「ヤバイ……ルミちゃんマジ、ピンチなんだけど」
　仕事終わりのハンターオフィス。
　自らのデスクに突っ伏すように身を預けながら新米受付嬢ルミ・ヘヴンズドアは低く唸るようにそう呟いた。
　事の発端はオフィスの先輩のモア・プリマクラッセ(kz0066)であった。
　12/18が彼女の誕生日であったのだがここ最近のＣＡＭの公開実験だなんだで忙しく、ろくにお祝いもできて居なかった。
　仲の良い友人の手前、流石にそれはアカンべよ。ちゃんとお祝いがしたい、と遅れても誕生パーティをしようと同僚のイルムトラウト・イトゥリツァガ(kz0067)と共に企画を練ることになったのだが――
「マジ、ヤバイんですけど……」
　計画の段取りとしては、イルムがプレゼントを準備している間にルミがパーティそのものの準備をする。
　イルムとしても普段『ああ』なルミならそう言うのも得意だろう（一方、自分がそう言うのを苦手としているのもあるが）と思い、安心してプレゼント選びに力を注いでいるものの問題が発生した。
　ルミ自身も、そう言うことを全くもってした事が無かったのだ。
　モアは（ついでに言えばイルムも）基本は無表情の外見クール＆ドライ。
　そんな彼女をどうにかして「あっ」と言わせたい。
　あわよくばいつもと違う表情を見たい、と気持ちは先行するのだが、生まれてこの方誕生パーティを企画して貰ったことはあっても企画した事が無い。
　どうすればあの無表情な先輩を驚き喜ばせる事ができるのかと、考えれば考えるだけアイディアは難航して行くのである。
「あ～、もうムリ！　ルミちゃんの灰色の脳細胞も限界！」
　頭を掻き毟りながら、デスクに積まれた白紙の依頼書を１枚手に取る。
「そう言えばイルムさんもハンターさんに手伝って貰うって言ってたし……パーティ準備するのも1人じゃ限界があるよね？」
　そう自分に言い聞かせるようにして、依頼書に羽ペンを走らせた。

　楽をするためじゃない。
　先輩を喜ばせたい気持ちは本物なのだ。
　こんな気持ちはリアルブルーでの生活以来久しぶりの事で、自分自身も戸惑うほどであった。
　だからこそ焦りもするし、いい案が思い浮かばない自分にむしゃくしゃもする。
　それでも、そんな気持ちを押し込めて彼女は書類に自らの受付印を押すのだ。
　手段よりも結果が大事だと、今の彼女はそう思ったから。
　
　――大切な先輩の誕生パーティを成功させるために。

●準備は余念なく
「忘年会、ですか？」
　その日一日のオフィスでの仕事を終えたモア・プリマクラッセは帰りがけの準備をしていた際に、同僚のルミ・ヘブンズドアに呼び止められた。
「はい！　リアルブルーの年末の風習で、職場ごとに１年の苦労を労わってパーティを開くんです。それを忘年会って言って、モアさんもどうかなぁって」
　ルミはいつものぶりっ子スマイル全開で、下からのぞき込むような目線をモアへと送る。

　――リアルブルーじゃ、商売人は年末にボーネンカイをやる風習があるって言えば、興味を持つんじゃね？

　そうアドバイスをしたのは、ジャック・エルギン(ka1522)であった。今日はかねてより準備を進めていたモアの誕生パーティ。
　それをルミの願いでサプライズパーティにしたいと依頼が出されてから５日。ハンター達は様々な準備を進めて来た。

　そう、今日は作戦決行の日。
　題して『無表情でも無感動じゃない！　モアのサプライズ誕生パーティ　冬の陣（ルミ命名）』。
　沢山のハンター達の協力の下、ついにこの日がやって来たのだ。
「職場ごと、と言うとオフィスの皆さんと？」
「そ、そんな所ですね♪」
　とりあえず笑顔で取り繕う。
　少なくともイルム――イルムトラウト・イトゥリツァガも居るし、ハンター達も良くオフィスを訪れてくれるので嘘は言っていない。
「今後の商会での参考にもなりそうですね。勉強のつもりで参加してみましょう」
　モアがそう言うと、ルミは肩の荷が下りたようにほっと一息。
　が、すぐに笑顔でその手を引くと、半ば引っ張るようにして会場の応接室を目指すのであった。

「――あっ。ルミさん、モアさんを連れてこっちに来るみたいなの」
　応接室の扉の影からオフィスの様子を伺っていたリリア・ノヴィドール(ka3056)は落ち着きを見せつつも、どこか浮かれた様子で応接室内の面々に報告を行う。
「モア嬢を釣る事ができたようだな。ならば首尾通りに行くとしようじゃないか」
　そう、企みを秘めたような乾いた笑みを浮かべながら、久延毘　大二郎(ka1771)が応える。
　サプライズパーティである以上企みは秘めているもので、そのマッドサイエンティスト的な風貌の久延毘の姿は状況にマッチしているようにも見えた。
　が、そんな姿で律儀にコップをテーブルに並べているのだから、どこか微笑ましい。
「ジャックさん、くす玉の準備はOKかな？」
「おう、バッチリだ。ハンドメイドだが、中々の出来栄えだぜ」
　軽く摘まめるお菓子類をテーブルに並べながら、天竜寺　詩(ka0396)は天井と格闘していたジャックへと声を掛ける。
　この応接室は普段からオフィスの設備として利用されていたため、何日も前から準備をしていては何事かとモアに感づかれる可能性もあった。
　そのため部屋の飾りつけは、パーティ直前に急ピッチで進められていたのであるが、それも何とか終了。
　巻いたバンダナを解いて額の汗を拭うジャックの頭上には、今回の『タネ』となる大きな玉が吊り下げられていた。
「定番ですが、こういうのが無いと始まりませんよね」
　テーブルの準備を手伝いながら静かにそう口にしたイルムに、ジャックは「だろ？」と頷き返す。
「こう、目の前にある紐は引いてみたくなるのが人情ってヤツだな」
　くす玉から伸びるタネ明かしの紐を見つめながら、イレーヌ(ka1372)がふとそんな事を呟いた。
「今から片づけて中身を詰め直す時間はありませんから、我慢してくださいよ？」
　イレーヌの呟きに苦笑交じりに返す天央　観智(ka0896)であったが、どこか本気にも見えるその瞳に若干ひやひやとさせられる。
「まあ、冗談だ。気にするな」
　そう言うもののもう一度だけちらりと紐のほうを向いてひとしきり天央をドキリとさせると、小さく笑みを浮かべながら自分たちの準備のために詩の方へと合流した。

●Happy Birthday to You
「は～い、モアさん入って入って」
　ルミがやや強引にモアを部屋へと押し込む。そんな彼女が目にするのは、応接室の中に並んだイルムとハンター達であった。
「イルムさん、お先にいらっしゃいましたか。職場の、と聞いていましたがハンターの皆さんもご一緒なのですね……？」
　比較的違和感もなく状況を受け入れるモアであったが、ニコニコと笑みを浮かべながら静かに自分を出迎えた応接室の面々を前に少々首を傾げて見せる。
「は～い、モアさんコレ持って！」
　ここまで来たらあとは勢いだ、と無理やりモアに天井からぶら下がる紐を持たせるルミ。
「これはどういう趣向で？」
「まあ、余興だ余興。景気よく引っ張ってくれよ」
　そんな勢いにも物おじせずある種マイぺースなモアにジャックがそう口添える。
　断る理由も無いのだろう、どこか訝しげな様子ながらも持たされた紐をピンと引っ張るモア。
　同時に天井の玉が割れ、色とりどりの紙吹雪と共に１枚の垂れ幕が降り注いだ。

　――Happy Birthday Moa.

　同時に詩とイレーヌが一歩前に出て、静かにアカペラで旋律を奏でる。

『Happy birthday to you,
　Happy birthday to you,
　Happy birthday, dear Moa,
　Happy birthday to you.』

　息の合った、美しい２人の歌声で奏でるバースディソング。
　続けて、その後をなぞるようにして集まった全員でもう一度歌詞を歌い上げる。
　小さな合唱団のハーモニーが、オフィスに響き渡った。
「「モアさん、誕生日おめでとう！」」
　そうして拍手と共に明かされるパーティの趣旨。
　思い思いに「おめでとう」の言葉がモアへと送られた。
「これは……」
　さすがのモアも想定外の事態であったのか、少し目を丸くしたようにも見えたがその表情は相変わらず。
　ただ、うんともすんとも言わない時間が流れた後に一言。
「ルミさん、ですね」
　とそう、いつもの調子で口を開いた。
「まったく……こんなことのためにハンターの皆さんの力を借りるのは、公私混同ですよ」
　そう言う口調は、普段通りの冷めたもの。
　自分が怒られているのだと気付いたルミは、ばつが悪そうに視線を逸らした。
「まあ、そう言わないであげてください。彼女も――いえ、彼女達も一生懸命だったんですから」
　間に入って宥めるように天央が優しい口調でそう口添える。
「いえ、ただでさえルミさんはよく自己都合の依頼を出されますから……たまにしっかりお灸を据えなくちゃいけません」
　と、モアはそう彼に言葉を返すも、後ろの方で珍しくそのメガネの奥に不安げな瞳を見せるイルムとルミとを見比べて、小さくため息をついた。
「でも、こうやって私の誕生日を祝おうとしていただけるだけで嬉しいです。ありがとうございます」
　そう、表情や声のトーンこそ変わらないものの、その言葉には確かに彼女の喜びの気持ちが表れているような気がした。
「よーし、じゃあお料理食べようよ！　モアさんのためにいっぱい作ったんだよ～♪」
「えっと、お米のサラダに、餡かけお焦げなの」
　詩とリリアが給仕場からできたての料理を運んでくる。
「極めつけは自信作、米粉のバースディケーキだよ♪」
「お米料理がいっぱいですね」
「ルミさんに、モアさんいつもおにぎり食べているって聞いたからお米が好きかなって思ったの」
「なるほど……ご飯時に視線を感じると思ったら」
　モアはちらりとルミの方を見ると、ルミはドキリとして鳴らない口笛を吹いてみせた。
「確かにいつもおにぎりを食べていますが……実は、お米が好きと言うわけでは無いのです」
「え、そうなの！？」
「はい、空いた時間で素早く食べられると言う意味では確かに好きで愛用していますが……」
　そう言いながら、パチパチとはじけるアツアツのお焦げを口へ運ぶ。
「でも、ありがとうございます。とても美味しいですよ」
「ならよかった～。どんどん食べてね♪」
　そう言って詩は満面の笑みで料理を取り分け始めた。
「よっしゃ、じゃあ景気づけに酒場で船乗りに絶賛の歌を歌ってやんよ」
　不意にジャックは立ち上がると、その辺にあった箸をマイク代わりに声を張り上げた。
　拳を握りしめ、魂を込めて歌うその歌は……お世辞にも上手いとは言えない。
「何というか……独創的な歌ですね？」
　天央が必死に捻りだしたようなコメントをするも、その苦笑っぷりからなんとなく空気は察するジャック。
「あっれおかしーな、酒飲み連中にゃ好評なんだぜ？」
　そう、頭を掻きながらジャックは首を傾げる。
　確かに酒場ではウケるかもしれない。ノリと勢い的に。
「いえ、元気の出て良い歌だと思いますよ」
「だろ？　まぁ、詩やイレーヌの二人のようには行かないけどよ。つうわけで、二番手は頼んだぜ詩、イレーヌ！」
　そう振られてイレーヌはグラスの中身を飲み干すと、詩と顔を見合わせて静かに立ち上がる。
「リクエストとあっては仕方ないな。もう何曲か披露しようか」
　そう言って口ずさむように静かに歌い上げる曲は伴奏も無くとても素朴なものではあったが、その分彼女たちの美しい音色が直に心に沁みわたる。
　そうして１曲を歌い上げる毎に、誰からでも無く拍手が沸き起こるものだった。
　そんな曲のプレゼントを、モアは相変わらずの無表情ながらも静かに、聞き入るように楽しんでいた。
「しかし、本当にいつの間にか準備をしていたのですね。まったく気がつきませんでした」
「それは、本当に苦労したのですよ」
　勘の鋭いモアの目を掻い潜って準備を進める事には、本当に骨が折れた。
　念入りな工作――自らの扱うもの以外も多くのハンターの依頼に目を通すモアの性格上、依頼の隠ぺいは免れる事ができない。そういった隠ぺい工作は概ね天央が行ってくれて居たが、やはりこれがなかなか大変であった。
「本当に、ハンターの皆さんには驚かされます」
　それはハンター好きの彼女の本心の言葉であったのだろうか。
　どこか人間らしい彼女の気持ちを、その言葉の端に感じ取る事が出来ていたことだろう。

●それぞれのパーティ
「誕生パーティ、か……」
　給仕場から追加の飲み物とお菓子を運ぶ道中、応接室の笑い声を遠巻きに聞きながら久延毘はボソリと呟いた。
　今回、会場準備やパーティ中に至るまで徹底して裏方を演じていた久延毘。
　理屈で人を喜ばせる事は難しい。
　だからこそ、彼女たちの純粋な想いでモアを喜ばせて欲しい。
　自分が、かつてそれが出来なかった大馬鹿者だったからこそ、そう願うのだ。
「説得力は無いだろうがね」
　そう言って飲み物の瓶を抱え直すと歩き出――そうとして、ビクリとその歩みを止めた。
「私も、手伝いますか？」
　自分の顔を覗き込むように、ルミが目の前に立っていた。
「……危うく取り落す所だったぞルミ君。私は今、前方の視界が悪いのだ」
「ああ、ごめんなさいっ☆」
　そうてへっと舌を出して見せるルミは半ば強引に奪い取るように、久延毘の荷物を半分ひったくった。
「久延毘さん、お料理全然食べてませんよね。美味しいのに」
「私は裏方だ。問題あるまい――」
「ダメですよ～！」
　久延毘の言葉を途中で遮るように、ルミの言葉が割って入った。
「皆楽しんでくれなきゃ、モアさんだってきっと心から楽しめないです！」
「それはだな……」
　が、言葉は返せなかった。
　それはある種、図星を突かれたようで……返す言葉が無かったのだ。
　そんな久延毘の様子を見てルミはそっと瞳を閉じると、静かにその瞼を開く。
「願いがあるなら自分から掴みに行かなきゃ。その機会と場所が、今のあんたにはあるんだから」
　そう、出会ってから今まで見たことも無いようなルミの表情で言われ、久延毘は一瞬自分の目を、そしてこの状況を疑った。
　が……ふと我に返ると、ルミは変わらぬ営業スマイルで自分を見つめているだけであった。
「ほら、戻りますよ～♪」
　そう、彼女に先導され久延毘は賑やかなパーティの喧騒へと再びその身を潜らせていく。
　この依頼を受けた本当の理由は、自らの心に仕舞い込んでおくことにして。

「じゃあ、ここでお待ちかね、プレゼントの進呈で～す！」
　宴もたけなわになった頃、そう高らかに宣言した詩の声に後押しされ、今まで給仕に走っていたイルムはおずおずとモアの前に立った。
　彼女に負けじと無表情ながらバツが悪そうに視線をそらして頬を掻く。
「ええと……すみません。これ、私一人で決めたものではないんです」
　そう言って差し出した和紙を折って編むように作られた包装。手作りの暖かさ溢れるその中には、幾つかの筆記用具小さな木箱が込められていた。
「その、お誕生日のプレゼントです。私も依頼で……ハンターの皆さんに手伝って頂いて、ようやく選んだんです」
　ルミが怒られた手前隠すのも忍びない。初めにそれだけは断っておかなければならなかった。
　ハンターの力を借りたのは彼女も同じだった。自分の感性では本当に喜んでもらえるプレゼントは選べない……そう思っての苦肉の策であった。
　中でも明らかに質の違うペンを示して、イルムは言う。
「万年筆です。話したことはありますよね。私のお気に入りです……あ、新品ですよ？」
　書きやすくインクが滲まずキレがいい、イルム一押しの高級品。
　木目調の意匠と適度な重量感が上品なペンだった。
　シャープペンシルと替芯と消しゴムのセット。これもイルムが普段使いする良品。

　――西方にはなく、価値も高く、常用できるもの。

「二人とも、個人として誕生日を喜んで頂きたいと、そう願って準備を進めていたんです」
「だから俺達もそれに応えたかったんだ。俺達が準備したわけじゃねぇんだが、貰ってくれないか？」
　そう、天央とジャックがイルムの後押しをする。
「お誕生日、おめでとうございます」
　ハンター達に見守られて渡されたイルムからのプレゼント。
　モアはそれを受け取ると一押しの万年筆を眺めた後に、イルムに向き直る。
「筆記用具、実は前から欲しいと思っていたんです。本当に、ありがとうございます」
「――よかった」
　そう言いながらイルムは張りつめていた空気を一気に吐き出すように息を吐くと、ほんの少しだけ微笑んでいた。
「よかったね、イルムさん♪」
「ホント、ルミちゃんもヒヤヒヤだったよ～」
　詩とルミがキャッキャとはしゃぎながらイルムへと詰め寄った。
　そんな二人に、イルムはただただ静かに頷き返す。
「皆さんも、本当にありがとうございました。こんなに良くして頂いて……思い出に残る、誕生パーティになりました」
　そう言って受付嬢の、そして商人のそれらしい綺麗なお辞儀でハンター達に応えるモア。

　頭を上げた彼女の顔は……光の加減だろうか、ほんの僅かながら笑っているようにも見えたという。