• 落葉

【落葉】大伽藍の祈り子たち

マスター:ことね桃

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/11/04 22:00
完成日
2018/11/18 14:21

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出? もっと見る

-

オープニング

●それは響きあい、解けあい、絡みあう

 ラズビルナム地下に聳える大神殿。その奥で彼女――いや、彼女たちは無の空間からふわりと姿を現した。
 5人、いや5体といった方が正しいのか。可憐な色とりどりのドレスを纏った少女らしき異形どもはぐるりと円を描くように踊り、言葉にならぬ声を歌となるよう重ねあい、互いの手を取り合って待つ。己が主を。
 ――異形たちの指先が絡みあい、いつしかそのふたつの手が呑み込みあうようにひとつとなった。高らかに上げたつま先も触れ合うたびに潰れ、重なり、いつしか揃って振り上げるしかできないひとつの脚となった。
 それでも異形は踊りを続け、声を重ねあう。主が安寧の時の流れのうちに永久となれと願って。

『……ありがとう、私の子供たち。あなたたちはとても優しいのね。互いを理解し、尊重し、ともにあることに痛みを感じないよう心を砕きあっている。……ああ、皆がそうであったなら。そう。ひとすくいのスープのように――たとえ向かうべきところがたったひとつしかなくとも、己の運命を誰かのただひとつしか得られなくとも……心穏やかに幸せになれるのでしょうに』

 少女たちの中央の空間から穏やかな声が響く。「それ」は水面に広がる波紋のように空間を揺らがせると――輝く球体を纏う麗しい女の姿を形成した。

『ああ、それをヒトが否とするならば……大海の中に漂う一粒の砂のように耳を塞ぎ、目を潰し、手足を断ち……心を失うしか道はない。何も欲さず、何も奪わぬように……そうするしか、私たちに道はないのでしょうか? ヒトは孤独を恐れるモノ。そうあってはならないと、私は願っているというのに』

 それの声は常人が耳にすれば正気を失わんばかりの哀切を帯びていた。しかし異形の少女たちは声を振り絞るようにし、重ねることで言葉を為し、全くの無邪気さで彼女を称賛する。

『く』
『くり……』
『……ぴ?』
『……く』
『ろう』
『ず、さ……ま』
『くりぴ』
『ろろろ』
『るうず、さま』

 たどたどしく言葉を幾度もつなぎながら、中央に現れたその女のローブに縋りつく。先ほどまで物理的に結びついていた手足はすでに離れ、救いの御手を求めるように女の手を何度も撫でた。その様に女は悲しげなまなざしを送る。

『……あなたたちはまだいとけないのですね。私と痛みを分かち合えるようになれるにはどれほどの時間を要するのでしょう……もう、然程時間は残されていないのに』

 女――剣魔クリピクロウズはそう呟くと、天井に誂えられた……二度と光を通すことのないステンドグラスを見上げた。
 そこには何かに救いを求め、祈りを捧げる人々が描かれている。ただし、その祈りを受け入れていたであろう何かは既に土とともに割れ落ち――何者であったのかはわからなくなっていた。

『彼らの信仰とこれからの生きとし生けるものの願う先が永久の平穏であることを……私は心より願います』
『こころ』
『ねがう』
『みんな』
『いっしょに』
『とけて』
『きえて?』
『ううん、きえなくても』
『いいんだよ』
『ただ』
『みんなで』
『えいえんに、なる』

 少女たちの言葉にクリピクロウズは『そうですよ、そうならなければ』と微笑んだ。
 そして。口元に一本指を立てて呟く。

『さあ、もうそろそろ私たちに憎しみを抱く者達がこの地にやってきます。彼らに私たちの愛と幸福を示し、良き友となりましょう』

 異形の少女たちはその言葉ににっこりと笑うと、宙をゆらりと浮かぶ女の後ろについて靴音を揃えた。


●帝都近郊のハンターオフィスにて

 只埜 良人(kz0235)が勤務するオフィスに珍しい客人が訪れた。
 時は黄昏刻……フリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)が無言のままデスクに向かうと、彼に向かって一枚の紙を差し出す。
「フリーデさん……これは?」
 紙には何度も書き直した痕跡があり、旧い言葉も多く交えてあったため判読に時間がかかったが――どうやらフリーデ曰く、ラズビルナム地下神殿の地図らしい。
『先日、ハンター達とともに地下に潜ったのだが……その際に奇妙な感覚を得たのだ。歪虚に近いのだが、憎しみとも怒りとも破壊欲求ともほど遠い……慈悲の意思を』
「慈悲?」
 良人が頸を傾げる。歪虚は生者を死に誘うことを主な目的とするはずだが、それは慈悲のような柔らかな感情と真逆の意思に基づく行為であるからだ。
『うむ。本来ならばその地まで調査を進めたかったのだがな……負傷者が出たため、仕方なく昨晩撤退したのだよ。幸い私は傷が浅く、マテリアルの感知にも長けている。日を空けなければその慈悲のマテリアルが発されている地までハンター達を導けるはずだ。この探索活動を依頼として受理してもらえないだろうか?』
 良人は地図を改めて眺めると慣れた様子で依頼文を作成し、地図とともにそれを上司に渡す。ただし、その顔には不安の色が浮かんでいた。
「フリーデさん……最近無茶を繰り返していませんか。汚染の影響を受けにくい身体とはいえ、地下の探索を繰り返して……深層で得体のしれないモノとの遭遇を望むなんて……」
『ふ、私は戦場にしか居場所のない女だぞ。命を懸ける価値のある戦いを求めるからこそ往くのだ。なあに、お前の心配など杞憂に過ぎぬ。果報を待つがよい』
 フリーデは彼の懸念を吹き飛ばすように笑った。彼女は先の精霊ローザリンデの救出依頼以降、ラズビルナムの地下探索に深く関心を示し幾度も浄化作戦に参加している。――それは森を探索するうちにその不思議な意思を地中から感じ取り、正体を見極めんとするためだった。あと一押し、その気負いがフリーデの心を急かしていく。
 良人は上司から許可のサインが入った書面を渡されると、ため息まじりにそれを壁に貼り付けた。――それは依頼が正式に受理された証、だった。
「……わかりました。依頼が受理されましたので、これから来訪するハンター達に声をかけておきます。ただし地下の空洞は広大だと聞きました。くれぐれも、無事のご帰還を」
『わかっている』
 リアルブルーの警察機構で仕込まれた敬礼をフリーデに示す良人。フリーデはそれに旧き時代の帝国軍の敬礼で謝意を示した。
 その時、フリーデの胸元に揺れる……カレンベルク家の紋が残る錆だらけのロケットがカツン、と小さな音を立てた。

リプレイ本文

●死の門を潜って

 ラズビルナムの地下に広がる神殿。死者が現れるにもかかわらず、不思議とそこは負の匂いが漂わず――むしろ清浄さを感じさせる奇妙な空間となっていた。
 カイン・A・A・マッコール(ka5336)は塵ひとつ落ちていない純白の空間に思わずため息を漏らす。天井には幾何学模様に並べられたステンドグラス、床にはうっすらと白花を模した意匠が施されている。到底歪虚の住処とは思えないほど清らかだ。
「良い場所だな、ここで戦うのが少し野暮に感じるぐらいには」
 しかしそう呟く彼の甲冑と大太刀には血がこびりついている。もっともそれは彼自身のものではないのだが。
 その声が響くと同時に、今まで柱の陰から隠れていたスケルトンが勢いよく駆け出してきた。剣が一行に振りかざされるも――。
 ――グシャッ。
 雷を纏った戦斧がスケルトンの頭を叩き潰す。英霊フリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)の手際にリュー・グランフェスト(ka2419)が「流石だな」と拳を突き出した。
『ただの経験による悪癖だ。刃を向けられると身体が勝手に相手を叩き割る……力ならお前たちの方が十分に強いだろう』
 フリーデが吐息のように笑みを漏らす。それは実力が全盛期にまで戻っていないことへの恥じらいも含んでいた。
 実際にリューの大剣――星神器エクスカリバーはフリーデ以上に死者を数え切れぬほど葬っている。しかもその剣の奥義「ナイツ・オブ・ラウンド」の強力な回復魔法による治癒により、今や誰ひとりとして傷を負ったものはいない。
 そこで仲間の無事を改めて確認したリューは刃にこびり付いた血を振り払うと「あと少しだな」と誰に言うでもなく呟いた。甘い歌声のような負のマテリアルを肌で感じ始めたのだ。
 その警戒心と裏腹にゾファル・G・初火(ka4407)が不敵に笑む。
「ぶっちゃけマテリアル云々はわかんねーけどよ。なんつーか、こんだけの匂いを放つってことは燃える相手ってことじゃん。今回も死にそうな気がして俺ちゃん、超楽しい」
 ゾクゾクする、と両肩を抱き身悶えの素振りを見せるバトルジャンキー・ゾファル。彼女の腕に嵌められた蒼機拳ドラセナも既に死者たちの返り血で深紅に染まっていた。
 その前でアルマ・A・エインズワース(ka4901)が錬金杖の先端を振り回してみせる。この杖から放たれる氷の魔法「終蒼の冷焔」は強力無比で、道中に一斉に襲い掛かってきた雑魔らを氷柱に変えては粉砕してきた。しかし容赦のなさの結果、彼はその秘術を残り2回しか使えないほどまでに魔力を窮している。そんな状況でもアルマは得意げに腰へ両手を当てた。
「わふわふ。強そうな子は皆で真っ先にじゅってしてきましたもんねー。後はフリーデお姉さんの感じた変なマテリアルの根源を突き止めるだけなのでーす」
 そう笑う彼をフリーデは戸惑うように見やると、大きな手で彼の肩を軽く叩き――耳元で囁いた。
『道中の尽力、感謝している。だがこの先はより危険だ。無理はしてくれるなよ』
 低い声にアルマが小首を傾げた。先日の精霊救出依頼での一件もあり、まるで水にイングを垂らしたような不安が広がっていく。
 彼は青の瞳を訝しげにしてフリーデをじっと見つめた。
「……フリーデお姉さん、最近誰かの心配を笑い飛ばしたりしてないです? 無理に強がってないです? もしそうなら、それはフラグって言うですー。まぁ、へし折りますけど……」
『む……』
「お姉さんはよく皆のこと心配してくれるですけど、お姉さんもご無事でないと意味ないですよー?」
 そう言いながら彼はフリーデにアンチボディを付与し、胸元にある錆びたロケット――持ち主曰く、自身の最後の存在証明である「依り代」にそっと触れた。そこには翼を広げた逞しい大鷲の紋が刻まれている。いつか綺麗に磨き、元の通りに直してやろうとアルマは思った。
 一方、精悍な猟撃士キャリコ・ビューイ(ka5044)は己の背丈を大幅に超える銃を軽々と担ぎ、ずいと歩み出た。彼は幼少期から戦場に身を置いてきた影響か、戦場にあれば喜怒哀楽のない生粋の戦士と化す。本来なら温厚な気質の青年なのだが……。
「さて、色々要り様だから依頼に入ったが……またメンドクサイ事態だな。アルマ、カイン、さっさと終わらせるぞ」
 本人にとってはおそらく無意識だろう。しかし抑揚の控えられた声がハンター達の緊張感を高めていく。既にキャリコの脳裏にはターゲットを駆逐するための手段が幾重にも組まれているのだ。一本道となっている通りを時折警戒しながらつかつかと進んでいく。
 同じく戦闘となれば人格の変わるアルマやカインも思うことがあるのだろう、頷きあうと黙して歩き出した。
 ――その後方で濡羽 香墨(ka6760)はいつも隣にいるはずの親友がいないことに胸を痛めていた。
(……あの子がいないけど、やらなくちゃ。守らなくちゃ、いけないから)
 その視線の先にはフリーデがいる。精霊ローザリンデ救出依頼の報告書を読んで以来、彼女の動向が気にかかって仕方がないのだ。
(勝手に死なれると……困る。精霊との契約……それに……)
 いや、今それを考えれば辛くなるだけだ。香墨は兜に覆われた顔を静かに横に振ると先行する仲間たちの背中を追うべく「行こう」と呟いて愛馬の首を優しく撫でた。


●慈悲の剣魔

 ハンター一行がたどり着いた先は所謂伽藍、それも大規模なものだった。壁には無数の蝋燭が燈り、闇を暖かな色で照らし出している。
 その奥に、いた。白い装束を纏った脚のない女と、黒・白・赤・青・緑の装束を纏った5体の人形の如き美しい死体が。
「香墨様、敵は死者……ならば」
「わかってる」
 フィロ(ka6966)が香墨の視線を読み、彼女と「やるべきこと」が重ならぬように走り出す。その俊足たるや、伽藍の床にヒビを奔らせるほどの力強さ。そして深く呼吸した――死者を弔う祈りの歌を奏でるために。
 一方、アルマは「わうーーっ!!?」と成人男性らしからぬ悲鳴を上げると蒼い炎を纏う腕から金色の彼岸花を浮かばせ、そこから透徹な氷の刃を一直線に解き放った。距離は十分、反撃にはまだ十分な猶予があるはずだ。
 ――ザザザザッ!!!
 その氷は白と緑の下僕の手足を凍り付かせ、美女の被っているフードを根元から斬り裂いた。白い布地が宙に溶け、女の顔を隠していた長髪も千々に斬り落とされる。しかしその素顔は意外なほど人間的で、不思議なほど美しかった。
『あら、ハンターという方々は随分と乱暴なご挨拶をされるのですね。私は剣魔クリピクロウズ。貴方達が探していた存在のひとつにございます』
 装束を裂かれ髪を無残に断たれたにも関わらず、思いのほかおっとりとした声を返す剣魔にアルマがきょとんとする。
「あ、なんだ。歪虚さんです。てっきりおばけかと……あ、よく考えたらおばけさんよりだめなんですよね?」
 白装束の正体に安堵したのか、冷静さを取り戻すアルマ。
 後方に控えるケイ(ka4032)も飄々とした態度を装いながら、バリスタを正確に構える。
「ふふ、聞いてたより随分美人さんね。敵じゃなかったら一緒にお茶でも飲みたいところよ。残念だわ」と軽妙に応じながら。
 しかし剣魔は切々とハンター達に訴えかける。その姿はまるで――戦いを食い止めるために我が身を犠牲にせんとする聖女のようだ。
『貴方たちは何故ここに来たのです? 私達と殺し合いをするつもりなのですか? 戦は苦しみと憎しみしか齎さないのに……それはとても悲しいことだと思いませんか? それよりも私たちは互いを理解と尊重しあい、心も体も永遠に重ねあうべきだと思うのです。精霊と人間のように……穏やかに。それが不可能なのであれば、もう……貴方たちと触れ合いたくはありません』
 その嘆願に続いたケイの判断は優しくもあり、毅然ともしていた。
「静かに暮らしていただけなのに踏み荒らされる……辛いわね。悲しい現実だわ。でも世の中何時だってそんなものよ。共存できない関係なら尚更ね」
 自身も過去に思うところのあるケイ。しかしそれを振り返ることなく、バリスタの弦を目いっぱいに引く。
(何事も最初が肝心ってね……派手に行こうじゃない。覚悟してね、剣魔さん?)
 張り詰めた弦から天に向かって撃たれた矢は光の雨となって剣魔とその下僕たちに容赦なく降り注ぐ。懲罰の力を込めたその光は剣魔の動きこそ止められなかったが、剣魔を守るように立つ下僕の動きをひどくぎこちなくさせた。
 リューはその哀れな姿に剣魔に「見ろ! これがお前の犯した罪だ!」と叫び、黒いドレスの下僕に接近すると守りの構えを展開した。下僕が次なる死を穏やかに迎えられるようにと。
「本来なら安らかに眠っているはずの子らの命を徒に乱すお前の手合いこそ、苦しみと憎しみしか生み出さない! それなら俺がいち早く眠らせてやる!!」
 鎮魂の祈りを込めてエクスカリバーが風を斬る。すると呆気ない切れ味と共に「どうっ」と重い音が響いた。黒いドレスの下僕の上半身が下半身からするりと転げ落ちたのだ。
「あ、ああ……」
 しかしその刃を回避しそこなったことで彼女は懲罰から脱したのだろう。腕で身体を持ち上げると――笑いながら小さな口から歌を紡ぎ始めた。呪詛の欠片をたどたどしいメロディに乗せて。
 その歌声に続き、他の下僕達も口を開き始めた。今はケイの業により声を発することはできないが――次こそは必ずそれは言葉を成すだろう。
 Gacrux(ka2726)はたどたどしい唄を遠方から聞き取ることで、背筋に冷たいものを感じ取った。恐らく、彼女らが得意とするものは「連携」。ひとつ聞き取っただけでは意味のない声でも、重なることで正しき言葉にもなれば重き呪詛にもなる。
 幸い剣魔はまだ戦意を露わにしていないようだ。そして、身を斬られた下僕達も。……全く、不思議なことだが。
(今しかないか!)
 彼は魔導バイクのアクセルを全開にし、連携の要となるであろう、前衛中央にある青色の下僕のもとに向かうとワイヤーウィップを構えつつ、守りの構えを展開した。
(連携を潰す……願わくば、剣魔の前進も止めてみせる!)
 そこでGacruxは剣魔の気を惹くべく、剣魔が出現した過去の事案の報告書を諳んじてみせた。
「あんたは過去に2度、ハンターと交戦している。いや、最近の記録を含めればもっとか。平穏を求める割に、随分と過去に暴れた記録がある。あれはどう説明なさるおつもりで?」
 爬虫類を連想させる冷たい目が、下僕のもとで泣き崩れる剣魔に突き刺さる。すると――剣魔の美しい顔に赤子から老人まで、あらゆる性別・人種の無数の人面が浮かび……それらが一斉に哄笑した。
「……!」
 おぞましさに鞭を握る手を硬直させたGacrux。だがその人面たちはハンター達の顔を見据えてゲラゲラと笑い続ける。
『あはは、気づいちゃった? 実は私はひとりじゃないの! 私は意志の集合体、意志の塊の数だけ私はいるのよォ。下僕や人間如きを愛してやってるお優しい私がいるようにィ、何もかもブチ壊すのが好きな私もいるしィイ……真っ当な思考能力のない屑もいる。おかしなことに泣いてばかりの出来損ないもいるのよォ!』
 Gacruxは開き直りとも思えるその傲慢な態度に、嫌悪感を溜め込んだ唾を吐いた。
「なるほど、それがあんたの本性ってわけですね。剣魔は無数に存在する歪虚、四霊剣の中でも異端にして外道というわけだ」
 ……今度は容赦なく鞭を打つ。Gacruxの覚悟を知らず、剣魔は号泣と哄笑を繰り返しながら宙を舞った。その動きは思いのほか、速い。
『アハぁ、そんなつまらないことより、皆一緒になりましょう! 一緒になれば辛い過去なんて混ざり合って消えてしまう。それに誰もいなくなれば戦わなくていいのッ。幸福と尊重、それしかない幸せな未来のためにぃいいいッ!! 貴方達もさっさと死んで私とひとつになりましょうよォオオオ!!!』
 剣魔がGacruxに迫る。そしてそのローブから虹色の光球2つを弾き出した。狙いの先は前衛にあるGacrux、リュー、ゾファル、フィロ、多由羅(ka6167)。
 鮮やかさとは裏腹に異様な重みのあるそれは守りの力を高めているGacruxとリューには大きな傷を与えることがかなわない。むしろカウンターアタックの構えも併せていたGacruxは事前に叶えていたダンピールの力とカウンターバーストもあいまった強烈な一撃を鞭に込め、怒涛の如き衝撃波を放つ。
「人間を嘗めるな。歪虚風情が……!」
 かつて人間と認め合い、心を通わせた歪虚がこの世界にいた。その志を嘲るような存在をGacruxは許せない。
 一方、鎧受けでダメージを軽減したゾファルも「へへっ、いい奴持ってんじゃん。おら、もっと強いので来いよ! でねーとお前の大切なお人形さんがこうなっちまうぜ!」と敵を挑発した。彼女は丁度Gacruxが足止めしている青の下僕に狂戦士を思わせる目つきで威圧すると、両腕に備えたグローブによる苛烈なラッシュで相手の細い顎を打ち砕く。
「あうっ……?」
 言葉を発せなくなった青の下僕が紙屑のようになった顎を不思議そうに触れる。
 しかしゾファルの闘狩人としての神髄はこれからだ。青を倒しきれないのを確認するや、瞬時に腰を落とし「これで許してもらえると思ってるんじゃねーだろうな?」と笑う。そして次の瞬間全身をばねのようにして腕を突き上げると、マテリアルの刃が突出した拳を相手の鳩尾に深く突き刺した。腐臭のする血が白い床に向けて激しく噴き出す。最早相手は虫の息だ。しかし歴戦の勇士でもあるゾファルは下僕や剣魔の不穏な空気を感じたのだろう。小さく舌打ちをすると後方へステップする。
 こうして戦が激しくなっていく最中、リューとは真逆の方向から斬り込む青年がいた。カインだ。
(連携されると厄介なのはどんな敵も一緒か……。だが潰せばいい。ここで斬り伏せる!)
 彼は赤の下僕の隣に大きく踏み込むと、彼女を外側へ向かって倒れるように渾身撃を叩き込む。その刃は下僕の首を地に縫い留めるかのように、正確に貫き通していた。そこから胸へと真っすぐに刃を全力で落としていく。ひゅうひゅうと、喉から漏れる息――もうこれで歌うことは叶うまい。
 一方、光球による打撃をまともに受けたフィロと多由羅はをふらつかせる。四霊剣の名は伊達ではないことをその身で実感するばかりだ。
 その様子を後方から静かに見据え、大型魔導銃を構える者がいた。キャリコだ。彼の構える「応報せよアルコル」には光の力が宿っているが、現在は弾を一発しか込めていない。必殺の一撃を放つために。
「……誰ひとりここで死なせるわけにはいかない、か」
 フリーデが下僕達に雷撃を見舞う姿を視界の端に押さえつつ、彼は剣魔へ銃口を向ける。
(仲間と英霊が下僕どもを抑えている間に奴を早々に仕留めるのが良策か。アルコル、お前の力を早速使わせてもらうぞ!)
 マテリアルを指先と眼に集中させ、極限まで命中率を引き上げる。さすれば必然と威力も上がるというもの。彼はトリガーエンドの力も併せ、獰猛かつ執拗な猛獣のごとき性質を秘めた銃弾を剣魔に向けて発射した。
 ――シュアアアアアアッ!!
 弾が幾度も角度を変えながら剣魔の胸部を貫く。その威力たるや豊満な乳房をただの肉塊へ崩し、装束の隙間から震える腐肉と白骨を露出させたのだから相応のものだったに違いない。しかし――核は見当たらなかった。
『あららァ、イイ感じに作ってもらったカラダなのに台無しになっちゃったじゃない。責任とってもらえるゥ? そこのお兄さんさァ』
 泣き続ける剣魔の頬に浮かんだ、妖艶な女の顔がへらへらと笑う。しかしキャリコはそんなくだらない挑発に乗る男ではない。
「……仕方ない、前に出るしかないか」
 キャリコは使い物にならなくなったアルコルを壁に放り出すと、腰に下げた銃へ手をかけた。
 それと時を同じくして、多由羅は大太刀を支えに立ち上がった。彼女は息が切れるのも構わず、口上を述べる。
「私は多由羅と申します。よしなに。さぁ……剣魔、そしてその僕の方々……共に死にましょう……!」
 彼女の大太刀に宿された次元斬の力もキャリコの弾丸と同様に残り一撃を残す状況となっている。
(相手が相手だけに短期決戦。頼もしい仲間、立ち向かうは圧倒的な脅威。何から何まで、相手にとって不足はないようです。どちらが先に息絶えるか……鬼の本能が疼きますね)
 彼女の視界に祈り子を模した下僕5体と剣魔が映る。次元斬はその名の通り、空間を斬る業だ。ゆえに、発せば有象無象の区別なく刃は――仲間さえも傷つける。ならば。
「はあああッ!!」
 多由羅の刃は剣魔を中心にした空間を幾重にも切り刻んだ。幸い、剣魔と直接刃を交わしている者がいないのと、下僕達が剣魔を守るように立ちふさがっているからだ。
「あ……あっ!」
 ゾファルが限界まで殴りつけた青の下僕の頭が消失し、その身体が白い砂となって消えていく。まずは一体、といったところか。
 しかしその痛みに耐えながらの集中による疲労は尋常ではなかった。がくりと膝をつく多由羅に香墨が駆け寄ると、四彩の十字架を通してアンチボディを付与する。
「痛みが……?」
「はやくたって。まだ。たおれちゃだめ」
 兜の奥から聞こえてくるぎこちない声。多由羅は「感謝します」と告げると、また斬り結べる喜びに胸を躍らせた。命を懸ける。そのたびに彼女は絶頂に似た快感を得るのだから。


●異変

 戦は思いのほか、長引いていた。
 ハンター達は精鋭揃いといえども、歪虚側も相応の戦力なのだ。しかも下僕の負傷が重なるごとに剣魔が慈悲の力を発し、大幅に傷を癒していく。
 もっとも下僕のうち青と赤の下僕は土に還っているのだが……ハンター側のスキル使用回数もいよいよ限界に近付きつつある。
(このままでは不利……どうにかしなければ)
 フィロが清らかな言葉を歌で紡ぐ。それはエバーグリーンでかつて覚えた言葉を断片的に繋いだ、鎮魂の唄。しかし仲間の攻撃が重なるごとに激しくステップを踏み余裕のある表情を見せながら華やかな声を響かせることで、敵の戦意を挫くことにも成功していた。
(剣魔の下僕にされた皆さんもかつては歌舞に心を躍らせ、幸せを感じた日々があったはずです。ですからどうか、抵抗をやめて眠りを受け入れてくださいませ……!)
 果たしてフィロの敬虔な願いは届いているのか。敵の動きは緩慢になっているが、歌を歌えなくなった数体が奇妙な動きを見せるようになってきた。まるで母親を求める赤子のように手を伸ばしてハンター達に駆けてくるのだ。拳を作るわけでもなく、無邪気な顔で。その時、フィロは鋭敏な視覚によって気がついた。下僕の指が融解し、こちらに異様な形で伸びていることに。
「……ッ!」
 咄嗟に歌を打ち切り、縮地移動で距離をとる。すると、腕を引っ込めた下僕がぽつりとつぶやいた。
「お姉さんの、からだ。ほしい」
 その言葉にフィロがぞくりとする。彼女は大声で叫んだ。
「敵はハンターの身体を乗っ取ることができるかもしれません! お気をつけくださいませっ!!」
 その言葉にいち早く反応したのがアルマだった。
(僕の力を利用されたら大変なことになります。冗談で戦犯と呼ばれるだけならまだしも……誰かを手にかけるようなことがあったら……!)
 彼は急いで機動砲の届くギリギリのラインまで後退すると「来ないでくださーいっ!!」と叫び、強力なエネルギーで黒の下僕の身体を吹き飛ばした。もとよりリューの一撃で脆くなっていた身体である。首と足首から先だけを残して、消滅した。
だが。
『可哀そうな子……祈りましょう、あなたのために』
 剣魔が指を絡め、祈る。その祈りの先が何なのかはわからないが……残された頭部がごろりと転がり、白の下僕のもとに向かうと「ふふ」と笑った。
 白が黒の頭を拾い、その頬にキスをする。頬へのキスは友愛の証――しかし、それは禍々しい力をもって互いの肉体を解き――再び構成していく。
「まさか……融合しているの?」
 ケイが声を震わせた。彼女はすぐさまバリスタを構え、フォールシュートを放つ。せめて黒の下僕の命を絶てば!
 しかし、その願いはかなわなかった。ケイの想像通り、灰色の戦装束を纏った少女が現れ、黒の仇と言わんばかりにリューに掴みかかる。彼の耳に届くは緑の歌声。そのつたない声に心が揺らぐことはないが――灰色の歪んだ瞳に見つめられると不思議と心が安らいでいった。
「な、なんだよ……この感覚……」
 これが剣魔の言う「幸福」なのだろうか。過去の戦いで得た悲しみと痛みが消え、ただただ「孤独」による「平穏」が心を満たしていく。誰にも傷つけられることのない安心、そして自分のことだけを考えていればいい自由。……むしろ傍にいる仲間たちが心を乱す不協和音のような存在にさえ感じられてきた。
「お、俺は……俺はあああっ!」
 リューの目は本人の意思と関係なく周囲にいる中で最も傷ついている――殺せそうな相手をぐるりと回りながら探す。そしてその中のひとりを決めるも――彼の心がそれに必死に抵抗した。
「うあああああッ!!!」
 そこに抜かりなく反応したのがGacruxだ。
「仕方ありませんね。少々苦しい思いをさせますが、ご容赦くださいよ!」
 彼は鞭を振るい、リューの身体の拘束を試みる。しかしもとより最強クラスの闘狩人であるリューは鞭を難なく捌き……その心の行く末を剣で示した。
 ――ドッ。
 誰かを傷つけなければならぬのなら……と最後の理性でエクスカリバーを己の腹に突き刺したリュー。止めどなくあふれ出る血はその真剣さを表していた。これが最期かと彼が軽く笑って目を伏せた瞬間――真面目そうな少年と少女の声がどこかから響く。
『無理はしないことだ。君にはまだやらなければならないことがある。そうだろう?』
『あなたに神のご加護がありますように』
 少年の祈りが傷を浅く留め、少女の願いが痛みを和らげていく。リューはその声に感謝しながら剣を落とした。
 そこで抜かりなく動いたのがゾファルだ。リューの傍で倒れたままの灰色の下僕の襟首を引っ掴むと「てめえ、随分と好き勝手やってくれたじゃん。この落とし前、きっちりつけさせてもらうぜ」と意識のないそれに睨みつけ、二刀流で幾度も幾度も殴りつけた。そしてその後方に緑の下僕がいるのをみとめるやいなや強烈なオーラを無数のパンチと共に放った。灰色の下僕の顔が完全に潰れ、緑の下僕も片足を失い地に伏せる。
 カインも灰色の姿を見るなり、眉間に深く皺を寄せた。
「これが連携ってやつか。強化も含むとは……成程、性質が悪い。……さっさと始末してやる」
 カインは重厚な大太刀を振り上げると、踏み込む勢いでそのまま灰色の下僕を――渾身撃で潰すように叩き切った。肩から腰までが斜に切断されるも、消滅したのは脚側のみ。なんという生命力か――。
 そこにずりり、ずりり、と音を立てて緑の下僕が匍匐して接近する。まさかこいつも融合する気か!?
 誰もが青ざめた瞬間、フリーデの暴風を伴った短剣がその背を貫き地に縫い留める。その流れに乗るように、薄闇の中で突如光の雨が降った。キャリコのリトリビューションである。その光に下僕2体の身体が打ち据えられ、ぼろぼろと崩れていった。
「……お前たちはその身体にされて幸せだったか。意思を奪われ、心なきものと身を寄せ合うことに意味を見出せたか」
 キャリコの声は相変わらず静かだ。ただ、下僕達を憐れんでいるのかもしれないと思わせる程度には――厳かだった。
 こうして剣魔の下僕達はすべて土に還ったのだった。


●剣魔との血戦

「さて、貴女はどうされますか。剣魔殿」
 多由羅はそう言いながらも先手必勝の業で己の脚力を上げた。絶対に逃がさない、どちらかが死ぬその時まで――その思いが彼女を突き動かすのだ。
 一方で冷静に状況を分析する胆力も併せ持つ彼女は敵の一挙一動を見逃さないように神経を尖らせる。
(下僕達がリューに憑依したのを見るかぎり、この剣魔も相手を利用する業を持ち得る可能性がありますね……警戒せねば)
 迂闊に接近し過ぎぬよう、刃に手をかけたまま彼女は脚を止めず。
 その間、香墨は治療時以外続けてきたレクイエムを再び歌い始めた。
「……やらせない。たおさせない」
 もっとも彼女の唄は死者を深淵へ引き摺り下ろす呪詛の連なりである。旧き指輪を通して広がるそれは剣魔にとってはいっそ心地よいもののように思えたようだ。
『貴女の唄、好きよ。皆と堕ちていく感じ……懐かしいもの』
『死の恐怖の忘れたほど心地の良さ、貴女ならよく理解してくれそうね。……さぁ、一緒に』
 人面たちの口から発される言葉は嬉しそうで。ふわりと近づく白装束に香墨はリューの苦悶を思い出し、馬の腹を蹴ると一気にそれと距離をとる。回復手である自分が乗っ取られるのは一行にとってもっとも危惧するべき事態のひとつだ。
 フィロは香墨を守るべく、縮地移動で跳ぶように移動するなりアイデアル・ソングを歌い始めた。穏やかで柔らかな歌声、しなやかな舞が香墨ら仲間たちの抵抗力を上げていく。
「死は快楽などではございません。貴方が意識の集合体というのなら思い出してくださいまし! 心を弾ませるものが何だったのか!」
 そんなフィロの必死の願いは剣魔に届かなかったようだ。再び香墨に向かって腕を伸ばしていく。その時、悲鳴のような声を伴い黒い影が香墨の前に飛び出した。
『香墨ッ!……ぐうッ!!』
 剣魔の腕がずぶりとフリーデの胸に突き刺さる。フリーデは肉体を持たないマテリアルの塊だ。つまりは剣魔にとって極上の餌ということになる。
『なんて美味しいマテリアル……血を無数に吸ってきた罪人の命とはこんなに美味しいものなのね』
『う、ああ……あ』
 地に膝をつくこともできず、震えるままのフリーデ。そこに果敢にも飛び込む者がいた。Gacruxとアルマである。
「フリーデ、貴女は倒れてはならない。貴女を信じる者のために!」
 Gacruxはそう言って、フリーデを後方へ突き飛ばした。剣魔の動きを守りの構えで封じるためだ。
 一方、アルマは強烈な殺意を瞳に宿してフリーデを守るように両腕を広げた。
「よく知らないけど、このヒト。命と自由と『個』を奪ったですよね? 森もです。精霊さんが悲しんでたです。それにフリーデお姉さんを傷つけた。……赦せない、嫌な子です」
『貴方はあの氷使いの……いいわ、貴方の力を利用してあげるッ!』
 剣魔が嬉々とした表情でアルマの身体に滑り込むように憑りついた。そして腕をハンター達に向かい、突き出す。そこには強烈な冷気が纏わりつくはずだった……が。
『くっ、この器……前もって魔力を尽かしていたのね……! 憑依を読んでいたということ!? 甘ったるそうな顔をしながら……!』
 剣魔に憑かれたアルマの端正な顔が落涙しながら悪鬼のごとく歪む。それは「何もできない」という無力さの表れだった。
 力なき器から放り出されるように宙に飛び出す剣魔。そこに待ち受けていたのはリューら、熟練のハンター達だった。
『くっ……せめて一人だけでも道連れにしてやる!』
 装束の隙間から飛び出す暗器の如き尖骨。それをゾファルは敢えて受けながら、拳を振るう。
「くそうざい雑魚どもは片付いたじゃん。次はくりきんとん、お前が相手じゃんッ!!」
 マテリアルの刃が白装束を次々と斬り裂いていく。その先に見えるものは血肉のみにあらず……赤黒くうごめく赤子のような姿の核だった。
「はんッ、生まれ変わりも成仏もしないまま溜まった鬱憤がこいつの核になったワケか。結局過去から逃げただけの弱虫じゃねーかよッ!」
 ゾファルの腕がオーラを纏い、再びその核に拳を全力で打ち込む。しかし相手もさるもの。骨を犇めかせ、辛うじて破壊からその身を守った。
 ならばとリューが満を持してエクスカリバーに紋章を宿し……強烈な意志を以て剣魔を睨みつけた。その威圧に骨の動きが、止まる。
「今まで全てから逃げ続けて辛かったんだろうな。だがこれで全て終わりにしてやるよ。……さよならだ、四霊剣のひとつ」
 そう言って繰り出されたのは渾身のリバースエッジ。赤子は身を守るように頭を腕でかばおうとしたが、その全てを魔法の力が呑みこんでいく。
 砕け始めた剣魔の遺骸を見つめ、カインが言う。その声はどこまでも強く、偽りの情けを拒むものだった。
「癒しや慈悲なんざ糞喰らえだ。そんなもん、ありったけの殺意と憎悪で塗りつぶして斬り伏せてやるよ」
 ……すると、人面たちの消えた剣魔がようやく口を開いた。
『殺意と憎悪……? それは貴方の本心なのですか? 私には……わからない。ただ、それが寂しいことだとは認識しています』
「……うるせえよ、価値観の違い程度でぐだぐだと。さっさと消えろ、この偽善者が」
 カインは憎々しげに呟くと剣を再び抜いた。それをGacruxが腕で制する。
「あんたに聞きたいことがあります。『永遠』とは誰が言った言葉なのですか? ……あんた、本当は慰めて欲しかったのでは」
 そう、この世界は残酷だ。無数の命が邪神に弄ばれていることを既にハンター達は知っている。それゆえに……安らかな眠りを拒絶し、絶望のまま歪虚に身を堕としたものがいてもおかしくはないのだ。
『慰め……? それは、わかりません。でももしかしたら私の中の誰かが……望んでいたかもしれません』
 剣魔はそう答えると、核のあった下腹部を静かに撫でた。
 それを見たアルマはフリーデの看病の手伝いをしながら、独り言のように呟く。
「僕、皆さんの気持ちはわかりますけど……その幸せは解んないですし、いらないです。だって、僕は最後まで『僕』でいるのが幸せですもん」と。
 そして膝に乗せたフリーデの柔らかな癖毛を撫でると、幾度もそれを優しく撫でた。ふわふわと、猫のような触り心地に存在の確かさを感じ取り、彼は安堵したように微笑む。
「それに……くっついて一つになっちゃったら、もふもふしてもらえないです。もふもふしてあげることもできないです。そんなの、つまんないと思いませんか?」
 その問いに剣魔からの答えはなかった。
 香墨はフリーデにフルリカバリーで応急処置を施しながら、剣魔へ呟くように問うた。
「あなたは、何がしたかったの?」
『……私本体は、何も。私に縋りついてきた人面……意識達はそれぞれやりたかったことがあったみたいですけれど……霧散した今となってはわかりません』
「そう。……あなたがただの人間だったなら。きっと私達と出会うこともなく、平穏に過ごしてたはず。……でも、貴女は歪虚だから。まじりあえない。うけいれられない……おやすみなさい」
 そう言葉を応酬して。香墨は仲間達にこくんと頷いた。もう言葉は不要だと。
 その頷きに応じキャリコが銃に弾丸を詰める時、自分に言い聞かせるように彼は呟いた。
「……俺は永遠など要らない。俺が死ぬ時は自分で決める。俺の意思は俺のものだ。他人と一つになるのは御免被る。己の運命等、俺自身が決める。俺はたとえ、神にだって従わない。だから、お前の救いなんて要らない。お前は何もせぬまま、此処で静かに死んで逝け」
 それ以降、無言でハンター達が武器を構え、涙を流し続ける剣魔に向ける。10の得物が一斉に与えた衝撃は凄まじく……剣魔の身体は粉塵ともなること叶わず消えた。


●救われた英霊

 フリーデが意識を取り戻したのはそれから数分とたたない時のことだった。
 バツが悪そうに収まりの悪い髪を撫で「すまん」と彼女は呟いたきり黙りこくってしまう。
 香墨は兜を脱ぐと少し怒ったように眉を吊り上げた。
「……何度も。言ってるはず。……勝手に死ぬのは許さない」
『し、しかし……私はお前の友を傷つけた。ならば命をかけてでもその友誼を守るのは……』
「葵やグランのこと? それならあの日、ふたりが赦したこと。私は。それ以上は関与しない。そのことを理由に命を捨てるなら。それは絶対に私も澪もフィーも……きっとあのふたりも許さない」
『……』
 たしかにそれはそうなのだ。一方的な義務感だけで命を捨てるという理不尽な行為は、される側にとって非常に迷惑で不義理。その一言に尽きるのである。
「あなたはいきて。……死なれると、こまる。……それに。あなたはともだちだから。立って生きて。それが。私の願い」
 そう言って香墨がフリーデの手を取り、立たせる。その瞬間、フリーデは頬を真っ赤に染めて一気に捲し立てた。
『ともだち、だと? 私なんかでいいのか? 不器用で何もできない女だぞ。血の気が多くて、戦うことしかできない……それに大酒飲みで柄も悪いし……』
 言葉の末はもはや半ば涙声だ。香墨は微かに笑うと「そういうのも。悪くない。もしかしたらフリーデにもこれから新しく好きなことや得意なこと、見つかるかもしれないし。一緒に探そ」と大きな背中をポンポンと叩いた。
 そこにキャリコがふらりと現れる。彼は黙して香墨達の会話が途切れるタイミングを見計らっていたのだ。
「……友か。改めて自己紹介させてもらう。俺はキャリコ・ビューイ。かつて歪虚に故郷を滅ぼされて以来、救援にきた部隊について戦術を学びハンターとなった男だ。英霊フリーデリーケ、戦いをよく知る者同士……良かったら友誼を結んではもらえないだろうか」
 先ほどまで冷淡だった青年の突然の申し出に戸惑うフリーデ。しかし彼はこの死線を乗り越えた戦友である。それに今の彼の表情は穏やかだ。断る理由はない。
「ね、フリーデはもうこの世界では罪人でも嫌われ者でもない。胸を張って、生きて」
 香墨の声に後押しされて、フリーデはキャリコへ右手を差し出した。彼はその反応に些か驚いたのか、口を微かに開くも――同じく右手を差し出しその大きな手をしっかりと握った。
「感謝する」
 互いに言葉少ない不器用な生き方の戦士同士の友情。それはフリーデにとって、新しい生の指針となったことに違いない。

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  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェストka2419
  • 憤怒王FRIENDS
    ケイka4032
  • ゾファル怠極拳
    ゾファル・G・初火ka4407
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワースka4901

重体一覧

参加者一覧

  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • 憤怒王FRIENDS
    ケイ(ka4032
    エルフ|22才|女性|猟撃士
  • ゾファル怠極拳
    ゾファル・G・初火(ka4407
    人間(蒼)|16才|女性|闘狩人
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • 自在の弾丸
    キャリコ・ビューイ(ka5044
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 秘剣──瞬──
    多由羅(ka6167
    鬼|21才|女性|舞刀士
  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨(ka6760
    鬼|16才|女性|聖導士
  • ルル大学防諜部門長
    フィロ(ka6966
    オートマトン|24才|女性|格闘士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
アルマ・A・エインズワース(ka4901
エルフ|26才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2018/11/03 23:42:22
アイコン 相談卓
カイン・A・A・カーナボン(ka5336
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2018/11/04 20:53:16
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/11/02 23:52:33