ゲスト
(ka0000)
魂に安らぎを
マスター:サトー

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/12/28 09:00
- 完成日
- 2014/12/30 20:42
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「すまねぇ……すまねぇ……」
男が涙を流しながら、山道を登っていく。
寒々しくなった木々の合間を抜けて、堆積した落ち葉を踏みしだく度にパリパリと乾いた音が鳴る。乾燥し、色落ちした葉が儚く砕け散るにつれ、男のかさついた心にも罅が入っていくようだった。
言葉にならない想いが涙となって、ぽつりぽつりと足跡を濡らす。水玉模様が点々と彩るのは、小高い山の山頂へと続く道。人気のない山道は冬の冷気に凍え、男の嗚咽を虚しく響かせる。
「すまねぇ……」
これで何度目になるだろうか。
男の謝罪は途切れ途切れに道に落ちていく。降り積もる慚愧の念に男の足もたまらず鈍っていく。
それを叱咤するのは、しわがれた老婆の声。
「もうええ。もう……何も言わんでええ」
男が背に担ぐ老婆は、息子の背に顔を埋めて穏やかに言った。
「お前のせいじゃねぇ。わしが望んだんじゃ」
母の声色に、男を責める気持ちは欠片も含まれていない。それが分かるからこそ、男は貧苦に怨嗟の声をぶつけ、さらに嗚咽を響かせた。
男の隣を歩くあばら骨の浮き上がった犬が、男を見上げてくぅんと弱弱しく鳴いた。
老婆が犬を見下ろして、優しく微笑みかける。
「もう少しの辛抱だ。頑張ってな」
再びかすれた声を上げて、犬はとぼとぼと山道を登っていく。
「すまねぇ……」
男の涙が、また一つ山道に降り積もった。
「ここで、ええ」
男は廃棄されて久しい暖炉のそばに老婆をゆっくりと下ろした。椅子もベッドも無い、だだっぴろい部屋の床に、老婆が尻をつく。
山頂付近の打ち捨てられた山小屋は、隙間風がびゅうびゅうと入り込むとても寒い場所だった。
「お袋……。俺は……」
男が沈痛な表情で、老婆を見た。これが最後となる、自分の母の顔を。
言葉を詰まらせた男の顔を、老婆の骨ばった手がそっと撫でる。
「お前は生きろ……。家族を、守ってやれ」
男は俯き、肩を震わせる。
「爺さんをあんまり待たせても気の毒だからね」
もうええから行け、という老婆の言葉に、男は泣く泣く小屋を後にした。
北風が小屋の中の熱を攫って行く。
老婆は両足を投げ出したまま、寒さに震えた。足は先ほどから、いや、男に背負われている間も含めて、髪の毛一本ほども動いていない。
寒さに震えた老婆を気遣ったのか、年老いた老犬がよぼよぼと老婆の下へ歩み寄り、その太ももの上を跨ぐように丸まった。
「あー……あったかいねぇ……」
老婆は犬の背を撫でながら、慈悲に満ちた瞳を向ける。
「お前には悪いねぇ……。わしの我がままに付きあわせちまって」
老犬は老婆に撫でられるがままに、目を閉じてその手を受け入れている。自分の運命を悟っているかのように、瞬き一つ無く泰然としている。
「お前がいないと、爺さんのところまでたどり着けないかもしれないからね。案内を頼むよ」
夫が可愛がっていた愛犬に死出の旅路を任せ、老婆は首に下げたネックレスをたぐり寄せる。胸元から出てきたのは、禍々しいほどに赤い宝石のような石だった。
無骨な造りのネックレスに付けられた石は、情熱的なまでに赤くもあり、月の無い闇夜よりも猶黒くもあり、見る度に色が変わるようで、おどろおどろしいほどに濁った輝きを放っていた。自分の代わりに母の最期を看取ってもらおうと、老婆の息子が河原で拾ってきた石だ。
夫からの唯一の贈り物であるうら寂びた鉄のネックレスに、妖しげな色の石をくっつけたものは、不思議と老婆の心に安らぎをもたらしてくれた。
「きれいだねぇ……」
零れた想いに、老犬の耳がぴくりと反応する。
老婆――ハナは今までにない穏やかな笑みを浮かべた。
「お爺さん、今、行きますよ……」
――一か月後。
男は再び、あの山道を登っていた。今度は一人でだ。
枯葉のように軽かった母の重みが甦り、男の目に涙が浮かぶ。
母が自ら言い出したこととはいえ、懐に余裕があればこんなことは起こりはしなかったのだ。
不作は天の運命。それでも……。
男は涙を拭う。
身体の不自由な年老いた母を、口減らしに。自身の家族を養っていくためだからといって、許されることではないだろう。
男はスコップを担ぎ、山道を行く。
遺体を埋葬せねばならない。
ただそれだけのために、ただそれだけのことしかできない自分に憤りを覚えつつ、男は山道を歩みゆく。
北風が身に染みる。弱った心に隙間風が入り込む。
心が寒い。空洞のできた場所を埋めるものは、まだない。
男は目にたまった涙を再び拭い、ひたすら足を動かした。
何も考えずに、何も考えられずに。
気づけば、男は山小屋に辿り着いていた。
そして、男は見た。
半壊した山小屋を――。
そこに鎮座する、体長五メートルはあろうかという、巨大な犬のような生物を――。
●ハンターオフィスにて
「雑魔の目撃報告があったのは、山頂付近の山小屋です」
職員が資料をぺらぺらとめくりつつ、説明を続ける。
「お母上の埋葬に来たという依頼人の男性――ハロルドさんの情報では、半壊した山小屋の隣に丸まって休んでいるような犬型の生物がいたそうです。と言っても、山小屋と同程度の大きさがある生物ということですから、雑魔であることは間違いないでしょう。
山小屋の中には、お母上のご遺体と連れの犬が亡くなっているはず、とのことでしたが、もしかしたら、何らかの影響でその犬が雑魔化したのかもしれません」
なぜそんなところに遺体があるのかは分かりませんが、と職員は呟く。
「ハロルドさんはお母上のご遺体の無事を心配しておりましたので、できればその確認もお願いします。
場の状況ですが、小屋の前に草の生えぬ剥き出しの大地が四方三十メートルほど広がり、その周辺をどこまでも木々が疎らに立ち並んでいる、とのことです。その内幾つかの木がなぎ倒されていることから、雑魔の力はそれなりのものと窺えます」
職員は厳しそうに眉根を寄せる。
雑魔といえどもピンキリだ。決して侮ることはできない。相手の力が分からない以上、手配するハンターの力量を定めるのも難しい。
「……最悪、雑魔の力量を調査するだけに留めても構いません。
――生命を落とされても、こちらは責任をとれませんからね」
●
「俺が悪いんだ」
麓の村にて、ハロルドはハンター達の前で顔を歪め、今までの経緯を話した。
「あのとき引き返していれば」
その頬には、涙の跡が残っていた。
曇天の下、薄靄が広がる木々の陰から、ハンター達が小屋の様子を遠目に窺う。
昼間だというのに視界はあまり良くないが、あの巨体だ。目を凝らせば黒々とした雑魔。
雑魔は寝転がり、微動だにしていない。背には人骨のようなものが一部見え隠れし、雑魔の眉間に宿る赤黒い石が、妖し気な煌めきを見せていた。
不意に、雑魔が首をもたげる。
くんくんと鼻を鳴らし、ハンター達の方に顔を向けると、醜悪な顔を歪ませ、すっくと立ち上がった――!
男が涙を流しながら、山道を登っていく。
寒々しくなった木々の合間を抜けて、堆積した落ち葉を踏みしだく度にパリパリと乾いた音が鳴る。乾燥し、色落ちした葉が儚く砕け散るにつれ、男のかさついた心にも罅が入っていくようだった。
言葉にならない想いが涙となって、ぽつりぽつりと足跡を濡らす。水玉模様が点々と彩るのは、小高い山の山頂へと続く道。人気のない山道は冬の冷気に凍え、男の嗚咽を虚しく響かせる。
「すまねぇ……」
これで何度目になるだろうか。
男の謝罪は途切れ途切れに道に落ちていく。降り積もる慚愧の念に男の足もたまらず鈍っていく。
それを叱咤するのは、しわがれた老婆の声。
「もうええ。もう……何も言わんでええ」
男が背に担ぐ老婆は、息子の背に顔を埋めて穏やかに言った。
「お前のせいじゃねぇ。わしが望んだんじゃ」
母の声色に、男を責める気持ちは欠片も含まれていない。それが分かるからこそ、男は貧苦に怨嗟の声をぶつけ、さらに嗚咽を響かせた。
男の隣を歩くあばら骨の浮き上がった犬が、男を見上げてくぅんと弱弱しく鳴いた。
老婆が犬を見下ろして、優しく微笑みかける。
「もう少しの辛抱だ。頑張ってな」
再びかすれた声を上げて、犬はとぼとぼと山道を登っていく。
「すまねぇ……」
男の涙が、また一つ山道に降り積もった。
「ここで、ええ」
男は廃棄されて久しい暖炉のそばに老婆をゆっくりと下ろした。椅子もベッドも無い、だだっぴろい部屋の床に、老婆が尻をつく。
山頂付近の打ち捨てられた山小屋は、隙間風がびゅうびゅうと入り込むとても寒い場所だった。
「お袋……。俺は……」
男が沈痛な表情で、老婆を見た。これが最後となる、自分の母の顔を。
言葉を詰まらせた男の顔を、老婆の骨ばった手がそっと撫でる。
「お前は生きろ……。家族を、守ってやれ」
男は俯き、肩を震わせる。
「爺さんをあんまり待たせても気の毒だからね」
もうええから行け、という老婆の言葉に、男は泣く泣く小屋を後にした。
北風が小屋の中の熱を攫って行く。
老婆は両足を投げ出したまま、寒さに震えた。足は先ほどから、いや、男に背負われている間も含めて、髪の毛一本ほども動いていない。
寒さに震えた老婆を気遣ったのか、年老いた老犬がよぼよぼと老婆の下へ歩み寄り、その太ももの上を跨ぐように丸まった。
「あー……あったかいねぇ……」
老婆は犬の背を撫でながら、慈悲に満ちた瞳を向ける。
「お前には悪いねぇ……。わしの我がままに付きあわせちまって」
老犬は老婆に撫でられるがままに、目を閉じてその手を受け入れている。自分の運命を悟っているかのように、瞬き一つ無く泰然としている。
「お前がいないと、爺さんのところまでたどり着けないかもしれないからね。案内を頼むよ」
夫が可愛がっていた愛犬に死出の旅路を任せ、老婆は首に下げたネックレスをたぐり寄せる。胸元から出てきたのは、禍々しいほどに赤い宝石のような石だった。
無骨な造りのネックレスに付けられた石は、情熱的なまでに赤くもあり、月の無い闇夜よりも猶黒くもあり、見る度に色が変わるようで、おどろおどろしいほどに濁った輝きを放っていた。自分の代わりに母の最期を看取ってもらおうと、老婆の息子が河原で拾ってきた石だ。
夫からの唯一の贈り物であるうら寂びた鉄のネックレスに、妖しげな色の石をくっつけたものは、不思議と老婆の心に安らぎをもたらしてくれた。
「きれいだねぇ……」
零れた想いに、老犬の耳がぴくりと反応する。
老婆――ハナは今までにない穏やかな笑みを浮かべた。
「お爺さん、今、行きますよ……」
――一か月後。
男は再び、あの山道を登っていた。今度は一人でだ。
枯葉のように軽かった母の重みが甦り、男の目に涙が浮かぶ。
母が自ら言い出したこととはいえ、懐に余裕があればこんなことは起こりはしなかったのだ。
不作は天の運命。それでも……。
男は涙を拭う。
身体の不自由な年老いた母を、口減らしに。自身の家族を養っていくためだからといって、許されることではないだろう。
男はスコップを担ぎ、山道を行く。
遺体を埋葬せねばならない。
ただそれだけのために、ただそれだけのことしかできない自分に憤りを覚えつつ、男は山道を歩みゆく。
北風が身に染みる。弱った心に隙間風が入り込む。
心が寒い。空洞のできた場所を埋めるものは、まだない。
男は目にたまった涙を再び拭い、ひたすら足を動かした。
何も考えずに、何も考えられずに。
気づけば、男は山小屋に辿り着いていた。
そして、男は見た。
半壊した山小屋を――。
そこに鎮座する、体長五メートルはあろうかという、巨大な犬のような生物を――。
●ハンターオフィスにて
「雑魔の目撃報告があったのは、山頂付近の山小屋です」
職員が資料をぺらぺらとめくりつつ、説明を続ける。
「お母上の埋葬に来たという依頼人の男性――ハロルドさんの情報では、半壊した山小屋の隣に丸まって休んでいるような犬型の生物がいたそうです。と言っても、山小屋と同程度の大きさがある生物ということですから、雑魔であることは間違いないでしょう。
山小屋の中には、お母上のご遺体と連れの犬が亡くなっているはず、とのことでしたが、もしかしたら、何らかの影響でその犬が雑魔化したのかもしれません」
なぜそんなところに遺体があるのかは分かりませんが、と職員は呟く。
「ハロルドさんはお母上のご遺体の無事を心配しておりましたので、できればその確認もお願いします。
場の状況ですが、小屋の前に草の生えぬ剥き出しの大地が四方三十メートルほど広がり、その周辺をどこまでも木々が疎らに立ち並んでいる、とのことです。その内幾つかの木がなぎ倒されていることから、雑魔の力はそれなりのものと窺えます」
職員は厳しそうに眉根を寄せる。
雑魔といえどもピンキリだ。決して侮ることはできない。相手の力が分からない以上、手配するハンターの力量を定めるのも難しい。
「……最悪、雑魔の力量を調査するだけに留めても構いません。
――生命を落とされても、こちらは責任をとれませんからね」
●
「俺が悪いんだ」
麓の村にて、ハロルドはハンター達の前で顔を歪め、今までの経緯を話した。
「あのとき引き返していれば」
その頬には、涙の跡が残っていた。
曇天の下、薄靄が広がる木々の陰から、ハンター達が小屋の様子を遠目に窺う。
昼間だというのに視界はあまり良くないが、あの巨体だ。目を凝らせば黒々とした雑魔。
雑魔は寝転がり、微動だにしていない。背には人骨のようなものが一部見え隠れし、雑魔の眉間に宿る赤黒い石が、妖し気な煌めきを見せていた。
不意に、雑魔が首をもたげる。
くんくんと鼻を鳴らし、ハンター達の方に顔を向けると、醜悪な顔を歪ませ、すっくと立ち上がった――!
リプレイ本文
俄かに立ち上がった雑魔はハンター達に狙いを定め、疎林の合間を縫って駆けて来る。
「わ、わわわ! こっち来ましたよ!」
エリー・ローウェル(ka2576)の叫びに、カルムカロマ=リノクス(ka0195)は僅かに眉根を寄せた。
獣型なら警戒心が強いかも知れぬ。なればこそ、慎重に接近してはいたが、敵の警戒範囲は予想以上に広かったらしい。
陣形もろくに組んでいない一同の下に、雑魔は体勢を整えることも許さずに猛スピードで接近する。一定間隔を開けて行動していたハンター達の前面、先頭にいたライガ・ミナト(ka2153)とエリーはすぐさま武器を構え、エアルドフリス(ka1856)はエリーとミナトへストーンアーマーをかけた。
至近にまで迫った雑魔が右前脚を振るう。
轟という音とともに、ツヴァイハンダーで受け止めたエリーが弾き飛ばされた。
「っと!?」
飛んできたエリーを、ミナトが慌てて受け止める。
大丈夫か、と確認する間もなく、雑魔は次なる獲物として、エアルドフリスに迫りくる。咄嗟にメイル・ブレイカーを構えたエアルドフリスの視界を横切ったのは、ジャマダハルを握ったネリー・ベル(ka2910)。
最後尾で背後や周囲を警戒していたネリーは、疾影士らしい敏捷さで間に割り入った。
眼前に迫るは雑魔の鼻面。ジャマダハルの切っ先が突き刺さる、かに思えた、瞬間。
ガキン、と金属音が走る。雑魔は大きな口を開き、刃を鋭い牙で受け止めた。多少の痛みがあったのか、雑魔は一旦距離を置き、刃を受けた牙を舐める。
エリーはずれた伊達眼鏡の中で軽く目を見開いているが、怪我は無さそうだった。
弾かれたネリーが着地するに合わせ、事前に想定していた空地へ、皆が一斉に走る。殿を受け持ったのは、ネリーとカルムカロマ。
雑魔が再び接近する。足の速さは雑魔の方が一段も二段も上のようだ。
雑魔の振りかぶりを見て、ネリーは華麗なステップで危なげなく躱す。空振りした雑魔の前脚は、そのまま傍にあった木を根元からなぎ倒した。
どすんと木が倒れる音を背に、一同は足を緩めない。開けた場所で包囲して戦う、それが事前に決めていた作戦だからだ。
走る最中にも、エアルドフリスは観察を怠らない。後ろ目に、雑魔の動きをつぶさに分析する。
雑魔の二度の空振りの後に体勢を崩したネリーであったが、脇からの牽制により、雑魔は獲物の分散にイラつきを見せる。カルムカロマだ。
「ついておいで。……そう、良い子だ」
ターゲットをネリーから譲り受け、カルムカロマも素早い身のこなしにて躱しつつ先を急ぐ。既に三人は空地にて身構えている。地を蹴る音は軽々しく、舞う木の葉のように二人は疾走する。
ネリーとカルムカロマが空地へ入るのと入れ替わりに、ライガが前に出た。
構えたのは身の丈ほどもある斬馬刀。馬をも両断するというその刀を、ライガは正面に掲げ、身を低くする。狙うは一撃での前脚破壊。
気にかかるのは、雑魔の背に見える人骨のようなもの。もしあれが、依頼人の母親のものであるなら、その骨が壊れてしまうことはできるだけ避けたい。だが、明らかな強敵であれば、仲間への負荷を軽減することの方が優先すべきだ。
あの突進力を利用すれば、いかな図体であろうとも斬ることができるのではないか。
「いや……斬る!」
渾身の力を込めた一刀が、雑魔の右前脚を襲う。
一閃。と同時に、雑魔の突進を避け損なったライガがごろごろと地面を転がる。
すぐさま立ち上がるも、その顔は歪んだ。
全身に痛みが走る。衝突の瞬間、斬馬刀を盾に衝撃を弱めたものの、完全には殺しきれなかった。雑魔の脚は断てていない。出血はみられるものの、まだ脚を動かせないほどではないらしい。斬る瞬間に微かに雑魔が脚をずらしたためか、はたまた余程身体を覆う黒々とした毛皮が硬いのか。
「デカイ上に早いなんて本当に装甲車みたいだな」
ライガの呟きに、雑魔は天に向かって吠え、高く跳躍する。
「来るぞ!」
エアルドフリスが叫ぶ。皆は散開するように、周囲に散らばる。
直後、ずどんと大きな地響きが響き渡る。雑魔の巨体が空地の真ん中でハンター達を睥睨し、低く重い唸り声を上げる。
皆の目に映るのは、雑魔の背にて、揺らぎ僅かに欠け落ちた骨。
「あれは……人の骨のようにも、見えるね」
カルムカロマの言葉に、エリーは頷く。
「依頼主様のおっしゃっていたご遺体と関係があるのかもしれません」
ネリーの薄紅蓮の瞳も同意の光を灯す。
「だとするなら、跳躍させるのは望ましくないな」
エアルドフリスは雑魔の目を見つめながら、エリーに再度ストーンアーマーを施す。
雑魔は再び遠吠えし、一人やや離れた位置にいたネリーに突進しようと身を屈める。
「私が相手です!」
雑魔の前に立ち塞がったエリーが守りに徹し、ツヴァイハンダーを地面に突き立てる。
先は吹き飛ばされたが、今度はそうはいかない。全身に力を込める。仲間の盾として、今ここにいるのだ。
構わず突っ込んだ雑魔の突進を2mの大剣が受け止める。エリーは歯を食いしばる。踏ん張った両足が、衝撃に大地をこする。1m、2mと押し込まれながらも、何とか受け止めきった。
不意に雑魔が甲高い声を上げる。雑魔の左後脚から血が吹き飛ぶ。雑魔の後方には、ネレイスワンドを手にしたエアルドフリスがいた。
「摂理に反する偽りの命。気に食わんねえ」
更に、ライガとカルムカロマが駆ける。
「意地でも行かせてもらうぜ」
痛む身体を叱咤して、ライガは左後脚の関節を狙って斬馬刀を振るう。動きが鈍りさえすれば、この刀で、と。
「それが良さそうだね」
カルムカロマも同様に、左後脚の腱を狙って、バゼラードで薙ぐ。
少し離れた位置から、ネリーも持ち替えたデッドリーキッスで左後脚を狙い打つ。雑魔の機動力を削ぎ、また人骨の破損を防ぐために。
嫌がった雑魔が後脚を跳ね上げようとするが、エアルドフリスの炎の矢が雑魔の顔を捉える。苦悶の声を上げた雑魔が、大きく跳躍する。
カルムカロマとネリーは素早く範囲外へ逃れた。が、ライガの動きが鈍い。
エリーが駆ける。ライガを抱え脇へ飛びのく。
刹那。雑魔の二度目となる重い地響きが大地を揺らす。二人は危うく難を逃れた。
「わりぃ。助かった」
「いえ! もう一息です!」
ライガとエリーの体勢が整うまでを、エアルドフリスが状況把握に努め、カルムカロマとネリーの俊敏な動きで翻弄する。
再度ファイアアローが雑魔の顔を捉える。今度はダメージは少なかったが、雑魔の怒りは買えたようだ。
「少しばかり俺の御相手を願おうか」
メイル・ブレイカーに持ち替え、エアルドフリスが迎撃を試みる。
その間に回復を終えたエリーが戦線に復帰する。
「代わります!」
「任せた」
エリーは代わって盾役を受け持つと、自身よりも大きな両手剣をしっかりと構え、懸命に振るって、攻撃を防ぐ。その鋭い眼差しは、何も敵の攻撃を読もうとしているだけではない。エリーが見つめているのは、雑魔と化した犬の心だ。
人骨を見た時から、エリーには気になっていたことがあった。それは、山小屋にあるのは、依頼主の母の遺体ともう一つ――飼い犬の遺体、という話だ。
雑魔の背にある人骨が依頼主の母のものなら、この雑魔は――。そして、この雑魔の意志は――。
依頼主も、その母も必ず救ってみせる。その上で、
「もちろん、わんちゃん……アナタも」
エリーの伊達眼鏡が衝撃で宙に跳ぶ。
相手の心を見極めんと、幾重にも及ぶ攻撃を受けながら、エリーは気を入れる。
鋭い銃声に、雑魔の悲鳴が冬空に上がる。側面に回り込み、至近からネリーが打ちはなったのだ。
雑魔も何度となく反撃を行うが、要所要所でエアルドフリスの魔法が出端を挫く。作るのは一瞬の隙。だが、その僅かな隙が、仲間の体勢を整えるのに役立った。
後脚を狙い続けるのは中々に難しい。この雑魔は俊敏で耐久性も極めて高い。関節や腱などを集中して狙う必要がある。加えて、常に敵の攻撃を前面にて受け持つ要員も不可欠だ。けれど――。
「骨は骨だが、それで救われるってんなら、多少の無理は吝かじゃあないさ」
これも全て依頼主の為と思えば。
皆は雑魔を包囲し、連携して攻撃を加える。エリーが前面を受け、ライガとカルムカロマが遊撃し、ネリーとエアルドフリスが遠距離攻撃を行う。だが、それでも中々雑魔の動きを止めることはできない。
雑魔も執拗に狙われる後脚への攻撃を嫌って、細かく動きを修正し、側面や背後へ回られぬよう立ち回る。そのお陰で、跳躍を行う暇は無いようだが、決定的な打撃を与えることができずにいた。
ダメージが蓄積していくのは、敵だけの話ではない。早期殲滅が儘ならない以上、このままでは撤退も。エアルドフリスの頭に嫌なイメージがよぎる。
エリーの回復の間、敵の注意を引き回避に専念していたカルムカロマ。
「あきらかに怪しいアレ……狙ってみるのも手かもね」
カルムカロマが視線で示したのは、雑魔の額に輝く赤黒い石。
「弱体化くらいは期待できるかもしれんな」
エアルドフリスも後脚の破壊を一旦諦め、額の石へ狙いを変更する。
「ネリー、ミナト。援護を頼む」
了解したネリーが牽制し、場に戻ったエリーが前面にて両手剣を掲げ、攻撃を受けとめる。ライガはこれ見よがしに斬馬刀を振るい、雑魔の注目を引く。
完全に気の逸れている雑魔に、エアルドフリスはファイアアローを額の石に狙いを定めて打ち放つ。一本の火矢が額の石にぶち当たり、衝撃に雑魔の頭が揺さぶられる。脳震盪を起こしたかのように、ふらふらと頭を振るう雑魔。
好機と見て取ったカルムカロマの瞳が怪しく光り輝き、マテリアルを集中させた脚で、正面から飛び込む。
手にしたのはバゼラード。狙うは石のみ。雑魔が右前脚を振り上げるのにも構わず、バゼラードを罅の入った額の石に突き刺す。
ぐおぅと雑魔が頭を振り喚き散らすのと同時に、直撃を受けたカルムカロマが吹き飛んで木に叩きつけられた。駆け寄ったエアルドフリス。エリーとライガは雑魔から仲間を守るべく、その間に並び立つ。ライガの攻撃により負傷していた右前脚だったのが幸いしたのか、カルムカロマは呻きつつも、身体を起こした。
雑魔はふらりふらり。額の石は粉々に破壊されている。明らかにカルムカロマの一撃が効いているようだった。
ネリーがその隙を突いて、ランアウトを使用し懐に飛び込む。ジャマダハルの鋭い切っ先が、遂に雑魔の左後脚にはっきりと食い込む。今までの硬度が嘘のように、刃が入った。
雑魔は断末魔の如き大きな遠吠えを上げると、ネリーを反射的に蹴り飛ばす。
何とか武器で受ける、が、威力を完全には殺しきれない。
一転二転。ネリーは屈んで雑魔を見据えつつも、若干右腕を引きずっている。
雑魔は左後脚を引きずりながらも、最後の力を込めて跳躍する。それに合わせて、ライガが動いた。
「ミナト!」
エアルドフリスの叫びが、うっすらと笑むライガの背に刺さる。
落下点に潜り込み、ライガは斬馬刀を捧げ持つ。
リスクが高いのは承知。狙うは柔らかそうな首か、腹。やらない手はない。
覚醒したせいで、内に秘められていた攻撃性とスリルを楽しむ本性が、むくむくと鎌首をもたげている。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。死中に活を求める。
「だから、人生おもしれぇ!」
両腕の筋肉が漲る。落ち来る雑魔に捧げた刀。来たる衝撃に備え、負傷した身体に鞭を振るう。
エアルドフリスが咄嗟に最後のストーンアーマーをライガに放つ。ライガに避ける意思は見られない。ならば、気休めでも、と。
直後、大きな衝撃とともに土埃が舞い上がる。反射的に目を覆った一同が、土埃の晴れた空地に見つけたのは、雑魔の喉に斬馬刀を突き立てたライガと、喉から刀を生やした雑魔の姿だった。
ライガが斬馬刀を引き抜くと、雑魔はごうんと音を立てて横に倒れる。雑魔はかすかに首をもたげ、弱弱しく鳴くと、そのまま跡形も無く消滅した。それはまるで、背の人骨を振り返ろうとしているかのようだった。
負傷していない者は一人もいないが、それでも一人も重傷を負うことは無かった。
応急手当を済ませ、一同は空地に残った人骨を丁寧に回収する。人骨は多少破損しているものの、概ねの形は保っていた。
一同は山を下りる。山小屋の中も捜索したが、やはり飼い犬の骨は見つからなかった。
●
ハロルドに遺骨を渡し、雑魔の容貌をネリーは伝える。
雑魔の最期は、背負った白骨を守っているかのように見えた。そう考えると、その想いは人よりもずっと尊いと、ネリーの胸中を寒いものが過ぎる。
「お婆さんの為にも絶対に家族を幸せにしてあげて下さい」
そして、もう二度とこのようなことが起こらないように、とライガは真摯に訴える。
「はい」と顔を渋めて礼を言うハロルドに、カルムカロマは悲しげに目を伏せた。ハロルドの心中にある罪の意識、取り返しのつかないことに後悔の念を抱く気持ちは他人事ではない。
「……これで、貴方の罪は軽くなりましたか?」
過去へはもう戻れない。それは、憐憫故の慰めであり、自分自身を責めているかのようでもあった。
俯いたハロルドの頬に、涙が一筋伝う。その涙が自身への叱責なのか、罪の意識によるものなのか、慰めへの感謝なのかは分からない。ハロルドは口を閉ざし、ただ俯くばかりであった。
伊達眼鏡をかけ直したエリーは目を瞑って黙祷を捧げる。それはハロルドの母に対してであり、彼女の飼い犬に対してでもある。
雑魔の骨は残らなかった。けれど、せめてその魂だけは、飼い主とともに眠らせてあげたい。最期まで付き添った優しい犬として。どうか、安らぎを。残された者の心もまた、救われますように、と。
俯いたハロルドにエアルドフリスが自身の育った部族の教えを授ける。
「この世の旅を終えた生命は巡り流れ、やがて此方側へ巡り来て万物に宿る」
言葉でこの業を背負った魂が救われるとは思えなかったが、彼が自分を許したくなったとき、少しでも手がかりになれば、そんな優しさゆえに。
と同時に、此度の元凶と思われる額の石の調査をハンターズソサエティに依頼しておこうと、エアルドフリスは意を固める。
そんな一同を少し離れた場所で見守るネリー。
ハロルドにとっては、正しい選択だったのだろう。彼には守らねばならない家族があったのだから。だが、幾ら涙を流しても、幾ら後悔に胸が焼かれても、老婆は既に亡くなっている。彼女にはもう、届かない。
「それは残った側の話よ……」
との、ネリーの小さく零れた想いは、白い息に乗って、虚空に溶けて消え失せた。
ハンター達の想いはハロルドに伝わったのか。
それが分かるには、今暫し時間のかかることだろう。
「わ、わわわ! こっち来ましたよ!」
エリー・ローウェル(ka2576)の叫びに、カルムカロマ=リノクス(ka0195)は僅かに眉根を寄せた。
獣型なら警戒心が強いかも知れぬ。なればこそ、慎重に接近してはいたが、敵の警戒範囲は予想以上に広かったらしい。
陣形もろくに組んでいない一同の下に、雑魔は体勢を整えることも許さずに猛スピードで接近する。一定間隔を開けて行動していたハンター達の前面、先頭にいたライガ・ミナト(ka2153)とエリーはすぐさま武器を構え、エアルドフリス(ka1856)はエリーとミナトへストーンアーマーをかけた。
至近にまで迫った雑魔が右前脚を振るう。
轟という音とともに、ツヴァイハンダーで受け止めたエリーが弾き飛ばされた。
「っと!?」
飛んできたエリーを、ミナトが慌てて受け止める。
大丈夫か、と確認する間もなく、雑魔は次なる獲物として、エアルドフリスに迫りくる。咄嗟にメイル・ブレイカーを構えたエアルドフリスの視界を横切ったのは、ジャマダハルを握ったネリー・ベル(ka2910)。
最後尾で背後や周囲を警戒していたネリーは、疾影士らしい敏捷さで間に割り入った。
眼前に迫るは雑魔の鼻面。ジャマダハルの切っ先が突き刺さる、かに思えた、瞬間。
ガキン、と金属音が走る。雑魔は大きな口を開き、刃を鋭い牙で受け止めた。多少の痛みがあったのか、雑魔は一旦距離を置き、刃を受けた牙を舐める。
エリーはずれた伊達眼鏡の中で軽く目を見開いているが、怪我は無さそうだった。
弾かれたネリーが着地するに合わせ、事前に想定していた空地へ、皆が一斉に走る。殿を受け持ったのは、ネリーとカルムカロマ。
雑魔が再び接近する。足の速さは雑魔の方が一段も二段も上のようだ。
雑魔の振りかぶりを見て、ネリーは華麗なステップで危なげなく躱す。空振りした雑魔の前脚は、そのまま傍にあった木を根元からなぎ倒した。
どすんと木が倒れる音を背に、一同は足を緩めない。開けた場所で包囲して戦う、それが事前に決めていた作戦だからだ。
走る最中にも、エアルドフリスは観察を怠らない。後ろ目に、雑魔の動きをつぶさに分析する。
雑魔の二度の空振りの後に体勢を崩したネリーであったが、脇からの牽制により、雑魔は獲物の分散にイラつきを見せる。カルムカロマだ。
「ついておいで。……そう、良い子だ」
ターゲットをネリーから譲り受け、カルムカロマも素早い身のこなしにて躱しつつ先を急ぐ。既に三人は空地にて身構えている。地を蹴る音は軽々しく、舞う木の葉のように二人は疾走する。
ネリーとカルムカロマが空地へ入るのと入れ替わりに、ライガが前に出た。
構えたのは身の丈ほどもある斬馬刀。馬をも両断するというその刀を、ライガは正面に掲げ、身を低くする。狙うは一撃での前脚破壊。
気にかかるのは、雑魔の背に見える人骨のようなもの。もしあれが、依頼人の母親のものであるなら、その骨が壊れてしまうことはできるだけ避けたい。だが、明らかな強敵であれば、仲間への負荷を軽減することの方が優先すべきだ。
あの突進力を利用すれば、いかな図体であろうとも斬ることができるのではないか。
「いや……斬る!」
渾身の力を込めた一刀が、雑魔の右前脚を襲う。
一閃。と同時に、雑魔の突進を避け損なったライガがごろごろと地面を転がる。
すぐさま立ち上がるも、その顔は歪んだ。
全身に痛みが走る。衝突の瞬間、斬馬刀を盾に衝撃を弱めたものの、完全には殺しきれなかった。雑魔の脚は断てていない。出血はみられるものの、まだ脚を動かせないほどではないらしい。斬る瞬間に微かに雑魔が脚をずらしたためか、はたまた余程身体を覆う黒々とした毛皮が硬いのか。
「デカイ上に早いなんて本当に装甲車みたいだな」
ライガの呟きに、雑魔は天に向かって吠え、高く跳躍する。
「来るぞ!」
エアルドフリスが叫ぶ。皆は散開するように、周囲に散らばる。
直後、ずどんと大きな地響きが響き渡る。雑魔の巨体が空地の真ん中でハンター達を睥睨し、低く重い唸り声を上げる。
皆の目に映るのは、雑魔の背にて、揺らぎ僅かに欠け落ちた骨。
「あれは……人の骨のようにも、見えるね」
カルムカロマの言葉に、エリーは頷く。
「依頼主様のおっしゃっていたご遺体と関係があるのかもしれません」
ネリーの薄紅蓮の瞳も同意の光を灯す。
「だとするなら、跳躍させるのは望ましくないな」
エアルドフリスは雑魔の目を見つめながら、エリーに再度ストーンアーマーを施す。
雑魔は再び遠吠えし、一人やや離れた位置にいたネリーに突進しようと身を屈める。
「私が相手です!」
雑魔の前に立ち塞がったエリーが守りに徹し、ツヴァイハンダーを地面に突き立てる。
先は吹き飛ばされたが、今度はそうはいかない。全身に力を込める。仲間の盾として、今ここにいるのだ。
構わず突っ込んだ雑魔の突進を2mの大剣が受け止める。エリーは歯を食いしばる。踏ん張った両足が、衝撃に大地をこする。1m、2mと押し込まれながらも、何とか受け止めきった。
不意に雑魔が甲高い声を上げる。雑魔の左後脚から血が吹き飛ぶ。雑魔の後方には、ネレイスワンドを手にしたエアルドフリスがいた。
「摂理に反する偽りの命。気に食わんねえ」
更に、ライガとカルムカロマが駆ける。
「意地でも行かせてもらうぜ」
痛む身体を叱咤して、ライガは左後脚の関節を狙って斬馬刀を振るう。動きが鈍りさえすれば、この刀で、と。
「それが良さそうだね」
カルムカロマも同様に、左後脚の腱を狙って、バゼラードで薙ぐ。
少し離れた位置から、ネリーも持ち替えたデッドリーキッスで左後脚を狙い打つ。雑魔の機動力を削ぎ、また人骨の破損を防ぐために。
嫌がった雑魔が後脚を跳ね上げようとするが、エアルドフリスの炎の矢が雑魔の顔を捉える。苦悶の声を上げた雑魔が、大きく跳躍する。
カルムカロマとネリーは素早く範囲外へ逃れた。が、ライガの動きが鈍い。
エリーが駆ける。ライガを抱え脇へ飛びのく。
刹那。雑魔の二度目となる重い地響きが大地を揺らす。二人は危うく難を逃れた。
「わりぃ。助かった」
「いえ! もう一息です!」
ライガとエリーの体勢が整うまでを、エアルドフリスが状況把握に努め、カルムカロマとネリーの俊敏な動きで翻弄する。
再度ファイアアローが雑魔の顔を捉える。今度はダメージは少なかったが、雑魔の怒りは買えたようだ。
「少しばかり俺の御相手を願おうか」
メイル・ブレイカーに持ち替え、エアルドフリスが迎撃を試みる。
その間に回復を終えたエリーが戦線に復帰する。
「代わります!」
「任せた」
エリーは代わって盾役を受け持つと、自身よりも大きな両手剣をしっかりと構え、懸命に振るって、攻撃を防ぐ。その鋭い眼差しは、何も敵の攻撃を読もうとしているだけではない。エリーが見つめているのは、雑魔と化した犬の心だ。
人骨を見た時から、エリーには気になっていたことがあった。それは、山小屋にあるのは、依頼主の母の遺体ともう一つ――飼い犬の遺体、という話だ。
雑魔の背にある人骨が依頼主の母のものなら、この雑魔は――。そして、この雑魔の意志は――。
依頼主も、その母も必ず救ってみせる。その上で、
「もちろん、わんちゃん……アナタも」
エリーの伊達眼鏡が衝撃で宙に跳ぶ。
相手の心を見極めんと、幾重にも及ぶ攻撃を受けながら、エリーは気を入れる。
鋭い銃声に、雑魔の悲鳴が冬空に上がる。側面に回り込み、至近からネリーが打ちはなったのだ。
雑魔も何度となく反撃を行うが、要所要所でエアルドフリスの魔法が出端を挫く。作るのは一瞬の隙。だが、その僅かな隙が、仲間の体勢を整えるのに役立った。
後脚を狙い続けるのは中々に難しい。この雑魔は俊敏で耐久性も極めて高い。関節や腱などを集中して狙う必要がある。加えて、常に敵の攻撃を前面にて受け持つ要員も不可欠だ。けれど――。
「骨は骨だが、それで救われるってんなら、多少の無理は吝かじゃあないさ」
これも全て依頼主の為と思えば。
皆は雑魔を包囲し、連携して攻撃を加える。エリーが前面を受け、ライガとカルムカロマが遊撃し、ネリーとエアルドフリスが遠距離攻撃を行う。だが、それでも中々雑魔の動きを止めることはできない。
雑魔も執拗に狙われる後脚への攻撃を嫌って、細かく動きを修正し、側面や背後へ回られぬよう立ち回る。そのお陰で、跳躍を行う暇は無いようだが、決定的な打撃を与えることができずにいた。
ダメージが蓄積していくのは、敵だけの話ではない。早期殲滅が儘ならない以上、このままでは撤退も。エアルドフリスの頭に嫌なイメージがよぎる。
エリーの回復の間、敵の注意を引き回避に専念していたカルムカロマ。
「あきらかに怪しいアレ……狙ってみるのも手かもね」
カルムカロマが視線で示したのは、雑魔の額に輝く赤黒い石。
「弱体化くらいは期待できるかもしれんな」
エアルドフリスも後脚の破壊を一旦諦め、額の石へ狙いを変更する。
「ネリー、ミナト。援護を頼む」
了解したネリーが牽制し、場に戻ったエリーが前面にて両手剣を掲げ、攻撃を受けとめる。ライガはこれ見よがしに斬馬刀を振るい、雑魔の注目を引く。
完全に気の逸れている雑魔に、エアルドフリスはファイアアローを額の石に狙いを定めて打ち放つ。一本の火矢が額の石にぶち当たり、衝撃に雑魔の頭が揺さぶられる。脳震盪を起こしたかのように、ふらふらと頭を振るう雑魔。
好機と見て取ったカルムカロマの瞳が怪しく光り輝き、マテリアルを集中させた脚で、正面から飛び込む。
手にしたのはバゼラード。狙うは石のみ。雑魔が右前脚を振り上げるのにも構わず、バゼラードを罅の入った額の石に突き刺す。
ぐおぅと雑魔が頭を振り喚き散らすのと同時に、直撃を受けたカルムカロマが吹き飛んで木に叩きつけられた。駆け寄ったエアルドフリス。エリーとライガは雑魔から仲間を守るべく、その間に並び立つ。ライガの攻撃により負傷していた右前脚だったのが幸いしたのか、カルムカロマは呻きつつも、身体を起こした。
雑魔はふらりふらり。額の石は粉々に破壊されている。明らかにカルムカロマの一撃が効いているようだった。
ネリーがその隙を突いて、ランアウトを使用し懐に飛び込む。ジャマダハルの鋭い切っ先が、遂に雑魔の左後脚にはっきりと食い込む。今までの硬度が嘘のように、刃が入った。
雑魔は断末魔の如き大きな遠吠えを上げると、ネリーを反射的に蹴り飛ばす。
何とか武器で受ける、が、威力を完全には殺しきれない。
一転二転。ネリーは屈んで雑魔を見据えつつも、若干右腕を引きずっている。
雑魔は左後脚を引きずりながらも、最後の力を込めて跳躍する。それに合わせて、ライガが動いた。
「ミナト!」
エアルドフリスの叫びが、うっすらと笑むライガの背に刺さる。
落下点に潜り込み、ライガは斬馬刀を捧げ持つ。
リスクが高いのは承知。狙うは柔らかそうな首か、腹。やらない手はない。
覚醒したせいで、内に秘められていた攻撃性とスリルを楽しむ本性が、むくむくと鎌首をもたげている。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。死中に活を求める。
「だから、人生おもしれぇ!」
両腕の筋肉が漲る。落ち来る雑魔に捧げた刀。来たる衝撃に備え、負傷した身体に鞭を振るう。
エアルドフリスが咄嗟に最後のストーンアーマーをライガに放つ。ライガに避ける意思は見られない。ならば、気休めでも、と。
直後、大きな衝撃とともに土埃が舞い上がる。反射的に目を覆った一同が、土埃の晴れた空地に見つけたのは、雑魔の喉に斬馬刀を突き立てたライガと、喉から刀を生やした雑魔の姿だった。
ライガが斬馬刀を引き抜くと、雑魔はごうんと音を立てて横に倒れる。雑魔はかすかに首をもたげ、弱弱しく鳴くと、そのまま跡形も無く消滅した。それはまるで、背の人骨を振り返ろうとしているかのようだった。
負傷していない者は一人もいないが、それでも一人も重傷を負うことは無かった。
応急手当を済ませ、一同は空地に残った人骨を丁寧に回収する。人骨は多少破損しているものの、概ねの形は保っていた。
一同は山を下りる。山小屋の中も捜索したが、やはり飼い犬の骨は見つからなかった。
●
ハロルドに遺骨を渡し、雑魔の容貌をネリーは伝える。
雑魔の最期は、背負った白骨を守っているかのように見えた。そう考えると、その想いは人よりもずっと尊いと、ネリーの胸中を寒いものが過ぎる。
「お婆さんの為にも絶対に家族を幸せにしてあげて下さい」
そして、もう二度とこのようなことが起こらないように、とライガは真摯に訴える。
「はい」と顔を渋めて礼を言うハロルドに、カルムカロマは悲しげに目を伏せた。ハロルドの心中にある罪の意識、取り返しのつかないことに後悔の念を抱く気持ちは他人事ではない。
「……これで、貴方の罪は軽くなりましたか?」
過去へはもう戻れない。それは、憐憫故の慰めであり、自分自身を責めているかのようでもあった。
俯いたハロルドの頬に、涙が一筋伝う。その涙が自身への叱責なのか、罪の意識によるものなのか、慰めへの感謝なのかは分からない。ハロルドは口を閉ざし、ただ俯くばかりであった。
伊達眼鏡をかけ直したエリーは目を瞑って黙祷を捧げる。それはハロルドの母に対してであり、彼女の飼い犬に対してでもある。
雑魔の骨は残らなかった。けれど、せめてその魂だけは、飼い主とともに眠らせてあげたい。最期まで付き添った優しい犬として。どうか、安らぎを。残された者の心もまた、救われますように、と。
俯いたハロルドにエアルドフリスが自身の育った部族の教えを授ける。
「この世の旅を終えた生命は巡り流れ、やがて此方側へ巡り来て万物に宿る」
言葉でこの業を背負った魂が救われるとは思えなかったが、彼が自分を許したくなったとき、少しでも手がかりになれば、そんな優しさゆえに。
と同時に、此度の元凶と思われる額の石の調査をハンターズソサエティに依頼しておこうと、エアルドフリスは意を固める。
そんな一同を少し離れた場所で見守るネリー。
ハロルドにとっては、正しい選択だったのだろう。彼には守らねばならない家族があったのだから。だが、幾ら涙を流しても、幾ら後悔に胸が焼かれても、老婆は既に亡くなっている。彼女にはもう、届かない。
「それは残った側の話よ……」
との、ネリーの小さく零れた想いは、白い息に乗って、虚空に溶けて消え失せた。
ハンター達の想いはハロルドに伝わったのか。
それが分かるには、今暫し時間のかかることだろう。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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面白かった! | 5人 |
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 エアルドフリス(ka1856) 人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2014/12/27 21:26:41 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/12/24 22:25:44 |