ゲスト
(ka0000)
【空蒼】追跡者のノック音
マスター:三田村 薫

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/08/28 09:00
- 完成日
- 2018/09/02 02:18
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●から騒ぎ
「おい! 開けろ! いるんだろ! テメェ人が出張中に妻に手を出しやがって!!」
アメリカ合衆国ネヴァダ州のとある町にて。出張の仕事が早く終わった男は、帰宅するや知った男の靴が玄関にあるのを見て激昂した。そしてそのまま夫婦の寝室前を開けようとしたが、鍵が掛かっているのに気付いて乱打する。あの男殺してやる。
「このご時世に呑気なもんだな!」
男が強く扉を叩いた瞬間、ジャケットのポケットからスマートフォンが落ちた。端末の画面はさっきまで使っていたため、まだ点灯している。
それを誰かが拾ったら、彼が流行に乗ったことを知っただろう。
イクシード・アプリのアイコンが、画面の端っこに収まっているから。
●一人の子ども
アメリカ合衆国ネヴァダ州。
ナンシー・スギハラ地球統一連合軍曹長は、昼食にハンバーガーを買って店を出た。夏ももうすぐ終わるが、まだ暑い日は続いている。自分は夏が終わるまでに戦線へ復帰できるだろうか。
彼女は二ヶ月前、VOID排除のために出向いたカジノで、隊の仲間を失った。生き残ったのは彼女だけだったが、クリムゾンウェストの覚醒者たちに助けてもらったため、同じ境遇の他の軍人より立ち直りは早かった。
とは言え、やはり心に傷を負ったとして休暇や心のケアは申し渡された。軍が手配してくれたケアで、彼女は徐々に日常に帰りつつある。ハンバーガーを買うために外に出られるようにもなった。
「ん?」
彼女は、十歳くらいとおぼしき茶髪の少女が一人で歩いているのを見かけた。アメリカでは、子どもを一人で放置するなんて言語道断だ。親は一体何をしているのか。ナンシーは眉をひそめてから、笑顔を作って彼女に声を掛けた。
「ハイ、お嬢ちゃん一人なの?」
少女はびくりと肩を震わせる。ナンシーが優しい笑顔をしているのを見て、怖くない人だとでも思ったのか、彼女は困った様な顔で、
「ママがね、悪い奴を捕まえるって言ってどこかに行っちゃったの」
「いつ?」
「さっき」
ナンシーの頭に過ぎったのは、最近出回っているイクシード・アプリのことだった。これをインストールすれば、誰でも手軽に覚醒者になれて、悪い奴……VOIDと渡り合える、と言うもの。ナンシーも、インストールを迷ったことがある。覚醒者になれれば、もうあんな思いをしなくて良いのかもしれないと。拳銃を持ち歩かなくても良くなるのではないかと。
それでも、実際に会った覚醒者たちの顔を思い出すと、インストールする気にはなれなかった。なんだか、あの人たちとは違う気がしたから。
「とにかく、おまわりさんの所に行って、ママに連絡を取って貰おう。あんた、こんなところに一人でいたら危ないからね」
ナンシーがそう言って、少女に手を差し出したその時だった。
スーツの男が、雄叫びを上げてこちらに走ってくる。そのジャケットとシャツは血で汚れているが、本人のものでないのは明らかだ。男はこちらを見ると、吠えるように怒鳴る。
「テメェらも殺してやる!」
ナンシーは反射的に、持っていたハンバーガーの紙袋を男に投げつけた。
「逃げるよ!」
男が怯んだ隙に、少女の手を引いて駆け出した。
●ひしゃげるシャッター
ナンシーは倉庫街に駆け込んだ。運良く、シャッターが三分の一ほど開いている倉庫を見付けて少女を押し込む。後から自分も入ってシャッターを下ろした。内側から施錠する。開かないことを確認して、ナンシーは少女に向き直った。
「あんた、名前は?」
「クレア」
「……クレア、ね。あたしはナンシー。奥に隠れてて」
「ナンシーはどうするの?」
「銃がある。耳を塞いで、奥の机の後ろにいて」
クレアを部屋の奥に隠すと、乱雑な足音が耳に届いた。
「足跡が残ってるぞ~……どこかな~……見付けてあいつらみたいにしてやるぞ~……」
あいつら、が返り血の主だろう。間違いない。あの男は少なくとも二人は殺している。足音は、ナンシーたちが隠れている倉庫の前で止まった。
「ここだな~……」
シャッターが四回ノックされる。ビジネスノックか。ふざけやがって。ナンシーは深呼吸をしながら、銃を抜いた。
「誰かいますか~?」
今度は少し強く。ナンシーは答えない。クレアも騒がない。
「おい!!! 開けろ!!!! いるんだろコラァ!!!」
業を煮やしたのか、男はシャッターを乱打する。ナンシーは額から汗が噴き出すのを感じた。拳銃を上げて、まっすぐシャッターに狙いを付ける。
民間人を撃ったことはない。
でもクレアを守るのに必要なら撃たなくてはならない。
シャッターがひしゃげる。ナンシーは引き金に指を掛けた。
が、しかし。
「何だテメェ!!!」
外の男は、別の勢力に気を取られた様だ。それから外で悲鳴が上がる。ナンシーは硬直した。最初はハンターかと思ったが、そうではない。嫌な気配。骨のへし折れる音、人の倒れる音。そして、優しくノックされる音。
「クレア? いるんでしょう? ママよ……」
隠れたクレアには聞こえていないようだ。ノックの音はどんどん大きくなる。ナンシーは、自分の腕に鳥肌が立つのを感じた。
自分の端末がポケットから抜け落ちていたことには気付かなかった。
「開けなさいよ! この誘拐犯! あたしの娘返しなさい!」
シャッターが再び乱打される。ナンシーは拳銃を構え直した。
●強くなるアプリ
「強くなるアプリ……強くなるアプリ……」
倉庫の棚に隠れたクレアは、ナンシーが落とした端末を拾ってアプリストアにアクセスしていた。ママもインストールしていた「強くなるアプリ」がある筈だ。
それをインストールすればナンシーと一緒に戦える。彼女だけ危ない目に遭わせるわけにはいかない。部屋の奥に隠れた彼女は、母親の声も聞いていなかった。
早くインストールしないと。
正式名称を知らないとは言え、彼女がそのアプリに行き着くのは時間の問題だった。
●ハンドアウト
あなたたちはリアルブルーから、イクシード・アプリをインストールした人間の殺人事件解決の協力要請をされました。
現場に駆けつけたあなたたちは、目撃者から、容疑者の男性が、同じようにイクシード・アプリを入手した女性と取っ組み合いの末逃げ出したことを知らされます。その途中で、子どもを連れた通行人が目を付けられて追われたことも。
強化人間の女性は駆けつけた現場にはいませんでした。目撃者は語ります。
「娘を連れて行った奴を殺してやる」
アプリの女性はそう言っていたと。
そしてあなたたちは、目撃証言を頼りに倉庫街にたどり着き、シャッターを叩きまくる女性と、その足下で倒れている男を発見するのでした。
「おい! 開けろ! いるんだろ! テメェ人が出張中に妻に手を出しやがって!!」
アメリカ合衆国ネヴァダ州のとある町にて。出張の仕事が早く終わった男は、帰宅するや知った男の靴が玄関にあるのを見て激昂した。そしてそのまま夫婦の寝室前を開けようとしたが、鍵が掛かっているのに気付いて乱打する。あの男殺してやる。
「このご時世に呑気なもんだな!」
男が強く扉を叩いた瞬間、ジャケットのポケットからスマートフォンが落ちた。端末の画面はさっきまで使っていたため、まだ点灯している。
それを誰かが拾ったら、彼が流行に乗ったことを知っただろう。
イクシード・アプリのアイコンが、画面の端っこに収まっているから。
●一人の子ども
アメリカ合衆国ネヴァダ州。
ナンシー・スギハラ地球統一連合軍曹長は、昼食にハンバーガーを買って店を出た。夏ももうすぐ終わるが、まだ暑い日は続いている。自分は夏が終わるまでに戦線へ復帰できるだろうか。
彼女は二ヶ月前、VOID排除のために出向いたカジノで、隊の仲間を失った。生き残ったのは彼女だけだったが、クリムゾンウェストの覚醒者たちに助けてもらったため、同じ境遇の他の軍人より立ち直りは早かった。
とは言え、やはり心に傷を負ったとして休暇や心のケアは申し渡された。軍が手配してくれたケアで、彼女は徐々に日常に帰りつつある。ハンバーガーを買うために外に出られるようにもなった。
「ん?」
彼女は、十歳くらいとおぼしき茶髪の少女が一人で歩いているのを見かけた。アメリカでは、子どもを一人で放置するなんて言語道断だ。親は一体何をしているのか。ナンシーは眉をひそめてから、笑顔を作って彼女に声を掛けた。
「ハイ、お嬢ちゃん一人なの?」
少女はびくりと肩を震わせる。ナンシーが優しい笑顔をしているのを見て、怖くない人だとでも思ったのか、彼女は困った様な顔で、
「ママがね、悪い奴を捕まえるって言ってどこかに行っちゃったの」
「いつ?」
「さっき」
ナンシーの頭に過ぎったのは、最近出回っているイクシード・アプリのことだった。これをインストールすれば、誰でも手軽に覚醒者になれて、悪い奴……VOIDと渡り合える、と言うもの。ナンシーも、インストールを迷ったことがある。覚醒者になれれば、もうあんな思いをしなくて良いのかもしれないと。拳銃を持ち歩かなくても良くなるのではないかと。
それでも、実際に会った覚醒者たちの顔を思い出すと、インストールする気にはなれなかった。なんだか、あの人たちとは違う気がしたから。
「とにかく、おまわりさんの所に行って、ママに連絡を取って貰おう。あんた、こんなところに一人でいたら危ないからね」
ナンシーがそう言って、少女に手を差し出したその時だった。
スーツの男が、雄叫びを上げてこちらに走ってくる。そのジャケットとシャツは血で汚れているが、本人のものでないのは明らかだ。男はこちらを見ると、吠えるように怒鳴る。
「テメェらも殺してやる!」
ナンシーは反射的に、持っていたハンバーガーの紙袋を男に投げつけた。
「逃げるよ!」
男が怯んだ隙に、少女の手を引いて駆け出した。
●ひしゃげるシャッター
ナンシーは倉庫街に駆け込んだ。運良く、シャッターが三分の一ほど開いている倉庫を見付けて少女を押し込む。後から自分も入ってシャッターを下ろした。内側から施錠する。開かないことを確認して、ナンシーは少女に向き直った。
「あんた、名前は?」
「クレア」
「……クレア、ね。あたしはナンシー。奥に隠れてて」
「ナンシーはどうするの?」
「銃がある。耳を塞いで、奥の机の後ろにいて」
クレアを部屋の奥に隠すと、乱雑な足音が耳に届いた。
「足跡が残ってるぞ~……どこかな~……見付けてあいつらみたいにしてやるぞ~……」
あいつら、が返り血の主だろう。間違いない。あの男は少なくとも二人は殺している。足音は、ナンシーたちが隠れている倉庫の前で止まった。
「ここだな~……」
シャッターが四回ノックされる。ビジネスノックか。ふざけやがって。ナンシーは深呼吸をしながら、銃を抜いた。
「誰かいますか~?」
今度は少し強く。ナンシーは答えない。クレアも騒がない。
「おい!!! 開けろ!!!! いるんだろコラァ!!!」
業を煮やしたのか、男はシャッターを乱打する。ナンシーは額から汗が噴き出すのを感じた。拳銃を上げて、まっすぐシャッターに狙いを付ける。
民間人を撃ったことはない。
でもクレアを守るのに必要なら撃たなくてはならない。
シャッターがひしゃげる。ナンシーは引き金に指を掛けた。
が、しかし。
「何だテメェ!!!」
外の男は、別の勢力に気を取られた様だ。それから外で悲鳴が上がる。ナンシーは硬直した。最初はハンターかと思ったが、そうではない。嫌な気配。骨のへし折れる音、人の倒れる音。そして、優しくノックされる音。
「クレア? いるんでしょう? ママよ……」
隠れたクレアには聞こえていないようだ。ノックの音はどんどん大きくなる。ナンシーは、自分の腕に鳥肌が立つのを感じた。
自分の端末がポケットから抜け落ちていたことには気付かなかった。
「開けなさいよ! この誘拐犯! あたしの娘返しなさい!」
シャッターが再び乱打される。ナンシーは拳銃を構え直した。
●強くなるアプリ
「強くなるアプリ……強くなるアプリ……」
倉庫の棚に隠れたクレアは、ナンシーが落とした端末を拾ってアプリストアにアクセスしていた。ママもインストールしていた「強くなるアプリ」がある筈だ。
それをインストールすればナンシーと一緒に戦える。彼女だけ危ない目に遭わせるわけにはいかない。部屋の奥に隠れた彼女は、母親の声も聞いていなかった。
早くインストールしないと。
正式名称を知らないとは言え、彼女がそのアプリに行き着くのは時間の問題だった。
●ハンドアウト
あなたたちはリアルブルーから、イクシード・アプリをインストールした人間の殺人事件解決の協力要請をされました。
現場に駆けつけたあなたたちは、目撃者から、容疑者の男性が、同じようにイクシード・アプリを入手した女性と取っ組み合いの末逃げ出したことを知らされます。その途中で、子どもを連れた通行人が目を付けられて追われたことも。
強化人間の女性は駆けつけた現場にはいませんでした。目撃者は語ります。
「娘を連れて行った奴を殺してやる」
アプリの女性はそう言っていたと。
そしてあなたたちは、目撃証言を頼りに倉庫街にたどり着き、シャッターを叩きまくる女性と、その足下で倒れている男を発見するのでした。
リプレイ本文
●パンデミック
目撃者に教えられた方向に走りながら、ハンターたちは懸念を口にした。
「子供を守るために追われた人だってアプリをインストールしてしまうかもしれないじゃないですか。どんなパンデミックですか、これ!」
と叫んだのは穂積 智里(ka6819)だ。木綿花(ka6927)もそれに同意する。
「このままでは悲しいことになります」
「やはりろくなもんじゃなさそうだな」
歩夢(ka5975)も渋い顔をしている。
「思った以上に混乱してるね。まずは目の前のことからなんとかしないとね」
レオン(ka5108)の言葉にハンターたちは頷いた。
●追跡者のノック音
薄い金属を拳で叩く大きな音が聞こえたから、彼らが場所を特定するのは用意だった。
「開けなさい! 開けろぉ!!! 開けろよ!!!! クレアを出しなさい!!!」
シャッターの向こうに、おそらくは少女を連れた通行人と言う人がいる。言動からして、現在シャッターを叩いているのは少女の母親の様だ。どうやら誤解があるらしい。
シャッターはすっかりひしゃげていて、破られるのは時間の問題だ。いくらアメリカが銃社会と言っても、中の人間が武装している保証はないし、一人で強化人間相手に渡り合えるかは微妙だ。
ただ娘の心配をしている母親であるなら落ち着いてください、だけで良いのだが、問題はその足下に転がっているスーツの男だ。話に聞いた殺人事件の容疑者だろう。あり得ない方向に身体がねじ曲がっている。裂傷から吹き出したらしい血液が、周辺の地面を汚していた。
「やめろ!」
レオンと智里が駆け寄った。レオンは振り返って、歩夢と木綿花に目配せをする。二人はそれで了解した。あとを任せて、レオンは女性を止めようと腕を伸ばすが払いのけられる。仕方ない。彼はソウルトーチを燃やした上で、シャッターと彼女の間に入り、守りの構えを取った。コギトで拳を受け止める。ガウスジェイルも併用し、シャッターをこれ以上損傷させないようにする。
「貴女は何をしているの?」
「娘がさらわれたから追い掛けてきたのよ! 決まってるでしょう!」
女性は興奮している。智里がそれで鋭い顔つきになった。彼女は足下の男性の遺体を示して、糾弾する。
「殺したのは、貴女ですか? 連邦法にも死刑はありますけど、殺人を犯した人間なら一般人が殺して良いなんて法律はなかったはずです! 何で州警察を呼ばなかったんですか! 正義の味方なら、何人殺しても良いって言うんですか、貴女は!」
「アメリカでは他人の子どもに指一本でも触れたらとんでもないのよ。だから殺したの。殺されて当然よ!」
支離滅裂だ。反論にすらなっていない。レオンと智里は顔を見交わした。これ以上の説得は難しい。智里はエグリゴリを抜いた。
●合流
追われた一般人が、自衛のためにアプリをインストールする可能性は否めない。何より、少女が巻き込まれているとあってはその保護が最優先だ。歩夢と木綿花は、レオンの目配せを受けると、暴徒から離れて、シャッターを軽く叩いた。
「誰かいるか?」
「クリムゾンウェストから参りましたハンターです」
「ハンター!? 来てくれたの!?」
中から声がする。木綿花は聞いた覚えがあった。だがくぐもって個人を特定するには至らなかった。
「ああ。今、他から入れないか探す」
「多分どっかにドアがあるよ。こっちからも探す」
中の人間と、ハンター二人はドアを捜し始めた。歩夢が発見した。すぐにトランシーバーで反対側の木綿花を呼び戻す。ジェットブーツとアルケミックフライトを併用した彼女は、すぐにドアの傍に降り立った。金属製のドアだ。鍵は掛かっていない。歩夢は扉を開けた。
中は薄暗かった。天井で、オレンジ色の電球が灯っているだけだ。恐らくどこかに、他の灯りを付けるスイッチがあるのだろうが、すぐに見付けるのは難しい。木綿花は灯火の水晶球で屋内を照らした。
拳銃を持った女性が、ぎょっとしたようにこちらを見たが、さっきまで話していた相手と気付いてすぐに安堵の表情を見せた。持っていた銃を、腰のホルスターに戻す。同時に歩夢が声を掛けた。
「無事か?」
「無事だよ。クレア! 助けが来たよ!」
彼女が肩で息をしながら言うと、歩夢は頷いて見せた。
「もう大丈夫だ。俺たちが守る」
「頼もしい。お願いするよ。ろくな装備もないのにアレと戦うのは流石に無理」
「ナンシー様、木綿花です。覚えていらっしゃいますか?」
木綿花が進み出た。ナンシーと呼ばれた彼女は目を瞬かせると、ぱっと顔を明るくした。この前、カジノでのVOID討伐で窮地に陥った自分を助けに来てくれたハンターたちの一人だと気付いたのだ。
「あの時助けに来てくれた! また助けられたね」
「とんでもありません。あら……」
その時、倉庫の奥から、両手でスマートフォンを持った少女が現れた。まだ状況を把握しきれていないようで、困惑した顔をしている。
「悪い人は?」
そう問われて、歩夢と木綿花は顔を見合わせた。最初に彼女が邂逅したであろう「悪い人」は彼女の母親に殺されているし、今の「悪い人」は彼女の母親だ。
「外にいる」
歩夢は事実だけを答えた。
「まだ外に出ない方が良い。ここでじっとしているんだ」
「うん、わかった」
「こちら歩夢。中の人たちは無事だった。そっちはどうだ?」
外の智里とレオンに通信を入れるが、返事はない。外では依然物音がしている。格闘戦になって出られないのかもしれない。
「加勢してくる」
「はい、お気を付けて」
●拘束
エグリゴリを抜いた智里は、ガウスジェイルでレオンに引きつけられた女性に、エレクトリックショットを放った。電撃が女性を直撃する。
「ギッ!」
女性はそれで横合いに吹き飛んだ。智里は杖を油断なく構える。レオンはその隣に並んだ。シャッターから少しでも引き離さないとならない。守りの構えを取る。
女性は唸りながら立ち上がった。何故自分がレオンの方ばかり見てしまうのかはわかっていないだろう。再び人間離れした脚力でダッシュを決めた。レオンは息を吸い込んで、それを受ける。二人はその場に倒れ込んだ。
「レオンさん!」
「穂積さん! 今のうち!」
智里は再びエレクトリックショットを放った。レオンの上から女性は弾き飛ばされる。彼女はシャッター傍の地面にひっくり返って、ぴくぴくと震えていた。
「レオンさん大丈夫ですか!」
「大丈夫!」
智里はレオンの無事を確認すると、電撃でしびれた女性の上に馬乗りになった。がくがくと震えている。舌を噛みそうだし、意識を取り戻してから自害されても困る。本人のポケットに入っていたハンカチで猿ぐつわを噛ませる。レオンも押さえを手伝った。
「無事か?」
そこに歩夢が駆けつけた。倉庫の方は無事に済んだらしい。
「なんとか。本人の服で拘束します」
「いや、待てロープがある。意識は?」
「前後不覚、と言う感じだね。ロープで拘束してしまおう」
「……そこで倒れている男の人の事件もありますから、軍か州警察も動いているはずです」
「ああ……」
歩夢は頷いた。そして倉庫を見た。
「そうだな。子どもの方は今木綿花が見ていてくれてる。もう一人、彼女の顔見知りっぽい女の人もいた」
「木綿花さんの顔見知りですか」
「ウウ……」
母親が意識を取り戻した。自分の状況を察すると、拘束をふりほどこうと暴れる。
「浄龍樹陣で落ち着かないか? 試しても?」
「お願いします」
強化人間の暴走に浄化術は効かない。それは周知の事実ではあったが、もしイクシード・アプリがもたらす暴走が別の要因であるなら……。
「だめか……」
やはり、アプリをインストールした人間の暴走にも浄化術は適用されないらしい。彼女は依然、興奮したままだ。
「ウーッ! ウッ!」
歩夢は、彼女のジャケットのポケットからスマートフォンを取り出した。イクシード・アプリのアイコンが慎ましく画面の端に収まっている。
「これ、止められないか? とは言え迂闊なこともできないが……」
今のところ、アプリによる契約の破棄は方法がわかっていない。歩夢は難しい顔をしてしばらく画面を睨んでいたが、やがて空を見て、端末を離れたところに置いた。強化人間暴走の際に現れる、使徒とやらは今のところ姿が見えない。もし現れるようなら……その時はアプリのアンインストールか、端末の破壊も試すつもりだ。
「親子対面させたいのはやまやまだが、母親の暴れてる姿を見せるのは少々酷だな」
「そうだね……落ち着いてくれたら、娘さんに会わせてあげるのもありかなとは思ったけど」
レオンも頷いた。歩夢は、トランシーバーで木綿花に連絡を入れる。
「こちら歩夢。外の暴徒は拘束した。そっちはどうだ?」
「木綿花です。今のところ、何もありません。クレアちゃんがナンシー様の端末でアプリインストールを試みていたようですが、未完了のようです。これから反対側に一度出ます」
「そうか。間に合って良かった。そっちは頼む」
「えっ!? ナンシーさんなんですか!?」
驚いた様に智里は目を丸くした。
「穂積も知り合いか?」
「はい……そうだ、二人が反対側に行くなら、この惨状を見ることはないとは思いますが、念のためアースウォールで遮っておきますね。ここならご遺体も隠れるでしょうし」
「そうだな。様子を見に来た人がびっくりしてもいけない」
「様子を見に来た人が敵かもしれないしね」
レオンはそう言うと、立ち上がって自分にガウスジェイルを施した。智里はアースウォールを呼び出す。
歩夢は、徐々に体力を失って静かになる女性を見ながら、目を伏せた。
●他人の端末
一方、倉庫に残った木綿花は、安心させるようにクレアの目線に高さを合わせて、笑顔で話しかけた。
「クレアちゃんって言うのね? 私は木綿花です。そのスマートフォンは、あなたの?」
「ううん、これは……」
「あたしのだ。拾ってくれたの? ありがとね」
ナンシーが言った。木綿花は思わず彼女を見上げる。手を差し出すと、クレアはその掌に端末を置いた。アプリは「インストールしてください」の画面で止まっている。どうやらインストールは免れたらしい。ホーム画面にもそれらしきアプリはなかった。木綿花はほっと安堵の息を吐くと、誤ってインストールしないようにアプリストアを終了してから、端末をナンシーに渡した。
「お返しします」
「ありがとう。ねえ、外は……」
「軍か警察が到着するまでは、あちらに行かれない方がよろしいかと。反対側に出ましょう」
「うん……」
ナンシーは気遣わしげにクレアを見る。クレアも、状況が把握出来ないことに不安は覚えているようだが、流石に外で母親が大暴れしていたとは思っていないようだ。
「こちら歩夢。外の暴徒は拘束した。そっちはどうだ?」
「木綿花です。今のところ、何もありません。クレアちゃんがナンシー様の端末でアプリインストールを試みていたようですが、未完了のようです。これから反対側に一度出ます」
「そうか。間に合って良かった。そっちは頼む」
「えっ!? ナンシーさんなんですか!?」
通信機の向こうから、驚いた智里の声が聞こえた。
●夏至過ぎて
警察のパトカーと軍の車両が到着した。クレアの母親は駆けつけた軍にさらに拘束された上で連行される。ナンシーが顔を出すと、軍人たちは驚いた様だった。
「ナンシー! いつ復帰したんだ?」
「今日は一般人。カウンセラーの先生には怒られそう」
「復帰が延びるな」
「やめてよ」
男の死体も、担架で運び出された。ハンターたちは、警察と軍両方から事情を聞かれている。拘束に動いた智里とレオンが主に話し、歩夢と木綿花がそれを補足しつつ、倉庫内部のことも証言する。
「そうか……このアプリがあればハンター並みの力を得られると言うのは本当なのか……」
「ハンターはあんな風に暴走しない」
レオンが言った。
「もしあなたが、力がほしいと思っても、ボクはアプリを勧めることはできないな」
「わかってる」
その様子を見て、ナンシーは唇を噛んだ。彼女も、一般人の身の上であることを何度歯がゆく思ったかわからない人間の一人だ。
「アポストルとやらは出なかったな」
歩夢が空を見上げた。毎度毎度必ず出ると言うものでもないらしい。軍人が眉を寄せた。
「連中には困っている。VOIDを倒してくれるのは良いんだが、元が人間の強化人間も殺してしまうし、民間人を巻き込むこともあるからな」
「そうか……リアルブルーも大変だな」
やがて、軍の車は出発した。最後に乗り込んだ一人がナンシーに手を振る。彼女も振り返した。
「お元気そうで、何よりです。ナンシー様」
「ありがとう木綿花」
「今回もご無事で……クレアちゃんのお母様、どうなるのでしょうか」
「わからない……クリムゾンウェストでは、あのアプリのことはなんて?」
「契約破棄の方法はわかっていないと」
「わかったら教えて」
ナンシーはホルスターを軽く叩いた。
「これで解決するなら撃つよ」
「もう、無茶しないでくださいね」
智里が言う。彼女もまた、木綿花と同じくナンシーのピンチに駆けつけたハンターの一人だったのだ。
「穂積さんも知り合いだったんだよね」
レオンが二人の顔を見ながら言う。
「はい。この前より元気そうで安心しました」
「あんたたちとは初めてだね。ナンシー・スギハラ。こう見えて連合軍の曹長なんだ。今は休暇」
「レオンだよ。よろしく」
「歩夢だ。大変だったな」
レオンと歩夢に握手を求めたナンシーは、パトカーの傍で警察官に付き添われたクレアを見て目を細めた。この後、警察署に一緒に付き添うことになっている。父親が来るまでの間だ。
「クレアちゃん、これからどうなっちゃうんでしょう……」
智里が視線を追って呟いた。歩夢が、軍の車のテールランプを眺めて首を横に振る。
「ひとまず父親が来るって言うからどうにかなるだろ」
「お母さんの方は、アプリの解決方法が見つからないと、なんともならないね」
レオンもそれに頷いた。
「アポストルに襲われる可能性もあるしな」
「はい……」
木綿花が俯いた。
「ナンシーさんは絶対インストールしないで下さいね」
智里に言われて、ナンシーは頷いた。
「しないよ。あれはあんたたちとは違うものだってはっきりわかったからね。約束する」
「良かった」
ナンシーが呼ばれた、彼女はハンターたちに手を振って、パトカーに乗り込む。クレアは不安そうな顔で、ナンシーの服の裾を掴んだ。
パトカーが出発する。残されたハンターたちは、それを見送った。
日が傾き始めている。夏至も過ぎて、夜は少しずつ長くなり始めている。
目撃者に教えられた方向に走りながら、ハンターたちは懸念を口にした。
「子供を守るために追われた人だってアプリをインストールしてしまうかもしれないじゃないですか。どんなパンデミックですか、これ!」
と叫んだのは穂積 智里(ka6819)だ。木綿花(ka6927)もそれに同意する。
「このままでは悲しいことになります」
「やはりろくなもんじゃなさそうだな」
歩夢(ka5975)も渋い顔をしている。
「思った以上に混乱してるね。まずは目の前のことからなんとかしないとね」
レオン(ka5108)の言葉にハンターたちは頷いた。
●追跡者のノック音
薄い金属を拳で叩く大きな音が聞こえたから、彼らが場所を特定するのは用意だった。
「開けなさい! 開けろぉ!!! 開けろよ!!!! クレアを出しなさい!!!」
シャッターの向こうに、おそらくは少女を連れた通行人と言う人がいる。言動からして、現在シャッターを叩いているのは少女の母親の様だ。どうやら誤解があるらしい。
シャッターはすっかりひしゃげていて、破られるのは時間の問題だ。いくらアメリカが銃社会と言っても、中の人間が武装している保証はないし、一人で強化人間相手に渡り合えるかは微妙だ。
ただ娘の心配をしている母親であるなら落ち着いてください、だけで良いのだが、問題はその足下に転がっているスーツの男だ。話に聞いた殺人事件の容疑者だろう。あり得ない方向に身体がねじ曲がっている。裂傷から吹き出したらしい血液が、周辺の地面を汚していた。
「やめろ!」
レオンと智里が駆け寄った。レオンは振り返って、歩夢と木綿花に目配せをする。二人はそれで了解した。あとを任せて、レオンは女性を止めようと腕を伸ばすが払いのけられる。仕方ない。彼はソウルトーチを燃やした上で、シャッターと彼女の間に入り、守りの構えを取った。コギトで拳を受け止める。ガウスジェイルも併用し、シャッターをこれ以上損傷させないようにする。
「貴女は何をしているの?」
「娘がさらわれたから追い掛けてきたのよ! 決まってるでしょう!」
女性は興奮している。智里がそれで鋭い顔つきになった。彼女は足下の男性の遺体を示して、糾弾する。
「殺したのは、貴女ですか? 連邦法にも死刑はありますけど、殺人を犯した人間なら一般人が殺して良いなんて法律はなかったはずです! 何で州警察を呼ばなかったんですか! 正義の味方なら、何人殺しても良いって言うんですか、貴女は!」
「アメリカでは他人の子どもに指一本でも触れたらとんでもないのよ。だから殺したの。殺されて当然よ!」
支離滅裂だ。反論にすらなっていない。レオンと智里は顔を見交わした。これ以上の説得は難しい。智里はエグリゴリを抜いた。
●合流
追われた一般人が、自衛のためにアプリをインストールする可能性は否めない。何より、少女が巻き込まれているとあってはその保護が最優先だ。歩夢と木綿花は、レオンの目配せを受けると、暴徒から離れて、シャッターを軽く叩いた。
「誰かいるか?」
「クリムゾンウェストから参りましたハンターです」
「ハンター!? 来てくれたの!?」
中から声がする。木綿花は聞いた覚えがあった。だがくぐもって個人を特定するには至らなかった。
「ああ。今、他から入れないか探す」
「多分どっかにドアがあるよ。こっちからも探す」
中の人間と、ハンター二人はドアを捜し始めた。歩夢が発見した。すぐにトランシーバーで反対側の木綿花を呼び戻す。ジェットブーツとアルケミックフライトを併用した彼女は、すぐにドアの傍に降り立った。金属製のドアだ。鍵は掛かっていない。歩夢は扉を開けた。
中は薄暗かった。天井で、オレンジ色の電球が灯っているだけだ。恐らくどこかに、他の灯りを付けるスイッチがあるのだろうが、すぐに見付けるのは難しい。木綿花は灯火の水晶球で屋内を照らした。
拳銃を持った女性が、ぎょっとしたようにこちらを見たが、さっきまで話していた相手と気付いてすぐに安堵の表情を見せた。持っていた銃を、腰のホルスターに戻す。同時に歩夢が声を掛けた。
「無事か?」
「無事だよ。クレア! 助けが来たよ!」
彼女が肩で息をしながら言うと、歩夢は頷いて見せた。
「もう大丈夫だ。俺たちが守る」
「頼もしい。お願いするよ。ろくな装備もないのにアレと戦うのは流石に無理」
「ナンシー様、木綿花です。覚えていらっしゃいますか?」
木綿花が進み出た。ナンシーと呼ばれた彼女は目を瞬かせると、ぱっと顔を明るくした。この前、カジノでのVOID討伐で窮地に陥った自分を助けに来てくれたハンターたちの一人だと気付いたのだ。
「あの時助けに来てくれた! また助けられたね」
「とんでもありません。あら……」
その時、倉庫の奥から、両手でスマートフォンを持った少女が現れた。まだ状況を把握しきれていないようで、困惑した顔をしている。
「悪い人は?」
そう問われて、歩夢と木綿花は顔を見合わせた。最初に彼女が邂逅したであろう「悪い人」は彼女の母親に殺されているし、今の「悪い人」は彼女の母親だ。
「外にいる」
歩夢は事実だけを答えた。
「まだ外に出ない方が良い。ここでじっとしているんだ」
「うん、わかった」
「こちら歩夢。中の人たちは無事だった。そっちはどうだ?」
外の智里とレオンに通信を入れるが、返事はない。外では依然物音がしている。格闘戦になって出られないのかもしれない。
「加勢してくる」
「はい、お気を付けて」
●拘束
エグリゴリを抜いた智里は、ガウスジェイルでレオンに引きつけられた女性に、エレクトリックショットを放った。電撃が女性を直撃する。
「ギッ!」
女性はそれで横合いに吹き飛んだ。智里は杖を油断なく構える。レオンはその隣に並んだ。シャッターから少しでも引き離さないとならない。守りの構えを取る。
女性は唸りながら立ち上がった。何故自分がレオンの方ばかり見てしまうのかはわかっていないだろう。再び人間離れした脚力でダッシュを決めた。レオンは息を吸い込んで、それを受ける。二人はその場に倒れ込んだ。
「レオンさん!」
「穂積さん! 今のうち!」
智里は再びエレクトリックショットを放った。レオンの上から女性は弾き飛ばされる。彼女はシャッター傍の地面にひっくり返って、ぴくぴくと震えていた。
「レオンさん大丈夫ですか!」
「大丈夫!」
智里はレオンの無事を確認すると、電撃でしびれた女性の上に馬乗りになった。がくがくと震えている。舌を噛みそうだし、意識を取り戻してから自害されても困る。本人のポケットに入っていたハンカチで猿ぐつわを噛ませる。レオンも押さえを手伝った。
「無事か?」
そこに歩夢が駆けつけた。倉庫の方は無事に済んだらしい。
「なんとか。本人の服で拘束します」
「いや、待てロープがある。意識は?」
「前後不覚、と言う感じだね。ロープで拘束してしまおう」
「……そこで倒れている男の人の事件もありますから、軍か州警察も動いているはずです」
「ああ……」
歩夢は頷いた。そして倉庫を見た。
「そうだな。子どもの方は今木綿花が見ていてくれてる。もう一人、彼女の顔見知りっぽい女の人もいた」
「木綿花さんの顔見知りですか」
「ウウ……」
母親が意識を取り戻した。自分の状況を察すると、拘束をふりほどこうと暴れる。
「浄龍樹陣で落ち着かないか? 試しても?」
「お願いします」
強化人間の暴走に浄化術は効かない。それは周知の事実ではあったが、もしイクシード・アプリがもたらす暴走が別の要因であるなら……。
「だめか……」
やはり、アプリをインストールした人間の暴走にも浄化術は適用されないらしい。彼女は依然、興奮したままだ。
「ウーッ! ウッ!」
歩夢は、彼女のジャケットのポケットからスマートフォンを取り出した。イクシード・アプリのアイコンが慎ましく画面の端に収まっている。
「これ、止められないか? とは言え迂闊なこともできないが……」
今のところ、アプリによる契約の破棄は方法がわかっていない。歩夢は難しい顔をしてしばらく画面を睨んでいたが、やがて空を見て、端末を離れたところに置いた。強化人間暴走の際に現れる、使徒とやらは今のところ姿が見えない。もし現れるようなら……その時はアプリのアンインストールか、端末の破壊も試すつもりだ。
「親子対面させたいのはやまやまだが、母親の暴れてる姿を見せるのは少々酷だな」
「そうだね……落ち着いてくれたら、娘さんに会わせてあげるのもありかなとは思ったけど」
レオンも頷いた。歩夢は、トランシーバーで木綿花に連絡を入れる。
「こちら歩夢。外の暴徒は拘束した。そっちはどうだ?」
「木綿花です。今のところ、何もありません。クレアちゃんがナンシー様の端末でアプリインストールを試みていたようですが、未完了のようです。これから反対側に一度出ます」
「そうか。間に合って良かった。そっちは頼む」
「えっ!? ナンシーさんなんですか!?」
驚いた様に智里は目を丸くした。
「穂積も知り合いか?」
「はい……そうだ、二人が反対側に行くなら、この惨状を見ることはないとは思いますが、念のためアースウォールで遮っておきますね。ここならご遺体も隠れるでしょうし」
「そうだな。様子を見に来た人がびっくりしてもいけない」
「様子を見に来た人が敵かもしれないしね」
レオンはそう言うと、立ち上がって自分にガウスジェイルを施した。智里はアースウォールを呼び出す。
歩夢は、徐々に体力を失って静かになる女性を見ながら、目を伏せた。
●他人の端末
一方、倉庫に残った木綿花は、安心させるようにクレアの目線に高さを合わせて、笑顔で話しかけた。
「クレアちゃんって言うのね? 私は木綿花です。そのスマートフォンは、あなたの?」
「ううん、これは……」
「あたしのだ。拾ってくれたの? ありがとね」
ナンシーが言った。木綿花は思わず彼女を見上げる。手を差し出すと、クレアはその掌に端末を置いた。アプリは「インストールしてください」の画面で止まっている。どうやらインストールは免れたらしい。ホーム画面にもそれらしきアプリはなかった。木綿花はほっと安堵の息を吐くと、誤ってインストールしないようにアプリストアを終了してから、端末をナンシーに渡した。
「お返しします」
「ありがとう。ねえ、外は……」
「軍か警察が到着するまでは、あちらに行かれない方がよろしいかと。反対側に出ましょう」
「うん……」
ナンシーは気遣わしげにクレアを見る。クレアも、状況が把握出来ないことに不安は覚えているようだが、流石に外で母親が大暴れしていたとは思っていないようだ。
「こちら歩夢。外の暴徒は拘束した。そっちはどうだ?」
「木綿花です。今のところ、何もありません。クレアちゃんがナンシー様の端末でアプリインストールを試みていたようですが、未完了のようです。これから反対側に一度出ます」
「そうか。間に合って良かった。そっちは頼む」
「えっ!? ナンシーさんなんですか!?」
通信機の向こうから、驚いた智里の声が聞こえた。
●夏至過ぎて
警察のパトカーと軍の車両が到着した。クレアの母親は駆けつけた軍にさらに拘束された上で連行される。ナンシーが顔を出すと、軍人たちは驚いた様だった。
「ナンシー! いつ復帰したんだ?」
「今日は一般人。カウンセラーの先生には怒られそう」
「復帰が延びるな」
「やめてよ」
男の死体も、担架で運び出された。ハンターたちは、警察と軍両方から事情を聞かれている。拘束に動いた智里とレオンが主に話し、歩夢と木綿花がそれを補足しつつ、倉庫内部のことも証言する。
「そうか……このアプリがあればハンター並みの力を得られると言うのは本当なのか……」
「ハンターはあんな風に暴走しない」
レオンが言った。
「もしあなたが、力がほしいと思っても、ボクはアプリを勧めることはできないな」
「わかってる」
その様子を見て、ナンシーは唇を噛んだ。彼女も、一般人の身の上であることを何度歯がゆく思ったかわからない人間の一人だ。
「アポストルとやらは出なかったな」
歩夢が空を見上げた。毎度毎度必ず出ると言うものでもないらしい。軍人が眉を寄せた。
「連中には困っている。VOIDを倒してくれるのは良いんだが、元が人間の強化人間も殺してしまうし、民間人を巻き込むこともあるからな」
「そうか……リアルブルーも大変だな」
やがて、軍の車は出発した。最後に乗り込んだ一人がナンシーに手を振る。彼女も振り返した。
「お元気そうで、何よりです。ナンシー様」
「ありがとう木綿花」
「今回もご無事で……クレアちゃんのお母様、どうなるのでしょうか」
「わからない……クリムゾンウェストでは、あのアプリのことはなんて?」
「契約破棄の方法はわかっていないと」
「わかったら教えて」
ナンシーはホルスターを軽く叩いた。
「これで解決するなら撃つよ」
「もう、無茶しないでくださいね」
智里が言う。彼女もまた、木綿花と同じくナンシーのピンチに駆けつけたハンターの一人だったのだ。
「穂積さんも知り合いだったんだよね」
レオンが二人の顔を見ながら言う。
「はい。この前より元気そうで安心しました」
「あんたたちとは初めてだね。ナンシー・スギハラ。こう見えて連合軍の曹長なんだ。今は休暇」
「レオンだよ。よろしく」
「歩夢だ。大変だったな」
レオンと歩夢に握手を求めたナンシーは、パトカーの傍で警察官に付き添われたクレアを見て目を細めた。この後、警察署に一緒に付き添うことになっている。父親が来るまでの間だ。
「クレアちゃん、これからどうなっちゃうんでしょう……」
智里が視線を追って呟いた。歩夢が、軍の車のテールランプを眺めて首を横に振る。
「ひとまず父親が来るって言うからどうにかなるだろ」
「お母さんの方は、アプリの解決方法が見つからないと、なんともならないね」
レオンもそれに頷いた。
「アポストルに襲われる可能性もあるしな」
「はい……」
木綿花が俯いた。
「ナンシーさんは絶対インストールしないで下さいね」
智里に言われて、ナンシーは頷いた。
「しないよ。あれはあんたたちとは違うものだってはっきりわかったからね。約束する」
「良かった」
ナンシーが呼ばれた、彼女はハンターたちに手を振って、パトカーに乗り込む。クレアは不安そうな顔で、ナンシーの服の裾を掴んだ。
パトカーが出発する。残されたハンターたちは、それを見送った。
日が傾き始めている。夏至も過ぎて、夜は少しずつ長くなり始めている。
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相談スレッド 穂積 智里(ka6819) 人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/08/27 21:24:40 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/08/25 15:39:58 |