ゲスト
(ka0000)
みんなでおひるね
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 不明
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/11/19 12:00
- 完成日
- 2018/11/25 15:55
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「あまり眠れてないんです」
人の行き交うハンターオフィスで、ポツリと呟かれたそれは、本人が意識しないまま多くの人の耳を捉えていた。
「……そりゃそうだよね。枕どころか世界が変わってるんだもん」
声を返したのは、取り敢えず元々彼の相手をしていた者だった。
呟いたのは転移してきたばかりの人間。返したのはその相談に乗っていた、元からのハンター。
「……ていうか、実はいうとここ最近、私もあんま、良く眠れてるとは言いがたいかも」
共感を示して安心させようというのか、そうして一人がそう返事した時。
「……実は俺もだ」
近くにいた一人が、話に混ざりたそうにそう声をかけてきた。
「ここのところ激戦続きだったろう。そこにとうとう邪神のお目見えだ。……なんだかうまく緊張が緩められないみたいでな」
「……そうなんだよねえ」
「……そうなんですか」
そうやって、顔を見合わせて。そうして、なんだかお互いほっとしたように苦笑しあう。
「すぐに気持ちを切る変えるってのは難しいわよね。でも少しでも安眠するにはいくつか……」
そこから、思い付く、入眠のためのリラックス方がなどの話になる。暖かいものを飲むだとか、アロマを焚いてみたらどうかとか……。
そんな話をしていたら、同じ悩みを抱えていた人間は他にも居たらしくて、いつも間にか、僕もそうだよ、あたしこんなこと聞いたことある、と何となく、そんな輪が広がっていた。
「一度、ぐつすりゆっくり眠れたら、癖もつきますかねえ……」
そんな話の中、そう言ったのは最初に呟いた人だったか。
「お、じゃあ皆で良い眠りを目指す会、とかどうだ!」
誰かが、唐突にそんなことを言い出した。
「は?」
「だから、今出たやつ? 飲み物にアロマに音楽? 皆で試しながら皆でお昼寝!」
……。
ノリで言い出したのだろうそれに。皆、いやそれどうなの……と思いつつ、でもなんだか楽しそう、という気持ちも沸いてくる。
こうして同じ悩みを共有しあった、今この空気がもう、心地よかったのかもしれない。
「……試してみるのも、いっか」
そうして、誰かが賛同の声を上げた。
「上手く眠れなくても。リラックスの時間にはなるんじゃない?」
何人かが、ふむ、と顔を見合わせて。
「だとするとどこでやろう。どこか広い部屋……?」
首をかしげつつ誰かが言って。
「あ!」
一人が大きく声を上げた。
「駄目だよ、普通にその辺の部屋とかじゃ! 良く眠るっていったらアレじゃん! アレが肝心!」
突如上げられた声の、それに全員が注目するその中、告げられる「アレ」、それは……
「お風呂!」
かくして。「入浴施設でお昼寝会」なるものが突発開催される運びとなったのだった。
人の行き交うハンターオフィスで、ポツリと呟かれたそれは、本人が意識しないまま多くの人の耳を捉えていた。
「……そりゃそうだよね。枕どころか世界が変わってるんだもん」
声を返したのは、取り敢えず元々彼の相手をしていた者だった。
呟いたのは転移してきたばかりの人間。返したのはその相談に乗っていた、元からのハンター。
「……ていうか、実はいうとここ最近、私もあんま、良く眠れてるとは言いがたいかも」
共感を示して安心させようというのか、そうして一人がそう返事した時。
「……実は俺もだ」
近くにいた一人が、話に混ざりたそうにそう声をかけてきた。
「ここのところ激戦続きだったろう。そこにとうとう邪神のお目見えだ。……なんだかうまく緊張が緩められないみたいでな」
「……そうなんだよねえ」
「……そうなんですか」
そうやって、顔を見合わせて。そうして、なんだかお互いほっとしたように苦笑しあう。
「すぐに気持ちを切る変えるってのは難しいわよね。でも少しでも安眠するにはいくつか……」
そこから、思い付く、入眠のためのリラックス方がなどの話になる。暖かいものを飲むだとか、アロマを焚いてみたらどうかとか……。
そんな話をしていたら、同じ悩みを抱えていた人間は他にも居たらしくて、いつも間にか、僕もそうだよ、あたしこんなこと聞いたことある、と何となく、そんな輪が広がっていた。
「一度、ぐつすりゆっくり眠れたら、癖もつきますかねえ……」
そんな話の中、そう言ったのは最初に呟いた人だったか。
「お、じゃあ皆で良い眠りを目指す会、とかどうだ!」
誰かが、唐突にそんなことを言い出した。
「は?」
「だから、今出たやつ? 飲み物にアロマに音楽? 皆で試しながら皆でお昼寝!」
……。
ノリで言い出したのだろうそれに。皆、いやそれどうなの……と思いつつ、でもなんだか楽しそう、という気持ちも沸いてくる。
こうして同じ悩みを共有しあった、今この空気がもう、心地よかったのかもしれない。
「……試してみるのも、いっか」
そうして、誰かが賛同の声を上げた。
「上手く眠れなくても。リラックスの時間にはなるんじゃない?」
何人かが、ふむ、と顔を見合わせて。
「だとするとどこでやろう。どこか広い部屋……?」
首をかしげつつ誰かが言って。
「あ!」
一人が大きく声を上げた。
「駄目だよ、普通にその辺の部屋とかじゃ! 良く眠るっていったらアレじゃん! アレが肝心!」
突如上げられた声の、それに全員が注目するその中、告げられる「アレ」、それは……
「お風呂!」
かくして。「入浴施設でお昼寝会」なるものが突発開催される運びとなったのだった。
リプレイ本文
深呼吸、一つ。ゆっくりと、足先から温泉に浸していく。
「……つ、ぅ……」
皮膚の下でひきつるような痛みが走るのに小さく呻きを漏らしながらも、ソナ (ka1352)はそのまま全身を湯に浸していく。
先日受けた依頼では、思わぬところで大きなダメージを受けた。共用の温泉に入るということで出血はもう止まっているが、塞がったばかりの皮膚、その下に残るダメージが体温の変化と僅かな水圧に軋みを上げる。
(この負傷は、悲しいのと辛いのと……受け止めきれなかった私の未熟さ故ですね)
身体と心。両方に走る痛みを追い出すように、ソナは肩まで入ると深く息を吐いた。そうして思い切って、暫く経てば痛みも引いていき、変わるように湯の心地よさが染み入ってくる。彼女自身は、そこまで睡眠不足を感じていたわけではないが、温泉は癒すところと聞き、湯治に丁度いいとこの企画に参加したのだった。
と、そんな彼女のそばに誰か入ってくる。
「ん、身体の芯まで温まっていく感じがします……」
サクラ・エルフリード(ka2598)だった。やはり肩まで浸かると、心地良さそうに目を細める。ソナに比べればよりリラックスした様子だが、間延びしたその声にはやはりどこか疲れた感じもする。
はぁーっと思わず吐いてしまう溜め息と共にサクラが思うのは、最近忙しかったなあ、ということだった。
「このまま身体が冷える前に布団に入れば……」
ゆっくり眠れるだろうか。たまにはそういうのもいいだろうと思ってここに来た。
温泉を堪能するめいめいが、この後の昼寝に想いを巡らせる。そんな気配を感じ取ってか……。
「基本は『落差』です」
ユメリア(ka7010)が不意に、大きくはない、だが不思議と目を惹き付けるような声で告げた。
「興奮からリラックスに転じた後、眠気は起こります。ただ寝よう寝ようと意識すると余計に眠れないこともありますね?」
優しく、語りかけるような声でユメリアは己の考えを述べた。それは、街角で芸術を披露する際の前説のようでもあった。
一度、これから寝るんだ、という意識から離れてみましょう。その意識で、彼女は朗らかな歌声を紡ぎ出す。
けして強く声を張るという程でもなく。会話を続けたい人が居ればそのまま楽しめるよう。
そうして何名かの興が乗ってきたのを感じると、彼女が次に提案したのは波打つ風呂だった。
施設内には内風呂、露天含めて広めの浴槽が幾つかある。その内、露天の一つを波立たせようというものだ。……クリムゾンウェストに丁度良くそうした波を起こす装置は直ぐにはないので、手で起こすことになるが。施設に予め話は通してある。
そんな催しが始まると……。
「しーちゃん! あっちで何か楽しそうなことやってるニャス!」
ざばりと湯船から立ち上がり、ミア(ka7035)が一緒に来ていた白藤(ka3768)に声をかける。
その瞬間、白藤はと言えば、
「ナイスプロポーションやん……」
と、不意に目の前に広がったミアの肢体にそう呟くのだった。
やっぱ動く若い子はちゃうな? と、思わず自分の胸と腹を摘まむ白藤。
そんな白藤の心境などいざ知らず、ミアは「突撃ニャスー!」と、持ってきていたお風呂で使えるアヒルのおもちゃを手にユメリアたちが実施する波打つ風呂へと向かっていく。苦笑気味に笑って、少し遅れて追いかける白藤。
突撃させては波に乗って戻ってくるアヒルをきゃあきゃあと笑いながら楽しむミアに、白藤もすっかり和んでいる。
「こちらの湯舟はアロマオイルを使用してもいいと言われました。いかがですか?」
ユメリアがまた別のタイミングで誘うと、ソナが興味を示す。香りは、ユメリアが調香したものだと言い、他の人の意見も聞いて試してみたかったのだという。
……そんな様子を、露天の、別の風呂に浸かりながら遠巻きに眺めていたメアリ・ロイド(ka6633)も、本人が意識しないところで微かに口元に笑みを浮かべていた。
ふう、とメアリは息を吐く。これは心地よさの溜息だ。やはり、広い風呂に思い切り手足を伸ばして入るというのはそれだけで癒される。
──……そう、癒される。癒されて、くれればいい。
考えるのは、一人だと眠れるか不安だから、と誘った彼の事。実際、彼女は最近、彼についての悩みや戦い続きで眠りが浅く寝不足だったが。彼自身も寝不足なのに気付いていた。だから。
……彼は今、どうしているだろうか。
男湯で。その、メアリに誘われた門垣 源一郎(ka6320)は今、これも付き合い、という気持ちで檜風呂にその身を浸していた。
あまり期待はしていない。寝不足は事実だが、彼自身は、人が多いと落ち着かないタイプだった。きっと眠れないだろう、だが、同行を頼まれた彼女が眠りに落ちるのを見届けてやれば義理は果たせるだろう……そんなつもりではあったが。
実際、湯船に深く身を沈めてみると、思いのほか疲れが溶け出ていくような感覚を実感する。風呂。温泉。半ば無意識に選び取っていた檜風呂──
(……故郷、か)
罪の意識から、顧みてこなかったそれに。未練を残していたことを今回の件で今更のように自覚して。眠りを妨げているのは明らかにそのせいだった。
女湯の方からの朗らかな歌声、楽し気な歓声はこちら側にも届いていた。それらに、今の源一郎は何も感じる余裕が無く。だから。
声を上げたのはクィーロ・ヴェリル(ka4122)だった。
「向こうは何か楽しそうだね誠一?」
呼びかけられた神代 誠一(ka2086)も笑顔を浮かべる。
「うん、いい歌だな。ちょっと遠巻きなのが残念だけど」
「え。何。女湯行きたいってこと?」
「ちょ、そういう意味じゃねええ!!?」
揶揄う顔のクィーロにツッコム誠一。二人でやってきた彼らは、今はただ全力でこの企画を満喫しているようだ。
「温泉にお酒。やっぱり寝付く為には心身共にリラックスするのが大事だよね」
しみじみとしたクィーロの言葉に、誠一は頷く。この後二人で一杯やって、それから広間に向かう予定だ。
「……本当は、家族風呂のようなもので二人きりで入れたらよかったのですけどね?」
「……。そう、ですね。私も。でも、一緒に入れるところがあっただけでも、嬉しいです」
ハンス・ラインフェルト(ka6750)の言葉に、少し前なら照れて拒絶していただろう穂積 智里(ka6819)は今、真っ赤になりながらも、でも正直にそう告げた──そもそも、誘ったのも智里からだった。最近、ハンスと一緒に出掛けていないから、と。
二人が今いるのは所謂水着入浴ゾーンというやつだ。ちょっとした石造りの広場、というデザインで浅めに浸かれる温泉がある。主に家族連れのための憩いの場であり、本格的な入浴となるとやはり各男湯女湯に向かった方が良い程度のものだが。
後でちゃんとそれぞれの湯に入りなおすと言いながら、二人はそうして、暫く寄り添ってそこに入っていた。
そうする間に、広間の方では昼寝会への準備が進められている。
(不便だな)
フィロ(ka6966)はつい、思ってしまった。仕えるべき種である人間に対し。
(……主人の体調管理は私達の業務だったはずなのに)
そんな彼女の表情から、何かを感じ取ったのか。
「そりゃ、色々知られてますし理由もきちんとありますけどねぇ?」
星野 ハナ(ka5852)が、その傍で口を開いた。フィロの言う、不便。
寝る前のカフェインや酒は駄目とか。
熱いお風呂は2時間以上前とか。
何をすると身体が誘眠しにくい状況になるか、その様々な仕組み。だが。
「ストレスがなきゃ普通に生活してる分にはそんなの全部ぶっとばして眠れるんですよぅ」
本来はそんなことどうでもいいはずなのだと、ハナは告げる。
不便、になってしまうのはつまり、この程度で眠れなくなるほど体や心に別の負荷が掛かっているということで。
「この世界心療内科がほぼないのが1番悪いと思うんですよねぇ」
「……はぁ」
ハナの言葉に、フィロは曖昧に返事をする。言っても、今は仕方がない。せめて、出来ることで皆の快眠の手伝いをするだけだ。
ハナが、簡単な道具を用いて、温かいものは蜂蜜入りのホットミルクやお茶、冷たい飲み物はレモン水やコーヒー牛乳などを準備する。
やがてぽつぽつと広間へと向かってくる面々がやってくると、フィロは顔や手足の色、肌の渇きの様子などからそれとなく体温を推し測って、適切な飲み物を差し出す。また、それに準じて渡すブランケットやタオルケットの種類も変えていた。
「あ、これ、私のお勧めです」
そうしていると、ソナが二人に何かを差し出してきた。取り出したのはハーブ、メリッサのお茶だという。
「慢性疲労や鬱・ストレス・神経過敏などに効いて、眠りを誘うのです。ぬるめでどうぞ」
ソナの言葉にフィロは笑顔でそれを受け取り、準備する。
淹れてもらったお茶をソナ自身受け取って、ゆっくりと口に含みながら彼女は広間に集まりだした面々を眺めていた。
彼女自身の湯治も目的だったが、眠れず困っている人が居れば役に立ちたいとの思いもあった。
そうして待っていると、ユメリアがやってくる。ソナは、ユメリアと目が合うと微笑んで会釈する。
「ここでも音楽を?」
「ええ。今度は葉のささめき、風の音色に合わせた静かな音色をと思っています」
「落差ですよね」
ユメリアの言葉に、ソナは頷く。
眠りのスイッチは個々に違うものだ、とソナは思う。
先ほどのハーブもそうだが、香りやお茶、音楽などいろんな方法でリラックスしては……と軽く談笑して。
「香りでしたら、こういう者もご用意しています」
話に入って来たフィロが示すのは幾つかの布。それぞれ異なるアロマを数滴垂らしたもので、これは見本だという。
「気に入ったものがありましたら同じ香りを垂らしたハンカチをお渡ししますので、首元にまくと良いと思います」
フィロの勧めに、ソナは興味津々で試していく。
灯(ka7179)がやってきたのはそのタイミング。香りの話題になっていたのはちょうどいいと言えたかもしれない。
「部屋の片隅にでも置いておいて下されば嬉しいです」
そう言って彼女が差し出したのは大きな花束。
「自然の香りはヒーリング効果がありますから」
香りもそうだし、見た目にも美しいそれは、何人かの目を惹きつける。見栄えも気にしてそれは、部屋の一角に大事に飾られることになった。
広間の入り口ではそうして、飲み物を受け取って歓談する人の塊ができ始めていた。
「ふむ、やはりここは私も一つ、料理を振舞うべきなのでは?」
様子にそう言ったのは、智里と共にやってきたハンスである。ここでハンスの言う料理とはライプクーヘンやシャンピニオンのバター炒め、バックフィッシュなど。
「だから、ここには台所がありませんから」
智里が窘めるように告げる。準備の段階で止めていたが、ハンスは今からでも施設に頼めば調達できるのでは? と言いたげである。
智里の感覚からすれば、それでは完全に空気が別物になってしまうだろう、と思う。智里はそうして、保温容器に入れたグリューワインと人数分のレープクーヘンといった程度のものを提出するが、ハンスは、馴染んできた風習の感覚からして解せない……という顔だ。
「しかし郷に入りてはとも言いますし、聖輝節まで待ちましょうか」
それでも、智里がそうするならとやがて諦めるようにそう言うと、智里がほっとするように息を吐く。
広間はそうして徐々に、布団が敷かれて行き、いよいよ本格的に『お昼寝会』の雰囲気が出始めていた。
ハンスは当然のように智里を抱え込んで眠ろうとするが、智里に外では駄目です、と却下され、またも解せないという顔を浮かべることになった。それでも、智里は智里でぴったりくっついて寝ようとするので、悪い気はしない。いつの間にか、智里もこうする方が落ち着いて眠れるようになった。
ハンスは、智里さえ居れば落ち着いて眠れるので問題はない──勿論のろけですが何か? と、ハンスは誰にともなく独りごちる。
穏やかに、二人は眠りに就く。
「また雲雀を子供扱いするですか!」
そんな空気の中響いてきたのは、どこかプリプリとした声。雲雀(ka6084)のものである。
声は、彼女の幼馴染であるグラディート(ka6433)が差し出した寝間着に対しての物だった。狐のそれは、寝間着というより着ぐるみに近い。
「あったかくしないとだめだもんね」
雲雀の批難をどこ吹く風で、自分は普通の寝巻を着つつグラディートは布団の準備を整えている。
憤慨する声は眠りにおちようとする皆の妨害になる……かと思いきや、愛らしい少女がもこもこのパジャマを手に顔を赤らめているという様子は和む以外の何物でもなかった。なんだかんだで、パジャマへと向ける視線は満更でもない。子供扱いは癪でも、物自体は気に入ってしまっているらしい。それがまた色々な意味で腹立たしくもあるようだが。
「ま、まあ折角貰ったものですし無下には出来ませんからね」
結局彼女はそう言って、怒りのポーズは見せながらも着替えてきた。そうして。
「……ありがとう、ですよ」
小さく、グラディートに告げる。グラディートはクスリと笑った。
そうしてグラディートが用意していた寝床は、布団というよりどこか巣を思わせた。枕やクッションを敷いたふかふかふわふわの、小さな空間。
「人ってね、だだっ広いところだとちょっと寝辛い時があるんだ、だからそういう時は狭いところがいいんだよ」
「そ、そうなのですか……」
促されるままに雲雀はその中に入っていく。と、グラディートもすぐ入れ、と、ちょいちょいと裾を引っ張る。
グラディートはまず、大人しくそれに従った。
ぐ、と気合を入れる雲雀である。
(最近はなかなかディの寝顔は見れないですし、逆に雲雀の寝顔はサービスしすぎというくらいに見られてますから今回は雲雀が見るのです!)
密かな意気込み。
「早く寝るですよ、ディ」
促す雲雀。だが。
「そうだね。眼を温めるとね、体の緊張が取れるから寝やすいよ」
グラディートはそう言って、雲雀の目元に暖めた濡れタオルを置く。
「ほ、ほぅ……」
閉ざされた視界。じんわり解れていく目元に、雲雀の意識に一気にトロン、と微睡が押し寄せてくる。
「あと、マッサージも効果的だよ~」
そう言ってふにふにと雲雀の疲れてるだろう場所を揉んでいくグラディート。『巣』の中にはいつのまにか、彼女の好きな香りも準備されている。
意気込みの雲雀に対し、寝かしつけの準備はグラディートの方が二枚も三枚も入念だったようだ。
「むー……無念、なのです……」
呟きを最期に。雲雀の意識が完全に落ちていく。
「ゆっくり寝てね?」
グラディートは満足げにそう言うと、雲雀の横に入って彼も眠りに落ちた。
(目元暖めると気持ちいいんですよね……)
何となくほっこりと一連を眺めてしまったソナ。彼女も、お肌にいいからと温泉水でパックをしていて、その気持ちよさに早くも眠気を感じつつある。二人の会話も参考にしようと思いながら布団に丸まって、彼女も睡魔に身を委ねていった。
メアリもまた、十分に風呂を堪能してから広間へとやって来て……そして、布団も敷かずに、胡座をかいた姿勢で寝落ちしている源一郎と、驚きの対面をした。
見たことないほど静かな表情で眠る彼は……ここで安らぎを得た、のではなく、それほどに疲労を溜め込んでいたのだろう。眠れた、というよりほぼ気絶したような状態に思えた。
メアリはそんな彼に、そっと毛布を掛けてやり、隣に座って自身も目を閉じる。
意識がないことを良いことに、彼の手に己の手のひらを重ね、そしてその肩にそっと寄りかかった。
そうして彼の傍に居ると、寝不足が嘘のように眠気が訪れてきた。
ミアと白藤も、温泉から上がって、今は布団を敷いて片隅に居る。
枕元に置かれるのはまず、ミアが用意したアロマポット。香りはオレンジスイート、ストレスを和らげたり……女の子の天敵(笑)、冷え性への効果もある。
もう一つは……白藤が用意したランタン。蝶の模様が彫られたアンティークなそれが齎す柔らかな光を見つめる白藤の目は知らず優しいものになっている。
ミアが持ってたホットミルクを飲みながら、二人それを眺めて。
「ニャふふ、しーちゃんを想って贈ってくれたんだろうニャぁ」
精緻なランタンの飾り、その蝶の羽根を象る瑠璃色のガラスをうっとりと見つめながらミアが呟く。白藤は目を見開く。
「だから……しーちゃんは、その灯りを見つめると心が落ち着くんだと思うニャスよ」
「……」
白藤は、ミアの言葉に何か返そうと思って口を開いて……言葉にならずに、そのまま閉ざす。代わりに、胸の中で、ミアの言葉を復唱した。心が……落ち着く。自覚は、無かった。
(心地のえぇ眠り、か)
溜息をかみ殺して、想う。何時から、眠りが浅くなっていただろうか……。
そうして白藤が沈黙していると、ミアは今度は、二人の傍に布団を敷いていた灯に声をかける。
「灯ちゃんも、最近眠れないニャス?」
「え? ええ……少しね」
「傍にいて灯ちゃんが安心する人のことを思い浮かべてお布団入ると、その人が灯ちゃんの安眠を助けてくれるかもニャスよ♪」
ミアの言葉に、灯は透明感のある笑みで応える。
そうして灯も床に就いた。
湯殿で暖まった身体。ゆるりとした服装。力を抜いて、目を閉じる。
思い出を誘ったのは、ミアの言葉だったか、それとも視界を閉ざしてより感じるようになった生花の香りなのか。
――昔、花をくれた人が居た。
ピアニストとしての自分を信じることが出来ずにいた彼女に。
ガーベラ スターチス ラナンキュラス。
いろんな花をくれた。
(炎のようなあの人は元気にしているだろうか)
思い出そうとして、思い当たる。
最近あまり眠れていなかった理由。
初めて命の危険を感じた戦いの場に立って、それが、とても怖かったから……すこし、心が疲弊していたのかもしれない。
翠玉の色を持つあの人が救ってくれなかったら、今、どうなっていただろう。
(──救われてばかりね)
自覚して、自然と笑みが浮かぶ。顔と共に気持ちも少し緩んだのか、眠気が訪れてくる。
……いつか誰かを救えるようになりたいな。
祈りながら、彼女は眠りに就く。
……そうする頃には、ミアも安らかな寝息を立てていた。
見ているだけで幸せそうな寝顔だった──ミアは、寝るのが大好きだ。夢の中で大好きな人と会えるから。
「こないな時間、久しく取れてへんかったわ」
まだ起きている白藤は、寝転がりながらミアの頭をそっと一撫でする。
「ミア、えぇ夢を……うちも、なんやよう寝れそうな気ぃする」
そう言って、白藤も目を閉じる。
最近は、自分の気持ちや心が追い付かなくて悩んでいたけど。
今は、このミアとの時間だけを過ごせそうだ。
齎された暖かさに身体も心も委ねて、白藤も微睡に意識を沈めていく。
そんな一行を遠目で見ていた者が居る。焔 牙炎(ka7342)だ。
少し離れた場所に敷いた布団の中で、彼は今日何度目か分からない寝返りを打つ。
「初任務、あまり役に立てなかった……」
まだハンターになったばかりの彼が思いめぐらすのはそのことだ。
「こういうときは寝るに限る!」
落ち込んでいるのを良い睡眠で解消しよう、との意気込みで参加。愛用の枕を持参しての気負いで臨んだこの会だ。
……まあつまり、気合を入れれば入れる程意識というものは冴えるわけだが。
知ってる顔のミアが居る! と思ったものの、流石にあの雰囲気は邪魔したら悪いと思い、遠巻きに眺めるだけで。
貰ったお茶やアロマ、流されている環境音楽に耳を傾けたりと、こっそり色々試すものの、今のところあまり成果は芳しくなかった。
……そもそも、人が多い場所で寝たことが無かったのだ。落ち着かなくて、寝付けない。
──ふと気がつくと、ミアと、その友人はもう寝てしまっているようだった。周りの人たちも気付けばちらほらと。
少しずつ静けさを増していく空間。そのことに。
寂しさ、よりは安心を覚えてきて。
再び、ぽすりと布団に身体を沈める。
あともう少し、もう少しで……眠れるだろうか。
誠一とクィーロも、今日の主目的を忘れないうちにと酒宴はボチボチにと切り上げて広間へとやって来た。
「誠一、あそこなんていいんじゃないかい?」
隅の方へと行こうとする誠一を制するように、中頃の空いた空間をさしてクィーロは進んでいく。
「え、おま」
返事を待たずささっと布団を敷き始めるクィーロに呆れつつも結局は流され、誠一もその隣に布団を敷いた。
……さて。共にこの会へとやって来た二人ではあるが。二人の寝付きはどうなのかと言えば、誠一はこの会の参加者に相応しくというべきか、悪い。最悪と言ってもいい。普段は普段はパズルや書類作業に疲れ切って寝落ちるという感じだ。
そしてクィーロはと言えば。
「え。ちょ、だから、おまっ、早ええええよ……」
誠一が、周りを慮り小声ではあるがツッコむように、横になるなり既に微睡みに落ち始めているのが見てとれる寝付きの良さである。最高と言ってもいい。布団に入ったら秒で寝るという感じだ。
「誠一、寝れない時は羊を数えるといいよ。ぐぅ」
知っていたがやはり置いていかれるようでどこか寂しげな誠一に、クィーロは寝息混じりにアドバイスのようなものを伝える。
「いや、羊ってお前な……」
「羊もsheepって数えるといいよ。ぐぅ」
いや、アドバイス、というより。義理は果たしたとばかりにあしらって見捨てているのでは、という感じもする。
そうして呆気なく、完全に一人先に寝入ってしまったらしい相棒に、誠一は頭を抱えた。
……だが、笑顔で眠る相棒の顔を見ていると、知らず笑みも浮かんでくる。
(昔だったら考えられなかったし、ま、いっか)
相棒のことはそれで納得して、そうして誠一も身体を横たえる。
……眠気はやはり、簡単には訪れてくれなかった。
そうなれば心を無にすることも難しくて、様々な事が頭を過っていく。
自分のこと仲間や生徒のこと今までのことこれからのこと。
(駄目だ考えるな)
不毛を理解していても止まってくれない、考えても答えの出ない迷路のような思考は、袋小路にばかり辿り着く。
寝返りを打ち、一度諦めて目を見開く。
(……あ)
ふと視界に入ったのは友人の鞍馬 真(ka5819)だった。彼は布団に入る様子はない。部屋の隅に腰掛けて、皆を見守るようにしてここに居る。
偶然──目があった。
互いの表情を認めあって、そして。
瞬間、互いに、『大丈夫?』という顔を向け合っていた。そうして、同時に苦笑。
(ああ……仕方ないな。俺たちは本当に……仕方ないな)
他人のことであればこんなにも落ち着いて気遣えるのに。
それでも漸く訪れた緩やかな思考に、誠一はほんの少し、眠気を捕らえたのを感じる。
真とも少し話をしたいとも思ったけど。今はやっと捕まえたこの感覚を逃がさない方がいいと思った。
……やがて。
微かに抑えられた歌声が聞こえてくる。
この部屋には暫く、フィロやハナが用意した環境音が流れていた。それが終わって、それでも眠れぬ人たちにと紡がれる子守唄。
真の歌声。ここに居る皆が、幸せな眠りに就けますようにと願いの込められた。
眠気を誘いながらも己の魂の在り方を確立してくれるような──アイデアル・ソング。
ユメリアがそれに合わせ、やはり繊細なタッチで楽器を爪弾く。優しい歌声と、微かな弦の振動が奏でる音。揺らぎの中で、安らぐような、泣きそうな心地で身体を抱き締めて、誠一は眠りに誘われていく……。
──そうして、クィーロは寝たふりからゆっくりと身体を起こした。
丁度、ゆっくりと身体を暖め終えたサクラが部屋へと入ってきたタイミングだった。
「……これは安心感を出す為に持ってきただけですよ。安心感を抱き精神を安定させる為に持ってきたんです」
彼女は呟き、周りが寝静まり始めているのを確認して布団に潜り込んでいく。
その腕にはお気に入りの猫の縫いぐるみ。
「精神を安定させる為に持ってきたんです。普段からこれを抱いて寝ているわけではないデス……」
ここ大事ですからねとばかりに二度呟いて、そうして彼女は、縫いぐるみを抱き締める姿勢で入眠する。
……何とはなしに、それを眺め終えて。
クィーロは誠一を見た。
「大丈夫じゃないかな。ほら。誠一も同じ姿勢で寝てるし」
枕を腹に抱えカブトムシ幼虫の如く丸くなって眠る姿。長身には似合わぬその姿勢が、無意識に身を守る姿だと分かっていて、敢えてクィーロはサクラに向かって茶化すように言って。
(また悪い癖が出たかな……)
内心で苦笑してから、クィーロは誠一を軽く抱き寄せる。
「大丈夫だよ誠一」
囁くクィーロの隣で、誠一は翼の下に身を置くような安心した表情を浮かべていた。
静謐さを増していく空間。いつの間にか牙炎も眠りに就くと、睡眠を求めてやって来た者は一通り目的を達成しているように思えた。
「ご主人様。本日はどうぞよい睡眠を」
見届けて、フィロが静かな声で、優雅な一礼と共に言った。まるで祈りにも似た仕草だった。
それから、フィロも休眠に入った。……最も、オートマトンには厳密な意味での睡眠は必要ない。必要なのはマシン部分の自己メンテと自己修復プログラムを走らせる休息時間。定めた時間に活動を再開できるよう、タイマーを掛けて休息に入る。
ハナが、希望者に後で渡そうと、魔導カメラで幸せそうな寝顔の者を起こさないよう気を付けながら撮影している。
皆がよく眠れるようにと気を張り続けたユメリアは、いつしか彼女自身、うつらうつらと舟を漕いでいて。共に音を奏でていた真が、気付いて彼女にも毛布を掛けてやる。
ゆっくりと眠る皆に、気持ちよさそうだな、と真は思いながらも。
(いや……やっぱり、私はいいんだ)
それでも、今は眠りたくない、という気持ちの方が勝っていた。夢を見て、余計なことを考えるから。
(夢を見ないくらい深く眠れるなら眠っても良いんだけど。いっそ……──)
──誰か私を殴って気絶させてくれないかな、なんてね。
ここに来たときは、そんな気持ちも、口から出てきそうなほどで。
だけど今、穏やかに眠る皆、友人たちの存在をこうして感じていると、そんな荒れた気持ちがどこか萎んでいくのも感じていた。
──そうして時は過ぎて。
「あぁ……なんか、すっきりしたかも」
「おはようー。涎たれてるよー」「えっ嘘!?」
「よく眠れたみたいね?」
「なんか……不思議な夢見てた……」
そうして皆、口々に感想を零しながら声を掛け合って、順次目覚めていく。
思いがけず深く眠りに落ちた源一郎は、お陰で不安定だった感情がリセットされて、普段の落ち着いた感情が戻ってくるのを感じていた。
そして。
己の手に、メアリのそれが重ねられていることを把握する。
その手を。払おう、という気持ちは、沸かなかった──否、払おうと思わない、ではない、何も感じないのだ。迷惑も躊躇いも。その手の温度に価値を見出そうとすることも。
己が落ち着きを取り戻したという事は……周囲への興味を無くしている、という事なのだと、気付いた。
やがて肩に、僅かに身じろぎする気配。そこに居るメアリが目を覚ます。
源一郎が先に起きていることを確認して、掌が重ねられているままであることを──彼女もまた、喜びよりも違和感として正確に感じ取っていた。
彼の表情を見る。多少は隈が落ちて、和らいでいる。その顔を見て、寒気を覚えた。
……ああ、これは無の表情だ。無関心から穏やかになっただけだと。
が。
「おはようございます。眠れました?」
「ああ」
問いに、短い返事。返っては来るが、少ない口数。知ってるものよりさらに減ったと、分かる。
それでもメアリは微笑んで見せた。安らぎを得られたなら、喜ぼう、と。
(──……私はまた無から始めればいい)
「どうぞ。レープクーヘンはこの時期ドイツではどこの家庭でも作る菓子で、クリスマス飾りにもするんです」
帰り支度を整える皆に、智里がお土産用に用意していた焼き菓子を配って回る。
「あ、牙炎も来てたニャス? よく眠れたニャスか!?」
「あ……はい!」
そこでようやく気付いたらしく、牙炎に声をかけるミア。少し緊張して、でも明るく返事をして。
反射的に返した言葉。実際どうだったのだろうと、牙炎はふと省みる。
「……うん。なんか、癒やされたな」
結果は、小声で思わずそんな言葉が零れてくるようなもので。
皆概ね、すっきりした顔で、礼を言って施設を後にするのだった。
「……つ、ぅ……」
皮膚の下でひきつるような痛みが走るのに小さく呻きを漏らしながらも、ソナ (ka1352)はそのまま全身を湯に浸していく。
先日受けた依頼では、思わぬところで大きなダメージを受けた。共用の温泉に入るということで出血はもう止まっているが、塞がったばかりの皮膚、その下に残るダメージが体温の変化と僅かな水圧に軋みを上げる。
(この負傷は、悲しいのと辛いのと……受け止めきれなかった私の未熟さ故ですね)
身体と心。両方に走る痛みを追い出すように、ソナは肩まで入ると深く息を吐いた。そうして思い切って、暫く経てば痛みも引いていき、変わるように湯の心地よさが染み入ってくる。彼女自身は、そこまで睡眠不足を感じていたわけではないが、温泉は癒すところと聞き、湯治に丁度いいとこの企画に参加したのだった。
と、そんな彼女のそばに誰か入ってくる。
「ん、身体の芯まで温まっていく感じがします……」
サクラ・エルフリード(ka2598)だった。やはり肩まで浸かると、心地良さそうに目を細める。ソナに比べればよりリラックスした様子だが、間延びしたその声にはやはりどこか疲れた感じもする。
はぁーっと思わず吐いてしまう溜め息と共にサクラが思うのは、最近忙しかったなあ、ということだった。
「このまま身体が冷える前に布団に入れば……」
ゆっくり眠れるだろうか。たまにはそういうのもいいだろうと思ってここに来た。
温泉を堪能するめいめいが、この後の昼寝に想いを巡らせる。そんな気配を感じ取ってか……。
「基本は『落差』です」
ユメリア(ka7010)が不意に、大きくはない、だが不思議と目を惹き付けるような声で告げた。
「興奮からリラックスに転じた後、眠気は起こります。ただ寝よう寝ようと意識すると余計に眠れないこともありますね?」
優しく、語りかけるような声でユメリアは己の考えを述べた。それは、街角で芸術を披露する際の前説のようでもあった。
一度、これから寝るんだ、という意識から離れてみましょう。その意識で、彼女は朗らかな歌声を紡ぎ出す。
けして強く声を張るという程でもなく。会話を続けたい人が居ればそのまま楽しめるよう。
そうして何名かの興が乗ってきたのを感じると、彼女が次に提案したのは波打つ風呂だった。
施設内には内風呂、露天含めて広めの浴槽が幾つかある。その内、露天の一つを波立たせようというものだ。……クリムゾンウェストに丁度良くそうした波を起こす装置は直ぐにはないので、手で起こすことになるが。施設に予め話は通してある。
そんな催しが始まると……。
「しーちゃん! あっちで何か楽しそうなことやってるニャス!」
ざばりと湯船から立ち上がり、ミア(ka7035)が一緒に来ていた白藤(ka3768)に声をかける。
その瞬間、白藤はと言えば、
「ナイスプロポーションやん……」
と、不意に目の前に広がったミアの肢体にそう呟くのだった。
やっぱ動く若い子はちゃうな? と、思わず自分の胸と腹を摘まむ白藤。
そんな白藤の心境などいざ知らず、ミアは「突撃ニャスー!」と、持ってきていたお風呂で使えるアヒルのおもちゃを手にユメリアたちが実施する波打つ風呂へと向かっていく。苦笑気味に笑って、少し遅れて追いかける白藤。
突撃させては波に乗って戻ってくるアヒルをきゃあきゃあと笑いながら楽しむミアに、白藤もすっかり和んでいる。
「こちらの湯舟はアロマオイルを使用してもいいと言われました。いかがですか?」
ユメリアがまた別のタイミングで誘うと、ソナが興味を示す。香りは、ユメリアが調香したものだと言い、他の人の意見も聞いて試してみたかったのだという。
……そんな様子を、露天の、別の風呂に浸かりながら遠巻きに眺めていたメアリ・ロイド(ka6633)も、本人が意識しないところで微かに口元に笑みを浮かべていた。
ふう、とメアリは息を吐く。これは心地よさの溜息だ。やはり、広い風呂に思い切り手足を伸ばして入るというのはそれだけで癒される。
──……そう、癒される。癒されて、くれればいい。
考えるのは、一人だと眠れるか不安だから、と誘った彼の事。実際、彼女は最近、彼についての悩みや戦い続きで眠りが浅く寝不足だったが。彼自身も寝不足なのに気付いていた。だから。
……彼は今、どうしているだろうか。
男湯で。その、メアリに誘われた門垣 源一郎(ka6320)は今、これも付き合い、という気持ちで檜風呂にその身を浸していた。
あまり期待はしていない。寝不足は事実だが、彼自身は、人が多いと落ち着かないタイプだった。きっと眠れないだろう、だが、同行を頼まれた彼女が眠りに落ちるのを見届けてやれば義理は果たせるだろう……そんなつもりではあったが。
実際、湯船に深く身を沈めてみると、思いのほか疲れが溶け出ていくような感覚を実感する。風呂。温泉。半ば無意識に選び取っていた檜風呂──
(……故郷、か)
罪の意識から、顧みてこなかったそれに。未練を残していたことを今回の件で今更のように自覚して。眠りを妨げているのは明らかにそのせいだった。
女湯の方からの朗らかな歌声、楽し気な歓声はこちら側にも届いていた。それらに、今の源一郎は何も感じる余裕が無く。だから。
声を上げたのはクィーロ・ヴェリル(ka4122)だった。
「向こうは何か楽しそうだね誠一?」
呼びかけられた神代 誠一(ka2086)も笑顔を浮かべる。
「うん、いい歌だな。ちょっと遠巻きなのが残念だけど」
「え。何。女湯行きたいってこと?」
「ちょ、そういう意味じゃねええ!!?」
揶揄う顔のクィーロにツッコム誠一。二人でやってきた彼らは、今はただ全力でこの企画を満喫しているようだ。
「温泉にお酒。やっぱり寝付く為には心身共にリラックスするのが大事だよね」
しみじみとしたクィーロの言葉に、誠一は頷く。この後二人で一杯やって、それから広間に向かう予定だ。
「……本当は、家族風呂のようなもので二人きりで入れたらよかったのですけどね?」
「……。そう、ですね。私も。でも、一緒に入れるところがあっただけでも、嬉しいです」
ハンス・ラインフェルト(ka6750)の言葉に、少し前なら照れて拒絶していただろう穂積 智里(ka6819)は今、真っ赤になりながらも、でも正直にそう告げた──そもそも、誘ったのも智里からだった。最近、ハンスと一緒に出掛けていないから、と。
二人が今いるのは所謂水着入浴ゾーンというやつだ。ちょっとした石造りの広場、というデザインで浅めに浸かれる温泉がある。主に家族連れのための憩いの場であり、本格的な入浴となるとやはり各男湯女湯に向かった方が良い程度のものだが。
後でちゃんとそれぞれの湯に入りなおすと言いながら、二人はそうして、暫く寄り添ってそこに入っていた。
そうする間に、広間の方では昼寝会への準備が進められている。
(不便だな)
フィロ(ka6966)はつい、思ってしまった。仕えるべき種である人間に対し。
(……主人の体調管理は私達の業務だったはずなのに)
そんな彼女の表情から、何かを感じ取ったのか。
「そりゃ、色々知られてますし理由もきちんとありますけどねぇ?」
星野 ハナ(ka5852)が、その傍で口を開いた。フィロの言う、不便。
寝る前のカフェインや酒は駄目とか。
熱いお風呂は2時間以上前とか。
何をすると身体が誘眠しにくい状況になるか、その様々な仕組み。だが。
「ストレスがなきゃ普通に生活してる分にはそんなの全部ぶっとばして眠れるんですよぅ」
本来はそんなことどうでもいいはずなのだと、ハナは告げる。
不便、になってしまうのはつまり、この程度で眠れなくなるほど体や心に別の負荷が掛かっているということで。
「この世界心療内科がほぼないのが1番悪いと思うんですよねぇ」
「……はぁ」
ハナの言葉に、フィロは曖昧に返事をする。言っても、今は仕方がない。せめて、出来ることで皆の快眠の手伝いをするだけだ。
ハナが、簡単な道具を用いて、温かいものは蜂蜜入りのホットミルクやお茶、冷たい飲み物はレモン水やコーヒー牛乳などを準備する。
やがてぽつぽつと広間へと向かってくる面々がやってくると、フィロは顔や手足の色、肌の渇きの様子などからそれとなく体温を推し測って、適切な飲み物を差し出す。また、それに準じて渡すブランケットやタオルケットの種類も変えていた。
「あ、これ、私のお勧めです」
そうしていると、ソナが二人に何かを差し出してきた。取り出したのはハーブ、メリッサのお茶だという。
「慢性疲労や鬱・ストレス・神経過敏などに効いて、眠りを誘うのです。ぬるめでどうぞ」
ソナの言葉にフィロは笑顔でそれを受け取り、準備する。
淹れてもらったお茶をソナ自身受け取って、ゆっくりと口に含みながら彼女は広間に集まりだした面々を眺めていた。
彼女自身の湯治も目的だったが、眠れず困っている人が居れば役に立ちたいとの思いもあった。
そうして待っていると、ユメリアがやってくる。ソナは、ユメリアと目が合うと微笑んで会釈する。
「ここでも音楽を?」
「ええ。今度は葉のささめき、風の音色に合わせた静かな音色をと思っています」
「落差ですよね」
ユメリアの言葉に、ソナは頷く。
眠りのスイッチは個々に違うものだ、とソナは思う。
先ほどのハーブもそうだが、香りやお茶、音楽などいろんな方法でリラックスしては……と軽く談笑して。
「香りでしたら、こういう者もご用意しています」
話に入って来たフィロが示すのは幾つかの布。それぞれ異なるアロマを数滴垂らしたもので、これは見本だという。
「気に入ったものがありましたら同じ香りを垂らしたハンカチをお渡ししますので、首元にまくと良いと思います」
フィロの勧めに、ソナは興味津々で試していく。
灯(ka7179)がやってきたのはそのタイミング。香りの話題になっていたのはちょうどいいと言えたかもしれない。
「部屋の片隅にでも置いておいて下されば嬉しいです」
そう言って彼女が差し出したのは大きな花束。
「自然の香りはヒーリング効果がありますから」
香りもそうだし、見た目にも美しいそれは、何人かの目を惹きつける。見栄えも気にしてそれは、部屋の一角に大事に飾られることになった。
広間の入り口ではそうして、飲み物を受け取って歓談する人の塊ができ始めていた。
「ふむ、やはりここは私も一つ、料理を振舞うべきなのでは?」
様子にそう言ったのは、智里と共にやってきたハンスである。ここでハンスの言う料理とはライプクーヘンやシャンピニオンのバター炒め、バックフィッシュなど。
「だから、ここには台所がありませんから」
智里が窘めるように告げる。準備の段階で止めていたが、ハンスは今からでも施設に頼めば調達できるのでは? と言いたげである。
智里の感覚からすれば、それでは完全に空気が別物になってしまうだろう、と思う。智里はそうして、保温容器に入れたグリューワインと人数分のレープクーヘンといった程度のものを提出するが、ハンスは、馴染んできた風習の感覚からして解せない……という顔だ。
「しかし郷に入りてはとも言いますし、聖輝節まで待ちましょうか」
それでも、智里がそうするならとやがて諦めるようにそう言うと、智里がほっとするように息を吐く。
広間はそうして徐々に、布団が敷かれて行き、いよいよ本格的に『お昼寝会』の雰囲気が出始めていた。
ハンスは当然のように智里を抱え込んで眠ろうとするが、智里に外では駄目です、と却下され、またも解せないという顔を浮かべることになった。それでも、智里は智里でぴったりくっついて寝ようとするので、悪い気はしない。いつの間にか、智里もこうする方が落ち着いて眠れるようになった。
ハンスは、智里さえ居れば落ち着いて眠れるので問題はない──勿論のろけですが何か? と、ハンスは誰にともなく独りごちる。
穏やかに、二人は眠りに就く。
「また雲雀を子供扱いするですか!」
そんな空気の中響いてきたのは、どこかプリプリとした声。雲雀(ka6084)のものである。
声は、彼女の幼馴染であるグラディート(ka6433)が差し出した寝間着に対しての物だった。狐のそれは、寝間着というより着ぐるみに近い。
「あったかくしないとだめだもんね」
雲雀の批難をどこ吹く風で、自分は普通の寝巻を着つつグラディートは布団の準備を整えている。
憤慨する声は眠りにおちようとする皆の妨害になる……かと思いきや、愛らしい少女がもこもこのパジャマを手に顔を赤らめているという様子は和む以外の何物でもなかった。なんだかんだで、パジャマへと向ける視線は満更でもない。子供扱いは癪でも、物自体は気に入ってしまっているらしい。それがまた色々な意味で腹立たしくもあるようだが。
「ま、まあ折角貰ったものですし無下には出来ませんからね」
結局彼女はそう言って、怒りのポーズは見せながらも着替えてきた。そうして。
「……ありがとう、ですよ」
小さく、グラディートに告げる。グラディートはクスリと笑った。
そうしてグラディートが用意していた寝床は、布団というよりどこか巣を思わせた。枕やクッションを敷いたふかふかふわふわの、小さな空間。
「人ってね、だだっ広いところだとちょっと寝辛い時があるんだ、だからそういう時は狭いところがいいんだよ」
「そ、そうなのですか……」
促されるままに雲雀はその中に入っていく。と、グラディートもすぐ入れ、と、ちょいちょいと裾を引っ張る。
グラディートはまず、大人しくそれに従った。
ぐ、と気合を入れる雲雀である。
(最近はなかなかディの寝顔は見れないですし、逆に雲雀の寝顔はサービスしすぎというくらいに見られてますから今回は雲雀が見るのです!)
密かな意気込み。
「早く寝るですよ、ディ」
促す雲雀。だが。
「そうだね。眼を温めるとね、体の緊張が取れるから寝やすいよ」
グラディートはそう言って、雲雀の目元に暖めた濡れタオルを置く。
「ほ、ほぅ……」
閉ざされた視界。じんわり解れていく目元に、雲雀の意識に一気にトロン、と微睡が押し寄せてくる。
「あと、マッサージも効果的だよ~」
そう言ってふにふにと雲雀の疲れてるだろう場所を揉んでいくグラディート。『巣』の中にはいつのまにか、彼女の好きな香りも準備されている。
意気込みの雲雀に対し、寝かしつけの準備はグラディートの方が二枚も三枚も入念だったようだ。
「むー……無念、なのです……」
呟きを最期に。雲雀の意識が完全に落ちていく。
「ゆっくり寝てね?」
グラディートは満足げにそう言うと、雲雀の横に入って彼も眠りに落ちた。
(目元暖めると気持ちいいんですよね……)
何となくほっこりと一連を眺めてしまったソナ。彼女も、お肌にいいからと温泉水でパックをしていて、その気持ちよさに早くも眠気を感じつつある。二人の会話も参考にしようと思いながら布団に丸まって、彼女も睡魔に身を委ねていった。
メアリもまた、十分に風呂を堪能してから広間へとやって来て……そして、布団も敷かずに、胡座をかいた姿勢で寝落ちしている源一郎と、驚きの対面をした。
見たことないほど静かな表情で眠る彼は……ここで安らぎを得た、のではなく、それほどに疲労を溜め込んでいたのだろう。眠れた、というよりほぼ気絶したような状態に思えた。
メアリはそんな彼に、そっと毛布を掛けてやり、隣に座って自身も目を閉じる。
意識がないことを良いことに、彼の手に己の手のひらを重ね、そしてその肩にそっと寄りかかった。
そうして彼の傍に居ると、寝不足が嘘のように眠気が訪れてきた。
ミアと白藤も、温泉から上がって、今は布団を敷いて片隅に居る。
枕元に置かれるのはまず、ミアが用意したアロマポット。香りはオレンジスイート、ストレスを和らげたり……女の子の天敵(笑)、冷え性への効果もある。
もう一つは……白藤が用意したランタン。蝶の模様が彫られたアンティークなそれが齎す柔らかな光を見つめる白藤の目は知らず優しいものになっている。
ミアが持ってたホットミルクを飲みながら、二人それを眺めて。
「ニャふふ、しーちゃんを想って贈ってくれたんだろうニャぁ」
精緻なランタンの飾り、その蝶の羽根を象る瑠璃色のガラスをうっとりと見つめながらミアが呟く。白藤は目を見開く。
「だから……しーちゃんは、その灯りを見つめると心が落ち着くんだと思うニャスよ」
「……」
白藤は、ミアの言葉に何か返そうと思って口を開いて……言葉にならずに、そのまま閉ざす。代わりに、胸の中で、ミアの言葉を復唱した。心が……落ち着く。自覚は、無かった。
(心地のえぇ眠り、か)
溜息をかみ殺して、想う。何時から、眠りが浅くなっていただろうか……。
そうして白藤が沈黙していると、ミアは今度は、二人の傍に布団を敷いていた灯に声をかける。
「灯ちゃんも、最近眠れないニャス?」
「え? ええ……少しね」
「傍にいて灯ちゃんが安心する人のことを思い浮かべてお布団入ると、その人が灯ちゃんの安眠を助けてくれるかもニャスよ♪」
ミアの言葉に、灯は透明感のある笑みで応える。
そうして灯も床に就いた。
湯殿で暖まった身体。ゆるりとした服装。力を抜いて、目を閉じる。
思い出を誘ったのは、ミアの言葉だったか、それとも視界を閉ざしてより感じるようになった生花の香りなのか。
――昔、花をくれた人が居た。
ピアニストとしての自分を信じることが出来ずにいた彼女に。
ガーベラ スターチス ラナンキュラス。
いろんな花をくれた。
(炎のようなあの人は元気にしているだろうか)
思い出そうとして、思い当たる。
最近あまり眠れていなかった理由。
初めて命の危険を感じた戦いの場に立って、それが、とても怖かったから……すこし、心が疲弊していたのかもしれない。
翠玉の色を持つあの人が救ってくれなかったら、今、どうなっていただろう。
(──救われてばかりね)
自覚して、自然と笑みが浮かぶ。顔と共に気持ちも少し緩んだのか、眠気が訪れてくる。
……いつか誰かを救えるようになりたいな。
祈りながら、彼女は眠りに就く。
……そうする頃には、ミアも安らかな寝息を立てていた。
見ているだけで幸せそうな寝顔だった──ミアは、寝るのが大好きだ。夢の中で大好きな人と会えるから。
「こないな時間、久しく取れてへんかったわ」
まだ起きている白藤は、寝転がりながらミアの頭をそっと一撫でする。
「ミア、えぇ夢を……うちも、なんやよう寝れそうな気ぃする」
そう言って、白藤も目を閉じる。
最近は、自分の気持ちや心が追い付かなくて悩んでいたけど。
今は、このミアとの時間だけを過ごせそうだ。
齎された暖かさに身体も心も委ねて、白藤も微睡に意識を沈めていく。
そんな一行を遠目で見ていた者が居る。焔 牙炎(ka7342)だ。
少し離れた場所に敷いた布団の中で、彼は今日何度目か分からない寝返りを打つ。
「初任務、あまり役に立てなかった……」
まだハンターになったばかりの彼が思いめぐらすのはそのことだ。
「こういうときは寝るに限る!」
落ち込んでいるのを良い睡眠で解消しよう、との意気込みで参加。愛用の枕を持参しての気負いで臨んだこの会だ。
……まあつまり、気合を入れれば入れる程意識というものは冴えるわけだが。
知ってる顔のミアが居る! と思ったものの、流石にあの雰囲気は邪魔したら悪いと思い、遠巻きに眺めるだけで。
貰ったお茶やアロマ、流されている環境音楽に耳を傾けたりと、こっそり色々試すものの、今のところあまり成果は芳しくなかった。
……そもそも、人が多い場所で寝たことが無かったのだ。落ち着かなくて、寝付けない。
──ふと気がつくと、ミアと、その友人はもう寝てしまっているようだった。周りの人たちも気付けばちらほらと。
少しずつ静けさを増していく空間。そのことに。
寂しさ、よりは安心を覚えてきて。
再び、ぽすりと布団に身体を沈める。
あともう少し、もう少しで……眠れるだろうか。
誠一とクィーロも、今日の主目的を忘れないうちにと酒宴はボチボチにと切り上げて広間へとやって来た。
「誠一、あそこなんていいんじゃないかい?」
隅の方へと行こうとする誠一を制するように、中頃の空いた空間をさしてクィーロは進んでいく。
「え、おま」
返事を待たずささっと布団を敷き始めるクィーロに呆れつつも結局は流され、誠一もその隣に布団を敷いた。
……さて。共にこの会へとやって来た二人ではあるが。二人の寝付きはどうなのかと言えば、誠一はこの会の参加者に相応しくというべきか、悪い。最悪と言ってもいい。普段は普段はパズルや書類作業に疲れ切って寝落ちるという感じだ。
そしてクィーロはと言えば。
「え。ちょ、だから、おまっ、早ええええよ……」
誠一が、周りを慮り小声ではあるがツッコむように、横になるなり既に微睡みに落ち始めているのが見てとれる寝付きの良さである。最高と言ってもいい。布団に入ったら秒で寝るという感じだ。
「誠一、寝れない時は羊を数えるといいよ。ぐぅ」
知っていたがやはり置いていかれるようでどこか寂しげな誠一に、クィーロは寝息混じりにアドバイスのようなものを伝える。
「いや、羊ってお前な……」
「羊もsheepって数えるといいよ。ぐぅ」
いや、アドバイス、というより。義理は果たしたとばかりにあしらって見捨てているのでは、という感じもする。
そうして呆気なく、完全に一人先に寝入ってしまったらしい相棒に、誠一は頭を抱えた。
……だが、笑顔で眠る相棒の顔を見ていると、知らず笑みも浮かんでくる。
(昔だったら考えられなかったし、ま、いっか)
相棒のことはそれで納得して、そうして誠一も身体を横たえる。
……眠気はやはり、簡単には訪れてくれなかった。
そうなれば心を無にすることも難しくて、様々な事が頭を過っていく。
自分のこと仲間や生徒のこと今までのことこれからのこと。
(駄目だ考えるな)
不毛を理解していても止まってくれない、考えても答えの出ない迷路のような思考は、袋小路にばかり辿り着く。
寝返りを打ち、一度諦めて目を見開く。
(……あ)
ふと視界に入ったのは友人の鞍馬 真(ka5819)だった。彼は布団に入る様子はない。部屋の隅に腰掛けて、皆を見守るようにしてここに居る。
偶然──目があった。
互いの表情を認めあって、そして。
瞬間、互いに、『大丈夫?』という顔を向け合っていた。そうして、同時に苦笑。
(ああ……仕方ないな。俺たちは本当に……仕方ないな)
他人のことであればこんなにも落ち着いて気遣えるのに。
それでも漸く訪れた緩やかな思考に、誠一はほんの少し、眠気を捕らえたのを感じる。
真とも少し話をしたいとも思ったけど。今はやっと捕まえたこの感覚を逃がさない方がいいと思った。
……やがて。
微かに抑えられた歌声が聞こえてくる。
この部屋には暫く、フィロやハナが用意した環境音が流れていた。それが終わって、それでも眠れぬ人たちにと紡がれる子守唄。
真の歌声。ここに居る皆が、幸せな眠りに就けますようにと願いの込められた。
眠気を誘いながらも己の魂の在り方を確立してくれるような──アイデアル・ソング。
ユメリアがそれに合わせ、やはり繊細なタッチで楽器を爪弾く。優しい歌声と、微かな弦の振動が奏でる音。揺らぎの中で、安らぐような、泣きそうな心地で身体を抱き締めて、誠一は眠りに誘われていく……。
──そうして、クィーロは寝たふりからゆっくりと身体を起こした。
丁度、ゆっくりと身体を暖め終えたサクラが部屋へと入ってきたタイミングだった。
「……これは安心感を出す為に持ってきただけですよ。安心感を抱き精神を安定させる為に持ってきたんです」
彼女は呟き、周りが寝静まり始めているのを確認して布団に潜り込んでいく。
その腕にはお気に入りの猫の縫いぐるみ。
「精神を安定させる為に持ってきたんです。普段からこれを抱いて寝ているわけではないデス……」
ここ大事ですからねとばかりに二度呟いて、そうして彼女は、縫いぐるみを抱き締める姿勢で入眠する。
……何とはなしに、それを眺め終えて。
クィーロは誠一を見た。
「大丈夫じゃないかな。ほら。誠一も同じ姿勢で寝てるし」
枕を腹に抱えカブトムシ幼虫の如く丸くなって眠る姿。長身には似合わぬその姿勢が、無意識に身を守る姿だと分かっていて、敢えてクィーロはサクラに向かって茶化すように言って。
(また悪い癖が出たかな……)
内心で苦笑してから、クィーロは誠一を軽く抱き寄せる。
「大丈夫だよ誠一」
囁くクィーロの隣で、誠一は翼の下に身を置くような安心した表情を浮かべていた。
静謐さを増していく空間。いつの間にか牙炎も眠りに就くと、睡眠を求めてやって来た者は一通り目的を達成しているように思えた。
「ご主人様。本日はどうぞよい睡眠を」
見届けて、フィロが静かな声で、優雅な一礼と共に言った。まるで祈りにも似た仕草だった。
それから、フィロも休眠に入った。……最も、オートマトンには厳密な意味での睡眠は必要ない。必要なのはマシン部分の自己メンテと自己修復プログラムを走らせる休息時間。定めた時間に活動を再開できるよう、タイマーを掛けて休息に入る。
ハナが、希望者に後で渡そうと、魔導カメラで幸せそうな寝顔の者を起こさないよう気を付けながら撮影している。
皆がよく眠れるようにと気を張り続けたユメリアは、いつしか彼女自身、うつらうつらと舟を漕いでいて。共に音を奏でていた真が、気付いて彼女にも毛布を掛けてやる。
ゆっくりと眠る皆に、気持ちよさそうだな、と真は思いながらも。
(いや……やっぱり、私はいいんだ)
それでも、今は眠りたくない、という気持ちの方が勝っていた。夢を見て、余計なことを考えるから。
(夢を見ないくらい深く眠れるなら眠っても良いんだけど。いっそ……──)
──誰か私を殴って気絶させてくれないかな、なんてね。
ここに来たときは、そんな気持ちも、口から出てきそうなほどで。
だけど今、穏やかに眠る皆、友人たちの存在をこうして感じていると、そんな荒れた気持ちがどこか萎んでいくのも感じていた。
──そうして時は過ぎて。
「あぁ……なんか、すっきりしたかも」
「おはようー。涎たれてるよー」「えっ嘘!?」
「よく眠れたみたいね?」
「なんか……不思議な夢見てた……」
そうして皆、口々に感想を零しながら声を掛け合って、順次目覚めていく。
思いがけず深く眠りに落ちた源一郎は、お陰で不安定だった感情がリセットされて、普段の落ち着いた感情が戻ってくるのを感じていた。
そして。
己の手に、メアリのそれが重ねられていることを把握する。
その手を。払おう、という気持ちは、沸かなかった──否、払おうと思わない、ではない、何も感じないのだ。迷惑も躊躇いも。その手の温度に価値を見出そうとすることも。
己が落ち着きを取り戻したという事は……周囲への興味を無くしている、という事なのだと、気付いた。
やがて肩に、僅かに身じろぎする気配。そこに居るメアリが目を覚ます。
源一郎が先に起きていることを確認して、掌が重ねられているままであることを──彼女もまた、喜びよりも違和感として正確に感じ取っていた。
彼の表情を見る。多少は隈が落ちて、和らいでいる。その顔を見て、寒気を覚えた。
……ああ、これは無の表情だ。無関心から穏やかになっただけだと。
が。
「おはようございます。眠れました?」
「ああ」
問いに、短い返事。返っては来るが、少ない口数。知ってるものよりさらに減ったと、分かる。
それでもメアリは微笑んで見せた。安らぎを得られたなら、喜ぼう、と。
(──……私はまた無から始めればいい)
「どうぞ。レープクーヘンはこの時期ドイツではどこの家庭でも作る菓子で、クリスマス飾りにもするんです」
帰り支度を整える皆に、智里がお土産用に用意していた焼き菓子を配って回る。
「あ、牙炎も来てたニャス? よく眠れたニャスか!?」
「あ……はい!」
そこでようやく気付いたらしく、牙炎に声をかけるミア。少し緊張して、でも明るく返事をして。
反射的に返した言葉。実際どうだったのだろうと、牙炎はふと省みる。
「……うん。なんか、癒やされたな」
結果は、小声で思わずそんな言葉が零れてくるようなもので。
皆概ね、すっきりした顔で、礼を言って施設を後にするのだった。
依頼結果
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面白かった! | 9人 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/11/18 18:46:43 |