今は甘えたいの

マスター:凪池シリル

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~4人
サポート
0~4人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2018/09/04 09:00
完成日
2018/09/12 08:47

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●疾影士シュンの、例えばの話

 間に合わなかったんだ。
 現場にたどり着いたときにはもう、酷い有様だった。
 折り重なって倒れる死体。その身体には、死だけではない、負のマテリアルが纏わりついていた。
 ゆらり、その一つが動いた。生存者、という一縷の望みは瞬時に掻き消える。どう見ても生きているはずのないそれが動く。それは望みどころか絶望の上塗りだった。歪虚となったそれが、顔を上げて──
 なん、で。
 こんなのは、今までも体験してきた。
 死には慣れてしまっている。それこそ、嫌という程。
 動揺したのは、ただそんなことじゃなくて。
 起き上ったそいつの、虚ろになった瞳がこちらを向いて。その顔。
 なん、で、アンタ、が、今、ここで。
 だって。アンタが、死んだのは──

 ……跳ね起きた。
 夢……だった。
 じっとりと汗をかいている……のは、気温のせいもあるのだろうが。
 日の昇り具合から、時刻を推察する。いつもよりはやや早めだが、起きてもいい時間だろう。
 もう一度寝る気にはなれなくて、そのまま起き上がった。
 単純に。しんどいのだと、思う。
 別に過去を思い出すような、思い出さねばならないような何かがあったわけじゃない。
 ただ、ここ最近受けていた依頼に、じわじわと何かを溜め込んでいたのだろう。……リアルブルーの事情は正直よく分からないのだが、ろくな状況じゃないという事だけは理解できる。
 気の進まないような依頼。気の進まないような結果も、味わってきた。
 それでも、誰かがやらなければ誰かが無理矢理やらされることになるのだろう。
 そうなるくらいなら、やれる奴が率先してやるべきだ。
 そう思って、きた、けど。
 リビングにたどり着く。面している縁台に、見慣れた背中と、それから。
「ん? おや、早いね。文字通りのおはようだ」
 首だけこちらに向けて、一緒に住んでいるリッキィが笑いかけてくる。その声に重なって、みゃおう、と小さな声がした。
「そいつ」
「ああ。うん、迷い込んできたみたいだねえ。私も変に早く目が覚めたから、話し相手になってもらってたよ」
 言うとリッキィは先ほどまでそうしていたように、自分の膝の上へと視線を落とした。虎猫がそこに丸まっていて。
 …………。
「で、君は……大丈夫か? 少し疲れた顔に見えるけど」
「……。ああ。疲れてる。そうだな、疲れてる」
 単純に、それだけだ。そう、単純に。
 普段からこんなことにこんなことを思うわけじゃない、けど、今は。特に疲れているのだ。身体も、心も。だから。
 そこは。俺の、場所だ。
 馬鹿馬鹿しい。心底馬鹿馬鹿しいと自覚しながら、自分でも驚くほどに想いのままに行動に移した。
 縁台に出て、リッキィの隣に腰掛けると、その上に鎮座する猫をひょいと抱き上げてどかす。
 と、そのまま、占拠するようにその膝の上にポン、と頭を乗せた。
 横目で見上げた顔が。一度目を丸くして驚いて、それから、ふわりと微笑む。
「疲れてるんだな」
「……ああ。少し疲れた」
「そうかそうか。お疲れ様、だ」
 優しい声が降ってくる。くしゃりと髪を梳いていく、甘やかす手の感触。
 やるべきこと。そこから逃げたくなったわけじゃない。
 ただ少し、疲れたんだ。
 だから、今だけ。少しだけ。
 また、頑張る、そのために。
 どうしても、今はこれが必要なんだ──

リプレイ本文

 スケッチブックをペンが擦る、サラサラという音。
 微かなはずの音がやけに響く、静謐とも言える空間。だけどそこには何処か、ソワソワした空気が漂っている。
 その場に居るのは二人。ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394)とイブリス・アリア(ka3359)。
(イブリスさんの1日を貰えたの、です……! どうしましょう、何だかドキドキしてしまいます)
 ティアにとってイブリスは重度の方想い相手だ。
 一方イブリスにとっては、友人でも恋人でもなく、『特別なお気に入り』。物と思っているわけではないが──年下のお嬢ちゃん、位の扱い。
 それでも、ある程度は我儘を許されている、そんな立場。
 話しかけるのは──声が出せないため筆談だが──専らティアで、イブリスはそれに対して大体、受け身で反応を返すのみ。淡白なようで、どこか優しい時間だった。
「ぶっ……!」
 そんな時間の中でティアが語る中で、イブリスが不意に噴き出す。
「ちょ……お前それ……ふははっ!」
 ティアンシェは目を丸くする。今の話はそんなに笑うところだっただろうか──予想外の事態に慌てて対応しようとした結果、最終的にずぶ濡れになった話。その、己の姿を思い返して急に恥ずかしくなる。
 もう、違うんですと真っ赤になりながらイブリスを見て、その顔に、あ、これ本気で笑ってるんじゃない、揶揄って面白がってる奴だ、と気付いて、抗議のジェスチャーを強くする。イブリスはそんな反応も楽しんで。ティアにとっては、そんな時間も愛しくて。
 彼女だって、むくれてみせたりするのだけど。
「で、買い物に行くんだろ──……ティア」
 時刻と、彼女の機嫌と。絶妙のタイミングで、イブリスが彼女を呼ぶ──普段の呼びでなく、彼の機嫌がいい時の、彼女にとっての特別な愛称で──と、ティアは、うん、と、嬉しそうに頷いて立ち上がるのだった。

 二人での買い物。目的は、夕飯の買い出し。
 だけど、食材だけでは無くて時折道すがら、雑貨などに目を惹かれて。そうして時折、寄り道をしたりしなかったりする道行きに、今日だけは「さっさと行くぞ」と言われない。今日のコースは、彼女の気の向くままに。
 やがて一度腰を落ち着けたのは最近できたばかりのカフェだった。ここでのお目当ては、期間限定のチョコレートケーキ。
 じっくりと味わうとそれは、甘くもほろ苦くて。ほんのりと大人の味のそれは、何だか昔感じていたこの関係のように思えた。
(昔の自分なら、こんな風にお出かけ出来るなんて思ってないだろうなあ)
 ゆっくりと噛みしめながら、そんなことを、思う。

 そうして、またティアの部屋に戻って、買い出した材料を手に彼女が料理を振舞う。
 予め用意していたお酒、それに合うようなものをと、少しバタバタして、精一杯背伸びをして……それから、心を込めて。
 イブリスはそれに対して、特に彼から何を言うわけでもなく酒と共に口に運んで。それでも、
『……お口に、合いますか?』
 スケッチブックを手に彼女がそう問うと、そこでイブリスは素直な、好意的な感想を返した。
 ……いつもより長い時間。近い距離。心地よく、愛しい時間を彼はどう感じたのか。酒と食事で少し機嫌がよくなったのか、ふと彼が手を伸ばしてきて。まるで恋人にするかのように柔らかなタッチで、髪に触れ、さらりと流す。
『いつもの我儘……聞いてくれますか?』
 甘やかな空気にそのまま身を寄せるように、ティアが尋ねる。イブリスはわずかな微苦笑で肯定を示した。

 いつもの我儘──添い寝。
 二人して寝具に潜り込むと、イブリスはティアの後頭部に腕を回して彼女の頭を軽く引き寄せると、額に軽くキスをする。
「おやすみさん」
 イブリスがそう言って目を閉じる。ティアはドキドキと今日一日を振り返りながら。彼が寝たら寝顔を覗こう、等と試みるのだった──



「グデちゃんおんぶ大変なのでこれ以上太るのは勘弁してほしいですぅ……」
 ハンターオフィスで、星野 ハナ(ka5852)は何かを待ち構えているようだった。今は退屈しのぎに連れてこられたらしい彼女の幻獣──ユグディラのグデちゃん──と、間を持たせるために用意したおやつの争奪戦などを繰り広げている。コントのようなその状況を暫く過ごした後……
「チィさん! 個人的にお願いしたいことがあるんですぅ!」
 やってきたのは彼女が依頼で何度か同行したことのある辺境の戦士、チィ=ズヴォーだった。どうやら彼が彼女の目当てだったらしい。
「グデちゃん、これ全部食べていいから先に戻ってて下さいぃ」
 そうして彼女は、手にしていたおやつを幻獣へと押し付けると、慌てているのかやや雑な対応で帰そうとする。相手はと言えば、なんだかなあという態度を見せつつも慣れたことなのかそれともこの主にしてというべきマイペースなのか、満足げにおやつを奪い取るとのそのそと移動していった。
「チィさん、お昼奢りますから相談に乗って貰えますぅ?」
「はあ……まあ、構わねえですが」
 右手を差し出しながらのハナに、流れをよく理解しないまま了承するチィ。まあ彼もなんだかんだ、ノリで生きる奴である。

「チィさんって球ではなくても真円ですよねぇ……透さんと居ることで充たされちゃってるんだろうなぁと思いますけどぉ」
 連れてこられたのはいかにも肉体労働者が好むような大盛飯を出す居酒屋で、昼のこの時は、まさに想定しただろう客層でにぎわっていて喧騒に包まれていた。
「こんな美形でも私はチィさんに食指が動きませんしぃ、チィさんも私がタイプじゃないって分かってますけどぉ、それでもチィさんは窮鳥は懐に入れちゃうタイプだとも思うんですよねぇ」
 その喧騒に負けじとハナは語る。
「多分その頃私は女の賞味期限過ぎちゃってそうですしぃ、チィさんも40人くらい奥さんが居そうな気がしますけどぉ……どうしようもなくなった時ぃ、私を奥さんの1人にしてくれませんかぁ」
「奥さん、ですかぃ」
「私のやりたいことはこっちの世界にしかないんですぅ。でも根無し草なんですよぅ。親とは連絡つかないしご飯作らせてくれる相手はグデちゃんしか居ないし……駄目でも最後に行ける場所があるって希望が、口約束でも欲しいんですぅ」
「口約束、ねえ」
「私が消息不明になってもチィさんならどこかの部族の嫁になったんだろうで済んじゃうでしょぉ? 私がチィさんの噂を聞かなくなっても部族に帰ったんだなぁで終わるのと同じですぅ。でも透さんが演劇せず行方知れずになったら私は探しに行きますよぅ。結果無事なら会わずに帰りますけどぉ。お互い便りがなければ探しに行くような相手の嫁になりたいんですぅ、私はぁ!」
「いやこれ、手前どもは告白されてんのか、それとも告白した覚えもねえのに振られてんのかどっちなんですかい」
 ハナの話を聞きながら、チィとしては言いたいことが色々ありそうだった。が、一先ずすべて聞くべきと思ったか、それとも隙が無かったのか。暫く彼女が一方的に話す展開が続く。
「チィさんは透さんの友人でしょぉけど私は気も合わないただの1ファンですからぁ……」
 それでも、そこで一旦言うべきことが尽きたのか。尻すぼみになっていく言葉に、チィは僅かに首を振って答える。
「風を捕まえることは出来ねえ。留めたらそれはもう風じゃねえ。出来るのは今吹く風を感じることだけでさあ。……まず手前どもの部族には嫁って言葉はねえんですよ。一緒に居るのはあくまで今互いの気持ちとしてそうするのであって、将来に渡ってそれを約束で縛るという事は無いんでさあ」
「……あ」
「手前どもが透殿と居ると満たされるって言いやしたね。それもちょっと違いまさあ。透殿は確かに、手前どもがズヴォー族の戦士として満たされなかった最後の一欠けらを嵌め込んでくれた人ではありやすが。大好きだろうが尊敬しようが、人の心は知らねえところで変わるのは弁えるもんでさぁ。だから手前どもは己の確立に、他人を頼ることはあまりしねえんです」
 ズヴォー族は自由な部族だ。故に来る者は拒まないし去る者は追わない。来たいと言えばいつでも受け入れるだろう。だがその気風は、ハナが求めるものとは致命的に違っている気がすると、チィは感想を述べる。
「十年後の手前どもは今の手前どもとは別の人間でさあ。そいつのことを、手前どもが勝手に決めるわけにゃあいかねえ。手前どもがハナ殿に言えるのは──今の手前どもは、こうしてハナ殿と二人で飯食うのは嫌じゃねえっすよって、それだけでさあ」
 チィが返せる答えは、それだけだった。それでも。
「あと40年は頑張りますよぅ……ごめんなさいありがとうございましたぁ」
 ただ言うだけ言って。迷惑な甘えと分かっていて、それが成せたこと自体に満足したのか。彼女はそう言った。

 帰宅する。それでも今、そこには、彼女を待つ存在が居る。
「グデちゃん、一緒に……目指しましょぉ。それじゃご飯作りますねぇ」
 そうやって、彼女は、走り続けるのだ。



 訪問は全くの不意だった。
 返答しドアを開けた先に居た人物が、母であるジュリオ(ka6254)だとエミリオ・ブラックウェル(ka3840)が認識する、それまでのわずかな間声も出せないでいるうちに。
「エミリオ、遠駆けに行くぞ! 付き合え!」
 ジュリオは、高らかにそう宣言した。

 一体、これはどういう話なのだろう。
「……仕えてらっしゃる方はよろしいの?」
「今は避暑地でご友人方と楽しまれている頃だろう」
 成程、それで急にまとまった休暇が出来たという訳か。
「お父様でなくて良かったのかしら?」
 重ねての問いに、ジュリオは今度は一度ふむ、と考える仕草をした。確かに故郷に戻って夫と過ごす、という選択肢もあったのだろう。彼女も息子も、良い年であることは自覚している、が。
「偶にはな。……不都合か?」
 苦笑と共にそう問われれば、エミリオの気持ちとしては。
「いいえ。直々のご指名は……光栄ね」
 笑顔でそう答えて、そうして親子の一日は、こうして生まれた。

 広がる世界、生まれる風を全身で感じながら駆け抜けるのは心地よかった。ちゃんとついてきてるかと時折エミリオを振り返るジュリオの顔は溌剌とした笑みで。
 ……普段冷静な母がいつになくはしゃいでいる。そのことに、不思議と心が弾んでいくのをエミリオは感じていた。
 迷わず突き進む母を追う。目的地ははっきりと決まっているように思えた。さて何処に連れて行かれるのだろう。その事にもワクワクしながらついていくと……たどり着いたのは郊外のレストランだった。
 いかにも隠れ家的という場所と構えで、ハーブと有機野菜がウリらしいぞとジュリオが語る。
「休日に息子とデートと洒落こむのも悪くなかろう」
 そんなことを、冗談ぽく嘯いた……なんて思っていたら!
「よし、エミリオ。私のサラダを一口やろう、はい、あーん」
「あーん、て……お母様、やめてよ。私もう22よ?」
「何を恥ずかしがる。子供の頃はよくやっただろう」
 子供のころの話を持ち出されても……と、エミリオはあぁもう! と顔を覆う。無いが始末に負えないって、恥ずかしいという気持ちが決して拒否感からだけではないという事だ──本当今日は、どこかウキウキしている。
 結局、観念したように差し出されたサラダにエミリオは齧りついて。「ほら、私にもお前のマリネを食べさせてくれ」なんてジュリオはアーンと口を開けて。
 狼狽え続ける息子の姿に、ジュリオは微笑が零れる。
 評判だというランチの味は聞きしに勝るものだった。
 チーズと胡桃と太陽をいっぱい浴びた有機野菜のサラダ。
 柑橘ソースと数種のハーブを使った川魚のマリネ。
 香り高いバジルと森の茸の冷製パスタ。
 食用花を散らしたフルーツカクテル。
 テラス席の爽やかな風を感じながら味わうそれは十分以上に満たされるものだった。
 今の自分たち母子は、傍目にどう映るのだろうか。女口調の息子に、男装した姉妹にでも見えるか……それとも、己の姿に女装した兄弟とでも思われるか。
 親子よりも先にその発想に至ったことに、ジュリオは改めてまじまじとエミリオを見る。
 ──月日の経つのは本当に早い。
 背丈こそ自分と同じ位ではあるが……手も、肩幅も、立派な男だ。
 そして、私の愛する夫と同じ声で、私を「母」と呼ぶ。
「……お母様、どうしたの?」
 視線の変化に気がついたのだろう、エミリオが問う。
「お前が可愛いのが堪らなく、愛おしくてな」
「お母様? 酔っているの!?」
 食事とともに楽しんでた、春に醸造されたという木苺酒に視線をやりながらエミリオ。そんなに度数強いかしら、と訝しむ顔に──
「酔ってなどいないさ。エミリオ・ミクエル。私の可愛い息子」
 穏やかな。しんみりとした穏やかな声で、ジュリオは告げた。

 少し腹ごなししようと、レストランを出た後は裏手にある散歩道を歩く。
「手を繋ごう、エミリオ」
 そう告げてきたジュリオに、エミリオはやはり戸惑いがちに、それでも微笑して手を出して、
「あ、腕を組むのも悪くないな」
 そしてそんなことを言いだす母に、もう負けたわ、とばかりに好きにさせて。
 丁度、道の脇に開けた場所、休憩所におあつらえ向きの木陰を見つけると、ジュリオが昼寝を要求する。
「膝を貸してくれ」
「男の膝で気持ち良く眠れるかしら?」
 この頃になるとさすがに慣れた様子でエミリオは従った。
 ……ああ、今日の母は、本当に甘えたいのだろう。その相手に父でなく自分が指名されたことに、やはり照れより喜びが勝る。
 微睡はじめたジュリオの意識の中で、歌が聞こえた。息子の声。そして……
(これは私がエミリオの子供の頃に歌って聴かせた歌だ……)
 その歌に込められた意味は「貴方の事を愛してる」。
 木漏れ日。歌声。涼風。
 久方の休日は、どこまでも慈愛に満ちていて──



 喫茶店で、門垣 源一郎(ka6320)は何をするでもなく表通りを眺めていた。
 リアルブルーである。このところ増えたこちらの世界での依頼。それが終わった後。帰還までの時間を過ごしているところだった。
 行き交う人々を観察するのに深い意味があったわけでは無い。物思いに耽るのに流れる景色がある方が没頭しやすかった。
 ……依頼に応じて転戦する日々。身体に疲労は無いが、疲労は無いが心には前に進んでいないという焦燥が付き纏っていた。
 自分が為す事が正しい道に通じているのか。物思いに耽る時間はこのところ──伸びていく一方だった。
 メアリ・ロイド(ka6633)はそんなところに現れた。窓に面した、人気の無い角の席に居るのは彼女にとって想定済みで、迷わず真っ直ぐに源一郎の元へ向かう彼女は傍目には予め待ち合わせていた者同士にしか見えなかった。
「同席かまいませんか?」
 問いの形を取りながらも返答を待たずに彼女は腰掛けていた。正面ではなく、ソファ席の隣に。窓側に座る彼、その退路を塞ぐかのように。
 四人席で敢えて隣同士で座る、それも男女であることを考えれば取り立てて不自然な光景でもなかった。もっとも、その表情は二人とも、甘いとか睦まじいとかそう言った雰囲気とは程遠いようにも思えたが。
 とまれ、メアリは店員を呼び止めるとモンブランパンケーキを注文した。支度にも食べるのも時間がかかる、これは長く会話をするためにわざとだろう。
「……先にお支払いします。いつ向こうの世界に戻るのか分からないので」
 そうして、彼女は店員にハンターであることを告げて説明すると、支払いも済ませてしまった──もっともこれは嘘だ。帰還時間については、きっかり一分前にアラームをセットしてある。
 やがて、パンケーキが運ばれてきて。それを食べながら、彼女は語り始めた。
「この間は、ありがとうございました」
 ──というのは、一体いつの事なのか。礼を言われる意味も含めて、源一郎にはどれの事だか測りかねた。
「私が不安な時に確たる正義が、貴方が傍にいると安心する」
 空気でそれを察しつつも、具体的などれとは言わず、彼女は語り続ける。
「私には明確な正義がない──自分に関わった人達の幸せや平穏以外は興味がない。世界平和と身近な人の幸せなら、私は後者をとる」
 そこまで聞いて。
「君の正義に俺は必要ない」
 源一郎は口を挟んだ。素直に思ったことだ──狭い範囲であろうが、利他の心があれば正義を名乗るに足るという意味で。
 肝心な部分を語らぬそれは、素直に聞けば拒絶の言葉だ。
「最近の私頑張りすぎでしたが、強化人間と貴方の影響でした」
 それをどう受け取ったか、彼女は若干矛先を修正する。
「正義の心を持つ彼らを尊敬していますし、救いたい。……そして貴方が平和を望んでいるから」
 普段全く自分に興味のなさそうな彼が、自分が正義や戦い悩んで苦悩しているときは、嬉しそうだって最近気付いたから余計に。
 そう言って、彼女は源一郎を見る。相変わらず、読めない表情だった。
「君は一人で立てる」
 源一郎の正義がなくとも。メアリ自身ではなくメアリの正義を評していったのだが、やはり肝心と言える部分が省略されていた。
(……それ褒めてんのか?)
 当然と言うべきか、メアリとしてはそんな感想になる。
 溜息一つ。
「確かに必要無いけど、それがどうした。源一郎さんが居ないと、私にはもの足りないんです」
 そこに。源一郎として反論は無い。それはそれとして恋愛感情の話とかとは別、という認識はあった。……やはり、それを口にしないだけで。……そういうところが、駄目なのだが。
 源一郎の答えを待つよりも先に、タイムリミットが来た。メアリの帰還時間を設定していたスマホのアラームが彼女のポケットで振動する。
「ちょっと動かないで下さい、頬に睫毛ついてるのとりますから」
 反応するより先に源一郎の視界が陰った。甘い香りがする──モンブランの。ふわりと薫るそれが向かう先は、首筋。
 柔らかな感触、は、一瞬。
 直後そこに、浅く刺されたような痛み。
「これぐらいのご褒美はありだろ?」
 次に源一郎の視界に、いっぱいに現れたメアリの表情は笑顔だった。彼の首に残された赤。痕。独占欲──所有欲。
「痛んでいる時ぐらいは私の事考えて下さい。こんなにも欲しいと思った事、初めてです」
 その意味を源一郎にはすぐには理解しかねた。問いただそうにも、強制転移の時間を迎えた彼女はもう目の前から消えている。

(ファーストキスより先に血の味とは)
 戻った世界。柄にもなく照れている己の感情を、メアリは自覚した。

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重体一覧

参加者一覧

  • いつか、その隣へと
    ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394
    人間(紅)|22才|女性|聖導士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    グデチャン
    グデちゃん(ka5852unit004
    ユニット|幻獣
  • 華の創園
    ジュリオ(ka6254
    エルフ|24才|女性|符術師
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイド(ka6633
    人間(蒼)|24才|女性|機導師

サポート一覧

  • イブリス・アリア(ka3359)
  • エミリオ・ブラックウェル(ka3840)
  • 門垣 源一郎(ka6320)

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/09/03 23:57:35