狙撃手は、いない

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/09/04 19:00
完成日
2018/09/12 05:39

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 グラズヘイム王国西方沖に浮かぶイスルダ島── かつて歪虚の黒大公ベリアルの根拠地であり、今は解放されたこの島は、だが、負のマテリアルを色濃く残す未浄化の土地でもあった。
 島唯一の港湾とその近郊、黒曜神殿跡地や各駐屯地、それらを結ぶ道路とその周辺部などから優先して浄化が進められてはいるが、跳梁跋扈する雑魔の群れは未だその数を減じる兆しも見せず…… 王国は島に常駐の部隊を置いてこの対処に当たっている。その戦力は従来の歩兵騎兵といったものの他、ハルトフォート砦の戦力を割いて派遣されている砲兵部隊や、その都度、依頼を受けたり長期契約を結んだユニット使いのハンターたちから構成されている。

 リーナ・アンベール。元地球統一連合宙軍少尉。CAMパイロット── ロッソ転移後、同僚二人と共に軍を辞めてハンターとなった彼女は、そのイスルダ島駐留部隊において、連日、任務に追われていた。
 この日は汚染地域の浄化を行う予定の神官たちに先駆けて、近辺の雑魔を駆除するべく『敵地』へ足を踏み入れていた。その乗機はドミニオン。105mm狙撃砲を携行するリーナ機と30mm突撃砲装備の僚機2機で一班を形成している。……元々、彼女たちは軍時代はデュミナスのパイロットだったのだが、その機体が喪われて以降は(主に経済的? な理由で)この旧式機を愛機とせざるを得ない状況にあった。しかも、どういう巡り合わせか彼女たちは情報の全く無い未知の敵や強敵と遭遇する機会が多く、修理修理と費用がかさみ、いつまで経っても機体の更新が出来ないという悪循環に陥っており…… その運命の魔手は、今日も彼女たちを捉えて離さない。

 ドドンッ! という砲声の様な重い音が鳴り響いた次の瞬間── 隊列先頭に立って前進していたドミニオンの左腕と脚部関節が吹き飛んだ。
 何が起きたのかは分からなかった。だが、正体不明の何者かによる襲撃を受けたことだけは瞬時に理解した。被弾した機体が地面に崩れ落ちるより早く、周囲の味方機は地面へその身を投げ出した。そして、僅かな遮蔽物を求めて地を這い、頭部カメラを左右に振って全周を警戒する。
 ダァン……! と重い地響きを立てて先頭の被弾機が倒れ込み…… それきり、敵の攻撃は行われなかった。
 その場を支配したのは沈黙──それが永遠にも感じられるような時間を暫し経て…… リーナは機体を仰臥させるとHMDモニタ越しに蒼空を見上げつつ。まずは己の呼吸を整え、それから通信機の通話状態をONにした。
「皆、無事? 各機、損害を報告して」
「パ、パウリーネ、無事です。人機共にどこにも損傷はありません!」
「あ痛たた…… こちらヴィルマ、被弾した。左腕と右脚がおしゃかにされちまった…… あーあ、直したばっかだっていうのに」
 HMDモニタと連動しているCAMの頭部はパイロットの感情が最も出やすい部分である。怯えた様にきょろきょろと周囲を見回すパウリーネ機は、しかし、パニックには陥っていない。壊れたヴィルマ機の頭部は唾を吐く様な動きを見せたが、それは怒りと言うよりおどけて見せるような動きだ。
 リーナは内心、ホッと息を吐くと、機体に地面を這い進ませて、遮蔽物──伏せたCAMを隠せる程度に盛り上がった地面の凹凸──の陰から被弾機へと呼びかけた。
「身体と頭の中身も無事よね? どこから攻撃を受けたか分かる?」
「ひでぇこと言いやがる…… 攻撃はまるで見えなかったが、機体に加わった衝撃はいずれも前方からのものだ」
「……狙撃?」
「分からん。負傷兵に敢えて止めを刺さずに、他の敵を釣り出す餌にしたり、部隊丸ごと足止めするのは、確かにスナイパーの常套手段だけど……」
「閃光は? 発砲炎のようなものは見えた?」
「んにゃ。とは言え、相手は歪虚だ。飛び道具が銃器とは限らねぇし……」
 リーナはカメラをズームさせて、前方にある廃村を見やった。まっ平らな荒野には(僅かな地面の凹凸以外)他には何もないし、狙撃手がいるとすればそこ以外に考えられない。
 リーナは再び通話をONにすると、後方に追随している3機のVolcaniusに砲撃支援を要請した。すぐに了の言葉が返り、1分もしない内に効力射が廃村に叩き込まれた。
(これで片付いてくれれば楽なんだけど…… それが無理でも、狙撃手が姿を露出してくれれば)
 だが、その次に起こったことは、その場にいる誰にも予想できないことだった。
 通信機越しに飛び込んで来たのは、悲鳴混じりの救援要請── 自分たちよりずっと後方にいる砲兵隊が、攻撃を受けているとの報告だった。
「ハアッ!?」
 リーナは慌てて後方を振り返った。離れた場所に立つ3機のVolcaniusが互いの背を庇いながら円陣を組み……しかし、その甲斐もなく、全周から加えられる攻撃によってその岩の身体を削られていった。その間も、攻撃者の姿はまるで見えない。
「た、助けなきゃ……!」
 30mm突撃砲を手に機体を起こしたパウリーネ機が、次の瞬間、砲声と同時に頭部を吹き飛ばされた。思わずドシンと地についた左手が次に砕け……更に、見えない敵へ向けて無暗矢鱈と弾をばら撒く突撃砲が真っ二つに叩き折られる。
「パウリーネ!」
 立ち上がるべく膝立ちになったリーネ機の左脚部が吹き飛んだ。砲声は思った以上に近かった。
(……ッ! 姿の見えない襲撃者……! でも、捉えたわよ!)
 左脚部を犠牲にしながら、リーナは即座に砲声のあった場所へ105mm砲を発砲した。だが、砲弾は何物にも命中せずに、弧を描いて地面へ着弾する。
「そんなバカな!」
 思わず叫んだリーナの視界で、105mm狙撃砲の弾倉が砕け、弾が飛び散る。なんだ、何が起こっているんだ! と叫ぶヴィルマ。動けぬ彼女の機体はこの戦場においてまるで蚊帳の外に置かれたようだ。
 狙撃砲を砕いた砲声とは真逆の方向から新たな砲声が鳴り響き……とっさにそちらへ振ったリーナ機の左腕に、重い衝撃と轟音と共に『何か』が突き立った。『それ』はリーナ機の左手の平部を貫き通し、左腕肘方面へと抜けていた。
「……何これ?」
 『それ』は鋭い円錐状の……何かの刃物か矢状のものに見えた。砲弾や銃弾の類のものではなかった。光り物は光り物でも、どちらかと言えばそれは生物的な……
「しまった……ッ!」
 リーナはそこで初めて自分が心得違いをしていた事に気づいた。砲撃直後までは、自分たちは狙撃手のキルゾーンに入り込んだと思っていた。だが、実際にはキルゾーンの方からこちらを呑み込みに……!
「全機! この敵の正体は……!」
 アンテナが壊され、拡声器で叫ぶリーナ機の頭部が直後に吹き飛び……その衝撃に倒れた機体の操縦席で、リーナはそのまま意識を失った。

リプレイ本文

 ポイントマン(斥候)として先行していたリーナたちが最初の『狙撃』を受けた時── 主力であるハンターたちは、彼女らとVolcaniusuの砲兵隊の中間くらいに位置していた。
「リーナちゃん!? 何、今の?!」
「何があった?! パウリーネ、状況を報せろ!」
 地に伏せ、周囲を警戒しつつ、無線で訊ねるウーナ(ka1439)と近衛 惣助(ka0510)。すぐに返答が来た──待ち伏せと思しき攻撃を受けた事。ヴィルマ機が大破したこと。自分とリーナの機体は健在な事。攻撃して来た敵の姿は確認できず、今は沈黙している事……
「クソッ、スナイパーか……? 発砲炎は無し……いったいどこから……」
 愛機『真改』(魔導型ドミニオン)のバイザー型照準器を下げ、敵がいると思しき方向へ惣助がカメラをズームさせる。
 その傍ら、相棒のイェジド、蒼毛金瞳のレグルスと共に地に伏せた鞍馬 真(ka5819)は、前方を見据えて冷静に状況の把握に努める。
(ヴィルマ機の被弾個所は前面…… 二箇所を同時に攻撃されたことから、敵は複数、少なくとも2体以上はいる可能性が高いか……)
 その間に、リーナが後方のVolcanius隊に、前方の廃村に対する砲撃支援を要請した。狙撃手が潜んでいる可能性の高い場所を潰す為だ。
「……また厄介な相手が現れましたね。これで片が付いてくれれば良いのですが……」
 地に伏せたデュミナスの操縦席で、砲撃準備中のVolcaniusらを見やってサクラ・エルフリード(ka2598)が呟いた。その砲兵隊にはルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)のVolcanius「ニンタンク『大輪牡丹』」や、給弾作業の為に随伴していたマリィア・バルデス(ka5848)のGnomeも含まれている。
「……なーんか、嫌な感じがしやがりますねぇ……」
 額にエクラのシンボルに似た傷跡を持つポロウ『カリブンクルス』の身体を落ち着きなくもふもふしながら、眉をひそめて零すシレークス(ka0752)。
 ──砲撃が始まった。鳴り響く砲声と共に撃ち出された炸裂弾が空気を切り裂き、村の跡地へと降り注いで次々と爆発。半ば以上朽ち果てた廃屋を吹き飛ばしていく……
 予感は夜桜 奏音(ka5754)にもあった。風の報せとでも言うのだろうか──妙な違和感を拭い去ることができなかった彼女は、『占術』を用いて謎の襲撃者のおおよその位置を占おうとした。
 地に伏せたイェジド『ゼフィール』の陰で、ペタンと座り込んで地面に符を並べていく奏音。それを見守っていたゼフィールが突如、クンと鼻を鳴らし……奏音の襟足を咥えてグンと後ろへ引っ張った。
「え?」
 きょとんとした表情で、カードを手から零しつつコテンと後ろに倒れる奏音。直後、直前まで彼女の身体があった空間を、目に見えない何かが物凄いスピードで──それこそ砲弾の様に斬り裂いた。
「攻撃!?」
 ハンターたちは恐慌に陥った。──狙撃手は前方にいたのではなかったのか? それが横合い、それも至近から砲撃を受けるとは。しかも、敵の姿はまるで確認できていない……!
 更に、攻撃を受けたのは本隊だけではなかった。後方の砲兵隊隊もまた全周から激しい攻撃を受けており、Volcaniusは為す術も無く次々と擱座していった。
「ルンルンちゃん、マリィアちゃん……!」
「中央と後ろも御目こぼし無しか……! まったく、退屈しない島だよ、ここは……!」
 姿無き襲撃者たちに対し、乗機『Re:AZ-L』(オファニム)の二丁拳銃を撃ち捲って銃弾を宙へとばら撒くリーナ。その背を守るように背中合わせで膝立ちになった惣助機が、地面に突き立てた壁の如き巨大な盾を斜め30度に傾げて敵の攻撃を『跳弾』させる。
「……カリブンクルス! 『見つけるホー』で敵の位置を探りやがれ。見つけたら、感覚を共有して私に伝えるです」
「ホー!(承ったのだわー!)」
 シレークスの指示にカリブンクルスは両の翼を広げ、まるでレーダーアンテナの如くクルリとその場で一周した(←演出)。そして、何かに驚いたように「ホッ!?」と大きく息を呑むと、両の翼をバタつかせながらシレークスを振り返った。
 シレークスの感覚がカリブンクルスと同調する。──愛鳥が捉えたものは、全周、空中をアクアリウムの如く漂う回遊魚の如き『何か』の『群れ』── そして、その中の数体がこちらを指向し、瞬間的に音速を越えて突進してくる姿──!
「っ!」
 避けられぬことを悟った愛鳥に咄嗟に感覚共有を切断されて── 自分の感覚を取り戻したシレークスが目の当たりにしたものは『何か』に撃ち貫かれ、決して軽くはない怪我を負って倒れ伏す愛鳥の姿だった。更なる追撃を前に、両拳を構えて愛鳥の前に立ちはだかるシレークス。『突進』してきた何かが彼女を直撃する寸前── 横から腰を落として滑り込んで来たサクラ機が間一髪、盾でそれを受け防ぐ。
「シレークスさん…… 生身なんですから、あまり無茶はしないでください……!」
「敵です、サクラ!」
「は?」
「そこら中にいやがるんですよ!」
 訳も分からぬまま、サクラはシレークスの言う通りの場所にプラズマグレネードを撃ち放った。超高温によりプラズマ化した大気が爆発して空中を薙ぎ払うも、既に移動してしまったのか巻き込まれた敵は無い。
 ……その時までに、仲間を助けようとしたパウリーネ機が破壊された。敵の正体を看破したと思しきリーナも、それを皆に伝える前に機が被弾し、気絶する。
「リーナちゃん!」
 飛び出そうとしたウーナ機を、真が片手を横に広げて制止した。彼は皆に周囲へ集まるように告げると、星神器と呼ばれる全長2mの機械仕掛けの杖を真横に構え、インストールされた大精霊の力を用いて『ヤルダバオート』──周囲の認識と現象を書き換える超常の結界を展開した。
 その瞬間、それまでハンターたちを傷つけ、飛び回っていた敵の攻撃が直撃コースから逸れていった。稀に当たる攻撃も、強力な守りの加護に大きく威力を減衰される。
「……まあ、時間稼ぎにはなったかな……? 何が何だか分からないけど、まずは努めて落ち着こう」
 ホッと息を吐き、どことなくのんびりとした風情で言った真の言葉にウーナはハッとした。
(センセも言ってた…… こういう時、一番いけないのは恐怖に敵を見失うことだって……)
 ウーナは大きく深呼吸をして心を落ち着かせた。……とにかく敵の特性を調べないと。その為にはまず状況を整理する必要がある。
「結界が切れる前に敵の正体を予想したい。まずはシレークスが『見た』ものを聞かせて欲しい」
 真の言葉に頷いて、シレークスは自分と相棒が『見た』ものを端的に皆へ説明した。
「敵は単体ではなく、光学迷彩の様な能力を持つ複数体が集まった群れ、ってことか?」
「もしかして、敵の攻撃って『砲撃』じゃなく、『弾丸に見える何か』がぶち当たって来てる?」
 話を聞いた惣助とウーナは機体の顔を見合わせた。
「なるほど、そういうカラクリだったのですね…… 確か以前にも似たようなことがあった気がします」
「あ~、『魔の森』の時ですね。あの時もこんな感じに翻弄されましたが、今度はそうはいかねーです」
 サクラの言葉に、ふっふっふっ、と含み笑いで、シレークス。応急処置を受け横たわっていたカリブンクルスが(姐さんが何やら悪い顔をしているわ……)と身体を細かく震わせる。果たしてそれは戦慄か……或いは来るべき反撃を前にしての武者震いか。
「姿を隠して攻撃してくるなんて…… ニンジャに対する挑戦なのです! 実体を隠して忍び寄っていいのは、カガクニンジャとプ○デターくらいなんだからっ!」
 その若い女の声は、突如、ハンターたちの背後から── いないはずの人間の声に、ハンターたちが驚き、振り返る。
 そこにいたのはルンルンだった。腕を伸ばして「ぶいっ!」とVサインを示して見せる彼女に、真はちょっぴり驚いたように訊ねた。
「秋桜さん? どうしてここに……? 確か砲兵隊と一緒にいたんじゃあ……」
「そこはあれ、私、ニンジャだから。こっそり、抜き足差し足シムラ後ろー! ってな感じで」
「……途中で襲われることもなく……?」
 真の思考が回り始める。……確かに、敵の数は多いが、全てが襲い掛かって来たわけではないようだ。もしかしたら、敵の攻撃には何らかの条件があるのかもしれない。
(そう言えば……)
 ウーナが気付いた。先程まであれほど激しく空中を飛び交っていた敵の攻撃が、いつの間にか止んでいた。
(私たちが、動きを止めたから……?)
 ウーナは試しに機体のプロペラントタンクをパージしてみた。ドガン、ガラガラと大きな音を立てて落下したタンクが地面を転がり…… 直後、幾つもの砲声と共に攻撃が『ウーナ機』に殺到する。
「なるほど。音の発生源そのものを直接攻撃するわけではないのか。ミサイルみたいに飛んでくる魚型歪虚もいた事だし、その近縁種みたいなものかもな」
「ええ。これまでの被弾状況を顧みると、何かこっちの大きな動きに反応して突っ込んで来る感じみたいですね」
 再び動きを止めたウーナ機に対する攻撃が止んだのを確認して……確信を得た惣助と真が大きく頷く。

 ハンターたちの方針が固まった。
 敵がこちらの動きに反応して攻撃を仕掛けて来るというのなら。囮に全て惹き付けて一網打尽にしてしまおうという作戦だ。
「まだ動けるVolcaniusはあるのかな? もし無理なら私が覚悟を決めて囮になるよ?」
「いや、魚どもを釣り上げる的と言うなら、俺の機体が適任だろう」
 そうウーナを制した惣助の『真改』は全身に追加装甲を施した重装甲型だ。元々は正規のCAMパイロットではなかった惣助が扱えるよう、シンプルな操作性と生残性に徹した機体だが、数多の経験を経て操縦士としての腕前を向上させた今でも、愚直に高めて来た戦闘スタイルは貫き通している。
「あ。その囮についてですけど、マリィアさんから伝言です。『有人機を出すくらいなら私のGnomeを囮に出すわ』だそーです。ルルルン、ルンルン♪(←ニンニン的なアレ)」
 この本隊までやって来た理由を今の今まで忘れていたルンルンの伝言内容に、惣助は「は?」と絶句した。
「バルデス…… 何を考えている……?」
 沈黙したままの砲兵隊の方を見やって、惣助は沈黙する。


 ハンターたちが結界の中で作戦を練っている頃── マリィアは他の操作手たちと共に、擱座前にがっちりスクラムを組んだゴーレムたちの下にいた。
「この世界にはコールタールっぽいものはあるかしら? 乾きにくいペンキ、漆喰、セメントでもいいわ」
 僅かに光が漏れ入るばかりの岩の室の中、訊ねるマリィアに操作手たちが戸惑い、顔を見合わせる。
 化石燃料の存在しないクリムゾンウェストにはコールタールも存在しなかった。ペンキやセメントであればロッソの艦内かリゼリオ辺りに出回っているかもしれないが、少なくともこの遭遇戦の只中にいきなり手に入る物ではない。
「何か他に…… 何か…… 乾きにくく、触れば色が付くようなモノ……」
 焦りと共にマリィアが思考する。……地面を深く掘って、泥を塗る? いや、泥じゃ乾くのが早すぎるし、何より、給弾作業の為に随伴させた私のGnomeに穴掘りスキルは付いていない。
「あのー……?」
 操作手の一人が手を上げた。
「油みたいなものでも、いいんですかね?」
 ハルトフォート工廠で手伝いをしていた経験があるというその操作手が提案したのは、Volcaniusの『火炎弾』の中の油(のようなもの)を集めることだった。天啓を得たマリィアは彼の両手をブンブン振って礼を言うと、彼らと共にバラした『火炎弾』から油を取り出し(注:かなり特殊な演出です。色んな意味で危険ですので、絶対に真似しないようにしてください)、それを手分けしてGnomeに塗りたくった。
「Gnome。極低速で50m前進。後、その場をグルグルと全速で旋回して」
 スクラムを組んでいたゴーレムの1体が、マリィアの指示に従って行動を開始する。彼女のGnomeは僚機の砲撃中も動かずにいた為、敵の攻撃を受けていない。

 一方、マリィアから無線で連絡を受けた本隊のハンターたちは、ゆっくり、ゆっくりと攻撃地点へ移動していた。
「透明なお魚さんって、忍者みたいだよね! でも、飛んでるし……忍鳥? 忍魚?」
「忍魚っ! いいですね、あの不可視怪物体のことはこれよりコドネーム『忍魚』(にんぎょ)と呼称しましょう! 忍魚だったら実体を隠して忍び寄っても仕方ないのです!」
 そんな会話をこそこそとしながら配置につくウーナとルンルン。惣助機、サクラ機、ウーナ機で作ったトライアングルの中に、生身の3人とその相棒たちを置く隊形だ。

 Gnomeが目標に──本隊と砲兵隊の間の、幾らか本隊寄りの地点に到着した。
 ギアを切り替えたかのように全力疾走でグルグル回り出すマリィアのGnome。立ち昇る砂塵。たちまち無数の砲声と共にGnomeへ攻撃が集中し……同時に、油が付着したことで、見えざる敵が空中に浮かび上がる。
「あれは……やはり魚型か」
 『ダツ』。或いは『ガーフィッシュ』──CAMにもダメージを与えうる鋭い角を持った魚型の飛翔歪虚。その『透明化』は攻撃時にも解除されることのないほど強力なものであるが、透明なだけで実体が消え去っているわけではなく、付着した油まで見えなくする術はない。
「よし来たっ。1、2の3でぶっ放すぞ!」
「姿が見えれば怖くはな……いえ、厄介に変わりはないですが、見えないよりは大分マシです」
 惣助の合図と共に放たれる本隊の一斉攻撃。波動銃を構えた惣助機からマテリアルビームが放たれ、Gnomeへ集る忍魚の群れをエネルギーの奔流が薙ぎ払い、サクラ機が放ったプラズマグレネードがその反対側のエリアの敵を吹き飛ばす。
 奏音はその身に風を纏わせながら白竜への祝詞を歌にして詠唱・奉納し……『白竜の息吹』前方へと撃ち放った。Gnomeごと周囲の空間を呑み込み、貫く閃光── ゴーレムと敵影が霞む様に白光の中へ消えて行き…… 光が薄れていくと共に傷一つなく健在なGnomeが姿を現し、かろうじて生き残った忍魚たちは混乱し、狂った様に同士討ちを初めてその数を減らしていく。
 Gnome周りの敵の群れは大きくその数を減らした。だが、本隊の一斉攻撃に反応して、今度は本隊周辺を回遊していた忍魚の群れが──しかも、油もついていない敵集団が本隊へと襲い掛かって来る。
「敵が来ます!」
 ピクリ、と鼻を鳴らして宙を振り仰いだレグルスに反応し、真が敵を目視し得ぬまま皆に警告を発した。いつでも動けるよう待機していたウーナがマテリアルを目に集中し、空中に揺らぐ微かな違和感を頼りに敵を捉え、機の二丁拳銃の速射で以って宙に敵を撃ち砕く。
 全周から立て続けに鳴り響く『砲声』。それは忍魚が音速を突破した時に鳴る衝撃波の破裂音──即ち、ほぼその瞬間には敵の突撃に晒されている。
 敵の一斉攻撃が始まった。ガード役の鋼鉄の巨人たちが乱打され、甲高い金属音と共に破片と火花が周囲へ舞い散る。
(不味い……!)
 その攻撃の激しさに、惣助は機体を立ち上がらせると、機鞭で地面を叩いて敵の注意を惹き付けつつ、皆から離れるように移動させた。同時に『プラズマデフレクター』を機体に纏わせ、突っ込んで来る忍魚たちを電磁装甲で火花と共に受け逸らす。だが、その電磁装甲と物理装甲の二層すら貫いて来る敵の攻撃に、惣助は慌ただしくコンソールを操作し、使用不能になった回路にバイパスを繋げ、ダメコンを実施する……
 それと時を同じくして、砲兵隊側の群れの攻撃を一身に受けていたマリィアのGnomeが力尽き、荒野の上に崩れ落ちた。油付きの忍魚たちは再び回遊へと戻り……本隊側へと流れた一部が、戦闘を察知してこちらへ加速を始める。
 それに対し、サクラは擲弾(プラズマグレネード)を只中に叩き込んだ。続けて目に見える油をハンドガンで狙い撃ちにし、迎撃していくが、敵の数は余りに多く、その全ては阻めない。
「カリブンクルス!」
 血を吐く様なシレークスの指示にポロウが健気に立ち上がり、自分を中心とした空間に幻影結界を張り巡らせた。その瞬間、それまで的確にこちらを捉えていた敵の命中率が半減し、文字通り一息吐いたハンターたちは、その間に更なる対策を取る。
「『御霊』よ」
「ジュゲームリリカル以下省略。今、ニンジャの神を呼んじゃいます!(←小声」
 同時に式神を召喚し、それぞれ別の方向へ囮として走らせる奏音とルンルン。(ルンルンのはなぜかフラメンコを踊りながら)トコトコと走り去るそれに反応し、分散される敵集団。それにより敵の攻撃の密度が更に薄くなる。
「今の内に攻勢に出よう。反撃ばかりではこちらの損害が大きくなりすぎる」
 幻影結界の効果により地面に突き刺さった忍魚を大鎌で斬り捨てながら、真が反転攻勢の指示を飛ばす。
「カリブンクルス! もう一度『ピンガー』を打つです!」
 あと一撃喰らえばアウトという中、悲壮感すら漂わせて再び周囲の空間を走査するポロウ。そこへ突っ込んで来た忍魚をルンルンが「ニンジャバリアー!」(修祓陣)で威力減衰し。サクラが盾の殴打によって地面へ叩き落とす。
「生身の仲間へはやらせないです……!」
 その場に膝をつき、下半身を庇うように盾を置いてハンドガンを撃ち捲るサクラ機。その間に相棒の感覚共有を受けたシレークスが最新の敵の位置を周囲の味方へ伝達する。
「サクラ、奏音! 私の指差す先! 距離○○!」
 サクラはすぐにその指示に従い、最後の擲弾を発射してその敵集団を吹き飛ばした。奏音もまた『白竜の息吹』でもって別の群れを直撃し、混乱の渦へと叩き込む。
 直後、クンと鼻を鳴らしたゼフィールが短く警告を発し、奏音は相棒の背に張り付いた。瞬間、『スティールステップ』でその場から跳び辞さった刹那、その身体を掠めるように忍魚の群れが飛び貫いていく。
「視覚で捉え切れないなら…… レグルス! きみの間隔が頼りだ。頼む!」
 真は索敵を相棒に託すと、その場で『ウォークライ』を発動させた。天を衝かんばかりに放たれたレグルスの咆哮が空気を震わせ、周囲の忍魚たちの行動を阻害する。
 続けざま、イェジドは『狼嗅覚』で『追跡』した敵集団へ向かってその身を跳躍させた。その背で自身の大鎌にマテリアルの魔力を付与しつつ、何もいない空間へ向かって得物を振りかざす真。──目の前に敵の姿はない。だが、敵はそこにいる──
 真が真一文字に大鎌を振り抜いた。薙ぎ払われた忍魚が2体、手応えと共に見えないまま切り裂かれ、地面へと落下した。……攻撃範囲内の全て、というわけにはいかなかった。やはり見えない敵に当てるのはそれだけで難しい。
「……砲兵隊辺りの忍魚も大分減りましたね。今こそ、ルンルン忍法とニンタンクちゃんの力を合わせてドカーンと一発やっつけちゃう時間帯!」
 そんな事を呟きながら砲兵隊へと向き直り、指をパチーン! と鳴らしながら「ニンタ~ンク、viens ici!」と叫ぶルンルン。その指示に応じて、擱座したGnomeのスクラムの下から姿を現す「ニンタンク『大輪牡丹』」。シレークスから三度目の……最後の敵位置情報がもたらされ、その諸元を基にルンルンが命を発する。
「砲撃忍法火炎陣!」
 連続装填指示により素早く連射された火炎弾が、本隊近くの敵集団に飛び込み、周囲へ火炎を撒き散らした。揺らめく炎の只中に浮かび上がる透明の魚型── ルンルンはそこへ『地縛符』を投げつけ、敵をその場に固着する。
「火炎焼身霊波光線、正体見たりの術! 火炎陣の真骨頂何だからっ!」
 動けなくした忍魚を継続ダメージで炙りつつ、ルンルンは続けざまに『炸裂弾』を発射させた。だが、既に敵は移動していた為、何もいない地面に無為に着弾する。しかも、マリィアのGnome周りに残っていた忍魚たちが今度はニンタンクへ殺到し、ルンルンが慌てて『忍法死んだふり』の指示を出す。
 だが、それら炸裂弾の爆発は、決して狭くはない範囲へ大量の砂塵を巻き上げていた。砂煙の只中に微かに透明な魚型が浮かび上がり──そして、『直感視』を持つウーナにはそれで充分過ぎた。
 ウーナが自身を『覚醒』させる。生体マテリアルを活性化させての人機一体の超機動──フライトシステムの脚部バーニアを全開噴射させて空中へと跳び上がり、精密な機体制御で『身体』を捻って眼下に敵を見る。急激なGに身体を締め上げるパイロットスーツ──荷重に失神しそうになる意識をマテリアルで無理矢理繋ぎ留めつつ、視界に映る全ての敵の挙動を精査する『高速演算』。その相手の動きを計算しているのがCAMの演算装置なのか、自分なのか、境界が曖昧になる中──『マルチロック』で捉えた敵に、弾も枯れよとばかりに二丁拳銃を撃ち下ろす……


「いい加減……まとめて吹き飛べぇ!」
 普段、比較的物静かな……筋トレ以外、趣味というものを持たない惣助が、わらわらと集る忍魚の群れに苛立った声を上げつつ、頭上に向かって構えた波動銃から銃弾を連射した。
 マテリアルの光を伴い、真上に向かって飛んだ弾丸たちは、しかし、枝垂れ柳の如く弾道を下へと変えて周囲へと降り注ぐ。
 突如、頭上から降り注いで来たその一撃に、周囲へ屯っていた魚たちが次々と撃ち貫かれ。巻き起こった砂塵の中に浮かび上がった生き残りを、惣助機が素手で素早く掴んで握り潰し、光の粒子へ変える。
 パンッ、パンッ! と横合いから銃声がして、惣助機の周囲に浮かんだ残りの魚たちが弾けた。振り返った惣助機の視界に、ハンドガンの銃口を真上へ上げて近づくサクラ機の姿が映る。
「そっちも終わったのか?」
「はい。囮役、お疲れさまでした……」
 サクラの言葉に惣助は頷いた。正直、重装甲の自分の機体がここまで削られるとは思ってもみなかった。だが、その甲斐もあって、どうやら味方は勝利を得たようだ。一番敵の攻撃がキツい時間に多数の敵を誘引した彼の功績は小さくない。
 見れば、本隊の方の戦闘も終盤を迎えていた。ルンルンは「忍法戌三全集陣……戌三つ時だよ全員集合なのです!」などと叫びながら、砂塵の中に浮かんだ生き残りの忍魚たちを、奏音と共に符術で以って掃討しつつあり…… 砲兵隊側の群れを空中から撃ち落として帰って来たウーナ機は、最後の推進剤を咳込ませながら、リーナたちの所へ向かって疾風の様にザブンと着地する……
「僕たちも、味方の救助を」
 真もまたレグルスの馬首ならぬ狼首を巡らせ、そちらへと駆け出した。そちらに残る群れを倒せばこの戦いも決着だ。
 シレークスはそちらへ向かう前に、カリブンクルスの羽毛をポンポン叩いて労った。
「今日は良くやりました。帰ったら好きなだけ魚を食べさせてやるのです」
「ホー!(お魚は好きなのだわー!)」
 地面に身体を横にしたまま、グッと親指(?)を立てて見せるカリブンクルス。それに手を振ってリーナたちの元へ向かおうとしたシレークスは…… 横合い、左側から聞こえて来た物音に脚を止めた。その眼前を飛び過ぎていく見えない忍魚──瀕死の傷を負った敗残の身。透明化こそ維持しているものの、既に本来の速度もない。
 シレークスは右脚を一歩引くと、右側へと身体を向けた。そして、背後にエクラの紋章を背負いながらカウンターで敵を殴り飛ばす。
「……そりゃ、砲弾=敵本体って言うんなら、弾が飛んで行った方向──つまり、対角線上から再攻撃が来るって容易に想像がつきやがります」
 地面に落ちて暴れる忍魚に、歩み寄りながら告げる。
「こう何度も見せられて…… 手品ってのは、タネが割れれば怖くもなんともねーのですよ」
 拳を降り下ろし、止めを刺して粒子へ返すシレークス。そのまま地面へ突いた拳をゆるりと持ち上げながら…… 仲間たちを助けるべく、そちらへ向かって走っていった。

 半ば壊れかけたVolcaniusのスクラムの下から、砲兵隊の操作手たちと共に這い出して来て…… 歓声を上げる彼らをその場に残し、マリィアは破壊されたGnomeの元へと向かった。
 彼女にとって、このGnomeはあくまで道具であった。それでも…… 彼女は壊れた岩塊にそっと手を添えた。
「生き物相手にはこんな無茶は頼めない…… 道具だからこそ、壊れるまで命じることができたからこそ、皆を助ける事が出来たのよ」
 ありがとう── マリィアは『道具』にそう礼を言った。そして、まだ生きてる仲間たちを助ける為にその場を後にした。

依頼結果

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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 双璧の盾
    近衛 惣助(ka0510
    人間(蒼)|28才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    シンカイ
    真改(ka0510unit002
    ユニット|CAM
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    カリブンクルス
    カリブンクルス(ka0752unit004
    ユニット|幻獣
  • 青竜紅刃流師範
    ウーナ(ka1439
    人間(蒼)|16才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    ラジエル
    Re:AZ-L(ka1439unit003
    ユニット|CAM
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    マドウガタデュミナス
    魔導型デュミナス(ka2598unit001
    ユニット|CAM
  • 想いと記憶を護りし旅巫女
    夜桜 奏音(ka5754
    エルフ|19才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    ゼフィール
    ゼフィール(ka5754unit001
    ユニット|幻獣
  • 忍軍創設者
    ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784
    人間(蒼)|17才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    ニンタンクタイリンボタン
    ニンタンク『大輪牡丹』(ka5784unit002
    ユニット|ゴーレム

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    レグルス
    レグルス(ka5819unit001
    ユニット|幻獣
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ノーム」
    刻令ゴーレム「Gnome」(ka5848unit006
    ユニット|ゴーレム

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
ウーナ(ka1439
人間(リアルブルー)|16才|女性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2018/09/04 12:23:52
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/09/03 12:45:18