ゲスト
(ka0000)
ぺんたぐらむめもりあ
マスター:愁水

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~5人
- サポート
- 0~2人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2018/11/17 22:00
- 完成日
- 2018/11/27 01:46
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
非日常が、終わりの鐘を響かせた。
今宵も夢の国の扉にそっと鍵をかけ、天鵞絨の幕が下りる。
サーカスの後片付けも終え、灯りが絞られた天幕。その隙間から、夜の闇に星を湛えるような音色が流れてきた。
音は、声だ。流水のように清らかで、鈴の音のように繊細な歌声。二重唱は美しいハーモニーを奏で――突如、一つの唱が咳き込み、歌声は途絶えた。
「おやおや、まあ。しっかりしておくれよ、白亜」
「す、すまない」
「全く、愉楽の煙ばかり吸っているから喉が麻痺するんだよ」
舞台の上で、桜久世 琉架(kz0265)は煙管を吸うジェスチャーを白亜(kz0237)に見せた。
「最近、多いみたいじゃないか」
「……何故」
「白亜にしては珍しく、香水が少し強いからね。煙草の香と混じり合う君の香りは、まるで“いけない薬”のようだよ」
「……」
「吐き出す煙で追い払いたい不満でもあるのかい?」
見透かすようでいて、明らかに意地の悪さを表す琉架の笑み。見慣れたはずのその質は、相変わらず快いものではない。白亜は喉に手を当てたまま、彼からさり気なく目線を逸らす。
「わかんないの? あんたを追い払いたいんだよ」
二人の歌声――ではなく、兄の歌声“のみ”を聴いていた黒亜(kz0238)が、観客席で頬杖をつきながら吐き捨てた。
「収穫祭に呼ばれてた吟遊旅団の連中が来れなくなったからって、なに代わりやらされてんの?」
「おや、黒亜は知らなかったのかい? 俺と白亜と……昔はもう一人いたが、軍楽隊に入っていたんだよ」
「それは知ってる。オレが言いたいのは、あんたの隊が頼まれたことをなんでウチでやってるワケ? ハク兄はもう軍人じゃないんだから関係ないでしょ」
「いいじゃないか、貸しておくれよ。俺が今所属する隊にはろくな歌唱力を持つやつがいなくてね。そうだ、よかったら君も参加するかい? 何時だって、大好きなお兄ちゃんの傍にいたいのだろう?」
「へえ……おねがいしますたすけてくださいって泣きついてきた割には随分とエラそうだね」
「おやおや、随分と三流な脚色をするじゃないか。そんなことでは、華やかなサーカスの演出も劣らせてしまうよ? お兄ちゃんの足を引っ張らないように気をつけておくれね、小さな弟くん」
顔を合わせれば、猫蛇の仲。
白亜は苦笑を浮かべながら二人の“引っ掻き合い”を余所にして、天鵞絨の隙間を手の甲で押し開けながら、外へ出た。
足許が、夜色の底に沈んでいる。
仰げば、凜とした静けさが空全体に広がっていた。
白亜は、はらりと垂れてきた前髪を掻き上げると、月に届きそうなくらい長く、深い溜息をつく。
日常が、非日常へと変わっていく。
軍を抜ければ、心に平穏が訪れると思っていた。しかし、過去は消えない。何時までも纏わり付いてくるのは、悪夢と現実。
「……“逃げた”のは、俺か」
どれほど離れようとも、同じ空の下からは逃れられない。もしも運命で繋がっているのだとしたら、何と滑稽なことだろう。
形を成す悪夢。
生死の確認が出来ないまま発見された、親友のドッグタグ。
堕落した元部下のクラルス――。
色々なことが、心の環境を変えていく。
心の置き場を閉ざされたわけではない。只――
「――……賑やかな場で揉まれれば、少しは気も紛れるだろうか」
少し、疲れたのかもしれない。
白亜は誰とはなしに呟くと、思い出に置いていた歌を口ずさみ始めた。昔、“彼”に教えてもらった、優しい子守唄を――。
夜闇に浮かぶ、天鵞絨の星が見える。
夜風に音を響かせて、懐かしい歌が聞こえてきた。
あの子の夜泣きに悩んでいた白亜に、自分が教えた歌だ。あの子は――紅亜(kz0239)は、まだこの歌を憶えているだろうか。
「まあ、腰の細そうな殿方。どれほど搾り取れるかしら……ふふ。お二方。あの殿方、わたくしがいただいてもよろしいかしら?」
「どうぞ、お好きに。私の獲物にさえ手を出さないで頂ければ、貴女が何をしようと私は干渉致しませんので」
「ありがとうございます、クラルス様。そちらは?」
「……」
「まあ、相変わらずつれないお方。その沈黙は了承と見做しますわよ?」
「……いいのですか?」
「好きに、したらいい。僕は……もう、僕ではないのだから」
堪えるように言を紡いだその瞳には、“紫の月”が悵然と帯びていた。
非日常が、終わりの鐘を響かせた。
今宵も夢の国の扉にそっと鍵をかけ、天鵞絨の幕が下りる。
サーカスの後片付けも終え、灯りが絞られた天幕。その隙間から、夜の闇に星を湛えるような音色が流れてきた。
音は、声だ。流水のように清らかで、鈴の音のように繊細な歌声。二重唱は美しいハーモニーを奏で――突如、一つの唱が咳き込み、歌声は途絶えた。
「おやおや、まあ。しっかりしておくれよ、白亜」
「す、すまない」
「全く、愉楽の煙ばかり吸っているから喉が麻痺するんだよ」
舞台の上で、桜久世 琉架(kz0265)は煙管を吸うジェスチャーを白亜(kz0237)に見せた。
「最近、多いみたいじゃないか」
「……何故」
「白亜にしては珍しく、香水が少し強いからね。煙草の香と混じり合う君の香りは、まるで“いけない薬”のようだよ」
「……」
「吐き出す煙で追い払いたい不満でもあるのかい?」
見透かすようでいて、明らかに意地の悪さを表す琉架の笑み。見慣れたはずのその質は、相変わらず快いものではない。白亜は喉に手を当てたまま、彼からさり気なく目線を逸らす。
「わかんないの? あんたを追い払いたいんだよ」
二人の歌声――ではなく、兄の歌声“のみ”を聴いていた黒亜(kz0238)が、観客席で頬杖をつきながら吐き捨てた。
「収穫祭に呼ばれてた吟遊旅団の連中が来れなくなったからって、なに代わりやらされてんの?」
「おや、黒亜は知らなかったのかい? 俺と白亜と……昔はもう一人いたが、軍楽隊に入っていたんだよ」
「それは知ってる。オレが言いたいのは、あんたの隊が頼まれたことをなんでウチでやってるワケ? ハク兄はもう軍人じゃないんだから関係ないでしょ」
「いいじゃないか、貸しておくれよ。俺が今所属する隊にはろくな歌唱力を持つやつがいなくてね。そうだ、よかったら君も参加するかい? 何時だって、大好きなお兄ちゃんの傍にいたいのだろう?」
「へえ……おねがいしますたすけてくださいって泣きついてきた割には随分とエラそうだね」
「おやおや、随分と三流な脚色をするじゃないか。そんなことでは、華やかなサーカスの演出も劣らせてしまうよ? お兄ちゃんの足を引っ張らないように気をつけておくれね、小さな弟くん」
顔を合わせれば、猫蛇の仲。
白亜は苦笑を浮かべながら二人の“引っ掻き合い”を余所にして、天鵞絨の隙間を手の甲で押し開けながら、外へ出た。
足許が、夜色の底に沈んでいる。
仰げば、凜とした静けさが空全体に広がっていた。
白亜は、はらりと垂れてきた前髪を掻き上げると、月に届きそうなくらい長く、深い溜息をつく。
日常が、非日常へと変わっていく。
軍を抜ければ、心に平穏が訪れると思っていた。しかし、過去は消えない。何時までも纏わり付いてくるのは、悪夢と現実。
「……“逃げた”のは、俺か」
どれほど離れようとも、同じ空の下からは逃れられない。もしも運命で繋がっているのだとしたら、何と滑稽なことだろう。
形を成す悪夢。
生死の確認が出来ないまま発見された、親友のドッグタグ。
堕落した元部下のクラルス――。
色々なことが、心の環境を変えていく。
心の置き場を閉ざされたわけではない。只――
「――……賑やかな場で揉まれれば、少しは気も紛れるだろうか」
少し、疲れたのかもしれない。
白亜は誰とはなしに呟くと、思い出に置いていた歌を口ずさみ始めた。昔、“彼”に教えてもらった、優しい子守唄を――。
夜闇に浮かぶ、天鵞絨の星が見える。
夜風に音を響かせて、懐かしい歌が聞こえてきた。
あの子の夜泣きに悩んでいた白亜に、自分が教えた歌だ。あの子は――紅亜(kz0239)は、まだこの歌を憶えているだろうか。
「まあ、腰の細そうな殿方。どれほど搾り取れるかしら……ふふ。お二方。あの殿方、わたくしがいただいてもよろしいかしら?」
「どうぞ、お好きに。私の獲物にさえ手を出さないで頂ければ、貴女が何をしようと私は干渉致しませんので」
「ありがとうございます、クラルス様。そちらは?」
「……」
「まあ、相変わらずつれないお方。その沈黙は了承と見做しますわよ?」
「……いいのですか?」
「好きに、したらいい。僕は……もう、僕ではないのだから」
堪えるように言を紡いだその瞳には、“紫の月”が悵然と帯びていた。
リプレイ本文
●
近づいて。
焦がれて。
「(あの日知った灯火の音を、もう一度……──奏でられる様に)」
空色の鳥が囀る、幕間のひといき。
**
肌に纏わるような風の冷たさに、レナード=クーク(ka6613)は深まりゆく秋を感じながら、弓形に似た双眸を更に細めた。
「今年も収穫祭の季節がやってきたやんね! 去年もやったけど、皆笑顔いっぱいで楽しそうやねぇ。友達とまた一緒に参加出来て、嬉しい限りやわぁ」
弾んだ心に足取りを任せ、レナードは嵌め慣れない分厚いグローブ――狼男を模した掌をぱんぱんと合わせる。ミイラ男であった前の年と比べると、随分と毛むくじゃらになったものだ。しかし、前の秋とは異なることがもう一つある。
「それに今回は、最後に歌を披露する時間があるんやね。大切な記憶と、暖かい旋律。どうか心に寄り添える音が奏でられます様に……やんね」
duetからoctetへ。八の花が繋ぐ歌は、一体どんな音を奏でるのだろうか。
「――あ、クロア君! トリックオアトリート、やでー!」
人混みの中、買い出し途中の黒亜(kz0238)を見つけたレナードは、いそいそと彼の近くへ寄る。
「(ふふふー……今回はお菓子を貰う側に回るやんね)」
空の両手を差し出しながら黒亜の目の前で立ち止まると、△の口でジト目に見ていた黒亜は「……はいはい」と素気なく応え、紙袋から取り出した物をレナードの掌へ供えるように置いた。そして、さようなら。
「!? ま、待ってぇな、クロア君……って、これパプリカやんね……!?」
黒亜の手伝いを行いつつ、レナードは黒亜と共に祭りを見て回った。
栗ご飯のおむすびに「ほわぁ……栗がほっくほくやわぁ」
さつまいもと林檎のマフィンに「甘くて優しい香りやんね……じゅるり」
きのこと豚肉の串焼きに「見てや、クロア君! 美味しそうな音やでー!」
「“見て”じゃなくて“聞いて”でしょ」
抑揚のない返答をする黒亜の表情は、何やら晴れない。元から晴れ晴れとしているわけでもないのだが、まるで、窮屈なことが後に控えているかのようで。――だから、というわけではない。
「クロア君が食べたい物とかあれば、僕がご馳走したるでー!」
只、心が動く様に口にした。
「……あれ? いつの間にか“あげる側”になっとる様な……」
黒亜は、(ぽか△ぁん)、とするも、緩く息をつき、パンの出店を指差したのであった。
「(“追憶”、か……)」
ふと浮かんだ生演奏の基調。白藤(ka3768)は首に下げた十字架を、そっ、と、握り締めた。
「(なぁ、心配せんで。うちは……また笑えとるよ)」
過去に語りかけ、寂しいながらも微笑むと、隣から「……どうかしたか?」と案ずる声音が白藤の意識を寄せる。他者を気遣う白亜(kz0237)の眼差しに、胸が締め付けられた。白藤は口角を上げて首を横に振ると、
「白亜は装飾品とか、あんま得意やない?」
彼の面を仰ぐ。
白藤は天幕に籠っていた白亜を誘い出し、祭りを見物していた。
「(出来れば、これから訪れるクリスマスの為にちょいとばかり下調べをやな……――と、あのパーツよさげやな)」
ぴん、と引かれた衝動に身を任せ、幾つか購入しておく。
「そうだな……得意というより、似合う似合わないの問題でもあるとは思うが……」
白亜は柔和な表情のまま白藤から視線を外すと、先程の問いに応えながら、出店に並ぶ装飾品へ目線を移す。
「職業柄、動物に触れることが多いからな。肌に身に付けるものよりも、服に飾るものの方が都合も良い」
白亜は欲の無い視線で、装飾ボタンやブローチを眺めていた。
出店をある程度見て回った後、二人は隅のベンチに腰を下ろした。
「ほら、白亜。あーん」
白藤は買ったばかりの南瓜のドーナツをピックに刺し、顔を向けた彼の口へ入れる。
「小難しい顔してへんと……楽しまへんと損やで」
彼の瞳に隠れた、冴えない色。
せめて一時でも、笑みを浮かべさせたかった。
「……白亜って、大切で護りたいもん多そうなんよね」
年の離れた二人の弟妹。そして、嘗ての仲間。
「どうだろうな……そう見えるだけかもしれんぞ?」
――違う。受け流そうとする彼の態度を、引き留める。
「そうやろか……」
「白藤?」
「なあ、白亜。自分おろそかにしてへん……? 体も、心も」
「何を……」
「弱音ぐらい言うてや……うち、そんな頼んない? うちが白亜の、心と体を大切に想ってもえぇんちゃう?」
眉根を寄せ、切望する白藤の瞳を、白亜は俄に膨らんだ瞳で見つめ返した。交わる時間。軈て、白亜は双眸を穏やかに細めると――
「心疲れ、暗闇に目を伏せても、君が俺の光を灯してくれる。……雪の日に繋いだ約束を忘れてはいないさ。だが……望んだ時、何時も君が隣にいるわけではないだろう?」
「――。うちは、ここにおるで」
目線を伏せた白亜が顎を引き、ふっと上げた目線を人混みへ映す。
「君のような灯火に触れることが出来たら、どれほど心安らぐのだろうか」
白亜は遠くを見るような眼差しで、独り言ちた。
いま、ここにあることを、ひとつひとつ。
「紅亜は黒髪も似合うんだな」
和服に身を包んだ浅生 陸(ka7041)からデートの誘いを受け、“かぐや姫”の紅亜(kz0239)は陸と共に広場の出店を回る。
所々で買った料理や菓子を一緒に摘まんだ。
ふと、陸は周りに視線を向ける。周囲には何時の間にかカップルが多く見られ、どの顔も幸せに満ちていた。傍から見れば、和服美人の男女が連れ合う様も恋人同士だろう。だが、
――……。
「なあ、紅亜」
人混みを避け、広場に植えられた花壇の所まで来ると、陸は神妙な面持ちで紅亜を振り返った。
「俺は迷ってばかりだった。好きだった人を失ってから、ずっと夜を歩いているみたいだった」
月明かりのない道を、只只、前も後ろかも分からずに。
「でも、ここでみんなと会って、紅亜と会って、一人じゃなくなって」
此方を正視する紅水晶は、出会った時と変わりのない浄妙さだ。周りに翻弄されない芯に、陸は心惹かれたのかもしれない。
「俺はお前の傍に居たいと思った。好きだから」
光を通さない黒水晶が、真っ直ぐ紅亜を映した。
「紅亜が抱える色んなものを一緒に見ていきたいし、少しでもこの手で持つことができれば、それでいいよ。――だから、手を繋いで歩こう。答えはいつか、聞かせてくれ」
紅亜は絡んでいた視線をゆっくりと真下へ逸らし「……?」と、頬を傾けた。
「好きだから……傍に、いたい……? 私は陸の傍にいるし……色んなもの、一緒に見てるよ……? ――あ……手、繋ぎたかった……? はい……どうぞ……」
感情と言葉に鈍い紅亜は、解釈違いをしたのか、気後れすることもなく手を差し出してくる。陸は一瞬きょとんとすると、決まり悪げに苦笑し、紅亜の手を引いたのであった。
「勤務時間を終えたようじゃのう。ちと話がある……良いか?」
警備隊の詰所から出て来た桜久世 琉架(kz0265)とシュヴァルツ(kz0266)を呼び止め深々と頭を下げたのは、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)だ。シュヴァルツが怪訝そうに首を傾げると、「先達ての依頼……」と、前置きをしながら面を上げた。
「ミアと陸を救うてくれた事、感謝しおる。おんしが居らねば陸の傷はもっと酷かった……ミアの傷は治らなんだやもしれぬ。妾の大切な友人を助けてくれた」
「別に、大したことはしてねぇぜ。オレの手で救えるもんはなにがなんでも救ってやるっつーのがオレの主義だしな」
あっけらかんと応えるシュヴァルツに、蜜鈴は相好を崩す。
「礼は必要無いと言われようと、妾の自己満足じゃ……ありがとう、と、直に言いたかったのじゃよ」
そして、そのまま目線を横へ流し「それと、琉架もじゃ」と、礼を告げた。
「灯を助けてくれよった。礼のついでに出店周りに付き合うてもらえぬかの? 勿論、灯も共にじゃ」
然うして、三人はシュヴァルツと別れると、活気ある波へ流れていく。
達観した平穏さを見せる蜜鈴だが、灯(ka7179)がいなければ彼と会話が続かないかもしれない、そんな不安がないわけではなかった。
「(先の依頼で逃したクラルスの琉架への執着が少々気になると言うのも有るがのう)」
胸に浮いた気掛かりを掬う。
「(……琉架にも……クラルスへの憧れは有ったのでは無いか……と思うのじゃが……さて、どうであるのかのう)」
初対面の蜜鈴が琉架の性格を知る由も無く、物思いに伏せていた目線をふっと上げると、灯が琉架に花緑青のストールを手渡していた。琉架は一瞬驚きの色を示したが、すぐ目許に微笑を湛え、礼を告げる。そして、鮮やかな唐紅のスカーフは、蜜鈴へ。
「おや、妾に選んでくれたのか?」
「はい。……ふふ」
「むぅ?」
「いえ……お2人とも艶やかで、いつもどこか心を明かさない物言いをするけれど、芯が強いのは同じね。どこか似ている気がするの」
「……ふむ、ありがとうじゃの。実は妾も此度の同行の礼に灯に髪飾りを……と考えておったのじゃ」
そう言うと、蜜鈴は花の髪飾りが並んだ出店に目を向けた。
「のう、琉架はどれが彼女に似合うと思いよる?」
唐突に選択を委ねられた琉架が「俺の趣味でいいのなら」と呟いて、一つの髪飾りを摘まみ上げると、蜜鈴の掌に乗せた。
「桜久世さん、私を助けてくれてありがとう」
蜜鈴から受け取った髪飾りを手にしたまま、灯が琉架の傍らへ寄る。
「さあ、気紛れかもしれないよ?」
「ふふ。それでも、あなたのお陰で今こうして光を見れるの。桜久世さんは私の恩人ですね。私、あなたの歌を楽しみにしています」
今の大切な時間を、大切な人達との時間を、楽しむために生きる――。慎ましげにそう微笑む灯。
「……人の良い子だ」
琉架は何処か仕方無く囁くと、灯が手にしていたエンジェルランプの髪飾りを、“気紛れ”に彼女の耳許へ挿してやった。
ロベリア・李(ka4206)は警備隊の詰所から少し離れた一角で、煙草を吸っていた。
真っ直ぐ立ち上る煙草の煙を眺めながら、
「(一人で合唱まで時間潰すのもね。シュヴァルツでも誘いましょうか)」
何時とはなしに思案に耽る。
「──死んだ仲間、か……」
クラルスの話を聞いてロベリアが思い出したのは、地球統一連合軍に所属していた頃のこと。
歪虚との戦いで散っていった仲間。行方知らずとなった仲間。
「(白藤の親友達も、私の双子の兄貴も――……)」
そう、失った。
心の傷は癒えないまま、今も失うことを恐れて生きている。
「(あの子はそんな弱さを絶対に他人に見せないわ、けど……関わりが深くなった以上は、もう戻れない。ま、私の勝手な想像よ)」
そして、煙草を咥えた唇の端に、弱ったような笑みを浮かべた。
「(ミアも陸も、そうなのかもしれないわね。本当に優しい子達ばかり。誰も彼もが相手のことばっかり優先で)」
溜息と一緒に煙を吐き出し、それが空中に消えていくのを見届ける。
「(軽んじてるわけじゃないでしょうけど、自分のことをもっと大事にしなさいよ)」
ロベリアは煙草を携帯灰皿に押し付けると、「あーあ。辛気臭くなるのは悪い癖ね」と、勢いよく空を仰いだ。其処へ、
「よう、待たせたな」
蜜鈴達と別れたシュヴァルツがやって来た。
「いいのよ。さ、ぱーっと気晴らししましょ。ぱーっと。シュヴァルツ、悪いけど付き合ってもらうわよ」
こざっぱりと微笑むロベリアに、何も知らないシュヴァルツは「おう」と、悠揚と応えたのであった。
姉猫に頭をひと撫でされたミア(ka7035)は、「そう言えば昨年はバナナになったニャぁ」と思い返しながら、収穫祭を堪能していた。
今年のミアは、鬼。
ミアは紅葉柄の着物に袖を通し、紅葉のような鬼の女――“紅葉”に扮した。
「鬼が鬼の仮装って変かニャ?」
忘れがちだが、ミアは鬼である。何時もは見えない角を露わにさせていた。
ミアはワントーンのマフラーをこっそり購入したのち、気楽な食べ歩きを楽しむ。そして、灯りが際立つ時刻――生演奏前の黒亜を訪ねた。
黒亜は不機嫌だった。――いや、黒亜なりに、色々と詰め込んだ表情だったのかもしれない。それは、命を懸けた彼女への労り。
「……怪我は?」
「もう全然ニャスよ」
「そ。……」
「なあ、クロちゃん」
「なに」
「人の想いは常に一方通行だよニャぁ」
「そうだね」
「その想いに応える義務は、きっと誰も持ち合わせてなくて。でも、人の想いは生半可なものじゃニャい」
「だから、傷ついて苦しむ人がいるんでしょ」
「うニャ。それでも、愛したいんだと思うニャス」
「……そうかもね」
互いの声音が静かに響く。それは酷く、優しかった。
●
祭一夜の幕引き前。
追憶の音が響く。
在りし心が――歌う。
音符を拾い、優しく。
真っ直ぐ――。
昔のあたたかい思い出を、言葉に乗せて。
「(初めて“先生”の魔法を見て、識って。透明な日々が色づいた記憶を)」
レナードは雨の日に黒猫が歌っていた一節を織り交ぜた。
「(……彼を、彼等を護りたい。その気持ちは、変わらない。でも、幸せなこの“音”が。誰かの手で綻ぶなら、俺は――)」
陸は昔、バンドのボーカルをしていた。
張りのあるヘルデンテノールを響かせるが、褒めて欲しい人はもういない。だから、歌うことをやめた。
今でも、どうしようもなく戻りたくなる時がある。“故郷”ではない、あの人といた“昨日”に。
「(けど、もう大丈夫。俺は俺だって、どこへいても変わらないってわかったから。今、大事な友達がいる。それが支えだ)」
思い出すのは、家族。
軍にいた仲間。
「♪♪♪~ 一緒に笑って、泣いたあの日々を……今でも覚えている ~♪♪♪」
悲しい。
寂しい。
大好き――だからこそ、もう、座り込まない。
白藤が歌い上げる歌詞に、ロベリアは心を決めた。
「……私ももう待っているだけじゃない。この世界で誰かを守れる力を手に入れた。
――シュヴァルツ。あんた達の過去、私達も関わらせてもらうわよ。白藤もミアも、あの子達はみんな、あんた達の今と未来を護りたいと思ってるだけだからね」
はらり。
ひらり。
蜜鈴は、降り積もる悲しみと重ねた想い出の煌きを、雪の幻影に乗せて歌う。
「(失う痛みを……辛さを……恐怖を……じゃが、それでも尚、輝く想い出が在ったのじゃと……)」
それは、記憶を辿る音色であった。
**
仮装を解いた猫の尻尾を追い、紅亜はミアと共に人気の少なくなった路地を歩いていた。何も無ければいい、そんなミアの不安を余所に――
「クゥちゃん」
月の影に現れ、二人の前からすぐに消えてしまった男。
紅亜は感情を露わにした表情で、「……リュネ、おにいちゃん……?」と呟いたのであった。
薄月夜に咲く、紫月。
在りし日の歌は、まだ夜空に響いていた。
近づいて。
焦がれて。
「(あの日知った灯火の音を、もう一度……──奏でられる様に)」
空色の鳥が囀る、幕間のひといき。
**
肌に纏わるような風の冷たさに、レナード=クーク(ka6613)は深まりゆく秋を感じながら、弓形に似た双眸を更に細めた。
「今年も収穫祭の季節がやってきたやんね! 去年もやったけど、皆笑顔いっぱいで楽しそうやねぇ。友達とまた一緒に参加出来て、嬉しい限りやわぁ」
弾んだ心に足取りを任せ、レナードは嵌め慣れない分厚いグローブ――狼男を模した掌をぱんぱんと合わせる。ミイラ男であった前の年と比べると、随分と毛むくじゃらになったものだ。しかし、前の秋とは異なることがもう一つある。
「それに今回は、最後に歌を披露する時間があるんやね。大切な記憶と、暖かい旋律。どうか心に寄り添える音が奏でられます様に……やんね」
duetからoctetへ。八の花が繋ぐ歌は、一体どんな音を奏でるのだろうか。
「――あ、クロア君! トリックオアトリート、やでー!」
人混みの中、買い出し途中の黒亜(kz0238)を見つけたレナードは、いそいそと彼の近くへ寄る。
「(ふふふー……今回はお菓子を貰う側に回るやんね)」
空の両手を差し出しながら黒亜の目の前で立ち止まると、△の口でジト目に見ていた黒亜は「……はいはい」と素気なく応え、紙袋から取り出した物をレナードの掌へ供えるように置いた。そして、さようなら。
「!? ま、待ってぇな、クロア君……って、これパプリカやんね……!?」
黒亜の手伝いを行いつつ、レナードは黒亜と共に祭りを見て回った。
栗ご飯のおむすびに「ほわぁ……栗がほっくほくやわぁ」
さつまいもと林檎のマフィンに「甘くて優しい香りやんね……じゅるり」
きのこと豚肉の串焼きに「見てや、クロア君! 美味しそうな音やでー!」
「“見て”じゃなくて“聞いて”でしょ」
抑揚のない返答をする黒亜の表情は、何やら晴れない。元から晴れ晴れとしているわけでもないのだが、まるで、窮屈なことが後に控えているかのようで。――だから、というわけではない。
「クロア君が食べたい物とかあれば、僕がご馳走したるでー!」
只、心が動く様に口にした。
「……あれ? いつの間にか“あげる側”になっとる様な……」
黒亜は、(ぽか△ぁん)、とするも、緩く息をつき、パンの出店を指差したのであった。
「(“追憶”、か……)」
ふと浮かんだ生演奏の基調。白藤(ka3768)は首に下げた十字架を、そっ、と、握り締めた。
「(なぁ、心配せんで。うちは……また笑えとるよ)」
過去に語りかけ、寂しいながらも微笑むと、隣から「……どうかしたか?」と案ずる声音が白藤の意識を寄せる。他者を気遣う白亜(kz0237)の眼差しに、胸が締め付けられた。白藤は口角を上げて首を横に振ると、
「白亜は装飾品とか、あんま得意やない?」
彼の面を仰ぐ。
白藤は天幕に籠っていた白亜を誘い出し、祭りを見物していた。
「(出来れば、これから訪れるクリスマスの為にちょいとばかり下調べをやな……――と、あのパーツよさげやな)」
ぴん、と引かれた衝動に身を任せ、幾つか購入しておく。
「そうだな……得意というより、似合う似合わないの問題でもあるとは思うが……」
白亜は柔和な表情のまま白藤から視線を外すと、先程の問いに応えながら、出店に並ぶ装飾品へ目線を移す。
「職業柄、動物に触れることが多いからな。肌に身に付けるものよりも、服に飾るものの方が都合も良い」
白亜は欲の無い視線で、装飾ボタンやブローチを眺めていた。
出店をある程度見て回った後、二人は隅のベンチに腰を下ろした。
「ほら、白亜。あーん」
白藤は買ったばかりの南瓜のドーナツをピックに刺し、顔を向けた彼の口へ入れる。
「小難しい顔してへんと……楽しまへんと損やで」
彼の瞳に隠れた、冴えない色。
せめて一時でも、笑みを浮かべさせたかった。
「……白亜って、大切で護りたいもん多そうなんよね」
年の離れた二人の弟妹。そして、嘗ての仲間。
「どうだろうな……そう見えるだけかもしれんぞ?」
――違う。受け流そうとする彼の態度を、引き留める。
「そうやろか……」
「白藤?」
「なあ、白亜。自分おろそかにしてへん……? 体も、心も」
「何を……」
「弱音ぐらい言うてや……うち、そんな頼んない? うちが白亜の、心と体を大切に想ってもえぇんちゃう?」
眉根を寄せ、切望する白藤の瞳を、白亜は俄に膨らんだ瞳で見つめ返した。交わる時間。軈て、白亜は双眸を穏やかに細めると――
「心疲れ、暗闇に目を伏せても、君が俺の光を灯してくれる。……雪の日に繋いだ約束を忘れてはいないさ。だが……望んだ時、何時も君が隣にいるわけではないだろう?」
「――。うちは、ここにおるで」
目線を伏せた白亜が顎を引き、ふっと上げた目線を人混みへ映す。
「君のような灯火に触れることが出来たら、どれほど心安らぐのだろうか」
白亜は遠くを見るような眼差しで、独り言ちた。
いま、ここにあることを、ひとつひとつ。
「紅亜は黒髪も似合うんだな」
和服に身を包んだ浅生 陸(ka7041)からデートの誘いを受け、“かぐや姫”の紅亜(kz0239)は陸と共に広場の出店を回る。
所々で買った料理や菓子を一緒に摘まんだ。
ふと、陸は周りに視線を向ける。周囲には何時の間にかカップルが多く見られ、どの顔も幸せに満ちていた。傍から見れば、和服美人の男女が連れ合う様も恋人同士だろう。だが、
――……。
「なあ、紅亜」
人混みを避け、広場に植えられた花壇の所まで来ると、陸は神妙な面持ちで紅亜を振り返った。
「俺は迷ってばかりだった。好きだった人を失ってから、ずっと夜を歩いているみたいだった」
月明かりのない道を、只只、前も後ろかも分からずに。
「でも、ここでみんなと会って、紅亜と会って、一人じゃなくなって」
此方を正視する紅水晶は、出会った時と変わりのない浄妙さだ。周りに翻弄されない芯に、陸は心惹かれたのかもしれない。
「俺はお前の傍に居たいと思った。好きだから」
光を通さない黒水晶が、真っ直ぐ紅亜を映した。
「紅亜が抱える色んなものを一緒に見ていきたいし、少しでもこの手で持つことができれば、それでいいよ。――だから、手を繋いで歩こう。答えはいつか、聞かせてくれ」
紅亜は絡んでいた視線をゆっくりと真下へ逸らし「……?」と、頬を傾けた。
「好きだから……傍に、いたい……? 私は陸の傍にいるし……色んなもの、一緒に見てるよ……? ――あ……手、繋ぎたかった……? はい……どうぞ……」
感情と言葉に鈍い紅亜は、解釈違いをしたのか、気後れすることもなく手を差し出してくる。陸は一瞬きょとんとすると、決まり悪げに苦笑し、紅亜の手を引いたのであった。
「勤務時間を終えたようじゃのう。ちと話がある……良いか?」
警備隊の詰所から出て来た桜久世 琉架(kz0265)とシュヴァルツ(kz0266)を呼び止め深々と頭を下げたのは、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)だ。シュヴァルツが怪訝そうに首を傾げると、「先達ての依頼……」と、前置きをしながら面を上げた。
「ミアと陸を救うてくれた事、感謝しおる。おんしが居らねば陸の傷はもっと酷かった……ミアの傷は治らなんだやもしれぬ。妾の大切な友人を助けてくれた」
「別に、大したことはしてねぇぜ。オレの手で救えるもんはなにがなんでも救ってやるっつーのがオレの主義だしな」
あっけらかんと応えるシュヴァルツに、蜜鈴は相好を崩す。
「礼は必要無いと言われようと、妾の自己満足じゃ……ありがとう、と、直に言いたかったのじゃよ」
そして、そのまま目線を横へ流し「それと、琉架もじゃ」と、礼を告げた。
「灯を助けてくれよった。礼のついでに出店周りに付き合うてもらえぬかの? 勿論、灯も共にじゃ」
然うして、三人はシュヴァルツと別れると、活気ある波へ流れていく。
達観した平穏さを見せる蜜鈴だが、灯(ka7179)がいなければ彼と会話が続かないかもしれない、そんな不安がないわけではなかった。
「(先の依頼で逃したクラルスの琉架への執着が少々気になると言うのも有るがのう)」
胸に浮いた気掛かりを掬う。
「(……琉架にも……クラルスへの憧れは有ったのでは無いか……と思うのじゃが……さて、どうであるのかのう)」
初対面の蜜鈴が琉架の性格を知る由も無く、物思いに伏せていた目線をふっと上げると、灯が琉架に花緑青のストールを手渡していた。琉架は一瞬驚きの色を示したが、すぐ目許に微笑を湛え、礼を告げる。そして、鮮やかな唐紅のスカーフは、蜜鈴へ。
「おや、妾に選んでくれたのか?」
「はい。……ふふ」
「むぅ?」
「いえ……お2人とも艶やかで、いつもどこか心を明かさない物言いをするけれど、芯が強いのは同じね。どこか似ている気がするの」
「……ふむ、ありがとうじゃの。実は妾も此度の同行の礼に灯に髪飾りを……と考えておったのじゃ」
そう言うと、蜜鈴は花の髪飾りが並んだ出店に目を向けた。
「のう、琉架はどれが彼女に似合うと思いよる?」
唐突に選択を委ねられた琉架が「俺の趣味でいいのなら」と呟いて、一つの髪飾りを摘まみ上げると、蜜鈴の掌に乗せた。
「桜久世さん、私を助けてくれてありがとう」
蜜鈴から受け取った髪飾りを手にしたまま、灯が琉架の傍らへ寄る。
「さあ、気紛れかもしれないよ?」
「ふふ。それでも、あなたのお陰で今こうして光を見れるの。桜久世さんは私の恩人ですね。私、あなたの歌を楽しみにしています」
今の大切な時間を、大切な人達との時間を、楽しむために生きる――。慎ましげにそう微笑む灯。
「……人の良い子だ」
琉架は何処か仕方無く囁くと、灯が手にしていたエンジェルランプの髪飾りを、“気紛れ”に彼女の耳許へ挿してやった。
ロベリア・李(ka4206)は警備隊の詰所から少し離れた一角で、煙草を吸っていた。
真っ直ぐ立ち上る煙草の煙を眺めながら、
「(一人で合唱まで時間潰すのもね。シュヴァルツでも誘いましょうか)」
何時とはなしに思案に耽る。
「──死んだ仲間、か……」
クラルスの話を聞いてロベリアが思い出したのは、地球統一連合軍に所属していた頃のこと。
歪虚との戦いで散っていった仲間。行方知らずとなった仲間。
「(白藤の親友達も、私の双子の兄貴も――……)」
そう、失った。
心の傷は癒えないまま、今も失うことを恐れて生きている。
「(あの子はそんな弱さを絶対に他人に見せないわ、けど……関わりが深くなった以上は、もう戻れない。ま、私の勝手な想像よ)」
そして、煙草を咥えた唇の端に、弱ったような笑みを浮かべた。
「(ミアも陸も、そうなのかもしれないわね。本当に優しい子達ばかり。誰も彼もが相手のことばっかり優先で)」
溜息と一緒に煙を吐き出し、それが空中に消えていくのを見届ける。
「(軽んじてるわけじゃないでしょうけど、自分のことをもっと大事にしなさいよ)」
ロベリアは煙草を携帯灰皿に押し付けると、「あーあ。辛気臭くなるのは悪い癖ね」と、勢いよく空を仰いだ。其処へ、
「よう、待たせたな」
蜜鈴達と別れたシュヴァルツがやって来た。
「いいのよ。さ、ぱーっと気晴らししましょ。ぱーっと。シュヴァルツ、悪いけど付き合ってもらうわよ」
こざっぱりと微笑むロベリアに、何も知らないシュヴァルツは「おう」と、悠揚と応えたのであった。
姉猫に頭をひと撫でされたミア(ka7035)は、「そう言えば昨年はバナナになったニャぁ」と思い返しながら、収穫祭を堪能していた。
今年のミアは、鬼。
ミアは紅葉柄の着物に袖を通し、紅葉のような鬼の女――“紅葉”に扮した。
「鬼が鬼の仮装って変かニャ?」
忘れがちだが、ミアは鬼である。何時もは見えない角を露わにさせていた。
ミアはワントーンのマフラーをこっそり購入したのち、気楽な食べ歩きを楽しむ。そして、灯りが際立つ時刻――生演奏前の黒亜を訪ねた。
黒亜は不機嫌だった。――いや、黒亜なりに、色々と詰め込んだ表情だったのかもしれない。それは、命を懸けた彼女への労り。
「……怪我は?」
「もう全然ニャスよ」
「そ。……」
「なあ、クロちゃん」
「なに」
「人の想いは常に一方通行だよニャぁ」
「そうだね」
「その想いに応える義務は、きっと誰も持ち合わせてなくて。でも、人の想いは生半可なものじゃニャい」
「だから、傷ついて苦しむ人がいるんでしょ」
「うニャ。それでも、愛したいんだと思うニャス」
「……そうかもね」
互いの声音が静かに響く。それは酷く、優しかった。
●
祭一夜の幕引き前。
追憶の音が響く。
在りし心が――歌う。
音符を拾い、優しく。
真っ直ぐ――。
昔のあたたかい思い出を、言葉に乗せて。
「(初めて“先生”の魔法を見て、識って。透明な日々が色づいた記憶を)」
レナードは雨の日に黒猫が歌っていた一節を織り交ぜた。
「(……彼を、彼等を護りたい。その気持ちは、変わらない。でも、幸せなこの“音”が。誰かの手で綻ぶなら、俺は――)」
陸は昔、バンドのボーカルをしていた。
張りのあるヘルデンテノールを響かせるが、褒めて欲しい人はもういない。だから、歌うことをやめた。
今でも、どうしようもなく戻りたくなる時がある。“故郷”ではない、あの人といた“昨日”に。
「(けど、もう大丈夫。俺は俺だって、どこへいても変わらないってわかったから。今、大事な友達がいる。それが支えだ)」
思い出すのは、家族。
軍にいた仲間。
「♪♪♪~ 一緒に笑って、泣いたあの日々を……今でも覚えている ~♪♪♪」
悲しい。
寂しい。
大好き――だからこそ、もう、座り込まない。
白藤が歌い上げる歌詞に、ロベリアは心を決めた。
「……私ももう待っているだけじゃない。この世界で誰かを守れる力を手に入れた。
――シュヴァルツ。あんた達の過去、私達も関わらせてもらうわよ。白藤もミアも、あの子達はみんな、あんた達の今と未来を護りたいと思ってるだけだからね」
はらり。
ひらり。
蜜鈴は、降り積もる悲しみと重ねた想い出の煌きを、雪の幻影に乗せて歌う。
「(失う痛みを……辛さを……恐怖を……じゃが、それでも尚、輝く想い出が在ったのじゃと……)」
それは、記憶を辿る音色であった。
**
仮装を解いた猫の尻尾を追い、紅亜はミアと共に人気の少なくなった路地を歩いていた。何も無ければいい、そんなミアの不安を余所に――
「クゥちゃん」
月の影に現れ、二人の前からすぐに消えてしまった男。
紅亜は感情を露わにした表情で、「……リュネ、おにいちゃん……?」と呟いたのであった。
薄月夜に咲く、紫月。
在りし日の歌は、まだ夜空に響いていた。
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☆質問卓☆ 浅生 陸(ka7041) 人間(リアルブルー)|26才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/11/14 07:34:34 |
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【秋だ、仮装だ、収穫祭だ!】 白藤(ka3768) 人間(リアルブルー)|28才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2018/11/17 15:39:53 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/11/13 22:32:51 |