実行するっす。ビックマーの動きを知らせて欲しいっす」
「……今、レイオスとめい、メルが必死に気を引いている。持ち上げられて大分ご機嫌なようだが……そろそろ足止めも限界だろうな」
「分かったっす。3人に、そろそろ良いって伝えて欲しいっす」
「了解した。……相手はとにかくデカい。潰されないように気をつけろよ!」


 一方。青木は隠れるでもなく。ビックマーや巨人達から距離を取ると忌々しげな表情をしてハンター達を見つめていた。
 マテリアルにより気配を消し、オーラで自らを覆い隠したメンカル(ka5338)の攻撃。紙一重で避けたが、青木のコートが裂け――ポロウの影から飛び出して来たアルトの一閃。
 ぶつかる刀と槍。飛び散る火花。普通の歪虚であれば消し飛んでいるそれを受け止める。
「……突然首を狙って来るとは、随分余裕がないんだな。茨の王」
「…………」
「お前相手に余裕なんぞ見せたらこっちが死ぬだろうが。……と、久しぶりだな」
 話すことなどないと言いたげなアルトの代わりに答えるメンカル。
 彼を一瞥して、青木は首を傾げる。
「あぁ……前回言いそびれたが――弟が『随分世話になっている』ようだな?」
「……何の話だ」
「俺には出来のいい……いや、訂正する。出来は悪いがバカみたいに強い弟がいてな。お前に何度か怪我を負わせてるはずだが?」
 メンカルをまじまじと見る青木。彼の涼やかな目元を見てフンと鼻を鳴らす。
「お前に会った記憶はないが……あの青いのの関係者か」
「え。燕太郎さん、メンカルさん一度会ってるでしょ。忘れちゃったの? ひどいなあ」
 横から聞こえて来る明るい声。アルトの後ろから顔を覗かせているリューリに、青木はうんざりとした顔をする。
 ――なお、この『自分の後ろから声をかける』というのは、アルトにとって親友が青木に接触する上での絶対の条件だった。
 青木に対して警戒心より探求心が勝るのか、リューリは毎回無邪気に近づいて行く。
 それが彼女の良いところではあるし、そういうリューリがとても好きだけれど。
 幸い今まで人質に取られたことはないが……今回も無事である保証はどこにもない。
 アルトが警戒を緩めない間も、青木とリューリの会話は続いている。
「……またお前か、リューリ。ハンターなど星の数ほど見ている。いちいち覚えていられるか」
「えー。忘れられると困るんだけど。ねえねえ、セトさんの事は思い出した?」
「……相変わらず喧しい女だな。知らんと言っているだろう」
「じゃあレギ君は? ……燕太郎さんは知っている筈だよ」
「くどい。何度も言わせるな」
「思い出して。銀色の髪に青い瞳のひとだよ」
 言い募るリューリ。突然起きた頭痛に顔を顰める青木。
 ふと、鮮やかな銀色が脳裏に浮かぶ。

 ――ああ、そうだ。これは■■の。
 ■■? 誰だ?
 ……違う。知らない。知っている筈がない。

 ――エンタロウ……。

「……燕太郎さん?」
「……煩い。それ以上喋ると殺すぞ」
 リューリの声と重なって聞こえた『誰か』の声。
 それを振り払うように、リューリ目掛けて槍を振るう青木。
 それを、アルトとアルバ・ソル(ka4189)が咄嗟に作り上げた土壁が受け止める。
「リューリちゃん、下がって。やるしかない」
「ああ、これ以上の問答は無理だろう」
「燕太郎さん……」
 音もなく崩れる土壁。アルトとアルバの声に、リューリは頷きつつ……距離を取る青木を見つめる。
 ――黒い歪虚の反応から見ても、あの人のことを思い出しかけているのだろうか。
 きちんと思い出して欲しい。
 でも……それは、この哀れな歪虚が自分の過去と向き合うことになる。
 きっと苦しみを伴うと思うけれど――死に際してなお、この人を想っていたセトの願いを叶えたい。
 あの言葉を、この人に届ける。約束を果たす、その為に。リューリは巨大な斧を手にする。
「……レイノ。妨害お願いね!」
 主の声に応え、走り出す紫のイェジド。
 グリフォンに乗ったレオン(ka5108)が精霊に祈りを捧げ、アルバをオーラの障壁で包む。
「援護するよ。今回は撃退が目的だ。早々にお帰り戴こう」
「ああ、でも殺す気で行かなければ――あいつは引かない」
「そうだね。……でも、くれぐれも無理はするな。君に何かあれば、エステルが泣くからね」
「それは困るな……! イェジド! 回避頼む!」
 アルバを載せて大地を蹴るイェジド。続く短い詠唱。
 氷の矢が真っ直ぐに飛んで、青木に吸い込まれる。
 ……が、動き辛そうにしている様子は見られない。
 行動阻害は効かなかったか……。だが、ダメージは確実に行っている筈。
 あとは着実に、攻撃で妨害を続けるしかない……!
 炎のようなオーラを纏ったアルト。大地を踏みしめ、凄まじい速さで青木に迫ると目にも止まらぬ連撃を叩き込む。
 槍でいくつかは弾かれたが……感じる手応え。
 青木は口の端を上げて笑う。
「……暫く合わぬ間に随分力をつけたようだな、茨の王。どうした。とうとうヒトを捨てるか?」
「煩い。私はお前とは違う。私はただ、私が好きな人たちを守りたいだけだ!」
 アルトの叫びを嘲笑うかのように振るわれる青木の槍。
 それを刀で弾き返して……その重さに顔を顰めつつも、彼女は黒い歪虚を真っ直ぐに睨み付ける。
 そこに、トリプルJ(ka6653)とイェジドの息のあった連携攻撃が炸裂し、青木の身体が傾ぐ。
「忌々しい人間共だな……」
「何言ってやがる。お前だって人間だろうがよ」
「俺はもうヒトを捨てた。何度も言わせるな」
「……なあ青木。ひとつ聞きたいんだが。……お前の望みは歪虚王じゃなくて、歪虚の神になることか? 人も歪虚も共に滅ぼすなら、王程度じゃ足りんだろ?」
「……王でも神でも何でもいい。ただ俺は、力が欲しいだけだ」
「何でそんなに力が要るんだよ。人間への復讐か? それとも自分をこんな状況に追い込んだ運命への反逆か?」
「破壊の衝動は歪虚の本能だ。それに従っているまでのこと」
「嘘つけ。お前の属性は怠惰だろうが。……お前が歪虚としての本能に従っているなら、息を吸うのも面倒臭がって引きこもってる筈だろう」
 トリプルJの拳を受け止めながら無言を返す青木。その表情に苛立ちが見て取れて……それでも、彼は言葉を紡ぐ。
「俺は……いや。俺達元軍人は、未だにお前のことを仲間だと思ってるぜ? お前の望みは俺達とは道を違えちまってるから、戦わなきゃならんし倒さなきゃならん。それはもうどうしようもないことなんだろう。それでも。俺達は、お前の想いはきちんと国へ持ち帰りたいと思ってるんだ」
「……煩い。黙れ。お前に何が分かる」
「確かにつもりにしかすぎないが、お前の身になって……」
「黙れと言っている!!」
「トリプルJ! 下がれ!!」
 青木とアルバの叫びはほぼ同時。
 トリプルJの肩を貫く槍。彼は地に伏して、大地を赤で染める。
「レオン! トリプルJを頼む!」
「……請け負ったが、アルバ。君もダメージの蓄積が激しい。下がった方がいい」
「いや、まだ僕は……」
 アルバの腕を掴み、首を振るレオン。
 彼は身を張って盾になり続け、レオンが回復した傍から怪我を負い――正直、立っているのが不思議な程には消耗していた。
 これ以上弱れば、青木に狙われる可能性が高くなる。
「……引き際も肝心か。仕方ないな」
「そうしてくれ。僕としても大事な友人を失いたくないんでね」
 頷くアルバ。レオンは素早くトリプルJを抱え上げるとその場から離れ――。
 アルトはトリプルJと青木のやりとりを聞いて、自分の中にあった予測が確信に変わった。
 ――この青木という男は自分と似ている。
 大事なものを守りたくて、不器用に手を伸ばして――それが叶わなくて。
 生真面目であったが故に、無力だった自分が許せずに……闇に落ちた。
 歪虚になってなお闇雲に力を求めるのは、きっとそういうことなのだろう。
 ――少し前に夢を見た。親友を失う夢。
 ……自分も、彼女を失ったらきっと、この男と同じ道を辿るだろう。
 そう。この男と自分の違いは、既に喪ったか、まだ喪っていないかという差でしかない。
 分かるからこそ――殺さなくてはならない。
 私だったらきっと、それ以外では止まることは出来ない。
 アルトの殺気を感じたか、跳躍で距離を取ろうとした青木。彼女の鞭に足を取られていることに気づき、槍を振るって――そこに、リューリが割り込む。
「アルトちゃんをいじめたら燕太郎さんでも許さないんだからね!」
「……お前が茨の王の泣き所だという自覚はあるのか? リューリ」
 青木の酷く冷たい笑み。彼女に伸ばされる手。
 それを、アルトとメンカルが同時に弾き返す。
「リューリちゃんに触れるな!」
「うわっ。お前素手でこんなに硬いとかマジで化け物じみてるな! ……いやすまん。歪虚だったな」
 怒りに燃えるアルトに、どこか気の抜けたコメントを返すメンカル。
 今までレオンと共に防戦と回復に徹していたジェールトヴァ(ka3098)がつかつかと歩み寄る。
「……やあ、また会ったね。今日の君は随分つまらなそうだけど。仕方なく戦ってる……といったところかい」
「お前は……ジェールトヴァと言ったか?」
「覚えていてくれたのかい? 光栄だね。……それにしてもビッグマー直々に参戦とは、どうやって唆したのかな?」
「お前達が暴れまわってくれたお陰で出て来ざるを得なくなったというだけだろう」
「そうか。……その結果、きみの思惑通りになったという訳だ」
「何が言いたい」
「私達もビックマーは排除したい。人類にとってはこれ以上ない脅威だからね。そういった点では、私達はきみと協力出来るはずだが……」
「俺に共闘を持ち掛ける気か? どうせタダというつもりはないのだろう?」
「ビックマーを吸収しないこと。これが条件だ。どうかな?」
「……残念ながら交渉は決裂だな」
 即座に言い返した青木に微かに目を見開いたジェールトヴァ。すぐにくつくつと笑う。
「……きみは正直なんだね、青木君。嘘でも『吸収しない』と言って私達を動かした方が得策だろうに」
「そんな白々しい妄言をお前達が信じると思えんしな。下手な嘘は身を滅ぼす。それにお前達はどちらにせよ、ビックマーと戦わざるを得ない。あれは生きた災厄だからな」
「……なるほど。それは確かに。吸収は出来ずとも、ハンターが勝てばビックマーが排除出来る。……彼が動き出した時点で、きみの目的は半分くらい達成している訳だね」
「……食えん男だな、お前は」
「お褒めに預かり光栄だよ」
 肩を竦める青木に、涼やかな笑みを返すジェールトヴァ。
 メンカルは鮮やかな緑の目を青木に向ける。
「……どうだ? そろそろまた、お帰り願えないか」
「そうしたいのはやまやまだか、俺も雇われの身なんでね」
「あー。戦果が必要か。なんなら、俺に傷でもつけておけ。戦った証明ついでに、うちの駄犬を煽れるぞ」
「……そうだな。そういうことなら遠慮はしない」
 ニヤリと笑う青木。槍を構えると迷いなくメンカルの足を貫く。
「メンカルさん……!」
「これはいけない。止血をしよう」
「さて、『戦果』は戴いたことだし、これで引き上げるとしよう。……この先も、ハンター諸君の奮闘を期待しているぞ」
「……ああ。ビックマーは倒す。その上で、お前も必ず殺してやる。青木 燕太郎」
 メンカルを助け起こすリューリとジェールトヴァ。
 黒衣の男の背に声をかけるアルト。青木は振り返り、彼女を一瞥するとくつりと笑って……そのまま歩み去った。

 ――青木が去る少し前。メルはカインから『作戦実行』の合図を受信した。
「めいさん、合図来ました!」
「……あ、ビックマーさん。次の歓迎の用意が出来たみたいです。私達これで失礼しますね?」
「ん? なんだァ?」
 立ち上がり、ぺこりとお辞儀するめいと相棒のグリフォン。メルのDMk4(m)Answer。
 彼らがそそくさと後退するのを、ビックマーは円らな目で追っている。
「……エステル! 今だ!」
「はいです……!!」
 カインの合図に頷くエステル。短い詠唱。ビックマーに重力波を放つ。
 巨体を覆うような紫の光をものともせず、立ち上がる怠惰の王に、エステルとカインは目を見開く。
「行動阻害効いてないです!」
「くそっ。腐っても歪虚王ってことなのか……」
 巨人達には確かに行動阻害が効いていた。
 だが、ビックマーに効いている様子は見られない。
 巨人を遥かに超える巨体。そして何より始祖たる七が一つの怠惰の歪虚王だ。
 ビックマーは決して頭は良くないが、その力は伊達ではないのだろう。
「てめェら……! オレに盾突くつもりか!?」
「とんでもねえ! これが俺たちなりの男前の旦那の歓迎だ! 受け取ってくれよ!!」
 上空から聞こえたジャックの声。ビックマーの頭部目掛けて騎兵銃を掃射する。
「貴様アアァア!」
「おっと! 殴ろうったってそうはいかねえぞ!」
 ジャックを捕まえようと腕を振り上げたビックマー。
 それを彼のグリフォンは華麗に身を翻して回避する。
 そしてビックマーの耳に感じた衝撃。
 いつの間にかポロウに乗り、上空に上がっていたレイオスが自身のマテリアルを伝達させた剣で怒涛の連続攻撃を叩き込んでいた。
「……何だ? 蚊でも止まったか?」
「何だこいつ! ぬいぐるみとは思えない固さだな……!」
 予想していなかった手応えに眉を寄せるレイオス。そこにジャックが近寄って来る。
「大丈夫か、レイオス」
「ああ。あのさ、ジャック」
「ん?」
「さっき、お前に手が届かなかったことで確信したんだが……過去に王冠に侵入されても手で排除しなかった。こいつ、そもそも手が王冠に届かないんじゃないか?」
「あー。なるほどな。ぬいぐるみだもんなぁ」
「てめえら何コソコソ話してやがる! 降りてきやがれ!!」
「上ばかり見ておると、足元を掬われるぞ。怠惰の王よ」
「これでも食らうがいいっすよー!!」
「!!?」
 不意に足元から聞こえてきた声に反応が遅れるビックマー。
 壁歩きでビックマーの身体に駆け上がる紅薔薇。
 途中で抱えて来た樽を壊し、調味料をぶちまける。
 そして神楽は、汚物が入った袋を怠惰王の足に叩き付けた。
 ビシャリ、という嫌な音がして広がる染み。
 ビックマーはそれを見て、わなわなと震えて……。
「やーいやーい! 汚物まみれっすー!」
「自慢の毛並みが台無しじゃのう。洗剤と水は用意しておるから……」
「オレの毛並みに何てことしやがる……!! てめえら絶対許さねえ!! 死ねええええええええ!!」
 神楽の煽りと紅薔薇の声をかき消すビックマーの咆哮。
 めちゃくちゃに腕を振り回し、離脱する暇も与えずに2人を跳ね飛ばす。
 怒り狂い、周囲を見失った怠惰の王は、近くにいためいと、仲間である筈の巨人もその剛腕で吹き飛ばした。
「きゃあああああっ」
「大変……!」
「今助けるです……! アレクさんお願いするです!」
「待て、メル、エステル! 長城の方角が光った! 来るぞ!!」
 響くめいの悲鳴。吹き飛ばされた仲間を助けに入ろうとしたメルとエステルと彼女のイェジドを制止するカインの声。
 次の瞬間、空間を割く眩い光。
 それがビックマーに吸い込まれて……遅れてやってきた爆音。
「皆さん、伏せてくださいです……!」
 エステルの叫び。
 目を焼く眩しさと、耳を劈く音。ハンター達は大地に伏せてやり過ごす。
 ――光が消え、顔をあげたハンター達。
 丸い目を更に丸くして固まっているビックマーが見える。
 これは間違いなくロックワンバスターの一撃で……さしたるダメージはなかったのであろうが、彼の度肝を抜くことは出来たのだろう。
 発射が無事間に合ったことに安堵したジャックとレイオスは、素早くビックマーの前に回り込む。
「どうだ、ビックマーの旦那。なかなかいい歓迎の花火だっただろ?」
「……今のはほんの挨拶替わりだ。ここで帰ってくれないと、もっとすごい一撃が来るぜ。どうする?」
 ビックマーに目線を合わせ、ハッタリをかますジャックとレイオス。巨大なくまのぬいぐるみはヒュー! と甲高い口笛を吹いた。
「……なるほど。あの方角はクソ邪魔な長城か? こんな兵器を用意するとは、人間もなかなかやるじゃねェか。分かった。今日のところは帰ってやる」
 きっぱりと言い切ったビックマー。彼はふと、足元に目をやると何かを探して……どうやら目的のものを見つけたらしい。
 地に伏しためいの近くに膝をついた。
「……嬢ちゃん、いい気分にさせてもらったのに殴っちまって悪かったな」
「……え。ビックマーさん。それはどういう……?」
 恐る恐る尋ねるメル。ビックマーは目に見えてしょんぼりとしていた。
「オレだって怠惰の王だ。矜持くらいはある。褒めてくれたやつは殴らねえようにしてたんだがなあ……。失敗しちまった。そこでだ。嬢ちゃん、詫びとしてお前さんを『ビックマー親衛隊』にしてやる」
「ハァ???」
「人間では第1号だ。なかなかの栄誉だろ? それで勘弁してくれ」
 レイオスの素っ頓狂な声を羨ましがっていると勘違いしたのか、ニヤリと笑うビックマー。めいは驚き過ぎたのと身体が痛いので言葉にならない。
 思わぬ義理堅さを見せるビックマーと、全然嬉しくない称号に、ハンター達は顔を見合わせる。
「おいてめえら! 今日は帰るぞ! ああ、途中で川に寄らせてくれや。これじゃオーロラに嫌われちまう」
 ビックマーの号令に従い、方向転換する巨人達。
 彼らは地響きを立てて、来た道を戻って行った。


「ひとまずは追い払えたね。良かった」
「でも、あんまりお役に立てなかったです……」
 安堵のため息を漏らすイスフェリアにしょんぼりとするエステル。
 バタルトゥは静かに首を振る。
「……いや。お前達1人1人の尽力のお陰だ。誰が欠けても成し得なかった。助かった……。……だが、ビックマーもすぐに反撃の体制を整えてやって来るだろう」
「そうだね。青木くんの動きにも注意した方が良さそうだ。彼はビックマーの力が目的のようだからね」
「やれやれ。バタルトゥに料理でも作らせて宴会をと思ったが、そういう訳にもいかぬようじゃの」
 ジェールトヴァの静かな呟きに、紫煙をくゆらせる蜜鈴。
 ――そうだ。ファリフ達も無事に神殿に到達することが出来ている。きっと、再戦の機会はまもなくだ。
 ハンター達はその時まで、雌伏の時を過ごすのだった。

依頼結果

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MVP一覧

  • Sanctuary
    羊谷 めいka0669
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    レイオス・アクアウォーカーka1990
  • 大いなる導き
    ジェールトヴァka3098

重体一覧

  • Sanctuary
    羊谷 めいka0669
  • 大悪党
    神楽ka2032
  • 正義なる楯
    アルバ・ソルka4189
  • 不破の剣聖
    紅薔薇ka4766
  • 胃痛領主
    メンカルka5338
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJka6653

参加者一覧

  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガン(ka0471
    人間(蒼)|27才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ドゥン・スタリオン
    ドゥン・スタリオン(ka0471unit001
    ユニット|CAM
  • 元気な墓守猫
    リューリ・ハルマ(ka0502
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    レイノ
    レイノ(ka0502unit001
    ユニット|幻獣
  • 「ししょー」
    岩井崎 メル(ka0520
    人間(蒼)|17才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ドミニオンアンサー
    DMk4(m)Answer(ka0520unit003
    ユニット|CAM
  • Sanctuary
    羊谷 めい(ka0669
    人間(蒼)|15才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ラファール
    ラファール(ka0669unit003
    ユニット|幻獣
  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギン(ka1522
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    オストロ
    オストロ(ka1522unit006
    ユニット|幻獣
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    レイオス・アクアウォーカー(ka1990
    人間(蒼)|20才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    テュア
    テュア(ka1990unit006
    ユニット|幻獣
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ノーム」
    刻令ゴーレム「Gnome」(ka2032unit002
    ユニット|ゴーレム
  • 導きの乙女
    イスフェリア(ka2088
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ヴォルカヌス」
    刻令ゴーレム「Volcanius」(ka2088unit001
    ユニット|ゴーレム
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ウィザード
    ウィザード(ka2434unit003
    ユニット|CAM
  • 光森の太陽
    チョココ(ka2449
    エルフ|10才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    アディ
    アーデルベルト(ka2449unit001
    ユニット|幻獣
  • 東方帝の正室
    アシェ-ル(ka2983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    アールセブンエクスシアディエム
    R7エクスシア-DM(ka2983unit002
    ユニット|CAM
  • 大いなる導き
    ジェールトヴァ(ka3098
    エルフ|70才|男性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ユキウサギ
    ユキウサギ(ka3098unit001
    ユニット|幻獣
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    パウル
    パウル(ka3109unit005
    ユニット|幻獣
  • 天鵞絨ノ空木
    白藤(ka3768
    人間(蒼)|28才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    ツキシロ
    月白(ka3768unit001
    ユニット|幻獣
  • 部族なき部族
    エステル・ソル(ka3983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    アレキサンドライト
    アレク(ka3983unit001
    ユニット|幻獣
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009
    エルフ|22才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ラン
    鸞(ka4009unit004
    ユニット|幻獣
  • 正義なる楯
    アルバ・ソル(ka4189
    人間(紅)|18才|男性|魔術師
  • ユニットアイコン
    イェジド
    イェジド(ka4189unit005
    ユニット|幻獣
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    ハク
    白(ka4766unit003
    ユニット|ゴーレム
  • 絆を繋ぐ
    ヘルヴェル(ka4784
    人間(紅)|20才|女性|闘狩人
  • 死者へ捧ぐ楽しき祈り
    レオン(ka5108
    人間(紅)|16才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    クレイ
    クレイ(ka5108unit003
    ユニット|幻獣
  • 胃痛領主
    メンカル(ka5338
    人間(紅)|26才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    エーギル
    エーギル(ka5338unit003
    ユニット|幻獣
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    メルセナリオ
    mercenario(ka5848unit002
    ユニット|CAM
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介(ka6053
    鬼|19才|男性|聖導士
  • ユニットアイコン
    カケヤオニロク
    掛矢鬼六(ka6053unit002
    ユニット|ゴーレム
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    イェジド(ka6653unit002
    ユニット|幻獣
  • 離苦を越え、連なりし環
    カイン・シュミート(ka6967
    ドラグーン|22才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    エプイ
    エプイ(ka6967unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 【相談】足止め隊の天幕
エステル・ソル(ka3983
人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2018/07/30 17:23:52
アイコン バタルトゥさんに聞いてみよう!
エステル・ソル(ka3983
人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2018/07/29 22:00:46
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/07/30 17:20:33