盲目の殻

マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2018/11/17 12:00
完成日
2018/12/13 16:49

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 かの地方領主であるクールソン男爵が本の収集を趣味をしていることは、周辺の住民であれば幼い子供でも知っている話だ。本人は学者の気質ではなく、さりとて学者を抱えているわけでもなかったが、知識という宝物が積まれていくことに彼は無上の喜びを感じていた。彼が作り上げた書庫はさながら図書館と言って差し支えない物となっており、時にはその書庫を目当てに客人が訪れるほどでもある。
 領主の書庫は城壁に囲われた領主の城の一角にある。本来は教会として使用されていた煉瓦造りの建物で、高い天井を生かして足場が無ければ届かないほどの高さの棚を設置している。領主の娘メリーベルはこの日も客人の為に地下の閉架書庫より、幾つかの貴重な本を抱えて図書室に入った。多忙な父母に代わり客人の相手を務めるのは娘としての責務。しかしこの日の彼女は恐怖によって震えていた。
 客人はフルフェイスの兜を被った大柄な歪虚の男。父の配下で一番の兵士を瞬時に切り倒した彼の付き添いをもう2週間も続けている。
 彼らは唐突に表れた。夜の闇に乗じて兵を乗せた騎竜が城壁を乗り越え、奇襲によってこの城を制圧した。皆殺しも覚悟した領主とその兵士達であったが、意外にも殺戮は起こらずに命令が下された。
「一切の外出を禁じる」「何もなかったようにふるまえ」
 恐怖によって反抗する意思を失った者はこれに服従するしかなかった。生きていれば望みもある。反撃の目もあるかもしれない。その判断が正しかったのかどうかはわからない。彼らに与えた時間が何を意味するのか、地獄の淵に立たされた当事者達には皆目見当もつかないからだ。
「御所望の本をお持ちしました」
 大きな読書用の机に座る歪虚の男にメリーベルはおそるおそる声をかけた。男は物憂げというよりは随分つまらなさそうに本に目を通している。いつもの通り返事はない。メリーベルは要求された本をそっと机の上に積み、足音が響かぬようにゆっくりとした足取りで距離をとった。男は手元に積まれた本を眺めるとうんざりしたように溜息を吐き、読んでいた本も閉じて脇へどけた。その様子を見ていたメリーベルは、思わず声をあげてしまった。
「あの……」
 男の視線がメリーベルに向けられる。濁った殺意を押し隠したような目に気後れするも、出てしまった言葉を飲むわけにもいかない。意を決してメリーベルは続きの言葉を口に出した。
「何故本を御所望になるのですか? 」
 知識でなく司書を必要としているのなら、この質問には価値があるはず。このまま意に沿わない本を用意できずに癇癪をぶつけられるよりは良い。
 男はしばらくメリーベルを観察すると視点を逸らし手元に乱雑に置かれた本に視線を落とした。
「俺には記憶がない。この世界のどこの誰かなのかがわからない。その欠落が何の影響も無いのならいいが、俺の膨大だったであろう戦闘経験と一緒に失われている」
 男は喋りながら兜を外す。兜の下は包帯を何重にも巻き付けられており、辛うじて見える口元や目元には焼けただれたような皮膚が覗いていた。
「戦闘経験や身体の修復で復活する気配が無い以上、それ以外の方法が必要だった。記憶を復活させる方法を知る手がかりが欲しい。……しかし、思った以上に読書というのはつまらんな」
 元から性分でないのは傍目にもわかった。一々指摘する話でもないが。苦笑いで誤魔化すメリーベルだが、そういう作法理解しない者も居る。狙いすましたタイミングで扉を開いてきた騎竜がまさにそれだった。
「居眠りで半日寝てる人が言うと言葉の重みが違いますね!」
 暴言に空気が固まる。頭だけを部屋に差し込みへらへらと笑いながら言う台詞ではない。
「って、この女が考えてたんですよぉーーーーーー!!」
 メリーベルは慌てて首を横に振る。確かに居眠りしている姿を見ていたが、客が誰であれ見ない振りをする程度には礼儀作法もマナーもある。願いもむなしく大男の目には明らかな苛立ちと怒りが宿っている。メリーベルが目を瞑り許しを請おうとする前に、大男はは手に持つのに丁度いいサイズの燭台をつかみあげると迷いなく投擲した。騎竜の、顔に。
「ぐげぇーーーー!!?」
 燭台を顔にめりこませ、騎竜は扉の外に吹き飛んだ。自業自得と笑う余裕はないが、メリーベルは安堵して大きく息を吐いた。
「扉を閉めろ」
「……はい」
「閂もだ」
 メリーベルは黙って男の指示に従う。外ではまた何か騎竜の叫び声を上げていたが、扉を締め切ると元の静寂が戻ってきた。





 歪虚は時間稼ぎのために外部への情報を遮断すべく努力したが、異変を隠し通すのは不可能だ。普段と違う警戒のシフト、増大した食料の納品、休暇に帰宅しない兵士達。異常を探せばあからさまに過ぎる。異常を察した住民が密かに騎士団や冒険者協会に通報するまでさほど時間を要することはなく、2週間もしないうちに騎士団は城内の状況を正確に把握する事が出来た。
 騎士団主導による襲撃は昼過ぎに起こった。城内へと入る荷馬車を正門前で検査していた折、突如として御者が馬に鞭をくれ、荷馬車を城内に突っ込ませた。慌てた兵士達が駆け寄って何事かと把握する前に、幌の中から飛び出した人物が槍を兵士の集団の中に投げ放つ。槍は狙い違わず歪虚の兵士だけを貫いた。
「何事だ!?」
 歪虚の兵士達が遅まきながら動き出すが、最前線で立哨に参加していない分だけ反応に遅れが生じた。馬車からは初撃の混乱に乗じるためにハンター達が飛び降りる。驚きながらも応戦しようと抜剣する歪虚兵士に、いち早く状況を察した城の兵士達がそうはさせじと一斉に切りかかった。城内は混沌と化した。事態を把握した施設内の兵士達もすぐさま手近な歪虚兵士へと切りかかり、そこかしこで乱戦が始まっていた。歪虚は数こそ少ないが覚醒者でも無い兵士にかなう相手ではなく、一方的に取り囲みながらも徐々に包囲を崩されている。値千金の時間とはまさにこれであろう。ハンター達は混乱の脇をすり抜け、あるいは混乱の最中に突入していった。

リプレイ本文

 静寂がかき消される前にハンター達は馬車を飛び降りた。周囲には状況を把握しきれぬまま兵士達が棒立ちになっている。兵士達の中には明らかに毛色の違う鎧を着た者達が数名。マントとフードで遠目にはわかりにくいが、負のマテリアルが漏れ出ていることから歪虚であることは明らかだった。ならば人の合間に居ようとも狙いをつけるのは難しくはない。マッシュ・アクラシス(ka0771)は見つけた最初の一体目掛けて跳ねるように飛び込んだ。
「遅い」
 走り込む速度を振り下ろす刀に込め、大上段から敵兵士の頭部を狙う。凡百の戦士なら反応も難しいであろう速度の渾身撃。しかし兵士は咄嗟の動きで剣を盾にして受け切った。
「……面倒な」
「敵襲だ!!」
 叫びながら敵兵士はマッシュの剣を受け流しつつ蹴りを放つ。マッシュは蹴りに合わせて後方に飛び衝撃を殺した。
 一連の流れでマッシュは敵のおおよその力量を把握する。倒せないことは無いが手堅い動きをする敵だ。これは一人では苦労する。そして1:1という状況を許すような相手でも無さそうだ。
 マッシュはちらりと右側面を見る。同じような鎧を着た歪虚の兵士がこちらを睨みながら剣を抜いた。城の兵士達が囲んで牽制しているが時間稼ぎが精々だろう。視線はまっすぐにマッシュを見つめている。
「……目立って囮にはなったかな?」
 呟きの意味が理解される前にレイオス・アクアウォーカー(ka1990)は動いた。姿勢を低くして人の中に突っ込んだレイオスは兵士達の間を抜けて側面より歪虚の兵士を襲った。下段から振り上げる一撃。敵兵士は咄嗟に剣で受けるが、レイオスは跳ね上げる要領で剣の防御を弾き飛ばす。続け様に放った左右からの三連撃で一気にとどめ、とは行かなかった。敵兵士は左手のバックラーで2発を受け流し、右手を犠牲に一発を受け切った。
「一気に勝負をつけるつもりだったけど、意外とやるじゃないか」
 技量においてはハンターが勝るが、耐久力では歪虚が大きく上回っている。歪虚としての格はそれほどでもないが、的確に防御してくるという点で非常に厄介な相手だった。
 この間、飛び出したハンター達への遠距離からの攻撃は散発的に終わった。そもそもの数が少ない事もあるが、ハンター特有の足の速さで有利な位置を抑えられたのが大きい。初動における制圧ではフワ ハヤテ(ka0004)、ジャンク(ka4072)、カイン・シュミート(ka6967)の3名の功績が大であった。
「手筈通りだ。走るぜ!」
 そう言って飛び出したのはジャンク。彼は兵士と斬り合うマッシュとレイオスを後目に最も近い城壁を目指した。スキルも併用して最高速度で城壁に到達したジャンクは速度を殺さず一気に城壁を駆け上がった。城壁の上に居た歪虚の兵士が目敏くも彼を見つけて弓に矢をつがえた。歪虚の兵士は城壁より身を乗り出して狙いをつけるが、矢を放つ前にカインの放った銃撃による牽制で未然に防がれた。
「おとなしくしていろ」
 ジャンクに同行予定だったカインは、速力の差から随伴ではなく援護に方針を切り替えてその場に残った。馬車は城壁のどこからでも狙える危険な位置にあるが、見渡すだけならこの場の利点は捨てがたい。ジャンクは城壁の上にたどり着くと、今度は頭上から仲間たちの支援を開始した。完全な直上となる位置からの射撃では、さしもの武術に秀でた兵士達も抗する術はなかった。
「こりゃいい。隙だらけだぜ」
 一方でフワは難なく武器庫の直上の空中に移動した。城壁よりも低い位置ではあるが、広場に範囲魔法を撃ち込むには都合が良い。そして彼には狙いがもう一つ。騒ぎを聞きつけて厩からゾロゾロと顔を出した騎竜達だ。
「合流はさせないよ」
 フワはダブルキャストによってグラビティフォールを2発同時に起動。竜の群れの中央に魔術を撃ち込んだ。空中からの奇襲を受けた竜達はこれをまともに食らい、異常な重力に足を取られてへたり込む竜も現れた。効果は十分と言えたが、その反応は少々予想外であった。
「もーーーーーーーーー!!! なんなんですかあなたは!!」
 一際体の大きい竜が人の言葉を喋っている。あまりにも流暢すぎる発音でフワは一瞬誰が喋っているのか理解しかねた。怒りを露わにして隠さないドーピスはそのフワを器用に指さして更にけたたましい声で周囲の竜に呼びかけた。
「あいつが諸悪の根源ですよ! みなさん、やっておしまいなさい!」
 答えた竜達は城壁や建物を駆け上ると、その速度のままフワ目掛けて跳躍した。
「うわっと!?」
 驚いたフワは高度を上げてそれをかわす。幸いに距離があったためその無茶苦茶な攻撃を受けることはなかった。安全を担保するために予定よりも建物から距離をとる必要があり、攻撃は限定的となった。そしてとばっちり気味にジャンクの元まで竜達は駆け上がって接近戦の様相となっていた。高い位置をとっての支援攻撃は敵兵士の頭上を抑えることには有効だったが、その後のドーピス含め竜が広場に乱入するのを止めるには至らなかった。



 残りの3人、ロニ・カルディス(ka0551)、夢路 まよい(ka1328)、、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は敵の前衛を難なく突破すると、戦闘よりも先に状況把握に努めた。事前に得た情報によれば領主一家は軟禁あるいは人質として利用されているらしい。大男が人質に使う可能性も考えれば最優先で確保すべきだ。だが事前に幾ら備えをしても、覆せないものはある。
 見てくれは教会のままの図書室から慌てた様子もなくその男は現れた。右手には体格に見合った大振りの剣。左手は領主の娘の首根っこをしかとつかみ上げている。娘は怯えて時折足をもつれさせるが、その反動をまるで意に介さずに持ち上げるように娘を連れていた。ロニとアルトが前に立ち、すぐさま後列への壁を形成する。
「探す手間が省けましたね」
 ロニの声は苦い。大男が携えた剣を重力を無視するかのように振り回している。その剣は欠片の気まぐれで娘の命を奪うだろう。その腕力があれば絞め殺すのも容易い。
「人質のつもりか?」
 アルトが視線を険しくして尋ねる。大男は彼女の殺気を意に介さぬ様子で小首をかしげて見せた。
「肉の盾だ。お前ら相手にそれ以上の期待はしてねえよ」
 一瞬でもハンターが怯めばそれで良しということだろう。要求が無い以上は交渉の余地はない。アルトはそれを理解した上で一歩前に踏み出した。
「何故こんな真似をする?」
 アルトは言葉を投げかけるのと同時に、構えを変える素振りに偽装して懐の蓄音石にマテリアルを込めた。この大男が居ると聞いた時から浮かんでいた疑念を晴らすために用意をしていたものだ。
「何故? 説明する義理はないな」
「だろうな。読書の趣味でもあったのか?」
「アホ抜かせ。眠たくなる」
 説明する義理はないといったそばから会話に応じてしまうあたり、割と素直な性格なのかもしれない。本人もそのことに気づいたのか、少し遅れて気まずそうに咳払いした。
「……ま、それは良い。鈍ってたところだ。遊んでやるぜ」
 男の気配、負のマテリアルが膨れ上がる。1秒の間を置いて男は動き出した。大男は抱えていた娘をアルトに向けて勢いよく突き飛ばす。アルトは抱えるように抱き止め一瞬動きが止まる。その間に大男は陣形の中央目掛けて走ってた。 後列の夢路を庇うようにロニが立ちふさがる。
「させるか!」
 しかし大男は怯むことなく前に進み、ロニに背を晒しながらもその脇を通り抜けた。敵の危険を顧みないかのような突撃に晒された夢路は流石に狼狽えた。
「う、嘘でしょ!?」
 アルトからもロニからも背を晒した状態で夢路を狙うのは差し違える覚悟か。敵の意図はどうあるにせよ、夢路のすべきことは変わらない。まずは相手の足を止める。夢路は準備していたアブソリュート・ゼロを大男に向けて放った。夢路の周りに持ち上がった土と岩の塊、凝集した氷の塊を一斉に投射する。大男は回避行動をとるも大きく軌道修正は出来ず、魔法の直撃を受けた。
「ちっ、鬱陶しい!」
 まとわりつく土と氷を強引にはがしながら、大男はなおも突進する。逃げきれない夢路はヴァイザースタッフを掲げて盾とした。横凪ぎに繰り出される剛剣。致命傷も覚悟した夢路だが、彼女の杖の上に光の護法陣が輝く。ロニのホーリーヴェールが紙一重で彼女を守った。
「ぬぅん!」
 それすらも強引に押しのけるように薙ぎ払った。夢路はたまらず後方に弾かれる。ホーリーヴェールによってダメージを軽減したものの、態勢を大きく崩してしまっていた。次は受け止めきれない。大男は後列を排除すべく走り出すかと思われたが、すぐさま振りむいて別の脅威に備えた。
 焔を思わせる残像を残してアルトが突撃する。速度を乗せた突きが大男の胴を狙った。
「ふっ!」
「ちっ!」
 大男は剣身の中程でアルトの剣を受けて右に逸らす。大男の剣がアルトを射程に捉える前に、アルトは速度を殺さぬように半歩距離を取った。刃は小さく円を描き掬いあげるように第2撃。大男は体を逸らすように下がりながら剣の深追いを牽制するように剣を構え直す。大男とアルトが距離をとる。一拍置いて、大男は頭痛をこらえるように右手で頭を抑えつけた
「くそっ! くそが!! 覚えてるぞ!! てめえの剣を! だって言うのに、てめえが誰かわからねえ!!」
 ああ。剣で人を覚える性質なのか。妙な感動を覚えたアルトだが、その感傷で手を緩めることはない。すかさず一撃を放ったアルトだが、大男は避けるのでなく逃げるという方法で大男はアルトの一撃を回避していた。
 陣形は入れ替わった。前から後ろ、というような単純な物ではないが追いすがったアルトは再び大男と対峙する。一見何の変化も無く歪虚側に益の無い変動に見えるが、大男が門により近い位置に立ったという点が大きな違いだった。
「来い、ドー…」
「はいはいはいはいはい!! お呼びですか!!??」
 主人の台詞をけたたましい声で遮りながら、騎竜のドーピスが大男の傍に滑り込んだ。文句を言いたげに舌打ちした大男だがすぐさま竜に飛び乗った。その飛び乗る瞬間を狙いすましてマッシュが兵士の中から飛び出して切りかかる。
 竜が半歩遠ざかるように動いて剣の軌道から逃げた。大男も竜もマッシュに視線を向けていないのに紙一重の回避をやって見せる。剣を外して態勢を崩したマッシュは続けざまにきた竜の蹴りを剣で受けつつ間合いから離れた。カインが追撃を防ぐために馬車から銃撃で援護するが、至近距離と言って差し支えないそれも危なげなくかわされてしまう。
 大男の周りを異様な空気が覆う。背後に立った者達ですら一撃を加える隙を見いだせず、彼を囲む誰もが余りの変化に驚いて棒立ちとなっていた。奇襲は無意味と意を決したレイオスが大男の前に立った。
「お前は元騎士なのか?」
 大男は兜の下からレイオスにちらりと視線を送る。話の空気を理解しているのかしていないのか、竜はきょろきょろとあたりを見回している。
「……かもな。そう考えれば色んなことに説明がつくぜ」
 声の色が変わっていた。苛立ちまじりだった声は気づけば凪のように静かな知性すら感じさせる声に変っている。それがお互いにとって正しい答えだと確信したのだろう。大男は竜に腹を蹴って合図を送り、その首を門へと向けさせた。
「今日は戦争の準備がねえ。撤収だ!」
 合図一つで城壁に隠れていた歪虚の兵士達が城壁を飛び降り、広場に集まった騎竜に飛び乗った。騎竜隊は大男を殿として次々に門を駆け抜けていく。その背中に向けて銃や弓や魔法のありったけを投射するが、走る騎竜が危なげなくかわすかあるいは大男が剣で全て弾き落としていた。遠ざかる騎竜の背中は瞬く間に城にほど近い森の中へと消えていた。
「隙を見せてねえ癖に良い逃げっぷりだぜ」
 ジャンクが呆れて、同時に相手の動きに舌を巻きつつ狙撃銃を下した。射程の長い彼が警戒を解いたことが、そのまま戦闘の終結を意味していた。
「追わなくていい! それよりもケガ人の治療を!」
 周囲に戦闘の終了を呼びかけながらカインが走っていく。一度落ち着いて見渡すと損害の規模が明瞭となっていた。ロニやカインが残った力で治療を施しているが、再起不能を免れない者も少なくない。遭遇した敵の強さを考えれば被害は小さいと言えるだろう。そして余裕が生まれると一度出た疑念が口の端に上った。
「あの大男が騎士というのはどういうこと?」
 確認したのはレイオスとアルトの話を間近で聞いていた夢路。来歴を探ることは敵の性能を把握する一歩であると同時に命令系統を知る手がかりにもなる。必要な情報なら共有しておきたい、そういう質問の仕方であった。レイオスは答えに迷う素振りのあったアルトにちらりと視線を送ってから、自分の推論を語って聞かせた。
「騎乗技能、指揮能力。戦略戦術を考えた行動。そういう状況証拠を見れば実際的な経験があるか教育を受けたか。だから上位の騎士かもしれないと思ったのさ」
 レイオスは「お前は?」と促すようにアルトを見る。アルトは更に数秒悩み、自分の答えを口にした。
「あれはもしかすると、ダンテ・バルカザールかもしれない」
 彼が現れた時期と彼自身の差配の癖から一つの可能性を考えていた。あの男の武技は人を越えた領域にあり、速度も威力も彼女の記憶とは合致しない。だが咄嗟の時に自分のどの技能を信じるのかという癖は間違えようもない。腕力任せに見せかけて剣の扱いは巧妙で精緻。最大の力を相手の最も弱い場所に最速でぶつける、そんな単純で読まれやすい一撃を成立させてしまう規格外の剛剣使い。証拠はなくアルトの個人的な経験と感覚でしか説明出来ない内容だ。声を録音した蓄音石も雑音混じりでは証拠として弱いだろう。それでも彼女にとっては確信と言っていい。
 ダンテが歪虚になったという仮定は深刻だ。強いだけならこれまでの歪虚と変わらないが、首脳部と言って差し支えない人間ごと情報が敵の渡っているということは由々しき事態である。彼によって引き起こされる戦略上の不利は、王国の今後の軍事にすら影響を与えかねない。
 戦闘の終結に安堵する兵士達を他所に、ハンター達はその陰鬱な想像で気が休まることはなかった。

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MVP一覧

  • 王国騎士団“黒の騎士”
    レイオス・アクアウォーカーka1990
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニka3109

重体一覧

参加者一覧

  • THE "MAGE"
    フワ ハヤテ(ka0004
    エルフ|26才|男性|魔術師
  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • 無明に咲きし熾火
    マッシュ・アクラシス(ka0771
    人間(紅)|26才|男性|闘狩人
  • 夢路に誘う青き魔女
    夢路 まよい(ka1328
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    レイオス・アクアウォーカー(ka1990
    人間(蒼)|20才|男性|闘狩人
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 明敏の矛
    ジャンク(ka4072
    人間(紅)|53才|男性|猟撃士
  • 離苦を越え、連なりし環
    カイン・シュミート(ka6967
    ドラグーン|22才|男性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/11/16 09:00:38
アイコン 相談卓
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
人間(クリムゾンウェスト)|21才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2018/11/17 09:22:17