王都第七街区 混沌の渦の中から

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/08/11 07:30
完成日
2018/08/20 21:02

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 王都『第七街区』、ドゥブレー地区── この街は文字通りドニ・ドゥブレーの街だった。
 失陥したリベルタース地方から苦難の逃避行を経て辿り着いた難民たちが集まってできた難民街。縋るべき希望も目指すべき将来の展望もなく、ただ塵芥の如く降り積もっていく時の砂粒に埋もれるように項垂れて生きて来た人々が、歪虚の黒大公ベリアルの王都侵攻によって再び焼け出された時…… 彼らに進むべき道を指し示したのが、当時、小さな賭場の主に過ぎなかったドニだった。

 道を指し示した、と言っても、彼は指導者ではなかった。ただ逃げ遅れた人々を見捨てなかっただけだった。
 彼は焼野原となった街を復興するべく、近場の王家の森から(勝手に!)木材を切り出し、王都から配給される食糧を、不正なく、平等に皆に行き渡るようにしただけの──人々の精神的支柱であったとあるシスターの『誘拐騒ぎ』を『解決』してしまったことで、表舞台に立たされてしまっただけの『犠牲者』だった。

 彼は人々を導かなかった。ただ先頭に立って歩き続けただけだった。
 彼は第七街区で行われていた公共事業──第七城壁建設工事の作業現場に蔓延っていた不正を一掃し、安い賃金で奴隷の様に働かされていた人々に正当な額の報酬が手渡されるようにした。
 汚職に塗れていた地区の復興担当官に『上水道整備計画』という新たな『儲け話』を企画・提示し、その功績を全てくれてやることで、現場の権限、その一切を手に入れた。
 路上に溢れていた人々は新たに職を手に入れ、地区に金の流れが──経済が回り始めた。希望が人々の顔を明るくした。
 彼は王都第五・第六街区の新興商人たちを地区に積極的に誘致した。商人たちは古参の大商人たちの既得権益が及ばぬこの『フロンティア』にこぞって参入した。
 地区の経済規模は膨れ上がった。街並みからバラックが消え、石造りの建物が並び始めた。新たに造成した大通り沿いには商店が軒を連ね、上水道整備の為に整備された運河は人々の憩う公園となった。

 どん底の生活に無気力に喘いでいた人々は、この地で人間らしく生きていける希望と展望を得た。
 ここまで…… ようやくここまでやって来れた。

 だが、それも全て…… ついこの間、繰り広げられた王都第六城壁の戦いにおいて、飛来した雑魔の群れによって灰燼に帰してしまった。


 ドゥブレー地区に出資・出店している商人たちの連合体『商人連合』── その筆頭たるノーサム商会の若き『番頭』として、地区の商売の一切を任されているジャック・ウェラーは、この日、『地域の実力者』であるドニの事務所を訪れていた。
 かの第六城壁の戦いにおいて甚大な被害を被った町の秩序は崩壊してしまった。家は焼かれ、流通は途絶え……王都もまた混乱しているのか、食糧の配給以外に有効な対策はまだ打たれていない。
 そんな中、復興の先頭に立つべきドニ・ドゥブレーは……あの日以降、事務所に籠ったまま姿を見せず、何かを発信することもなかった。
 今後の事も話し合えず、商人たちは困惑した。状況を憂う商人たちの代表として、ジャックはドニの元へ送り込まれた。今後の方策について話し合う──それが無理でも、まるで音沙汰の無いドニがどんな様子であるのかを見定める。……今後も自分たちの信を置くに足るのか、それを見極める為に。

 事務所に到着したジャックは、ドニの腹心であるアンドルー・バッセルに案内されて応接室に通された。
「よかった。事務所は被害に遭われなかったのですね。この甚大な被害の中にあってせめてもの救いでしょう」
「ええ、まぁ……ありがとうございます」
 応対するアンドルーの表情に浮かぶ陰と歯切れの悪さにジャックは驚き、困惑したが、腹心の暗い表情の原因はすぐに分かった。
 事務所の奥から現れたドニはまるで酒樽に浸かった蛇の如く……酒の入った革袋を提げたまま、澱んだ酒臭さを纏って泥酔した状態であったからだ。
「……何をしているんですか、あなたは。こんな時に……!」
 驚き、目を見開いたまま硬直していたジャックは、目を細めて憤慨した。アンドルーの様子から、ドニが普段からこの状態であることは容易に予想できたからだ。
「酒に逃避している場合ですか?! 街は甚大な被害を受けました。私たち商人たちもです! 資本の回収の目途も立たず、もう損切りしてでもドゥブレー地区から手を引くと言う者まで出始めています。早急に何らかの対策を打たないと手遅れになりますよ!」
「……どうでもいい。もう……」
「は!?」
 憤るジャックに、ドニは澱んだ眼を向けた。
「時勢に煽られ、『復興の旗印』などという望みもしない道化になって、それでも全力で……俺の能力の及ぶ限界まで、考えの及ぶ限りで手を打ち、ここまでやって来た! その成果がようやく実ろうとしていたところで……見ろ! たった一日でご破算になっちまった! ……もう俺には無理だ。もう一度やれと言われても……できない」
 ソファに腰を落としたまま、俯き、もっと俺に力があったら……などとブツブツ呟き続けるドニ。……いたたまれなくなったのだろう。傍らに控えていた若いドニの部下が主に向かって声を上げた。恐らくは最近になって復興に加わった者──ドゥブレー一家の光の面しか知らない若者だ。
「でも、ドニさん……! 街はもうめちゃくちゃです。秩序は失われ、人々は困り切っています。こんな時こそ俺たちが出張って街を仕切らなきゃあ……!」
「うるせぇ!」
 怒鳴ったドニが癇癪を起して酒袋を投げつけた。若者を逸れて背後の壁に当たったそれが中身をぶち撒け、酒気と共に滴り落ちる。
 拳を握り、奥歯を噛み締め……若者は部屋を飛び出していった。ドニもまた重い腰を上げ、腰まで浸かった沼の中を進む様に奥へと消える。

「アンドルーさん。あなたが実務を引き継ぐことは……?」
 帰り際、訊ねるジャックに、ドニの腹心は無言で頭を振った。自分はその器ではない。ドニだからこそ出来たことだ、と。

 商会の支部へ帰る道中── ジャックは商会の部下に告げた。
「……ドニ・ドゥブレーはもうダメだ。この地区は無法地帯に戻る」
「では、我々も資本の引き上げを……?」
「いや、第二、第三街区の古株どもの手が及んでいない市場は貴重だ。……ここは我々の手でこの街の秩序を回復しよう。我々の──商会の思惑通りに動く組織を立ち上げて」
 これから忙しくなる、とジャックは告げた。
「人手を集めろ。まずはドゥブレー一家の影響力を地区から完全に排除する。……あの貴族派どもが用意した武器がまだ街のあちこちに眠っていたな? 回収させろ。せいぜい有意義に使わせてもらうとするさ」

リプレイ本文

 王都第七街区『ドゥブレー地区』── 雑魔の大群に襲われて焼け落ちた街を歩きながら、J・D(ka3351)とエルバッハ・リオン(ka2434)はその表情を暗くした。
「……。焼け跡を見ると、気が重てえな……」
「……はい。あの戦いに参加した者として、何か出来ることがあれば良いのですが……」
 重苦しく呟くJ・Dとエル──あの日、2人はドニらドゥブレー一家と共に街を守るべく奔走した。彼らは己が力の全てを出し切って奮闘し……それでも守ることが出来なかった。それが心に傷を残している。
 ……自分たちですらこうなのだ。ドニの心境はいかばかりのものであろう……

 やがて、ハンターたちはドニの事務所へ到着した。顔パスで中へと案内されて、ドニの執務室の前に立つ。そして……
「お久しぶり~!!! ドニさん、会いに来たよ!」
 その扉をばーん! と勢いよく押し開き、シアーシャ(ka2507)が中へと飛び込んだ。
 その大声がもたらす頭痛にこめかみを押さえつつ、ドニが「何だ、このちんまい緑のは」と不機嫌そうに彼女を見やる。
「ひどいよドニさんっ!? 確かに会うのは2、3年ぶりだけど……って、ドニさん、昼間っからお酒? 暫く見ない内に何か随分とヤサグレてない?」
 そこで初めて酔漢と成り果てたドニに気づいて、シアーシャが心配そうにその顔を覗き込んだ。部屋の入り口付近で足を止めたアデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)が傍らのJ・Dに訊ねる。
「……彼ってこんなでしたっけ? 前に会った時はもう少しまともな人物に見えたのですが……」
 J・Dは答えることも出来ず、無言でエルと顔を見合わせた。……話に聞いてはいたが、まさかここまで消沈しちまっていたとは。
「すまねぇな、旦那。あんたサンがそうなっちまった原因の幾らかはこちとらにもある。一言謝らせてくれ」
「……?」
 J・Dが頭を下げた。ドニは油の幕が掛かったような瞳を向けた。
「俺にもあんたの気持ちが分かる、なんておこがましいことは言わねェよ? ようやくあそこまで復興させた街を台無しにされたんだ。頭ァ張るのに疲れッちまったってそりゃァ仕方もねえ。……だがよ、あんたサンの事を責められる奴ァこの街には誰も居ねェよ。そいつァ俺たちの責任だ。歪虚掃除にかまけて連中の火で火事になる事を想定から外しちまってたンだからな。間抜けどころの騒ぎじゃねえや」
 その言葉に、ドニは慌てて椅子の背もたれから身体を離した。そして言下にJ・Dたちの責任を否定する。
「ちがう、そうじゃねぇ。お前ぇたちは最善を尽くしてくれた。街が燃えたのは単に戦力が足りなかったからだ。飛行歪虚に対抗できる手段を──もっと多くの銃を見つけ出さなきゃならなかった。……その為の道筋を、つけることができなかったのは俺だ。全ては俺の馬鹿さ加減が招いたことだ」
 そう語るドニの瞳に、正気の光が浮かんだ気がした。だが、それも一瞬── 瞬き一つの間に元の酔漢へと戻ったドニは、疲れた様に背もたれへと身体を戻すと再び酒を呷り始めた。

 執務室を出たハンターたちの、誰からともなく溜め息が出た。あの様子では、街の復興にドニの手腕は期待できまい。
「……マァ、疲れッちまったンなら休むしかねえさ。周りがケツを蹴ッぽったところで旦那の肩から荷が下りる訳でもなし…… それに、旦那一人が抜けたくらいで回らなくなっちまう街なら、どのみち先も長くねえ」
 J・Dはそう告げると、アンドルーたちに向かって問うた。
「あんたサン方はどうでぇ、ドゥブレー一家の皆々サンよ? 頭目が欠けて右往左往じゃ情けねえ。こういう時こそ手下の支え時ってモンさ。違ェかい?」
 J・Dの発破に、だが、部下たちは困ったように互いに顔を見合わした。アンドルーが何かを言い掛け……結局、口を噤んでしまう。
「……何か動けぬ理由があるのですか?」
 気づいたエルがアンドルーに訊ねた。彼女もまた幾度かの依頼を通じて彼らと面識があり、様子がおかしいことにはすぐに気づいた。
 アンドルーは頭を振った。それは答えられないと告げているようだった。
「……すいやせん。俺らが頼めた義理じゃあねぇんですが…… 街を勝手に見回っているウチの若ぇモンらを気に掛けてやってくだせぇ。お願いしやす……」

 事務所を出る。それまで気を張っていたシアーシャがしょんぼりと肩を落とし……ふとぶんぶんと頭を振って「パトロール、頑張らないと!」と両の拳をギュッと握って奮起する。
「アデリシアさんはこれからどうするの?」
「そうですね…… 戦友たちがボランティアをしている教会に手伝いに行っても良いのですが……」
 どうしたものか、とアデリシアが考えていると、少し離れた町の中から悲鳴が聞こえて来た。何事かと顔を見合わせる二人の耳に「逃げろ、雑魔の生き残りが出た!」という叫びが入る。
「辺塞、寧日無しとはよく言ったものですね……」
 そう呟いた時には、アデリシアはもうシアーシャと頷き合い、現場へ向かって駆けていた。
「せっかく戦いを一つ潜り抜けた街です。戦神の祝福のつもりでここはひとつ、復興に助力いたしましょうか」


 王都の端で大きな戦いがあった、と聞いてはいた。復興支援の依頼が目に留まり、自分の目で現場を見てみたいと思った。
 だが、実際にその目で見た惨状に、僕は言葉を失った。目の前に広がるこの光景は、つまり、僕と同じ様な志を抱いていた誰かが、それを成し得なかったという『結末』だったから──
 ──ハンターとなって力を手に入れた。そのはずだった。でも、復興の現場においては、一個人にできることなんてたかが知れていた。それはハンターであっても変わらない。
「僕が手に入れた力なんて、こうしてみるとちっぽけなものだね、オルさん。……こいつは少し挫けそうだ」
 いつも僕の斜め後ろをついて来るソウルウルフのオルウィンの美しい毛並みを撫でつつ零すと、彼女は優しく叱るような視線で僕を見返した。
「……そうだね、オルさん。僕に出来ることは限られている…… だからこそ、目についた問題にはひとつひとつ手を貸していこう。分け隔てなく、無責任に」

 ドニの事務所を訪れたハンターたちが失意の内にその場を後にした頃── 金目(ka6190)はクルス(ka3922)、ディーナ・フェルミ(ka5843)らと共に、最も被害の大きかった地区の復興作業に勤しんでいた。
 クルスとディーナの二人は元々ジョアニス教会にいたボランティアだった。数日前、この地区の被害の実態を知り、より深刻なこちらへ応援にやって来たのだ。
「とにかく、お腹が減ってたら何もできないよね!」
 出来得る限り怪我人の治療を終えた後、クルスとディーナは手分けして仕事に当たった。ディーナは女たちと共に、持ち寄った食糧で炊き出しを。クルスは男手を引き連れ、瓦礫に埋もれた人々の救助と火事の消火。そして、雨露を凌げるだけの家屋の再建を──
「まだ使えそうなものは選り分けておいてくれ。補修資材に使っちまおう。たとえボロでも屋根でも壁でも何にでも」
 半壊した家屋を取り壊し、廃材を掻き集めて複数棟のバラックをでっち上げる。暮らしのバージョンアップはまた後の話だ。とにかく今は一人でも多く入れる『家』を作る。
 その後、金目が復興に加わり、作業のスピードが速くなった。王都の配給が始まると炊き出しの料理も豪華になった。住宅──バラックではあるが──再建も軌道に乗り始めた。
 クルスと金目は確かな手応えを感じながら、その日もディーナが受け持つ炊き出し場へと向かい…… ドロボー、という声が聞こえて来たのは、そんな折の事だった。
「そいつを捕まえとくれ!」
 呼ばれて振り返った視線の先に、無造作に食糧の入った木箱を抱えた人影が横合いの道からこちらに走って来た。おたまを手にドタバタ追い掛けて来たおばちゃんは、しかし、とても盗人に追いつけそうもなく。クルスは咄嗟にその泥棒の足下に光の杭を投射。その影を地面へ縫い付け、その場から動けなくして……その正体に目を見開いた。
「子供!?」
 そう、木箱を抱えていたので気付かなかったが、盗人はまだ幼いと言ってよいくらいの少年であった。そこへ長い棒を手に、人を描き分けやって来る男たちの姿──恐らくは街の自警団だろう。クルスの見たことの無い顔だった。ドゥブレー一家の者ではない。
「ガキが! 俺たちから食い物を盗もうとはふてぇ野郎だ!」
 駆け寄って来た男たちは乱暴に少年を引っ立てようとした。ちょっと待ってくれ、と金目が両者の間に入った。なんだ、お前は、と息巻く男たち。クルスは聖印を掲げながら、彼を捕らえたのは自分だと告げた。つまり、彼を罰する権利は自分が持つ。そう主張した。
「食料は全てそちらに返す。だから彼の事は許してやってくれないか? ……このような状況でなければ、罪を犯さなくてもよかったかもしれない子供だ。かつて故郷を失ったあんたたちなら分かるはずだ」
 クルスの言葉に、自警団員たちは渋々といった態で少年の身柄を彼に預けた。クルスは礼を言うと、同じような孤児を見かけたら自分に報せてくれと伝えた。決して私刑は行わないようにと。
「王都だなんだつっても、起こる事はどこも同じか……」
 呟くクルスの傍らで、金目は少年の前に膝をつき、荷の中から取り出した自分のパンを差し出した。
「食いな」
「……」
「食わねぇならドブに捨てる」
 金目の言葉に、少年はゴクリと唾を呑み込んで…… よほど腹が減っていたのか、貪るようにそれを口へと運び始めた。
 我ながら偽善的なことだな、と自嘲しながら。それでも、分け隔てなく無責任に手を貸していくと決めた。自分が100を救えぬことを彼は知っていたが、だからと言ってそれが目の前の1を救わぬ理由にはならないはずだ。……それが本当の意味での救いにはならぬと知っていても。
「……まぁ、溺れる者を助けに行って共に溺死するような覚悟が必要なやり方ではあるな」
 苦笑しつつ自身も水を上げながら、クルスは少年になぜこのようなことをしたのか訊ねた。
「……弟と妹がいるんだ」
「両親は?」
「…………」
 クルスは小さく溜め息を吐くと、兄弟のいる場所へ案内するように言った。
「アテが無ければ、教会に連れて行くことも考えなきゃならんだろうな…… 今回の戦いでまた何人の孤児が生じたことか…… 孤児院の運営資金を圧迫するのは確実だな。また寄付を募らないとな。誰か街の有力者か、どこぞの貴族か……いっそ国に直訴でもしてみるか……?」
 立ちはだかるであろう無理難題に顔をしかめながら、それでも境遇が境遇だけに捨て置くことは出来ないと、クルス。なぜそこまでと問われれば──彼もまた元孤児であり、誰かに助けられた者であるから、と。


「すみません、一匹そっちに抜けました!」
 複数の有翼人型歪虚『ハルピュイア』と同時に切り結ぶシアーシャが、額いっぱいに浮かんだ汗を振り飛ばしつつ、後方のアデリシアに向かって叫んだ。
 少し離れた距離で、背中合わせの様な向きでそれぞれ別の敵集団と戦闘を繰り広げていたアデリシアの背に、バタバタと地上を駆けて──翼を負傷し飛ぶことができなくなっていたのだ──接近していた人鳥の鉤爪が迫る。シアーシャの警告を受け、慌てることなく振り返った戦神の聖導士はその一撃を籠手で受け凌ぐと、そのまま彼女の腕を取って最後の力で空へと連れ去ろうとする人鳥の腹に、蟠った影の魔力弾を連続で叩き込んだ。堪らず地面に落ちてバタバタ暴れる人鳥の傍らにストンと着地するアデリシア。その着地の隙を狙って襲い来る有翼の大蛇歪虚『ワイアーム』が炎の息を吐くべくプクッと身体を膨らませようとして── 直前、反応した彼女が腕を振るってワイヤーをその身に絡ませて。そのまま地面へ叩き落として、落ちたその蛇の頭部をブーツの踵で踏み潰す……
「すみません、お手数をお掛けしましたっ!」
 残った敵を全て平らげて来たシアーシャがアデリシアに勢いよく頭を下げる。アデリシアは謝罪は無用と返しながら、自身と彼女の傷を癒した。
「とりあえず、飛べなくなって瓦礫の陰に隠れていた雑魔の群れは片付きましたね!」
「ええ。ですが、まだ他にもいるかもしれませんし、調べて回りましょう。直した先から壊されては堪りませんし」
 その後も生き残りの雑魔を警戒して街の中をパトロールするシアーシャとアデリシア。だが、次に出会った敵は……歪虚ではなく、人間だった。
 目抜き通りの商店街に差し掛かった時だった。そこで二人は出くわしたのだ。閉鎖された商店の扉を破り、物資を持ち出す略奪者たちの集団に。
「なにあれっ!? 略奪!? ダメだよ、盗っ人は捕まえるよ!」
「おい、貴様ら。それを持ってどこに行こうというのかな?」
 シアーシャとアデリシアに呼び掛けられて、怯えた表情で振り返った略奪者たちは、しかし、その声の主が小娘二人であると分かると逆に襲い掛かって来た。
 結論から言えば、彼らは瞬く間にハンター2人に盾で崩され、鞘や籠手で殴られ、地面へと転がされた。それでも多勢に無勢であったが、それも駆けつけて来た自警団の若者たちが突入すると略奪の宴は幕を閉じた。
 捕らえられた暴徒の数は全体の半分にも満たなかったが、逃げた連中も多くがその荷物を捨てていた。聴取してみると暴徒の多くは街の外の人間だった。
「ご協力、感謝いたします」
 自警団のリーダーらしき若者がアデリシアとシアーシャに礼を言った。彼らはドゥブレー一家の若手の構成員たちだった。動かぬドニや先輩たちに業を煮やし、勝手に街の復旧作業や治安活動に繰り出した有志たちだ。
「あるとこにはあるもんだな……」
 暴動の発生を聞いて駆けつけて来たクルスは鎮圧に間に合わなかったが、山のように積まれた物資を見て呆れた様に息を吐いた。
 略奪にあった商店は、既に避難していたのかどこも無人だった。人的被害が無かったことは幸いだったが……今度は荷物が片付かない。
「復興の為に使わせてもらうか。……勝手に」
 どうせ略奪で失われていたはずの物資だ。クルスは羊皮紙に事情を記すとそれを次々店へと貼り付けた。商店街が暴徒の略奪にあったこと。『押収』した物資は街の復興に使わせてもらうこと。復興への協力に感謝すること。どうしても納得がいかない者は、後で申し出ること、等……

 再び巡回へと戻るドゥブレー一家の若手たち。それを見送り再びパトロールに戻ろうとしたシアーシャは、その若者たちの後をさり気なく尾ける人影に気付いて小首を傾げた。
「あれは……エルさんとJ・Dさん?」
 そうこうしている間に街中へ消えて行く若者たち。シアーシャは少し迷った後……彼らを追うべく駆け出した。


 どうやら、このドゥブレー地区にはその名称の由来となった良き指導者がいるらしい── 『給食広場』で炊き出しの昼食を採りながら、金目はディーナと『客』たち、そして、給食係のおばちゃんたちの会話を何とはなしに耳にした。
「へー! この地区にもそんな元締め的な人がいるんだ!」
 配膳係として出来た食事をニコニコと手渡しつつ、さりげなく話題の流れを手繰って地区の情報を集めるディーナ。ふわっとした雰囲気の彼女はこの炊き出しの現場でもマスコット的な人気を博していたが、そういった会話を意識的に出来る辺りは流石ハンターと言ったところか。
「じゃあ、その人たちも頑張っているんだね。そしたらこの街もすぐに復旧しちゃうね!」
 皆を励ます様な口調で元気に言うディーナだったが…… 皆は微妙な表情で互いに顔を見合わせた。
「ん? どうしたの?」
「……。そのドニさんなんだがな……」
 聞かれる噂はあまり良い類のものでは。なかった。曰く、呑んだくれて出て来ないだの、街がこんなになっているのに何もしていない、だの……
「親方さんがお酒に……何かあったの?」
「それが……なんでかは分からんのよ。あんだけ精力的に街の為に働いてくれとった旦那がのぉ」
 皆の話を聞いて、ディーナはむむむ、と唸った。
「ドゥブレー一家…… 分かったの。後で覗きに行ってみるの」
「おおっ!」
 ディーナは皆の前でこぶし(←ちっちゃい)を握り締めてふんっと鼻息荒く断言して見せた。──ドニ氏には自分に出来ることを思いついてもらう。その為にはまず……酒抜きだ!
「行くよ、金目さん!」
(あ、俺もか)
 その場にいた金目を引き連れ、ディーナはドニの事務所へ向かった。
「こんにちはなの。ドニ親方に会いに来たの」
 応対に出たアンドルーに笑顔でにっこりそう告げたディーナは……2分後、事務所の門の外にいた。
「追い出された?! 何で!?」
(あ、そういう……)
 役回りか、と理解し、空を見上げる金目。伝手も何も無い状態で押し掛ければ……まぁ、そうもなるかもしれない。


 同日── 無事、歪虚の襲撃からジョアニス教会を守り切ったハンターたちは、街に出たクリスら一部を除いて引き続き教会に残っていた。
 避難して来た者たちの内、被害が無かったご近所さんたちは既に自宅へ帰っていたが、荷や財産を失い故郷に帰る当てを無くした街外の避難者たちは、今も教会に残ってシスターたちの世話になっていた。
 彼女たちの仕事は激務となった。元々人手が足りなかったところに、大勢の避難者たちを抱え込んでしまった為だ。しかも、彼らの多くは自分たちでは何もせず、あれやこれやと要求するばかりの者が多かった。
「あの連中の何人かでも手伝ってくれればシスターたちも少しは楽になりやがるんですがね……」
 無気力に座り込んだまま動かぬ避難者たちを見やって呟くシレークス(ka0752)。サクラ・エルフリード(ka2598)は彼女と共にシスターたちを手伝いつつ、彼女たちがオーバーワークに陥らぬよう気を配っている。
「シスターや子供たちが倒れてしまっては避難所は立ち行きませんからね。休憩はきちんと取らせないと。何なら、私が皆に何か体力の付く料理でも……」
「それは止めやがれです」
 サクラが包丁を持つことは断固阻止しつつ、シレークスはルベーノ・バルバライン(ka6752)に向き直った。
「可能な限り、私たちでシスターたちをフォローするです。ルベーノ、子供たちの相手は任せますか?」
「おう、そちらは任せろ。俺ほど歌の上手い格闘士もそうはおらんだろうからな!」
 全長2mを越える大男、ルベーノがドンと自身の胸を叩いた。
 彼は早速、孤児院棟へ向かうと、いくつかのグループに分かれて方々で遊んでいた子供たちを呼び集めた。そうして、子供たちの遊び相手(これもまた相当の激務である)をしていたシスターたちを解放しつつ、合唱の時間を始める。曲は讃美歌ばかりは避け、歌って踊れるゴスペル調や明るく楽しい児童向けの曲を中心に子供らに飽きがこないようにした。
「うむ、さすがだ。この前もお前たちの歌が皆を元気づけたのだ。そうだな…… 今回もみんなで元気が出る歌を歌いながら、皆のお手伝いをすると喜ばれるかもしれん」
 ルベーノは年長者を中心に子供らを複数の班に分けると、それぞれシスターたちに付けてお手伝いをさせることにした。無論、子供たちのすることだから至らぬ点は多くあったが、殆どの大人は笑ってそれを許した。……だが、了見を知らぬ者はどこにでも一定数はいる。
「何してやがる、このクソガキ!」
 避難者たちの寝泊まりする教室に怒声が響き渡り、園庭で野菜の世話をしていたサクラが立ち上がってそちらを振り返った。
 どうやら昼食の配膳をしていた子供の一人がそれを床にぶちまけてしまったらしい。採り損ねた中年男が酷く腹を立てている。
「どうすんだよ、俺の食い物! 代わりはちゃんと出るんだろうな?! 無いならテメェの飯を寄越せよ、ガキが!」
 怯えて身を竦ませる子供たちの前で大人げなく怒鳴る中年男── だが、美しいバリトンボイスで『慈愛の祈り』を織り交ぜつつ、歌いながら入室して来たルベーノがその眼前に割って入り、有無を言わせず一睨みで中年男を制圧した。
「さて……子供たちでさえ、この混乱の中、一つでも役に立とうと、皆を元気づけようとしているのに、だ……大人のお前が、何をしている? 親兄弟を亡くした痛みを知っている子供たちが、傷ついた大人たちに、そう、お前たちに! 少しでも手を差し伸べようとしているというのに! ……重ねて聞こう。そんな子供たちさえ働いているのに、お前は今、何をしている? 俺の目を見て、答えて見せろ」
 沈黙── ルベーノの言葉は男一人に対してではなく、この場にいる全員に対して発せられたものだった。
 中年男はグッと言葉を詰まらせた。所詮は自分より弱い者にしか吼えれぬ程度の男だ。
「いったいどうしましたか。何があったか話してもらえます……?」
 背後から若い女の声がして──自分より弱いシスターが来たと思った男が、不平不満をぶちまけるべく勢い込んで振り返った。なんならこの傲慢なルベーノに対する使用者責任も問うつもりであった。
 だが、そこに立っていたのはシスターではなくサクラだった。黒い笑顔を浮かべた彼女が、ジッと男を凝視している。
「いっ、いえっ、何でも……! 子供が食事を零しただけで……!」
「そうですか。ではすぐに代わりの食糧を届けさせます」
 サクラはルベーノに目配せをして子供たちをその場から立ち去らせた。緊張が解けたのか、廊下に子供の泣き声が響き渡る。
「あ、一つ言い忘れていました」
 園庭へ立ち去り間際、サクラが男を振り返って告げた。
「もし、ここに不満があるなら、いつでも出て行ってくれて構いませんから。私たちは何も……そう、何も困りませんので」
 サクラは今度こそその場を離れた。すぐ近くにまで来ていたマリアンヌが微苦笑でそれを迎えた。聖職者としては不適当なサクラの台詞を聞いていたはずだが、彼女は何も言わなかった。
「かなりストレスが溜まっているようです。何か解消できることでもあればいいのでしょうが……」
 ……相変わらず底の知れぬ女性(ひと)だ、と考えながら、サクラは避難者たちのいる教室棟を振り返った。


 夕闇迫り、急速に暗くなっていく空の下── 巡回を続けるドゥブレー一家の若い者らが人気のない街角へと差し掛かった時。抜き身の剣を提げた男たちが周囲の瓦礫の陰から現れた。
 慌てて道の真ん中に円陣を組む若者たち。襲撃者たちの数は彼らの3倍近くはいた。何者かと問う誰何の声に返る襲撃者たちの嘲笑── 同時に男たちが一気に包囲の輪を縮め……
 瞬間、彼らの只中にパッと湧き上がった魔力の雲に、襲撃者たちの幾人かがパタパタと倒れ伏した。何事かと思わず足を止める彼我の男たち。再び『スリープクラウド』を放ちながら姿を現したのはエルだった。何者か、と問う襲撃者たちの誰何の声に、フフン、と鼻を鳴らして返すエル。その反対側の陰から現れたJ・Dがリボルバーで制圧射撃を行い、物陰に隠れた狙撃手たちを瓦礫の陰に釘付けにして。直後、エルの眠りの雲によって瞬く間に無力化される。
「……『スリープクラウド』だけで片がついてしまいましたね」
 形成が逆転し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す襲撃者たち。エルは『マジックフライト』で空へと上がると、長い影の落ちる地上を逃げる賊らに味方を誘導して全員を捕らえさせた。
 襲撃者たちを後ろ手に縛り、一か所に纏めて座らせる若者たち。地上に降りて来たエルを彼らの視線が出迎え……彼女は説明を余儀なくされた。
「すみません。貴方たちの後を尾けさせてもらっていました。治安組織である貴方がたを襲撃して回っている者たちがいると聞いていたもので」
 まだ若い彼らの中には囮とされた事に釈然としない者もあったが、危ないところを助けてもらったのは紛れもない事実であり、複雑な想いでハンターたちに感謝を伝える。
「刻印、『M1018リベルタスフィールド』…… この銃、アンドルーさんたちの話にあった『街中に隠されていた武器』だよね? うわ、王国じゃ最新型だ」
 銃手の武器を調べていたシアーシャが驚きながらそれをエルとJ・Dにも手渡した。
「さて、色々と聞きたいことがあり、その数は増すばかりですが……」
 J・Dとシアーシャに周囲の『口封じ』を警戒させつつ、エルはその場で尋問を始めた。誰もいない瓦礫の中に無造作に符を飛ばし……『風雷陣』の電撃を落として、底冷えのする声音で「蚊がいました」とだけ告げる。
「これは独り言ですが…… この状況ならば死体が幾らか増えたところで、雑魔の仕業と思われるだけでしょうね。どう思われます、治安組織の皆さん」
 問われ、困惑する若者たち。ドニたちなら何も言わずともツーカーなのに、とか思う内に、自分たちが置かれた状況を再認識させられた男たちは我先に口を割り始めた。
「ま、待て! 話す……! 俺の知っていることは全て話す!」
 ……その様子を見ながら、J・Dは「随分と程度の低い人間を雇ったもんだ」と呆れ果てていた。ジャック・ウェラー、やさぐれたドニを見て舐めたものか、仕事が甘い。これが先任者──ノーサム商会会長本人が雇い入れた人間だったら、廃屋に火を掛けてでも証拠一つ残さなかった。
「ともかく…… 続きはドニさんの事務所で聞きましょう」
 エルの言葉に、賊を引っ立て始める若者たち。
 結局、後詰の襲撃は最後の最後までなく……J・Dは改めて呆れ返った。

「あの野郎……! ここじゃ子供たちさえ頑張っているってのに……何もかも諦めて呑んだくれてやがるだとぉ?!」
 夕方、教会── 仕事を終え、新たな孤児たちを連れて帰って来たクルスからドニの様子を聞かされて。シレークスは心の底から呆れ返ったというようにその目を大きく見開いた。
「シスターマリアンヌ! ちょっとあの獄潰しを連れに行ってきやがります!」
 聖女の如き笑みを浮かべたまま、内心で怒りを滾らせて……ちょっと抜けるというシレークスに、マリアンヌが「私も行きます」と似たような笑顔でにっこり笑う。
 そうしてドニの事務所に到着したシレークスは、門の横で体育座りをして『の』の字を書いていたディーナとその傍らで手持無沙汰に立っていた金目(←付き合いが良い)が驚き目を見開くのを脇目に、門扉を思いっきり剛力で以って蹴り開けた。
「なっ、なんだ!? カチコミかッ?!」
「カチコミじゃねぇ! 私だ!」
「シ、シレークスの姐さんに……シスターマリアンヌ!!!???」
「ジョアニス教会から来やがりました。ドニはどこにいやがりますか!」
 執務室の扉も蹴り開け、中へと突入するシレークス。その後にどさくさ紛れについてきたディーナと金目も続く。
 その場には、若手を襲った襲撃者たちを連行して来たエル、J・D、シアーシャの三者も報告の為にその場にいた。シレークスは構わずドニに歩み寄ると、執務机越しにその襟首を掴み上げた。
「ドニ! てめえ、どういうことでやがりますか!」
「いや、待て、落ち着け! 話を聞け!」
 そう答えるドニは酒臭くはあるものの、存外、意思のはっきりした瞳をしていた。
「わ。これは確かに立派な熟し柿なの…… というわけで、『ゴッドブレス』!」
 ディーナがシレークスの後ろからドニの顔色を覗き込み、神秘の力で強制的に彼の体内から酒を抜いた。
「『キュア』に『ピュリフィケーション』に『ゴッドブレス』── お酒を呑む都度、強制的にアルコールを抜いて上げるんだから。私がここに来た以上、もうお酒には逃げさせないんだからね!(えっへん」
 そう胸を張るディーナに毒気を抜かれて、シレークスはドニから手を離した。
 ドニはその場の皆に説明を始めた。これまで、この街には色々と裏で策動している輩がいたこと。今回を機会にそれを炙り出そうとしたこと。その為に自堕落な男を演じて隙を見せ、相手のリアクションを待っていたこと、等々──
「だから、呑んだくれてたのも腑抜けていたのも全て演技だ。おめーらが心配するようなことは何も無ぇよ」
「……本当に?」
 シアーシャがドニへ詰め寄った。──浴びる様に酒を呷って臓腑へと流し込み、さりとて本当の意味で酔うこともできず……『演技』と称して零した悪態・愚痴・不平──それこそが本当のところ、吐露した本音なのではないか?
 ドニに会うのは数年ぶり──その長い月日の間もずっとドニは復興に全力を掛けて来た。それだけに今回の事態は……無念も相当大きいはずだ。その心情は小娘の私なんかには全然想像もつかないけれど……偉い立場のオトナは泣いたり甘えたりできないことくらいは知っている。
(もしかすると、ドニさん自身が一番、今の自分を情けなく思っているのかもしれない。何とかしたいけど、でも疲れちゃって、もう一度やり直すのがしんどくて……自分の中の天使と悪魔が戦っている最中なのかも)
 シアーシャはドニの頭に自分の手を置いた。そして、慈愛と母性に満ちた瞳で撫でてやった。
「すごく疲れちゃったんだよね。疲れちゃったら、ゆっくりと休むといいよ。……そして、疲れが取れたら、また前に進もう。ちょっと肩の力を抜いて、他のやり方を試してみたり、疲れたらまた休憩して…… 完璧を目指さなくてもいい。ゆっくりと、ドニさんが望む方向に進んでいこ? ね?」
 ドニはシアーシャを見返した。……良かった。酒が残っていたら年甲斐もなく泣いてしまっていたかもしれない。
 J・Dもまた告げる。──旦那一人抜けて回らなくなっちまう街なら、どの道、先は長くはねぇ。だがよう、そいつはちょっとこの街のモンらを見くびり過ぎってもんじゃねぇか?
「街のモンらはあんたを頼りにしている。だが、それはおんぶにだっこで頼り切ってるわけじゃねェ。それは日々を必死に生きてる街の連中に失礼ってもんだ。繰り返しになるが、街のモンらは誰もあんたを責めちゃあいねぇ」
 J・Dの言ってることは本当だ、と金目が続けた。彼が話を聞いた人々は、皆、ドニへの敬意に満ちていた。そりゃ今の態度に不平不満を言う者もいたが、それも期待の裏返しだ。……何度も住む街を焼かれ、その度に立ち上がって来たのがこの街の住人だ。悪態を吐き、罵声を浴びせていれば誰かが何とかしてくれる、などと信じているような楽天家はここにはいない。
「……かつて故郷を失った人々に心の安寧と平穏をもたらしたのは確かにエクラの光です。しかし、全てを失って投げ槍となっていた人々に、自主・自立の精神を取り戻させたのは私ではなく、復興の旗振り役となったドニ、貴方なんですよ」
 再び立ち上がることができるのであれば挫折も悪い経験ではない──マリアンヌはそうドニに告げた。何より、街の人々が未来を諦めてない。一度旗振り役を担ったならば、それを振り続ける義務がドニにはあるはずだ。
「言いやがる。あんたが乗せた舞台だろうに」
 ドニは再び立ち上がった。再び自分の仕事を始める為に。
「事情は分かりましたです」
 シレークスは頷いた。
「しかし、それとこれとは話が別でやがります」
 シレークスはその剛力で驚くドニを担ぎ上げると、そのまま執務室を出た。
「教会の人手が足りねぇのです。アンドルー、ちょっとこいつ肉体労働の為に借りていくです」
「はい。よろしく鍛え直してくだせぇ」
「アンドルー、テメェ……!」
 喚くドニを見送るアンドルー。シレークスに担がれたドニの傍らを歩いて見上げながら、ディーナは笑顔で彼にススメる。
「やー、親方としてでなく、ドニさん個人として奉仕活動に精を出すのもいいものだよ! お酒で十分に心も休めて……ドニさんの休日は今日、終わったの! さあ、外に行って皆が何をしているか見に行こうなの。ドゥブレー一家の長としてじゃなくていい。ドニさんという個人が何をできるか考えにいこう」
 シレークスの背に担がれたまま、ドニは街中を引き回された。彼が何も進めなくても街の復興は進んでいた。人々は笑顔でドニに挨拶をし、今の恰好を揶揄して笑う。

 そうして教会に着いたドニは、シレークスによって情け容赦なく肉体労働に駆り出された。逃げることはできなかった。ディーナがぴったりドニに張り付き、子供たちと一緒になってじっと見張っていたからだ。

 その頃、サクラはホロウレイド戦士団の女貴族、セルマに声を掛けていた。あの戦いの折、大勢の避難民を連れてこの教会に逃げ込んで来た彼女は、未だ残って負傷者の治療に当たっていた。
「原隊に復帰しなくて構わないのですか……?」
「ええ。私も関わった以上、この場を見捨ててはおけません。幸い、戦場で怪我の治療には慣れてますし……」
 確かに人手は助かります、と頭を下げて……サクラは彼女を手伝いながら、かの『庭師』について訊ねた。
「なるほど、その様なことが……」
 事情の説明を受けたセルマは自身の知る限りのことをサクラに伝えた。といっても、詳しいことはセルマも知らなかった。ただの庭師でないと気づいたのも今回の件があったからだし……
「ただ一つ、私に断言できることは、大公閣下は決して歪虚と手を結ぶことなどありえない、ということです。あの方は歪虚を心の底から憎んでいます。だから、あの『庭師』がサクラさんの言う庭師である可能性は限りなく低いと思います」
 サクラは頷いた。そして、別の可能性の一つを潰した。
「……大公閣下の御為に、と部下が勝手に歪虚の力を利用する可能性は?」
「……うーん。あの『庭師』、最初に会った時から礼儀知らずではありましたけど…… そういったドロッとした感情とは無縁な気がするんですよね。……不思議と」

「おや、ドニ、来てたのですか」
 話を終えたサクラが戻り、馬車馬の様に働くドニに気付いて挨拶をした。
 そして、それを理由に手を休めようとしたドニに、サクラはパシッと教会で必要な物のリストを突きつけた。
「特に医薬品系を大至急、届ける様にお願いします。できれば新興商人たちを介さずに」
 畜生、と呟きつつ、メモを手に走ってお遣いに走るドニ。それをディーナと金目(←付き合いが良い)が監視すべく一緒についていく。

 全ての仕事を終えた夕飯の席──食事にも手を付けず、ぐったりと疲れ切ったドニに、シレークスがお疲れ、と暖かい紅茶を差し出した。
「生きていれば次がある。生きている限り諦めることは許されない── 街の人々やここの子供たちですら弁えていたことを、思い出すことができましたか?」
 ドニの返事は無い。まるでただの屍の様だ。だが、その表情を見たシレークスは満足そうに、己の腰に差した希望の鐘を小さく鳴らした。

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参加者一覧

  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 力の限り前向きに!
    シアーシャ(ka2507
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 交渉人
    J・D(ka3351
    エルフ|26才|男性|猟撃士
  • 王国騎士団非常勤救護班
    クルス(ka3922
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 細工師
    金目(ka6190
    人間(紅)|26才|男性|機導師
  • 我が辞書に躊躇の文字なし
    ルベーノ・バルバライン(ka6752
    人間(紅)|26才|男性|格闘士

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
J・D(ka3351
エルフ|26才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2018/08/11 07:32:14
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/08/11 04:22:49