ゲスト
(ka0000)
【落葉】Eyes On Me
マスター:神宮寺飛鳥

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/09/26 19:00
- 完成日
- 2018/10/06 14:27
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
四霊剣ナイトハルトを撃破した後、帝国にはひとときの平和が訪れた。
少なくともリンドヴルム型剣機がそこらじゅう飛び交っていた時期よりはだいぶマシだし、森都エルフハイムも随分と変わった。
今やハンターだけではなく、帝国の軍人や商人も(部分的とはいえ)出入りするようになり、外の世界の物資や話もだいぶ入ってくる。
根強い恭順派にとってもこの時代の流れには「恭順」しているのか、黙認する流れであった。
エルフハイムは神森事件で大量の死者を出して以降、その組織も規模も崩壊し、そして再生の最中にあった。
ユレイテル・エルフハイムを筆頭に少しずつ壊れた森都は元通りの静寂を取り戻しつつあったが、どうにもならない損失もあった。
その中の一つが、森都に伝わる古い言葉を読み書きできる人材の欠如である。
そもそも森都の血塗られた因習に関しては長老会の管轄であり、図書館に資料がおいてはあるが禁書扱い。
かつ、読めるのは一握りの高位巫女だけであり、その高位巫女も長老会も、先の事件でごっそり死に絶えてしまった。
帝国が過去の歴史を編纂してやり直すというから、エルフハイムもその情報収集に協力したかったのだが、重く閉じられていた図書館の扉の向こう側を、誰も理解できなかった。
「いや、俺は読めるんだけどさ~」
というのはハジャ・エルフハイムの弁である。
彼は大長老の息子であったヨハネ・エルフハイムの影武者であり、ヨハネと同等の教養を求められる存在だった。
故に古い文献に関しても読み書きができる程の知識と経験を有していたのである。
「でも、この蔵書数を俺一人で翻訳は無理っすわ~」
そして白羽の矢が立ったのが、古い言語の読み書きができる浄化の器ことアイリス・エルフハイムであった。
彼女は高位巫女ジエルデ・エルフハイムから教育を受けていた。
ジエルデは図書館の禁書を閲覧できるほどの高位権限を与えられており、後続の巫女の教育役でもあったわけだが、まさか使い捨て前提の器に読み書きを教えていたとは誰も思い至らず、その人材選出までにはいくらかの時間を要した。
こうして浄化の器は帝国軍第十師団所属の特別歴史編纂員として森都に貸し出され、図書館に籠って資料整理に努めることになったのだ。
「死ぬぅ……死んでしまうぅ……」
エルフハイムの図書館は一つしかない。情報管理を徹底するためだ。
故にこの巨大な木々の要塞とも呼ぶべき建造物は、一人の人間が一生をかけても読みつくせない程の蔵書で埋め尽くされている。
エルフが長寿であるという事も相まって、少女一人に任せるにはあまりにもあんまりだった。
「ハジャは殺す」
そこでアイリスが考えたのは、「読み」はできないが「書き」はできる幼い巫女らに「口伝」で過去を伝えることだった。
読んで聞かせるだけならばいくらか楽だろうと考えたし、実際に楽だったのだが……。
「勝手に変な解釈入れるんじゃないわよ! そんなんだから過去の歴史がおかしくなっちゃうんでしょ!?」
「だってー……器様のお話つまんないんだもん」
「お姫様とか王子様とか出てこないの?」
「森都にそんなんいるわけねぇだろ」
「器様のお顔がこわいんだもん……」
「ちっくしょう……ホリィにはそんなこと言わないくせに、こいつらぁぁぁ……」
そんなこんなで、編纂作業は至難であった。
「難航してるみたいだな」
巨大な図書館の中、専用で設けられた机にだけ明かりが灯っている。
この図書館は元々来客が読書をするための空間ではなく、突拍子もない広さの中にポツンと彼女の為だけの椅子と机が置かれていた。
ハジャは帝都での生活中にハマって以来ひそかな自慢としているコーヒーを差し入れた。
「ハジャ……あんた絶対にロクな死に方しないわよ」
「わはは! そんなんあったりめーだろ! 俺は元々急ごしらえの管理人だからな。ユレイテルが正式にトップに立てば、長老は降りるさ」
その後は……口に出すまでもないだろう。
机の空いたスペースに腰かけるハジャ。アイリスは眠たげに瞼をこすりながら、羽ペンを置く。
「この作業、私の代じゃ終わらないわね」
「だな。次の世代に引き継がんとなー。マジで百年はかかるぜ」
「それで終わればいいけど」
ひょいと、ハジャが器の顔を覗き込む。
器の右目は閉じたり開いたり、あらぬ方向を見たりと不自然な眼球運動をしている。
「お前、もう全然目も見えてねぇだろ」
「覚醒すれば見えるけどね……お陰で全然作業が捗らないわ」
器は肉体も精神も酷使に酷使を重ね、まだ生きているのが不思議なほどであった。
もう杖を突かねば歩くことも難しい。幼い巫女らの手伝いがなければ、編纂作業は進められない。
「森の神についてはどうなの?」
「相変わらず有益な情報は引き出せてないが、以前の事を考えりゃだいぶ無害になったからなあ」
この森都にも精霊――神と崇められた存在が顕現している。
しかし精霊は己の名も知らず、故も知らず、無垢な子供のようにただ森の聖域に佇んでいた。
「一回浄化しちまってるからな。皇帝が記憶喪失になったのと同じような感じかもしれん」
「そう」
再びペンを握り、沈黙の中で作業を続ける。
疲労が溜まっている自覚はあったが、今は何かをしていたかった。
「それにしたって、蔵書の整理はもうちょっとなんとかならんのか……」
翻訳済み、そうでないもの。それぞれの中で分類されるジャンル。
大量の本の移動は力仕事で、幼い巫女には難しい。
かといって男手はラズビルナム浄化作戦といった方向に割かれている(出稼ぎなのでそれはそれで嬉しい)ので、床に平積みにされた蔵書は山となり、ちょっとした迷路を成さんとしていた。
「ハンターに片づけてもらうか」
「なんでハンターに?」
「力仕事だしさー。覚醒してパパっとやってもらってさ」
「うーん……」
「金さえ払えば何でもやってくれるのがハンターだ。ここは甘えとこうぜ」
少女の頭を優しく二度叩き、ハジャは去っていく。
再びペンを止め、自分が綴った文章を見やる。
自分の書いた文字という実感はない。ただ何となく、ジエルデの事を思い出す。
ペンの握り方からうるさく躾けられた。ちゃんとやらないと叱られた。
上手にできても褒めてはくれなかったが、お茶とお菓子が机に置いてあったのを覚えている。
「私は……あの子たちに上手く教えられるかな」
インクで汚れた手を見つめる。
瞳に映る黒ずみは、涙もないのに滲んで見えた。
少なくともリンドヴルム型剣機がそこらじゅう飛び交っていた時期よりはだいぶマシだし、森都エルフハイムも随分と変わった。
今やハンターだけではなく、帝国の軍人や商人も(部分的とはいえ)出入りするようになり、外の世界の物資や話もだいぶ入ってくる。
根強い恭順派にとってもこの時代の流れには「恭順」しているのか、黙認する流れであった。
エルフハイムは神森事件で大量の死者を出して以降、その組織も規模も崩壊し、そして再生の最中にあった。
ユレイテル・エルフハイムを筆頭に少しずつ壊れた森都は元通りの静寂を取り戻しつつあったが、どうにもならない損失もあった。
その中の一つが、森都に伝わる古い言葉を読み書きできる人材の欠如である。
そもそも森都の血塗られた因習に関しては長老会の管轄であり、図書館に資料がおいてはあるが禁書扱い。
かつ、読めるのは一握りの高位巫女だけであり、その高位巫女も長老会も、先の事件でごっそり死に絶えてしまった。
帝国が過去の歴史を編纂してやり直すというから、エルフハイムもその情報収集に協力したかったのだが、重く閉じられていた図書館の扉の向こう側を、誰も理解できなかった。
「いや、俺は読めるんだけどさ~」
というのはハジャ・エルフハイムの弁である。
彼は大長老の息子であったヨハネ・エルフハイムの影武者であり、ヨハネと同等の教養を求められる存在だった。
故に古い文献に関しても読み書きができる程の知識と経験を有していたのである。
「でも、この蔵書数を俺一人で翻訳は無理っすわ~」
そして白羽の矢が立ったのが、古い言語の読み書きができる浄化の器ことアイリス・エルフハイムであった。
彼女は高位巫女ジエルデ・エルフハイムから教育を受けていた。
ジエルデは図書館の禁書を閲覧できるほどの高位権限を与えられており、後続の巫女の教育役でもあったわけだが、まさか使い捨て前提の器に読み書きを教えていたとは誰も思い至らず、その人材選出までにはいくらかの時間を要した。
こうして浄化の器は帝国軍第十師団所属の特別歴史編纂員として森都に貸し出され、図書館に籠って資料整理に努めることになったのだ。
「死ぬぅ……死んでしまうぅ……」
エルフハイムの図書館は一つしかない。情報管理を徹底するためだ。
故にこの巨大な木々の要塞とも呼ぶべき建造物は、一人の人間が一生をかけても読みつくせない程の蔵書で埋め尽くされている。
エルフが長寿であるという事も相まって、少女一人に任せるにはあまりにもあんまりだった。
「ハジャは殺す」
そこでアイリスが考えたのは、「読み」はできないが「書き」はできる幼い巫女らに「口伝」で過去を伝えることだった。
読んで聞かせるだけならばいくらか楽だろうと考えたし、実際に楽だったのだが……。
「勝手に変な解釈入れるんじゃないわよ! そんなんだから過去の歴史がおかしくなっちゃうんでしょ!?」
「だってー……器様のお話つまんないんだもん」
「お姫様とか王子様とか出てこないの?」
「森都にそんなんいるわけねぇだろ」
「器様のお顔がこわいんだもん……」
「ちっくしょう……ホリィにはそんなこと言わないくせに、こいつらぁぁぁ……」
そんなこんなで、編纂作業は至難であった。
「難航してるみたいだな」
巨大な図書館の中、専用で設けられた机にだけ明かりが灯っている。
この図書館は元々来客が読書をするための空間ではなく、突拍子もない広さの中にポツンと彼女の為だけの椅子と机が置かれていた。
ハジャは帝都での生活中にハマって以来ひそかな自慢としているコーヒーを差し入れた。
「ハジャ……あんた絶対にロクな死に方しないわよ」
「わはは! そんなんあったりめーだろ! 俺は元々急ごしらえの管理人だからな。ユレイテルが正式にトップに立てば、長老は降りるさ」
その後は……口に出すまでもないだろう。
机の空いたスペースに腰かけるハジャ。アイリスは眠たげに瞼をこすりながら、羽ペンを置く。
「この作業、私の代じゃ終わらないわね」
「だな。次の世代に引き継がんとなー。マジで百年はかかるぜ」
「それで終わればいいけど」
ひょいと、ハジャが器の顔を覗き込む。
器の右目は閉じたり開いたり、あらぬ方向を見たりと不自然な眼球運動をしている。
「お前、もう全然目も見えてねぇだろ」
「覚醒すれば見えるけどね……お陰で全然作業が捗らないわ」
器は肉体も精神も酷使に酷使を重ね、まだ生きているのが不思議なほどであった。
もう杖を突かねば歩くことも難しい。幼い巫女らの手伝いがなければ、編纂作業は進められない。
「森の神についてはどうなの?」
「相変わらず有益な情報は引き出せてないが、以前の事を考えりゃだいぶ無害になったからなあ」
この森都にも精霊――神と崇められた存在が顕現している。
しかし精霊は己の名も知らず、故も知らず、無垢な子供のようにただ森の聖域に佇んでいた。
「一回浄化しちまってるからな。皇帝が記憶喪失になったのと同じような感じかもしれん」
「そう」
再びペンを握り、沈黙の中で作業を続ける。
疲労が溜まっている自覚はあったが、今は何かをしていたかった。
「それにしたって、蔵書の整理はもうちょっとなんとかならんのか……」
翻訳済み、そうでないもの。それぞれの中で分類されるジャンル。
大量の本の移動は力仕事で、幼い巫女には難しい。
かといって男手はラズビルナム浄化作戦といった方向に割かれている(出稼ぎなのでそれはそれで嬉しい)ので、床に平積みにされた蔵書は山となり、ちょっとした迷路を成さんとしていた。
「ハンターに片づけてもらうか」
「なんでハンターに?」
「力仕事だしさー。覚醒してパパっとやってもらってさ」
「うーん……」
「金さえ払えば何でもやってくれるのがハンターだ。ここは甘えとこうぜ」
少女の頭を優しく二度叩き、ハジャは去っていく。
再びペンを止め、自分が綴った文章を見やる。
自分の書いた文字という実感はない。ただ何となく、ジエルデの事を思い出す。
ペンの握り方からうるさく躾けられた。ちゃんとやらないと叱られた。
上手にできても褒めてはくれなかったが、お茶とお菓子が机に置いてあったのを覚えている。
「私は……あの子たちに上手く教えられるかな」
インクで汚れた手を見つめる。
瞳に映る黒ずみは、涙もないのに滲んで見えた。
リプレイ本文
「久しぶりだな、アイリス。整理が大変で死にそうだって聞いて手伝いに来たぜ」
エルフハイムはいくつかの区画に分かれており、外部の人間が行動できるエリアは限られている。
今回の図書館は特に奥深い部分に位置しているため、まずはハンターも出入りできる場所まで浄化の器とハジャが迎えに来ていた。
「元々死にそうだから二重の意味で死にそうよ……」
身体を張った自虐的なジョークにヴァイス(ka0364)は何とも言えない表情を浮かべる。
「ハジャさんもアイリスさんもご無沙汰だね。また呼んでくれて嬉しいよ」
ジェールトヴァ(ka3098)の挨拶にハジャは軽い調子で手を挙げる。
「久しぶりだなぁ、爺さん。色々あったってのにすまねぇな」
「何かあれば、いつでも呼んでくれればすぐに駆けつけるよ」
これまでだい~ぶ色々あったが、ジェールトヴァは変わらぬ調子で笑みを浮かべるので、ハジャはばつが悪そうに苦笑した。
頼りにはしているが、さんっざん迷惑をかけているので負い目くらいはある。
「あんたらがついてるなら大丈夫だろうが、よろしく頼んだぜ」
こうして浄化の器に連れられ、ハンターたちは森の奥へと進んでいく。
「ふぉぉ、エルフハイムに来たのは初めてなの頑張るの~」
ディーナ・フェルミ(ka5843)にとっては見るものすべてが新鮮だ。
木々のアーチに包まれた一本道を歩きながら、キラキラと瞳を輝かせている。
一方、エルティア・ホープナー(ka0727)も別の意味で新鮮さを感じていた。
「随分変わったのね……私が居た頃とは」
歩いていると一般人が挨拶してくる。これがもう異常である。
「確か、図書館に外部の人間を入れるのは歴史上初ということだったね。とても光栄だよ」
「そうだな……俺たちハンターが森都にとってそれだけ信頼されたということだろう」
ジェールトヴァの言う通り、実は今回の依頼はシンプルな内容ではあるがとても異例のことだったりする。
「昔は絶対に許されなかったものね。私もずっと入ってみたかったから、今回は幸運だったわ」
ふっと微笑する程度のエルティアだったが、当人的にはかなり高揚している。
古代の書物がぎっちりと蔵書されているというのだから、ビブロフィリアとして冷静ではいられまい。
「古代文字と言えば、神聖なものに違いないの! しかも森都の古代文字は、森の神の信仰と深く結びついたものだとか……! ふぉぉ、神ヲタクの血が騒ぐの~~!!」
「うちの神ってそんないいもんじゃないけどね……」
「そうなの~? 他の宗教もエクラの信徒としては興味深いの。今日は色々教えてもらえるとうれしいの!」
「話すと長くなるから、さわりくらいなら……」
どのくらい長くなるかというと、全て説明するには4年くらいかかる程度である。
そうこうしている内に、巨大な樹木と一体化した――あるいはくりぬいて作られたかのような図書館が姿を見せた。
「なんてこと…………」
圧倒的な蔵書量にエルティアは驚愕していた。絶句である。表情は変わっていないが指先がわなわなと震えている。
「この甘い香り……何か特別な方法で蔵書を保護しているのね」
「たしか魔術的保護と、森の樹液を使ったものだって聞いたけど、詳しい事は知らない」
「しかし、すさまじい数だな……これは骨が折れそうだ。アイリス、どうしたらいい?」
「とりあえずじゃんじゃん移動させてもらおうかな。この辺の奴はもう済んでるから」
こうしていよいよ図書館の蔵書整理が始まった。
ヴァイスはその恵まれた体格でどんどん本を担ぎあげ、移動させていく。
一冊一冊はたかが本だが、何百冊も山になれば相当な重量。運びながら「これはアイリスでは無理だな」と苦笑する。
「しかし、エルフハイムの禁書に触れられるとはな。……これは中を見てもいいのか?」
「いいわよ。見てもわかんないだろうから」
あっさり許可するアイリスに目くばせし、本を開く。
ものによって縦書きだったり横書きだったりするようだが、当然ながらさっぱりわからない。
ハンターは精霊の力で大抵の文字は読み書きできるはずなので、それが分からないとなると相当古代のもの、あるいはデータベースに登録のない貴重なものだろう。
「……いつか、この本達を読んでみたいものだな」
「読めなくてよくない? それ、巫女を森の神に生贄に捧げる本だし」
幻想的な雰囲気が台無しである……が、だからこそ禁書なのだろう。
「それをまとめているのか……その、辛くないか?」
「元々知ってたからね。それに、史実はただの史実よ」
「そうか……強いんだな」
“アイリス”は精神的にもろい部分もあるが、達観したところもあるのは“ホリィ”と変わらない。
「だが、あまり無茶せず身体を大事にしろよ。俺たちは勿論、アイリスの力になりたいって思うハンターは多いんだ。遠慮なく頼ってくれ」
ヴァイスは努めて明るく語り掛けた。
エルティアは――飛んでいた。
図書館の広さは十分すぎるほどで、飛行用アーマーを用いて飛んでいても天井にぶつかる気配はまったくない。
「リアルブルーの技術ってすごいのね……簡単に飛べるなんて」
器の声はヘッドセットから聞こえてくる。離陸前に魔道スマートフォンを渡しておいたのだ。
二人とも大声で喚くようなタイプではないので、これがなかったら意思疎通は不可能だったろう。
「そういうあなたも、森都のエルフなのにスマホが使えるのね」
「機導師と同居してたことがあるから」
高い場所の本を移動させることは器にはできなかったため、飛行しての手伝いはとても喜ばれた。
「やっぱり……多少の埃はあるのよね……」
飛んでみるとわかるが、この図書館には不思議な風の流れがあり、それがゴミや落ち葉から蔵書を護っている。
しかしそれでもすべてを取り除けるわけではないので、手の届かない場所には埃も積もっていた。
掃除や高い場所の蔵書を取って地上に戻ると言う作業の往復はそれなりに疲労したが、何よりこれだけの本が目の前にあるのに読めないというのがエルティアにはストレスだった。
「あぁ……この全てが欲しい……読みたい……食事も睡眠も勿体無い……そんな時間が有るなら此処の全てを読み尽くしたい……」
「まじで? それは絶対理解できない感覚だわ……」
「あなたはここでずーっと缶詰なのよね……それに古代文字が読めるなんて、本当に羨ましいわ……」
趣味と能力がアンマッチな二人であった。
逆に仕事の面では相性がいいと言えるかもしれないが。
「でも、空を飛ぶなんてナイスアイデアね」
「いえ……実際に飛んでみてわかったけど、この図書館は飛行能力者の運用を前提に作られていると思うわ」
言われてみると、どう考えても梯子では届かない高さに本が詰まっている。
ちなみにこの図書館は動物や虫にとっては嫌われるのか、ペットを持ち込むことはできなかったので、信憑性の高い仮説と言える。
「慎重に……しかし、丁寧に……はこぶ、のっ!!」
右へ左へ、ディーナが走り回る。
見た目の可憐さからは想像もできない程パワフルに仕事を進めている。
「ところで、アイリスさん一人でこれをすべて整理するのも大変だし、読み書きを巫女の子たちに教えたり、辞書や教本を作ったりして誰でも参加できるようにするのは……ダメなのかな?」
「元々そのつもりよ。まあ、伝えるのもどうかなって思うんだけど……」
ジェールトヴァの質問にアイリスは歯切れ悪く答えた。
森都の歴史には恥部も山ほど存在する。それを後世に伝えることに疑問を持っていた。
「私は、教えてあげた方がいいと思うのっ!」
塔のごとくうずたかく積み上がった本が――ではなく、それを抱えたディーナがひょっこり顔を出して言う。
「昔の事が今すぐ全部役に立つとは私も思わないの。でも似た状況が起きたときにどうしたらいいか、思い付く手助けになることはあるの。神への接し方大災害への対処方法友達との仲直り、この場面で自分ならどう切り抜けようと思うか、いろんな事が考えられるの!」
ぷるぷると震えながらそ~っと本を降ろし、そこからディーナが猛ダッシュで駆け寄る。
「宗教と歴史は確かにいいことばっかりじゃないの。でもそういう人間の失敗は教訓となって後世に役立つこともあるの~!」
「ディーナさんの言う通りだね。教育を受ければ自分の身を護ることができるようになるし、夢や希望を叶える力にもなる。ジエルデさんが読み書きを教えてくれたのも、そういった祈りがあったのかもしれないね」
実際、そのおかげで戦う事しか知らなかった浄化の器が社会に貢献できている。
「次世代に、過去の知識を受け継いでいくのは、想いも一緒に引き継いでいくことなのかもね」
「これだけの蔵書量、めったにないの。ちゃんと守っていかなきゃなの」
そんなことを語っていた正にその時、図書館の扉が開いて巫女の子供達がぞろぞろと入ってくる。今日も手伝いの時間のようだ。
「「「ハンターのみなさん、こんにちは~!!」」」
「はい、こんにちは」
「こんにちはなの~!!」
明るく笑顔で挨拶してくる子供達の前に腰を落とし、目線を合わせてディーナが語り掛ける。
「みんなも古代文字が読めるの~?」
「すこしだけ!」
「ふぉぉ、みんな凄いの~! 是非是非みんなに教えて欲しいの~!」
「私にも……教えてもらえないかしら……」
そこへ素早くエルティアが滑り込んでくる。この話題になるのをずっと待っていたのだ。
「まあ、蔵書整理はだいぶ進んでるしね。休憩がてら、教えてもいいわ」
と、図書館の主からお言葉も賜り、文字の読み書きと教わる事になった。
「まず、初期と中期と後期、それぞれで書き方が微妙に変移してるので初期をコンプリートしないと中期でつまずくわ」
「素晴らしいわ……」
エルティア的にはその反応であってるらしい。
「象形文字的な形だけで言葉になっている部分があるのと、同じ文字でも入りと払いの違いで意味が変わるのがあって……」
真剣に器から文字を教わるエルティア。一方、ディーナは子供たちと遊んだり話をしながら、何となく教わる形をとる。
子供らの習熟度はまだ高くないため、教え方は要領を得ない部分が多く、正直よくわからなかった。だが、子供らの学びに対する意欲を見ているだけでもディーナには嬉しい時間だ。
「ハンターさんってお外の人なんでしょ? もっと面白いお話知らない?」
「ここのお話あんまりおもしろくないんだぁ。すぐイケニエとかになるんだもん」
ふてくされる子供たちの気持ちは痛いほどわかる。ヴァイスは苦笑を浮かべ。
「そうだな……じゃあ、俺が体験してきた物語を教えてやろう」
ヴァイスは歴戦のハンターだ。世界各地を転戦し、様々な冒険を乗り越えてきた。
その中には忘れられない思い出……この森にとっても無関係ではない、「浄化の器」を巡る戦いも含まれている。
直ぐ近くに当人もいるので人名は伏せたが、子供たちにこれまでの物語を冒険譚風に聞かせ、好評を得た。
「その人たちはみんなどうなったの?」
「そうだな……。自分の願いを叶えるために、最期まで戦い抜いた、かな」
胸から下げた蒼い石の欠片を握りしめ、ヴァイスは明るく笑った。
「巫女の子たちも、様々な個性を持つようになったね。とても良いことだと思う」
「おかげで教えるのも苦労してるわ」
巫女らが作業を始めると、逆にハンターは少し手が空く。身体の事もあり疲れたのか、器は椅子に腰かけていた。
「自分流に色々と工夫して教えてみたらいいんじゃないかな。やり方は決まってないし、楽しんだもの勝ちだよ」
ジェールトヴァの言葉に頷きつつも、ジエルデの教え方はやはり上出来だったのだと思い返す。あんな根気強さ、器にはない。
「やっぱり、身体は辛いの? 不躾な質問でごめんなさい。貴女の不自由がもしもマテリアルの浄化で多少なりとも緩和されるなら、試させて貰えないかと思ったの」
「ありがとう、ディーナ。でもこれは浄化では治らないのよ」
ディーナは器の事情に詳しくはないが、森の神の特別な巫女だったという話と、それにより身体に不調があることは小耳にはさんでいた。
「エクラの聖職者として何かお手伝い出来たらと思ったのだけど……」
肩を落とすディーナの前に、エルティアがティーカップを並べていく。
「みんなお疲れ様……先日は蒼の民の言う中秋の名月だったそうよ。お月様に見立てた蒼の地のお菓子と、紅茶よ」
巫女らが思い思いに蔵書整理やら学習に打ち込む様子を餅と共にお茶請けにして、ハンターらは一息ついた。
「ティーパックも置いておくからまたハジャにでも作らせると良いわ」
「嬉しいけど……今度は紅茶に凝りはじめなきゃいいわね。うざいから……」
休憩を挟み、ハンターらの仕事は夕暮れまで続いた。
完全に夜になると下手すると遭難する広さなので、森の外までは再び器が案内する。
「じゃあなチビ共、元気でな!」
「「「ばいば~~い!!」」」
元気よく手を振る巫女たちに手を振り返すヴァイス。
「まだまだ教えるのは時間がかかりそうだけど、元気がよくていい子たちだったの~」
「相当難しいものね……頑張って覚えようとしているだけ立派だわ」
かく言うエルティアも短い時間では殆ど覚えられなかった。法則性は教わったので、辞書があればなんとか。
「書は人なり文字は人となりっていうけれど、アイリスさんの文字は落ち着いていたね」
ジェールトヴァが見ていたのは器の文字だ。
やや粗暴な性格からは想像できない程、きっちりと美しかったのを覚えている。
「文字の複雑さもあるから当然かもしれないけど……確かに綺麗な字だったわね」
「アイリスさんも本を書いてみたりしたらどうかな。堅苦しい物じゃなくても、思うままに書き散らかしていいんだし」
「今のところ本まみれすぎてその気にはならないけど……まあ覚えとくわ」
ジェールトヴァの提案に複雑な表情を浮かべる器であった。
出口まではハンターの足でも歩いてけっこうな時間がかかり、結局解散する頃には夜になっていた。
「私は戻って続きをするわ。今日はありがとね」
「大変なのね……身体に気を付けて、がんばってなの」
ディーナは器の手を取り、祈る様に目を瞑る。
「神が人を選ぼうが人にも神を選ぶ権利があるの。私は傲慢な救済を行うエクラを選んだ。貴女にも貴女が安らぐ神の祝福を……」
「何かあればまた呼んでくれ。直ぐに駆け付けるからな」
ヴァイスが声をかけると、器も頷き返す。
だが――全盛期の頃を知るヴァイスには、今の器はとても弱弱しい存在に見えた。
口にも顔にも出しはしなかったが、それが終始心配だった。
「何かあれば相談するわ。だから……心配しないで」
こうして一日の図書館整備は終わり、ハンターらは転移門で帰路につくのであった。
エルフハイムはいくつかの区画に分かれており、外部の人間が行動できるエリアは限られている。
今回の図書館は特に奥深い部分に位置しているため、まずはハンターも出入りできる場所まで浄化の器とハジャが迎えに来ていた。
「元々死にそうだから二重の意味で死にそうよ……」
身体を張った自虐的なジョークにヴァイス(ka0364)は何とも言えない表情を浮かべる。
「ハジャさんもアイリスさんもご無沙汰だね。また呼んでくれて嬉しいよ」
ジェールトヴァ(ka3098)の挨拶にハジャは軽い調子で手を挙げる。
「久しぶりだなぁ、爺さん。色々あったってのにすまねぇな」
「何かあれば、いつでも呼んでくれればすぐに駆けつけるよ」
これまでだい~ぶ色々あったが、ジェールトヴァは変わらぬ調子で笑みを浮かべるので、ハジャはばつが悪そうに苦笑した。
頼りにはしているが、さんっざん迷惑をかけているので負い目くらいはある。
「あんたらがついてるなら大丈夫だろうが、よろしく頼んだぜ」
こうして浄化の器に連れられ、ハンターたちは森の奥へと進んでいく。
「ふぉぉ、エルフハイムに来たのは初めてなの頑張るの~」
ディーナ・フェルミ(ka5843)にとっては見るものすべてが新鮮だ。
木々のアーチに包まれた一本道を歩きながら、キラキラと瞳を輝かせている。
一方、エルティア・ホープナー(ka0727)も別の意味で新鮮さを感じていた。
「随分変わったのね……私が居た頃とは」
歩いていると一般人が挨拶してくる。これがもう異常である。
「確か、図書館に外部の人間を入れるのは歴史上初ということだったね。とても光栄だよ」
「そうだな……俺たちハンターが森都にとってそれだけ信頼されたということだろう」
ジェールトヴァの言う通り、実は今回の依頼はシンプルな内容ではあるがとても異例のことだったりする。
「昔は絶対に許されなかったものね。私もずっと入ってみたかったから、今回は幸運だったわ」
ふっと微笑する程度のエルティアだったが、当人的にはかなり高揚している。
古代の書物がぎっちりと蔵書されているというのだから、ビブロフィリアとして冷静ではいられまい。
「古代文字と言えば、神聖なものに違いないの! しかも森都の古代文字は、森の神の信仰と深く結びついたものだとか……! ふぉぉ、神ヲタクの血が騒ぐの~~!!」
「うちの神ってそんないいもんじゃないけどね……」
「そうなの~? 他の宗教もエクラの信徒としては興味深いの。今日は色々教えてもらえるとうれしいの!」
「話すと長くなるから、さわりくらいなら……」
どのくらい長くなるかというと、全て説明するには4年くらいかかる程度である。
そうこうしている内に、巨大な樹木と一体化した――あるいはくりぬいて作られたかのような図書館が姿を見せた。
「なんてこと…………」
圧倒的な蔵書量にエルティアは驚愕していた。絶句である。表情は変わっていないが指先がわなわなと震えている。
「この甘い香り……何か特別な方法で蔵書を保護しているのね」
「たしか魔術的保護と、森の樹液を使ったものだって聞いたけど、詳しい事は知らない」
「しかし、すさまじい数だな……これは骨が折れそうだ。アイリス、どうしたらいい?」
「とりあえずじゃんじゃん移動させてもらおうかな。この辺の奴はもう済んでるから」
こうしていよいよ図書館の蔵書整理が始まった。
ヴァイスはその恵まれた体格でどんどん本を担ぎあげ、移動させていく。
一冊一冊はたかが本だが、何百冊も山になれば相当な重量。運びながら「これはアイリスでは無理だな」と苦笑する。
「しかし、エルフハイムの禁書に触れられるとはな。……これは中を見てもいいのか?」
「いいわよ。見てもわかんないだろうから」
あっさり許可するアイリスに目くばせし、本を開く。
ものによって縦書きだったり横書きだったりするようだが、当然ながらさっぱりわからない。
ハンターは精霊の力で大抵の文字は読み書きできるはずなので、それが分からないとなると相当古代のもの、あるいはデータベースに登録のない貴重なものだろう。
「……いつか、この本達を読んでみたいものだな」
「読めなくてよくない? それ、巫女を森の神に生贄に捧げる本だし」
幻想的な雰囲気が台無しである……が、だからこそ禁書なのだろう。
「それをまとめているのか……その、辛くないか?」
「元々知ってたからね。それに、史実はただの史実よ」
「そうか……強いんだな」
“アイリス”は精神的にもろい部分もあるが、達観したところもあるのは“ホリィ”と変わらない。
「だが、あまり無茶せず身体を大事にしろよ。俺たちは勿論、アイリスの力になりたいって思うハンターは多いんだ。遠慮なく頼ってくれ」
ヴァイスは努めて明るく語り掛けた。
エルティアは――飛んでいた。
図書館の広さは十分すぎるほどで、飛行用アーマーを用いて飛んでいても天井にぶつかる気配はまったくない。
「リアルブルーの技術ってすごいのね……簡単に飛べるなんて」
器の声はヘッドセットから聞こえてくる。離陸前に魔道スマートフォンを渡しておいたのだ。
二人とも大声で喚くようなタイプではないので、これがなかったら意思疎通は不可能だったろう。
「そういうあなたも、森都のエルフなのにスマホが使えるのね」
「機導師と同居してたことがあるから」
高い場所の本を移動させることは器にはできなかったため、飛行しての手伝いはとても喜ばれた。
「やっぱり……多少の埃はあるのよね……」
飛んでみるとわかるが、この図書館には不思議な風の流れがあり、それがゴミや落ち葉から蔵書を護っている。
しかしそれでもすべてを取り除けるわけではないので、手の届かない場所には埃も積もっていた。
掃除や高い場所の蔵書を取って地上に戻ると言う作業の往復はそれなりに疲労したが、何よりこれだけの本が目の前にあるのに読めないというのがエルティアにはストレスだった。
「あぁ……この全てが欲しい……読みたい……食事も睡眠も勿体無い……そんな時間が有るなら此処の全てを読み尽くしたい……」
「まじで? それは絶対理解できない感覚だわ……」
「あなたはここでずーっと缶詰なのよね……それに古代文字が読めるなんて、本当に羨ましいわ……」
趣味と能力がアンマッチな二人であった。
逆に仕事の面では相性がいいと言えるかもしれないが。
「でも、空を飛ぶなんてナイスアイデアね」
「いえ……実際に飛んでみてわかったけど、この図書館は飛行能力者の運用を前提に作られていると思うわ」
言われてみると、どう考えても梯子では届かない高さに本が詰まっている。
ちなみにこの図書館は動物や虫にとっては嫌われるのか、ペットを持ち込むことはできなかったので、信憑性の高い仮説と言える。
「慎重に……しかし、丁寧に……はこぶ、のっ!!」
右へ左へ、ディーナが走り回る。
見た目の可憐さからは想像もできない程パワフルに仕事を進めている。
「ところで、アイリスさん一人でこれをすべて整理するのも大変だし、読み書きを巫女の子たちに教えたり、辞書や教本を作ったりして誰でも参加できるようにするのは……ダメなのかな?」
「元々そのつもりよ。まあ、伝えるのもどうかなって思うんだけど……」
ジェールトヴァの質問にアイリスは歯切れ悪く答えた。
森都の歴史には恥部も山ほど存在する。それを後世に伝えることに疑問を持っていた。
「私は、教えてあげた方がいいと思うのっ!」
塔のごとくうずたかく積み上がった本が――ではなく、それを抱えたディーナがひょっこり顔を出して言う。
「昔の事が今すぐ全部役に立つとは私も思わないの。でも似た状況が起きたときにどうしたらいいか、思い付く手助けになることはあるの。神への接し方大災害への対処方法友達との仲直り、この場面で自分ならどう切り抜けようと思うか、いろんな事が考えられるの!」
ぷるぷると震えながらそ~っと本を降ろし、そこからディーナが猛ダッシュで駆け寄る。
「宗教と歴史は確かにいいことばっかりじゃないの。でもそういう人間の失敗は教訓となって後世に役立つこともあるの~!」
「ディーナさんの言う通りだね。教育を受ければ自分の身を護ることができるようになるし、夢や希望を叶える力にもなる。ジエルデさんが読み書きを教えてくれたのも、そういった祈りがあったのかもしれないね」
実際、そのおかげで戦う事しか知らなかった浄化の器が社会に貢献できている。
「次世代に、過去の知識を受け継いでいくのは、想いも一緒に引き継いでいくことなのかもね」
「これだけの蔵書量、めったにないの。ちゃんと守っていかなきゃなの」
そんなことを語っていた正にその時、図書館の扉が開いて巫女の子供達がぞろぞろと入ってくる。今日も手伝いの時間のようだ。
「「「ハンターのみなさん、こんにちは~!!」」」
「はい、こんにちは」
「こんにちはなの~!!」
明るく笑顔で挨拶してくる子供達の前に腰を落とし、目線を合わせてディーナが語り掛ける。
「みんなも古代文字が読めるの~?」
「すこしだけ!」
「ふぉぉ、みんな凄いの~! 是非是非みんなに教えて欲しいの~!」
「私にも……教えてもらえないかしら……」
そこへ素早くエルティアが滑り込んでくる。この話題になるのをずっと待っていたのだ。
「まあ、蔵書整理はだいぶ進んでるしね。休憩がてら、教えてもいいわ」
と、図書館の主からお言葉も賜り、文字の読み書きと教わる事になった。
「まず、初期と中期と後期、それぞれで書き方が微妙に変移してるので初期をコンプリートしないと中期でつまずくわ」
「素晴らしいわ……」
エルティア的にはその反応であってるらしい。
「象形文字的な形だけで言葉になっている部分があるのと、同じ文字でも入りと払いの違いで意味が変わるのがあって……」
真剣に器から文字を教わるエルティア。一方、ディーナは子供たちと遊んだり話をしながら、何となく教わる形をとる。
子供らの習熟度はまだ高くないため、教え方は要領を得ない部分が多く、正直よくわからなかった。だが、子供らの学びに対する意欲を見ているだけでもディーナには嬉しい時間だ。
「ハンターさんってお外の人なんでしょ? もっと面白いお話知らない?」
「ここのお話あんまりおもしろくないんだぁ。すぐイケニエとかになるんだもん」
ふてくされる子供たちの気持ちは痛いほどわかる。ヴァイスは苦笑を浮かべ。
「そうだな……じゃあ、俺が体験してきた物語を教えてやろう」
ヴァイスは歴戦のハンターだ。世界各地を転戦し、様々な冒険を乗り越えてきた。
その中には忘れられない思い出……この森にとっても無関係ではない、「浄化の器」を巡る戦いも含まれている。
直ぐ近くに当人もいるので人名は伏せたが、子供たちにこれまでの物語を冒険譚風に聞かせ、好評を得た。
「その人たちはみんなどうなったの?」
「そうだな……。自分の願いを叶えるために、最期まで戦い抜いた、かな」
胸から下げた蒼い石の欠片を握りしめ、ヴァイスは明るく笑った。
「巫女の子たちも、様々な個性を持つようになったね。とても良いことだと思う」
「おかげで教えるのも苦労してるわ」
巫女らが作業を始めると、逆にハンターは少し手が空く。身体の事もあり疲れたのか、器は椅子に腰かけていた。
「自分流に色々と工夫して教えてみたらいいんじゃないかな。やり方は決まってないし、楽しんだもの勝ちだよ」
ジェールトヴァの言葉に頷きつつも、ジエルデの教え方はやはり上出来だったのだと思い返す。あんな根気強さ、器にはない。
「やっぱり、身体は辛いの? 不躾な質問でごめんなさい。貴女の不自由がもしもマテリアルの浄化で多少なりとも緩和されるなら、試させて貰えないかと思ったの」
「ありがとう、ディーナ。でもこれは浄化では治らないのよ」
ディーナは器の事情に詳しくはないが、森の神の特別な巫女だったという話と、それにより身体に不調があることは小耳にはさんでいた。
「エクラの聖職者として何かお手伝い出来たらと思ったのだけど……」
肩を落とすディーナの前に、エルティアがティーカップを並べていく。
「みんなお疲れ様……先日は蒼の民の言う中秋の名月だったそうよ。お月様に見立てた蒼の地のお菓子と、紅茶よ」
巫女らが思い思いに蔵書整理やら学習に打ち込む様子を餅と共にお茶請けにして、ハンターらは一息ついた。
「ティーパックも置いておくからまたハジャにでも作らせると良いわ」
「嬉しいけど……今度は紅茶に凝りはじめなきゃいいわね。うざいから……」
休憩を挟み、ハンターらの仕事は夕暮れまで続いた。
完全に夜になると下手すると遭難する広さなので、森の外までは再び器が案内する。
「じゃあなチビ共、元気でな!」
「「「ばいば~~い!!」」」
元気よく手を振る巫女たちに手を振り返すヴァイス。
「まだまだ教えるのは時間がかかりそうだけど、元気がよくていい子たちだったの~」
「相当難しいものね……頑張って覚えようとしているだけ立派だわ」
かく言うエルティアも短い時間では殆ど覚えられなかった。法則性は教わったので、辞書があればなんとか。
「書は人なり文字は人となりっていうけれど、アイリスさんの文字は落ち着いていたね」
ジェールトヴァが見ていたのは器の文字だ。
やや粗暴な性格からは想像できない程、きっちりと美しかったのを覚えている。
「文字の複雑さもあるから当然かもしれないけど……確かに綺麗な字だったわね」
「アイリスさんも本を書いてみたりしたらどうかな。堅苦しい物じゃなくても、思うままに書き散らかしていいんだし」
「今のところ本まみれすぎてその気にはならないけど……まあ覚えとくわ」
ジェールトヴァの提案に複雑な表情を浮かべる器であった。
出口まではハンターの足でも歩いてけっこうな時間がかかり、結局解散する頃には夜になっていた。
「私は戻って続きをするわ。今日はありがとね」
「大変なのね……身体に気を付けて、がんばってなの」
ディーナは器の手を取り、祈る様に目を瞑る。
「神が人を選ぼうが人にも神を選ぶ権利があるの。私は傲慢な救済を行うエクラを選んだ。貴女にも貴女が安らぐ神の祝福を……」
「何かあればまた呼んでくれ。直ぐに駆け付けるからな」
ヴァイスが声をかけると、器も頷き返す。
だが――全盛期の頃を知るヴァイスには、今の器はとても弱弱しい存在に見えた。
口にも顔にも出しはしなかったが、それが終始心配だった。
「何かあれば相談するわ。だから……心配しないで」
こうして一日の図書館整備は終わり、ハンターらは転移門で帰路につくのであった。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/09/26 06:46:18 |