ゲスト
(ka0000)
ドキッ! 漢だらけの雪山観光!
マスター:T谷

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 寸志
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/12/28 07:30
- 完成日
- 2015/01/09 02:30
このシナリオは3日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
軍靴の鳴らすザクザクという音は、山を覆い尽くさんとする純白の雪に吸い込まれて消える。
熊のような体に熊のような毛皮の軍用コートを纏った男が十人と、細身の女性が一人。降りしきる雪の中、第二師団都市へと帰るべく木々の生い茂る山道を歩いている。
近隣の村の畑を襲う野生生物と死闘を演じてきたばかりだというのに、その戦闘で生じた体の芯を焦がす熱は既に冷め切っている。頭や肩に積もる雪を払うのも、もう飽きてしまった。
「寒いっすねー」
「いつものことだろ、いい加減慣れろ。その体格で弱音なんぞ吐かれても鬱陶しいだけだ」
愚痴を垂れる大の男に向けて吐かれる、その細身の女性からの言葉は、響きも内容も酷く辛辣なものだ。
彼ら――第二師団の兵士達は、ぞろぞろと並んで山道を歩きながら、皆一様に寒さに身を震わせている。しかし、先頭を歩く女性兵士イーリス・ベルファルだけはしゃんと背筋を伸ばし、力強い意思を感じさせるきつめな目元もそのままにずんずんと進んでいく。まるで、寒さを感じる器官のネジが数本抜け落ちたかのようなその後姿に、男達はドン引きだ。
しかし、そんなイーリスの様子は、寒さを感じていないような態度とは別に、どこか違和感があった。
チラチラと、歩を進める中で後ろを振り返っては、男達を睨みつけているようなのだ。
「……あの、何すか?」
イーリスが振り向く度に、その視線が刃のように薙ぎ払われているような感覚を覚える。思わず、一人の男が声をかけた。
「何がだ」
返ってきたのは、より強く感情を燃やした眼光だった。
「う、いや、えと……」
「言いたいことがあるのなら、さっさと言え!」
女性と子供と困った人と怒れる上官を何より恐れる男達が下っ端根性を露わにすれば、イーリスは本日最大の角度で目を吊り上げて詰問する体勢に入ってしまった。
イーリスは踵を返し、質問を投げかけた男に一息に詰め寄る。
この冷気の中、僅かに熱を感じるほど顔が近づけど、男はちらともドキドキしない。むしろ目を逸らし、言葉をかけた過去をなかったことにして逃げ出したいくらいだ。
「……ふん」
怖気づく男の姿を確認して、小さくため息を吐いたイーリスが距離を取る。
そして、ある程度男達と距離を取ると、イーリスは彼らに向けて仁王立ちで胸を張った。
「貴様ら!」
ビリビリと、怒号が木々を揺らす。
「恥ずかしくないのか!」
何が、とは言わない。
男達によぎったのは、「またか」という言葉だ。
彼らが、上等兵に昇進したイーリスの元に配属され都市の近郊を警邏するようになってから暫く経つ。そしてその、暫く、というのが問題だ。短くない時間は、彼女の冷たい美貌の裏に隠された妙な部分を垣間見るに充分だった。
すなわち、
「貴様らが鍛え上げたその筋肉達に、情けない思いをさせて申し訳ないとは思わないのか!」
異様なまでの、筋肉崇拝である。
●
世の中には、様々な物品を愛でる好事家が数多に存在する。
絵画であったり、骨董であったり、建築物や景色、食べ物、ペットでもいい。
彼女の場合は、それが筋肉であったと、自身の口で以ってそう語る。
「何故そんなにも美しい筋肉を持っていて、貴様らは情けないのか!」
それが、彼女の口癖だ。
たまたま、彼女が情けないと思う団員が下に付いてしまった、彼女自身の運が悪いのか。それとも、彼女の眼鏡に敵わない団員達が悪いのか。それは誰にも分からない。
……しかし、今回において、団員達は間違いなく被害者であると言えるだろう。
「あ、あああああのっ、な、何でこんなとこでこんな格好にならないといけないんすか!」
両腕で自分の体を抱きしめ、屈強な男達が喚き散らす。全身を震わし、鼻水を垂らし、合わない歯の根はガチガチと音を鳴らす。
彼らは、連れて来られた雪山で、上半身裸に剥かれていた。鍛えぬかれた筋肉が、余りの寒さに萎んでしまいそうだ。
「……今、貴様らのその肉体を見て確信した」
ただ一人、毛皮のコートに身を包んだイーリスは、厳かに語り出す。
「貴様らのその素晴らしい筋肉は、グリフォンに匹敵する!」
そして堂々と、言い切る。
意味が分からない。
「筋肉が脈動し! 血管が浮き上がり! 汗が飛び散るっ! ……これは間違いなく、我らが師団のウリになる!」
「えーと……」
「なんだ」
「それで、何で俺らは半裸にされてるんすかね……?」
団員の質問に、イーリスは肩を竦めた。
「美しい筋肉に、乗ってもらうのだ!」
「……え?」
目が点になる。
「今、第二師団の上層部はハンター達における都市の認知度を上げようと様々な事を行っている。コロシアムやカジノがその例だが、まだまだ完璧には程遠い」
ふふんと、イーリスは得意気に胸を張る。
「そこで、貴様らの筋肉だ! その美しさと情緒と風情を醸し出す筋肉ならば、より多くのハンターを虜にできる。間近に見て、触れて、乗ってみれば間違いなくな!」
「……えー」
「ふっふっふ、もう既に、私のポケットマネーでハンターに依頼済みだ。上に案を持っていくのでは、間に合わんかもしれんからな。この純白の雪景色を眺めながらの、雪中行軍十キロの旅……筋肉を鍛えつつ、ハンター達の心も癒せる。我ながら、素晴らしいアイディアだ!」
イーリスの高笑いが山に響く。
団員達は寒さと意味の分からなさにげんなりしながら、これさえなければなーと彼女をしょげた目で見つめるのだった。
熊のような体に熊のような毛皮の軍用コートを纏った男が十人と、細身の女性が一人。降りしきる雪の中、第二師団都市へと帰るべく木々の生い茂る山道を歩いている。
近隣の村の畑を襲う野生生物と死闘を演じてきたばかりだというのに、その戦闘で生じた体の芯を焦がす熱は既に冷め切っている。頭や肩に積もる雪を払うのも、もう飽きてしまった。
「寒いっすねー」
「いつものことだろ、いい加減慣れろ。その体格で弱音なんぞ吐かれても鬱陶しいだけだ」
愚痴を垂れる大の男に向けて吐かれる、その細身の女性からの言葉は、響きも内容も酷く辛辣なものだ。
彼ら――第二師団の兵士達は、ぞろぞろと並んで山道を歩きながら、皆一様に寒さに身を震わせている。しかし、先頭を歩く女性兵士イーリス・ベルファルだけはしゃんと背筋を伸ばし、力強い意思を感じさせるきつめな目元もそのままにずんずんと進んでいく。まるで、寒さを感じる器官のネジが数本抜け落ちたかのようなその後姿に、男達はドン引きだ。
しかし、そんなイーリスの様子は、寒さを感じていないような態度とは別に、どこか違和感があった。
チラチラと、歩を進める中で後ろを振り返っては、男達を睨みつけているようなのだ。
「……あの、何すか?」
イーリスが振り向く度に、その視線が刃のように薙ぎ払われているような感覚を覚える。思わず、一人の男が声をかけた。
「何がだ」
返ってきたのは、より強く感情を燃やした眼光だった。
「う、いや、えと……」
「言いたいことがあるのなら、さっさと言え!」
女性と子供と困った人と怒れる上官を何より恐れる男達が下っ端根性を露わにすれば、イーリスは本日最大の角度で目を吊り上げて詰問する体勢に入ってしまった。
イーリスは踵を返し、質問を投げかけた男に一息に詰め寄る。
この冷気の中、僅かに熱を感じるほど顔が近づけど、男はちらともドキドキしない。むしろ目を逸らし、言葉をかけた過去をなかったことにして逃げ出したいくらいだ。
「……ふん」
怖気づく男の姿を確認して、小さくため息を吐いたイーリスが距離を取る。
そして、ある程度男達と距離を取ると、イーリスは彼らに向けて仁王立ちで胸を張った。
「貴様ら!」
ビリビリと、怒号が木々を揺らす。
「恥ずかしくないのか!」
何が、とは言わない。
男達によぎったのは、「またか」という言葉だ。
彼らが、上等兵に昇進したイーリスの元に配属され都市の近郊を警邏するようになってから暫く経つ。そしてその、暫く、というのが問題だ。短くない時間は、彼女の冷たい美貌の裏に隠された妙な部分を垣間見るに充分だった。
すなわち、
「貴様らが鍛え上げたその筋肉達に、情けない思いをさせて申し訳ないとは思わないのか!」
異様なまでの、筋肉崇拝である。
●
世の中には、様々な物品を愛でる好事家が数多に存在する。
絵画であったり、骨董であったり、建築物や景色、食べ物、ペットでもいい。
彼女の場合は、それが筋肉であったと、自身の口で以ってそう語る。
「何故そんなにも美しい筋肉を持っていて、貴様らは情けないのか!」
それが、彼女の口癖だ。
たまたま、彼女が情けないと思う団員が下に付いてしまった、彼女自身の運が悪いのか。それとも、彼女の眼鏡に敵わない団員達が悪いのか。それは誰にも分からない。
……しかし、今回において、団員達は間違いなく被害者であると言えるだろう。
「あ、あああああのっ、な、何でこんなとこでこんな格好にならないといけないんすか!」
両腕で自分の体を抱きしめ、屈強な男達が喚き散らす。全身を震わし、鼻水を垂らし、合わない歯の根はガチガチと音を鳴らす。
彼らは、連れて来られた雪山で、上半身裸に剥かれていた。鍛えぬかれた筋肉が、余りの寒さに萎んでしまいそうだ。
「……今、貴様らのその肉体を見て確信した」
ただ一人、毛皮のコートに身を包んだイーリスは、厳かに語り出す。
「貴様らのその素晴らしい筋肉は、グリフォンに匹敵する!」
そして堂々と、言い切る。
意味が分からない。
「筋肉が脈動し! 血管が浮き上がり! 汗が飛び散るっ! ……これは間違いなく、我らが師団のウリになる!」
「えーと……」
「なんだ」
「それで、何で俺らは半裸にされてるんすかね……?」
団員の質問に、イーリスは肩を竦めた。
「美しい筋肉に、乗ってもらうのだ!」
「……え?」
目が点になる。
「今、第二師団の上層部はハンター達における都市の認知度を上げようと様々な事を行っている。コロシアムやカジノがその例だが、まだまだ完璧には程遠い」
ふふんと、イーリスは得意気に胸を張る。
「そこで、貴様らの筋肉だ! その美しさと情緒と風情を醸し出す筋肉ならば、より多くのハンターを虜にできる。間近に見て、触れて、乗ってみれば間違いなくな!」
「……えー」
「ふっふっふ、もう既に、私のポケットマネーでハンターに依頼済みだ。上に案を持っていくのでは、間に合わんかもしれんからな。この純白の雪景色を眺めながらの、雪中行軍十キロの旅……筋肉を鍛えつつ、ハンター達の心も癒せる。我ながら、素晴らしいアイディアだ!」
イーリスの高笑いが山に響く。
団員達は寒さと意味の分からなさにげんなりしながら、これさえなければなーと彼女をしょげた目で見つめるのだった。
リプレイ本文
降り注ぐ陽光を返し、白銀に輝く山々が勇壮な景色を作り出す。雲一つ無い濃く澄んだ空の蒼とのコントラストに、見る者は例外なく息を呑む。
――そして、そこに褐色の筋肉が加われば、もう完璧である。
と、イーリスは一人思う。
「あ、そっちの貴様、左から三番目に入れ。いや、四番目か……右端は貴様でいいとして……」
そして、100%を200%にするために、イーリスは余念なく微調整を繰り返し……団員達はそれを、諦念と共にげんなりと受け入れていた。
「やれやれ、思った以上に珍妙な光景じゃな」
そんな所に、ハンター達は到着した。レーヴェ・W・マルバス(ka0276)を始めとして、ほぼ全員が困惑や驚きに満ちた声を上げる。
「――うん? おー、よく来たなハンター諸君。内容は聞いてるな? では早速、皆で筋肉を楽しもうではないか!」
イーリスの高笑いが山に響き、それを合図によく分からない依頼はスタートを切った。
●
「さて、さっさと降りようぞ。私の事は喋る荷物と思ってな」
レーヴェは自らを毛布で巻く。その状態ならば直接に感触は伝わらないと、寒さと緊張に身を固くする団員への配慮だ。
「い、いや、荷物と言ってもな……足とかは触る訳だし……」
「……お主いくつじゃ? だから根性が足らんと言われるのじゃ。とりあえずほれ、これでも飲んで景気づけじゃ」
持ち込んだブランデーを、もじもじする巨漢に渡す。団員はありがたいとそれを受け取り――
「おい、一応団としては訓練中だ。悪いが酒は控えてくれ」
イーリスに止められ、また肩を落としてレーヴェに瓶を返した。
「ふむ、怒られてしまったな。まあ、これは無事に山を降りた際の褒美としようか」
レーヴェはいそいそと、筋肉の山を登る。
「早く降りなければ罰があるやもしれん。……さて、どちらがやる気出るかね?」
●
「わあー!」
と雄大な景色を前に驚嘆を込めて響いたミィナ・アレグトーリア(ka0317)の声は、彼女が辺りを見渡そうと首を回した瞬間に口から飛び出した「わあ~!?」に塗り潰された。
思った以上の筋肉が、寒空の下、半裸で震えていたからだ。
「わあー……」
最後の声は、なんとも言えない響きと共に。
「えっと、うちらを運んでレースなんよね?」
そういう依頼だったと思い出し、ミィナはお願いしますのんーと団員に頭を下げる。
全身もこもこの防寒具に身を包み、それでも尚身を切るような寒さの中、ミィナは団員を見上げる。
「前があったかいのと背中があったかいの、どっちがええ?」
「ん? 前と背中?」
「うん、抱えてもらうのとおんぶ、どっちがあったかいかなーって」
「そ、そうか……運ぶんだから、そうなるよな。え、えっと、じゃあ、背中で……」
寒いのは前だったが、お姫様抱っこを想像してしまい、それを言い出せない団員だった。
●
フローレンス・レインフォード(ka0443)とネフィリア・レインフォード(ka0444)、ブリス・レインフォード(ka0445)の三姉妹は、三者三様の反応を見せていた。
「え、えっと、ゆ、雪山観光の依頼って……聞いていたの、だけど……」
フローレンスは半裸の野郎共を前に顔を赤くし、防寒具に包まれた豊満な肉体を抱くように僅かに後退り。
「フロー姉、ブリスちゃん、雪が一杯なのだー♪ 真っ白で綺麗なのだー♪」
ネフィリアは雪に庭駆け回る犬……いや猫のように、突っ立つ三つの筋肉など気にせずはしゃぎ回っている。
そして――そんな姉二人に隠れるように、俯き、プルプルと震えているのがブリスだ。
「……え、き、筋肉……? き、筋肉むきむきの男の人達……っ?」
長女と対照的に、その顔は青い。男嫌いなブリスにとって、目の前の光景は絶望的な攻撃力を持って聳えていた。
「にゃ? あのおにーさんに運んで貰えばいいのー?」
そんなことなど露知らず。
依頼の詳細を見ずに来ていたネフィリアは、イーリスから説明を受ける。しかし、その会話の一端が、ブリスの肩を跳ねさせた。
「は、はこ……ぶ……?」
ちらと筋肉に視線を向け、サッと顔を伏せる。
「ほ、ほらブリス? 私達も、ネフィ程とは言えないけど楽しんでいきましょう?」
「う、うぅ……でも、お仕事だし……頑張る……」
泣きそうな顔で姉達に縋る視線を向けながらも、ブリスはゆっくりと頷いた。
●
「雪山なんて、子供の頃以来だ……懐かしいなぁ。――まあ、故郷にはこんな哀れな兵士はいなかったけどね」
サーシャ・V・クリューコファ(ka0723)は郷愁と、郷愁と関係ない思いを胸に、呟く。
「しかしなんというか……すまんな、背負うのがこんな貧相なやつで」
「……どういう意味だ?」
申し訳無さそうなサーシャの言葉に、団員は丸太のような首を傾げる。
「いや、私はほら、胸がな?」
そう言って、自分の体を見下ろすサーシャ。釣られて団員も視線を落とそうとし――咳払いと共に慌ててそっぽを向いた。
「背中に柔らかな感触が~とかできなくて、ほんとすまん」
「いや、そ、そんなのは、別に、な! 気にしないし……ホント……」
顔を赤くし、もじもじわたわたとする団員であった。
●
ティラ・ンダイハ(ka2699)と、彼女に割り当てられた団員との間には、妙な空気が流れていた。
「奮い立ておのこよ!」
情熱的に、熱狂的に、高らかにティラの声は響く。
「彼女の言っている事は確かにアレだけど事実! だってアナタの筋肉は実際美しいもの! その鋼鉄の体で色々なものを護ってきたんでしょう? それは数々の戦いで培われてきた誇りと同じなのではないの!? なのに何かしら、アタシの目の前にいる子犬のようなこぢんまりとした男子は! 何なのかしらこのムキムキの子犬は!? 言葉が変? あたしもそう思う。だけど!」
燃え上がるような弁舌が、団員の心に火を点けていく。
「例えばこの雪山の下に護るべき、無辜の民が蹂躙されようとしているとして! アナタままだここで、ムキムキ子犬を演じているつもり?!」
辺りは空気すら凍ってしまいそうなほどに寒い。しかし、二人の間には、マグマのような熱い何かが間違いなく流れている。
「照れている場合じゃないのよ! ムキムキが許されるのは男子! 子犬に許されるのはムキムキじゃなくてムクムク! 雪山の下に護るべきものがいる! だったらアナタは、何をすべきかしら!」
……団員は静かに、しかし強く頷き、黙って背を向けてしゃがみ込んだ。
そして、ティラがその背に身を預ける。
――むにゃりと柔らかい感触に、筋肉がビクリと震えた。
●
ふかふかの雪に紛れるような白の兎が、犬、猫と戯れている。
その兎の名前は、フィーゼ=ネルフェクト(ka2724)。顔だけが露出する着ぐるみを着込んで、愛犬、愛猫と共に雪山へと訪れていた。
「これならお兄さんも恥ずかしくないでしょ」
とは彼女の弁だ。
これだけもこもこしていれば、女かどうかは気にならないはず。そうしてぺたぺたと、着ぐるみの手で大胸筋や腕筋を触ってからフィーゼはペットとの触れ合いに興じ始めた。
……だが、彼女は分かっていない。
顔が見えて、声を聞いて、仕草も白い吐息も見てしまえば――どれだけ布地という壁があろうとも、その向こうに”女”という存在があると認識したならば。団員の心臓は、無駄に高鳴るのだ。
●
「うごっ、ちょっ、てめ、何す……っ!」
「野郎と雪山で心中なんで真っ平ですからねえ、馬は黙って燃料補給ですよー?」
ブランデーの瓶口を団員の口に突っ込んで、Gacrux(ka2726)は厭味ったらしく薄い笑みを浮かべていた。
隣で酒が禁止されるのを見届けてから、一分も経たない内の行動だ。
「それにしても、この確率の中から野郎を担当する事になるとは、あんたも幸福ですねえ! ……は? 何ですかその目は。反抗的な馬には、鞭でもくれてやりましょうかねえ」
次いで持ち込んで干し肉も口に放り込んで、Gacruxは団員がそれを飲み込むまで見せつけるように手の中で鞭を弄ぶ。
「お、おい待て、寒さで肉が固まっちまって……」
「……はあ、世話の焼ける馬ですねえ。顎の筋肉は鍛え忘れですか?」
これ見よがしに嘆息し――おもむろに、Gacruxは松明に火を点ける。
「ほら、これでどうですかー?」
「あっつ! 近っ、近いっ!」
ハズレくじを引いてしまった団員の苦難は、まだ始まったばかりだ。
●
「あ、あのっ! ごごご、ご趣味はっ……!」
「いや、お、落ち着いてな?」
ミネット・ベアール(ka3282)の組は、お互いに向き合ってガチガチに緊張しながらわたわたとしている。
「と、ところでさ、その、リュックの中身……バナナ? と、亀の甲羅?」
「え、ええと、ほ、本日はお日柄も良く――え、リュック、ですか?」
尋ねられ、ミネットは背負ったリュックを前にし、団員に中身を見せる。その中には何故か、バナナの皮と甲羅が詰まっていた。
「これは――勝つための武器です」
「へ?」
「勝ちたいですか……? 貪欲に勝利を求め、足掻き続ける兵士でありたいですか……?」
「え、何……?」
「私は、勝ちたいです。騎士道精神……なるほど立派ですが自然界ではそれが隙になります」
目の色を変え、ミネットはバナナの皮を思い切り握りしめる。
「勝ち取りましょう。生物としての勝利を!」
団員は目を白黒させて、その言葉を聞いていた。
●
そうして、全員の――犬猫と戯れる一名を除いて――準備が整った。
「うむ。どうやらハンターにも、筋肉の良さは分かるらしい――いい顔をしているぞ、諸君」
イーリスが何故か満足気に、悲喜交交、背に跨るハンター達を見て頷いた。
そして彼女の声が上がる。
「総員、整列! 只今より、雪中行軍を開始する。ハンターの諸君は、ゆったりと筋肉を楽しんでくれ……訓練、開始!」
掛け声と同時に、横一列に並んだ団員達が走りだした。
「ハッ!? しまった!」
犬猫との雪遊びに夢中になっていたフィーゼを、置き去りにして。
●
真っ先に飛び出したのはティラだ。
「アタシの事は女だと思わなくていいわ。新型のアーマーだとでも思って頂戴! 無心! 無心よ! 今からアタシとアナタは一心同体、ビューティ&マッシヴ! アタシも何を言ってるのか分かんなくなってきたけど、もう余計な事は一切考えずに坂を下るの!」
意味は分からずとも、猛烈にまくし立てられる言葉は否応にも団員の体温を上げる。
ただ、言葉に踊らされながらも、どこか団員の意識が別に、背中の方に向いているのは気のせいだろうか。
「ないよりはマシって程度だろうけど、これで勘弁してくれ」
大き目のコートに袖を通さず、自分と団員に掛ける形でサーシャは負ぶさっている。
「しかし、ほんとにすまないな、背中に柔らかな感触が~とかできなくて……」
「いや、それはもういいから!」
そうか?とサーシャは首を傾げる。
口に出せば出すほど、団員は背中が気になってしまう。薄さの中の柔らかさを探す自分を、必死に殺す。女性は胸の大きさではないと、身を持って知る団員だった。
――しかし次の瞬間、背後から飛来した甲羅付きの矢が、カコーンと小気味よい音を立てて直撃した。
サーシャと団員は何故か大きく跳ね跳び、ぼふりと雪に落下する。
「やった、当たりましたよ!」
肩車で弓を構え、ミネットがはしゃぐ。下に位置する団員は、それよりも頬や後頭部、頭頂部に当たる感触にそんな場合ではない。
「これぞ流鏑馬……リアルブルーの技の再現です!」
「おや、そんなのもありですか! 面白いですねえ……トップ争いに興味はありませんが、悪戯にレースを混乱させてあげますよ!」
素肌に触れないように団員……馬に毛布を被せた上で背負われるGacruxは、飛んでくる甲羅を馬に鞭を入れて回避する。
「ってえな! おいそれマジの鞭じゃねえか!」
「おやあ、馬が何か鳴いてますねー」
白々しく無視しながら、Gacruxが今度は別の馬に鞭を振るう。
「うおうっ!」
鞭は綺麗にミネットの馬の足を絡めとって転倒させた。
「……っ、只では転びませんよ!」
倒れながら、ミネットが甲羅を放つ。
「こっちに来るのかえ。良い景色を見ている暇もないのう」
不安定な体勢から放たれた甲羅は、少し離れて走っていたレーヴェへと向かう。
「ちと五月蝿いが我慢せよ。何、我慢じゃ我慢。脇目をふっている暇はないぞ」
包まった毛布から腕を出し、レーヴェが拳銃を構える。
乾いた音が山々に響く。視力と感覚にマテリアルを集中させれば、飛んでくる甲羅を撃ち落とすことなど容易い。
「ま、待ってっ、せな、背中めっちゃ痛え!」
「はい次、右! ちょっと真っすぐ行ってから左!」
兎が、人間スノーボードに乗って猛追撃を仕掛けていた。仰向けで斜面を滑る団員の腹に乗って、左右の胸筋をぐりぐり踏みつけ方向転換を……行っているらしい。
飛んでくる甲羅を銃で弾き、剣で打ち返し、斜面にばらまかれたバナナの皮も気にせずに突き進む。団員の心臓の高鳴りとか、最早どうでもいい調子だ。
「狩り甲斐のある獲物です……!」
だが、甲羅を放つミネットも負けてはいない。打ち返される甲羅を甘んじて受け止めようとも、勝つためには団員の頭にしがみつくことも厭わない。
「ふわぁー! 覚悟はしてたけど風が痛いんよーっ! こんな中妨害工作できるって凄いのん……」
そんな賑やかな集団を横目に、ミィナは必死に団員の首に手を回して身を切る風に耐えている。
「おにーさんは平気なのん?」
「いや平気っていうか何というかそれどころじゃないっていうか何ていうか……」
顔が近い。柔らかい。暖かい。良い匂いがするエトセトラ。
寒いとか、そんなの全然気にもなっていなかった。
三姉妹もまた騒ぎを横目に、一緒に行動していた。
「おにーさん、無事についたら暖かいスープでも作るから頑張ってねー? 無事につかなかったら……」
「ネフィ、あんまりはしゃぎ過ぎたら駄目よ? 危ないからね」
肩車で団員に乗りながら、ネフィリアは分かってるよーと声を返す。直後、景色に何か動物を見つけて狩猟魂を思い出したりと、満喫している様子だ。
しかし一方で、
「う、うぅ……じっとしてるから、変なこと考えずに行って……」
ブリスは嫌悪感丸出しの表情で背中にしがみついている。
「ブリス。乗り切れたら、今度、何かご褒美をあげるわ。だから、ほら。景色が綺麗よ」
フローレンスが励ますも、ブリスは身を固くし今にも泣き出しそうだ。
「……なあ、フローレンスさん、だっけか。ちょっと急がねえか?」
声をかけたのは、ブリスを背負う団員だ。
「ほら、この子きつそうだしよ」
「……ええ、出来れば三人一緒でお願いできるかしら」
団員達が頷く。
「んにゃ? 急ぐのー? ……って、ブリスちゃんが大変なことに! だ、大丈夫なの?」
ネフィリアの声に、ブリスは僅かに頷く。
小さな子が頑張っているのだ。大の大人が、恥ずかしがっている場合ではない。団員達は気を引き締めて、一気に足を早めた。
●
一行が麓の町まで辿り着いた時には、既に日は落ちかけていた。
「よし、全員いるな」
一番先頭で後ろ向きに走りながら筋肉に熱い視線を送っていたイーリスが、妙にキラキラした笑顔で一行を見渡す。
彼らは各々に、労りの言葉をかけている。
「ほら、ブランデーいるかね?」
今ばかりはお咎めもないらしく、レーヴェは団員に瓶を手渡した。
「お疲れ様なんよー」
ミィナは団員の首にマフラーを巻いてあげ――序に、不意打ち気味にその頬に軽く唇を当てた。バッと団員が振り向く。その顔は、耳まで真っ赤になっていた。
一足先に町に辿り着いていたブリスは、ずっとフローレンスとネフィリアに抱きついている。全速力で山を下りてきた団員達は、息絶え絶えに地面に座り込んでいた。
「皆、後でスープを作ってあげるのだー!」
ネフィリアはポンポンとブリスの頭を撫でる。
「えっと、こ、これくらいしかしてあげられないけど……」
フローレンスは二人から離れてへたり込む団員に近づき――それぞれに、軽くハグをしてあげた。団員達も、頑張った甲斐があったというものだろう。
「お疲れ様。楽しい雪山観光だったよ、ありがとう」
サーシャは背中から降りる間際、思い出にはなるだろうと頬にキスを送った。
「ほら、そっちの君も。男を背負って頑張った君に、特別ボーナスだ」
「わ、私もですか!」
ミネットを誘い、Gacruxを背負った団員に、挟み撃ちのキスだ。その光景に、Gacruxは羨ましいですねえと呆れたような笑みを浮かべる。
「最後までよく頑張りましたね。お疲れ様でした」
Gacruxの呟いた言葉は、雪に吸い込まれて消えた。
「あら、みんなキスがご褒美なの? そういう事なら」
ティラも他に倣って、キスを送る。
「えと、順番が逆になっちゃいましたけど……楽しかったです! 父に背負われているような安らぎ……。また戦場で会った時はよろしくお願いしますね!」
ミネットもまた、頬にキスをしてお別れだ。
そして、フィーゼは着ぐるみのもふ手のまま、
「霜焼けの薬くらいは塗ってあげよーかしらねー」
べちゃりと、赤くなった背中に薬を塗りたくっているのだった。
――そして、そこに褐色の筋肉が加われば、もう完璧である。
と、イーリスは一人思う。
「あ、そっちの貴様、左から三番目に入れ。いや、四番目か……右端は貴様でいいとして……」
そして、100%を200%にするために、イーリスは余念なく微調整を繰り返し……団員達はそれを、諦念と共にげんなりと受け入れていた。
「やれやれ、思った以上に珍妙な光景じゃな」
そんな所に、ハンター達は到着した。レーヴェ・W・マルバス(ka0276)を始めとして、ほぼ全員が困惑や驚きに満ちた声を上げる。
「――うん? おー、よく来たなハンター諸君。内容は聞いてるな? では早速、皆で筋肉を楽しもうではないか!」
イーリスの高笑いが山に響き、それを合図によく分からない依頼はスタートを切った。
●
「さて、さっさと降りようぞ。私の事は喋る荷物と思ってな」
レーヴェは自らを毛布で巻く。その状態ならば直接に感触は伝わらないと、寒さと緊張に身を固くする団員への配慮だ。
「い、いや、荷物と言ってもな……足とかは触る訳だし……」
「……お主いくつじゃ? だから根性が足らんと言われるのじゃ。とりあえずほれ、これでも飲んで景気づけじゃ」
持ち込んだブランデーを、もじもじする巨漢に渡す。団員はありがたいとそれを受け取り――
「おい、一応団としては訓練中だ。悪いが酒は控えてくれ」
イーリスに止められ、また肩を落としてレーヴェに瓶を返した。
「ふむ、怒られてしまったな。まあ、これは無事に山を降りた際の褒美としようか」
レーヴェはいそいそと、筋肉の山を登る。
「早く降りなければ罰があるやもしれん。……さて、どちらがやる気出るかね?」
●
「わあー!」
と雄大な景色を前に驚嘆を込めて響いたミィナ・アレグトーリア(ka0317)の声は、彼女が辺りを見渡そうと首を回した瞬間に口から飛び出した「わあ~!?」に塗り潰された。
思った以上の筋肉が、寒空の下、半裸で震えていたからだ。
「わあー……」
最後の声は、なんとも言えない響きと共に。
「えっと、うちらを運んでレースなんよね?」
そういう依頼だったと思い出し、ミィナはお願いしますのんーと団員に頭を下げる。
全身もこもこの防寒具に身を包み、それでも尚身を切るような寒さの中、ミィナは団員を見上げる。
「前があったかいのと背中があったかいの、どっちがええ?」
「ん? 前と背中?」
「うん、抱えてもらうのとおんぶ、どっちがあったかいかなーって」
「そ、そうか……運ぶんだから、そうなるよな。え、えっと、じゃあ、背中で……」
寒いのは前だったが、お姫様抱っこを想像してしまい、それを言い出せない団員だった。
●
フローレンス・レインフォード(ka0443)とネフィリア・レインフォード(ka0444)、ブリス・レインフォード(ka0445)の三姉妹は、三者三様の反応を見せていた。
「え、えっと、ゆ、雪山観光の依頼って……聞いていたの、だけど……」
フローレンスは半裸の野郎共を前に顔を赤くし、防寒具に包まれた豊満な肉体を抱くように僅かに後退り。
「フロー姉、ブリスちゃん、雪が一杯なのだー♪ 真っ白で綺麗なのだー♪」
ネフィリアは雪に庭駆け回る犬……いや猫のように、突っ立つ三つの筋肉など気にせずはしゃぎ回っている。
そして――そんな姉二人に隠れるように、俯き、プルプルと震えているのがブリスだ。
「……え、き、筋肉……? き、筋肉むきむきの男の人達……っ?」
長女と対照的に、その顔は青い。男嫌いなブリスにとって、目の前の光景は絶望的な攻撃力を持って聳えていた。
「にゃ? あのおにーさんに運んで貰えばいいのー?」
そんなことなど露知らず。
依頼の詳細を見ずに来ていたネフィリアは、イーリスから説明を受ける。しかし、その会話の一端が、ブリスの肩を跳ねさせた。
「は、はこ……ぶ……?」
ちらと筋肉に視線を向け、サッと顔を伏せる。
「ほ、ほらブリス? 私達も、ネフィ程とは言えないけど楽しんでいきましょう?」
「う、うぅ……でも、お仕事だし……頑張る……」
泣きそうな顔で姉達に縋る視線を向けながらも、ブリスはゆっくりと頷いた。
●
「雪山なんて、子供の頃以来だ……懐かしいなぁ。――まあ、故郷にはこんな哀れな兵士はいなかったけどね」
サーシャ・V・クリューコファ(ka0723)は郷愁と、郷愁と関係ない思いを胸に、呟く。
「しかしなんというか……すまんな、背負うのがこんな貧相なやつで」
「……どういう意味だ?」
申し訳無さそうなサーシャの言葉に、団員は丸太のような首を傾げる。
「いや、私はほら、胸がな?」
そう言って、自分の体を見下ろすサーシャ。釣られて団員も視線を落とそうとし――咳払いと共に慌ててそっぽを向いた。
「背中に柔らかな感触が~とかできなくて、ほんとすまん」
「いや、そ、そんなのは、別に、な! 気にしないし……ホント……」
顔を赤くし、もじもじわたわたとする団員であった。
●
ティラ・ンダイハ(ka2699)と、彼女に割り当てられた団員との間には、妙な空気が流れていた。
「奮い立ておのこよ!」
情熱的に、熱狂的に、高らかにティラの声は響く。
「彼女の言っている事は確かにアレだけど事実! だってアナタの筋肉は実際美しいもの! その鋼鉄の体で色々なものを護ってきたんでしょう? それは数々の戦いで培われてきた誇りと同じなのではないの!? なのに何かしら、アタシの目の前にいる子犬のようなこぢんまりとした男子は! 何なのかしらこのムキムキの子犬は!? 言葉が変? あたしもそう思う。だけど!」
燃え上がるような弁舌が、団員の心に火を点けていく。
「例えばこの雪山の下に護るべき、無辜の民が蹂躙されようとしているとして! アナタままだここで、ムキムキ子犬を演じているつもり?!」
辺りは空気すら凍ってしまいそうなほどに寒い。しかし、二人の間には、マグマのような熱い何かが間違いなく流れている。
「照れている場合じゃないのよ! ムキムキが許されるのは男子! 子犬に許されるのはムキムキじゃなくてムクムク! 雪山の下に護るべきものがいる! だったらアナタは、何をすべきかしら!」
……団員は静かに、しかし強く頷き、黙って背を向けてしゃがみ込んだ。
そして、ティラがその背に身を預ける。
――むにゃりと柔らかい感触に、筋肉がビクリと震えた。
●
ふかふかの雪に紛れるような白の兎が、犬、猫と戯れている。
その兎の名前は、フィーゼ=ネルフェクト(ka2724)。顔だけが露出する着ぐるみを着込んで、愛犬、愛猫と共に雪山へと訪れていた。
「これならお兄さんも恥ずかしくないでしょ」
とは彼女の弁だ。
これだけもこもこしていれば、女かどうかは気にならないはず。そうしてぺたぺたと、着ぐるみの手で大胸筋や腕筋を触ってからフィーゼはペットとの触れ合いに興じ始めた。
……だが、彼女は分かっていない。
顔が見えて、声を聞いて、仕草も白い吐息も見てしまえば――どれだけ布地という壁があろうとも、その向こうに”女”という存在があると認識したならば。団員の心臓は、無駄に高鳴るのだ。
●
「うごっ、ちょっ、てめ、何す……っ!」
「野郎と雪山で心中なんで真っ平ですからねえ、馬は黙って燃料補給ですよー?」
ブランデーの瓶口を団員の口に突っ込んで、Gacrux(ka2726)は厭味ったらしく薄い笑みを浮かべていた。
隣で酒が禁止されるのを見届けてから、一分も経たない内の行動だ。
「それにしても、この確率の中から野郎を担当する事になるとは、あんたも幸福ですねえ! ……は? 何ですかその目は。反抗的な馬には、鞭でもくれてやりましょうかねえ」
次いで持ち込んで干し肉も口に放り込んで、Gacruxは団員がそれを飲み込むまで見せつけるように手の中で鞭を弄ぶ。
「お、おい待て、寒さで肉が固まっちまって……」
「……はあ、世話の焼ける馬ですねえ。顎の筋肉は鍛え忘れですか?」
これ見よがしに嘆息し――おもむろに、Gacruxは松明に火を点ける。
「ほら、これでどうですかー?」
「あっつ! 近っ、近いっ!」
ハズレくじを引いてしまった団員の苦難は、まだ始まったばかりだ。
●
「あ、あのっ! ごごご、ご趣味はっ……!」
「いや、お、落ち着いてな?」
ミネット・ベアール(ka3282)の組は、お互いに向き合ってガチガチに緊張しながらわたわたとしている。
「と、ところでさ、その、リュックの中身……バナナ? と、亀の甲羅?」
「え、ええと、ほ、本日はお日柄も良く――え、リュック、ですか?」
尋ねられ、ミネットは背負ったリュックを前にし、団員に中身を見せる。その中には何故か、バナナの皮と甲羅が詰まっていた。
「これは――勝つための武器です」
「へ?」
「勝ちたいですか……? 貪欲に勝利を求め、足掻き続ける兵士でありたいですか……?」
「え、何……?」
「私は、勝ちたいです。騎士道精神……なるほど立派ですが自然界ではそれが隙になります」
目の色を変え、ミネットはバナナの皮を思い切り握りしめる。
「勝ち取りましょう。生物としての勝利を!」
団員は目を白黒させて、その言葉を聞いていた。
●
そうして、全員の――犬猫と戯れる一名を除いて――準備が整った。
「うむ。どうやらハンターにも、筋肉の良さは分かるらしい――いい顔をしているぞ、諸君」
イーリスが何故か満足気に、悲喜交交、背に跨るハンター達を見て頷いた。
そして彼女の声が上がる。
「総員、整列! 只今より、雪中行軍を開始する。ハンターの諸君は、ゆったりと筋肉を楽しんでくれ……訓練、開始!」
掛け声と同時に、横一列に並んだ団員達が走りだした。
「ハッ!? しまった!」
犬猫との雪遊びに夢中になっていたフィーゼを、置き去りにして。
●
真っ先に飛び出したのはティラだ。
「アタシの事は女だと思わなくていいわ。新型のアーマーだとでも思って頂戴! 無心! 無心よ! 今からアタシとアナタは一心同体、ビューティ&マッシヴ! アタシも何を言ってるのか分かんなくなってきたけど、もう余計な事は一切考えずに坂を下るの!」
意味は分からずとも、猛烈にまくし立てられる言葉は否応にも団員の体温を上げる。
ただ、言葉に踊らされながらも、どこか団員の意識が別に、背中の方に向いているのは気のせいだろうか。
「ないよりはマシって程度だろうけど、これで勘弁してくれ」
大き目のコートに袖を通さず、自分と団員に掛ける形でサーシャは負ぶさっている。
「しかし、ほんとにすまないな、背中に柔らかな感触が~とかできなくて……」
「いや、それはもういいから!」
そうか?とサーシャは首を傾げる。
口に出せば出すほど、団員は背中が気になってしまう。薄さの中の柔らかさを探す自分を、必死に殺す。女性は胸の大きさではないと、身を持って知る団員だった。
――しかし次の瞬間、背後から飛来した甲羅付きの矢が、カコーンと小気味よい音を立てて直撃した。
サーシャと団員は何故か大きく跳ね跳び、ぼふりと雪に落下する。
「やった、当たりましたよ!」
肩車で弓を構え、ミネットがはしゃぐ。下に位置する団員は、それよりも頬や後頭部、頭頂部に当たる感触にそんな場合ではない。
「これぞ流鏑馬……リアルブルーの技の再現です!」
「おや、そんなのもありですか! 面白いですねえ……トップ争いに興味はありませんが、悪戯にレースを混乱させてあげますよ!」
素肌に触れないように団員……馬に毛布を被せた上で背負われるGacruxは、飛んでくる甲羅を馬に鞭を入れて回避する。
「ってえな! おいそれマジの鞭じゃねえか!」
「おやあ、馬が何か鳴いてますねー」
白々しく無視しながら、Gacruxが今度は別の馬に鞭を振るう。
「うおうっ!」
鞭は綺麗にミネットの馬の足を絡めとって転倒させた。
「……っ、只では転びませんよ!」
倒れながら、ミネットが甲羅を放つ。
「こっちに来るのかえ。良い景色を見ている暇もないのう」
不安定な体勢から放たれた甲羅は、少し離れて走っていたレーヴェへと向かう。
「ちと五月蝿いが我慢せよ。何、我慢じゃ我慢。脇目をふっている暇はないぞ」
包まった毛布から腕を出し、レーヴェが拳銃を構える。
乾いた音が山々に響く。視力と感覚にマテリアルを集中させれば、飛んでくる甲羅を撃ち落とすことなど容易い。
「ま、待ってっ、せな、背中めっちゃ痛え!」
「はい次、右! ちょっと真っすぐ行ってから左!」
兎が、人間スノーボードに乗って猛追撃を仕掛けていた。仰向けで斜面を滑る団員の腹に乗って、左右の胸筋をぐりぐり踏みつけ方向転換を……行っているらしい。
飛んでくる甲羅を銃で弾き、剣で打ち返し、斜面にばらまかれたバナナの皮も気にせずに突き進む。団員の心臓の高鳴りとか、最早どうでもいい調子だ。
「狩り甲斐のある獲物です……!」
だが、甲羅を放つミネットも負けてはいない。打ち返される甲羅を甘んじて受け止めようとも、勝つためには団員の頭にしがみつくことも厭わない。
「ふわぁー! 覚悟はしてたけど風が痛いんよーっ! こんな中妨害工作できるって凄いのん……」
そんな賑やかな集団を横目に、ミィナは必死に団員の首に手を回して身を切る風に耐えている。
「おにーさんは平気なのん?」
「いや平気っていうか何というかそれどころじゃないっていうか何ていうか……」
顔が近い。柔らかい。暖かい。良い匂いがするエトセトラ。
寒いとか、そんなの全然気にもなっていなかった。
三姉妹もまた騒ぎを横目に、一緒に行動していた。
「おにーさん、無事についたら暖かいスープでも作るから頑張ってねー? 無事につかなかったら……」
「ネフィ、あんまりはしゃぎ過ぎたら駄目よ? 危ないからね」
肩車で団員に乗りながら、ネフィリアは分かってるよーと声を返す。直後、景色に何か動物を見つけて狩猟魂を思い出したりと、満喫している様子だ。
しかし一方で、
「う、うぅ……じっとしてるから、変なこと考えずに行って……」
ブリスは嫌悪感丸出しの表情で背中にしがみついている。
「ブリス。乗り切れたら、今度、何かご褒美をあげるわ。だから、ほら。景色が綺麗よ」
フローレンスが励ますも、ブリスは身を固くし今にも泣き出しそうだ。
「……なあ、フローレンスさん、だっけか。ちょっと急がねえか?」
声をかけたのは、ブリスを背負う団員だ。
「ほら、この子きつそうだしよ」
「……ええ、出来れば三人一緒でお願いできるかしら」
団員達が頷く。
「んにゃ? 急ぐのー? ……って、ブリスちゃんが大変なことに! だ、大丈夫なの?」
ネフィリアの声に、ブリスは僅かに頷く。
小さな子が頑張っているのだ。大の大人が、恥ずかしがっている場合ではない。団員達は気を引き締めて、一気に足を早めた。
●
一行が麓の町まで辿り着いた時には、既に日は落ちかけていた。
「よし、全員いるな」
一番先頭で後ろ向きに走りながら筋肉に熱い視線を送っていたイーリスが、妙にキラキラした笑顔で一行を見渡す。
彼らは各々に、労りの言葉をかけている。
「ほら、ブランデーいるかね?」
今ばかりはお咎めもないらしく、レーヴェは団員に瓶を手渡した。
「お疲れ様なんよー」
ミィナは団員の首にマフラーを巻いてあげ――序に、不意打ち気味にその頬に軽く唇を当てた。バッと団員が振り向く。その顔は、耳まで真っ赤になっていた。
一足先に町に辿り着いていたブリスは、ずっとフローレンスとネフィリアに抱きついている。全速力で山を下りてきた団員達は、息絶え絶えに地面に座り込んでいた。
「皆、後でスープを作ってあげるのだー!」
ネフィリアはポンポンとブリスの頭を撫でる。
「えっと、こ、これくらいしかしてあげられないけど……」
フローレンスは二人から離れてへたり込む団員に近づき――それぞれに、軽くハグをしてあげた。団員達も、頑張った甲斐があったというものだろう。
「お疲れ様。楽しい雪山観光だったよ、ありがとう」
サーシャは背中から降りる間際、思い出にはなるだろうと頬にキスを送った。
「ほら、そっちの君も。男を背負って頑張った君に、特別ボーナスだ」
「わ、私もですか!」
ミネットを誘い、Gacruxを背負った団員に、挟み撃ちのキスだ。その光景に、Gacruxは羨ましいですねえと呆れたような笑みを浮かべる。
「最後までよく頑張りましたね。お疲れ様でした」
Gacruxの呟いた言葉は、雪に吸い込まれて消えた。
「あら、みんなキスがご褒美なの? そういう事なら」
ティラも他に倣って、キスを送る。
「えと、順番が逆になっちゃいましたけど……楽しかったです! 父に背負われているような安らぎ……。また戦場で会った時はよろしくお願いしますね!」
ミネットもまた、頬にキスをしてお別れだ。
そして、フィーゼは着ぐるみのもふ手のまま、
「霜焼けの薬くらいは塗ってあげよーかしらねー」
べちゃりと、赤くなった背中に薬を塗りたくっているのだった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 サーシャ・V・クリューコファ(ka0723) 人間(リアルブルー)|15才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2014/12/25 19:41:28 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/12/27 12:38:41 |