ゲスト
(ka0000)
青年の絵画
マスター:きりん

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/08/17 15:00
- 完成日
- 2018/08/20 10:24
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●とある青年画家の生い立ち
彼は、売れない画家だった。
元々はしがない農家の五男坊で、兄弟の中で一番絵が上手かったから、画家を志した。
人、物問わず毎日何回も写生を繰り返しては、地道な努力をコツコツと積み重ねて実力をつけていった。
少年だった彼が青年になる頃、生まれた村を出た。
村よりもはるかに発展した都市へ出て、そこでさらに絵について学ぶためだった。
都市ならば村よりも文化芸術に優れているのは間違いなく、ただの農村と比べて多くの芸術家が住んでいる。その中には、当然画家もいることだろう。
できれば、青年はそんな画家から自分が師事するべき師匠を見つけて、弟子入りを志願するつもりだった。
金もなく、僅かな荷物と画材のみを携えて村を出てきた青年は、都市で暮らすための基盤を持たず、何とか画家の弟子にならないと生活がままならなかったからだ。
しかし、青年の当ては外れた。いつまで経っても、青年を弟子にしてくれる画家は見つからなかった。
自分が描いた絵を見せても、首を横に振られるばかり。
煌びやかな都市にいるのに、青年は極貧生活に陥った。
食事は一日一食。
パン屋で買った安いパンをできるだけ多くの回数に分けて食べる。
一日で食べ切ることなど滅多に無かった。
可能な限り長く保たせ、食費を節約した。
そして浮いた僅かな金を、青年は全て絵の修練に注ぎ込んだ。
師匠が見つからなくても、結局青年は筆を折れなかったのだ。全てを諦めて、故郷の農村に帰るということが、青年にはどうしてもできなかった。
何枚もの絵を描いた。そしてそれを、今度は絵を取り扱う商人に自ら売り込んだ。
努力し続ければきっと、自分の絵を評価してくれる人間が見つかる。そう信じて。
だが、いくら描いても絵は売れなかった。良くて二足三文で買い叩かれるだけだった。
それでも青年は絵を描き続けた。
やがて、青年は病気を患った。
重い、肺の病気だった。
金がない青年はいつも医者に門前払いされていた。
体の調子が悪いことは自覚していたが、最近は時間を惜しんで医者にかかることすらしていなかったので、発覚したときには手遅れだった。
医者は青年の余命を宣告し、残っていた僅かな有り金を診断費として毟り取って帰っていった。
病床の中、男は考える。
いったい、何がいけなかったのだろうかと。
希望を持って都会に出てきたのに、どうしてこうなってしまったのかと。
多くを望んだわけではなかった。金も、名声も欲しくはなかった。ただ、自分の絵を誰かに認めてもらいたかった。本当に、それだけだった。
男は最後の力を振り絞って筆を握った。病気でやせ細った腕が震えていた。
構わず、男は自分の心境を描き殴った。
今まで緻密に緻密を重ねて計算していた色の調和など考えもせず、ただ理不尽に対する怒りと、自分の才能が誰にも認められない焦り、そして自分が実は本当はただの無能なだけなのではないかという恐怖を、感情が赴くままその色彩に塗り込めた。
出来上がった絵は、到底絵とは呼べないものだった。ただ、キャンバスに絵の具を乱暴に、無秩序に幾重にも殴りつけただけで、男の美意識とは到底かけ離れたものだった。
しかし、諦観とともに出品したその絵が絶賛された。あらゆる名声が青年の下に飛び込んだ。
そして彼の絵を否定し続けた者の誰も態度を翻して青年を褒め称え、死病を患い死の淵に立つ青年の現状を嘆いた。
かつて彼からなけなしの治療費を分捕っていった医者が、いかにも悲痛そうな顔をして、青年に「もっと早く誰かを頼っていればこんなことにはならなかったのに」と嘯いた。
「俺の絵を頑なに認めようとしなかったのも、俺を門前払いにしたのも全てお前たちの方じゃないか……!」
憤激の中、男は死んだ。
●呪いの絵画
青年が最後に描き残した作品は、『悲劇の画家の最初にして最後の最高傑作』と呼ばれ、オークションにかけられた。
絵のオークションには、多くの好事家たちが参加した。画家の姿もあった。医者の姿もあった。全て、一度は青年の絵を否定したことがある者たちだった。
オークションは白熱し、最終的には青年を看取った医者が落札した。彼は死に際に青年の怨嗟を受けた医者でもあった。
「予定外の出費だったが素晴らしい絵を手に入れることができた。診療所に飾ろう。今まで殺風景だったしな」
大事に絵を抱えて帰宅する途中、男は馬車にはねられて死んだ。
持ち主が死んだことで、絵は再びオークションにかけられた。
次に手に入れたのは絵画の収集趣味で知られる貴族の男だった。貴族の男は、過去に絵を売りに来た青年をぼろくそにこき下ろし、絵を踏み躙って追い払っていた。
自分が青年にした行いなどすっかり忘れて、貴族の男は上機嫌だった。従者に絵を持たせ、華麗に馬に飛び乗った。
「さあ、帰るぞ。早く屋敷に戻って、この絵を飾りたいものだ」
館に着く前に、男は従者が少し目を離した隙に落馬して死んだ。
次の持ち主はとある画家だった。
二度も死者を出した絵画は、不吉だということで値段が下がるかと思いきや、その話題性と希少性によりかえって値がつり上がっていた。
画家としてそこそこの名声を得ている彼は、青年のことを覚えていた。そして、青年の才能に嫉妬した。
「フン。青二才ごときが分不相応な絵を描きおって。大人しく最期まで平凡な絵を描いておれば良かったものを」
偏屈な画家は筆を手に取り、キャンバスに青年の絵を模写し始めた。
贋作を作り、それを使って青年の絵を貶める腹積もりだった。
悪事実らず、贋作が完成するより前に画家は強盗に押し入られて殺された。
強盗は画家の家から金銭と金目のものになりそうな品物をありったけ抱えて逃げ出した。
幸いといっていいのか、強盗は誰かに見られることなく盗んだものをアジトに持ち帰ることができた。
「これだけあればしばらくは食うに困らねえな」
まずは金を数えた強盗は、思いがけない額に舌なめずりをして喜んだ。
そして次に持ち主が次々と死を遂げた青年の絵画を見定めた。
「何だぁ? このラクガキは」
青年の絵画を強盗は粗雑に放り投げた。
審美眼が全くない強盗には、絵の価値など分からなかった。
いつの間にか側に移動していた絵画から名状し難い何かが飛び出してきて、強盗は身体を齧り取られて死んだ。
最終的に青年の絵画はハンターズソサエティに引き取られた。
青年の絵画は歪虚化していた。
ハンターズソサエティはこの歪虚絵画をハンターたちに調査させると、改めて破壊する依頼を新たに掲示したのだった。
彼は、売れない画家だった。
元々はしがない農家の五男坊で、兄弟の中で一番絵が上手かったから、画家を志した。
人、物問わず毎日何回も写生を繰り返しては、地道な努力をコツコツと積み重ねて実力をつけていった。
少年だった彼が青年になる頃、生まれた村を出た。
村よりもはるかに発展した都市へ出て、そこでさらに絵について学ぶためだった。
都市ならば村よりも文化芸術に優れているのは間違いなく、ただの農村と比べて多くの芸術家が住んでいる。その中には、当然画家もいることだろう。
できれば、青年はそんな画家から自分が師事するべき師匠を見つけて、弟子入りを志願するつもりだった。
金もなく、僅かな荷物と画材のみを携えて村を出てきた青年は、都市で暮らすための基盤を持たず、何とか画家の弟子にならないと生活がままならなかったからだ。
しかし、青年の当ては外れた。いつまで経っても、青年を弟子にしてくれる画家は見つからなかった。
自分が描いた絵を見せても、首を横に振られるばかり。
煌びやかな都市にいるのに、青年は極貧生活に陥った。
食事は一日一食。
パン屋で買った安いパンをできるだけ多くの回数に分けて食べる。
一日で食べ切ることなど滅多に無かった。
可能な限り長く保たせ、食費を節約した。
そして浮いた僅かな金を、青年は全て絵の修練に注ぎ込んだ。
師匠が見つからなくても、結局青年は筆を折れなかったのだ。全てを諦めて、故郷の農村に帰るということが、青年にはどうしてもできなかった。
何枚もの絵を描いた。そしてそれを、今度は絵を取り扱う商人に自ら売り込んだ。
努力し続ければきっと、自分の絵を評価してくれる人間が見つかる。そう信じて。
だが、いくら描いても絵は売れなかった。良くて二足三文で買い叩かれるだけだった。
それでも青年は絵を描き続けた。
やがて、青年は病気を患った。
重い、肺の病気だった。
金がない青年はいつも医者に門前払いされていた。
体の調子が悪いことは自覚していたが、最近は時間を惜しんで医者にかかることすらしていなかったので、発覚したときには手遅れだった。
医者は青年の余命を宣告し、残っていた僅かな有り金を診断費として毟り取って帰っていった。
病床の中、男は考える。
いったい、何がいけなかったのだろうかと。
希望を持って都会に出てきたのに、どうしてこうなってしまったのかと。
多くを望んだわけではなかった。金も、名声も欲しくはなかった。ただ、自分の絵を誰かに認めてもらいたかった。本当に、それだけだった。
男は最後の力を振り絞って筆を握った。病気でやせ細った腕が震えていた。
構わず、男は自分の心境を描き殴った。
今まで緻密に緻密を重ねて計算していた色の調和など考えもせず、ただ理不尽に対する怒りと、自分の才能が誰にも認められない焦り、そして自分が実は本当はただの無能なだけなのではないかという恐怖を、感情が赴くままその色彩に塗り込めた。
出来上がった絵は、到底絵とは呼べないものだった。ただ、キャンバスに絵の具を乱暴に、無秩序に幾重にも殴りつけただけで、男の美意識とは到底かけ離れたものだった。
しかし、諦観とともに出品したその絵が絶賛された。あらゆる名声が青年の下に飛び込んだ。
そして彼の絵を否定し続けた者の誰も態度を翻して青年を褒め称え、死病を患い死の淵に立つ青年の現状を嘆いた。
かつて彼からなけなしの治療費を分捕っていった医者が、いかにも悲痛そうな顔をして、青年に「もっと早く誰かを頼っていればこんなことにはならなかったのに」と嘯いた。
「俺の絵を頑なに認めようとしなかったのも、俺を門前払いにしたのも全てお前たちの方じゃないか……!」
憤激の中、男は死んだ。
●呪いの絵画
青年が最後に描き残した作品は、『悲劇の画家の最初にして最後の最高傑作』と呼ばれ、オークションにかけられた。
絵のオークションには、多くの好事家たちが参加した。画家の姿もあった。医者の姿もあった。全て、一度は青年の絵を否定したことがある者たちだった。
オークションは白熱し、最終的には青年を看取った医者が落札した。彼は死に際に青年の怨嗟を受けた医者でもあった。
「予定外の出費だったが素晴らしい絵を手に入れることができた。診療所に飾ろう。今まで殺風景だったしな」
大事に絵を抱えて帰宅する途中、男は馬車にはねられて死んだ。
持ち主が死んだことで、絵は再びオークションにかけられた。
次に手に入れたのは絵画の収集趣味で知られる貴族の男だった。貴族の男は、過去に絵を売りに来た青年をぼろくそにこき下ろし、絵を踏み躙って追い払っていた。
自分が青年にした行いなどすっかり忘れて、貴族の男は上機嫌だった。従者に絵を持たせ、華麗に馬に飛び乗った。
「さあ、帰るぞ。早く屋敷に戻って、この絵を飾りたいものだ」
館に着く前に、男は従者が少し目を離した隙に落馬して死んだ。
次の持ち主はとある画家だった。
二度も死者を出した絵画は、不吉だということで値段が下がるかと思いきや、その話題性と希少性によりかえって値がつり上がっていた。
画家としてそこそこの名声を得ている彼は、青年のことを覚えていた。そして、青年の才能に嫉妬した。
「フン。青二才ごときが分不相応な絵を描きおって。大人しく最期まで平凡な絵を描いておれば良かったものを」
偏屈な画家は筆を手に取り、キャンバスに青年の絵を模写し始めた。
贋作を作り、それを使って青年の絵を貶める腹積もりだった。
悪事実らず、贋作が完成するより前に画家は強盗に押し入られて殺された。
強盗は画家の家から金銭と金目のものになりそうな品物をありったけ抱えて逃げ出した。
幸いといっていいのか、強盗は誰かに見られることなく盗んだものをアジトに持ち帰ることができた。
「これだけあればしばらくは食うに困らねえな」
まずは金を数えた強盗は、思いがけない額に舌なめずりをして喜んだ。
そして次に持ち主が次々と死を遂げた青年の絵画を見定めた。
「何だぁ? このラクガキは」
青年の絵画を強盗は粗雑に放り投げた。
審美眼が全くない強盗には、絵の価値など分からなかった。
いつの間にか側に移動していた絵画から名状し難い何かが飛び出してきて、強盗は身体を齧り取られて死んだ。
最終的に青年の絵画はハンターズソサエティに引き取られた。
青年の絵画は歪虚化していた。
ハンターズソサエティはこの歪虚絵画をハンターたちに調査させると、改めて破壊する依頼を新たに掲示したのだった。
リプレイ本文
●戦闘開始
草原に置かれたキャンバスの上に、それはあった。
一枚の絵画。
とある青年画家の遺作であるそれは、ハンターたちが見ればはっきり歪虚のものだと分かるほどの気配を発している。
よくここまで負のマテリアルをため込んだものだ。
どれほどの年月をかけて、どれほどの犠牲者を出して、育ったというのか。
「恨みつらみを残すのも当然だろうな……。とはいえ、これをそのままにする訳にもいかない」
内に秘めた熱いものを覗かせて、ロニ・カルディス(ka0551)が呟いた。
「……最初から、こまけーこたぁ放おっておいて、心のままに描けばよかったんです」
己の心象を、思うがままに外に出すことができていたならば、また違った結末があったかもしれないとシレークス(ka0752)は思う。
「へー、この絵がとっても芸術的ってやつなんだ。そう言われてみれば、壊すには勿体ないような名作のように思えてこなくもないけど」
夢路 まよい(ka1328)には、それはどちらかといえば可愛くない絵が描かれているだけのものでしかなく、どのみち歪虚ならば壊すしかない。
「歪虚のせいで彼という人間が「呪いの画家」という虚像に飲み込まれつつある気が……一概にそれが原因ではないですよね?」
事前調査を行ったマルカ・アニチキン(ka2542)は疑問を抱いていた。周りからある種の願いを注がれ、偶然だったものが必然になったのではないかと。
「なかなか厄介な相手のようですね……。しっかり対処しないと大変な事になりそうです……」
絵画を注視しながら、サクラ・エルフリード(ka2598)がいざとなれば即座に動けるよう油断なく身構える。
「画壇の世界はよく分かりませんが、実力の他、数奇な人生も付加価値として評価されているようには感じますね」
事前に絵画に纏わる噂話や作者の人生や末路、人間関係をオフィスで確認しておいたGacrux(ka2726)は、何か思うところがあったのかもしれない。
「経緯には同情するが、歪虚となった以上は解放してやるのがせめてもの情け。私たちにできることをしてやろう」
それが歪虚である以上、ハンターとしての行うべき役割は決まっている。レイア・アローネ(ka4082)は静かに剣を抜いた。
「描いた画家本人が死んだ後で、絵がこんな凶暴な歪虚になるなんて、相当無念だったんだろうな……」
皆の支援をするために歌唱の準備をしながら、鞍馬 真(ka5819)はじっと歪虚を見つめる。どんな行動にも歌唱を間に合わせんとでもするかのように。
さあ、戦いの始まりだ!
●牙をむく歪虚絵画
突如、キャンバスの上で歪虚絵画がぐねぐねと波打った。
物理法則を無視してその場でのたうつと、絵画から黒い霞が大量に噴き出てハンターたちに向かっていく。
狙われているのはレイアだ。
本能的に良くないものを感じるほど濃い何かの気配を感じさせるそれは、当然当たるわけにはいかないものであることは明白。
回避することはできたが、受ければどうなるかは分からない。
真が静かな歌声と緩やかな剣舞で歌術を発動させた。
星の光を思わせる、寄り添うような優しい旋律が仲間のマテリアルを高め、歪虚絵画に抗うための力を与える。
そのまま、両手にそれぞれ握った魔導剣と響劇剣で斬りかかった。
一撃目が入ったかと思われた瞬間、歪虚絵画の姿がキャンバスの上から消え、真の二連撃はキャンバスを両断するに終わった。
背後に現れる、歪虚の気配。
「後ろです!」
ワープを告げるGacruxの声が響く。
背筋が凍り、反射的に防御行動を取ろうとする真だったが、それよりもGacruxの行動の方が早い。
強化された射撃が絵画に着弾する。
ただの絵画ならばこれでスクラップも同然だが、歪虚となったからか絵画はまだその姿を保っていた。
本来なら近接戦闘に持ち込みたいところだったが、距離が足りない。
「助かったよ。ありがとう」
抜群の連携を見せながら、真とGacruxは歪虚絵画を注視し身構える。
続いて動いたのはレイアだ。
魔導剣を強化すると大きく足を踏み出して刺突を放つ。
見事命中するも、伝わってくる手応えは絵画とは思えない硬さだった。歪虚なだけはある。
次に動くのはサクラだ。
「離れていても攻撃は出来ます……。闇の力を……シャドウブリット……!」
間合いを詰めつつ、歪虚絵画目掛け、魔法で影が固まったような黒弾を作り出し発射する。
真っ直ぐ空気を裂くように飛ぶそれは、過たず直撃したかに見えた。
瞬間歪虚絵画の姿が掻き消え、サクラの真横に現れる。
敵は狡猾だった。わざと最初にワープを使い、その後ワープせずに油断を誘ったところで再びワープを使い飛び込んできたのだ。
浮かんだ絵画から、名状し難い何かが現れて牙を向き、サクラに襲い掛かる。
そこへ、シレークスが血相を変えて飛び込んできた。
己の友人に害をなそうとした歪虚に怒り心頭な形相で、シレークスが絵画の攻撃を引き寄せ、受け止める。
予め空間のベクトルに手を加えていたシレークスの仕込みだ。
しかしその防御すら食い破り、絵画は豊満なシレークスの肉体に牙を突き立てた。
上がる絶叫。飛び散る血飛沫。
誰もがシレークスの戦闘不能を予測した。
しかし、彼女の目は死んでいない。
確かに大怪我を負った。だがそれがどうした。
まだ、身体は動く。
「絵画なら、絵画らしく目の保養になってやがれです!!!」
牙を掴み、シレークスがその剛力でじわじわと絵画から飛び出た何かの顎をこじ開けていく。己が持っていた盾さえ口の中に捻じ込んで、強引に。そうして、執念で反撃の拳を叩き込む。
その間も、まよいはただ静かに集中し魔力を高めていた。
助けたいが、肉体的には非力な自分が行ってもどうにもならないことを、まよいは知っている。
まよいがすべきことは、シレークスが稼いだ時間を使って、とびきりの一撃を加えてやることだ。
「……死んじゃえ!」
普段の彼女を知る者からすれば、いささか低いように思える声音でまよいは叫ぶ。
愉悦や好奇心ばかりが先行し、それ以外の感情があやふやなところもあるまよいだが、ハンターとして過ごす日々は、まよいに確かな変化を与えている。
誰かのために怒ること。それこそが、まよいが得た変化。
仲間を傷つけられて、激怒したのだ。
吹きすさぶ氷雪のような怒りと、大地から噴出する溶岩のような怒りが、展開された魔法に込められて炸裂する。
水と地、二つの属性による複合魔法。
その強力な行動阻害効果は、確実に歪虚絵画の動きを鈍らせる。
歪虚絵画はもう一度シレークスに喰らいつこうとしているようだ。
まともに受ければ、瀕死になるかもしれない。
それでも、シレークスは恐れはしなかった。
仲間がいるからだ。
マルカの支援魔法が飛び、シレークスの身体を土砂が鎧のように覆う。
絵画が転移してきた瞬間、ロニとサクラからも支援魔法による護りが飛んできて、鉄壁の防御が敷かれる。
絵画の攻撃は、シレークスを地に沈めるには至らない。
聖杖に持ち替えたロニが癒しの魔法を飛ばし、シレークスを回復させた。
●歪虚絵画を倒せ!
ロニの活躍は止まらない。
転移してきた歪虚絵画がマルカに喰らいつこうとするのを、展開した聖なるヴェールで受け止めた。
一瞬耐えた護りは喰い破られ、砕け散る。
間髪入れず、サクラが再度聖なるヴェールを張り直す。
それすら噛み砕かれてしまったものの、歪虚絵画の勢いはかなり減衰していた。
マルカは纏った緑の風で攻撃をそらす。
歪虚絵画に対し、レイアは守り重視の構えで足止めを狙う。
当たったのを確認したまよいの氷の矢が飛び、歪虚絵画が消えた。
現れたのはまよいの真後ろ。
予測が外れて焦るレイアは、慌てて向かおうとするが絶対に間に合わない。
「っ!? 警戒しろ、後ろだ!」
見ていたロニがまよいに叫ぶ。
反射的に身を投げ出してまよいは攻撃を避けた。
歪虚絵画と戦い、順調にダメージを与えていたはずだった。
しかし、次第に歪虚絵画はワープする頻度を増し、その強大な攻撃力とずる賢い知恵を用いて思いがけないタイミングで現れては牙をむく。
例えばだ。
まよいが襲われるより少し前、Gacruxの二刀流による攻撃がヒットしていた。しかしその後の真の二刀流は転移によって回避されていた。
こざかしくも、行動の取捨選択をするようになってきたのだ。
習性なのか反射行動なのか、相変わらず一度仕切り直すと初撃を必ず回避するのは変わっていないが、二撃目以降はワープするタイミングを読み切ることが難しい。
サクラがルーンソードで斬りかかり、転移して繰り出してきた歪虚絵画の牙に捕まった。
今度の助けは間に合わなかった。サクラが悲鳴を上げ、何かが食い千切られるような音が響く。
友人を傷つけられ、シレークスが怒号を上げた。
いったん治療を受けるサクラをカバーするように、レイアが歪虚絵画に攻撃を仕掛ける。
斬撃が歪虚絵画に命中する。
この時を待っていた。
「千載一遇の好機……! 逃しはしない!」
レイアは魔導剣にかかった魔法剣の魔力を解放する。
放たれた斬撃は荒れ狂う魔力により加速され、神速の連撃となって歪虚絵画に襲い掛かった。
初めて、歪虚絵画の耳障りな絶叫が上がった。
生き物の声には聞こえない、まるで壊れかけた機械のような異音だった。
その隙に、マルカが魔法による風と石の加護をかけ直す。
「皆さん、きっとあともう少しです! 頑張りましょう!」
後衛の下にも歪虚絵画が飛ぶ可能性がある以上、誰かが囮にならなければならない。
行動したのは頼れる聖導士、ロニだった。
魔法による闇の刃を複数作りだし、歪虚絵画を串刺しにしようとする。
それを回避して現れた歪虚絵画に、まよいが氷の矢を叩き込む。
走り寄った真が二刀でもって強引に連続攻撃を仕掛けた。
攻撃対象を絞らせるのが難しくなっているが、それは歪虚絵画の生命力が激減していることも意味する。
嵐のような連撃の締めにオーラの刃が放たれ、歪虚絵画を斬り裂いた。
続いて走り寄ったGacruxがさらなる二刀連撃を叩き込む。
そこから先は、真とGacruxの舞踏も同然だった。
激しさを増す、四刀による斬撃の嵐。
剣の結界とでもいうべき数多の軌跡は、次々と歪虚絵画を斬り裂いていく。
転移されようが関係ない。
真も、Gacruxも、自分たちの近くに現れるのならばどうとでもできる。
それに、相棒が背後を守ってくれるのだ。
攻撃を許す隙など、ない。
怒涛の攻撃に歪虚絵画が悲鳴らしき異音を上げ、ふらついた。
「今だ! 畳みかけるよ! 皆、私に続いて! これで決める!」
二刀を構えた真の身体が低く沈み込み、たわむ。
飛び出すための力を溜めているのだ。
「続きますよ! 任せてくださいねぇ!」
Gacruxもまた、身体中のばねを使って飛び出す体勢を取る。
同じ二刀なせいかどこか似通うその構えは、二人の個性を現しているかのように、微妙に差異があった。
「心得た! 全身全霊を籠めさせてもらう!」
攻撃に意識を集中させたレイアが構えを取った。
いつでも走り出せるよう精神を研ぎ澄ませている。
「ヒーリングスフィアで回復をします……! 集まってください……!」
結集した味方に、サクラが精霊に祈りを捧げ、癒しの術を発動させる。
引き出されたマテリアルが、柔らかな光を放ち味方の傷を癒していく。
「その怨念、その憤怒。一切合切、エクラの名の下に打ち砕く!」
両の拳を打ち合わせ、シレークスが大きく足を一歩踏み出した。
シレークスが纏う黄金色の輝きが、ほのかに勢いを増した。
「行きましょう……! 今こそ決着をつける時です!」
ようやく戦いが終わる興奮からか、震える声でマルカが声を張り上げた。
その瞳は、闘志で煌いている。
「支援は俺に任せておけ! 全て一手に引き受けよう!」
ロニの視線はずっと歪虚絵画に向けられ、その行動の予兆を感じ取ろうとしている。
仮に転移したとしても、今のロニならば容易に反応するだろう。
全員が、一眼となって走り出した。
攻撃に合わせて転移しても、転移した先に即座に次撃が飛んでくる。
歪虚絵画はここに至り、混乱の極致にあった。
何度も見せた転移は完全に読まれ、攻撃も分厚い支援の壁に防がれる。
だが、それからも歪虚絵画はよく耐えた。
ハンターたちと歪虚絵画はどちらも満身創痍。あと一撃、どちらが早く繰り出すかで全てが決まる。
お互いがほぼ全て出せる手を絞りつくした直後で、一瞬の膠着状態にあった。
時間にすれば、たった数秒。その後は、高い敏捷性を誇る歪虚絵画が先手を取るだろう。
……だが、一人だけ動ける者がいた。
マルカである。
他と同じように重傷を負っていたことに違いはなかったが、彼女だけは、支援組の中では一番負担が少なく攻撃を行った回数も少なかったため、余力が残っていたのだ。
放った魔法は、光輝く弾を飛ばすという、魔法としてはあり触れたもの。
しかし、それで十分だった。
瀕死で動けなかったのは、歪虚絵画も同じこと。
この瞬間だけは、歪虚絵画にも回避を行うことができなかった。
光の弾が着弾し、ついに絵画が引き裂かれいくつもの紙片にばらける。
絵画に宿っていた何かが悲鳴を上げて消えていく。
額縁ごとばらばらになった紙切れは、ゆっくりと草原に散っていった。
●画家が描きたかったもの
一行は画家が生前過ごしたというアトリエを訪ねていた。
埃に混じって、いくつか当時をしのばせる痕跡が残っている。
それは古い絵の具であったり、朽ちたキャンバスだったり、毛先が開いた絵筆であったりした。
ロニとサクラが静かに祈りを捧げ、シレークスが聖堂教会に持ち込み供養するために拾い集めておいた、額縁の破片が入った袋を胸に抱く。
まよいが物珍し気に辺りを見回す中、マルカが帯同してもらったオフィス職員たちの立ち合いの下、回収した紙片から復元した絵画を模写し、何も起きないことを確認する。
その後で、職員たちにオフィスに素晴らしい『記念ポートレイト「ジルボ」』を一時的に飾る許可を伺っていた。
Gacruxが、激闘の最中にはいえなかった青年への問いかけを、唇に乗せる。
そして、他作品やスケッチなどが残っていないか調べ始めた。
アトリエの入口に立ち、それらの光景を見守るレイアと真は、静かに目を閉じた。
ここは、あの絵画を描いた人物の住み家だったとは思えないくらい、穏やかな時間が流れている。
あの絵画に宿っていたモノにも、こんな風に穏やかだった時が、きっとあったのだろう。
こうして、一人の青年の悲劇から始まった事件は、終わりを告げたのだった。
草原に置かれたキャンバスの上に、それはあった。
一枚の絵画。
とある青年画家の遺作であるそれは、ハンターたちが見ればはっきり歪虚のものだと分かるほどの気配を発している。
よくここまで負のマテリアルをため込んだものだ。
どれほどの年月をかけて、どれほどの犠牲者を出して、育ったというのか。
「恨みつらみを残すのも当然だろうな……。とはいえ、これをそのままにする訳にもいかない」
内に秘めた熱いものを覗かせて、ロニ・カルディス(ka0551)が呟いた。
「……最初から、こまけーこたぁ放おっておいて、心のままに描けばよかったんです」
己の心象を、思うがままに外に出すことができていたならば、また違った結末があったかもしれないとシレークス(ka0752)は思う。
「へー、この絵がとっても芸術的ってやつなんだ。そう言われてみれば、壊すには勿体ないような名作のように思えてこなくもないけど」
夢路 まよい(ka1328)には、それはどちらかといえば可愛くない絵が描かれているだけのものでしかなく、どのみち歪虚ならば壊すしかない。
「歪虚のせいで彼という人間が「呪いの画家」という虚像に飲み込まれつつある気が……一概にそれが原因ではないですよね?」
事前調査を行ったマルカ・アニチキン(ka2542)は疑問を抱いていた。周りからある種の願いを注がれ、偶然だったものが必然になったのではないかと。
「なかなか厄介な相手のようですね……。しっかり対処しないと大変な事になりそうです……」
絵画を注視しながら、サクラ・エルフリード(ka2598)がいざとなれば即座に動けるよう油断なく身構える。
「画壇の世界はよく分かりませんが、実力の他、数奇な人生も付加価値として評価されているようには感じますね」
事前に絵画に纏わる噂話や作者の人生や末路、人間関係をオフィスで確認しておいたGacrux(ka2726)は、何か思うところがあったのかもしれない。
「経緯には同情するが、歪虚となった以上は解放してやるのがせめてもの情け。私たちにできることをしてやろう」
それが歪虚である以上、ハンターとしての行うべき役割は決まっている。レイア・アローネ(ka4082)は静かに剣を抜いた。
「描いた画家本人が死んだ後で、絵がこんな凶暴な歪虚になるなんて、相当無念だったんだろうな……」
皆の支援をするために歌唱の準備をしながら、鞍馬 真(ka5819)はじっと歪虚を見つめる。どんな行動にも歌唱を間に合わせんとでもするかのように。
さあ、戦いの始まりだ!
●牙をむく歪虚絵画
突如、キャンバスの上で歪虚絵画がぐねぐねと波打った。
物理法則を無視してその場でのたうつと、絵画から黒い霞が大量に噴き出てハンターたちに向かっていく。
狙われているのはレイアだ。
本能的に良くないものを感じるほど濃い何かの気配を感じさせるそれは、当然当たるわけにはいかないものであることは明白。
回避することはできたが、受ければどうなるかは分からない。
真が静かな歌声と緩やかな剣舞で歌術を発動させた。
星の光を思わせる、寄り添うような優しい旋律が仲間のマテリアルを高め、歪虚絵画に抗うための力を与える。
そのまま、両手にそれぞれ握った魔導剣と響劇剣で斬りかかった。
一撃目が入ったかと思われた瞬間、歪虚絵画の姿がキャンバスの上から消え、真の二連撃はキャンバスを両断するに終わった。
背後に現れる、歪虚の気配。
「後ろです!」
ワープを告げるGacruxの声が響く。
背筋が凍り、反射的に防御行動を取ろうとする真だったが、それよりもGacruxの行動の方が早い。
強化された射撃が絵画に着弾する。
ただの絵画ならばこれでスクラップも同然だが、歪虚となったからか絵画はまだその姿を保っていた。
本来なら近接戦闘に持ち込みたいところだったが、距離が足りない。
「助かったよ。ありがとう」
抜群の連携を見せながら、真とGacruxは歪虚絵画を注視し身構える。
続いて動いたのはレイアだ。
魔導剣を強化すると大きく足を踏み出して刺突を放つ。
見事命中するも、伝わってくる手応えは絵画とは思えない硬さだった。歪虚なだけはある。
次に動くのはサクラだ。
「離れていても攻撃は出来ます……。闇の力を……シャドウブリット……!」
間合いを詰めつつ、歪虚絵画目掛け、魔法で影が固まったような黒弾を作り出し発射する。
真っ直ぐ空気を裂くように飛ぶそれは、過たず直撃したかに見えた。
瞬間歪虚絵画の姿が掻き消え、サクラの真横に現れる。
敵は狡猾だった。わざと最初にワープを使い、その後ワープせずに油断を誘ったところで再びワープを使い飛び込んできたのだ。
浮かんだ絵画から、名状し難い何かが現れて牙を向き、サクラに襲い掛かる。
そこへ、シレークスが血相を変えて飛び込んできた。
己の友人に害をなそうとした歪虚に怒り心頭な形相で、シレークスが絵画の攻撃を引き寄せ、受け止める。
予め空間のベクトルに手を加えていたシレークスの仕込みだ。
しかしその防御すら食い破り、絵画は豊満なシレークスの肉体に牙を突き立てた。
上がる絶叫。飛び散る血飛沫。
誰もがシレークスの戦闘不能を予測した。
しかし、彼女の目は死んでいない。
確かに大怪我を負った。だがそれがどうした。
まだ、身体は動く。
「絵画なら、絵画らしく目の保養になってやがれです!!!」
牙を掴み、シレークスがその剛力でじわじわと絵画から飛び出た何かの顎をこじ開けていく。己が持っていた盾さえ口の中に捻じ込んで、強引に。そうして、執念で反撃の拳を叩き込む。
その間も、まよいはただ静かに集中し魔力を高めていた。
助けたいが、肉体的には非力な自分が行ってもどうにもならないことを、まよいは知っている。
まよいがすべきことは、シレークスが稼いだ時間を使って、とびきりの一撃を加えてやることだ。
「……死んじゃえ!」
普段の彼女を知る者からすれば、いささか低いように思える声音でまよいは叫ぶ。
愉悦や好奇心ばかりが先行し、それ以外の感情があやふやなところもあるまよいだが、ハンターとして過ごす日々は、まよいに確かな変化を与えている。
誰かのために怒ること。それこそが、まよいが得た変化。
仲間を傷つけられて、激怒したのだ。
吹きすさぶ氷雪のような怒りと、大地から噴出する溶岩のような怒りが、展開された魔法に込められて炸裂する。
水と地、二つの属性による複合魔法。
その強力な行動阻害効果は、確実に歪虚絵画の動きを鈍らせる。
歪虚絵画はもう一度シレークスに喰らいつこうとしているようだ。
まともに受ければ、瀕死になるかもしれない。
それでも、シレークスは恐れはしなかった。
仲間がいるからだ。
マルカの支援魔法が飛び、シレークスの身体を土砂が鎧のように覆う。
絵画が転移してきた瞬間、ロニとサクラからも支援魔法による護りが飛んできて、鉄壁の防御が敷かれる。
絵画の攻撃は、シレークスを地に沈めるには至らない。
聖杖に持ち替えたロニが癒しの魔法を飛ばし、シレークスを回復させた。
●歪虚絵画を倒せ!
ロニの活躍は止まらない。
転移してきた歪虚絵画がマルカに喰らいつこうとするのを、展開した聖なるヴェールで受け止めた。
一瞬耐えた護りは喰い破られ、砕け散る。
間髪入れず、サクラが再度聖なるヴェールを張り直す。
それすら噛み砕かれてしまったものの、歪虚絵画の勢いはかなり減衰していた。
マルカは纏った緑の風で攻撃をそらす。
歪虚絵画に対し、レイアは守り重視の構えで足止めを狙う。
当たったのを確認したまよいの氷の矢が飛び、歪虚絵画が消えた。
現れたのはまよいの真後ろ。
予測が外れて焦るレイアは、慌てて向かおうとするが絶対に間に合わない。
「っ!? 警戒しろ、後ろだ!」
見ていたロニがまよいに叫ぶ。
反射的に身を投げ出してまよいは攻撃を避けた。
歪虚絵画と戦い、順調にダメージを与えていたはずだった。
しかし、次第に歪虚絵画はワープする頻度を増し、その強大な攻撃力とずる賢い知恵を用いて思いがけないタイミングで現れては牙をむく。
例えばだ。
まよいが襲われるより少し前、Gacruxの二刀流による攻撃がヒットしていた。しかしその後の真の二刀流は転移によって回避されていた。
こざかしくも、行動の取捨選択をするようになってきたのだ。
習性なのか反射行動なのか、相変わらず一度仕切り直すと初撃を必ず回避するのは変わっていないが、二撃目以降はワープするタイミングを読み切ることが難しい。
サクラがルーンソードで斬りかかり、転移して繰り出してきた歪虚絵画の牙に捕まった。
今度の助けは間に合わなかった。サクラが悲鳴を上げ、何かが食い千切られるような音が響く。
友人を傷つけられ、シレークスが怒号を上げた。
いったん治療を受けるサクラをカバーするように、レイアが歪虚絵画に攻撃を仕掛ける。
斬撃が歪虚絵画に命中する。
この時を待っていた。
「千載一遇の好機……! 逃しはしない!」
レイアは魔導剣にかかった魔法剣の魔力を解放する。
放たれた斬撃は荒れ狂う魔力により加速され、神速の連撃となって歪虚絵画に襲い掛かった。
初めて、歪虚絵画の耳障りな絶叫が上がった。
生き物の声には聞こえない、まるで壊れかけた機械のような異音だった。
その隙に、マルカが魔法による風と石の加護をかけ直す。
「皆さん、きっとあともう少しです! 頑張りましょう!」
後衛の下にも歪虚絵画が飛ぶ可能性がある以上、誰かが囮にならなければならない。
行動したのは頼れる聖導士、ロニだった。
魔法による闇の刃を複数作りだし、歪虚絵画を串刺しにしようとする。
それを回避して現れた歪虚絵画に、まよいが氷の矢を叩き込む。
走り寄った真が二刀でもって強引に連続攻撃を仕掛けた。
攻撃対象を絞らせるのが難しくなっているが、それは歪虚絵画の生命力が激減していることも意味する。
嵐のような連撃の締めにオーラの刃が放たれ、歪虚絵画を斬り裂いた。
続いて走り寄ったGacruxがさらなる二刀連撃を叩き込む。
そこから先は、真とGacruxの舞踏も同然だった。
激しさを増す、四刀による斬撃の嵐。
剣の結界とでもいうべき数多の軌跡は、次々と歪虚絵画を斬り裂いていく。
転移されようが関係ない。
真も、Gacruxも、自分たちの近くに現れるのならばどうとでもできる。
それに、相棒が背後を守ってくれるのだ。
攻撃を許す隙など、ない。
怒涛の攻撃に歪虚絵画が悲鳴らしき異音を上げ、ふらついた。
「今だ! 畳みかけるよ! 皆、私に続いて! これで決める!」
二刀を構えた真の身体が低く沈み込み、たわむ。
飛び出すための力を溜めているのだ。
「続きますよ! 任せてくださいねぇ!」
Gacruxもまた、身体中のばねを使って飛び出す体勢を取る。
同じ二刀なせいかどこか似通うその構えは、二人の個性を現しているかのように、微妙に差異があった。
「心得た! 全身全霊を籠めさせてもらう!」
攻撃に意識を集中させたレイアが構えを取った。
いつでも走り出せるよう精神を研ぎ澄ませている。
「ヒーリングスフィアで回復をします……! 集まってください……!」
結集した味方に、サクラが精霊に祈りを捧げ、癒しの術を発動させる。
引き出されたマテリアルが、柔らかな光を放ち味方の傷を癒していく。
「その怨念、その憤怒。一切合切、エクラの名の下に打ち砕く!」
両の拳を打ち合わせ、シレークスが大きく足を一歩踏み出した。
シレークスが纏う黄金色の輝きが、ほのかに勢いを増した。
「行きましょう……! 今こそ決着をつける時です!」
ようやく戦いが終わる興奮からか、震える声でマルカが声を張り上げた。
その瞳は、闘志で煌いている。
「支援は俺に任せておけ! 全て一手に引き受けよう!」
ロニの視線はずっと歪虚絵画に向けられ、その行動の予兆を感じ取ろうとしている。
仮に転移したとしても、今のロニならば容易に反応するだろう。
全員が、一眼となって走り出した。
攻撃に合わせて転移しても、転移した先に即座に次撃が飛んでくる。
歪虚絵画はここに至り、混乱の極致にあった。
何度も見せた転移は完全に読まれ、攻撃も分厚い支援の壁に防がれる。
だが、それからも歪虚絵画はよく耐えた。
ハンターたちと歪虚絵画はどちらも満身創痍。あと一撃、どちらが早く繰り出すかで全てが決まる。
お互いがほぼ全て出せる手を絞りつくした直後で、一瞬の膠着状態にあった。
時間にすれば、たった数秒。その後は、高い敏捷性を誇る歪虚絵画が先手を取るだろう。
……だが、一人だけ動ける者がいた。
マルカである。
他と同じように重傷を負っていたことに違いはなかったが、彼女だけは、支援組の中では一番負担が少なく攻撃を行った回数も少なかったため、余力が残っていたのだ。
放った魔法は、光輝く弾を飛ばすという、魔法としてはあり触れたもの。
しかし、それで十分だった。
瀕死で動けなかったのは、歪虚絵画も同じこと。
この瞬間だけは、歪虚絵画にも回避を行うことができなかった。
光の弾が着弾し、ついに絵画が引き裂かれいくつもの紙片にばらける。
絵画に宿っていた何かが悲鳴を上げて消えていく。
額縁ごとばらばらになった紙切れは、ゆっくりと草原に散っていった。
●画家が描きたかったもの
一行は画家が生前過ごしたというアトリエを訪ねていた。
埃に混じって、いくつか当時をしのばせる痕跡が残っている。
それは古い絵の具であったり、朽ちたキャンバスだったり、毛先が開いた絵筆であったりした。
ロニとサクラが静かに祈りを捧げ、シレークスが聖堂教会に持ち込み供養するために拾い集めておいた、額縁の破片が入った袋を胸に抱く。
まよいが物珍し気に辺りを見回す中、マルカが帯同してもらったオフィス職員たちの立ち合いの下、回収した紙片から復元した絵画を模写し、何も起きないことを確認する。
その後で、職員たちにオフィスに素晴らしい『記念ポートレイト「ジルボ」』を一時的に飾る許可を伺っていた。
Gacruxが、激闘の最中にはいえなかった青年への問いかけを、唇に乗せる。
そして、他作品やスケッチなどが残っていないか調べ始めた。
アトリエの入口に立ち、それらの光景を見守るレイアと真は、静かに目を閉じた。
ここは、あの絵画を描いた人物の住み家だったとは思えないくらい、穏やかな時間が流れている。
あの絵画に宿っていたモノにも、こんな風に穏やかだった時が、きっとあったのだろう。
こうして、一人の青年の悲劇から始まった事件は、終わりを告げたのだった。
依頼結果
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相談卓 マルカ・アニチキン(ka2542) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2018/08/16 22:44:38 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/08/16 15:40:28 |