ゲスト
(ka0000)
歪を描く
マスター:硲銘介
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/01/09 07:30
- 完成日
- 2015/01/17 12:15
みんなの思い出
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オープニング
●
ふと、目線を上げれば、夜空に光る眩い星々があった。
月光と共に星は大地を照らし、若草色の草原に群青の色を落とす。
ひとたび穏やかな風が吹きこめば、草原もまた踊った。
この瞬間、この場所には静かながらも確かな自然の息吹を感じられた。
遮蔽物など一切無い緑の大地。漆黒に藍色が溶け込んだ空。両者が拮抗する地平線。
そのどれもが美しい、誰もが魅入ってしまうような光景だ。
現に、ここに一人の男がいた。麗しい自然を一望する丘の上に座り込んだ彼は、じっとその風景を眺めていた。
どれほど続いただろう。男はずっとそうしていた。
それは必然だった。誰しもこの景色に心を奪われる。その雄大さを讃えるように、男は息を吐き、
「つまらん。なんてくだらない画だ」
――その美しさを完全に否定してみせた。
なんてことはない。何処にだって例外というものは存在する。
誰もが息を呑むその美しさを、何ともありきたりな唾棄すべきものと感じる者もいた。
風景を楽しむ心など無くても、人が生きるのに問題はない。味気ない話だが美的感覚は必須ではない。
ただこの男――シギニスにとってはその限りでないのが、また皮肉であった。
男は絵描きであった。
誰もが心奮わせるものに惹かれない芸術家。唯一の感性といえば聞こえはいいが、理解されないならそれは無価値へ堕ちる。
実際、彼の描く絵は売れない。無名の絵描きの宿命か、ものの見事に売れなかった。
だが、シギニスが悲観する事は無かった。
「売れる為に描く絵とは何の為だ。この筆は網膜が捉えた美を表す為にこそ揮われる。俺は見て筆を動かす、それだけの機構に過ぎない。人の生計は二の次だ」
その言葉は彼の本心で以降も売る為に描く事は無かった。絵とは無関係の仕事で生き繋ぎ、気の向くまま描く。それが彼の生き方だった。
感性こそ異質なれど、彼は確かに芸術家であったのだ。
だが、男の欲するものはそうそう見つからなかった。
今夜も筆を動かす画を求め街を抜け出したが成果は無かった。
万人の言う美しさを尊いと感じられない。もっと、そう、もっと別のものが見たかった。
肩を落としてな美景を眺めるシギニスだったが、
「――あれは」
ふと、風景に混じった異物が目に入った。
空と大地の狭間を駆ける動物。あれは――馬、だろうか。
影絵の様な光景の中、馬が走っていた。何もない草原をただ駆け抜ける。
草原を走る一頭の馬、それは画になる。であれば、男にはくだらない一枚の筈だったが、何故か後ろ髪を引かれる。
その理由はほどなくして分かった。
馬は少しずつこちらにやって来る。だが、男に気づいた訳ではない様だ。まるで獲物を探すように長い首を動かしていた。
そう、まさに獲物を探しているのだ。しかし、それもおかしな話だ。普通馬というのは草食で、どちらかといえば狩られる立場だ。
その疑問も含め、影絵のシルエットではなく姿そのものを見た瞬間、理解した。
――おぞましい姿だった。鬣は逆立ち見るものを震え上がらせ、その蹄は蹴り殺す事に特化した形をしていた。
どう見たって普通の馬ではない。あれは雑魔と呼ばれるもの――世界から忌み嫌われる災厄の具現であった。
「――ハ。ハハ、ハハハハ……ハハハハハ……ッ!」
笑いがこみ上げる。目にした異形から目が離せない。
なんて醜い姿だろう。あれほど異常を体現した姿が他にあるか。
あれは誰にも好かれない。誰からも認められない。ただただ否定されるだけのものに相違ない。
生命とはすべからく愛し愛されるものという理は何処へいった。
――描きたい。
何としてでもあれを描きたい。それは紛れもない欲求であり、使命の様にも思えた。自分が筆を取ったのはあれを絵にする為だったとさえ思える。
しかし、ここでは些か遠い。もっと、もっと近くで見たい。
だが、それは叶わない。
これだけの逸材だ、一度描き始めれば筆は止まらず、集中さえ出来ればほんの一時間程で仕上げる自信があった。
だが、あれに見つかれば殺されるだろう。男は筆を操る事意外、まるで凡庸である事を自覚している。あの怪物に睨まれたが最後、容易く餌食になるだろう。
――だが、それは悲しむ事ではない。描く為だけに生きている自分がその為に死ぬのはおかしい事ではない。むしろ当然の成り行きだ。
あぁ、しかし。男は思い直す。殺されるのはいいが、あれを描けなくなるのだけは困る。
生涯を賭けるだけの価値はあるが、達成する前に死んではどうにもならない。
シギニスは昂揚の中――命の価値を卑下しながらも――あくまで冷静に思考し、その場を後にした。
●
ハンターオフィスは騒然としていた。
やってきたとある男、彼の依頼内容が常識はずれなものだったからである。
二十代だろうその男は絵描きで、ある被写体を描きたいのだという。その間、男を護衛するのが依頼だったのだが、
「ぞ、雑魔の絵を描くんですか?」
受付嬢は戸惑いつつも男に尋ねた。そんな不気味な絵が売れるのか――少なくとも自分は欲しいと思わない。
だが男は平然と肯定し、
「目標は雑魔。依頼内容は俺の護衛、既に言った筈だが」
無愛想な答えに受付嬢はこっそり眉をひそめた。
こういう無駄に偉そうな依頼者はよくいるので慣れていたが、内容が異常だ。
いや、護衛はいい。雑魔の絵を描くというのも――理解は出来ないが――それも個人の自由だろう。
問題は男が出した条件だ。
「俺を守るのはしっかりやってもらうが、対象に傷をつける事は許さない。傷一つ無い、完璧なあれを描きたいからな」
――これである。この男は雑魔を愛玩動物か何かと勘違いしているのだろうか。
「で、ですが、お客様。雑魔というのは危険な相手でして――」
「でなければ依頼などしてない。それとも、こんな依頼も受けられぬ程、ハンターという輩は無能なのか?」
「違いますっ! そうではなくてですね、雑魔は排除が必要な相手なんですよ!」
「一体くらい見逃せ」
「駄目ですっ!」
一歩も引かず、男を睨む受付嬢。立場上こういう態度は良くないのだが、すっかり血が上っていた。
その頑なな態度が通じたのか、男が不服そうに妥協案を口にする。
「ちっ、無駄なやり取りをしてる場合か……已むを得ん。なら、絵が仕上がった後で殺せばいい。ただし、それまでは俺の条件を呑め」
「……それなら、まぁ、なんとか。けど、それでいいんですか?」
「構わん。実物が失われようとも、俺の筆で緻密に再現されたあれは不滅だ。あの存在を一部の乱れなく描き切ってみせよう」
そう言って、男は悦に入っていた。顔をしかめながら受付嬢はため息をつく。
不安を抱えつつも依頼申請の手続きに入る。しかし、この依頼受理していいものか。疑問は最後まで拭えなかった――――
ふと、目線を上げれば、夜空に光る眩い星々があった。
月光と共に星は大地を照らし、若草色の草原に群青の色を落とす。
ひとたび穏やかな風が吹きこめば、草原もまた踊った。
この瞬間、この場所には静かながらも確かな自然の息吹を感じられた。
遮蔽物など一切無い緑の大地。漆黒に藍色が溶け込んだ空。両者が拮抗する地平線。
そのどれもが美しい、誰もが魅入ってしまうような光景だ。
現に、ここに一人の男がいた。麗しい自然を一望する丘の上に座り込んだ彼は、じっとその風景を眺めていた。
どれほど続いただろう。男はずっとそうしていた。
それは必然だった。誰しもこの景色に心を奪われる。その雄大さを讃えるように、男は息を吐き、
「つまらん。なんてくだらない画だ」
――その美しさを完全に否定してみせた。
なんてことはない。何処にだって例外というものは存在する。
誰もが息を呑むその美しさを、何ともありきたりな唾棄すべきものと感じる者もいた。
風景を楽しむ心など無くても、人が生きるのに問題はない。味気ない話だが美的感覚は必須ではない。
ただこの男――シギニスにとってはその限りでないのが、また皮肉であった。
男は絵描きであった。
誰もが心奮わせるものに惹かれない芸術家。唯一の感性といえば聞こえはいいが、理解されないならそれは無価値へ堕ちる。
実際、彼の描く絵は売れない。無名の絵描きの宿命か、ものの見事に売れなかった。
だが、シギニスが悲観する事は無かった。
「売れる為に描く絵とは何の為だ。この筆は網膜が捉えた美を表す為にこそ揮われる。俺は見て筆を動かす、それだけの機構に過ぎない。人の生計は二の次だ」
その言葉は彼の本心で以降も売る為に描く事は無かった。絵とは無関係の仕事で生き繋ぎ、気の向くまま描く。それが彼の生き方だった。
感性こそ異質なれど、彼は確かに芸術家であったのだ。
だが、男の欲するものはそうそう見つからなかった。
今夜も筆を動かす画を求め街を抜け出したが成果は無かった。
万人の言う美しさを尊いと感じられない。もっと、そう、もっと別のものが見たかった。
肩を落としてな美景を眺めるシギニスだったが、
「――あれは」
ふと、風景に混じった異物が目に入った。
空と大地の狭間を駆ける動物。あれは――馬、だろうか。
影絵の様な光景の中、馬が走っていた。何もない草原をただ駆け抜ける。
草原を走る一頭の馬、それは画になる。であれば、男にはくだらない一枚の筈だったが、何故か後ろ髪を引かれる。
その理由はほどなくして分かった。
馬は少しずつこちらにやって来る。だが、男に気づいた訳ではない様だ。まるで獲物を探すように長い首を動かしていた。
そう、まさに獲物を探しているのだ。しかし、それもおかしな話だ。普通馬というのは草食で、どちらかといえば狩られる立場だ。
その疑問も含め、影絵のシルエットではなく姿そのものを見た瞬間、理解した。
――おぞましい姿だった。鬣は逆立ち見るものを震え上がらせ、その蹄は蹴り殺す事に特化した形をしていた。
どう見たって普通の馬ではない。あれは雑魔と呼ばれるもの――世界から忌み嫌われる災厄の具現であった。
「――ハ。ハハ、ハハハハ……ハハハハハ……ッ!」
笑いがこみ上げる。目にした異形から目が離せない。
なんて醜い姿だろう。あれほど異常を体現した姿が他にあるか。
あれは誰にも好かれない。誰からも認められない。ただただ否定されるだけのものに相違ない。
生命とはすべからく愛し愛されるものという理は何処へいった。
――描きたい。
何としてでもあれを描きたい。それは紛れもない欲求であり、使命の様にも思えた。自分が筆を取ったのはあれを絵にする為だったとさえ思える。
しかし、ここでは些か遠い。もっと、もっと近くで見たい。
だが、それは叶わない。
これだけの逸材だ、一度描き始めれば筆は止まらず、集中さえ出来ればほんの一時間程で仕上げる自信があった。
だが、あれに見つかれば殺されるだろう。男は筆を操る事意外、まるで凡庸である事を自覚している。あの怪物に睨まれたが最後、容易く餌食になるだろう。
――だが、それは悲しむ事ではない。描く為だけに生きている自分がその為に死ぬのはおかしい事ではない。むしろ当然の成り行きだ。
あぁ、しかし。男は思い直す。殺されるのはいいが、あれを描けなくなるのだけは困る。
生涯を賭けるだけの価値はあるが、達成する前に死んではどうにもならない。
シギニスは昂揚の中――命の価値を卑下しながらも――あくまで冷静に思考し、その場を後にした。
●
ハンターオフィスは騒然としていた。
やってきたとある男、彼の依頼内容が常識はずれなものだったからである。
二十代だろうその男は絵描きで、ある被写体を描きたいのだという。その間、男を護衛するのが依頼だったのだが、
「ぞ、雑魔の絵を描くんですか?」
受付嬢は戸惑いつつも男に尋ねた。そんな不気味な絵が売れるのか――少なくとも自分は欲しいと思わない。
だが男は平然と肯定し、
「目標は雑魔。依頼内容は俺の護衛、既に言った筈だが」
無愛想な答えに受付嬢はこっそり眉をひそめた。
こういう無駄に偉そうな依頼者はよくいるので慣れていたが、内容が異常だ。
いや、護衛はいい。雑魔の絵を描くというのも――理解は出来ないが――それも個人の自由だろう。
問題は男が出した条件だ。
「俺を守るのはしっかりやってもらうが、対象に傷をつける事は許さない。傷一つ無い、完璧なあれを描きたいからな」
――これである。この男は雑魔を愛玩動物か何かと勘違いしているのだろうか。
「で、ですが、お客様。雑魔というのは危険な相手でして――」
「でなければ依頼などしてない。それとも、こんな依頼も受けられぬ程、ハンターという輩は無能なのか?」
「違いますっ! そうではなくてですね、雑魔は排除が必要な相手なんですよ!」
「一体くらい見逃せ」
「駄目ですっ!」
一歩も引かず、男を睨む受付嬢。立場上こういう態度は良くないのだが、すっかり血が上っていた。
その頑なな態度が通じたのか、男が不服そうに妥協案を口にする。
「ちっ、無駄なやり取りをしてる場合か……已むを得ん。なら、絵が仕上がった後で殺せばいい。ただし、それまでは俺の条件を呑め」
「……それなら、まぁ、なんとか。けど、それでいいんですか?」
「構わん。実物が失われようとも、俺の筆で緻密に再現されたあれは不滅だ。あの存在を一部の乱れなく描き切ってみせよう」
そう言って、男は悦に入っていた。顔をしかめながら受付嬢はため息をつく。
不安を抱えつつも依頼申請の手続きに入る。しかし、この依頼受理していいものか。疑問は最後まで拭えなかった――――
リプレイ本文
●
シギニスと、彼の依頼に応じたハンター達が日が沈んだ草原を歩く。
以前シギニスが馬を目撃した地点を目指し、彼の先導で一行は進んでいく。
道連れに関心が無いのか、シギニスはハンター達に構わず足早に進む。その自由な背中を見ながらラスティ(ka1400)が呟いた。
「歪虚の絵を描きたい、ね」
それはなんて事ない呟き。ラスティにとって、男が描こうとしている絵は興味の埒外にあった。
一歩遅れた位置を歩くジェーン・ノーワース(ka2004)も同じ様に考えていた。
彼女が今ここにいる理由は、ラスティの声があったからに他ならない。他の理由など持ち合わせておらず、また彼女にとってはそれだけで十分な理由であった。
示し合わせた訳ではないが、二人はシギニスに対し、同様に理解も共感も抱かなかった。彼らが特別な訳ではない、この絵描きの異常性は大抵の相手にそう映るものだ。
そんな中でラスティは彼女――アルテア・A・コートフィールド(ka2553)がどの様に感じているかを気にしていた。
すぐ隣を歩く恋人、アルテアの様子は普段と変わらない。だが絵師を志す彼女は自分とは違うものを感じているのではないかと気になったのだ。
彼女は異形を前にどう感じるのか。そう考え、自分の手に視線を落とす。
禍々しい甲冑に包まれた自分の身体がそこにある。怪物と対峙する為の装備とはいえ、
「ハッ――これじゃ、どっちが化け物だかな」
どうにも、皮肉染みている。そんな自嘲めいた考えを浮かべるラスティに、
「僕だって画家の端くれだからさ。綺麗なものを見ればどうしたって描きたくなるって気持ちはわかるよ」
星空を見上げながらアルテアが言った。まるで自分の考えを見透かした様な言葉にラスティは呆気に取られた様に彼女を見つめる。
アルテアもラスティにその瞳を向け、柔らかい表情を見せる。
「アレクもその鎧、綺麗だね」
アルテアがラスティの心に触れていく。考えていた筈の事などいつの間にか掻き消えていた。
三人から少し離れて歩く二人、三日月 壱(ka0244)と上霧 鋭(ka3535)。
「テメーの命が惜しくねーのかね……ま、それだけ魂込めた絵にも興味あっけどな」
呆れた様に鋭がそう漏らす。口にこそ出さないが、壱も似た様な事を思っているらしい。
依頼人を酔狂な変人と思いつつも、彼らもまたプロである。不満を持ち出すことなく、依頼人に続く。
目的地を前に、慈姑 ぽえむ(ka3243)は少し緊張していた。彼女の目は共に行く仲間達に向けられている。
「いぬ。ちょっと来てよ」
「はい。どうしましたか、アルテアさん」
ぽえむの視線の先ではアルテアが壱の事を特殊な名で呼んでいた。その二人だけの話ではなく、場には親密な雰囲気が漂っている。
集まったハンター達は顔見知りばかりだった。それ故だろうか、彼らからは気合の入った意気込みを感じられる。
昂揚する仲間達に少し気圧されながらも、ぽえむは自分を奮い立たせる。
自分だってハンターなのだ。立派に役目を果たしてみせる。
そう気合を入れ直し、ぽえむは前を行くシギニスに駆け寄っていく。依頼人とのコミュニケーションも大事な事である。
「あの、お兄さんはその歪虚の何に惹かれたんですか?」
自分と並行するぽえむを一瞥するシギニス。だが彼は一言、
「お前にわからんものだ」
とだけ返し、さっさと歩いていってしまう。
「ま……待ってくださいよ~」
取り残されるぽえむだったが、冷たい言葉にも挫けず、彼女はまたせっせとシギニスを追いかけるのだった。
●
「見つけた、アレだ……!」
逸る興奮を隠し切れずに目をぎらつかせたシギニスが言う。
随分距離があるが、視線の先には――星空の下、草原を走る一頭の馬。遠目に見るなら綺麗な画なのだが、それで済まない事は全員が承知している。
「焦って突っ込むんじゃねーぞ、オレらが来た意味ねーからな」
今にも飛び出して行きそうな依頼人に鋭が声をかける。頷くシギニスだが、その目は雑魔を向いたままだ。イマイチ伝わっているのか曖昧で、鋭は彼の傍で注意を払う。
「シギニスさん、良かったらこちらをどうぞ」
そんな依頼人に壱が毛布を差し出す。それを見て、シギニスは怪訝な顔をする。
「何だ、これは」
「襲われる可能性を少しでも減らす為です。これを羽織っていただけるとありがたいのですが」
壱はにこやかに笑顔を浮かべて提案する。だが、
「断る。こんな物を羽織っていては作業の邪魔になる」
と、シギニスはそれを一蹴する。そうですか、と残念そうに言いつつも壱は穏やかな表情を崩さない。
二人のやり取りを継いで、今度はアルテアが前に出る。
「なら、せめてテントの中に入って貰えるかな。毛布よりは融通が利くと思うよ。いぬの案を蹴ったんだし、せめてこちらは妥協案として受け入れてくれないかな」
その提案にシギニスは少し悩んだが、しぶしぶ頷いた。壱とアルテア、二人の言い分も確かだと感じたからである。
「それと、音は出さないようにしてね。なるべくあの馬に気づかれないように」
「ちっ、注文の多い奴らだな」
舌打ちしながら吐き捨て、アルテアの示す方へ移動する。匂いによる察知も警戒し、風上にテントを用意する為だった。
●
――闇夜を駆ける馬が、眩い人工の光を目にする。
馬は光に向けて疾駆する。先にはライトを手にしたラスティがいる。依頼人から離れた所で光をチラつかせ雑魔を誘き寄せる、彼の目論見は成功した。
助走を付け、勢いを味方にした雑魔の突撃――ラスティはそれを真っ向から受け止める。全身を包む甲冑と前面に構えた盾。文字通りの鉄壁が攻撃を防ぐ。
突進を防がれた馬は後ろへ飛び退く。と、そこでまた別の光が目に入る。今度の光は雑魔を挑発するように右へ左へと動き回る。
それは壱が腰につけたランプの灯り。彼の動きも合わせ敵を挑発していく。雑魔の標的が移り、壱は身構える。
馬の攻撃は大半が直線的、飛び道具などを持たない突進と蹴りを繰り返すばかりのものであった。
対する壱の動きは機敏にして不規則なもの。覚醒した彼の赤い目は雑魔の足に注目し、地を駆ける俊足が次々と攻撃を捌いていく。
その間、壱は一切の攻撃行動を行わない。回避と移動に専念し、ひたすらに雑魔の意識を引き続ける。
しかし、防戦一方の戦い故に時には隙も生まれる。その隙をラスティとジェーンの二人がカバーする。
二人は手裏剣を投擲し、馬の進路を操っていく。彼らの狙いは地面で、本体を傷つける事はない。専守防衛による不利を拭う為のものであった。
そうした牽制により、敵の意識が再び移り変わる。その際には防御、回避に徹してしのぎ、また別の味方へ意識が向くのを待つのだ。
「こういうのは……どうかしら」
その中でジェーンが一つの策を講じる。彼女の掲げる松明の火に突撃してくる馬の動きに合わせ跳躍し――颯爽とその背に跨る。
「ジェーン!?」
彼女の予想外の行動にラスティが声を上げる。
ジェーンの目的は馬の動きを制限する事にある。その為に乗馬姿勢を取ったが、
「大丈夫、傷つけはしな――きゃっ……!?」
暴れ狂う馬の背は手綱も無しに操れるものではなかった。小さく悲鳴を上げながらジェーンが振り落とされる。
吹き飛ばされたジェーン。それを追うように疾走した馬の蹄が――彼女を襲う。
「っ――……っ!」
叫びを堪えながらも衝撃に転がされるジェーン。側に控えていたぽえむがすぐさま駆け寄り、馬の追撃から彼女を守る。
盾で蹄の強襲を防ぎつつ、手にした銃を足元に撃ち込み、雑魔を退ける。その僅かな隙に壱が追いつき、
「引き離します! ジェーンさんを頼みます」
再び敵の注意を引き受け二人から引き離しつつ壱が言う。
「はい! すぐに治します、ヒール!」
それに応え、ぽえむが治癒の術を行使する。ジェーンの傷はすぐに治り、彼女はゆっくりと立ち上がる。心配そうにぽえむが声をかける。
「もう大丈夫ですか?」
「……迷惑をかけたわね」
ジェーンはそう答えながらフードの裾を引っ張り、顔を隠す。その後、自身の失敗を返上すべく、再び雑魔の元へ駆けて行った。
ぽえむも再び、疾駆する馬を視線に収める。長丁場になるこの戦い、最後まで油断する訳にはいかない。
前衛達から少し距離を置いた位置にテントが張られていた。アルテアの工夫がなされた迷彩色が周囲に馴染み、捕捉される事を防いでいた。
テントの中ではシギニスが画材道具を広げ一心不乱にキャンバスに向かっている。
その傍らには最終防衛線として鋭が立っている。覚醒後の姿、外殻に覆われた様な長身へ変身した彼女は不測の事態を常に警戒する。
更に、其処から三歩ほど前にアルテアが立つ。前衛が消耗した時に交代できるよう、彼女は控えている。
二人は戦いの様子を探りながらも、時折シギニスの様子を窺う。
「あとどれくらいかかりそうだ?」
絵の完成時間はそのまま戦闘時間を示す。残り時間が判明すれば仲間も戦いやすくなるだろう、鋭はシギニスに絵の進みを確認する。
「順調に進んでいる。が、所要時間は分からん。全て描ききった、と思うまでだ」
シギニスは鋭には目もくれず言葉だけ返す。更に、
「あいつら、少し離れすぎだ。もっと近くに寄せろ」
と、要求してくる。
「もっとか? こっちに気づくんじゃねーの?」
「それをどうにかするのがお前達の仕事だろう」
仰るとおりで。鋭はへいへいと頷きながらトランシーバーを手に取る。通信相手は壱だ。
「こっちから離れすぎだと。もっと近づけねーか?」
「は? これ以上近づけろって?」
普段とは様子の違う壱の声が通信越しに聞こえる。鋭は気にせず、彼の言葉に頷く。
「……了解。ったく、注文の多い依頼主だぜ」
呆れた様に言いながら壱が言葉を切った。続いてもう一人、トランシーバーを持つぽえむにも同じ事を伝える。
通信が終わった鋭が、シギニスを見ると彼は再び絵に没頭していた。
●
――戦闘開始からどれくらい経っただろうか。
少し前に、ジェーンが自身の松明の二本目を灯していた。単純に一時間は既に経過した事になる。
受けたダメージを各々のスキルやぽえむの支援で癒してはいたが、それと疲労は別物だ。皆、体が重くなるのを感じていた。
一方の雑魔はまるで動きが鈍らない。さすがは異形の怪物と言ったところか。疲れなど無縁とばかりに草原を駆け回る。
その様な場面で突如、場違いな笑い声が響く。
「――フハ、ハ……ハハハハッ!!」
全員がその声の方を見る。無論、雑魔とて例外ではない。
笑い声の主はシギニス――これまで以上に筆を動かしながら高笑いしていた。
「バカ……!」
誰ともなく――いや、全員からだったかもしれない――そんな言葉が零れる。
案の定、彼に気づいた雑魔が咆哮を上げ駆け出す。駿足を誇る馬の異形、前線にいた者達はそれを追いきれない。
瞬く間にシギニスに近づいていく異形。その脅威の神速を――アルテアがムーバブルシールドで受け止めた。
勢いのついた突進を受け、アルテアが後ずさる。そこへ続けて蹴りが浴びせられ、盾と共に小さな体が揺れる。
「……っ!」
危機的に思われた状況――だが、次の一撃は誰もいない地面へ叩きつけられる。
ランアウトで加速したジェーンがアルテアを連れ、距離を取っていた。僅かだが生まれた時間、そこに鋭が割って入り、二人の盾となる。
「アルテア!」
遅れてラスティが駆け寄る。座り込むアルテアに怪我が無いのを確認し、安堵する。
「あのな……少しくらい、格好付けさせろよ」
ラスティはすぐ雑魔に向き直り、アルテアを隠す様に再び盾を構えなおす。
だが、立ち上がったアルテアはそのまま前に出て、威嚇射撃を行い雑魔をシギニスの逆方向へ誘導する。
「僕にだって、カッコつけさせてよ。アレクは休んでて」
言って、アルテアはラスティと前衛を交代し、雑魔を追いかけていく。
一筋縄では行かない恋人の行動に困った様に額を抑えつつ、ラスティは疲労した体を癒す為、束の間の休息に入った。
一度崩れかけた体勢を立て直し、再び包囲を敷くハンター達。そこに、
「てめぇら、もういいぜ!」
鋭の声が響く。彼女の隣を見れば、シギニスは筆を置き絵を見つめていた。
「やっぱり待った、は無しだからね」
ぽえむが銃を握り直し、雑魔に向けて発砲する。これまでのものとは違い、今度は身体を撃ち抜いて行く。
それが号令だったかの様に、他のハンター達も続く。それぞれが鬱憤を晴らす様に、得意とする攻撃を叩き込む。
いざ攻撃が解禁されれば、一体の雑魔など彼らの前には物の数でない。一時間以上に及ぶ戦闘はの終わりは呆気なく、瞬く間に幕を閉じた――
●
戦いが終わってすぐ、壱は鋭の元へ駆け寄った。取り繕った言葉ではなく、自然に彼女に声をかける。
「さすがに疲れたぜ……そっちは大丈夫か」
言葉の通り、身体は疲労しきっていた。特に壱は攻撃を一手に受けていた時間が長かった為、疲れも周りより重いものだろう。
「ああ、オレは問題ねーぜ。ごくろーさん」
鋭はそう言って壱を労う。疲れきっていながらも、壱は笑顔で応えるのだった。
「ちょっとだけど、僕はシギニスおじさんを羨ましいと思うよ。自分の全てを懸けていいってものに出会えたんだから」
完成した絵を眺める依頼人の隣でアルテアが口を開く。
絵師である彼への賛辞と同時に、彼女は絵描きのこれからを尋ねる。
人とは異なる感性の絵描き。そんな彼はこれから何を描いていくのか、と。
「いっそ戦場絵師とかどうかな。禍々しいものなら幾らでもあると思うよ、僕も描きたいくらいのね」
そう言って、アルテアは傍らのラスティに体を寄せ、その首に手を回した。
「譲らないけどさ」
「……俺が描くものは俺が決める。他者に薦められたものなど願い下げだ」
いつも通りの無愛想を返す男だったが、僅かに今は上機嫌に見えた。
「……で、納得のいく絵はかけましたか?」
そんな彼にぽえむが話しかける。フン、と鼻を鳴らしながらシギニスが絵を見せてくる。
「俺が描き上げたのだ。納得のいかない物である筈が無い」
「すごい……上手ですね」
彼の絵にぽえむが感嘆の声を上げる。描かれた雑魔に美しさを感じる事はなかったが、それでもその技量は感じ取れた。
禍々しい馬――先程まで戦っていた敵の姿を見て、また疲れが上ってきた様に感じる。ぽえむは苦笑しながら続ける。
「今にも絵から出てきそうです……今は、疲れたので相手するのはもう嫌ですけど。これからも頑張ってくださいね」
この捻くれた男にぽえむの素直な賛辞が届いたかはわからない。
それでも、この時男は充足していた。絵に捉えた異形の姿を見つめながら、また出会う次の歪への想いを馳せていく――――
シギニスと、彼の依頼に応じたハンター達が日が沈んだ草原を歩く。
以前シギニスが馬を目撃した地点を目指し、彼の先導で一行は進んでいく。
道連れに関心が無いのか、シギニスはハンター達に構わず足早に進む。その自由な背中を見ながらラスティ(ka1400)が呟いた。
「歪虚の絵を描きたい、ね」
それはなんて事ない呟き。ラスティにとって、男が描こうとしている絵は興味の埒外にあった。
一歩遅れた位置を歩くジェーン・ノーワース(ka2004)も同じ様に考えていた。
彼女が今ここにいる理由は、ラスティの声があったからに他ならない。他の理由など持ち合わせておらず、また彼女にとってはそれだけで十分な理由であった。
示し合わせた訳ではないが、二人はシギニスに対し、同様に理解も共感も抱かなかった。彼らが特別な訳ではない、この絵描きの異常性は大抵の相手にそう映るものだ。
そんな中でラスティは彼女――アルテア・A・コートフィールド(ka2553)がどの様に感じているかを気にしていた。
すぐ隣を歩く恋人、アルテアの様子は普段と変わらない。だが絵師を志す彼女は自分とは違うものを感じているのではないかと気になったのだ。
彼女は異形を前にどう感じるのか。そう考え、自分の手に視線を落とす。
禍々しい甲冑に包まれた自分の身体がそこにある。怪物と対峙する為の装備とはいえ、
「ハッ――これじゃ、どっちが化け物だかな」
どうにも、皮肉染みている。そんな自嘲めいた考えを浮かべるラスティに、
「僕だって画家の端くれだからさ。綺麗なものを見ればどうしたって描きたくなるって気持ちはわかるよ」
星空を見上げながらアルテアが言った。まるで自分の考えを見透かした様な言葉にラスティは呆気に取られた様に彼女を見つめる。
アルテアもラスティにその瞳を向け、柔らかい表情を見せる。
「アレクもその鎧、綺麗だね」
アルテアがラスティの心に触れていく。考えていた筈の事などいつの間にか掻き消えていた。
三人から少し離れて歩く二人、三日月 壱(ka0244)と上霧 鋭(ka3535)。
「テメーの命が惜しくねーのかね……ま、それだけ魂込めた絵にも興味あっけどな」
呆れた様に鋭がそう漏らす。口にこそ出さないが、壱も似た様な事を思っているらしい。
依頼人を酔狂な変人と思いつつも、彼らもまたプロである。不満を持ち出すことなく、依頼人に続く。
目的地を前に、慈姑 ぽえむ(ka3243)は少し緊張していた。彼女の目は共に行く仲間達に向けられている。
「いぬ。ちょっと来てよ」
「はい。どうしましたか、アルテアさん」
ぽえむの視線の先ではアルテアが壱の事を特殊な名で呼んでいた。その二人だけの話ではなく、場には親密な雰囲気が漂っている。
集まったハンター達は顔見知りばかりだった。それ故だろうか、彼らからは気合の入った意気込みを感じられる。
昂揚する仲間達に少し気圧されながらも、ぽえむは自分を奮い立たせる。
自分だってハンターなのだ。立派に役目を果たしてみせる。
そう気合を入れ直し、ぽえむは前を行くシギニスに駆け寄っていく。依頼人とのコミュニケーションも大事な事である。
「あの、お兄さんはその歪虚の何に惹かれたんですか?」
自分と並行するぽえむを一瞥するシギニス。だが彼は一言、
「お前にわからんものだ」
とだけ返し、さっさと歩いていってしまう。
「ま……待ってくださいよ~」
取り残されるぽえむだったが、冷たい言葉にも挫けず、彼女はまたせっせとシギニスを追いかけるのだった。
●
「見つけた、アレだ……!」
逸る興奮を隠し切れずに目をぎらつかせたシギニスが言う。
随分距離があるが、視線の先には――星空の下、草原を走る一頭の馬。遠目に見るなら綺麗な画なのだが、それで済まない事は全員が承知している。
「焦って突っ込むんじゃねーぞ、オレらが来た意味ねーからな」
今にも飛び出して行きそうな依頼人に鋭が声をかける。頷くシギニスだが、その目は雑魔を向いたままだ。イマイチ伝わっているのか曖昧で、鋭は彼の傍で注意を払う。
「シギニスさん、良かったらこちらをどうぞ」
そんな依頼人に壱が毛布を差し出す。それを見て、シギニスは怪訝な顔をする。
「何だ、これは」
「襲われる可能性を少しでも減らす為です。これを羽織っていただけるとありがたいのですが」
壱はにこやかに笑顔を浮かべて提案する。だが、
「断る。こんな物を羽織っていては作業の邪魔になる」
と、シギニスはそれを一蹴する。そうですか、と残念そうに言いつつも壱は穏やかな表情を崩さない。
二人のやり取りを継いで、今度はアルテアが前に出る。
「なら、せめてテントの中に入って貰えるかな。毛布よりは融通が利くと思うよ。いぬの案を蹴ったんだし、せめてこちらは妥協案として受け入れてくれないかな」
その提案にシギニスは少し悩んだが、しぶしぶ頷いた。壱とアルテア、二人の言い分も確かだと感じたからである。
「それと、音は出さないようにしてね。なるべくあの馬に気づかれないように」
「ちっ、注文の多い奴らだな」
舌打ちしながら吐き捨て、アルテアの示す方へ移動する。匂いによる察知も警戒し、風上にテントを用意する為だった。
●
――闇夜を駆ける馬が、眩い人工の光を目にする。
馬は光に向けて疾駆する。先にはライトを手にしたラスティがいる。依頼人から離れた所で光をチラつかせ雑魔を誘き寄せる、彼の目論見は成功した。
助走を付け、勢いを味方にした雑魔の突撃――ラスティはそれを真っ向から受け止める。全身を包む甲冑と前面に構えた盾。文字通りの鉄壁が攻撃を防ぐ。
突進を防がれた馬は後ろへ飛び退く。と、そこでまた別の光が目に入る。今度の光は雑魔を挑発するように右へ左へと動き回る。
それは壱が腰につけたランプの灯り。彼の動きも合わせ敵を挑発していく。雑魔の標的が移り、壱は身構える。
馬の攻撃は大半が直線的、飛び道具などを持たない突進と蹴りを繰り返すばかりのものであった。
対する壱の動きは機敏にして不規則なもの。覚醒した彼の赤い目は雑魔の足に注目し、地を駆ける俊足が次々と攻撃を捌いていく。
その間、壱は一切の攻撃行動を行わない。回避と移動に専念し、ひたすらに雑魔の意識を引き続ける。
しかし、防戦一方の戦い故に時には隙も生まれる。その隙をラスティとジェーンの二人がカバーする。
二人は手裏剣を投擲し、馬の進路を操っていく。彼らの狙いは地面で、本体を傷つける事はない。専守防衛による不利を拭う為のものであった。
そうした牽制により、敵の意識が再び移り変わる。その際には防御、回避に徹してしのぎ、また別の味方へ意識が向くのを待つのだ。
「こういうのは……どうかしら」
その中でジェーンが一つの策を講じる。彼女の掲げる松明の火に突撃してくる馬の動きに合わせ跳躍し――颯爽とその背に跨る。
「ジェーン!?」
彼女の予想外の行動にラスティが声を上げる。
ジェーンの目的は馬の動きを制限する事にある。その為に乗馬姿勢を取ったが、
「大丈夫、傷つけはしな――きゃっ……!?」
暴れ狂う馬の背は手綱も無しに操れるものではなかった。小さく悲鳴を上げながらジェーンが振り落とされる。
吹き飛ばされたジェーン。それを追うように疾走した馬の蹄が――彼女を襲う。
「っ――……っ!」
叫びを堪えながらも衝撃に転がされるジェーン。側に控えていたぽえむがすぐさま駆け寄り、馬の追撃から彼女を守る。
盾で蹄の強襲を防ぎつつ、手にした銃を足元に撃ち込み、雑魔を退ける。その僅かな隙に壱が追いつき、
「引き離します! ジェーンさんを頼みます」
再び敵の注意を引き受け二人から引き離しつつ壱が言う。
「はい! すぐに治します、ヒール!」
それに応え、ぽえむが治癒の術を行使する。ジェーンの傷はすぐに治り、彼女はゆっくりと立ち上がる。心配そうにぽえむが声をかける。
「もう大丈夫ですか?」
「……迷惑をかけたわね」
ジェーンはそう答えながらフードの裾を引っ張り、顔を隠す。その後、自身の失敗を返上すべく、再び雑魔の元へ駆けて行った。
ぽえむも再び、疾駆する馬を視線に収める。長丁場になるこの戦い、最後まで油断する訳にはいかない。
前衛達から少し距離を置いた位置にテントが張られていた。アルテアの工夫がなされた迷彩色が周囲に馴染み、捕捉される事を防いでいた。
テントの中ではシギニスが画材道具を広げ一心不乱にキャンバスに向かっている。
その傍らには最終防衛線として鋭が立っている。覚醒後の姿、外殻に覆われた様な長身へ変身した彼女は不測の事態を常に警戒する。
更に、其処から三歩ほど前にアルテアが立つ。前衛が消耗した時に交代できるよう、彼女は控えている。
二人は戦いの様子を探りながらも、時折シギニスの様子を窺う。
「あとどれくらいかかりそうだ?」
絵の完成時間はそのまま戦闘時間を示す。残り時間が判明すれば仲間も戦いやすくなるだろう、鋭はシギニスに絵の進みを確認する。
「順調に進んでいる。が、所要時間は分からん。全て描ききった、と思うまでだ」
シギニスは鋭には目もくれず言葉だけ返す。更に、
「あいつら、少し離れすぎだ。もっと近くに寄せろ」
と、要求してくる。
「もっとか? こっちに気づくんじゃねーの?」
「それをどうにかするのがお前達の仕事だろう」
仰るとおりで。鋭はへいへいと頷きながらトランシーバーを手に取る。通信相手は壱だ。
「こっちから離れすぎだと。もっと近づけねーか?」
「は? これ以上近づけろって?」
普段とは様子の違う壱の声が通信越しに聞こえる。鋭は気にせず、彼の言葉に頷く。
「……了解。ったく、注文の多い依頼主だぜ」
呆れた様に言いながら壱が言葉を切った。続いてもう一人、トランシーバーを持つぽえむにも同じ事を伝える。
通信が終わった鋭が、シギニスを見ると彼は再び絵に没頭していた。
●
――戦闘開始からどれくらい経っただろうか。
少し前に、ジェーンが自身の松明の二本目を灯していた。単純に一時間は既に経過した事になる。
受けたダメージを各々のスキルやぽえむの支援で癒してはいたが、それと疲労は別物だ。皆、体が重くなるのを感じていた。
一方の雑魔はまるで動きが鈍らない。さすがは異形の怪物と言ったところか。疲れなど無縁とばかりに草原を駆け回る。
その様な場面で突如、場違いな笑い声が響く。
「――フハ、ハ……ハハハハッ!!」
全員がその声の方を見る。無論、雑魔とて例外ではない。
笑い声の主はシギニス――これまで以上に筆を動かしながら高笑いしていた。
「バカ……!」
誰ともなく――いや、全員からだったかもしれない――そんな言葉が零れる。
案の定、彼に気づいた雑魔が咆哮を上げ駆け出す。駿足を誇る馬の異形、前線にいた者達はそれを追いきれない。
瞬く間にシギニスに近づいていく異形。その脅威の神速を――アルテアがムーバブルシールドで受け止めた。
勢いのついた突進を受け、アルテアが後ずさる。そこへ続けて蹴りが浴びせられ、盾と共に小さな体が揺れる。
「……っ!」
危機的に思われた状況――だが、次の一撃は誰もいない地面へ叩きつけられる。
ランアウトで加速したジェーンがアルテアを連れ、距離を取っていた。僅かだが生まれた時間、そこに鋭が割って入り、二人の盾となる。
「アルテア!」
遅れてラスティが駆け寄る。座り込むアルテアに怪我が無いのを確認し、安堵する。
「あのな……少しくらい、格好付けさせろよ」
ラスティはすぐ雑魔に向き直り、アルテアを隠す様に再び盾を構えなおす。
だが、立ち上がったアルテアはそのまま前に出て、威嚇射撃を行い雑魔をシギニスの逆方向へ誘導する。
「僕にだって、カッコつけさせてよ。アレクは休んでて」
言って、アルテアはラスティと前衛を交代し、雑魔を追いかけていく。
一筋縄では行かない恋人の行動に困った様に額を抑えつつ、ラスティは疲労した体を癒す為、束の間の休息に入った。
一度崩れかけた体勢を立て直し、再び包囲を敷くハンター達。そこに、
「てめぇら、もういいぜ!」
鋭の声が響く。彼女の隣を見れば、シギニスは筆を置き絵を見つめていた。
「やっぱり待った、は無しだからね」
ぽえむが銃を握り直し、雑魔に向けて発砲する。これまでのものとは違い、今度は身体を撃ち抜いて行く。
それが号令だったかの様に、他のハンター達も続く。それぞれが鬱憤を晴らす様に、得意とする攻撃を叩き込む。
いざ攻撃が解禁されれば、一体の雑魔など彼らの前には物の数でない。一時間以上に及ぶ戦闘はの終わりは呆気なく、瞬く間に幕を閉じた――
●
戦いが終わってすぐ、壱は鋭の元へ駆け寄った。取り繕った言葉ではなく、自然に彼女に声をかける。
「さすがに疲れたぜ……そっちは大丈夫か」
言葉の通り、身体は疲労しきっていた。特に壱は攻撃を一手に受けていた時間が長かった為、疲れも周りより重いものだろう。
「ああ、オレは問題ねーぜ。ごくろーさん」
鋭はそう言って壱を労う。疲れきっていながらも、壱は笑顔で応えるのだった。
「ちょっとだけど、僕はシギニスおじさんを羨ましいと思うよ。自分の全てを懸けていいってものに出会えたんだから」
完成した絵を眺める依頼人の隣でアルテアが口を開く。
絵師である彼への賛辞と同時に、彼女は絵描きのこれからを尋ねる。
人とは異なる感性の絵描き。そんな彼はこれから何を描いていくのか、と。
「いっそ戦場絵師とかどうかな。禍々しいものなら幾らでもあると思うよ、僕も描きたいくらいのね」
そう言って、アルテアは傍らのラスティに体を寄せ、その首に手を回した。
「譲らないけどさ」
「……俺が描くものは俺が決める。他者に薦められたものなど願い下げだ」
いつも通りの無愛想を返す男だったが、僅かに今は上機嫌に見えた。
「……で、納得のいく絵はかけましたか?」
そんな彼にぽえむが話しかける。フン、と鼻を鳴らしながらシギニスが絵を見せてくる。
「俺が描き上げたのだ。納得のいかない物である筈が無い」
「すごい……上手ですね」
彼の絵にぽえむが感嘆の声を上げる。描かれた雑魔に美しさを感じる事はなかったが、それでもその技量は感じ取れた。
禍々しい馬――先程まで戦っていた敵の姿を見て、また疲れが上ってきた様に感じる。ぽえむは苦笑しながら続ける。
「今にも絵から出てきそうです……今は、疲れたので相手するのはもう嫌ですけど。これからも頑張ってくださいね」
この捻くれた男にぽえむの素直な賛辞が届いたかはわからない。
それでも、この時男は充足していた。絵に捉えた異形の姿を見つめながら、また出会う次の歪への想いを馳せていく――――
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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面白かった! | 6人 |
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MVP一覧
- あざといショタあざとい
三日月 壱(ka0244)
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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作戦相談卓 ラスティ(ka1400) 人間(リアルブルー)|20才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2015/01/08 21:53:01 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/01/06 02:41:57 |