空の館

マスター:硲銘介

シナリオ形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/01/06 07:30
完成日
2015/01/12 23:13

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 その屋敷は町の外れの小さな丘の上にある。そう町から離れていないが喧騒は届かない見晴らしのいい場所、所謂一等地に建っていた。
 屋敷の由来は複数耳にしていた。とある貴族の別荘だとか、かつての権力者の邸宅だとか、それっぽい設定が色々と語られていた。
 結局、どれが真相なのかは分からない。正直なところ、知りたく無かった。
 理由は明確、その館の話は俺の苦手分野だったからだ。
 雑多な噂話、それらはてんでバラバラに語られるくせに結末だけはどれも同じなのだ。
 ――その屋敷に住んでいた者達は皆殺しにされた。
 あぁ、ほら、なんかもう、そんなの詳しく聞きたくなんてないじゃないか。
 だが、親切にも噂というのは耳にする機会が用意されているもので、勝手に予備知識として駐在されてしまった。
 噂の中から例を一つ挙げる――文句の無い幸福な家族の話。家族は紆余曲折の末、錯乱からの大心中という結末を迎えたそうだ。
 他も似たり寄ったりで、洋館の住人達は決まって死んでしまう。
 そして遺ったのはお屋敷だけ。以降、屋敷は新たな住人を迎える事なく、取り壊される事もなく、今では立派なホラースポットとして確立した訳である。
 広い敷地がほったらかしなのは勿体無いがしょうがない。だって祟りとか怖いじゃん。
 そんな訳で、幽霊屋敷は町の誰もが知っていながら、誰も触れようとしない忌み地なのだった。
 当然、俺もそんな場所には近寄りたくない。
 だが若者にとっては肝試しに絶好な遊び場くらいの認識なのか、女の子との密着目当てに怖いもの知らずな馬鹿が突入作戦の決行を宣言した。
 最近の若い者は。なんて常套句を吐きたくなる愚かな行為。当然、俺は止めた。
 ――が、自分もまた若い男なのだという事を思い知る。肝試しに参加予定の女子を紹介された俺は気づけば馬鹿な共犯者に回っていた。
 そして下見ということで男二人、夜の洋館へ。突入直後、自身の短慮を呪った男がいたことは言うまでもない。


 噂の幽霊屋敷は随分と荒れ果てていた。
 外面は殆ど廃墟と化している。外壁にはつる草が伸び、手入れされていない庭の草木は伸び放題で小さな森のようだった。重苦しい玄関の扉は施錠されており、二人は小さな森を進む。
 先導する友人に従い、青年は草木の中を抜けていく。夜間という事もあり、草を掻き分けた際の音すら不気味に感じた。
 ランプの灯で周囲を注意深く照らしながら青年は進む。途中、草木や壁の汚れを何度も幽霊に見間違え、その度心臓が止まりそうになっていた。
 やがて友人が窓の一つを示す。見ればそこだけガラスが割れていた。どうも昼間、既に下見に来ていたらしく、慣れた動きで中へ入っていく。
 窓から入った先は廊下だった。
 意外に中はさほど荒れていない。もっと埃まみれかと覚悟していたのだが、そんな様子もない。
 二人の持つ灯りが周囲を照らす。甲冑や絵画などが並ぶ廊下を想像していた青年だったが、物は一切なく無機質な廊下だけが続いていた。
「やっぱ夜だと違うよなぁ! これはいい感じになるって!」
 暗い廊下を一人明るい友人が進む。途中幾つか扉があったが、無視していく。入らないのかと友人に尋ねると、
「鍵かかってたり壊れてたり開かない扉が多いんだわ。普通に入れるのもあったけど何にも無いつまんねー部屋ばっか」
 友人は手をフラフラ振って答えた。
 しばらく廊下を直進し、開けた場所に出る。二階への階段がある、エントランスだ。
 そこにも物が無い。噂話の一つ、強盗が入ったというパターンが浮かぶ。
 階段を上っていく途中、友人に館の構造を聞かされる。
 今いるエントランスを中心に廊下が東西へ伸びており、途中で北方向に曲がっている。中庭もあり、屋敷全体の形はシンプルなコの字型。
 自分達が入ってきたのは一回東側の廊下。玄関の方へ直進して来てしまったが、反対方向にも曲がり廊下が続いていた様だ。
 二階建てで、上も一階と殆ど同じらしい。玄関と中庭に出られない以外に違いは無いという。
 よく調べたものだと感心しながら後に続き、二階に上がった後は西の廊下を進む。
「昼間来た時に、この先の部屋にお宝を置いてきたんだよ。それを取ってくるってルールにしようか、ってさ」
「宝、そんなのあったのか?」
「俺の水着姿の絵」
 マジいらねぇ。心からの暴言をぶつけてさっさと廊下を行く。すぐに宝部屋についたのだが、
「あれ? ……俺のセクシーショットが無くなってる」
 問題発生。ゴミが無くなっているらしい。
 だが、ここに自分達意外が来るとは思えない。まして、絵を盗る奴がいるとは更に思わない。
 ならば考えられるのは一つ、部屋を間違えたのだ。
 先の話の通り、館の部屋や廊下には家具と呼べるものが何も無い。目印に乏しい場所ならその間違いもおかしくない。
「……もう一つ奥だったかなぁ」
 うーんと唸りながら、友人が部屋を出て行く。青年は追いかける前に、もう一度室内を見渡す。
 何も無い。あまりに、何も無い。長い間無人の屋敷だというのに、塵や埃すら僅かにしかない。
 空っぽの館――やはり、この館はどこかおかしい。もう臆病者だと思われてもいい。肝試しの中止を進言すると決め、青年は部屋を出て、
「――え?」
 ――館の主と対面する。
 扉を出て左方向、ランプが照らした先にそれはいた。
 半透明の体をずるずると引きずりながら身を震わせる巨体――スライムと呼ばれる怪物。
 そいつの体中には椅子や本、壷や甲冑――屋敷中の盗まれたと思っていた品々が埋まっていた。
 全て理解した。何も無い館の真相とは、何もかもを飲み込む異形が這っていただけの事だった。
 そして、その異形の体内に――苦しみもがく友人の姿があった。
 液体と個体の中間のような体に囚われた彼は溺れたように手足をバタつかせていた。化け物の出す酸に焼かれているのか、見る見るうちに皮膚が溶けていく。
 爛れた目蓋の奥、もはや焦点の定まらない眼球で青年を一瞥し、口だった部位が動く。
 た、す、け、て。
 ――弾けるように駆け出した。化け物とは逆方向、エントランスへの廊下を全力で走る。
 通路を埋め尽くす程に肥大化した怪物は、幸いにも動きは鈍重であった。すぐに相手の射程外へ逃れる。
 階段を駆け下り、扉を開こうと揺らし――鍵がかかっていた事を思い出し、東の廊下へ。侵入口の窓を見つけると、躊躇せずそこから飛び出した。
 投げ出した体がぼうぼうの草の上を転がる。打ち付けた体を省みず、すぐに再び駆け出す。
 ――最後に、館を振り返り見上げる。怪物に呑まれた友人の姿が浮かぶ。
 振り切り、走り去る。目から涙が溢れていた。怒りや後悔、悲しみがない交ぜになった感情が止まらない。
 逃げ出してしまった自分を何度も何度も責めながら走り続ける。
 向かう先は決まっている。無力な自分が友人の仇を討つ為に青年は走り続けた――――

リプレイ本文


 依頼を受けたハンター達は町へ辿り着くと、まず問題の館の偵察へ向かう事にした。
 昼間の内に洋館へ入った彼らは一階と二階、四人ずつ二手に別れ調査を始めた。

 前情報の通り、館の中は殆ど物が無い空っぽの状態であった。灯りの類も無いが窓にカーテンは無く、光が差し込み明るかった。
「使われていない洋館とはいえ、危険な存在がのさばっているのは余り宜しくありませんね。速やかに退治しておく事としましょう」 
「やぁれやれ……肝試しがマジモンの化け物騒ぎかい。はた迷惑な事この上ねぇが、俺にとっちゃ食い扶持のネタだ。キッチリとカタつけてやろうかね」
 日下 菜摘(ka0881)の言葉に、奄文 錬司(ka2722)も同調を示す。彼らは廊下を歩きながら、部屋の中も検めていく。
「巨大スライム、ね……表沙汰になってないだけで他にも被害者は居そう。今回でちゃんと片付けないと」
 二人の後に続く柏部 狭綾(ka2697)がぽつりと溢す。それを聞いていた桜庭 あかり(ka0326)が、
「スライムって美味しいのかな……」
 などと言い出した。ぎょっとした様に狭綾はあかりを見る。うっかり想像してしまったのか、顔色が悪い。
「それは……ちょっと……」
「って、これはお仕事だから! また今度にしよう」
「…………」
「それより、こういうおっきいお屋敷ってぜったい地下室ってあるよね! 本棚……は無さそうだから、壁の一部がスイッチになってるとか!」
 無邪気に言って、あかりは周囲の壁をぺたぺたと触りだした。狭綾と菜摘も同じく壁を調べつつ、意見をやり取りする。
「屋内戦闘になりそうだし、必然的に私達八人が揃って戦える場所は限られそうね」
「はい。この探索でスライムを発見出来るのが一番ですけれど、せめて間取りの把握をしておけば戦闘時に役立てられるでしょう」
「ええ、戦場の想定として第一候補はエントランスかしら? 奄文さんはどう思い――」
 意見を求めようと狭綾が錬司を振り返ると、彼は廊下の床を眺めつつ紙に何かを書き込んでいた。
 錬司が視線に気づき、床を示す。そこは他の床と僅かに異なり、妙な変化が残されていた。
「スライムが通れば、ちったぁ溶けてる部分が出来るもんだろうしな。その形跡を繋げていきゃあ、散歩道の目星も付くだろうよ」
 錬司は他にも抜け穴の様な物の存在も示唆し、探索の際に注意するよう促した。

 二階部分の探索組も調査を進めていた。
 廊下の先頭を行くソル・アポロ(ka3325)が意思表明の様に叫ぶ。
「スライム退治は勇者になる為の第一歩! ここはサクッと倒してやろうぜ!」
 血気盛ん、やる気十分のソル。そんな彼とは対照的なキー=フェイス(ka0791)。ため息を吐きつつ、ぶつぶつと呟いている。
「どうせなら服だけ溶かせよ……それもカワイコちゃんのをよ。その方がよっぽど個性的(ユニーク)だぜ」
 等と言いながらも、目はしっかりと館内の様子を窺っている。廊下のあちこちに何かを引きずった痕や溶けた痕があったのをキーは見逃さない。
 しばらく歩き、エントランス二階より西側へ向かった廊下の先、とある部屋の前へやって来た。
 アゼル=B=スティングレイ(ka3150)が片目を僅かに細めながら言う。
「此処が小僧達がスライムと遭遇した場所か」
 一瞬、ハンター達の表情が硬くなる。呑まれたという依頼人の友人の姿は無いが、この場が彼らを神妙な雰囲気にさせた。
 その空気の中、シエラ・R・スパーダ(ka3139)が淡々と言葉を紡ぐ。
「死んだ者が返らないのは摂理だけれど、それでも仇を討つ事が僅かでも救いとなるのなら」
「若気の至り、言葉の通りだな。浅墓な事に違いはねえが、自業自得と捨て置けねえな」
 シエラとアゼル、二人は事件の場を前にして、再度亡き者へ雑魔の討伐を誓った。
 その傍ら、キーが部屋の中へと歩を進めていた。部屋の中には何も無い。空虚に過ぎる有様を前に、彼は小さく呟いた。
「お宝が残ってりゃ、返してやりてえと思ったんだがな……野郎の水着姿なんざ、ごめんだがよ」
 その後も調査を続け、まもなくシエラの短伝話が一階探索組からの連絡を受け取った。両組は集合し、夜の決戦に向け作戦会議を執り行うのだった。


 昼の探索で得た情報を元に作戦が練られた。
 八人全員が満足に立ち回れる戦場として開けた館の中心、エントランスが選ばれた。狭い通路と、出入りに難がある他の部屋を排除した結果である。
 スライムを見つけ出し、その場所へ誘き出す役はあかり、キー、錬司の三名が担う。他の面々は予め決戦の場で敵を待ち構える。

 ――日が落ち光が弱まる時間、明かりを持たない洋館は闇に包まれる。
 誘導役の三名が館内を探索する。まず向かうのは二階の西側の廊下。依頼人がスライムと遭遇した現場である。
 キーの手にするライトと、錬司の松明が三人の行く先を照らしていく。錬司の松明には工夫がなされており、彼の錫杖の先にくくり付けられていた。
 角を曲がる三人。そのまま少し歩き、廊下の突き当りが見えるも敵の姿は無かった。
「残念! こっちはハズレみたいだねぇ」
 肩を落としてあかりが言う。だが、
「――いや、そうでもなさそうだ」
 キーの言葉が再び警戒を促す。彼の持つライトが照らす先はある部屋の入り口。僅かに、だが、確かに何かが蠢いていた。
「やれやれ、最初から大当たりだ」
 錬司の言葉と同時に部屋の中から巨体が姿を現す。
 雑多な物が無様に溺れた半透明の軟体――スライム。暴食の果てに肥え太った体がハンター達に向かう。
 巨体はじりじりと迫りながら、眼前の餌に向かってその体の一部を伸縮させる。不格好ではあるが、触手と呼ぶべきか。それを、離れたハンター達へ向け伸ばす。
「……うわっ! もーあぶないなぁ!」
 不意の一撃をあかりが間一髪回避する。彼女も既に戦闘態勢に入っている。動物霊の力を借り、機敏な動きを得た彼女は次々と迫る触手の群れを避けていく。
 回避には時折攻撃も混ぜていく。かわされ隙だらけの触手に向け、身を捻るように小太刀を振り下ろす。
 切断された触手の先端がぼとりと地に落ちる。破片が動き出す事は無かったが、削ったのはごく僅かでしかない。
 あかりの後方で、キーがライトの光でスライムを牽制する。だが動きに変化は見られない。
 効果が無いと悟り、キーは敵を引き離す事に注力し、味方の向かう先を照らした。
 高速で動き回るあかりよりも敵本体に近い位置で錬司も行動を起こしていた。
 松明付きの錫杖で本体を突く様に挑発する。それにより相手をを引き寄せるのが目的であった。
 剣で斬られるよりも火の方が効果的なのだろう、敵の標的は次第に錬司へ集中していく。
 飛び道具こそ無いが、伸びる触手は厄介で幾度か錬司の体を掠めていった。僅かの接触にも関わらず、強酸が腕と背を灼く。
 その痛みにこれ以上の接近は危険と判断し、錬司は距離を取る。あかりとキーがカバーするように動き、その隙に短伝話を取る。
「奄文だ、今からでかいのが行くぞ!」


 ――アゼルの短伝話から錬司の声が響く。それは場の全員に届いており、近づく脅威に身構えていた。
 間もなくして二階西の廊下からライトの光が見え、続いてキー、後続も現れる。
 近寄る巨体から伸びた無数の腕が誘導役を襲っている。その中の一本が最前の錬司を襲う――
「――火よ」
 静かに紡がれた言霊と共に、赤い閃光が放たれる。シエラの放った火矢、ファイアアローが触手を射抜き錬司を救う。
 走った勢いのまま、エントランスに駆け込む誘導役達。
「奄文さん、傷が……ヒール!」
 大役の最中傷ついた錬司に気づき、菜摘がヒールを唱える。酸による痛みが錬司の身体から消え去る。
「助かる」
 すれ違い様、錬司は二人に告げるとそのまま後衛に下がり、魔法での攻撃を始めた。

「ホーリーライト!」
「シャドウブリット!」
 アゼルと菜摘がそれぞれ魔法を放つ。白と黒の弾丸がスライムの巨体に命中し炸裂する。
「穴蔵に篭ってた代償か、闇と光じゃ眩しい方が苦手らしいな」
 二属性の魔法、それぞれの効き目を逃さず見定めたアゼルが言う。隣に立つ菜摘も同意する。
「そのようですね。鈍器ではこういう軟体の相手には向きません。スキルでの魔法攻撃で対処する事にしましょう」
 続けて魔法を放つ。今度は両者共にホーリーライト――錬司のものも合わせて、三つの光弾が次々と巨体を撃ち抜く。
 魔法攻撃の連続にさすがの巨体もたじろぐ。その隙に光とは別の魔法が叩き込まれる。
「――風よ」
 シエラの唱えたウィンドスラッシュ、風の刃が触手を切り裂いていく。地に落ちた触手が動きを止めたのを確認しつつ、次の呪文に移る。
「――土よ」
 続くはアースバレット。打ち出される土の弾丸がスライムの体に撃ち込まれる。すぶずぶと塊は呑まれ、やがて消失する。
 火、風、土。三種類の攻撃魔法を繰り出しながら、シエラはそれぞれの効果を観察していた。
 物理攻撃を軽減する軟体。果たして目の前の巨体には如何なる攻撃こそが有効打と成り得るか。それを確かめる為の攻撃、それ故の三種の魔法――それを操ってこその、魔術師。
「――火よ」
 続いて紡がれるは焔の呪。重ねられた攻撃の中からシエラが選び出したのは炎であった。
 ――飛翔する赤い光。軌跡を残しつつ放たれた火矢は的確にスライムの本体へと突き刺さった。

 魔法が飛び交い、幾度も飛び散るスライムの飛沫。瞬時に本格化した戦いの中、狭綾は冷静に見定めていた。
 この戦場において、有効な手段とは何か。自身の銃では大きな手傷を負わせる事は不可能と判断し、彼女はその一点を思案する。
 前線で戦う者達は触手と本体の進行を押し留めてはいるが、純粋なダメージ源としては少々心許ない。
 目を見張るのはやはり後衛。マテリアルの恩恵をダイレクトに変換する魔法を操る者達。彼らはそれぞれ有する攻撃手段から最適なものを選択し、それを要としている。
 ――ならば。自分がやるべきは彼らの支援。彼らの魔法が最大限活きるように敵を足止めする事だ。
 直ちに牽制射撃を行う。仲間に伸びる魔の手を、行く手を遮る様に銃弾を撃ちこんで行く。
「――っ」
 咄嗟に狭綾は飛び退いた。目の前には酸を纏ったスライムの残骸。攻撃によって吹き飛んできた一片が在った。
 ごぽ、と音と共に泡が弾ける。酸が絨毯を失いむき出しの床表面を溶かしていく。
 その様に狭綾は身を震わせる。もしもこんなものを体に浴びれば――自身の想像を払う様に頭を振る。今はそんな事場合じゃないと自分に言い聞かせる。
 そうして敵に向き直った狭綾は、目にした。前衛と距離を置いた立ち位置だからこそ真っ先にその異変に気づいた。急ぎ、前線の味方に叫ぶ。
「気をつけて、分裂してる!」

「なんだって!?」
 狭綾の言葉に、ソルは一歩下がり周囲を見渡す。
 確かに。スライムの――向きの概念があるならば――後方部から、幾らか小さな分身が生まれてきていた。
 すぐさま走り、分裂体に切りかかる。
「おばけスライムめ! 太陽の名の下に、成敗!」
 大振りの一閃は確かに敵を切り裂いたが――分裂への助力に過ぎなかった。
 これまでの触手とは違う。巨体が自ら切り離した分身は、本体と離れて尚その動きを止めない。
 それどころか、余計な肉を削ぎ落としたせいか動きは素早くなっている。これまでの鈍い攻めに慣れてしまっていたソルは不意の一撃を喰らってしまう。
 酸が身体を蝕むが、すぐに後衛から治癒の魔法が飛ぶ。ソルは不屈の意志で立ち上がり剣を構えなおす。
 だが、剣で怪物を倒すのは難しい。闘狩人にとって最悪の相性が敵なのだ。
「どっかに弱点がある筈なんだ、どっかに……!」
 近くの仲間の動きを窺う。あかりはひたすらに攻撃を加えるも軟体が威力を殺し、殆ど効いていない。一方、キーは松明の火を敵を焼く様に用いていた。
 ――キーの行動に、一つの策が頭を過ぎる。
 直ちにソルは走り出し、自身の剣に布を巻きつけると共に、
「火だ! 俺に火をくれ!」
 その呼びかけでキーが松明を放って寄こす。ソルは手持ちの酒をたっぷり布に染み込ませると、松明目掛けて剣を振るった。
 火の中を過ぎ去る剣。直後、酒を浴びた布が燃え上がり、炎が剣を包む。燃え盛る剣を敵に向け、
「これが俺の、太陽の力だぁぁッ!」
 ――炎の剣で切り裂く。火がスライムを襲い、彼の攻撃が通用する。
 たたみかける様に、後衛からの魔法の連弾が襲う。小柄な分耐久が薄いのか、これまで以上に敵の体を削っていく。
 追い詰められたスライムはその後も次々と分裂を繰り返した。が、それは諸刃の行為。自らの体力を分散させる事だと、愚鈍な巨体は気づかずその図体を摩り減らす。
 最後の一撃が敵を貫いた時には暴食の巨体が見る影も無く、極小と化していた。消滅していく残骸を見送りながら、
「……今度はカワイコちゃんの服だけ溶かす奴に生まれ変わって来い」
 キーが手向けの言葉を送る。白い目が彼に向けられつつも、戦いは終結した。


 かくして、空っぽの館に潜む異形は滅せられた。
「……せめても供養、だな」
 そう言って、錬司は犠牲者への冥福を祈る。
 目の前には形だけの墓。化物の糧となった遺体は、其処には無い。
 空っぽの墓の前にハンター達と共に、依頼主の青年が立ち尽くしていた。友人の墓を呆然と見つめる彼は何も言わない。
 その横をアゼルが過ぎ去り、墓前に向け頭を垂れる。彼女はそのままの姿勢、背中を向けたまま青年に告げる。
「死んだ奴には祈りが必要だ。これでも聖導士なんでな。良けりゃ小僧も一緒に祈れ」
 黙ったまま友人が前へ出る。そして、アゼルと同じ様に祈った。
「――祈れ、友の安らぎの道を。そして忘れるな、己が進むべき道を。月並みな事だが、化物が跋扈する世界じゃ中途半端じゃ生きていけねえ」
 その言葉に青年の肩が震える。
「人は弱いが、強く在ろうとする事は出来る。努力、って形でな」
 そう言ってアゼルは頭を上げ、その場を去った。
 戒めの言は不要と思った。彼の姿は、既に十分すぎる程の責苦を背負っていた。仇は討たれた、その事実をどう捉え、どう生きていくかは彼次第だ。
 俯いたままの青年にシエラが声をかける。
「私が何を言ったとしても、心は貴方のもの。悔やむも、認めるも、赦すも、決着をつけるも――全て貴方。生きているのなら、先ずは前を向いて歩きなさい」
 そして、シエラも歩き出す。去る前に、最後に其処に留まったままの青年へ、
「確りね」
 一言だけ、つけ加えて。
 ――嗚咽と共に、青年が膝から崩れ落ちる。未だ、彼は其処から動けない。この不幸に決着をつけられずにいる。
 それでも。いずれ、前を向き歩き出すだろう。捧げられた言葉は微かで弱々しくも、空の心に火を灯した筈だから――――

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重体一覧

参加者一覧

  • ゆうしゃ(山猫団認定)
    桜庭 あかり(ka0326
    人間(蒼)|13才|女性|霊闘士

  • キー=フェイス(ka0791
    人間(蒼)|25才|男性|霊闘士
  • 冥土へと還す鎮魂歌
    日下 菜摘(ka0881
    人間(蒼)|24才|女性|聖導士
  • 対触手モニター『谷』
    柏部 狭綾(ka2697
    人間(蒼)|17才|女性|猟撃士

  • 奄文 錬司(ka2722
    人間(紅)|31才|男性|聖導士

  • シエラ・R・スパーダ(ka3139
    エルフ|26才|女性|魔術師
  • 粗野で優しき姉御
    アゼル=B=スティングレイ(ka3150
    エルフ|25才|女性|聖導士
  • 笑顔のために
    ソル・アポロ(ka3325
    人間(紅)|17才|男性|闘狩人

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/01/03 20:47:18
アイコン スライム退治の相談場所
奄文 錬司(ka2722
人間(クリムゾンウェスト)|31才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/01/05 19:21:46