ゲスト
(ka0000)
【空蒼】終わりなさい そして始まりなさい
マスター:凪池シリル
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オープニング
ぼんやり、大量の人でごった返すカウンターを見つめている。
ハンターオフィスは今、再びのリアルブルーからの転移者、そこからの大量のハンター希望者の処理に忙殺──事実、文字通り死人が出そうな勢いだ──されていた。
強化人間である高瀬少尉も、勿論覚醒者となることを希望する一人である。身分として、散々見下したハンターとなることに思うことは無いのかと言えば全く無いわけではないが、暴走のリスクやこれ以上命を縮めて行くとこに比べたら、そんな意地などつまらないものに過ぎると判断できる程度の理性はある。
そうして、この状況の職員たちの手を極力煩わせまいと、整理券を受け取ったあとは大人しくこうして近くで順番を待っている。
……ぼんやりと物思いに耽る、耽らなければならない時間は、まだ当分長そうだった。
「君はこれから……どうするつもりかね」
大規模作戦や転移にまつわるゴタゴタが一息──本当に一息だ。そうすぐに落ち着くわけがない。だがどうにかして出来た隙間時間──ついた時に、上官──これも、この時点で既にこの関係が妥当なのかと言うと微妙──は、強化人間の今後について軽く説明をしたあと、少尉にそう尋ねてきた。
統一連合宇宙軍はどうなるのか、と問えば、これまで通りとは行かないと、予測混じりに上官は答えた。統一地球連合政府は停止し、軍としても転移した状況からすれば組織としてはもう崩壊している。再編はされるのだろうが、その組織はクリムゾンウェスト連合軍の指揮下に入り、あくまでソサエティの援護という形で動くことになるだろう、と。
つまり、地球軍としての組織と立場は一旦凍結。連合軍の中でも特に地球奪還に向けて動く有志の集まり、という体になるだろう、と。
「それでも……それならば考えることなどありません。自分もその一員としてこれまで通りこの力、地球市民のために尽くすのみです」
少尉は、当然のごとく、迷う間もなくそう答えた。当たり前のことの、ただの確認、そういった類いの質問であろうと、上官を見返して。だが、相手の表情は想像していたものより渋いものだった。
「……高瀬くん」
「はい」
「強化人間として……初期に施術をされて。前線で戦い続けた君の余命は……おそらく一年ほどだろう、と説明を受けた」
「……。もとより。殉職の可能性は極めて高くなるという覚悟の上のことです。現時点で生きていることですら、幸運と感謝すべきとも考えております、から」
力を得るということは最前線に出る機会が増えるということだ。命を散らした同胞は幾らでもいる。
施術を受けなかった一般兵にだって前線を押された結果、あるいは奇襲を受けて命を落としたものもいる。彼らの中に、そのいまわの際に「こんなことなら強化人間になっていれば」と考えなかった者が居ないと言えるだろうか?
つまりはそういうことだ。後からあれこれいっても詮なきこと……。
「そうだな。『これまで』の話であれば、それはそれだけの話かもしれん。だが……」
上官はゆっくりと首を振って、あとを続ける。
「……今は、軍組織というものは無いのだ。軍人と言う立場も。一度君たちは、身の振り方を自由に考え直すことが出来る。……特に君たち、元強化人間であるものたちは」
「何が……仰りたいのでしょう」
「……残された時間を、君の、君のためだけに使ってもいいと、私は思うよ」
ここはクリムゾンウェストだ。故郷のためにと自分たちが第一であると気を張る必要は無く、ハンター到着のタイムラグを気にする必要も今はない。リアルブルーの人間のほとんどは覚醒者たる資格を持ち、この度の転移でまたその数を急速に増やすだろう。だから。
……もう、休んでもいいんだ、と。
「自分……は……」
「勘違いしないでほしい。君の力が不要だとは言わない。これまでの経験、それを正式に覚醒者の力を得て奮ってくれるなら、大いに貢献してくれることだろう。……君の幸せがなんなのか、私からとやかく言うつもりはないよ。だから……一度じっくり、よく考えてみるといい」
よく考えろ。果たしてその上官の言葉の通りに、考えることと言えばそのことばかりだった。
……今更、幸せなど。
そんなこと考えられるのだろうか。これまでの人生でそんなことをじっくり考えることなど無かった。すべきと信じたことを果たす。それだけの……それでよかった、人生。
迷うことなどないはずだ。考えることなど。ならば今、自分は何に引っ掛かっているのだろう。
自分にとって戦いとはなんだったのだろう。戦いそのものに楽しみがあったわけではない。興奮は恐怖の裏返して決して快感になることなどは無かった。それでも誰かがやらねばならないことで、やれる人間は限られている。その、限られた人間であることを誇りにして来た。
……戦いに、喜びなど。
あった。地上での、最後の任務。ハンターたちとともに戦い、守り抜いた。犠牲のない戦いなど有り得ないと思っていた自分にとって、青天の霹靂とも言える勝利の形。
その喜びを知ってしまった。その熱を。
……軍組織から一旦離れ、ハンターとなるものも居るという。特にまだ若い強化人間だったものたちはそうする者も居るという。
……自分らしく生きてきた、とは思う。
……だが、自分のために、とは何だろう。
──残された命を、有効に使うにはどうすればいいのか。
それは、あの戦いの間ずっと問い続けていたことで、そして今、全く意味を変えていた。
それを自覚したとき、自分の中で何かがもう変わっているのだということを自覚した。
契約を新たにし、強化人間であることをやめて覚醒者となったとき。
どうせ次の戦いまでに暴走するかも知れないのだからと、常に命を捨てるつもりで戦う必要など、無くなるのだ。
あと、一年ほど。だけど、生きようと思えば不本意に終えること無く、その一年は生き延びることが出来る。その事実に。
悔いのない終わりとは何なのだろうか。それを、考えている自分が居る。
強化人間という自分の終わりに。
答えを求めて、少尉は行き交う人々をじっと見つめていた。
ハンターオフィスは今、再びのリアルブルーからの転移者、そこからの大量のハンター希望者の処理に忙殺──事実、文字通り死人が出そうな勢いだ──されていた。
強化人間である高瀬少尉も、勿論覚醒者となることを希望する一人である。身分として、散々見下したハンターとなることに思うことは無いのかと言えば全く無いわけではないが、暴走のリスクやこれ以上命を縮めて行くとこに比べたら、そんな意地などつまらないものに過ぎると判断できる程度の理性はある。
そうして、この状況の職員たちの手を極力煩わせまいと、整理券を受け取ったあとは大人しくこうして近くで順番を待っている。
……ぼんやりと物思いに耽る、耽らなければならない時間は、まだ当分長そうだった。
「君はこれから……どうするつもりかね」
大規模作戦や転移にまつわるゴタゴタが一息──本当に一息だ。そうすぐに落ち着くわけがない。だがどうにかして出来た隙間時間──ついた時に、上官──これも、この時点で既にこの関係が妥当なのかと言うと微妙──は、強化人間の今後について軽く説明をしたあと、少尉にそう尋ねてきた。
統一連合宇宙軍はどうなるのか、と問えば、これまで通りとは行かないと、予測混じりに上官は答えた。統一地球連合政府は停止し、軍としても転移した状況からすれば組織としてはもう崩壊している。再編はされるのだろうが、その組織はクリムゾンウェスト連合軍の指揮下に入り、あくまでソサエティの援護という形で動くことになるだろう、と。
つまり、地球軍としての組織と立場は一旦凍結。連合軍の中でも特に地球奪還に向けて動く有志の集まり、という体になるだろう、と。
「それでも……それならば考えることなどありません。自分もその一員としてこれまで通りこの力、地球市民のために尽くすのみです」
少尉は、当然のごとく、迷う間もなくそう答えた。当たり前のことの、ただの確認、そういった類いの質問であろうと、上官を見返して。だが、相手の表情は想像していたものより渋いものだった。
「……高瀬くん」
「はい」
「強化人間として……初期に施術をされて。前線で戦い続けた君の余命は……おそらく一年ほどだろう、と説明を受けた」
「……。もとより。殉職の可能性は極めて高くなるという覚悟の上のことです。現時点で生きていることですら、幸運と感謝すべきとも考えております、から」
力を得るということは最前線に出る機会が増えるということだ。命を散らした同胞は幾らでもいる。
施術を受けなかった一般兵にだって前線を押された結果、あるいは奇襲を受けて命を落としたものもいる。彼らの中に、そのいまわの際に「こんなことなら強化人間になっていれば」と考えなかった者が居ないと言えるだろうか?
つまりはそういうことだ。後からあれこれいっても詮なきこと……。
「そうだな。『これまで』の話であれば、それはそれだけの話かもしれん。だが……」
上官はゆっくりと首を振って、あとを続ける。
「……今は、軍組織というものは無いのだ。軍人と言う立場も。一度君たちは、身の振り方を自由に考え直すことが出来る。……特に君たち、元強化人間であるものたちは」
「何が……仰りたいのでしょう」
「……残された時間を、君の、君のためだけに使ってもいいと、私は思うよ」
ここはクリムゾンウェストだ。故郷のためにと自分たちが第一であると気を張る必要は無く、ハンター到着のタイムラグを気にする必要も今はない。リアルブルーの人間のほとんどは覚醒者たる資格を持ち、この度の転移でまたその数を急速に増やすだろう。だから。
……もう、休んでもいいんだ、と。
「自分……は……」
「勘違いしないでほしい。君の力が不要だとは言わない。これまでの経験、それを正式に覚醒者の力を得て奮ってくれるなら、大いに貢献してくれることだろう。……君の幸せがなんなのか、私からとやかく言うつもりはないよ。だから……一度じっくり、よく考えてみるといい」
よく考えろ。果たしてその上官の言葉の通りに、考えることと言えばそのことばかりだった。
……今更、幸せなど。
そんなこと考えられるのだろうか。これまでの人生でそんなことをじっくり考えることなど無かった。すべきと信じたことを果たす。それだけの……それでよかった、人生。
迷うことなどないはずだ。考えることなど。ならば今、自分は何に引っ掛かっているのだろう。
自分にとって戦いとはなんだったのだろう。戦いそのものに楽しみがあったわけではない。興奮は恐怖の裏返して決して快感になることなどは無かった。それでも誰かがやらねばならないことで、やれる人間は限られている。その、限られた人間であることを誇りにして来た。
……戦いに、喜びなど。
あった。地上での、最後の任務。ハンターたちとともに戦い、守り抜いた。犠牲のない戦いなど有り得ないと思っていた自分にとって、青天の霹靂とも言える勝利の形。
その喜びを知ってしまった。その熱を。
……軍組織から一旦離れ、ハンターとなるものも居るという。特にまだ若い強化人間だったものたちはそうする者も居るという。
……自分らしく生きてきた、とは思う。
……だが、自分のために、とは何だろう。
──残された命を、有効に使うにはどうすればいいのか。
それは、あの戦いの間ずっと問い続けていたことで、そして今、全く意味を変えていた。
それを自覚したとき、自分の中で何かがもう変わっているのだということを自覚した。
契約を新たにし、強化人間であることをやめて覚醒者となったとき。
どうせ次の戦いまでに暴走するかも知れないのだからと、常に命を捨てるつもりで戦う必要など、無くなるのだ。
あと、一年ほど。だけど、生きようと思えば不本意に終えること無く、その一年は生き延びることが出来る。その事実に。
悔いのない終わりとは何なのだろうか。それを、考えている自分が居る。
強化人間という自分の終わりに。
答えを求めて、少尉は行き交う人々をじっと見つめていた。
リプレイ本文
「顔を覚えるのは得意だけど、整理券の番号と同じ札を目に見えるとこにつけてね」
人の密度が生む空気の重たさを散らそうかというように、軽やかな声が通り抜けていく。
カーミン・S・フィールズ(ka1559)の物だった。混雑を予測して、オフィスで待ち合う人々のケアをしようと彼女はここに居た。
「気分悪くなった人、怪我の人は言ってね、っていうか今あからさまに痛がり出した人、相手にしないぞー?」
「いや違います! 本当です! 本当に今胸が苦しくなって……うぅ……」
茶化すようなカーミンの声に、やはり一人が茶化して返すと、周囲の人たちに笑いが生まれた。
……長時間待たされること、その事についていくつかトラブルは予想してきた、が、今のところ心配なのは体調面だけに思えた。ストレスによる人同士の衝突などは見受けられない。
……改めて、今ここに並ぶ人たちがどういう人たちなのかを想う。時間凍結、なんて途方もない話を聞き入れて、決意して月と共に異世界にやって来て、そして何かできることは無いかとやってきた人たち。
モラルが高いのも、考えてみれば当然か。
(私は、特に戻りたいと思う故郷もないけれど)
気付けば彼らの多くが、カーミンを見ていた。ただ気休めを求めて、ではない。オフィス職員ではない、だが明らかにこの場に精通していると思しき彼女が何者なのか、薄々察しつつあるのだろう。自分たちが、目指す先にある存在。
頷いてカーミンはそれを受け止めた。彼女に注意が向いたという事はつまり、待ちわびてカウンターへと向けられていた圧が緩んだという事でもある。目の前の彼らもそうだが、オフィスの面々も心配だった。総長の件もある──忙しさだけでなく、彼らは張りつめているだろう。ミリアにも疲れを感じた。
(……地球防衛艦隊の護衛に奔走した私も大概なんだけど)
そうして最後に、ついでのように思い出す。激戦の疲れはカーミンにもあった。意識すれば、体内の澱みを、重たさを自覚する。……が。
「持て余してるって感じねー。こっちの敵は狂気だけじゃないわ。歪虚や雑魔についてどれくらい分かる?」
──面の皮だけは厚いわよ?
自身のそれは一切表に出すことは無く、彼女は向けられる視線、期待へと向けて答える。生まれたざわめきに、彼女は希望するものに、それらの情報を参照できるような資料室、端末の場所を案内する。
何人かが、すぐに行動を開始した。……意欲の高い、地球奪還に燃える人たち。
……大衆はいつでも手のひらを返す。
でも、彼らにはその強く握った手のひらを振り上げる相手を間違わせたくない。
実際目の当たりにした彼らの様子に、彼女は決意を固め直すと、目的へ向けて彼らへのコミュニケーションを進めていく。
そうして。職員へと向けられる視線が減った隙を縫うようにフィロ(ka6966)は進み出た。
毎日ここに来ていることで把握した、カウンターに詰める職員の人数。おそらく今日はフル稼働だとして、その彼らに行き渡るだろう分の差し入れとして、ジュースを二本ずつ、用意してきたのだ。
十分にして邪魔にもならない程に丁度いい数のそれを、隙を見て職員に差し入れると、フィロは今度は居並ぶ人々を見回す。そうしてそこに、気になる人影を見つけた。
「大丈夫ですか? お顔の色が悪いようですが。彼方なら横になって休むことも可能です。ご案内いたしましょうか?」
ぼんやりした様子の人物──高瀬少尉にそう声をかけると、彼ははっと顔をフィロへと向ける。
「ここは人が多いので人酔いなさる方もいらっしゃいます。無理はなさらないで下さいね?」
「ああいえ、僕は……」
「よろしければ貴方もどうぞ。人間はオートマトンと違い、暑い場所では一定間隔で水分補給が必要だったはずです」
遠慮しようとした彼を遮って、手にしたジュースを差し出す。そのままにさせておくわけにもいかず少尉が一度受け取ると、フィロはそのまま、彼の隣へと腰掛けた。
「……お気遣い、感謝します。ただ僕は別に、体調不良というほどでもありませんので」
そういう少尉を、改めて近くで確認して彼女は頷いた。彼は実際、体調が悪いわけでは無いのだろう。……体の、調子では。
彼女自身もジュースを口にして、それから、何か声をかけるべきと口を開いた。そうして。
「リアルブルーは間に合って良かったです……まだこれから取り戻せる可能性がある、人も守護者も大精霊も残っている……私達のエバーグリーンとは違います」
そうして、零れていった言葉は。
「大精霊と守護者は居てもエバーグリーンの知的生命体は絶えてしまった。何十億年を経てもう1度命が芽生えるかも分からない。私達はエバーグリーン産であってもエバーグリーンとの繋がりは記憶を含め切れてしまっている。私達のエバーグリーンは……もう戻らない」
何かを伝えようと思って開いた口は、気付けばただ溢れる想いを声にするだけになっていた。
「リアルブルーが残ってうれしいはずなのに……哀しくて哀しくてっ……」
そうして彼女は顔を覆い俯いて、それからはっと顔を上げる。
「お見苦しい物をお見せして……すみません。姿勢から軍の方だろうと判断しました。世間話のつもりが……」
何を言えば良いのか分からなかった少尉はそこで、ようやく返すべき言葉を見つけた。軍の方。その言葉に、少尉は頷いて。
「貴女は……フィロさん、でしたか」
返した、その言葉にフィロはええ、と、返しかけてから、目を瞬かせる。
「名乗りました……?」
「いいえ。リアルブルーで起きた事件の報告書は一通り目を通していましたから。……強化人間の暴走に関わるものについては、特に入念に」
その事件の中で、彼女はどういう立ち位置を取ったか。それを知っていることを伝えて……どうするのだろう、と少尉は自問する。
最悪を覚悟して最善を目指すのか。
最悪だけは回避しようと次善を選ぶのか。
人数と責任を追う組織が是とするのは大体後者だ。
故に……そこから先、何を言えば良いのか、やはりまたすぐに分からなくなった。それでも、フィロは微笑む。
「リアルブルーはまだ間に合います、私達も協力いたします……」
告げてきた彼女の言葉。少尉は僅かに目線を下げる。彼女のその言葉が、この場の慰めや楽天的な無責任では無いことは、ああ、『知っている』。
「……それでは、また」
立ち去っていく彼女を止める理由は無かった。ただ、しばし小さくなっていくその姿を見やる。
「まだ間に合う……か」
それは。自分にとってどういう意味なのか。
その言葉は暫く、彼の中で反響していた。
初月 賢四郎(ka1046)がこの場に居たのは別の用事があってのことだった。が、オフィスの様子に、時を改めた方がいいかと判断し引き返そうとする……──彼が高瀬少尉を見かけたのは、そんな折りだった。
たまたまとはいえ目に入ってしまった存在に、声でもかけてみるかと近づく。
少尉にとってフィロとは違い、はっきりと見知った相手だ。その上で、近づく賢四郎に少尉は訝しげな目を向ける。分かってるとばかりに賢四郎は、臆することなくそのまま彼の隣へと腰かけた。
そうして賢四郎がまず何をするかと言えば、手にしていた包みを広げることだった。閉じ込められていた油分が解放され香りを立ち上らせる。肉とエビフライを具にしたサンドイッチ。つい視線を向けた少尉に、促すように賢四郎は容器を寄せる。
「ま、適当料理ですけどね。素材が良いから食べれなくはないと思いますよ」
許可の代わりの台詞に、しかし少尉は僅かに顔をしかめて固まるままだった。出会いは偶然だ。元々は賢四郎自身のために用意されたのだろうそれに毒など入っているはずも無かろうが。しかし、手出しして飲まされるのは毒よりももっと質の悪い何かではないのか──以前、賢四郎は軍内部を変える共犯者のような立場に少尉を誘ったことがある。
賢四郎はそんな彼の様子に、シニカルに肩をすくめてから口を開いた。
「現実なんてのはいつでもロクでもないモンでね。逃げるか、慣れるか、変えるか……貴方はどうするのでしょうか?」
「別に僕は……」
言いかけた時。別の気配が彼らの元へと近づいてきた。それが何かを認めると、少尉の表情は僅かに、なんてものじゃなく変化する。
「よお」
──メアリ・ロイド(ka6633)。
明らかに、少尉を探してやってきた、という様子の彼女は、一言それだけ挨拶すると、当然のように少尉の、賢四郎が座るその逆隣へと腰かけた。
……つい、言われたばかりの言葉が反芻される。逃げるか。慣れるか。変えるか──どんなタイミングだ、これは。賢四郎がくつくつと笑う。
「ちなみに自分はですが」
そんな少尉を見て、思うところがあったのか。問われるまでも無く、再び口を開く。
「もう諦めましたよ。それでも尚諦めきれない……とね」
何か背中を押すようにそう言って。そうして、空になった炭酸飲料のペットボトルを軽く振ってみせながら立ち上がった。捨てに行くのか、新たに飲み物を買いに行ったのか。立ち上がったその背を、しばし少尉は見つめて居た。
そして、賢四郎が今まで居た場所、その空白を意識する。これは……逃げ道でも、ある。
だが。
示された三つの選択肢。今横にある現実については、少なくともその内の一つは選べないのだろう。諦めのようにそれを認めて、少尉はメアリに向きなおった。
「私がなんで友達になりたいか理由、話してないよな」
向かい合ってメアリが最初に切り出したのは、そんなことだった。
「最初のきっかけは高瀬さんが、昔の私に似ていたから。転移当初は感情も薄れ、自分には価値が無いと大分ひねくれた奴でした──……思い返すと私は寂しかったんだなって」
語られる彼女の事、自分に似ているというそれに対し、少尉は肯定も否定も発せなかった。
「あの時の貴方を見て、それを思い出して。気付いたら友達になりたいって言ってました。会う度に落ち込んでたり、窮地だったり……私は無表情でしたが、無事なのを確認する度安心してた」
その時。彼女の言葉のどこかに少尉は、ひくりと反応する。僅かに反論の口を開きかけるが、だが、留めた。
そのままメアリが続ける。
「いつの間にかただ貴方に笑って欲しくて、傍に居たくて仲良くなりたいとそう思ってました。生真面目で正義の為にまっすぐな所、からかい甲斐もあって話してて楽しい──……康太さんには良い所が沢山ある。なんつーか照れくさいな」
そこまで言って。
「ほら、そこです」
そこで、黙っていられなくなったのか少尉は口を挟んだ。意味が分からなくてメアリはキョトンとする。
「……別に言うほど無表情でも無いですよ貴女は。今もですけど。あの戦場で会ったときどんな顔してたか自覚無いんですか?」
照れた顔を。
指摘されて、メアリは思わず頬に触れた。目の前の彼は、不貞腐れたような、でも、優しい声。……初めて聞くような声音。
ああ。だから。
「まだ貴方の事知らないことの方が多いですから、知っていきたい。……残りの時間どう過ごすのかは貴方次第。でも心を殺さず、心の赴くままに生きて欲しい。新しいものに触れて笑ったり泣いたり、日々に後悔が無いように」
つれていきたいお店、見せたい景色が色々あると、彼女は言った。
それから、友人や大事な人を作ると良いと──同性の友人とか、と。
「私が男性なら、もっと気兼ねなく仲良くなれたんですが……改めて、貴方の友人として傍で一緒に過ごさせてくれませんか?」
メアリがそこで、手を差し出してくる。
いつかの日のように。
その手を、取らずに見つめながら。
「……貴女の前に、故郷を失ったというエバーグリーンの方とお話ししました。彼女は言ったんです、『リアルブルーはまだ間に合う』と」
言葉だけを、少尉は返す。
「それで思ったんです。……リアルブルーで死にたい。それが、残り少ない時間での僕の、唯一の望みだ……!」
じ、と、少尉はメアリを見つめた。強い強い視線で。
「貴女の提案に、想像してみました。貴女と、友人と色んな場所に行く僕を。悪くはなかった。だけど、だからこそはっきりと分かりました。これが僕の今の、何よりも強い想いなのだと」
そう言ってから、少尉はポツリと、不安げに声を落とす。
「……僕の命があるうちに、リアルブルーを取り戻す……それは、どれくらいの可能性でしょうね」
そうして、視線を、メアリの掲げたままの手元へと向けた。
「軍が、組織としてどうなるか分からない今、友情に、僕がそこにすがりたいものがあるなら一つだ」
呻くように少尉は告げた。直接解を与えたのはフィロの言葉だが、今自分がここに居るのは……メアリの存在あっての事だ。それに……応える形が、あるとするならば。
「……覚えていて、くれますか。もし僕が道半ばで倒れたら。いつか取り戻したその時に、僕の骨を故郷に埋葬しなおしてくれませんか……」
その約束が、許されるなら。少尉はそっと己の手を、メアリへと近付けていく。彼女は、その手を……──
……賢四郎はそうして、新たに買った飲み物を手に、二人の元へと戻りかけた足を止める。
「既に幕は下りぬ……ですかね」
何れにせよ。少尉の表情を見れば、彼が何かしらの道を定めて、そしてそれに己が関わる機会は失せたのだということは知れた。
「なら自分は次の舞台に、次の次の舞台に……止まる訳にはいきませんからね」
用意していた提案が無駄になったことに……どこか安堵すら覚えながら、彼は人混みへと、それを通り抜けてオフィスの外へと消えていく。
「力強くて頼もしそうな112番の人、名前は?」
カーミンはなお、新たにハンターとなる人たちとの積極的な交流を続けている。
「ちょっとスツール運ぶの手伝って♪」
「あっはは。そう言われちゃ断れねえな。これかい?」
急な頼みに朗らかに答える男性。彼に声をかけたのはただ手伝わせやすそうだからだけじゃない。余裕がある人間にはこうやって協力者にすることで交流を深め、より適正を見極める為だった。
その背景で閉じられた一つの幕のことを、彼女は知らない。今彼女が目を向けるのは、これから主役になるだろう一人一人。それから……それを支える、欠かせないスタッフたち。
様々な依頼を渡り歩いた彼女は、短い交流で得た情報から適性をオフィスに伝え、彼らの支援ができるよう必要な手を差し伸べる。
初期依頼から怪我をさせて、彼らの時間を無駄にさせないようにと。
忙しく動き回りながら……歌うように、彼女は想う。
昨日は遠く、明日はすぐ
新しい陽を待つなら、晨明に歩く
手の届く、いまを動く
一つの戦いは決着を迎えて。新たな出発をする人たちがいる。
これは、終幕にして序章。
終わりと、始まり。
人の密度が生む空気の重たさを散らそうかというように、軽やかな声が通り抜けていく。
カーミン・S・フィールズ(ka1559)の物だった。混雑を予測して、オフィスで待ち合う人々のケアをしようと彼女はここに居た。
「気分悪くなった人、怪我の人は言ってね、っていうか今あからさまに痛がり出した人、相手にしないぞー?」
「いや違います! 本当です! 本当に今胸が苦しくなって……うぅ……」
茶化すようなカーミンの声に、やはり一人が茶化して返すと、周囲の人たちに笑いが生まれた。
……長時間待たされること、その事についていくつかトラブルは予想してきた、が、今のところ心配なのは体調面だけに思えた。ストレスによる人同士の衝突などは見受けられない。
……改めて、今ここに並ぶ人たちがどういう人たちなのかを想う。時間凍結、なんて途方もない話を聞き入れて、決意して月と共に異世界にやって来て、そして何かできることは無いかとやってきた人たち。
モラルが高いのも、考えてみれば当然か。
(私は、特に戻りたいと思う故郷もないけれど)
気付けば彼らの多くが、カーミンを見ていた。ただ気休めを求めて、ではない。オフィス職員ではない、だが明らかにこの場に精通していると思しき彼女が何者なのか、薄々察しつつあるのだろう。自分たちが、目指す先にある存在。
頷いてカーミンはそれを受け止めた。彼女に注意が向いたという事はつまり、待ちわびてカウンターへと向けられていた圧が緩んだという事でもある。目の前の彼らもそうだが、オフィスの面々も心配だった。総長の件もある──忙しさだけでなく、彼らは張りつめているだろう。ミリアにも疲れを感じた。
(……地球防衛艦隊の護衛に奔走した私も大概なんだけど)
そうして最後に、ついでのように思い出す。激戦の疲れはカーミンにもあった。意識すれば、体内の澱みを、重たさを自覚する。……が。
「持て余してるって感じねー。こっちの敵は狂気だけじゃないわ。歪虚や雑魔についてどれくらい分かる?」
──面の皮だけは厚いわよ?
自身のそれは一切表に出すことは無く、彼女は向けられる視線、期待へと向けて答える。生まれたざわめきに、彼女は希望するものに、それらの情報を参照できるような資料室、端末の場所を案内する。
何人かが、すぐに行動を開始した。……意欲の高い、地球奪還に燃える人たち。
……大衆はいつでも手のひらを返す。
でも、彼らにはその強く握った手のひらを振り上げる相手を間違わせたくない。
実際目の当たりにした彼らの様子に、彼女は決意を固め直すと、目的へ向けて彼らへのコミュニケーションを進めていく。
そうして。職員へと向けられる視線が減った隙を縫うようにフィロ(ka6966)は進み出た。
毎日ここに来ていることで把握した、カウンターに詰める職員の人数。おそらく今日はフル稼働だとして、その彼らに行き渡るだろう分の差し入れとして、ジュースを二本ずつ、用意してきたのだ。
十分にして邪魔にもならない程に丁度いい数のそれを、隙を見て職員に差し入れると、フィロは今度は居並ぶ人々を見回す。そうしてそこに、気になる人影を見つけた。
「大丈夫ですか? お顔の色が悪いようですが。彼方なら横になって休むことも可能です。ご案内いたしましょうか?」
ぼんやりした様子の人物──高瀬少尉にそう声をかけると、彼ははっと顔をフィロへと向ける。
「ここは人が多いので人酔いなさる方もいらっしゃいます。無理はなさらないで下さいね?」
「ああいえ、僕は……」
「よろしければ貴方もどうぞ。人間はオートマトンと違い、暑い場所では一定間隔で水分補給が必要だったはずです」
遠慮しようとした彼を遮って、手にしたジュースを差し出す。そのままにさせておくわけにもいかず少尉が一度受け取ると、フィロはそのまま、彼の隣へと腰掛けた。
「……お気遣い、感謝します。ただ僕は別に、体調不良というほどでもありませんので」
そういう少尉を、改めて近くで確認して彼女は頷いた。彼は実際、体調が悪いわけでは無いのだろう。……体の、調子では。
彼女自身もジュースを口にして、それから、何か声をかけるべきと口を開いた。そうして。
「リアルブルーは間に合って良かったです……まだこれから取り戻せる可能性がある、人も守護者も大精霊も残っている……私達のエバーグリーンとは違います」
そうして、零れていった言葉は。
「大精霊と守護者は居てもエバーグリーンの知的生命体は絶えてしまった。何十億年を経てもう1度命が芽生えるかも分からない。私達はエバーグリーン産であってもエバーグリーンとの繋がりは記憶を含め切れてしまっている。私達のエバーグリーンは……もう戻らない」
何かを伝えようと思って開いた口は、気付けばただ溢れる想いを声にするだけになっていた。
「リアルブルーが残ってうれしいはずなのに……哀しくて哀しくてっ……」
そうして彼女は顔を覆い俯いて、それからはっと顔を上げる。
「お見苦しい物をお見せして……すみません。姿勢から軍の方だろうと判断しました。世間話のつもりが……」
何を言えば良いのか分からなかった少尉はそこで、ようやく返すべき言葉を見つけた。軍の方。その言葉に、少尉は頷いて。
「貴女は……フィロさん、でしたか」
返した、その言葉にフィロはええ、と、返しかけてから、目を瞬かせる。
「名乗りました……?」
「いいえ。リアルブルーで起きた事件の報告書は一通り目を通していましたから。……強化人間の暴走に関わるものについては、特に入念に」
その事件の中で、彼女はどういう立ち位置を取ったか。それを知っていることを伝えて……どうするのだろう、と少尉は自問する。
最悪を覚悟して最善を目指すのか。
最悪だけは回避しようと次善を選ぶのか。
人数と責任を追う組織が是とするのは大体後者だ。
故に……そこから先、何を言えば良いのか、やはりまたすぐに分からなくなった。それでも、フィロは微笑む。
「リアルブルーはまだ間に合います、私達も協力いたします……」
告げてきた彼女の言葉。少尉は僅かに目線を下げる。彼女のその言葉が、この場の慰めや楽天的な無責任では無いことは、ああ、『知っている』。
「……それでは、また」
立ち去っていく彼女を止める理由は無かった。ただ、しばし小さくなっていくその姿を見やる。
「まだ間に合う……か」
それは。自分にとってどういう意味なのか。
その言葉は暫く、彼の中で反響していた。
初月 賢四郎(ka1046)がこの場に居たのは別の用事があってのことだった。が、オフィスの様子に、時を改めた方がいいかと判断し引き返そうとする……──彼が高瀬少尉を見かけたのは、そんな折りだった。
たまたまとはいえ目に入ってしまった存在に、声でもかけてみるかと近づく。
少尉にとってフィロとは違い、はっきりと見知った相手だ。その上で、近づく賢四郎に少尉は訝しげな目を向ける。分かってるとばかりに賢四郎は、臆することなくそのまま彼の隣へと腰かけた。
そうして賢四郎がまず何をするかと言えば、手にしていた包みを広げることだった。閉じ込められていた油分が解放され香りを立ち上らせる。肉とエビフライを具にしたサンドイッチ。つい視線を向けた少尉に、促すように賢四郎は容器を寄せる。
「ま、適当料理ですけどね。素材が良いから食べれなくはないと思いますよ」
許可の代わりの台詞に、しかし少尉は僅かに顔をしかめて固まるままだった。出会いは偶然だ。元々は賢四郎自身のために用意されたのだろうそれに毒など入っているはずも無かろうが。しかし、手出しして飲まされるのは毒よりももっと質の悪い何かではないのか──以前、賢四郎は軍内部を変える共犯者のような立場に少尉を誘ったことがある。
賢四郎はそんな彼の様子に、シニカルに肩をすくめてから口を開いた。
「現実なんてのはいつでもロクでもないモンでね。逃げるか、慣れるか、変えるか……貴方はどうするのでしょうか?」
「別に僕は……」
言いかけた時。別の気配が彼らの元へと近づいてきた。それが何かを認めると、少尉の表情は僅かに、なんてものじゃなく変化する。
「よお」
──メアリ・ロイド(ka6633)。
明らかに、少尉を探してやってきた、という様子の彼女は、一言それだけ挨拶すると、当然のように少尉の、賢四郎が座るその逆隣へと腰かけた。
……つい、言われたばかりの言葉が反芻される。逃げるか。慣れるか。変えるか──どんなタイミングだ、これは。賢四郎がくつくつと笑う。
「ちなみに自分はですが」
そんな少尉を見て、思うところがあったのか。問われるまでも無く、再び口を開く。
「もう諦めましたよ。それでも尚諦めきれない……とね」
何か背中を押すようにそう言って。そうして、空になった炭酸飲料のペットボトルを軽く振ってみせながら立ち上がった。捨てに行くのか、新たに飲み物を買いに行ったのか。立ち上がったその背を、しばし少尉は見つめて居た。
そして、賢四郎が今まで居た場所、その空白を意識する。これは……逃げ道でも、ある。
だが。
示された三つの選択肢。今横にある現実については、少なくともその内の一つは選べないのだろう。諦めのようにそれを認めて、少尉はメアリに向きなおった。
「私がなんで友達になりたいか理由、話してないよな」
向かい合ってメアリが最初に切り出したのは、そんなことだった。
「最初のきっかけは高瀬さんが、昔の私に似ていたから。転移当初は感情も薄れ、自分には価値が無いと大分ひねくれた奴でした──……思い返すと私は寂しかったんだなって」
語られる彼女の事、自分に似ているというそれに対し、少尉は肯定も否定も発せなかった。
「あの時の貴方を見て、それを思い出して。気付いたら友達になりたいって言ってました。会う度に落ち込んでたり、窮地だったり……私は無表情でしたが、無事なのを確認する度安心してた」
その時。彼女の言葉のどこかに少尉は、ひくりと反応する。僅かに反論の口を開きかけるが、だが、留めた。
そのままメアリが続ける。
「いつの間にかただ貴方に笑って欲しくて、傍に居たくて仲良くなりたいとそう思ってました。生真面目で正義の為にまっすぐな所、からかい甲斐もあって話してて楽しい──……康太さんには良い所が沢山ある。なんつーか照れくさいな」
そこまで言って。
「ほら、そこです」
そこで、黙っていられなくなったのか少尉は口を挟んだ。意味が分からなくてメアリはキョトンとする。
「……別に言うほど無表情でも無いですよ貴女は。今もですけど。あの戦場で会ったときどんな顔してたか自覚無いんですか?」
照れた顔を。
指摘されて、メアリは思わず頬に触れた。目の前の彼は、不貞腐れたような、でも、優しい声。……初めて聞くような声音。
ああ。だから。
「まだ貴方の事知らないことの方が多いですから、知っていきたい。……残りの時間どう過ごすのかは貴方次第。でも心を殺さず、心の赴くままに生きて欲しい。新しいものに触れて笑ったり泣いたり、日々に後悔が無いように」
つれていきたいお店、見せたい景色が色々あると、彼女は言った。
それから、友人や大事な人を作ると良いと──同性の友人とか、と。
「私が男性なら、もっと気兼ねなく仲良くなれたんですが……改めて、貴方の友人として傍で一緒に過ごさせてくれませんか?」
メアリがそこで、手を差し出してくる。
いつかの日のように。
その手を、取らずに見つめながら。
「……貴女の前に、故郷を失ったというエバーグリーンの方とお話ししました。彼女は言ったんです、『リアルブルーはまだ間に合う』と」
言葉だけを、少尉は返す。
「それで思ったんです。……リアルブルーで死にたい。それが、残り少ない時間での僕の、唯一の望みだ……!」
じ、と、少尉はメアリを見つめた。強い強い視線で。
「貴女の提案に、想像してみました。貴女と、友人と色んな場所に行く僕を。悪くはなかった。だけど、だからこそはっきりと分かりました。これが僕の今の、何よりも強い想いなのだと」
そう言ってから、少尉はポツリと、不安げに声を落とす。
「……僕の命があるうちに、リアルブルーを取り戻す……それは、どれくらいの可能性でしょうね」
そうして、視線を、メアリの掲げたままの手元へと向けた。
「軍が、組織としてどうなるか分からない今、友情に、僕がそこにすがりたいものがあるなら一つだ」
呻くように少尉は告げた。直接解を与えたのはフィロの言葉だが、今自分がここに居るのは……メアリの存在あっての事だ。それに……応える形が、あるとするならば。
「……覚えていて、くれますか。もし僕が道半ばで倒れたら。いつか取り戻したその時に、僕の骨を故郷に埋葬しなおしてくれませんか……」
その約束が、許されるなら。少尉はそっと己の手を、メアリへと近付けていく。彼女は、その手を……──
……賢四郎はそうして、新たに買った飲み物を手に、二人の元へと戻りかけた足を止める。
「既に幕は下りぬ……ですかね」
何れにせよ。少尉の表情を見れば、彼が何かしらの道を定めて、そしてそれに己が関わる機会は失せたのだということは知れた。
「なら自分は次の舞台に、次の次の舞台に……止まる訳にはいきませんからね」
用意していた提案が無駄になったことに……どこか安堵すら覚えながら、彼は人混みへと、それを通り抜けてオフィスの外へと消えていく。
「力強くて頼もしそうな112番の人、名前は?」
カーミンはなお、新たにハンターとなる人たちとの積極的な交流を続けている。
「ちょっとスツール運ぶの手伝って♪」
「あっはは。そう言われちゃ断れねえな。これかい?」
急な頼みに朗らかに答える男性。彼に声をかけたのはただ手伝わせやすそうだからだけじゃない。余裕がある人間にはこうやって協力者にすることで交流を深め、より適正を見極める為だった。
その背景で閉じられた一つの幕のことを、彼女は知らない。今彼女が目を向けるのは、これから主役になるだろう一人一人。それから……それを支える、欠かせないスタッフたち。
様々な依頼を渡り歩いた彼女は、短い交流で得た情報から適性をオフィスに伝え、彼らの支援ができるよう必要な手を差し伸べる。
初期依頼から怪我をさせて、彼らの時間を無駄にさせないようにと。
忙しく動き回りながら……歌うように、彼女は想う。
昨日は遠く、明日はすぐ
新しい陽を待つなら、晨明に歩く
手の届く、いまを動く
一つの戦いは決着を迎えて。新たな出発をする人たちがいる。
これは、終幕にして序章。
終わりと、始まり。
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これからのこと(打ち合わせ?) 初月 賢四郎(ka1046) 人間(リアルブルー)|29才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/11/10 21:29:31 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/11/07 21:16:19 |