ゲスト
(ka0000)
【幻痛】向かう先は冒険都市
マスター:四月朔日さくら

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/09/27 15:00
- 完成日
- 2018/10/01 06:35
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
秋は、どこにおいても実りの季節である。
それは、実りの薄い辺境とても同じ。
とはいえ、昨今のビックマーとの戦いなどで、今年は状況が少し異なっているような気はするが。
……いや、少しどころではなく異なっているか。
●
――ビックマー・ザ・ヘカトンケイルとハンターたちとの戦闘は、もちろん軍医でもあるゲルタ・シュヴァイツァーの耳に届いていた。いつどこが戦場になってもおかしくない、とも。
「なんてこと……もしここに来たら……ここには多くの負傷した兵もハンターもいるのよ!?」
……彼女は何よりも前に医師である。
傷ついた人を助けるのがその役目だ。
そんな医療施設をも攻撃されれば、いったいどうなるか。……想像に易い。
ゲルタはそれでも、必死になって怪我人の治療を続けた。何より要塞都市という場には医療従事者の手がいくつあっても足りない。とくにこんなことになろうものなら、それはなおさらである。
それでも、時は無情に過ぎていく。
●
そしてノアーラ・クンタウが危ない、ということが机上の空論でなくなってきたころ、ゲルタの元に軍部からの連絡が届いた。
それはこの場所での医療行為を終えて逃げることを促すものだった。
確かにそれも一つの選択だろう。けれど、ゲルタはそれを単純にはよしとして受け入れられない。彼女は医者だ。傷つく者を救うのが医者だ。
それに、彼女の医療所にいるのは兵士やハンターだけではない。
行き場を失った辺境の民も、彼女は受け入れていた。身体の傷だけでなく、心の傷も癒やす――それが、ゲルタの為したいことだからだ。
誰も取りこぼさずに、助けたい。それは理想論だが、彼女のあこがれだ。
(……このままでは、被害は拡大するばかりじゃない)
ゲルタは胸の奥でそう思う。
「ゲルタ先生……歪虚がどんどん、ノアーラ・クンタウに近づいているって聞いていますけれど、私たち、大丈夫ですかねえ」
不安そうに尋ねてくるのは看護師の手伝いをしている辺境の女性だ。元は避難民だったが、医療の心得があると言うことで手伝ってもらっている。今や猫の手も借りたいゲルタにとってありがたい人材の一人だった。
「……まだわからないけれど、危険が迫っているのは確かね」
「ああ、せっかくここまで来たのに……」
女性はうつむいて顔を手で覆った。
以前は辺境の民がこの要塞都市に望んで来ることはそうなかった。帝国との関係が今ほど良好でなかったことが何より大きいが、それもずいぶん変わったと、ゲルタ自身しみじみと思って――ふと、あることをひらめいた。
(あの人なら、もしかして……そうよ、そうすれば、あるいは)
ゲルタは引き出しから便せんを取り出すと、なにやら書き始めた。
●
「みんな、大変だとは思うけど、これから本格的な戦闘に備えて退避することにします」
その朝、ゲルタはそう切り出した。傷病者はもちろん、スタッフも驚いたような顔を見せている。彼女は最後まで逃げる人ではない、誰もがそう思っていたからだ。
「もちろんここに残っていたいのは山々だけど、何よりも人命を第一に考えての決断です。……避難先はリゼリオになります。陸路を使うので大変かもしれないけど、ここにいて恐怖におびえるよりはずっと安心できるはずよ。それは保証します、安心して」
けれど、ここには一人で歩くのもままならぬ者もいる。あるいは退避の途中に何かあったら大変だ。すると、ゲルタはにこりとほほえんだ。
「もちろん不測の事態が起きないに越したことはないけれど、今回は急ぎでハンターに助力を頼んだわ。もうすぐこちらに到着するはず」
そして、と極めつけに、胸ポケットから封筒を取り出す。
「これは辺境ユニオンのリーダー、リムネラさんからの紹介状。今回の行為は大切な救命行為であることへの保証や、なにか困ったことが起きたときに名前を出してもいいとも書いてあるから」
そしてゲルタはいちど言葉を切り、大きく言った。
「ここから無事に逃げて、リムネラさんにお礼を言わなきゃね。そのためにも、みんな、頑張りましょう!」
そう――生きるために。
秋は、どこにおいても実りの季節である。
それは、実りの薄い辺境とても同じ。
とはいえ、昨今のビックマーとの戦いなどで、今年は状況が少し異なっているような気はするが。
……いや、少しどころではなく異なっているか。
●
――ビックマー・ザ・ヘカトンケイルとハンターたちとの戦闘は、もちろん軍医でもあるゲルタ・シュヴァイツァーの耳に届いていた。いつどこが戦場になってもおかしくない、とも。
「なんてこと……もしここに来たら……ここには多くの負傷した兵もハンターもいるのよ!?」
……彼女は何よりも前に医師である。
傷ついた人を助けるのがその役目だ。
そんな医療施設をも攻撃されれば、いったいどうなるか。……想像に易い。
ゲルタはそれでも、必死になって怪我人の治療を続けた。何より要塞都市という場には医療従事者の手がいくつあっても足りない。とくにこんなことになろうものなら、それはなおさらである。
それでも、時は無情に過ぎていく。
●
そしてノアーラ・クンタウが危ない、ということが机上の空論でなくなってきたころ、ゲルタの元に軍部からの連絡が届いた。
それはこの場所での医療行為を終えて逃げることを促すものだった。
確かにそれも一つの選択だろう。けれど、ゲルタはそれを単純にはよしとして受け入れられない。彼女は医者だ。傷つく者を救うのが医者だ。
それに、彼女の医療所にいるのは兵士やハンターだけではない。
行き場を失った辺境の民も、彼女は受け入れていた。身体の傷だけでなく、心の傷も癒やす――それが、ゲルタの為したいことだからだ。
誰も取りこぼさずに、助けたい。それは理想論だが、彼女のあこがれだ。
(……このままでは、被害は拡大するばかりじゃない)
ゲルタは胸の奥でそう思う。
「ゲルタ先生……歪虚がどんどん、ノアーラ・クンタウに近づいているって聞いていますけれど、私たち、大丈夫ですかねえ」
不安そうに尋ねてくるのは看護師の手伝いをしている辺境の女性だ。元は避難民だったが、医療の心得があると言うことで手伝ってもらっている。今や猫の手も借りたいゲルタにとってありがたい人材の一人だった。
「……まだわからないけれど、危険が迫っているのは確かね」
「ああ、せっかくここまで来たのに……」
女性はうつむいて顔を手で覆った。
以前は辺境の民がこの要塞都市に望んで来ることはそうなかった。帝国との関係が今ほど良好でなかったことが何より大きいが、それもずいぶん変わったと、ゲルタ自身しみじみと思って――ふと、あることをひらめいた。
(あの人なら、もしかして……そうよ、そうすれば、あるいは)
ゲルタは引き出しから便せんを取り出すと、なにやら書き始めた。
●
「みんな、大変だとは思うけど、これから本格的な戦闘に備えて退避することにします」
その朝、ゲルタはそう切り出した。傷病者はもちろん、スタッフも驚いたような顔を見せている。彼女は最後まで逃げる人ではない、誰もがそう思っていたからだ。
「もちろんここに残っていたいのは山々だけど、何よりも人命を第一に考えての決断です。……避難先はリゼリオになります。陸路を使うので大変かもしれないけど、ここにいて恐怖におびえるよりはずっと安心できるはずよ。それは保証します、安心して」
けれど、ここには一人で歩くのもままならぬ者もいる。あるいは退避の途中に何かあったら大変だ。すると、ゲルタはにこりとほほえんだ。
「もちろん不測の事態が起きないに越したことはないけれど、今回は急ぎでハンターに助力を頼んだわ。もうすぐこちらに到着するはず」
そして、と極めつけに、胸ポケットから封筒を取り出す。
「これは辺境ユニオンのリーダー、リムネラさんからの紹介状。今回の行為は大切な救命行為であることへの保証や、なにか困ったことが起きたときに名前を出してもいいとも書いてあるから」
そしてゲルタはいちど言葉を切り、大きく言った。
「ここから無事に逃げて、リムネラさんにお礼を言わなきゃね。そのためにも、みんな、頑張りましょう!」
そう――生きるために。
リプレイ本文
●
慌ただしくやってきた七人のハンターたち。身分も出身もばらばらな彼らだが、今胸に抱くのは『無事にノアーラ・クンタウからリゼリオへの避難を行うこと』だ。
「ピアチェーレ! ドットーレ・ゲルタ」
参上してまずそう頭を下げたのはリアルブルーのイタリア出身、いわゆるラテン系の青年ハンターであるレオーネ・ティラトーレ(ka7249)だ。まだ実戦経験は浅いが、この場に必要なのは迅速に避難・誘導を行える知恵や度胸を持つ者であるから、実力の有無はそれほど問題とはならない。それにともに行くことになるのは心身ともに疲弊し、あるいは負傷している者たちだ。大きな戦いを間近に控え、今は体力の温存をしているハンターも多い中、こうやって駆けつけてくれただけでもありがたいのだとゲルタは礼を言う。
「私たちハンターが皆さんをリゼリオまで護り届けます。私たちを信じて、諦めずに前に進んでください」
そうにこっと微笑むのは、こちらもまだ新米ハンターの鬼の少女、百鬼 一夏(ka7308)である。鬼の種族にしては小柄で華奢な印象を受ける一夏だが、彼女の胸には大きな志がある。
頭に乗せた宝冠をくれたハンターのように、他人に希望を持ってもらえるような存在になりたい――それは彼女の到達したい夢。そのためにも、まずは経験を積むこと。笑顔を見せて避難民たちに元気づけ、そして頷いた。
「あの、ゲルタさん……ゲルタさんにお願いがあるの」
その一方でゲルタに声をかけたのは聖導士として活動をしているディーナ・フェルミ(ka5843)、そしてその後ろには玲瓏(ka7114)も控えている。
「何かしら?」
ゲルタが尋ねると、ディーナはこくっと頷いて言葉を続けた。
「私も玲瓏さんも聖導士だから、フルリカバリーが使えるの。もちろん何かあったときのために何回分かは残すけれど、それでも十人強の回復に使えると思うの。とくに移動困難な重篤患者さんがいるなら、そういう方にフルリカバリーやヒールを使わせてもらえないかな、元気になった方に移動の補助をお願いすれば、移動の難易度もずっと下がると思うの……どうかな?」
「ディーナ様の仰るとおり、私も少しなら回復術の心得があります。そうすれば、移動先の生活の不安も少しは軽減されるでしょうし、道中の負担も多少は楽になると思いますからね。それに、私はリアルブルーで医療施設に従事していた経験もあります。東方でも診療所の手伝いをしていましたし、お手伝いできることはあるかと」
ディーナと玲瓏の思ってもみない提案に、ゲルタがおお、と小さくうなる。
「それは正直、考慮外だったわ……ここで回復に成功しても、再び戦場に向かったりする可能性もあるから、どちらかというと避難を優先したいひとに、っていうことになるかもしれないけれど……ちょっと来て、回復希望者を募りたいし」
ゲルタの言葉に、玲瓏とディーナはぱっと表情を明るくし、笑顔で目配せする。
「一応優先順位なども考えてきてあります、参考にしてください」
玲瓏は言いながらゲルタの後についていく。ディーナも、郷に入れば郷に従えとばかりに診療所という環境に場所慣れしている二人を追いかけた。
(リムネラの頼みということなら断るわけにもいくまい……いや、そうでなくとも民を守るのはハンターの仕事だ)
ビックマーとの戦いの前、レイア・アローネ(ka4082)は忙しい中ゲルタの手伝いにも顔を出していた。
「無事に送り届けなきゃね。戦いに巻き込まれて傷つくひとを、これ以上出したくないから……」
少女と見まがう長い黒髪をなびかせながら、時音 ざくろ(ka1250)も頷いてみせる。二人は一足先に、馬車のある待機場所で様子を確認していた。毛布や食料などの荷造りを手伝ったりもしている。
「ゲルタさんの話だと、リムネラさんからの紹介状もあるみたいだし。時々先触れにいって、歪虚や道の様子を見たり、道中の手助けを得られないかとかをリムネラさんの名前を借りて話しておくとかしたいんだけど……どうかな、その方がスムーズに進むこともあると思うんだ」
「なるほど。それはいい考えだな。道が馬車やトラックの通行の邪魔になるような状態だったときのために、私も先行しようとは思っていたし……もし何かあったときはトランシーバーも持ってきているし、後方の人々にも伝えることができるだろう」
二人とも多くの戦場をくぐり抜けてきた歴戦の戦士だ。こういうときに危険をいかに回避するかを優先的に考えることで、依頼を迅速に成功させることができるだろうと認識していた。
「それに何より、危険が迫っている場所に、怪我人や病人をおいておけねーですからねぇ……エクラのシスターとして、全力をもって避難支援をさせていただきますよ」
そう胸をどんとたたいてみせるのはドワーフのシスター・シレークス(ka0752)。清楚な雰囲気を漂わせているが、なかなかどうして剛胆な性格をしているのは、その言動でおおよそわかるだろう。
とはいえエクラの教えを実践しているのは間違いなく、少しでも余力のある傷病者やスタッフを率いて率先して行く心づもりらしい。
やがて支度を終えたゲルタたちも準備を済ませてやってきた。何人か元気そうに歩いているのは、ディーナや玲瓏が回復を施したからに違いあるまい。
何人かの避難民たちは涙も流していた。負傷が激しくてこのままではリゼリオへの脱出すら無事にいけるかわからないくらいだった人々が、一部であっても元気に動くことができるようになっているのだ、その感動は計り知れない。彼らはリゼリオへの避難を手伝うために、積極的に治癒術を施してもらい、魔導トラックの運転などにも協力してくれるのだという。
準備は整った。
さあ、出発だ。
●
道を先導するのはざくろとレイア、シレークス。
馬車やトラックで傷病者の様子を見ながら付き添っているのはディーナ、玲瓏。ディーナは運転も買って出ている。
馬車に寄り添うように併走して様子を見ているのは一夏とレオーネだ。
それぞれの実力や役目を確認しながらの移動は、順調に進んでいた。
移動時の身体の負担を減らすように毛布を荷台に敷き詰めたり、食事は気持ちを落ち着けるような暖かいものを用意するように心がけたり。
診療所のスタッフや、怪我の比較的少ない避難民たちも同行しているので、手助けには事欠かない。
急ぐ旅路ではあるが、下手に大きな振動を与えるわけにもいかず、かといってゆっくりすぎても避難が間に合わない可能性がある。ざくろやレイアが道を整備しつつ、ときおり休憩を交えながら、道沿いにある集落の人々にも手を借りつつ進む。
普段ならリゼリオまでショートカットになるルートだが、今回は様々な様子を確認しつつ、疲労をためすぎないように注意しつつの移動でもあるため、通常よりは少し時間はかかるだろうが――それでも様々な手助けを得ていることもあって、行程は順調に進んでいた。
とくに助かったと思ったのはやはりリムネラからの手紙だ。
聖地の巫女で辺境のハンターたちの精神的支柱でもあるリムネラの存在は、辺境とリゼリオをつなぐ道なりに住む者たちにとってみればやはり特別な存在でもあり、はじめは冷たくあしらおうとしていたようなひとも彼女の名前と手紙を出してみればすぐ表情を変え、それならばと手を貸してくれる。
辺境の戦況はやはり辺境近くに住まう彼らにも伝わっており、余計に神経をとがらせているのだろうが、それでもハンターたちの活躍を信じているということなのだろう。街道沿いの集落で休憩を取る際には疲れがたまっているだろうひとに優先的にいすや寝台を貸し与え、新鮮な果物などを分け与えてくれた。
「普段は要塞都市の人たちやハンターに守られているのは、俺たちも同じですよ。そんな人たちが困っているときにできることがあるのなら、俺たちも嬉しいってもんです」
ある集落に住む壮年の男性は、そう言って微笑んでくれた。
「それに、ハンターさんや辺境の皆さんに何かあったら、それこそ俺たちもいい気分はしないですからね。無事にリゼリオにたどり着けるよう、祈っていますよ」
じっさい全くその通りで、比較的早めにたどり着いた集落からは避難民たちがここを通ることを、リムネラやゲルタの言葉も添えて早馬を出してくれていたし、その早馬のおかげでざくろたちが道を整備する手間を減らしてくれていた。
こういうときに持つべきはやはり信頼と言うことなのだろう。
リムネラはもちろんだが、ゲルタも医師であると同時に、開拓地『ホープ』の発展に多少なりとも力を注いできた人物の一人だ。辺境の近くに住むものからしてみれば、感謝の対象となる人物なのであるから、辺境に対する貢献をしている二人の言葉が彼らに響かないはずがないのだ。
何しろこの道は辺境とリゼリオとの抜け道だ。どちらにも顔の利く存在が急ぎ使うとなれば協力を惜しまないわけがない。強制ではなく、彼ら自身のごく自然な気持ちとして。
また休憩の時に近くに集落がなくても、温かい飲み物や腹持ちのよい保存食を振る舞い、まだ移動することに不安を抱くものがいればシレークスらが話を聞き、移動の際に傷が悪化していないかなどは医術の心得や回復術がある玲瓏やディーナ、それに医療スタッフらが様子をしっかり確認する。
レイアやざくろは休憩もそこそこに先を確認しては道の状態を確認したりもするし、話術に長けたレオーネは軽口をたたいたりして焦りを覚えそうな避難民たちの心を和ませたりする。避難民たちとも早くに打ち解けており、その夜にはおおよその避難民の名前を覚えきってしまっていた。
「効率重視で回復術を使うのは、こういうときは仕方ないから……皆さんも、了解してください」
そう言って頭を下げたりして、避難民の対応をしている一夏。一夏は故郷の仲間たちがすでになく、それもあって平和な世界を目指すという大きな夢を抱いている。そのためにも、こんなところでつまらない諍いを起こすべきでない、とも。
一夏の真面目なまなざしに、避難民たちも
「そりゃあ、このまま逃げれば助かるんだろうし、怪我のひどいひとを優先するのは当たり前だよ」
そう言って微笑みかける。
(このメンバーは、誰もが痛みをどこかで知っている)
ゲルタは作業をしながらそう独りごちる。
(だからこそ、命の大切さ、助かるという意味の深さがわかる……とてもありがたいことだわ)
誰も傷つかないでいるのはとてつもなく難しいことだ。
けれど、傷を知っているからこそ、今回の依頼の意味がわかっている。誰もが恐れる死から逃れるため、彼らにできる限りの方法で死の恐怖から逃げているのだ。
死から逃げることは決して悪いことではない。むしろ生きると言うことは、たくさんの苦難が待ち構えていることもあるし、たとえばリアルブルーでは安直に死を選ぶ若者が多かったりもする。
だからこそ、生きることを選ぶのはつらくもあるが、それを選ぶ人々の心はとても強い。ここにいる人々だって同じだ。
故郷を失い、家族を失った人も多かろう。
身体のどこかに生涯治せぬ傷を、あるいは心の傷を、持ったものもいるだろう。
それでも彼らは生きるのだ。
そうして、明日を迎えるために。
●
二日目の晩にはシチューが振る舞われた。レオーネのアイデアで、行程の中盤にこういったものが提供されれば自然とモチベーションも上がるだろうという考えは見事にはまった。ここまでの道のりで特に不審なこともなく、安心して行程の半分以上まで来られたのはハンターたちのおかげだと、誰もが何度も礼を言った。
「みんなも道中けんかとかねーですからねぇ、いいことっすよ」
シレークスはそう言ってにこにこと笑ってみせる。そしてエクラの教えを時々口ずさんでは、
「わたくしには、これくらいのことしかできねーですがね」
と少し照れくさそうに言うのだ。普段は身体を動かす方が得意なタイプでも、エクラの教えをきちんと胸に刻むシスターだと改めて認識できる。
「それにしても、これが終わったらあのビックマーとの対決も控えているんだな……」
レイアがそうつぶやくと、
「ビックマー退治にも行くの?」
子どもの何人かが興味深そうに尋ねてきた。
「ああ、それもハンターの仕事だからな」
「すごーい! かっこいい!」
「お姉ちゃんたち、頑張ってきてね!」
子どもたちの純粋なまなざしに応援され、レイアもにこりと微笑み返す。
(……にしても、あの肥満リス……かなりの無茶をしおって……い、いや、あんなナマケモノの心配などしておらんがな!)
レイアは胸の内でトンデモ生物化したチューダを思い出したようだった。
野営も、ハンターたちが率先して身体を休めることができるように整理したり、長旅でほこりっぽくなった身体を拭き清めたり。
万が一の敵襲に備えて見回りなどもしたが、とくに大きな異変はないまま、順調に旅は進んでいた。
翌日、行程ももう後半となれば自然と誰もが心躍る。
傷ついていたものでさえ、リゼリオにつけばきっと何とかなるとそう信じている。
ディーナの口ずさむエクラの聖歌や帝国の軍歌、更に子どもたちが歌う辺境の民謡などに耳を傾けたり、誰もの顔に笑顔が取り戻されていく。
――やがて、先行していたざくろが大きく手を振った。
「リゼリオが見えたよ!」
冒険都市リゼリオは、いつもの姿のまま、そこにあった。
この調子でいけば今日の夕方頃には皆到着できるだろう。それを感じ取り、辺境の民や怪我をしたハンターたちは、何度も何度も頭を下げる。
「ここまで来れば大丈夫です、ありがとうございます……!」
むろん、これがゴールというわけではない。彼らを受け入れてくれる場所や、避難民は更に食事や仕事といったものも探す必要がある。
それでも、生きていればきっとどうにかなる。
生きている者たちの笑顔は晴れやかで。
つらい思いをしてきた分、きっと幸福もあるに違いない。
ハンターたちもそう思いながら、もうすぐたどり着くリゼリオへの道を急ぐのだった。
慌ただしくやってきた七人のハンターたち。身分も出身もばらばらな彼らだが、今胸に抱くのは『無事にノアーラ・クンタウからリゼリオへの避難を行うこと』だ。
「ピアチェーレ! ドットーレ・ゲルタ」
参上してまずそう頭を下げたのはリアルブルーのイタリア出身、いわゆるラテン系の青年ハンターであるレオーネ・ティラトーレ(ka7249)だ。まだ実戦経験は浅いが、この場に必要なのは迅速に避難・誘導を行える知恵や度胸を持つ者であるから、実力の有無はそれほど問題とはならない。それにともに行くことになるのは心身ともに疲弊し、あるいは負傷している者たちだ。大きな戦いを間近に控え、今は体力の温存をしているハンターも多い中、こうやって駆けつけてくれただけでもありがたいのだとゲルタは礼を言う。
「私たちハンターが皆さんをリゼリオまで護り届けます。私たちを信じて、諦めずに前に進んでください」
そうにこっと微笑むのは、こちらもまだ新米ハンターの鬼の少女、百鬼 一夏(ka7308)である。鬼の種族にしては小柄で華奢な印象を受ける一夏だが、彼女の胸には大きな志がある。
頭に乗せた宝冠をくれたハンターのように、他人に希望を持ってもらえるような存在になりたい――それは彼女の到達したい夢。そのためにも、まずは経験を積むこと。笑顔を見せて避難民たちに元気づけ、そして頷いた。
「あの、ゲルタさん……ゲルタさんにお願いがあるの」
その一方でゲルタに声をかけたのは聖導士として活動をしているディーナ・フェルミ(ka5843)、そしてその後ろには玲瓏(ka7114)も控えている。
「何かしら?」
ゲルタが尋ねると、ディーナはこくっと頷いて言葉を続けた。
「私も玲瓏さんも聖導士だから、フルリカバリーが使えるの。もちろん何かあったときのために何回分かは残すけれど、それでも十人強の回復に使えると思うの。とくに移動困難な重篤患者さんがいるなら、そういう方にフルリカバリーやヒールを使わせてもらえないかな、元気になった方に移動の補助をお願いすれば、移動の難易度もずっと下がると思うの……どうかな?」
「ディーナ様の仰るとおり、私も少しなら回復術の心得があります。そうすれば、移動先の生活の不安も少しは軽減されるでしょうし、道中の負担も多少は楽になると思いますからね。それに、私はリアルブルーで医療施設に従事していた経験もあります。東方でも診療所の手伝いをしていましたし、お手伝いできることはあるかと」
ディーナと玲瓏の思ってもみない提案に、ゲルタがおお、と小さくうなる。
「それは正直、考慮外だったわ……ここで回復に成功しても、再び戦場に向かったりする可能性もあるから、どちらかというと避難を優先したいひとに、っていうことになるかもしれないけれど……ちょっと来て、回復希望者を募りたいし」
ゲルタの言葉に、玲瓏とディーナはぱっと表情を明るくし、笑顔で目配せする。
「一応優先順位なども考えてきてあります、参考にしてください」
玲瓏は言いながらゲルタの後についていく。ディーナも、郷に入れば郷に従えとばかりに診療所という環境に場所慣れしている二人を追いかけた。
(リムネラの頼みということなら断るわけにもいくまい……いや、そうでなくとも民を守るのはハンターの仕事だ)
ビックマーとの戦いの前、レイア・アローネ(ka4082)は忙しい中ゲルタの手伝いにも顔を出していた。
「無事に送り届けなきゃね。戦いに巻き込まれて傷つくひとを、これ以上出したくないから……」
少女と見まがう長い黒髪をなびかせながら、時音 ざくろ(ka1250)も頷いてみせる。二人は一足先に、馬車のある待機場所で様子を確認していた。毛布や食料などの荷造りを手伝ったりもしている。
「ゲルタさんの話だと、リムネラさんからの紹介状もあるみたいだし。時々先触れにいって、歪虚や道の様子を見たり、道中の手助けを得られないかとかをリムネラさんの名前を借りて話しておくとかしたいんだけど……どうかな、その方がスムーズに進むこともあると思うんだ」
「なるほど。それはいい考えだな。道が馬車やトラックの通行の邪魔になるような状態だったときのために、私も先行しようとは思っていたし……もし何かあったときはトランシーバーも持ってきているし、後方の人々にも伝えることができるだろう」
二人とも多くの戦場をくぐり抜けてきた歴戦の戦士だ。こういうときに危険をいかに回避するかを優先的に考えることで、依頼を迅速に成功させることができるだろうと認識していた。
「それに何より、危険が迫っている場所に、怪我人や病人をおいておけねーですからねぇ……エクラのシスターとして、全力をもって避難支援をさせていただきますよ」
そう胸をどんとたたいてみせるのはドワーフのシスター・シレークス(ka0752)。清楚な雰囲気を漂わせているが、なかなかどうして剛胆な性格をしているのは、その言動でおおよそわかるだろう。
とはいえエクラの教えを実践しているのは間違いなく、少しでも余力のある傷病者やスタッフを率いて率先して行く心づもりらしい。
やがて支度を終えたゲルタたちも準備を済ませてやってきた。何人か元気そうに歩いているのは、ディーナや玲瓏が回復を施したからに違いあるまい。
何人かの避難民たちは涙も流していた。負傷が激しくてこのままではリゼリオへの脱出すら無事にいけるかわからないくらいだった人々が、一部であっても元気に動くことができるようになっているのだ、その感動は計り知れない。彼らはリゼリオへの避難を手伝うために、積極的に治癒術を施してもらい、魔導トラックの運転などにも協力してくれるのだという。
準備は整った。
さあ、出発だ。
●
道を先導するのはざくろとレイア、シレークス。
馬車やトラックで傷病者の様子を見ながら付き添っているのはディーナ、玲瓏。ディーナは運転も買って出ている。
馬車に寄り添うように併走して様子を見ているのは一夏とレオーネだ。
それぞれの実力や役目を確認しながらの移動は、順調に進んでいた。
移動時の身体の負担を減らすように毛布を荷台に敷き詰めたり、食事は気持ちを落ち着けるような暖かいものを用意するように心がけたり。
診療所のスタッフや、怪我の比較的少ない避難民たちも同行しているので、手助けには事欠かない。
急ぐ旅路ではあるが、下手に大きな振動を与えるわけにもいかず、かといってゆっくりすぎても避難が間に合わない可能性がある。ざくろやレイアが道を整備しつつ、ときおり休憩を交えながら、道沿いにある集落の人々にも手を借りつつ進む。
普段ならリゼリオまでショートカットになるルートだが、今回は様々な様子を確認しつつ、疲労をためすぎないように注意しつつの移動でもあるため、通常よりは少し時間はかかるだろうが――それでも様々な手助けを得ていることもあって、行程は順調に進んでいた。
とくに助かったと思ったのはやはりリムネラからの手紙だ。
聖地の巫女で辺境のハンターたちの精神的支柱でもあるリムネラの存在は、辺境とリゼリオをつなぐ道なりに住む者たちにとってみればやはり特別な存在でもあり、はじめは冷たくあしらおうとしていたようなひとも彼女の名前と手紙を出してみればすぐ表情を変え、それならばと手を貸してくれる。
辺境の戦況はやはり辺境近くに住まう彼らにも伝わっており、余計に神経をとがらせているのだろうが、それでもハンターたちの活躍を信じているということなのだろう。街道沿いの集落で休憩を取る際には疲れがたまっているだろうひとに優先的にいすや寝台を貸し与え、新鮮な果物などを分け与えてくれた。
「普段は要塞都市の人たちやハンターに守られているのは、俺たちも同じですよ。そんな人たちが困っているときにできることがあるのなら、俺たちも嬉しいってもんです」
ある集落に住む壮年の男性は、そう言って微笑んでくれた。
「それに、ハンターさんや辺境の皆さんに何かあったら、それこそ俺たちもいい気分はしないですからね。無事にリゼリオにたどり着けるよう、祈っていますよ」
じっさい全くその通りで、比較的早めにたどり着いた集落からは避難民たちがここを通ることを、リムネラやゲルタの言葉も添えて早馬を出してくれていたし、その早馬のおかげでざくろたちが道を整備する手間を減らしてくれていた。
こういうときに持つべきはやはり信頼と言うことなのだろう。
リムネラはもちろんだが、ゲルタも医師であると同時に、開拓地『ホープ』の発展に多少なりとも力を注いできた人物の一人だ。辺境の近くに住むものからしてみれば、感謝の対象となる人物なのであるから、辺境に対する貢献をしている二人の言葉が彼らに響かないはずがないのだ。
何しろこの道は辺境とリゼリオとの抜け道だ。どちらにも顔の利く存在が急ぎ使うとなれば協力を惜しまないわけがない。強制ではなく、彼ら自身のごく自然な気持ちとして。
また休憩の時に近くに集落がなくても、温かい飲み物や腹持ちのよい保存食を振る舞い、まだ移動することに不安を抱くものがいればシレークスらが話を聞き、移動の際に傷が悪化していないかなどは医術の心得や回復術がある玲瓏やディーナ、それに医療スタッフらが様子をしっかり確認する。
レイアやざくろは休憩もそこそこに先を確認しては道の状態を確認したりもするし、話術に長けたレオーネは軽口をたたいたりして焦りを覚えそうな避難民たちの心を和ませたりする。避難民たちとも早くに打ち解けており、その夜にはおおよその避難民の名前を覚えきってしまっていた。
「効率重視で回復術を使うのは、こういうときは仕方ないから……皆さんも、了解してください」
そう言って頭を下げたりして、避難民の対応をしている一夏。一夏は故郷の仲間たちがすでになく、それもあって平和な世界を目指すという大きな夢を抱いている。そのためにも、こんなところでつまらない諍いを起こすべきでない、とも。
一夏の真面目なまなざしに、避難民たちも
「そりゃあ、このまま逃げれば助かるんだろうし、怪我のひどいひとを優先するのは当たり前だよ」
そう言って微笑みかける。
(このメンバーは、誰もが痛みをどこかで知っている)
ゲルタは作業をしながらそう独りごちる。
(だからこそ、命の大切さ、助かるという意味の深さがわかる……とてもありがたいことだわ)
誰も傷つかないでいるのはとてつもなく難しいことだ。
けれど、傷を知っているからこそ、今回の依頼の意味がわかっている。誰もが恐れる死から逃れるため、彼らにできる限りの方法で死の恐怖から逃げているのだ。
死から逃げることは決して悪いことではない。むしろ生きると言うことは、たくさんの苦難が待ち構えていることもあるし、たとえばリアルブルーでは安直に死を選ぶ若者が多かったりもする。
だからこそ、生きることを選ぶのはつらくもあるが、それを選ぶ人々の心はとても強い。ここにいる人々だって同じだ。
故郷を失い、家族を失った人も多かろう。
身体のどこかに生涯治せぬ傷を、あるいは心の傷を、持ったものもいるだろう。
それでも彼らは生きるのだ。
そうして、明日を迎えるために。
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二日目の晩にはシチューが振る舞われた。レオーネのアイデアで、行程の中盤にこういったものが提供されれば自然とモチベーションも上がるだろうという考えは見事にはまった。ここまでの道のりで特に不審なこともなく、安心して行程の半分以上まで来られたのはハンターたちのおかげだと、誰もが何度も礼を言った。
「みんなも道中けんかとかねーですからねぇ、いいことっすよ」
シレークスはそう言ってにこにこと笑ってみせる。そしてエクラの教えを時々口ずさんでは、
「わたくしには、これくらいのことしかできねーですがね」
と少し照れくさそうに言うのだ。普段は身体を動かす方が得意なタイプでも、エクラの教えをきちんと胸に刻むシスターだと改めて認識できる。
「それにしても、これが終わったらあのビックマーとの対決も控えているんだな……」
レイアがそうつぶやくと、
「ビックマー退治にも行くの?」
子どもの何人かが興味深そうに尋ねてきた。
「ああ、それもハンターの仕事だからな」
「すごーい! かっこいい!」
「お姉ちゃんたち、頑張ってきてね!」
子どもたちの純粋なまなざしに応援され、レイアもにこりと微笑み返す。
(……にしても、あの肥満リス……かなりの無茶をしおって……い、いや、あんなナマケモノの心配などしておらんがな!)
レイアは胸の内でトンデモ生物化したチューダを思い出したようだった。
野営も、ハンターたちが率先して身体を休めることができるように整理したり、長旅でほこりっぽくなった身体を拭き清めたり。
万が一の敵襲に備えて見回りなどもしたが、とくに大きな異変はないまま、順調に旅は進んでいた。
翌日、行程ももう後半となれば自然と誰もが心躍る。
傷ついていたものでさえ、リゼリオにつけばきっと何とかなるとそう信じている。
ディーナの口ずさむエクラの聖歌や帝国の軍歌、更に子どもたちが歌う辺境の民謡などに耳を傾けたり、誰もの顔に笑顔が取り戻されていく。
――やがて、先行していたざくろが大きく手を振った。
「リゼリオが見えたよ!」
冒険都市リゼリオは、いつもの姿のまま、そこにあった。
この調子でいけば今日の夕方頃には皆到着できるだろう。それを感じ取り、辺境の民や怪我をしたハンターたちは、何度も何度も頭を下げる。
「ここまで来れば大丈夫です、ありがとうございます……!」
むろん、これがゴールというわけではない。彼らを受け入れてくれる場所や、避難民は更に食事や仕事といったものも探す必要がある。
それでも、生きていればきっとどうにかなる。
生きている者たちの笑顔は晴れやかで。
つらい思いをしてきた分、きっと幸福もあるに違いない。
ハンターたちもそう思いながら、もうすぐたどり着くリゼリオへの道を急ぐのだった。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/09/27 00:00:44 |
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避難打合せ 玲瓏(ka7114) 人間(リアルブルー)|18才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2018/09/27 13:03:34 |