ゲスト
(ka0000)
Never Give Up
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/12/26 12:00
- 完成日
- 2014/12/27 06:31
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
どうして――こうなったのか。
悪いといえる部分は確かに幾つか存在する。
割合で言うならば、今渦中に在る少年の責任がもっとも大きいだろう。
だが幾つか、不幸な偶然、としかいえない事実が重なったのも確かだ。
ただ、一つ言えるのは。
ずれた歯車の中、少年が諦めなかったからこそ、運命は廻り続けた。
ほんの少しの不運、気まぐれ、見落とし、思い違い。
それらが重なりずれが広がっていく運命の輪は、それでも動き続けて。
そうして――こうなった。
●
「あーその依頼ですか? まあ皆さんの力なら、そこまで危険はないと思うんですけどねー」
この依頼の詳細を、と尋ねたハンターに答える受付嬢の声は軽いものだった。
実際に話を聞けば成程、それほど重大な依頼とは思えない。
とある山村を襲ってきた、雑魔化したコボルト退治。発見されたのは数匹で、村の大人たちが追い払おうとしたところ、一度は退却していったらしい。
だが、今回は幸いにも追い払うことができたものの、村人では退治するまでは出来ない。
「山に入れないってのは村人にとって死活問題なんで、なるべく早めに倒しちゃってくださいってことですねー……ってなことで、集まったんなら転移門、準備しちゃいましょうか?」
受付嬢の態度は相変らず軽薄だが、だからと言って不真面目というわけではないらしい。
早速準備を始めたのは、純粋に、今不便を感じているだろう村人を気遣っての善意だった。
そう。善意だった。
追加の情報がソサエティにもたらされたのは、このあとのことだったのだから。
●
山のふもとにあるその村は本当に小さな村だった。
だけど、幼くして親を亡くした兄妹が二人、助けられて生きていけるのも、そんな、小さな村ゆえの結びつきの強さがあってのこと。
――おじさんは、嘘をついたわけじゃない。
山道を全力で走りぬけながら、少年は反芻する。
『大丈夫。何も心配は要らないよ。雑魔化したとはいえ、基本的にはコボルトなんて卑怯で臆病な連中だ。ちょっと脅かせば逃げていっただろう? すぐにハンターたちが来てくれる、それまでは大丈夫さ』
それが本来、「だから数日間のことだから、心配しないで我慢しろ」という意図で言われた言葉だということは、少年にだって分っていた。決して、「だから下手に山に入ってコボルトに遭遇したって大丈夫」という意味ではないということは。
少し考えれば分るはずだったのだ――こんなときに、身体の弱い妹が高熱を出したりしなければ。
そう遠くない位置にある薬草を取りに行くだけ。運悪く遭遇しなければいいことだし、出会ったとしても脅して怯んだ隙に逃げればいい。
大人に相談すれば止められるだろうと、焦った頭で先走った末路がこれだ。
ギャアギャアと喚く不快な嗤い声が、すぐ後ろから追いかけてきている。
――殺セ、殺セ。奪エ、奪エ。
コボルトの言葉なんて分からないはずなのに、嫌でも意味は理解できた。
ああそうだ。おじさんは嘘を言っていない。あいつらは臆病で卑怯者だ。だからこそ、自分より弱い相手がのこのこと目の前に現れた、そんな好機を逃すわけがない!
殺戮と略奪の優越感に浸る、そのためだけにコボルトたちは少年を殺しにくるだろう。
少年が今、必死に握り締める薬草も。奴らにとって大した意味はなくても、勝利の証拠品として、強者の権利として奪い取られる。
否応無しにその結末を想像して……限界を迎え始めている身体を自覚する。
もう、駄目だ。
諦めて、楽になりたい。
苦しい。喘ぐように酸素を求める。
酷使された肺が、抗議するようにひゅう、と音を立てた。
――今寝込んで苦しんでいる、妹の呼吸の音に良く似ていた。
諦めたく、ない。
たとえ勝つ事はできなくても。生き残ることは出来なくても。
たった一人の家族を守ると誓った、その約束だけは。
痛む肺を無理矢理動かして、精一杯息を吸う。
「う……お、あぁぁあああ!」
気力が、身体を突き動かした。脅すためにと持ってきていた武器――と言っても暖炉の火かき棒だが――を、コボルトめがけて投げつける。
当たりこそしなかったけれど、予想外の反撃と気迫に驚いたのか、コボルトたちが戸惑い、顔を見合わせて足を止めるのが見えた。
(……よし!)
距離が稼げたのを確認して、足元から手ごろな石を拾い上げてから再び走り始める。
(まだだ。まだ、諦めて、たまる、ものか――!)
その思いで、少年は必死で考える。
村の近くまで逃げることが出来れば、あいつらがそれに気付けば、向こうから逃げ出す可能性はある。
そこまで走ればいい。そこまで距離を稼げばいい。
……もし駄目でも、せめて一歩でも村の近くに。事態に気付いた誰かがすぐに僕を見つけられるように。僕が見つけた薬草を、少しでも早く妹に届けてくれるように。
諦めない。絶対に。
「……っ! やあぁっ!!」
頃合を見て、再び振り向いて、先ほど拾った石を投げる。偶然にもそれは先頭を行くコボルトの顔面に命中した。
ついてる、と思った。まだ完全に自分は幸運に見放されたわけじゃないと。悪足掻きでもすべきなんだ。諦めない限り、か細い可能性の糸はまだ垂らされていると。
必死で走る。道が開けてきたのを感じる。もうすぐ。もうすぐで、山の入り口近くまで来ているはずだった。あと少しだけ……――
ずれた歯車の中、少年が諦めなかったからこそ、運命は廻り続けた。
ほんの少しの不運、気まぐれ、見落とし、思い違い。
それらが重なりずれが広がっていく運命の輪は、それでも動き続けて。
「……がっ!?」
背中に、痛烈な痛み。
吸ったばかりの息が無理矢理押し出されて、むせる。
たまらず足がもつれ、倒れた。
……それもまた、少年の『悪足掻き』が出した結果。
コボルトによる投石。
離れた相手を足止めするには物を投げればいいと、興奮したコボルトに思い出させたのは、他ならぬ少年自身の行動だった。
後悔と痛みで目が眩む。限界を超えた疲労が身体に圧し掛かる。
これまでなのか。あがいても、駄目なのか。無駄なのか。僕が……弱いから。
涙で滲む視界で、それでも最後に妹の名前を呼ぼうと、顔を上げる。
そうして――こうなった。
その視線の先には、何も知らずに山に入ってきたばかりのハンターが居たのだ。
悪いといえる部分は確かに幾つか存在する。
割合で言うならば、今渦中に在る少年の責任がもっとも大きいだろう。
だが幾つか、不幸な偶然、としかいえない事実が重なったのも確かだ。
ただ、一つ言えるのは。
ずれた歯車の中、少年が諦めなかったからこそ、運命は廻り続けた。
ほんの少しの不運、気まぐれ、見落とし、思い違い。
それらが重なりずれが広がっていく運命の輪は、それでも動き続けて。
そうして――こうなった。
●
「あーその依頼ですか? まあ皆さんの力なら、そこまで危険はないと思うんですけどねー」
この依頼の詳細を、と尋ねたハンターに答える受付嬢の声は軽いものだった。
実際に話を聞けば成程、それほど重大な依頼とは思えない。
とある山村を襲ってきた、雑魔化したコボルト退治。発見されたのは数匹で、村の大人たちが追い払おうとしたところ、一度は退却していったらしい。
だが、今回は幸いにも追い払うことができたものの、村人では退治するまでは出来ない。
「山に入れないってのは村人にとって死活問題なんで、なるべく早めに倒しちゃってくださいってことですねー……ってなことで、集まったんなら転移門、準備しちゃいましょうか?」
受付嬢の態度は相変らず軽薄だが、だからと言って不真面目というわけではないらしい。
早速準備を始めたのは、純粋に、今不便を感じているだろう村人を気遣っての善意だった。
そう。善意だった。
追加の情報がソサエティにもたらされたのは、このあとのことだったのだから。
●
山のふもとにあるその村は本当に小さな村だった。
だけど、幼くして親を亡くした兄妹が二人、助けられて生きていけるのも、そんな、小さな村ゆえの結びつきの強さがあってのこと。
――おじさんは、嘘をついたわけじゃない。
山道を全力で走りぬけながら、少年は反芻する。
『大丈夫。何も心配は要らないよ。雑魔化したとはいえ、基本的にはコボルトなんて卑怯で臆病な連中だ。ちょっと脅かせば逃げていっただろう? すぐにハンターたちが来てくれる、それまでは大丈夫さ』
それが本来、「だから数日間のことだから、心配しないで我慢しろ」という意図で言われた言葉だということは、少年にだって分っていた。決して、「だから下手に山に入ってコボルトに遭遇したって大丈夫」という意味ではないということは。
少し考えれば分るはずだったのだ――こんなときに、身体の弱い妹が高熱を出したりしなければ。
そう遠くない位置にある薬草を取りに行くだけ。運悪く遭遇しなければいいことだし、出会ったとしても脅して怯んだ隙に逃げればいい。
大人に相談すれば止められるだろうと、焦った頭で先走った末路がこれだ。
ギャアギャアと喚く不快な嗤い声が、すぐ後ろから追いかけてきている。
――殺セ、殺セ。奪エ、奪エ。
コボルトの言葉なんて分からないはずなのに、嫌でも意味は理解できた。
ああそうだ。おじさんは嘘を言っていない。あいつらは臆病で卑怯者だ。だからこそ、自分より弱い相手がのこのこと目の前に現れた、そんな好機を逃すわけがない!
殺戮と略奪の優越感に浸る、そのためだけにコボルトたちは少年を殺しにくるだろう。
少年が今、必死に握り締める薬草も。奴らにとって大した意味はなくても、勝利の証拠品として、強者の権利として奪い取られる。
否応無しにその結末を想像して……限界を迎え始めている身体を自覚する。
もう、駄目だ。
諦めて、楽になりたい。
苦しい。喘ぐように酸素を求める。
酷使された肺が、抗議するようにひゅう、と音を立てた。
――今寝込んで苦しんでいる、妹の呼吸の音に良く似ていた。
諦めたく、ない。
たとえ勝つ事はできなくても。生き残ることは出来なくても。
たった一人の家族を守ると誓った、その約束だけは。
痛む肺を無理矢理動かして、精一杯息を吸う。
「う……お、あぁぁあああ!」
気力が、身体を突き動かした。脅すためにと持ってきていた武器――と言っても暖炉の火かき棒だが――を、コボルトめがけて投げつける。
当たりこそしなかったけれど、予想外の反撃と気迫に驚いたのか、コボルトたちが戸惑い、顔を見合わせて足を止めるのが見えた。
(……よし!)
距離が稼げたのを確認して、足元から手ごろな石を拾い上げてから再び走り始める。
(まだだ。まだ、諦めて、たまる、ものか――!)
その思いで、少年は必死で考える。
村の近くまで逃げることが出来れば、あいつらがそれに気付けば、向こうから逃げ出す可能性はある。
そこまで走ればいい。そこまで距離を稼げばいい。
……もし駄目でも、せめて一歩でも村の近くに。事態に気付いた誰かがすぐに僕を見つけられるように。僕が見つけた薬草を、少しでも早く妹に届けてくれるように。
諦めない。絶対に。
「……っ! やあぁっ!!」
頃合を見て、再び振り向いて、先ほど拾った石を投げる。偶然にもそれは先頭を行くコボルトの顔面に命中した。
ついてる、と思った。まだ完全に自分は幸運に見放されたわけじゃないと。悪足掻きでもすべきなんだ。諦めない限り、か細い可能性の糸はまだ垂らされていると。
必死で走る。道が開けてきたのを感じる。もうすぐ。もうすぐで、山の入り口近くまで来ているはずだった。あと少しだけ……――
ずれた歯車の中、少年が諦めなかったからこそ、運命は廻り続けた。
ほんの少しの不運、気まぐれ、見落とし、思い違い。
それらが重なりずれが広がっていく運命の輪は、それでも動き続けて。
「……がっ!?」
背中に、痛烈な痛み。
吸ったばかりの息が無理矢理押し出されて、むせる。
たまらず足がもつれ、倒れた。
……それもまた、少年の『悪足掻き』が出した結果。
コボルトによる投石。
離れた相手を足止めするには物を投げればいいと、興奮したコボルトに思い出させたのは、他ならぬ少年自身の行動だった。
後悔と痛みで目が眩む。限界を超えた疲労が身体に圧し掛かる。
これまでなのか。あがいても、駄目なのか。無駄なのか。僕が……弱いから。
涙で滲む視界で、それでも最後に妹の名前を呼ぼうと、顔を上げる。
そうして――こうなった。
その視線の先には、何も知らずに山に入ってきたばかりのハンターが居たのだ。
リプレイ本文
――その直前まで。彼女たちにとっては。
「山狩りってなると、結構面倒くさいかなぁ? 面倒事が起きなきゃいいんだけど」
まだなだらかな登り道を見上げながら、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)がぼやく。
「地味な山狩りとはいえ、これも無辜の民の安寧の為。人々の生活を脅かす者は排除しなければ」
誰に向けたわけでもない呟きに応えたのは、一行で一番生真面目な表情をしていたユナイテル・キングスコート(ka3458)だった。
雑魔が住み着いたとされる山中。
ともすれば、いつ襲い掛かられてもおかしくない状況で。だが、無駄口がこぼれるのを咎める気配はない。
「でも、この依頼ならなんとか私でもできそうですね。特に気にかかる情報もありませんし」
どころか、少し控えめな調子で、マヘル・ハシバス(ka0440)もそう言って会話の輪に加わっていた。
覚醒者としての己に自信のない彼女が、こうして前向きな発言をすることは珍しい。
……そこに、この依頼の厄介さがあることを。口に出さずとも彼女たちは共有していた。
面倒な依頼。
アルトの言うとおり、これは面倒な依頼なのだ。但しその面倒さの性質が、困難や危険といった種類のものばかりとは限らない。
――倦怠。
広大な捜索範囲。それほど強いともいえない敵。そうした中で集中を持続し続けるのは難しい。だからこそ、常に100%の緊張を保つのではなく、程よい緩みが必要なのだということを、彼女たちはおそらく無意識に理解しあっていた。
まあ、雑談が多いのは、集まってみれば若い女性が六人という、その構成にもあるのかもしれないが――とまれ。
その直前まで、彼女たちにとっては。
警戒すべきは己の慢心であり。
この形での不意の遭遇は、意識の外だった。
だからこそ、意識よりも先に反射で動いたものが――二人。
●
セリス・アルマーズ(ka1079)が雑談に入ろうと開いた口から発せられる言葉は、瞬間、聖句へと書き換えられた。
祈りの言葉は、彼女がその身に染み付けた神の意思を執行する。
歪虚、滅ぼすべし、慈悲は無い。
サーチアンドデストロイ。目の前の相手に、黒く歪んだ歪虚の兆候を見つけた瞬間、すべきことに迷いはない。
普通の亜人や、人の犯罪者相手なら交渉の余地もある、エクラの教えは寛容の心だ。
しかし歪虚は例外だ、存在そのものが許されないモノだ、直ちに浄化しなければならない。
生まれた聖なる光は浄化の力となって、彼女達からもっとも近い位置に居るコボルトへと飛んでいき。
その光を追うように、弾き出される様にアルトは翔けた。
無意識だった。
走り出したのも。
より速く走り出すべくマテリアルを脚へと集中させたのも。
浄化の光にのけぞるコボルトの、その衝撃で生まれた隙間、己の身体を「そこ」へとねじ込ませたのも。
倒れた少年を目にした途端、全て、反射的に。
「なっ……子供!?」
「なんでこんな所に!!」
折り重なるようなユナイテルとマヘルの戸惑いの声が発せられたのはこのときだった。
ここからは、認識が意識に達してからの行動。
非常事態を非常事態と捉えたが故の、驚愕と混乱。
(民間人が山に入っているなら連絡をくれてもいいのに……!)
マヘルが奥歯を噛む。理不尽さが怒りを呼び、怒りが冷静さを損なわせる、そんな時。
「あらあら。山には誰も入っていないと聞いていましたが、ずいぶんと熱烈な歓迎ですね」
ただ一人、イレア・ディープブルー(ka0175)の。
「まあいいです。そういうこともあるでしょう」
只管にマイペースな態度と言葉が、上りかけた血流を沈静化させた。
今はどうしてとか誰が悪いとかを論じている場合ではないのだ。
……咄嗟に動けなかった己を悔やむ間も。
ユナイテルとマヘルはそれぞれに考える。先に出た二人よりも、状況を理解した自分たちがすべきことは、と。
「シスター・アルマーズ、子供が居ます! 注意してください」
ひとまず、ユナイテルは、雑魔しか目に入らぬ様子のセシルにそう呼びかけて。
マヘルは、両手に持っていた魔導銃を片手で取りまわせる銃と盾に持ち替えて。
それぞれに、コボルトたちから少年を守るべく位置を取る。
そのあとに動くルリ・エンフィールド(ka1680)は、二人とはまた別方向へ。
「おいおい、頭数揃えて子供相手にしても面白くねえだろ? どうせやるならボクらと遊ぼうぜ!」
……いかにも、強敵を求めキャラバンを飛び出した彼女らしい物言いだ。
だが彼女は、セシルとは異なり、ただ殲滅目指してコボルトまっしぐら、というわけでもないらしい。
ルリが標的とするのは石を抱えたコボルト。
少年を庇う上で、最も障害となるのがそいつだ。そう考えた彼女は盾を掲げ、コボルトから少年への射線をふさぎつつ接敵を試みる。
最後にイレアが。
手にした棍をペンかバトンのようにくるくると回しながら、混戦となったフィールドへと近づいていった。――あくまで、己のペースを崩すつもりはないらしい。
「んー……悪くはないですが、長いのとやや重いのが惜しいところですね。もう少し取り回しやすい方が好みです」
調子を確かめるためなのだろう、そんな風にぼやきながら。
「ま、無いものを言っても仕方ないですね。お仕事を始めましょうか」
この状況でそんなことを呟ける――そんな己の特性を熟知しているのだろう。冷静な思考を生かすべく、皆より一歩引いた位置へと。
思わぬ襲撃を受けたコボルトたちが、怒りと混乱で耳障りな叫び声を上げる。
わけも分らぬまま雑魔たちをとりあえず動かしたのは、黒く塗りつぶす歪虚としての存在意義だった。
真っ先に標的となったのは、無理をして少年をかばうことになったアルト。振り上げられた棍棒が、真っ直ぐにアルトの胴体へとめり込んでいく。完全に入った――のだが、強靭な防具がそれを通さない。
セリスへの剣の一撃も同じ結果になった。
「……たいしたことねーな」
同様に、石コボルトの噛みつきによる反撃を盾で凌いだルリが、思わずほんの少し、つまらなそうな声を上げる。
唯一、アルトへの追撃をかばうべく割り込む形になったマヘルが、腕に少々の痛みを感じたが……弱いことに不満を漏らすようなルリの発言を責める気になれないほど、大した問題ではない。
――となると、残る問題は。
「ところで、そんなところで寝ていると怪我をしますよ」
イレアが、どこか投げやりに少年に声を掛ける。
「泣いてる元気があるならお立ちなさいな。男の子でしょう?」
それは、発破をかけて立ち直らせようという意図があったのだろうが……しかし、酷使した状態から一度崩れた筋肉は、もう意識の力ではどうにもならないほど萎縮している。
イレアの言葉は、より少年の表情をゆがめるだけの結果となってしまった。
「大丈夫」
フォローするようにアルトが呟く。
ユナイテルとマヘルがカバーに入ってはいるが、彼女らの行動はあくまで「攻撃が来ないようにコボルトを阻害する」だ。ぴったり少年についていられるのはアルトしかいない。
半ば抱え上げるように少年を立たせ、支えながら前線から下がらせた。
かくして、一通りの戦況は整った。
セシルとルリが積極的に敵を討ちに行き、ユナイテルとマヘルが少年の護衛に専心する。
イレアが引いた場所から戦況を見極め、他の仲間たちの位置取りを優位に運び。
アルトが少年に付き添い安全を確保する。
まったく。
蓋を開けてみれば、それぞれがバランスの取れた役割へと配置されているのだ。
――これが、緊急事態ゆえに、事前に打ち合わせた結果でなく。それぞれがただ、それぞれらしく動いた結果だと言うのだから。
このメンバーを集めたものは。
今回運命の輪を設計したやつは、よほど偏執的な凝り性と見える。
まあ、要するに。
少年という足かせがなくなってしまえば、もはやこの場にいるコボルトでは彼らの相手には明らかに不足だった。
セリスのサーベルが、ルリのレイピアが、それぞれに目の前の相手を討ち果たす。
目の前の脅威を認識したコボルトが、背を向けて逃げ出し。それに対しマヘルが銃を向け追撃をかけ――
「あっ……と」
アルトが、声を上げて皆の注意を引く。
なにせ、少年の対応に専念していたアルトの声だ。皆思わず反射的に振り向く。
彼女は、逃げるコボルト一体へと視線を向けると、小さく首を振った。
……皆、それで何かを理解したようだ。
マヘルが銃で、逃げる一体へと止めを刺したその横で、残る一体が山の奥へと逃げていく。
一つの遭遇と戦闘は、それで終わった。
●
「大事は無いですか? 少年」
「は……い。ごめん……なさい」
ユナイテルの問いに。マヘルからミネラルウォーターを与えられ一息ついた少年は、ようやっと声を発し、そうして己の脚で立ち上がった。
ゆっくりと、三人は歩き出す。
三人……そう、三人だ。ユナイテルとマヘル。そして少年。
なんにせよ、少年は村に帰す必要があったし、すぐそこで襲われていた以上一人で帰すわけにも行かなかった。
そこで一旦、ハンター達は二手に分かれたわけだ。
道すがら、二人が気になるのは勿論、何故少年があんなところに居たのか、そのことについて。
「薬草? 妹さんの為に、ですか」
「無茶をしますね。私達が来てよかった」
事情を知ったユナイテルとマヘル。それぞれの口からもれ出た感想とため息は、どんな色だったのか。
言われずとも、己がしたことの愚かさは分っているのだろう。少年の歩みに力がないのは、疲労のためだけではない。
どう声を掛けたものだろう……そう、マヘルが思案する、その時。逆方向から、血相を変えた顔で駆け寄ってくる男性が居た。
「あ、おじさ……」
少年の、後悔の混じった声はしかし、男性の怒号に掻き消される。
――どれほど心配をしたかという、涙交じりの怒号に。
ユナイテルとマヘルは、同時に顔を見合わせた。
どうやら、自分達の役目はここまでらしい。
どんな言葉が、心からその身を案じ幼いころより見守ってきただろう者にかなうというのだ。
ただ、それでも。
それでもマヘルは、どうしても。少年のここまでの行動を聞いて、掛けずにはいられない言葉があった。
「……でも、よく頑張りましたね」
ぴくりと。
それまで俯くばかりだった少年が、顔を上げる。少年は驚きに満ちた顔でマヘルを見て……そして、やってきた男性と共に、頭を下げて村へと戻っていった。
ユナイテルが懸念していた薬草の問題も、男によれば少年が握り締めていたもので問題はないようだった。
「それじゃあ、行きましょうか。予定より速く合流できそうです……どうしました? ミズ・ハシバス?」
「ああ……うん」
踵を返そうとしてユナイテルは、どこかぼんやりと少年達を見送るマヘルを案じて声を掛ける。
「覚醒者でなければ、私にはこんな事はできなかった……この力があったから彼が守れた……」
少年よりも、無事でよかったと泣く男を見て。じんわりと、自分が為したことの実感が浮かびつつあったのだ。
「そう……ですね。でも、まだやるべきことは残っています。行きましょう!」
だが、ユナイテルの言うとおり、まだ終わりではない。
「……うん!」
だから、ほんの少しだけいつもより自信をこめて、マヘルは応えた。
感傷に浸る時間は、まだない。仲間たちが、待っているのだ。
●
本来を言えば、今回の依頼に緊急性はない。
少年を送り届ける必要があるだけなら、一旦全員で山を降りても良かったはずだ。
ならば何故彼女たちがわざわざ二班に分かれたのか。
残る四人は今、ゆっくりと慎重に山道を登っていた。
その足取りは、迷うことはなく。当てもなく山道を彷徨うもののそれではない。
……負傷したコボルトの足取りを追うのは難しいことではなかった。
一目散に逃げる相手は、あからさまに追いかけねば、少し離れた後ろを警戒するほどの知能は無いようだ。
足跡や血痕を偽装しようという余裕もあるわけがない。
アルトの目配せの意図はつまり、そういうことだった。
わざとコボルトを泳がせて巣穴を探り当てる。
目論見は見事に当たり、やがて、ギャアギャアと騒ぐ声が前方から聞こえだした――
結論から言えば今回、彼女らの行動は全て完璧だった。
アルトの提案は山狩りの手間の削減と安全性を高めるのに大きく寄与したし、
集落を突き止めるというのはコボルトの頭数がおおよそ判明するということでもある。そこに、セリスの「武器を持って帰る」意味が大きく変わる。
村人が来たおかげで早く引き返していたユナイテルたちは、ルリが道すがらつけていた印のおかげで彼らを追うことが出来たし、
そのため、負傷した仲間を見て残りのコボルトが離散して逃げるかもしれないという危機に関しては、
「まあでも、勝てるんじゃないですかあの人数なら」
と、イレアがあっさり判断したため捜索隊は先行して行動しておくことが出来た。
やがてトランシーバーを通じての合流。残っていたコボルト6匹との戦闘は。
「やっぱ大したことねーなー……あ”ー、強いやつは何処にいるんだよ!」
という、ルリの台詞から察して欲しい程度のものだった、とだけ言っておこう。
その上でご丁寧に結局山狩りまで行ったというのだから、もはや文句の付け所がない。
それから。
●
「お兄ちゃん……ねえ、ハンターの人たちに合えた、って、本当?」
ようやく、少し熱が引いてきて。妹が発した言葉に、少年は苦笑いを浮かべた。
今回の件は少年にとっては恥ずべきことばかりだった。ともすれば、一生口を噤んでおきたい程度の心の傷にすらなりかねないもの。だけど。
「そうだね……しゃべりたいことはたくさんあるけど、熱がちゃんと下がってからね。……興奮して、また、上ったら大変だ」
笑って少年は、妹にそう答えた。
だけど少年は伝えたかった。妹に。村の人に。
ハンターたちは歪虚と闘えると。希望はここにあるんだと。
厳しくても、世界はきっと、希望に満ちていると。
……それはただ、少年がこの経験を悔やむばかりであれば見つけられなかった光。
光は村の人々に伝わっていき、小さな村の、地図のほんの一点でしかない絶望を、書き換えるのだろう。
その光をともしたのが。
ただほんの少し、少年の勇気を肯定した少女の言葉であることを、少女は知らないけれど。
「山狩りってなると、結構面倒くさいかなぁ? 面倒事が起きなきゃいいんだけど」
まだなだらかな登り道を見上げながら、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)がぼやく。
「地味な山狩りとはいえ、これも無辜の民の安寧の為。人々の生活を脅かす者は排除しなければ」
誰に向けたわけでもない呟きに応えたのは、一行で一番生真面目な表情をしていたユナイテル・キングスコート(ka3458)だった。
雑魔が住み着いたとされる山中。
ともすれば、いつ襲い掛かられてもおかしくない状況で。だが、無駄口がこぼれるのを咎める気配はない。
「でも、この依頼ならなんとか私でもできそうですね。特に気にかかる情報もありませんし」
どころか、少し控えめな調子で、マヘル・ハシバス(ka0440)もそう言って会話の輪に加わっていた。
覚醒者としての己に自信のない彼女が、こうして前向きな発言をすることは珍しい。
……そこに、この依頼の厄介さがあることを。口に出さずとも彼女たちは共有していた。
面倒な依頼。
アルトの言うとおり、これは面倒な依頼なのだ。但しその面倒さの性質が、困難や危険といった種類のものばかりとは限らない。
――倦怠。
広大な捜索範囲。それほど強いともいえない敵。そうした中で集中を持続し続けるのは難しい。だからこそ、常に100%の緊張を保つのではなく、程よい緩みが必要なのだということを、彼女たちはおそらく無意識に理解しあっていた。
まあ、雑談が多いのは、集まってみれば若い女性が六人という、その構成にもあるのかもしれないが――とまれ。
その直前まで、彼女たちにとっては。
警戒すべきは己の慢心であり。
この形での不意の遭遇は、意識の外だった。
だからこそ、意識よりも先に反射で動いたものが――二人。
●
セリス・アルマーズ(ka1079)が雑談に入ろうと開いた口から発せられる言葉は、瞬間、聖句へと書き換えられた。
祈りの言葉は、彼女がその身に染み付けた神の意思を執行する。
歪虚、滅ぼすべし、慈悲は無い。
サーチアンドデストロイ。目の前の相手に、黒く歪んだ歪虚の兆候を見つけた瞬間、すべきことに迷いはない。
普通の亜人や、人の犯罪者相手なら交渉の余地もある、エクラの教えは寛容の心だ。
しかし歪虚は例外だ、存在そのものが許されないモノだ、直ちに浄化しなければならない。
生まれた聖なる光は浄化の力となって、彼女達からもっとも近い位置に居るコボルトへと飛んでいき。
その光を追うように、弾き出される様にアルトは翔けた。
無意識だった。
走り出したのも。
より速く走り出すべくマテリアルを脚へと集中させたのも。
浄化の光にのけぞるコボルトの、その衝撃で生まれた隙間、己の身体を「そこ」へとねじ込ませたのも。
倒れた少年を目にした途端、全て、反射的に。
「なっ……子供!?」
「なんでこんな所に!!」
折り重なるようなユナイテルとマヘルの戸惑いの声が発せられたのはこのときだった。
ここからは、認識が意識に達してからの行動。
非常事態を非常事態と捉えたが故の、驚愕と混乱。
(民間人が山に入っているなら連絡をくれてもいいのに……!)
マヘルが奥歯を噛む。理不尽さが怒りを呼び、怒りが冷静さを損なわせる、そんな時。
「あらあら。山には誰も入っていないと聞いていましたが、ずいぶんと熱烈な歓迎ですね」
ただ一人、イレア・ディープブルー(ka0175)の。
「まあいいです。そういうこともあるでしょう」
只管にマイペースな態度と言葉が、上りかけた血流を沈静化させた。
今はどうしてとか誰が悪いとかを論じている場合ではないのだ。
……咄嗟に動けなかった己を悔やむ間も。
ユナイテルとマヘルはそれぞれに考える。先に出た二人よりも、状況を理解した自分たちがすべきことは、と。
「シスター・アルマーズ、子供が居ます! 注意してください」
ひとまず、ユナイテルは、雑魔しか目に入らぬ様子のセシルにそう呼びかけて。
マヘルは、両手に持っていた魔導銃を片手で取りまわせる銃と盾に持ち替えて。
それぞれに、コボルトたちから少年を守るべく位置を取る。
そのあとに動くルリ・エンフィールド(ka1680)は、二人とはまた別方向へ。
「おいおい、頭数揃えて子供相手にしても面白くねえだろ? どうせやるならボクらと遊ぼうぜ!」
……いかにも、強敵を求めキャラバンを飛び出した彼女らしい物言いだ。
だが彼女は、セシルとは異なり、ただ殲滅目指してコボルトまっしぐら、というわけでもないらしい。
ルリが標的とするのは石を抱えたコボルト。
少年を庇う上で、最も障害となるのがそいつだ。そう考えた彼女は盾を掲げ、コボルトから少年への射線をふさぎつつ接敵を試みる。
最後にイレアが。
手にした棍をペンかバトンのようにくるくると回しながら、混戦となったフィールドへと近づいていった。――あくまで、己のペースを崩すつもりはないらしい。
「んー……悪くはないですが、長いのとやや重いのが惜しいところですね。もう少し取り回しやすい方が好みです」
調子を確かめるためなのだろう、そんな風にぼやきながら。
「ま、無いものを言っても仕方ないですね。お仕事を始めましょうか」
この状況でそんなことを呟ける――そんな己の特性を熟知しているのだろう。冷静な思考を生かすべく、皆より一歩引いた位置へと。
思わぬ襲撃を受けたコボルトたちが、怒りと混乱で耳障りな叫び声を上げる。
わけも分らぬまま雑魔たちをとりあえず動かしたのは、黒く塗りつぶす歪虚としての存在意義だった。
真っ先に標的となったのは、無理をして少年をかばうことになったアルト。振り上げられた棍棒が、真っ直ぐにアルトの胴体へとめり込んでいく。完全に入った――のだが、強靭な防具がそれを通さない。
セリスへの剣の一撃も同じ結果になった。
「……たいしたことねーな」
同様に、石コボルトの噛みつきによる反撃を盾で凌いだルリが、思わずほんの少し、つまらなそうな声を上げる。
唯一、アルトへの追撃をかばうべく割り込む形になったマヘルが、腕に少々の痛みを感じたが……弱いことに不満を漏らすようなルリの発言を責める気になれないほど、大した問題ではない。
――となると、残る問題は。
「ところで、そんなところで寝ていると怪我をしますよ」
イレアが、どこか投げやりに少年に声を掛ける。
「泣いてる元気があるならお立ちなさいな。男の子でしょう?」
それは、発破をかけて立ち直らせようという意図があったのだろうが……しかし、酷使した状態から一度崩れた筋肉は、もう意識の力ではどうにもならないほど萎縮している。
イレアの言葉は、より少年の表情をゆがめるだけの結果となってしまった。
「大丈夫」
フォローするようにアルトが呟く。
ユナイテルとマヘルがカバーに入ってはいるが、彼女らの行動はあくまで「攻撃が来ないようにコボルトを阻害する」だ。ぴったり少年についていられるのはアルトしかいない。
半ば抱え上げるように少年を立たせ、支えながら前線から下がらせた。
かくして、一通りの戦況は整った。
セシルとルリが積極的に敵を討ちに行き、ユナイテルとマヘルが少年の護衛に専心する。
イレアが引いた場所から戦況を見極め、他の仲間たちの位置取りを優位に運び。
アルトが少年に付き添い安全を確保する。
まったく。
蓋を開けてみれば、それぞれがバランスの取れた役割へと配置されているのだ。
――これが、緊急事態ゆえに、事前に打ち合わせた結果でなく。それぞれがただ、それぞれらしく動いた結果だと言うのだから。
このメンバーを集めたものは。
今回運命の輪を設計したやつは、よほど偏執的な凝り性と見える。
まあ、要するに。
少年という足かせがなくなってしまえば、もはやこの場にいるコボルトでは彼らの相手には明らかに不足だった。
セリスのサーベルが、ルリのレイピアが、それぞれに目の前の相手を討ち果たす。
目の前の脅威を認識したコボルトが、背を向けて逃げ出し。それに対しマヘルが銃を向け追撃をかけ――
「あっ……と」
アルトが、声を上げて皆の注意を引く。
なにせ、少年の対応に専念していたアルトの声だ。皆思わず反射的に振り向く。
彼女は、逃げるコボルト一体へと視線を向けると、小さく首を振った。
……皆、それで何かを理解したようだ。
マヘルが銃で、逃げる一体へと止めを刺したその横で、残る一体が山の奥へと逃げていく。
一つの遭遇と戦闘は、それで終わった。
●
「大事は無いですか? 少年」
「は……い。ごめん……なさい」
ユナイテルの問いに。マヘルからミネラルウォーターを与えられ一息ついた少年は、ようやっと声を発し、そうして己の脚で立ち上がった。
ゆっくりと、三人は歩き出す。
三人……そう、三人だ。ユナイテルとマヘル。そして少年。
なんにせよ、少年は村に帰す必要があったし、すぐそこで襲われていた以上一人で帰すわけにも行かなかった。
そこで一旦、ハンター達は二手に分かれたわけだ。
道すがら、二人が気になるのは勿論、何故少年があんなところに居たのか、そのことについて。
「薬草? 妹さんの為に、ですか」
「無茶をしますね。私達が来てよかった」
事情を知ったユナイテルとマヘル。それぞれの口からもれ出た感想とため息は、どんな色だったのか。
言われずとも、己がしたことの愚かさは分っているのだろう。少年の歩みに力がないのは、疲労のためだけではない。
どう声を掛けたものだろう……そう、マヘルが思案する、その時。逆方向から、血相を変えた顔で駆け寄ってくる男性が居た。
「あ、おじさ……」
少年の、後悔の混じった声はしかし、男性の怒号に掻き消される。
――どれほど心配をしたかという、涙交じりの怒号に。
ユナイテルとマヘルは、同時に顔を見合わせた。
どうやら、自分達の役目はここまでらしい。
どんな言葉が、心からその身を案じ幼いころより見守ってきただろう者にかなうというのだ。
ただ、それでも。
それでもマヘルは、どうしても。少年のここまでの行動を聞いて、掛けずにはいられない言葉があった。
「……でも、よく頑張りましたね」
ぴくりと。
それまで俯くばかりだった少年が、顔を上げる。少年は驚きに満ちた顔でマヘルを見て……そして、やってきた男性と共に、頭を下げて村へと戻っていった。
ユナイテルが懸念していた薬草の問題も、男によれば少年が握り締めていたもので問題はないようだった。
「それじゃあ、行きましょうか。予定より速く合流できそうです……どうしました? ミズ・ハシバス?」
「ああ……うん」
踵を返そうとしてユナイテルは、どこかぼんやりと少年達を見送るマヘルを案じて声を掛ける。
「覚醒者でなければ、私にはこんな事はできなかった……この力があったから彼が守れた……」
少年よりも、無事でよかったと泣く男を見て。じんわりと、自分が為したことの実感が浮かびつつあったのだ。
「そう……ですね。でも、まだやるべきことは残っています。行きましょう!」
だが、ユナイテルの言うとおり、まだ終わりではない。
「……うん!」
だから、ほんの少しだけいつもより自信をこめて、マヘルは応えた。
感傷に浸る時間は、まだない。仲間たちが、待っているのだ。
●
本来を言えば、今回の依頼に緊急性はない。
少年を送り届ける必要があるだけなら、一旦全員で山を降りても良かったはずだ。
ならば何故彼女たちがわざわざ二班に分かれたのか。
残る四人は今、ゆっくりと慎重に山道を登っていた。
その足取りは、迷うことはなく。当てもなく山道を彷徨うもののそれではない。
……負傷したコボルトの足取りを追うのは難しいことではなかった。
一目散に逃げる相手は、あからさまに追いかけねば、少し離れた後ろを警戒するほどの知能は無いようだ。
足跡や血痕を偽装しようという余裕もあるわけがない。
アルトの目配せの意図はつまり、そういうことだった。
わざとコボルトを泳がせて巣穴を探り当てる。
目論見は見事に当たり、やがて、ギャアギャアと騒ぐ声が前方から聞こえだした――
結論から言えば今回、彼女らの行動は全て完璧だった。
アルトの提案は山狩りの手間の削減と安全性を高めるのに大きく寄与したし、
集落を突き止めるというのはコボルトの頭数がおおよそ判明するということでもある。そこに、セリスの「武器を持って帰る」意味が大きく変わる。
村人が来たおかげで早く引き返していたユナイテルたちは、ルリが道すがらつけていた印のおかげで彼らを追うことが出来たし、
そのため、負傷した仲間を見て残りのコボルトが離散して逃げるかもしれないという危機に関しては、
「まあでも、勝てるんじゃないですかあの人数なら」
と、イレアがあっさり判断したため捜索隊は先行して行動しておくことが出来た。
やがてトランシーバーを通じての合流。残っていたコボルト6匹との戦闘は。
「やっぱ大したことねーなー……あ”ー、強いやつは何処にいるんだよ!」
という、ルリの台詞から察して欲しい程度のものだった、とだけ言っておこう。
その上でご丁寧に結局山狩りまで行ったというのだから、もはや文句の付け所がない。
それから。
●
「お兄ちゃん……ねえ、ハンターの人たちに合えた、って、本当?」
ようやく、少し熱が引いてきて。妹が発した言葉に、少年は苦笑いを浮かべた。
今回の件は少年にとっては恥ずべきことばかりだった。ともすれば、一生口を噤んでおきたい程度の心の傷にすらなりかねないもの。だけど。
「そうだね……しゃべりたいことはたくさんあるけど、熱がちゃんと下がってからね。……興奮して、また、上ったら大変だ」
笑って少年は、妹にそう答えた。
だけど少年は伝えたかった。妹に。村の人に。
ハンターたちは歪虚と闘えると。希望はここにあるんだと。
厳しくても、世界はきっと、希望に満ちていると。
……それはただ、少年がこの経験を悔やむばかりであれば見つけられなかった光。
光は村の人々に伝わっていき、小さな村の、地図のほんの一点でしかない絶望を、書き換えるのだろう。
その光をともしたのが。
ただほんの少し、少年の勇気を肯定した少女の言葉であることを、少女は知らないけれど。
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 マヘル・ハシバス(ka0440) 人間(リアルブルー)|22才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2014/12/26 09:53:00 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/12/22 10:21:48 |