運命の輪【WheelofFortune】

マスター:藤山なないろ

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
6日
締切
2015/01/07 19:00
完成日
2015/01/21 17:16

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング

●天国に一番近い森

 そこは、森の小さな教会だった。
 グラズヘイム王国西方に位置するグリム領の一角。小麦畑を抜けた先に青々と茂る豊かな森がある。森の湖には憩いを求めた鳥や動物たちが集い、花々が咲き乱れていた。小さなころから、楽園が実在するのならきっとこんな場所だっただろうと思っていた。森の一角には古びた教会があり、グリム領で死した人は皆この教会で送られることになっている。そんな背景も手伝って、グリム領の人々は、この森を“天国に一番近い森”と呼んでいた。

「我らを導く精霊、主はその光を全てに注ぎ、尊き御教えを示してこれを信ずる恵みを賜いたれば」
 司祭の声が朗々と響き、追悼の詩に皆が目を伏せる。今、まさにある人物の葬儀の最中。送られる人物の名は“ゲイル・グリムゲーテ”──私、ユエル・グリムゲーテ(kz0070)の父だ。
「願わくは、主の御言葉に頼りて光輝の道を歩みし我らのの魂に約束の報いを与え、限りなき福楽を得しめ給え」
 すぐ傍に立つ母は──虚ろな面持ちで棺の中の遺体を眺め下ろしていた。
 初めは、訃報を信じられないと否定し、邸を飛び出して王都へ向かおうとしたところを騎士達に止められた。そんな彼女が夫であるゲイルの死を認めたのは、その遺体を見た時だった。遺体は“体裁”こそ整えられていたけれど、首は異常な角度に曲がっていたし、角の部分から骨が突き出ているのも見える。
『あなた……? う、うそ……そんな……い、いやぁぁぁぁ!!!』
 半狂乱より限りなく狂乱に近い様子で、母はただただ涙を流しながら声の限りに叫び続けていた。元より気丈な方ではなかったから、こうなるだろうことはある程度予想がついていた。
 一日経つと声が嗄れ、二日も経てば涙も枯れ、そして三日目には彼女の心に誰の声も届かなくなった。
「主よ、永遠の安息をかれに与え。絶えざる光をかれの上に照らし給え」
 普段やんちゃだった弟のエイル・グリムゲーテは、今は静かに、タダそっと母の手を握っていた。
 ──下の子はまだ5歳だっていうのに、可哀想に。お父さんが死んだ事、まだわからないでしょうにね。
 邸に古くから努めているおしゃべり好きの使用人はそんな事を言っていたが、それは全くの誤解だろう。
 彼が遺体を見るその目は、父の死を理解し、その上で強い決意のようなものを秘めた目をしている。
「彼に光を導き給え。……彼の安らかに、憩わんことを」

 天にまします主よ、願わくは御旨の天に行わるる如く地にも行われんことを。
 われらが人に赦す如く、われらの罪を赦し給え。

 ──われらを悪より救い給え。

●存在価値

 グリム領の領主であった地方貴族ゲイル・グリムゲーテ侯爵が、先の黒大公ベリアル追撃において戦死を遂げた。
 なぜ、指揮官である彼が死亡したか。どうして死なねばならなかったのか。
 現場に同行していたグリムゲーテ家が抱える私兵団“グリム騎士団”の騎士達曰くは「仕方のないことだった」のだという。ゲイルはその強さ故に、黒大公側近のクラベルという少女に一方的に狙われたのだと聞かされた。
 ユエルは、ただただ重い溜息をついた。父の死。それ自体、少女にとって光を失うに等しい事態だったが、自分の心情に寄りそうことすら彼女には赦されていなかった。
 最も大きな原因、それはグリムゲーテ家の状態にあったのだ。
「先の黒大公との戦いにおいて、我が父ゲイルはこう告げました。“言われるまでもなく王国に忠義を尽くす”──私は父の遺志を継ぎたい。そして私自身も父の在りし日のように、国のために忠義を尽くしていたいと思うのです。ですからどうか、改めて我が騎士団の皆々にお願い申し上げます。復興に一定のめどが立つまで、我がグリム騎士団は王都へ駐留し、王国騎士団と共に現地での各種作業に尽力して頂けないでしょうか」
 ゲイルの葬儀を終えた翌日の事。
 グリム騎士団の指揮官不在の状況で、グリムゲーテ家嫡子のユエルがそう告げた。だが……
 ──様子が、おかしい。
 少女が年相応の子供なら、良かった。しかし、“可哀想な”ことに少女は聡い。だからこそ、気付かなくていいことに気付いたのだ。この、違和感の理由に。
「王都へ駐留し、王国騎士団と共に現地での各種作業に尽力せよ!」
 グリム騎士団の副官であり、父の盟友と謳われた男がユエルの言葉を指揮として復唱するも、一部の騎士達がそれに連なっていない。少女と同様、気付いた副官の男が睨みを効かせたことで、一部騎士の間に生じていた違和は消えたが、気付いてしまった事実は消せない。
「……感謝します。どうかグリム領と、そして亡き父の為にも、お力をお貸しください」
 ユエルは、決して表情を変えなかった。
 深々と頭を下げ、そして騎馬に跨ると凛々しい腹を力強く蹴った。

●神の所業

「お兄さ……エリオット騎士団長。ユエル・グリムゲーテ、馳せ参じました」
 グリム騎士団の揃いの白銀の全身鎧に身を包んだユエルは、王都に到着したその足で王国騎士団本部へ向かっていた。無論、今こうして騎士団長室へ踏み入れているのはその指揮権を“一時的に”保有しているユエルだけであるが。
「先の戦いにおいては、大任にも関わらず、指揮官死亡による戦線の混乱で国へ多大なご迷惑を……」
「ユエル」
 王国騎士団長、エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)が強い口調で遮った。その声色は彼女に対する自責の念の塊のようだった。
 侯爵位を持っていた地方貴族の死については王国自体も認識している。そしてそのゲイル侯爵が、エリオット指揮下のクラベル追撃戦にて死亡したことも明らかである。
「叔父上のこと……何と、詫びれば良いか」
「……何を仰っているのか、よく分かりません」
「常ならば自ら前線へ立つ所ではあったが……此度は故あって、俺が、叔父上を最前線に派遣した」
「……ですから、なぜ謝るのですか?」
 詫びるエリオットは、少女の問いに口を閉ざした。そんな様子に、ユエルは努めて穏やかに述べる。怒るでも嘆くでもなく、それはまるで“無感情”にも近い様子で。
「私の父は、自らの責任において、彼自身の判断で自らの兵を抱えて前線へ向かいました。そして彼は最後まで国の為に戦ったのです。その行為が、“失策”だったと仰るのですか?」
「違う、そうじゃない。だが……」
「父は、クラベル追撃にあの場所を選んだ。ハンターの皆様の到着前に逃がしてはならないと、先んじて攻勢に出た。逃げも隠れもせず、最後まで戦うと決めた。それが全て。……他者の下した全ての判断にすら、お兄様は責任を持とうと仰るのですか?」
 ユエルはそこまで告げると、従兄のエリオットに背を向けた。着なれない全身鎧が、がしゃりと音を立てる。
「恐らく、お兄様の詫びていることは……神の所業にございます」
 今は国のため、成すべきことを致しましょう。

 ──少女は、そう言って“微笑んだ”。

リプレイ本文

◆Case:文月 弥勒(ka0300)

 ──“今のあれ”は夢、か。それにしたって随分リアルで忌々しいことだ。
 今しがた目を覚ました少年……弥勒は起き抜けに小さく息をついた。
 LH044での歪虚との遭遇は、少年にとって忘れ得ない出来事となった。苦渋だとか辛酸だとか、どんな言葉を使ったって“あの時の衝撃”には敵わない。生涯で初めて受けた“洗礼”とも言える事件で、今なお赤く、思い返す都度に濃い鉄の香りを錯覚させる。
 あの時の自らの判断が、結果として多くの仲間の命を奪ってしまった。少年がその事実を受け入れるのに、これまで成してきた全てを砕かれるような、そんな心地を味わったのは言うまでもない。正直、当時はそれを認めることもできず自棄になっていたこともあった。だが今は……。
「……行くか」
 意識的か無意識的か定かではないが、少年はぼんやり唇の“傷”に触れ……やがて覚醒と共に“仮面を纏った”。

 王都での仕事は、もう何度目ともなる王国貴族が私兵団“グリム騎士団”との共同作業となった。
「これが、てめえの選んだ結果か。てめえらしいや」
 作業明けの魔導ドリルを傍らに転がし、弥勒が腰をおろしたのはある天幕の中。
「……ま、とりあえず休憩しようぜ。お前がそんなじゃ皆休み辛ぇだろ」
 弥勒が水を手渡した相手──それは、作業状況を書状に認めていたユエル・グリムゲーテだった。
「さっき、騎士連中から聞いた」
「……家のこと、ですか」
 弥勒は、臆さず、隠さず、真っ直ぐに頷く。
「ユエル派と、エイル派? 面倒くせぇことになってんな。副官のおっさんがさ、お前の力になってほしいって」
 少年は、過去にある事件の功績によってグリム騎士団から“グリム騎士勲章”を賜り、騎士達からの信頼も厚い。一部の騎士が弥勒に“話してしまった”のも致し方ない事だろう。
 かたや少女は押し黙る。その沈黙は、是か非か。ややあって、痺れを切らしたように少年が自らの髪を乱暴に掻いた。
「お前、解ってるか?」
「え?」
「上に立つのなら、そいつは既に一人じゃない。……もっと周りを頼れよ」
「頼る……ですか」
 この様子じゃ、頼り方すら解らないのだろう。呆れを通り越した少年の口から憚らず溜息が洩れる。
「上ばっか見るのもいいけど、ちゃんと足元にも目を向けとけよ。大切なものを踏んじまうぜ」
 立ちあがった弥勒は、ユエルが見守るなか、天幕の出口でふと足を止める。
「仮面は被り続けなきゃいけないものじゃねえ。たまに外して息継ぎをしなきゃいけねえものなんだ」
「それは……弥勒さんも、ですか?」
 少年は一度だけ振り返ると、微かに笑って天幕を後にした。


◆Case:ヴァルナ=エリゴス(ka2651)

「酷い、有様ですね……」
 ベリアルは、強大な力を以て王都を蹂躙した。圧倒的な軍勢。そこかしこが歪虚に侵され、悲鳴や嗚咽が響き、血の匂いが絶望を呼んだ。
 瓦礫に沈む街。意味をなさぬ城壁。王都がこうして無残な姿を晒している事実を前に、ヴァルナは苦い想いで胸を浸した。それは、守れなかったことへの悔いであったり、幼少より長い時を過ごした故郷を思っての悲しみでもあった。自らが覚醒者として歪虚を討ち滅ぼす力があった分だけ、それらはより強烈に少女の心に刻まれたのだろう。
 ──あの強大さを前には仕方がない、といえばそれまでだけれど。
 それでもヴァルナには、どうにも飲み込めなかった。だからこそ、ただじっとしていることなど、できはしなかったのだろう。

「ヴァルナ=エリゴスと申します。誠に勝手ながら、お手伝いさせて頂きに参りました」
 少女が足を運んだのは、王国騎士団本部。守衛に告げると、ヴァルナは笑顔で歓迎されることとなった。
「手伝いといえば、今日はグリム騎士団が瓦礫の撤去や城壁の補修作業を……」
「私は騎士団長のお仕事をお手伝いしようかと思っていたのですが」
「何だ、団長のお知り合いか?」
「いいえ。ですが、一般的な教養と騎士の仕事には心得があります。何なりと申し付け下さい」
 その後多々あって、漸くヴァルナは騎士団長室の扉を開けるに至った。戦後の今、王国騎士団長ともなればやりとりしている文書に機密事項も少なくない。しかし折角手伝いを申し出てくれたのだ。今日はそれらを封印し、軽微な案件を大量に処理する方向へシフトチェンジを決めたらしい。
「街の復興に治安維持、撒き散らされた負のマテリアルによる歪虚への対処、それらに伴う書類仕事……ざっと思い付く限りでも休む間がありませんね」
「確かに課題は山積みだが……王国は、必ず立ち直る」
 こうして助力を申し出てくれるハンター達も居ることだからとエリオットが少女に応える。
「あの、エリオット様は此度の戦、どう思っていらっしゃるのですか?」
 意図の見えぬ問いに、青年は押し黙る。ややあって、たった一言呟いた。
「……試練、だ」
「なればこそ、それで足を止めていいものでもないですね」
 ──少女の言葉は強く、輝きに溢れていた。

◆ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)

「人手には限界がある。王都の惨状を考慮し、これを効率的に復興していくには“道具”の力が必要だ」
 ハンターズソサエティ・イルダーナ支部に突如やってきた紳士は、カウンターに手をつき、こう述べた。
「機導術を、動力として復興作業に取り入れることはできないか」
 なるほど──陳情に合点がいったのか、受付の女史は返答代わりにペンを握り締める。
「瓦礫を運ぶ魔導自動車、瓦礫を砕く魔導鍛冶機械……他にも、ブルーには色々と便利な道具があると聞く。だが、1から作るには当然時間がかかる。借りられるものは借りたい。その渡りを、ソサエティに頼みたい訳だ」
検討の余地は十分と頷く女史を横目に、紳士──ルトガーは堂々とした足取りでソサエティを後にした。
 男がその足で向かったのは、最も被害の大きい王都最外周。聞き及んでいた以上に状況は悲惨なようだが、辺りには揃いの鎧を纏って復興作業に従事する騎士達の姿が数多く目に付いた。確かあの鎧は、戦死したグリムゲーテ侯爵が率いていた私兵団だろう。
「……ふむ、名君の跡を継ぐのも大変だな」
「え?」
 ルトガーは、休憩に向かう頃合いを見て“ある少女”に声をかけた。初対面のはずだが、と俄かに狼狽する少女──ユエルに、男は朗らかに笑う。
「報告連絡相談……それらの情報が、随分歳若い君に集まっているようだからね」
 感心し目を丸くするユエルだが、一方でそんなルトガーに不躾な視線が向けられていることに気付く。
「随分監視が厳しいようだが、いつもこうなのか」
「いえ、ここ最近のことです」
「世継ぎも大変なものだ。俺のような男と話していて、大丈夫かね」
 溜息混じりなルトガーの言い分を理解し、ユエルは苦く笑う。
「少し貴方様とお話がしたいのです。……どこか、私の父に似ていらっしゃるものですから」
 失礼を申してすみませんと、少女が頭を下げるのを男は複雑な心境で制した。

「しかし、この騎士団はどこかぎくしゃくした空気があるな」
「えぇ……以前は違ったのですが」
「そうか。敢えて探るつもりもないが、ユエル。一つ言うなら君は父上とは性別も年齢も経験も違う。つまり……自分らしく、やってみてはどうかな」
「自分、らしく?」
 それまで歳に不相応なほど凛とした態度でいた少女が、途端にあどけない表情を見せた。彼女は“自分らしく”と言われたことを純粋に驚いているようだった。
「あぁ。例えば今の君のように、少しは感情を表してみた方が、お互い心を開けるかもな、と」
 咄嗟に唇を引き結ぶ少女の肩を力強く叩くと、ルトガーは瓦礫のなか立ちあがる。
「……酒は、まだ早いか? 死者に献杯がてら、騎士達ときちんと“話す”といい」


◆Case:ユージーン・L・ローランド(ka1810)

「ユージーンと申します。此度の復興支援に伺った次第です。……出奔の身ではありますが、王国民としての想いまで失った訳ではありませんから」
 改めて恭しく礼をすると、青年は地味な仕事を懸命にこなしてゆくグリム騎士団に対し、助力を申し出た。
「しかしグリム騎士団の皆様は流石に仕事がお早いですね」
「……我々を存じておいでですか?」
「僭越ながら……グリム騎士団の長が倒れた事も知っております」
「そうですか。あれは討伐こそなしえなかったものの、成果はあったと伺っています」
 ユージーンは少女の表情や声音を観察していたが、いずれも『最初に会った時』から全く変化がない。それでも探りを入れるべく、青年は更に切り出す。
「ハンターは流れ者。何を聞いても支障はそれほどありませんし、直ぐに忘れてしまうものです」
 だから、気を楽にして事情を話してもらえないか? そんな思いからの言葉だったのだろう。だが、悲しいことに少女はユージーンの言葉を額面通りに受け取ってしまった。
「仰る通り、人の死なんて直接関わりがなければすぐ忘れ去られてしまう。……故にそれを語り合う時間に意味などないのだと、私は思います」
 それきり、少女は父や家の事を語ろうとはしなかった。ユージーンにとっては、その沈黙が少女の強がりのように思えたのかもしれない。泣くこともできない環境なのではと推察した青年は、意を決し少女を人のいない物影へと誘おうとした。だが──そこへきて、先ほどからのグリムゲーテ家を探るような素振が起因した。
「我らが姫に何用か?」
 大柄な男が、ユージーンの腕を掴んだ。情報通の青年には、すぐに理解できただろう。グリム騎士団の副長だ。
 当主不在の貴族の家、年の離れた弟。女性である事を理由に彼女を排除し弟さんを傀儡に仕立て上げようとする者が出るのではないか……?
 聡明なユージーンが考えていたことと同様、騎士団もそんな懸念をしているのだろう。つまり、初対面のハンターと物陰に二人になることなど、今の状況が許さない。
「失礼しました。ただ、私が申し伝えたいのは……彼女は純粋に“父の死を悲しむ娘”として泣いても良いのではないかと言うことです」


◆アイシュリング(ka2787)
 王国騎士団本部にて休憩室の掃除を終えたアイシュリングは、その足で真っ直ぐ騎士団長室へ向かっていた。
「どう、元気にしてる……? “植木”は」
 ノックの後、応答を確認したアイシュリングは開口一番こう告げた。想定外の来訪者に驚いて顔を上げたエリオットだが、彼女の姿を確認するとすぐに表情を緩める。
「あぁ、“育てる余裕”とやらが持てているのかは、定かではないが……な」
 青年の言葉に促されるまま、少女は窓辺の鉢に向かう。だが、植木の姿を確かめるや否や盛大な溜息をついた。
「……あなたは、大切に思う相手を甘やかすタイプね?」
 唐突な指摘に、当のエリオットは顔中から疑問符が浮かんでいる。自分は何か間違えたのか? 大の男が俄かに狼狽している姿はどこか滑稽だが、それとこれとは話が別である。
「植物は……大切に思うからって、過保護にしてはダメ。もちろん、ほったらかしは論外だけれど、水を与えすぎると根が伸びなくなって、枯れてしまうのよ」
 図星だったのだろう。エリオットは驚くほど真面目な顔で少女の話に耳を傾けている。アイシュリングはそっと手を伸ばすと、窓を開け放ち、太陽と風の中に、そっと植木を晒した。
「ただ甘やかして与えるのではなくて、よく観察して、何が必要なのか判断して。時と場合で対応も異なるの」
「そう、なのか」
「枯れてしまった葉や枝は、落としてあげて。それと肥料は与えていい時期といけない時期があるわ。休眠期間は……」
 とくとくと説明を続けるアイシュリングは、ふと視線を落とした。すると、拵えの良い椅子に座す男が微かに“笑っている”事に気付いた。
「どうかしたのか?」
「……余裕、出たみたいね。笑われてるのなら心外だけれど」
 少女の言葉で初めて自分が笑っていることに気付いたのだろう。エリオットは罰の悪い様子で白状する。
「いや、お前を笑ったつもりはない。ただ……」
 逡巡。一度落とした視線を上げると、やはり、エリオットは口元に笑みを浮かべてこう言った。
「お前は、本当に植物が好きなんだな。今日は随分よくしゃべる」
「……!」
 どういう意味でそんな事を言ったのかは知らないが、表情から察するにうるさいという意味ではないことだけは確かだろう。
「また、こいつの面倒をみに来てくれ。お前が来ると、やはり嬉しいようだ」


◆Case:クリスティア・オルトワール(ka0131)

 その日の夜。最後の一仕事のためにクリスが騎士団長室の扉を開けると、心地の良い夜風が頬を撫でた。
「支援物資に関する本日の要望書をお持ちしました」
「あぁ、復興支援の助力、感謝する」
 照らす灯りの下、見える騎士団長の顔色はさほど悪くはない。だが、時間も時間だ。
「お夕食、もう召し上がりましたか?」
「いや、まだだが……」
 大量に山を成す未済書類を見れば、すぐに解る。
 少女は、自分の仕事は後回しにして、男に断りを入れると厨房へ向かって行った。

 それからしばし後、騎士団長室に置かれた拵えの良いローテーブルの対面に座り、クリスとエリオットは簡単な食事をしていた。合間に互いの近況を話せば先の王国での大戦が否応にも出てきてしまう。これが場に相応しい会話であるかは解らないが、それでもクリスは努めて柔らかい表情を浮かべていた。
「ゲイル様が亡くなられたと、お聞きしておりました」
「……クリスはユエルの護衛任務を受けてくれていたのだったな」
「えぇ。以降も同行させて頂く機会があり、故にご家族のご様子が気になりまして」
 目を伏せるクリスに、エリオットは自責の念を込めて訥々と話し始める。最初こそただ静かに耳を傾けていたクリスだが、青年の言葉が途切れたのを契機に暖かなカップをソーサーに戻し、口火を切った。
「私達には……この選択が最善と信じ、選ぶしかないです。結果からすれば成功とは言い難いのかも知れません。ですが私は、エリオット様の判断は間違っていなかったと、そう信じております」
「そうか。……ありがとう」
 ありがとう、という言葉を男から聞いたのは初めてかもしれない。常ならば“感謝している”だとか、格式ばった言葉ばかりだ。きっと今、目の前の青年は“騎士団長としてのエリオット”では居ないのだろう。
「ユエル様とは、もうお話は?」
「叔父上の事を詫びた。だが……叱られたよ」
 苦笑いを浮かべる男に、クリスの方こそ苦笑いを浮かべたかっただろう。少女は溜息を呑みこんで、眉を寄せた。
「ゲイル様の死に責任を感じておられるなら、謝罪より先にユエル様達のお力になって頂けませんか?」
 問いに対する応えを待つクリスの目に、力強く首肯する青年が映った。



 ──こうして、運命の輪は廻り出す。様々な風を、受けながら。

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MVP一覧

  • 壁掛けの狐面
    文月 弥勒ka0300
  • クラシカルライダー
    ルトガー・レイヴンルフトka1847

重体一覧

参加者一覧

  • 古塔の守り手
    クリスティア・オルトワール(ka0131
    人間(紅)|22才|女性|魔術師
  • 壁掛けの狐面
    文月 弥勒(ka0300
    人間(蒼)|16才|男性|闘狩人
  • はるかな理想を抱いて
    ユージーン・L・ローランド(ka1810
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • クラシカルライダー
    ルトガー・レイヴンルフト(ka1847
    人間(紅)|50才|男性|機導師
  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴス(ka2651
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • 未来を想う
    アイシュリング(ka2787
    エルフ|16才|女性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/01/05 01:39:09