ゲスト
(ka0000)
【空蒼】選ばれぬことを、選べない
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/08/28 22:00
- 完成日
- 2018/09/01 18:04
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
──なんでクリムゾンウェストは、俺なんか選んだんだろうな。
「……小野派一刀流はね。不器用な流派だと思うんだ。幕府に剣術指南役として召し抱えられた後も、徹底して剣術は斬り合いの技それだけであるということを曲げなかった。結果として、太平の世には合わなくて、精神修養に重きをおき安全な稽古を開発した柳生新陰流が厚遇されることになった。──どちらも賛否あると思うけど、立場の変化に、時代の流れに、変わるもの、変わらないもの……このところ、良く考える」
舞台劇『新撰組 裏譚』。新撰組を題材にした物語というとありふれているが、つまり、それだけ可能性と魅力を秘めた素材ということでもあるのだろう。本作で話の中心となるのは「芹沢 鴨」および「山南 敬助」──「幹部の地位にいながら粛正された者」である。
彼らはただ惨めな敗北者で、厄介者だったのか? 活躍の裏側で、影に追いやられたものたち。そこにも、『人物』が、『信念』があったこと。その死にも込められた意味があったことを、山南をストーリーテラーとし、試衛館の面々の京都出発から彼の切腹までを描く……そんなストーリーである。
そんな舞台が、本日も無事終幕した。
「伊佐美さん、伊佐美さーん」
呼ばれて、伊佐美 透ははっと目を見開く。楽屋で半分意識が飛んでいたらしい。
「ああ……梨山くん、ごめん……」
「いや、大丈夫ですけどね。そっちは大丈夫ですか」
「ああうん。ごめん。本当に気が抜けただけだから」
それは実際、そうなのだと思う。覚醒者がこれくらいでへばったりはしない。ただ、終わって安心して、精神的な疲れがどっときた。今回、彼が演じた山南 敬助役は、普段から見ても台詞が長いし多かった。勿論、その分やりがいもあるのだが。……うん。やりがいは、あった。今この時に、この話、この役。
そして、それから。
「……今回、ハンターの皆さんにかかってる心労は、劇の事だけじゃないですもんね」
以前も共演したことのある梨山 修二は、申し訳なさそうに言った。
地球に直接転移してくるVOID。イクシード・アプリによる混乱。世界の情勢は確実に不安定になっている。とあるアイドルのファンイベントでは、アプリインストール者が「君の事は僕が守る!」などと迫るという事件もあり、人を集めるようなイベントは控えるような動きも出てきている。
この舞台を続行する、と判断されたのは、出演者にもハンターが居る、という面は小さくなかった。万が一、公演中に不埒な行動を起こす者が居ても、同じ舞台上から守りに入ることが出来る。そういう意味で、ただ舞台上に居る以外の緊張感もあったのは、確かだ。
「まあ本当、無事に終わってよかったよ」
それすらも、終わってしまえば疲労は心地よい充足感に変わる。そう言って笑おうとして──
「イクシード・アプリ……俺も入れた方がいいんでしょうか?」
「いや待て! 駄目だ!」
修二がそう言い出したとき、眠気も一気に吹っ飛んで慌てて言い返した。急な強い口調に、修二は目を丸くする。
「……あれは危険なんだ。ナディア総長は偽物で……実際にはVOIDと契約させられるものだって確認されてる」
「あ……やっぱり、そういうもんですか……」
未だにインストールしていない、ということは、怪しげだという認識はあったのだろう。知り合いのハンターから言われたことで納得しつつも、そこに落胆は混ざっていた。
「……ていうか君が何言ってるんだ。変に力なんてあったら日常感覚狂うし、それを散々ツッコんでくるの君じゃないか」
稽古中、何か透が異世界感覚の「ズレた」ことを言い出すと、それを指摘するのは大体修二だった──今回もそうやって、覚醒者とそうでない者の間の溝を、むしろ埋めてくれていた。
「そりゃ言いましたけど……憧れの裏返しも、ありましたよ。やっぱり」
「憧れ、なあ……」
呟き返して、そんないいもんじゃないよ、少なくとも俺は、と、ポツリと言った。
「今の状況に、半端な力なんてある方がしんどいけどな。もっと上手くやれたんじゃないかとか──いや、そんな殊勝でもないな俺は。正直、こんなの俺にどうしろってんだよ、って思ってるよ」
関わったことには、精一杯やってきたつもりだった。なのに、状況は悪化していく。役に立ててるのかと疑問に思うのに、何か起こればそれを無視するのもしんどい。なまじ力があるせいで。
他でもない自分自身に、この力があってよかったなんて思えたのは。
「それこそ……この舞台が中止にならなかったことが、今までで一番かなあ」
それはやっぱり、思って。それでもだから、自分はこの力で英雄になりたいのかと言われれば別に、だ。他に誰か居るなら、今回だって、役者としてただ守られて、役に専念出来る方が良かった。
「そういう……もんですかね」
修二の声は落胆より納得が大きかったと思う。彼も役者だ。求めることは公演が続けられること、それが当たり前の世界、それなのだろう。一先ずアプリの使用を諦めてくれたなら、それでいい。
●
──だから、英雄になりたい訳じゃないんだ。
なのにどうしてこうなるのだろう。
解散して、帰還までの時間をどうするか。適当に過ごしていたら……近くで騒ぎが起きた。ここ最近で起きるようになった、VOIDの、直接転移。現れたのは良く見る小型が数体のようだが、町を行く人々には十分すぎる驚異だろう。そうして、ざわめく人々の口からは、悲鳴と共に──「アプリを使うしか」「誰かアプリを」、そんな言葉が聞こえてきて。
咄嗟に、敵の群れに飛び込みながら叫んでいた。
「無理に戦う必要は無い! ここにハンターが居ます! 任せて避難してください!」
倒れている人に向かう攻撃をねじ曲げて引き寄せる。近くの一体に向かって踏み込んで斜めに斬り下ろす。すぐさま身体と刃を切り返し、横から迫る別の個体を動きで牽制する。
多少動きに見栄を張った。アプリに揺れる人たちを安心させようとしたのもあるが、手にする剣が普段よりずっと小降りなせいで自分自身心許ないのを振り払うためでもあった。……のだが。
次に聞こえてきたのは「やっぱりハンターは格好いいなあ」「アプリを使えば俺にもあの力が……」そんな声だった。
……だから。何でそうなる! ホントどうしろってんだよ!?
正直。一瞬思った。もうやってられっか。相手の周到な仕込みに対してこっちは後手後手すぎるだろう。
だけど。
だけど。
それで本気で投げ出そうと思うと過っていくものがある。先程までの舞台の余韻。尊敬してやまない俳優。ファンになってくれた人。もうこんな世界どうなったって知るかと言わせてくれない、愛すべきもの。
結局。それでも自分には力があると自覚している以上、ここで戦わない選択肢など有り得ないのだ。例え勝手に選らばれたのだとしても……それは、自分の意志だった。
「……小野派一刀流はね。不器用な流派だと思うんだ。幕府に剣術指南役として召し抱えられた後も、徹底して剣術は斬り合いの技それだけであるということを曲げなかった。結果として、太平の世には合わなくて、精神修養に重きをおき安全な稽古を開発した柳生新陰流が厚遇されることになった。──どちらも賛否あると思うけど、立場の変化に、時代の流れに、変わるもの、変わらないもの……このところ、良く考える」
舞台劇『新撰組 裏譚』。新撰組を題材にした物語というとありふれているが、つまり、それだけ可能性と魅力を秘めた素材ということでもあるのだろう。本作で話の中心となるのは「芹沢 鴨」および「山南 敬助」──「幹部の地位にいながら粛正された者」である。
彼らはただ惨めな敗北者で、厄介者だったのか? 活躍の裏側で、影に追いやられたものたち。そこにも、『人物』が、『信念』があったこと。その死にも込められた意味があったことを、山南をストーリーテラーとし、試衛館の面々の京都出発から彼の切腹までを描く……そんなストーリーである。
そんな舞台が、本日も無事終幕した。
「伊佐美さん、伊佐美さーん」
呼ばれて、伊佐美 透ははっと目を見開く。楽屋で半分意識が飛んでいたらしい。
「ああ……梨山くん、ごめん……」
「いや、大丈夫ですけどね。そっちは大丈夫ですか」
「ああうん。ごめん。本当に気が抜けただけだから」
それは実際、そうなのだと思う。覚醒者がこれくらいでへばったりはしない。ただ、終わって安心して、精神的な疲れがどっときた。今回、彼が演じた山南 敬助役は、普段から見ても台詞が長いし多かった。勿論、その分やりがいもあるのだが。……うん。やりがいは、あった。今この時に、この話、この役。
そして、それから。
「……今回、ハンターの皆さんにかかってる心労は、劇の事だけじゃないですもんね」
以前も共演したことのある梨山 修二は、申し訳なさそうに言った。
地球に直接転移してくるVOID。イクシード・アプリによる混乱。世界の情勢は確実に不安定になっている。とあるアイドルのファンイベントでは、アプリインストール者が「君の事は僕が守る!」などと迫るという事件もあり、人を集めるようなイベントは控えるような動きも出てきている。
この舞台を続行する、と判断されたのは、出演者にもハンターが居る、という面は小さくなかった。万が一、公演中に不埒な行動を起こす者が居ても、同じ舞台上から守りに入ることが出来る。そういう意味で、ただ舞台上に居る以外の緊張感もあったのは、確かだ。
「まあ本当、無事に終わってよかったよ」
それすらも、終わってしまえば疲労は心地よい充足感に変わる。そう言って笑おうとして──
「イクシード・アプリ……俺も入れた方がいいんでしょうか?」
「いや待て! 駄目だ!」
修二がそう言い出したとき、眠気も一気に吹っ飛んで慌てて言い返した。急な強い口調に、修二は目を丸くする。
「……あれは危険なんだ。ナディア総長は偽物で……実際にはVOIDと契約させられるものだって確認されてる」
「あ……やっぱり、そういうもんですか……」
未だにインストールしていない、ということは、怪しげだという認識はあったのだろう。知り合いのハンターから言われたことで納得しつつも、そこに落胆は混ざっていた。
「……ていうか君が何言ってるんだ。変に力なんてあったら日常感覚狂うし、それを散々ツッコんでくるの君じゃないか」
稽古中、何か透が異世界感覚の「ズレた」ことを言い出すと、それを指摘するのは大体修二だった──今回もそうやって、覚醒者とそうでない者の間の溝を、むしろ埋めてくれていた。
「そりゃ言いましたけど……憧れの裏返しも、ありましたよ。やっぱり」
「憧れ、なあ……」
呟き返して、そんないいもんじゃないよ、少なくとも俺は、と、ポツリと言った。
「今の状況に、半端な力なんてある方がしんどいけどな。もっと上手くやれたんじゃないかとか──いや、そんな殊勝でもないな俺は。正直、こんなの俺にどうしろってんだよ、って思ってるよ」
関わったことには、精一杯やってきたつもりだった。なのに、状況は悪化していく。役に立ててるのかと疑問に思うのに、何か起こればそれを無視するのもしんどい。なまじ力があるせいで。
他でもない自分自身に、この力があってよかったなんて思えたのは。
「それこそ……この舞台が中止にならなかったことが、今までで一番かなあ」
それはやっぱり、思って。それでもだから、自分はこの力で英雄になりたいのかと言われれば別に、だ。他に誰か居るなら、今回だって、役者としてただ守られて、役に専念出来る方が良かった。
「そういう……もんですかね」
修二の声は落胆より納得が大きかったと思う。彼も役者だ。求めることは公演が続けられること、それが当たり前の世界、それなのだろう。一先ずアプリの使用を諦めてくれたなら、それでいい。
●
──だから、英雄になりたい訳じゃないんだ。
なのにどうしてこうなるのだろう。
解散して、帰還までの時間をどうするか。適当に過ごしていたら……近くで騒ぎが起きた。ここ最近で起きるようになった、VOIDの、直接転移。現れたのは良く見る小型が数体のようだが、町を行く人々には十分すぎる驚異だろう。そうして、ざわめく人々の口からは、悲鳴と共に──「アプリを使うしか」「誰かアプリを」、そんな言葉が聞こえてきて。
咄嗟に、敵の群れに飛び込みながら叫んでいた。
「無理に戦う必要は無い! ここにハンターが居ます! 任せて避難してください!」
倒れている人に向かう攻撃をねじ曲げて引き寄せる。近くの一体に向かって踏み込んで斜めに斬り下ろす。すぐさま身体と刃を切り返し、横から迫る別の個体を動きで牽制する。
多少動きに見栄を張った。アプリに揺れる人たちを安心させようとしたのもあるが、手にする剣が普段よりずっと小降りなせいで自分自身心許ないのを振り払うためでもあった。……のだが。
次に聞こえてきたのは「やっぱりハンターは格好いいなあ」「アプリを使えば俺にもあの力が……」そんな声だった。
……だから。何でそうなる! ホントどうしろってんだよ!?
正直。一瞬思った。もうやってられっか。相手の周到な仕込みに対してこっちは後手後手すぎるだろう。
だけど。
だけど。
それで本気で投げ出そうと思うと過っていくものがある。先程までの舞台の余韻。尊敬してやまない俳優。ファンになってくれた人。もうこんな世界どうなったって知るかと言わせてくれない、愛すべきもの。
結局。それでも自分には力があると自覚している以上、ここで戦わない選択肢など有り得ないのだ。例え勝手に選らばれたのだとしても……それは、自分の意志だった。
リプレイ本文
今回の劇において。
鞍馬 真(ka5819)は、端役だった。名も出ない攘夷志士。殺陣は学んでいたが、まだ軽く習った程度、に過ぎないと自覚する真には、適当な役どころだろうというのが彼の認識だった。
武器として刀は扱っていたこともある。だが、斬る剣術しか知らなかった彼には魅せる剣術というのはまだまだ新鮮で。
そして、舞台というこの場、この空気において。立ちはだかる相手は間違いなく、その剣術によって『達人』を観せていた。
その技で二人を同時に相手取り、目に鮮やかに焼き付ける剣技で切り伏せた相手が、こちらを向く。
刃を向け合う。
慄く──そして、滾る。
上げた雄叫びは多分、本気の興奮で、恐怖だった。
交差。すれ違う瞬間の、寂しげな相手の表情を、最後に目に焼き付けて、倒れる。
真の役は、端役だった。名も出ない攘夷志士の役。だがその気迫には鬼気篭るものがあり、観客を引き付け──そして重要な意味を、物語に添えていた。
●
「山南さん……!? なんで……なんでまだこんなところに居るんですか!」
「やあ……君が来たのか、沖田くん。……じゃあ、屯所に戻ろうか」
「……嫌です。このまま逃げてください。僕、見つからなかったって言いますから。……土方さんだって分かってますよ! でなきゃ僕一人を追手にするなんておかしいでしょ!?」
物語も終盤。修二演じる沖田 総司が絶叫する。
「嫌です……どうして僕が、貴方を殺さなきゃ行けないんだ……」
「……どうして、私を、か。沖田くん、それはいつでも考えるべきことだと、私は思うよ。……なぜ殺すのだろう。そして、何に命を懸けているのだろう、とね」
「考えて……それが、貴方が命を懸けるべき事だって……本気でそう、言うんですか……」
「……。私にもう少し命があって。時代の流れがもう少しだけ緩やかだったなら……違うやり方も、あったかも、知れないね……」
観客席から。初月 賢四郎(ka1046)は、つぶさに劇を眺めていた。理性で冷静に、脚本の、演出の、そして演技の意図を読み取ろうとする。そうして得た解釈に感情を乗せていく。
(時代の流れに対応できた者が生き残る適者生存……ですかね)
静かな表情で、賢四郎は厳かに終幕を見つめる。脱走の咎により切腹となる山南。その介錯は沖田。その様子。その感情。
最期。
そのキーワードを、自然、自らに置き換える。
(自分の運命……どうなるにせよ……せめて納得だけはしていたいものだな)
沖田の刃が振り下ろされる。その瞬間、二人が見せていた表情は──
暗転。
幕。
●
「お疲れ様! すっげーイイ舞台だった!」
スタッフとして参加していた大伴 鈴太郎(ka6016)が、戻ってきた皆に飲料水やタオルを渡して回る。
別の劇でファンレターを貰った縁などで演劇により興味を持ち始めた彼女は、今回は勉強のために舞台袖から、ハチマキ頭に役者たちを見守っていた。
「っと、良かったらついでにコレも。ト、トールもコレ! な!」
流れで、持ち込んでいた手作りサンドを勧めて回る。さりげなく──少なくとも本人はそのつもりで──透にも。
「ああ、大伴さんが作ってきたのか、これ。へえ。……どうもありがとう」
透は特に何を指摘する訳でもなく、自然にその一切れに手を伸ばす。
先に頂いていた形の真は、
(前は全然料理できなかったのになあ)
と、驚きつつ、美味しく味わっていた。
「……恋の力かな?」
悪戯っぽく呟く。彼の視線の先で鈴は、他の皆と片付けの打ち合わせをしているところだった。……そうして誤魔化しながら、透の感想を気にしているのが分かる態度で。
透はといえば……特に、何か言葉を重ねる訳ではなかった。ただ穏やかな顔で、ゆっくり──大事そうに──味わっているように見えた。
そうして。
「ご馳走さま、美味しかったよ」
その後、鈴に向けられた言葉はといえば、それだけだった。
●
星野 ハナ(ka5852)は、普段通りだった。これまで通り、早めに来て。受付に花束を預けて。前列の方で観劇して。……そしてそのまま、観終われば、帰る。それ以上は何もしない。何もない。
今回も劇を楽しんだ。その事に満足して。順番にホールを出て。帰還までの時間を潰す。それだけの──筈だった。
●
「クソッ、マジかよ! 準備して来てねぇってのに!」
終了後、透と共に行動し事件に遭遇した鈴が苛立たしげな声を上げて覚醒する。
舞い散る火の粉の幻影が彼女の周囲に浮かび上がる。そうして、覚醒者であることを周知しながら、彼女は叫ぶ。
「ソイツは使うンじゃねぇ! イクシード・アプリは歪虚の『罠』だ!!」
その言葉に、周囲はざわついていく。そこに、畳みかけるように、駆けつけたハナも声を張り上げる。
「アプリは狂気感染しますよぅ! 使わずさっさと逃げて下さいぃ! 物陰に隠れてしゃがんで下さいぃ!」
必死さすら感じる叫びだった。だが、それでもアプリの力を信じたい、英雄への憧れを捨て切れない者たちに広がっていくのは戸惑いの方が大きいようだった。
「罠? マジで?」
「でもネットでは実際に覚醒者になれたって人も沢山……」
「そう言えば、利用規約がなんか怪しいって話も……」
「えー、俺最近あんまネット見てないんだよ。何か繋がらないじゃん」
現在、リアルブルーでは世界全域に謎の通信障害が起こっている。全く繋がらないわけではないのだが、半端になったゆえに情報の取捨選択は人々の間でますます難しい物になっているようだ。
だが、はっきりと覚醒者と分かる彼らの言葉を否定する勢いもこの場には無い。
「強化人間のこた知ってンだろ! あんな風になりてーのかよ!?」
その、覚醒者に憧れる声には、だめ押しに鈴がもう一言。この脅し文句は相当に効いたようで、一先ず、この場はハンターに任せて様子を見ようか、という空気が生まれ始める。
……だからこそ、ハンターの実力がどれほどなのかもっと見たい、という視線も強まるが。
そこへ、賢四郎が合流する。状況を一瞥して、まずは倒れている人へとヒールを施す。
「そこの。縞シャツに眼鏡の貴方。そう貴方です。この方を連れて──」
倒れていた人に寄り添おうとしていた人と共に怪我人を助け起こすと、呼びつけた人に避難先を指示して連れて行かせる。一斉に視線を向けられた相手は、慌てて指示に従った。
「あと。そこの青の上着の。その辺にいらっしゃるあなた方纏めて。死にますよ? その位置だと」
……これは、群集心理というものをよく理解した指示の仕方だった。全体に向かって呼びかければ、人は自分のことだとは思わず動かない。そうして、皆動かないからこれでいい、となる。はっきりと指名して自分に言われているのだ、と分からせてやる必要があった。
死ぬ、の言葉に促されて移動すると、何人かが我に返った──というより、正しく恐怖を感じるようになった──ようで、そのまま走り出す。これでもなお、気持ち下がったからいいだろう、と残るような人間はもう放っておくしかあるまい。ドライに割り切って、賢四郎は敵へと向き直った。
この時既に真も合流していた。不慮の事態には常に備えているという彼にはこの状況にも動揺は無かった。
ゆらりと、炎のようなオーラが彼の身体から立ち上る。ソウルトーチ。特に当てもなく漂っていたVOIDたちの視線が一斉に引き付けられる。一般人への被害はこれで大幅に軽減されたと言えるが、明らかに軽装の真に敵が集まる状況はなんとも心許なかった。
鈴が動く。
「折角の気分台無しにしやがって! 沈めオラァ!」
叫ぶと共に彼女は全身にマテリアルを纏う。動きは疾風の如くとなり、VOIDの一体を固めた拳の必殺の一撃が撃ち抜く。それだけで失神するほどの衝撃に、よろめく間すら与えずに更に怒濤の手刀の連撃が襲う。
一合で仕留める。気迫の攻撃は覚悟のままの結果を見せた。標的となったVOIDはそのまま落ちる。
──歓声が、上がる。
ハナはそんな空気、そして集まった一行を見渡すと、呼び出した影の式神、それを鎧と化し己に纏わせながら、透に向けて怒声を上げた。
「きれいな顔をこーゆう時に効果的に使わないでどぉするんですぅ! 避難誘導とアプリ禁止の呼び掛けは透さんにお任せしますよぅ!」
言われて……透はしかし、一度真の方へと視線を向けた。そこにはやはり、今一番敵が集まっている。真も気配を感じたのかそれともハナの声に反応したのか、ちらりとだけ透に視線を返した。彼としては共に前衛で攻撃してほしいと、そのように感じた。
迷う暇はない。一瞬の判断で透が選んだのは……。
「すまない」
短く、ハナに告げる。そうして透は、真に群がる敵の一体に切りかかった。
……一度発動させたら効果が切れるまで消すことのできないソウルトーチの特性や、真の防御が軽装であることなどもあったが。それに加えて、透自身は今群衆に向けて言うべき言葉が見いだせていなかったのだから。具体的にこういうことを言ってほしい、という指示があったならばともかく、ただ任せる、と言われただけでは、今この咄嗟の状況では請け負える自信がない。
ハナは、その判断に。
言いたいことはあった。
使徒が居ない場所でアプリの効果が肯定される映像を取られネットで拡散するのは絶対的に拙いとか。
知名度の高い人間の方が従い易かろうとか。
──避難促す人間を撮る相手は少なかろうとか。
思ったことを、口に出さないように彼女は奥歯を噛み締めた。
……否。噛み締め、擂り潰しているのはそんな言葉じゃない。
自戒する。
恋は衝動。
恋は熱病。
相手との正しい距離感を失わせる肥大したエゴの暴走。
一方的に落ちて身を焦がすもの。
──それでも。
奥歯でギリギリと噛み締め続ければ、半年程度で叩き割れるもの。
透はもう、彼女の方を見ていない。気にかける素振りもない。彼女の、言わない全てに、何一つ気付こうとしない。
……伝えて、いないから?
違う。伝えたところで、返してもらうものだなんて思ってはいけない。それが有象無象の一ファンと、ステージの上の人間の距離というものだ。
向き直る。
説得を諦めるなら、今すべきことは何なのか。
皆の準備を見るに、影装使用中の自分が1番鎧が厚く抵抗力も高いと思えた。
術が届くところまで詰めていた距離から、更に前衛に出る。敵の半数はこちらに引き付けたかった。真がソウルトーチを使ってしまった現状、自らが脅威と認識させるしかないだろう。札を構える。
敵の反撃は、やはり主に真に。それから、高威力の連撃を見せた鈴にも向かう。触手の攻撃を、彼らは機敏な身のこなしで避けてみせる。だが、熱線を発生させると、周囲への影響を気にしてその身で止めざるを得なかった。賢四郎の防御障壁が真を守る。
鈴はとにかく、被害が拡散するのを食い止めようと、蒼玉の拳を目の前の相手に叩き込んで失神させると、次の標的に向かうべく駆け抜ける。
真も反撃に出た。刃を展開させた響劇剣「オペレッタ」と水晶剣「メグ・ゼ・スクロ」。二刀を構えると眼前の敵を斬りつける。研ぎ澄ませた精神から繰り出される二刀流。冷静に状況を見た上で、生み出された衝撃が更にVOIDを、VOIDのみを呑み込んでいく。
ハナの五色光符陣が複数体のVOIDを纏めて襲い、眼を眩ませる。
賢四郎は中距離から、指先を前衛が相手取るVOIDへと向けた。光の弾丸が三発。それぞれ別のVOIDへと突きたった後、黒のAと8のツーペア、そして伏せられた一枚の札の幻影へと変じる。
死人の手札。そう名付けた賢四郎独自の機導術。伏せられた一枚は、今の己にとってどんな札だったのか。粒子となって消えていくそれに、去来する想いは。
……自省がある。ここ最近、綺麗なものに浮かされ原点を忘れていた。戻るべきは醒めた視座の合理主義。頭脳は冷静に──心は熱く。
(我ながら度し難いな……)
そうして最後に自覚したのは、この状況を、厄介事に巻き込まれたと見るよりは、災いも幸いの端に出来ないかと諦めきれない気持ちだった。
防具の薄さ、状況の不都合はあって、いつもとは違う苦戦はあった。たが最終的に、今ここに居るハンターたちにはこの状況を切り抜けるだけの実力があった。各々の気遣いもあって、一般人はの被害を広げることもなく、彼らは全ての敵の討伐を完了した。
●
まだ残っていた野次馬たちは、大歓声をもって近づいてきたハンターたちを迎え──
「シンなら全部避けれたンだ……アンタらが避難しねぇから! 覚醒者だって死ぬときゃ死ぬンだぞ!?」
それにまず応えたのは、涙を滲ませながらの鈴の怒りの声だった。一転、冷や水を浴びせかけられたように静まり返り、気まずげな、そして非難めいた視線が鈴へと集まる。
「私のことはいいんだ」
真が、鈴を宥めながら前に出る。
「ただ、戦う力を手にするということは、こうやって傷付くことでもあるんだ。怪我をするのは痛いし、怖いよ。だから、アプリなんて使わない方が良い」
それから、真は野次馬にそう呼び掛けた。実際、軽装での戦いを強いられた彼の姿は今、かなり痛々しい。……その上で、白々しいとも真は内心認めていたが。実際には彼自身は、痛みも恐怖もあまり感じていない。
「まあ……我々も人間ですよ」
静かな声で、賢四郎がそこに割り込んだ。
視線を向けられると、彼は冷静に、現実主義的な観点で、今のハンターの現状を彼らに説いてみせた。
鈴に促されて、透もアプリの危険性と、使用の禁止の拡散するよう呼び掛けておいた。先程の通り、ネットが使い辛い今、効果があるとしても彼らの身内程度に留まるだろうが。ついでに言うと舞台役者というのは余程でないと、興味がない人に覚えてもらうのは難しいものだったりする。彼女らが思う程透に一般的な知名度は無い。
鈴とハナが怪我人の救護に回ると、騒ぎは次第に鎮静していく。ふと、真が思い出したように透に言った。
「私は、覚醒者で良かったと思うよ。例え一握りでも、誰かを助けられる。……こんな空虚な私でも、必要として貰えるから」
楽屋での話を思い出してだろう、ポツリと言った真に。
「空虚、なあ……」
透は少し、納得がいかない風に言い返した。
「君はそう言って、いつも必要な事をするのに迷わないんだよな。……自分の夢のことなのにフラフラ迷って立ち止まる俺より、余程しっかりした芯じゃないのかそれは、と見てて思うけどな」
呟きながら。
「強いよ、君は」
そう言う透の様子は、自虐ばかりでもないように思えた。そうしたやり取りの中にも、何かを掴みかけているような。
散っていく群衆に紛れるようにして、役割を終えたハンターたちもそれぞれの時間に戻っていく。
ハナも。先程の自戒を胸に、独り。
鞍馬 真(ka5819)は、端役だった。名も出ない攘夷志士。殺陣は学んでいたが、まだ軽く習った程度、に過ぎないと自覚する真には、適当な役どころだろうというのが彼の認識だった。
武器として刀は扱っていたこともある。だが、斬る剣術しか知らなかった彼には魅せる剣術というのはまだまだ新鮮で。
そして、舞台というこの場、この空気において。立ちはだかる相手は間違いなく、その剣術によって『達人』を観せていた。
その技で二人を同時に相手取り、目に鮮やかに焼き付ける剣技で切り伏せた相手が、こちらを向く。
刃を向け合う。
慄く──そして、滾る。
上げた雄叫びは多分、本気の興奮で、恐怖だった。
交差。すれ違う瞬間の、寂しげな相手の表情を、最後に目に焼き付けて、倒れる。
真の役は、端役だった。名も出ない攘夷志士の役。だがその気迫には鬼気篭るものがあり、観客を引き付け──そして重要な意味を、物語に添えていた。
●
「山南さん……!? なんで……なんでまだこんなところに居るんですか!」
「やあ……君が来たのか、沖田くん。……じゃあ、屯所に戻ろうか」
「……嫌です。このまま逃げてください。僕、見つからなかったって言いますから。……土方さんだって分かってますよ! でなきゃ僕一人を追手にするなんておかしいでしょ!?」
物語も終盤。修二演じる沖田 総司が絶叫する。
「嫌です……どうして僕が、貴方を殺さなきゃ行けないんだ……」
「……どうして、私を、か。沖田くん、それはいつでも考えるべきことだと、私は思うよ。……なぜ殺すのだろう。そして、何に命を懸けているのだろう、とね」
「考えて……それが、貴方が命を懸けるべき事だって……本気でそう、言うんですか……」
「……。私にもう少し命があって。時代の流れがもう少しだけ緩やかだったなら……違うやり方も、あったかも、知れないね……」
観客席から。初月 賢四郎(ka1046)は、つぶさに劇を眺めていた。理性で冷静に、脚本の、演出の、そして演技の意図を読み取ろうとする。そうして得た解釈に感情を乗せていく。
(時代の流れに対応できた者が生き残る適者生存……ですかね)
静かな表情で、賢四郎は厳かに終幕を見つめる。脱走の咎により切腹となる山南。その介錯は沖田。その様子。その感情。
最期。
そのキーワードを、自然、自らに置き換える。
(自分の運命……どうなるにせよ……せめて納得だけはしていたいものだな)
沖田の刃が振り下ろされる。その瞬間、二人が見せていた表情は──
暗転。
幕。
●
「お疲れ様! すっげーイイ舞台だった!」
スタッフとして参加していた大伴 鈴太郎(ka6016)が、戻ってきた皆に飲料水やタオルを渡して回る。
別の劇でファンレターを貰った縁などで演劇により興味を持ち始めた彼女は、今回は勉強のために舞台袖から、ハチマキ頭に役者たちを見守っていた。
「っと、良かったらついでにコレも。ト、トールもコレ! な!」
流れで、持ち込んでいた手作りサンドを勧めて回る。さりげなく──少なくとも本人はそのつもりで──透にも。
「ああ、大伴さんが作ってきたのか、これ。へえ。……どうもありがとう」
透は特に何を指摘する訳でもなく、自然にその一切れに手を伸ばす。
先に頂いていた形の真は、
(前は全然料理できなかったのになあ)
と、驚きつつ、美味しく味わっていた。
「……恋の力かな?」
悪戯っぽく呟く。彼の視線の先で鈴は、他の皆と片付けの打ち合わせをしているところだった。……そうして誤魔化しながら、透の感想を気にしているのが分かる態度で。
透はといえば……特に、何か言葉を重ねる訳ではなかった。ただ穏やかな顔で、ゆっくり──大事そうに──味わっているように見えた。
そうして。
「ご馳走さま、美味しかったよ」
その後、鈴に向けられた言葉はといえば、それだけだった。
●
星野 ハナ(ka5852)は、普段通りだった。これまで通り、早めに来て。受付に花束を預けて。前列の方で観劇して。……そしてそのまま、観終われば、帰る。それ以上は何もしない。何もない。
今回も劇を楽しんだ。その事に満足して。順番にホールを出て。帰還までの時間を潰す。それだけの──筈だった。
●
「クソッ、マジかよ! 準備して来てねぇってのに!」
終了後、透と共に行動し事件に遭遇した鈴が苛立たしげな声を上げて覚醒する。
舞い散る火の粉の幻影が彼女の周囲に浮かび上がる。そうして、覚醒者であることを周知しながら、彼女は叫ぶ。
「ソイツは使うンじゃねぇ! イクシード・アプリは歪虚の『罠』だ!!」
その言葉に、周囲はざわついていく。そこに、畳みかけるように、駆けつけたハナも声を張り上げる。
「アプリは狂気感染しますよぅ! 使わずさっさと逃げて下さいぃ! 物陰に隠れてしゃがんで下さいぃ!」
必死さすら感じる叫びだった。だが、それでもアプリの力を信じたい、英雄への憧れを捨て切れない者たちに広がっていくのは戸惑いの方が大きいようだった。
「罠? マジで?」
「でもネットでは実際に覚醒者になれたって人も沢山……」
「そう言えば、利用規約がなんか怪しいって話も……」
「えー、俺最近あんまネット見てないんだよ。何か繋がらないじゃん」
現在、リアルブルーでは世界全域に謎の通信障害が起こっている。全く繋がらないわけではないのだが、半端になったゆえに情報の取捨選択は人々の間でますます難しい物になっているようだ。
だが、はっきりと覚醒者と分かる彼らの言葉を否定する勢いもこの場には無い。
「強化人間のこた知ってンだろ! あんな風になりてーのかよ!?」
その、覚醒者に憧れる声には、だめ押しに鈴がもう一言。この脅し文句は相当に効いたようで、一先ず、この場はハンターに任せて様子を見ようか、という空気が生まれ始める。
……だからこそ、ハンターの実力がどれほどなのかもっと見たい、という視線も強まるが。
そこへ、賢四郎が合流する。状況を一瞥して、まずは倒れている人へとヒールを施す。
「そこの。縞シャツに眼鏡の貴方。そう貴方です。この方を連れて──」
倒れていた人に寄り添おうとしていた人と共に怪我人を助け起こすと、呼びつけた人に避難先を指示して連れて行かせる。一斉に視線を向けられた相手は、慌てて指示に従った。
「あと。そこの青の上着の。その辺にいらっしゃるあなた方纏めて。死にますよ? その位置だと」
……これは、群集心理というものをよく理解した指示の仕方だった。全体に向かって呼びかければ、人は自分のことだとは思わず動かない。そうして、皆動かないからこれでいい、となる。はっきりと指名して自分に言われているのだ、と分からせてやる必要があった。
死ぬ、の言葉に促されて移動すると、何人かが我に返った──というより、正しく恐怖を感じるようになった──ようで、そのまま走り出す。これでもなお、気持ち下がったからいいだろう、と残るような人間はもう放っておくしかあるまい。ドライに割り切って、賢四郎は敵へと向き直った。
この時既に真も合流していた。不慮の事態には常に備えているという彼にはこの状況にも動揺は無かった。
ゆらりと、炎のようなオーラが彼の身体から立ち上る。ソウルトーチ。特に当てもなく漂っていたVOIDたちの視線が一斉に引き付けられる。一般人への被害はこれで大幅に軽減されたと言えるが、明らかに軽装の真に敵が集まる状況はなんとも心許なかった。
鈴が動く。
「折角の気分台無しにしやがって! 沈めオラァ!」
叫ぶと共に彼女は全身にマテリアルを纏う。動きは疾風の如くとなり、VOIDの一体を固めた拳の必殺の一撃が撃ち抜く。それだけで失神するほどの衝撃に、よろめく間すら与えずに更に怒濤の手刀の連撃が襲う。
一合で仕留める。気迫の攻撃は覚悟のままの結果を見せた。標的となったVOIDはそのまま落ちる。
──歓声が、上がる。
ハナはそんな空気、そして集まった一行を見渡すと、呼び出した影の式神、それを鎧と化し己に纏わせながら、透に向けて怒声を上げた。
「きれいな顔をこーゆう時に効果的に使わないでどぉするんですぅ! 避難誘導とアプリ禁止の呼び掛けは透さんにお任せしますよぅ!」
言われて……透はしかし、一度真の方へと視線を向けた。そこにはやはり、今一番敵が集まっている。真も気配を感じたのかそれともハナの声に反応したのか、ちらりとだけ透に視線を返した。彼としては共に前衛で攻撃してほしいと、そのように感じた。
迷う暇はない。一瞬の判断で透が選んだのは……。
「すまない」
短く、ハナに告げる。そうして透は、真に群がる敵の一体に切りかかった。
……一度発動させたら効果が切れるまで消すことのできないソウルトーチの特性や、真の防御が軽装であることなどもあったが。それに加えて、透自身は今群衆に向けて言うべき言葉が見いだせていなかったのだから。具体的にこういうことを言ってほしい、という指示があったならばともかく、ただ任せる、と言われただけでは、今この咄嗟の状況では請け負える自信がない。
ハナは、その判断に。
言いたいことはあった。
使徒が居ない場所でアプリの効果が肯定される映像を取られネットで拡散するのは絶対的に拙いとか。
知名度の高い人間の方が従い易かろうとか。
──避難促す人間を撮る相手は少なかろうとか。
思ったことを、口に出さないように彼女は奥歯を噛み締めた。
……否。噛み締め、擂り潰しているのはそんな言葉じゃない。
自戒する。
恋は衝動。
恋は熱病。
相手との正しい距離感を失わせる肥大したエゴの暴走。
一方的に落ちて身を焦がすもの。
──それでも。
奥歯でギリギリと噛み締め続ければ、半年程度で叩き割れるもの。
透はもう、彼女の方を見ていない。気にかける素振りもない。彼女の、言わない全てに、何一つ気付こうとしない。
……伝えて、いないから?
違う。伝えたところで、返してもらうものだなんて思ってはいけない。それが有象無象の一ファンと、ステージの上の人間の距離というものだ。
向き直る。
説得を諦めるなら、今すべきことは何なのか。
皆の準備を見るに、影装使用中の自分が1番鎧が厚く抵抗力も高いと思えた。
術が届くところまで詰めていた距離から、更に前衛に出る。敵の半数はこちらに引き付けたかった。真がソウルトーチを使ってしまった現状、自らが脅威と認識させるしかないだろう。札を構える。
敵の反撃は、やはり主に真に。それから、高威力の連撃を見せた鈴にも向かう。触手の攻撃を、彼らは機敏な身のこなしで避けてみせる。だが、熱線を発生させると、周囲への影響を気にしてその身で止めざるを得なかった。賢四郎の防御障壁が真を守る。
鈴はとにかく、被害が拡散するのを食い止めようと、蒼玉の拳を目の前の相手に叩き込んで失神させると、次の標的に向かうべく駆け抜ける。
真も反撃に出た。刃を展開させた響劇剣「オペレッタ」と水晶剣「メグ・ゼ・スクロ」。二刀を構えると眼前の敵を斬りつける。研ぎ澄ませた精神から繰り出される二刀流。冷静に状況を見た上で、生み出された衝撃が更にVOIDを、VOIDのみを呑み込んでいく。
ハナの五色光符陣が複数体のVOIDを纏めて襲い、眼を眩ませる。
賢四郎は中距離から、指先を前衛が相手取るVOIDへと向けた。光の弾丸が三発。それぞれ別のVOIDへと突きたった後、黒のAと8のツーペア、そして伏せられた一枚の札の幻影へと変じる。
死人の手札。そう名付けた賢四郎独自の機導術。伏せられた一枚は、今の己にとってどんな札だったのか。粒子となって消えていくそれに、去来する想いは。
……自省がある。ここ最近、綺麗なものに浮かされ原点を忘れていた。戻るべきは醒めた視座の合理主義。頭脳は冷静に──心は熱く。
(我ながら度し難いな……)
そうして最後に自覚したのは、この状況を、厄介事に巻き込まれたと見るよりは、災いも幸いの端に出来ないかと諦めきれない気持ちだった。
防具の薄さ、状況の不都合はあって、いつもとは違う苦戦はあった。たが最終的に、今ここに居るハンターたちにはこの状況を切り抜けるだけの実力があった。各々の気遣いもあって、一般人はの被害を広げることもなく、彼らは全ての敵の討伐を完了した。
●
まだ残っていた野次馬たちは、大歓声をもって近づいてきたハンターたちを迎え──
「シンなら全部避けれたンだ……アンタらが避難しねぇから! 覚醒者だって死ぬときゃ死ぬンだぞ!?」
それにまず応えたのは、涙を滲ませながらの鈴の怒りの声だった。一転、冷や水を浴びせかけられたように静まり返り、気まずげな、そして非難めいた視線が鈴へと集まる。
「私のことはいいんだ」
真が、鈴を宥めながら前に出る。
「ただ、戦う力を手にするということは、こうやって傷付くことでもあるんだ。怪我をするのは痛いし、怖いよ。だから、アプリなんて使わない方が良い」
それから、真は野次馬にそう呼び掛けた。実際、軽装での戦いを強いられた彼の姿は今、かなり痛々しい。……その上で、白々しいとも真は内心認めていたが。実際には彼自身は、痛みも恐怖もあまり感じていない。
「まあ……我々も人間ですよ」
静かな声で、賢四郎がそこに割り込んだ。
視線を向けられると、彼は冷静に、現実主義的な観点で、今のハンターの現状を彼らに説いてみせた。
鈴に促されて、透もアプリの危険性と、使用の禁止の拡散するよう呼び掛けておいた。先程の通り、ネットが使い辛い今、効果があるとしても彼らの身内程度に留まるだろうが。ついでに言うと舞台役者というのは余程でないと、興味がない人に覚えてもらうのは難しいものだったりする。彼女らが思う程透に一般的な知名度は無い。
鈴とハナが怪我人の救護に回ると、騒ぎは次第に鎮静していく。ふと、真が思い出したように透に言った。
「私は、覚醒者で良かったと思うよ。例え一握りでも、誰かを助けられる。……こんな空虚な私でも、必要として貰えるから」
楽屋での話を思い出してだろう、ポツリと言った真に。
「空虚、なあ……」
透は少し、納得がいかない風に言い返した。
「君はそう言って、いつも必要な事をするのに迷わないんだよな。……自分の夢のことなのにフラフラ迷って立ち止まる俺より、余程しっかりした芯じゃないのかそれは、と見てて思うけどな」
呟きながら。
「強いよ、君は」
そう言う透の様子は、自虐ばかりでもないように思えた。そうしたやり取りの中にも、何かを掴みかけているような。
散っていく群衆に紛れるようにして、役割を終えたハンターたちもそれぞれの時間に戻っていく。
ハナも。先程の自戒を胸に、独り。
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相談卓 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2018/08/28 21:51:41 |
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質問卓 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2018/08/27 09:44:21 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/08/23 19:39:32 |