いのちをあなたに

マスター:ことね桃

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/08/07 15:00
完成日
2018/08/26 15:42

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●のこされたもの

「メルルが……そんな……」
 帝国のハンターオフィスで待機していた少年・エレンは帰ってきたハンター達の報告を受けるとたちまち顔から色を失った。最愛の妹がアンデッドに連れ去られたのいうのだから無理もない話だ。
 そこでフィー・フローレ(kz0255)がおずおずと口を開いた。
「エット……メルルガ契約者ナラ、歪虚カラ手荒ナ扱イハ受ケナイハズナノ。ソレニエレンガ生キテイルナラ、メルルノ心モ折レテイナイハズヨ。ソノ……エット……」
「……ありがとう、精霊さん」
 気休めに過ぎない言葉だが、エレンは理性を取り戻したらしい。潤んだ目をシャツの袖で何度も拭うと、走り書きの報告書に目を通しはじめた。

 一方でオフィスの職員はハンターが持ち帰ってきた「本」の解読を進めていた。
「こいつはメルル嬢が飲んでいる新薬を研究していた医師の研究記録だな。記録者の名前はソフィア・ヴィンケル。現在公式に発表されている薬の開発メンバーには存在しない名前だ」
「存在しない? 記録のために一時的に雇われていた人物ということ?」
「いや。先ほどその開発者のひとりに確認したんだが、ソフィアはこの新薬研究における第一人者だったらしい。ただし昨年の冬、研究に必要な薬草の採取に向かう道中で失踪したというんだ」
 職員は首を傾げたハンターに解読の終わったページを差し出す。
 研究初期のページは仲間と活発に交わされたであろう意見交換の記録や考察、帝国各地で確認された患者の治療データや診察のための巡回ルート、研究チームのみならず個人で行った実験記録までが整った字で細やかに記録されており、ソフィアという女がいかにこの研究に入れ込んでいたかが伝わってきた。
 しかし、後半に突然ぷつりと記述が途切れる。新薬の完成に必要な薬草が判明したところで……べったりと赤黒い何かが紙面を覆っていたのだ。
 ハンター達が戸惑い顔を上げると、職員が苦い顔で頷く。
「当時、その薬草が生える地域でタチの悪い歪虚が暴れていてな。同僚が何度も旅を控えるよう勧めたんだが、一刻も早く薬を完成させたいからと押し切ってしまったらしい。その後歪虚は討伐され、後発の研究者によって薬草も無事に採集されたものの、彼女の存在を示すものは何ひとつ見つからなかった。……つまりはこの本が初めて見つかったソフィア・ヴィンケルの遺物となるわけだな」
 歪虚への恐怖心に勝る無謀なほどの情熱を持った女性が、覚悟していたといえど夢半ばにして命を絶たれる瞬間。その時、いかほどの恐怖と怒りと無念が彼女を襲ったのだろうか。――ハンター達は歪虚が生まれるプロセスを無意識に脳裏に描いた。
「……そのソフィア女史がどうなったのかは誰もわからないんですよね。でも、メルルがこれをハンターに託したことに大きな意味があると思います」
 ひとりのハンターがぽつりと呟いた言葉に、仲間達は顔を見合わせては頷きあった。
 

●メルルの意志

『ねぇ、メルル。私の大切な本をどこに落としたの? あの本には患者の記録を書き込んでいたのよ。無くなると困るの。私はあの病をこの世から消さないといけないんだから』
「……」
 ここはとある森にひっそりと存在する小さな狩猟小屋。
 ソフィアを名乗る白衣の歪虚は椅子に座るメルルの耳元に優しく囁きかけた。しかしメルルの瞳に光はなく、ただ茫とした面持ちで黙り込んでいるだけだ。
『……いきなり言うことを聞かなくなって、私のもとから逃げ出して……困った子だわ。最初の支配はうまくいったのに……いいえ、もしかして私の支配に抗い始めたの?』
 眉間に皺を寄せた歪虚がメルルの顔を覗き込むも、一向に反応はない。歪虚は困ったように笑い、毒々しい赤に彩られた指先をメルルの真っ白な手に重ねた。
『ねえ、メルル。私はあなたが大好きよ。自分のためではなく、誰かのために必死で生きようとしたその心……昔の私にそっくりで。私達、きっと良い姉妹になれると思うの』
 歪虚の指は氷のように冷たい。メルルの肩が小さく震えるのを目に留めると、彼女は口元を薄い月のように吊り上げて歌うように語り始めた。
『さあ、これから私とどこまでも旅をしましょう。あの病で苦しんでいる人達全てに永遠の安らぎを与える救済の旅を。そして私達があの病をなくすだけでなく、生の苦しみと死の恐怖から世界を解き放つのよ。それにあなたのためにお友達をたくさん作ってあげる。きっと賑やかで楽しい旅になるわ』
 その時、焦点の合わなかったメルルの瞳が歪虚の顔をゆるやかに捉え。小さな唇から言葉が漏れ出た。
「……いや……せんせいのすること……わるいことでしょ……?」
『ようやく口を開いたと思ったら、まだ抗うのね。いいわ、今度はもう少し違う精神支配をしてあげる』
 メルルの返答に歪虚は吐き捨てるように言い放つと、深紅の瞳に怪しげな光を宿らせる。
 メルルはかつてあるハンターから授けられたペンダントを縋るように握ったが――やがて、その手は力なく滑り落ちた。


●歩みはじめた歪虚と少女

 ハンターオフィスで待機するハンター達とエレンのもとに新しい情報が入ったのは、陽が傾いてからのことだった。
「この町から北東にある街道で白衣を着た女と子供が歩く姿を見た商人がいるそうだ。……それと同時刻に街道周辺の森の木々を揺らす巨大な影を見かけたという不穏な情報も入っている」
 職員がハンター達の前で白地図に赤鉛筆で問題のポイントを示す。即座にハンターのひとりが「本」を開いた。
「この道を進んだ先のひとつがソフィア女史の巡回ルートになっていますね。診療所のない過疎の村があり、患者が複数名いるようです」
 その言葉に別のハンターが頷いた。
 幸い、村は小さい丘にあり見晴らしが良い。早期に転移門を使い地の利を制するならば待ち伏せも可能だろう。
「……ン」
 エレンに付き添うフィーがハンター達に申し訳なさそうな視線を送った。精霊は転移門を潜ることができない。同行できないことへの心苦しさがあるのだろう。
 そこでハンターのひとりがフィーの柔らかな毛を撫でた。万が一の場合は頼むと言って。
 ――やがて次々と転移門の向こうに消えていくハンター達。その背にフィーとエレンはただひたすら無事を祈ることしかできなかった。

リプレイ本文

●夕闇の侵攻

 丘陵地に転移を果たした一行はすぐさま周囲を見渡した。
「森に囲まれているが、高所にあるのが幸いだな。歪虚の下僕が大型ならばなおのこと戦場も限られよう」
 コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)が落ち着き払った声で低く呟く。
 時音 ざくろ(ka1250)は可憐さすら漂わせる端整な顔で緩やかな坂を見つめる。
「今は異変が見られないけど、その分やれることはやらないとね。守るべきものを見誤らないように……兄妹の絆も、人々の命も」
 振り向いた彼の視線の先には寂れた集落が存在する。少なくともこの地が戦いに巻き込まれないよう距離をとるべきと彼は考えたのだ。
 ふたりの声に濡羽 香墨(ka6760)は小さく頷くと、腕の中にある一冊の書物を無意識に抱きしめた。
 それは昨日再会したメルルが錯乱しながらもハンター達に渡そうとした「ソフィア・ヴィンケル」という女医の研究記録。これはメルルと契約を交わした歪虚がソフィアだとするならば、戦況に影響を与える存在に違いない。香墨は出発前に何度も親友の澪(ka6002)とこの本を何度も読み返し、要点を頭に叩き込んでいる。
 それまで唇を真一文字に結んで香墨の隣を歩むのみだった澪はふいに先に歩み出ると振り返った。
「絶対、助ける。ね、香墨?」
「……ん。メルルは生きたいって願ってたはず。それに約束……だから」
 香墨の顔は重厚な兜に覆われてこそいるが、その奥から漏れ出る声は多感な少女のもの。澪は複雑に入り混じる感情の中に確かな救済の意志を感じ取ると、毅然とした表情を和らげて頷いた。

 セレス・フュラー(ka6276)は街道の脇の茂みにしなやかな長身を滑り込ませた。
「セレス、大丈夫なの? 単身で斬り込みなんて」
 愛梨(ka5827)が顔を曇らせると、彼女は清々しいほどに笑ってみせた。
「奇襲を仕掛けるのは得意だよ。それに……ふふ、こう見えてあたりも、一応、妹が二人いるお姉ちゃん。妹を取り戻すために、一肌脱いじゃおうじゃないの」
「そっか、そうなんだ……ありがと。あたし、精一杯敵を引きつけるから。メルルのこと、お願いね」
「了解。頼りにしてるからさ、よろしく頼むよ」
 愛梨のまっすぐな願いに対しセレスの返答は相変わらず飄々としていたが、マスクを被る彼女の瞳は手練れのハンターらしく鋭いものと変わっていた。


●天を衝く骨と意思なき娘

 それはひどく無遠慮な音だった。尖ったものが地を突き、木々の枝が大きく揺さぶられ、細い枝が易々と砕けて落ちていく。
(ふ……ん、脳がないだけに命令を受けたら猪突猛進ってわけ)
 茂みに姿を隠すセレスは2体の巨大スケルトンを確認すると、朽ちた墓場で待機する仲間達へハンドサインを送った。彼女が目指すものは、木々の合間から姿を垣間見せた白衣の歪虚である。
(あたしは今、風になる。歪虚を斬り裂く宵の風に)
 美しい白肌のセレスは濃密なマテリアルを纏うことでその姿を夕闇に溶けるように消した。彼女が駆けた後には微かな足音とヒヤリと肌を撫でる風しか残らない。
(武運を)
 ざくろは祈りを捧げると、剣を構えて敵地へ駆け出した。
「この先には絶対に行かせるわけにはいかないんだ。真っ向勝負、受けてもらうよ!」
 ざくろの姿を認めるなり、まずがむしゃらに前進したのは頬骨に傷のある巨大スケルトン。彼は左腕を横から大きく払ったが、ざくろはそれを危なげなく躱すと逆手に持った剣を返すように突き上げた。
『!!』
 左手の指骨を繋ぐ皮がぶつりと斬れる。そのスケルトンが怯んだ隙に、もう一体のスケルトンがざくろに肉薄した。次は蛮刀による斬撃だ!
「くっ!」
 ざくろが受け身をとろうとしたその時。
 ――グアァンッ!!!
 粉雪に酷似した冷気を放つ弾丸がスケルトンの肋骨を砕く。冷気を纏った風がスケルトンを覆い、なんとざくろを害そうとした右腕が凍り付いた。
 コーネリアもセレスと同じく姿を隠し、虎視眈々と行動のタイミングを計っていたのだ。
「愚鈍だな。所詮は骨か」
 腕へ伝わる冷たい硝煙。それを振り払うと、彼女はスケルトンと歪虚を視界に収められる茂みに飛び込んだ。
 ――歪虚とメルルは街道をヒトと変わらぬ速度で歩いている。契約者の力を行使していないメルルはか弱い少女に過ぎないのだ。
 そこでコーネリアは銃の照準を歪虚に一瞬向けたが、舌打ちをすると再びスケルトンへ視線を戻した。
(歪虚が彼女を盾とする可能性を考慮すれば現状での狙撃は危険……早期に死体どもを砕くしかあるまい)
 こうして苦い表情でコーネリアが遊撃を繰り広げる最中、あえて姿を晒す者もいた。愛梨である。
「メルル、頑張って。必ず助けるから!」
 ざくろに負けじと前に出た愛梨は大声で宣言すると、覚醒と同時に出現する幻影の弓矢を遠方で構える歪虚に向けた。
『……ッ』
 歪虚は途端に顔を強張らせ、メルルを脇に抱き寄せた。すると愛梨は眉間に僅かに皺を寄せ「届かない……ならば、終の矢。陽光の舞っ!!」と叫んだ。五色光符陣――強烈な光の結界が矢から放たれ、スケルトン達の骨をじりじりと灼くように砕いていく。
「的が大きいのは得意なのよ!」
 彼女はスケルトンが脱力する様を見届けると前衛のざくろの背を守るように立ち、こう見得を切る。しかし、その本心は……ざくろにだけ聞こえるよう、ぽつりと囁いた。
「前衛が少ない戦いは心許ないわね。でもここで私達が頑張れば歪虚の討伐とメルルの救出への妨害を防げる。そうでしょ?」
「うん。諦めなければ必ず道は開けるはず。澪、香墨っ、今だ!」
 ざくろは愛梨に一瞬優しく笑み、続けて澪と香墨に前方へ手を突き出した。ここは自分たちに任せてと。
 そこで表面が砂状に砕けながらも侵攻を諦めないスケルトンは、駆け出した澪にも容赦なく蛮刀の切っ先を向けた。
「香墨の邪魔はさせない!」
 道を塞ぐように突き出された腕を澪が力いっぱい蹴り上げ、そのまま高く飛びあがる。そして全体重をかけた刃が蛮刀を持つ手首を切断した!
『グギャッ!!?』
 骨が擦れ合うことで響く奇妙な悲鳴。それに耳を貸すことなく、香墨は愛馬を走らせた。親友が切り拓いた道で止まるわけにはいかない。
(私はメルルを救いたい。これは覚醒者としての義務を背負っただけの戦じゃない。私が選んだ戦い……だから負けない。絶対に)
 香墨の宝杖を握る手はいつしか痛みを感じるほど強く握られていた。後方では澪が声を張り上げ、刃を交わす音が香墨の背を打つ。
 本当は振り返って親友の傷を癒したい、助けたい……それでも香墨は親友を信じ、駆け抜けることを選んだ。


●宵風の奇襲と死の香り

『困ったわね、メルル。まさかハンターが待ち伏せしていたなんて』
 歪虚ソフィアは前方の戦況を他人事のように見つめると、隣に控えるメルルを優しく抱きしめた。
『低位のアンデッドは替わりがいるけれど、私達は消失したらおしまい。別の道を探しましょ』
 歪虚の提案を受け、顔を上げるメルル。
 ――するとそれまで墓石の陰に潜伏していたセレスが幾重にも残像を纏い、三角跳びの要領で木を蹴りつけ歪虚の後方へ降り立つと背の中央をマテリアルの刃で突いた。
「その子には家族がいるんだ。返してもらうよ、在るべきところに」
 ナイトカーテンの力が消え、怜悧な瞳のセレスが現れる。彼女はそのまま歪虚の首に向かって柄を突き上げながら刃を引き抜いた。手応えあり。そう思った瞬間。
 それまで成り行きを見守っていたメルルが跳び上がり、なんとセレスを爪先で鋭く蹴りつけた。
「せんせいの、じゃまをしないで」
 機械のように抑揚のない歌声が響く。歪虚を仕留めきれなかったという証だ。
 続けて歪虚が穏やかな声で呪詛を紡ぐ。地面から死体達が身体を震わせながら現れだした。
『たったひとりでここに来たの? あなたは相当の自信家なのかしら。それとも自分の命の価値を見失った可哀想な子?』
「どうだろうね。ま、ゾンビ風情にやられるセレスさんじゃないってことは教えてあげるよ」
 再びマテリアルの刃を構成するとセレスは不敵に笑った。


●連鎖する死

 歪虚とセレスの交戦が始まって以来、墓場における戦闘の様相が変化を始めた。巨大スケルトンが歪虚を援護するべく後退を始めたのである。
「今なら!」
 澪がスケルトンの肩を斬りつけつつ飛び越えようとすると、もう一体が澪に蛮刀を突き出した。
 そこに盾を構えたざくろがすかさず滑り込む。
「超機導パワーオン……弾け跳べ!」
 彼の身体は雷光を纏い、スケルトンの巨体を大きく仰け反らせる。蛮刀の衝撃で肩に強い痛みが奔ったが――道を開くためだ、彼は後悔しない。
「ありがとっ」
 澪はこう告げると、振り返らずに疾走する。
 そのタイミングですかさず弱った敵へライフルを向ける者がいた。コーネリアだ。
「頃合いだな。命を持たない奴に何ができる? 墓の中にすっこんでいろ!」
 彼女はライフルに意識を収束させ、弾丸に螺旋を描くマテリアルを纏わせる。すると力が漲るほどに銃口から乾いた音が響き――深紅の雷光が迸った! 頭を庇う余裕すら与えない無慈悲な弾は傷を幾度も抉り無残にも破砕させた後、元より脆くなっていた体がガラガラと崩れていく。
 続けて愛梨が幻影の弓から風雷陣を放つ。歪虚が積極的な動きを見せない今だからこそ、前に出るべきと。
「三の矢。雷獣の舞!」
 獣の咆哮に似た轟音を立てて、道を塞ごうと蠢く生き残りのスケルトンに雷が落ちる。
 そこに機械で体の大半を構成された黒鳥が舞い降りる――ざくろの相棒である「Lo+」だ。
「今ざくろ達の絆は結ばれた……GO、Lo+! 突撃だっ!!」
 ファミリアアタックの力を付与された黒鳥は漆黒の旋風となり、巨大なスケルトンを呆気なく解体していく。そして黒鳥がざくろのもとへ戻るその瞬間……2体のスケルトンはただの白い砂山と化していた。

 
●歪虚の想い

 どうっ。
 セレスの刃がゾンビの首を刎ね、長い脚が首のなくなった遺体を道端へ蹴飛ばした。先ほど召喚された5体のゾンビはもはや2体まで減り、歪虚の前で腕を広げて壁役を務めるばかりだ。
 既にメルルも香墨のジャッジメントで四肢を地に縫い留められている。香墨は何度もメルルに声をかけたが――思考を失ったメルルは獣じみた悲鳴を上げるばかりだ。
『メルル、待っていて。必ず助けるから』
 歪虚はメス状の薄いナイフを胸元から取り出すと、セレスの右肩に向けて振りかぶった。
「雲散霧消ッ!」
 セレスが瞬時に刃を抜き、歪虚の腹から肩に向けて斜めに振り上げる。しかし。
『「ぐっ!」』
 両者の刃は互いに深く突き刺さり、鋭い痛みが奔った。そこでメルルが再び立ち上がろうとした瞬間、闇色の霞が宙に溶けて不可視の壁を造り上げる。
「……メルル、ごめん。でも約束、守らなくちゃ……いけないから」
 香墨の謝罪にメルルの表情は獣じみた怒りを露わにする。じわりと香墨の胸が痛んだ。
 続いて歪虚を襲ったのは宙を断つ刃。澪の次元斬だ。ゾンビの体が無残に千切れ、歪虚の顔にも浅い傷を創った。
「貴女は消すよ。ここで」 
 澪は幾度もスケルトンに傷つけられながらもメルルを救うために、不留一歩で歩みを止めずここまで駆け抜けたのだ。香墨が小さく頷くと、懐に隠していた研究記録を手にする。
「……ソフィア、あなたは。生きていれば。間違ってなかった。でも……もう。後戻りできない。だから……死んで」
『メルルったらそれをあなた達に渡したのね。それなら研究のこともご存じなのよね?』
 その時、それまで遊撃を繰り返していたコーネリアがついに姿を現した。ライフルにはあの残酷な弾丸が放たれる用意が整えられている。
「お前は医師を称していたそうだな? 本当のことを言え。何が目的だ?」
『私はあの病に答えが出たのだから、やるべきことをしようとしただけよ』
「答えだと?」
『あの病は遺伝性のもの。だから患者とその縁者が全て私と同じ存在になれば。ね、確実で賢い方法よ』
「……歪虚風情がふざけるな! そんなことで人を救うなどッ!」
 一層の力を込めてトリガーに指をかける。歪虚の手を弾丸が容易くもぎ落とした。それでも歪虚は――口を開く。
『私はあの病で家族を失った。だからあの病を駆逐しようと力を尽くしたけれど……死こそが私に絶望を超える希望を与えてくれたの』
 赤い瞳が地に伏せたメルルを愛おしそうに見つめる。香墨はその視線からメルルを守ろうと、黙して立ち塞がった。
 そこで合流したざくろは超重錬成により大剣と化した得物を携えていた。
「あなたが病を根絶しようという想いは本気だったんだね。それなのに……何処で間違えてしまったんだろう」
『さぁね。気がついたらこうなっていた。私はそれしか知らないわ』
 歪虚ソフィアは結局、歪虚になり切れぬまま歪虚本来の思考と力に翻弄されたのだろう。ざくろはひどく滑稽で悲しく思えた。
「そうか。でもざくろはね、仲の良い兄妹を引き裂くような真似を許せないんだよ。特に心を奪うことは絶対に。リミッター解除、剣よ今一度元の姿に……超・重・斬!」
 ざくろの叫びとともに放たれる必殺の一撃。歪虚は諦めたように笑うと、残った腕をメルルのもとへ伸ばして……体を横一文字に両断された。
「せん、せい……」
 契約者メルルは主の最期を見届けると、涙をひとすじ流して意識を失った。


●あたたかいもの

 戦いの終結と同時に香墨はメルルに駆け寄るとフルリカバリーの力で彼女を治療した。
「……生きててくれて。ありがと」
 メルルの顔には疲労の痕跡が残っているが、呼吸は規則正しく血色も悪くない。その事実が嬉しくて香墨は兜を脱ぎ捨てるとメルルを抱きしめ、柔らかな頬を寄せた。
「それじゃ帰ろうか。お兄さんのところにね」
 ざくろは己の傷を顧みず、メルルを軽々と抱き上げる。すると愛梨が符を手に駆け寄った。
「待って、ちょっとでも楽にしてあげたいの」
 彼女が符に祈りを捧げ、天に放つ。まるで早朝のそよ風のような清らかなマテリアルが周囲を満たし、メルルの顔に残された険しい皺を消し去っていく。メルルが起きたら「あなたは悪い夢を見ていたの。お家に帰ったらエレンとたくさんお話しして、おいしいご飯をいっぱい食べて、よく眠るのよ」なんて――話してやろうと愛梨は思った。
 澪は香墨に手渡された研究資料を見つめた。
(メルルが契約者になってからほんの一日しか経っていない。長期間契約状態にあった契約者の命は短いというけれど、メルルなら……きちんとした治療を受ければその人達よりもずっと生きられるかもしれない。ううん、私はそう信じる)
 歪虚ソフィアが人間だった頃、医師だった頃の矜持を信じ、澪はもう一度あの研究資料を読み直そうと思った。そうすることがメルルの救済と――医師ソフィアの手向けになると信じて。

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MVP一覧

  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろka1250
  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨ka6760

重体一覧

参加者一覧

  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 非情なる狙撃手
    コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561
    人間(蒼)|25才|女性|猟撃士
  • アヴィドの友達
    愛梨(ka5827
    人間(紅)|18才|女性|符術師
  • 比翼連理―瞳―
    澪(ka6002
    鬼|12才|女性|舞刀士
  • 風と踊る娘
    通りすがりのSさん(ka6276
    エルフ|18才|女性|疾影士
  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨(ka6760
    鬼|16才|女性|聖導士

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/08/04 21:19:41
アイコン 相談卓
通りすがりのSさん(ka6276
エルフ|18才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2018/08/05 11:53:07
アイコン 質問卓
通りすがりのSさん(ka6276
エルフ|18才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2018/08/03 15:11:11