ゲスト
(ka0000)
【空蒼】Hello, despair.
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~5人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/08/08 22:00
- 完成日
- 2018/08/14 11:58
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●シチリア基地、誕生
シチリア島。イタリア半島の西南の地中海に位置するイタリア領の島であり、地中海最大の島である。イタリア本土のカラブリア半島とはメッシーナ海峡によって隔てられており、その面積は25,420平方km。
様々な歴史背景があるが、最も特徴的と言えるのが19世紀より誕生した組織犯罪集団、マフィアの存在だろう。20世紀後半、彼らの支配から脱却するためにイタリアだけで無く欧州、世界中が共同戦線を展開。マフィア殲滅を謳ったこの争いは最終的には半島に住む人口を半分にまで減らした人類史稀に見る大規模な紛争となり、シチリア半島の1/2は焦土と化した。これを後の人々は第三次マフィア戦争と呼んだ。
これにより、シチリア系マフィアはほぼ壊滅。イタリアはこの紛争の中で最も助力した連合軍にシチリア半島の10%を提供。この思い切った身売りとも言える本国の決断にシチリア島民はもちろん、各国から非難の声が上がったが、実際マフィア達の支配から解放されたばかりのシチリア、強いてはイタリア本国には経済的な余力が無かったのだ。しかしその後皮肉なことに連合軍がもたらす軍事利益により急成長を遂げたシチリア島は、イタリア南部で最も裕福な地域へと変貌していったのだった。
一方、シチリア島を手に入れた連合軍は、ここに海軍基地と宙軍基地を展開。強化人間システム他、様々な訓練施設などを起き、守備の要として発展させていた。
――強化人間達の暴走が始まるまでは。
●Good night, dear child.
カターニア郊外の連合軍基地。ほんの半年前までは賑やかですらあった共同宿舎の食堂は、今は告別式の後の如き沈痛な空気の中に沈んでいた。
強化人間暴動事件。ロンドンで始まったこの騒動により、暴走していない強化人間達への監視が強くなった。
元より人々を護ることが使命であり、戦場で死ぬことが名誉であり、己の命など無辜の人々に比べれば塵芥に等しいと言い聞かされ軍事学校を卒業してきた強化人間達にとって、万が一己が暴走した場合に迎える末路というのは最も屈辱的であり、不名誉でしかない。
「第50534部隊が暴走」「ゼロナナコロニー出身の連中は皆……」「アスガルドの連中は……」
その憂鬱な会話に加わることなく、ドロシー(kz0230)は黙々と夕食を口の中へと押し込んでいた。
本来であれば、今頃は崑崙基地での防衛任務に当たっているハズだったが、暴動事件後強制的に地球へと呼び戻され、一時期はその暴動の鎮圧にも駆り出されていたが、ここ最近はこの基地内に軟禁された状態で過ごしていた。
「世間と遮断されれば暴動しないっていう噂は本当なのかな……」
誰だって、己が暴走してしまうことが恐ろしい。目覚めない眠りに落ちてしまうことが恐ろしい。
テレビを見ることも、インターネットを使う事も禁じられ、ただただ基地内のジムで身体を動かし、図書室で書籍に触れることだけを赦されている生活だが、原因がわかるまでは仕方が無いのかも知れないと大半の強化人間達は諦め、この生活を受け入れていた。
ドロシーは自室に戻ると相棒である猫型のスマホカバーを抱き上げた。
「ねぇ、グリンダ」
『はい、ドロシー』
「レギ君は無事かしら?」
『現在外部との回線接続は許可されておりません』
「ハンターの皆さんは無事かしら? もしも、私が暴走したりしたら、彼らは私を助けてくれるかしら?」
『検索範囲が広すぎます』
「……ちゃんと、魔法少女のまま終われるかしら」
『……』
死ぬのは怖くない。元より、強化人間になれなければ今頃無かった命だ。
だが、憧れた魔法少女の様に人々に愛と笑顔を振りまき、人々を脅かす物から護ること。それが出来なくなるのが怖い。
――人々を脅かす存在になってしまうことが、怖い。
「ねぇ、グリンダ」
『はい、ドロシー』
「貴女は最期まで私のそばにいてね?」
『私はいつでもドロシーの近くにいますよ』
「ありがとう、グリンダ」
『はい、良い夜を』
●Good morning, new world.
早朝5時。
夜勤の者以外はこの時間に目覚めるのが通例となっていた。
ベルが鳴る。
朝の快適な目覚めとはほど遠い無機質なベル音が基地中に鳴り響く。
「……これで、俺もファミリーの一員に……」
鳴り響くベル音を聞きながら、一人の男がほくそ笑んだ。
男はシチリア出身だった。幼少の頃に第三次マフィア戦争に巻きこまれ、全てを失い、寄る辺なく軍人になるしかなかった男。
いつもと同じモーニングコール。
しかし、それはいつもとは少し違う。
“特製”のモーニングコール。
そのベル音が終わった頃、死体へと代わった愚かな男。
――次々と、強化人間達は頭を抱え、布団を、シーツを、枕を掻き抱き、毟っていた。
「……ヤダ……、グリンダ……、グリンダ……!!」
『はい、おはようございます、ドロシー』
「グリンダ、たす、けて……」
『救急車を呼びますか?』
「ヤダ……違う……そんな、こと……思ってない……!」
『OK.要請をキャンセルします』
「なり、たくない……コロス……違う」
何故か、楽しかった思い出が、楽しくもなかった思い出が、パパとママの顔が、兄弟達の顔が、先生の顔が走馬灯の様に駆け抜けていく。
それらを黒く乱雑に絵の具が塗り潰していく。
魔女が、嗤う。
魔法少女に憧れたドロシーの首を締め上げていく。
苦しい。
苦しい、苦しい、苦しい。
一緒に秋葉原で過ごしたハンター達が、宇宙で一緒に戦った時の事が、日本で、イギリスで戦った時のハンター達との思い出が、醜悪な何かに塗り潰されていく。
「皆、逃げて……わたし……悪い魔女に……あぁああああ!!」
血の涙を零しながら、ドロシーはその喉を掻きむしり叫んだ。
――その叫び声が止まった頃。
もう、ドロシーは魔法少女ではなくなっていた。
●カターニア基地、陥落。そして奪還。
その一報は1時間後の6時、マンハッタンにある統一連合議会の本部にもたらされた。
そのまますぐに崑崙を経由しナディア・ドラゴネッティへ、そしてハンターオフィスへと緊急依頼として拡散された。
緊急事態に駆けつけたハンター、その数45名。ほぼ半日がかりでの鎮圧作戦の結果、カターニア基地はその殆どを焦土と化しつつも見事奪還に成功。しかし、その数、実力を持ってしてもハンター達は一部強化人間達の逃亡を阻止することは出来なかった。
「追いかけよう」
誰かがそう言った。
「このままにしておいてはいけない」
辛うじて無事だった哨戒艦で無謀にも5人のハンターは強化人間達に鹵獲された空母を追った。ただ広い大西洋上で、一隻の空母を探す事は困難を極めたが、半日後、ハンター達は執念により3km先に空母を発見。
その甲板にはピンクを基調としたCAMが佇んでいた。
シチリア島。イタリア半島の西南の地中海に位置するイタリア領の島であり、地中海最大の島である。イタリア本土のカラブリア半島とはメッシーナ海峡によって隔てられており、その面積は25,420平方km。
様々な歴史背景があるが、最も特徴的と言えるのが19世紀より誕生した組織犯罪集団、マフィアの存在だろう。20世紀後半、彼らの支配から脱却するためにイタリアだけで無く欧州、世界中が共同戦線を展開。マフィア殲滅を謳ったこの争いは最終的には半島に住む人口を半分にまで減らした人類史稀に見る大規模な紛争となり、シチリア半島の1/2は焦土と化した。これを後の人々は第三次マフィア戦争と呼んだ。
これにより、シチリア系マフィアはほぼ壊滅。イタリアはこの紛争の中で最も助力した連合軍にシチリア半島の10%を提供。この思い切った身売りとも言える本国の決断にシチリア島民はもちろん、各国から非難の声が上がったが、実際マフィア達の支配から解放されたばかりのシチリア、強いてはイタリア本国には経済的な余力が無かったのだ。しかしその後皮肉なことに連合軍がもたらす軍事利益により急成長を遂げたシチリア島は、イタリア南部で最も裕福な地域へと変貌していったのだった。
一方、シチリア島を手に入れた連合軍は、ここに海軍基地と宙軍基地を展開。強化人間システム他、様々な訓練施設などを起き、守備の要として発展させていた。
――強化人間達の暴走が始まるまでは。
●Good night, dear child.
カターニア郊外の連合軍基地。ほんの半年前までは賑やかですらあった共同宿舎の食堂は、今は告別式の後の如き沈痛な空気の中に沈んでいた。
強化人間暴動事件。ロンドンで始まったこの騒動により、暴走していない強化人間達への監視が強くなった。
元より人々を護ることが使命であり、戦場で死ぬことが名誉であり、己の命など無辜の人々に比べれば塵芥に等しいと言い聞かされ軍事学校を卒業してきた強化人間達にとって、万が一己が暴走した場合に迎える末路というのは最も屈辱的であり、不名誉でしかない。
「第50534部隊が暴走」「ゼロナナコロニー出身の連中は皆……」「アスガルドの連中は……」
その憂鬱な会話に加わることなく、ドロシー(kz0230)は黙々と夕食を口の中へと押し込んでいた。
本来であれば、今頃は崑崙基地での防衛任務に当たっているハズだったが、暴動事件後強制的に地球へと呼び戻され、一時期はその暴動の鎮圧にも駆り出されていたが、ここ最近はこの基地内に軟禁された状態で過ごしていた。
「世間と遮断されれば暴動しないっていう噂は本当なのかな……」
誰だって、己が暴走してしまうことが恐ろしい。目覚めない眠りに落ちてしまうことが恐ろしい。
テレビを見ることも、インターネットを使う事も禁じられ、ただただ基地内のジムで身体を動かし、図書室で書籍に触れることだけを赦されている生活だが、原因がわかるまでは仕方が無いのかも知れないと大半の強化人間達は諦め、この生活を受け入れていた。
ドロシーは自室に戻ると相棒である猫型のスマホカバーを抱き上げた。
「ねぇ、グリンダ」
『はい、ドロシー』
「レギ君は無事かしら?」
『現在外部との回線接続は許可されておりません』
「ハンターの皆さんは無事かしら? もしも、私が暴走したりしたら、彼らは私を助けてくれるかしら?」
『検索範囲が広すぎます』
「……ちゃんと、魔法少女のまま終われるかしら」
『……』
死ぬのは怖くない。元より、強化人間になれなければ今頃無かった命だ。
だが、憧れた魔法少女の様に人々に愛と笑顔を振りまき、人々を脅かす物から護ること。それが出来なくなるのが怖い。
――人々を脅かす存在になってしまうことが、怖い。
「ねぇ、グリンダ」
『はい、ドロシー』
「貴女は最期まで私のそばにいてね?」
『私はいつでもドロシーの近くにいますよ』
「ありがとう、グリンダ」
『はい、良い夜を』
●Good morning, new world.
早朝5時。
夜勤の者以外はこの時間に目覚めるのが通例となっていた。
ベルが鳴る。
朝の快適な目覚めとはほど遠い無機質なベル音が基地中に鳴り響く。
「……これで、俺もファミリーの一員に……」
鳴り響くベル音を聞きながら、一人の男がほくそ笑んだ。
男はシチリア出身だった。幼少の頃に第三次マフィア戦争に巻きこまれ、全てを失い、寄る辺なく軍人になるしかなかった男。
いつもと同じモーニングコール。
しかし、それはいつもとは少し違う。
“特製”のモーニングコール。
そのベル音が終わった頃、死体へと代わった愚かな男。
――次々と、強化人間達は頭を抱え、布団を、シーツを、枕を掻き抱き、毟っていた。
「……ヤダ……、グリンダ……、グリンダ……!!」
『はい、おはようございます、ドロシー』
「グリンダ、たす、けて……」
『救急車を呼びますか?』
「ヤダ……違う……そんな、こと……思ってない……!」
『OK.要請をキャンセルします』
「なり、たくない……コロス……違う」
何故か、楽しかった思い出が、楽しくもなかった思い出が、パパとママの顔が、兄弟達の顔が、先生の顔が走馬灯の様に駆け抜けていく。
それらを黒く乱雑に絵の具が塗り潰していく。
魔女が、嗤う。
魔法少女に憧れたドロシーの首を締め上げていく。
苦しい。
苦しい、苦しい、苦しい。
一緒に秋葉原で過ごしたハンター達が、宇宙で一緒に戦った時の事が、日本で、イギリスで戦った時のハンター達との思い出が、醜悪な何かに塗り潰されていく。
「皆、逃げて……わたし……悪い魔女に……あぁああああ!!」
血の涙を零しながら、ドロシーはその喉を掻きむしり叫んだ。
――その叫び声が止まった頃。
もう、ドロシーは魔法少女ではなくなっていた。
●カターニア基地、陥落。そして奪還。
その一報は1時間後の6時、マンハッタンにある統一連合議会の本部にもたらされた。
そのまますぐに崑崙を経由しナディア・ドラゴネッティへ、そしてハンターオフィスへと緊急依頼として拡散された。
緊急事態に駆けつけたハンター、その数45名。ほぼ半日がかりでの鎮圧作戦の結果、カターニア基地はその殆どを焦土と化しつつも見事奪還に成功。しかし、その数、実力を持ってしてもハンター達は一部強化人間達の逃亡を阻止することは出来なかった。
「追いかけよう」
誰かがそう言った。
「このままにしておいてはいけない」
辛うじて無事だった哨戒艦で無謀にも5人のハンターは強化人間達に鹵獲された空母を追った。ただ広い大西洋上で、一隻の空母を探す事は困難を極めたが、半日後、ハンター達は執念により3km先に空母を発見。
その甲板にはピンクを基調としたCAMが佇んでいた。
リプレイ本文
●contacting.
「あの甲板、拡大出来ますか!?」
前方に見えた空母。そしてその甲板に立つ見覚えのある機体にクレール・ディンセルフ(ka0586)はモニターを食い入るように凝視する。
指示を受けた上等兵とみられる兵士がパネルを操作すると、見間違えようもない、ピンクを基調としたCAMが大画面に映し出された。
「やっぱり、ドロシーさんの機体……! まさか、イレブンさん達も……?」
グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)はクレールの言葉に目を眇めた。
「ああ、やっぱりいるよなぁ……」
グリムバルド自身はドロシーのCAMを見た事は無い。だが、魔法少女に憧れた彼女がデザインしたCAMならば納得の奇抜さだった。
「カターニア基地との連絡は?」
「問題ありません」
「ジャミングが来る前にここの座標と見える範囲の情報を流して欲しい」
「了解しました」
神城・錬(ka3822)の指示に、通信用のマイクヘッドフォンを装着した兵士がすぐに対応する。
「空母からの応答は?」
「呼びかけは続けていますが、反応ありません」
「モールス信号は使えないか?」
キャリコ・ビューイ(ka5044)の提案に別の兵士が「やってみます」と答えた。
そんな忙しなくやり取りが行われている中、メアリ・ロイド(ka6633)はモニターを睨むように見つめていた。
「ドロシーさん」
どうして彼女がそこにいるのか。あの基地で一体何が起こったのか。
(たとえ暴走しているのだとしても、諦めない)
タグイェルの柄を強く強く握り締め、メアリは瞬きも忘れてモニターを、そのCAMを見つめ続けていた。
「危険で申し訳ありませんが……インカムが届く1kmまで接近・距離の維持をお願いできますか?」
クレールの静かだが、否定を赦さない意思を秘めた声音が操縦室に響いた。
「理由は?」
問うたのは大尉の階級を持つ、この巡視艇の長だった。
彼が空母を追いたいというハンター達の熱意を汲んで船を出してくれ、彼の部下達がこの船を動かしている。
「あのピンクの機体とは以前一緒に宇宙訓練をしたことがあります。直接のコンタクトが出来るかもしれません」
「俺も、ドロシーとは繋がると思う……彼女がトランシーバーを持っていれば、だけどな」
「……私も分かります」
今まで沈黙を貫いていたメアリが一歩踏み込んだ。
「応答がなかった場合は?」
「即時撤退で構いません。皆さんを徒に危険に晒すことは出来ませんから」
それに、とクレールは心の中だけで付け加える。
(きっと、もうすぐ私たちは“連れ戻されてしまう”。……そんな予感がする)
大精霊クリムゾンウェストは強欲だ。
一度自分が取り込んだモノは決して手放さない。
ハンターの滞在期間はおおよそ24時間が限度。多少の振れ幅はあれど、2日以上持ったという例は未だ聞かれない。
半日掛かりの鎮圧戦、そしてさらに半日掛けてこの空母を見つけた今、いつ連れ戻されてもおかしくない。
(その前に、何としてもドロシーさんとコンタクトを取らなくては……!)
「……聞こえたか、空母の後方1km地点まで接近、維持しろ」
「了解!」
「……有り難うございます」
「すまない、魚雷のアクティブソナーかこの船のソナーで、鯨の音声の10から39ヘルツでモールス信号の文を作成することは出来ないだろうか?」
キャリコの発言に、大尉が視線を向けた。
「理由は?」
「あの空母全てを強化人間達が操縦しているとは考えづらい。恐らく、拉致され、意に反して働いている者がいる筈だ。彼らとコンタクトを取るために試してみたい」
「キャリコ殿といったか。貴殿はアクティブソナーがどういうモノかご存知か?」
大尉は鋭い眼光で射抜くようにキャリコを見る。
「アクティブソナーは我々の間では戦闘行為の一種だ。貴殿の言うとおり、それを“何らかの連絡だ”と受け取れる者が1人いたとしても、他の9人にそれが通じなければ、戦闘開始となるだろう」
「だから、鯨の音声の……」
「こちらから空母が確認出来ているという事は、向こうもこちらを認識している可能性が高い。その船の方向から鯨と類似しているとはいえ、ソナーが発信されたとあれば、あちらはどう思うかな?」
問われ、キャリコはハッと息を呑んだ。
近海にいる鯨かも知れない。だが、敵のソナーかも知れない。敵の警戒心は一気に上がるだろう事は想像に難くない。
「今、我々は敵の懐内とも言える1kmまで近付こうとしている。敵意はないと通信で呼びかけ、モールスを打っているお陰か今の所戦闘行為に至ってはいないが、いつ向こうから弾丸が飛んできてもおかしくない中、そのような危険は冒せない」
「……そう、か」
「ただし、何か具体的な言葉があるというのなら聞こう。強化人間達にばれず、一般の我々にだけ通じるような文章があるのなら」
「……いや、ない」
キャリコは密かに奥歯を噛み締める。方法に付いては考えていたが、その肝心な文章、呼びかけの言葉を具体的には思いつけなかった。
「……万が一に備え、外で待機している」
ソナーの案が否定された以上、キャリコに出来るのは限られている。
頭を冷やす意味でも朝の日差しと潮風に当たる価値はあるだろう。
「俺は神城錬だ、応答を頼む。聞こえているか?」
錬は通信兵からマイクを借り受け、諦めず呼びかけを続けていた。
「何故こんなことをしたのか。その意図は。目的は。なんでもいいから出てくれないか」
砂嵐のようなノイズだけがヘッドフォンから流れてくる。
音がするということは、回線は切られていないという事。
錬は呼びかけながら、この回線が開かれたまま閉じられない理由を探す。
強化人間達がこちらの情報を得るために? ならばリスクは伴えど交渉して情報を引き出す方が早いだろう。
「まだ間に合う! 呼びかけに応じてくれ。話を聞いてくれ」
カターニア基地からは『至急戻れ』という返信が来ていた。
空母ひとつとはいえ、巡視艇と比べたらその武装の違いは比ぶべくもない。当然の指示と言えるだろう。
それでも錬は、この船にいる全員がその指示に今すぐは従えなかった。
危険があろうと、実際に攻撃を受けたわけではない。なら、まだ何かしら手は打てる。まだ誰も諦めていない。諦められない。
「誰か、返事をしてくれ!」
クレールは親指の爪を噛んだ。
空母と巡視艇の距離が縮まらない。いや、正確には徐々に縮まってきてはいる。だが、相手の艦も動いて居るという当然の事実を失念していた。
(何としても、強制送還される前にコンタクトを取りたいのに……!)
小回りが利く巡視艇ではあるが、そのトップスピードが常に出せるわけでもない。何しろ彼らには帰りの燃料も必要なのだ。
「お願い、届いて……!」
クレールの、グリムバルドの、メアリが祈るようにモニターを見守り、そして、ついに1km圏内に空母を捉えた。
クレールが通信器を連結通話で結ぶと、直ぐ様声を掛けた。
「ドロシーさん! こちら、コロナのクレールです! 応答を! 貴女を、イレブンさん達を……月での戦友を、助けに来ました! メアリさんも来ています! 今、繋ぎます!」
「メアリだ。……ドロシー、応答して」
二人が呼びかける声を背に、グリムバルドは外へと飛び出した。
高速で移動する船の甲板は酷く揺れる。波飛沫が頬を打ち、グリムバルドは思わず扉の縁を掴んで体勢を整えた。
「よう、ドロシー。今日は魔法少女はおやすみか? 声だけだとわかんないかな? 無限アライグマ戦で一緒だったグリムバルドだ。……忘れたとか悲しいこと言わないでくれよ?」
ワザと軽い口調で呼びかけ始めた。
●Good-bye, hope.
無音だったコックピット内に、響く3人の声。
「……ハンター」
ぎちり、と頭が痛み始める。脈打つようなそれは同時に吐き気をもたらす。
懐かしい痛みだ。強化人間になってから、久しく無くなっていた痛み。
「……ハンター……」
『魔法少女』という言葉が聞こえた。そうだ、※※※※がなりたかったもの。憧れたもの。
――純粋で夢を見る事しか赦されなかった少女が全てを捨てて欲した偶像。
『……ハンター』
ノイズに消えてしまいそうな程小さな呟きが3人の耳朶を打った。
「ドロシーさん!」
「そうだ、ハンターのメアリだ。クレールもいる、グリムバルドもいる」
モニターから目を逸らさず、クレールとメアリは呼びかけを続ける。
メアリは畜音石をイヤホンの外側から当てる。想定していたより聞こえる声が小さい。かといって音量を大きくすれば、クレールやグリムバルドの声にメアリの鼓膜が破れる。
『……ハンター……』
「……今日は元気が無いな。何があったんだ? 今、何が見えて、何が聞こえているんだ? 教えてくれよ、ドロシー。力になりたいんだ」
グリムバルドは右舷にいるキャリコとは反対側、左舷に立つ。
モニターを通すのと実際目で見るのとは大きさの規模が違う。万が一衝突でもしたらそれだけで間違いなくこの船は沈むだろう。
ドロシーからの返事は無い。それは、言いたくても言えないのか、それとも言う事がないのか3人には分からない。
「ドロシーさん……貴女が暴走していて、聞こえていないのだとしても言っておく」
メアリは静かに、モニターに映し出されているCAMを見つめながら唇を震わせた。
「友達を、諦めたりなんかしない。暴走を止めるし必ず助けにいくからな」
『友達』。初めて出来た友達はとても小さかった。そして死んでしまった。
次に出来た友達も、その次に出来た友達も。助けたかったけど、ただの少女にそんな力はなかった。
人はすぐに死んでしまう。友達になっても、取り残されてしまう。
次は、自分の番かも知れない。そう思うと友達を作ることは諦めた。
アニメは良かった。主人公は死なない。どんな困難に遭っても、どんな酷い目に遭っても。
人々に笑顔と幸せを届ける為に立ち上がり、前を向き、決して死なず、諦めない。
「グリンダ」
メアリが呼びかけると同時にクレールが伝波増幅を測る。少しでもクリアな音を届けようと。
「グリンダ、GPS機能をONにして位置情報を発信し続けて」
――その時、CAMのコックピットのハッチが開いた。
「……え?」
「その、姿は……?」
驚いて言葉を紡げないクレールとメアリ。そんな二人の声にグリムバルドは目を瞬かせ「何があった?!」と問うと、キャリコがグリムバルドに軍用双眼鏡を押し付けた。
黒。それが最初の印象だった。
服がまるで烏のように黒く変わっていた。
鮮やかなピンクの髪は変わらない。だが、強風が髪を煽り、その表情を隠していて窺い知ることは出来ない。
『“善き魔女(グリンダ)”はいない』
抑揚の無い硬質な声が3人の脳に響いた。
『“迷い子(ドロシー)”もいない』
コックピット内で立ち上がった少女は胸を指した。
『死んだ』
絶句する3人の耳に言葉は続く。
『今すぐ引き返せ。これ以上追うのであれば、この艦の全力を持って鎮めにかかる』
クレールとメアリが顔を見合わせ、言葉を発しようとしたのを錬が手だけで制止した。
マイクをオフにした錬は首を横に振って、モニターを睨む。
「ノイズだけじゃない、微かな……呼吸によるモールス信号があった。『危険』『これ以上近付くな』そういった内容が繰り返されている」
錬の指摘に二人は再びドロシーを見た。
一方、グリムバルドはキャリコから借りた軍用双眼鏡で少女の姿を見詰め続けていた。
そして口角を上げて挑むように笑んだ。
「なーに、魔法少女が闇に落ちるなんてよくある事さ。仲間の助けで復活するところまでセットだ。だから、諦めるなよドロシー。きっと何とかしてみせるさ。元気になったら今度は俺とも遊んでくれると嬉しいな」
グリムバルドの言葉の後、一瞬だけ少女の顔がハッキリと見えた。
――泣いているような、笑っているような、少女には不釣り合いの大人びた表情だった。
●Still the sun rises.
少女が再びコックピット内に身を沈めると同時にハッチが閉まっていく。
「ドロシーさん!」
「諦めないからな……絶対に!」
二人は叫ぶように告げるが通信はドロシー側から切られた。
次の瞬間、操縦室に緊張が走った。
「空母からのアクティブソナー確認」
「……撤退だ。宜しいかな? ハンター諸君」
静かな声音に、3人は頷き、クレールが最初に、続いてメアリと錬も頭を下げた。
「はい。有り難うございました」
キャリコとグリムバルドは遠ざかる空母を見つめていた。
朝日を受けて輝く大西洋は何処までも広く続いている。
「……彼らは何をしたいのだろうか」
「……分からない。だが、面倒な事になってるのは確かみたいだな」
強化人間の暴走、連合軍の迷走、議長の失踪。
『“善き魔女(グリンダ)”はいない』
『“迷い子(ドロシー)”もいない』
『死んだ』
あの言葉は何を示しているのだろうとグリムバルドは目を伏せた。
それでも、縁は切れていないはずだ。
クレール、メアリ、そして自分の呼びかけには応えてくれたのだから。
そう、今は信じるしかなかった。
――後日、強化人間達の宿舎の一室から、引き裂かれたぬいぐるみ型スマホケースと破壊されたスマートフォンが発見されたという報告が、5人の元に届いたのだった。
「あの甲板、拡大出来ますか!?」
前方に見えた空母。そしてその甲板に立つ見覚えのある機体にクレール・ディンセルフ(ka0586)はモニターを食い入るように凝視する。
指示を受けた上等兵とみられる兵士がパネルを操作すると、見間違えようもない、ピンクを基調としたCAMが大画面に映し出された。
「やっぱり、ドロシーさんの機体……! まさか、イレブンさん達も……?」
グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)はクレールの言葉に目を眇めた。
「ああ、やっぱりいるよなぁ……」
グリムバルド自身はドロシーのCAMを見た事は無い。だが、魔法少女に憧れた彼女がデザインしたCAMならば納得の奇抜さだった。
「カターニア基地との連絡は?」
「問題ありません」
「ジャミングが来る前にここの座標と見える範囲の情報を流して欲しい」
「了解しました」
神城・錬(ka3822)の指示に、通信用のマイクヘッドフォンを装着した兵士がすぐに対応する。
「空母からの応答は?」
「呼びかけは続けていますが、反応ありません」
「モールス信号は使えないか?」
キャリコ・ビューイ(ka5044)の提案に別の兵士が「やってみます」と答えた。
そんな忙しなくやり取りが行われている中、メアリ・ロイド(ka6633)はモニターを睨むように見つめていた。
「ドロシーさん」
どうして彼女がそこにいるのか。あの基地で一体何が起こったのか。
(たとえ暴走しているのだとしても、諦めない)
タグイェルの柄を強く強く握り締め、メアリは瞬きも忘れてモニターを、そのCAMを見つめ続けていた。
「危険で申し訳ありませんが……インカムが届く1kmまで接近・距離の維持をお願いできますか?」
クレールの静かだが、否定を赦さない意思を秘めた声音が操縦室に響いた。
「理由は?」
問うたのは大尉の階級を持つ、この巡視艇の長だった。
彼が空母を追いたいというハンター達の熱意を汲んで船を出してくれ、彼の部下達がこの船を動かしている。
「あのピンクの機体とは以前一緒に宇宙訓練をしたことがあります。直接のコンタクトが出来るかもしれません」
「俺も、ドロシーとは繋がると思う……彼女がトランシーバーを持っていれば、だけどな」
「……私も分かります」
今まで沈黙を貫いていたメアリが一歩踏み込んだ。
「応答がなかった場合は?」
「即時撤退で構いません。皆さんを徒に危険に晒すことは出来ませんから」
それに、とクレールは心の中だけで付け加える。
(きっと、もうすぐ私たちは“連れ戻されてしまう”。……そんな予感がする)
大精霊クリムゾンウェストは強欲だ。
一度自分が取り込んだモノは決して手放さない。
ハンターの滞在期間はおおよそ24時間が限度。多少の振れ幅はあれど、2日以上持ったという例は未だ聞かれない。
半日掛かりの鎮圧戦、そしてさらに半日掛けてこの空母を見つけた今、いつ連れ戻されてもおかしくない。
(その前に、何としてもドロシーさんとコンタクトを取らなくては……!)
「……聞こえたか、空母の後方1km地点まで接近、維持しろ」
「了解!」
「……有り難うございます」
「すまない、魚雷のアクティブソナーかこの船のソナーで、鯨の音声の10から39ヘルツでモールス信号の文を作成することは出来ないだろうか?」
キャリコの発言に、大尉が視線を向けた。
「理由は?」
「あの空母全てを強化人間達が操縦しているとは考えづらい。恐らく、拉致され、意に反して働いている者がいる筈だ。彼らとコンタクトを取るために試してみたい」
「キャリコ殿といったか。貴殿はアクティブソナーがどういうモノかご存知か?」
大尉は鋭い眼光で射抜くようにキャリコを見る。
「アクティブソナーは我々の間では戦闘行為の一種だ。貴殿の言うとおり、それを“何らかの連絡だ”と受け取れる者が1人いたとしても、他の9人にそれが通じなければ、戦闘開始となるだろう」
「だから、鯨の音声の……」
「こちらから空母が確認出来ているという事は、向こうもこちらを認識している可能性が高い。その船の方向から鯨と類似しているとはいえ、ソナーが発信されたとあれば、あちらはどう思うかな?」
問われ、キャリコはハッと息を呑んだ。
近海にいる鯨かも知れない。だが、敵のソナーかも知れない。敵の警戒心は一気に上がるだろう事は想像に難くない。
「今、我々は敵の懐内とも言える1kmまで近付こうとしている。敵意はないと通信で呼びかけ、モールスを打っているお陰か今の所戦闘行為に至ってはいないが、いつ向こうから弾丸が飛んできてもおかしくない中、そのような危険は冒せない」
「……そう、か」
「ただし、何か具体的な言葉があるというのなら聞こう。強化人間達にばれず、一般の我々にだけ通じるような文章があるのなら」
「……いや、ない」
キャリコは密かに奥歯を噛み締める。方法に付いては考えていたが、その肝心な文章、呼びかけの言葉を具体的には思いつけなかった。
「……万が一に備え、外で待機している」
ソナーの案が否定された以上、キャリコに出来るのは限られている。
頭を冷やす意味でも朝の日差しと潮風に当たる価値はあるだろう。
「俺は神城錬だ、応答を頼む。聞こえているか?」
錬は通信兵からマイクを借り受け、諦めず呼びかけを続けていた。
「何故こんなことをしたのか。その意図は。目的は。なんでもいいから出てくれないか」
砂嵐のようなノイズだけがヘッドフォンから流れてくる。
音がするということは、回線は切られていないという事。
錬は呼びかけながら、この回線が開かれたまま閉じられない理由を探す。
強化人間達がこちらの情報を得るために? ならばリスクは伴えど交渉して情報を引き出す方が早いだろう。
「まだ間に合う! 呼びかけに応じてくれ。話を聞いてくれ」
カターニア基地からは『至急戻れ』という返信が来ていた。
空母ひとつとはいえ、巡視艇と比べたらその武装の違いは比ぶべくもない。当然の指示と言えるだろう。
それでも錬は、この船にいる全員がその指示に今すぐは従えなかった。
危険があろうと、実際に攻撃を受けたわけではない。なら、まだ何かしら手は打てる。まだ誰も諦めていない。諦められない。
「誰か、返事をしてくれ!」
クレールは親指の爪を噛んだ。
空母と巡視艇の距離が縮まらない。いや、正確には徐々に縮まってきてはいる。だが、相手の艦も動いて居るという当然の事実を失念していた。
(何としても、強制送還される前にコンタクトを取りたいのに……!)
小回りが利く巡視艇ではあるが、そのトップスピードが常に出せるわけでもない。何しろ彼らには帰りの燃料も必要なのだ。
「お願い、届いて……!」
クレールの、グリムバルドの、メアリが祈るようにモニターを見守り、そして、ついに1km圏内に空母を捉えた。
クレールが通信器を連結通話で結ぶと、直ぐ様声を掛けた。
「ドロシーさん! こちら、コロナのクレールです! 応答を! 貴女を、イレブンさん達を……月での戦友を、助けに来ました! メアリさんも来ています! 今、繋ぎます!」
「メアリだ。……ドロシー、応答して」
二人が呼びかける声を背に、グリムバルドは外へと飛び出した。
高速で移動する船の甲板は酷く揺れる。波飛沫が頬を打ち、グリムバルドは思わず扉の縁を掴んで体勢を整えた。
「よう、ドロシー。今日は魔法少女はおやすみか? 声だけだとわかんないかな? 無限アライグマ戦で一緒だったグリムバルドだ。……忘れたとか悲しいこと言わないでくれよ?」
ワザと軽い口調で呼びかけ始めた。
●Good-bye, hope.
無音だったコックピット内に、響く3人の声。
「……ハンター」
ぎちり、と頭が痛み始める。脈打つようなそれは同時に吐き気をもたらす。
懐かしい痛みだ。強化人間になってから、久しく無くなっていた痛み。
「……ハンター……」
『魔法少女』という言葉が聞こえた。そうだ、※※※※がなりたかったもの。憧れたもの。
――純粋で夢を見る事しか赦されなかった少女が全てを捨てて欲した偶像。
『……ハンター』
ノイズに消えてしまいそうな程小さな呟きが3人の耳朶を打った。
「ドロシーさん!」
「そうだ、ハンターのメアリだ。クレールもいる、グリムバルドもいる」
モニターから目を逸らさず、クレールとメアリは呼びかけを続ける。
メアリは畜音石をイヤホンの外側から当てる。想定していたより聞こえる声が小さい。かといって音量を大きくすれば、クレールやグリムバルドの声にメアリの鼓膜が破れる。
『……ハンター……』
「……今日は元気が無いな。何があったんだ? 今、何が見えて、何が聞こえているんだ? 教えてくれよ、ドロシー。力になりたいんだ」
グリムバルドは右舷にいるキャリコとは反対側、左舷に立つ。
モニターを通すのと実際目で見るのとは大きさの規模が違う。万が一衝突でもしたらそれだけで間違いなくこの船は沈むだろう。
ドロシーからの返事は無い。それは、言いたくても言えないのか、それとも言う事がないのか3人には分からない。
「ドロシーさん……貴女が暴走していて、聞こえていないのだとしても言っておく」
メアリは静かに、モニターに映し出されているCAMを見つめながら唇を震わせた。
「友達を、諦めたりなんかしない。暴走を止めるし必ず助けにいくからな」
『友達』。初めて出来た友達はとても小さかった。そして死んでしまった。
次に出来た友達も、その次に出来た友達も。助けたかったけど、ただの少女にそんな力はなかった。
人はすぐに死んでしまう。友達になっても、取り残されてしまう。
次は、自分の番かも知れない。そう思うと友達を作ることは諦めた。
アニメは良かった。主人公は死なない。どんな困難に遭っても、どんな酷い目に遭っても。
人々に笑顔と幸せを届ける為に立ち上がり、前を向き、決して死なず、諦めない。
「グリンダ」
メアリが呼びかけると同時にクレールが伝波増幅を測る。少しでもクリアな音を届けようと。
「グリンダ、GPS機能をONにして位置情報を発信し続けて」
――その時、CAMのコックピットのハッチが開いた。
「……え?」
「その、姿は……?」
驚いて言葉を紡げないクレールとメアリ。そんな二人の声にグリムバルドは目を瞬かせ「何があった?!」と問うと、キャリコがグリムバルドに軍用双眼鏡を押し付けた。
黒。それが最初の印象だった。
服がまるで烏のように黒く変わっていた。
鮮やかなピンクの髪は変わらない。だが、強風が髪を煽り、その表情を隠していて窺い知ることは出来ない。
『“善き魔女(グリンダ)”はいない』
抑揚の無い硬質な声が3人の脳に響いた。
『“迷い子(ドロシー)”もいない』
コックピット内で立ち上がった少女は胸を指した。
『死んだ』
絶句する3人の耳に言葉は続く。
『今すぐ引き返せ。これ以上追うのであれば、この艦の全力を持って鎮めにかかる』
クレールとメアリが顔を見合わせ、言葉を発しようとしたのを錬が手だけで制止した。
マイクをオフにした錬は首を横に振って、モニターを睨む。
「ノイズだけじゃない、微かな……呼吸によるモールス信号があった。『危険』『これ以上近付くな』そういった内容が繰り返されている」
錬の指摘に二人は再びドロシーを見た。
一方、グリムバルドはキャリコから借りた軍用双眼鏡で少女の姿を見詰め続けていた。
そして口角を上げて挑むように笑んだ。
「なーに、魔法少女が闇に落ちるなんてよくある事さ。仲間の助けで復活するところまでセットだ。だから、諦めるなよドロシー。きっと何とかしてみせるさ。元気になったら今度は俺とも遊んでくれると嬉しいな」
グリムバルドの言葉の後、一瞬だけ少女の顔がハッキリと見えた。
――泣いているような、笑っているような、少女には不釣り合いの大人びた表情だった。
●Still the sun rises.
少女が再びコックピット内に身を沈めると同時にハッチが閉まっていく。
「ドロシーさん!」
「諦めないからな……絶対に!」
二人は叫ぶように告げるが通信はドロシー側から切られた。
次の瞬間、操縦室に緊張が走った。
「空母からのアクティブソナー確認」
「……撤退だ。宜しいかな? ハンター諸君」
静かな声音に、3人は頷き、クレールが最初に、続いてメアリと錬も頭を下げた。
「はい。有り難うございました」
キャリコとグリムバルドは遠ざかる空母を見つめていた。
朝日を受けて輝く大西洋は何処までも広く続いている。
「……彼らは何をしたいのだろうか」
「……分からない。だが、面倒な事になってるのは確かみたいだな」
強化人間の暴走、連合軍の迷走、議長の失踪。
『“善き魔女(グリンダ)”はいない』
『“迷い子(ドロシー)”もいない』
『死んだ』
あの言葉は何を示しているのだろうとグリムバルドは目を伏せた。
それでも、縁は切れていないはずだ。
クレール、メアリ、そして自分の呼びかけには応えてくれたのだから。
そう、今は信じるしかなかった。
――後日、強化人間達の宿舎の一室から、引き裂かれたぬいぐるみ型スマホケースと破壊されたスマートフォンが発見されたという報告が、5人の元に届いたのだった。
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追跡と生存の作戦相談卓 クレール・ディンセルフ(ka0586) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/08/08 21:00:44 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/08/04 00:29:32 |