ゲスト
(ka0000)
【落葉】悪霊騎士の忠誠
マスター:きりん

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~15人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/11/23 09:00
- 完成日
- 2018/11/26 09:51
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●騎士たちと姫
異界の中では、過去の歴史を垣間見ることができた。
今よりも、遥か昔の話である。
クリムゾンウエストのどこかに、その城はあった。
城には聡明な王と王妃、美しい姫、そして彼らを守る騎士たちがいた。
善政で城下町は栄え、物流も盛んで、隆盛を誇っていた。
「皆の者、余らに何かあれば、娘を頼むぞ」
「あの子を守ってあげてね」
王も王妃も気さくな人柄で、騎士たちに対して良く接した。
「お父様もお母様も過保護なのよ。私にいっぱい騎士をつけるよりも、自分の身の周りに配置した方が絶対いいのに。……大切にされているのは、嬉しいけど」
姫も聡明で、両親の愛を知りつつも、だからこそ娘である自分よりも自らを優先して欲しいと思っていた。
同時に、両親の愛を受けて育った姫は、二人がそうしないであろうことも、悟っていた。
だが、盛者必衰の理は彼らにも当てはまった。
この時代にも、歪虚という脅威は存在した。
運命の日が、訪れる。
●落城
異界は引き続き過去の情景を映し出す。
城下町全体が燃えている。
あまりにも真に迫っていて、風に乗り人の悲鳴や何かが焼ける臭いが漂ってくるようだ。
「もう駄目です! 城下町を襲った歪虚の大群が城門を突破し雪崩込み、我が騎士団は総崩れになりつつあります!」
「ここは我らが守ります! 陛下は王妃様と姫様を連れ、隠し通路からお逃げください!」
戦いの気配は城の中を蹂躙しつつあった。
多くの騎士たちが階下で戦っているが、戦況は芳しくない。
むしろ、絶望的といっていい。
「あなた……」
「……ここまでか」
心配そうに夫の様子を窺う王妃を横目に一度目を瞑った王は、再び目を開くと騎士たちに告げた。
「我々は負けた。もうすぐこの広間にも歪虚どもがなだれ込んで来よう。諸君らの強さは余も絶対の信頼を抱いておる。余が命じれば、死ぬ気でここを防衛してくれるであろうことは疑いようもない。それこそ全員が玉砕することになろうとも。だが、それは余の望むところではない」
穏やかだが威厳ある態度で、王は居並ぶ騎士たちに最後の命令を下した。
「王の名において、騎士である汝らに命ずる。我が妻と娘を連れ、城を脱出せよ。安全な地に辿り着くまで、二人を守り切るのだ。ここには余が残ろう。どれほど時間が稼げるかは分からぬが、王として相応しい死にざまを見せつけてやろうぞ」
「そんな……! ならば、我らを共にお付けください!」
「ならぬ。妻と娘を守る兵力を薄くするわけにはいかぬ。行け!」
王の厳しい声に、騎士たちは王の決意が揺るがないことを悟ると、零れ落ちる涙を堪え、即座に行動に移した。
時間は有限。この場において、それがどんな選択だろうと、動かないことこそが最も愚かなことだ。
「必ず、必ず王妃様と姫様は我らがお守りいたします……! この命に代えても!」
「陛下に捧げた剣に誓って!」
「さあ、行くぞ! 王妃様と姫様はこちらへ!」
「陣形を組め! 我らはこれより王妃様と姫様を護衛しつつ、城の脱出を目指す! 我らの血、我らの剣は全て王妃様と姫様のためにあると心得よ!」
「「「「応!」」」」
隠し通路をへと消えていく騎士たちを見送った王は、微笑むと通路を閉じた。
「……頼んだぞ」
それが、王が発した最後の言葉だった。
●時は流れ
異界の中に朽ちた城がある。
かつて歪虚に攻め落とされたその廃城は、崩れかけながらも往時を忍ばせる姿を晒している。
城も人間たちも、全て今はもう存在しないものだ。
元となった城は長らく歪虚の勢力下に置かれ、もはや地図上からすらも消え失せてしまっている。
再現された世界の一角に、今もなおスケルトンの群れと戦う騎士たちの姿があった。
当時と変わらぬ鎧を纏い、騎士たちは戦い続ける。
中央に倒れている、王妃と姫を守るために。
王妃と姫は何も言わない。
ただ、剣戟と怒号のみが響いている。
それも当然だ。
彼らが守る王妃と姫は白骨となっており、騎士たちもまた、鎧の下は生きた人間の姿をしていない。
結局、彼らは王妃と姫を守り、安全な土地に送り届けることができなかったのだ。
何度スケルトンたちに矢を射かけられようと、槍を突き立てられようと、騎士たちは怯まない。当然だ。亡霊騎士となった彼らに、物理的な攻撃は意味を成さない。
だが、彼らがスケルトンを全滅させることもない。
そもそもこの場所は異界で、全てが歪虚で再現された世界だ。
彼らは永遠に終わらない戦場の中に囚われ続けている。
●ハンターズソサエティ
受付嬢ジェーン・ドゥが、依頼を一つ携えてハンターたちの下へやってきた。
「街道の一部が異界化したと報告が寄せられています。調査チームを派遣したところ、悪霊騎士と剣魔クリピクロウズの分体らしきスケルトンの集団が戦い合っている場面に遭遇しました。悪霊騎士たちはスケルトンたちと敵対していますが、自分たち以外を歪虚と認識するようで、近付いた調査チームにも容赦なく攻撃を仕掛けてきました。どうやら、古城に縁のある騎士たちのようです。異界を構成するソードオブジェクトは城の中に突き立っているようです。これを破壊しない限り、街道の安全は保たれません。至急、破壊してくださるハンターの皆さんを募集いたします」
最後に、ジェーンは深く頭を下げた。
異界の中では、過去の歴史を垣間見ることができた。
今よりも、遥か昔の話である。
クリムゾンウエストのどこかに、その城はあった。
城には聡明な王と王妃、美しい姫、そして彼らを守る騎士たちがいた。
善政で城下町は栄え、物流も盛んで、隆盛を誇っていた。
「皆の者、余らに何かあれば、娘を頼むぞ」
「あの子を守ってあげてね」
王も王妃も気さくな人柄で、騎士たちに対して良く接した。
「お父様もお母様も過保護なのよ。私にいっぱい騎士をつけるよりも、自分の身の周りに配置した方が絶対いいのに。……大切にされているのは、嬉しいけど」
姫も聡明で、両親の愛を知りつつも、だからこそ娘である自分よりも自らを優先して欲しいと思っていた。
同時に、両親の愛を受けて育った姫は、二人がそうしないであろうことも、悟っていた。
だが、盛者必衰の理は彼らにも当てはまった。
この時代にも、歪虚という脅威は存在した。
運命の日が、訪れる。
●落城
異界は引き続き過去の情景を映し出す。
城下町全体が燃えている。
あまりにも真に迫っていて、風に乗り人の悲鳴や何かが焼ける臭いが漂ってくるようだ。
「もう駄目です! 城下町を襲った歪虚の大群が城門を突破し雪崩込み、我が騎士団は総崩れになりつつあります!」
「ここは我らが守ります! 陛下は王妃様と姫様を連れ、隠し通路からお逃げください!」
戦いの気配は城の中を蹂躙しつつあった。
多くの騎士たちが階下で戦っているが、戦況は芳しくない。
むしろ、絶望的といっていい。
「あなた……」
「……ここまでか」
心配そうに夫の様子を窺う王妃を横目に一度目を瞑った王は、再び目を開くと騎士たちに告げた。
「我々は負けた。もうすぐこの広間にも歪虚どもがなだれ込んで来よう。諸君らの強さは余も絶対の信頼を抱いておる。余が命じれば、死ぬ気でここを防衛してくれるであろうことは疑いようもない。それこそ全員が玉砕することになろうとも。だが、それは余の望むところではない」
穏やかだが威厳ある態度で、王は居並ぶ騎士たちに最後の命令を下した。
「王の名において、騎士である汝らに命ずる。我が妻と娘を連れ、城を脱出せよ。安全な地に辿り着くまで、二人を守り切るのだ。ここには余が残ろう。どれほど時間が稼げるかは分からぬが、王として相応しい死にざまを見せつけてやろうぞ」
「そんな……! ならば、我らを共にお付けください!」
「ならぬ。妻と娘を守る兵力を薄くするわけにはいかぬ。行け!」
王の厳しい声に、騎士たちは王の決意が揺るがないことを悟ると、零れ落ちる涙を堪え、即座に行動に移した。
時間は有限。この場において、それがどんな選択だろうと、動かないことこそが最も愚かなことだ。
「必ず、必ず王妃様と姫様は我らがお守りいたします……! この命に代えても!」
「陛下に捧げた剣に誓って!」
「さあ、行くぞ! 王妃様と姫様はこちらへ!」
「陣形を組め! 我らはこれより王妃様と姫様を護衛しつつ、城の脱出を目指す! 我らの血、我らの剣は全て王妃様と姫様のためにあると心得よ!」
「「「「応!」」」」
隠し通路をへと消えていく騎士たちを見送った王は、微笑むと通路を閉じた。
「……頼んだぞ」
それが、王が発した最後の言葉だった。
●時は流れ
異界の中に朽ちた城がある。
かつて歪虚に攻め落とされたその廃城は、崩れかけながらも往時を忍ばせる姿を晒している。
城も人間たちも、全て今はもう存在しないものだ。
元となった城は長らく歪虚の勢力下に置かれ、もはや地図上からすらも消え失せてしまっている。
再現された世界の一角に、今もなおスケルトンの群れと戦う騎士たちの姿があった。
当時と変わらぬ鎧を纏い、騎士たちは戦い続ける。
中央に倒れている、王妃と姫を守るために。
王妃と姫は何も言わない。
ただ、剣戟と怒号のみが響いている。
それも当然だ。
彼らが守る王妃と姫は白骨となっており、騎士たちもまた、鎧の下は生きた人間の姿をしていない。
結局、彼らは王妃と姫を守り、安全な土地に送り届けることができなかったのだ。
何度スケルトンたちに矢を射かけられようと、槍を突き立てられようと、騎士たちは怯まない。当然だ。亡霊騎士となった彼らに、物理的な攻撃は意味を成さない。
だが、彼らがスケルトンを全滅させることもない。
そもそもこの場所は異界で、全てが歪虚で再現された世界だ。
彼らは永遠に終わらない戦場の中に囚われ続けている。
●ハンターズソサエティ
受付嬢ジェーン・ドゥが、依頼を一つ携えてハンターたちの下へやってきた。
「街道の一部が異界化したと報告が寄せられています。調査チームを派遣したところ、悪霊騎士と剣魔クリピクロウズの分体らしきスケルトンの集団が戦い合っている場面に遭遇しました。悪霊騎士たちはスケルトンたちと敵対していますが、自分たち以外を歪虚と認識するようで、近付いた調査チームにも容赦なく攻撃を仕掛けてきました。どうやら、古城に縁のある騎士たちのようです。異界を構成するソードオブジェクトは城の中に突き立っているようです。これを破壊しない限り、街道の安全は保たれません。至急、破壊してくださるハンターの皆さんを募集いたします」
最後に、ジェーンは深く頭を下げた。
リプレイ本文
●集結するハンター
異界の空は曇っている。
キヅカ・リク(ka0038)の眼前には、悪霊騎士たちがスケルトンの群れと戦う光景が広がっていた。
(クリピクロウズが見せる悲劇のリプレイ、過去の世界で実際に起こった悲劇。……最初こそ、悲しみを集積するクリピクロウズに思う事もあった。けど、何度も接触してみて解ったことがある)
「……こいつは本当の意味で悲しいってどういうことなのか解ってない。痛みの本当の意味が解らない。ヴォイドだもんな」
オリーヴェに騎乗した状態で、ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は眼前の光景を見つめる。
何かを守るかのように陣形を組み、ただひたすら前へ前へと進もうとして、スケルトンたちの物量に押し留められている悪霊騎士たちの姿を。
「死して尚、守る為に戦い続ける騎士達……か。報われないね、本当に……。だから、終わりなき悪夢と惨劇を断ち斬るよ。この身は一振りの刃、悪夢と惨劇を終わらせる、今はそのために振るう」
異界によって再現された状況に過ぎないと分かっていても、目の前の光景には当時の状況を思わせる何かがあった。
まるで諦めきれぬとでもいうかのように、悪霊騎士たちが怒号を上げた。
「こんな姿に成り果ててまで、まだ戦おうとしているのか……。もう十分戦ったんだ……今日で終わりにしよう」
清廉号に搭乗しているロニ・カルディス(ka0551)はコックピット内にいるのだから、彼の呟きが聞こえたわけではないだろうが。
一緒に行動する南護 炎(ka6651)とミリア・ラスティソード(ka1287)は、仲間たちと打ち合わせをしながらその光景を見つめていた。
悪霊騎士たちとスケルトンの群れの戦いは刻一刻と激しさを増している。
狂乱する悪霊騎士たちはスケルトンを圧倒していたが、物量の差に完全に押し込まれていた。
しかしそれは彼らの敗北を意味しない。
彼らは亡霊だ。
スケルトンたちには、彼らに有効打を与える手段がないようだった。
「運命とか使命とかはどうでもいい。人様に迷惑かけんな馬鹿ども」
「まあまあミリアさん。悲しき運命に縛られた悪霊騎士・王妃・姫の魂を救う、それもいいじゃないか」
スケルトンを全滅させ、ソードオブジェクトを破壊することが目的のミリアと、悪霊騎士及びスケルトンを全滅させ、ソードオブジェクトを破壊することが目的の炎は、ほぼ行動指針が一致している。
並び立つミリアと炎は、戦意を高めながら、ただ戦闘開始のその時を待つ。
敵の殲滅とソードオブジェクトの破壊を目指す夢路 まよい(ka1328)も、この光景に思うところがあるようだ。
「少し待って双方損耗してから戦いに行ってもいいんだけど……それだと時間がかかって、異界の影響が広がるかもしれないね。悪霊騎士さん達の境遇は可愛そうかもだけど……こうなっちゃったからには、やっつけて楽にしてあげるのがせめてもの情けかな? 私達のことは敵にしか見えなくて、話は通じないみたいだから……」
どんなに悲惨な状況が待っていたとしても、リュー・グランフェスト(ka2419)が取るべき行動は変わらない。
強者として普段通り振る舞うだけだ。
「俺はリュー。リュー・グランフェストだ。よろしくな」
今回の仲間たちへ軽く自己紹介を済ませ、眼前の敵を見据える。
(死してなお残る忠誠心か……嫌いじゃない)
傍で紅狼刃が静かに主の命令を待っている。
その時が来れば、リューとともに一騎当千の活躍を見せるだろう。
既にガルムに乗った状態のエルバッハ・リオン(ka2434)は、目の前の光景を見ても表情を動かすことはなかった。
悪霊騎士たちについては割り切っているようで、その立ち居振る舞いから同情を見出すことはできない。
「不幸な過去だったとは思いますが、歪虚である以上は殲滅するだけです」
戦闘ではスケルトンの群れを優先し、後衛を担当する。
反対側から攻めることで、悪霊騎士たちと挟撃する形に持ち込むつもりだ。
レイア・アローネ(ka4082)はあのスケルトンたちの正体を知っている。
当然だ。ラズビルナム地下遺跡で嫌というほど戦ってきたのだから。
「……まさかここに来てまた剣魔の分身共と戦う事になろうとはな……。が、それより今は悪霊騎士達が厄介だ。救えないのならせめて安らぎを与えてやろう。アウローラ、力を貸してくれ!」
頼れる主人の言葉に答えるかのように、ワイバーンであるアウローラが力強く羽ばたき飛び上がった。
さあ、戦いの始まりだ!
●異界を消滅させろ!
ロニが定めた基本方針としては、まずはスケルトンの排除を優先する。
悪霊騎士たちへの対応はその後だ。
予め無線機や通信機で連絡を取れるようにしておいた。
スケルトンを悪霊騎士と挟み撃ちに出来る場所に位置取り、交戦の時を待つ。
エルバッハの胸元に、薔薇の花を模した赤色の紋様が浮かんだ。
さらに、その紋様を起点にして、棘を模した同色の紋様が六本、両腕と両脚の先まで、それと両頬のあたりまで、体に巻きついているかのように伸びていく。
覚醒したエルバッハは、自分の中にあるマテリアルを静かに循環させ、増幅させていく。
清流のように穏やかだったマテリアルの流れが、濁流となり、激流となり、やがて出口を求めてエルバッハの中で荒れ狂う。
ふわふわとエルバッハの髪が高まる魔力で煽られ宙を舞う。
意識を集中させ、体内で暴れ回るマテリアルをコントロールしたエルバッハは、魔法の詠唱を始めた。
グリフォンのイケロスが、まよいを背に乗せ空中を飛翔する。
安定した飛行を行うグリフォンの滞空性能が、空中でのホバリングを可能にした。
スケルトンの攻撃を警戒し、空からまよいは戦場を見下ろす。
そのまま、攻撃準備に入った。
まよいの内側から熱を持って大きな力が沸き上がり、その力はマテリアルを生み躍動する。
溢れるマテリアルを練り上げ、圧縮し、まよいはより高威力広範囲を追求し、通常よりも多くのマテリアルを操った。
高い集中力と魔力の奔流を制御する負担から、まよいの顎を汗が伝う。
発動まで無防備な身体をイケロスに預け、まよいは詠唱を始めた。
炎とミリアは同時に覚醒した。
瞳の色が変わるのは二人とも共通しているが、炎は右目が蒼、左目が紅のオッドアイに変わり、目つきが鋭くなっていく。
性格にもさらに変化が現れ、好戦的さが増し悪霊騎士たちや歪虚に対する戦意が湧き出てくる。
スケルトンの集団と、それと戦う悪霊騎士たちに対し、炎は恐れず突き進む。 回避など考えない。ただ攻撃にのみ一念を注ぐのだ。
ミリアの方は両目が紅く輝く。
当然それだけでなく、追加で右手の甲に剣を模した紋章のようなものが浮かび上がった。
澄んだエルバッハの詠唱が響くごとに、頭上に燃え盛る火球が一つ形成される。詠唱が続くにつれ、火球の数は一つ二つと数を増し、最終的には三つにまで増加した。
上空で輝く、エルバッハが生み出した三つの火球は、まるで太陽のように表面を赤熱に燃え盛らせている。
「……行ってください」
エルバッハが陰陽符を構えた手の人差し指をすっとスケルトンたちに向ける。
その瞬間、待機していた火球たちが一つずつ一斉に降下を開始した。
火球は全て過たずスケルトンの群れど真ん中に着弾し、広範囲を焼き払い爆散させる。
爆発の勢いで吹っ飛んだいくつかのスケルトンが、吹っ飛んだ空中でバラバラに分解され、崩れていった。
残りのスケルトンたちもそのまま地面に叩きつけられる。
「……打ち止めですね」
まよいの魔法が完成した。
「天空に輝ける星々よ、七つの罪を焼き尽くす業火となれ!」
遥か上空に七つの頂点を持つ、星型の魔法陣を描き出された。
頂点の各々には小さな赤い点が灯る。
点の正体は火球だ。
巨大でも、高度があるので驚くほど小さく見える。
赤い点が大きさを少しずつ増していく。
まるで遠近法が狂ったかのように、魔法陣の小ささに対し不釣り合いな火球ができた。
しかし魔法陣は小さくなどない。
高度が高いので、小さくみえるだけで巨大だ。
その状態で大きく見える火球の真の大きさはいかほどのものか。
「……ヘプタグラム!」
まよいの声とともに、星型の魔法陣から火球が次々と切り離される。
降り注ぐ火球はスケルトンたちを飲み込み地面を舐め、一時的に炎の海を作り出した。
続いてエルバッハは次の魔法を詠唱する。
「潰れなさい」
完成した魔法が発動し、紫色の光を伴う重力波がスケルトンたちの一部を包み込むように発生した。
重力波はスケルトンたちそれぞれを中心に収束していき、強烈な重圧で圧し潰し、移動を制限する。
満を持して、ユーリを乗せたオリーヴェが幻獣としての力を解放した。
オーラを纏ったその姿は、大幻獣フェンリルをも思わせる威容だった。
「走りなさい、オリーヴェ!」
裂帛の声をユーリが発し、それを受けてオリーヴェが猛然と加速する。
躍動するオリーヴェは猛然と駆け、スケルトンたちへと飛び掛かった。
紅狼刃に騎乗するリューは仲間たちと歩調を揃えスケルトンの群れに突入する。
リューの目標はスケルトンではなく、あくまで悪霊騎士だ。
進路に立ち塞がるスケルトンたちに向け、紋章剣『天槍』を発動させた。
前方に突き出された星神器から大量のマテリアルの奔流が放たれ、オーラによる輝く剣身を作り出す。
槍を超える射程で放たれる突きの一閃が、スケルトンたちを貫き吹き飛ばした。
「雑魚に用はない!」
続けて星神器を振り回し、スケルトンたちを薙ぎ払いつつ着実に前進を続けた。
スケルトンの大群を相手にするため、レイアはあえてアウローラには騎乗せず、空中に放した。
空からブレス攻撃で援護してもらうのだ。
レイアとしては無理に悪霊騎士達の味方をするつもりはないものの、かといって無視するわけにもいかないので、まずはリューを追いかけスケルトンたちの殲滅に向かった。
攻めを意識して構えを取り、生体マテリアルを魔導剣に流し込んで魔法剣にする。
さらに魔導剣を握る利き手とは逆の手で星神器を引き抜き、スケルトンたち目掛けてまっすぐ斬り込んだ。
仲間たちが攻撃を仕掛けたのを見て、ロニも動く。
悪霊騎士との挟撃を維持し、スケルトンが自由に動けない状態を意識した。
「何故だ! どうしてお前たちは、そこまでして戦おうとする!」
R7エクスシアである清廉号から、通信機を通じてロニの声が放たれる。
介入に気付いた悪霊騎士の集団は、憎悪をロニたちにまで向けてきた。
「おのれ、歪虚め……! また増えたか! 我らは王妃殿下と王女殿下を安全な場所に逃がさねばならぬのだ! そこを退けええええええええ!」
「こいつら、俺たちのことまで歪虚だと思ってるのか!?」
予想以上に悪霊騎士たちは錯乱状態にあるようだ。
あるいは、この状態こそが歪虚として彼らが正常な証なのか。
スケルトンたちが一部、清廉号に気付いて反転してくる。
反転したスケルトンたちは、まるで壁のようだった。
あるいは波か。
波打つ絨毯と例えてもいい。
隠れたペリグリー・チャムチャムを背後に庇い、キヅカは押し寄せてくるスケルトンたちクリピクロウズの分体を見据える。
「痛いっていうのは、悲しいっていうのは、証拠なんだよ。今この世界で生きている、この世界で生きていたいっていう。それが解らないから、忘れればいい。とかいう答えに至る」
キヅカにいわせれば、そんなのは一方的な勘違いだ。
何も分かっていない。
「だからもう怖くない、可哀想とも思わない。適当にそれっぽいものをコピペしてみせてるだけの奴に……僕は、止められない……!」
ロニが清廉号背部のマジックエンハンサーを展開した。
魔導エンジンが出力を上昇させていき、構えるマテリアルライフルにマテリアル粒子が流れ込む。
「皆、射線に立たないでくれよ……!」
味方を巻き込まない様に注意しつつ、直線上に並んだスケルトンに向けてトリガーを引いた。
紫色の光線が閃光となりスケルトンたちを貫いた後、一拍遅れてまとめて爆散する。
「こいつも喰らえ!」
さらにクイックライフルを引き抜き、マテリアルビームを別のスケルトンたちへ放つ。
一直線に飛んだ光線がスケルトンたちに直撃した。
ユーリの蒼姫刀が翻る。
直後、ユーリの全身からマテリアルの奔流が迸った。
噴き上がったマテリアルは天空へと伸び、雷を呼ぶ。
マテリアルによって生み出された白銀の雷が、掲げる蒼姫刀に降り注ぐ。
伝わってくる強烈な力の奔流を、歯を噛み締めて堪え己の物にしたユーリは、帯電する蒼姫刀を手に雷速となって剣舞を繰り出す。
スケルトンを斬り払うごとに蒼い雷が凄烈にその威を示し、断罪の刃でその存在を無へと返した。
軽快に紅狼刃がステップを踏み、リューが攻撃するのに最適なポジションを取る。
紅狼刃の位置取りは完璧で、何も考えずリューは合わせるだけで良かった。
スケルトンたちに囲まれそうになれば、素早い跳躍でその場を離れ、仲間の方へと後退する。
イェジドであるから、紅狼刃は嗅覚にも優れており、その鼻で敵の奇襲を警戒しようとしているようだ。
ヒットアンドアウェイで離脱を試みた方がレイア自身の被害は少なく済むが、それで後衛が狙われれば本末転倒なので、レイアは魔術師たち後衛が攻撃しやすいように、あえてその場に留まり壁役を務めた。
時折空中からアウローラが吐き出す火炎弾が降り注ぎ、着弾地点を中心に爆発を起こす。
巻き込まれたスケルトンが炎に呑まれ、それでも行動しようともがくので、まるで奇怪な踊りを踊っているかのようだった。
「しかし……数が多過ぎるな!」
何度目かの良い一撃をもらい、レイアは苦痛に表情を歪める。
並のスケルトンとは比較にならないクリピクロウズの分体とはいえ、それでもレイアにしてみれば決して対応できない敵ではない。
これほど数が多くなければ、という但し書きはつくが。
仲間たちに続き、キヅカも行動を開始する。
目標は悪霊騎士、目的地も悪霊騎士、そのためにスケルトンの群れを突破せんと真っ直ぐ進む。
突き出されるスケルトン槍を回避し、矢を叩き落とし、時には聖盾剣で受け止め、不退転の意志とともにスケルトンを排除しながら直進を続ける。
「いくぞ!」
「おう!」
地を蹴って駆け出す炎を追い抜いたミリアは、まずスケルトンの方を優先し掃討することにした。
一体ずつ、確実に潰すのだ。
悪霊騎士は、今のところ放っておいても勝手にスケルトンを相手取り、確実にその数を減らすのに貢献している。
まだ手を出す必要はない。
少なくともミリアたちは。
炎とミリアの二人で、スケルトン相手取り入れ替わり立ち代わり戦う。
常にお互いが連携できる距離を保ち、息の合ったコンビネーション攻撃を見せた。
いかんせん、スケルトンの数が多過ぎる。
前衛の対応能力を超え、スケルトンたちが少しずつ後衛に届くようになっていく。
自然と場の状況は敵味方が激しく斬り結ぶ乱戦へと移り変わっていった。
それに加えて、悪霊騎士たちも変わらず戦っているのも忘れてはいけない。
彼らはまだスケルトンを狙っているようで、積極的にこちらを狙ってくるようなことはないが、それでもいくつか攻撃がレイアを掠めていた。
乱戦になる理由は、悪霊騎士たちにもあった。
彼らの騎馬突進によるチャージで、レイアたちまで大きく隊列を乱されてしまうのだ。
反対側から仕掛けられたチャージでスケルトンは弾き飛ばされ、自然とレイアたち前衛を抜けようと動き出す。
悪循環だった。
それでもキヅカは進む。
これほどまでに愚直に前進するのは自分が囮になるというキヅカの意志もあるが、この戦場で在り方を示すためでもある。
クリピクロウズの分体であるスケルトンがこの情報を持ち帰るかは解らない。
だが、キヅカは叩きつけたかった。
「お前が見せる薄っぺらい悲劇の焼回しで、僕はぶれたりなんかしない。ぶれちゃいけないんだ。この人達が願って手を伸ばして、届かなかった明日に僕は今いるのだから」
真正面からスケルトンを叩き潰すキヅカは、静かに前だけを見据えている。
その先には、猛り狂う悪霊騎士の姿があった。
いくら奮戦しようと数で勝るスケルトンたちの浸透攻勢をいつまでも防ぐことはできず、事態は乱戦に発展した。
「この程度、予測していないとでも思ったか!」
清廉号を囲んできたスケルトンたちに、リアルブルーのスキルトレース技術を覚醒者用に再現したロニは、清廉号で光の波動を解き放った。
衝撃で薙ぎ払われたスケルトンたちが派手に吹き飛び、地面に叩きつけられる。
「ガルム、避けなさい」
エルバッハの命令でガルムが背後から迫るスケルトンの攻撃を回避し、大きく間合いを取った。
その距離を生かし、エルバッハは符をばらまき符術を発動する。
投げ上げた無数の符が、空中で稲妻と化しスケルトンたちを貫いた。
「合わせてよね、ホムラ!」
「任せてくれ、ミリアさん」
余計なスキルは使わない。使うまでもない。
パートナー同士の息の合った連携ならば、普通に聖罰刃や大身槍を振るうだけで事足りる。
時折避け損ねた攻撃がヒットしても、大抵は防具に当たるので意に介さない。
偶然良いところに当たって怪我をしても、歯を食いしばり、二人とも怯むどころか怒りに燃えて三倍返しとばかりに攻め立てた。
一通りスケルトンの群れが片付くと、まよいはイケロスに取らせていた高度を少しずつ下げていく。
高度を取っていると、仲間との連携が難しくなるからだ。
スケルトンたちの姿が消えたことで、後は悪霊騎士を残すのみとなる。
悪霊騎士たちも、ミリアや炎たちハンターを敵と見定めているようだ。
だが、きちんとハンターとして認識しているかどうかはすこぶる怪しい。
歪虚として見ている線が濃厚だ。
もっとも、戦う以上それで二人の取るべき行動が変わるわけでもないけれども。
ミリアが大身槍に通常魔法剣の持続時間を根性で引き延ばした、特製魔法剣を付与した。
大身槍が淡く光り、オーラをまとう。
続いてミリアは炎の聖罰刃に光の精霊力を付与し、強化を施す。
白い光が聖罰刃を取り巻き輝きを放った。
「これでよし」
「ありがとう」
一瞬目と目を合わせたミリアと炎は、それぞれ輝きを帯びた大身槍と聖罰刃を構え、悪霊騎士たちと対峙する。
悪霊騎士たちから猛烈な憎悪と敵意が噴出する。
「後は貴様らのみ……! 歪虚め、王妃殿下と王女殿下を手にかけさせはせぬぞ……! 我らは生きてここから脱出するのだ……!」
襲い掛かってきた悪霊騎士に対し、ロニは清廉号を駆りMハルバードに持ち替えて応戦する。
仲間がいるのだ。足止めでいい。
(可能な限り飛行しない方がいいな。俺が攻撃目標から外れて地上の味方を狙われたら面倒だ)
飛行しない味方に配慮し、機体を地に足つけて戦う。
多量の生体マテリアルがロニの身体から吹き出し、機体全体に伝わっていく。
やがて機体を巡るロニの生体マテリアルは機体と自身の感覚を一体化させ、更に高度な操縦を可能とした。
幻影のオーラを纏った清廉号が、悪霊騎士に猛攻を仕掛ける。
「ちっ、受け切るのか、これを!」
次々と撃ち込まれるMハルバードを、悪霊騎士は構えた騎乗槍でいなしてみせた。
かなりの武功者だ。
反撃とばかりに、悪霊騎士が騎乗槍を薙ぎ払う。
慌てて清廉号を操作し回避行動を取らせた先に、別の悪霊騎士が騎乗槍を小脇に抱えて構え、突っ込んできた。
「がっ!?」
猛烈なチャージが決まり、清廉号が吹っ飛ぶ。
慌てて機体を制御し立ち直るものの、清廉号のコックピット内では今の一撃で機体損傷を知らせるアラートが鳴り響いていた。
これ以上の対話は不可能だと判断したエルバッハは、先制で待機させていた魔法を発動させた。
時間だけはたっぷりあったので、増幅させていた魔力を惜しげもなく用い、火球を降り注がせ、続けて詠唱をし重力場を展開する。
「があああああああ! 歪虚めえええええええ!」
火に巻かれ、重力波に圧し潰されながらも、悪霊騎士たちが吠えエルバッハ目掛け突撃する。
「……ガルム、全力で飛んでください!」
危険を感じて顔色を変えたエルバッハがガルムに命じ、その場から飛び退かせる。
しかし、悪霊騎士たちが次々に仕掛けてくるチャージを、エルバッハとガルムは読み切れなかった。
辛うじてエルバッハがシールドを間に差し込むものの、騎乗槍の勢いが強過ぎて弾かれる。
騎乗槍が突き刺さり、ガルムは甲高い悲鳴を上げる。
そのまま宙へ持ち上げられ、背中のエルバッハごと地面へと叩きつけられた。
「ぐっ……!」
ガルムの咆哮が響くものの、痛みに呻くエルバッハはそれを認識できない。
その頭上に影ができる。
見上げれば、大きく前足を振り上げた、悪霊騎士を乗せた騎馬の姿があった。
直撃する寸前、主の危機に体勢を立て直したガルムがエルバッハを咥え上げ、その場から離脱する。
踏み付けは直前までエルバッハが倒れていた場所を叩き、地面を砕いて陥没させた。
「……助かりました。ありがとうございます」
ガルムに軽く放られて再びその背に舞い降り騎乗したエルバッハは、穏やかな表情でその背を撫でたのだった。
突き進むユーリは、悪霊騎士たちと対峙する。
心に抱いた願いと祈りをマテリアルとともに蒼姫刀に込めた。
「その力……確実に仕留めるつもりか、歪虚め、どこまでも我らの邪魔をする!」
ユーリを見た悪霊騎士が怨嗟の声を上げ、騎乗槍を向ける。
背後では仲間たちがあらかたスケルトンを始末しており、ユーリはオリーヴェを駆り悪霊騎士たちへ斬りかかった。
「助かった! 感謝する!」
入れ替わりで戦うユーリに悪霊騎士の対応を任せ、ロニはマテリアルエンジンから各種マテリアル兵器へとエネルギーを充填し、リロードを行った。
同時にダメージコントロールを行いアラートを解除し機体を正常化させていく。
リューは聖剣を掲げて騎士の礼を取りながら名乗りを上げる。
「騎士、リュー・グランフェスト。いざ参る」
「おのれ、歪虚が騎士を名乗るかあああああああ!」
「だから歪虚じゃないんだが。……聞いちゃいないか」
猛り狂う悪霊騎士に嘆息しつつ、星神器にマテリアルを宿し、覚悟を決めて己の魂に同化させる。
星神器の刀身に篝火を模したマテリアルの紋章が描かれ、陽炎の如くオーラが立ち昇った。
まよいの目の前で、仲間たちが悪霊騎士たちとぶつかり合う。
精神を集中したまよいは、己の奥深くに入り込み、流れるマテリアルを感じ取った。
「わわっ!?」
悪霊騎士の一体がまよい目掛け地を蹴り、空を翔けた。
騎馬でも悪霊騎士は空を飛ぶ。
当たり前だ。
彼らは亡霊で、飛ぼうと思えば飛べるのである。
当然己の内に埋没していたまよいに回避手段はなく、危険を察知したイケロスが代わりに回避行動を行う。
回避に成功したものの、急激な動きでまよいは落っこちそうになる。
辛うじて構築中だった魔法のコントロールは失わなかったが、心臓に悪い。
だが、過程はどうあれこれで準備は終わった。
まよいの両手の中では、押さえきれない魔力が渦を巻いている。
その魔力の渦を、発動体である握った錬金杖に流し込み、まよいは魔法を行使する。
豊富な魔力が大量の水と地の力へと変換され、連続で射出された。
引き合うように飛ぶ二色の光弾が、悪霊騎士に迫り眼前で形を弾けさせる。
無数の氷柱と岩柱が悪霊騎士の一体を串刺しにした。
悪霊騎士はしぶとく、まよいは何度も同じ魔法を行使する。
それが尽きると、魔法の矢を乱射した。
五本ずつ生み出される矢を次々と悪霊騎士たちへ降り注がせる。
気を利かせたイケロスが、まよいを乗せて狙いやすい位置へ移動した。
次々と突き立つ魔法の矢は、役目を終えて掻き消える先から新たに突き刺さった。
高いまよいの魔力によって、悪霊騎士たちには着実にダメージが蓄積している。
悪霊騎士たちも正面から相手をするつもりで、キヅカは相対する。
聖槍を構え、マテリアルの光を発することで周囲の味方を鼓舞する。
人類の持つ多様的で散漫としている力を一つに束ね、正義という概念で魔法化する。
悪霊騎士が駆けてくる。
騎乗槍に走る勢いを乗せ、突撃体勢を取ったチャージは、生半可な術では妨害することが難しい。
多少の障害は文字通り跳ね飛ばし、ぶち破り、ものともしないのだ。
人間だった頃はともかく、悪霊騎士となった今はそれだけの性能を得てしまっている。
キヅカは悪霊騎士の突撃に対し、馬の前脚を片方潰すことで、足を止めることを試みた。
騎馬突撃の要は機動力だ。それさえ奪ってしまえば、脅威は大きく弱体化する。
「何だと!?」
だが、その脅威は未だ健在。
振るった攻撃が、思いの外硬い手応えに弾かれる。
もはや回避不可能と悟ったキヅカは、とっさにマテリアルで形成した光の障壁を展開し雷撃を纏わせた。
悪霊騎士を受け止めた障壁は、一瞬しっかりとその動きを止めたものの、破壊される。
しかし同時に悪霊騎士をその雷撃で弾き飛ばしていた。
一度倒れた馬が即座に身を起こす。
その背に再び悪霊騎士が軽々と跨った。
どちらも悪霊なのだ。
通常の騎士より、体勢を整えるのは遥かに容易に済む。
ガルムに騎乗するユーリと、霊馬に騎乗する悪霊騎士が、蒼姫刀と騎乗槍で激しく斬り結ぶ。
武器のリーチは悪霊騎士が圧倒的に有利だ。
取り回しにくいはずの騎乗槍も、歪虚と化した今の彼らならば、通常の槍のごとく、自在に振り回すことができる。
しかしユーリは一歩も引かない。
青白い雷光を弾けさせながら、振り下ろされる騎乗槍に全力で蒼姫刀を打ち合わせる。
「理解しなさい! お前たちには、何も残っていないのよ! もう守るべき者も、守るべき場所も!」
「減らず口を叩くな……! 王妃殿下も、王女殿下も、我らの背後におられる……!」
悪霊騎士たちがいう割には、その背後に人の気配も、歪虚の気配も感じられない。
不気味なほどに、沈黙を保っている。
「なら、お前たちは今、何を守っているというの!」
悪霊騎士たちは答えない。
騎乗槍を構えた騎馬突進によるチャージを、リューは超々重鞘で受け止める。
猛烈な勢いでリューの身体が後退していくが、リューは受け止め切ることに成功した。
「お返しだ!」
紋章剣『双樹』が発動する。
星神器と超々重鞘を片手にそれぞれ持ち、別個の生き物のように動かし怒涛の連撃が放たれる。
マテリアルの輝きを乗せた二振りが、無数の星のごとき輝きを散りばめ、マテリアルの華を咲かせた。
その華を飲み込み、さらに紋章剣『星竜』に繋げた。
以前の攻撃で散りばめられた星を食らいながら、光纏う竜が悪霊騎士に襲いかかり、馬身ごとその半身に喰らい付いた。
悪霊騎士の絶叫が上がる。
苦痛に満ちた絶叫はすぐに、怨嗟が込められた怒号に変わった。
駆け抜けるチャージ攻撃が四方八方から放たれ、紅狼刃ごと飛び退いたリューは、埒が明かぬとばかりのその背から飛び降り、手数を増やして波状攻撃を仕掛ける。
しかし悪霊騎士たちも高い技量を見せつけ、虚実織り交ぜるリューと紅狼刃の攻撃に対応してみせた。
リューは切り札を展開する。
「応えろ、エクスカリバー! 分け与えの権能を今ここに!!」
大精霊の力を借り、世界の物理法則が書き換えられていく。
周りにいた味方や幻獣だけでなく、CAMの損傷までが修復されていき、リューと同じだけの力を分け与えた。
「かつてあった大いなる騎士たちに敬意を。全力で相対するために!」
超々重鞘が光を放ち、その真の力を解放する。
強化され、規模を増した紋章剣『天槍』が、戦場を貫き真っ直ぐと伸びる。
大量のマテリアルが形作られた剣先が消えた頃には、攻撃の余韻が城への道となって真っ直ぐ伸びていた。
「行くぞ、リュー!」
リューが作り出した勝機を、レイアは見逃さなかった。
己の身体から湧き上がる力を感じながら、一気に間合いを詰めるべく走り出す。
ソードオブジェクトの破壊ももちろん行わなければならないことであるのは承知の上で、その前にまず悪霊騎士たちを眠りにつかせようというのが、レイアの心情だ。
悪霊騎士たちは八体。できれば二体倒すつもりレイアは攻撃を仕掛けた。
懐に飛び込み、味方を巻き込まないよう攻撃方向に注意しつつ、魔導剣と星神器で波状連撃を仕掛け、加速させていく。
瞬くほどの速度で放たれたオーラによる斬撃が、悪霊騎士を捉えた。
「お前達の戦いは終わったんだ! もう戦う必要はない! 眠れ……!」
魔法剣に込められたマテリアルが解放され、オーラの刃が形成される。
魔力によりさらなる加速を受けた一撃が、魔法剣の解除と引き換えに鋭く悪霊騎士の肺腑を抉った。
「終わってなどいない……! まだ、終わってなどいないのだ! 王妃殿下と、王女殿下を安全な場所にお届けするまでは……! そのためには貴様ら歪虚が邪魔なのだ、そこを退けえええええええええ!」
悪霊騎士の一人が、血を吐くような絶叫を放ち突っ込んでくる。
名前も知らない騎士たちとはいえ、死してなお忠義を通そうとするその姿に何も感じないと言えば嘘になるだろう。
「……せめて、苦しまずに消えるがいい」
罪を犯した悪霊ではあるが、これ以上苦しめたくはないという想いを込め、レイアは魔導剣を突き刺した。
紅狼刃が共鳴して咆哮し、リューの力を漲らせ悪霊騎士へと飛び掛かる。
リューもその後に続き、悪霊騎士たちへ決戦を挑む。
彼らを倒すことさえできれば、後はソードオブジェクトを探して破壊するだけだ。
しかし悪霊騎士たちはしぶとく、狂乱して戦い続ける。
ここまで来たら後はもう意地の張り合いだ。
心が折れた方が先に負ける。
星神器を振り切ったリューの前で、悪霊騎士が態勢を崩した。
剣戟が耳を打つ。
ユーリも悪霊騎士もお互い満身創痍だ。
分かっている。一歩引けば、それで決着は着く。だが。
引いて得た勝利が、果たして勝利と呼べるのか。
前へ。ただ、ひたすら前へ。
悪霊騎士たちは、愚直に前進を続けようとする。
同じように、ユーリもまた。
ユーリを騎乗させたオリーヴェの突撃が、ついに悪霊騎士たちの陣形を突破した。
飛び込んだユーリが目にしたのは、朽ちたドレスをまとった、二人分の人骨が静かに眠るように蹲る姿だった。
刃に思いをぶつけ、彼らが守っているものを突き付ける。
「見なさい……! これが、現実なのよ……! 守れなかったの、お前たちは! こんなことを続けても……!」
「うるさい、うるさい、うるさい! 我らの無念を、嘆きを、よりにもよって歪虚が知った風に語るなぁああああああああ!」
悪霊騎士たちは狂乱し、そしてオリーヴェが彼らの雄たけびをかき消し、号砲を告げるかのように咆哮した。
「もう終わりにしよう……。お前たちが守る人たちも、きっとそれを望んでる。よくやってくれたと、最期まで守ってくれたと……そう言ってくれると思うから。だから……っ!!」
桜吹雪の幻影が巻き起こり、悪霊騎士たちを巻き込む。
蒼姫刀の刃は更に鋭さを増し、超々重鞘の補助を受け、雷轟を思わせる、爆ぜるような踏み込みでユーリは騎獣一体となった。
高速の刺突が放たれる。
蒼姫の雷刃が、より鋭く迅く、限界を超えてその先へと吠え猛る咆哮となって、悪霊騎士たちが構えた騎乗槍の間を掻い潜り……二つの亡骸に届いた。
もう出し惜しみは必要ない。
魔法剣化した大身槍を薙ぎ払い、悪霊騎士の騎乗槍による薙ぎ払いに対抗する。
何も槍は敵の専売特許というわけでもないのだ。
ミリアにだって、腕に覚えはある。
「ぐっ!?」
「ホムラ!」
悪霊騎士のチャージを回避し切れず受け止めようとして、そのままはね飛ばされたホムラに、気合を込めて精霊に祈りを捧げ、傷を癒す法術をかける。
マテリアルの力を引き出す治癒術であることに違いはないが、気合の分だけ効果が上がるのは、ある意味とてもミリアらしいといえよう。
続くのはホムラの攻撃だ。
防御を捨て大上段に構えることで、意識を攻撃のみに集中し、炎の持てる力を最大限に引き出す。
機先を制された悪霊騎士が、まるで己自身に怒りを示すかのようにチャージを仕掛けてきた。
一歩。
本当に一歩。
回避するのではなく、受け止めるのでもなく、炎はあえて一歩前に踏み込む。
既に抜刀の構えはできている。
聖罰刃の鯉口も切られ、研ぎ澄まされた炎の精神が刹那の間を捉える。
白刃が鞘走りする。
加速する肉体と加速する斬撃が悪霊騎士に炎の姿を見失わせた。
蒼と紅の瞳が悪霊騎士を見据えている。
炎に包まれた花びらによる桜吹雪の幻影が突如発生する。
「容赦はしない! その悲しい運命を断ち、皆の魂を救ってみせる!」
桜吹雪に翻弄された悪霊騎士の胴体へ、神速の一撃が吸い込まれていく。
しかし、ここで一つ誤算があった。
ホーリーセイバーが付与された聖罰刃は、結局物理攻撃であることは変わらず悪霊騎士に痛撃を与えられなかったのだ。
「効かぬ!」
反撃の騎乗槍が炎を貫く。
「ホムラ!?」
「だ、大丈夫だ! やってくれ!」
慌てて炎に駆け寄り回復させようとしたミリアが当の炎に制止され、とっさに大身槍を悪霊騎士に突き刺した。
しかし悪霊騎士は倒れない。
怨嗟と憎悪の声を上げ、騎乗槍を振り回し、薙ぎ払う。
悪霊騎士の攻撃をそれぞれ二人は大身槍と聖罰刃で受け止めるものの、勢いに負け姿勢が崩れる。
しかし追撃は来なかった。
見れば、悪霊騎士はあらぬ方向を向いており、隙だらけの身体を晒している。
その間に体勢を建て直し、改めてミリアは炎の治療を行う。
もう、悪霊騎士は動かない。
それどころか、騎乗槍を取り落とした。
「──あ。ああああ」
嘆きは、意味のある言葉にならずに消えた。
「もしこの戦いが終わって……明日が続いていたら何がしたい?」
「歪虚め、戯言を……! ……を?」
キヅカは悪霊騎士が何かを見て忘我したことに気付いた。
視線の先には、悪霊騎士たちの陣形を突破し、その中枢に斬り込むことに成功したユーリの姿がある。
静かに二つの亡骸が、消えていく。
瞬間、全ての悪霊騎士たちがその亡骸たちを凝視し、棒立ちになった。
慟哭が上がり、悪霊騎士たちも消えていく。
思い出したのだ。
「……陛下。申し訳ありません……。我らの、力が及ばないばかりに……」
それが、最期の言葉だった。
●彼らに永遠の安息を
核を失った悪霊騎士たちが消えていく。
その消滅を見届けたユーリは、何かを堪えるかのように瞳を険しくすると、オリーヴェの背を叩きソードオブジェクトを破壊しに向かった。
エルバッハもガルムを走らせてソードオブジェクトの破壊に向かう。
「もう少しですよ、頑張ってください……!」
ガルムもエルバッハも傷だらけだ。
後衛であるエルバッハがそうなのだから、前線で戦っていた仲間たちはもっとだろう。
悪霊騎士たちが消えたことで、まよいも城に移動できるようになった。
「イケロス、お疲れさま」
己の騎獣を労わるまよいに、イケロスが嬉しそうに一鳴きした。
一息ついたのも束の間、次はソードオブジェクトの破壊が待っている。
そのまま炎とミリアが相手をしていた悪霊騎士は倒れ、残りのまだ余力があったはずの悪霊騎士たちも皆消滅してしまった。
どういうことかと話を聞くと、どうやらユーリが核を砕くことに成功したらしい。
その核は、悪霊騎士たちの陣形の中央にあった、女の物らしき二体の白骨死体だったらしい。
「……そうか。だから」
「おい、ホムラ!」
「な、何だよミリアさん」
背中をミリアに叩かれた炎が振り返ると、ミリアが不敵に笑っている。
「まだ片付けなきゃいけない仕事がある。そうだろ?」
そこで炎ははっとする。
ソードオブジェクトを破壊するという最重要事項が、まだ残っているのだ。
敵が残存していないか警戒しながら進んだリューは、城に入り謁見の間でソードオブジェクトを見つけた。
玉座に代わるかのように、ソードオブジェクトは突き立っていた。
清廉号から降り、ロニが近付いていく。
「……行こう」
レイアにもまだソードオブジェクト破壊のための力は残っている。
皆でこれを壊すのだ。
「騎士達を弔いたい。慰霊碑のようなものはできないか?」
聖導士のロニに相談を持ち掛けた。
ソードオブジェクトを前にキヅカは思う。
(どうせ観測してるんだろう。なら、見ていろよ。お前は悲劇のままでしか終わらせられないこの願い。僕は悲劇のまま終わらせたりなんかしない。託して、託されて、そうやって繋いで進んでいく。生きていく中で、受け継ぐその一つの形が"傷跡"なんだ。だから僕は逃げたりなんかしない。この、傷跡からも)
キヅカの背後では、隠れていた場所から出てきたペリグリー・チャムチャムがユグディラ式演奏術を披露し皆の傷を癒している。
演奏される歌声や楽器により午睡を誘うような優しい旋律の曲が、聴いた者をゆったりとした穏やかな気持ちにさせた。
謁見の前に聳え立つソードオブジェクトを、まよいは見上げる。
あの悪霊騎士たちは、結局守りたかったものを守れたのだろうか。
いや、守れなかったのだろう。
未来は変えられるが、過去は変わらないからこそ、この結果なのだ。
「かつてあった偉大な主従に敬意を」
リューの黙祷の後、タイミングを合わせ、皆で協力してソードオブジェクトを破壊する。
ひび割れたソードオブジェクトが崩れていく。
それとともに異界も崩壊を始め、徐々に周りの風景は元通りの情景を取り戻しつつある。
完全に消え去る直前、誰かの礼を告げる声が聞こえた気がして、まよいはイケロスの上できょろきょろと周りを見回した。
誰も声を聞こえたような素振りを見せていない。
どうやら空耳だったらしい。
空を見上げ、目を細める。
「……良い天気になったね」
抜けるような青空の日。
一つの依頼と一つの知られざる歴史が、厳かに幕を閉じた。
異界の空は曇っている。
キヅカ・リク(ka0038)の眼前には、悪霊騎士たちがスケルトンの群れと戦う光景が広がっていた。
(クリピクロウズが見せる悲劇のリプレイ、過去の世界で実際に起こった悲劇。……最初こそ、悲しみを集積するクリピクロウズに思う事もあった。けど、何度も接触してみて解ったことがある)
「……こいつは本当の意味で悲しいってどういうことなのか解ってない。痛みの本当の意味が解らない。ヴォイドだもんな」
オリーヴェに騎乗した状態で、ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は眼前の光景を見つめる。
何かを守るかのように陣形を組み、ただひたすら前へ前へと進もうとして、スケルトンたちの物量に押し留められている悪霊騎士たちの姿を。
「死して尚、守る為に戦い続ける騎士達……か。報われないね、本当に……。だから、終わりなき悪夢と惨劇を断ち斬るよ。この身は一振りの刃、悪夢と惨劇を終わらせる、今はそのために振るう」
異界によって再現された状況に過ぎないと分かっていても、目の前の光景には当時の状況を思わせる何かがあった。
まるで諦めきれぬとでもいうかのように、悪霊騎士たちが怒号を上げた。
「こんな姿に成り果ててまで、まだ戦おうとしているのか……。もう十分戦ったんだ……今日で終わりにしよう」
清廉号に搭乗しているロニ・カルディス(ka0551)はコックピット内にいるのだから、彼の呟きが聞こえたわけではないだろうが。
一緒に行動する南護 炎(ka6651)とミリア・ラスティソード(ka1287)は、仲間たちと打ち合わせをしながらその光景を見つめていた。
悪霊騎士たちとスケルトンの群れの戦いは刻一刻と激しさを増している。
狂乱する悪霊騎士たちはスケルトンを圧倒していたが、物量の差に完全に押し込まれていた。
しかしそれは彼らの敗北を意味しない。
彼らは亡霊だ。
スケルトンたちには、彼らに有効打を与える手段がないようだった。
「運命とか使命とかはどうでもいい。人様に迷惑かけんな馬鹿ども」
「まあまあミリアさん。悲しき運命に縛られた悪霊騎士・王妃・姫の魂を救う、それもいいじゃないか」
スケルトンを全滅させ、ソードオブジェクトを破壊することが目的のミリアと、悪霊騎士及びスケルトンを全滅させ、ソードオブジェクトを破壊することが目的の炎は、ほぼ行動指針が一致している。
並び立つミリアと炎は、戦意を高めながら、ただ戦闘開始のその時を待つ。
敵の殲滅とソードオブジェクトの破壊を目指す夢路 まよい(ka1328)も、この光景に思うところがあるようだ。
「少し待って双方損耗してから戦いに行ってもいいんだけど……それだと時間がかかって、異界の影響が広がるかもしれないね。悪霊騎士さん達の境遇は可愛そうかもだけど……こうなっちゃったからには、やっつけて楽にしてあげるのがせめてもの情けかな? 私達のことは敵にしか見えなくて、話は通じないみたいだから……」
どんなに悲惨な状況が待っていたとしても、リュー・グランフェスト(ka2419)が取るべき行動は変わらない。
強者として普段通り振る舞うだけだ。
「俺はリュー。リュー・グランフェストだ。よろしくな」
今回の仲間たちへ軽く自己紹介を済ませ、眼前の敵を見据える。
(死してなお残る忠誠心か……嫌いじゃない)
傍で紅狼刃が静かに主の命令を待っている。
その時が来れば、リューとともに一騎当千の活躍を見せるだろう。
既にガルムに乗った状態のエルバッハ・リオン(ka2434)は、目の前の光景を見ても表情を動かすことはなかった。
悪霊騎士たちについては割り切っているようで、その立ち居振る舞いから同情を見出すことはできない。
「不幸な過去だったとは思いますが、歪虚である以上は殲滅するだけです」
戦闘ではスケルトンの群れを優先し、後衛を担当する。
反対側から攻めることで、悪霊騎士たちと挟撃する形に持ち込むつもりだ。
レイア・アローネ(ka4082)はあのスケルトンたちの正体を知っている。
当然だ。ラズビルナム地下遺跡で嫌というほど戦ってきたのだから。
「……まさかここに来てまた剣魔の分身共と戦う事になろうとはな……。が、それより今は悪霊騎士達が厄介だ。救えないのならせめて安らぎを与えてやろう。アウローラ、力を貸してくれ!」
頼れる主人の言葉に答えるかのように、ワイバーンであるアウローラが力強く羽ばたき飛び上がった。
さあ、戦いの始まりだ!
●異界を消滅させろ!
ロニが定めた基本方針としては、まずはスケルトンの排除を優先する。
悪霊騎士たちへの対応はその後だ。
予め無線機や通信機で連絡を取れるようにしておいた。
スケルトンを悪霊騎士と挟み撃ちに出来る場所に位置取り、交戦の時を待つ。
エルバッハの胸元に、薔薇の花を模した赤色の紋様が浮かんだ。
さらに、その紋様を起点にして、棘を模した同色の紋様が六本、両腕と両脚の先まで、それと両頬のあたりまで、体に巻きついているかのように伸びていく。
覚醒したエルバッハは、自分の中にあるマテリアルを静かに循環させ、増幅させていく。
清流のように穏やかだったマテリアルの流れが、濁流となり、激流となり、やがて出口を求めてエルバッハの中で荒れ狂う。
ふわふわとエルバッハの髪が高まる魔力で煽られ宙を舞う。
意識を集中させ、体内で暴れ回るマテリアルをコントロールしたエルバッハは、魔法の詠唱を始めた。
グリフォンのイケロスが、まよいを背に乗せ空中を飛翔する。
安定した飛行を行うグリフォンの滞空性能が、空中でのホバリングを可能にした。
スケルトンの攻撃を警戒し、空からまよいは戦場を見下ろす。
そのまま、攻撃準備に入った。
まよいの内側から熱を持って大きな力が沸き上がり、その力はマテリアルを生み躍動する。
溢れるマテリアルを練り上げ、圧縮し、まよいはより高威力広範囲を追求し、通常よりも多くのマテリアルを操った。
高い集中力と魔力の奔流を制御する負担から、まよいの顎を汗が伝う。
発動まで無防備な身体をイケロスに預け、まよいは詠唱を始めた。
炎とミリアは同時に覚醒した。
瞳の色が変わるのは二人とも共通しているが、炎は右目が蒼、左目が紅のオッドアイに変わり、目つきが鋭くなっていく。
性格にもさらに変化が現れ、好戦的さが増し悪霊騎士たちや歪虚に対する戦意が湧き出てくる。
スケルトンの集団と、それと戦う悪霊騎士たちに対し、炎は恐れず突き進む。 回避など考えない。ただ攻撃にのみ一念を注ぐのだ。
ミリアの方は両目が紅く輝く。
当然それだけでなく、追加で右手の甲に剣を模した紋章のようなものが浮かび上がった。
澄んだエルバッハの詠唱が響くごとに、頭上に燃え盛る火球が一つ形成される。詠唱が続くにつれ、火球の数は一つ二つと数を増し、最終的には三つにまで増加した。
上空で輝く、エルバッハが生み出した三つの火球は、まるで太陽のように表面を赤熱に燃え盛らせている。
「……行ってください」
エルバッハが陰陽符を構えた手の人差し指をすっとスケルトンたちに向ける。
その瞬間、待機していた火球たちが一つずつ一斉に降下を開始した。
火球は全て過たずスケルトンの群れど真ん中に着弾し、広範囲を焼き払い爆散させる。
爆発の勢いで吹っ飛んだいくつかのスケルトンが、吹っ飛んだ空中でバラバラに分解され、崩れていった。
残りのスケルトンたちもそのまま地面に叩きつけられる。
「……打ち止めですね」
まよいの魔法が完成した。
「天空に輝ける星々よ、七つの罪を焼き尽くす業火となれ!」
遥か上空に七つの頂点を持つ、星型の魔法陣を描き出された。
頂点の各々には小さな赤い点が灯る。
点の正体は火球だ。
巨大でも、高度があるので驚くほど小さく見える。
赤い点が大きさを少しずつ増していく。
まるで遠近法が狂ったかのように、魔法陣の小ささに対し不釣り合いな火球ができた。
しかし魔法陣は小さくなどない。
高度が高いので、小さくみえるだけで巨大だ。
その状態で大きく見える火球の真の大きさはいかほどのものか。
「……ヘプタグラム!」
まよいの声とともに、星型の魔法陣から火球が次々と切り離される。
降り注ぐ火球はスケルトンたちを飲み込み地面を舐め、一時的に炎の海を作り出した。
続いてエルバッハは次の魔法を詠唱する。
「潰れなさい」
完成した魔法が発動し、紫色の光を伴う重力波がスケルトンたちの一部を包み込むように発生した。
重力波はスケルトンたちそれぞれを中心に収束していき、強烈な重圧で圧し潰し、移動を制限する。
満を持して、ユーリを乗せたオリーヴェが幻獣としての力を解放した。
オーラを纏ったその姿は、大幻獣フェンリルをも思わせる威容だった。
「走りなさい、オリーヴェ!」
裂帛の声をユーリが発し、それを受けてオリーヴェが猛然と加速する。
躍動するオリーヴェは猛然と駆け、スケルトンたちへと飛び掛かった。
紅狼刃に騎乗するリューは仲間たちと歩調を揃えスケルトンの群れに突入する。
リューの目標はスケルトンではなく、あくまで悪霊騎士だ。
進路に立ち塞がるスケルトンたちに向け、紋章剣『天槍』を発動させた。
前方に突き出された星神器から大量のマテリアルの奔流が放たれ、オーラによる輝く剣身を作り出す。
槍を超える射程で放たれる突きの一閃が、スケルトンたちを貫き吹き飛ばした。
「雑魚に用はない!」
続けて星神器を振り回し、スケルトンたちを薙ぎ払いつつ着実に前進を続けた。
スケルトンの大群を相手にするため、レイアはあえてアウローラには騎乗せず、空中に放した。
空からブレス攻撃で援護してもらうのだ。
レイアとしては無理に悪霊騎士達の味方をするつもりはないものの、かといって無視するわけにもいかないので、まずはリューを追いかけスケルトンたちの殲滅に向かった。
攻めを意識して構えを取り、生体マテリアルを魔導剣に流し込んで魔法剣にする。
さらに魔導剣を握る利き手とは逆の手で星神器を引き抜き、スケルトンたち目掛けてまっすぐ斬り込んだ。
仲間たちが攻撃を仕掛けたのを見て、ロニも動く。
悪霊騎士との挟撃を維持し、スケルトンが自由に動けない状態を意識した。
「何故だ! どうしてお前たちは、そこまでして戦おうとする!」
R7エクスシアである清廉号から、通信機を通じてロニの声が放たれる。
介入に気付いた悪霊騎士の集団は、憎悪をロニたちにまで向けてきた。
「おのれ、歪虚め……! また増えたか! 我らは王妃殿下と王女殿下を安全な場所に逃がさねばならぬのだ! そこを退けええええええええ!」
「こいつら、俺たちのことまで歪虚だと思ってるのか!?」
予想以上に悪霊騎士たちは錯乱状態にあるようだ。
あるいは、この状態こそが歪虚として彼らが正常な証なのか。
スケルトンたちが一部、清廉号に気付いて反転してくる。
反転したスケルトンたちは、まるで壁のようだった。
あるいは波か。
波打つ絨毯と例えてもいい。
隠れたペリグリー・チャムチャムを背後に庇い、キヅカは押し寄せてくるスケルトンたちクリピクロウズの分体を見据える。
「痛いっていうのは、悲しいっていうのは、証拠なんだよ。今この世界で生きている、この世界で生きていたいっていう。それが解らないから、忘れればいい。とかいう答えに至る」
キヅカにいわせれば、そんなのは一方的な勘違いだ。
何も分かっていない。
「だからもう怖くない、可哀想とも思わない。適当にそれっぽいものをコピペしてみせてるだけの奴に……僕は、止められない……!」
ロニが清廉号背部のマジックエンハンサーを展開した。
魔導エンジンが出力を上昇させていき、構えるマテリアルライフルにマテリアル粒子が流れ込む。
「皆、射線に立たないでくれよ……!」
味方を巻き込まない様に注意しつつ、直線上に並んだスケルトンに向けてトリガーを引いた。
紫色の光線が閃光となりスケルトンたちを貫いた後、一拍遅れてまとめて爆散する。
「こいつも喰らえ!」
さらにクイックライフルを引き抜き、マテリアルビームを別のスケルトンたちへ放つ。
一直線に飛んだ光線がスケルトンたちに直撃した。
ユーリの蒼姫刀が翻る。
直後、ユーリの全身からマテリアルの奔流が迸った。
噴き上がったマテリアルは天空へと伸び、雷を呼ぶ。
マテリアルによって生み出された白銀の雷が、掲げる蒼姫刀に降り注ぐ。
伝わってくる強烈な力の奔流を、歯を噛み締めて堪え己の物にしたユーリは、帯電する蒼姫刀を手に雷速となって剣舞を繰り出す。
スケルトンを斬り払うごとに蒼い雷が凄烈にその威を示し、断罪の刃でその存在を無へと返した。
軽快に紅狼刃がステップを踏み、リューが攻撃するのに最適なポジションを取る。
紅狼刃の位置取りは完璧で、何も考えずリューは合わせるだけで良かった。
スケルトンたちに囲まれそうになれば、素早い跳躍でその場を離れ、仲間の方へと後退する。
イェジドであるから、紅狼刃は嗅覚にも優れており、その鼻で敵の奇襲を警戒しようとしているようだ。
ヒットアンドアウェイで離脱を試みた方がレイア自身の被害は少なく済むが、それで後衛が狙われれば本末転倒なので、レイアは魔術師たち後衛が攻撃しやすいように、あえてその場に留まり壁役を務めた。
時折空中からアウローラが吐き出す火炎弾が降り注ぎ、着弾地点を中心に爆発を起こす。
巻き込まれたスケルトンが炎に呑まれ、それでも行動しようともがくので、まるで奇怪な踊りを踊っているかのようだった。
「しかし……数が多過ぎるな!」
何度目かの良い一撃をもらい、レイアは苦痛に表情を歪める。
並のスケルトンとは比較にならないクリピクロウズの分体とはいえ、それでもレイアにしてみれば決して対応できない敵ではない。
これほど数が多くなければ、という但し書きはつくが。
仲間たちに続き、キヅカも行動を開始する。
目標は悪霊騎士、目的地も悪霊騎士、そのためにスケルトンの群れを突破せんと真っ直ぐ進む。
突き出されるスケルトン槍を回避し、矢を叩き落とし、時には聖盾剣で受け止め、不退転の意志とともにスケルトンを排除しながら直進を続ける。
「いくぞ!」
「おう!」
地を蹴って駆け出す炎を追い抜いたミリアは、まずスケルトンの方を優先し掃討することにした。
一体ずつ、確実に潰すのだ。
悪霊騎士は、今のところ放っておいても勝手にスケルトンを相手取り、確実にその数を減らすのに貢献している。
まだ手を出す必要はない。
少なくともミリアたちは。
炎とミリアの二人で、スケルトン相手取り入れ替わり立ち代わり戦う。
常にお互いが連携できる距離を保ち、息の合ったコンビネーション攻撃を見せた。
いかんせん、スケルトンの数が多過ぎる。
前衛の対応能力を超え、スケルトンたちが少しずつ後衛に届くようになっていく。
自然と場の状況は敵味方が激しく斬り結ぶ乱戦へと移り変わっていった。
それに加えて、悪霊騎士たちも変わらず戦っているのも忘れてはいけない。
彼らはまだスケルトンを狙っているようで、積極的にこちらを狙ってくるようなことはないが、それでもいくつか攻撃がレイアを掠めていた。
乱戦になる理由は、悪霊騎士たちにもあった。
彼らの騎馬突進によるチャージで、レイアたちまで大きく隊列を乱されてしまうのだ。
反対側から仕掛けられたチャージでスケルトンは弾き飛ばされ、自然とレイアたち前衛を抜けようと動き出す。
悪循環だった。
それでもキヅカは進む。
これほどまでに愚直に前進するのは自分が囮になるというキヅカの意志もあるが、この戦場で在り方を示すためでもある。
クリピクロウズの分体であるスケルトンがこの情報を持ち帰るかは解らない。
だが、キヅカは叩きつけたかった。
「お前が見せる薄っぺらい悲劇の焼回しで、僕はぶれたりなんかしない。ぶれちゃいけないんだ。この人達が願って手を伸ばして、届かなかった明日に僕は今いるのだから」
真正面からスケルトンを叩き潰すキヅカは、静かに前だけを見据えている。
その先には、猛り狂う悪霊騎士の姿があった。
いくら奮戦しようと数で勝るスケルトンたちの浸透攻勢をいつまでも防ぐことはできず、事態は乱戦に発展した。
「この程度、予測していないとでも思ったか!」
清廉号を囲んできたスケルトンたちに、リアルブルーのスキルトレース技術を覚醒者用に再現したロニは、清廉号で光の波動を解き放った。
衝撃で薙ぎ払われたスケルトンたちが派手に吹き飛び、地面に叩きつけられる。
「ガルム、避けなさい」
エルバッハの命令でガルムが背後から迫るスケルトンの攻撃を回避し、大きく間合いを取った。
その距離を生かし、エルバッハは符をばらまき符術を発動する。
投げ上げた無数の符が、空中で稲妻と化しスケルトンたちを貫いた。
「合わせてよね、ホムラ!」
「任せてくれ、ミリアさん」
余計なスキルは使わない。使うまでもない。
パートナー同士の息の合った連携ならば、普通に聖罰刃や大身槍を振るうだけで事足りる。
時折避け損ねた攻撃がヒットしても、大抵は防具に当たるので意に介さない。
偶然良いところに当たって怪我をしても、歯を食いしばり、二人とも怯むどころか怒りに燃えて三倍返しとばかりに攻め立てた。
一通りスケルトンの群れが片付くと、まよいはイケロスに取らせていた高度を少しずつ下げていく。
高度を取っていると、仲間との連携が難しくなるからだ。
スケルトンたちの姿が消えたことで、後は悪霊騎士を残すのみとなる。
悪霊騎士たちも、ミリアや炎たちハンターを敵と見定めているようだ。
だが、きちんとハンターとして認識しているかどうかはすこぶる怪しい。
歪虚として見ている線が濃厚だ。
もっとも、戦う以上それで二人の取るべき行動が変わるわけでもないけれども。
ミリアが大身槍に通常魔法剣の持続時間を根性で引き延ばした、特製魔法剣を付与した。
大身槍が淡く光り、オーラをまとう。
続いてミリアは炎の聖罰刃に光の精霊力を付与し、強化を施す。
白い光が聖罰刃を取り巻き輝きを放った。
「これでよし」
「ありがとう」
一瞬目と目を合わせたミリアと炎は、それぞれ輝きを帯びた大身槍と聖罰刃を構え、悪霊騎士たちと対峙する。
悪霊騎士たちから猛烈な憎悪と敵意が噴出する。
「後は貴様らのみ……! 歪虚め、王妃殿下と王女殿下を手にかけさせはせぬぞ……! 我らは生きてここから脱出するのだ……!」
襲い掛かってきた悪霊騎士に対し、ロニは清廉号を駆りMハルバードに持ち替えて応戦する。
仲間がいるのだ。足止めでいい。
(可能な限り飛行しない方がいいな。俺が攻撃目標から外れて地上の味方を狙われたら面倒だ)
飛行しない味方に配慮し、機体を地に足つけて戦う。
多量の生体マテリアルがロニの身体から吹き出し、機体全体に伝わっていく。
やがて機体を巡るロニの生体マテリアルは機体と自身の感覚を一体化させ、更に高度な操縦を可能とした。
幻影のオーラを纏った清廉号が、悪霊騎士に猛攻を仕掛ける。
「ちっ、受け切るのか、これを!」
次々と撃ち込まれるMハルバードを、悪霊騎士は構えた騎乗槍でいなしてみせた。
かなりの武功者だ。
反撃とばかりに、悪霊騎士が騎乗槍を薙ぎ払う。
慌てて清廉号を操作し回避行動を取らせた先に、別の悪霊騎士が騎乗槍を小脇に抱えて構え、突っ込んできた。
「がっ!?」
猛烈なチャージが決まり、清廉号が吹っ飛ぶ。
慌てて機体を制御し立ち直るものの、清廉号のコックピット内では今の一撃で機体損傷を知らせるアラートが鳴り響いていた。
これ以上の対話は不可能だと判断したエルバッハは、先制で待機させていた魔法を発動させた。
時間だけはたっぷりあったので、増幅させていた魔力を惜しげもなく用い、火球を降り注がせ、続けて詠唱をし重力場を展開する。
「があああああああ! 歪虚めえええええええ!」
火に巻かれ、重力波に圧し潰されながらも、悪霊騎士たちが吠えエルバッハ目掛け突撃する。
「……ガルム、全力で飛んでください!」
危険を感じて顔色を変えたエルバッハがガルムに命じ、その場から飛び退かせる。
しかし、悪霊騎士たちが次々に仕掛けてくるチャージを、エルバッハとガルムは読み切れなかった。
辛うじてエルバッハがシールドを間に差し込むものの、騎乗槍の勢いが強過ぎて弾かれる。
騎乗槍が突き刺さり、ガルムは甲高い悲鳴を上げる。
そのまま宙へ持ち上げられ、背中のエルバッハごと地面へと叩きつけられた。
「ぐっ……!」
ガルムの咆哮が響くものの、痛みに呻くエルバッハはそれを認識できない。
その頭上に影ができる。
見上げれば、大きく前足を振り上げた、悪霊騎士を乗せた騎馬の姿があった。
直撃する寸前、主の危機に体勢を立て直したガルムがエルバッハを咥え上げ、その場から離脱する。
踏み付けは直前までエルバッハが倒れていた場所を叩き、地面を砕いて陥没させた。
「……助かりました。ありがとうございます」
ガルムに軽く放られて再びその背に舞い降り騎乗したエルバッハは、穏やかな表情でその背を撫でたのだった。
突き進むユーリは、悪霊騎士たちと対峙する。
心に抱いた願いと祈りをマテリアルとともに蒼姫刀に込めた。
「その力……確実に仕留めるつもりか、歪虚め、どこまでも我らの邪魔をする!」
ユーリを見た悪霊騎士が怨嗟の声を上げ、騎乗槍を向ける。
背後では仲間たちがあらかたスケルトンを始末しており、ユーリはオリーヴェを駆り悪霊騎士たちへ斬りかかった。
「助かった! 感謝する!」
入れ替わりで戦うユーリに悪霊騎士の対応を任せ、ロニはマテリアルエンジンから各種マテリアル兵器へとエネルギーを充填し、リロードを行った。
同時にダメージコントロールを行いアラートを解除し機体を正常化させていく。
リューは聖剣を掲げて騎士の礼を取りながら名乗りを上げる。
「騎士、リュー・グランフェスト。いざ参る」
「おのれ、歪虚が騎士を名乗るかあああああああ!」
「だから歪虚じゃないんだが。……聞いちゃいないか」
猛り狂う悪霊騎士に嘆息しつつ、星神器にマテリアルを宿し、覚悟を決めて己の魂に同化させる。
星神器の刀身に篝火を模したマテリアルの紋章が描かれ、陽炎の如くオーラが立ち昇った。
まよいの目の前で、仲間たちが悪霊騎士たちとぶつかり合う。
精神を集中したまよいは、己の奥深くに入り込み、流れるマテリアルを感じ取った。
「わわっ!?」
悪霊騎士の一体がまよい目掛け地を蹴り、空を翔けた。
騎馬でも悪霊騎士は空を飛ぶ。
当たり前だ。
彼らは亡霊で、飛ぼうと思えば飛べるのである。
当然己の内に埋没していたまよいに回避手段はなく、危険を察知したイケロスが代わりに回避行動を行う。
回避に成功したものの、急激な動きでまよいは落っこちそうになる。
辛うじて構築中だった魔法のコントロールは失わなかったが、心臓に悪い。
だが、過程はどうあれこれで準備は終わった。
まよいの両手の中では、押さえきれない魔力が渦を巻いている。
その魔力の渦を、発動体である握った錬金杖に流し込み、まよいは魔法を行使する。
豊富な魔力が大量の水と地の力へと変換され、連続で射出された。
引き合うように飛ぶ二色の光弾が、悪霊騎士に迫り眼前で形を弾けさせる。
無数の氷柱と岩柱が悪霊騎士の一体を串刺しにした。
悪霊騎士はしぶとく、まよいは何度も同じ魔法を行使する。
それが尽きると、魔法の矢を乱射した。
五本ずつ生み出される矢を次々と悪霊騎士たちへ降り注がせる。
気を利かせたイケロスが、まよいを乗せて狙いやすい位置へ移動した。
次々と突き立つ魔法の矢は、役目を終えて掻き消える先から新たに突き刺さった。
高いまよいの魔力によって、悪霊騎士たちには着実にダメージが蓄積している。
悪霊騎士たちも正面から相手をするつもりで、キヅカは相対する。
聖槍を構え、マテリアルの光を発することで周囲の味方を鼓舞する。
人類の持つ多様的で散漫としている力を一つに束ね、正義という概念で魔法化する。
悪霊騎士が駆けてくる。
騎乗槍に走る勢いを乗せ、突撃体勢を取ったチャージは、生半可な術では妨害することが難しい。
多少の障害は文字通り跳ね飛ばし、ぶち破り、ものともしないのだ。
人間だった頃はともかく、悪霊騎士となった今はそれだけの性能を得てしまっている。
キヅカは悪霊騎士の突撃に対し、馬の前脚を片方潰すことで、足を止めることを試みた。
騎馬突撃の要は機動力だ。それさえ奪ってしまえば、脅威は大きく弱体化する。
「何だと!?」
だが、その脅威は未だ健在。
振るった攻撃が、思いの外硬い手応えに弾かれる。
もはや回避不可能と悟ったキヅカは、とっさにマテリアルで形成した光の障壁を展開し雷撃を纏わせた。
悪霊騎士を受け止めた障壁は、一瞬しっかりとその動きを止めたものの、破壊される。
しかし同時に悪霊騎士をその雷撃で弾き飛ばしていた。
一度倒れた馬が即座に身を起こす。
その背に再び悪霊騎士が軽々と跨った。
どちらも悪霊なのだ。
通常の騎士より、体勢を整えるのは遥かに容易に済む。
ガルムに騎乗するユーリと、霊馬に騎乗する悪霊騎士が、蒼姫刀と騎乗槍で激しく斬り結ぶ。
武器のリーチは悪霊騎士が圧倒的に有利だ。
取り回しにくいはずの騎乗槍も、歪虚と化した今の彼らならば、通常の槍のごとく、自在に振り回すことができる。
しかしユーリは一歩も引かない。
青白い雷光を弾けさせながら、振り下ろされる騎乗槍に全力で蒼姫刀を打ち合わせる。
「理解しなさい! お前たちには、何も残っていないのよ! もう守るべき者も、守るべき場所も!」
「減らず口を叩くな……! 王妃殿下も、王女殿下も、我らの背後におられる……!」
悪霊騎士たちがいう割には、その背後に人の気配も、歪虚の気配も感じられない。
不気味なほどに、沈黙を保っている。
「なら、お前たちは今、何を守っているというの!」
悪霊騎士たちは答えない。
騎乗槍を構えた騎馬突進によるチャージを、リューは超々重鞘で受け止める。
猛烈な勢いでリューの身体が後退していくが、リューは受け止め切ることに成功した。
「お返しだ!」
紋章剣『双樹』が発動する。
星神器と超々重鞘を片手にそれぞれ持ち、別個の生き物のように動かし怒涛の連撃が放たれる。
マテリアルの輝きを乗せた二振りが、無数の星のごとき輝きを散りばめ、マテリアルの華を咲かせた。
その華を飲み込み、さらに紋章剣『星竜』に繋げた。
以前の攻撃で散りばめられた星を食らいながら、光纏う竜が悪霊騎士に襲いかかり、馬身ごとその半身に喰らい付いた。
悪霊騎士の絶叫が上がる。
苦痛に満ちた絶叫はすぐに、怨嗟が込められた怒号に変わった。
駆け抜けるチャージ攻撃が四方八方から放たれ、紅狼刃ごと飛び退いたリューは、埒が明かぬとばかりのその背から飛び降り、手数を増やして波状攻撃を仕掛ける。
しかし悪霊騎士たちも高い技量を見せつけ、虚実織り交ぜるリューと紅狼刃の攻撃に対応してみせた。
リューは切り札を展開する。
「応えろ、エクスカリバー! 分け与えの権能を今ここに!!」
大精霊の力を借り、世界の物理法則が書き換えられていく。
周りにいた味方や幻獣だけでなく、CAMの損傷までが修復されていき、リューと同じだけの力を分け与えた。
「かつてあった大いなる騎士たちに敬意を。全力で相対するために!」
超々重鞘が光を放ち、その真の力を解放する。
強化され、規模を増した紋章剣『天槍』が、戦場を貫き真っ直ぐと伸びる。
大量のマテリアルが形作られた剣先が消えた頃には、攻撃の余韻が城への道となって真っ直ぐ伸びていた。
「行くぞ、リュー!」
リューが作り出した勝機を、レイアは見逃さなかった。
己の身体から湧き上がる力を感じながら、一気に間合いを詰めるべく走り出す。
ソードオブジェクトの破壊ももちろん行わなければならないことであるのは承知の上で、その前にまず悪霊騎士たちを眠りにつかせようというのが、レイアの心情だ。
悪霊騎士たちは八体。できれば二体倒すつもりレイアは攻撃を仕掛けた。
懐に飛び込み、味方を巻き込まないよう攻撃方向に注意しつつ、魔導剣と星神器で波状連撃を仕掛け、加速させていく。
瞬くほどの速度で放たれたオーラによる斬撃が、悪霊騎士を捉えた。
「お前達の戦いは終わったんだ! もう戦う必要はない! 眠れ……!」
魔法剣に込められたマテリアルが解放され、オーラの刃が形成される。
魔力によりさらなる加速を受けた一撃が、魔法剣の解除と引き換えに鋭く悪霊騎士の肺腑を抉った。
「終わってなどいない……! まだ、終わってなどいないのだ! 王妃殿下と、王女殿下を安全な場所にお届けするまでは……! そのためには貴様ら歪虚が邪魔なのだ、そこを退けえええええええええ!」
悪霊騎士の一人が、血を吐くような絶叫を放ち突っ込んでくる。
名前も知らない騎士たちとはいえ、死してなお忠義を通そうとするその姿に何も感じないと言えば嘘になるだろう。
「……せめて、苦しまずに消えるがいい」
罪を犯した悪霊ではあるが、これ以上苦しめたくはないという想いを込め、レイアは魔導剣を突き刺した。
紅狼刃が共鳴して咆哮し、リューの力を漲らせ悪霊騎士へと飛び掛かる。
リューもその後に続き、悪霊騎士たちへ決戦を挑む。
彼らを倒すことさえできれば、後はソードオブジェクトを探して破壊するだけだ。
しかし悪霊騎士たちはしぶとく、狂乱して戦い続ける。
ここまで来たら後はもう意地の張り合いだ。
心が折れた方が先に負ける。
星神器を振り切ったリューの前で、悪霊騎士が態勢を崩した。
剣戟が耳を打つ。
ユーリも悪霊騎士もお互い満身創痍だ。
分かっている。一歩引けば、それで決着は着く。だが。
引いて得た勝利が、果たして勝利と呼べるのか。
前へ。ただ、ひたすら前へ。
悪霊騎士たちは、愚直に前進を続けようとする。
同じように、ユーリもまた。
ユーリを騎乗させたオリーヴェの突撃が、ついに悪霊騎士たちの陣形を突破した。
飛び込んだユーリが目にしたのは、朽ちたドレスをまとった、二人分の人骨が静かに眠るように蹲る姿だった。
刃に思いをぶつけ、彼らが守っているものを突き付ける。
「見なさい……! これが、現実なのよ……! 守れなかったの、お前たちは! こんなことを続けても……!」
「うるさい、うるさい、うるさい! 我らの無念を、嘆きを、よりにもよって歪虚が知った風に語るなぁああああああああ!」
悪霊騎士たちは狂乱し、そしてオリーヴェが彼らの雄たけびをかき消し、号砲を告げるかのように咆哮した。
「もう終わりにしよう……。お前たちが守る人たちも、きっとそれを望んでる。よくやってくれたと、最期まで守ってくれたと……そう言ってくれると思うから。だから……っ!!」
桜吹雪の幻影が巻き起こり、悪霊騎士たちを巻き込む。
蒼姫刀の刃は更に鋭さを増し、超々重鞘の補助を受け、雷轟を思わせる、爆ぜるような踏み込みでユーリは騎獣一体となった。
高速の刺突が放たれる。
蒼姫の雷刃が、より鋭く迅く、限界を超えてその先へと吠え猛る咆哮となって、悪霊騎士たちが構えた騎乗槍の間を掻い潜り……二つの亡骸に届いた。
もう出し惜しみは必要ない。
魔法剣化した大身槍を薙ぎ払い、悪霊騎士の騎乗槍による薙ぎ払いに対抗する。
何も槍は敵の専売特許というわけでもないのだ。
ミリアにだって、腕に覚えはある。
「ぐっ!?」
「ホムラ!」
悪霊騎士のチャージを回避し切れず受け止めようとして、そのままはね飛ばされたホムラに、気合を込めて精霊に祈りを捧げ、傷を癒す法術をかける。
マテリアルの力を引き出す治癒術であることに違いはないが、気合の分だけ効果が上がるのは、ある意味とてもミリアらしいといえよう。
続くのはホムラの攻撃だ。
防御を捨て大上段に構えることで、意識を攻撃のみに集中し、炎の持てる力を最大限に引き出す。
機先を制された悪霊騎士が、まるで己自身に怒りを示すかのようにチャージを仕掛けてきた。
一歩。
本当に一歩。
回避するのではなく、受け止めるのでもなく、炎はあえて一歩前に踏み込む。
既に抜刀の構えはできている。
聖罰刃の鯉口も切られ、研ぎ澄まされた炎の精神が刹那の間を捉える。
白刃が鞘走りする。
加速する肉体と加速する斬撃が悪霊騎士に炎の姿を見失わせた。
蒼と紅の瞳が悪霊騎士を見据えている。
炎に包まれた花びらによる桜吹雪の幻影が突如発生する。
「容赦はしない! その悲しい運命を断ち、皆の魂を救ってみせる!」
桜吹雪に翻弄された悪霊騎士の胴体へ、神速の一撃が吸い込まれていく。
しかし、ここで一つ誤算があった。
ホーリーセイバーが付与された聖罰刃は、結局物理攻撃であることは変わらず悪霊騎士に痛撃を与えられなかったのだ。
「効かぬ!」
反撃の騎乗槍が炎を貫く。
「ホムラ!?」
「だ、大丈夫だ! やってくれ!」
慌てて炎に駆け寄り回復させようとしたミリアが当の炎に制止され、とっさに大身槍を悪霊騎士に突き刺した。
しかし悪霊騎士は倒れない。
怨嗟と憎悪の声を上げ、騎乗槍を振り回し、薙ぎ払う。
悪霊騎士の攻撃をそれぞれ二人は大身槍と聖罰刃で受け止めるものの、勢いに負け姿勢が崩れる。
しかし追撃は来なかった。
見れば、悪霊騎士はあらぬ方向を向いており、隙だらけの身体を晒している。
その間に体勢を建て直し、改めてミリアは炎の治療を行う。
もう、悪霊騎士は動かない。
それどころか、騎乗槍を取り落とした。
「──あ。ああああ」
嘆きは、意味のある言葉にならずに消えた。
「もしこの戦いが終わって……明日が続いていたら何がしたい?」
「歪虚め、戯言を……! ……を?」
キヅカは悪霊騎士が何かを見て忘我したことに気付いた。
視線の先には、悪霊騎士たちの陣形を突破し、その中枢に斬り込むことに成功したユーリの姿がある。
静かに二つの亡骸が、消えていく。
瞬間、全ての悪霊騎士たちがその亡骸たちを凝視し、棒立ちになった。
慟哭が上がり、悪霊騎士たちも消えていく。
思い出したのだ。
「……陛下。申し訳ありません……。我らの、力が及ばないばかりに……」
それが、最期の言葉だった。
●彼らに永遠の安息を
核を失った悪霊騎士たちが消えていく。
その消滅を見届けたユーリは、何かを堪えるかのように瞳を険しくすると、オリーヴェの背を叩きソードオブジェクトを破壊しに向かった。
エルバッハもガルムを走らせてソードオブジェクトの破壊に向かう。
「もう少しですよ、頑張ってください……!」
ガルムもエルバッハも傷だらけだ。
後衛であるエルバッハがそうなのだから、前線で戦っていた仲間たちはもっとだろう。
悪霊騎士たちが消えたことで、まよいも城に移動できるようになった。
「イケロス、お疲れさま」
己の騎獣を労わるまよいに、イケロスが嬉しそうに一鳴きした。
一息ついたのも束の間、次はソードオブジェクトの破壊が待っている。
そのまま炎とミリアが相手をしていた悪霊騎士は倒れ、残りのまだ余力があったはずの悪霊騎士たちも皆消滅してしまった。
どういうことかと話を聞くと、どうやらユーリが核を砕くことに成功したらしい。
その核は、悪霊騎士たちの陣形の中央にあった、女の物らしき二体の白骨死体だったらしい。
「……そうか。だから」
「おい、ホムラ!」
「な、何だよミリアさん」
背中をミリアに叩かれた炎が振り返ると、ミリアが不敵に笑っている。
「まだ片付けなきゃいけない仕事がある。そうだろ?」
そこで炎ははっとする。
ソードオブジェクトを破壊するという最重要事項が、まだ残っているのだ。
敵が残存していないか警戒しながら進んだリューは、城に入り謁見の間でソードオブジェクトを見つけた。
玉座に代わるかのように、ソードオブジェクトは突き立っていた。
清廉号から降り、ロニが近付いていく。
「……行こう」
レイアにもまだソードオブジェクト破壊のための力は残っている。
皆でこれを壊すのだ。
「騎士達を弔いたい。慰霊碑のようなものはできないか?」
聖導士のロニに相談を持ち掛けた。
ソードオブジェクトを前にキヅカは思う。
(どうせ観測してるんだろう。なら、見ていろよ。お前は悲劇のままでしか終わらせられないこの願い。僕は悲劇のまま終わらせたりなんかしない。託して、託されて、そうやって繋いで進んでいく。生きていく中で、受け継ぐその一つの形が"傷跡"なんだ。だから僕は逃げたりなんかしない。この、傷跡からも)
キヅカの背後では、隠れていた場所から出てきたペリグリー・チャムチャムがユグディラ式演奏術を披露し皆の傷を癒している。
演奏される歌声や楽器により午睡を誘うような優しい旋律の曲が、聴いた者をゆったりとした穏やかな気持ちにさせた。
謁見の前に聳え立つソードオブジェクトを、まよいは見上げる。
あの悪霊騎士たちは、結局守りたかったものを守れたのだろうか。
いや、守れなかったのだろう。
未来は変えられるが、過去は変わらないからこそ、この結果なのだ。
「かつてあった偉大な主従に敬意を」
リューの黙祷の後、タイミングを合わせ、皆で協力してソードオブジェクトを破壊する。
ひび割れたソードオブジェクトが崩れていく。
それとともに異界も崩壊を始め、徐々に周りの風景は元通りの情景を取り戻しつつある。
完全に消え去る直前、誰かの礼を告げる声が聞こえた気がして、まよいはイケロスの上できょろきょろと周りを見回した。
誰も声を聞こえたような素振りを見せていない。
どうやら空耳だったらしい。
空を見上げ、目を細める。
「……良い天気になったね」
抜けるような青空の日。
一つの依頼と一つの知られざる歴史が、厳かに幕を閉じた。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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![]() |
相談卓 ミリア・ラスティソード(ka1287) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2018/11/22 22:06:04 |
|
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/11/22 19:41:35 |