ゲスト
(ka0000)
【空蒼】一路、月を目指して
マスター:きりん

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~15人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/10/25 07:30
- 完成日
- 2018/10/26 16:51
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●物資が限界に
戦って戦って、戦い抜いて。
今日、ついに武器弾薬の予備が尽きた。
灯油も、ガソリンも、全ての燃料はとうの昔になくなった。
最初の頃に比べ、避難民の数も、強化人間兵の数も、随分と減った。
生き残っている者も、疲弊している。
「皆、生きてるか……」
「何とかね……」
「食料はどうだ……?」
「限界まで節約してあと二、三日が限界かな……」
「次の襲撃、凌げると思うか……?」
「無理でしょ、どう考えても。せめて、皆生きていればね……」
強化人間兵たちが、自嘲気味の笑顔で会話している。
当然、嬉しいわけがない。どうしようもなくて、もう笑うしかない状態なのだ。
現状、避難所を守る強化人間兵たちは当初の半分の十五名にまで減少していた。
避難所も辛うじて体裁を保っている有様で、バリケードはあちこちが崩れ、避難民にも多くの犠牲者が出た。
もちろん、ハンターたちの助力は何度もあった。そのたびに大きく持ち直すことはできた。
しかし、襲撃はハンターがいない間も多く起きる。
不在の隙を突かれたのだ。
生き残っている避難民は、わずか三十名に過ぎない。
「もう、駄目なのかな……。私たち、ここで死んじゃうのかな」
「希望を捨てるな。耐えていれば、きっと……」
同僚を励まそうとした強化人間兵は、そこから先の言葉を紡ぐことができずに言い淀む。
きっと、何だというのだ。
根拠のない励ましなど、むなしく響くだけだというのに。
そこへ、ハンターたちがやってくる。
疲れた表情の強化人間兵たちだったが、ハンターと話しているうちに、彼らの目にはみるみる活力が戻り始めていた。
それは当然だ。
もたらされた情報は、近く最寄りの軍事基地で、その基地最後のシャトル打ち上げが行われるということ。
そのシャトルに乗ることができれば、月へと飛び、頑丈なシェルターに避難できるということだった。
●ハンターたちがもたらした情報
冴子と美紅は強化人間とハンターたちの会話をたまたま盗み聞きしていた。
しようと思ってしていたわけではない。
ただ、またハンターが来ると聞いて、話がしたいと思っただけなのだ。
しかし、ハンターたちの用件は、信じられない内容だった。
「助かる……月に行けば……」
呆然として、冴子が呟く。
「行こう。皆で」
その手を、美紅がそっと握り締めた。
●地球を去る時が来た
それから一時間後。
三十人の避難民と十五人の強化人間兵、そして冴子と美紅は、出立の準備をして避難所の入口に出てきていた。
ずっと強化人間部隊を引っ張ってきた隊長が口を開いた。
「皆さん、これより僕たちは、この避難所を出て軍事基地を目指します。そこではシャトルの打ち上げが行われていて、時期的にそろそろ最後のタイミングです」
別の強化人間兵が演説を引き継ぐ。
「今までは暴走者やVOIDの襲撃が酷くて動けませんでしたが、襲撃が止んでいる今なら動けます。一緒に生きて、いつか地球に帰りましょう」
彼らが見る避難所の光景は、酷いものだった。
バリケードは所々が壊れ、正門を守るバスは大破してもはや原形を留めていない。
留まっていれば、そう遠くないうちにきっと全滅していただろう。
その前に旅立つ目途が立ったのは、何度も応援に訪れたハンターたちの努力のたまものだ。
強化人間兵たちが、居合わせるハンターたちに深く頭を下げる。
「ありがとうございます。あなたたちが来なければ、僕たちは生きて避難所を出ることはなかったかもしれません」
「わ、私たちも精いっぱい戦って頑張りますから、最後までよろしくお願いします!」
彼らは皆少年兵といっていい年齢の兵士たちだ。
ベテラン、つまり戦闘能力が高い強化人間兵たちはもっと重要な戦いに回されているため、今ここにいるのは実質的に才能はあるが実戦経験が少ない兵になる。
こうして、シャトルが打ち上げられる基地を目指し一行は避難所を出発した。
●そして少女たちは、旅に出る
道程は、五日程度だ。
ただひたすら、歩いて基地を目指す。
ハンターたちは長くても半日程度しかリアルブルーにいられないので、定期的に再転移して合流する形になる。
あちこちの幹線道路は放置車両で塞がれているし、暴動などで道路自体が壊れている箇所もあり、車などで目指すよりも歩いた方がいい。
幸い、避難所から基地までは、歩いて行ける距離にあった。
いや、歩きで五日間は歩いて行ける距離とはいわないかもしれない。
しかし、それでも行かなければならないのだ。生きたいのなら。
ある程度歩き、暴動やVOIDの襲撃で廃墟となった住宅地の一角にある公園にまでやってきた一行は、設置されていた野外テーブルと椅子のところで小休憩を取る。
休憩中、強化人間兵のリーダーが、ハンターたちを含め全員を呼んで今後の説明を始める。
「この先に自動車専用道路があるのですが、その道路は本来真っ直ぐ基地にまで続いています。ですが、あの道路はビルがぶつかった衝撃で途中で高架が崩落し寸断されていて、通れません。ですから僕たちは、これからこの崩落しかけた自動車専用道路から、傾いて自動車専用道路に接した高層ビルに侵入します。そこから下って外に出て、自動車専用道路と並行して続く一般道を通り、基地を目指します」
地図をテーブルに広げた強化人間兵のリーダーは、地図に指を当てて場所を差し示しながら道程を説明していく。
「多分、ビルの中にはまだ暴走しているアプリ使用者やVOIDたちが残っているでしょう。僕らの装備的にも、彼らとの戦いは、可能な限り避けなければなりません。無駄弾を使う余裕はありませんから。どうしても排除しなければならない場合は、スニークキル、つまり忍び寄ってこっそり始末するようにしましょう」
地図をしまった強化人間兵のリーダーは、休憩を終わりを告げる。
「それでは、出発します」
再び歩き出した一行の中で、冴子が周りの風景を見て呆然とした声を上げた。
「何か、私たちが知ってる街のはずなのに、全然知らない街みたい……」
「VOIDとかアプリ暴走者とかがそこかしこをうろついてて、さらに火事とか崩落とかあちこちで起きて廃墟になってるもん。仕方ないよ」
本当なら美紅も風呂に入りたいとか不満は色々あったが、我慢している。
二人の眼前には、暴走者やVOIDの跳梁跋扈を許した結果、自分たちが育った都市が壊滅した姿が広がっていた。
戦って戦って、戦い抜いて。
今日、ついに武器弾薬の予備が尽きた。
灯油も、ガソリンも、全ての燃料はとうの昔になくなった。
最初の頃に比べ、避難民の数も、強化人間兵の数も、随分と減った。
生き残っている者も、疲弊している。
「皆、生きてるか……」
「何とかね……」
「食料はどうだ……?」
「限界まで節約してあと二、三日が限界かな……」
「次の襲撃、凌げると思うか……?」
「無理でしょ、どう考えても。せめて、皆生きていればね……」
強化人間兵たちが、自嘲気味の笑顔で会話している。
当然、嬉しいわけがない。どうしようもなくて、もう笑うしかない状態なのだ。
現状、避難所を守る強化人間兵たちは当初の半分の十五名にまで減少していた。
避難所も辛うじて体裁を保っている有様で、バリケードはあちこちが崩れ、避難民にも多くの犠牲者が出た。
もちろん、ハンターたちの助力は何度もあった。そのたびに大きく持ち直すことはできた。
しかし、襲撃はハンターがいない間も多く起きる。
不在の隙を突かれたのだ。
生き残っている避難民は、わずか三十名に過ぎない。
「もう、駄目なのかな……。私たち、ここで死んじゃうのかな」
「希望を捨てるな。耐えていれば、きっと……」
同僚を励まそうとした強化人間兵は、そこから先の言葉を紡ぐことができずに言い淀む。
きっと、何だというのだ。
根拠のない励ましなど、むなしく響くだけだというのに。
そこへ、ハンターたちがやってくる。
疲れた表情の強化人間兵たちだったが、ハンターと話しているうちに、彼らの目にはみるみる活力が戻り始めていた。
それは当然だ。
もたらされた情報は、近く最寄りの軍事基地で、その基地最後のシャトル打ち上げが行われるということ。
そのシャトルに乗ることができれば、月へと飛び、頑丈なシェルターに避難できるということだった。
●ハンターたちがもたらした情報
冴子と美紅は強化人間とハンターたちの会話をたまたま盗み聞きしていた。
しようと思ってしていたわけではない。
ただ、またハンターが来ると聞いて、話がしたいと思っただけなのだ。
しかし、ハンターたちの用件は、信じられない内容だった。
「助かる……月に行けば……」
呆然として、冴子が呟く。
「行こう。皆で」
その手を、美紅がそっと握り締めた。
●地球を去る時が来た
それから一時間後。
三十人の避難民と十五人の強化人間兵、そして冴子と美紅は、出立の準備をして避難所の入口に出てきていた。
ずっと強化人間部隊を引っ張ってきた隊長が口を開いた。
「皆さん、これより僕たちは、この避難所を出て軍事基地を目指します。そこではシャトルの打ち上げが行われていて、時期的にそろそろ最後のタイミングです」
別の強化人間兵が演説を引き継ぐ。
「今までは暴走者やVOIDの襲撃が酷くて動けませんでしたが、襲撃が止んでいる今なら動けます。一緒に生きて、いつか地球に帰りましょう」
彼らが見る避難所の光景は、酷いものだった。
バリケードは所々が壊れ、正門を守るバスは大破してもはや原形を留めていない。
留まっていれば、そう遠くないうちにきっと全滅していただろう。
その前に旅立つ目途が立ったのは、何度も応援に訪れたハンターたちの努力のたまものだ。
強化人間兵たちが、居合わせるハンターたちに深く頭を下げる。
「ありがとうございます。あなたたちが来なければ、僕たちは生きて避難所を出ることはなかったかもしれません」
「わ、私たちも精いっぱい戦って頑張りますから、最後までよろしくお願いします!」
彼らは皆少年兵といっていい年齢の兵士たちだ。
ベテラン、つまり戦闘能力が高い強化人間兵たちはもっと重要な戦いに回されているため、今ここにいるのは実質的に才能はあるが実戦経験が少ない兵になる。
こうして、シャトルが打ち上げられる基地を目指し一行は避難所を出発した。
●そして少女たちは、旅に出る
道程は、五日程度だ。
ただひたすら、歩いて基地を目指す。
ハンターたちは長くても半日程度しかリアルブルーにいられないので、定期的に再転移して合流する形になる。
あちこちの幹線道路は放置車両で塞がれているし、暴動などで道路自体が壊れている箇所もあり、車などで目指すよりも歩いた方がいい。
幸い、避難所から基地までは、歩いて行ける距離にあった。
いや、歩きで五日間は歩いて行ける距離とはいわないかもしれない。
しかし、それでも行かなければならないのだ。生きたいのなら。
ある程度歩き、暴動やVOIDの襲撃で廃墟となった住宅地の一角にある公園にまでやってきた一行は、設置されていた野外テーブルと椅子のところで小休憩を取る。
休憩中、強化人間兵のリーダーが、ハンターたちを含め全員を呼んで今後の説明を始める。
「この先に自動車専用道路があるのですが、その道路は本来真っ直ぐ基地にまで続いています。ですが、あの道路はビルがぶつかった衝撃で途中で高架が崩落し寸断されていて、通れません。ですから僕たちは、これからこの崩落しかけた自動車専用道路から、傾いて自動車専用道路に接した高層ビルに侵入します。そこから下って外に出て、自動車専用道路と並行して続く一般道を通り、基地を目指します」
地図をテーブルに広げた強化人間兵のリーダーは、地図に指を当てて場所を差し示しながら道程を説明していく。
「多分、ビルの中にはまだ暴走しているアプリ使用者やVOIDたちが残っているでしょう。僕らの装備的にも、彼らとの戦いは、可能な限り避けなければなりません。無駄弾を使う余裕はありませんから。どうしても排除しなければならない場合は、スニークキル、つまり忍び寄ってこっそり始末するようにしましょう」
地図をしまった強化人間兵のリーダーは、休憩を終わりを告げる。
「それでは、出発します」
再び歩き出した一行の中で、冴子が周りの風景を見て呆然とした声を上げた。
「何か、私たちが知ってる街のはずなのに、全然知らない街みたい……」
「VOIDとかアプリ暴走者とかがそこかしこをうろついてて、さらに火事とか崩落とかあちこちで起きて廃墟になってるもん。仕方ないよ」
本当なら美紅も風呂に入りたいとか不満は色々あったが、我慢している。
二人の眼前には、暴走者やVOIDの跳梁跋扈を許した結果、自分たちが育った都市が壊滅した姿が広がっていた。
リプレイ本文
●崩れかけたビルを前にして
大きく寸断された高速道路に、斜めに倒壊しかけたビルがめり込んでいるのを見て、時音 ざくろ(ka1250)は思わずにはいられない。
(……必ず、元の平和な世界を取り戻す。皆を送り届けるのはその第一歩だ)
避難民達の後方を警戒する形で護衛する夢路 まよい(ka1328)は目を慣らそうとしていた。
(……うーん、結構いけそうかも?)
周辺の電気は死んでいるし空も曇っている。暗闇の差は内外であまり違いはない。
(さて、疾影士の本領発揮といったところか)
一人で下にまで降りたアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は、皆とは逆に一階から上へと進んでいくつもりだ。
以前に比べ人数強化人間兵や避難民たちの数がかなり減っていることに、鳳凰院ひりょ(ka3744)は気付いていた。
(……これで、少しでも時間短縮になればいいが。厳しい戦いが続いていたのだな……。この状況で、俺に何が出来るのか……)
「よく耐えてくれた! 後は我々に任せてくれ」
周りを警戒しながら、小さな声でレイア・アローネ(ka4082)は強化人間兵たちと避難民たちを励ます。
何よりも激励が必要だ。ここからは意志の力がものをいう。
「私の名前は久我御言。諸君、よろしくしてくれたまえ」
自己紹介をした久我・御言(ka4137)は、居並ぶ面々を見回した。
傷だらけの強化人間兵たちに、疲労の色が濃い避難民たち。
なかなか厳しい状況のようだ。
小さい瓦礫を拾ったキャリコ・ビューイ(ka5044)は、高架道路の上から街の様子を見渡した。
「エバーグリーンや古代文明と同じ様相だ……もうこんな光景は見たくないな……」
どこを見ても廃墟ばかりだ。
「僕はレオン。よろしくね」
同じハンターや守るべき避難民たち、そして強化人間兵たちに挨拶を済ませたレオン(ka5108)は、静かに出発の時を待つ。
(静かに密やかに。できうる限り戦闘をさけて行軍、だね)
霧島 百舌鳥(ka6287)は視線を逸らし軽く頭を抱える。
「君たちだけでも無事でよかったと考えた自分に嫌悪するよ。まぁ気を取り直して……こっちの方が本業に近いねぇ!」
「そちらの方は?」
美紅が尋ねた。
「先日話した理不尽君絡みの仲間さ!」
メンカル(ka5338)は複雑そうだ。
「どうしました?」
「いや、なんでもない。メンカルだ。今回はよろしく頼む」
不思議そうな顔で首を傾げる冴子に、折り目正しく一礼する。
ハンドサインを決め、一行はビル内にひっそりと侵入する。
さあ、依頼の始まりだ!
●静かに敵を倒せ!
外から一階に降りるとすぐさま物陰に潜み、アルトは強化人間やVOIDたちの様子を観察する。
(VOIDの方はやや動きが不規則で読み辛いが、暴走者たちの方は大体同じパターンだな。暗記できればいけそうだ)
できる限り敵の動きを頭に叩き込んでから、音を立てず、姿を見られないように注意して中腰で静かに動き出す。
厳密にいえば生物ではないVOIDはともかく、暴走者からはホームレスのような体臭が漂っている。
(……臭いだけで、ある程度居場所が把握できそうだな。いや、その前に鼻が麻痺するか?)
マッピングをして歩いた場所の地図も埋めておく。
巡回ルートなどを、時計で時間を図って書き込んでおくのも忘れない。
(階段はあそこだな。……しかし、大勢が隠れられそうな場所はないな。敵が邪魔だ。片付けておくか)
自らの気配を極限まで薄くし、さらに姿をマテリアルのオーラで隠す。音もなく敵の背後を取ったアルトは、静かに急所を抉ってその場を離れるという行動を繰り返した。
発見されていれば普段通りに戦闘を行ってもいいが、隠れている現状無理をする必要はない。
VOIDも物音をなどを聞きつけた時は真っ直ぐ確認に来るので、それを逆手に取ることができた。
まずは進路の確保を行わなければならない。
「ではスニークミッションの始まりだね。月に着くまでがミッションだよ? まだまだ困難も多いだろう。最後まで気を抜かないでくれたまえ」
偵察メンバーを見送りつつ、強化人間兵や避難民たちに対し、気を引き締めるよう御言が声をかける。
「だが安心してくれたまえ。私達が必ず君達を全員月まで連れていこう。これは絶対だ。そう、ここまで来て、ここまで頑張った君達が犠牲になっていいわけがあるものか」
気安く力強く請け負った御言に、少なからず彼ら彼女らは安心感を抱いたようだ。
装備による暗視能力と、重力靴の補助を受けた壁や天井に張り付く技術によって、レイアはうろつく敵の死角を取りつつ隙を伺う。
(固まる方が見つかりやすいか。ばらけた方がいいな)
ハンドサインで味方に散開することを伝え、安全地帯を広げていくイメージで進んでいく。
いくら注意しても、一般人がハンターのように完全に隠れ潜むことは難しいだろう。
できる限り、脅威は排除しておく必要がある。
(慣れない方法より、慣れたやり方の方がいいか)
予め強化しておいた魔導剣を手に攻撃的な構えを取り、僅かに息を吐いて刺突を一閃した。
貫いた後の死体は静かに物陰に引き寄せ、物音を立てないよう注意して引き抜き、床に転がしておく。
(VOIDなら消えるからいいが、暴走者だと残る死体の対処もしないとな)
地味な作業だが、これも大切なことだ。
遠くで壁が生えた。
おそらくやっている本人たちは大真面目にやっているのだろうが、突然脈絡なく床から壁が生える光景は、皆真剣な中でも少し微笑ましい。
(まあ、確認したくなる気持ちも分かる。なんてな)
音を聞きつけて寄っていったVOIDや暴走者を屠るべく、レイアも移動を始めた。
まず、ビルに入ったひりょは真っ先に窓を確認した。
内部から鍵開けるタイプか、はめ殺しかで今後の行動が変わる。
しかし。
(……全部、割れてるな)
よく考えてみれば当然のことで、
このビルは傾いて倒壊しかけたところを、高架道路に激突して免れた状態だ。
当然衝撃で窓は全て割れただろう。
もしかしたら探せば無事な窓も残っているかもしれないが、少なくとも見える範囲の窓はそうだ。
(ともあれ、これならやり方次第で注意は引けそうだ)
降魔刀で軽く窓枠を叩き音を立て、ひりょ自身は魔箒に乗って窓からビル外に飛び出し、見つからないよう少し離れた位置で待機する。
近寄って来た敵を、一体ずつ順にハンディLEDライトで照らし姿を浮かび上がらせる。
遠距離から味方が敵を攻撃しやすい状況を作るのだ。
余計な敵まで引き寄せないように、また味方の方へ行かせないよう投石も行い、上手く誘導を行う。
(俺が弓で攻撃してもいいが……空中ではやや命中精度が不安か)
それでも八割は当たるだろうが、回避される可能性はゼロではないし、わざわざリスクを背負うような状況でもない。
ちょうどまよいの攻撃準備も整ったようなので、任せることにした。
作戦が始まれば、意志疎通の手段はハンドサインが頼りだ。
トランシーバーや魔導短伝話を使えば対応する通信機のどちらかで容易に意思疎通ができるとはいえ、それを行うには声を出すことが必須となる。
当然ここにいる敵に聞きつけられる可能性も高いので、おいそれには使えない。
ひりょがお膳立てを整えてくれたので、まよいは遠慮なく錬金杖を手に魔法の矢を解き放った。
音もなく飛んでいった魔法の矢が、ひりょのライトに照らされたVOIDに突き刺さる。
続けて次のVOIDが照らされる。
(む。さすがに光で集まってきたね)
様子を確認したまよいは、両側から暴走者の集団が寄ってきたのを見て、片方を土壁で道を塞ぎ遠回りさせ、もう片方には持ち替えたスタッフで眠りの魔法をかけた。
「果てなき夢路に迷え……ドリームメイズ」
囁くような詠唱で発動させた魔法は、暴走者の集団を、覚めない迷路を彷徨う悪夢へ誘った。
まよいの腕ならば、多少距離が遠くても壁を出現させることができるし、眠りの魔法で一度に無力化できる。
うまく活用すれば、敵から見つからないように行動できるだろう。
幸いVOIDも暴走者も知能は低い。
照らされたVOIDに、まよいは再び魔法の矢を撃ち込んだ。
眠った暴走者たちは静かに、かつ速やかに始末された。
狂気状態で筋道立った思考ができないVOIDと、知能低下を起こすほど暴走が深刻化した暴走者たちは、一斉に仲間の一部が眠ったところでその裏を読む思考がなく、やり過ごすのは難しくない。
マスクの暗視機能で視界を確保しつつ、ざくろは護衛対象の避難民たちから少し先行し、安全を確認していく。
(……いい囮だなぁ、この壁)
壁の音を聞いて集まってきた暴走者は、大抵壁の方を向いたり叩いたりしているのでとても進みやすい。
とはいえこれで避難民たちを通らせるわけにもいかないので、倒す必要はあるが。
一端物陰に隠れてから、気配を限界まで消して、一瞬だけマテリアルを変換したエネルギーで光の剣を作り出し、突き刺す。
すぐに剣は消え、支えを失った暴走者の死体がずるずると落ちた。
(うわっ)
死体が物音を立てたので一瞬ひやりとするざくろだったが、幸い他の暴走者たちは自らが立てる音に気を取られていて気付かなかった。
(ごめん……でも騒ぎを起こすわけには行かないんだ)
仲間と協力し全て脅威を排除し終えたざくろは、四階への階段を見つける。
もう五階に敵は残ってないようだ。
ざくろはハンドサインで進行許可を出した。
四階も滞りなく進んだ。
強化人間兵や避難民たちを護衛すると同時に、前後の仲間たちをフォローできるよう盾を携えて進行するレオンは、静かに進む暗殺劇を見守っている。
(……皆、やるなぁ)
一応引き続きいつでもフォローに入れるよう空間のベクトルを操作する準備はしておくが、今のうちに強化人間兵や避難民たちのメンタルケアをするのもいいかもしれない。
(不安で暴走状態になられる絶対避けたいしね。そうでなくとも極限状態に置かれたら人間なにをするか分からない。気をつけないと)
仲間のハンターたちは順調に動いているが、強化人間兵と避難民たちは今までの戦いで傷付いている。
その全てを癒すことはできなくとも、せめて直近の傷くらいはと、祈りを捧げてささやかながら傷を癒した。
「ありがとうございます。これで、僕たちもまだ戦える」
「私たち強化人間も、ハンターの方々に負けないことを証明してみせます」
無茶しないように宥める羽目になったのは、レオンにとって少し予想外だったが。
(あまり良くないかもしれないけれど、傷を負ったままで彼らが不安になるのはよくないからね)
戦力として手伝えないことを悔しそうにしている彼ら彼女らを見て、レオンは笑みを零した。
気配を消して身を隠し、さらにオーラで身体を覆って隠形するという方法はメンカルも使うことができる。
もっとも、アルトが行ったそれは本人の超人的な戦闘能力もあって意味が分からないことになっているが。
今までの間だけでも、『一階の制圧が終わった。二階に行く』とか、『二階は全滅させた。案外簡単だな』とか報告が届いている。
ちなみに今は三階に向かう途中のようだ。さすがである。
「……あれほどとはいわんが、昔からかくれんぼは得意でな」
万が一見つかっても、速度に任せてまく自信がメンカルにはあった。
来た道から離れるように逃げれば、強化人間兵や避難民たちが襲われることもないだろう。
敵を引き付け、護衛対象だけ先に進ませもいい。
本当に最後の手段だが。
(VOIDが厄介だな。変な場所で止まったり、いきなり振り向く。動きが読み辛いから先に潰しておくか)
確認にくる時だけは分かりやすい動きをするので、釣り出しが効く。
「今回に限らずだが、真っ向勝負などしてたまるか。死にたくないんでな」
自分を雑魚だといい張るメンカルは、卑怯上等に戦う。
一匹ずつ釣り出しては、忍び寄って鮮やかに一撃を決め、余勢を駆って近くの物陰に滑り込むのだった。
「君たちはこれまでどうしていたのかね。何か足りないものはあるかね?」
「水はありませんか。もう、残り少なくて……」
「ふむ。これで足りるかな?」
出現した大量の水を、避難民たちが慌てて手持ちの水筒に詰めていく。
避難民が通るには邪魔な瓦礫などもあるので、マテリアルを練り上げて筋力を高め、音を立てずにどかしていく。
「ありがとうございます。何とお礼をいえばいいのか」
「なに、これしき私なら造作も無い」
自信満々な態度と笑いを取りにいくスタイルで、御言は緊張感をほぐすように努めた
緊張感は大事だが、限度がある。
レオンとはメンタルケアは大事だという考えが一致したようだ。
ビル内をマッピングするキャリコは、同時にアプリ使用者の移動パターンを調べルートを記載する。
視覚を借りた鼠を使い、百舌鳥もマッピングを手伝う。
記載した地図情報を仲間や強化人間部隊と共有し、キャリコと百舌鳥は先に進んでいく。
神経を使う移動だが、発見されてビル崩壊に怯えながら乱闘になるよりはマシだ。
意思疎通はハンドサインで行った。
『何か、手馴れてるね』
『嫌でも慣れました』
『美紅が気を引いて、私が遠くからズドン。VOIDを倒したこともあるんですよ』
二人とも、ハンドサインというより手話の域だった。
澄ました表情で手を動かす美紅とは対照的に、冴子は少し興奮している。
敵が来た。
銃を抜こうとした冴子を、百舌鳥はそっと押し留める。
物陰に二人で隠れているため密着しつつ、ハンドサインで伝えた。
『今銃はやめた方がいい。どうしてもなら……』
倒した暴走者の上着を剥がして渡す。
『これで消音したまえ。完全には消えないから緊急用にね』
それだけ忠告し、百舌鳥は離れる。
何だか冴子の顔色が赤く別の物陰に潜む美紅の表情も胡乱だが、まあ問題ないだろう。
キャリコが鏑矢を壁に向けて射って誘導する。拾った瓦礫もここで有効活用した。
窓から落下させられないか試したが、さすがに上手くはいかない。
偶然鏑矢の先、ビル外にいたひりょに気を取られた暴走者が落下死したくらいか。
窓の外に襲う対象がいないと駄目らしい。
屋内でも暗殺できるのだから無理して行う必要はないだろう。
例えば壁を経由して視界外に回り、射撃するなど、やりようはある。
寄ってきた暴走者を百舌鳥が幻影の腕で引き寄せ対処する。
ダガーで首を掻き切って終いだ。
四階の敵を全て倒し、死体の思念や記憶から情報を抜き取ると、作った地図と照らし合わせて改めて安全を確認する。
「前見た槍じゃないんですね」
「長物だと思ったかい? こういう状況下では邪魔だからねぇ」
話しかけてきた美紅に、百舌鳥は手に持ったダガーをひらひらさせた。
そこへキャリコがやってくる。
「あの、あなたは……?」
気付いた美紅が声をかけた。
「奴の知り合いだ。キャリコという」
「百舌鳥さんの、ですか」
話を聞いた冴子の表情が輝き、美紅の表情も和らぐ。
キャリコは持ち込んだ高熱量食料を手渡した。
「疲れていないか? 少しでも食べておいて体力を回復させた方が良い……もう一つは避難民にでもわけてやってくれ」
「ありがとうございます」
「きっと、他の人たちも喜びます」
冴子と美紅は、深々と頭を下げた。
●脱出、そして一般道へ
三階で完全に神出鬼没の暗殺者と化していたアルトを回収した一行は、瞬く間に三階を制圧するとそのまま一階にまで到着した。
「……全員いるな。ところでこの建物、壊してはマズいか?」
メルカルの提案は、その物音で外の敵が寄ってきたら元も子もないので、没となった。
既に、召喚されてから半日近い時間が経っている。
とはいえ、ハンターたちがクリムゾンウエストに帰還するまで、まだ少し時間があった。
その間、冴子と美紅を含め、強化人間兵や避難民たち全員がハンターとの別れを惜しんだ。
次に彼らがリアルブルーを訪れた時、自分たちが生きている保証はない。
リアルブルーに残り、基地を目指して旅を続ける誰もがそのことを感じている。
それでも、未来を信じて進み続けるしかない。
旅は、まだ続いているのだから。
大きく寸断された高速道路に、斜めに倒壊しかけたビルがめり込んでいるのを見て、時音 ざくろ(ka1250)は思わずにはいられない。
(……必ず、元の平和な世界を取り戻す。皆を送り届けるのはその第一歩だ)
避難民達の後方を警戒する形で護衛する夢路 まよい(ka1328)は目を慣らそうとしていた。
(……うーん、結構いけそうかも?)
周辺の電気は死んでいるし空も曇っている。暗闇の差は内外であまり違いはない。
(さて、疾影士の本領発揮といったところか)
一人で下にまで降りたアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は、皆とは逆に一階から上へと進んでいくつもりだ。
以前に比べ人数強化人間兵や避難民たちの数がかなり減っていることに、鳳凰院ひりょ(ka3744)は気付いていた。
(……これで、少しでも時間短縮になればいいが。厳しい戦いが続いていたのだな……。この状況で、俺に何が出来るのか……)
「よく耐えてくれた! 後は我々に任せてくれ」
周りを警戒しながら、小さな声でレイア・アローネ(ka4082)は強化人間兵たちと避難民たちを励ます。
何よりも激励が必要だ。ここからは意志の力がものをいう。
「私の名前は久我御言。諸君、よろしくしてくれたまえ」
自己紹介をした久我・御言(ka4137)は、居並ぶ面々を見回した。
傷だらけの強化人間兵たちに、疲労の色が濃い避難民たち。
なかなか厳しい状況のようだ。
小さい瓦礫を拾ったキャリコ・ビューイ(ka5044)は、高架道路の上から街の様子を見渡した。
「エバーグリーンや古代文明と同じ様相だ……もうこんな光景は見たくないな……」
どこを見ても廃墟ばかりだ。
「僕はレオン。よろしくね」
同じハンターや守るべき避難民たち、そして強化人間兵たちに挨拶を済ませたレオン(ka5108)は、静かに出発の時を待つ。
(静かに密やかに。できうる限り戦闘をさけて行軍、だね)
霧島 百舌鳥(ka6287)は視線を逸らし軽く頭を抱える。
「君たちだけでも無事でよかったと考えた自分に嫌悪するよ。まぁ気を取り直して……こっちの方が本業に近いねぇ!」
「そちらの方は?」
美紅が尋ねた。
「先日話した理不尽君絡みの仲間さ!」
メンカル(ka5338)は複雑そうだ。
「どうしました?」
「いや、なんでもない。メンカルだ。今回はよろしく頼む」
不思議そうな顔で首を傾げる冴子に、折り目正しく一礼する。
ハンドサインを決め、一行はビル内にひっそりと侵入する。
さあ、依頼の始まりだ!
●静かに敵を倒せ!
外から一階に降りるとすぐさま物陰に潜み、アルトは強化人間やVOIDたちの様子を観察する。
(VOIDの方はやや動きが不規則で読み辛いが、暴走者たちの方は大体同じパターンだな。暗記できればいけそうだ)
できる限り敵の動きを頭に叩き込んでから、音を立てず、姿を見られないように注意して中腰で静かに動き出す。
厳密にいえば生物ではないVOIDはともかく、暴走者からはホームレスのような体臭が漂っている。
(……臭いだけで、ある程度居場所が把握できそうだな。いや、その前に鼻が麻痺するか?)
マッピングをして歩いた場所の地図も埋めておく。
巡回ルートなどを、時計で時間を図って書き込んでおくのも忘れない。
(階段はあそこだな。……しかし、大勢が隠れられそうな場所はないな。敵が邪魔だ。片付けておくか)
自らの気配を極限まで薄くし、さらに姿をマテリアルのオーラで隠す。音もなく敵の背後を取ったアルトは、静かに急所を抉ってその場を離れるという行動を繰り返した。
発見されていれば普段通りに戦闘を行ってもいいが、隠れている現状無理をする必要はない。
VOIDも物音をなどを聞きつけた時は真っ直ぐ確認に来るので、それを逆手に取ることができた。
まずは進路の確保を行わなければならない。
「ではスニークミッションの始まりだね。月に着くまでがミッションだよ? まだまだ困難も多いだろう。最後まで気を抜かないでくれたまえ」
偵察メンバーを見送りつつ、強化人間兵や避難民たちに対し、気を引き締めるよう御言が声をかける。
「だが安心してくれたまえ。私達が必ず君達を全員月まで連れていこう。これは絶対だ。そう、ここまで来て、ここまで頑張った君達が犠牲になっていいわけがあるものか」
気安く力強く請け負った御言に、少なからず彼ら彼女らは安心感を抱いたようだ。
装備による暗視能力と、重力靴の補助を受けた壁や天井に張り付く技術によって、レイアはうろつく敵の死角を取りつつ隙を伺う。
(固まる方が見つかりやすいか。ばらけた方がいいな)
ハンドサインで味方に散開することを伝え、安全地帯を広げていくイメージで進んでいく。
いくら注意しても、一般人がハンターのように完全に隠れ潜むことは難しいだろう。
できる限り、脅威は排除しておく必要がある。
(慣れない方法より、慣れたやり方の方がいいか)
予め強化しておいた魔導剣を手に攻撃的な構えを取り、僅かに息を吐いて刺突を一閃した。
貫いた後の死体は静かに物陰に引き寄せ、物音を立てないよう注意して引き抜き、床に転がしておく。
(VOIDなら消えるからいいが、暴走者だと残る死体の対処もしないとな)
地味な作業だが、これも大切なことだ。
遠くで壁が生えた。
おそらくやっている本人たちは大真面目にやっているのだろうが、突然脈絡なく床から壁が生える光景は、皆真剣な中でも少し微笑ましい。
(まあ、確認したくなる気持ちも分かる。なんてな)
音を聞きつけて寄っていったVOIDや暴走者を屠るべく、レイアも移動を始めた。
まず、ビルに入ったひりょは真っ先に窓を確認した。
内部から鍵開けるタイプか、はめ殺しかで今後の行動が変わる。
しかし。
(……全部、割れてるな)
よく考えてみれば当然のことで、
このビルは傾いて倒壊しかけたところを、高架道路に激突して免れた状態だ。
当然衝撃で窓は全て割れただろう。
もしかしたら探せば無事な窓も残っているかもしれないが、少なくとも見える範囲の窓はそうだ。
(ともあれ、これならやり方次第で注意は引けそうだ)
降魔刀で軽く窓枠を叩き音を立て、ひりょ自身は魔箒に乗って窓からビル外に飛び出し、見つからないよう少し離れた位置で待機する。
近寄って来た敵を、一体ずつ順にハンディLEDライトで照らし姿を浮かび上がらせる。
遠距離から味方が敵を攻撃しやすい状況を作るのだ。
余計な敵まで引き寄せないように、また味方の方へ行かせないよう投石も行い、上手く誘導を行う。
(俺が弓で攻撃してもいいが……空中ではやや命中精度が不安か)
それでも八割は当たるだろうが、回避される可能性はゼロではないし、わざわざリスクを背負うような状況でもない。
ちょうどまよいの攻撃準備も整ったようなので、任せることにした。
作戦が始まれば、意志疎通の手段はハンドサインが頼りだ。
トランシーバーや魔導短伝話を使えば対応する通信機のどちらかで容易に意思疎通ができるとはいえ、それを行うには声を出すことが必須となる。
当然ここにいる敵に聞きつけられる可能性も高いので、おいそれには使えない。
ひりょがお膳立てを整えてくれたので、まよいは遠慮なく錬金杖を手に魔法の矢を解き放った。
音もなく飛んでいった魔法の矢が、ひりょのライトに照らされたVOIDに突き刺さる。
続けて次のVOIDが照らされる。
(む。さすがに光で集まってきたね)
様子を確認したまよいは、両側から暴走者の集団が寄ってきたのを見て、片方を土壁で道を塞ぎ遠回りさせ、もう片方には持ち替えたスタッフで眠りの魔法をかけた。
「果てなき夢路に迷え……ドリームメイズ」
囁くような詠唱で発動させた魔法は、暴走者の集団を、覚めない迷路を彷徨う悪夢へ誘った。
まよいの腕ならば、多少距離が遠くても壁を出現させることができるし、眠りの魔法で一度に無力化できる。
うまく活用すれば、敵から見つからないように行動できるだろう。
幸いVOIDも暴走者も知能は低い。
照らされたVOIDに、まよいは再び魔法の矢を撃ち込んだ。
眠った暴走者たちは静かに、かつ速やかに始末された。
狂気状態で筋道立った思考ができないVOIDと、知能低下を起こすほど暴走が深刻化した暴走者たちは、一斉に仲間の一部が眠ったところでその裏を読む思考がなく、やり過ごすのは難しくない。
マスクの暗視機能で視界を確保しつつ、ざくろは護衛対象の避難民たちから少し先行し、安全を確認していく。
(……いい囮だなぁ、この壁)
壁の音を聞いて集まってきた暴走者は、大抵壁の方を向いたり叩いたりしているのでとても進みやすい。
とはいえこれで避難民たちを通らせるわけにもいかないので、倒す必要はあるが。
一端物陰に隠れてから、気配を限界まで消して、一瞬だけマテリアルを変換したエネルギーで光の剣を作り出し、突き刺す。
すぐに剣は消え、支えを失った暴走者の死体がずるずると落ちた。
(うわっ)
死体が物音を立てたので一瞬ひやりとするざくろだったが、幸い他の暴走者たちは自らが立てる音に気を取られていて気付かなかった。
(ごめん……でも騒ぎを起こすわけには行かないんだ)
仲間と協力し全て脅威を排除し終えたざくろは、四階への階段を見つける。
もう五階に敵は残ってないようだ。
ざくろはハンドサインで進行許可を出した。
四階も滞りなく進んだ。
強化人間兵や避難民たちを護衛すると同時に、前後の仲間たちをフォローできるよう盾を携えて進行するレオンは、静かに進む暗殺劇を見守っている。
(……皆、やるなぁ)
一応引き続きいつでもフォローに入れるよう空間のベクトルを操作する準備はしておくが、今のうちに強化人間兵や避難民たちのメンタルケアをするのもいいかもしれない。
(不安で暴走状態になられる絶対避けたいしね。そうでなくとも極限状態に置かれたら人間なにをするか分からない。気をつけないと)
仲間のハンターたちは順調に動いているが、強化人間兵と避難民たちは今までの戦いで傷付いている。
その全てを癒すことはできなくとも、せめて直近の傷くらいはと、祈りを捧げてささやかながら傷を癒した。
「ありがとうございます。これで、僕たちもまだ戦える」
「私たち強化人間も、ハンターの方々に負けないことを証明してみせます」
無茶しないように宥める羽目になったのは、レオンにとって少し予想外だったが。
(あまり良くないかもしれないけれど、傷を負ったままで彼らが不安になるのはよくないからね)
戦力として手伝えないことを悔しそうにしている彼ら彼女らを見て、レオンは笑みを零した。
気配を消して身を隠し、さらにオーラで身体を覆って隠形するという方法はメンカルも使うことができる。
もっとも、アルトが行ったそれは本人の超人的な戦闘能力もあって意味が分からないことになっているが。
今までの間だけでも、『一階の制圧が終わった。二階に行く』とか、『二階は全滅させた。案外簡単だな』とか報告が届いている。
ちなみに今は三階に向かう途中のようだ。さすがである。
「……あれほどとはいわんが、昔からかくれんぼは得意でな」
万が一見つかっても、速度に任せてまく自信がメンカルにはあった。
来た道から離れるように逃げれば、強化人間兵や避難民たちが襲われることもないだろう。
敵を引き付け、護衛対象だけ先に進ませもいい。
本当に最後の手段だが。
(VOIDが厄介だな。変な場所で止まったり、いきなり振り向く。動きが読み辛いから先に潰しておくか)
確認にくる時だけは分かりやすい動きをするので、釣り出しが効く。
「今回に限らずだが、真っ向勝負などしてたまるか。死にたくないんでな」
自分を雑魚だといい張るメンカルは、卑怯上等に戦う。
一匹ずつ釣り出しては、忍び寄って鮮やかに一撃を決め、余勢を駆って近くの物陰に滑り込むのだった。
「君たちはこれまでどうしていたのかね。何か足りないものはあるかね?」
「水はありませんか。もう、残り少なくて……」
「ふむ。これで足りるかな?」
出現した大量の水を、避難民たちが慌てて手持ちの水筒に詰めていく。
避難民が通るには邪魔な瓦礫などもあるので、マテリアルを練り上げて筋力を高め、音を立てずにどかしていく。
「ありがとうございます。何とお礼をいえばいいのか」
「なに、これしき私なら造作も無い」
自信満々な態度と笑いを取りにいくスタイルで、御言は緊張感をほぐすように努めた
緊張感は大事だが、限度がある。
レオンとはメンタルケアは大事だという考えが一致したようだ。
ビル内をマッピングするキャリコは、同時にアプリ使用者の移動パターンを調べルートを記載する。
視覚を借りた鼠を使い、百舌鳥もマッピングを手伝う。
記載した地図情報を仲間や強化人間部隊と共有し、キャリコと百舌鳥は先に進んでいく。
神経を使う移動だが、発見されてビル崩壊に怯えながら乱闘になるよりはマシだ。
意思疎通はハンドサインで行った。
『何か、手馴れてるね』
『嫌でも慣れました』
『美紅が気を引いて、私が遠くからズドン。VOIDを倒したこともあるんですよ』
二人とも、ハンドサインというより手話の域だった。
澄ました表情で手を動かす美紅とは対照的に、冴子は少し興奮している。
敵が来た。
銃を抜こうとした冴子を、百舌鳥はそっと押し留める。
物陰に二人で隠れているため密着しつつ、ハンドサインで伝えた。
『今銃はやめた方がいい。どうしてもなら……』
倒した暴走者の上着を剥がして渡す。
『これで消音したまえ。完全には消えないから緊急用にね』
それだけ忠告し、百舌鳥は離れる。
何だか冴子の顔色が赤く別の物陰に潜む美紅の表情も胡乱だが、まあ問題ないだろう。
キャリコが鏑矢を壁に向けて射って誘導する。拾った瓦礫もここで有効活用した。
窓から落下させられないか試したが、さすがに上手くはいかない。
偶然鏑矢の先、ビル外にいたひりょに気を取られた暴走者が落下死したくらいか。
窓の外に襲う対象がいないと駄目らしい。
屋内でも暗殺できるのだから無理して行う必要はないだろう。
例えば壁を経由して視界外に回り、射撃するなど、やりようはある。
寄ってきた暴走者を百舌鳥が幻影の腕で引き寄せ対処する。
ダガーで首を掻き切って終いだ。
四階の敵を全て倒し、死体の思念や記憶から情報を抜き取ると、作った地図と照らし合わせて改めて安全を確認する。
「前見た槍じゃないんですね」
「長物だと思ったかい? こういう状況下では邪魔だからねぇ」
話しかけてきた美紅に、百舌鳥は手に持ったダガーをひらひらさせた。
そこへキャリコがやってくる。
「あの、あなたは……?」
気付いた美紅が声をかけた。
「奴の知り合いだ。キャリコという」
「百舌鳥さんの、ですか」
話を聞いた冴子の表情が輝き、美紅の表情も和らぐ。
キャリコは持ち込んだ高熱量食料を手渡した。
「疲れていないか? 少しでも食べておいて体力を回復させた方が良い……もう一つは避難民にでもわけてやってくれ」
「ありがとうございます」
「きっと、他の人たちも喜びます」
冴子と美紅は、深々と頭を下げた。
●脱出、そして一般道へ
三階で完全に神出鬼没の暗殺者と化していたアルトを回収した一行は、瞬く間に三階を制圧するとそのまま一階にまで到着した。
「……全員いるな。ところでこの建物、壊してはマズいか?」
メルカルの提案は、その物音で外の敵が寄ってきたら元も子もないので、没となった。
既に、召喚されてから半日近い時間が経っている。
とはいえ、ハンターたちがクリムゾンウエストに帰還するまで、まだ少し時間があった。
その間、冴子と美紅を含め、強化人間兵や避難民たち全員がハンターとの別れを惜しんだ。
次に彼らがリアルブルーを訪れた時、自分たちが生きている保証はない。
リアルブルーに残り、基地を目指して旅を続ける誰もがそのことを感じている。
それでも、未来を信じて進み続けるしかない。
旅は、まだ続いているのだから。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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- 茨の王
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
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依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/10/24 22:04:38 |
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【相談卓】 アルト・ヴァレンティーニ(ka3109) 人間(クリムゾンウェスト)|21才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2018/10/25 05:33:36 |