ゲスト
(ka0000)
【東幕】泰山東雲
マスター:近藤豊

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/08/20 19:00
- 完成日
- 2018/08/22 18:14
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「僧正様、嵐愚に捕まっていた者が戻って参りました!」
泰山の武僧、許文冠の報告に泰山龍鳴寺の大僧正は白く長い眉を大きく持ち上げた。
今まで泰山に巣くう歪虚集団『嵐愚』に連れ掠われて帰ってきた者がいなかったからだ。
大僧正はすぐに話を聞くべく幕府の楠木香(kz0140)と詩天の水野 武徳(kz0196)を宿から呼び寄せた。
「もう一度、客人の前で先程の話をするのじゃ」
大僧正の前に座っているのは小作人の女で農作業中に誘拐されたらしい。
「ああ、分かりましただ。オラが田を耕してたら、変な頭の奴が鉄の塊でやってきてオラを連れ去っただ」
「そうか、怖かっただろう。酷い事はされなかったか?」
女性らしい気遣いを見せる香。
しかし、目の前の女性の反応は怯えるというよりも首を傾げて怪訝そうな顔つきだ。
「酷いと言えば、酷い事をされただ」
「どういう意味だ?」
「あいつらの根城は黄山の麓にある洞窟なんだけんども……連れ去られた先で変な歯車を回せって言われて」
女性の話では、洞窟で目の前の棒を押して数人で歯車を回させられていたらしい。
見回せば同じように回させられているのは何組もいたらしい。
「歯車ですか。一体何の為に?」
「それ、オラも気になってあいつらに聞いて見ただ」
文冠の疑問を女性も抱いたらしく、女性は近くにいた嵐愚らしき歪虚に聞いて見たという。
「そったら、あいつら。『歯車を押す事に意味はない』って言うんだ」
「は?」
「連れ去ったから何かさせないとまずいんだけど、何も思い付かないから意味もなく歯車を押させてるって言ってただ」
「…………」
文冠は唖然とした。
どうやら、嵐愚はかなり頭の方が残念な連中のようだ。武僧達が事件を聞きつけて急行する前に逃げられてはいたが、歪虚としてはかなり間抜けな気配が濃厚だ。
「オラ、隙見て逃げてきたんだけんども。まだまだ捕まっている連中がおるんじゃ」
「そうかそうか。ならば、もう少し話をさせてもらおうかのう。場所や地形、敵の数……分かる限りで構わん」
女性の前で、武徳はにやりと微笑んだ。
●
「……嵐愚という連中は底なしのマヌケのようじゃな」
黄山にある嵐愚の根城近くで、武徳は女性から聞き出した情報を元に作戦を立てていた。
嵐愚の数は三十名程度で、首魁らしき仮面の男がいるらしい。
洞窟の入り口は二箇所。西の正門と東の通用門であり、丸太を使った門が西側のみに存在する。通常はこの正門が開いて歪虚バイクで外へ出て行っているが、二頭の馬が横に並べばいっぱいの為、時折東の通用門から外へ行く事がある。東の門が通用門なのは西の正門よりも道が狭い為だろう。
人質は十名程で、西の正門から北にある牢屋に捕まっているらしい。
「マヌケというのはどういう意味でしょう?」
「ここに布陣した事よ。一方を責め立てられた際、もう一方から逃げ出す事を考えたのじゃろうが、待ち伏せすれば一網打尽よ」
そう言って武徳は、手書きの地図を広げた。
そこには墨で描かれた簡単な見取り図があった。
「楠木殿。おぬしはハンターと共に西の正門へ行け。なるべく派手に暴れて敵を追い立てるのじゃ」
「人質の保護もすれば良いのだな。心得た」
「文冠は、西の通用門で待ち伏せじゃ。ここで逃げてきた敵を倒せ」
「心得ました。『ばいく』なる敵の乗り物はどう対処すれば良いでしょうか?」
「ふむ。急拵えではあるが、馬防柵を準備した。これを出口に仕掛けるが良い。話によれば炎を出すらしいが、操縦者が操作する仕組みのようじゃ。出口で罠を仕掛ければ容易にかかるであろう」
武徳は女性からの情報を聞いて早々に作戦を立案していた。
先の戦いで嵐愚らしき歪虚の戦闘力はそれ程高くはないと分かっている。心配なのは、人質の女性を人質に取られる恐れがある事と――。
「敵の首魁の存在が不安だな」
香は腕を組んで女性との話を思い出していた。
女性はボスの存在を嵐愚から聞いたものの、その存在は目撃していない。如何なる存在かは予想もつかない。
「情報がないものは致し方あるまい。首魁を探る時間も無いからのう。ここはハンター達に任せた方が良いじゃろう」
「……水野殿、まさか他人事でハンターに丸投げする気では?」
香の指摘に、武徳は思わず視線を背けて誤魔化す。
「馬鹿を申すでない。龍鳴寺の僧正じゃあるまいし……」
「? 大僧正様が何か?」
今度は文冠が聞き返す。
説明するも面倒そうな武徳は、大声を上げて一方的に話を打ち切る。
「ええい。とにかく、嵐愚とかいうマヌケどもを退治して下らん騒ぎを終わらせるのじゃ」
●
「戻って来ないだろ?」
嵐愚のアジトで、首魁らしき仮面の男は豪華な椅子に腰をかける。
右手には錫で作られた盃。並々と赤い液体が注がれている。
手下達には分かる。首魁がその仮面の下で怒りを溜めている事を。
「ぼ、ボス……」
「街の連中、まだ俺達の恐ろしさが分からねぇらしい。また暴れてやらねぇといけねぇようだな」
「ボス、盃からワインが溢れてますぜ」
怒りで手を震わせる首魁。
錫の盃から液体が零れている事を手下が指摘した。
「……あ、いけね。勿体ねぇ」
手についた液体を必死で啜ろうとする首魁。
だが、仮面が邪魔でうまく啜れないようだ。
「って、啜れねぇじゃねぇか。カッコイイと思って付けてみたけど、これ邪魔だなぁ」
「ボス、ワインのお代わりいります?」
「馬鹿野郎! これはワインじゃねぇ。葡萄ジュースだ。ワインなんて苦いもんは好きじゃねぇ」
そこはかとなく嵐愚の馬鹿っぷりが漂っている。
しかし、首魁はどこから来るのか不明な自信をたっぷりに立ち上がる。
「よぉ~し、ここは俺様自ら街へ赴くとするか! 俺様愛用の巨大歪虚バイク『リブロース』を準備しろ」
「ボス。なんで、バイクをその名前にしたんです?」
「あ? なんか、カッコイイだろ」
「…………」
泰山に巣くう馬鹿っぽい歪虚。
憎めない面もあるが、歪虚は歪虚。ここはきっちり始末を付けなければならないだろう。
泰山を舞台にした歪虚と人間との戦いが、始まろうとしていた。
泰山の武僧、許文冠の報告に泰山龍鳴寺の大僧正は白く長い眉を大きく持ち上げた。
今まで泰山に巣くう歪虚集団『嵐愚』に連れ掠われて帰ってきた者がいなかったからだ。
大僧正はすぐに話を聞くべく幕府の楠木香(kz0140)と詩天の水野 武徳(kz0196)を宿から呼び寄せた。
「もう一度、客人の前で先程の話をするのじゃ」
大僧正の前に座っているのは小作人の女で農作業中に誘拐されたらしい。
「ああ、分かりましただ。オラが田を耕してたら、変な頭の奴が鉄の塊でやってきてオラを連れ去っただ」
「そうか、怖かっただろう。酷い事はされなかったか?」
女性らしい気遣いを見せる香。
しかし、目の前の女性の反応は怯えるというよりも首を傾げて怪訝そうな顔つきだ。
「酷いと言えば、酷い事をされただ」
「どういう意味だ?」
「あいつらの根城は黄山の麓にある洞窟なんだけんども……連れ去られた先で変な歯車を回せって言われて」
女性の話では、洞窟で目の前の棒を押して数人で歯車を回させられていたらしい。
見回せば同じように回させられているのは何組もいたらしい。
「歯車ですか。一体何の為に?」
「それ、オラも気になってあいつらに聞いて見ただ」
文冠の疑問を女性も抱いたらしく、女性は近くにいた嵐愚らしき歪虚に聞いて見たという。
「そったら、あいつら。『歯車を押す事に意味はない』って言うんだ」
「は?」
「連れ去ったから何かさせないとまずいんだけど、何も思い付かないから意味もなく歯車を押させてるって言ってただ」
「…………」
文冠は唖然とした。
どうやら、嵐愚はかなり頭の方が残念な連中のようだ。武僧達が事件を聞きつけて急行する前に逃げられてはいたが、歪虚としてはかなり間抜けな気配が濃厚だ。
「オラ、隙見て逃げてきたんだけんども。まだまだ捕まっている連中がおるんじゃ」
「そうかそうか。ならば、もう少し話をさせてもらおうかのう。場所や地形、敵の数……分かる限りで構わん」
女性の前で、武徳はにやりと微笑んだ。
●
「……嵐愚という連中は底なしのマヌケのようじゃな」
黄山にある嵐愚の根城近くで、武徳は女性から聞き出した情報を元に作戦を立てていた。
嵐愚の数は三十名程度で、首魁らしき仮面の男がいるらしい。
洞窟の入り口は二箇所。西の正門と東の通用門であり、丸太を使った門が西側のみに存在する。通常はこの正門が開いて歪虚バイクで外へ出て行っているが、二頭の馬が横に並べばいっぱいの為、時折東の通用門から外へ行く事がある。東の門が通用門なのは西の正門よりも道が狭い為だろう。
人質は十名程で、西の正門から北にある牢屋に捕まっているらしい。
「マヌケというのはどういう意味でしょう?」
「ここに布陣した事よ。一方を責め立てられた際、もう一方から逃げ出す事を考えたのじゃろうが、待ち伏せすれば一網打尽よ」
そう言って武徳は、手書きの地図を広げた。
そこには墨で描かれた簡単な見取り図があった。
「楠木殿。おぬしはハンターと共に西の正門へ行け。なるべく派手に暴れて敵を追い立てるのじゃ」
「人質の保護もすれば良いのだな。心得た」
「文冠は、西の通用門で待ち伏せじゃ。ここで逃げてきた敵を倒せ」
「心得ました。『ばいく』なる敵の乗り物はどう対処すれば良いでしょうか?」
「ふむ。急拵えではあるが、馬防柵を準備した。これを出口に仕掛けるが良い。話によれば炎を出すらしいが、操縦者が操作する仕組みのようじゃ。出口で罠を仕掛ければ容易にかかるであろう」
武徳は女性からの情報を聞いて早々に作戦を立案していた。
先の戦いで嵐愚らしき歪虚の戦闘力はそれ程高くはないと分かっている。心配なのは、人質の女性を人質に取られる恐れがある事と――。
「敵の首魁の存在が不安だな」
香は腕を組んで女性との話を思い出していた。
女性はボスの存在を嵐愚から聞いたものの、その存在は目撃していない。如何なる存在かは予想もつかない。
「情報がないものは致し方あるまい。首魁を探る時間も無いからのう。ここはハンター達に任せた方が良いじゃろう」
「……水野殿、まさか他人事でハンターに丸投げする気では?」
香の指摘に、武徳は思わず視線を背けて誤魔化す。
「馬鹿を申すでない。龍鳴寺の僧正じゃあるまいし……」
「? 大僧正様が何か?」
今度は文冠が聞き返す。
説明するも面倒そうな武徳は、大声を上げて一方的に話を打ち切る。
「ええい。とにかく、嵐愚とかいうマヌケどもを退治して下らん騒ぎを終わらせるのじゃ」
●
「戻って来ないだろ?」
嵐愚のアジトで、首魁らしき仮面の男は豪華な椅子に腰をかける。
右手には錫で作られた盃。並々と赤い液体が注がれている。
手下達には分かる。首魁がその仮面の下で怒りを溜めている事を。
「ぼ、ボス……」
「街の連中、まだ俺達の恐ろしさが分からねぇらしい。また暴れてやらねぇといけねぇようだな」
「ボス、盃からワインが溢れてますぜ」
怒りで手を震わせる首魁。
錫の盃から液体が零れている事を手下が指摘した。
「……あ、いけね。勿体ねぇ」
手についた液体を必死で啜ろうとする首魁。
だが、仮面が邪魔でうまく啜れないようだ。
「って、啜れねぇじゃねぇか。カッコイイと思って付けてみたけど、これ邪魔だなぁ」
「ボス、ワインのお代わりいります?」
「馬鹿野郎! これはワインじゃねぇ。葡萄ジュースだ。ワインなんて苦いもんは好きじゃねぇ」
そこはかとなく嵐愚の馬鹿っぷりが漂っている。
しかし、首魁はどこから来るのか不明な自信をたっぷりに立ち上がる。
「よぉ~し、ここは俺様自ら街へ赴くとするか! 俺様愛用の巨大歪虚バイク『リブロース』を準備しろ」
「ボス。なんで、バイクをその名前にしたんです?」
「あ? なんか、カッコイイだろ」
「…………」
泰山に巣くう馬鹿っぽい歪虚。
憎めない面もあるが、歪虚は歪虚。ここはきっちり始末を付けなければならないだろう。
泰山を舞台にした歪虚と人間との戦いが、始まろうとしていた。
リプレイ本文
「本当に間抜けな連中じゃな」
水野 武徳(kz0196)は、物陰からそっと顔を覗かせる。
視線の先には黄山の麓にある洞窟――歪虚集団『嵐愚』の根城となっている場所である。
進入路は西の正門と東の通用門。
この二箇所の入り口以外見当たらない。
言い換えれば、この二箇所を先に押さえてしまえば、嵐愚はもう袋の鼠。
「この下らん連中を泰山から追い出すとしよう」
武徳の声と共に、ハンター達の奇襲が開始される。
●
「なんで今回の参加者に格闘士がおらんのじゃ。絶対に面白いのに~」
西の正門よりそっと侵入を試みるのは、ミグ・ロマイヤー(ka0665)。
状況的にここは大立ち回りで格好良く決めるべきところだ。前回は泰山の街で観光し放題だったが、今回ばかりは真面目に仕事する事を決めているようだ。
機導師であるミグにとって、できればこの戦いは格闘士らしく戦うのが理想だったようだ。
きっと嵐愚に何発も拳を叩き込み、「ほあたぁ!」と怪鳥音を発したかったのだろう。
「ミグ殿、もう少し緊張感を持つべきだ」
西側の正門をハンターと共に進軍する楠木 香(kz0140)は、ミグに緊張感を促した。
どんな敵であっても歪虚は歪虚。容赦なく斬り捨てるのは当然。その為には敵の外見に騙されず、全力で臨むべきだと考えているようだ。
しかし、ミグの回答はどこか緊張感を感じられない。
「仕方なかろう。あのような外見をしている連中を相手にするのだ。緊張感を持てというのも難しいのじゃ」
魔導符剣「インストーラー・クワドラプル」を手に慎重な態度ではあるが、如何せんミグに気合いが入らない。
無理もない。
今回の相手である嵐愚は、モヒカン、肩パッドに革ジャンを装備したクレイジー歪虚。歪虚バイクに跨がって火炎放射する時点でまともな相手ではない。前回交戦したハンターによれば単体での戦力もそれ程高くはないようだ。
ミグからすれば、そんな相手を前に真面目に突撃する気の香を褒めてやりたいぐらいだ。
「いいではありませんか。斬り甲斐があるなら、どんな歪虚でも構いません」
ミグと違い、ハンス・ラインフェルト(ka6750)は胸が躍っていた。
歪虚を斬る。
一切容赦する必要はない。
慈悲もなければ、同情もない。
思うままに剣を振るえば良い。それが一方的な蹂躙になろうとも、誰も咎める者はいない。
これから起こるであろう情景を想い描きながら、ハンスは聖罰刃「ターミナー・レイ」の柄にそっと手をかける。
「本当に、嵐愚は……間抜けなのでしょうか」
ハンスとは異なり、莉(ka7291)は状況を不安視していた。
いくら何でも相手は歪虚だ。馬鹿なフリをして油断を誘っているのかもしれない。
これが初めての依頼となる莉からすれば、その可能性を捨てきれないのだろう。
常に無表情で無口な莉ではあるが、最後まで油断せずに攻めるつもりのようだ。
「莉殿、その姿勢は正しい。私も負けてられぬ」
戦いの場が洞窟の為、愛用の薙刀から小太刀へ持ち替えた香。
脇差しを腰に差し、そっと匕首も隠し持つ。状況を見ながら使い分ける。内部の状況が不明確な面もある為、このような準備を行ってきたのだろう。
そして、香は小太刀を握り締める。
「皆の者、行くぞ」
●
一方、東の通用門では――。
「文冠さん、大僧正様は水野様がお嫌いなのでしょうか。それとも期待なさっているのでしょうか。大僧正様は、水野様への当たりがキツい気がします」
穂積 智里(ka6819)は、通用門の出口に簡易馬防柵を設置しながら許文冠へ話し掛ける。
智里は泰山へ到着してから龍鳴寺の大僧正が武徳への接し方を気にしていた。
どういう関係かは不明だが、やたらに強めの対応が多い気がするのだ。
武徳を見下しているのとは違う気がするが、どこか大人と子供のような感覚を感じてしまうのだ。
「実は私もその事が気になって僧正様に聞いてみたのです。どうやら、幼い頃に水野さんはこの泰山に来た事があるようなのです」
「え?」
「僧正様がお世話をされていたのですが……聞き分けの良い子ではなかったそうです。その都度、僧正様がお説教をされていたようですよ。
水野殿が何も仰らないようですので、ここは黙っていた方が良いと思います」
文冠の話では、歪虚に侵攻される前は武徳も龍鳴寺を訪れる事があったようだ。
これは詩天が交流を持っていたというよりも水野家が裏で龍鳴寺と繋がりを持っていたのが真実のようだ。
この為、武徳は龍鳴寺で悪戯放題。その都度大僧正が叱っていたのだ。武徳からすれば過去を知られる苦手な相手と言った所か。
「子供時代を知っているお爺さん……確かにちょっと苦手かもしれません」
「あの策を巡らす水野さんのイメージからはかけ離れています」
そう言いながら、文冠は最後の馬防柵を組み立て終わる。
後は西の正門からハンス達が攻め立てれば良い。逃げ出した嵐愚達が馬防柵に引っかかって横転するのを待つだけだ。
「では、捕り物が始まるのを待ちましょうか。きっとハンスさんも大張り切りしてます」
反対側の入り口から突入するハンスを思い浮かべながら、智里は静かに時を過ごす。
間もなく、ここは戦場になる。
泰山で好き勝手してきた歪虚に、鉄槌が下る。
●
西の正門から突入したハンター達は、既に嵐愚との交戦を開始していた。
東寄りにいた嵐愚達は、何が起こったのか理解できない様子。その間に、何人の敵を葬れるかがハンター達にとって勝利の鍵となる。
「剣技は……斬ってこそ、上達すると思いませんか?」
ハンスの前方に立ち塞がるのは二人の嵐愚。
手にはそれぞれ鉈と斧。
「なんだ? 優男の兄ちゃん、カチコミとはやる気満々じゃねぇか」
下から覗き込むように睨み付ける嵐愚。
得物を力任せに振り回せば、それなりの脅威となるのかもしれない。
だが、嵐愚達は見誤っている。
突入したハンター達は、既に相応の修羅場を経験しているのだ。
「私は、この東方が好きです。気兼ねなく刀を振るえますからね……特に歪虚相手に」
「抜かせっ!」
斧を上段から振り下ろす嵐愚。
しかしハンスは斧の側面をパリィグローブ「ディスターブ」で裏拳。軌道をずらす。
そして、次の瞬間にターミナー・レイの一刀。
横に薙ぐ形で振るわれた刃は、嵐愚の腹部を引き裂いた。
傷口から溢れ出る体液。
「……あれ?」
何が起こったのか理解できない嵐愚は、そのまま体から力が抜けて倒れ込む。
ハンスはそのまま残る嵐愚へターミナー・レイの切っ先を向ける。
「貴方にも是非、私の刀の錆になっていただおうと思います。好きなように抗って下さい。私が綺麗に斬ってあげますから」
「バイクだ! バイクで焼いちまえっ!」
嵐愚達は、急いで歪虚バイクへと向かった。
バックファイヤーでハンター達に炎を向けるつもりなのだ。
しかし、それも武徳にとっては織り込み済みだった。
「本当に間抜けじゃのう。ここはそなたらの根城なのじゃろう? こんな閉鎖空間で炎を使っても良いのかのう?」
バイクへ向かう嵐愚達に、ミグは背後から声をかける。
敵に襲撃されたとはいえ、ここは嵐愚達の根城である。複数のバイクから炎を噴出させたとしてもこんな閉鎖空間では自分達が設置していたベッドなどの設備に引火しかねない。
その事に気付いた嵐愚達は、その場で足を止めてしまう。
「じゃが、ミグはこの場所に何の思い入れもない。じゃから、遠慮無く炎を使わせてもらうのじゃ」
ミグ回路「ブーステッドフェアリー」をかけたファイアスロワーが嵐愚達を襲う。
汚物は消毒と言わんばかりに振るわれる炎は、嵐愚達の専売特許を奪うかのような勢いだ。
「ず、ずりぃぞ!」
「安心せい。マテリアルの炎なので引火はせん。そなたらだけをしっかりと消毒してくれるのじゃ」
炎で追い立てながら、隙を見てインストーラー・クワドラプルで追い立てるミグ。
嵐愚達は逃げ回るばかりで抵抗らしい抵抗はしてこない。
ゲームならボーナスゲーム。出てきた奴をひたすら叩いて得点大量ゲット状態である。
「……今」
ハンスやミグと異なり、香と共に慎重に洞窟を進んでいた莉。
横穴からの不意打ちに注意しながら、ゆっくりと西に向かって動く。幸い、仲間が派手に暴れてくれる事から莉を狙う嵐愚が少ない。
物陰に隠れながら敵を攻撃する事ができた。
「うわっ!」
嵐愚に向けて蒼機銃「パームホープ」で狙撃。
弾丸が嵐愚の横を掠め、慌てさせる。命中させる事は叶わなかったが、嵐愚の足を止める事には成功。そして、その事実は次なる攻撃へと繋がっていく。
「終わりだ」
一気に飛び出した香は、小太刀を一閃。
嵐愚の胸に大きな刀傷を付けた後、体を後方へと吹き飛ばす。
大きな音と共に周囲の嵐愚が香と莉に視線を送る。
「莉殿、後方から援護を頼む」
「……分かった」
莉との連携を取りながら、香は果敢にも嵐愚へ挑む。
西へ向かう嵐愚は気にする必要は無い。
注意すべきは北へ向かう嵐愚だ。幸いにもハンスが北へ進む形で嵐愚を斬り続けている為、人質を取られる可能性は低い。
莉が今為すべき事――香の後方支援に注視する事ができた。
「……やらせない」
莉はクイックリロードで素早く弾丸を装填する。
●
「ここは抜かせません!」
東の通用門から次々と現れる嵐愚達。歪虚バイクに乗って現れるも、事前に仕掛けられた馬防柵を前に横転。起き上がるよりも早く智里がデルタレイの連発で嵐愚を撃破していく。
「はいっ!」
文冠も嵐愚の顔面を下から蹴り上げる。
馬防柵による妨害で多くの嵐愚が転倒する為、面白いように敵を撃破されていく。
嵐愚達が飛び出している事を考えれば、ハンス達が中で大暴れしている証拠。
智里は自分の持ち場が東の通用門であると見定め、信じて戦い続ける。
「そちらには向かわせません!」
運良く馬防柵を逃れた嵐愚に向けて智里はアースウォールで進路を塞ぐ。
突如現れた土壁を前に、嵐愚は慌ててハンドルを切る。
しかし、その目の前には文冠が待っている。
「龍尾槌!」
前方へ回転してからの踵落とし。
派手な一撃が嵐愚を吹き飛ばして歪虚バイクを横転させる。
この調子であれば、嵐愚を一人残さず倒す事ができそうだ。
「穂積さん、様子を見て洞窟へ向かいましょう。嵐愚の数を考えればここから逃げ出す嵐愚もそろそろ終わりです」
「分かりました」
デルタレイで嵐愚を倒しながら、智里は洞窟の奥へ視線を向ける。
おそらくそこではハンス達が敵の首魁を追い詰めているに違いない。
●
「やってくれるじゃねぇか!」
嵐愚の首魁らしき男をハンター達が発見したのは、それから間もなくであった。
情報通り仮面を付けて偉ぶる歪虚。
だが、目の前の歪虚は想像と少々異なっていた。
「……小っ」
思わず莉の口から本音が溢れる。
実は、首魁の背はとても低い。めちゃ短足で下手をすればミグよりも低い。この為、迫力はまったくと言って良い程無いのだ。
「今なんて言った!? 俺様を馬鹿にしやがって」
「おい、そこの短足」
ずいと一歩踏み出すミグ。
「お前も俺とあんまり変わらねぇだろ!」
「ミグの名前を言うてみるがいい」
「……だから、ミグなんだろ?」
「…………」
相手のお株を奪うとばかりに決め台詞でお株を奪ったミグ。
しかし、自分の名前を口にしてしまったが為に単なる意志疎通が図れていない会話を繰り返す結果となってしまった。
このやり取りに思わず香が額を押さえる。
「なんなんだ、これは」
「何でも結構。歪虚は遠慮無く斬るだけです。
歪虚でない方は、地面に伏せて下さい……次元斬っ!」
空間に繰り出された斬撃が、首魁へと向けられる。
転ぶように回避する首魁。
後頭部を強打したようだが、ヘルメットのおかげで大きなダメージを負っていないようだ。
「この台所の汚いヌメヌメどもっ! 俺様の恐ろしさを教えてやる!」
シュバっと走り出す首魁。
見れば、洞窟の壁際に一際大きな歪虚バイクが止められていた。
何本も飛び出た排気管。エンジン部は巨大であり、見るからに馬力がありそうだ。
「ぬわっはっは。こいつが俺様専用の巨大歪虚バイク『リブロース』だ。これでお前等を踏み潰し……ん?」
首魁は莉が指差している事に気付いた。
「なんだ?」
「……それ……大きい」
「ああ。そうだ。驚いたか?」
「……大きすぎて……洞窟から、出られない」
莉の目には西の正門も東の通用門も通過できない巨大なバイクが鎮座していた。
おそらくパーツを持ち込んで洞窟で組み立てたのだろう。
通路が馬二頭分の広さだが、バイク本体は明らかに馬三頭分の大きさがある。通路の壁を広げない限り、バイクは永遠と洞窟の中を走り回る事しかできない。
「むむむっ、こいつは盲点だった」
「ふぅ、想像以上の馬鹿だったようじゃな。超絶技巧を駆使する必要も無さそうじゃな」
ミグは早くも首魁の小物っぷりを感じ取ったようだ。
ゲームセット。
誰の心にもそのような感覚が広がってくる。
「舐めやがって。こうなったら洞窟の中だけでも走ってお前等を轢いて……って、あれ?」
首魁はリブロースに跨がろうとするが、高すぎるバイクの座席に足が届かない。
必死に足を上げて跨ごうと頑張るが、傍目から見ればプリマドンナがダンスの練習をするかの如く足上げ特訓をしているようにしか見えない。
どうやら、首魁は自力で専用バイクに跨がる事もできない代物を作り上げてしまったようだ。
「皆さん、大丈夫……です、か」
そこへ智里と文冠が走り込んできた。
通用門から敵が出て来ない為に突入を結構したようだ。
だが、眼前に広がる異様な光景に声を詰まらせる。
「ああ、私の愛しいマウジー。私が心配で来てしまいましたか。ですが、安心して下さい。すぐに済みます。ええ、すぐですから」
ハンスはターミナー・レイを握り締める。
たとえ間抜けな歪虚であっても、ハンスは歪虚を見逃すつもりはない。
静かに近づき――首魁に、刃を振り下ろした。
●
龍鳴寺に首魁撃破の一報が入ったのは、それからしばらく後であった。
これで泰山にも平和が訪れる。
泰山は武徳の協力があった事を認めた上で、香とハンターの支援に感謝。盟約を改めて確認した形となった。
武徳は泰山が必要以上に幕府と接近する事を妨害していたが、その狙い通りとなる。これは智里が大僧正へ意見していた事も影響しているに違いない。
「まあ、良かろう。今はもう少し様子を見るべきじゃな」
泰山から詩天へ戻る船の中で、武徳は生き残りをかけて策を巡らせていた。
水野 武徳(kz0196)は、物陰からそっと顔を覗かせる。
視線の先には黄山の麓にある洞窟――歪虚集団『嵐愚』の根城となっている場所である。
進入路は西の正門と東の通用門。
この二箇所の入り口以外見当たらない。
言い換えれば、この二箇所を先に押さえてしまえば、嵐愚はもう袋の鼠。
「この下らん連中を泰山から追い出すとしよう」
武徳の声と共に、ハンター達の奇襲が開始される。
●
「なんで今回の参加者に格闘士がおらんのじゃ。絶対に面白いのに~」
西の正門よりそっと侵入を試みるのは、ミグ・ロマイヤー(ka0665)。
状況的にここは大立ち回りで格好良く決めるべきところだ。前回は泰山の街で観光し放題だったが、今回ばかりは真面目に仕事する事を決めているようだ。
機導師であるミグにとって、できればこの戦いは格闘士らしく戦うのが理想だったようだ。
きっと嵐愚に何発も拳を叩き込み、「ほあたぁ!」と怪鳥音を発したかったのだろう。
「ミグ殿、もう少し緊張感を持つべきだ」
西側の正門をハンターと共に進軍する楠木 香(kz0140)は、ミグに緊張感を促した。
どんな敵であっても歪虚は歪虚。容赦なく斬り捨てるのは当然。その為には敵の外見に騙されず、全力で臨むべきだと考えているようだ。
しかし、ミグの回答はどこか緊張感を感じられない。
「仕方なかろう。あのような外見をしている連中を相手にするのだ。緊張感を持てというのも難しいのじゃ」
魔導符剣「インストーラー・クワドラプル」を手に慎重な態度ではあるが、如何せんミグに気合いが入らない。
無理もない。
今回の相手である嵐愚は、モヒカン、肩パッドに革ジャンを装備したクレイジー歪虚。歪虚バイクに跨がって火炎放射する時点でまともな相手ではない。前回交戦したハンターによれば単体での戦力もそれ程高くはないようだ。
ミグからすれば、そんな相手を前に真面目に突撃する気の香を褒めてやりたいぐらいだ。
「いいではありませんか。斬り甲斐があるなら、どんな歪虚でも構いません」
ミグと違い、ハンス・ラインフェルト(ka6750)は胸が躍っていた。
歪虚を斬る。
一切容赦する必要はない。
慈悲もなければ、同情もない。
思うままに剣を振るえば良い。それが一方的な蹂躙になろうとも、誰も咎める者はいない。
これから起こるであろう情景を想い描きながら、ハンスは聖罰刃「ターミナー・レイ」の柄にそっと手をかける。
「本当に、嵐愚は……間抜けなのでしょうか」
ハンスとは異なり、莉(ka7291)は状況を不安視していた。
いくら何でも相手は歪虚だ。馬鹿なフリをして油断を誘っているのかもしれない。
これが初めての依頼となる莉からすれば、その可能性を捨てきれないのだろう。
常に無表情で無口な莉ではあるが、最後まで油断せずに攻めるつもりのようだ。
「莉殿、その姿勢は正しい。私も負けてられぬ」
戦いの場が洞窟の為、愛用の薙刀から小太刀へ持ち替えた香。
脇差しを腰に差し、そっと匕首も隠し持つ。状況を見ながら使い分ける。内部の状況が不明確な面もある為、このような準備を行ってきたのだろう。
そして、香は小太刀を握り締める。
「皆の者、行くぞ」
●
一方、東の通用門では――。
「文冠さん、大僧正様は水野様がお嫌いなのでしょうか。それとも期待なさっているのでしょうか。大僧正様は、水野様への当たりがキツい気がします」
穂積 智里(ka6819)は、通用門の出口に簡易馬防柵を設置しながら許文冠へ話し掛ける。
智里は泰山へ到着してから龍鳴寺の大僧正が武徳への接し方を気にしていた。
どういう関係かは不明だが、やたらに強めの対応が多い気がするのだ。
武徳を見下しているのとは違う気がするが、どこか大人と子供のような感覚を感じてしまうのだ。
「実は私もその事が気になって僧正様に聞いてみたのです。どうやら、幼い頃に水野さんはこの泰山に来た事があるようなのです」
「え?」
「僧正様がお世話をされていたのですが……聞き分けの良い子ではなかったそうです。その都度、僧正様がお説教をされていたようですよ。
水野殿が何も仰らないようですので、ここは黙っていた方が良いと思います」
文冠の話では、歪虚に侵攻される前は武徳も龍鳴寺を訪れる事があったようだ。
これは詩天が交流を持っていたというよりも水野家が裏で龍鳴寺と繋がりを持っていたのが真実のようだ。
この為、武徳は龍鳴寺で悪戯放題。その都度大僧正が叱っていたのだ。武徳からすれば過去を知られる苦手な相手と言った所か。
「子供時代を知っているお爺さん……確かにちょっと苦手かもしれません」
「あの策を巡らす水野さんのイメージからはかけ離れています」
そう言いながら、文冠は最後の馬防柵を組み立て終わる。
後は西の正門からハンス達が攻め立てれば良い。逃げ出した嵐愚達が馬防柵に引っかかって横転するのを待つだけだ。
「では、捕り物が始まるのを待ちましょうか。きっとハンスさんも大張り切りしてます」
反対側の入り口から突入するハンスを思い浮かべながら、智里は静かに時を過ごす。
間もなく、ここは戦場になる。
泰山で好き勝手してきた歪虚に、鉄槌が下る。
●
西の正門から突入したハンター達は、既に嵐愚との交戦を開始していた。
東寄りにいた嵐愚達は、何が起こったのか理解できない様子。その間に、何人の敵を葬れるかがハンター達にとって勝利の鍵となる。
「剣技は……斬ってこそ、上達すると思いませんか?」
ハンスの前方に立ち塞がるのは二人の嵐愚。
手にはそれぞれ鉈と斧。
「なんだ? 優男の兄ちゃん、カチコミとはやる気満々じゃねぇか」
下から覗き込むように睨み付ける嵐愚。
得物を力任せに振り回せば、それなりの脅威となるのかもしれない。
だが、嵐愚達は見誤っている。
突入したハンター達は、既に相応の修羅場を経験しているのだ。
「私は、この東方が好きです。気兼ねなく刀を振るえますからね……特に歪虚相手に」
「抜かせっ!」
斧を上段から振り下ろす嵐愚。
しかしハンスは斧の側面をパリィグローブ「ディスターブ」で裏拳。軌道をずらす。
そして、次の瞬間にターミナー・レイの一刀。
横に薙ぐ形で振るわれた刃は、嵐愚の腹部を引き裂いた。
傷口から溢れ出る体液。
「……あれ?」
何が起こったのか理解できない嵐愚は、そのまま体から力が抜けて倒れ込む。
ハンスはそのまま残る嵐愚へターミナー・レイの切っ先を向ける。
「貴方にも是非、私の刀の錆になっていただおうと思います。好きなように抗って下さい。私が綺麗に斬ってあげますから」
「バイクだ! バイクで焼いちまえっ!」
嵐愚達は、急いで歪虚バイクへと向かった。
バックファイヤーでハンター達に炎を向けるつもりなのだ。
しかし、それも武徳にとっては織り込み済みだった。
「本当に間抜けじゃのう。ここはそなたらの根城なのじゃろう? こんな閉鎖空間で炎を使っても良いのかのう?」
バイクへ向かう嵐愚達に、ミグは背後から声をかける。
敵に襲撃されたとはいえ、ここは嵐愚達の根城である。複数のバイクから炎を噴出させたとしてもこんな閉鎖空間では自分達が設置していたベッドなどの設備に引火しかねない。
その事に気付いた嵐愚達は、その場で足を止めてしまう。
「じゃが、ミグはこの場所に何の思い入れもない。じゃから、遠慮無く炎を使わせてもらうのじゃ」
ミグ回路「ブーステッドフェアリー」をかけたファイアスロワーが嵐愚達を襲う。
汚物は消毒と言わんばかりに振るわれる炎は、嵐愚達の専売特許を奪うかのような勢いだ。
「ず、ずりぃぞ!」
「安心せい。マテリアルの炎なので引火はせん。そなたらだけをしっかりと消毒してくれるのじゃ」
炎で追い立てながら、隙を見てインストーラー・クワドラプルで追い立てるミグ。
嵐愚達は逃げ回るばかりで抵抗らしい抵抗はしてこない。
ゲームならボーナスゲーム。出てきた奴をひたすら叩いて得点大量ゲット状態である。
「……今」
ハンスやミグと異なり、香と共に慎重に洞窟を進んでいた莉。
横穴からの不意打ちに注意しながら、ゆっくりと西に向かって動く。幸い、仲間が派手に暴れてくれる事から莉を狙う嵐愚が少ない。
物陰に隠れながら敵を攻撃する事ができた。
「うわっ!」
嵐愚に向けて蒼機銃「パームホープ」で狙撃。
弾丸が嵐愚の横を掠め、慌てさせる。命中させる事は叶わなかったが、嵐愚の足を止める事には成功。そして、その事実は次なる攻撃へと繋がっていく。
「終わりだ」
一気に飛び出した香は、小太刀を一閃。
嵐愚の胸に大きな刀傷を付けた後、体を後方へと吹き飛ばす。
大きな音と共に周囲の嵐愚が香と莉に視線を送る。
「莉殿、後方から援護を頼む」
「……分かった」
莉との連携を取りながら、香は果敢にも嵐愚へ挑む。
西へ向かう嵐愚は気にする必要は無い。
注意すべきは北へ向かう嵐愚だ。幸いにもハンスが北へ進む形で嵐愚を斬り続けている為、人質を取られる可能性は低い。
莉が今為すべき事――香の後方支援に注視する事ができた。
「……やらせない」
莉はクイックリロードで素早く弾丸を装填する。
●
「ここは抜かせません!」
東の通用門から次々と現れる嵐愚達。歪虚バイクに乗って現れるも、事前に仕掛けられた馬防柵を前に横転。起き上がるよりも早く智里がデルタレイの連発で嵐愚を撃破していく。
「はいっ!」
文冠も嵐愚の顔面を下から蹴り上げる。
馬防柵による妨害で多くの嵐愚が転倒する為、面白いように敵を撃破されていく。
嵐愚達が飛び出している事を考えれば、ハンス達が中で大暴れしている証拠。
智里は自分の持ち場が東の通用門であると見定め、信じて戦い続ける。
「そちらには向かわせません!」
運良く馬防柵を逃れた嵐愚に向けて智里はアースウォールで進路を塞ぐ。
突如現れた土壁を前に、嵐愚は慌ててハンドルを切る。
しかし、その目の前には文冠が待っている。
「龍尾槌!」
前方へ回転してからの踵落とし。
派手な一撃が嵐愚を吹き飛ばして歪虚バイクを横転させる。
この調子であれば、嵐愚を一人残さず倒す事ができそうだ。
「穂積さん、様子を見て洞窟へ向かいましょう。嵐愚の数を考えればここから逃げ出す嵐愚もそろそろ終わりです」
「分かりました」
デルタレイで嵐愚を倒しながら、智里は洞窟の奥へ視線を向ける。
おそらくそこではハンス達が敵の首魁を追い詰めているに違いない。
●
「やってくれるじゃねぇか!」
嵐愚の首魁らしき男をハンター達が発見したのは、それから間もなくであった。
情報通り仮面を付けて偉ぶる歪虚。
だが、目の前の歪虚は想像と少々異なっていた。
「……小っ」
思わず莉の口から本音が溢れる。
実は、首魁の背はとても低い。めちゃ短足で下手をすればミグよりも低い。この為、迫力はまったくと言って良い程無いのだ。
「今なんて言った!? 俺様を馬鹿にしやがって」
「おい、そこの短足」
ずいと一歩踏み出すミグ。
「お前も俺とあんまり変わらねぇだろ!」
「ミグの名前を言うてみるがいい」
「……だから、ミグなんだろ?」
「…………」
相手のお株を奪うとばかりに決め台詞でお株を奪ったミグ。
しかし、自分の名前を口にしてしまったが為に単なる意志疎通が図れていない会話を繰り返す結果となってしまった。
このやり取りに思わず香が額を押さえる。
「なんなんだ、これは」
「何でも結構。歪虚は遠慮無く斬るだけです。
歪虚でない方は、地面に伏せて下さい……次元斬っ!」
空間に繰り出された斬撃が、首魁へと向けられる。
転ぶように回避する首魁。
後頭部を強打したようだが、ヘルメットのおかげで大きなダメージを負っていないようだ。
「この台所の汚いヌメヌメどもっ! 俺様の恐ろしさを教えてやる!」
シュバっと走り出す首魁。
見れば、洞窟の壁際に一際大きな歪虚バイクが止められていた。
何本も飛び出た排気管。エンジン部は巨大であり、見るからに馬力がありそうだ。
「ぬわっはっは。こいつが俺様専用の巨大歪虚バイク『リブロース』だ。これでお前等を踏み潰し……ん?」
首魁は莉が指差している事に気付いた。
「なんだ?」
「……それ……大きい」
「ああ。そうだ。驚いたか?」
「……大きすぎて……洞窟から、出られない」
莉の目には西の正門も東の通用門も通過できない巨大なバイクが鎮座していた。
おそらくパーツを持ち込んで洞窟で組み立てたのだろう。
通路が馬二頭分の広さだが、バイク本体は明らかに馬三頭分の大きさがある。通路の壁を広げない限り、バイクは永遠と洞窟の中を走り回る事しかできない。
「むむむっ、こいつは盲点だった」
「ふぅ、想像以上の馬鹿だったようじゃな。超絶技巧を駆使する必要も無さそうじゃな」
ミグは早くも首魁の小物っぷりを感じ取ったようだ。
ゲームセット。
誰の心にもそのような感覚が広がってくる。
「舐めやがって。こうなったら洞窟の中だけでも走ってお前等を轢いて……って、あれ?」
首魁はリブロースに跨がろうとするが、高すぎるバイクの座席に足が届かない。
必死に足を上げて跨ごうと頑張るが、傍目から見ればプリマドンナがダンスの練習をするかの如く足上げ特訓をしているようにしか見えない。
どうやら、首魁は自力で専用バイクに跨がる事もできない代物を作り上げてしまったようだ。
「皆さん、大丈夫……です、か」
そこへ智里と文冠が走り込んできた。
通用門から敵が出て来ない為に突入を結構したようだ。
だが、眼前に広がる異様な光景に声を詰まらせる。
「ああ、私の愛しいマウジー。私が心配で来てしまいましたか。ですが、安心して下さい。すぐに済みます。ええ、すぐですから」
ハンスはターミナー・レイを握り締める。
たとえ間抜けな歪虚であっても、ハンスは歪虚を見逃すつもりはない。
静かに近づき――首魁に、刃を振り下ろした。
●
龍鳴寺に首魁撃破の一報が入ったのは、それからしばらく後であった。
これで泰山にも平和が訪れる。
泰山は武徳の協力があった事を認めた上で、香とハンターの支援に感謝。盟約を改めて確認した形となった。
武徳は泰山が必要以上に幕府と接近する事を妨害していたが、その狙い通りとなる。これは智里が大僧正へ意見していた事も影響しているに違いない。
「まあ、良かろう。今はもう少し様子を見るべきじゃな」
泰山から詩天へ戻る船の中で、武徳は生き残りをかけて策を巡らせていた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談スレッド 穂積 智里(ka6819) 人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/08/19 15:11:58 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/08/19 09:58:11 |