ゲスト
(ka0000)
【HW】冬のおとぎばなし
マスター:KINUTA

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 8日
- 締切
- 2018/11/04 19:00
- 完成日
- 2018/11/13 00:18
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
北の果てにある冬の砦。人の足では踏み入ることもならぬ長大な山脈。
天を刺す峰は一年中雪をかぶり、谷間は氷河で埋め尽くされ、夏の盛りでさえ氷が張り、雪がちらちら降りしきる。
山脈の奥には、そのうちで一番大きな山よりもまだ大きな氷の城がある。
そこには冬の王様である氷河の魔物と、その奥方様である雪の魔物が住んでいる。
冬になると奥方様は城を離れる。山や野、村や町、川辺や海岸、あばら家からお城まで冷たい綿布団で包んでやるために。
奥方様には白い一つ目のフクロウがたくさん従っている。フクロウたちは雪に紛れて飛び回り、子供を捜し回る。一人きりでいる子供を。
もし見つけたら、奥方様に知らせるのだ。
すると奥方様が来られる。そして、その子を連れて行かれる。奥方様の冬のお住まい、凍りついた海のただ中にそびえる雪の離宮へと。
そこで子供に与えられるのは、きれいな衣服、暖かい寝所、たくさんのごちそう、お菓子、おもちゃ、本。遊び相手もいる。むくむくの毛で覆われた、愉快な小鬼たちだ。
子供はあんまり楽しいので、自分がどうしてここに来たのか忘れる。親兄弟や友達のことも忘れる。最後に自分の名前も忘れてしまう。
奥方様は子供に新しい名前を与えるだろう。そのとき子供は人であることを止め、魔物になってしまう。
春が来れば子供は奥方様と一緒に、帰って行くこととなるだろう。山脈の奥へ。
●
数週間前まで金や紅の衣を纏っていた木々は、今やすっかり丸裸。山脈から吹きおろしてくる、刺すような寒風に震えている。
山の精霊カチャは雪の積もった急な斜面を駆け降りていた。手に大きなシャベルを持って。
彼女の耳には先程から叫び声が聞こえていた。人ならぬものの耳にしか聞こえない、死を目前にした魂の叫び声が。
「ええと……こっちかな」
時々足を止めては耳をすまし、行くべき方向を探り当てる。ほどなくして見えてきた。雪崩に潰されている山間の小屋が。
その小屋が、麓に住まう木こりのものであることをカチャは知っていた。どうやら泊まり込んでいる最中、この災難にあったものと見られる。
近づいてみれば木こりは、梁の下敷きになり呻いていた。カチャはそれを助けようと思った。この木こりが山を荒らしたり、そこに住む生き物を苛めたりするような悪い人間ではないと知っていたから。
「大丈夫ですか、しっかり!」
梁の下にシャベルを突っ込み持ち上げようとしたその時、見えない力に弾かれた。まばゆいほどの光が目を焼く。
「あつっ!」
思わずシャベルを取り落としたカチャは、そこでようやく目の前に、天使マリーがいるのに気づいた。
彼女は言う。
「下がって。魔物も精霊も人の魂に手出しをしてはならない。それが決まりでしょう」
格上な相手の圧に押されつつカチャは、抗弁した。
「でもこの人、まだ魂になっていません。助ければもっと生きられるかも」
しかし、相手は譲らなかった。
「ここで召されるのがこの人の定めなのよ」
そのやり取りの間に木こりが、とうとう息を引き取った。
体から抜け出した魂を天使が優しく包みこみ、天国へ連れて行く。
カチャはそれを見送った後息を吐き、来た道を引き返して行った。
●
冬の奥方様――マゴイの髪は雪のように白い。瞳は雪雲のような灰色。
ほっそりした体を白い毛皮の外套で包み、白トナカイに引かせた銀のソリに乗り、風より速く駆け巡る。だけどそれは、人の目には見えない。
「……停めてちょうだい……」
御者のスペットは白トナカイの手綱を引き、不平そうな顔をした。
ソリが止まった町角の裏通りにはマッチ売りの少女が座り込んでいた。雪が降るのに着ている服はぼろぼろで、裸足。痩せ衰えた顔は血の気が失せている。目は虚ろ。ひび割れた口がもごもご動いている。誰かと喋っているつもりなのだろうか。誰もいないのに。
「……まさかあのジャリ乗せろ言うんと違いますやろな」
「……保護……」
「そのうち親か何かが迎えに来ますよって」
ポウと鳴き声がした。羽音もなくすうっと、一つ目のフクロウが舞い降りてくる。
フクロウは奥方様の耳に嘴を寄せ、囁いた。
奥方様はスペットに言う。
「……日がな一日ああしている……でも誰も迎えに来ない……マッチも売れない……」
「さよですか。世の中不景気ですな。でも俺らにはまっったく関係のないこと――」
「……保護……」
「一昨日もこんなん拾うたでしょうが、奥方様! ほっとったらええんですって、ほら、早速天使が死臭嗅ぎ付けて来てますよって!」
スペットが空を指さし言った。
確かに天使が飛んでくる。新米天使のユニが。少女の命のともしびが消えるのを感じ取り駆けつけたのだ、その魂を連れて行くために。
「……これはいけない……」
奥方様は優雅にしてとろくさい身ごなしでソリから降り、少女の手を取る。
「……おいで……」
少女は立ち上がった。誘われるままソリに乗り込んだ。
スペットは大きなため息をついて鞭を鳴らす。
ソリが走りだす。風よりも早く。天使が追いつくことも出来ない程早く。
幾つもの山や野や畑や町を通り抜け凍りついた海に出て、冬の離宮の前に止まる。赤い服を着た女衛兵が出てきて、御者に聞いた。
「おやβ、奥方様はまた人の子を拾ってきたのかの?」
「せや、θ。悪いクセやでほんまに」
●
氷の壁、床、天井。霜の絨毯は踏むたび微かな音を立てる。氷柱のシャンデリアを輝かせるのは、熱のない星明かり。ステンドグラスに閉じ込められているのは、オーロラの結晶。
氷河の精霊ステーツマンの髪と目は氷底のように青白い。着ている服は冬の夜のように黒い。
彼が腰掛ける玉座の前に、赤い髪をした新米天使、ユニがいる。
「わざわざ天国から押しかけてきて、一体何なのかね」
「奥方様に子供を連れて行かないよう注意していただきたいのです」
「私は奥のすることに口を挟むつもりはないよ」
「主は私どもに、一人でも多くの魂を天国へ導くようにとおっしゃられております。その妨げになるようなことをなされては困ります。魔物も精霊も人の魂に手出しをしてはならない。それが決まりではないですか」
「奥は決まりを破っていないが? 手出ししているのは魂ではなく、生きた人間なのだから。引き取った子供に何か危害を加えるでもなし」
「それは――そうですが――」
「じゃあなんの問題もないじゃないか。帰りたまえ」
「しかし魔物となった子供の魂は、天国に行くことが出来なくなるのです。ですのでどうかそのことを奥方様に――」
「くどいね。帰りたまえ」
凍りつくような寒気が謁見の間を満たして行く。廷臣である魔物さえ歯を鳴らし身を震わせ始めた。
ユニはそれに耐え切れず、場を辞した。
リプレイ本文
●はじめに
灰色の空。雪の降りしきる丘の上。
一人の女の子がそこにいる。一つ目の白フクロウを肩に乗せて。
「お話してあげようか?」
と女の子は語りかける、あなたに。
「あなた、退屈そうだから」
●奥方様と子供たち
夢路 まよい(ka1328)は、いやな夢にうなされていた。
暗く狭い道。
知らない男の手が自分を引きずっていく。
静かにしろという声。
口が塞がれる。
「……起きなさい……」
静かな声に、はっと目を覚ます。自分がソリに乗っていることに気づく。
横に座っているのは白い毛皮のコートに身を包む、ほっそりした女の人。
正面を見れば、真っ白な雪の宮殿が、澄んだ星空の下にそびえている。
まよいはぽかんと口を開けた。
「ここ、どこ?」
女の人が答える。
「……あなたのおうち……」
まよいの顔に当惑が浮かぶ。
「私の……おうち?」
女の人は再度言う。
「……ええ……ここがあなたのおうち……」
まよいの顔から、不意に当惑が消えた。
屈託ない笑顔がその顔に浮かぶ。
「うん、ここが私のおうち!」
離宮の遊戯室はとても広くて大きい。ぶつかっても痛くないよう、壁も床も柔らかく出来ている。
奥方様が連れてきた子供たちが、そこで小鬼たちと鬼ごっこをしている。
「待て待てー」
「わしっわしっ!」
「うう、わう!」
「こらこらまよい、小鬼たちをもみくちゃにしてはいかん。耳や尻尾を引っ張られたら痛いのじゃぞ。おぬしも痛くされるのはいやじゃろう?」
子供らに交じり注意を与えている青年は、Δ(デルタ)。
人間だったときの名は、ディヤー・A・バトロス(ka5743)――彼はそれを、つい最近知った。往時身に着けていたケープに施してある名前の縫い取りを見つけることによって。
すでに魔物となっている身、人である時の名前を知ったからといって、それにまつわる記憶が呼び起こされるわけではない。
だが彼は、新しく知ったその名前をとても気に入っている。「光」という意味を持つあたりが、特にいい。
壁のフクロウ時計が三回鳴いた。
かわいいぬいぐるみ人形――魔物の天竜寺 詩(ka0396)がプリン、クッキー、チョコケーキを乗せた大皿を頭に乗せ入ってきた。
「はーい、皆、今日のおやつだよー」
子供たちはそちらへ我先に駆けて行く。
冬の奥方の侍女であるフィロ(ka6966)が遅れて入ってきて、小鬼たちにカリカリのオヤツを渡す。
「小鬼たち、そろそろ自分の名前を忘れた子供は居ますか?」
小鬼たちが揃って頷く。
「この前奥方様が連れてきた子はどうですか?」
小鬼たちが揃って親指を立てる。
「そう、忘れたのですか。それはとても良い事です。奥方様に報告しましょう」
フィロが部屋から出て行った。
カリカリのオヤツを食べ終わった小鬼たちは、詩のところへ移動する。
おやつを食べる子供達の姿を見て顔を緩める彼女に、以下の要求。
「おやつー」
「コボたちにも、もっとおやつー」
「もちろん用意してるよ~」
歯ごたえ十分な骨型クッキーを追加でもらって、大満足の小鬼達。
その毛皮を撫でて、これまた大満足の詩。
「うーんもふもふ♪」
●天国の天使たち
雲で作られた天国の門。その傍らに一群の天使たちが集っている。
中心にいるのはマリィア・バルデス(ka5848)。
「神の意向を無視する愚かな冬の王に天罰を。あれは詭弁で使者を丸め込み、天に戻るべき人の子の魂を盗み、自分の眷属を増やしているのです」
うんうん、とそれに頷いているのは、星野 ハナ(ka5852)。
「冬の終わりは冬の王さまの力が弱まりますしぃ、子供達は春の訪れに連れ去られるわけですしぃ、春直前に王さまと奥方を殺せば子供達は全部取り返せるんじゃないですぅ?」
リナリス・リーカノア(ka5126)が透ける薄衣をふわつかせ、肩をすくめる。
「あのさー、神様に一度相談してみてからにしたほうがいいんじゃないの、結論出すのは。王がいきなりいなくなったら、あの界隈混乱しない?」
北谷王子 朝騎(ka5818)は気がかりそうに言う。
「魔物の中にもかわいい子はたくさんいるでちゅ。無差別討伐はあんまりしないで欲しいのでちゅが……」
正統的かつ戦闘的な天使マリィアは、天使界きっての色物2名の意見を聞く気など、全くなかった。
「この程度のことで神のお耳を煩わすものではありません。冬の王も春にはこの地を去る身、生き残った眷属が新たな冬の王になりましょう。そして卑賤の身が新たな王になれたことに感謝して、以後2度と神の意向に逆らわなくなるのではないでしょうか」
「そんなにうまくいくかなぁ?」
懐疑的な意見を述べてリナリスは、討伐不参加を表明した。
朝騎もまた不参加を表明した。
その他、同様に参加を見送る天使は多かった。理由として一番大きかったのが、これが神様公認の討伐作戦ではないということ。
しかし積極的に参加を申し出た天使もまた、けして少なくなかったのである。
●地上に住まう精霊たち
山の中。
『カチャの湯』という真新しい看板がつけられた秘湯。湯気がもわもわ立ち上っている。
「いやー、いい湯だね! こんな良泉掘り当てるなんてやるじゃん、カチャ」
「いえ、掘ったのは私ですけど、見つけたのは私じゃないんです。リナリスさんなんですよ」
「ああ、あの天使の。だから近くに十字架が建ってるんですか」
山の精霊である天竜寺 舞(ka0377)とカチャ、それに炎の精霊エルバッハ・リオン(ka2434)は、3人仲良く入浴中。寒中暖を取りに来た狐や鹿、猿と一緒に。
「天使って言えばもう数年前の話なんだけどさ……ひどい雪の日にあたし、ソリ引いて山歩いてたんだ。そしたら行き倒れの姉弟見つけてさ。弟は余力あったんだけど姉の方が危なくて。だから麓まで背負って行ってやろうとしたら、天使のマリーがやってきて姉の魂よこせって言い出して」
「それは運が悪いですね……」
つい最近己も遭遇した天使の顔を思い浮かべながら、嘆息するカチャ。
しかし話は予想外の方向へ。
「でもマリー、魂取らずに帰っていったんだ。で、その姉は助かったの」
「ええっ!? 一体どうやったらそんなことが出来るんです!?」
「その弟――ナルシスっていうんだけど――それがえらく美少年かつ頭が回る奴でさー。あたしが「この天使はあんたみたいのに弱いから」って教えた途端『天使様、どうか姉を連れて行かないでください。我が家の家計は全て姉が負担しているので死んだらボクは路頭に迷ってしまいます。どうかどうか』って涙声の小芝居始めてさ。そしたらマリー『ウン、分かった』ってあっさり引き下がったんだ」
「か、完全にえこひいきじゃないですか……」
思わず半眼になるカチャ。
対してリオンは、さもありなんといった顔。
「まあ、あの人ならその位やるでしょうね。舞さん、その姉弟、今はどうしているんです?」
「さー、風の噂だけど、姉さんは船会社の社長になってて、弟はそのコネで豪華客船の船長に抜擢されたとかなんとか」
四方山話もたけなわなである所に、小さな声がした。
「あたしもひと風呂浴びさせてもらえるかな? 今この地についたばかりなんだけど、もー寒くてさー」
3人が顔を向ければ、十字架に腰掛けるオオルリシジミ蝶――の翅を持つ80cmの人影。
常春の国ティルナノーグの使い、妖精メイム(ka2290)である。
カチャは手ぬぐいを頭から降ろし、挨拶した。
「どうぞ好きなだけ入って行ってください、メイムさん。精霊王モグやん様はお元気ですか?」
「うん、元気元気。毎日モグモグ土耕してるよ」
そこに何かが急降下で飛び込んでくる。
高い高い湯柱が上がった。
「うわぅぷ!」
精霊と動物たちはそれに巻き込まれ、思い切り湯を飲む。
あわ立つ湯の面から天使リナリスが顔を出してきた。六翼を広げカチャに抱きつき、熱烈なキス。
「温泉完成したんだね、お祝いに来たよ、カチャー!」
続けて天使朝騎が顔を出す。嘆きながら。
「守備範囲の子が皆ノーパン状態でいるなんて、神様は意地悪なのでちゅー!」
山裾に広がる森の中。
泉の精霊ディーナ・フェルミ(ka5843)はため息ばかり。
春から秋にかけ来てくれていた動物や狩人の気配はぱったり途絶え、魚たちも水底で眠ってしまっている。
話相手が……いない。
「早く冬が終わって、他の季節になるといいの」
水面に顔を出してみれば、透明な影が木々の間をゆらゆら行くのが見えた。
あれは死んだ動物の魂だ。
天使は何故かあれに興味を示さない。迎えに来るのは人間の魂だけ。
夏、この泉に落ちた子がいた。溺れないようにと押しだしてあげたのに、天使はその子の魂を連れて行ってしまった。
「人間の魂って、キラキラしてとてもきれいだったの……私も、あれが欲しいの。全部独り占めする天使は狡いの」
恨めしげに言いながら彼女は、水の中に戻る。
すると足音が聞こえた。
「――誰か来たの!」
再度水面近くに上ってみれば、若い狩人が水を飲んでいるのが見えた。凛々しい横顔にすっかり見惚れてしまったディーナは、彼を水中に引き込み口付けをした。
狩人の胃に、肺に、水が注ぎこまれる。
口からキラキラ光る魂が出てきた。それはディーナの手を擦り抜け上って行こうとする。
「行っちゃ駄目なの」
ディーナはそれを吸い込み自分の中に入れる。すると胸の奥が、じんわり暖かくなってきた。寂しくなくなってきた。
(あなたは、私だけの魂なの)
狩人のなきがらをそっと泉の傍に横たえたディーナは、泉の奥の奥に隠れた。いつかこの魂が泉の精霊になるまで隠れていようと。天使に盗まれないように。
しばらくしてそこに、腹を減らした狼たちがやってきた。彼らは狩人が死んでいるのを嗅ぎ取り、喜んでその肉を食べ尽くした。
ちょうどそこへ、年若い黒狼の精霊、瀬崎・統夜(ka5046)――通称『ウルフ』が通りがかる。
「あっ。馬鹿やろお前ら。その食い残し早くどっかに隠せ、人間に見つかったら面倒なことになるぞ!」
狼たちは眷属の守護者が言うことに従い、皆で協力して穴を掘り、狩人の骨を一つ残らず泉のほとりに埋めた。
森の奥。
樹氷の精霊Gacrux(ka2726)の青い瞳は、降り積む雪に消えていく足跡を見つめている。
その足跡は、ずっとここに通ってきてくれていた娘の足跡。氷で作られている身を持つ自分を愛してくれた娘の足跡。
Gacruxは両手で顔を覆い、氷の吐息を吐いた。
「――君を離したくない――」
本当はずっと一緒にいたい。
だがそれは無理なのだ。自分が愛したものは、皆、不幸に身を落とす。彼女だけが例外でいられるわけがない。
『君を傷つけたくはない。大切なんだ。それは嘘じゃない。でも時を重ねるにつれ君は、俺とともにいることを必ず後悔するようになる。俺は人間じゃないから、君と同じ時間を過ごすことは出来ない……どうしたって俺たちは相いれないんだ。君はまだ若い。俺から離れて、人間と一緒になるべきだ。ここへは二度と来ないでくれ』
娘に対して口にした言葉の刃が、不信の棘が、精霊自身を苛む。
彼は彼女の名前を呼んだ。己自身にすら聞こえない小さな声で。
「――」
そこに突如羽音が響いた。
振り向けば天使、朝騎が飛んでくる。
「朝騎は負けまちぇん。せっかく地上に来たのでちゅから、必ず一枚はパンツをゲットして見せるでちゅ!」
Gacruxは彼女を呼び止めた。言ってることがどうもアレだが一応天使なのだから、自分よりは人間について詳しいのではないかと。
そして一連の顛末を話し、尋ねた。
「その娘が、幸せだったと思うか?」
「もちろんもちろん。真に愛することを知った者は幸せでちゅよ。その経験があるとないとでは、魂の輝きが全く違ってきまちゅからね」
「……それによって傷つけられてもか?」
「愛に傷は付き物でちゅ。主も人間への愛の為に十字架にかけられ、忍び難い傷を負われたのでちゅ――じゃあ、お邪魔したでちゅ」
Gacruxは飛んで行く朝騎を見送った。この氷の体が水に溶ける頃には、彼女の涙の意味を知ることが出来るのだろうかと思いながら。
森の途切れるところ、人里近く。
そこには人の目に隠された教会がある。プリズムの精霊マルカ・アニチキン(ka2542)が作った、幻影の教会が。
教会内部を隙間なく埋め尽くすのは精緻な壁画。描かれているのはすべて同じ一人の男性。それが繰り広げる冒険譚(彼女の知合いの精霊、天使、魔物の姿が遠景にちょこちょこ紛れている)。
どのような情念、妄執のもとに自分がこんな空間を作り上げたのか、彼女自身とうの昔に忘れていた。絵に描かれている男が、かつて自分が愛した人間であることも。
今日も今日とて絵をうっとり眺め、時に手を加え微修正する。その繰り返し。
そこへ、リナリスの声。
「マルカ、いるー?」
「あ、はーい」
戸口に出た途端、腕をむんずと掴まれる。
「今から一緒に来て、カチャ温泉の知名度を上げる手伝いをしてくれない?」
「あ……はい……その……かまいません、が……具体的にどうしたら……」
「温泉の近くに、おっきくて豪華な旅館の幻影を作るの。そしたら近くを通りがかった旅人も、すぐ気づいてくれると思うんだ♪ あらゆる人間、動物、その他にとって憩いの――」
リナリスはふと口をつぐんだ。教会の外へ出た。痛む心の声を聞いたので。
氷華の髪飾りをつけた人間の娘が歩いてくる。目から涙を零しながら。
リナリスは彼女に近づき、やわらかく翼をはためかせた。少しでも涙が乾くようにと。
●魔物たちの事情
冬の離宮。白に包まれた奥方の間。
そこにいるのは奥方と、フィロと、小鬼たち。
「……そう……マッチ売りの少女が名前を忘れたの……では早く新しい名前をつけてあげないとね……」
「早いほうが良いなら昼食後はいかがでしょう?」
「……そうしましょう……」
「承りました――小鬼たち、その子がお昼を済ませたら、この奥方様の間まで連れて来なさい」
お座りしている小鬼たちが揃って頷いたところ、ノックの音がした。
続いてルベーノ・バルバライン(ka6752)の声。
「奥方よ、入ってもいいか?」
「……どうぞ……」
入ってきたルベーノは、氷漬けの白い花を奥方に渡す。
「客間の飾りにでも使ってくれ」
「……あら……いつもありがとう……」
目を細める奥方。
ルベーノの指が、ゆるいハーフアップにされている彼女の髪に触れる。
「奥方よ、前々から思っていたのだが、貴女の名前はなんとおっしゃられる? 奥方は状況であって名前ではない。貴女の名前を知る権利が欲しい」
奥方の側に控えるフィロが、咳払いをする。
「ルベーノ様、奥方様の名を知ることが出来るのは王のみです。今のお言葉、戯れとは存じますが少々問題では」
虚を突かれたような顔をしていた奥方は、我に返ったように言った。
「……そう……私は王ではないあなたに私の名を教えることは出来ない……それが決まり……決まりは守ってちょうだい……」
「まことに失礼した。気分を害したならお許しいただきたい――では、いつ冬の奥方になったのか、その話を聞かせてもらえないか?」
「……いつと言われても……相当前のことになるわね……彼が王座に着いたときだから……それ以前から親しくはしていたのよ……彼と私は属性がとても近い存在だから……」
懐かしむような顔をしてから奥方は、ふと思い出したように言った。
「……ところであなたは……何の用事でお城から来たのかしら……お城で何かあった……?」
「いや、何も。ただ、天使の動きが最近活発化しているらしいとのことだ。ちょっとそのことを知らせに、な」
天使という単語を聞いた奥方は、眉をひそめた。
「……それはよくない……」
そこにスペットが駆け込んでくる。
「奥方様、天使が宮殿の中に舞い込んできとるで!」
後から詩もちこちこ入ってくる。
「奥方様、大変大変、天使が子供たちのパンツを盗んでるよー!」
統夜は氷原に立つ真っ白な宮殿を見上げた。
「ここが冬の離宮か……」
さすが奥方の住まいとあって、優美で瀟洒な作り。庭園もついている――花も木もすべて雪で出来ているため、白一色しかないが。
「さて玄関は――あそこか?」
統夜は普通にお宅訪問する気軽さで門に歩み寄っていく。奥方への面会を申し込むため。
そのとき中から大きな鳥が飛び出してきた。
いや、違った、鳥ではなく天使朝騎だ。手にたくさんのパンツを握り締めている。
続いて離宮の衛兵ぴょこが出てきて、地団太踏んだ。
「うぬぬ、おぬし飛ぶとは卑怯じゃぞ! 降りてくるのじゃ!」
朝騎は降りない。安全圏からキラキラした笑顔を振りまく。
「全ての幸せはパンツから始まりま」
次の瞬間、正方形の巨大な雪玉が空中に出現し彼女を飲み込んだ。そして地上に落下した。
フィロを伴った奥方がしずしず門から出てくる。
雪玉の前まで歩いてきて止まり、おごそかに言う。
「……私はあなたに……子供たちへの接近禁止を命じる……」
そしてしずしず戻っていく。
統夜はひとまず雪玉に声をかけてみた。
「おーい、生きてるか?」
すると、細々した返事が戻ってきた。
「生きてまちゅ……」
なら丁度いいので聞いてみる。
「なあ、人の魂が天国にいけないと何か困ることあるのか?」
「困るに決まってまちゅよ……魂がとこしえの平安を得る場所は、天国以外に存在しないのでちゅから……ところでここから出してくれまちぇんかね……」
統夜は雪玉を掘り崩してみようとした。だが雪は掘った先から盛り上がり、元に戻っていく。
彼は早々に諦めた。
「まあ、春になったら溶けると思うぜ?」
そこに羽ばたきの音。見上げれば別の天使が降りてくる。ハナだ。
「あれぇ? なんですこの正方形?」
統夜は自分が見聞きしたことを教えた。
それを聞いたハナは朝騎に話しかけ確認を取り、しばし考える。
「……分かりましたぁ。それでは私が代わりに、奥方へお詫びしておきますよぅ。朝騎さんは春までそこで待っててくださいねぇ」
いそいそ宮殿へ向かい、衛兵相手に交渉し始める。
「――ごめんなさい怒らせる気はなくてぇ。今度お詫びの品持ってきますぅ――ですのでぇ――」
そして奥方に直接面会し、仲間の不始末を改めて詫び、そそくさ帰っていった。
一方統夜はその日から一週間、雪の離宮に滞在していた。奥方はお忙しい。話がしたいなら、次の休暇日まで待つようにと言われたので。
そして本日、念願の休暇日。
早速奥方の部屋を訪ねに行ってみれば、まよいが新しい名前を授けてもらっている所だった。
「……今日からあなたの名前は、Φ……」
命名と同時に魔法の杖を渡されたまよい――Φは、にっこりした。
フィロが寿ぐ。
「おめでとうございます、Φ様。これで貴方も奥方様の眷属です。奥方様のためにしっかり働くのですよ」
小鬼たちも拍手。
統夜は奥方に質問した。
「なあ、奥方さん。ひとつ聞いていいか?」
「……どうぞ……」
「あんた、人間の子供を拾ってどうしたいんだ?」
「……どうって……成人出来るまで支援する……放っておいたらあの子たちは……死んでしまう……それはかわいそう……眷属が増えるのは……私にとっても王にとってもうれしいこと……」
一族繁栄という実益を兼ねている部分なきにしもあらずだが、基本同情から出ている行動らしい。
とりあえず天使よりは理解しやすい理由だ。拾った後の子供の人生についても責任を取るつもりがあるようであるし……。
(なら、いいんじゃねえかな)
と彼は、そんな風に思う。しかしそれは天使の考え方ではない。
●冬の終わり
凍りついた夜空を横切る流星群。それ全て、鎧を纏った天使たち。
彼らは北の果て、長大な山脈の奥にある冬の王の城に舞い降りていく。
城の周囲のみならず、部屋や廊下のあちこちで叫喚が巻き起こっている。
天使の槍に貫かれた魔物が、魔物の剣に切り裂かれた天使が、氷の壁と霜の廊下を赤く色付けて行く。
マリィアは黄金の拳銃を握り締め、王の間を目指し走った。衛兵の頭をぶち抜きながら。
星明かりとオーロラの結晶に彩られた豪奢な広間に飛び込む。冷気に身を切られながら引き金を引く。
「汚らわしい魔物如きが神の意向の邪魔をするなど……死んで詫びるがいい!」
弾は王にかすり傷ひとつ与えなかったが、自由を奪った。
しかしマリィアも無事では済まない。足先と翼がたちまちのうちに凍りつきその場から動けなくなった。
王は整った顔にせせら笑いを浮かべる。
マリィアは再び引き金を引いた。
歩み出そうとした王は動きを阻害された。
しかし氷結は進んでいく。マリィアの胸から肘までが凍りつく。
「死んで詫びるべきは君たちの方じゃないかね?」
と言った王は直後、身を翻した。
突如飛び込んできたルベーノの腹に拳をたたき込む。
ルベーノは口から血の塊を吐き出す。
「さすが腐っても王だな。不意打ちのつもりだったのだが」
そして、再び打ちかかる。
王はかわした。先程と同じ位置に拳を入れる。腹から背を突き破る衝撃。
「お前が奥にちょっかいをかけていることに、私が気づかないとでも思っているのか?」
その場で終わっておかしくないほどのダメージがルベーノを襲う。
マリィアはまだ動く指先にすべての力を注ぎ込み、引き金を引く。
弾が当たった。
氷結がついにマリィアの全てを覆う。彼女の体は氷の粒となって四散した。魂は天へと還って行く。
それはルベーノが王に、蓄積した自身のダメージを転嫁した拳を打ち込むのと、ほぼ同時だった。
王の体に穴が開いた。彼は一個の氷塊と化し、砕け散る。
ルベーノは床に落ちた王冠を拾い上げ自身の頭に載せた。腹の底からわきあがってくる新しい力が、城全体を震わせるほどの雄たけびを吐かせる。
「俺が新しい王だ!!」
「先日はどぉもお。約束どおりお詫びの品お持ちしましたぁ」
謝罪使節と称し離宮に入り込んだハナは、魔物たちの不意をついて戦闘を始めた。
光符陣を乱発しながら奥へ奥へと進んで行く。その過程で各下の魔物や小鬼が、何匹も弾けた。
廊下の奥から吹雪が舞い上がり叩きつけてくる。それ以上先に進めなくなる。
白い人影――奥方だ。
ハナは五色の光を生み出す。
光は奥方を飲み込んだ。
奥方は――傷一つ負っていない。
「……とてもよろしくない……」
だが目がくらんでいる。ハナに対しての攻撃を一回外した。
続いての彼女からの攻撃は、しのいだ。自身の周囲に氷壁を立ち上げることで。
続けて彼女はハナに再び攻撃を仕掛けた。ハナは雪玉に飲み込まれる。
しかし彼女は護符を乱発することで、その中から抜け出した。
そこへΔが飛び込んでくる。自身が人であったときの形見であるケープを纏って。
「義は心にあり、真実はここにしかない。皆、行くぞ!」
すでに魔物となっている子供たちが、それに従っている。
「おー」「てんしはてんごくにかえれー」
奥方は驚き止めに入ろうとした。
「……これ……あなたたち、やめなさい……危ない……」
しかし動きが遅くて間に合わない。
Δは光の波動を受け火傷を負いつつ、ブリザードを発動する。
ハナはそれを完全に弾いた。手堅い防備によって。
フィロは子供らの支援のため、マーキス・ソングを歌う。
「身も心も魔物になった子に、私は容赦しませんですよぅ!」
ハナは、光符陣を発動。
だが、不発。Δのカウンターマジックである。
戦いの様子を見ていたΦの頭の中に、突如呪文が浮かんだ。
彼女はそれを口にする。
「天空に輝ける星々よ、七つの罪を焼き尽くす力となれ……ヘプタグラム!」
荒れ狂う灰色の空に巨大な星形の魔法陣が描かれる。その頂点のひとつひとつに火球が生じ、地上へと降り注ぐ。
ハナは凄まじい威力の業火を身に受け塵となった。その魂は天へと還った。
離宮攻めをしていた天使らは主力となる彼女が敗れたことで、足並みを乱した。
数人が場を離脱していく。王の城攻めをしている部隊からの援軍を要請するため。
しかし彼らはそうすることが出来なかった。強烈な眠気に襲われ、次々墜落して行ったのである。
リオンは式紙で天使らが眠りこけていることと、誰にも見られていないことを確認してから、一人一人の首をロープで手早く締めて回る。
魔法を使わないのは、音を立てると周囲にばれるリスクがあるから。
「なまじ援軍でも呼ばれたら、奥方が死ぬ可能性も出てくる。王と奥方、両方同時にいなくなられるのは困るんですよ」
魔物にも天使にも属さない彼女の望みは、自分の範囲内の平穏が保たれ続けること。それをかき乱すようなことをする輩は、どちらの陣営にしろ敵。
「天使、魔物双方のパワーバランスがつり合ってくれていなければ」
全員の魂を天に還したところで遠吠えが聞こえた。黒い狼が走ってくる。
統夜だ。どうやら奥方側の援軍に来た様子。
リオンはその場から立ち去る。たとえ仲間と言えど、自分の裏の顔を知られるわけにはいかない。
●そのころ、遠い海の沖合いでは
防寒着に身を固めたメイムは、天使マリーに挨拶した。
「こんばんは魂渇の天使マリーさん、風が騒がしい今日も忙しそうだね♪」
「メイム、こんなところで何してるの」
「うん、もう直ぐこの近辺で、氷山にぶつかって豪華客船グリーク号が」
と言うが早いか、けたたましい破壊音が響いた。
見下ろした先には今まさに沈み行く大型客船。
メイムは黒い手帳を見返す。
「約2,200人の内1,000人以上が亡くなるって書いてあるね」
と言って灰色の鎖を取り出し、暗い海に垂らす。
「あの船の船長のナルシス・Gは情状の余地ありって事で、地域精霊王モグやんの特別なお計らいにより、常春の国に招く事に決まったの。彼益虫には寛容でね。船内の蜘蛛の巣1回も払わなかったの」
鎖に引きがあった。上げてみると、魂がひとつ引っかかっている。
メイムはそれを腰に下げた魚篭に入れた。
「じゃ、あたしはこれで」
と言って飛んで行こうとした所、マリーがその前に立ちはだかってきた。
「駄目。その魂は私が天国に連れて行くの」
「いや、魂は他にも沢山あるし。ほらほら、あっちにもこっちにも浮いてきたじゃない」
「あんな雑魚はどうでもいい。ナルシス君の魂をよこせ」
話し合っても無駄だと悟ったメイムが全速力で逃げる。
マリーが全速力でそれを追う。
その後彼女は二度と天国に戻ってこなかった。
一説によれば魂を島まで追いかけ、とうとうそこに居ついてしまったそうだ。
●後始末
丸一昼夜続いた吹雪がやっと終わった。
氷の海は、果てなく続く雪の砂漠に変わってしまっていた。天使が全部退散して行ったと確認が取れるまで、奥方が頑として手を緩めなかったせいである。
季節外れに力を振るいすっかり疲れてしまった彼女は、至急城へ戻ることにした。今後の対策について、王と話し合おうことにしようと。
離宮を小さく畳んでマフの中に入れ、銀のソリを大きく広げ、城つきの魔物と子供たちとを全員乗せる。
「皆、押さないようにね」
「お城に着くまで静かに座っているんですよ」
「落ちたら大変じゃからの」
詩とフィロとΔが子供たちに言い聞かせているそこに、蹄の音。
青黒い馬に引かれた白金の馬車が――冬の王の馬車が走って来た。瞬く間にソリの傍まで来て、止まった。
奥方はほっとしたような顔をして、そちらに歩み寄る。
「……あなた……」
馬車の扉が開く。
そこから出てきたのはしかし、彼女が予想していた人物ではなかった。同じく王冠を被ってはいたが。
そのことに奥方は、大いに戸惑った。
「……ルベーノ……何故あなたがその冠を……」
「冬の王の城で天使の襲撃があったのだ。冬の王も殺された。緊急事態ということで、俺が新しく王座についた」
「……えっ……」
二の句が告げない奥方。その目にみるみる涙が盛り上がる。
ルベーノは彼女の体を抱き抱え、馬車に乗せる。自分の隣に座らせる。
「少し早いが奥地に戻り次の冬には巻き返すぞ。お前は俺が守る、急げ」
カチャの湯。旅館の周囲は花盛り。おかみ姿のカチャは首を傾げる。
「今年は妙に春が来るのが早いですね」
遊びに来ていた舞がそれに答える。
「冬の王が交代したらしいよ。天使に襲われてやられちゃったんだって。妹がそう言ってた。王妃は新しい王と近々結婚するってさ。お城の建て直しが急務で、しばらく新しい子供は受け入れられそうもないって」
「へえー、そうなんですか」
「にしても、最近ディーナ見ないね」
「あの人、なんだか泉に引きこもっちゃってて……暖かくなったのに。Gacruxさんも溶けて水になっちゃいましたし」
「冬になったらあの人、また元に戻るけどね。で、マルカは?」
「人間の子に絵を教えてます。その子、展覧会に落選したことで希望を失い彷徨っていたところ、マルカさんの絵を見て感銘を受け、生きる気力を取り戻したそうで」
縁側では統夜が寝そべり、日向ぼっこ。
そこに影。顔を上げればリナリスと朝騎。
「大おかみが遊びに来たよー」
「お風呂入れてくだちゃーい。冬の間雪玉に閉じ込められっぱなしで、身も心も冷え冷えなのでちゅー」
●おわりに
灰色の空。雪の降りしきる丘の上。
一人の女の子がそこにいる。一つ目の白フクロウを肩に乗せて。
「お話はこれでおしまい。私もう行かなきゃ。新しい王様と奥方様の結婚式があるの。私、奥方様のベールを持つのよ」
女の子は言う。あなたに。
「私の名前? Φって言うのよ」
彼女は駆け出していく、雪の中へ。
その姿はみるみるうちに遠ざかり、あなたの視界から消える。
灰色の空。雪の降りしきる丘の上。
一人の女の子がそこにいる。一つ目の白フクロウを肩に乗せて。
「お話してあげようか?」
と女の子は語りかける、あなたに。
「あなた、退屈そうだから」
●奥方様と子供たち
夢路 まよい(ka1328)は、いやな夢にうなされていた。
暗く狭い道。
知らない男の手が自分を引きずっていく。
静かにしろという声。
口が塞がれる。
「……起きなさい……」
静かな声に、はっと目を覚ます。自分がソリに乗っていることに気づく。
横に座っているのは白い毛皮のコートに身を包む、ほっそりした女の人。
正面を見れば、真っ白な雪の宮殿が、澄んだ星空の下にそびえている。
まよいはぽかんと口を開けた。
「ここ、どこ?」
女の人が答える。
「……あなたのおうち……」
まよいの顔に当惑が浮かぶ。
「私の……おうち?」
女の人は再度言う。
「……ええ……ここがあなたのおうち……」
まよいの顔から、不意に当惑が消えた。
屈託ない笑顔がその顔に浮かぶ。
「うん、ここが私のおうち!」
離宮の遊戯室はとても広くて大きい。ぶつかっても痛くないよう、壁も床も柔らかく出来ている。
奥方様が連れてきた子供たちが、そこで小鬼たちと鬼ごっこをしている。
「待て待てー」
「わしっわしっ!」
「うう、わう!」
「こらこらまよい、小鬼たちをもみくちゃにしてはいかん。耳や尻尾を引っ張られたら痛いのじゃぞ。おぬしも痛くされるのはいやじゃろう?」
子供らに交じり注意を与えている青年は、Δ(デルタ)。
人間だったときの名は、ディヤー・A・バトロス(ka5743)――彼はそれを、つい最近知った。往時身に着けていたケープに施してある名前の縫い取りを見つけることによって。
すでに魔物となっている身、人である時の名前を知ったからといって、それにまつわる記憶が呼び起こされるわけではない。
だが彼は、新しく知ったその名前をとても気に入っている。「光」という意味を持つあたりが、特にいい。
壁のフクロウ時計が三回鳴いた。
かわいいぬいぐるみ人形――魔物の天竜寺 詩(ka0396)がプリン、クッキー、チョコケーキを乗せた大皿を頭に乗せ入ってきた。
「はーい、皆、今日のおやつだよー」
子供たちはそちらへ我先に駆けて行く。
冬の奥方の侍女であるフィロ(ka6966)が遅れて入ってきて、小鬼たちにカリカリのオヤツを渡す。
「小鬼たち、そろそろ自分の名前を忘れた子供は居ますか?」
小鬼たちが揃って頷く。
「この前奥方様が連れてきた子はどうですか?」
小鬼たちが揃って親指を立てる。
「そう、忘れたのですか。それはとても良い事です。奥方様に報告しましょう」
フィロが部屋から出て行った。
カリカリのオヤツを食べ終わった小鬼たちは、詩のところへ移動する。
おやつを食べる子供達の姿を見て顔を緩める彼女に、以下の要求。
「おやつー」
「コボたちにも、もっとおやつー」
「もちろん用意してるよ~」
歯ごたえ十分な骨型クッキーを追加でもらって、大満足の小鬼達。
その毛皮を撫でて、これまた大満足の詩。
「うーんもふもふ♪」
●天国の天使たち
雲で作られた天国の門。その傍らに一群の天使たちが集っている。
中心にいるのはマリィア・バルデス(ka5848)。
「神の意向を無視する愚かな冬の王に天罰を。あれは詭弁で使者を丸め込み、天に戻るべき人の子の魂を盗み、自分の眷属を増やしているのです」
うんうん、とそれに頷いているのは、星野 ハナ(ka5852)。
「冬の終わりは冬の王さまの力が弱まりますしぃ、子供達は春の訪れに連れ去られるわけですしぃ、春直前に王さまと奥方を殺せば子供達は全部取り返せるんじゃないですぅ?」
リナリス・リーカノア(ka5126)が透ける薄衣をふわつかせ、肩をすくめる。
「あのさー、神様に一度相談してみてからにしたほうがいいんじゃないの、結論出すのは。王がいきなりいなくなったら、あの界隈混乱しない?」
北谷王子 朝騎(ka5818)は気がかりそうに言う。
「魔物の中にもかわいい子はたくさんいるでちゅ。無差別討伐はあんまりしないで欲しいのでちゅが……」
正統的かつ戦闘的な天使マリィアは、天使界きっての色物2名の意見を聞く気など、全くなかった。
「この程度のことで神のお耳を煩わすものではありません。冬の王も春にはこの地を去る身、生き残った眷属が新たな冬の王になりましょう。そして卑賤の身が新たな王になれたことに感謝して、以後2度と神の意向に逆らわなくなるのではないでしょうか」
「そんなにうまくいくかなぁ?」
懐疑的な意見を述べてリナリスは、討伐不参加を表明した。
朝騎もまた不参加を表明した。
その他、同様に参加を見送る天使は多かった。理由として一番大きかったのが、これが神様公認の討伐作戦ではないということ。
しかし積極的に参加を申し出た天使もまた、けして少なくなかったのである。
●地上に住まう精霊たち
山の中。
『カチャの湯』という真新しい看板がつけられた秘湯。湯気がもわもわ立ち上っている。
「いやー、いい湯だね! こんな良泉掘り当てるなんてやるじゃん、カチャ」
「いえ、掘ったのは私ですけど、見つけたのは私じゃないんです。リナリスさんなんですよ」
「ああ、あの天使の。だから近くに十字架が建ってるんですか」
山の精霊である天竜寺 舞(ka0377)とカチャ、それに炎の精霊エルバッハ・リオン(ka2434)は、3人仲良く入浴中。寒中暖を取りに来た狐や鹿、猿と一緒に。
「天使って言えばもう数年前の話なんだけどさ……ひどい雪の日にあたし、ソリ引いて山歩いてたんだ。そしたら行き倒れの姉弟見つけてさ。弟は余力あったんだけど姉の方が危なくて。だから麓まで背負って行ってやろうとしたら、天使のマリーがやってきて姉の魂よこせって言い出して」
「それは運が悪いですね……」
つい最近己も遭遇した天使の顔を思い浮かべながら、嘆息するカチャ。
しかし話は予想外の方向へ。
「でもマリー、魂取らずに帰っていったんだ。で、その姉は助かったの」
「ええっ!? 一体どうやったらそんなことが出来るんです!?」
「その弟――ナルシスっていうんだけど――それがえらく美少年かつ頭が回る奴でさー。あたしが「この天使はあんたみたいのに弱いから」って教えた途端『天使様、どうか姉を連れて行かないでください。我が家の家計は全て姉が負担しているので死んだらボクは路頭に迷ってしまいます。どうかどうか』って涙声の小芝居始めてさ。そしたらマリー『ウン、分かった』ってあっさり引き下がったんだ」
「か、完全にえこひいきじゃないですか……」
思わず半眼になるカチャ。
対してリオンは、さもありなんといった顔。
「まあ、あの人ならその位やるでしょうね。舞さん、その姉弟、今はどうしているんです?」
「さー、風の噂だけど、姉さんは船会社の社長になってて、弟はそのコネで豪華客船の船長に抜擢されたとかなんとか」
四方山話もたけなわなである所に、小さな声がした。
「あたしもひと風呂浴びさせてもらえるかな? 今この地についたばかりなんだけど、もー寒くてさー」
3人が顔を向ければ、十字架に腰掛けるオオルリシジミ蝶――の翅を持つ80cmの人影。
常春の国ティルナノーグの使い、妖精メイム(ka2290)である。
カチャは手ぬぐいを頭から降ろし、挨拶した。
「どうぞ好きなだけ入って行ってください、メイムさん。精霊王モグやん様はお元気ですか?」
「うん、元気元気。毎日モグモグ土耕してるよ」
そこに何かが急降下で飛び込んでくる。
高い高い湯柱が上がった。
「うわぅぷ!」
精霊と動物たちはそれに巻き込まれ、思い切り湯を飲む。
あわ立つ湯の面から天使リナリスが顔を出してきた。六翼を広げカチャに抱きつき、熱烈なキス。
「温泉完成したんだね、お祝いに来たよ、カチャー!」
続けて天使朝騎が顔を出す。嘆きながら。
「守備範囲の子が皆ノーパン状態でいるなんて、神様は意地悪なのでちゅー!」
山裾に広がる森の中。
泉の精霊ディーナ・フェルミ(ka5843)はため息ばかり。
春から秋にかけ来てくれていた動物や狩人の気配はぱったり途絶え、魚たちも水底で眠ってしまっている。
話相手が……いない。
「早く冬が終わって、他の季節になるといいの」
水面に顔を出してみれば、透明な影が木々の間をゆらゆら行くのが見えた。
あれは死んだ動物の魂だ。
天使は何故かあれに興味を示さない。迎えに来るのは人間の魂だけ。
夏、この泉に落ちた子がいた。溺れないようにと押しだしてあげたのに、天使はその子の魂を連れて行ってしまった。
「人間の魂って、キラキラしてとてもきれいだったの……私も、あれが欲しいの。全部独り占めする天使は狡いの」
恨めしげに言いながら彼女は、水の中に戻る。
すると足音が聞こえた。
「――誰か来たの!」
再度水面近くに上ってみれば、若い狩人が水を飲んでいるのが見えた。凛々しい横顔にすっかり見惚れてしまったディーナは、彼を水中に引き込み口付けをした。
狩人の胃に、肺に、水が注ぎこまれる。
口からキラキラ光る魂が出てきた。それはディーナの手を擦り抜け上って行こうとする。
「行っちゃ駄目なの」
ディーナはそれを吸い込み自分の中に入れる。すると胸の奥が、じんわり暖かくなってきた。寂しくなくなってきた。
(あなたは、私だけの魂なの)
狩人のなきがらをそっと泉の傍に横たえたディーナは、泉の奥の奥に隠れた。いつかこの魂が泉の精霊になるまで隠れていようと。天使に盗まれないように。
しばらくしてそこに、腹を減らした狼たちがやってきた。彼らは狩人が死んでいるのを嗅ぎ取り、喜んでその肉を食べ尽くした。
ちょうどそこへ、年若い黒狼の精霊、瀬崎・統夜(ka5046)――通称『ウルフ』が通りがかる。
「あっ。馬鹿やろお前ら。その食い残し早くどっかに隠せ、人間に見つかったら面倒なことになるぞ!」
狼たちは眷属の守護者が言うことに従い、皆で協力して穴を掘り、狩人の骨を一つ残らず泉のほとりに埋めた。
森の奥。
樹氷の精霊Gacrux(ka2726)の青い瞳は、降り積む雪に消えていく足跡を見つめている。
その足跡は、ずっとここに通ってきてくれていた娘の足跡。氷で作られている身を持つ自分を愛してくれた娘の足跡。
Gacruxは両手で顔を覆い、氷の吐息を吐いた。
「――君を離したくない――」
本当はずっと一緒にいたい。
だがそれは無理なのだ。自分が愛したものは、皆、不幸に身を落とす。彼女だけが例外でいられるわけがない。
『君を傷つけたくはない。大切なんだ。それは嘘じゃない。でも時を重ねるにつれ君は、俺とともにいることを必ず後悔するようになる。俺は人間じゃないから、君と同じ時間を過ごすことは出来ない……どうしたって俺たちは相いれないんだ。君はまだ若い。俺から離れて、人間と一緒になるべきだ。ここへは二度と来ないでくれ』
娘に対して口にした言葉の刃が、不信の棘が、精霊自身を苛む。
彼は彼女の名前を呼んだ。己自身にすら聞こえない小さな声で。
「――」
そこに突如羽音が響いた。
振り向けば天使、朝騎が飛んでくる。
「朝騎は負けまちぇん。せっかく地上に来たのでちゅから、必ず一枚はパンツをゲットして見せるでちゅ!」
Gacruxは彼女を呼び止めた。言ってることがどうもアレだが一応天使なのだから、自分よりは人間について詳しいのではないかと。
そして一連の顛末を話し、尋ねた。
「その娘が、幸せだったと思うか?」
「もちろんもちろん。真に愛することを知った者は幸せでちゅよ。その経験があるとないとでは、魂の輝きが全く違ってきまちゅからね」
「……それによって傷つけられてもか?」
「愛に傷は付き物でちゅ。主も人間への愛の為に十字架にかけられ、忍び難い傷を負われたのでちゅ――じゃあ、お邪魔したでちゅ」
Gacruxは飛んで行く朝騎を見送った。この氷の体が水に溶ける頃には、彼女の涙の意味を知ることが出来るのだろうかと思いながら。
森の途切れるところ、人里近く。
そこには人の目に隠された教会がある。プリズムの精霊マルカ・アニチキン(ka2542)が作った、幻影の教会が。
教会内部を隙間なく埋め尽くすのは精緻な壁画。描かれているのはすべて同じ一人の男性。それが繰り広げる冒険譚(彼女の知合いの精霊、天使、魔物の姿が遠景にちょこちょこ紛れている)。
どのような情念、妄執のもとに自分がこんな空間を作り上げたのか、彼女自身とうの昔に忘れていた。絵に描かれている男が、かつて自分が愛した人間であることも。
今日も今日とて絵をうっとり眺め、時に手を加え微修正する。その繰り返し。
そこへ、リナリスの声。
「マルカ、いるー?」
「あ、はーい」
戸口に出た途端、腕をむんずと掴まれる。
「今から一緒に来て、カチャ温泉の知名度を上げる手伝いをしてくれない?」
「あ……はい……その……かまいません、が……具体的にどうしたら……」
「温泉の近くに、おっきくて豪華な旅館の幻影を作るの。そしたら近くを通りがかった旅人も、すぐ気づいてくれると思うんだ♪ あらゆる人間、動物、その他にとって憩いの――」
リナリスはふと口をつぐんだ。教会の外へ出た。痛む心の声を聞いたので。
氷華の髪飾りをつけた人間の娘が歩いてくる。目から涙を零しながら。
リナリスは彼女に近づき、やわらかく翼をはためかせた。少しでも涙が乾くようにと。
●魔物たちの事情
冬の離宮。白に包まれた奥方の間。
そこにいるのは奥方と、フィロと、小鬼たち。
「……そう……マッチ売りの少女が名前を忘れたの……では早く新しい名前をつけてあげないとね……」
「早いほうが良いなら昼食後はいかがでしょう?」
「……そうしましょう……」
「承りました――小鬼たち、その子がお昼を済ませたら、この奥方様の間まで連れて来なさい」
お座りしている小鬼たちが揃って頷いたところ、ノックの音がした。
続いてルベーノ・バルバライン(ka6752)の声。
「奥方よ、入ってもいいか?」
「……どうぞ……」
入ってきたルベーノは、氷漬けの白い花を奥方に渡す。
「客間の飾りにでも使ってくれ」
「……あら……いつもありがとう……」
目を細める奥方。
ルベーノの指が、ゆるいハーフアップにされている彼女の髪に触れる。
「奥方よ、前々から思っていたのだが、貴女の名前はなんとおっしゃられる? 奥方は状況であって名前ではない。貴女の名前を知る権利が欲しい」
奥方の側に控えるフィロが、咳払いをする。
「ルベーノ様、奥方様の名を知ることが出来るのは王のみです。今のお言葉、戯れとは存じますが少々問題では」
虚を突かれたような顔をしていた奥方は、我に返ったように言った。
「……そう……私は王ではないあなたに私の名を教えることは出来ない……それが決まり……決まりは守ってちょうだい……」
「まことに失礼した。気分を害したならお許しいただきたい――では、いつ冬の奥方になったのか、その話を聞かせてもらえないか?」
「……いつと言われても……相当前のことになるわね……彼が王座に着いたときだから……それ以前から親しくはしていたのよ……彼と私は属性がとても近い存在だから……」
懐かしむような顔をしてから奥方は、ふと思い出したように言った。
「……ところであなたは……何の用事でお城から来たのかしら……お城で何かあった……?」
「いや、何も。ただ、天使の動きが最近活発化しているらしいとのことだ。ちょっとそのことを知らせに、な」
天使という単語を聞いた奥方は、眉をひそめた。
「……それはよくない……」
そこにスペットが駆け込んでくる。
「奥方様、天使が宮殿の中に舞い込んできとるで!」
後から詩もちこちこ入ってくる。
「奥方様、大変大変、天使が子供たちのパンツを盗んでるよー!」
統夜は氷原に立つ真っ白な宮殿を見上げた。
「ここが冬の離宮か……」
さすが奥方の住まいとあって、優美で瀟洒な作り。庭園もついている――花も木もすべて雪で出来ているため、白一色しかないが。
「さて玄関は――あそこか?」
統夜は普通にお宅訪問する気軽さで門に歩み寄っていく。奥方への面会を申し込むため。
そのとき中から大きな鳥が飛び出してきた。
いや、違った、鳥ではなく天使朝騎だ。手にたくさんのパンツを握り締めている。
続いて離宮の衛兵ぴょこが出てきて、地団太踏んだ。
「うぬぬ、おぬし飛ぶとは卑怯じゃぞ! 降りてくるのじゃ!」
朝騎は降りない。安全圏からキラキラした笑顔を振りまく。
「全ての幸せはパンツから始まりま」
次の瞬間、正方形の巨大な雪玉が空中に出現し彼女を飲み込んだ。そして地上に落下した。
フィロを伴った奥方がしずしず門から出てくる。
雪玉の前まで歩いてきて止まり、おごそかに言う。
「……私はあなたに……子供たちへの接近禁止を命じる……」
そしてしずしず戻っていく。
統夜はひとまず雪玉に声をかけてみた。
「おーい、生きてるか?」
すると、細々した返事が戻ってきた。
「生きてまちゅ……」
なら丁度いいので聞いてみる。
「なあ、人の魂が天国にいけないと何か困ることあるのか?」
「困るに決まってまちゅよ……魂がとこしえの平安を得る場所は、天国以外に存在しないのでちゅから……ところでここから出してくれまちぇんかね……」
統夜は雪玉を掘り崩してみようとした。だが雪は掘った先から盛り上がり、元に戻っていく。
彼は早々に諦めた。
「まあ、春になったら溶けると思うぜ?」
そこに羽ばたきの音。見上げれば別の天使が降りてくる。ハナだ。
「あれぇ? なんですこの正方形?」
統夜は自分が見聞きしたことを教えた。
それを聞いたハナは朝騎に話しかけ確認を取り、しばし考える。
「……分かりましたぁ。それでは私が代わりに、奥方へお詫びしておきますよぅ。朝騎さんは春までそこで待っててくださいねぇ」
いそいそ宮殿へ向かい、衛兵相手に交渉し始める。
「――ごめんなさい怒らせる気はなくてぇ。今度お詫びの品持ってきますぅ――ですのでぇ――」
そして奥方に直接面会し、仲間の不始末を改めて詫び、そそくさ帰っていった。
一方統夜はその日から一週間、雪の離宮に滞在していた。奥方はお忙しい。話がしたいなら、次の休暇日まで待つようにと言われたので。
そして本日、念願の休暇日。
早速奥方の部屋を訪ねに行ってみれば、まよいが新しい名前を授けてもらっている所だった。
「……今日からあなたの名前は、Φ……」
命名と同時に魔法の杖を渡されたまよい――Φは、にっこりした。
フィロが寿ぐ。
「おめでとうございます、Φ様。これで貴方も奥方様の眷属です。奥方様のためにしっかり働くのですよ」
小鬼たちも拍手。
統夜は奥方に質問した。
「なあ、奥方さん。ひとつ聞いていいか?」
「……どうぞ……」
「あんた、人間の子供を拾ってどうしたいんだ?」
「……どうって……成人出来るまで支援する……放っておいたらあの子たちは……死んでしまう……それはかわいそう……眷属が増えるのは……私にとっても王にとってもうれしいこと……」
一族繁栄という実益を兼ねている部分なきにしもあらずだが、基本同情から出ている行動らしい。
とりあえず天使よりは理解しやすい理由だ。拾った後の子供の人生についても責任を取るつもりがあるようであるし……。
(なら、いいんじゃねえかな)
と彼は、そんな風に思う。しかしそれは天使の考え方ではない。
●冬の終わり
凍りついた夜空を横切る流星群。それ全て、鎧を纏った天使たち。
彼らは北の果て、長大な山脈の奥にある冬の王の城に舞い降りていく。
城の周囲のみならず、部屋や廊下のあちこちで叫喚が巻き起こっている。
天使の槍に貫かれた魔物が、魔物の剣に切り裂かれた天使が、氷の壁と霜の廊下を赤く色付けて行く。
マリィアは黄金の拳銃を握り締め、王の間を目指し走った。衛兵の頭をぶち抜きながら。
星明かりとオーロラの結晶に彩られた豪奢な広間に飛び込む。冷気に身を切られながら引き金を引く。
「汚らわしい魔物如きが神の意向の邪魔をするなど……死んで詫びるがいい!」
弾は王にかすり傷ひとつ与えなかったが、自由を奪った。
しかしマリィアも無事では済まない。足先と翼がたちまちのうちに凍りつきその場から動けなくなった。
王は整った顔にせせら笑いを浮かべる。
マリィアは再び引き金を引いた。
歩み出そうとした王は動きを阻害された。
しかし氷結は進んでいく。マリィアの胸から肘までが凍りつく。
「死んで詫びるべきは君たちの方じゃないかね?」
と言った王は直後、身を翻した。
突如飛び込んできたルベーノの腹に拳をたたき込む。
ルベーノは口から血の塊を吐き出す。
「さすが腐っても王だな。不意打ちのつもりだったのだが」
そして、再び打ちかかる。
王はかわした。先程と同じ位置に拳を入れる。腹から背を突き破る衝撃。
「お前が奥にちょっかいをかけていることに、私が気づかないとでも思っているのか?」
その場で終わっておかしくないほどのダメージがルベーノを襲う。
マリィアはまだ動く指先にすべての力を注ぎ込み、引き金を引く。
弾が当たった。
氷結がついにマリィアの全てを覆う。彼女の体は氷の粒となって四散した。魂は天へと還って行く。
それはルベーノが王に、蓄積した自身のダメージを転嫁した拳を打ち込むのと、ほぼ同時だった。
王の体に穴が開いた。彼は一個の氷塊と化し、砕け散る。
ルベーノは床に落ちた王冠を拾い上げ自身の頭に載せた。腹の底からわきあがってくる新しい力が、城全体を震わせるほどの雄たけびを吐かせる。
「俺が新しい王だ!!」
「先日はどぉもお。約束どおりお詫びの品お持ちしましたぁ」
謝罪使節と称し離宮に入り込んだハナは、魔物たちの不意をついて戦闘を始めた。
光符陣を乱発しながら奥へ奥へと進んで行く。その過程で各下の魔物や小鬼が、何匹も弾けた。
廊下の奥から吹雪が舞い上がり叩きつけてくる。それ以上先に進めなくなる。
白い人影――奥方だ。
ハナは五色の光を生み出す。
光は奥方を飲み込んだ。
奥方は――傷一つ負っていない。
「……とてもよろしくない……」
だが目がくらんでいる。ハナに対しての攻撃を一回外した。
続いての彼女からの攻撃は、しのいだ。自身の周囲に氷壁を立ち上げることで。
続けて彼女はハナに再び攻撃を仕掛けた。ハナは雪玉に飲み込まれる。
しかし彼女は護符を乱発することで、その中から抜け出した。
そこへΔが飛び込んでくる。自身が人であったときの形見であるケープを纏って。
「義は心にあり、真実はここにしかない。皆、行くぞ!」
すでに魔物となっている子供たちが、それに従っている。
「おー」「てんしはてんごくにかえれー」
奥方は驚き止めに入ろうとした。
「……これ……あなたたち、やめなさい……危ない……」
しかし動きが遅くて間に合わない。
Δは光の波動を受け火傷を負いつつ、ブリザードを発動する。
ハナはそれを完全に弾いた。手堅い防備によって。
フィロは子供らの支援のため、マーキス・ソングを歌う。
「身も心も魔物になった子に、私は容赦しませんですよぅ!」
ハナは、光符陣を発動。
だが、不発。Δのカウンターマジックである。
戦いの様子を見ていたΦの頭の中に、突如呪文が浮かんだ。
彼女はそれを口にする。
「天空に輝ける星々よ、七つの罪を焼き尽くす力となれ……ヘプタグラム!」
荒れ狂う灰色の空に巨大な星形の魔法陣が描かれる。その頂点のひとつひとつに火球が生じ、地上へと降り注ぐ。
ハナは凄まじい威力の業火を身に受け塵となった。その魂は天へと還った。
離宮攻めをしていた天使らは主力となる彼女が敗れたことで、足並みを乱した。
数人が場を離脱していく。王の城攻めをしている部隊からの援軍を要請するため。
しかし彼らはそうすることが出来なかった。強烈な眠気に襲われ、次々墜落して行ったのである。
リオンは式紙で天使らが眠りこけていることと、誰にも見られていないことを確認してから、一人一人の首をロープで手早く締めて回る。
魔法を使わないのは、音を立てると周囲にばれるリスクがあるから。
「なまじ援軍でも呼ばれたら、奥方が死ぬ可能性も出てくる。王と奥方、両方同時にいなくなられるのは困るんですよ」
魔物にも天使にも属さない彼女の望みは、自分の範囲内の平穏が保たれ続けること。それをかき乱すようなことをする輩は、どちらの陣営にしろ敵。
「天使、魔物双方のパワーバランスがつり合ってくれていなければ」
全員の魂を天に還したところで遠吠えが聞こえた。黒い狼が走ってくる。
統夜だ。どうやら奥方側の援軍に来た様子。
リオンはその場から立ち去る。たとえ仲間と言えど、自分の裏の顔を知られるわけにはいかない。
●そのころ、遠い海の沖合いでは
防寒着に身を固めたメイムは、天使マリーに挨拶した。
「こんばんは魂渇の天使マリーさん、風が騒がしい今日も忙しそうだね♪」
「メイム、こんなところで何してるの」
「うん、もう直ぐこの近辺で、氷山にぶつかって豪華客船グリーク号が」
と言うが早いか、けたたましい破壊音が響いた。
見下ろした先には今まさに沈み行く大型客船。
メイムは黒い手帳を見返す。
「約2,200人の内1,000人以上が亡くなるって書いてあるね」
と言って灰色の鎖を取り出し、暗い海に垂らす。
「あの船の船長のナルシス・Gは情状の余地ありって事で、地域精霊王モグやんの特別なお計らいにより、常春の国に招く事に決まったの。彼益虫には寛容でね。船内の蜘蛛の巣1回も払わなかったの」
鎖に引きがあった。上げてみると、魂がひとつ引っかかっている。
メイムはそれを腰に下げた魚篭に入れた。
「じゃ、あたしはこれで」
と言って飛んで行こうとした所、マリーがその前に立ちはだかってきた。
「駄目。その魂は私が天国に連れて行くの」
「いや、魂は他にも沢山あるし。ほらほら、あっちにもこっちにも浮いてきたじゃない」
「あんな雑魚はどうでもいい。ナルシス君の魂をよこせ」
話し合っても無駄だと悟ったメイムが全速力で逃げる。
マリーが全速力でそれを追う。
その後彼女は二度と天国に戻ってこなかった。
一説によれば魂を島まで追いかけ、とうとうそこに居ついてしまったそうだ。
●後始末
丸一昼夜続いた吹雪がやっと終わった。
氷の海は、果てなく続く雪の砂漠に変わってしまっていた。天使が全部退散して行ったと確認が取れるまで、奥方が頑として手を緩めなかったせいである。
季節外れに力を振るいすっかり疲れてしまった彼女は、至急城へ戻ることにした。今後の対策について、王と話し合おうことにしようと。
離宮を小さく畳んでマフの中に入れ、銀のソリを大きく広げ、城つきの魔物と子供たちとを全員乗せる。
「皆、押さないようにね」
「お城に着くまで静かに座っているんですよ」
「落ちたら大変じゃからの」
詩とフィロとΔが子供たちに言い聞かせているそこに、蹄の音。
青黒い馬に引かれた白金の馬車が――冬の王の馬車が走って来た。瞬く間にソリの傍まで来て、止まった。
奥方はほっとしたような顔をして、そちらに歩み寄る。
「……あなた……」
馬車の扉が開く。
そこから出てきたのはしかし、彼女が予想していた人物ではなかった。同じく王冠を被ってはいたが。
そのことに奥方は、大いに戸惑った。
「……ルベーノ……何故あなたがその冠を……」
「冬の王の城で天使の襲撃があったのだ。冬の王も殺された。緊急事態ということで、俺が新しく王座についた」
「……えっ……」
二の句が告げない奥方。その目にみるみる涙が盛り上がる。
ルベーノは彼女の体を抱き抱え、馬車に乗せる。自分の隣に座らせる。
「少し早いが奥地に戻り次の冬には巻き返すぞ。お前は俺が守る、急げ」
カチャの湯。旅館の周囲は花盛り。おかみ姿のカチャは首を傾げる。
「今年は妙に春が来るのが早いですね」
遊びに来ていた舞がそれに答える。
「冬の王が交代したらしいよ。天使に襲われてやられちゃったんだって。妹がそう言ってた。王妃は新しい王と近々結婚するってさ。お城の建て直しが急務で、しばらく新しい子供は受け入れられそうもないって」
「へえー、そうなんですか」
「にしても、最近ディーナ見ないね」
「あの人、なんだか泉に引きこもっちゃってて……暖かくなったのに。Gacruxさんも溶けて水になっちゃいましたし」
「冬になったらあの人、また元に戻るけどね。で、マルカは?」
「人間の子に絵を教えてます。その子、展覧会に落選したことで希望を失い彷徨っていたところ、マルカさんの絵を見て感銘を受け、生きる気力を取り戻したそうで」
縁側では統夜が寝そべり、日向ぼっこ。
そこに影。顔を上げればリナリスと朝騎。
「大おかみが遊びに来たよー」
「お風呂入れてくだちゃーい。冬の間雪玉に閉じ込められっぱなしで、身も心も冷え冷えなのでちゅー」
●おわりに
灰色の空。雪の降りしきる丘の上。
一人の女の子がそこにいる。一つ目の白フクロウを肩に乗せて。
「お話はこれでおしまい。私もう行かなきゃ。新しい王様と奥方様の結婚式があるの。私、奥方様のベールを持つのよ」
女の子は言う。あなたに。
「私の名前? Φって言うのよ」
彼女は駆け出していく、雪の中へ。
その姿はみるみるうちに遠ざかり、あなたの視界から消える。
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相談卓 マルカ・アニチキン(ka2542) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2018/11/04 17:41:00 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/11/04 15:21:45 |