ゲスト
(ka0000)
閉ざされた花畑
マスター:硲銘介

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/01/02 19:00
- 完成日
- 2015/01/08 21:22
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
ごほごほと咳き込む音が聞こえると、少女は早足で母の寝室へ向かった。
年の頃は十、といったところだろうか。小さな体が足早に歩いていく。
とはいえ狭い家だ、台所から母親の部屋まで少女の足でも十秒もかからず辿り着く。
「お母さん? 入るよ」
廊下から声をかけて扉を開けて室内へ入る。
必要最低限の家具があるだけの簡素な部屋。嗜好品の一つも見当たらないことがこの家の貧しさを物語っていた。
少女が部屋に入った時、ベッドの上の母親は苦しそうに胸を抑えていた。
娘が心配そうな顔をしているのを見て、母親はすぐに笑顔を作った。
「ごめんね、リラ。ちょっと咳き込んじゃっただけ。なんともないのよ」
心配しないで。母親の笑顔がそう言っていた。
だが、額には脂汗が浮かんでいた。否――そんなものを見るまでもなく、母の病状が悪化していることは分かりきっていた。
それでも、娘――リラは笑った。笑って見せた。
「ううん。それなら良かった。ご飯、もうすぐ出来るからね」
そう言って乱れた布団をかけ直し、リラは再び廊下へ出た。
●
――食事を終えて眠る母親を、リラは悲しそうに見つめていた。
少女の目から見ても、母や日に日にやつれていっているように見えた。
母の病気は流行り病で、治療さえ出来ればそれほど問題のあるものではなかった。だが、その治療を受けるだけの金が用意できずにいた。
食欲も段々と衰えている。それでも毎日食事を欠かさないのは、それしか出来ない娘に気を使っての事だとリラ自身も気づいている。
気がつけば、唇を噛んでいた。
悔しかった。早くに父親を亡くし、自分を女手一つで育ててくれた母親。その最愛の母が苦しんでいるというのに、自分には家事をこなすくらいしか出来ることがない。
ふと、質素な机の上に置かれた花の無い花瓶を見る。
あの花瓶に花が飾られなくなってから、もう二週間程になるだろうか。
そこに花を飾るのはリラの役目だった。元々は少女は花売りをやっていた。
少しでも母親の助けになれば。そう思って始めた幼い少女の仕事だった。
少女には秘密の花摘み場があり、そこで自ら摘んだ花を売る為元手要らずの仕事だったのだ。
といっても、花屋に売られた立派な花々と比べれば、少女の売るそれは商品としては些か心許ないものだった。残念ながら売り上げは殆ど無かった。
それでも、少女が選んだ花を家の花瓶に飾れば母親は喜んでくれた。リラにはそれが何よりも嬉しかった。
そして母親が病にかかってからは、もう一つ役立つことがあった。病気に効く薬草が少女の秘密の場所に生えている事がわかったのだ。
貧しさゆえに医者に掛かれず、まともな薬も入手できない彼女達にとってそれは僥倖であった。
町の図書館に通い、判別の難しい薬草も見つけられるようになったのはリラの自慢だった。
家の外の小さな花壇――もっとも、手入れする余裕もなくこれまでほったらかしではあったが――そこで薬草を栽培するのもいいかもしれない、そんなことを考えてもいた。
――だが、それももう過去の話になってしまった。
少女の秘密の場所は町から少し離れた小さな森の奥にあった。
他の町との行き来に通るわけでもなく、とりわけ珍しい草花が咲くわけでもないその森は特別目をかけられる訳でもなく存在していた。
気まぐれで足を運んだリラ自身、秘密の場所――森の奥の小さな花畑を見つけるまでは特に価値を見出してはいなかった。
誰も訪れない森の花畑。リラにとっての秘密の花園は何者にも侵されることは無い――筈だった。
何処からかやってきたのか湧いたのか、危険な害虫、それが森に居着いてしまったのだ。
いつものように花を摘みに森へ入った少女が目にしたその姿は、巨大な蝶そのものだった。それも数は一匹ではない。
大人の男だって恐怖する異形に、少女は恐怖した。花畑への道を塞ぐように現れた怪物染みた姿を前に少女は逃げ帰る他なかった。
もし、それが出るのがもっと町の近くなら。もし、その存在そのものが害悪とされる雑魔であったなら。少女の行く手を妨げる障害は速やかに取り除かれたのだろう。
そういう意味で言えば、今回は最悪だった。
件の森は用無しの森。誰も行かない無用の森の害虫駆除をわざわざする者などいなかった。
更に言うなら森に現れたビッグアゲハは所詮虫ではあるが、一般人が相手取るには十分すぎる脅威である。となれば排除はハンターに任せる他なく、金が要るとなれば尚の事、町の役所も動きはしなかった。
そんな事情を知ってか知らずか、少女は次の日もまた次の日も足を運ぶ――そして、同じように立ち去るしかなかった。
幾度か繰り返して、ようやくリラは悟った――あの花畑には、もう行けないのだと。
●
気がつけばリラは外へ――ハンターオフィスへと向かっていた。
そこがどんな場所なのか、幼い少女にもちゃんとわかっていた。
一般人では対処できないあらゆる事柄を異能の力を有するハンター達へ処理を依頼する場所。
通った依頼は紛れも無く仕事であり、それは報酬なくしては成り立たない。
そしてリラには、彼女の貧しい家には依頼金など用意できるはずも無い。そんな事は分かりきっていた。
それでも。
「……お母さんを……助けたいよぅ……」
道の途中でそんな言葉と一緒に涙が零れた。
母親が大好きだった。何かしてあげたい。苦しむ母を少しでも楽にしてあげたい。
ただその一心で少女は歩を進める。
自分の願いが無謀だと分かっていても、それを諦めることなんて出来なかった。
故に、少女はひたすらに祈るばかりだった。
子供の身勝手な願い。報酬すら用意できない以上、仕事として扱われない。最悪、戯言にしか思われないかもしれない。
それでも。それでも。何度も何度も、胸の中で一途に繰り返す。
「お願い、します……! お母さんを、助けてくださいっ!」
その気持ちが変わることはない。大粒の涙を零しながら、少女は偽りない思いを口にした。
ハンターオフィスの受付前、涙ながらに懇願する少女を何事かと周りは見つめる。受付嬢も困惑している。
そんな中、迷わずに少女に歩み寄り、手を差し伸べる者達がいた――――
ごほごほと咳き込む音が聞こえると、少女は早足で母の寝室へ向かった。
年の頃は十、といったところだろうか。小さな体が足早に歩いていく。
とはいえ狭い家だ、台所から母親の部屋まで少女の足でも十秒もかからず辿り着く。
「お母さん? 入るよ」
廊下から声をかけて扉を開けて室内へ入る。
必要最低限の家具があるだけの簡素な部屋。嗜好品の一つも見当たらないことがこの家の貧しさを物語っていた。
少女が部屋に入った時、ベッドの上の母親は苦しそうに胸を抑えていた。
娘が心配そうな顔をしているのを見て、母親はすぐに笑顔を作った。
「ごめんね、リラ。ちょっと咳き込んじゃっただけ。なんともないのよ」
心配しないで。母親の笑顔がそう言っていた。
だが、額には脂汗が浮かんでいた。否――そんなものを見るまでもなく、母の病状が悪化していることは分かりきっていた。
それでも、娘――リラは笑った。笑って見せた。
「ううん。それなら良かった。ご飯、もうすぐ出来るからね」
そう言って乱れた布団をかけ直し、リラは再び廊下へ出た。
●
――食事を終えて眠る母親を、リラは悲しそうに見つめていた。
少女の目から見ても、母や日に日にやつれていっているように見えた。
母の病気は流行り病で、治療さえ出来ればそれほど問題のあるものではなかった。だが、その治療を受けるだけの金が用意できずにいた。
食欲も段々と衰えている。それでも毎日食事を欠かさないのは、それしか出来ない娘に気を使っての事だとリラ自身も気づいている。
気がつけば、唇を噛んでいた。
悔しかった。早くに父親を亡くし、自分を女手一つで育ててくれた母親。その最愛の母が苦しんでいるというのに、自分には家事をこなすくらいしか出来ることがない。
ふと、質素な机の上に置かれた花の無い花瓶を見る。
あの花瓶に花が飾られなくなってから、もう二週間程になるだろうか。
そこに花を飾るのはリラの役目だった。元々は少女は花売りをやっていた。
少しでも母親の助けになれば。そう思って始めた幼い少女の仕事だった。
少女には秘密の花摘み場があり、そこで自ら摘んだ花を売る為元手要らずの仕事だったのだ。
といっても、花屋に売られた立派な花々と比べれば、少女の売るそれは商品としては些か心許ないものだった。残念ながら売り上げは殆ど無かった。
それでも、少女が選んだ花を家の花瓶に飾れば母親は喜んでくれた。リラにはそれが何よりも嬉しかった。
そして母親が病にかかってからは、もう一つ役立つことがあった。病気に効く薬草が少女の秘密の場所に生えている事がわかったのだ。
貧しさゆえに医者に掛かれず、まともな薬も入手できない彼女達にとってそれは僥倖であった。
町の図書館に通い、判別の難しい薬草も見つけられるようになったのはリラの自慢だった。
家の外の小さな花壇――もっとも、手入れする余裕もなくこれまでほったらかしではあったが――そこで薬草を栽培するのもいいかもしれない、そんなことを考えてもいた。
――だが、それももう過去の話になってしまった。
少女の秘密の場所は町から少し離れた小さな森の奥にあった。
他の町との行き来に通るわけでもなく、とりわけ珍しい草花が咲くわけでもないその森は特別目をかけられる訳でもなく存在していた。
気まぐれで足を運んだリラ自身、秘密の場所――森の奥の小さな花畑を見つけるまでは特に価値を見出してはいなかった。
誰も訪れない森の花畑。リラにとっての秘密の花園は何者にも侵されることは無い――筈だった。
何処からかやってきたのか湧いたのか、危険な害虫、それが森に居着いてしまったのだ。
いつものように花を摘みに森へ入った少女が目にしたその姿は、巨大な蝶そのものだった。それも数は一匹ではない。
大人の男だって恐怖する異形に、少女は恐怖した。花畑への道を塞ぐように現れた怪物染みた姿を前に少女は逃げ帰る他なかった。
もし、それが出るのがもっと町の近くなら。もし、その存在そのものが害悪とされる雑魔であったなら。少女の行く手を妨げる障害は速やかに取り除かれたのだろう。
そういう意味で言えば、今回は最悪だった。
件の森は用無しの森。誰も行かない無用の森の害虫駆除をわざわざする者などいなかった。
更に言うなら森に現れたビッグアゲハは所詮虫ではあるが、一般人が相手取るには十分すぎる脅威である。となれば排除はハンターに任せる他なく、金が要るとなれば尚の事、町の役所も動きはしなかった。
そんな事情を知ってか知らずか、少女は次の日もまた次の日も足を運ぶ――そして、同じように立ち去るしかなかった。
幾度か繰り返して、ようやくリラは悟った――あの花畑には、もう行けないのだと。
●
気がつけばリラは外へ――ハンターオフィスへと向かっていた。
そこがどんな場所なのか、幼い少女にもちゃんとわかっていた。
一般人では対処できないあらゆる事柄を異能の力を有するハンター達へ処理を依頼する場所。
通った依頼は紛れも無く仕事であり、それは報酬なくしては成り立たない。
そしてリラには、彼女の貧しい家には依頼金など用意できるはずも無い。そんな事は分かりきっていた。
それでも。
「……お母さんを……助けたいよぅ……」
道の途中でそんな言葉と一緒に涙が零れた。
母親が大好きだった。何かしてあげたい。苦しむ母を少しでも楽にしてあげたい。
ただその一心で少女は歩を進める。
自分の願いが無謀だと分かっていても、それを諦めることなんて出来なかった。
故に、少女はひたすらに祈るばかりだった。
子供の身勝手な願い。報酬すら用意できない以上、仕事として扱われない。最悪、戯言にしか思われないかもしれない。
それでも。それでも。何度も何度も、胸の中で一途に繰り返す。
「お願い、します……! お母さんを、助けてくださいっ!」
その気持ちが変わることはない。大粒の涙を零しながら、少女は偽りない思いを口にした。
ハンターオフィスの受付前、涙ながらに懇願する少女を何事かと周りは見つめる。受付嬢も困惑している。
そんな中、迷わずに少女に歩み寄り、手を差し伸べる者達がいた――――
リプレイ本文
●
リラの求めに応じたハンター達が件の森への道を進む。アシフ・セレンギル(ka1073)の連れた馬の背で揺れる少女の表情は暗かった。
「……ごめんなさい。私、何も用意できないのに、我が儘言って……馬にまで乗せていただいて……」
そう言ってリラは頭を下げた。それは報酬も支払えない自分に手を貸してくれる者達への後ろめたさから来る言葉であった。
そんな姿に苛立ったようにマルク・D・デメテール(ka0219)が告げる。
「卑屈なガキだな。偶には金にならない仕事もしたくなるのさ、何か問題でも?」
彼の態度は少女には些か怖く映るようで、リラは小さな悲鳴を上げ馬の背に掴まる。
その緊張をほぐす様にソナ(ka1352)がリラの手に自分の手を重ねる。マルクとは対照的に穏やかに言葉を紡ぐ。
「御礼なんて気にしなくていいのよ、持ってる人から貰えばいいんだし。退治の他も手伝える事があったら遠慮なく言ってね」
「ええ。報酬が払われぬ事自体は問題ありません」
ソナに同調し、柳津半奈(ka3743)が続けた。二人の言葉にリラは緊張を少し解く。
気づけば、リラの乗る馬を引くアシフがすぐ隣にいた。彼は愛馬の体を撫でながら少女に話しかける。
「確かに依頼の報酬が俺達ハンターの糧ではある。が、蓄えが無い訳ではない。一度くらい、無報酬でも問題は無い。それに、大人の歩調にずっと合わせるのは辛かろう」
気にするなと告げて、アシフは再び前方へ歩いていく。それを見送りマルクが笑いながら言う。
「おいガキ、運が良かったな? ここにはお人好しが一杯いるようだ」
マルクの言葉にリラは周りを見渡す。ハンター達はそれぞれ頷いたり微笑んだり――快く少女を迎えていた。
その中の一人、鬼百合(ka3667)が馬に跨るリラへ近づく。彼はにへ、と笑いかけ少女の手を握った。
「こんだけ強ぇハンターが揃ったんですからきっときっと、大丈夫でさ……もう一人で戦わねぇで良いんでさぁ」
「……皆さん、ありがとうございます」
繋いだ手の温もりを感じながら、リラは涙を浮かばせて感謝をハンター達に伝えた。
●
やがて一行は森の入り口へ辿り着いた。
リラを下ろした馬に跨り、大体の道順を確認したアシフが先行して偵察へと向かい、彼を除く八人は森の中を警戒しながら進む。
「お母さん、大丈夫かな……」
道すがら母親を案じ暗い表情でリラが溢す。それを見かねてか、ジョン・フラム(ka0786)がリラに話しかける。
「成程、いい森ですね。リラさんは薬草には詳しいのですか?」
「え、いえ。少しは勉強したんですけど、雑草との見分けも難しくて……」
「少し違いますね。世に雑草などという草は無く効果の種類と強弱があるだけ。重要なのは、正しい活かし方を知っているかどうかです。例えばあそこにある薬草がわかりますか」
首を横に振るリラにジョンは説明を続ける。
「あの茎を煎じた汁は消化を促進させる効用が。また、生葉の絞り汁には傷口に塗る事で痛みを和らげるとされています。奥の木の樹皮には――」
茂る草木の中から有用な物を次々と示しながら、ジョンはその薬効を説明していく。
その講義にリラは感心して聞き入っていた。夢中になる内に抱えた不安も大分和らぐ。
豊富な知識に目を輝かせるリラに、ジョンはにこりと微笑んで見せた。
「良ければ後で付近の植物の分布、薬効や用法を記した物をお渡ししますよ」
そんなやり取りでリラが落ち着いたのを確認し、マルクが声をかけた。
「ガキ、戦いが始まった後だが――」
「マルク、リラが怯えています」
二人の間に割り込むようにフランシスカ(ka3590)がそう言った。
改めてリラの様子を窺うマルク、再び表情が強張っているのに気づいた。
随分と苦手意識を持たれたものだと思いながら、マルクはリラに背を向ける。
「おまえ、代わりに説明してくれ」
「わ、私ですか? は、はい……それでは」
説明役を任されたマルカ・アニチキン(ka2542)がおずおずと喋りだす。
「あの、リラさん。戦闘時は私達から離れないようお願いします。出来れば、声や物音も立てずに。その、あなたに万一の事があってはいけませんので」
リラが頷くのを確認し、マルカはマルクの方を窺う。これでいいでしょうか、瞳でそう問いかけ、彼が頷くと安堵したように息を吐いた。
「あの、フランシスカさん。さっきは、ありがとうございます」
リラがすぐ傍を歩くフランシスカに声をかける。
「いいえ、気にしないで下さい。リラの護衛がフランの仕事ですから」
言葉を返すフランシスカ。その表情はずっと変わらぬままであった。
その後もリラを気遣い会話を続けながら、一行は森の奥へと進んでいく。
しばらくしてアシフが戻り、進路上に敵を見つけたと伝えた。奇襲を狙うマルクが一行と離れ、ハンター達は戦闘態勢に移るのだった。
●
アシフの偵察では敵の位置を掴めたが、その総数までを把握する事は叶わなかった。敵に察知される事を避けた結果である。
その選択はここに活きる。本隊の前を行く半奈が示された敵位置へ着実に近づいていく。
やがて敵の姿を目視する。一、二メートルはあろう巨大な蝶――ビッグアゲハと呼ばれる害虫が其処にいた。
数は、四。目に見える場所には四頭のみ。しかし、いざ戦闘が始まれば次々と集まっていくだろう。
半奈は自身の役割を反芻し確認する。先頭に立ち真っ先に交戦を開始する、目的は敵の打倒ではなくかく乱。非力な少女を敵から遠ざける為に最前で餌となる事。
後方より味方の援護があるとはいえ、集中砲火を浴びるこの役目の危険度は高い――が、それ故に重要な役割である。
「参ります」
意識の切り替えか、自分を鼓舞するよう口にすると共に颯爽と飛び出す。
続いて手にしたハーモニカを思いきり吹き鳴らす。突如響く異音にビッグアゲハが反応する。
蝶は羽根を揺らし触覚を半奈へ向ける。この瞬間、害虫は自らの領域に踏み込む異物を認識した。
――そして、戦いは始まる。響いたハーモニカの音はまるで開戦の知らせの様だった。
音を耳にして、マルクも戦いの幕開けを悟った。
少女の守りを仲間に託し、敵の集結を妨害するのが単独行動の狙いだ。
標的はすぐに見つかった。ハーモニカの効果か、同類の戦闘を察知してか。木々の間を移動する蝶の姿が遠目に見えた。
すかさず行動へ移る。瞬脚とランアウト、二種の強化を重ねて神速の動きで蝶に近づく。
自身の射程内に敵を捉え、速やかに武器を投擲する。スローイングを用いた攻撃が蝶の体を切り裂き、奇襲を受けた蝶が射手の姿を探り始める。
だが攻撃後すぐにマルクは移動し潜伏していた為、蝶の混乱は続く。潜伏の最中、マルクは別の蝶に気づく。
本隊へ向かう蝶の群れ。方向や距離こそバラバラだが相当の数がいた。
しかし慌てず、マルクは奇襲に徹した。戦闘の中心に辿り着くまでに敵を出来る限り消耗させる、それが最善の策だ。
二度、三度と攻撃を繰り返し、その都度移動と潜伏を挟み、蝶に接近されるのを避け戦う。
その動きに迷いはない。自分の陽動が戦いを有利に運ぶ事、そして仲間が守りきる事。マルクはそれを確信していた。
――青白い靄が周囲を包む。アシフが放ったスリープクラウド、そのガスを吸った数匹の蝶が地に落ちる。
次々と集結する敵を眠らせ、僅かでも足止め出来る術は大いに有効であった。
ハンター達の思惑通り、害虫の多くは最前列で陽動を行う半奈に吸い寄せられていく。
だが、全ての蝶が半奈へ向かう訳ではない。一部の蝶は彼女を素通りし、他へ攻撃を仕掛けようとする。
一頭の蝶が半奈を抜け、アシフらに襲い掛かる。ビッグアゲハの羽根が舞い、毒性の燐粉が降りかかる――筈が、それは上空へ舞い上げられた。
「――かくせい、する時、あんま見ねぇで欲しいでさ」
体を隠す様にローブを抑えながら、鬼百合が言う。彼の唱えたウィンドガストの突風が燐粉を退けたのだ。
間髪入れずジョンが反撃の銃撃を叩き込む。獣の如き眼が標的の姿を捉え、的確に銃弾が撃ち込まれる。
「ファイアアロー!」
アシフと鬼百合、二人の魔術師の声が重なる。放たれた二本の火矢がジョンの弾に怯むアゲハを襲う。
銃撃と魔法、三人の遠距離攻撃が次々と蝶を焼く。リラを狙う敵を第一に、次に半奈の援護として攻撃を続ける。
「リラさんはまだやることあるんでさ! ここで大けがさせるわけにゃ、いかねーんでさっ!」
中でも鬼百合は持てる力を引き出し、勇猛果敢に戦う。彼の放つ火矢は決して標的を誤ることなく、的確に蝶を射抜いていく。
更に後方で白と黒、二色の魔法が放たれる。ホーリーライトとシャドウブリット、ソナとフランシスカの攻撃が蝶を捉えた。
蝶は前方からのみ来る訳ではない。別方向からの襲撃、彼女達はそれに対応していく。
後方のメンバーの中、僅かに前方に位置するソナは蝶を盾で受け止めながら戦う。
「ホーリーライト!」
攻撃を防ぎつつ言葉と共に光の球体を発射する。放たれたそれは蝶を捉え、諸共に消滅する。
ふと前方を見ると、蝶の数がどんどん増していた。次第に後ろに辿り着く者も多く出始めるだろう。
数が増せばそれだけリラに危険が及ぶ。何としても押し止める。気を引き締め、ソナは盾を構え直した。
ソナの後方、周囲を警戒するフランシスカの陰でリラが震えていた。
魔法の余波の風や閃光。声にならぬ蝶の戦慄き。何より戦場の空気が少女を怯えさせた。
――怖いよ。助けて、お母さん……!
心の中で助けを求めるリラ。その彼女の周りを一際強い風が吹く。マルカがリラを守る為、ウィンドガストを唱えていた。
リラを包む様に風が下から上へ吹き抜ける。目の前で起こる魔法に戸惑うリラの手をマルカが握る。
「ごめんなさい……怖がらせて」
申し訳無さそうにマルカが言う。繋がれた手は戦いを前にしても震える事無く、毅然としていた。
「大丈夫です、リラ」
風の檻の向こう、フランシスカが敵から少女を隠す様に立ったまま声をかける。
「フランが――いえ。私が、あなたを守ります」
誓うようにそう言ってフランシスカは迎撃を続行する。
外敵以外、不安や恐怖からも少女を守るように。フランシスカはその位置から動かず、リラの盾となり続けた。
顔をゴーグルと布で覆い、後方からレジストの付与を受けた半奈が燐粉の嵐の中立ち回る。
決して深追いはせず、敵の意識を自分に向けることに専念した戦い方。それが時に彼女を危ぶめたが、
「この程度……!」
攻めを捨て守りの構えに徹する事で何とか凌いだ。治癒と仲間の援護を受けながら、半奈は剣を振るい続ける。
蝶の群れと魔法の矢が飛び交う耐え忍ぶ戦い――二十を超える敵を討ち果たした頃、押し寄せる波は目に見えて減っていた。
ここにきて、半奈が攻めの姿勢を取る。勝負を決める為、鋭い剣閃を携え残った敵へ踏み込んで行った――
●
道を閉ざす蝶を一掃し、一行は花畑へと辿り着く。
小さな花畑だったが――成程、確かに少女が大切に思うだけの場所であった。
「これも、頂いてもいいんですか?」
その場所でリラは尋ねる。マルカのくれた水を飲み休む少女に、彼女からまた贈り物があったのだ。それは可愛らしい――些か可愛過ぎるほどの衣装だった。
猫耳を眺めるリラにマルカが頷く。
「私なりに花の売り上げを伸ばす方法を考えてみました。その、嫌なら無理にとは――」
「い、いえ! 嫌なんて事は……ただ申し訳なくて」
気にしないで、とマルカは微笑み、続ける。
「他にも後で看板を作ったり、それとこのような物も扱ってはいかがでしょうか」
そう言いながらマルカは何本か花を摘み、纏めて花束を作って見せた。わぁ、とリラが感嘆の声を上げる。
彼女の教えに従い、リラも花束を作る。元々花売りをしていたからか要領良く習得していく。
花畑に座り込む二人をひょいと覗き込みマルクが言う。
「丁度いい、孤児院の花が欲しかったんだ。一つ見繕ってくれ。生憎と俺にはセンスが無いみたいでな、出来るか?」
「は、はい! お買い上げありがとうございます!」
森の調査を終えたジョン達が戻ってくる。卵や蛹を放置してまた同じ事を起こさぬ為、森の中を探ってきたのだ。代表でジョンが成果を告げる。
「巣と思われる場所を見つけ周辺の駆除を行いました。これで当面の問題は無いでしょう」
「他にしたいことはあるか? ついでだ、手伝おう」
アシフがリラに尋ねる。リラは少し迷ったが、花と薬草を摘むのを手伝って欲しいと願い出た。
「花はオレも詳しいけど、薬草はあんまり知らねぇから教えて欲しいでさ」
鬼百合が頷きながら答え、他の者もそれぞれ手分けして作業に移る。
そんな中、半奈がリラに声をかける。
「リラさん、一つだけ、求めさせてください。いつか同じ様な事が起きた時、今度は自らの手で苦難を超えられる様……どんな形でもいい、強くおなりなさい」
あなた自身がそう在らねば問題の本質は解決しないのだから。真剣に、リラを案じて半奈はその言葉を贈った。
それを聞いていたジョンが同意を示す。
「半奈さんの言う通りですね。我々を動かした涙もまた、力の一つでしょう。しかし同時に、不確かで曖昧な力でもある。だからリラさんなりの力を見つけて下さい。それが私達への報酬になる」
そう言ってジョンは約束していた薬草の知識を書き込んだ野帳を渡した。手渡されたそれを見つめるリラに微笑みかけジョンは続ける。
「あなたにはあなただけの可能性がある。世に無用なものなど無く、重要なのは正しい活かし方を知っているかどうかなのですから」
ジョンと半奈の言葉をかみ締めリラは頷き、二人の顔を交互に見つめた。
突然、誰かの手がリラの頬を撫でた。いつの間にかそこにはソナがいた。摘んできた薬草を少女に渡しながら、
「使う時は、良くなってねって祈りながらね。リラちゃんも疲れたんじゃない? お母さん看る人いなくなると大変だよ、しっかり休んでね」
自分を労うソナの言葉。目頭が熱くなるのを感じながら花畑を見渡す。そこには自分と母親を助けてくれたハンター達の姿がある。
こうも自分に良くしてくれた者達。そんな彼らに報酬一つ払えない事を気に病みながらも、
「皆さん、本当にありがとうございます!」
心のまま、リラは満面の笑顔を見せた。その様子をフランシスカは静かに見つめていた。
「――――?」
他のハンター同様、彼女もその笑顔を嬉しく思っていた。しかし、それは決して表情には出ない――筈だった。だが、ふと触れた自身の口元は僅かに――笑んでいた。
花畑にいる者達は皆満足げだった。少女の涙より始まったこの依頼、形の上の報酬こそ無いが得るものは有ったのだろう――――
リラの求めに応じたハンター達が件の森への道を進む。アシフ・セレンギル(ka1073)の連れた馬の背で揺れる少女の表情は暗かった。
「……ごめんなさい。私、何も用意できないのに、我が儘言って……馬にまで乗せていただいて……」
そう言ってリラは頭を下げた。それは報酬も支払えない自分に手を貸してくれる者達への後ろめたさから来る言葉であった。
そんな姿に苛立ったようにマルク・D・デメテール(ka0219)が告げる。
「卑屈なガキだな。偶には金にならない仕事もしたくなるのさ、何か問題でも?」
彼の態度は少女には些か怖く映るようで、リラは小さな悲鳴を上げ馬の背に掴まる。
その緊張をほぐす様にソナ(ka1352)がリラの手に自分の手を重ねる。マルクとは対照的に穏やかに言葉を紡ぐ。
「御礼なんて気にしなくていいのよ、持ってる人から貰えばいいんだし。退治の他も手伝える事があったら遠慮なく言ってね」
「ええ。報酬が払われぬ事自体は問題ありません」
ソナに同調し、柳津半奈(ka3743)が続けた。二人の言葉にリラは緊張を少し解く。
気づけば、リラの乗る馬を引くアシフがすぐ隣にいた。彼は愛馬の体を撫でながら少女に話しかける。
「確かに依頼の報酬が俺達ハンターの糧ではある。が、蓄えが無い訳ではない。一度くらい、無報酬でも問題は無い。それに、大人の歩調にずっと合わせるのは辛かろう」
気にするなと告げて、アシフは再び前方へ歩いていく。それを見送りマルクが笑いながら言う。
「おいガキ、運が良かったな? ここにはお人好しが一杯いるようだ」
マルクの言葉にリラは周りを見渡す。ハンター達はそれぞれ頷いたり微笑んだり――快く少女を迎えていた。
その中の一人、鬼百合(ka3667)が馬に跨るリラへ近づく。彼はにへ、と笑いかけ少女の手を握った。
「こんだけ強ぇハンターが揃ったんですからきっときっと、大丈夫でさ……もう一人で戦わねぇで良いんでさぁ」
「……皆さん、ありがとうございます」
繋いだ手の温もりを感じながら、リラは涙を浮かばせて感謝をハンター達に伝えた。
●
やがて一行は森の入り口へ辿り着いた。
リラを下ろした馬に跨り、大体の道順を確認したアシフが先行して偵察へと向かい、彼を除く八人は森の中を警戒しながら進む。
「お母さん、大丈夫かな……」
道すがら母親を案じ暗い表情でリラが溢す。それを見かねてか、ジョン・フラム(ka0786)がリラに話しかける。
「成程、いい森ですね。リラさんは薬草には詳しいのですか?」
「え、いえ。少しは勉強したんですけど、雑草との見分けも難しくて……」
「少し違いますね。世に雑草などという草は無く効果の種類と強弱があるだけ。重要なのは、正しい活かし方を知っているかどうかです。例えばあそこにある薬草がわかりますか」
首を横に振るリラにジョンは説明を続ける。
「あの茎を煎じた汁は消化を促進させる効用が。また、生葉の絞り汁には傷口に塗る事で痛みを和らげるとされています。奥の木の樹皮には――」
茂る草木の中から有用な物を次々と示しながら、ジョンはその薬効を説明していく。
その講義にリラは感心して聞き入っていた。夢中になる内に抱えた不安も大分和らぐ。
豊富な知識に目を輝かせるリラに、ジョンはにこりと微笑んで見せた。
「良ければ後で付近の植物の分布、薬効や用法を記した物をお渡ししますよ」
そんなやり取りでリラが落ち着いたのを確認し、マルクが声をかけた。
「ガキ、戦いが始まった後だが――」
「マルク、リラが怯えています」
二人の間に割り込むようにフランシスカ(ka3590)がそう言った。
改めてリラの様子を窺うマルク、再び表情が強張っているのに気づいた。
随分と苦手意識を持たれたものだと思いながら、マルクはリラに背を向ける。
「おまえ、代わりに説明してくれ」
「わ、私ですか? は、はい……それでは」
説明役を任されたマルカ・アニチキン(ka2542)がおずおずと喋りだす。
「あの、リラさん。戦闘時は私達から離れないようお願いします。出来れば、声や物音も立てずに。その、あなたに万一の事があってはいけませんので」
リラが頷くのを確認し、マルカはマルクの方を窺う。これでいいでしょうか、瞳でそう問いかけ、彼が頷くと安堵したように息を吐いた。
「あの、フランシスカさん。さっきは、ありがとうございます」
リラがすぐ傍を歩くフランシスカに声をかける。
「いいえ、気にしないで下さい。リラの護衛がフランの仕事ですから」
言葉を返すフランシスカ。その表情はずっと変わらぬままであった。
その後もリラを気遣い会話を続けながら、一行は森の奥へと進んでいく。
しばらくしてアシフが戻り、進路上に敵を見つけたと伝えた。奇襲を狙うマルクが一行と離れ、ハンター達は戦闘態勢に移るのだった。
●
アシフの偵察では敵の位置を掴めたが、その総数までを把握する事は叶わなかった。敵に察知される事を避けた結果である。
その選択はここに活きる。本隊の前を行く半奈が示された敵位置へ着実に近づいていく。
やがて敵の姿を目視する。一、二メートルはあろう巨大な蝶――ビッグアゲハと呼ばれる害虫が其処にいた。
数は、四。目に見える場所には四頭のみ。しかし、いざ戦闘が始まれば次々と集まっていくだろう。
半奈は自身の役割を反芻し確認する。先頭に立ち真っ先に交戦を開始する、目的は敵の打倒ではなくかく乱。非力な少女を敵から遠ざける為に最前で餌となる事。
後方より味方の援護があるとはいえ、集中砲火を浴びるこの役目の危険度は高い――が、それ故に重要な役割である。
「参ります」
意識の切り替えか、自分を鼓舞するよう口にすると共に颯爽と飛び出す。
続いて手にしたハーモニカを思いきり吹き鳴らす。突如響く異音にビッグアゲハが反応する。
蝶は羽根を揺らし触覚を半奈へ向ける。この瞬間、害虫は自らの領域に踏み込む異物を認識した。
――そして、戦いは始まる。響いたハーモニカの音はまるで開戦の知らせの様だった。
音を耳にして、マルクも戦いの幕開けを悟った。
少女の守りを仲間に託し、敵の集結を妨害するのが単独行動の狙いだ。
標的はすぐに見つかった。ハーモニカの効果か、同類の戦闘を察知してか。木々の間を移動する蝶の姿が遠目に見えた。
すかさず行動へ移る。瞬脚とランアウト、二種の強化を重ねて神速の動きで蝶に近づく。
自身の射程内に敵を捉え、速やかに武器を投擲する。スローイングを用いた攻撃が蝶の体を切り裂き、奇襲を受けた蝶が射手の姿を探り始める。
だが攻撃後すぐにマルクは移動し潜伏していた為、蝶の混乱は続く。潜伏の最中、マルクは別の蝶に気づく。
本隊へ向かう蝶の群れ。方向や距離こそバラバラだが相当の数がいた。
しかし慌てず、マルクは奇襲に徹した。戦闘の中心に辿り着くまでに敵を出来る限り消耗させる、それが最善の策だ。
二度、三度と攻撃を繰り返し、その都度移動と潜伏を挟み、蝶に接近されるのを避け戦う。
その動きに迷いはない。自分の陽動が戦いを有利に運ぶ事、そして仲間が守りきる事。マルクはそれを確信していた。
――青白い靄が周囲を包む。アシフが放ったスリープクラウド、そのガスを吸った数匹の蝶が地に落ちる。
次々と集結する敵を眠らせ、僅かでも足止め出来る術は大いに有効であった。
ハンター達の思惑通り、害虫の多くは最前列で陽動を行う半奈に吸い寄せられていく。
だが、全ての蝶が半奈へ向かう訳ではない。一部の蝶は彼女を素通りし、他へ攻撃を仕掛けようとする。
一頭の蝶が半奈を抜け、アシフらに襲い掛かる。ビッグアゲハの羽根が舞い、毒性の燐粉が降りかかる――筈が、それは上空へ舞い上げられた。
「――かくせい、する時、あんま見ねぇで欲しいでさ」
体を隠す様にローブを抑えながら、鬼百合が言う。彼の唱えたウィンドガストの突風が燐粉を退けたのだ。
間髪入れずジョンが反撃の銃撃を叩き込む。獣の如き眼が標的の姿を捉え、的確に銃弾が撃ち込まれる。
「ファイアアロー!」
アシフと鬼百合、二人の魔術師の声が重なる。放たれた二本の火矢がジョンの弾に怯むアゲハを襲う。
銃撃と魔法、三人の遠距離攻撃が次々と蝶を焼く。リラを狙う敵を第一に、次に半奈の援護として攻撃を続ける。
「リラさんはまだやることあるんでさ! ここで大けがさせるわけにゃ、いかねーんでさっ!」
中でも鬼百合は持てる力を引き出し、勇猛果敢に戦う。彼の放つ火矢は決して標的を誤ることなく、的確に蝶を射抜いていく。
更に後方で白と黒、二色の魔法が放たれる。ホーリーライトとシャドウブリット、ソナとフランシスカの攻撃が蝶を捉えた。
蝶は前方からのみ来る訳ではない。別方向からの襲撃、彼女達はそれに対応していく。
後方のメンバーの中、僅かに前方に位置するソナは蝶を盾で受け止めながら戦う。
「ホーリーライト!」
攻撃を防ぎつつ言葉と共に光の球体を発射する。放たれたそれは蝶を捉え、諸共に消滅する。
ふと前方を見ると、蝶の数がどんどん増していた。次第に後ろに辿り着く者も多く出始めるだろう。
数が増せばそれだけリラに危険が及ぶ。何としても押し止める。気を引き締め、ソナは盾を構え直した。
ソナの後方、周囲を警戒するフランシスカの陰でリラが震えていた。
魔法の余波の風や閃光。声にならぬ蝶の戦慄き。何より戦場の空気が少女を怯えさせた。
――怖いよ。助けて、お母さん……!
心の中で助けを求めるリラ。その彼女の周りを一際強い風が吹く。マルカがリラを守る為、ウィンドガストを唱えていた。
リラを包む様に風が下から上へ吹き抜ける。目の前で起こる魔法に戸惑うリラの手をマルカが握る。
「ごめんなさい……怖がらせて」
申し訳無さそうにマルカが言う。繋がれた手は戦いを前にしても震える事無く、毅然としていた。
「大丈夫です、リラ」
風の檻の向こう、フランシスカが敵から少女を隠す様に立ったまま声をかける。
「フランが――いえ。私が、あなたを守ります」
誓うようにそう言ってフランシスカは迎撃を続行する。
外敵以外、不安や恐怖からも少女を守るように。フランシスカはその位置から動かず、リラの盾となり続けた。
顔をゴーグルと布で覆い、後方からレジストの付与を受けた半奈が燐粉の嵐の中立ち回る。
決して深追いはせず、敵の意識を自分に向けることに専念した戦い方。それが時に彼女を危ぶめたが、
「この程度……!」
攻めを捨て守りの構えに徹する事で何とか凌いだ。治癒と仲間の援護を受けながら、半奈は剣を振るい続ける。
蝶の群れと魔法の矢が飛び交う耐え忍ぶ戦い――二十を超える敵を討ち果たした頃、押し寄せる波は目に見えて減っていた。
ここにきて、半奈が攻めの姿勢を取る。勝負を決める為、鋭い剣閃を携え残った敵へ踏み込んで行った――
●
道を閉ざす蝶を一掃し、一行は花畑へと辿り着く。
小さな花畑だったが――成程、確かに少女が大切に思うだけの場所であった。
「これも、頂いてもいいんですか?」
その場所でリラは尋ねる。マルカのくれた水を飲み休む少女に、彼女からまた贈り物があったのだ。それは可愛らしい――些か可愛過ぎるほどの衣装だった。
猫耳を眺めるリラにマルカが頷く。
「私なりに花の売り上げを伸ばす方法を考えてみました。その、嫌なら無理にとは――」
「い、いえ! 嫌なんて事は……ただ申し訳なくて」
気にしないで、とマルカは微笑み、続ける。
「他にも後で看板を作ったり、それとこのような物も扱ってはいかがでしょうか」
そう言いながらマルカは何本か花を摘み、纏めて花束を作って見せた。わぁ、とリラが感嘆の声を上げる。
彼女の教えに従い、リラも花束を作る。元々花売りをしていたからか要領良く習得していく。
花畑に座り込む二人をひょいと覗き込みマルクが言う。
「丁度いい、孤児院の花が欲しかったんだ。一つ見繕ってくれ。生憎と俺にはセンスが無いみたいでな、出来るか?」
「は、はい! お買い上げありがとうございます!」
森の調査を終えたジョン達が戻ってくる。卵や蛹を放置してまた同じ事を起こさぬ為、森の中を探ってきたのだ。代表でジョンが成果を告げる。
「巣と思われる場所を見つけ周辺の駆除を行いました。これで当面の問題は無いでしょう」
「他にしたいことはあるか? ついでだ、手伝おう」
アシフがリラに尋ねる。リラは少し迷ったが、花と薬草を摘むのを手伝って欲しいと願い出た。
「花はオレも詳しいけど、薬草はあんまり知らねぇから教えて欲しいでさ」
鬼百合が頷きながら答え、他の者もそれぞれ手分けして作業に移る。
そんな中、半奈がリラに声をかける。
「リラさん、一つだけ、求めさせてください。いつか同じ様な事が起きた時、今度は自らの手で苦難を超えられる様……どんな形でもいい、強くおなりなさい」
あなた自身がそう在らねば問題の本質は解決しないのだから。真剣に、リラを案じて半奈はその言葉を贈った。
それを聞いていたジョンが同意を示す。
「半奈さんの言う通りですね。我々を動かした涙もまた、力の一つでしょう。しかし同時に、不確かで曖昧な力でもある。だからリラさんなりの力を見つけて下さい。それが私達への報酬になる」
そう言ってジョンは約束していた薬草の知識を書き込んだ野帳を渡した。手渡されたそれを見つめるリラに微笑みかけジョンは続ける。
「あなたにはあなただけの可能性がある。世に無用なものなど無く、重要なのは正しい活かし方を知っているかどうかなのですから」
ジョンと半奈の言葉をかみ締めリラは頷き、二人の顔を交互に見つめた。
突然、誰かの手がリラの頬を撫でた。いつの間にかそこにはソナがいた。摘んできた薬草を少女に渡しながら、
「使う時は、良くなってねって祈りながらね。リラちゃんも疲れたんじゃない? お母さん看る人いなくなると大変だよ、しっかり休んでね」
自分を労うソナの言葉。目頭が熱くなるのを感じながら花畑を見渡す。そこには自分と母親を助けてくれたハンター達の姿がある。
こうも自分に良くしてくれた者達。そんな彼らに報酬一つ払えない事を気に病みながらも、
「皆さん、本当にありがとうございます!」
心のまま、リラは満面の笑顔を見せた。その様子をフランシスカは静かに見つめていた。
「――――?」
他のハンター同様、彼女もその笑顔を嬉しく思っていた。しかし、それは決して表情には出ない――筈だった。だが、ふと触れた自身の口元は僅かに――笑んでいた。
花畑にいる者達は皆満足げだった。少女の涙より始まったこの依頼、形の上の報酬こそ無いが得るものは有ったのだろう――――
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相談卓 ジョン・フラム(ka0786) 人間(クリムゾンウェスト)|28才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/01/02 17:02:02 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/12/29 18:09:53 |