ゲスト
(ka0000)
Ornithogalum
マスター:愁水

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~5人
- サポート
- 0~1人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/10/21 22:00
- 完成日
- 2018/10/30 02:25
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
あの時、貴方を見た。
**
「勘弁してくれよ」
濃厚な倦怠の色を含みながら、帝国軍の軍医であるシュヴァルツ(kz0266)が呟いた。
石造りの狭い路地裏に片膝をつき、“検分”を始める。
その時、少し離れた背後で、見張りの兵士が誰かの通行を制止していた。シュヴァルツは肩越しに振り返ると、“彼”を通すよう兵士に告げる。
「足労さん」
規則正しく響いてくる靴音が、シュヴァルツの隣で止んだ。
「ああ」
天鵞絨サーカス団の団長であり、元帝国軍の白亜(kz0237)が、短く返答する。
「俺に見て欲しいものというのは……“これ”か?」
眉根を寄せながら、シュヴァルツと同様に“それ”の傍らへ屈む。
「おう。今週に入って三人目だ」
二人の目線が同時に、目の前の対象へ移った。
冷たい石に横たわる、男性の死体。
人形のように、だらり、と、手足を伸ばし、口から一筋の血を流していた。そして――
「そいつの胸、見てみ」
「……」
鋭利な何かで一突きされた心臓。いや、一突きなど、そんな生易しいものではない。被害者の心臓は、それのみを刳り貫くように穿たれていた。
「今んとこ被害者の共通点も見つからねぇし、目撃者もいねぇんだわ。ホシの置き土産どころか、正体も不明――ってことになってる」
「事実、そうなのだろう? 情報誌を読む限りでは、これから訪れるハロウィンよりも世間を騒がせている」
「面目ねぇっす」
「――シュヴァルツ。用件は何だ」
話の肝を振ると、シュヴァルツは潔く意見を口にした。
「こうも洗練された突きを放てるヤツぁそうはいねぇ」
「確かにな」
「お前も見覚えあんだろ?」
「……」
「忘れたとは言わせねぇぜ。アイツの元上官だろうが」
「しかし……有り得ん」
「オレも最初見た時、そう思ったわ」
「……」
「お前はどう思うよ」
「……彼が生きていたという線は?」
「それは無ぇ。お前もアイツの葬儀に参列したろ」
「しかし、彼は土葬だった。何かしらの細工をしたのであれば――」
「オレとルカの目の前で死んだんだぜ? 首を刎ねられて死なねぇ人間はいねぇだろ」
「……そうすると、非常にまずい事態かもしれんな」
「ああ」
白亜とシュヴァルツは声と表情を強張らせながら、腰を浮かす。
「ルカが今、最悪の可能性を潰しに向かってる。そうでねぇことに越したことぁねぇからな」
「……」
「何だよ」
「彼は……クラルスは、最期まで固執していたのか?」
「……おう。憶えてんだろ? 人一倍正義感が強くて、強さや勝負事に拘るヤツだった。歯止め役のリュネとお前がいなくなった後は苦労したぜ。元々クラルスはルカを目の敵にしてたが、それが更に酷くなってよ。任務にも支障を来すようになった」
「クラルスと琉架は水と油だったからな。真逆の性格をしていたからというのもあるのだろうが……」
「……突っ掛かるには理由がある。“羨望”と“嫉妬”は紙一重、ってな」
自らに無いものへの憧れがひとたび歪むと、自らより優れたものの存在を許容出来なくなる。
「羨望は、攻撃を生む――……か」
伏し目がちに呟いた言葉が、白亜の頭の中を走り過ぎていく。その残像に何故か、一抹の胸騒ぎを覚えた。
「おい、どうした?」
「……お前と琉架の他に、遺体の傷を見て勘付いた者はいるか?」
「クラルスにか?」
「ああ」
「いや……いねぇハズだぞ。少なくとも、クラルスを知ってる昔の仲間は帝国の本隊にいる。同盟軍に出向してるオレとルカを除いてな」
「つまり、同盟軍が管轄するこの都市で“今回”の様な問題が起これば、真っ先に気付く者はお前と琉架ということか」
「……。おい、そいつぁ――」
その時、
――――――…………ゥゥ…………
何処からか遠吠えのような声が響いてきた。遅れて――
「……悲鳴か?」
喧騒と血で、空が赤らむ。
●
「おやおや、まあ」
何の感慨も無く、帝国軍に所属する桜久世 琉架(kz0265)は呟いた。
都市から離れた地帯に在る、苔生した墓地。
一定の間隔で並んだ墓石から外れた一角に、目的の墓は在った。
「これは当たりかな」
荒らされた土の山から、遺体と共に埋葬されたはずの彼のブレスレットが剥き出しになっていた。掘り起こせば、恐らく――
「蘇ったようだね、クラルス。いや……堕ちた、と言った方がいいのかな」
彼の骨は、奪い去られているだろう。
――クラルス・レンフィールド。
彼は帝国軍に所属し、白亜や琉架、シュヴァルツと共に戦った槍の名手。その刺突は光よりも速く、圧倒的な火力と正確さで敵を滅殺した。
若く、自信に溢れ、力に貪欲。だが、“力ある者は正義に仕える”という誠実さも持ち合わせていた。しかし――その志を人生に捧げたまま、彼は散った。
琉架達の部隊は高位の歪虚を討伐した帰り、雑魔の群れと遭遇した。既に小さな村が襲撃されており、急遽、救出作戦が開始された。しかし、クラルスは指揮官の指示に従わず単身で乗り込み、部隊の連携を乱すことに。しかし、その行動は村人を救った。
彼の最期は、恋人を殺され泣き崩れていた女性を庇い、背後から首を刎ねられて死んだ。駆けつけた琉架とシュヴァルツの目の前で。
「そう言えば……君は何故、微笑んでいたのだろうね?」
死ぬ間際に目が合った、あの瞬間――。
琉架にとって彼は口煩い只の小童であったが、彼の方は琉架へ執拗に自説を主張し、異常なまでに執着してきた。そう、呆れる程の――
「優れた力を持つ者は、人々の為にそれ相応の行いをすべきです。そうは思いませんか?」
善を口にして。
落ち着きを払っている語調とは裏腹に、制するような剥き出しの感情が、琉架の背後から近づいてくる。暁闇に似た重い気配は、歪なベールを纏っているかのようだ。
「訊いてもいいかな。堕落させられた気分というのは、どういうものなんだい?」
琉架は一呼吸を置いて、振り返る。
「ねえ? クラルス」
翡翠の双眸が、甲冑姿の彼――クラルスを捉えた。思っていることが鏡を映すようにすぐ態度に出るその様は、生前と全く変わりない。
「貴方はそうやって……私を虚仮にする。何時も、何時も、何時も」
胸に一本の棒を呑み込むかのようなクラルスの様子に、琉架は唇の両端を引き歪め、薄笑いを見せた。
「強い力は、護る為に在る。人や国の為に、剣を――力を振るうべきなのです。貴方にはそれが出来る。出来たんだ。私では成し遂げられなかったことを、貴方なら――」
「はいはい。それで? 君の思惑通り、俺を誘き出せて満足かい?」
「いいえ」
憤りに呼応するかのように、クラルスの外套が揺らめいた。
「与えられた特権をふいにする愚か者は一度、逝ぬべきです」
無数の死を築く墓地に、複数の“猟犬”の唸り声が響く。
「助けなら来ませんよ。――貴方に、助けは来ない」
槍闘士が、得物を握った。
「独りで、死んで下さい」
あの時、貴方を見た。
**
「勘弁してくれよ」
濃厚な倦怠の色を含みながら、帝国軍の軍医であるシュヴァルツ(kz0266)が呟いた。
石造りの狭い路地裏に片膝をつき、“検分”を始める。
その時、少し離れた背後で、見張りの兵士が誰かの通行を制止していた。シュヴァルツは肩越しに振り返ると、“彼”を通すよう兵士に告げる。
「足労さん」
規則正しく響いてくる靴音が、シュヴァルツの隣で止んだ。
「ああ」
天鵞絨サーカス団の団長であり、元帝国軍の白亜(kz0237)が、短く返答する。
「俺に見て欲しいものというのは……“これ”か?」
眉根を寄せながら、シュヴァルツと同様に“それ”の傍らへ屈む。
「おう。今週に入って三人目だ」
二人の目線が同時に、目の前の対象へ移った。
冷たい石に横たわる、男性の死体。
人形のように、だらり、と、手足を伸ばし、口から一筋の血を流していた。そして――
「そいつの胸、見てみ」
「……」
鋭利な何かで一突きされた心臓。いや、一突きなど、そんな生易しいものではない。被害者の心臓は、それのみを刳り貫くように穿たれていた。
「今んとこ被害者の共通点も見つからねぇし、目撃者もいねぇんだわ。ホシの置き土産どころか、正体も不明――ってことになってる」
「事実、そうなのだろう? 情報誌を読む限りでは、これから訪れるハロウィンよりも世間を騒がせている」
「面目ねぇっす」
「――シュヴァルツ。用件は何だ」
話の肝を振ると、シュヴァルツは潔く意見を口にした。
「こうも洗練された突きを放てるヤツぁそうはいねぇ」
「確かにな」
「お前も見覚えあんだろ?」
「……」
「忘れたとは言わせねぇぜ。アイツの元上官だろうが」
「しかし……有り得ん」
「オレも最初見た時、そう思ったわ」
「……」
「お前はどう思うよ」
「……彼が生きていたという線は?」
「それは無ぇ。お前もアイツの葬儀に参列したろ」
「しかし、彼は土葬だった。何かしらの細工をしたのであれば――」
「オレとルカの目の前で死んだんだぜ? 首を刎ねられて死なねぇ人間はいねぇだろ」
「……そうすると、非常にまずい事態かもしれんな」
「ああ」
白亜とシュヴァルツは声と表情を強張らせながら、腰を浮かす。
「ルカが今、最悪の可能性を潰しに向かってる。そうでねぇことに越したことぁねぇからな」
「……」
「何だよ」
「彼は……クラルスは、最期まで固執していたのか?」
「……おう。憶えてんだろ? 人一倍正義感が強くて、強さや勝負事に拘るヤツだった。歯止め役のリュネとお前がいなくなった後は苦労したぜ。元々クラルスはルカを目の敵にしてたが、それが更に酷くなってよ。任務にも支障を来すようになった」
「クラルスと琉架は水と油だったからな。真逆の性格をしていたからというのもあるのだろうが……」
「……突っ掛かるには理由がある。“羨望”と“嫉妬”は紙一重、ってな」
自らに無いものへの憧れがひとたび歪むと、自らより優れたものの存在を許容出来なくなる。
「羨望は、攻撃を生む――……か」
伏し目がちに呟いた言葉が、白亜の頭の中を走り過ぎていく。その残像に何故か、一抹の胸騒ぎを覚えた。
「おい、どうした?」
「……お前と琉架の他に、遺体の傷を見て勘付いた者はいるか?」
「クラルスにか?」
「ああ」
「いや……いねぇハズだぞ。少なくとも、クラルスを知ってる昔の仲間は帝国の本隊にいる。同盟軍に出向してるオレとルカを除いてな」
「つまり、同盟軍が管轄するこの都市で“今回”の様な問題が起これば、真っ先に気付く者はお前と琉架ということか」
「……。おい、そいつぁ――」
その時、
――――――…………ゥゥ…………
何処からか遠吠えのような声が響いてきた。遅れて――
「……悲鳴か?」
喧騒と血で、空が赤らむ。
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「おやおや、まあ」
何の感慨も無く、帝国軍に所属する桜久世 琉架(kz0265)は呟いた。
都市から離れた地帯に在る、苔生した墓地。
一定の間隔で並んだ墓石から外れた一角に、目的の墓は在った。
「これは当たりかな」
荒らされた土の山から、遺体と共に埋葬されたはずの彼のブレスレットが剥き出しになっていた。掘り起こせば、恐らく――
「蘇ったようだね、クラルス。いや……堕ちた、と言った方がいいのかな」
彼の骨は、奪い去られているだろう。
――クラルス・レンフィールド。
彼は帝国軍に所属し、白亜や琉架、シュヴァルツと共に戦った槍の名手。その刺突は光よりも速く、圧倒的な火力と正確さで敵を滅殺した。
若く、自信に溢れ、力に貪欲。だが、“力ある者は正義に仕える”という誠実さも持ち合わせていた。しかし――その志を人生に捧げたまま、彼は散った。
琉架達の部隊は高位の歪虚を討伐した帰り、雑魔の群れと遭遇した。既に小さな村が襲撃されており、急遽、救出作戦が開始された。しかし、クラルスは指揮官の指示に従わず単身で乗り込み、部隊の連携を乱すことに。しかし、その行動は村人を救った。
彼の最期は、恋人を殺され泣き崩れていた女性を庇い、背後から首を刎ねられて死んだ。駆けつけた琉架とシュヴァルツの目の前で。
「そう言えば……君は何故、微笑んでいたのだろうね?」
死ぬ間際に目が合った、あの瞬間――。
琉架にとって彼は口煩い只の小童であったが、彼の方は琉架へ執拗に自説を主張し、異常なまでに執着してきた。そう、呆れる程の――
「優れた力を持つ者は、人々の為にそれ相応の行いをすべきです。そうは思いませんか?」
善を口にして。
落ち着きを払っている語調とは裏腹に、制するような剥き出しの感情が、琉架の背後から近づいてくる。暁闇に似た重い気配は、歪なベールを纏っているかのようだ。
「訊いてもいいかな。堕落させられた気分というのは、どういうものなんだい?」
琉架は一呼吸を置いて、振り返る。
「ねえ? クラルス」
翡翠の双眸が、甲冑姿の彼――クラルスを捉えた。思っていることが鏡を映すようにすぐ態度に出るその様は、生前と全く変わりない。
「貴方はそうやって……私を虚仮にする。何時も、何時も、何時も」
胸に一本の棒を呑み込むかのようなクラルスの様子に、琉架は唇の両端を引き歪め、薄笑いを見せた。
「強い力は、護る為に在る。人や国の為に、剣を――力を振るうべきなのです。貴方にはそれが出来る。出来たんだ。私では成し遂げられなかったことを、貴方なら――」
「はいはい。それで? 君の思惑通り、俺を誘き出せて満足かい?」
「いいえ」
憤りに呼応するかのように、クラルスの外套が揺らめいた。
「与えられた特権をふいにする愚か者は一度、逝ぬべきです」
無数の死を築く墓地に、複数の“猟犬”の唸り声が響く。
「助けなら来ませんよ。――貴方に、助けは来ない」
槍闘士が、得物を握った。
「独りで、死んで下さい」
リプレイ本文
●
歪虚として生き、最期に見た彼と再び出会えたことで、あなたは幸せですか?
教えて下さい。
その姿で、あなたは何を伝えたいのですか――……?
**
骨張った指が灯(ka7179)の細い肩を掴み引いた瞬間、灯の喉元を槍の先端が掠めていった。掌は彼女を寄せた勢いのまま、灯を地面へ放り投げる。そして、再び矛先が彼女に転ずる前に、“黒蛇”――桜久世 琉架(kz0265)は、クラルスの視界から灯を遮った。
「桜久世さん……」
灯が口にするよりも早く、琉架の背中はクラルスを煽りながら遠離っていった。
聖書に宿された灯の《シャイン》が、死の眠りに包まれた墓地を柔らかく照らす。あくまで此処は、亡くなった者達の最後の“居場所”。騒ぎ立てたくはなかった。しかし――
「灯、下がっとき! ――ぐぅッ!」
大切な仲間が傷を負っていく。
「僕の風で再度サポートするやんね。でも、出来るだけ無茶はせんといて……やで!」
灯火代わりの火球を滞空させながら、詠唱するレナード=クーク(ka6613)の肩に鉤爪が奔った。レナードの目許に一瞬、歪みが生じるが、その双眸は彼女――白藤(ka3768)を見据えたまま、風の守護を発動させる。
「せやかてなぁ、わんことこんなにじゃれ合っとったら、楽しいなってまうねぇ」
白藤の身と共に影から舞い上がる黒炎の蝶が緑の輝きを帯びた瞬間、白藤は目標のバーゲストに向けて弾幕を張った。しかし、バーゲストは弧を描いてそれを回避。舌打ちを鳴らす白藤の脇腹を、鋭い角が掠り抜けていく。
「(速ぁ……一体ずつ確実に潰さなあかんなぁ)」
もう一体は白亜(kz0237)が引き付けている。その間、琉架はクラルスの相手に専心出来るだろう。
「まぁ、琉架なら遅れはとらへんやろ。ちょいと持ちこたえてよ。――ほぉら、わんこ。二人の語り合いの邪魔はしたあかんのやでー?」
白藤が降らせる冷弾の雨――《氷雨》の雨粒が、バーゲストを横殴る。だが、分厚く硬い体毛の所為か、痛手には至らず。しかし、僅少ながらバーゲストを制したその刹那、レナードの白杖が猟犬を指し示すと同時に、一本の氷矢が空を切る。
「あーんして、やで!」
氷矢の尖端がバーゲストの牙を砕き、口内を貫いた。――が、
「なんっ……そっち行ったでレナード!」
僅かに急所を外したのだろう、バーゲストは掉尾の勢いの如くレナード目掛け突進してくる。白藤が放った咄嗟の射撃もなんとせず、猟犬は地を滑走するかのように飛び掛かってきた。《ウィンドガスト》は間に合わない、なれば――
その時、一発の銃弾がバーゲストの目先を抜けていった。
「白亜!?」
銃弾の軌道を辿らずとも、白藤の上げた名が語っていた。
瞬――レナードは猟犬の目の奥に走った乱れを逃さない。大口を開けたその闇に、無情さを帯びた凍りを射る。直後、バーゲストの口から鈍い音が響き、レナードの耳を衝いた。
バーゲストは飛び掛かってきたままの勢いでレナードの身体に覆い被さり、レナードは幾つかの擦過傷を作るが、猟犬は既に事切れていた。
「今、お怪我を癒しますから」
駆け寄ってきた灯が、治療を施す。
「おおきにやんね」
遠くで、“白狼”と肩を並べる白藤が、残された猟犬と交戦を続けていた。
そして、剣と槍が唄う音。
「(昔のハクアさん達の仲間……こないな形で会う事になるのは……複雑な気持ちやねぇ。クラルスさんはルカさんを貫いて、討ち取って……本当に終わりにするんやろか)」
不安な予感が、西に回る色彩から暗い雲のように姿を見せている。
「(でも……僕は僕なりに、自分の“正義”で阻止させて貰う)」
それが、クラルスにとっての“悪”でも。
●
西に傾く、蒐。
「己が正義……か……嫉妬にせよ、羨望にせよ……斯様な姿に成り果てる事が、クラルスの望みでは無かったであろうに……」
濁りの深い葡萄酒色の空を、魔箒で飛翔する朱金蝶――蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は、マッピングされた方眼紙を袂へしまう。都市の路地を見下ろしながら、一抹の哀愁を蒼の黄玉に帯びた。
「想いも感情もそれぞれ……故に、妾は妾の“正義”で以て、邪魔立てさせてもらいよる」
そう呟くと、双晶の種が一つ――《双牙》を唱えた。
西に一。
東に一。
二手に分かれたミア(ka7035)と浅生 陸(ka7041)
「(喩えもう一度会いたかっただけだとしても、無実の人間を殺めたらアイツはもう“赦されざる者”だよ。正義はどこ行った)」
砂を噛んだような表情で、陸は雷弾を放つ。
蜜鈴には前以てバーゲストの逃走経路の封鎖を頼んでいた為、陸は土地勘のある紅亜(kz0239)と共に戦いを交えていた。
「……紅亜、前線は任せる。お前の力を信頼しているから。俺が傍にいる、今度は必ず護る」
真摯な想いが、陸の心を濡らす。
「紅亜を失うのだけは絶対に嫌なんだ。もう二度と大事な相手を失いたくない。それに、お前の息する場所はサーカス団だけじゃない。向き合って共に探そう」
陸と視線を結び、不思議そうに頬を傾ける紅亜。軈て短く顎を引くと、“赤ずきん”は猟犬目掛けて駆けていった。
狭い路地で、交戦が繰り広げられる。
だが、未だに致命的な一撃は与えられず、苦戦を強いられていた。
陸は光の防御壁で女性陣を護りつつ、魔力を帯びた雷弾で積極的に行動阻害を狙っていく。しかし、バーゲストは路地の壁を器用に足場にして、陸を翻弄する。
「ったく、大人しくしてらんねぇ犬っころだなッ!」
陸はブレイドダンサーの効果を用い、路地に沿った直線の《ファイアスローワー》を放つ。猟犬に逃げ場はない。しかし、それは味方も同様。僅かに流れ弾を喰らったシュヴァルツ(kz0266)が、壁に叩きつけられる。
「危ない……」
紅亜がフォローに出たと同時、バーゲストが紅亜の背中を目掛け、飛び掛かってきた。紅亜は冷静な面持ちで捻り蹴りをかませる。其処へ、護りの銃弾――。石造りの地面に転がった猟犬が再度彼女を狙わぬよう、陸が牽制しながら距離を詰める。
「悪い、シュヴァルツ」
「ええってことよ。だがな、浅生。硬ぇ相手はドコを狙えばいいか、ちゃんと定めとけ」
蜜鈴が唱える凶暴な微睡み――《黄泉ノ揺籠》が、バーゲストを常夜の眠りへと誘う。火力のある紅亜は関節を狙い、猟犬の特化を封じようと図った。陸は状況を見ながら、後方からフォローに入る。漸く、突破口が見えてきた。そして――……
全てに片が付いた頃には、満身創痍の状態であった。
自分より紅亜の治療を優先させながら、陸はシュヴァルツに礼を述べる。
「シュヴァルツ、こっちに来てくれてありがとな。助かった」
「礼ならミアに言いな」
「ミア?」
「アイツに頼まれたんだよ。お前の目の前で紅亜が傷付くのを見せたくない、紅亜の目の前でお前が倒れるところを見せたくない、だから、お前達のことを気にかけて欲しいってな。仲間思いのえー子じゃねぇの」
「……ああ、本当にな」
陸は心から相好を崩す。
「今日は、相棒は別か?」
周りの耳に入らぬよう、陸は治療に寄ってきたシュヴァルツに囁きかける。
「なあ、今回の事、あんたは多少なりとも心当たり有るよな?」
「あ?」
「明らかに軍の内情を知っている奴が意志を持って、団長達やあんたらを狙ってるとしか思えない。ムカつくやり方だよ」
「そうか?」
憤る陸とは対照的に、彼はあっけらかんと応えた。
「恨みを持たれねぇ人生なんざ送ってるつもりねぇかんなぁ。だがまあ、残念ながら語れる情報は特にねぇぜ」
「そうか……。なあ、リュネってやつは、関わってはいないんだよな……?」
「だぁら、オレが知るかっつー、――……お前、ドコでその名前聞いた」
「……紅亜に、そいつは彼女の大事なやつだって聞いた。出来れば、関わっていて欲しくないだけだ」
そんな祈りを零した時、不穏な気配が駆け足でやってきた。
現れたのは、余裕を失った表情の黒亜(kz0238)で――
「クロ……?」
黒亜の傍らに、陸の親友の姿はなかった。
●
人の為。
国の為。
彼は謳う。
「(力がある……なぁ。せやけどそれは、自分にできひん事を……人に、求めすぎなんちゃうやろか)」
白藤は下唇を噛んで、抑え込む。
視界の隅で土煙が舞い、風が吼えた。
白亜が追い詰めた猟犬の“リード”を離す。――“合図”だ。
「あら、近寄ってくれるん? うちもまだ捨てたもんやないね」
白藤はくすくすと笑う。既に銃弾と魔法で甚だしい傷を負ったバーゲストに、微塵の脅威も感じられなかった。ガキンッ――猟犬の口に銃口をねじ込み、右手に伝わる反動。
後には、獣が綿屑のように転がった。しかし、
「……?」
白藤の胸の辺りには、嫌な予感が充満していた。
朱を散らし、“魎”が嗤う。
ミアは黒亜が攻撃を仕掛けやすいよう、積極的に猟犬の動きを制していた。
鋭い打撃に続く、流麗な剣撃。
柔で制し、静で断つ。
黒亜の一撃に一撃を重ねるミアのその様は、正に、阿吽の呼吸であった。
しかし――
「三毛、犬と猫は相性がいいんでしょ? 黙って毛皮剥がされろとか命令できないの?」
「クロちゃん、ミアとアイツは相性どうのこうのっていうレベルじゃないニャス。毛皮もぎたい気持ちはわかるニャスけどネ」
猟犬の誇る防御は一筋縄ではいかない。
「クロちゃん、提案してもいいニャス?」
「……言ってみなよ」
その作戦に、黒亜の左腕に巻いたリボンが、妙に熱を帯びた気がした。
土地勘のある黒亜が、猟犬を翻弄しながら路地の迷路を誘導する。
黒い外套が突き当たりを曲がった。瞬――入れ違いに飛び出てきたミアが、追ってきたバーゲストに一撃を喰わせる。しかし、手応えはやはり、浅い。
壁を足場にした猟犬が、急旋回。ミアの身体を吹き飛ばした。地面へと転倒した彼女を恰好の獲物と定め、哮り立つバーゲストが跳躍してくる。
「(それでいい)」
緩めたミアの口許から、八重歯が、ニイィ、と、覗く。――果たして、獲物はどちらであったのか。
ブシュウゥゥッッ!!!
肌に喰い込む爪。
引き裂かれる腸。
腕を貫く牙。
溢れる命の河。
「おらァ!! 牙剥いて笑えよッ!!」
脳天を潰す、拳――。
ミアの腕は伸し掛かってきたバーゲストの大口へと滑り込み、螺旋を描いた突きを放っていた。その強烈な拳は猟犬の口内を潰し、頭頂を砕く。猟犬は濁った白目で身体を幾度か痙攣させた後、生々しい音を立てながら地面に倒れた。
「……三毛!」
黒亜が珍しく声を張り上げ、彼女の傍らに膝をつく。外した外套をミアの傷口に当てると、「シュヴァルツを呼んでくるから」と、短く言葉を置いて、ミアの意識から遠離っていった。焦点の合わないミアは何かを発しようとするが、口から零れるのは、只只、糸のように流れる血。
「(……いいんニャス。ミアはこれで、いいんニャスよ。こんな傷、痛くない……。誰かを救えないことの方が、ミアは痛いから……)」
昏んだ空が、落ちてくるような感覚。
「(……クラルスちゃんは、救われたのかニャ)」
彼の心残りは、叶ったのだろうか。
顔も知らないのに。
声も知らないのに。
心に、触れたこともないのに――。
嫌いになれないのは、彼にとっての“正義”を察していたからなのかもしれない。
ねえ
あなたは――
乳白色な霧の中、無数の墓石が幻のように浮かび上がっていた。
「……ぬるいですね」
穂を濡らした赤を血振りで落とし、クラルスが何の感慨もなく呟いた。
「只撃てば、当たるとでも思いましたか?」
崩れ去った土の壁を足許に、利き手の甲と両肘を穿たれた白藤が、悔しそうに下唇を噛む。
「只放てば、当たるとでも思いましたか?」
両膝を貫かれ、噴き上がった血で視界を赤く遮られたレナードが、苦悶の吐息を漏らす。
「只言葉にすれば――伝わるとでも思いましたか?」
仲間を庇い、怪我を厭わず前に出る灯に、クラルスは振るう槍すら必要ない様で佇んでいた。
「クラルスさん……その“正義”は、きっと正しいものかもしれへんよ。……でも、此方もそう簡単に、貫かせる訳にはいかないやんね」
「それは貴方の本気ですか? 貴方方が私を知らないように、私も貴方方を知らない。興味の無い対象に、なにゆえ“本気”となれましょうか」
「――あなたが唯一、興味を示す方は、あなたの意のままにはなりません」
その言に、関心のない眼差しが色を変え、灯を据える。
「私はあなたをこの姿にした方を、赦したくないのです」
それは、暗くて、自由で。
「それは救いじゃない。桜久世さんは、あなたの望むままにはならないです」
寂しい。
「あなたは、あなたを堕とした方は、どんな結末を望んでいるのですか? ……桜久世さんが殺されること?」
「……」
「……その方は、最期にどうしても桜久世さんと戦いたかったクラルスさんの想いを、利用したのでしょうか?」
ねえ
あなたはただ 純粋に
才能のある琉架ちゃんに 自分を見てもらいたかっただけなんじゃないかな
「“最期”……」
あなたはあの時 安心したんじゃないの?
「私は、」
憎しみよりも
羨望よりも
あなたの心に強くあったのは 憧れだったんじゃないのかな
だから 駆けつけた彼の顔を見た時 心を許して 微笑んだんじゃないの?
ああ これで 村の皆は助かるって
「――おや、漫ろな君とは珍しい。風の声でも聞こえたかい?」
琉架の軽口にクラルスは一度目を閉ざすと、「今宵は興が冷めました」と、外套を翻した。
「なぁ、あんたは琉架とこうする事が、生き返った望みだったんか?」
去ろうとする背中に、白藤は喉の奥から思いを絞り出す。
「んなアホな……他にも、あるはずや。死に際の表情、執着の理由、そして今――。いつか死ぬもんをわざわざ“殺す”だけやなんて……なんぞ、助けて欲しい事があるんちゃうんか?」
霧が、辺りを浸していく。
「なぁ、あんたは、誰に起こされたか覚えとるんか?」
白い幕が彼の姿を閉ざす瞬間――
「私を目覚めさせた方に、興味などありませんよ」
墓地が、ひっそりと静まり返る。
「彼を歪虚に堕としたのは誰なのでしょう。桜久世さんは、心当たりはありますか?」
灯の問いに、琉架が頬を傾ける。
「……ごめんなさい、この件を知っているのは、あなたか白亜さんかと思って。私は、あなたに聞きたくて」
「いや、力になれなくてすまない」
「いいえ……。桜久世さん、あなたの……正義って、何ですか?」
「正義?」
「はい。私は、私の正しいと思うことを揺らがずに信じていたい。私は弱い、揺らいで、迷って、時には目を瞑ってしまうから」
「それでも、生きているじゃないか」
「え……?」
「“自分が生きていることを忘れない為に、生きているものと向かい合う”――ねえ、灯ちゃん。
君は、何の為に生きているんだい?」
歪虚として生き、最期に見た彼と再び出会えたことで、あなたは幸せですか?
教えて下さい。
その姿で、あなたは何を伝えたいのですか――……?
**
骨張った指が灯(ka7179)の細い肩を掴み引いた瞬間、灯の喉元を槍の先端が掠めていった。掌は彼女を寄せた勢いのまま、灯を地面へ放り投げる。そして、再び矛先が彼女に転ずる前に、“黒蛇”――桜久世 琉架(kz0265)は、クラルスの視界から灯を遮った。
「桜久世さん……」
灯が口にするよりも早く、琉架の背中はクラルスを煽りながら遠離っていった。
聖書に宿された灯の《シャイン》が、死の眠りに包まれた墓地を柔らかく照らす。あくまで此処は、亡くなった者達の最後の“居場所”。騒ぎ立てたくはなかった。しかし――
「灯、下がっとき! ――ぐぅッ!」
大切な仲間が傷を負っていく。
「僕の風で再度サポートするやんね。でも、出来るだけ無茶はせんといて……やで!」
灯火代わりの火球を滞空させながら、詠唱するレナード=クーク(ka6613)の肩に鉤爪が奔った。レナードの目許に一瞬、歪みが生じるが、その双眸は彼女――白藤(ka3768)を見据えたまま、風の守護を発動させる。
「せやかてなぁ、わんことこんなにじゃれ合っとったら、楽しいなってまうねぇ」
白藤の身と共に影から舞い上がる黒炎の蝶が緑の輝きを帯びた瞬間、白藤は目標のバーゲストに向けて弾幕を張った。しかし、バーゲストは弧を描いてそれを回避。舌打ちを鳴らす白藤の脇腹を、鋭い角が掠り抜けていく。
「(速ぁ……一体ずつ確実に潰さなあかんなぁ)」
もう一体は白亜(kz0237)が引き付けている。その間、琉架はクラルスの相手に専心出来るだろう。
「まぁ、琉架なら遅れはとらへんやろ。ちょいと持ちこたえてよ。――ほぉら、わんこ。二人の語り合いの邪魔はしたあかんのやでー?」
白藤が降らせる冷弾の雨――《氷雨》の雨粒が、バーゲストを横殴る。だが、分厚く硬い体毛の所為か、痛手には至らず。しかし、僅少ながらバーゲストを制したその刹那、レナードの白杖が猟犬を指し示すと同時に、一本の氷矢が空を切る。
「あーんして、やで!」
氷矢の尖端がバーゲストの牙を砕き、口内を貫いた。――が、
「なんっ……そっち行ったでレナード!」
僅かに急所を外したのだろう、バーゲストは掉尾の勢いの如くレナード目掛け突進してくる。白藤が放った咄嗟の射撃もなんとせず、猟犬は地を滑走するかのように飛び掛かってきた。《ウィンドガスト》は間に合わない、なれば――
その時、一発の銃弾がバーゲストの目先を抜けていった。
「白亜!?」
銃弾の軌道を辿らずとも、白藤の上げた名が語っていた。
瞬――レナードは猟犬の目の奥に走った乱れを逃さない。大口を開けたその闇に、無情さを帯びた凍りを射る。直後、バーゲストの口から鈍い音が響き、レナードの耳を衝いた。
バーゲストは飛び掛かってきたままの勢いでレナードの身体に覆い被さり、レナードは幾つかの擦過傷を作るが、猟犬は既に事切れていた。
「今、お怪我を癒しますから」
駆け寄ってきた灯が、治療を施す。
「おおきにやんね」
遠くで、“白狼”と肩を並べる白藤が、残された猟犬と交戦を続けていた。
そして、剣と槍が唄う音。
「(昔のハクアさん達の仲間……こないな形で会う事になるのは……複雑な気持ちやねぇ。クラルスさんはルカさんを貫いて、討ち取って……本当に終わりにするんやろか)」
不安な予感が、西に回る色彩から暗い雲のように姿を見せている。
「(でも……僕は僕なりに、自分の“正義”で阻止させて貰う)」
それが、クラルスにとっての“悪”でも。
●
西に傾く、蒐。
「己が正義……か……嫉妬にせよ、羨望にせよ……斯様な姿に成り果てる事が、クラルスの望みでは無かったであろうに……」
濁りの深い葡萄酒色の空を、魔箒で飛翔する朱金蝶――蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は、マッピングされた方眼紙を袂へしまう。都市の路地を見下ろしながら、一抹の哀愁を蒼の黄玉に帯びた。
「想いも感情もそれぞれ……故に、妾は妾の“正義”で以て、邪魔立てさせてもらいよる」
そう呟くと、双晶の種が一つ――《双牙》を唱えた。
西に一。
東に一。
二手に分かれたミア(ka7035)と浅生 陸(ka7041)
「(喩えもう一度会いたかっただけだとしても、無実の人間を殺めたらアイツはもう“赦されざる者”だよ。正義はどこ行った)」
砂を噛んだような表情で、陸は雷弾を放つ。
蜜鈴には前以てバーゲストの逃走経路の封鎖を頼んでいた為、陸は土地勘のある紅亜(kz0239)と共に戦いを交えていた。
「……紅亜、前線は任せる。お前の力を信頼しているから。俺が傍にいる、今度は必ず護る」
真摯な想いが、陸の心を濡らす。
「紅亜を失うのだけは絶対に嫌なんだ。もう二度と大事な相手を失いたくない。それに、お前の息する場所はサーカス団だけじゃない。向き合って共に探そう」
陸と視線を結び、不思議そうに頬を傾ける紅亜。軈て短く顎を引くと、“赤ずきん”は猟犬目掛けて駆けていった。
狭い路地で、交戦が繰り広げられる。
だが、未だに致命的な一撃は与えられず、苦戦を強いられていた。
陸は光の防御壁で女性陣を護りつつ、魔力を帯びた雷弾で積極的に行動阻害を狙っていく。しかし、バーゲストは路地の壁を器用に足場にして、陸を翻弄する。
「ったく、大人しくしてらんねぇ犬っころだなッ!」
陸はブレイドダンサーの効果を用い、路地に沿った直線の《ファイアスローワー》を放つ。猟犬に逃げ場はない。しかし、それは味方も同様。僅かに流れ弾を喰らったシュヴァルツ(kz0266)が、壁に叩きつけられる。
「危ない……」
紅亜がフォローに出たと同時、バーゲストが紅亜の背中を目掛け、飛び掛かってきた。紅亜は冷静な面持ちで捻り蹴りをかませる。其処へ、護りの銃弾――。石造りの地面に転がった猟犬が再度彼女を狙わぬよう、陸が牽制しながら距離を詰める。
「悪い、シュヴァルツ」
「ええってことよ。だがな、浅生。硬ぇ相手はドコを狙えばいいか、ちゃんと定めとけ」
蜜鈴が唱える凶暴な微睡み――《黄泉ノ揺籠》が、バーゲストを常夜の眠りへと誘う。火力のある紅亜は関節を狙い、猟犬の特化を封じようと図った。陸は状況を見ながら、後方からフォローに入る。漸く、突破口が見えてきた。そして――……
全てに片が付いた頃には、満身創痍の状態であった。
自分より紅亜の治療を優先させながら、陸はシュヴァルツに礼を述べる。
「シュヴァルツ、こっちに来てくれてありがとな。助かった」
「礼ならミアに言いな」
「ミア?」
「アイツに頼まれたんだよ。お前の目の前で紅亜が傷付くのを見せたくない、紅亜の目の前でお前が倒れるところを見せたくない、だから、お前達のことを気にかけて欲しいってな。仲間思いのえー子じゃねぇの」
「……ああ、本当にな」
陸は心から相好を崩す。
「今日は、相棒は別か?」
周りの耳に入らぬよう、陸は治療に寄ってきたシュヴァルツに囁きかける。
「なあ、今回の事、あんたは多少なりとも心当たり有るよな?」
「あ?」
「明らかに軍の内情を知っている奴が意志を持って、団長達やあんたらを狙ってるとしか思えない。ムカつくやり方だよ」
「そうか?」
憤る陸とは対照的に、彼はあっけらかんと応えた。
「恨みを持たれねぇ人生なんざ送ってるつもりねぇかんなぁ。だがまあ、残念ながら語れる情報は特にねぇぜ」
「そうか……。なあ、リュネってやつは、関わってはいないんだよな……?」
「だぁら、オレが知るかっつー、――……お前、ドコでその名前聞いた」
「……紅亜に、そいつは彼女の大事なやつだって聞いた。出来れば、関わっていて欲しくないだけだ」
そんな祈りを零した時、不穏な気配が駆け足でやってきた。
現れたのは、余裕を失った表情の黒亜(kz0238)で――
「クロ……?」
黒亜の傍らに、陸の親友の姿はなかった。
●
人の為。
国の為。
彼は謳う。
「(力がある……なぁ。せやけどそれは、自分にできひん事を……人に、求めすぎなんちゃうやろか)」
白藤は下唇を噛んで、抑え込む。
視界の隅で土煙が舞い、風が吼えた。
白亜が追い詰めた猟犬の“リード”を離す。――“合図”だ。
「あら、近寄ってくれるん? うちもまだ捨てたもんやないね」
白藤はくすくすと笑う。既に銃弾と魔法で甚だしい傷を負ったバーゲストに、微塵の脅威も感じられなかった。ガキンッ――猟犬の口に銃口をねじ込み、右手に伝わる反動。
後には、獣が綿屑のように転がった。しかし、
「……?」
白藤の胸の辺りには、嫌な予感が充満していた。
朱を散らし、“魎”が嗤う。
ミアは黒亜が攻撃を仕掛けやすいよう、積極的に猟犬の動きを制していた。
鋭い打撃に続く、流麗な剣撃。
柔で制し、静で断つ。
黒亜の一撃に一撃を重ねるミアのその様は、正に、阿吽の呼吸であった。
しかし――
「三毛、犬と猫は相性がいいんでしょ? 黙って毛皮剥がされろとか命令できないの?」
「クロちゃん、ミアとアイツは相性どうのこうのっていうレベルじゃないニャス。毛皮もぎたい気持ちはわかるニャスけどネ」
猟犬の誇る防御は一筋縄ではいかない。
「クロちゃん、提案してもいいニャス?」
「……言ってみなよ」
その作戦に、黒亜の左腕に巻いたリボンが、妙に熱を帯びた気がした。
土地勘のある黒亜が、猟犬を翻弄しながら路地の迷路を誘導する。
黒い外套が突き当たりを曲がった。瞬――入れ違いに飛び出てきたミアが、追ってきたバーゲストに一撃を喰わせる。しかし、手応えはやはり、浅い。
壁を足場にした猟犬が、急旋回。ミアの身体を吹き飛ばした。地面へと転倒した彼女を恰好の獲物と定め、哮り立つバーゲストが跳躍してくる。
「(それでいい)」
緩めたミアの口許から、八重歯が、ニイィ、と、覗く。――果たして、獲物はどちらであったのか。
ブシュウゥゥッッ!!!
肌に喰い込む爪。
引き裂かれる腸。
腕を貫く牙。
溢れる命の河。
「おらァ!! 牙剥いて笑えよッ!!」
脳天を潰す、拳――。
ミアの腕は伸し掛かってきたバーゲストの大口へと滑り込み、螺旋を描いた突きを放っていた。その強烈な拳は猟犬の口内を潰し、頭頂を砕く。猟犬は濁った白目で身体を幾度か痙攣させた後、生々しい音を立てながら地面に倒れた。
「……三毛!」
黒亜が珍しく声を張り上げ、彼女の傍らに膝をつく。外した外套をミアの傷口に当てると、「シュヴァルツを呼んでくるから」と、短く言葉を置いて、ミアの意識から遠離っていった。焦点の合わないミアは何かを発しようとするが、口から零れるのは、只只、糸のように流れる血。
「(……いいんニャス。ミアはこれで、いいんニャスよ。こんな傷、痛くない……。誰かを救えないことの方が、ミアは痛いから……)」
昏んだ空が、落ちてくるような感覚。
「(……クラルスちゃんは、救われたのかニャ)」
彼の心残りは、叶ったのだろうか。
顔も知らないのに。
声も知らないのに。
心に、触れたこともないのに――。
嫌いになれないのは、彼にとっての“正義”を察していたからなのかもしれない。
ねえ
あなたは――
乳白色な霧の中、無数の墓石が幻のように浮かび上がっていた。
「……ぬるいですね」
穂を濡らした赤を血振りで落とし、クラルスが何の感慨もなく呟いた。
「只撃てば、当たるとでも思いましたか?」
崩れ去った土の壁を足許に、利き手の甲と両肘を穿たれた白藤が、悔しそうに下唇を噛む。
「只放てば、当たるとでも思いましたか?」
両膝を貫かれ、噴き上がった血で視界を赤く遮られたレナードが、苦悶の吐息を漏らす。
「只言葉にすれば――伝わるとでも思いましたか?」
仲間を庇い、怪我を厭わず前に出る灯に、クラルスは振るう槍すら必要ない様で佇んでいた。
「クラルスさん……その“正義”は、きっと正しいものかもしれへんよ。……でも、此方もそう簡単に、貫かせる訳にはいかないやんね」
「それは貴方の本気ですか? 貴方方が私を知らないように、私も貴方方を知らない。興味の無い対象に、なにゆえ“本気”となれましょうか」
「――あなたが唯一、興味を示す方は、あなたの意のままにはなりません」
その言に、関心のない眼差しが色を変え、灯を据える。
「私はあなたをこの姿にした方を、赦したくないのです」
それは、暗くて、自由で。
「それは救いじゃない。桜久世さんは、あなたの望むままにはならないです」
寂しい。
「あなたは、あなたを堕とした方は、どんな結末を望んでいるのですか? ……桜久世さんが殺されること?」
「……」
「……その方は、最期にどうしても桜久世さんと戦いたかったクラルスさんの想いを、利用したのでしょうか?」
ねえ
あなたはただ 純粋に
才能のある琉架ちゃんに 自分を見てもらいたかっただけなんじゃないかな
「“最期”……」
あなたはあの時 安心したんじゃないの?
「私は、」
憎しみよりも
羨望よりも
あなたの心に強くあったのは 憧れだったんじゃないのかな
だから 駆けつけた彼の顔を見た時 心を許して 微笑んだんじゃないの?
ああ これで 村の皆は助かるって
「――おや、漫ろな君とは珍しい。風の声でも聞こえたかい?」
琉架の軽口にクラルスは一度目を閉ざすと、「今宵は興が冷めました」と、外套を翻した。
「なぁ、あんたは琉架とこうする事が、生き返った望みだったんか?」
去ろうとする背中に、白藤は喉の奥から思いを絞り出す。
「んなアホな……他にも、あるはずや。死に際の表情、執着の理由、そして今――。いつか死ぬもんをわざわざ“殺す”だけやなんて……なんぞ、助けて欲しい事があるんちゃうんか?」
霧が、辺りを浸していく。
「なぁ、あんたは、誰に起こされたか覚えとるんか?」
白い幕が彼の姿を閉ざす瞬間――
「私を目覚めさせた方に、興味などありませんよ」
墓地が、ひっそりと静まり返る。
「彼を歪虚に堕としたのは誰なのでしょう。桜久世さんは、心当たりはありますか?」
灯の問いに、琉架が頬を傾ける。
「……ごめんなさい、この件を知っているのは、あなたか白亜さんかと思って。私は、あなたに聞きたくて」
「いや、力になれなくてすまない」
「いいえ……。桜久世さん、あなたの……正義って、何ですか?」
「正義?」
「はい。私は、私の正しいと思うことを揺らがずに信じていたい。私は弱い、揺らいで、迷って、時には目を瞑ってしまうから」
「それでも、生きているじゃないか」
「え……?」
「“自分が生きていることを忘れない為に、生きているものと向かい合う”――ねえ、灯ちゃん。
君は、何の為に生きているんだい?」
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
- 蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/10/16 22:28:54 |
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各々の正義(相談卓) ミア(ka7035) 鬼|22才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2018/10/21 12:15:10 |
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教えてシュヴァちゃん(質問卓) ミア(ka7035) 鬼|22才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2018/10/19 22:34:41 |