ゲスト
(ka0000)
【空蒼】お前の声が、明日を照らす
マスター:凪池シリル
オープニング
──『金持ちが貧しい者のことを考えようったって、それこそ貧しいアイディアしか出てこないのよ』
高校の時だ。初めて自分の金で、プロの舞台を観に行った。演目はサンタ・エビータ。それまでの支配階級だった資本家たちからは成り上がりと弾圧の悪女と呪われ、そして虐げられていた労働階級からは聖女と呼ばれ今もなお国民的人気を誇る実在したアルゼンチン大統領夫人を題材にした脚本だった。
特にその劇を選んだことに深い意味があるわけじゃなかった。偶々思い立ったタイミングで調べてみたら、行けそうな場所でやっていた一つがそれだった、というだけ。そんなきっかけで観に入った舞台の感想は……
凄かった。それしか、言葉にならなかった。
彼女が駆け抜けた速度、その密度と帳尻を合わせろというかのように短すぎる終わりを閉じた生涯。だが描かれた物語は涙を誘うものではなかった──と、思う。そこから自分が受け取ったものは、ただただ熱く、激しかった。その脚本を形にした演技、その声にも動作にも、目と心を奪われ続けた。
静かなシーンにも知らず胸に降り積もっていた何かが、見せ場となるその時を迎えた瞬間、閾値を超えて溢れてくる。襲い掛かってくるような演技力の嵐、その怒涛に翻弄させられる、溺れそうなのに心地いい。
……泣かなかった。涙を誘う話じゃなかったから。ただそれ以上に、全身から何かを抜き取られていくような、そんな観後だった。
その日刻まれたものは、きっと、一生消えない。
●
駅前を往く人々は皆俯いているように思えた。覇気のない空気が漂っている。異常事態は世界各地どこで発生するかも分からず、今日を無事に生きられる保証など何処にもない──それでも、日々は続く。生活を放棄するわけにもいかず、家に居ても安全は担保されないのだから、仕事に、学校にと向かって……そして、虚しさを覚える。明日死ぬかもしれないのに、と。それでも、自棄になる度胸もない己に。
そんな駅前広場で、今日、人々は足を止めた。仮に設置されたステージがそこにある。何か始まるのだろうか。好奇心はもたげるものの、やはり表情は何処か虚ろだ──何か催しがあるのだとしても、今そんな気分になれるのかな。
現れたのは女性。小柄で、美人というよりは愛嬌がある丸顔。赤いワンピースで現れた彼女を、知っている人は驚きの顔を見せる、が。
「駅前の皆さん、お邪魔しまーす!」
やはり愛嬌のある声。和む雰囲気の訛のイントネーション。挨拶の後、軽いトークを交え宣伝であることを告げる彼女を取り巻く空気は、しかしまだ、重たい。
そうして。今日ここで一曲歌うと彼女は宣言して。
──始まった、叩きつけるような低く力強いボイスのロックに、揺さぶり起こされるように人々は顔を上げ、目を見開いた。
「ウチ、やっぱ皆の前で歌いたいんです」
彼女はそう言って、マネージャーと共に秋葉原にある、ハンターたちのための芸能事務所にアポイントメントを取って訪れてきた。
誰もが力を手に入れることが出来るようになった今。アイドルやアーティストたちは良からぬ考えを持つ者の標的になりやすいのでは、と、活動を自粛する流れは小さくない。それならば配信などで活動を、と思ったところで、同時に世界的な通信障害である。八方塞がり。そんな空気が漂う中で、先日無事千秋楽を迎えたという一つの舞台に、敏感な関係者は目敏く反応した。
……同じ舞台にハンターたちが立ってくれるならば。自分たちのライブでも、それを実現してくれるハンターは居ないだろうか、と。
繰り返しになるが、現在世界は広域で通信障害が起きている。ネットについては地域差もあるが不安定で、使えなくはないが確実とは言えない。だから、こうした告知も行われることになった。
彼女の歌は……ハチャメチャだった。ツッコミどころが多くて不条理なのに、ストーリーの筋は通っている。とある女の子の数奇な人生、それを、魅力ある歌声、力強さで無理矢理聴かせてくる。そうして、やはり降り積もっていくのだ。何かが。コメディな歌詞に爆笑しながら、それでもその底にある物語。それが、サビを迎えた瞬間、噴き出してくる!
伊佐美 透(kz0243)は、アンサンブル兼護衛として、そのステージに居た。黒のコートをメインにした衣装をはためかせながら、殺陣を組み込んだダンスパフォーマンスを披露する。似たような経験が無いわけじゃない。歌を交えた劇やミュージックビデオの出演。これも芝居だ。曲の世界観を演技で表す。最高に楽しい。彼女凄いだろう? 打ち合わせで聴いたときから、これを伝える時を待ちわびてた。
聴衆はいつの間にか顔を上げていた。彼女が振り上げる拳に突き上げられるように、自らも腕を振っていた。彼女を知らなかった者も、知っていた──本当に知っていた? 生歌のこの迫力を──者も。
その情動に触れながら、思う。希望って何だろうか。ずっと考えていた。ハンターが希望と呼ばれだしていた頃から。
いや。答えはとっくに、ずっと持っていた。あの日見た舞台。その日からあの人たちが自分の生きる光だった。あの人たちの次の公演はいつだろう。チケットが手に入ったらその時からワクワクして過ごした。
──『金持ちが貧しい者のことを考えようったって、それこそ貧しいアイディアしか出てこないのよ』
あの日刻まれた言葉が蘇ってくる。その物語の中で、エバ・ペロンは言った。貧しかった自分だから、貧しい者たちに何が本当に必要なのか分かるのだ、と。
俺も、と。今なら思う。笑ってやる。イクシード・アプリ? そんなものが希望に映るのだと思ったのなら、そんな者、強い奴が考える貧しいアイディアだ。力があったって、それだけじゃ戦えない。分かるのだ──自分は、弱い人間だから。何度も迷った。何度も立ち止まった。その度に、まだ戦おうと思うには。もっと力が欲しかった? そうじゃない。俺を、ここまで戦わせて、くれたのは。
──『ただ生き延びなきゃとそのために、毎日体をすり潰して、貧しい食事をする。それじゃあ駄目。貴方たちは、もっともっと望んでいい、望まなければならないの!』
聴衆たちの顔を見る。凄まじさに圧倒されながら、歌う彼女を見つめている。生きていれば望むことが出来る、最高の瞬間!
……やっぱり、アプリは広がらないでほしいと思う。だって俺が帰りたかったのはこの場所なんだ。皆が戦いを望み、勝利そのものが称賛されるのではなく。普通に生きて、普通に何かを楽しみにして過ごす毎日。願わくば、一時で良い、自分も誰かの生きる光にいつかなれたら。
そんな毎日を取り戻そうと、自分は戦ってきたんだ。
噂を聞いて、合同ライブ計画に参加を希望するアーティストたちの声が増えてきた。……どうか、その成功のために力を貸してくれないか、と、透はオフィスで呼びかける。
高校の時だ。初めて自分の金で、プロの舞台を観に行った。演目はサンタ・エビータ。それまでの支配階級だった資本家たちからは成り上がりと弾圧の悪女と呪われ、そして虐げられていた労働階級からは聖女と呼ばれ今もなお国民的人気を誇る実在したアルゼンチン大統領夫人を題材にした脚本だった。
特にその劇を選んだことに深い意味があるわけじゃなかった。偶々思い立ったタイミングで調べてみたら、行けそうな場所でやっていた一つがそれだった、というだけ。そんなきっかけで観に入った舞台の感想は……
凄かった。それしか、言葉にならなかった。
彼女が駆け抜けた速度、その密度と帳尻を合わせろというかのように短すぎる終わりを閉じた生涯。だが描かれた物語は涙を誘うものではなかった──と、思う。そこから自分が受け取ったものは、ただただ熱く、激しかった。その脚本を形にした演技、その声にも動作にも、目と心を奪われ続けた。
静かなシーンにも知らず胸に降り積もっていた何かが、見せ場となるその時を迎えた瞬間、閾値を超えて溢れてくる。襲い掛かってくるような演技力の嵐、その怒涛に翻弄させられる、溺れそうなのに心地いい。
……泣かなかった。涙を誘う話じゃなかったから。ただそれ以上に、全身から何かを抜き取られていくような、そんな観後だった。
その日刻まれたものは、きっと、一生消えない。
●
駅前を往く人々は皆俯いているように思えた。覇気のない空気が漂っている。異常事態は世界各地どこで発生するかも分からず、今日を無事に生きられる保証など何処にもない──それでも、日々は続く。生活を放棄するわけにもいかず、家に居ても安全は担保されないのだから、仕事に、学校にと向かって……そして、虚しさを覚える。明日死ぬかもしれないのに、と。それでも、自棄になる度胸もない己に。
そんな駅前広場で、今日、人々は足を止めた。仮に設置されたステージがそこにある。何か始まるのだろうか。好奇心はもたげるものの、やはり表情は何処か虚ろだ──何か催しがあるのだとしても、今そんな気分になれるのかな。
現れたのは女性。小柄で、美人というよりは愛嬌がある丸顔。赤いワンピースで現れた彼女を、知っている人は驚きの顔を見せる、が。
「駅前の皆さん、お邪魔しまーす!」
やはり愛嬌のある声。和む雰囲気の訛のイントネーション。挨拶の後、軽いトークを交え宣伝であることを告げる彼女を取り巻く空気は、しかしまだ、重たい。
そうして。今日ここで一曲歌うと彼女は宣言して。
──始まった、叩きつけるような低く力強いボイスのロックに、揺さぶり起こされるように人々は顔を上げ、目を見開いた。
「ウチ、やっぱ皆の前で歌いたいんです」
彼女はそう言って、マネージャーと共に秋葉原にある、ハンターたちのための芸能事務所にアポイントメントを取って訪れてきた。
誰もが力を手に入れることが出来るようになった今。アイドルやアーティストたちは良からぬ考えを持つ者の標的になりやすいのでは、と、活動を自粛する流れは小さくない。それならば配信などで活動を、と思ったところで、同時に世界的な通信障害である。八方塞がり。そんな空気が漂う中で、先日無事千秋楽を迎えたという一つの舞台に、敏感な関係者は目敏く反応した。
……同じ舞台にハンターたちが立ってくれるならば。自分たちのライブでも、それを実現してくれるハンターは居ないだろうか、と。
繰り返しになるが、現在世界は広域で通信障害が起きている。ネットについては地域差もあるが不安定で、使えなくはないが確実とは言えない。だから、こうした告知も行われることになった。
彼女の歌は……ハチャメチャだった。ツッコミどころが多くて不条理なのに、ストーリーの筋は通っている。とある女の子の数奇な人生、それを、魅力ある歌声、力強さで無理矢理聴かせてくる。そうして、やはり降り積もっていくのだ。何かが。コメディな歌詞に爆笑しながら、それでもその底にある物語。それが、サビを迎えた瞬間、噴き出してくる!
伊佐美 透(kz0243)は、アンサンブル兼護衛として、そのステージに居た。黒のコートをメインにした衣装をはためかせながら、殺陣を組み込んだダンスパフォーマンスを披露する。似たような経験が無いわけじゃない。歌を交えた劇やミュージックビデオの出演。これも芝居だ。曲の世界観を演技で表す。最高に楽しい。彼女凄いだろう? 打ち合わせで聴いたときから、これを伝える時を待ちわびてた。
聴衆はいつの間にか顔を上げていた。彼女が振り上げる拳に突き上げられるように、自らも腕を振っていた。彼女を知らなかった者も、知っていた──本当に知っていた? 生歌のこの迫力を──者も。
その情動に触れながら、思う。希望って何だろうか。ずっと考えていた。ハンターが希望と呼ばれだしていた頃から。
いや。答えはとっくに、ずっと持っていた。あの日見た舞台。その日からあの人たちが自分の生きる光だった。あの人たちの次の公演はいつだろう。チケットが手に入ったらその時からワクワクして過ごした。
──『金持ちが貧しい者のことを考えようったって、それこそ貧しいアイディアしか出てこないのよ』
あの日刻まれた言葉が蘇ってくる。その物語の中で、エバ・ペロンは言った。貧しかった自分だから、貧しい者たちに何が本当に必要なのか分かるのだ、と。
俺も、と。今なら思う。笑ってやる。イクシード・アプリ? そんなものが希望に映るのだと思ったのなら、そんな者、強い奴が考える貧しいアイディアだ。力があったって、それだけじゃ戦えない。分かるのだ──自分は、弱い人間だから。何度も迷った。何度も立ち止まった。その度に、まだ戦おうと思うには。もっと力が欲しかった? そうじゃない。俺を、ここまで戦わせて、くれたのは。
──『ただ生き延びなきゃとそのために、毎日体をすり潰して、貧しい食事をする。それじゃあ駄目。貴方たちは、もっともっと望んでいい、望まなければならないの!』
聴衆たちの顔を見る。凄まじさに圧倒されながら、歌う彼女を見つめている。生きていれば望むことが出来る、最高の瞬間!
……やっぱり、アプリは広がらないでほしいと思う。だって俺が帰りたかったのはこの場所なんだ。皆が戦いを望み、勝利そのものが称賛されるのではなく。普通に生きて、普通に何かを楽しみにして過ごす毎日。願わくば、一時で良い、自分も誰かの生きる光にいつかなれたら。
そんな毎日を取り戻そうと、自分は戦ってきたんだ。
噂を聞いて、合同ライブ計画に参加を希望するアーティストたちの声が増えてきた。……どうか、その成功のために力を貸してくれないか、と、透はオフィスで呼びかける。
リプレイ本文
開演に向けて、バックステージでは着々と準備が進められている。
「え、ビジュアル系バンドも出るの!?」
そう、央崎 遥華(ka5644)が視線を向けた先に居るのはアルマ・A・エインズワース(ka4901)だ。
「神妙にお縄につくですー」
そう言って化粧道具を手に追いかけるのはキャリコ・ビューイ(ka5044)。
キャリコの『その格好』を見て、全力で女形に改造してやろうという腹らしい。
もっともキャリコはと言えばウィッグを付けることもビジュアル系の化粧を施されることもさして気にしている風ではなかった。
ハイテンションなアルマとそのノリを淡々と受け止めているキャリコに、一緒に出演する予定の仙堂 紫苑(ka5953)は若干、ついていけるかと不安な様子だ。
(……ま、良いか)
最終的には割り切っているのか諦めているのか。そんな風に肩を竦めて……。
「シオンのパートはここからここまでですよーっ!」
「え? 俺も歌うの? マジで???」
パート分けを確認してくるアルマに慌ててみせるが、今更である。
──開演30分前。客席、開場。
まばらに集まり始めた人々で場内にざわめきが生まれ始める。
目前だからこそ長く待ちわびる時間の独特の空気。
「エット、コレ、終わったら渡せタラなっテ」
受付で、パトリシア=K=ポラリス(ka5996)がスタッフに話しかける。その手には三つのブーケがあった。それぞれ、コメットブルー、パステルイエロー、エメラルドグリーンの色を中心に。友人の応援に、とやってきた彼女だが、上演中、客席にこれを持ち込むのは邪魔になってしまう。
要請を受けて確認しに行った穂積 智里(ka6819)が、パトリシアが告げた相手と間違いなく知り合いであると連携すると、終演まで預かってもらえることになる。
アリガトー、とホールへと消えていくパトリシアを見送って、智里は周囲に悟られぬようにゆっくりと息を吐いた。
衣装や化粧、音響、照明などの専門的な役割りは勿論本職の人たちが請け負っている。彼女が引き受けているのは専ら、一つ一つは責任が重たくはない雑用に類するものだが、やることは多かった。
チケットの販売や確認、ファンから持ち込まれたプレゼントの管理。出演者から何か聞かれれば確認に行き、弁当やお茶を配ったり──あるいは、先ほどのように、楽屋に会いに来る人の身元確認をしたり、だ。
目まぐるしいのは確かだが、心細さを感じる一番の原因は、ハンス・ラインフェルト(ka6750)がそばに居ないことだろう。二人、一緒の依頼を受けて来たのに別々に行動するというのは珍しい。
そのハンスは今、じっと腕組みして場内を見つめている。なるべく目立たない場所に立っているのは警備上の思惑もあるが、隠しきれない剣呑さが場内の空気に水を差さないようにというのもあるだろう。
智里は中々二人一組でやる仕事がない、くらいに思っているようだが、彼にはもう一歩自覚がある。
今までのような小さなイベントでは一緒になる機会も多々あったが、こうした大きなイベントでは役割はきっちりと縦割りされる。
──人を怯えさせない外見で緊急時の避難誘導を期待されるマウジーと、暴徒鎮圧を期待される自分が同じ仕事になれるわけがない、と。
終了まで、会う機会は無いだろう。
そのことを彼自身は理解しつつ、それでも、分かりやすく拗らせている智里のことを、ハンスは警戒は怠ることは無くとも常に気にかけているのであった。
開演を待つまでの間。
強化人間施設の慰問に向かった人間も、それぞれ精力的に活動していた。
「この度はわざわざすみません」
軍系の施設の一つを訪れたエラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)に、施設スタッフの一人が丁寧に頭を下げる。
「彼らは大事な戦友です。リアルブルーの事件については、初動は彼らに任せるしかないのが現実ですから」
恐縮する職員に、エラは上からにならぬよう、かといってへりくだりもせず、自然な態度で接する。
おべっかではない。事実として、VOIDや、最近で言えばアプリ使用者が暴れようものなら、通常の力しか持たない一般兵士を前線に出せば死傷者を増すばかりなのだ。暴走の危険があろうとも、それでも強化人間を出動させなければならない状況は変わらず、そしてそのために守られた命というものは今もなお存在する。
彼女にとって、彼らはただ守るべき存在ではない。いずれ共に闘う「ヒト」として。そのために。
「あ、設置手伝います……それとも私は慰問に回る方が?」
ライブの中継作業を手伝いながら、意向を尋ねる。職員が、慰問という雰囲気を出すよりは、憂さ晴らしの機会になれば……といった反応を返すと、彼女は頷いて、そのまま作業を続行した。
(彼らは事情は様々なれど、力を手にし、何かを守ろうとした人達)
設営会場にちらほらと姿を現す人たちを見ながら、エラは想う。
楽しみよりもまだ、疲弊の色が濃い。このところの激動、それによる心労が伺えた。
その弱弱しい姿を見て──だが。庇護の対象ではなく、今は戦傷した戦友。そう認識するのが正しいと、彼女は判断している。
強化人間施設を訪れることを選んだ者たちは、皆、同じような気持ちだろう。
星野 ハナ(ka5852)はしかしその前に、と、出発前にチィ=ズヴォーと会っていた。
「私はチィさんを巌のようだと思っても風を感じたことはないんですよねぇ。たまには前や横で風を感じてきたらいかがですぅ?」
「……へえ?」
呼び出した用件は、先日付き合わせたことの礼のような物らしい。
「透さんがリアルブルーでビッグイベントやりますよぅ」
そう、情報提供をすると彼女は満足したのか、反応も待たずに踵を返して行ってしまう。言うだけ言われて取り残された形のチィは肩を竦めて……そして、彼女を追う事はせずどこかへと歩き始める。
ハナが向かうのはエラとはまた別の施設だった。敢えて一人で行ける場所を選んだのだろう。
やることはエラとそう変わらない。強化人間の人たちに声をかけて。中継の準備をして。
そうして、設営が終わった会場に集まった人たちに、彼女は頭を下げて挨拶を述べた。
「本日はイベントにご賛同いただきありがとうございますぅ。開始前にお礼をさせて下さいぃ」
注目が集まる。のろのろと向けられた視線には訝し気な色が漂っていた。礼を、言う? そっちが? そんな空気。
「私は今でこそハンターですけどぉ、この世界ではLH044の一般人でしたぁ。貴方達軍人さんが居るからVOIDの居るこの世界でも暮らしていけるってずっと感謝していたんですぅ。いつかお礼を言いたいとずっと思っててぇ……ありがとうございますぅ」
声にはありきたりなおべっかや慰めではない真実味があった。彼女もかつては無力な存在だった。そんな彼女に今があるのは。
……胸に触れるものが。取り戻した記憶と想いがあったのか。兵士たちの目の光が僅かに強まる。それを確認して。
「今日は是非楽しんでいって下さいぃ」
あとはただ、彼女は願うようにそう言った。
同じころ、ディーナ・フェルミ(ka5843)も。手分けしてたくさんの強化人間施設を慰問する方がいーだろーなー、と、また別の強化人間施設へ。
早朝からひいこらと、それでも笑顔で抱えてきた機材の中には、中継機器のほかにウォーターサーバーなどもある。
「それ、は?」
「今日はみんなで歌って踊って楽しめたらって思ったの」
設営を覗きに来た一人に、彼女はそう説明する。
映像を見ながら騒ぐなら、すぐ飲める位置に水があった方がいいだろうと。
「あはは……そう、ですね。楽しめたら……いいな」
応える少年の声には覇気がない。今こんなことをしている場合なのか。そんな余裕が自分たちにあるのか。
強化人間たちが一番深刻では……あるだろう。
ディーナはそんな少年の両手を取って、真っ直ぐに見つめる。
「心を強く持って希望を失わなければ暴走しないって結果が出始めたの。ストレスを溜めないで緩める所はじゃんじゃん緩めて明日に希望を持ってほしいの信じてほしいの」
ここで自分が迷いを見せてはいけないだろうと、彼女はしっかりと告げる。
そうして、開始前に目的を告げないと拙いかなぁと気付いて、皆が集まった頃改めて挨拶として同じ言葉を告げた。
「みんなの好きな軍歌も教えてほしいの」
最後にそう、添えて。
そうして、
日本国内の強化人間施設への訪問の機会がある、と言われて、複数のハンターが反応したのが、先日、ミミズ型VOIDが出現し暴走事件が起きた施設の事だった。
地中から出現し穴だらけにされた施設は流石にすぐに復旧とはいかず、そこに居た少年少女らは別の施設に移されていたが、彼らに会いたいという要望は叶えられることになる。
「いやー友達がアイドルやってる姿を見るのもかなり心惹かれるんだけどさー。でもやっぱり一番はここなんだよな」
テオバルト・グリム(ka1824)は、同行することになったハンターたちにそう、心境を吐露する。
「みんな元気にしているかな。……大した事は出来ないけど、少しでも元気になると嬉しいな」
その言葉には高瀬 未悠(ka3199)もしっかりと頷いていた。
大したことは出来ない。
それは……その通りだと思う。あの日のことを思いだすと、彼女の心に真っ先に浮かぶ気持ちは悔しさだ。あの時感じた無力さは、忘れることが出来ない。
それでも。
見知った顔が幾つか見えると、湧き上がる再会の喜びは本物だ。
「……遊びに来ちゃった。また会えて嬉しいわ」
飛び切りの笑顔を添えて未悠が告げると、少年少女たちの顔が和らいだ。
「あの時のお姉さん、ですよね。私も会いたかったで……す……?」
返答しながら少女の視線は、未悠からその背中にある巨大なリュックへと移る。彼女は笑って、その中身を広げて見せる。
「お土産があるの。楽しいことの前に気分を上げてかなきゃね!」
そう言って彼女が取り出したのはクリムゾンウェストからの品々だった。てんこ盛りのおすすめのスイーツ。
クリムゾンウェストから持ち込んだものはクリムゾンウェストに存在が紐づけられている。彼女の帰還と共に、これらは向こうの世界に戻されてしまうため土産に出来るものは限られる。そこで彼女は、希望する少女たちに化粧をしてあげることにした。この場所ではそんなこと教えてもらえないだろう彼女たちは大いに興味を見せた。少女たちの顔色が明るくなっていく。今はまだ、パウダーの効果だが。そうやって会話の時間を作りながら、彼女は聞かれたことは何でも答えた。紅の世界の事、ハンターの事。いつか行きたいと希望を持ってくれればと思いながら。
男の子はと言えば、今はテオバルトの方に集まっている。
「というわけで、このおばけクルミを使ってお菓子を作ります。割れないから誰か手伝って!」
幻獣の森にある、非常に大きなクルミだ。大変コクがあって美味しいらしい、が、割るのも大変という一品。数人の子たちが興味津々に近寄り、騒ぎながらその堅い殻に挑み始める。
……そうして彼に近づいていくのはやはり、テオバルトからも見覚えのある子だった。あの時声をかけた子。暴走して取り押さえた子は……この場には見当たらない。どこかに移送されたのだろうか。割れたクルミでクッキーを作りながら、テオバルトは改めて、あの時はよく頑張りましたと暖かくねぎらいの言葉をかける。そうして、その中でも特に見知った一人の少年を見つけると、にんまりと笑みを浮かべてその肩に腕を回して引き寄せる。
「その後彼女とはどうだい?」
「え。いやその、まあ……」
この少年は、同じ施設に居る少女と恋人関係にある。テオバルトにはそのデートを手伝った縁があった。戸惑う少年の声は、しかし、まんざらではなさそうだ。
「そっちはどう?」
そこへ、未悠が状況を覗きに来る。やはり、一人の少女を連れて。……薄く化粧を施された少女は、その可憐さを損なわないまま、前よりも少し大人びて見えた。
「え、えと、どう……かな」
「う、うん……そういうのも……良いと思うよ」
もじもじと言葉を交わす少年少女に、周りが囃し立てる声を上げる。
「うんうん、変わらずらぶらぶしてるみたいだね!」
テオバルトが満足げな声を上げた。施設内の空気は少しずつ、温かな風が吹き込み始めている。
フィロ(ka6966)はそんな雰囲気に微笑みながら、中継会場の設営に従事していた。
広いホールを、シートを利用してそれぞれ別の目的のスペースの認識できるように区切る。
広めにとった場所は、観ながら観客自身も歌って騒げるように。他方は、腰を落ち着けて。飲食しながらのんびり観るための場所として。
「本日は同時音楽ライブにご参加いただきありがとうございます。歌って踊る方はあちらへ、お座りになって鑑賞される方はこちらへどうぞ」
順番にやって来る人たちを、丁寧な態度で誘導する。ワクワクする様子を抑えられない少年少女たち。
同じく会場設営を手伝っていたトリプルJ(ka6653)は逆に気さくに、「元気だったか」、などと笑って声をかけた。
「あ、えっと……先日はありがとうございます」
Jを覚えていたのか、少年の一人が、まだどこかぎこちない様子で応える。Jはやはり、重たくならないようにそんな少年の肩をポンと叩いて、
「ストレスを溜めないとか使徒と戦って正のマテリアルを浴びるとかが良いらしいぜ」
などと冗談めかして言った。
「し、使徒と……ですか?」
その存在については当然、効いていたのだろう。少年は戸惑った反応だ。
大体希望者は集まった頃だろうか。時間的にも頃合いといった頃。
「──少しばかり昔語りをさせてくれ」
開演を待ちわびる皆に向けて、Jがそう切り出した。
「俺は転移前は統一連合宙軍中尉だった。俺がここにいる頃は誰も力なんて持っちゃいなかった。知恵と勇気と仲間達への信頼だけで人類を守ろうと戦った」
ゆっくり。一人一人の顔をしっかりと確かめながらJは語る。彼らは強化人間。知らぬとはいえ負のマテリアルを帯び──今は世界からその力を、存在を、否定されつつある、彼ら。
「お前達はもう力を持ってる。後は仲間を信じろ、VOIDや使徒を倒す知略を学べ、休む時には大いに休んで英気を養え。それだけでお前らは生き残れる、強くなれる」
それでも。
彼らは守ってきた。これからも守れる。それは……それだけは、否定しない。居なかった頃には届かなかった物がある、それを知る、彼には。
「俺はいつか必ずここに戻ってまた軍に奉職する。そん時はお前ら全員上官だ。希望を捨てず楽しんで今日も明日も生きて行こうぜ」
最後はやはり笑って、そう締めると、その後を引き継ぐようにフィロも前に出た。
「のんびり休んで英気を養うのが身体にいいのは、強化人間であれハンターであれ一般人であれ変わりません。今日は休んで楽しむ日、それ以上難しく考えなくても良いのではないでしょうか」
最後まで。落ち着いた声で、彼女はそう呼び掛けた。特別なことなどではない。この時も。ここにいる誰も。そう微笑みかけて──あとは、楽しむ皆の邪魔にならないよう、見守る位置に戻る。
いよいよ開演目前──
注意事項と共にそれを告げるアナウンスがかかると、ライブ会場の、緊張感にも似た空気は否応なしに高まっていった。一秒一秒が長い。
「そろそろ、仕舞った方が良くない?」
イヴ(ka6763)が。スマホを、どこか深刻な眼差しで見つめていた他の客に、呼び掛ける。そろそろ集中しようよ、と。やんわりとかけられた言葉に、男は少し気まずそうに電源を切った。
──無論のこと。
こうした場では、スマートフォンや音の出る機器については電源を切るのが、もはやルールとも言うべきマナーだ。上演中に音や振動が近くで鳴れば他の客にとって邪魔だし、音源機材に影響が出る場合もあるとも言われる。
だが、ドキリとした様子はそれだけでもなかったかもしれない。スマホ。イクシード・アプリ。この中に、その使用を迷っているものが居るだろうか。
この一声が。暗示となって思い止まらせることになったらいいな、とイヴは願う。自殺を思い止まるのだって、以外と空耳的な声かけが理由だったりするのだから。
……とまあ、それはそれとして。
ここからは、彼女自身も思いっきりライブを楽しむつもりで来ている。
いよいよ、ブザーとともに場内全ての照明が一度落とされた。
暗闇。
静寂。
弓を引き絞るように、緊張が高められていく。
ただ心踊るままに、イヴはステージの方向を見つめて──
光と音の洪水が、溢れ出てくる!
●
明るい音楽と光の演出と共にアンサンブルメンバーのパフォーマンス、それから出演者が順番に姿を表すオープニングアクト。それが終わると、ここからがそれぞれの見せ場となる。
ハンターたちの中で最初に登場したのは、霧雨 悠月(ka4130)。舞台中央に立ち、深呼吸して客席を見る。ポツポツと灯されるライトパープルのペンライト。応援してくれる人がいる。だけど、その揺れ方は、どこか不安げにも見えて。
──前奏が、スピーカーを震わせる。光の波が、背景を彩る。
(あぁ、この光、この音響……堪らないね。ゾクゾクしてきたよ!)
悠月は普段、クリムゾンウェストで音楽活動をしている。故に今回は自分が何か力になれるかと思って参加した。
彼自身、楽しみでもあった。リアルブルー故の音響機材。いつもとは違う感じで楽しめそうだと。
自分自身の楽しさ。それを助走にして──
(それじゃあまだノリきれてないお客さんにもこの空気を感じてもらうため、僕も全力で歌おうかっ)
彼の歌が、始まる。
遥か広い空を駆けだそう チケットはキミの心ひとつ
僕達も一緒に歩んでいくから 何も恐れることは無いよ
爽やかな曲に、歌声。
ペンライトが、テンポに合わせて揺らされる。
まだ躊躇いがちのそれを更に盛り上げようと、彼も歌って、踊って、手を振って。
俯く暇なんて、無いくらい!
(オールOK? フィナーレに向けてギアを挙げていくよーっ)
次第に盛り上がっていく観客にウィンク一つ。
更に明るく! 更に激しく!
ポジティブな彼の曲は、まだ暖まり切っていない場内を盛り上げるという序盤の役割を大いに果たしてみせた。
出番を待つ間、ステージの袖で。狐中・小鳥(ka5484)は手に握る汗を何度も拭っていた。
「こ、こんなにたくさんの人の前は初めてだから流石に緊張するんだよ」
何度目になるかわからない呟き。アイドルとしてステージに立ってきたことはあるけれども、これだけの大観衆の前は初めてだ。
深呼吸。震えそうになる脚を押さえて……いよいよ、自分の番。逃げ出す訳にもいかない。勢いを付けてステージ中央に躍り出て──顔を上げる。
埋め尽くすような人々の顔と……灯された、赤。わたしの、色。
「皆、今日は来てくれてありがとうだよっ!」
自然と、元気な声が出た。元気──そう。
前奏が始まる。明るい、アップテンポの。
歌いに来た。
届けに来たのは。
「世界中に届くくらい元気に行ってみようっ!」
客席に向かって宣言すると、彼女の身体が跳ねる──!
揺らぐ光の波に乗って、ステージの端から端までを翔ける、跳ねる、回る!
賑やかなアクロバット、だけど歌声も途切れることなく。
楽しい気持ちと元気が世界中、そして宇宙まで届け、と。
大観衆の前。失敗したら。気に入ってもらえなかったら。そんなことはもう、気にならなかった。曲が始まってしまえば。いつしか彼女自身、ただ全力全開で楽しんでいた。
曲が終わる。ピタリ合わせて舞台中央に戻る。
拳を振り上げて客席に向き直ると、観客も同じようにペンライトを掲げて。喝采と歓声を、彼女に浴びせてくれた。
序盤。まだ序盤なのに。わたしに。こんなに。
──うん。
「まだまだライブは続くんだよっ! 最初から最後まで飛ばして行こうっ!」
熱気はそうして、次の演者へと引き継がれる。
そうして、観客が少しずつステージの魔力に引き込まれたころ。
ここで一度、独特のどこか異質な空気が演出される。
今ステージを彩る光はどこか昏く、妖しさを湛えていた。そうして、スポットライトの照らす中央に浮かび上がったのは──
「わふー!」
アルマであった。自身もビジュアル系バンドの服装に扮したその空気はしかし、それでも前のWeb放送でのイメージを覆すものではない──『子犬系魔王の卵』。その不思議な雰囲気に、虜になった人たちがコバルトブルーのライトを手に黄色い歓声を浴びせる。
「今日はお友達連れてきたです! シオンー!」
呼ばれて、待機していた紫苑にスポットライトが当たる。ヴァイオレットのライトが客席で揺れた。
V系、というが彼の服装は黒と紫を基調に、浮かない程度に纏められたものだ。それでいて、程よく飾られたエレクトリックベースとよく調和している。
そして。
「キャリコさーんっ!」
呼びかけに、やはりキャリコの姿が照らされる。準備していた観客たちは、シルバーのライトを手に……固まった。
キャリコの、その格好。ドレス「アモーレ・ディ・ディアーナ」。狩猟の女神の加護を受けたといわれるワンピースドレスである。堂々と着ている。この日の為? いや違う。彼は依頼の時からこの服装だ。謂れの通り、射撃能力を高めてくれるというその性質故に。そしてそれを、誰も指摘しないからもう意識していない──まあ、この格好でアイドル活動するとも思っていなかったが。
「僕ら『Alcalion』です!」
まだ置いてけぼりの観客にかまわず、アルマが宣言した。なお由来はメンバーの名から少しずつ取ったものである。
演奏前のMCというノリで、アルマはそのまま話し続ける。
「シオンは僕の参謀なんですよー」
「……どうも」
紫苑が紹介に応じて軽く手を上げる。上がる拍手はまばらだ。アルマは続いてキャリコを指して……──
「……ってどうしてマスクです?」
そうして、キャリコに近づくとその鼻から上を覆っていた金属製のマスクを無慈悲に剥がした。
化粧を施された顔を晒されたところで、キャリコはしっかりと観客と向き合って。
「ハンターで猟撃士をしている、キャリコでーす」
挨拶をした。
単調な声だった。
ものすごく真顔だった。
そのまま──
「皆のハートもトリガーエンドしちゃうぞっ キラッ」
キラッ、まで完璧に素声。真顔。だがポーズは完璧。
瞬間。
アルマが撃沈した。
そうして、アルマが笑いだしたのを皮切りに、観客席に爆笑が広がっていく。
いやもう、こんなの無理だろう。すべてがこのための完璧なフリと言えた。きっちりまとめた紫苑の登場、アルマのマイペースな進行、すべてはこのオチのための。
「おーい」
「ふっ……ぶふぉっ……待って、ちょ……」
「お前が一番笑い死んでるなよ受け答えも出来なくなってるじゃねーか!? 持ち時間決まってんだぞ大丈夫か!?」
「ま、真顔がっ……! ひくっ……狡っ……!」
笑い転げるアルマ。フォローに焦る紫苑──そして真顔で佇み続けるキャリコ。客席のあちこちで、腹筋を痛そうに抱えながら笑うものが続出した。
進行が不安になるほどの盛り上がりだったが、それでも曲の開始時間までにアルマは復活して見せる。
始まった曲はそして……また、雰囲気を妖しい物へと転じさせた。落差に観客が呆然としてから──それ故に、目を惹きつけられる。
そこに立つのは魔王だった。冷たくて、妖しくて──……そして寂しいような。
アルマが作詞作曲のその歌は、暗い……ように思えた。既にいない誰かを想うラブソングのような。それでも、最後まで聞くと残るのは、それでも、前に進む意思。
アルマがギター。キャリコがキーボード。紫苑がベース。本職ではない彼らの技量は十分とは言えないが、紫苑が程よくエフェクトをかけてカバーする。
歌そのもので言えば、もっと技量の高いものはこの場に居ただろう。それでも忘れられない印象を、彼らは残していった。
MCも混ざり、観客にも盛り上がりが生まれて、ここがただ音楽鑑賞の場ではなく、一種の『祭り』なのだという空気が出来上がった頃。
満を持してというように、『彼』が登場する。
舞台は一度完全に暗転する。そこに生まれる一筋の光が浮かび上がらせるのは……闇よりもなお漆黒。
「俺様が歌うとなりゃ本来は百万ドル単位のギャラが発生するんだが……万民に力を与えるのもまた暗黒皇帝の務めだ」
重低音ボイスと共に存在感を増す異様。デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)。
彼こそはリアルブルーでもクリムゾンウェストでもない、超世界パーフェクトブラックからやって来た暗黒皇帝である。
誇大妄想かもしれない? だがそれは、この場においては否だ。
ライブという場所には魔法がある。現実を忘れ、一夜の夢を見るという魔法が。そのためのストーリーは強烈であればあるほどよく、それを共同幻想として魅せてやることが出来るのは正に彼のような存在のみに果たせることなのだ。
ジャガーノートをかき鳴らす。披露するのは彼自身が作詞作曲したハードロック『The MOON』。
この夢において。その歌声は何よりも危険で、その技量は往年のロックスターにも匹敵する。
満月夜は耀くばかり ウルトラ鶺鴒軍団は 飛ぶしかないことを分かっている
穴倉へと戻る 蛙たちについては とりあえず置いておく
その歌詞のメッセージ性は皆無であり不要。
俯いている連中に必要なのは何より「本物」を与えてやることだ。
確信は威容を生み、畏敬を人々に生み出していく。曲調に乗って黒のフラッグを振りながら、異様な空気に人々は確かに呑まれていった。
再び照明が落ちる。沈黙も。盛り上がった空気は一度ここで、別の何かに書き換えられた。そんな雰囲気の中。
再び輝くステージ。スモークを彩る光彩は、萌える炎の如きクリムゾン。勇気が湧いてくるような明るく、そして力強い音楽と共に彼は……『降り立って』きた。ジェットブーツで登場、紅の衣装は何処か近未来的。それを後押しするように、その肩には半分機械化された鳥、Lo+がとまる。これに心躍らない少年心があるものか! 時音 ざくろ(ka1250)、闇を切り裂くように登場である。
「みんなー、今日はピュアアルケミーの歌を楽しんで行ってね!」
高らかにざくろが呼びかけると、まるで童心に返ったようなイェーイ! という声が返ってくる。
クリムゾンウェストでやっていたアイドル活動、その経験を生かして、歌と踊り、ギターを披露。
歌うのはヒーローソングの様なロックだ。暗闇に包まれてもそれを祓い、未来を照らす人達が居る、だから挫けないでと、そんな想いを歌詞に込めて。
照らし出すのは、リアルブルーの装置だけではない。振りかざされる機導剣が残像を残し、低い姿勢で残心を決めるとともに弾け飛ぶのはワンダーフラッシュ!
跳んだり跳ねたりのざくろの動きに、蒼の世界と紅の世界、それぞれの技術の光で演出される舞台。
未来に不安ばかりの毎日だから、少しでも人々に夢と希望とワクワクする冒険心を贈りたい。この場の多くの人にとって未知の技術と共に魅せ付けたそれは、彼が期待する以上の効果をこの場にもたらしたに違いない。
再び明るさを取り戻したステージ。照明は燃えるような赤から落ち着いた橙へと変わっていき、やがて柔らかなパステルイエローへ。
舞台中央へ進んでいく遥華を迎えるように、客席のペンライトの色も切り替わっていく。
彼女もまた音楽としてはロック系。バンドの伴奏に合わせ彼女自身もアップテンポのギターリフを刻み、熱を込めて歌う。
Don't Play hooky. ぶん投げ方間違わないで
ドン詰まりでもいいじゃん ミライを生きたいんでしょ
投げ出したくないコト 奥底にあるなら
それがキミの生きる意味になる
「自分に勝つのが真の勇者」あの哲学者もそう言ってた
一歩ずつ歩けば道は拓ける そーでしょ?
歌詞に込める想いは。前に進む気持ちはそのままに、だけど「早まるな」の想いも込めて。イヴと同じだ。今は分からなくても、「その時」が来た時に、思いとどまる楔になってくれたらいい。
曲の合間に客へのアピール、歓声に手を挙げて──声を上げてくれるその人たちの中に、パトリシアの姿を認めて、この距離、だけどしっかり視線を合わせて手を振り返す。
アップテンポは最後まで。歌い上げて、演奏がピタリと止まって、一瞬の静寂。タイミングを計って──
「ありがとー!」
拳を突き上げての声に、やはり腕を上げて応える大歓声! その波に、彼女は手にしたピックを投げ込んで。興奮の風に押されるように颯爽と舞台を降りていく。
●
──これより休憩に入ります。
遥華の演目が終わると、そんなアナウンスと共にステージが暗くなり、客席にほんのりと明かりが灯される。
友人の晴れ姿に、パトリシアはふう、と満足げに息を吐いて背もたれに身を沈めた。
ぽつぽつと。皆が一度、ペンライトを消していく。皆が友人と気持ちを一つにしてくれた、優しいパステルイエロー。少しずつ。
消えていくその色に、ふと思い出す。聞いていた、あの子の出番はまだだろうか──それとも、必要なくなったのか。
引っかかっていたことを思いだして、ふとパトリシアは客席を見渡して。沢山の人の中、探す人物は見当たらなくて……。
(……デモ、もし会えてもパティは……逃げ、ちゃう……)
どこか安堵している自分に、そのことを認めた。
気になるのは先日の依頼で出会った強化人間、高瀬少尉の事。
──あの時なぜ彼があんなに怒ったのか。これまでの報告書を確認した。
気持ちがわかる、なんて言えない。でももし自分が彼の立場だったなら。
(想像しタラ悔しくテ、悔しくテ、悔しくっテ。涙が出そう)
──痛かったネ、ごめんネ。
勝手な想像で言いそうになるそれは飲みまなきゃいけないと。ぐっと力を籠めて……喉が痛い。
だけど、それでも伝えたい。
次にまた強化人間と共同作戦になるときは、アプリ使用者を助けようとした彼と共にがいい、と……──
時刻は、ライブが始まる前に遡る。
「来てくれたん、ですか」
呼び出した場所。そこに待っていた人物が居るのを認めて、メアリ・ロイド(ka6633)は吐息交じりに呟いた。
その言葉に相手──高瀬少尉──は、表情に不快感を露わにしていく。
「──……」
「脅したことはお詫びします」
彼が何かを言う前にメアリが誠実な声でそう言って頭を下げて、そうして少尉は言葉を失った。
メアリが彼を呼び出すために、事前に彼が居る施設へと言付けを頼んだ内容は以下の通りだ──「話したいのでライブの日会いたい。拒否する場合は、ライブの舞台上から、一方的に伝えるから覚悟しろよ? 高瀬少尉と私は大親友だって言うからな」
当然、ハンターとそんな話にされてたまるかと思う少尉は来ざるを得なかった。
「……で、何の用ですか」
不快……というよりは苦手という態度をメアリへと向けながら、手短に済ませろとばかりに少尉は告げる。メアリも小さく頷いた。時間を取らせるつもりは無い、ただ伝えたいことがあっただけなのだから。
「私は、自ら選んで強化人間になった貴方を尊敬しています。誰が何と言おうと弱いとは思わないし、その正義は誇って良いものだと」
「──……は?」
「先日の『使徒』の件は聞いています。囮になってなかったら、すぐには彼らは死んでいた。あなたは確かに──命を救ったんだ」
それは。
彼が求めていた言葉では、あったのだろう。複雑に歪み変わっていく表情、そこには、微笑や泣き顔めいたものも……見えた気がした。
「……そんなことを言いに、軍人を脅すような真似を?」
「貴方と友達になりたいと思ったから。ハンターではなく1人の人間として」
少尉は一度、深く溜息を吐いた。瞳が揺れる。
「……どの道、僕の命はもう長くないんでしょう」
そうしてぽつりと、彼は言った。寂しげな横顔は、これまで見たものより素を見せてきているように思えた。
そしてその言葉を理解して……メアリは知らず拳を握り締める。確かにそういう事に……なるのだ。強化人間が『契約者』であるのならば。おそらく少尉は、軍人として、その技術が確立されてからかなり早めに施術されたはず──ならば。
改めてこの一件、強化人間といいアプリといい、『知らず契約者にさせられる』ことの悪質さに、吐き気を催すほどの怒りを覚える。
「僕のこれまでの行動に、自棄や焦りがあったことは認めますが……それでも、今僕が考えるべきことは変わらないと思っていますよ。『ならばこの命を最も有効に使うにはどうすればいいのか』」
そうして少尉は、短く首を横に振った。
「今更、友誼を誰かと結ぶなど……互いにとって毒にしかならないと。僕はそう思います」
それは、意地ではなく本音に思えて……それでもそういう彼は、寂しげだった。
二部の開始まで、もう間も無く。トイレやら気分転換に席を立つ観客が戻り始める、その表情を夢路 まよい(ka1328)は、同じ観客席からぼんやりと眺めていた。
いつか、秋葉原でハンターの芸能活動事務所が開かれたときには、彼女も体験でダンスレッスンを受けさせてもらった……けど。
(結局、みんなの前で歌って踊ることを続ける決心はつかなかったな)
やっぱり、ぼんやりと思う。どうして、だろう。
(ううん、なにも人前で歌うのが恥ずかしいとか、そういうんじゃないんだ)
傍にいる人の視線を追うようにして、まだ暗く静かなままのステージを眺める。……ついさっきまであれほど華やかだった場所が、その分余計に寂しいものを感じた。
ああ、きっと、こういうこと。
(アイドルって詳しく知ってるわけじゃないけど、「みんなのモノ」で居なきゃいけないんだよね?)
……もしアイドルになったら、見る人皆の理想の姿で無くてはいけない。だから。
(……私はただ、私の好きな人のモノでありたいって思ってるのかもしれないけど)
そこまで考えて、こうも思い直す。ハンターの仕事だって、皆のために頑張る仕事と言えば、そうだ。
結局のところこんなのは、とりとめのない思考だった。持て余す待ち時間に、どうしても浮かんでしまう類いの。
──そう、どうしても。
今この時が楽しいかと言えば、間違いなく楽しんでいる、と、思う。
だけど、どこか複雑な想いも抱いてしまうのを、まよいは自覚していた。
●
第二部は、休憩を挟んで一度落ち着いた観客に合わせるつもりか、静かに始まった。
黄金色の輝きのスポットライトに照らされるのはシレークス(ka0752)。マイクスタンドの前に立ち、厳かな伴奏のもと、伸びやかな声で歌われる、異界の、異教の聖歌。
徐々に観客はその空気に浸るように気持ちを鎮めて……
──からの!
照らされる舞台全景、姿を現すバックダンサーたち、曲調は一転、テクノポップ風の明るく軽快なものに!
揃えて手足を伸ばすダンサーたちは爽快ながらも厳かさも残して。彼らを背に、シレークスはスタンドからマイクをもぎ取って、自らも片腕を伸ばしながら。
「流浪のエクラ教シスターシレークス、此処に参上なのです!」
堂々と、宣言した。
静から動、一瞬での転換。細胞の一つ一つが無理矢理目覚めさせられる感覚の快感!
一部の演技でまだ燻っていた熱狂の火種が、ここで一気に再燃する!
「おらおら、てめぇらっ! こんな時だからこそ、笑ってみせやがれですっ!」
呼び掛けに歓声が応える。
布教活動……なんて堅苦しいのは今日は抜き。
覚醒状態で煌めきを引きながら、意気揚々と声は高らかに。だが、アレンジされていても元は聖歌。始めに歌っていたイメージは引き継がれて。
その手には希望の鐘。鳴り響くその音に観客の手拍子が合わさる。それと共に、彼らの手にする金色の光が揺れる。
(こういうのは柄じゃねーんですが、気合い入れてやりますですよっ!)
第二部トップバッター、仕込みは上々、盛り上がりはまたここから!
リアルブルーのアーティストも勿論、スキルや覚醒特徴がなくとも技量において彼らに引けを取らないパフォーマンスを見せる。
熱狂は衰えることなく、やがて天の原 九天(ka6357)の出番となる。
「さぁさぁ、神の乱舞(ライブ)の始まりじゃっ!」
宣誓と共に、桃色の明かりに彩られる中、彼女の歌と舞が披露される。
──ほれ、儂神じゃし? きゃわきゃわな天道それそのものじゃし?
彼女には経験からの自負がある。そんな彼女のパフォーマンスは、元気に楽しく、そして神助──ファンサービスに満ちたもの。
「皆の衆楽しんでおるかのー!?」
『いえーーーーい!』
「働いたら負けかなと思うておるかえっ!」
『はーーーいっ!』
合間合間に挟まれる、ファンとの掛け合い。
ここまで観客がノってくれるのは、これまでの勢いに押されてのもの。
だけどこれこそが。今日の経験を、ただの『鑑賞』ではなく、特別な時間に変えるもの。
この場にしか無い空気。ここでしかできない経験。これこそが──ライブ。
楽しい場所。特別な場所。彼女がそれを生み出せるのは、全身から確信が満ち溢れてくるから。
──儂のはつらつとした笑顔を拝めば、誰しもにっこにこになるじゃろうしのっ。
その自信が、最高の笑顔を魅せる。
──神が笑わねば誰が笑う。俯くのなら儂が照らそう。
その輝きが、観衆を照らしていく。
──天道こそ、お主等がためのスポットライトじゃからのうっ!
「それじゃあ、締めには皆揃うて決め台詞といこうかのうっ!」
曲が終わって。ここ一番の声で、彼女は観客に呼びかける。
「儂が『一生遊んで!』といったら、皆は『暮らしたーい!』じゃ! 良いかえーー?」
返ってくるのは、了解の大歓声。
「それでは行くぞ! 『一生遊んでーーーー!?』」
『暮らしたーーーーい!』
九天の出番は、大盛り上がりで終了した。
場内は今温かな光に満ちていた。
壇上に居るのはアリア・セリウス(ka6424)。
月光のような白藍色の掲げられる彼女の姿は、観客達に身近な存在と示せるようラフにまとめられたもの。
そうしてギターの弾き語りで歌われるのは──『貴方の想いはきっと叶う』というエール・ソング。
その通り、力が沸いてくるような曲だった。盛り上げるような曲調と……込められた想い。
彼女が歌に乗せるのは、何時だって自由への想い。
それは憧れだったり、理想だったり──なりたい自分、自分の成したいこと。
一つのパートを歌い終えて、間奏に入る。月光を浴びる彼女の背後には、夜空が映し出されている。
その夜空に向けて一筋、天の川のように伸びる光。
……客席から生まれる、どよめき。
客席後部から手を伸ばせば届きそうなところに作られた「光の橋」。
その上──客席の真上を。
カーミン・S・フィールズ(ka1559)が『歩いて』登場したからである。
間近から見上げる観客は当然、見え辛いワイヤーでも張ってあるのかと目を凝らす。そんな視線をものともせず、カーミンは、悠然と。
白藍と共に掲げられる、月に照らされる空の色、ナイトカラー──私の桃色の髪はそれでも映えると自信に満ちて──を足元に、何もない光の上を、舞台に向かって歩いていく。
再び始まったアリアの歌それにハーモニーを重ねながら。
歌が始まるとともに、カーミンの姿はステージ上のバックモニターにも映し出されていた。これで観客たちは、カーミンの姿を気にすることなくアリアの歌に集中することが出来る。
そして、カーミンもまたステージに、文字通り降り立つ。このために置かれていたギターを手に取って、2コーラス目はダブルギターで厚みのあるサウンドに。
会場の熱気に、アリアのギターが奔る。
リハーサルからの予期せぬ変化、カーミンはそれに、培ったリアクション能力で対応して見せる。歌唱には、アーティキュレーションを揃えたハーモニー。
万人に届き、目を覚まさせる、それが重奏の音。
──それは小さな花が月の光に寄り添い咲くことを、唯々我が身に誇るように。
盛り上がりが最高潮に達する最後のサビのパートで、アリアはギターから手を離した。演奏はカーミンに任せ、全身全霊で歌唱する。
自分の心の中にある 貴方だけの想いの強さを信じて
自分の手で 脚で
想いは叶う。
集った想いは世界を変える。
込めたメッセージは、アリア自身も強く信じて、願うもの。
世界が、人の心のひとつひとつの集まりで出来て──ひとりひとりで、変えていけるのだと。
アリアは想いを。カーミンは技術を。必要なものを互いに持ち寄って高め合う共演に、観客は否応なしに引き込まれていく──
はあっ、と、袖に引っ込んで、鞍馬 真(ka5819)は息を吐く。
彼はメインではなく他人の演出に加わる形でコーラスやダンスに参加している。
目立つ役割ではないが、その分出番は多いと言えた。
零れたのは充足の吐息だった。ここまで、憂鬱や閉塞感を吹っ飛ばせるように全力でやって来たから。疲労は……むしろ心地よい。
タオルを貰って汗を拭う。それで籠った熱気の全てが払えたわけじゃなかった。高揚が燻っている。
そうして顔からタオルを外して視界が開けると、たった今、同じ曲で共演した透と視線が合った。
「……正直さ」
気付けば。
思いの丈が、勝手に口から零れていた。
「この戦いで何もかも投げ出したくなったことは何度もあるんだ。苦しかった。逃げ出したかった」
苦しい戦い。今は本当に、苦しい戦いをしていた。身体だけじゃない、心を削らせてくる。
「……でもその度に、帰る世界を取り戻そうとする透の姿が、私を前に向かせてくれた。きみは、私にとって希望の光なんだ」
「い……や、俺、は」
咄嗟に透は何かを言い返しかけて……飲み込む。真があまりに、強い目で自分を見ていたから。
「ありがとう、共に戦わせてくれて。ありがとう、私に希望を見せてくれて。……きみに出逢えて良かった」
一息に。
止まらない言葉を最期まで吐き終えて──固まっている相手を見て、我に返る。
「い、いきなり変なこと言ってごめん! 何というか、守りたいものを再認識した今だからこそ伝えておきたいって思ったから……」
しどろもどろになる真の様子に、透は逆にそれで冷静さを取り戻して、そうして。
「──……届くか分からない夢を追い続けることは、やっぱり簡単なことじゃなかったよ」
ぽつりと、そう言い返した。
「それでも今諦めずにいられたのは。ただ願いばかりを想ってきただけじゃなくて……その道のりで、大切な仲間が出来たからだ」
戸惑いに彷徨っていた透の視線は、今は真っ直ぐに真を見返している。
「クリムゾンウェストに飛ばされたことは、俺の夢そのものには遠回りになったんだろうけど。それも無駄じゃなかったと、今は思えるんだ。願い続けることが出来たのは、だからだよ──だから。俺こそ、ありがとう、共に戦ってくれて」
そう言って、透はステージに視線を戻す。今はここも、『共に戦う場所』。
また互いに視線を合わせて、頷いた。まだこれで終わりではない。ここまで来たら、あとは……──
ステージには今、天王寺茜(ka4080)がショルダーキーボードの演奏を披露していた。
鮮やかな緑のシャツを着た彼女の演奏は、リズム感のある楽しい気持ちを表したポップな音楽。
演奏に合わせて緑色の音符が踊るように跳ね回る映像を流す演出に、観客はエメラルドグリーンのライトを揺らしながら心地よくリズムに乗っていた。
……今、舞台上には彼女一人。これまでのパフォーマンスと比べると控えめな演出と言える。
観客は彼女の演奏を楽しみながらも、歓声や騒ぎについては少し小休止、といった気分かもしれない。
それで──いい。
彼女には分かっている。自分の演奏はあくまで繋ぎ。人手は、この次の準備に割いてもらうための。
観客が一息つけるのも。どうか、次の曲で大いに盛り上がれますように。
だから自分が称賛されなくてもそれでいい。ただ、これまで皆が頑張ってきた盛り上げを、失わずに次を迎えられるように。
キーボードも現代機械。機導の徒で事前に十分に操作は理解した。出したい音をイメージすれば、指先はそれを実現している。
決められた曲を、ミスなく弾ききって──
「どうもありがとうございましたっ!」
丁寧にお辞儀してから、元気に手を振りながら舞台袖へと。
……役目は果たした。皆準備はOKだよね? 全ては……此処へと向かうために!
「皆ー! 盛り上がってるかー!」
これまでの盛り上がりを経て。
遂に登場するのは、このライブのきっかけとなったロックシンガー、鹿島ヒヨと、彼女と共演を申し出た大伴 鈴太郎(ka6016)である。
それぞれ、バーミリオンとコメットブルー、鮮やかに映えるワンピースドレス。鈴はそれに、色の名前に合わせて彗星のモチーフを取り入れて。
「そんじゃあうちの曲も聴いてってなー! 今日この日、まさにこの時んために書き下ろした新曲……──」
そうして、ヒヨはそこまで宣言すると、少しタメの時間を取った。
観客の興味が一点に向かう。様々な個性のアーティストが集結したこの祭り。その、締めに相応しい曲の、名は──?
「『終われへん』」
それが聞こえて。
終わんねーのかよ!? とツッコミを入れたくなるタイミングで、スピーカーを激しく振動させるサウンドがそれを叩きのめした。
ヒヨの、彼女だから持つ歌声に、鈴はただ、必死で食らい付いていく。
歌われるのは汗の滲みが見えるような夢への道程だった。
上手くいかなくて、
時には叩きのめされて、
でも、ここで終われへん。
一番が歌い終わり、間奏が入って……──
そして、客席のあちこちから、悲鳴じみた歓声が上がった。
これまでの出演者が、客席のあちこちから姿を現したから!
悠月が慣れた様子で、手を振ったりウィンクを投げたり、時には手すりにしなだれかかったりと手本のようなファンサービスを披露しながら練り歩いて、主に女性客から黄色い悲鳴を挙げさせる。
逆に主に男性から声援を引き出しているのは九天。尽くされるために。求められる偶像であるとはどういうことか、彼女は知り尽くして、その笑顔で観客を魅了し続ける。そして、それを知っていたわけでもない、それでも。まよいは、九天がその横を通り過ぎたとき、その笑顔から目を離せなかった。
小鳥は兎に角、身軽に走る! その元気を、全ての客席に振りまこうかというように。
大観衆。大歓声。その中で。
「っ小鳥ちゃーーーん!」
その声は。確かに聞こえた。振り向く、そこに。とりどりの色に囲まれて、自分に向かって掲げられた赤。
……夢の中に居る。彼も、彼女も。笑顔で手を振り返して、彼女はまた走る。
アルマ、キャリコ、紫苑はやっぱり、三人で固まって歩いていく。女性客の一人が、ねだるような視線と共に指で作ったハートマークを彼らに見せると、アルマはキャリコをつついて見せて。
「……きゅん」
キャリコが真顔で言って胸の前に指でハートマークを作って見せると、またアルマが爆笑して。崩れ落ちそうな彼を、紫苑が引き摺り立たせてまた歩く。
彼らが去ったその後には、二人が何をやらかすかとフォローに奔走する紫苑を労うように、ヴァイオレットが振られていた。
「きゃーー! アルマさーん! キャリコさーん! 紫苑さーん!」
今はただ無我夢中でイヴは叫んでいた。誰もを応援したかった。知らないアイドルも、なんとなく名前を知ったら親近感がわく。
誰かが傍を通るたびにその名前を叫んで。今もヒヨと鈴は歌っているから、ペンライトの切り替えが追い付かない!
そんな彼女に、近くに居た、幾つものペンライトを指に挟んだ人──あからさまにこうした場に手慣れた──が、「使って!」とその一本をイヴに差し出してくる。
「ありがとう!」
躊躇わず、彼女はそれを受け取った。
相手は、彼女がハンターであることなど知らない。覚醒者に劣等感を覚えてアプリ使用する人多いから、敢えて演者についてもその事には触れなかった。だからこそ、この瞬間は奇跡。
──これもまた、ライブの魔力。演者と観客だけじゃない、観客同士の一体感。
客席最上段。スポットライトが当てられて、睥睨するように腕組みしたデスドクロが姿を現す。胸を逸らし、重厚に歩むその威容、暗黒皇帝の登場に民草は自然に首を垂れる。
と、そこに、逆の角からざくろが姿を現した。闇を切り裂くように、ヒーローの登場だ! 親しみやすい笑みを浮かべるヒーローに、人はまた上を向く。
畏敬と憧憬。対比するような感情に揺さぶられて、それはしかし、互いを高め合って立ち昇っていく。
客席、中央を縦に割る通路に黄金の光が降り注ぐ。光の道を、シレークスが荘厳に歩いて、人々に手をかざしていく。異教のシスター。翻って、多くを日本人が占めるこの場所に、信仰は無かったかもしれない。だけど、救いの光は間違いなくここにある。
彼女の歩みに合わせて、客の視線は後方から前列へ。パートは間もなく、二回目のサビに入る。そこへ、コーラスを合わせながら、客席最前列前の通路を両端から、真と透が歩いてくる。そうして。中央で合流すると、笑顔で二人肩を組んで、空いているそれぞれの片腕は客席に向かって広げて見せる。ふと向かってきた声援に、ハナの声掛けでやって来たチィの姿を見つけて。透はそのまま、楽しそうに笑っていた。
またサビが終わり、パートは長い間奏へ。両端の通路を後ろから前へと駆け下りてきた遥華と茜の二人が、そのまま舞台へと駆け上がる。舞台上で合流して、じゃれ合うように軽く肩をぶつけあってから──ギターとショルダーキーボード、二人のセッションプレイ!
遥華と茜、それから鈴。応援してる全員がステージ上に揃って、パトリシアが力の限りペンライトを振って応援する。
ゴンドラが下りてきて、舞台上空に姿を現すのはカーミン。そこから、彼女は再び、何もない虚空に脚を踏み出してみせて。
見下ろす一点、客席の、まさにど真ん中。その演出につられ観客が視線を映せば、いつの間にそこに現れていたのはアリア。
カーミンが両腕を掲げる。さあ、ここが過ぎれば最後のパート。そこへの最高の盛り上がりに向けて──やるでしょ? 演者と観客、コール アンド レスポンス!
カーミンが、客席中央に向けてコールする。
アリアが、それにレスポンス。
OK? 把握したわね? それじゃあもう一度、最高に盛り上げて!
一つになった大声援に、場内の空気が激しく揺れる。
さあ、クライマックス──
レイア・アローネ(ka4082)は中継の大画面を見つめて、強く、強く拳を握りしめていた。
……ステージには、見知った顔もあった。直接参加したかった気持ちも──やっぱり、ある。
それでも彼女が強化人間施設慰問を選択したのは、この一連の戦い、力及ばずな事が多過ぎた……という想いからだった。
その選択は結局、間違いでもなかったのだと、思う。
自己満足かもしれないが私に出来る事をしたい……その想いの先に。今、彼女の前には夢中になって画面を見つめる強化人間、明るい顔をした彼らが居る。
(こういうのに参加するのは初めてだが……いいものだ)
抱いたその気持ちは、偽りのないものだった。
ディーナは出向いた強化人間施設で、ずっとライブに合わせガンガン歌い踊って盛り上げていた。
もし彼らが深く傷ついていたら、と、サルヴェイションもその動きに乗せていたが、いつしかそんなものは必要なくなっていた。
というか、彼女自身そんなことすっかり忘れていた。とっくにそんなものの効果は切れていて。だけど、その場の皆で、謡って、踊って、笑い続けていた。
どこか人気のない河川敷で。
高瀬少尉は、タブレットでライブの配信を確認していて、メアリはその傍で見守っている。万一のことを考えると、ライブ会場には入れなくて。だから、「暴走を見守るやつが必要でしょう?」と言われれば、断れなかった。
配信が乱れて少尉が諦めたような顔をすると、メアリがさっと手を出してチャンネルを切り替える。
見知った顔が写った瞬間、少し目を見開いて。直後、面白くなさそうな顔を見せる少尉が、メアリには面白かった。
「L・O・V・E! ラブリー・リン!!」
幾人かのハンターが訪れた例の施設でも。主に未悠が中心となって、盛り上げを生んでいる。
「声が小さいわよ! もっと自分を解放して楽しんでっ!」
そんな声が扉の向こうから漏れ聞こえてくるのを耳にしながら……──Gacrux(ka2726)はそっと、中継室から離れていく。
独り向かう先は慰霊碑。先の事件で犠牲になった子たちに花を供えるために。
その道行きで思い出すのは……中継が始まる前に、恋人たちに伝えた言葉。
「俺も強い人間ではありません。自責、罪の意識、後悔……気が狂いそうな衝動に、自棄になる事もあった」
伝えたかったのは。彼らが今後、生きていく為の言葉。
「それでも、ある人が俺に言ってくれた──『生きていてくれて、ありがとう』、と」
それを聞いた少年の目は。それは誰の言葉ですか、と、問うていたのは気付いていた。
それでもGacruxは、その名前を告げることは無かった。
(……彼女の言葉は俺の光となった)
花を捧げながら、静かに省みる。
その言葉は、今もこの世界の誰かが必要としているかもしれない。
恋人たちだけじゃない、他の強化人間にも、今日まで頑張って生き抜いてきた事に労いの言葉を掛けてきた。
……言葉を託し、後は信じて任せてきた。
(小さな希望の言の葉も、何時かは世界を覆う大樹となるだろうか──)
再び、ライブ会場。
今、とりどりの光がその客席を彩っている。
彼らは今、意識しているだろうか。『何故』、今その色を手にしたか。
それぞれに、あるはずだ。その色を選んだ理由、惹かれた理由、一人一人に、その意味が。
この光が、今日この日。投げかけられた詩に、見せられた想いに、刻まれたものは間違いなくあるという証。だから、演者の想いや言葉だけではなく、施設を訪れた誰かの言葉、姿ももしかして。
まだ彼らには分からなくても。この光は。闇に迷ったその時に、きっと彼らを照らす声になる……──
……そう、素晴らしいステージ。素晴らしい輝き。
だけど、何を見たって、智里の心にただ一つ、輝くその光の色は、姿は。
思い返す。今日のステージの前半、判別できない轟くような音と熱気が、ライブが成功裡に進んでいると伝えてきた。
──それを、独りで確認するのがどうしようもなく寂しかった。
一緒に家を出て来たのに。
一緒に暮らすようになって、まだ半年ちょっとしか経ってないのに。
そんな彼女に、休憩の合間。ハンスは時間を作って彼女に会いに来て……そっと近づき頭を軽く撫ぜてくれた。
「マウジー、そろそろイベントも折り返し地点ですよ。今日は何を食べて帰りましょうか」
きっとその時。尻尾があったら千切れんばかりに振ってたんじゃないか。そんな風に見えていた気もする。
ああ。
終わったら。一緒に、今日のことを労い合おう。
何度拗れてもこれだけは見失う事のない、私の、私だけの光。
鈴は。
正直に言えば、初めに参加を決めたのは透がライブに出るなら観たいという下心だった。
いざヒヨと会って、その歌に魂を揺さぶられて。誰かハンターが共に立ってほしいという申し出に、気がつけば共演を願い出ていた。
……一度は怖気づいた。差を埋める為に覚えたての奏唄スキルを使おうと思って──スキルでは自分が感動したモノに届かないと悟り、やめた。
ただ目一杯ステージを楽しんで完全燃焼しようと思った。
皆がこの一瞬夢中になれる様に。
胸にこの歌が流れるたび希望を抱ける様に。
今は──何も考えられない。
熱い。熱い。ひたすらに。何だこの空気、リハーサルと全然違う!
……今なら分かる。どうしても皆の前で歌いたい、自分みたいな素人と共演してまで、ヒヨがどうしてそう願ったのか。
頭が真っ白になりそうで。だけど、迸る想いが。歌となって、溢れだして、止まらない!
終われへん 終われへんの、まだ
ゴールここじゃなかった もっと走りたい、この先へと
地べたを這いつくばるようにして叶えた夢。それでも、終われない。そんな歌を。
歌いながら、いくつもの輝きが目に映る。
客席のあちこちに現れた仲間の姿が見える。
皆がここまで繋げてきてくれたものが、そこに在る。
希望。
元気。
仲間。
在り方。
ワクワク。
優しさ。
信仰。
生きざま。
エール。
友情。
──……終われへん。
一節を歌い上げて。
今度こそ本当に、頭が真っ白になった、
あれ? この後どーすんだっけ? 思い出せない。パニックになる。ふと見ると客席が静まり返っていて……やってしまったか、と青褪めて。
「あー……」
隣で、ヒヨが悲しそうな声を上げた。
「何で終わってまうんやろ、なあ……」
その言葉と共に、客席のあちこちで吐息が零れていた。……すすり泣きも、聞こえてきた。
鈴はそこでようやく我に返る。
終わった。そうだ、これで終わりなんだ。
この後も何も……無くて。終わっ……た。終わっちゃうんだ。こんな最高の時間、だったのに。
泣いちゃだめだ。まだその時じゃない。だけど。
「なあ皆ぁー!」
ヒヨは、明るい声で言う。
「また、会おうなぁー!」
手を上げる。今日一番の、大歓声。ああそうだ。次。次があるなら、絶対にまた。
そのためにだったらきっと、なんだって乗り越えて見せるって、そう思える。
そんなの……希望じゃないか。
今日限りの特別ステージ、これにて、終演。
●
「共に歩もうとする者を私は友と呼びたい」
全てを見終えて。
エラは、共に過ごした強化人間たちに、はっきりとそう告げた。
「力に善悪はなく、それを使うものに依る。軍事由来の技術が人を救う術へ変わるように。逆もまた然り」
それは人類の歩みで幾度となく繰り返されてきたことだ。例えばICは核兵器の制御用として開発されたもの。……逆に、より人々の役に立ちたいと願い開発されたものが軍事利用されてしまう例も……幾つも。
強化人間たちは、どちらと言えるのか。
たとえ世間は非難しようとも、彼らが人のために在ろうとするならば。共に歩みならば。友人として力になると、エラはその約束を希望として残して、施設を去る。
「貴方に会えて嬉しいわ。生まれてきてくれてありがとう──また会いましょうね、約束よ」
未悠もまた。再会を希望として。強化人間の子たちと別れ際、一人一人に声をかけていた。握手して見つめて、名前を呼び。
「サイッコーに楽しかった! 歌ってすげンだな!」
楽屋では、感極まった鈴がヒヨに抱き着いて涙を流している。
パトリシアがそこに、鈴と茜、遥華のための花束をもって楽屋を訪れる。
「パティ! 今日はありがとう! ほら、記念に写真撮ろ!」
遥華がそれに、丁度いいとパトリシアも手招いて。希望した皆で寄り集まって、スマホを掲げる。
切り取られた一瞬。思い出はきっと一生。
最高の日は終わって……──それでもいつか、また。
「え、ビジュアル系バンドも出るの!?」
そう、央崎 遥華(ka5644)が視線を向けた先に居るのはアルマ・A・エインズワース(ka4901)だ。
「神妙にお縄につくですー」
そう言って化粧道具を手に追いかけるのはキャリコ・ビューイ(ka5044)。
キャリコの『その格好』を見て、全力で女形に改造してやろうという腹らしい。
もっともキャリコはと言えばウィッグを付けることもビジュアル系の化粧を施されることもさして気にしている風ではなかった。
ハイテンションなアルマとそのノリを淡々と受け止めているキャリコに、一緒に出演する予定の仙堂 紫苑(ka5953)は若干、ついていけるかと不安な様子だ。
(……ま、良いか)
最終的には割り切っているのか諦めているのか。そんな風に肩を竦めて……。
「シオンのパートはここからここまでですよーっ!」
「え? 俺も歌うの? マジで???」
パート分けを確認してくるアルマに慌ててみせるが、今更である。
──開演30分前。客席、開場。
まばらに集まり始めた人々で場内にざわめきが生まれ始める。
目前だからこそ長く待ちわびる時間の独特の空気。
「エット、コレ、終わったら渡せタラなっテ」
受付で、パトリシア=K=ポラリス(ka5996)がスタッフに話しかける。その手には三つのブーケがあった。それぞれ、コメットブルー、パステルイエロー、エメラルドグリーンの色を中心に。友人の応援に、とやってきた彼女だが、上演中、客席にこれを持ち込むのは邪魔になってしまう。
要請を受けて確認しに行った穂積 智里(ka6819)が、パトリシアが告げた相手と間違いなく知り合いであると連携すると、終演まで預かってもらえることになる。
アリガトー、とホールへと消えていくパトリシアを見送って、智里は周囲に悟られぬようにゆっくりと息を吐いた。
衣装や化粧、音響、照明などの専門的な役割りは勿論本職の人たちが請け負っている。彼女が引き受けているのは専ら、一つ一つは責任が重たくはない雑用に類するものだが、やることは多かった。
チケットの販売や確認、ファンから持ち込まれたプレゼントの管理。出演者から何か聞かれれば確認に行き、弁当やお茶を配ったり──あるいは、先ほどのように、楽屋に会いに来る人の身元確認をしたり、だ。
目まぐるしいのは確かだが、心細さを感じる一番の原因は、ハンス・ラインフェルト(ka6750)がそばに居ないことだろう。二人、一緒の依頼を受けて来たのに別々に行動するというのは珍しい。
そのハンスは今、じっと腕組みして場内を見つめている。なるべく目立たない場所に立っているのは警備上の思惑もあるが、隠しきれない剣呑さが場内の空気に水を差さないようにというのもあるだろう。
智里は中々二人一組でやる仕事がない、くらいに思っているようだが、彼にはもう一歩自覚がある。
今までのような小さなイベントでは一緒になる機会も多々あったが、こうした大きなイベントでは役割はきっちりと縦割りされる。
──人を怯えさせない外見で緊急時の避難誘導を期待されるマウジーと、暴徒鎮圧を期待される自分が同じ仕事になれるわけがない、と。
終了まで、会う機会は無いだろう。
そのことを彼自身は理解しつつ、それでも、分かりやすく拗らせている智里のことを、ハンスは警戒は怠ることは無くとも常に気にかけているのであった。
開演を待つまでの間。
強化人間施設の慰問に向かった人間も、それぞれ精力的に活動していた。
「この度はわざわざすみません」
軍系の施設の一つを訪れたエラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)に、施設スタッフの一人が丁寧に頭を下げる。
「彼らは大事な戦友です。リアルブルーの事件については、初動は彼らに任せるしかないのが現実ですから」
恐縮する職員に、エラは上からにならぬよう、かといってへりくだりもせず、自然な態度で接する。
おべっかではない。事実として、VOIDや、最近で言えばアプリ使用者が暴れようものなら、通常の力しか持たない一般兵士を前線に出せば死傷者を増すばかりなのだ。暴走の危険があろうとも、それでも強化人間を出動させなければならない状況は変わらず、そしてそのために守られた命というものは今もなお存在する。
彼女にとって、彼らはただ守るべき存在ではない。いずれ共に闘う「ヒト」として。そのために。
「あ、設置手伝います……それとも私は慰問に回る方が?」
ライブの中継作業を手伝いながら、意向を尋ねる。職員が、慰問という雰囲気を出すよりは、憂さ晴らしの機会になれば……といった反応を返すと、彼女は頷いて、そのまま作業を続行した。
(彼らは事情は様々なれど、力を手にし、何かを守ろうとした人達)
設営会場にちらほらと姿を現す人たちを見ながら、エラは想う。
楽しみよりもまだ、疲弊の色が濃い。このところの激動、それによる心労が伺えた。
その弱弱しい姿を見て──だが。庇護の対象ではなく、今は戦傷した戦友。そう認識するのが正しいと、彼女は判断している。
強化人間施設を訪れることを選んだ者たちは、皆、同じような気持ちだろう。
星野 ハナ(ka5852)はしかしその前に、と、出発前にチィ=ズヴォーと会っていた。
「私はチィさんを巌のようだと思っても風を感じたことはないんですよねぇ。たまには前や横で風を感じてきたらいかがですぅ?」
「……へえ?」
呼び出した用件は、先日付き合わせたことの礼のような物らしい。
「透さんがリアルブルーでビッグイベントやりますよぅ」
そう、情報提供をすると彼女は満足したのか、反応も待たずに踵を返して行ってしまう。言うだけ言われて取り残された形のチィは肩を竦めて……そして、彼女を追う事はせずどこかへと歩き始める。
ハナが向かうのはエラとはまた別の施設だった。敢えて一人で行ける場所を選んだのだろう。
やることはエラとそう変わらない。強化人間の人たちに声をかけて。中継の準備をして。
そうして、設営が終わった会場に集まった人たちに、彼女は頭を下げて挨拶を述べた。
「本日はイベントにご賛同いただきありがとうございますぅ。開始前にお礼をさせて下さいぃ」
注目が集まる。のろのろと向けられた視線には訝し気な色が漂っていた。礼を、言う? そっちが? そんな空気。
「私は今でこそハンターですけどぉ、この世界ではLH044の一般人でしたぁ。貴方達軍人さんが居るからVOIDの居るこの世界でも暮らしていけるってずっと感謝していたんですぅ。いつかお礼を言いたいとずっと思っててぇ……ありがとうございますぅ」
声にはありきたりなおべっかや慰めではない真実味があった。彼女もかつては無力な存在だった。そんな彼女に今があるのは。
……胸に触れるものが。取り戻した記憶と想いがあったのか。兵士たちの目の光が僅かに強まる。それを確認して。
「今日は是非楽しんでいって下さいぃ」
あとはただ、彼女は願うようにそう言った。
同じころ、ディーナ・フェルミ(ka5843)も。手分けしてたくさんの強化人間施設を慰問する方がいーだろーなー、と、また別の強化人間施設へ。
早朝からひいこらと、それでも笑顔で抱えてきた機材の中には、中継機器のほかにウォーターサーバーなどもある。
「それ、は?」
「今日はみんなで歌って踊って楽しめたらって思ったの」
設営を覗きに来た一人に、彼女はそう説明する。
映像を見ながら騒ぐなら、すぐ飲める位置に水があった方がいいだろうと。
「あはは……そう、ですね。楽しめたら……いいな」
応える少年の声には覇気がない。今こんなことをしている場合なのか。そんな余裕が自分たちにあるのか。
強化人間たちが一番深刻では……あるだろう。
ディーナはそんな少年の両手を取って、真っ直ぐに見つめる。
「心を強く持って希望を失わなければ暴走しないって結果が出始めたの。ストレスを溜めないで緩める所はじゃんじゃん緩めて明日に希望を持ってほしいの信じてほしいの」
ここで自分が迷いを見せてはいけないだろうと、彼女はしっかりと告げる。
そうして、開始前に目的を告げないと拙いかなぁと気付いて、皆が集まった頃改めて挨拶として同じ言葉を告げた。
「みんなの好きな軍歌も教えてほしいの」
最後にそう、添えて。
そうして、
日本国内の強化人間施設への訪問の機会がある、と言われて、複数のハンターが反応したのが、先日、ミミズ型VOIDが出現し暴走事件が起きた施設の事だった。
地中から出現し穴だらけにされた施設は流石にすぐに復旧とはいかず、そこに居た少年少女らは別の施設に移されていたが、彼らに会いたいという要望は叶えられることになる。
「いやー友達がアイドルやってる姿を見るのもかなり心惹かれるんだけどさー。でもやっぱり一番はここなんだよな」
テオバルト・グリム(ka1824)は、同行することになったハンターたちにそう、心境を吐露する。
「みんな元気にしているかな。……大した事は出来ないけど、少しでも元気になると嬉しいな」
その言葉には高瀬 未悠(ka3199)もしっかりと頷いていた。
大したことは出来ない。
それは……その通りだと思う。あの日のことを思いだすと、彼女の心に真っ先に浮かぶ気持ちは悔しさだ。あの時感じた無力さは、忘れることが出来ない。
それでも。
見知った顔が幾つか見えると、湧き上がる再会の喜びは本物だ。
「……遊びに来ちゃった。また会えて嬉しいわ」
飛び切りの笑顔を添えて未悠が告げると、少年少女たちの顔が和らいだ。
「あの時のお姉さん、ですよね。私も会いたかったで……す……?」
返答しながら少女の視線は、未悠からその背中にある巨大なリュックへと移る。彼女は笑って、その中身を広げて見せる。
「お土産があるの。楽しいことの前に気分を上げてかなきゃね!」
そう言って彼女が取り出したのはクリムゾンウェストからの品々だった。てんこ盛りのおすすめのスイーツ。
クリムゾンウェストから持ち込んだものはクリムゾンウェストに存在が紐づけられている。彼女の帰還と共に、これらは向こうの世界に戻されてしまうため土産に出来るものは限られる。そこで彼女は、希望する少女たちに化粧をしてあげることにした。この場所ではそんなこと教えてもらえないだろう彼女たちは大いに興味を見せた。少女たちの顔色が明るくなっていく。今はまだ、パウダーの効果だが。そうやって会話の時間を作りながら、彼女は聞かれたことは何でも答えた。紅の世界の事、ハンターの事。いつか行きたいと希望を持ってくれればと思いながら。
男の子はと言えば、今はテオバルトの方に集まっている。
「というわけで、このおばけクルミを使ってお菓子を作ります。割れないから誰か手伝って!」
幻獣の森にある、非常に大きなクルミだ。大変コクがあって美味しいらしい、が、割るのも大変という一品。数人の子たちが興味津々に近寄り、騒ぎながらその堅い殻に挑み始める。
……そうして彼に近づいていくのはやはり、テオバルトからも見覚えのある子だった。あの時声をかけた子。暴走して取り押さえた子は……この場には見当たらない。どこかに移送されたのだろうか。割れたクルミでクッキーを作りながら、テオバルトは改めて、あの時はよく頑張りましたと暖かくねぎらいの言葉をかける。そうして、その中でも特に見知った一人の少年を見つけると、にんまりと笑みを浮かべてその肩に腕を回して引き寄せる。
「その後彼女とはどうだい?」
「え。いやその、まあ……」
この少年は、同じ施設に居る少女と恋人関係にある。テオバルトにはそのデートを手伝った縁があった。戸惑う少年の声は、しかし、まんざらではなさそうだ。
「そっちはどう?」
そこへ、未悠が状況を覗きに来る。やはり、一人の少女を連れて。……薄く化粧を施された少女は、その可憐さを損なわないまま、前よりも少し大人びて見えた。
「え、えと、どう……かな」
「う、うん……そういうのも……良いと思うよ」
もじもじと言葉を交わす少年少女に、周りが囃し立てる声を上げる。
「うんうん、変わらずらぶらぶしてるみたいだね!」
テオバルトが満足げな声を上げた。施設内の空気は少しずつ、温かな風が吹き込み始めている。
フィロ(ka6966)はそんな雰囲気に微笑みながら、中継会場の設営に従事していた。
広いホールを、シートを利用してそれぞれ別の目的のスペースの認識できるように区切る。
広めにとった場所は、観ながら観客自身も歌って騒げるように。他方は、腰を落ち着けて。飲食しながらのんびり観るための場所として。
「本日は同時音楽ライブにご参加いただきありがとうございます。歌って踊る方はあちらへ、お座りになって鑑賞される方はこちらへどうぞ」
順番にやって来る人たちを、丁寧な態度で誘導する。ワクワクする様子を抑えられない少年少女たち。
同じく会場設営を手伝っていたトリプルJ(ka6653)は逆に気さくに、「元気だったか」、などと笑って声をかけた。
「あ、えっと……先日はありがとうございます」
Jを覚えていたのか、少年の一人が、まだどこかぎこちない様子で応える。Jはやはり、重たくならないようにそんな少年の肩をポンと叩いて、
「ストレスを溜めないとか使徒と戦って正のマテリアルを浴びるとかが良いらしいぜ」
などと冗談めかして言った。
「し、使徒と……ですか?」
その存在については当然、効いていたのだろう。少年は戸惑った反応だ。
大体希望者は集まった頃だろうか。時間的にも頃合いといった頃。
「──少しばかり昔語りをさせてくれ」
開演を待ちわびる皆に向けて、Jがそう切り出した。
「俺は転移前は統一連合宙軍中尉だった。俺がここにいる頃は誰も力なんて持っちゃいなかった。知恵と勇気と仲間達への信頼だけで人類を守ろうと戦った」
ゆっくり。一人一人の顔をしっかりと確かめながらJは語る。彼らは強化人間。知らぬとはいえ負のマテリアルを帯び──今は世界からその力を、存在を、否定されつつある、彼ら。
「お前達はもう力を持ってる。後は仲間を信じろ、VOIDや使徒を倒す知略を学べ、休む時には大いに休んで英気を養え。それだけでお前らは生き残れる、強くなれる」
それでも。
彼らは守ってきた。これからも守れる。それは……それだけは、否定しない。居なかった頃には届かなかった物がある、それを知る、彼には。
「俺はいつか必ずここに戻ってまた軍に奉職する。そん時はお前ら全員上官だ。希望を捨てず楽しんで今日も明日も生きて行こうぜ」
最後はやはり笑って、そう締めると、その後を引き継ぐようにフィロも前に出た。
「のんびり休んで英気を養うのが身体にいいのは、強化人間であれハンターであれ一般人であれ変わりません。今日は休んで楽しむ日、それ以上難しく考えなくても良いのではないでしょうか」
最後まで。落ち着いた声で、彼女はそう呼び掛けた。特別なことなどではない。この時も。ここにいる誰も。そう微笑みかけて──あとは、楽しむ皆の邪魔にならないよう、見守る位置に戻る。
いよいよ開演目前──
注意事項と共にそれを告げるアナウンスがかかると、ライブ会場の、緊張感にも似た空気は否応なしに高まっていった。一秒一秒が長い。
「そろそろ、仕舞った方が良くない?」
イヴ(ka6763)が。スマホを、どこか深刻な眼差しで見つめていた他の客に、呼び掛ける。そろそろ集中しようよ、と。やんわりとかけられた言葉に、男は少し気まずそうに電源を切った。
──無論のこと。
こうした場では、スマートフォンや音の出る機器については電源を切るのが、もはやルールとも言うべきマナーだ。上演中に音や振動が近くで鳴れば他の客にとって邪魔だし、音源機材に影響が出る場合もあるとも言われる。
だが、ドキリとした様子はそれだけでもなかったかもしれない。スマホ。イクシード・アプリ。この中に、その使用を迷っているものが居るだろうか。
この一声が。暗示となって思い止まらせることになったらいいな、とイヴは願う。自殺を思い止まるのだって、以外と空耳的な声かけが理由だったりするのだから。
……とまあ、それはそれとして。
ここからは、彼女自身も思いっきりライブを楽しむつもりで来ている。
いよいよ、ブザーとともに場内全ての照明が一度落とされた。
暗闇。
静寂。
弓を引き絞るように、緊張が高められていく。
ただ心踊るままに、イヴはステージの方向を見つめて──
光と音の洪水が、溢れ出てくる!
●
明るい音楽と光の演出と共にアンサンブルメンバーのパフォーマンス、それから出演者が順番に姿を表すオープニングアクト。それが終わると、ここからがそれぞれの見せ場となる。
ハンターたちの中で最初に登場したのは、霧雨 悠月(ka4130)。舞台中央に立ち、深呼吸して客席を見る。ポツポツと灯されるライトパープルのペンライト。応援してくれる人がいる。だけど、その揺れ方は、どこか不安げにも見えて。
──前奏が、スピーカーを震わせる。光の波が、背景を彩る。
(あぁ、この光、この音響……堪らないね。ゾクゾクしてきたよ!)
悠月は普段、クリムゾンウェストで音楽活動をしている。故に今回は自分が何か力になれるかと思って参加した。
彼自身、楽しみでもあった。リアルブルー故の音響機材。いつもとは違う感じで楽しめそうだと。
自分自身の楽しさ。それを助走にして──
(それじゃあまだノリきれてないお客さんにもこの空気を感じてもらうため、僕も全力で歌おうかっ)
彼の歌が、始まる。
遥か広い空を駆けだそう チケットはキミの心ひとつ
僕達も一緒に歩んでいくから 何も恐れることは無いよ
爽やかな曲に、歌声。
ペンライトが、テンポに合わせて揺らされる。
まだ躊躇いがちのそれを更に盛り上げようと、彼も歌って、踊って、手を振って。
俯く暇なんて、無いくらい!
(オールOK? フィナーレに向けてギアを挙げていくよーっ)
次第に盛り上がっていく観客にウィンク一つ。
更に明るく! 更に激しく!
ポジティブな彼の曲は、まだ暖まり切っていない場内を盛り上げるという序盤の役割を大いに果たしてみせた。
出番を待つ間、ステージの袖で。狐中・小鳥(ka5484)は手に握る汗を何度も拭っていた。
「こ、こんなにたくさんの人の前は初めてだから流石に緊張するんだよ」
何度目になるかわからない呟き。アイドルとしてステージに立ってきたことはあるけれども、これだけの大観衆の前は初めてだ。
深呼吸。震えそうになる脚を押さえて……いよいよ、自分の番。逃げ出す訳にもいかない。勢いを付けてステージ中央に躍り出て──顔を上げる。
埋め尽くすような人々の顔と……灯された、赤。わたしの、色。
「皆、今日は来てくれてありがとうだよっ!」
自然と、元気な声が出た。元気──そう。
前奏が始まる。明るい、アップテンポの。
歌いに来た。
届けに来たのは。
「世界中に届くくらい元気に行ってみようっ!」
客席に向かって宣言すると、彼女の身体が跳ねる──!
揺らぐ光の波に乗って、ステージの端から端までを翔ける、跳ねる、回る!
賑やかなアクロバット、だけど歌声も途切れることなく。
楽しい気持ちと元気が世界中、そして宇宙まで届け、と。
大観衆の前。失敗したら。気に入ってもらえなかったら。そんなことはもう、気にならなかった。曲が始まってしまえば。いつしか彼女自身、ただ全力全開で楽しんでいた。
曲が終わる。ピタリ合わせて舞台中央に戻る。
拳を振り上げて客席に向き直ると、観客も同じようにペンライトを掲げて。喝采と歓声を、彼女に浴びせてくれた。
序盤。まだ序盤なのに。わたしに。こんなに。
──うん。
「まだまだライブは続くんだよっ! 最初から最後まで飛ばして行こうっ!」
熱気はそうして、次の演者へと引き継がれる。
そうして、観客が少しずつステージの魔力に引き込まれたころ。
ここで一度、独特のどこか異質な空気が演出される。
今ステージを彩る光はどこか昏く、妖しさを湛えていた。そうして、スポットライトの照らす中央に浮かび上がったのは──
「わふー!」
アルマであった。自身もビジュアル系バンドの服装に扮したその空気はしかし、それでも前のWeb放送でのイメージを覆すものではない──『子犬系魔王の卵』。その不思議な雰囲気に、虜になった人たちがコバルトブルーのライトを手に黄色い歓声を浴びせる。
「今日はお友達連れてきたです! シオンー!」
呼ばれて、待機していた紫苑にスポットライトが当たる。ヴァイオレットのライトが客席で揺れた。
V系、というが彼の服装は黒と紫を基調に、浮かない程度に纏められたものだ。それでいて、程よく飾られたエレクトリックベースとよく調和している。
そして。
「キャリコさーんっ!」
呼びかけに、やはりキャリコの姿が照らされる。準備していた観客たちは、シルバーのライトを手に……固まった。
キャリコの、その格好。ドレス「アモーレ・ディ・ディアーナ」。狩猟の女神の加護を受けたといわれるワンピースドレスである。堂々と着ている。この日の為? いや違う。彼は依頼の時からこの服装だ。謂れの通り、射撃能力を高めてくれるというその性質故に。そしてそれを、誰も指摘しないからもう意識していない──まあ、この格好でアイドル活動するとも思っていなかったが。
「僕ら『Alcalion』です!」
まだ置いてけぼりの観客にかまわず、アルマが宣言した。なお由来はメンバーの名から少しずつ取ったものである。
演奏前のMCというノリで、アルマはそのまま話し続ける。
「シオンは僕の参謀なんですよー」
「……どうも」
紫苑が紹介に応じて軽く手を上げる。上がる拍手はまばらだ。アルマは続いてキャリコを指して……──
「……ってどうしてマスクです?」
そうして、キャリコに近づくとその鼻から上を覆っていた金属製のマスクを無慈悲に剥がした。
化粧を施された顔を晒されたところで、キャリコはしっかりと観客と向き合って。
「ハンターで猟撃士をしている、キャリコでーす」
挨拶をした。
単調な声だった。
ものすごく真顔だった。
そのまま──
「皆のハートもトリガーエンドしちゃうぞっ キラッ」
キラッ、まで完璧に素声。真顔。だがポーズは完璧。
瞬間。
アルマが撃沈した。
そうして、アルマが笑いだしたのを皮切りに、観客席に爆笑が広がっていく。
いやもう、こんなの無理だろう。すべてがこのための完璧なフリと言えた。きっちりまとめた紫苑の登場、アルマのマイペースな進行、すべてはこのオチのための。
「おーい」
「ふっ……ぶふぉっ……待って、ちょ……」
「お前が一番笑い死んでるなよ受け答えも出来なくなってるじゃねーか!? 持ち時間決まってんだぞ大丈夫か!?」
「ま、真顔がっ……! ひくっ……狡っ……!」
笑い転げるアルマ。フォローに焦る紫苑──そして真顔で佇み続けるキャリコ。客席のあちこちで、腹筋を痛そうに抱えながら笑うものが続出した。
進行が不安になるほどの盛り上がりだったが、それでも曲の開始時間までにアルマは復活して見せる。
始まった曲はそして……また、雰囲気を妖しい物へと転じさせた。落差に観客が呆然としてから──それ故に、目を惹きつけられる。
そこに立つのは魔王だった。冷たくて、妖しくて──……そして寂しいような。
アルマが作詞作曲のその歌は、暗い……ように思えた。既にいない誰かを想うラブソングのような。それでも、最後まで聞くと残るのは、それでも、前に進む意思。
アルマがギター。キャリコがキーボード。紫苑がベース。本職ではない彼らの技量は十分とは言えないが、紫苑が程よくエフェクトをかけてカバーする。
歌そのもので言えば、もっと技量の高いものはこの場に居ただろう。それでも忘れられない印象を、彼らは残していった。
MCも混ざり、観客にも盛り上がりが生まれて、ここがただ音楽鑑賞の場ではなく、一種の『祭り』なのだという空気が出来上がった頃。
満を持してというように、『彼』が登場する。
舞台は一度完全に暗転する。そこに生まれる一筋の光が浮かび上がらせるのは……闇よりもなお漆黒。
「俺様が歌うとなりゃ本来は百万ドル単位のギャラが発生するんだが……万民に力を与えるのもまた暗黒皇帝の務めだ」
重低音ボイスと共に存在感を増す異様。デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)。
彼こそはリアルブルーでもクリムゾンウェストでもない、超世界パーフェクトブラックからやって来た暗黒皇帝である。
誇大妄想かもしれない? だがそれは、この場においては否だ。
ライブという場所には魔法がある。現実を忘れ、一夜の夢を見るという魔法が。そのためのストーリーは強烈であればあるほどよく、それを共同幻想として魅せてやることが出来るのは正に彼のような存在のみに果たせることなのだ。
ジャガーノートをかき鳴らす。披露するのは彼自身が作詞作曲したハードロック『The MOON』。
この夢において。その歌声は何よりも危険で、その技量は往年のロックスターにも匹敵する。
満月夜は耀くばかり ウルトラ鶺鴒軍団は 飛ぶしかないことを分かっている
穴倉へと戻る 蛙たちについては とりあえず置いておく
その歌詞のメッセージ性は皆無であり不要。
俯いている連中に必要なのは何より「本物」を与えてやることだ。
確信は威容を生み、畏敬を人々に生み出していく。曲調に乗って黒のフラッグを振りながら、異様な空気に人々は確かに呑まれていった。
再び照明が落ちる。沈黙も。盛り上がった空気は一度ここで、別の何かに書き換えられた。そんな雰囲気の中。
再び輝くステージ。スモークを彩る光彩は、萌える炎の如きクリムゾン。勇気が湧いてくるような明るく、そして力強い音楽と共に彼は……『降り立って』きた。ジェットブーツで登場、紅の衣装は何処か近未来的。それを後押しするように、その肩には半分機械化された鳥、Lo+がとまる。これに心躍らない少年心があるものか! 時音 ざくろ(ka1250)、闇を切り裂くように登場である。
「みんなー、今日はピュアアルケミーの歌を楽しんで行ってね!」
高らかにざくろが呼びかけると、まるで童心に返ったようなイェーイ! という声が返ってくる。
クリムゾンウェストでやっていたアイドル活動、その経験を生かして、歌と踊り、ギターを披露。
歌うのはヒーローソングの様なロックだ。暗闇に包まれてもそれを祓い、未来を照らす人達が居る、だから挫けないでと、そんな想いを歌詞に込めて。
照らし出すのは、リアルブルーの装置だけではない。振りかざされる機導剣が残像を残し、低い姿勢で残心を決めるとともに弾け飛ぶのはワンダーフラッシュ!
跳んだり跳ねたりのざくろの動きに、蒼の世界と紅の世界、それぞれの技術の光で演出される舞台。
未来に不安ばかりの毎日だから、少しでも人々に夢と希望とワクワクする冒険心を贈りたい。この場の多くの人にとって未知の技術と共に魅せ付けたそれは、彼が期待する以上の効果をこの場にもたらしたに違いない。
再び明るさを取り戻したステージ。照明は燃えるような赤から落ち着いた橙へと変わっていき、やがて柔らかなパステルイエローへ。
舞台中央へ進んでいく遥華を迎えるように、客席のペンライトの色も切り替わっていく。
彼女もまた音楽としてはロック系。バンドの伴奏に合わせ彼女自身もアップテンポのギターリフを刻み、熱を込めて歌う。
Don't Play hooky. ぶん投げ方間違わないで
ドン詰まりでもいいじゃん ミライを生きたいんでしょ
投げ出したくないコト 奥底にあるなら
それがキミの生きる意味になる
「自分に勝つのが真の勇者」あの哲学者もそう言ってた
一歩ずつ歩けば道は拓ける そーでしょ?
歌詞に込める想いは。前に進む気持ちはそのままに、だけど「早まるな」の想いも込めて。イヴと同じだ。今は分からなくても、「その時」が来た時に、思いとどまる楔になってくれたらいい。
曲の合間に客へのアピール、歓声に手を挙げて──声を上げてくれるその人たちの中に、パトリシアの姿を認めて、この距離、だけどしっかり視線を合わせて手を振り返す。
アップテンポは最後まで。歌い上げて、演奏がピタリと止まって、一瞬の静寂。タイミングを計って──
「ありがとー!」
拳を突き上げての声に、やはり腕を上げて応える大歓声! その波に、彼女は手にしたピックを投げ込んで。興奮の風に押されるように颯爽と舞台を降りていく。
●
──これより休憩に入ります。
遥華の演目が終わると、そんなアナウンスと共にステージが暗くなり、客席にほんのりと明かりが灯される。
友人の晴れ姿に、パトリシアはふう、と満足げに息を吐いて背もたれに身を沈めた。
ぽつぽつと。皆が一度、ペンライトを消していく。皆が友人と気持ちを一つにしてくれた、優しいパステルイエロー。少しずつ。
消えていくその色に、ふと思い出す。聞いていた、あの子の出番はまだだろうか──それとも、必要なくなったのか。
引っかかっていたことを思いだして、ふとパトリシアは客席を見渡して。沢山の人の中、探す人物は見当たらなくて……。
(……デモ、もし会えてもパティは……逃げ、ちゃう……)
どこか安堵している自分に、そのことを認めた。
気になるのは先日の依頼で出会った強化人間、高瀬少尉の事。
──あの時なぜ彼があんなに怒ったのか。これまでの報告書を確認した。
気持ちがわかる、なんて言えない。でももし自分が彼の立場だったなら。
(想像しタラ悔しくテ、悔しくテ、悔しくっテ。涙が出そう)
──痛かったネ、ごめんネ。
勝手な想像で言いそうになるそれは飲みまなきゃいけないと。ぐっと力を籠めて……喉が痛い。
だけど、それでも伝えたい。
次にまた強化人間と共同作戦になるときは、アプリ使用者を助けようとした彼と共にがいい、と……──
時刻は、ライブが始まる前に遡る。
「来てくれたん、ですか」
呼び出した場所。そこに待っていた人物が居るのを認めて、メアリ・ロイド(ka6633)は吐息交じりに呟いた。
その言葉に相手──高瀬少尉──は、表情に不快感を露わにしていく。
「──……」
「脅したことはお詫びします」
彼が何かを言う前にメアリが誠実な声でそう言って頭を下げて、そうして少尉は言葉を失った。
メアリが彼を呼び出すために、事前に彼が居る施設へと言付けを頼んだ内容は以下の通りだ──「話したいのでライブの日会いたい。拒否する場合は、ライブの舞台上から、一方的に伝えるから覚悟しろよ? 高瀬少尉と私は大親友だって言うからな」
当然、ハンターとそんな話にされてたまるかと思う少尉は来ざるを得なかった。
「……で、何の用ですか」
不快……というよりは苦手という態度をメアリへと向けながら、手短に済ませろとばかりに少尉は告げる。メアリも小さく頷いた。時間を取らせるつもりは無い、ただ伝えたいことがあっただけなのだから。
「私は、自ら選んで強化人間になった貴方を尊敬しています。誰が何と言おうと弱いとは思わないし、その正義は誇って良いものだと」
「──……は?」
「先日の『使徒』の件は聞いています。囮になってなかったら、すぐには彼らは死んでいた。あなたは確かに──命を救ったんだ」
それは。
彼が求めていた言葉では、あったのだろう。複雑に歪み変わっていく表情、そこには、微笑や泣き顔めいたものも……見えた気がした。
「……そんなことを言いに、軍人を脅すような真似を?」
「貴方と友達になりたいと思ったから。ハンターではなく1人の人間として」
少尉は一度、深く溜息を吐いた。瞳が揺れる。
「……どの道、僕の命はもう長くないんでしょう」
そうしてぽつりと、彼は言った。寂しげな横顔は、これまで見たものより素を見せてきているように思えた。
そしてその言葉を理解して……メアリは知らず拳を握り締める。確かにそういう事に……なるのだ。強化人間が『契約者』であるのならば。おそらく少尉は、軍人として、その技術が確立されてからかなり早めに施術されたはず──ならば。
改めてこの一件、強化人間といいアプリといい、『知らず契約者にさせられる』ことの悪質さに、吐き気を催すほどの怒りを覚える。
「僕のこれまでの行動に、自棄や焦りがあったことは認めますが……それでも、今僕が考えるべきことは変わらないと思っていますよ。『ならばこの命を最も有効に使うにはどうすればいいのか』」
そうして少尉は、短く首を横に振った。
「今更、友誼を誰かと結ぶなど……互いにとって毒にしかならないと。僕はそう思います」
それは、意地ではなく本音に思えて……それでもそういう彼は、寂しげだった。
二部の開始まで、もう間も無く。トイレやら気分転換に席を立つ観客が戻り始める、その表情を夢路 まよい(ka1328)は、同じ観客席からぼんやりと眺めていた。
いつか、秋葉原でハンターの芸能活動事務所が開かれたときには、彼女も体験でダンスレッスンを受けさせてもらった……けど。
(結局、みんなの前で歌って踊ることを続ける決心はつかなかったな)
やっぱり、ぼんやりと思う。どうして、だろう。
(ううん、なにも人前で歌うのが恥ずかしいとか、そういうんじゃないんだ)
傍にいる人の視線を追うようにして、まだ暗く静かなままのステージを眺める。……ついさっきまであれほど華やかだった場所が、その分余計に寂しいものを感じた。
ああ、きっと、こういうこと。
(アイドルって詳しく知ってるわけじゃないけど、「みんなのモノ」で居なきゃいけないんだよね?)
……もしアイドルになったら、見る人皆の理想の姿で無くてはいけない。だから。
(……私はただ、私の好きな人のモノでありたいって思ってるのかもしれないけど)
そこまで考えて、こうも思い直す。ハンターの仕事だって、皆のために頑張る仕事と言えば、そうだ。
結局のところこんなのは、とりとめのない思考だった。持て余す待ち時間に、どうしても浮かんでしまう類いの。
──そう、どうしても。
今この時が楽しいかと言えば、間違いなく楽しんでいる、と、思う。
だけど、どこか複雑な想いも抱いてしまうのを、まよいは自覚していた。
●
第二部は、休憩を挟んで一度落ち着いた観客に合わせるつもりか、静かに始まった。
黄金色の輝きのスポットライトに照らされるのはシレークス(ka0752)。マイクスタンドの前に立ち、厳かな伴奏のもと、伸びやかな声で歌われる、異界の、異教の聖歌。
徐々に観客はその空気に浸るように気持ちを鎮めて……
──からの!
照らされる舞台全景、姿を現すバックダンサーたち、曲調は一転、テクノポップ風の明るく軽快なものに!
揃えて手足を伸ばすダンサーたちは爽快ながらも厳かさも残して。彼らを背に、シレークスはスタンドからマイクをもぎ取って、自らも片腕を伸ばしながら。
「流浪のエクラ教シスターシレークス、此処に参上なのです!」
堂々と、宣言した。
静から動、一瞬での転換。細胞の一つ一つが無理矢理目覚めさせられる感覚の快感!
一部の演技でまだ燻っていた熱狂の火種が、ここで一気に再燃する!
「おらおら、てめぇらっ! こんな時だからこそ、笑ってみせやがれですっ!」
呼び掛けに歓声が応える。
布教活動……なんて堅苦しいのは今日は抜き。
覚醒状態で煌めきを引きながら、意気揚々と声は高らかに。だが、アレンジされていても元は聖歌。始めに歌っていたイメージは引き継がれて。
その手には希望の鐘。鳴り響くその音に観客の手拍子が合わさる。それと共に、彼らの手にする金色の光が揺れる。
(こういうのは柄じゃねーんですが、気合い入れてやりますですよっ!)
第二部トップバッター、仕込みは上々、盛り上がりはまたここから!
リアルブルーのアーティストも勿論、スキルや覚醒特徴がなくとも技量において彼らに引けを取らないパフォーマンスを見せる。
熱狂は衰えることなく、やがて天の原 九天(ka6357)の出番となる。
「さぁさぁ、神の乱舞(ライブ)の始まりじゃっ!」
宣誓と共に、桃色の明かりに彩られる中、彼女の歌と舞が披露される。
──ほれ、儂神じゃし? きゃわきゃわな天道それそのものじゃし?
彼女には経験からの自負がある。そんな彼女のパフォーマンスは、元気に楽しく、そして神助──ファンサービスに満ちたもの。
「皆の衆楽しんでおるかのー!?」
『いえーーーーい!』
「働いたら負けかなと思うておるかえっ!」
『はーーーいっ!』
合間合間に挟まれる、ファンとの掛け合い。
ここまで観客がノってくれるのは、これまでの勢いに押されてのもの。
だけどこれこそが。今日の経験を、ただの『鑑賞』ではなく、特別な時間に変えるもの。
この場にしか無い空気。ここでしかできない経験。これこそが──ライブ。
楽しい場所。特別な場所。彼女がそれを生み出せるのは、全身から確信が満ち溢れてくるから。
──儂のはつらつとした笑顔を拝めば、誰しもにっこにこになるじゃろうしのっ。
その自信が、最高の笑顔を魅せる。
──神が笑わねば誰が笑う。俯くのなら儂が照らそう。
その輝きが、観衆を照らしていく。
──天道こそ、お主等がためのスポットライトじゃからのうっ!
「それじゃあ、締めには皆揃うて決め台詞といこうかのうっ!」
曲が終わって。ここ一番の声で、彼女は観客に呼びかける。
「儂が『一生遊んで!』といったら、皆は『暮らしたーい!』じゃ! 良いかえーー?」
返ってくるのは、了解の大歓声。
「それでは行くぞ! 『一生遊んでーーーー!?』」
『暮らしたーーーーい!』
九天の出番は、大盛り上がりで終了した。
場内は今温かな光に満ちていた。
壇上に居るのはアリア・セリウス(ka6424)。
月光のような白藍色の掲げられる彼女の姿は、観客達に身近な存在と示せるようラフにまとめられたもの。
そうしてギターの弾き語りで歌われるのは──『貴方の想いはきっと叶う』というエール・ソング。
その通り、力が沸いてくるような曲だった。盛り上げるような曲調と……込められた想い。
彼女が歌に乗せるのは、何時だって自由への想い。
それは憧れだったり、理想だったり──なりたい自分、自分の成したいこと。
一つのパートを歌い終えて、間奏に入る。月光を浴びる彼女の背後には、夜空が映し出されている。
その夜空に向けて一筋、天の川のように伸びる光。
……客席から生まれる、どよめき。
客席後部から手を伸ばせば届きそうなところに作られた「光の橋」。
その上──客席の真上を。
カーミン・S・フィールズ(ka1559)が『歩いて』登場したからである。
間近から見上げる観客は当然、見え辛いワイヤーでも張ってあるのかと目を凝らす。そんな視線をものともせず、カーミンは、悠然と。
白藍と共に掲げられる、月に照らされる空の色、ナイトカラー──私の桃色の髪はそれでも映えると自信に満ちて──を足元に、何もない光の上を、舞台に向かって歩いていく。
再び始まったアリアの歌それにハーモニーを重ねながら。
歌が始まるとともに、カーミンの姿はステージ上のバックモニターにも映し出されていた。これで観客たちは、カーミンの姿を気にすることなくアリアの歌に集中することが出来る。
そして、カーミンもまたステージに、文字通り降り立つ。このために置かれていたギターを手に取って、2コーラス目はダブルギターで厚みのあるサウンドに。
会場の熱気に、アリアのギターが奔る。
リハーサルからの予期せぬ変化、カーミンはそれに、培ったリアクション能力で対応して見せる。歌唱には、アーティキュレーションを揃えたハーモニー。
万人に届き、目を覚まさせる、それが重奏の音。
──それは小さな花が月の光に寄り添い咲くことを、唯々我が身に誇るように。
盛り上がりが最高潮に達する最後のサビのパートで、アリアはギターから手を離した。演奏はカーミンに任せ、全身全霊で歌唱する。
自分の心の中にある 貴方だけの想いの強さを信じて
自分の手で 脚で
想いは叶う。
集った想いは世界を変える。
込めたメッセージは、アリア自身も強く信じて、願うもの。
世界が、人の心のひとつひとつの集まりで出来て──ひとりひとりで、変えていけるのだと。
アリアは想いを。カーミンは技術を。必要なものを互いに持ち寄って高め合う共演に、観客は否応なしに引き込まれていく──
はあっ、と、袖に引っ込んで、鞍馬 真(ka5819)は息を吐く。
彼はメインではなく他人の演出に加わる形でコーラスやダンスに参加している。
目立つ役割ではないが、その分出番は多いと言えた。
零れたのは充足の吐息だった。ここまで、憂鬱や閉塞感を吹っ飛ばせるように全力でやって来たから。疲労は……むしろ心地よい。
タオルを貰って汗を拭う。それで籠った熱気の全てが払えたわけじゃなかった。高揚が燻っている。
そうして顔からタオルを外して視界が開けると、たった今、同じ曲で共演した透と視線が合った。
「……正直さ」
気付けば。
思いの丈が、勝手に口から零れていた。
「この戦いで何もかも投げ出したくなったことは何度もあるんだ。苦しかった。逃げ出したかった」
苦しい戦い。今は本当に、苦しい戦いをしていた。身体だけじゃない、心を削らせてくる。
「……でもその度に、帰る世界を取り戻そうとする透の姿が、私を前に向かせてくれた。きみは、私にとって希望の光なんだ」
「い……や、俺、は」
咄嗟に透は何かを言い返しかけて……飲み込む。真があまりに、強い目で自分を見ていたから。
「ありがとう、共に戦わせてくれて。ありがとう、私に希望を見せてくれて。……きみに出逢えて良かった」
一息に。
止まらない言葉を最期まで吐き終えて──固まっている相手を見て、我に返る。
「い、いきなり変なこと言ってごめん! 何というか、守りたいものを再認識した今だからこそ伝えておきたいって思ったから……」
しどろもどろになる真の様子に、透は逆にそれで冷静さを取り戻して、そうして。
「──……届くか分からない夢を追い続けることは、やっぱり簡単なことじゃなかったよ」
ぽつりと、そう言い返した。
「それでも今諦めずにいられたのは。ただ願いばかりを想ってきただけじゃなくて……その道のりで、大切な仲間が出来たからだ」
戸惑いに彷徨っていた透の視線は、今は真っ直ぐに真を見返している。
「クリムゾンウェストに飛ばされたことは、俺の夢そのものには遠回りになったんだろうけど。それも無駄じゃなかったと、今は思えるんだ。願い続けることが出来たのは、だからだよ──だから。俺こそ、ありがとう、共に戦ってくれて」
そう言って、透はステージに視線を戻す。今はここも、『共に戦う場所』。
また互いに視線を合わせて、頷いた。まだこれで終わりではない。ここまで来たら、あとは……──
ステージには今、天王寺茜(ka4080)がショルダーキーボードの演奏を披露していた。
鮮やかな緑のシャツを着た彼女の演奏は、リズム感のある楽しい気持ちを表したポップな音楽。
演奏に合わせて緑色の音符が踊るように跳ね回る映像を流す演出に、観客はエメラルドグリーンのライトを揺らしながら心地よくリズムに乗っていた。
……今、舞台上には彼女一人。これまでのパフォーマンスと比べると控えめな演出と言える。
観客は彼女の演奏を楽しみながらも、歓声や騒ぎについては少し小休止、といった気分かもしれない。
それで──いい。
彼女には分かっている。自分の演奏はあくまで繋ぎ。人手は、この次の準備に割いてもらうための。
観客が一息つけるのも。どうか、次の曲で大いに盛り上がれますように。
だから自分が称賛されなくてもそれでいい。ただ、これまで皆が頑張ってきた盛り上げを、失わずに次を迎えられるように。
キーボードも現代機械。機導の徒で事前に十分に操作は理解した。出したい音をイメージすれば、指先はそれを実現している。
決められた曲を、ミスなく弾ききって──
「どうもありがとうございましたっ!」
丁寧にお辞儀してから、元気に手を振りながら舞台袖へと。
……役目は果たした。皆準備はOKだよね? 全ては……此処へと向かうために!
「皆ー! 盛り上がってるかー!」
これまでの盛り上がりを経て。
遂に登場するのは、このライブのきっかけとなったロックシンガー、鹿島ヒヨと、彼女と共演を申し出た大伴 鈴太郎(ka6016)である。
それぞれ、バーミリオンとコメットブルー、鮮やかに映えるワンピースドレス。鈴はそれに、色の名前に合わせて彗星のモチーフを取り入れて。
「そんじゃあうちの曲も聴いてってなー! 今日この日、まさにこの時んために書き下ろした新曲……──」
そうして、ヒヨはそこまで宣言すると、少しタメの時間を取った。
観客の興味が一点に向かう。様々な個性のアーティストが集結したこの祭り。その、締めに相応しい曲の、名は──?
「『終われへん』」
それが聞こえて。
終わんねーのかよ!? とツッコミを入れたくなるタイミングで、スピーカーを激しく振動させるサウンドがそれを叩きのめした。
ヒヨの、彼女だから持つ歌声に、鈴はただ、必死で食らい付いていく。
歌われるのは汗の滲みが見えるような夢への道程だった。
上手くいかなくて、
時には叩きのめされて、
でも、ここで終われへん。
一番が歌い終わり、間奏が入って……──
そして、客席のあちこちから、悲鳴じみた歓声が上がった。
これまでの出演者が、客席のあちこちから姿を現したから!
悠月が慣れた様子で、手を振ったりウィンクを投げたり、時には手すりにしなだれかかったりと手本のようなファンサービスを披露しながら練り歩いて、主に女性客から黄色い悲鳴を挙げさせる。
逆に主に男性から声援を引き出しているのは九天。尽くされるために。求められる偶像であるとはどういうことか、彼女は知り尽くして、その笑顔で観客を魅了し続ける。そして、それを知っていたわけでもない、それでも。まよいは、九天がその横を通り過ぎたとき、その笑顔から目を離せなかった。
小鳥は兎に角、身軽に走る! その元気を、全ての客席に振りまこうかというように。
大観衆。大歓声。その中で。
「っ小鳥ちゃーーーん!」
その声は。確かに聞こえた。振り向く、そこに。とりどりの色に囲まれて、自分に向かって掲げられた赤。
……夢の中に居る。彼も、彼女も。笑顔で手を振り返して、彼女はまた走る。
アルマ、キャリコ、紫苑はやっぱり、三人で固まって歩いていく。女性客の一人が、ねだるような視線と共に指で作ったハートマークを彼らに見せると、アルマはキャリコをつついて見せて。
「……きゅん」
キャリコが真顔で言って胸の前に指でハートマークを作って見せると、またアルマが爆笑して。崩れ落ちそうな彼を、紫苑が引き摺り立たせてまた歩く。
彼らが去ったその後には、二人が何をやらかすかとフォローに奔走する紫苑を労うように、ヴァイオレットが振られていた。
「きゃーー! アルマさーん! キャリコさーん! 紫苑さーん!」
今はただ無我夢中でイヴは叫んでいた。誰もを応援したかった。知らないアイドルも、なんとなく名前を知ったら親近感がわく。
誰かが傍を通るたびにその名前を叫んで。今もヒヨと鈴は歌っているから、ペンライトの切り替えが追い付かない!
そんな彼女に、近くに居た、幾つものペンライトを指に挟んだ人──あからさまにこうした場に手慣れた──が、「使って!」とその一本をイヴに差し出してくる。
「ありがとう!」
躊躇わず、彼女はそれを受け取った。
相手は、彼女がハンターであることなど知らない。覚醒者に劣等感を覚えてアプリ使用する人多いから、敢えて演者についてもその事には触れなかった。だからこそ、この瞬間は奇跡。
──これもまた、ライブの魔力。演者と観客だけじゃない、観客同士の一体感。
客席最上段。スポットライトが当てられて、睥睨するように腕組みしたデスドクロが姿を現す。胸を逸らし、重厚に歩むその威容、暗黒皇帝の登場に民草は自然に首を垂れる。
と、そこに、逆の角からざくろが姿を現した。闇を切り裂くように、ヒーローの登場だ! 親しみやすい笑みを浮かべるヒーローに、人はまた上を向く。
畏敬と憧憬。対比するような感情に揺さぶられて、それはしかし、互いを高め合って立ち昇っていく。
客席、中央を縦に割る通路に黄金の光が降り注ぐ。光の道を、シレークスが荘厳に歩いて、人々に手をかざしていく。異教のシスター。翻って、多くを日本人が占めるこの場所に、信仰は無かったかもしれない。だけど、救いの光は間違いなくここにある。
彼女の歩みに合わせて、客の視線は後方から前列へ。パートは間もなく、二回目のサビに入る。そこへ、コーラスを合わせながら、客席最前列前の通路を両端から、真と透が歩いてくる。そうして。中央で合流すると、笑顔で二人肩を組んで、空いているそれぞれの片腕は客席に向かって広げて見せる。ふと向かってきた声援に、ハナの声掛けでやって来たチィの姿を見つけて。透はそのまま、楽しそうに笑っていた。
またサビが終わり、パートは長い間奏へ。両端の通路を後ろから前へと駆け下りてきた遥華と茜の二人が、そのまま舞台へと駆け上がる。舞台上で合流して、じゃれ合うように軽く肩をぶつけあってから──ギターとショルダーキーボード、二人のセッションプレイ!
遥華と茜、それから鈴。応援してる全員がステージ上に揃って、パトリシアが力の限りペンライトを振って応援する。
ゴンドラが下りてきて、舞台上空に姿を現すのはカーミン。そこから、彼女は再び、何もない虚空に脚を踏み出してみせて。
見下ろす一点、客席の、まさにど真ん中。その演出につられ観客が視線を映せば、いつの間にそこに現れていたのはアリア。
カーミンが両腕を掲げる。さあ、ここが過ぎれば最後のパート。そこへの最高の盛り上がりに向けて──やるでしょ? 演者と観客、コール アンド レスポンス!
カーミンが、客席中央に向けてコールする。
アリアが、それにレスポンス。
OK? 把握したわね? それじゃあもう一度、最高に盛り上げて!
一つになった大声援に、場内の空気が激しく揺れる。
さあ、クライマックス──
レイア・アローネ(ka4082)は中継の大画面を見つめて、強く、強く拳を握りしめていた。
……ステージには、見知った顔もあった。直接参加したかった気持ちも──やっぱり、ある。
それでも彼女が強化人間施設慰問を選択したのは、この一連の戦い、力及ばずな事が多過ぎた……という想いからだった。
その選択は結局、間違いでもなかったのだと、思う。
自己満足かもしれないが私に出来る事をしたい……その想いの先に。今、彼女の前には夢中になって画面を見つめる強化人間、明るい顔をした彼らが居る。
(こういうのに参加するのは初めてだが……いいものだ)
抱いたその気持ちは、偽りのないものだった。
ディーナは出向いた強化人間施設で、ずっとライブに合わせガンガン歌い踊って盛り上げていた。
もし彼らが深く傷ついていたら、と、サルヴェイションもその動きに乗せていたが、いつしかそんなものは必要なくなっていた。
というか、彼女自身そんなことすっかり忘れていた。とっくにそんなものの効果は切れていて。だけど、その場の皆で、謡って、踊って、笑い続けていた。
どこか人気のない河川敷で。
高瀬少尉は、タブレットでライブの配信を確認していて、メアリはその傍で見守っている。万一のことを考えると、ライブ会場には入れなくて。だから、「暴走を見守るやつが必要でしょう?」と言われれば、断れなかった。
配信が乱れて少尉が諦めたような顔をすると、メアリがさっと手を出してチャンネルを切り替える。
見知った顔が写った瞬間、少し目を見開いて。直後、面白くなさそうな顔を見せる少尉が、メアリには面白かった。
「L・O・V・E! ラブリー・リン!!」
幾人かのハンターが訪れた例の施設でも。主に未悠が中心となって、盛り上げを生んでいる。
「声が小さいわよ! もっと自分を解放して楽しんでっ!」
そんな声が扉の向こうから漏れ聞こえてくるのを耳にしながら……──Gacrux(ka2726)はそっと、中継室から離れていく。
独り向かう先は慰霊碑。先の事件で犠牲になった子たちに花を供えるために。
その道行きで思い出すのは……中継が始まる前に、恋人たちに伝えた言葉。
「俺も強い人間ではありません。自責、罪の意識、後悔……気が狂いそうな衝動に、自棄になる事もあった」
伝えたかったのは。彼らが今後、生きていく為の言葉。
「それでも、ある人が俺に言ってくれた──『生きていてくれて、ありがとう』、と」
それを聞いた少年の目は。それは誰の言葉ですか、と、問うていたのは気付いていた。
それでもGacruxは、その名前を告げることは無かった。
(……彼女の言葉は俺の光となった)
花を捧げながら、静かに省みる。
その言葉は、今もこの世界の誰かが必要としているかもしれない。
恋人たちだけじゃない、他の強化人間にも、今日まで頑張って生き抜いてきた事に労いの言葉を掛けてきた。
……言葉を託し、後は信じて任せてきた。
(小さな希望の言の葉も、何時かは世界を覆う大樹となるだろうか──)
再び、ライブ会場。
今、とりどりの光がその客席を彩っている。
彼らは今、意識しているだろうか。『何故』、今その色を手にしたか。
それぞれに、あるはずだ。その色を選んだ理由、惹かれた理由、一人一人に、その意味が。
この光が、今日この日。投げかけられた詩に、見せられた想いに、刻まれたものは間違いなくあるという証。だから、演者の想いや言葉だけではなく、施設を訪れた誰かの言葉、姿ももしかして。
まだ彼らには分からなくても。この光は。闇に迷ったその時に、きっと彼らを照らす声になる……──
……そう、素晴らしいステージ。素晴らしい輝き。
だけど、何を見たって、智里の心にただ一つ、輝くその光の色は、姿は。
思い返す。今日のステージの前半、判別できない轟くような音と熱気が、ライブが成功裡に進んでいると伝えてきた。
──それを、独りで確認するのがどうしようもなく寂しかった。
一緒に家を出て来たのに。
一緒に暮らすようになって、まだ半年ちょっとしか経ってないのに。
そんな彼女に、休憩の合間。ハンスは時間を作って彼女に会いに来て……そっと近づき頭を軽く撫ぜてくれた。
「マウジー、そろそろイベントも折り返し地点ですよ。今日は何を食べて帰りましょうか」
きっとその時。尻尾があったら千切れんばかりに振ってたんじゃないか。そんな風に見えていた気もする。
ああ。
終わったら。一緒に、今日のことを労い合おう。
何度拗れてもこれだけは見失う事のない、私の、私だけの光。
鈴は。
正直に言えば、初めに参加を決めたのは透がライブに出るなら観たいという下心だった。
いざヒヨと会って、その歌に魂を揺さぶられて。誰かハンターが共に立ってほしいという申し出に、気がつけば共演を願い出ていた。
……一度は怖気づいた。差を埋める為に覚えたての奏唄スキルを使おうと思って──スキルでは自分が感動したモノに届かないと悟り、やめた。
ただ目一杯ステージを楽しんで完全燃焼しようと思った。
皆がこの一瞬夢中になれる様に。
胸にこの歌が流れるたび希望を抱ける様に。
今は──何も考えられない。
熱い。熱い。ひたすらに。何だこの空気、リハーサルと全然違う!
……今なら分かる。どうしても皆の前で歌いたい、自分みたいな素人と共演してまで、ヒヨがどうしてそう願ったのか。
頭が真っ白になりそうで。だけど、迸る想いが。歌となって、溢れだして、止まらない!
終われへん 終われへんの、まだ
ゴールここじゃなかった もっと走りたい、この先へと
地べたを這いつくばるようにして叶えた夢。それでも、終われない。そんな歌を。
歌いながら、いくつもの輝きが目に映る。
客席のあちこちに現れた仲間の姿が見える。
皆がここまで繋げてきてくれたものが、そこに在る。
希望。
元気。
仲間。
在り方。
ワクワク。
優しさ。
信仰。
生きざま。
エール。
友情。
──……終われへん。
一節を歌い上げて。
今度こそ本当に、頭が真っ白になった、
あれ? この後どーすんだっけ? 思い出せない。パニックになる。ふと見ると客席が静まり返っていて……やってしまったか、と青褪めて。
「あー……」
隣で、ヒヨが悲しそうな声を上げた。
「何で終わってまうんやろ、なあ……」
その言葉と共に、客席のあちこちで吐息が零れていた。……すすり泣きも、聞こえてきた。
鈴はそこでようやく我に返る。
終わった。そうだ、これで終わりなんだ。
この後も何も……無くて。終わっ……た。終わっちゃうんだ。こんな最高の時間、だったのに。
泣いちゃだめだ。まだその時じゃない。だけど。
「なあ皆ぁー!」
ヒヨは、明るい声で言う。
「また、会おうなぁー!」
手を上げる。今日一番の、大歓声。ああそうだ。次。次があるなら、絶対にまた。
そのためにだったらきっと、なんだって乗り越えて見せるって、そう思える。
そんなの……希望じゃないか。
今日限りの特別ステージ、これにて、終演。
●
「共に歩もうとする者を私は友と呼びたい」
全てを見終えて。
エラは、共に過ごした強化人間たちに、はっきりとそう告げた。
「力に善悪はなく、それを使うものに依る。軍事由来の技術が人を救う術へ変わるように。逆もまた然り」
それは人類の歩みで幾度となく繰り返されてきたことだ。例えばICは核兵器の制御用として開発されたもの。……逆に、より人々の役に立ちたいと願い開発されたものが軍事利用されてしまう例も……幾つも。
強化人間たちは、どちらと言えるのか。
たとえ世間は非難しようとも、彼らが人のために在ろうとするならば。共に歩みならば。友人として力になると、エラはその約束を希望として残して、施設を去る。
「貴方に会えて嬉しいわ。生まれてきてくれてありがとう──また会いましょうね、約束よ」
未悠もまた。再会を希望として。強化人間の子たちと別れ際、一人一人に声をかけていた。握手して見つめて、名前を呼び。
「サイッコーに楽しかった! 歌ってすげンだな!」
楽屋では、感極まった鈴がヒヨに抱き着いて涙を流している。
パトリシアがそこに、鈴と茜、遥華のための花束をもって楽屋を訪れる。
「パティ! 今日はありがとう! ほら、記念に写真撮ろ!」
遥華がそれに、丁度いいとパトリシアも手招いて。希望した皆で寄り集まって、スマホを掲げる。
切り取られた一瞬。思い出はきっと一生。
最高の日は終わって……──それでもいつか、また。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/09/16 10:57:32 |
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相談卓 大伴 鈴太郎(ka6016) 人間(リアルブルー)|22才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2018/09/16 11:02:17 |
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質問卓 大伴 鈴太郎(ka6016) 人間(リアルブルー)|22才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2018/09/15 15:13:45 |