【初夢】褪せたフィルムを虫が食い

マスター:えーてる

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
7日
締切
2015/01/08 15:00
完成日
2015/01/18 04:47

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 ああこれは夢だなと彼女は思った。
 ギムナジウムの六回生、青春真っ盛りの頃の自分が、校門の前でぼーっと突っ立っている。
 もう色んな事を忘れてしまった、とある昔の物語。
 これはきっと、悪夢というやつなのだろう。

 平々凡々な人生を歩んできた。
 表情に乏しく、泣きもしない赤ん坊ということで両親に多大な心労をかけたらしい。けれど心身ともに健康な自分は、無表情ながら健やかに成長した。
 窓から落ちて怪我をしたり、友達と喧嘩をしたり、誘拐されかけたり、家族が急逝したり……色んな障害に直面しながら、どうにか生きてきた。
 神様は誰にだって平等だと初めから知っていた。
 妬まれもしたし、恨みもした。愛されもしたし、沢山の友達に囲まれた。
 皆好きだった。
 結局それの繰り返しだったように思う。


 ――わたしの人生?
 そんなもの、恐怖ばっかりに決まってる。
 こんな才能なければよかったと、ずっとずっと思ってる。
 今でも思ってる。

 ――笑顔でなんていられるわけない。
 下手をしたら昨日の心からの想いすらも、すっぱり忘れてしまうんだから。
 怖い。
 誰より計算が早くても、誰より音がよく聞こえても、みんなが出来る事をわたしは出来ない。
 怖いに決まってる。笑えるわけない。
 たまにお姉ちゃんの名前も忘れちゃうんだ。
 こうして話していることを、明日忘れていたらどうしよう、って。
 特別なことを幾つも幾つも経験するたび、それを忘れることが怖くなる。


 丁度十五歳になった時。始業日に告白された。
 ――それは一体誰だったか。
 何れにせよ、この歳でろくな恋愛もしていなかったからか、舞い上がってそれを受諾したらしい。
 その一年は……なんだかんだで楽しんでいたことを覚えている。
 隣には、いつも通り幼馴染がいて。
 ――それは一体誰だったか。
 一緒に、一緒に……何をしていたっけ。ショッピング? 勉強?
 昔大怪我をした時、幼馴染が大泣きしたのは覚えている。
 クラスメイトの、所謂親友とも、すぐに仲良くなって。
 ――それは一体誰だったか。
 クラブ活動に励みながら、もどかしい片思いを続けていたのを覚えている。 
 そうそう、後をこっそりつけていた後輩を連れてきたのも彼女だ。
 ――それは一体誰だったか。
 結局その後輩とはなんだかんだで仲良くなって、よく遊ぶようになったのだ。グループを作って遊んでいた。

 懐かしい話だ。


 ――お姉ちゃん。わたし、彼氏出来た。
 ……なにその顔。いや、うん、頑張ってみようって。
 怖がってばかりじゃダメな気がしたから。幼馴染もそうしろって言うし。

 ――クラスメイトのあの子と友達になれたよ。
 わたしの事情、ちゃんと分かってくれたんだ。後輩も出来た。
 怖いよ。まだ怖い。
 でも……でもね、頑張ってみる。

 ――わたしを笑顔にする会だってさ。変な名前だよね。
 でも、嬉しいんだ。これほら、記念写真。
 正直無理だと思うんだけど、まだまだ顔が硬いって言われるから、頑張らなきゃ。
 いやー、天才イトゥリツァガ様にも出来ないことはあるんだね。びっくりだよ。

『九月。告白されて、受諾。内心では嬉しかったけど、生憎わたしは甘い雰囲気とは程遠い表情だった。初めてのデートは……。
 幼馴染の企画でわたしを笑顔にする会が発足して、その内容は……。
 七月。四人で海へ行く準備を進めて……。
 八月……』

 手帳を読み返すと嫌になるね。
 生きていくたび、わたしはどんどん過去のことを忘れていく。
 神様は誰にだって平等だ。
 わたしの才能は、正常な機能と引き換えられたもの。
 わたしは有り体に言って天才で、困った人をずばりと助けるスーパーヒロインなんだけど。
 でもわたしは、そういうことを覚えていられない病気なんだ。
 平等に不平等だよ。もう嫌になるね。

 ――でもね! なくさないように、ほら。手帳と写真を完備! 何かするたびに皆で写真取ることにしたの。
 忘れてしまっても、もう怖くない。
 みんなが教えてくれる。
 笑顔で、その時何があって、どう楽しくて、嫌なことがあって、そういうのを包み隠さず話す約束。手帳の先頭にもメモったよ。
 写真を見ればね、楽しかったんだなって分かるようになった。
 ね、ほら、ちょっとだけ笑えるようになったんだ。

 お姉ちゃんも、覚えててよ。わたしが何をして、どれくらい笑ったのか。


 懐かしい話だ。
 世界の全てが怖かったとある少女が、四人の友達に救われて、笑えるようになるまでのお話。

 大好きだった。愛してもいた。
 でも最後、どうなったのかを私は忘れてしまった。
 結局それの繰り返しだったように思う。


 舞台裏とも呼ぶべき真っ暗な場所。物語の中途、文章と文章の狭間の場所。
 どことも言えない場所で佇むのは一人ではなく六人。
 気が付くと、あなたたちはこの行間の舞台裏に立っていました。
 遠く隔てられた観客席には、蹲る女性だけがぽつんと一人いるのが分かります。
 上映される物語では、表情に乏しい年若い少女が、青春を謳歌しようと奮闘していました。
 けれど物語は唐突に不自然に途切れて、フィルムは回り続けてしまいます。
 終わらない、穴だらけのホームビデオ。不自然な再演を繰り返す劇場。
 あなたはその舞台の袖に、或いはフィルムの黒い部分にいるようでした。
 この繰り返しが終わる気配はない。夢から醒める気配もまた。
 観客席から静かに響く涙の音も、また。

 物語が進むに連れて、少しずつ舞台へと近づいていくことに、あなたは気付きます。
 その足が舞台へと踏み出せることに気付きます。
 まるで初めから設えられていたかのように、衣装が小道具が現れてくるのが見えました。
 やれというのか、と誰かが言いました。
 演じる題目さえも明らかではなく、台本はなく、全ては即興。結末すらも分からない物語。
 けれど――。
 彼女の涙を止めるためか。
 この夢から抜け出るためか。
 或いは単純な興味や享楽か。
 何れにせよ、あなたたちはこの悪夢を終わらせるため、再演される物語へと飛び込むのです。

 ――ところで、あなたが見ている『彼女』とは、一体誰のことでしたっけ?

リプレイ本文


「『──さあ、思い出してみよう』、ってな」
  トライフ・A・アルヴァイン(ka0657)は煙草を燻らせ皮肉げに笑った。


 上演される思い出という名の劇場では、一人の少女が健気に、全力で青春を謳歌している。
 大人の無遠慮な視線、過去に脅かされる苦しみを彼女は訴え、そして本題へ。
 その痛みを、『私』はよく知っている。


「ああ」
 シュネー・シュヴァルツ(ka0352)は息をついた。
「似た痛みを、……知っている」


 唐突だけど。
 尋常ならざる天才にして美少女であるところのわたしには、これ以上ない重大な欠点がある。
 つまり『わたし』は記憶障害者だということ。
 わたしは、記憶を残すことだけがどうしても出来ない。


「……それが例え夢だろうとよ、俺様は女の涙なんざ見たくねぇ」
 ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は胸を叩いた。
「だからよ、今この時だけはてめぇの幼馴染になってやる」


 だからわたしは、ヒーローになろうと決めた。
 過去を怖がり笑えないわたしの代わりに、わたし以外のみんなが笑えばいい。
 わたしには今しかない。なら、わたしの見る今が幸福で笑顔に溢れていればそれでいい。


「……やりましょう」
 走り 由良(ka3268)は拳を握りしめた。
「夢の中でまで泣いてる人を、僕は放っておけない」


 幕が上がった。


 丁度十五歳となった、秋の始業式。
 ぼーっとしている姉をどやしつけた後のこと。
「好きです」
 なんと、彼女はわたしに向けて言ったのだ。
「付き合ってください」
 この天才様の一生でも初めてだ、きっと。今までずっと人付き合いは避けてたから。
 いつも失うのを怖がっていたから、こんなことなかったはず。
「……いいよ」
 わたしは冷静を装って、努めて仏頂面のままそう言った。
 それがはじまり。わたしの人生で最も輝かしく美しい、泣きそうになるほど暖かな、みんなと過ごした記憶の手帳の一ページ目。
 まさか初めての恋人が女の子だなんて、未来のわたしは驚くかな?

 ミオレスカ(ka3496)。わたしの恋人。
「名前を教えてもらっていいですか?」
 わたしは仏頂面でそう言いつつも答えた。
「自分の名前好きじゃないんだ。『強い兜』なんて女っぽくないでしょ。エルムって呼んで」
「エルム?」
「お姉ちゃんがくれた愛称」
 ――初デート。
 あてもなくミュンヘンを歩き回った。ずっと手を繋いで、街を歩いて公園や喫茶店を巡った。気恥ずかしいやら何やらで、わたしは帽子に顔を隠していた。
「あなたの表情はあまり変わらないけれど、私は幸せ、だからきっとあなたも幸せ」
 そう説く少女の言葉は、わたしの願いにぴたりとハマっていて。
「……ねぇ」
 この感情は生涯初と確信する。生憎、うまいこと笑えはしなかった。
「ミオって、呼んでもいいかな」
 ――多分それが、わたしの恋の始まりだった。


 南條 真水(ka2377)は親友だ。
「やあ。おはよう、親友。ボクのことを覚えているかい?」
「今のとこはね」
 朝の出会い頭にこんなことを言う、根っからの奇人で親友。
 濁った赤紫の目と歪な髪色を見る限りでは、彼女もわたしと同じ側だ。
「冬は寒いから苦手だ。だから親友、もっとくっつかせろーうりうり」
「ってか、真水に得意な季節あるの?」
 そう、真水はいつでも苦手を訴える。
「春は花粉が飛ぶから苦手だ。花粉症とは無縁な君がうらやましいよ……へくちっ」
 とか。
「夏は暑いから苦手だ。ボクが倒れた時はよろしく頼むよ、親友」
 とか言うのだ。多分秋も苦手だ、きっと。
「ああ、もう、どうして世界はボクに厳しいんだろう」
 彼女は歌うようにそう言った。
「世界は皆に平等だよ。平等に厳しい」
「その答えは君らしいな。……こんな弱いボクだからね、親友。君のことはとても頼りにしてるんだ」
 彼女はその濁った目でわたしを見つめた。
「忘れられたって助けてもらいに行くから、覚悟しておきなよ」
「――任せときなさい。忘れてたって助けに行くから、感謝は常備しといてね」
 忘れないよう繰り返している、約束だった。


 聞き慣れた名前たちに呆然とする。
 役者はいつの間にか入れ替わり、舞台は華々しく騒々しく形を変えていた。
 私は、涙を拭ってそれを見ていた。


 由良。後輩。
 女性的な姿のせいでいじめられてた所をわたしが助けたのが切欠、らしい。
「親友、ストーカーを捕まえたぞ。ポリ公に突き出そう」
「待った、情状酌量の余地はありそう」
 てな感じで、真水が引っ張ってきたのは覚えている。
「その、あの時はありがとうございます」
「ごめん、覚えてない」
 すっぱり言う。気を落とす彼を追い返そうと思って、ふと思い留まる。
 彼もこっち側だ。排斥される側。
 わたしも真水も人に対する振舞は一貫している。受け入れるべきだと思った。
「ま、いいよ。一緒に来る?」
 仏頂面で手招きするわたしに、親友が目を丸くしていた。


 ジャックは幼馴染だ。ちょっと鬱陶しい。
 良き理解者であるし、どうも憎めないしほっとけないので、気がついたら長いこと一緒にいる。
 恋人が出来た、と告げると、彼は寂しそうな顔をした。俺だけのエルムじゃなくなったとか思ってるな。天才エルム様にはお見通しだ。
 笑顔を見られた初めての相手だという事実は、ミオの頬を膨らませるに十分な威力があった。

 ――最初はわたしとジャックの二人だけで、すぐそこに真水が入った。ミオも当然来て。由良も混ぜた。
 いつもの五人だ。
「フッ、ついにあの計画を遂行する時が来たようだぜ……」
 と言って、彼はホワイトボードに何かでかでかと書いた。
「『エルムを笑顔にする会』発足だ!」
「ふぅん、君にしては面白いことを言う」
「そして当然ながら、俺様が会長だ!」
 真水は鼻で笑った。由良がうんうん頷いて言う。
「ありえませんね」
「順当に考えて、会長役はボクだろう」
 わたしは重々しく口を開いた。
「や、ミオがいい」
「待て待て!?」
 と言うと、ミオがくすりと笑った。
「笑顔にする会、いいと思う。あなたが嫌じゃなければ」
「嫌なわけない。皆と一緒だもん」
 答えてから、ここは笑うべきだったかと気がついた。
 結局彼が会長を名乗り続け。後々、それが正解だったと皆言うんだけれど。


 時間はどんどん過ぎていく。
「――ってわけで、新年は皆と徹夜で騒ぎたいんだけど」
 トライフパパは渋りながら頷いた。
「君がどうしてもと言うなら、仕方ないね」
「暴漢の一人や二人なら大丈夫」
 パパはそれに少し笑って、煙草を揺らした。
「思い返して涙を流すことのないような、そんな日にしてきなさい」


 ――などと、あからさまにこっちを見て言う。
 私は困った顔でそれを見ていた。


「でねでね。ミオったらわたしの手ぎゅってしてさ――」
「ノロケばっかりね」
 わたしの大好きなお姉ちゃん。
 一日のことを家族に話すのは日課だった。お姉ちゃんだけじゃなくて、トライフパパにも、ママにもだ。
「怖くは……ない?」
「怖いよ」
 こうしてどんどん失っていくのは、やっぱり怖い。
「――でもね! なくさないように、ほら。手帳と写真を完備!」
 お姉ちゃんは目をぱちくりさせてそれを見た。
「何かするたびに皆で写真取ることにしたの。主に由良がね」
 忘れてしまっても、みんなが教えてくれる。
「――ね、ほら、ちょっとだけ笑えるようになったんだ」
 それは、ああ、怖さの百倍嬉しい事。
 この胸に溢れる歓喜の大渦はちょっとどころではないけれど。真っ直ぐ伝えることを恥ずかしがっていることも、お姉ちゃんには全部お見通し。
「お姉ちゃんも、覚えててよ。わたしが何をして、どれくらい笑ったのか」
「覚えているわ、覚えている。貴女が何をし、どこで笑い、何を感じたか」
 お姉ちゃんはわたしの頭を撫でて微笑んだ。
「私も私も手帳に書くわ。私だって忘れるかもしれないから。……ほら、今思った事も書いてみたら?」
「……あ! そうだね!」
 稀代の天才美少女も、姉には勝てない。――シュネーお姉ちゃんには。


 それは、ずるい。
 私はぎゅっと胸を抑えた。
 その役は、ずるい――。


 ジャックは精力的に活動した。色んな事を企画しては、わたしを笑わそうと必死になった。
 真水はおどけながらも、いつも通りわたしに絡む。
「表情筋が凝り固まってるぞー」
 そう言って、ほっぺをむにむにしてくる。元々享楽的な子だから、面白いことには積極的だしわたしを巻き込むのも大好きなのだ。
 由良はどんどん写真を撮って残してくれる。
「……先輩は、もう少し我が儘を言ってもいいんですよ」
 なんて、悩むわたしにしれっと言うのだ。いじらしくて嬉しくなる。
 ミオとは……なしなし、これはなし!
 クリスマス、新年、バレンタイン、エイプリルフールから、なんでもない一日まで。
 わたしはみんなに手を引かれ、時に手を引いて、世界中を踏破する勢いで駆け回った。

 クラスメイトの友人も増えた。
 例えば、シュネーちゃん。あれこれ会の話をしては、たまに一緒に連れ出したりもした。
「あぁ、本当だ笑ってる」
 饒舌に喋るわたしに、彼女はそう言って笑うのだ。
 後はトライフくん。
「後輩クンの写真がコンクールで賞取ったんだったか?」
「そりゃ、被写体はわたしだからね、当然当然」
 軽口を叩き合う相手というのは中々いないので、これはこれで新鮮だった。

 八月。
 海に行こうと、由良が言い出した。
「海と言えば水着! よし買いに行こう今すぐ行こう」
「海合宿、とってもいい、賛成」
「ミオが言うならしょうがないなぁ」
 というわけで、水着を買いに来た。
「俺様必要かコレ?」
 ジャックには荷物持ちが待っているから安心して欲しい。
「せっかくスタイル良いんだし、ちょっと強気に選んでみようか」
「ま、真水待って。何その紐」
「水着だ」
「絶対に違う」
 紐水着を手に真水はすすっと近寄ってわたしに耳打ちした。
「恋人さん、喜ばせたいだろう?」
「み、ミオが喜ぶなら……!」
「親友、最近ボケてきたね」
 ここで手が伸びてしまう辺り我ながらチョロい。由良が止めてくれなかったら試着していただろう。
「あ、あの、僕男です……」
 そういう由良は女物の可愛い水着を差し出されていた。
「じゃあ分かったミオレスカ君。これでどうだ」
 と言って差し出したのは、やっぱりちょっと派手な、お揃いの水着だった。


 渋るパパをなんとか説き伏せ、海へやってきた。
 お揃いのパレオ付きビキニを着て、ミオと手を繋いで二人で海を歩く。
 なんで二人かというと。
「言っておくけどボクは泳げないからな。ていうか水の中で体力尽きたら溺れるじゃないか」
 まず真水。これは想定内。てかその日本の学校指定水着、何処で手に入れたの。
「だから日陰から見守ってるよ。楽しんでおいで」
 そう言って、わたしたちを送り出した。さっきまではパラソルの下で砂の城とか作ってたけど、今は何処に行ったやら。
 ジャックは、わたしたちに気を利かせているらしい。
「俺様が飲み物買ってくるから、先に遊んでていいぜ」
 と言いつつ、さっきから色々厄介そうな奴らを遠ざけようとしてくれている。不器用だけど、嬉しい。
「あ、すみません。南條さんが倒れたっていうので様子見てきます」
 どんどん写真を撮っていた由良も、そんな口実で戻った。ほんとに倒れてそうだ。
 なので、もうじき日が沈むという頃、わたしとミオは二人きりで浜辺を歩いていた。
「やあ、そこのお二人さん」
 ジャックは頑張ったけど、わたしたちの魅力が強すぎたか。
『花火はあちらが開けているのでお勧めですよ。ですが少しガラの悪い人もいるかもしれません。気をつけて』
 黒髪の綺麗な宿泊施設の受付の人はそう言っていた。もう少し警戒するべきだったな。
「どうかな、良ければこれから一緒に……」
 へらへら笑う軟派男を溜め息混じりに見返す。
 それより、彼女の方が早かった。
 伸ばされた手を、ミオがぴしゃりと払いのける。
「私達、そういうのは間に合ってるから」
 驚いて手を引く男を見もせず、行こう、とわたしの手を引く彼女。
 その後ろ姿に少し呆けた。

 受付の人が言っていた、開けた岩場に腰を下ろす。
「……あの、さっきは」
「あなたは何でも出来て、困った人を助けているから」
 わたしは有り体に言って天才で、困った人をずばりと助けるスーパーヒロインなんだけど。
「私は、あなたを、ずっと守ります」
 こんな風に言われたのは初めてだ。
「だからずっと、一緒にいてください」
 こんなに胸が高鳴るのは、初めてだ。
 花火が、ぱっと空に咲いた。


 ――夏も終わり、八月の最後の日が更けていく。

 景色が全て写真になって散らばって。
 冬、春、夏、笑顔ばかりの写真が積もって。
 そうして、幕が下り始める。


 花火の色はとても綺麗で、人工の虹のような奇跡。
 私の髪もやっぱり虹色で、そうか、夢だったら覚醒しないと。

「『あなた』も一緒に行こうよ」


「この夢は君だけのもので、本来ボクがいるべきじゃない」
 真水は一足先に舞台袖へ向かっていた。
「だけどまあ、楽しかったよ。それじゃあね、『親友』」
 彼女は眼鏡をかけ直し、にやっと笑った。
「幸せな、悪い夢を」


「あいつの事は俺様が全部覚えてる。つまり俺様が死なねぇ限りあいつの記憶も不滅って事よ」
 ジャックも続いて舞台袖に立つ。
「泣きたくなったら何時でも俺様の所に来い。何時だって何処だって何回だって俺様があいつを笑わせてやるよ」
 そう言って、彼はどんと胸を叩いた。


「悲しい涙は止まりましたか?」
 由良は問いかけて、観客席を見て頷いた。
「勇気が足りないなら、僕もちょっとだけ手伝いますから」
 彼はそう微笑んだ。


「如何でしたかお客様」
 シュネーは芝居がかった口調で、観客を手招いた。
「さぁ、どうぞ壇上へ」
「ですが」
「だってこれは貴女の為の物語」
 彼女は小さく頷いた。
 幕は降りる。シュネーと彼女は、空っぽの観客席へと一礼した。
「でも終わっても、忘れても、合った事も有る事も消えたりはしないから……」


「――『さあ、万雷の拍手を』だ」

 そして、拍手喝采が轟いた。







「いい人たちだね」
「ええ」
「しっかし、わたしの友達の顔を忘れるなんて」
「ごめんなさい。私のせいですね」
「うそうそ。怒ってないよ。……だいじょぶ、また会える」
「……ええ」
「それじゃ、ばいばい――」


 目を覚ますなり私は日記を取り出して、それからちょっと笑った。
 あの写真は、今も向こう側の世界だ。
「情けないですね。忘れていたなんて」

 本当は。
 八月の半ば頃、彼女は失踪した。
 跡形もなく。脈絡なく。荷物も遺品も残さずに。
 だから、

『ばいばい――お姉ちゃん』

 ――私の双子の妹、ヘルムトラウトの八月を、私は聞かされていないのだ。

 だから、今はただ願う。
 それが夢のような日々であったことを、願う。

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    ミオレスカka3496

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    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
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    トライフ・A・アルヴァイン(ka0657
    人間(紅)|23才|男性|機導師
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • ヒースの黒猫
    南條 真水(ka2377
    人間(蒼)|22才|女性|機導師
  • 弔いの鐘を鳴らした者
    走り 由良(ka3268
    人間(蒼)|18才|男性|疾影士
  • 師岬の未来をつなぐ
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2015/01/04 23:27:48
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走り 由良(ka3268
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最終発言
2015/01/02 22:54:09
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走り 由良(ka3268
人間(リアルブルー)|18才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2015/01/08 00:36:16