ゲスト
(ka0000)
【郷祭】宿敵! 氷の菓子職人
マスター:のどか

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/11/27 22:00
- 完成日
- 2018/12/06 19:51
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●炎のクックのミス
「どどどどど、どーしたんですかそれ!?」
オフィスの相談室にルミ・ヘヴンズドア(kz0060)の困惑した声が響く。
対面に座る筋肉でパツパツのシェフコートが特徴の男――アルフォンソは、痛々しい包帯姿で恥ずかしそうに頬をかいた。
「いやはや、岩山で滑落しまして……筋肉がなければ即死でした」
「筋肉あっても即死だと思いますケド!?!?」
目を白黒させながらツッこむルミ。
「なんで岩山なんかに?」
「山頂に住むコロコロ鳥の卵が欲しかったのですが、残念ながら手に入れる前にリタイアしてしまいました。食材は育った環境からすべてこの筋肉で感じる――なんて無茶をするものじゃないですね。リストランテ・フレッドで使おうと思っていたのですが」
「ああ~、あの料理対決!」
リストランテ・フレッドというのは毎年郷祭の時期になるとジェオルジのフレッド村で開催されるライブキッチン形式の料理対決イベントだ。
選ばれた2チームで毎回テーマや課題食材に沿った料理を作成し勝敗を決める。
お祭りの客寄せイベントとして、アルフォンソはこれまで何度か出場し、対戦相手のハンター達と熱い料理バトルを繰り広げた。
「今回は私の復帰戦ということで久しぶりにオファーがありまして。ですがこんな姿になってしまいましたから、今日は依頼をしにやってきたのです」
おそらく折れているのだろう、首から吊った右腕を見ながら彼は言う。
「ハンターのみなさんに、私の代わりに『エスプロジオーネ』のスタッフとして出場してほしいのです」
エスプロジオーネはアルフォンソが1人で経営している移動馬車式の屋台料理店だ。
料理と共にたくさんの笑顔を見たいという想いから、馬車と一緒に自分がお客のもとへとはせ参じるというスタンスを求めて完成した。
「それは構わないのですけれど……そんな状態なら無理をなさらず参加を辞退された方が良いんじゃないですか?」
「それが、そうもいかないのです」
身体を気遣ったルミの提案に、アルフォンソはどこか悲し気な顔で視線を落とす。
「今回の対戦相手――ヴァリオスのカフェ『インヴェルノ』のオーナー・フラヴィアは私のかつてのお店のスタッフだったのです」
アルフォンソはかつて同じ名前でポルトワールに店を構えていた。
しかし奇しくも「リストランテ・フレッド」を通し、勝負に固執し料理の本質を見失ってしまった自分に気づかされ、これを一度閉店。
1年半の様々な地域での料理との触れ合いの旅を経て、新たに再開したのが今の移動屋台式のお店である。
閉店は同時に働いていたスタッフを解雇するということでもある。
当時の気持ちのままお店を続けていくことができないのは確かであったが、スタッフたちを突然路頭に迷わせなければならないことは経営者として心を痛めることでもあった。
「フラヴィアはとりわけ私のことを恨んでいると思います。お店が忙しいはずなのにわざわざこの対決を引き受けたのも、対戦相手が私だからでしょう」
「ええと……つかぬことを聞きますケド、お2人の関係は?」
「婚約者でした。ですが、私が旅に出ることで自然解消を……」
「あちゃー」
ルミはしかめっ面で顔を覆った。
いや、それはだめでしょ。
叱咤したいのはやまやまだったが、料理にかける彼の想いはこれまでの変遷を知る彼女も良く知っている。
それを経て美味しいゴハn――今の彼があるのなら、それは尊重すべきことなのだと思う。
「ひとまず、依頼に関しては分かりました。さっそくハンターさん達に告知して、スタッフを募集しますね」
「お願いします。こんななりですが、私も現地でみなさんのお手伝いをしますので。アドバイスくらいしかできないかと思いますが」
そう言いながら、アルフォンソはもう一度寂しそうな顔をしたまま笑ってみせた。
●氷のドルチアーリア
夜、ヴァリオスの街から人の気配が薄れてくるとカフェ「インヴェルノ」はようやくその日の営業を終える。
若い女性や貴族の婦人を中心に人気があるこのお店は、朝は持ち帰りの菓子詰め合わせ、昼はカフェタイムと人気商品のジェラート、夜は仕事上がりの優雅なひと時に――と1日を通して暇な時間がないという繁盛店。
それほどの人気もひとえに「氷の菓子職人」の異名を持つオーナー・フラヴィアの力によるものだ。
「店長、お先に失礼します!」
明るい印象の女性店員が、厨房で大量の食材とにらめっこをするフラヴィアにぺこりと元気よくお辞儀をする。
「お疲れ様。来週は私がいないから無理なシフトで申し訳ないけれど、お願いね」
フラヴィアは彼女のことを見ないまま抑揚の少ない声でそう言うと、レモンに似た果実の皮をピール状に削ぎ始めた。
氷の名をほしいままにする通り、その表情はひややかで、淡々と作業に没頭している。
「今日も試作ですか?」
「ええ……まだ納得のできる皿ができあがっていないから」
「店長って料理もできたんですね――あっ! 別にできないって思ってたわけじゃないですよ!」
女性店員は失言に感じたのか慌てて取りつくろったが、フラヴィアはそもそも聞こえていない様子でたくさんのピールを作っていく。
どうやら大きさや細さなど、いろんな形を試しているようだった。
「昔、働いていたから」
「へ?」
「料理店よ」
「……ああ!」
自分の失言に対する返事だと気づいて、彼女はポンと手を合わせる。
「確かポルトワールの……ええと、何でしたっけ。今回の対戦相手ですよね。炎の料理人・アルフォンソさんの――」
口にして、不意に胸元につららを突き立てられたかのような、鋭利で冷たい感覚が彼女を襲う。
それまで調理に集中していたフラヴィアが、短く揃えた黒髪の間から同じように鋭く冷たい視線で自分を見ているのに気づいて、慌ててその口を覆う。
「そ、それじゃ、お先で~す……」
いたたまれなくなって、店員は逃げ出すようにお店を後にする。
その背中が見えなくなってから、フラヴィアは手に持った銀のペティナイフに視線を落とした。
刀身に掘られた銘のようなものが、ガリガリと乱暴に削り落とされた特徴的なナイフ。
憎悪にかられた瞳でそれを見つめて彼女はぽつりとつぶやく。
「負けられない……絶対に」
決戦の日は近い。
「どどどどど、どーしたんですかそれ!?」
オフィスの相談室にルミ・ヘヴンズドア(kz0060)の困惑した声が響く。
対面に座る筋肉でパツパツのシェフコートが特徴の男――アルフォンソは、痛々しい包帯姿で恥ずかしそうに頬をかいた。
「いやはや、岩山で滑落しまして……筋肉がなければ即死でした」
「筋肉あっても即死だと思いますケド!?!?」
目を白黒させながらツッこむルミ。
「なんで岩山なんかに?」
「山頂に住むコロコロ鳥の卵が欲しかったのですが、残念ながら手に入れる前にリタイアしてしまいました。食材は育った環境からすべてこの筋肉で感じる――なんて無茶をするものじゃないですね。リストランテ・フレッドで使おうと思っていたのですが」
「ああ~、あの料理対決!」
リストランテ・フレッドというのは毎年郷祭の時期になるとジェオルジのフレッド村で開催されるライブキッチン形式の料理対決イベントだ。
選ばれた2チームで毎回テーマや課題食材に沿った料理を作成し勝敗を決める。
お祭りの客寄せイベントとして、アルフォンソはこれまで何度か出場し、対戦相手のハンター達と熱い料理バトルを繰り広げた。
「今回は私の復帰戦ということで久しぶりにオファーがありまして。ですがこんな姿になってしまいましたから、今日は依頼をしにやってきたのです」
おそらく折れているのだろう、首から吊った右腕を見ながら彼は言う。
「ハンターのみなさんに、私の代わりに『エスプロジオーネ』のスタッフとして出場してほしいのです」
エスプロジオーネはアルフォンソが1人で経営している移動馬車式の屋台料理店だ。
料理と共にたくさんの笑顔を見たいという想いから、馬車と一緒に自分がお客のもとへとはせ参じるというスタンスを求めて完成した。
「それは構わないのですけれど……そんな状態なら無理をなさらず参加を辞退された方が良いんじゃないですか?」
「それが、そうもいかないのです」
身体を気遣ったルミの提案に、アルフォンソはどこか悲し気な顔で視線を落とす。
「今回の対戦相手――ヴァリオスのカフェ『インヴェルノ』のオーナー・フラヴィアは私のかつてのお店のスタッフだったのです」
アルフォンソはかつて同じ名前でポルトワールに店を構えていた。
しかし奇しくも「リストランテ・フレッド」を通し、勝負に固執し料理の本質を見失ってしまった自分に気づかされ、これを一度閉店。
1年半の様々な地域での料理との触れ合いの旅を経て、新たに再開したのが今の移動屋台式のお店である。
閉店は同時に働いていたスタッフを解雇するということでもある。
当時の気持ちのままお店を続けていくことができないのは確かであったが、スタッフたちを突然路頭に迷わせなければならないことは経営者として心を痛めることでもあった。
「フラヴィアはとりわけ私のことを恨んでいると思います。お店が忙しいはずなのにわざわざこの対決を引き受けたのも、対戦相手が私だからでしょう」
「ええと……つかぬことを聞きますケド、お2人の関係は?」
「婚約者でした。ですが、私が旅に出ることで自然解消を……」
「あちゃー」
ルミはしかめっ面で顔を覆った。
いや、それはだめでしょ。
叱咤したいのはやまやまだったが、料理にかける彼の想いはこれまでの変遷を知る彼女も良く知っている。
それを経て美味しいゴハn――今の彼があるのなら、それは尊重すべきことなのだと思う。
「ひとまず、依頼に関しては分かりました。さっそくハンターさん達に告知して、スタッフを募集しますね」
「お願いします。こんななりですが、私も現地でみなさんのお手伝いをしますので。アドバイスくらいしかできないかと思いますが」
そう言いながら、アルフォンソはもう一度寂しそうな顔をしたまま笑ってみせた。
●氷のドルチアーリア
夜、ヴァリオスの街から人の気配が薄れてくるとカフェ「インヴェルノ」はようやくその日の営業を終える。
若い女性や貴族の婦人を中心に人気があるこのお店は、朝は持ち帰りの菓子詰め合わせ、昼はカフェタイムと人気商品のジェラート、夜は仕事上がりの優雅なひと時に――と1日を通して暇な時間がないという繁盛店。
それほどの人気もひとえに「氷の菓子職人」の異名を持つオーナー・フラヴィアの力によるものだ。
「店長、お先に失礼します!」
明るい印象の女性店員が、厨房で大量の食材とにらめっこをするフラヴィアにぺこりと元気よくお辞儀をする。
「お疲れ様。来週は私がいないから無理なシフトで申し訳ないけれど、お願いね」
フラヴィアは彼女のことを見ないまま抑揚の少ない声でそう言うと、レモンに似た果実の皮をピール状に削ぎ始めた。
氷の名をほしいままにする通り、その表情はひややかで、淡々と作業に没頭している。
「今日も試作ですか?」
「ええ……まだ納得のできる皿ができあがっていないから」
「店長って料理もできたんですね――あっ! 別にできないって思ってたわけじゃないですよ!」
女性店員は失言に感じたのか慌てて取りつくろったが、フラヴィアはそもそも聞こえていない様子でたくさんのピールを作っていく。
どうやら大きさや細さなど、いろんな形を試しているようだった。
「昔、働いていたから」
「へ?」
「料理店よ」
「……ああ!」
自分の失言に対する返事だと気づいて、彼女はポンと手を合わせる。
「確かポルトワールの……ええと、何でしたっけ。今回の対戦相手ですよね。炎の料理人・アルフォンソさんの――」
口にして、不意に胸元につららを突き立てられたかのような、鋭利で冷たい感覚が彼女を襲う。
それまで調理に集中していたフラヴィアが、短く揃えた黒髪の間から同じように鋭く冷たい視線で自分を見ているのに気づいて、慌ててその口を覆う。
「そ、それじゃ、お先で~す……」
いたたまれなくなって、店員は逃げ出すようにお店を後にする。
その背中が見えなくなってから、フラヴィアは手に持った銀のペティナイフに視線を落とした。
刀身に掘られた銘のようなものが、ガリガリと乱暴に削り落とされた特徴的なナイフ。
憎悪にかられた瞳でそれを見つめて彼女はぽつりとつぶやく。
「負けられない……絶対に」
決戦の日は近い。
リプレイ本文
●
料理対決「リストランテ・フレッド」の幕は切って落とされた。
「それで、レイアは何ができるんだ?」
「う、うむ。刃物と火の扱いは大丈夫なはずだぞ……!」
紅媛=アルザード(ka6122)の質問にレイア・アローネ(ka4082)は自信があるのかないのか微妙な様子で胸を張る。
2人はコースの「前菜」の担当。
なんで苦手なのに安請け合いしたのだろう……勢いで引き受けたレイアに、紅媛は早くもやきもきしていた。
「お題がこの果物だそうだから、サラダがいいかと思うんだ」
それなら私でも――という本心はさておいて、シシの実を握って提案するレイアに紅媛もうなずく。
「良いと思う。だが少し……いや、まずは手を付けられるところからか」
「それじゃ、張り切ってお野菜選びに行こうか! 色とりどりなのがいいねっ」
食材テーブルに歩き出す夢路 まよい(ka1328)に、レイアもつられて歩き出す。
「それで、紅媛は?」
「見ている」
「なんで!?」
「私とまよいはサポート役だ。基本はレイアが頑張らないと」
「そうだよ~」
うんうん追い打つように頷いたまよいに、レイアも言い返す言葉はない。
アルフォンソに力を貸すと誓った手前、引き下がるわけにもいかない。
心を決めて、気合を入れるように鼻を鳴らした。
「さて……こっちも始めますけど、先に『女の子』として一言、言わせてもらいますね」
「はい……」
前置いた天王寺茜(ka4080)に、満身創痍のアルフォンソは察したように身構えた。
「婚約者に何も言わずに出ていっちゃうのは、理由は何であれ、まず土下座じゃないかな」
「はい……おっしゃる通りです」
大きな体を小さくして、アルフォンソは素直に反省の色を示す。
その姿を見て茜もちょと棘のある表情をやわらげた。
「おおっ、あれは……!?」
演出サポートのお店スタッフが連結台車に積んだ巨大な氷塊を運んでくると、会場が一斉にどよめいた。
フラヴィアは氷塊の表面に指を走らせて十分に冷え切っていることを確認すると、切れ長の目で審査員を見る。
「転移門を利用し、たった今、北方から届けさせた氷塊です。これで機材のないこの村でも、私の得意とする氷の芸術を余すことなく披露しましょう」
流石にここの設備では得意の氷菓を活かすことができないだろう。
そうどこか決め込んでいた審査員や観客の気持ちは一斉に高ぶりを見せた。
心まで冷たくなったら料理の意味がない――イベントの前、チームの顔合わせでまよいが言っていた言葉を思い出す。
茜はエプロンの紐を後ろ手で結ぶと、両の頬を手で叩いた。
「さて、ここに取り出しますのは……シシの塩漬けです!」
客の関心を奪うように、ドンと音を立ててテーブルに出したのは瓶詰のシシ。
似た果実ならと、いわゆる「塩レモン」風に漬け込んだものだ。
「これを利用して今回ご用意するのは――『ステーキ』です」
その宣言にフラヴィアがピクリと眉を動かすと、それでもクールな表情を保って茜を見据えた。
「奇遇ですね。私も今宵のメインは――『ステーキ』です」
「ほほう、趣向被りとは愉快じゃのう」
2人のやり取りと会場の盛り上がりに、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)はにんまりと目を細めた。
椿に朱金蝶の刺繍が施された割烹着は、デザート皿づくりの相方であるミア(ka7035)とお揃いのデザイン。
キッチンで華やぐ一角に、視線が釘付けになる客もいる。
「うーん、とは言え問題発生ニャス」
珍しく難しい表情のミアは、用意したゼラチン粉とにらめっこ。
それを固めるための冷蔵庫が片田舎のこの村にはなかったのだ。
困っていると、アルフォンソがそっと手を差し出した。
「これをお使いになったらどうでしょう。きっと馴染みがある食材なのでは?」
「これ……寒天ニャ!」
「なるほど、それなら常温でも十分固まるのう」
蜜鈴はさっそくレシピを頭の中で組み立てなおして最適解を導き出す。
なに、誤差は作りながら埋めればいい。
ここには頼れる「舌」が沢山あるのだ。
●
前菜班は沢山の野菜を前にして順調に下準備を進めていた。
そんな中で、食材を取りに席を外していたまよいが戻ってくる。
「どこに行ってたんだ?」
「これを取りに行ってたの」
そう言って調理台の上に置いたのは艶の良い鮮魚だった。
「うん、立派だ。いいカルパッチョになりそうだな」
「カルパッチョ?」
満足げな紅媛と裏腹に、レイアはなぜ魚が出て来たのか理解できていない様子。
「魚の切り身に野菜を添えた料理だ」
「ほう、サラダなのに魚か……!」
分かっているのかいないのか、リアクションは一人前である。
「ということで、次はこれを捌こっか」
「わかった、教えてくれ!」
包丁を持ったまよいに、レイアは力強く答える。
その堂々たる不安材料に頭を抱えた紅媛だったが、素直にそう言われては邪険にできるものでもない。
「そんなに難しいものじゃない。慌てず落ち着いてやるんだぞ」
「大丈夫、私も手伝うからさっ」
気持ちのいい返事に、紅媛の不満もどこかへと吹き飛んでいた。
紅媛とまよいに両サイドを挟まれるようにしてレイアの初クッキングが始まる――それが料理対決という場であることはこの際目をつぶっておこう。
隣の調理台では鼻歌交じりに野菜を刻んでいた茜が、それらをざっとボウルに放る。
トマト、キュウリ、玉ねぎと色味と食感で選んだ野菜の中に、先ほどの瓶詰のシシの果肉を加えて、調味料で和えていく。
最後にこれまた瓶詰に溜まった果汁で酸味を整えれば――特製、シシのサルサソースの完成である。
「そしてこれがメインの――」
取り出した美しいリブロース肉に、観客のうっとりとしたため息が重なる。
「フラヴィアさんはTボーン……どんなステーキが出てくるんだろう?」
対岸のキッチンの動きも気になるが、今は料理に集中集中。
アツアツに熱したフライパンに肉を投入すると、油の弾ける音と共に肉の香りが立ち上る。
様子を見ながら焼き加減を確認して――
「それじゃあ炎の料理人らしく。まよい!」
「はーい。リトルファイアっ!」
まよいの抜いた杖から放たれた火種が、ブランデーをまぶした鍋で燃え上がる。
火柱で真っ赤に色づいたステージに、観客も驚いたように声をあげた。
寒天を手に入れたデザート皿班も順調に調理がすすむ。
もともと華やかな2人だったが、いろんな液体を使って料理を作る姿はちょっとケミカルで、それがまた視覚的に花を添える。
「ミア、絞り終えた果汁じゃ」
蜜鈴の手からぽーんと離れたカップが、ミサイルみたいに性格無比な軌道でミアの手の中にすっぽりと納まった。
「いらっしゃいませニャスー!」
貰った果汁はボウルに注ぎ、さらには細かくピールにした果皮をちらして、ゆっくりへらでかき混ぜる。
ここで焦らないことが、滑らかな舌触りのポイントだ。
「しかし、この様子ならいつ嫁に出しても恥ずかしくないのう」
「ニャ!? 蜜鈴ちゃんがお嫁になんて、許さないニャスよ!」
「いや、妾の話ではなくてじゃな」
フーッと威嚇するように毛を逆立てたミアに、蜜鈴はクスリと笑みをこぼす。
「料理とは目で、舌で、そして心で楽しむものじゃ。それがみなに伝わると良いの」
みな、には無論――仕上げのために周囲に冷気を纏った蜜鈴は、どこか寂しげな瞳でフラヴィアを見ていた。
●
「お客を待たせるのは料理人として恥ずべきこと。先んじて失礼いたします」
先に動いたのはフラヴィアだった。
村長はじめ3人の審査員に前菜皿をサーブする。
出て来た料理を見た彼らは、一様に目を丸くしてフラヴィアを見た。
「どう見てもジェラート……だな?」
紅媛の目に映っていたのは赤、緑、白の小さな氷菓の山だった。
「シシのドレッシングで味わう『ジェラートのサラダ』でございます」
料理名を聞いても審査員たちは半信半疑。
答えは実食をするしかなく、恐る恐る口へと運ぶ。
「むっ……これはトマト?」
「これはホウレン草だ……!」
「こちらは大根ですか!」
次々に驚きを見せていく審査員たち。
「水分さえ含まれていればあらゆるものをジェラートに仕上げることができます。野菜のエキスを余すところなく使った正真正銘のサラダなのです」
フラヴィアは冷ややかな表情のまま、次のメイン皿のサーブにかかる。
「あれが、フラヴィアさんのステーキ……」
茜は思わずその美しさに見とれてしまう。
真っ白い皿の上に荒々しく乗ったTボーンステーキ。
それを大地に見立てて、上にはシシの果皮を花弁に見せた花が美しく咲いていた。
「『花散る季節のステーキ』でございます。ただ、実食までしばしお待ちを……ええ、そろそろでしょう」
「……おお!」
彼女の合図に合わせて、果皮の花弁がはらはらと散っていく。
審査員は散った果皮と一緒にナイフで切ったステーキを口に運んだ。
「噛めば噛むほど果皮の香りが広がり、肉汁の甘さが引き立つ……! しかし、あの演出はいったい?」
「つなぎで使った飴がステーキの熱で溶けたのです。飾りそのものが調味料となり、この皿は完成します。最後に、デザートはスッキリとシシのシャーベットをご用意しました。みずみずしい口当たりと食感をお楽しみください」
すべての説明を終えて、彼女は深くお辞儀をした。
「美しいの……じゃが、悲しい料理じゃ」
彼女のサーブを一瞥し、蜜鈴は皿の仕上げにかかる。
その間、前菜皿が審査員席へと運ばれた。
「さあ、食べてくれ! 白身魚の……ええと、何だったか」
「カルパッチョ」
「そう、カルパッチョだ!」
紅媛が小声でフォローして、レイアは堂々皿を披露した。
「これはこれは、魚は大好物でしてな」
にこやかな表情で魚の切り身を口に運ぶ審査員。
もぐもぐと咀嚼して、さらにその表情を和ませる。
「うん、とてもプリプリと、サッパリした身だ。食感を損なわないのは、包丁の入れ方が上手なのでしょう」
刃使いを褒められてレイアは少し鼻高々。
だが、やがて思い出したように紅媛に尋ねた。
「ところで、結局シシはどうしたんだ?」
「ドレッシングに使っている。あの香りは生臭さを消してくれるだろうからな」
「なるほど、そういうことか……!」
なんだか、結局自分がほとんど決めてしまった気がする――と、作り手であるはずのレイアが一番驚いている様子に、紅媛は苦笑しながら反省する。
「そしてこちらがメインの皿! 『カラフルステーキのサルサソース』です!」
前菜の余韻が消えないうちに、茜のメイン皿がサーブされる。
フランベで香り良く焼かれたステーキの上で、ごろっと野菜のサルサソースが艶やかに光った。
「ほほう、肉汁溢れるステーキは何度食べてもよいものですな」
「カルパッチョもおいしかったが、動物性の油も恋しくなっていたところだ。食感の強いソースも嬉しい」
噛みしめるたびに肉汁の甘さとサルサの酸味が口の中いっぱいに広がる。
がっつくようにステーキを頬張る審査員に、レイアは再び驚きを見せる。
「なるほど! それで脂ののった魚より、淡白な白身だったんだな!」
「大丈夫? それ、審査員さん達のセリフじゃない?」
つっこみの言葉とは裏腹にまよいはキャラキャラと笑ってみせる。
審査員たちが嬉しそうに食べてくれる姿が作り手として何よりも嬉しい。
食べた人が幸せに、あったかい気持ちになってくれることこそが彼女にとっての料理の意義なのだ。
「そして――締めくくりを仕る」
蜜鈴とミアが笑顔で運ぶ最後の皿。
涼やかなカップの中で震える2色のゼリーが、冷気漂う氷の花を添えて煌めいた。
「上から順に食べて欲しいニャス♪」
ミアの説明を受けて、審査員は上に乗った透明のゼリーから口に運ぶ。
同時にその身体を震わせた。
「これはっ、口の中で弾けるっ!」
「ふふ、シシの炭酸水ゼリーじゃ。肉汁に溺れた口の中をさっぱり洗い流してくれるじゃろう」
くすくすと笑む蜜鈴は、そのまま下の層を食べるよう勧める。
ぷるりとプリンのような白いゼリーは、刺激で痺れた舌を優しく包み込む。
同時に鼻に抜けるシシの香りが気分を爽やかに整えてくれた。
「ほほほ、楽しいですな。青春の日々に戻ったような心地です」
楽しそうな審査員にミアも思わず笑顔を浮かべる。
だけどどこか胸の内はざわついたままだ。
自分はまだ、本当に笑顔にしたい人をそうできていない――
●
「さて、結果発表に入ろうかの」
村長がわざとらしく咳ばらいをして、会場に緊張が走る。
彼は結果の書かれた紙を開くと――静かに勝者を手で指した。
「勝者――氷の料理人・フラヴィア!」
拍手と共に歓声が沸く。
「残念だが……流石の皿だったな」
紅媛は拍手を送りながら、晴れやかな表情でほほ笑む。
審議の間、両者には互いの皿を試食する時間が与えられていた。
話題の菓子職人――その皿は「工夫」「味」そして「食の楽しみ」、どれをとっても素晴らしかった。
それだけならばハンター達の皿にも十二分に感じられたが、菓子技術を用いた「驚き」が勝敗を分かつ要因となった。
だが当のフラヴィアはどこか腑に落ちない様子で、険しい表情のまま料理を見つめている。
「納得……できませんよね」
そんな彼女に言葉をかけたのは茜だった。
「試合に勝っても、あなたは勝負に――アルフォンソさんの料理に勝ってない」
彼女の言葉に、フラヴィアは唇を噛む。
それは無言の肯定だった。
「あなたの料理、すっごくおいしかったよ。食べる人を楽しませようってのも伝わってきた。だけど、なんであなた自身はそんなに冷たいままなの……?」
まよいのそれは本当に素直な疑問。
美味しいのに、楽しいのに、彼女自身はその肩書のように冷めたまま。
そんな彼女からこれだけの料理が生まれてくることが、なによりも不思議だった。
「おんしは、この機会を逃したくなかったのじゃろう?」
蜜鈴の言葉に、今度はアルフォンソが言葉を詰まらせた。
見かねて、レイアが強く言葉を添える。
「伝えるべきだと思うぞ。料理でもなく態度でもなく、その言葉で」
それに背中を後押しされて、アルフォンソが前に歩み出る。
何度か口ごもるように言葉を選んだ後、たった一言を口にした。
「あなたの料理、食べても構いませんか?」
「構いません。ただし――」
条件がある、とフラヴィアは言う。
「冷めてしまったので、お店に食べに来てください。私という職人を手放したことを後悔させてさしあげます」
アルフォンソは少し驚いて、それから困ったような顔でほほ笑んだ。
氷はすぐに溶けるものではないのかもしれない。
それでも、今の彼ならその冷たさをも受け止められるだろう。
「あの人、ご飯ちゃんと食べてるかニャア……」
そんな2人の姿を前に、ミアのどこか切ない吐息がお祭の風に乗って静かに舞っていった。
料理対決「リストランテ・フレッド」の幕は切って落とされた。
「それで、レイアは何ができるんだ?」
「う、うむ。刃物と火の扱いは大丈夫なはずだぞ……!」
紅媛=アルザード(ka6122)の質問にレイア・アローネ(ka4082)は自信があるのかないのか微妙な様子で胸を張る。
2人はコースの「前菜」の担当。
なんで苦手なのに安請け合いしたのだろう……勢いで引き受けたレイアに、紅媛は早くもやきもきしていた。
「お題がこの果物だそうだから、サラダがいいかと思うんだ」
それなら私でも――という本心はさておいて、シシの実を握って提案するレイアに紅媛もうなずく。
「良いと思う。だが少し……いや、まずは手を付けられるところからか」
「それじゃ、張り切ってお野菜選びに行こうか! 色とりどりなのがいいねっ」
食材テーブルに歩き出す夢路 まよい(ka1328)に、レイアもつられて歩き出す。
「それで、紅媛は?」
「見ている」
「なんで!?」
「私とまよいはサポート役だ。基本はレイアが頑張らないと」
「そうだよ~」
うんうん追い打つように頷いたまよいに、レイアも言い返す言葉はない。
アルフォンソに力を貸すと誓った手前、引き下がるわけにもいかない。
心を決めて、気合を入れるように鼻を鳴らした。
「さて……こっちも始めますけど、先に『女の子』として一言、言わせてもらいますね」
「はい……」
前置いた天王寺茜(ka4080)に、満身創痍のアルフォンソは察したように身構えた。
「婚約者に何も言わずに出ていっちゃうのは、理由は何であれ、まず土下座じゃないかな」
「はい……おっしゃる通りです」
大きな体を小さくして、アルフォンソは素直に反省の色を示す。
その姿を見て茜もちょと棘のある表情をやわらげた。
「おおっ、あれは……!?」
演出サポートのお店スタッフが連結台車に積んだ巨大な氷塊を運んでくると、会場が一斉にどよめいた。
フラヴィアは氷塊の表面に指を走らせて十分に冷え切っていることを確認すると、切れ長の目で審査員を見る。
「転移門を利用し、たった今、北方から届けさせた氷塊です。これで機材のないこの村でも、私の得意とする氷の芸術を余すことなく披露しましょう」
流石にここの設備では得意の氷菓を活かすことができないだろう。
そうどこか決め込んでいた審査員や観客の気持ちは一斉に高ぶりを見せた。
心まで冷たくなったら料理の意味がない――イベントの前、チームの顔合わせでまよいが言っていた言葉を思い出す。
茜はエプロンの紐を後ろ手で結ぶと、両の頬を手で叩いた。
「さて、ここに取り出しますのは……シシの塩漬けです!」
客の関心を奪うように、ドンと音を立ててテーブルに出したのは瓶詰のシシ。
似た果実ならと、いわゆる「塩レモン」風に漬け込んだものだ。
「これを利用して今回ご用意するのは――『ステーキ』です」
その宣言にフラヴィアがピクリと眉を動かすと、それでもクールな表情を保って茜を見据えた。
「奇遇ですね。私も今宵のメインは――『ステーキ』です」
「ほほう、趣向被りとは愉快じゃのう」
2人のやり取りと会場の盛り上がりに、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)はにんまりと目を細めた。
椿に朱金蝶の刺繍が施された割烹着は、デザート皿づくりの相方であるミア(ka7035)とお揃いのデザイン。
キッチンで華やぐ一角に、視線が釘付けになる客もいる。
「うーん、とは言え問題発生ニャス」
珍しく難しい表情のミアは、用意したゼラチン粉とにらめっこ。
それを固めるための冷蔵庫が片田舎のこの村にはなかったのだ。
困っていると、アルフォンソがそっと手を差し出した。
「これをお使いになったらどうでしょう。きっと馴染みがある食材なのでは?」
「これ……寒天ニャ!」
「なるほど、それなら常温でも十分固まるのう」
蜜鈴はさっそくレシピを頭の中で組み立てなおして最適解を導き出す。
なに、誤差は作りながら埋めればいい。
ここには頼れる「舌」が沢山あるのだ。
●
前菜班は沢山の野菜を前にして順調に下準備を進めていた。
そんな中で、食材を取りに席を外していたまよいが戻ってくる。
「どこに行ってたんだ?」
「これを取りに行ってたの」
そう言って調理台の上に置いたのは艶の良い鮮魚だった。
「うん、立派だ。いいカルパッチョになりそうだな」
「カルパッチョ?」
満足げな紅媛と裏腹に、レイアはなぜ魚が出て来たのか理解できていない様子。
「魚の切り身に野菜を添えた料理だ」
「ほう、サラダなのに魚か……!」
分かっているのかいないのか、リアクションは一人前である。
「ということで、次はこれを捌こっか」
「わかった、教えてくれ!」
包丁を持ったまよいに、レイアは力強く答える。
その堂々たる不安材料に頭を抱えた紅媛だったが、素直にそう言われては邪険にできるものでもない。
「そんなに難しいものじゃない。慌てず落ち着いてやるんだぞ」
「大丈夫、私も手伝うからさっ」
気持ちのいい返事に、紅媛の不満もどこかへと吹き飛んでいた。
紅媛とまよいに両サイドを挟まれるようにしてレイアの初クッキングが始まる――それが料理対決という場であることはこの際目をつぶっておこう。
隣の調理台では鼻歌交じりに野菜を刻んでいた茜が、それらをざっとボウルに放る。
トマト、キュウリ、玉ねぎと色味と食感で選んだ野菜の中に、先ほどの瓶詰のシシの果肉を加えて、調味料で和えていく。
最後にこれまた瓶詰に溜まった果汁で酸味を整えれば――特製、シシのサルサソースの完成である。
「そしてこれがメインの――」
取り出した美しいリブロース肉に、観客のうっとりとしたため息が重なる。
「フラヴィアさんはTボーン……どんなステーキが出てくるんだろう?」
対岸のキッチンの動きも気になるが、今は料理に集中集中。
アツアツに熱したフライパンに肉を投入すると、油の弾ける音と共に肉の香りが立ち上る。
様子を見ながら焼き加減を確認して――
「それじゃあ炎の料理人らしく。まよい!」
「はーい。リトルファイアっ!」
まよいの抜いた杖から放たれた火種が、ブランデーをまぶした鍋で燃え上がる。
火柱で真っ赤に色づいたステージに、観客も驚いたように声をあげた。
寒天を手に入れたデザート皿班も順調に調理がすすむ。
もともと華やかな2人だったが、いろんな液体を使って料理を作る姿はちょっとケミカルで、それがまた視覚的に花を添える。
「ミア、絞り終えた果汁じゃ」
蜜鈴の手からぽーんと離れたカップが、ミサイルみたいに性格無比な軌道でミアの手の中にすっぽりと納まった。
「いらっしゃいませニャスー!」
貰った果汁はボウルに注ぎ、さらには細かくピールにした果皮をちらして、ゆっくりへらでかき混ぜる。
ここで焦らないことが、滑らかな舌触りのポイントだ。
「しかし、この様子ならいつ嫁に出しても恥ずかしくないのう」
「ニャ!? 蜜鈴ちゃんがお嫁になんて、許さないニャスよ!」
「いや、妾の話ではなくてじゃな」
フーッと威嚇するように毛を逆立てたミアに、蜜鈴はクスリと笑みをこぼす。
「料理とは目で、舌で、そして心で楽しむものじゃ。それがみなに伝わると良いの」
みな、には無論――仕上げのために周囲に冷気を纏った蜜鈴は、どこか寂しげな瞳でフラヴィアを見ていた。
●
「お客を待たせるのは料理人として恥ずべきこと。先んじて失礼いたします」
先に動いたのはフラヴィアだった。
村長はじめ3人の審査員に前菜皿をサーブする。
出て来た料理を見た彼らは、一様に目を丸くしてフラヴィアを見た。
「どう見てもジェラート……だな?」
紅媛の目に映っていたのは赤、緑、白の小さな氷菓の山だった。
「シシのドレッシングで味わう『ジェラートのサラダ』でございます」
料理名を聞いても審査員たちは半信半疑。
答えは実食をするしかなく、恐る恐る口へと運ぶ。
「むっ……これはトマト?」
「これはホウレン草だ……!」
「こちらは大根ですか!」
次々に驚きを見せていく審査員たち。
「水分さえ含まれていればあらゆるものをジェラートに仕上げることができます。野菜のエキスを余すところなく使った正真正銘のサラダなのです」
フラヴィアは冷ややかな表情のまま、次のメイン皿のサーブにかかる。
「あれが、フラヴィアさんのステーキ……」
茜は思わずその美しさに見とれてしまう。
真っ白い皿の上に荒々しく乗ったTボーンステーキ。
それを大地に見立てて、上にはシシの果皮を花弁に見せた花が美しく咲いていた。
「『花散る季節のステーキ』でございます。ただ、実食までしばしお待ちを……ええ、そろそろでしょう」
「……おお!」
彼女の合図に合わせて、果皮の花弁がはらはらと散っていく。
審査員は散った果皮と一緒にナイフで切ったステーキを口に運んだ。
「噛めば噛むほど果皮の香りが広がり、肉汁の甘さが引き立つ……! しかし、あの演出はいったい?」
「つなぎで使った飴がステーキの熱で溶けたのです。飾りそのものが調味料となり、この皿は完成します。最後に、デザートはスッキリとシシのシャーベットをご用意しました。みずみずしい口当たりと食感をお楽しみください」
すべての説明を終えて、彼女は深くお辞儀をした。
「美しいの……じゃが、悲しい料理じゃ」
彼女のサーブを一瞥し、蜜鈴は皿の仕上げにかかる。
その間、前菜皿が審査員席へと運ばれた。
「さあ、食べてくれ! 白身魚の……ええと、何だったか」
「カルパッチョ」
「そう、カルパッチョだ!」
紅媛が小声でフォローして、レイアは堂々皿を披露した。
「これはこれは、魚は大好物でしてな」
にこやかな表情で魚の切り身を口に運ぶ審査員。
もぐもぐと咀嚼して、さらにその表情を和ませる。
「うん、とてもプリプリと、サッパリした身だ。食感を損なわないのは、包丁の入れ方が上手なのでしょう」
刃使いを褒められてレイアは少し鼻高々。
だが、やがて思い出したように紅媛に尋ねた。
「ところで、結局シシはどうしたんだ?」
「ドレッシングに使っている。あの香りは生臭さを消してくれるだろうからな」
「なるほど、そういうことか……!」
なんだか、結局自分がほとんど決めてしまった気がする――と、作り手であるはずのレイアが一番驚いている様子に、紅媛は苦笑しながら反省する。
「そしてこちらがメインの皿! 『カラフルステーキのサルサソース』です!」
前菜の余韻が消えないうちに、茜のメイン皿がサーブされる。
フランベで香り良く焼かれたステーキの上で、ごろっと野菜のサルサソースが艶やかに光った。
「ほほう、肉汁溢れるステーキは何度食べてもよいものですな」
「カルパッチョもおいしかったが、動物性の油も恋しくなっていたところだ。食感の強いソースも嬉しい」
噛みしめるたびに肉汁の甘さとサルサの酸味が口の中いっぱいに広がる。
がっつくようにステーキを頬張る審査員に、レイアは再び驚きを見せる。
「なるほど! それで脂ののった魚より、淡白な白身だったんだな!」
「大丈夫? それ、審査員さん達のセリフじゃない?」
つっこみの言葉とは裏腹にまよいはキャラキャラと笑ってみせる。
審査員たちが嬉しそうに食べてくれる姿が作り手として何よりも嬉しい。
食べた人が幸せに、あったかい気持ちになってくれることこそが彼女にとっての料理の意義なのだ。
「そして――締めくくりを仕る」
蜜鈴とミアが笑顔で運ぶ最後の皿。
涼やかなカップの中で震える2色のゼリーが、冷気漂う氷の花を添えて煌めいた。
「上から順に食べて欲しいニャス♪」
ミアの説明を受けて、審査員は上に乗った透明のゼリーから口に運ぶ。
同時にその身体を震わせた。
「これはっ、口の中で弾けるっ!」
「ふふ、シシの炭酸水ゼリーじゃ。肉汁に溺れた口の中をさっぱり洗い流してくれるじゃろう」
くすくすと笑む蜜鈴は、そのまま下の層を食べるよう勧める。
ぷるりとプリンのような白いゼリーは、刺激で痺れた舌を優しく包み込む。
同時に鼻に抜けるシシの香りが気分を爽やかに整えてくれた。
「ほほほ、楽しいですな。青春の日々に戻ったような心地です」
楽しそうな審査員にミアも思わず笑顔を浮かべる。
だけどどこか胸の内はざわついたままだ。
自分はまだ、本当に笑顔にしたい人をそうできていない――
●
「さて、結果発表に入ろうかの」
村長がわざとらしく咳ばらいをして、会場に緊張が走る。
彼は結果の書かれた紙を開くと――静かに勝者を手で指した。
「勝者――氷の料理人・フラヴィア!」
拍手と共に歓声が沸く。
「残念だが……流石の皿だったな」
紅媛は拍手を送りながら、晴れやかな表情でほほ笑む。
審議の間、両者には互いの皿を試食する時間が与えられていた。
話題の菓子職人――その皿は「工夫」「味」そして「食の楽しみ」、どれをとっても素晴らしかった。
それだけならばハンター達の皿にも十二分に感じられたが、菓子技術を用いた「驚き」が勝敗を分かつ要因となった。
だが当のフラヴィアはどこか腑に落ちない様子で、険しい表情のまま料理を見つめている。
「納得……できませんよね」
そんな彼女に言葉をかけたのは茜だった。
「試合に勝っても、あなたは勝負に――アルフォンソさんの料理に勝ってない」
彼女の言葉に、フラヴィアは唇を噛む。
それは無言の肯定だった。
「あなたの料理、すっごくおいしかったよ。食べる人を楽しませようってのも伝わってきた。だけど、なんであなた自身はそんなに冷たいままなの……?」
まよいのそれは本当に素直な疑問。
美味しいのに、楽しいのに、彼女自身はその肩書のように冷めたまま。
そんな彼女からこれだけの料理が生まれてくることが、なによりも不思議だった。
「おんしは、この機会を逃したくなかったのじゃろう?」
蜜鈴の言葉に、今度はアルフォンソが言葉を詰まらせた。
見かねて、レイアが強く言葉を添える。
「伝えるべきだと思うぞ。料理でもなく態度でもなく、その言葉で」
それに背中を後押しされて、アルフォンソが前に歩み出る。
何度か口ごもるように言葉を選んだ後、たった一言を口にした。
「あなたの料理、食べても構いませんか?」
「構いません。ただし――」
条件がある、とフラヴィアは言う。
「冷めてしまったので、お店に食べに来てください。私という職人を手放したことを後悔させてさしあげます」
アルフォンソは少し驚いて、それから困ったような顔でほほ笑んだ。
氷はすぐに溶けるものではないのかもしれない。
それでも、今の彼ならその冷たさをも受け止められるだろう。
「あの人、ご飯ちゃんと食べてるかニャア……」
そんな2人の姿を前に、ミアのどこか切ない吐息がお祭の風に乗って静かに舞っていった。
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料理対決イベント控室(相談卓) 天王寺茜(ka4080) 人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/11/27 21:52:21 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/11/27 20:16:56 |