• 空蒼

【空蒼】僕らまた ネガイ オモイ 数えて

マスター:凪池シリル

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~15人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/10/11 12:00
完成日
2018/10/18 06:32

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出? もっと見る

オープニング

「落ち着いて行動してください! 大丈夫です、VOIDは食い止められています!」
 避難所の中で、事態に出動した警察や兵士の呼び声が飛び交う。
 邪神出現。多数のVOIDが地上にも現れ、人々の多くは避難所に寄り合い、身を寄せ合ってその時を凌ごうとしていた。
 そんな避難所の一つ。VOIDの群体の、付近への接近を許したとして、ここに居る人たちは急遽別の地域へと輸送されることになった。まだ遠くに、しかし感知できる戦闘の気配に怯えながら、人々は整列して軍用輸送車が到着次第順に運ばれていく手はずだ。
 ……敵の大群が直接、施設の傍に転移してきたわけでは無かった。にもかかわらず何故ここまで接近させてしまったのか。
 奴らは、河からやってきたのだ。ギリギリまで潜行して俎上し目標地点だったのだろうこの地の付近に一気に上陸してきた。
 そして……分かってはいても。
 リアルブルーにおいてVOIDが現れたとなれば。クリムゾンウェストからハンターが来るまでの間、強化人間が対応する。そうせざるを得ない。普通の人間が対応すれば、死亡率はその比ではないのだから。
 わざわざ、猶予を持たせるように、離れた距離に突如大量に姿を現した敵。そこから、この展開を予想したとしても、他にどうしようがあったのか。
 ──中型VOIDが戦場上空に転移してくるとともに、集められた強化人間たちは暴走を開始した。

 既に思い出しているものも居るだろう。
 川を遡行して出現した敵。
 暴走する強化人間たち。
 巻き込まれようとしている市民。

 これはロンドンの悲劇の、部分的な再現だ、と。


 近づいていく戦闘の気配。隠しきれない、誘導員の焦り。漏れ聞こえてしまう通信機からの怒号、悲鳴。
 まだ残されている市民たちの不安ははっきりと濃くなっていく。
 ……ハンターたちが一先ず避難民たちの元へ到着したのはそんな折だった。
 伊佐美 透(kz0243)の目に、ふと、一人の青年の様子が目に入る。青褪めた顔、その手にはスマホ。強い瞳でその画面を見つめていて、
 声を上げる間もなく、
 指先が、画面をタップして。
 アプリが、起動する。
「──……あ」
 透は、足を止めていた。目を見開いて、スマホを手にした青年を、そのアプリが齎したものを受け止める。
 その──歌を。
 そのスマホから起動されたのは、『音楽プレイヤーアプリ』。流れてきたのは……透も参加した先日のライブ、その録音音源だった。
 ……インターネットが不安定なこの状況だ。配信したってダウンロード数は見込めなかったはずだ。
 ダウンロードだって簡単じゃなかっただろう。何度も挑戦してくれたのか。
 ほっとした顔で青年はスマホを胸に押し付ける。青年だけじゃない、周囲の人たちも、混乱を忘れて耳を澄ませている。
 覚醒者でなくとも、出来る方法で絶望に抗おうとしている人たちが居る。
 戦っている。いろんな人たちが。色々な戦い方、で。

 湧き上がる感情があった。そのままに、透は行動を開始する。流れてくる歌にハーモニーを重ねて。
 そのまま駆け抜ける。避難民から見える位置、外階段がある適当な建物を見つけると昇って行く。前線の人たちにも聞こえるよう、トランシーバーを用意して……──
「──聞いてほしいことがある!」
 言いながら何かを取り出して掲げる。
「俺はこの通り、ハンターとして呼ばれてここにやって来た! けど!」
 この通り、という言葉と共に揺らされたことで、彼の手にあるもの、なんとなく身分証のような雰囲気を持つそれが何なのかを、ハンター証なんて見たことがないリアルブルー人にも想像させただろうか。それを……──
「けど、俺は……同じ一人の人間として! 皆と同じ気持ちで、同じ立場で、共にここを乗り切るために、闘いたい!」
 言葉と共に。
 思い切り。
 彼方に向けて、放り投げた。
「俺はここに居る皆と同じだ! 立場も役目もない、皆と同じただの一人の人間だ!」
 こんなのはただのパフォーマンスだ。分かっている。
 ──……でもいいんだ。自分は今、『芝居をしている』のだから。
「そして自由になったこの立場から言わせてほしい! ここに居る敵はVOIDだけだ! 他の誰も、恐れないし、疑う必要もないんだ!」
 どんな芝居にだって綺麗事はある。歴史を元にした話だって現実とは異なっているだろう。
 ──だからって、そこに込めた想いが、伝えたいものが全て嘘になるわけじゃない。
「ハンターも! 強化人間の人たちも! 恐ろしいことをしているように見えるかもしれない! けど俺は信じる! 誰もが今を勝ち取るために行動してる、それだけなんだ!」
 分かっている。手が届かない現実はもしかしたらここにもきっとあって、非常手段をとる人も、責めることなど出来ない。むしろ、これまでそうしてきてくれた人たちが居るから、今綺麗事を吐ける自分が居る。
「敵はVOIDだけだ! ハンターでもなんでもない、俺の言葉を聞いてくれたなら。隣に居る人、目に映る人、誰もを信じあえるはずだ──だから、皆で乗り切ろう!」
 だから、今はこんな綺麗事が必要な人だっているだろう。自分はそんな人たちのために。
 これが正しいと確信しているわけでも、主張する訳でもない。
 ただ、決意した。自分はこの局面で、こういう役を担い、こうやって闘うのだ、と。


 中型VOIDが出す波動に耐えながら、高瀬少尉は剣を振るう。目の前のVOIDを切り裂きながら、寒気と共に湧き上がってくる感情を自覚していた。
 ハンターへの、黒い想い。
 民間人のくせに。責任など分かっていないくせに。
 どうして。
「はっ……」
 自覚していた。周囲に暴走者が出る中、どうして自分は今耐えられているのか。……もうすっかり、馴染んだものだからだ。少尉にとっては。ハンターに向ける感情、彼は、彼こそはそれを、ずっと否定せず向き合ってきて。
 この想いが何なのかをもう、本当は分かっている。
 ──……どうして貴方たちはそんなに強く、眩しいんだ。
 憧れと、呼ぶことを。
「VOIDだけを睨み付けていろ! どうせ暴走するならそのまま敵に食らい付け!」
 まだ動ける者たちを叱咤しながら、闘い続けることを彼は選ぶ。自分はどうしたかったのか。それに向き合いながら。そんな自分を、ハンターはどうするのだろうかと思いながら。

 傍らにいる恋人と共に闘う強化人間の少女は。迷いながら、一つの決意をした。
 向かってくるハンターに彼女は告げる。
 これまでずっと、言ってはいけないと思っていた言葉を。
「……助けてください」
 頑張るとは言った。信じるとは言った。でもこれは言ってはいけない──望んではいても、今の自分の立場で直接言ってはいけないと。
「助けてください! 暴走した友達も助けたいんです! 何でもしますから!」
 少女ははっきり、ハンターに願った。
 希望を信じるために。

リプレイ本文

 勿論のこと──
 ハンターの登場と言葉だけで、全ての不安が消し去られるわけでは無かった。ただそれでも幾人か、震えて閉ざした心の僅かに開いた隙間が、続く音を、光景を彼らへと届けさせる。
 羽音だ。幾つもの羽ばたく音。鳴り響くその方へ、人々は振り向き、見上げる。飛竜。幻鳥。天馬。青空を背景に飛翔していくそれらはリアルブルーの人たちにはさぞ壮麗だったに違いない。
 飛竜の一頭が、透が駆け上がった建物の目前を通過する。その際に、その背に乗る鞍馬 真(ka5819)が、透に向けて顔を覗かせた。互いに顔を合わせる、真の背景には中型VOID。
「私はあれを斬りに行く。こっちは任せるよ。頼りにしてる!」
 飛竜の進みは止めない。一刻も早く中型VOIDは落とすそのために。建物が見えてから通過するまでの僅かなひと時言葉を交わせればそれで十分だと思った。具体的な指示やお願いは言わない。伝えればいいのは心からの信頼と、それから。
「……ありがとう」
 こんな状況の中で、希望となってくれたことへの感謝。
 嫌なことも思い出すこの状況が……でも、彼のお陰で実感できた。あの時とは違う……と。
 真のその表情に、透もまた何を言う必要も感じることは無く、ただ力強く頷いてそれに応える。
 ──それぞれの戦場で。互いに全力を尽くそう。

「まるで銀幕のヒーローの台詞ねー」
 一連を見上げていたカーミン・S・フィールズ(ka1559)が呟く。
「そんな台詞を言えるのは今だけ! 言ってみたい人は噛まないように練習しときなさいよー」
 茶化すように言う彼女の横で、大伴 鈴太郎(ka6016)が苦笑する。透と真、二人の姿がもう消えた先を、それでもしばらく鈴は見上げていた。
(対等に頼られる存在に……か。いつの間にかオレの方が背中追うコトになっちまったな)
 いつかの会話を思い出して、彼女は内心呟く。
(オレもトールやヒヨ、今戦ってる強化人間達みたいに強く──誰かの希望になれるだろうか)
 縋るように一度、クマのぬいぐるみ──くまごろー、彼女が紅の世界で心の支えにしてきた家族であり相棒──を抱きかかえていた腕にギュッと力を籠める。それから、そっと避難所の広場に下ろす。
「約束する。必ず帰って来っからさ。それまでくまごろーには此処で皆を励ましてて欲しいンだ」
 その腕にトランシーバーを抱えさせて、鈴はくまごろーに告げた。
 それから、自身も希望の一つとなるべく祈りを込め、コメットブルーのバンダナを二の腕に巻き。
(終われねぇ……終わらせねぇ。誰の未来も零さない為に)
 そうして、彼女もまた、戦場へと駆けていく。

 Gacrux(ka2726)はワイバーンに乗り中型VOIDをまっしぐらに目指す。その途中に、彼は無線機から呼びかける。
「こちらGacrux。"遊園地デート"”生きていてくれて、ありがとう"この言葉に心当たりがある者は応答を。どうぞ」
 眼下の戦況。この地域に、これだけの強化人間が投入されているならば……──
『Gacruxさん!? ここに来ているんですか!?』
 返ってくる、聞き覚えのある少年の声。緊張の中に、安堵と歓喜を感じた……のは、願望だろうか。
「俺はあの中型に向かいますが、間もなく味方がやってきます。いいですか、無理せず、孤立しないようにして、援護を受けなさい」
『はい!』
 返ってくる声には、少年のものだけではない、少女のものも重なっていた。
「勝つのは俺達です。だって、美味い祝杯を挙げたいじゃないですか。必ず生きて帰りましょう」
 最後にそう伝えると、Gacruxは標的に向き直った。

 Gacruxの言葉は程なくして真実と証明される。気配に振り向く。少女が声を上げる。
「……何でもする……と言うたな……」
 少女の声に応えて、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は言った。
「なれば妾に力を貸せ。一人でも多くの仲間……友を救う為に」
 伸ばされる手。だが少女がそれに手を伸ばす前に、蜜鈴はひくりと眉を上げ、下方に差し伸べるようにしていた腕を前方に掲げるように持ち上げる。
『凶暴なる微睡み、安寧を乱す者、彼方の敵を常夜の眠りへと誘え』
 呪言がその唇から紡がれる。振り向いた少年少女たちの後方、暴走する強化人間たちと新たに姿を現した人型VOIDたちその足元に漆黒の種子が生み出され、瞬間、真綿のような花が芽吹き、散る。舞い散る花弁に白く霞んだ空間は甘い香りに満たされ、中に居る者を次々と眠りへと誘っていった。
 ……だが、乱戦状態だ。範囲外に居た敵が構わず乗り越えてくると踏まれた者から起き上がり、状況は再び混沌へと転がっていく。悠長に捕縛に向かえる状況ではない。
「銃での援護が主で良い。妾の側を離れるで無いぞ」
 だがそれでも、方策を伝えるための時間は出来た。
「暴走者が向こうて来るなれば受け止めようて、お主らは隙が出来れば捕縛を」
「分かりました……捕縛には僕が行く。怜子ちゃんは蜜鈴さんを守ってて」
「海くん……うん」
 議論の時間は無い。少年少女が納得したのを見て、蜜鈴は頷く。
「そちらがカイで、リョーコじゃの。覚えた。では行くかの……気絶させる事が出来るなればそれも良いが、無力化を最優先、加減はしよるなよ?」
 ここでも。か弱き民を襲うようであれば庇いたては出来なくなる。半ば己にも言い聞かせるように蜜鈴は付け加えて、そして再び呪が紡がれる。
『冷たき女王の腕。伸ばす御手より舞うは氷華。開く花弁に頭を垂れ、奪いし想いに懺悔せよ』
 氷の蔦がVOIDと強化人間を飲み込み巻き付きながら伸びていき、頭上に大輪の氷華を咲かせた。引きはがそうと暴れる強化人間たちが氷に引き裂かれ血を流していく。
(痛々しゅうてならぬ……が……其れ以上おんし等の手を汚させる訳にはいかぬ)
 既視感のある光景は否応なしに彼女が過去辿ってきた道のりを思い起こさせる。……守れなかった命。守ろうとした果てに繰り返された悲劇。
(……償えず死んで逝った者達の分まで生きねばならぬのじゃ。悔いてばかりでは生きて居るとは云えぬ故な)

 ボルディア・コンフラムス(ka0796)は乱戦が激しい場所に向けてただただ直進した。
 戦闘区域に近づくなり、ソウルトーチを発動させる。今回の戦場、しかも彼女の立ち回りを考えるとこれは最適だった。なにせVOIDには効くが強化人間には効かない。
 巨大な紅蓮の炎が生まれた。まるで意思を持つかのようにうねり、ボルディアへと向かったVOIDを纏めて飲み込んでいく──というのは、傍に居た兵士から見えたもので、彼女が何をしたかと言えば炎を纏った斧を手当たり次第にぶん回しただけなのだが。
 それでもなお意志無きVOIDたちは前進し、数に任せて彼女の周囲を取り囲む。避けきれない攻撃もあったが、彼女の防御力はあっさりそれを弾き返した。
「ぐぁっ……!」
 だがそのすぐそばで、強化人間兵士が攻撃を受けて苦悶の声を上げる。ふと周囲の状況が目に入った。
 全ての敵が彼女に向かったわけでは無い。正面に暴走する女性兵士、必死でそれを抑えようとする別の兵士。左の方に、動けない仲間を庇って戦う者。さらに、別のVOIDがこの場から移動しようとするのを察知する。
 多くの視線を感じた。助けを──慈悲を縋るようにも見えた。
 ……どれほど強くとも彼女の身体は一つだ。それはつまり。
 恍惚と寒気が、同時に這い上がる。囁く声がする。君はこの場の絶対者で裁定者だ。
 君が好きに決められる。
 さあここにある命に順番を。
 優先順位を。
 人生の意味を。
 君が決める。
 そうとも、彼女は強大な力を得た、その一人。その力を……
 彼女は……──

 ディーナ・フェルミ(ka5843)は初め、中型VOIDに対応すべく空を進んでいた……が。
「ごめんなの、ちょっとその辺で停まって待っててほしいの」
 ふいに、己を背にのせるポロウにそう言うと、高度を下げたそれからぴょいと飛び降りた。
 そこに居たのは顔見知りだった。先日のライブがあった日に訪ねた施設の兵士たち。
「……手伝ってほしいの!」
 そうして、彼女は叫んだ。なおも続く暴走の波動、それに耐えて動けないものを戦域外まで運ぶのを手伝ってほしい……と。
「暴走を促す波長を阻害する手段の成功例が出たって噂を聞いたの! なら、今無理に戦場で戦うよりも、暴走しないで撤退する方が万倍重要だと思うの! 希望はあるの、明日はあるの! お願いだから、手伝ってほしいの!」
 必死な、悲痛なまでの叫び。それはつまり、その言葉を受け入れるのは容易な事ではないだろうと、彼女自身が分かっているようでもあった。
 和やかな鑑賞会とは違うのだ。今どうにか堪えている者だって、悪意に苛まれ続けている。ずっと恐れていた可能性、力があろうとも、相手の掌一つで役立たずはおろか害なす存在となる、その事実を突き付けられて。逃げろ、という言葉はその決断をしていたものに背を押す場合と悔しさをより際立たせる場合がある。
 彼女の言葉は、態度は。彼らの天秤をどちらに傾けるものなのか。
 希望を、希望だけを抱き戦場に立てる覚醒者たちは、強化人間たちには眩すぎる──
「……聞こえない? 耳を澄ませてほしいの」
 ふいにディーナが言った。戦場に、歌が流れていた。ここに居るものは聞き覚えがある、あの日ライブで、大トリで歌われていた。
 何かしながら歌っているのか、ただでさえ途切れ途切れの歌声は。
 兵士たちが耳を傾けはじめて暫くして、不意にピタリと、はっきりと、止まってしまった。

 前線に出た鈴は継戦を望む強化人間たちと共に戦うことを選んでいた。
 固めた拳と共に反対の手に握りしめるのはマイク。前線を鼓舞するために、聴くものが希望を絶やさないように歌い上げるのは、あの日に歌った「終われへん」……を、より自分の感情が伝わるよう標準語に変えたもの。
 それは敵には威圧の効果をもたらし、守りを削いでいく。
 だが。
「がっ、う、わあああああっ!?」
 鈴のすぐ隣、VOIDの一撃を受けた少年の一人が苦悶の声を上げる。その意思が何かに塗り替えられていくように、瞳の色が変わっていく──明らかに、暴走だった。
「……大伴さんっ……!」
 透が咄嗟に呼び掛けて、割って入ろうとする、それを。
「──此処で芋引いたら一生後悔しそうな気がするンだ」
 彼女は制した。
「だからさ、オレも皆と一緒に戦うよトール」
 覚悟を固めた声で。
 分かっていた筈だ。ここに立つ以上はこれに立ち向かわなくてはいけないということは。
「……」
 静かに、透は認める。戦闘はまだ始まったばかり、展開する敵は多く、防衛のためには今がもっとも急がなくてはならない局面で。……事実として、手早く済ませられるのは、彼女の力の方だった。
「……援護するよ。集中して」
 強化人間と向かい合う鈴、透はその背に立つ。周囲に剣閃が伸びるような残像を焼き付けるように刀を舞わせた後、ひたりと近くの一体の喉元に切っ先を突きつけるように構える。
 その構えが、背後から来るVOIDを押し止めるだろうことを感じて。鈴は、少年に向けて踏み込んでいく。
 狙い済ませた一撃が少年の鳩尾に食い込んだ。硬い鎧の感触。でもVOIDのものとは違う、その向こうに柔らかさが、体温があることを間近の距離ではっきりと自覚する。鎧を徹して。はらわたに。気功を注いで、貫いていく、その感覚。
 少年の身体が崩れ落ちる。全身から汗が吹き出す。はあっと荒く息が漏れる。気功の力は上手く意識だけを刈り取った。鈴は彼を簡単に拘束すると近くの強化人間に預ける。
 震える手を握り直す。マイクがその手にあることを思い出す。
 そうだ。歌わなきゃ……──でも、苦しい。

 その時。
 途切れた歌声を拾うように、戦場にもう一つの歌声が高らかに響き渡る。
 霧雨 悠月(ka4130)のものだった。彼もまた、人型VOIDの対応を中心に、地上の戦いを巡っている。……やはり、歌で共に戦う者たちを励ましながら。
 その歌の力強さは何なのだろう。常日頃から音楽活動をしてきた、その積み重ね故なのか。
 あるいは、この状況は彼にとって恐れるものではないと言うのか。
 刀を構える。耐えているのだろう、明らかに動きの悪い強化人間にVOIDが光の刃で切りつけようとする所に割り込んでいく。ぶつかった瞬間敵の光線が掠めていたのか、身体に斜めに焼けるような痛みが走った。
「やぁ……かなり悪い状況だね」
 見渡す戦況に、呟く。
「──心が折れそうな時、必要なものは思いっきり声を出すことだ。僕はそう思う」
 でも彼ははっきり信じている。知っている。歌が、歌うことが持つ力を。
 それを聞かせるように彼は告げた。
 再び、高らかに歌を紡ぐ。不安になるのは何故だろうか。思考に、その隙間に、余計な事が混ざって来るからだ。だからその隙間を、詩で、曲で埋めていく。要らないものが混じらなければ、意志を、歌詞はさらに高みに押し上げる。
 ──悠月の歌声に引っ張られるように。再び、鈴の歌が流れ出した。
 笑みが浮かぶ。沸き立つ。ああ、先日のライブ、すっごい気持ちよかった。
 あとはあの日のあの歌に嘘はないってことをこの身で証明するだけだって思ったから。
「準備はOK? よし、アクセル全開で行くよ!」
 声を上げてVOIDの群れに向かって突き進んでいく。

 ……再び聞こえてきた歌に、兵士たちは反応する。無視はできない。これは決して、取るに足らないものなどでは、無い。
「……この歌と軍歌、どっちが好きなの?」
 ディーナは微笑んで話しかけた。歌おう。声を上げよう。悠月が言うように。あの日のように。
「……まあ、自分で歌うなら、軍歌かしらね」
 そうして、肩を並べ戦う女性兵士の一人が、ぽつりとそう答えた。彼女が歌い始めると少しずつ歌の輪が広がっていく。
 ディーナも一緒に歌い、そこにサルヴェイジョンも乗せる。その効果は一瞬に過ぎない。邪神の呼び声は絶え間ない。効果はあっという間に上書きされて消滅する。だが一瞬、その一瞬。差し伸べられた手を握り返す、立ち上がる脚に力を籠める一瞬だけでも。
 そうして、少しずつ、退却は開始された。

 ……それでも強化人間たちは苛まれ続けていることに変わりはない。
 VOIDが中継する邪神の呼び声。
 目の前で暴走する他の者の姿はどうしても次の瞬間の自分を想像させた。
 意識は何度も塗りつぶされそうになる。どこまでが声でどこまでが己の意思なのか。境界はぐずぐずに溶かされていき己という輪郭が保てなくなっていく恐怖。
 揺らぐ高瀬少尉の傍で、新たな気配が生まれた。反射的にそちらを見やる。そういえばそろそろハンターが合流してくるはずだった。気付けばその姿はよりはっきりしてくる。それが誰なのか……──。
「しっかり持ちこたえてますね、さすが高瀬少尉。いらないかもしれませんが、助太刀に参上しましたよ」
 メアリ・ロイド(ka6633)。認識した。覚えていた。そして。
 霞かけていた意識の中。
「──……また貴女か!?」
 反射的に叫び返したそれは……あまりにも自分故のもので。
 高瀬少尉はその瞬間、己の輪郭を完全に取り戻した。
「貴方の命、正義のために使いたいというならば、私も一緒に戦います。……ここで燃え尽きて終わらねぇように。先が短いと思ってるみてーだが、まだ未来は誰も分からない。心一つで持ちこたえて暴走してない少尉が何よりの証拠だしな」
 言って、歌い始める。トランシーバーから流れてくる歌。そこに重ねて。
 彼女がそこに乗せるのはアイデアル・ソング。高められる抵抗力は邪神の呼び声そのものに抗する力にはならないだろうが、VOIDからの狂気感染の対策にはなる。
「こうして共闘するの初めてか。じゃあなおさらいいとこみせねーとな」
 機杖を掲げ、メアリ。何故共闘が確定事項なのか……などと言い争っている場合ではない。顔を歪めて少尉は彼女の隣で剣を構えなおす。そう、断ってる場合じゃない、それだけだとぶつくさ言いながら。

 ──……彼女は。ボルディアは。
「うっせ!」
 選択を迫られてから決断までの逡巡の間など多分刹那も無かった。正面で暴れる強化人間に向けて、拳を振り上げる。
「動ける奴ぁ気張れ! 絶対全員助けてやる、それまで諦めんじゃねえぞ!」
 自分は見捨てられるのかと兵士が揺れる前に声を上げる。向かった先の暴走者を無力化すると、彼女を止めようとしていた兵士に身柄を預けた。
「この期に及んで細けぇこたぁ気にすンじゃねぇ。今ここにいるのは、助けを待ってる奴等と、助ける奴等だけだ」
 なぜ彼女からと言いたげな兵士に、事もなげに彼女は答えた。
「難しく考えんな。シンプルに行こうぜ?」
 それは一瞬だけ己の内に生まれた声への答えでもあった。選ばない、考える。全員助けるにはどうすればいいかを。目指すはそういう道で、そのための力。
 周囲を確認し直す。
 左の奴は彼女の叱咤で一時的に体勢を持ち直したようだ。その向こうで、見逃したVOIDが彼女の後方を走り去っていき──
 一条の光が、それを貫いた。正確に言えば生まれていた光線は三つ。その一つが。
「ここから先には、絶対に進ませないわ!」
 天王寺茜(ka4080)のデルタレイだった。ボルディアにもわかっていた。彼女が後ろから続いてくれていたことに。抜けてくるVOIDは彼女が撃破する、そういう手筈だ。
(……私の役目は人型の撃破、今はVOIDに集中しないと……!)
 暴走する強化人間、今にも狂うかもしれない者たちを探して救いたい想いは、頭から振り払う──それは、別の仲間がやってくれる。
 光を生み出す魔導ガントレットの中、掌の中の中の感触に、集中を高めていく。
 ちか、と、VOIDの群れたちの間で光が瞬いた。熱線が三つ、彼女に向かって放たれる──と、同時に、乾いた音を耳が捉えていた。発砲された……! 光に気を取られて銃口が確認出来ない。勘で庇うように掲げたガントレットに衝撃が走る。
(誰も、死なせたりはしない。私だって、死ねない!)
 あの日感じた悔しさ。やりきれなさ。忘れない。忘れられない。だからこそ……──
 握りしめる掌。その中の金属の感触。形が分かるほどにそれを握りしめる。『forget-me-not』。あの日を忘れぬために形取られた物。
 茜の見つめる先、ボルディアが吠えた。
「──2番煎じしかできねぇなら大人しく引っ込んでやがれ。……俺等が、同じような状況で2回も間違いを冒すと思ってンのか? ──舐め過ぎなんだよクソ歪虚共がぁ!」



 ……それはまだこの戦いが始まった直後のことだ。
「世界は螺旋で出来ているってな、本当かもしれないなぁ、ヲイ」
 トリプルJ(ka6653)のこの呟きは、地上でのこれらの戦い、この展開を迎える前から。
 ロンドンでは暴走させた強化人間たちを止める手段がなかった。
 それでも命がけで、自分たちだけじゃない様々なものを掛けて、無力化して、捕縛して。その挙句、ノルマンディで何が起きた? それから何度、同じ無念を味わってきた?
 繰り返してきた──それでも上を見上げていたなら、その道は円ではなく螺旋になる。
 悪あがきでも無駄では無かったのだ。それでも未来はあると信じ、無力化を図り続けてきたからこそ、蓄積されたものがある。
 例えば蜜鈴が強化人間たちと共に実行している、『関節を固めながら縛り上げる』、も。これまでの殺さず無力化を目指した試行があったが故の成功例。
 暴走させない手段がある、暴走しても遮断できれば暴走を抑える手段がある今……──
「つまりそれが全数配備されるまで、もたせりゃいいってこったろ?」
 そのための手段は、積み上げられてきた。
 Jの口元が笑いで歪む。
 助けられる助かる。同じ場面でも明確な違いがある。
 そうして彼は、相棒──コンフェッサーのコンソールを機嫌よく小突いて火を付けぬままの煙草をくわえた。
「人型の方がお留守になってるかもしれんが、そりゃ俺らが中型倒してから回りゃいいこった、なぁ相棒?」
 そうして彼と一体となった愛機は標的近くの建物を目指すとよじ登り始めた。
「行くぜ、さっさとあいつを沈めてここを人の地に取り戻すぜ!」
 ──これもまた螺旋の道程とすべく、高みへと。

 アーサー・ホーガン(ka0471)はその弓が届く位置までを移動すると物陰に潜みつつ中型VOIDを見上げていた。
 その表情は普段と変わることはない。他の者に見られるような意気込みや深刻さはなく、物腰は軽薄とすら感じさせた。
 強化人間に対し特別なにか思うことはない、と、彼は言う。
 ただ、これがロンドンの再現だというなら、これが二度目。なら、前よりももっと上手くやってやるさ、と。
「この場合、あのデカブツの位置づけは如意輪観音やエリュマントスってわけか」
 大分見劣りするが、一般人からの驚異度はなんら変わらない。
(強化人間の暴走を含めて、一般人の安全を確保するためにもさっさと片付けるに限るな)
 弓を構える。空へと向ける。
 ……今、あの宙の向こうには。
(とうとう画面の前にまで及んじまったな……事態が動いたら、あっという間だ)
 つまりここまで、きっかけ一つで転がり落ちる危うい情勢だったわけだ。
 結果──こっちの戦況も決着もシンプルになったと言えるが。
 この戦いが終われば。見据えるのはあんなものなどより比べ物にならない宇宙規模の戦い。
 そう、先日の辺境の戦いなどよりも──。
「癒しの効果は期待できそうにねぇな」
 その時の相手を思い出して呟いた、その声はやはり軽薄だった。怒りも悲壮感も無い。
 標的に視線を戻す。頃合いだ。弓を引き絞る。マテリアルをそこに纏わせながら。
 軽い態度のまま。
 ──その矢には、必殺の意志が込められていた。

 ワイバーン、カートゥルを駆り真が中型VOIDに猛接近していく。近付ききるその前に、真は剣ではなくカ・ティンギルを掲げた。直後、立ち上るソウルトーチ。中型VOIDの意識がはっきり真に向けられる。目玉たちの前にチカチカと光が生まれていき──そして収束し真の胴体丸ごと貫くのではないのかというほどの太さとなって放たれる。カートゥルが不規則な軌道で旋回した。光線は真と飛竜のすぐ側を通り抜けていく。
 正面から行く真を追うようにテノール(ka5676)が彼のカートゥルに自身のワイバーンを寄せる。上手く空間を占有し前進を阻もうとするように。
 早く片付けねばならない。暴走者が増えるほどに、強化人間に差し伸べられる手は限られていくだろう。ワイバーンに前進を命じながら、距離のあるうちからテノールはその背で気功を練る。
 放った青龍翔咬波は巨体を貫通しようと一直線に延びていく。VOIDは不気味に身体をのたくらせ、避けられないと見るや触手を幾重にも絡ませあう。網のようにしてぶち抜く衝撃を受け止めたそれは、相応に弾力と柔軟さも備えていると伺わせた。一筋縄ではいかない。
 Gacruxは真のソウルトーチが効力を発揮したとみて、隙を付く機を伺おうとワイバーンに命じ回り込む。蒼機槍にマテリアルを注ぎ刃を形成していく、更にそこにソウルエッジを纏わせて行く。
 そして、空からも高らかな歌が響き渡った。響かせるは天馬──パトリシア=K=ポラリス(ka5996)の乗るエボニーから。トランシーバーとマイクを介し、空からも鈴たちの歌声を拡散させる。パトリシアもまたその歌の心地よさに浸るように一度目を細め、そして貰った元気をそのまま彼女も歌声として重ねた。
(顔を合わせていなくテモ、アカネやディーナ、タカセくんや名前も知らない人達も、きっとみんな、それぞれに出来るコトを探しテ、頑張っテ)
 思い浮かべる、それぞれの顔。だから彼女は空へ。負けないという意志を歌に込めて放つ。敵の守りを、削ぐ力へと変えて。
 Jのコンフェッサーが飛翔した。真の剣にも魔法剣の輝きが灯り、テノールの飛竜と共に中型VOIDと距離を詰める。VOIDはまとわりついてくるものを鬱陶しげに、全身の触手を伸ばし薙ぎ払うように叩きつけてきた。密集する触手の猛攻は回避が困難だ。避けられたのはGacruxと真のワイバーン、テノールは敵の攻撃を弾けないかと身構えていたが、この場合標的となるのはワイバーンだ。その攻撃を背に乗る彼が受けることもそれにカウンター技を使うことも出来ない。
 そのまま振りほどき前進しようとするVOID、パトリシアはそれを見てエボニーの腹をぽむぽむと優しく叩く。
「こっちハ、行き止まり。ほら、向こうでみんなが呼んでるデショ?」
 ペガサスの力により、不可視の境界がVOIDの進行方向に生成される。歌の効力で抵抗が削がれている今、暫く結界の方向には進めないだろう。長くは持たない。だが誘導の一助にはなるはずだ──この場の全員が意識していることだった。VOIDを、避難所に、皆が戦っている方向に向けさせない。
『……そろそろ行けそうか?』
 地上。アーサーのトランシーバーから連絡があったのは、やや遅れてきた星野 ハナ(ka5852)がリーリーと共に到着し術の射程に納めた時だった。全員待ちかねたとばかりに応を答える。
 切り裂くような音を立てて地上から矢が打ち上がり、VOIDの土手っ腹と言える部分に着弾する。防御を貫く、貫徹の矢──更に、込められたマテリアルの力が、敵を撃ち抜いた瞬間、解放され逆流する!
 ……地上からの攻撃だ。下手な大打撃、致命な効果は町を破壊する方向に注意を引きかねない。故にこのタイミングで、全員が全力攻撃に動く!
 Gacruxは形成した刃を、その長大さを誇示するかのように大きく振り抜く。遠心から生まれる勢いは衝撃を発生し巨体を貫いていく。
 テノールは飛竜ごと触手の群れに飛び込むようにして炎を纏わせた連撃、切り裂く炎の残像、三度。一撃ごとに敵を追い込み着実にヒットさせていく。
 ハナの札から五色の光が降り注ぐ中、真もカートゥルと共に体当たりするように巨体の懐に飛び込み、手にした機剣を真っ直ぐ突きこんで行く。機を逃すまいと、空中の不安定な姿勢からも構わず注ぎ込んだマテリアルを解放した。膨れ上がった力が叩き込まれる。
 Jのコンフェッサーが拳を振り上げた。他の者の攻撃と同じように、のたくる触手がそこに待ち構える。
「落ちろよ、デカブツ!」
 叫びと共にコンフェッサーのスカプロスをマテリアルのバリアが覆っていく。絡み合い吸収する触手の防御──だが拳の一撃がその先へと到達すると、纏わせたマテリアルはそのまま相手の装甲を貫いていく。



 地上も。空も。激しい闘いが展開されている。
 状況が開始してカーミンがまずしたことは、避難所の誘導員と会話をすることだった。
「最悪乗る「船」の数は限られてて、助ける人の命の選択をする可能性もある?」
 問いに、誘導員の一般兵士は神妙な顔で答えた。
「……我々も、諦めるつもりはない。ただ、一度に輸送出来るのは限りがあり、到着は順次になる。……順位は、つけることになる」
 言われてカーミンは整列する人々の顔を見渡した。幼子を抱き締める母。祖母を気遣う学生服の青年。神経質そうに回りを睨み付ける男。順番を付ける。それは必要な事で、理屈も付けられる。……けど。
「……要するに、必要な数が到着するまで持たせればOKってことね?」
 先に避難し、「より早く」安心を得られるものは居る。だが最終的には全員助けるつもり。そういうことだと確認し、彼女は次の作業に向かう。
「あまり近寄ると怪我するけど、見る分にはいいわよー。滅多に見られないでしょ?」
 興味を持つ避難民の安らぎになればとそう声を掛けながら、Gnomeのゲー太と共に戦場へと出発する。
 その目的は戦闘ではない。
「……すまない」
「別にそんなのいいわよ。これまでお疲れ様。貴方たちがここまで頑張った分、代わりにハンターが入るだけ、でしょ?」
 ゲー太の荷台に収容された、動けぬ強化人間の呻くような言葉にカーミンは答える。会話が必要ない時は、リュートを奏で。
 彼女の行動はこの作戦の報告書にどう記されるだろう。
 ──カーミン・S・フィールズ、ハンター投入時に後退した強化人間と共に戦闘継続不可となった者の引き上げ用拠点の構築、自力移動困難な者の運搬とその防衛に従事。
 ただ結果を端的に示すだけの報告なら、そんなところだろうか。あちこちで鬨の声や苦痛の叫びが上がる戦場を潜り抜けながら、ふと思う。
 華々しい撃破数も名誉の負傷も彼女の欄には書かれない。
 また思う。報告書──そこに記されるだろう名。思えばそれが、彼女の、人々のために影となる彼女の象徴とも思えた。人々のためにと圧縮され、この世代のうちは解凍されないだろう『S』。
 ──……でもいいんだ。私はこれで。
 彼女の元に、また誰かが近づいてくる。誰かを背負ってやってきた少女に、その背の相手を引き受けると腕を伸ばす。
 少女は、カーミンの目を真っ直ぐ見て言った。
「ありがとうございますっ!」
 それは。
 文脈的には先の兵士のそれと意味はほぼ変わらない……筈だ。自分のために費やされた労働に対する謝意。だけど。
 それには何となく、『別にそんなの』と咄嗟に言えなくて。そうするうちに少女は急ぎ彼女から離れていってしまった。

「鸞! 次なる暴走者は何処におるかえ!?」
 蜜鈴が、偵察に飛ばしていたポロウに命じる。斥候を命じられていた鸞が眠たげにホー、と鳴くなり蜜鈴の視界が上空へと飛ぶ。共有した視線の先に、VOIDに交じり血走った目で暴れる強化人間の姿。同行する二人に死角の守りを任せ視界共有はそのままに現場に急ぐ。
 ……倒れる強化人間が居た。まだ息のあるそれをポロウに命じてカーミンの元へ運ばせる。
 状況は……十全、とは言い難かった。
 今回、参加したハンターは地上と上空、ほぼ半々に分かれた。これは暴走の原因となる中型VOID、それを早期に撃破しようという狙いだろう。……だが、上空は足止めと地上へ被害を向けないことに専念し避難完了まで地上を厚く守る方法もあった。……『一度暴走者となってしまう者』の拡大を恐れなければ。
 どちらが良かった、とは言わない。が、代償として、地上班は広範囲を駆けずり回ることになる。そしてそのために、情報を共有はしあっても解析、誘導に回る者が居なかったのは、決断と確認にロスを生む。侵攻に対する対応は基本、後手となった。それでも情報から動向を掴むことに注力するものが多かったため、致命的な結果を呼びはしなかったものの……敵の総数に対し、効率的な排除が行えている、とも言えなかった。
 それでも戦線が持っているのは、強化人間たちの暴走、士気崩壊が想定よりはるかに大きく食い止められていたおかげだろう。……だが、上空にあのVOIDが居る限り、新たな暴走者が発生するのは完全には防げない。
 そんな中で。
「ゴメン! 後でちゃんと手当てするから!」
 茜が、打ち倒した強化人間に向けて合掌する。
「この場で戦ってる人に区別はない。何も遠慮しないで、どうか信じて」
 悠月もまた無力化した強化人間を近くの兵士に受け渡しながら穏やかな声で言う。
 厳しさを肌で感じながら、誰一人諦める気配は無かった。防衛は勿論、強化人間の事もだ。
 そんな空気の中。
「加勢するぜ。ここは俺に任せて無理せず下がれ……つっても、その顔じゃあ聞きそうにねぇな」
 ボルディアは偶々高瀬少尉に声をかけていた。
「なら気の済むまでやっちまえ! 安心しろ。たとえ暴走したとしても、誰かを傷つける前に俺が止めてやる」
「……貴女とは、初対面でしたよね?」
「おう、そうだな。けど、なんかスゲェ頑張ってる奴が居るなって思ったからよ!」
 絶句する少尉に、ボルディアは笑ったまま告げる。
「ここは戦場だ! 誰もお前の想いを否定するヤツぁいねぇよ! 思うままに暴れてみやがれ!」
 ギリ、と奥歯を噛みしめる少尉の横で、メアリがデルタレイを放つ。その光を追うように、少尉の剣が最も手近な人型VOIDの胴体に叩き付けられる。それに、ここは心配ないな、と見たボルディアはまた茜と共に別の場所へ向かっていく。
(知らないから。僕のことを……彼女もだ)
 メアリと共に闘いながら。そう思うのに。
 またある時、ひょいと鉢合わせたのは鈴だった。
 互いに、ばつの悪そうな顔を浮かべて……──
「まだ言い負かされた借り返してねンだからよ。こんなトコで勝ち逃げしたら許さねぇかンな!」
 言い残して、擦れ違っていく。
(何なんだ……)
 彼女には、弱っているところだけじゃない。思い切り嫌なところも見せたはず。それなのに。
 湧き上がる想いに、少尉は呻く。
 ……ハンターたちと慣れあうのは、嫌だ。それはかつては、急速に評価を伸ばす彼らへの反発からの想い。
 でも今は。
 ──……嫌だ。
(僕が! 貴方たちの絶望と化してしまうのは、嫌なんだ……!)
 空を振り仰ぐ。
 苛む声を呼び続けるあのVOIDを。
 見上げた瞬間。
 爆発的な光が、空を覆いつくした。



 漸く知り合いの強化人間たちの鼓舞をし終えたディーナが上空に合流すると、傷ついた仲間たちを癒して回る。持ち直した前線に、アーサーが再び声をかけて一斉攻撃を仕掛ける。パトリシアがエボニーに命じて与えた未来視の力を受けて、ハンターたちは更に苛烈な猛攻撃を行う。
 この場に居る何名かのハンターは、熱線の威力や効果を少しでも落とせないかと目玉を狙うようにしていた。だが、地上から、精密に射撃する技術をきちんと有するアーサーはともかく、不安定な空中で無理に狙おうとして確度と威力を下げるのは無駄が多いと諦めざるを得なかった。
 その無数の目玉に、猛攻に対する怒りを示すように光が灯っていく。今度は収束しない。そのまま周囲を埋め尽くすかのように、避ける隙間もないほどの光の筋がVOIDの周辺に拡散し……──
 これを待っていた、と、Gacruxはワイバーンと共にその光の奔流に突っ込んでいく。己と、相棒たるワイバーン。その身が焦げる音と匂い。その中でマテリアルを込めた槍を掲げた。受ける力、その流れをそこに流すことを意識する。
 飛竜を狙う攻撃に反撃は出来ない。ならばこの攻撃しかないと狙っていた。無差別にこの場の全員を攻撃する、この一撃。必殺の一撃に集中する、加速した思考の一瞬の中。
(俺はいつも大切な物を見落としてきた)
 思い出す。
(明日を望みながらも、彼女は暁闇の空を、今もひとり見上げているのだろうか)
 イメージする。
 求めるものを。
 光を。強き光。
(その手を引き上げるためには、俺が強くならなくては)
 放たれた力。その圧を全身に受け止めながら、籠っていく力を伸ばすイメージをする。
 届け。遠く、深くまで。眼前、不気味に蠢く触手、目玉……ぶち抜く!
 食らった力と同じくらい圧倒的に広がるエネルギーが、巨体を包み込み……しかしその力が貫くのは敵のみだ。全身で浴びたVOIDはその身体を大きく崩していく。
 そして、畳みかけてのハンターたちの追撃に、それはとうとう、その巨体をすべて空に溶かしていく……──



 空の戦いが終わっても、地上の戦いはまだまだ収束していなかった。限られた人数で避難所を守ることを優先した結果、なおも人型VOID、そして動きを止めない暴走者は残っている。
 だが下がった強化人間の一部は戦線復帰し、空中に居たものも皆、そのまま地上対応に加わる。強化人間同士が刃を交え合う事にもなる場面で、真の表情にはこの場の皆とは異なるものが浮かんでいた。
 完全に暴走した者たち。
 月に連れて行けば何とかなるのかもしれない。
 だがそれは、この場に起こりうる悲劇をどうにかできるものではないのだ。
 既に苦しんでいる強化人間達を仲間殺しにしたくない。
 希望を演じた透を人殺しにしたくない。
(──私は、誰かの命を、心を守るためにやるべきことをやる。……欧州であの子達を殺した時と、何も変わらない)
 静かに己の心を見つめる真の横から。
「……真」
 透が、声をかけた。
「暴走強化人間には、俺が先に行くよ」
「……っ!?」
「うん。君の経験は、俺の言葉なんかで塗り替えて良いものじゃない。その覚悟はもう要らないなんて、言わないよ──……だから、綺麗事は俺が言うんだろ。君が……そう望んでくれた。この戦いの始まりに」
 そんなことも、有った。
「……でも君と並ぶために、口だけで終わりたくない」
 自覚している。透の綺麗事は、真の覚悟に寄りかかってのものだ。希望を口にするにもリスクはある。そのせいで余計な犠牲が増えたら? それを。彼は最悪を、己を哀れな道化に変える、そこまでに留めてくれるというのだから。
 そしてその覚悟はきっと、この戦域全体に薄く広がっていた。ただ圧倒的な力と心で絶望を駆逐するだけでは兵士たちは、人々はただ、やはりハンターは違うのだ、我々とは……と感じただけだろう。苦しみながら選んで。その上で、最悪を引き受ける者が居た。だから希望にかけてみる気になれたのだ。
 互いを認めあう気持ちがあれば。
 覚悟は、希望を支えるし、希望は、覚悟を見誤らせない。
「……背中は任せる!」
 叫んで、透は暴走者に向かっていく。邪魔するVOIDを薙ぎ払いながら真はその行く末を見つめる。
 相手の反応で胴体へと向かうと思われた透の刀の切っ先は、直前で脚へと行先を変えた。これまでの報告書は読んできた。その上で考えてきた、自分に出来るやり方。手足への攻撃でバランスを崩して……押し倒す。そこで刀は横に放り捨て、晒されている首筋に素手で触れる。
 肌。体温。掌で感じながら、
 大きく脈動する血管の感触を探す。
 その脈動を止める強さまで、
 指先に力を、籠める。
 そのまま数秒。
 永い数秒。
 嗚呼──文字にするほど簡単なことでは無いのだ。希望を、綺麗事を失わずに居続けるというのは。
 それでも皆は、諦観もせずに……ここまで、闘い続けてきたのだ。
 びくりと組み敷いた身体が跳ねて、四肢が弛緩する。そうして動かなくなった相手を拘束。
 これが一度目じゃない。それでも、馴染めそうにない感触。この戦いに挑んだ者として、透もそれをしっかりと掌に刻んだ。
 それを見届けて。
「──もう沢山だよ」
 本当に。心底の気持ちで……深い吐息と共に真は呟いた。
「こんな状況は、私達の手で終わらせるんだ」
 真の言葉に、透は頷いた。

 上空で激しい戦いをした者たちも。駆けずり回って地上を守り続けた者たちも。
 しばしば場所を変えながらの戦いに、そろそろスキルも尽きて戦い続けて、流石の覚醒者と言えど疲労と焦りは覚え始めた。
 ……ただ戦うだけならいい。だが、疲弊の中において、特にそのための経験や技術があるわけでは無い鈴は……どうしてもそれが、歌声に出る。
 もう強化人間の新たな暴走は心配がない。避難所の人々を気にしながら、苦し気に最後の一節を歌い上げると、一度そこで歌うのをやめる。
 歌唱スキルがもう使えないというのもあって、徐々に皆も、ただ目の前の戦闘に集中して……。
 ──だからカーミンが、それに気付いた。
「ねえ皆……聞こえる? ──聴いて!」
 トランシーバー。鈴が避難所の皆に声を届けるために、くまごろーに預けた。
 ……その周波数から今。避難所の皆からの、歌声が聞こえていた。
 必死で歌う声が届けたもの。それが避難所に居る人たちに伝えるものは、安心だけではなかった。彼らも苦しむのだという事、そこに居るのは、何の心配もいらない、無敵の英雄などでは無いという事。
 だから。
『頑張れ!』
『ハンターの人も、兵士さんも、頑張って!』
『信じてるぞーー!』
 歌声に混ざって届いてくる、そんな言葉が。
 頑張らなくてはならない今、それは確かに、染み渡るものでは、あって。
「は……はは。そう、だった」
 悠月が声を上げる。
「僕もあの地へ急に飛ばされた。でも異郷の優しさに助けられて」
 言葉にして、疲れた体に、染み渡らせる。
「僕は走って走って走り続けて、此処に立っていられる」
 なおも走るその意味。力へと変える。
「だから、僕も貴方達を助けたい。そして故郷を守りたい」
 避難所の人たち。そして共に戦う強化人間に。
「想いが同じなら、戦う相手も同じだよね!」
 パフォーマーとしての資質を持つ彼はそうして、この局面で、疲れを見せない笑顔で、ウィンクを投げてみせた。
 パトリシアは目を閉じる。
(責任なんテない。ちゃんとした訓練もしたことない)
 それでも、この空気の中、思う。
(それでも、心が、からだが勝手に動く。目の前で困ってる人が居たら助けなきゃ──その理由なんて、パティは考えたこともないんダヨ)
 メアリもまた、歯を食いしばる。
「今までリアルブルーを守ってきた強化人間達を、今度は救う為にもこの戦い負けられない」
 重くなりはじめた身体を機杖で支えるようにして、VOIDたちを睨み付ける。
「何が何でも食らいついて、戦って勝って、この場に希望をもたらしてやる」

 やがて。
「最後の避難バスが出たわ! 一般人は全員助かった!」
 カーミンがそれを告げる。もはや状況は残るVOIDを狩りつくすのみ。
 指示し、励まし合いながら、全員、最後の戦いに挑む。



 完璧な作戦、ではなかった。情報管理、指揮系統に無駄はあった。
 だから……すべてが終わった時、戦線に加わったもののほとんどがその場にへたり込むほどの消耗だった。
 それでも、カーミンの助けもあって、皆避難所へと戻ってくる。
「暴走した人だって、敵意がある訳じゃない……苦しんでるんだもの」
 茜がそう言って暴走者に応急手当を施したいと申し出ると、軍の者はあっさりとそれを了解してくれた。
 実の所、現在、彼らを捕らえた後どう扱うかについては、深く考えずに軍に協力を頼めばそれでよかったのだ。彼らにも、欧州の事件以来からの蓄積はある。これまでの事件で幾度もハンターたちが無力化してきた暴走者、アプリ使用者を拘束して統一連合宇宙軍で管理、月に送り込むことを成功させていたのは彼らなのだから。
 そうして、一般兵とカーミンが、暫し何かを確かめるように駆けまわって……──。
「は……ははっ!」
 初めは小さく。
「あははははははっ! 見たか! 見たかよぉっ! ざまあみやがれってんだ!!」
 やがて大声でボルディアが笑い声を上げる。
 ──本作戦参加者、及び避難民、全員の生存を確認。
 その……報告に。
 彼女の笑い声を皮切りに皆次々に笑い、そして泣いて。
 その光景を見て、Jは咥えたままの煙草に火をつけた。

「炊き出しがまだ残ってるわよ。気力がある人はどうぞ、食べて回復して」
 カーミンが、ゲー太で調理した食事を希望者に差し出して回る。それを手伝う、怜子と海。二人の姿にGacruxは目を細めて。
「あの二人の援護、ありがとうございました。蜜鈴さん」
「なに、よう働いてくれたよ。妾の方こそ助けられたわ」
 ねぎらいの言葉を掛け合う。そんなやり取りはやはりこの場のあちこちで交わされ……ハンターたちには、立ち上がり動けるものも増えてきて。

 そこでハナが透に近づいてきた。俯いていてその表情は見えない。それより先に分かるのは手にしたカードだった──透が投げ捨てたハンター証。空中戦に遅れてきたのは、これを探して回収していたかららしい。
「ああそれ、……」
 透が苦笑して、手を伸ばしてくる。のんきな声。顔。
「……パフォーマーならぬアジテーターか」
 返そうと思って会いに来た。そのつもりだった。この瞬間まで。
「人が誇る物を投げ捨てるのは楽しいか」
 けど、彼の顔を見た瞬間、戦闘中の状況ではと一度は抑えた怒りが再燃する。
「なら要らないでしょう、この誇りは、お前にはっ!」
 叫びと共にバキリと音が響いた。間を置かず、二つに折れたそれを透に叩きつける。
 この場の皆が虚を付かれたような顔で固まる、その内に彼女は背を向けて足早に立ち去──
「ちょっと待てよ!?」
 そうして彼女が背を向けた瞬間、硬直を解いて声を上げたのは、他でもない透だった。
 そこに。
 あまり見ない、彼女に張り合おうかという程の怒りが込められていて、ハナの足が思わず止まった。
「またかよいい加減にしろよ!? 自分だけ言うだけ言って立ち去るな! 自分だけが正しいと思うなら逃げる必要ないだろ!?」
「なっ……!?」
 それは反論、というより明確な挑発だった。彼が、信じられないという気持ちを激情が塗りつぶす。
 お望み通り、とハナは振り向き直して透を睨み返した。
 ──既にその瞳に涙が溜まり始めているのもお構いなしに。
 こんなの、悪女の深情けだというのが、自覚として浮かび上がってきて。
 ……涙目で見上げてくる女性の表情、というのは、湧きかけた感情を萎えさせるには強力な物ではあったが。透は一つ、呼吸をした。挫けそうになる心を建て直すために、下火になりつつある激情の奥から、一つの想いを拾い上げる。この戦いで掴みかけたもの。
「……つまり最初に、少尉が俺に聞いた事なんだよな。この戦いは。俺にとって」
「……は?」
「俺たちは、一体何と戦っているのか──どう、勝利するのか」
 ハナが益々顔に苛立ちを滲ませる。実際、今から言うことは彼女との話し合いとは直接関係ないのだからその怒りについては正当性を認めざるを得ないのだが。
 正当性。つまりそういうことだ。これからすることの、自分にとっての必要性。その確認。そのための前置き。
「今ならはっきり言える。俺にとって、強化人間は敵じゃない。たとえ暴走したとしても。可能であれば救助したい味方だ。敵か味方かじゃない。判断すべきは、救援が可能かどうか、それだけだ。これからも」
 ハナのみじゃない、周囲からも漂う「急になんなんだ」と言いたげな気配を、透はそれこそ、芝居がかった大仰な腕の動作で制する。
「リアルブルーの人たちも。敵じゃない。偏見とは戦っても、彼らそのものは戦う相手には成り得ないんだ。思うに、力の扱いってのはそういうことなんだ。何と戦うのか、どうすれば勝利──望む結果なのか。それを、間違えないこと」
「だから……何だってんですぅ? それがあんな、安い演技見せつけてくれた言い訳ですかぁ?」
 ハナの言葉に、透の肩が震える。安い演技。ああ、下火になった気持ちを再燃させてくれるにはちょうどいい言葉で、タイミングだった。ああそうだ。ここからが本番だ。
「分からないか!? だからつまり、やっぱりいっぺん君とは本気で決着つけてやろうってんだよ! ……何でそうなるんだ!? 俺は今後もそうやって訳も分からず君を傷付けて、それを黙って受け止め続けるしか許されないってのか!? 毎回言い逃げされるだけじゃ俺は判り合えない、もうそんなの最後にしてくれ!」
 ……つまり決断した。これは必要な戦いだと。

「それで!? 何なんだよこれ! どういうつもりだよ!」
「……っ! だからお前にはいらないんでしょうって言ってんですよ! 表現者だから戦うよりもこれからも演じることに重きを置くのだろうけれど、なら見ている人間に演じてると分かったらダメじゃないか! ずっとずうっと見てきたからかもしれないけど、お前自身がそう演じてると伝わったらダメじゃないか!」
「それは君の勝手な理想の押し付けじゃないのか!? 君のお気に召さなかったことについて抗弁はしないが、俺には俺が積み重ねてきた演技への向かい方があって、今日だってその上に全霊でやったと今でも言ってやる! それは君一人の価値観で抗議も許されず踏みにじられなきゃいけないもんなのか!?」
「要らない体験でやりたくないことだけでしかなかったかもしれないハンター稼業だろうけど、あんな場面で演技として放り捨てられる小道具に使われるようなものだけでは決してないっ」
「いつそんなこと言ったよ!? 俺がずっと言ってきたのは、役者としての俺に、この世界の人たちと向き合う時の俺に、ハンターとしての肩書、名声なんて重荷だ、ってことだけだ! だからそう、それは『さっきは』邪魔だったよ! でもそれ以上の意味は無い!」
「おためごかしだろうがそんなの! 私の大事なものが目の前でぞんざいに扱われたことは事実でしょ!?」
「君がどう感じようが言ったつもりの無いことまで言ったことにされるなら断固否定する! じゃなきゃ本当に俺にそういうつもりがあったと認めることになるだろ!? 無いよ、一片たりとも! さっきのと、俺がそれでもハンターであることは別軸の話だし、それが君の誇りまで侮辱したなんて、俺は、俺からは今日俺がやったことをそんな意味にする気はない!」

「……で、何なんだこれ。前もあいつら妙な空気になってた気はするが、要は痴話喧嘩なのか?」
 その時の記憶ではこれほど激しくは無かったが拗れた空気に記憶があるアーサーがぼやくように尋ねた。
「いや……二人はそういうそれでは無い……と、思うん……だけど」
 真がどことなく不安そうに視線を彷徨わせながら答えて……そっと鈴の様子を窺う。鈴は何とも言えない複雑怪奇な表情で二人を見つめていたが……。
「いや、何つーかこう、微妙な気分ではある……けど、正直なオレの感想としては、さあ……アレに通じるもんがあんだよな。河原での殴り合い」
 成程ヤンキー娘の意見である。アーサーも、なるほどそっちの方がしっくりくるとは思ったらしい。
「まあそれなら、対処も決まったようなもんか」
 アーサーは完全に興味が失せた様子で肩を竦めた。真が、え、どうするの、と焦った様子で問いかける。
「双方の体力が尽きるまでほっとけ。どうせこっからじゃ大して続かねえだろ」
 そのようになった。


「……何をやってるんだあの男は……」
 高瀬少尉が、心底不愉快そうに呟く。と、そこで彼に気付いたテノールが近づいてくる。
「もう死ぬ気は無くなったか?」
 それだけ言って、ウィスキーを一本押し付ける。
 ……言うべきことは、それだけ。
 特に深く話すつもりは無い。今もう死ぬ気が無いのかだけ見られたのなら、それで。
 ハンターと強化人間のことで悩んでたようだが、悩みの本質を自覚したなら、どうすればいいかは大人なんだし自分で考えれるだろうと。
 少尉は暫しその瓶を見つめながら、考え込む。
「……別にそれを言うなら僕だってあの言葉は、そんな意味で言ったわけじゃない……」
 実際あれはただ単に、地球上全てが敵に回った気がしていじけていっただけの事。まあ別にそれについては、取り消しを望む気も起きないが。
「ところで高瀬少尉」
 そこに敢えて空気を読まない風に、メアリが話しかけてくる。
「だから……貴女という人はっ……」
「友情が毒になるっていってましたが、それも心持ち次第では? 毒にも薬にもなるって言うでしょう」
「……まだ言うんですか!? それ!」
「ま、貴方が許可しなくても、もう勝手に私の友だちなんですけどね高瀬少尉」
 そうして、一方的な通達に、少尉の顔が歪む。
「いい加減名前が呼びたいんですけど、教えてもらえません? じゃないと変なあだなつけて親愛の証にそっち呼んじゃいますよ」
 少尉は俯いた。深く溜め息。
「別に勿体ぶるほどの名でもないんですけどね……康太ですよ。高瀬康太。それが私のフルネームです」
「……」
 やっと望みの一つを果たして……しかしメアリは戸惑いを覚えた。その溜息と声の……寂しさに。
「もう、これで勘弁していただけませんか。軍人として……迫る死に怯えるようにはなりたくありません」

「まあ……でも、何と戦うか、どう勝利するか……か」
 漏れ聞こえる言葉に、何か感じるものがあったのか、カーミンが呟く。そばに居た兵士が、興味深げに視線を向けた。その視線に籠る感謝に、彼女は気恥ずかしげに頬をかく。
「歌があなたたちの助けになったのなら、私は一通の手紙に力をもらったわ」
 それは他でもない彼女に向けて届けられたもの。
「ハンターになる前も、誰にも見えない影の仕事を多く受けてきた私には、『誰かに応援された』ことはそれなりのショックなの」
 呟き……そして自覚する。
「私に必要だったのが誰かの応援なら、これからすることも誰かの応援よ」
 それが彼女の戦い方。勝利への道筋。
 あの日友人と歌い上げたエールが『響き合う』。
 ……心地よいのは、きっとハーモニーだけじゃなかった。
 その実感は、今日、余計に。
「そうね。きっとそれぞれに相応しい戦い方ってあるんだわ。私からしたら今日の避難所の皆がしてくれたことは、きっとアプリで一緒に戦ってくれるより貴重な戦力だった」
 晴れやかな声で彼女は告げる。
「……アプリ使用だって、一概に間違ってた訳じゃないと思うけどね」
 テノールが言った。一連の騒動の中で、どうしても疑問は過っただろう。守りたいものがあって、必要な局面になって、それで力に手を伸ばしたのならばそれは責めるべきことなのか。
「やるべきことを見定めて。覚悟を据えて。それでやった事なら、咎めるべきことじゃない。『何のため』に、と、『その代償』を軽く考えただけの段階で力に手を出せることが……問題だった、のかな」
 力を得る前。得てしまったあと。自然に先達に相談できる流れにならない。それがイクシード・アプリとハンターシステムの差。そうは言えないだろうか。
「ウイ、そー言えば、使徒ちゃんたちも、コノ世界で力の使い方、ワカッてなかったダケって言えるのネ?」
 パトリシアがふと気付いたように言った。
「最初、アプリっ子ちゃんを助けるトキ、使徒ちゃんと……ブルーの精霊さんと戦うしかないって、パティ悲しかったヨ。でも、教えたら、ちゃんと分かっテくれた。今は、一緒に戦えるノネ? パティはそのこと、とっても嬉しいんダヨー」
 ニコニコとパトリシアが言うのに、一行に何とも言えない笑みが浮かんでく。

 思えば。
 この世界では、覚醒者の力は『当たり前』の物では無かった。
 当たり前になり始めていたハンターたちに、この世界は力の違う見え方を示して。
 その先に、強化人間、イクシード・アプリ、使徒。……また異なる、力の在り方を見せられた。
 あるいは、己の持つ力というものを見つめ直す機会にもなったのだろうか。
 答えはそれぞれに秘め……最終決戦へ。

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    ボルディア・コンフラムスka0796
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    蜜鈴=カメーリア・ルージュka4009
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    霧雨 悠月ka4130

  • 鞍馬 真ka5819
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJka6653

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参加者一覧

  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガン(ka0471
    人間(蒼)|27才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ゴルラゴン
    ゴルラゴン(ka0471unit002
    ユニット|幻獣
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 花言葉の使い手
    カーミン・S・フィールズ(ka1559
    人間(紅)|18才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ゲーター
    ゲー太(ka1559unit003
    ユニット|ゴーレム
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ワイバーン
    ワイバーン(ka2726unit004
    ユニット|幻獣
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009
    エルフ|22才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ラン
    鸞(ka4009unit004
    ユニット|幻獣
  • 語り継ぐ約束
    天王寺茜(ka4080
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • 感謝のうた
    霧雨 悠月(ka4130
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • ―絶対零度―
    テノール(ka5676
    人間(紅)|26才|男性|格闘士
  • ユニットアイコン
    ウォルター
    ウォルター(ka5676unit002
    ユニット|幻獣

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    カートゥル
    カートゥル(ka5819unit005
    ユニット|幻獣
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ポロウ
    ポロウ(ka5843unit006
    ユニット|幻獣
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    リーリー
    リーリー(ka5852unit006
    ユニット|幻獣
  • 金色のもふもふ
    パトリシア=K=ポラリス(ka5996
    人間(蒼)|19才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    ペガサス
    エボニー(ka5996unit003
    ユニット|幻獣
  • 友よいつまでも
    大伴 鈴太郎(ka6016
    人間(蒼)|22才|女性|格闘士
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイド(ka6633
    人間(蒼)|24才|女性|機導師
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    コンフェッサー
    コンフェッサー(ka6653unit005
    ユニット|CAM

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
鞍馬 真(ka5819
人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2018/10/08 08:58:12
アイコン 相談卓
鞍馬 真(ka5819
人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2018/10/11 04:17:42
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/10/07 23:24:33